Infinit Fall :Re   作:刀の切れ味

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 ⚪︎パイロットの装備
 パイロットのスーツには、立体的かつ高速戦闘のための様々な装備が組み込まれている。
 加速、跳躍のためのジャンプキット、ワイヤーによる立体移動のためのグラップリング・フック。光学迷彩や撹乱用のホログラムなどなど。


Log.16 仮想敵機『名称不明』

 ──ズンッ……

 

「ふごっ⁉︎……うーむ……なんだ、今の音はぁ?」

 

 眠気で瞼の持ち上がらない目をこすりながら、口元のヨダレを拭ぐう。しばらくぼんやりとしていたが、自分の部屋で机に向かって作業中だったことを数秒かけて思い出す。

 気づかないうちに居眠りしてしまっていたようだ。何か夢を見ていたようだが……はて、どんな夢だったか。

 

「あ、レイレイ。今の音で起きちゃった?」

 

「おお、本音か。さっきのは何の音だ? ……ってお前! 何食ってんだよ!」

 

「え? シュークリームだよ〜」

 

 ベッドで寝そべる着ぐるみ姿の本音、その手には俺が楽しみに取っておいたシュークリームがあった。

 

「それ、最後の一個だろ……! あとで食べようと思ってたのに……」

 

「えー……じゃあ、半分いる? 私が口つけちゃったけど」

 

「……いいよ、もう全部食べちまえ。また今度、自分で買いに行くよ……」

 

 迂闊だった、冷蔵庫にいつまでも置いとかずさっさと食べちまえばよかった。まあ元を言えば、あのシュークリームは本音から貰ったものだが。

 しかし、それは置いといてだ。さっきの爆音はなんだ? どうやら、隣の部屋から聞こえてきたようだ。

 

「おそようございます、パイロット。先ほどの音は隣の1025室から聞こえました。そして、微弱なIS反応も検知しました」

 

「IS? おいおい、大丈夫かそれ」

 

 部屋でISでも起動させたのか? そりゃあんなでかい音もするわけだ。これは少し様子を見た方がいいかもしれない。

 俺は部屋の扉を開けて、隣の1025室の様子見に行く。すると、ちょうど俺と同じタイミングで1025室の扉が勢いよく開けられる。

 扉を開けて出てきたのは、ツインテールを揺らしながらズカズカと歩き去る凰鈴音だった。ただ、その表情は何とも言い難い怒りに満ちていた。

 

「あいつ……また一夏と喧嘩でもしたのか?」

 

 扉が開けっ放しの1025室を覗くと、部屋には一夏と箒、様子を見にきたであろうセシリアもいた。その中で、一夏だけは随分と青ざめた顔をしていた。

 おまけに部屋のど真ん中にはどでかいクレーターができている。先ほどの音の原因はどうやらアレらしい。そして、あのクレーターを作ったのは凰鈴音だろう。

 

「なんとなく何があったか想像つくけどさ……凰鈴音に何をした?」

 

「お、おお、レイか……悪い、騒がしくしちまった」

 

 クレーターの目の前で座り込む一夏に話しかけながら、部屋の中に足を踏み入れる。見れば、なぜか一夏の持ち物ばかりが散らかって、箒の物は無傷だった。

 凰鈴音が狙ってやったのなら、なかなかに器用なものじゃないか。

 

「その、なんというか……鈴に言っちゃいけないことを言っちまったんだ」

 

「当然ですわ、一夏さんはデリカシーがなさすぎるのです」

 

「あんなことを言われれば、誰だって怒るだろう……」

 

 妙に自分の胸を主張する箒とセシリア。なんだ? 凰鈴音が貧乳だってことを馬鹿にしたのか? 

 

「……あいつ、胸が小さいのがコンプレックスでさ。その事を口にするだけで、めちゃくちゃ怒るんだよ」

 

「やっぱり、そんな事だろうと思ったよ」

 

 一夏だっていきなり面と向かって言ったわけじゃないだろうが、それで怒りに任せてISを起動させたアイツもアイツだな。

 ──あれ? 俺もさっき、夢の中で冷静になれって諌められてた気がするぞ。

 

「やべぇ……絶対に今度のクラス対抗戦で仕返しされるぜ」

 

「クラス対抗戦? ……ああ、あれか」

 

 クラス対抗戦、そういえばそんなものがあったな。クラス代表の生徒が、自身のIS操作技術をリーグ形式で競い合う催し物。一学期の目玉行事だとかなんとか。

 となると、凰鈴音は二組の代表だったのか。でもまあ、一組の代表は一夏なわけだし、俺には関係ない話だな。

 

「大丈夫ですわ、この私が一夏さんにきっちりとトレーニングをつけて差し上げますわ」

 

「おい待てっ! 一夏に教えるのはこの私だ!」

 

「……よし、一夏。お前に俺からも一つだけイイことを教えてやるぜ」

 

 またしても言い合いを始める女子二人は置いておいて、こっちは男の会話をしようじゃないか。

 

「いいか、一夏……俺が昔、世話になってた人が言ってた言葉を教えよう。お前と違って、女性との接し方をマスターしてる人だった。心して聞けよ?」

 

「お、おう……」

 

「それはな……『貧乳も巨乳も、全て等しく愛せ』、だ。女性の良し悪しはそこで決まるわけじゃないからな。確かに凰鈴音は……そこの二人に比べたらまな板レベルかもしれない。けれども、それはそれでアイツの魅力の一つというわけだ。分かったか?」

 

「お……おう?」

 

 微妙な表情のまま首をかしげる一夏。どうやら俺がエドによく言われていた言葉は、イマイチ伝わんなかったみたいだ。

 

「ドン引きですわ……」

 

「……帰れっ!」

 

「あー……案外、お前もデリカシーないよな」

 

「いやぁ、お前ほどじゃないさ」

 

 エド中尉は、6-4のリーダーであるゲイツ姉さんをナンパしてボコボコにされたり、サラ・ブリッグス司令官を口説こうとして軍法会議にかけられるほど、いろんな意味で酷かった。

 俺もたまに、この人とんでもない変態だっ! と言いたくなることもあったくらいだ。俺も少なからず、あの人に毒されてる部分もあるが。

 

「レイ、俺はもう少し女性に対して礼儀を払った方がいいと思うぜ」

 

「そのセリフは鏡に向かって言えよ」

 

 一夏にツッコミを入れつつ、俺はポケットからハッカキャンディを取り出し、包装を破って口にくわえる。そうだ、このめちゃくちゃの部屋をなんとかしないと。

 散らかってるのは一夏の私物だけだけど、思いっきり地面が抉れてるしな。とりあえずは寮の管理人に連絡するよう、リーゼに指示するのだった。

 

 

 ──

 

 

 その日の夜、ルームメイトの本音があるものを持ってきた。それは、姉から借りてきたというティーセットだった。

 見れば、中々に上等そうなポットとカップで、茶葉もそれなりに高価なものらしい。自分も少しいただいてもいいかと聞けば、本音はそのつもりで借りてきたという。ありがたいことだ。

 しかも、お茶の入れ方も姉から手ほどきを受けてるのか、腕に自信はあるという。

 

「はい、どうぞ〜」

 

「おお、いただこうか」

 

 本音から入れたての紅茶が入ったティーカップを受け取り、礼を言ってから一口、口に含む。

 初めは豊かな香りが一杯に広がり、ついでほのかな甘みと紅茶独特の渋みが舌を楽しませてくれる。

 

(うむ、紅茶なんて飲むのはいつぶりだろうか……っはぁ、美味い)

 

 酒を飲むのと同じで、こういうのはぐびぐび飲んじゃいけない。少しずつ少しずつ、味わうようににして楽しまなきゃな。

 

「美味しくできたかな?」

 

「ああ、美味い。こんな特技があったとは意外だった」

 

「えへへー、紅茶があるとお菓子も美味しくなるもんね」

 

「なるほど、茶菓子と併せての趣味か。ところで角砂糖はあるか?」

 

「うん、あるよー。幾つ欲しいの?」

 

 本音から角砂糖を一つだけ貰い、それを紅茶の中に落とし入れる。そしてスプーンで軽く混ぜて溶かしてから、また紅茶を一口飲む。……うむ、やはり甘い紅茶の方が好みだ。

 

「うーん、お菓子も用意しとけばよかったねー」

 

「お前、さっき俺のシュークリーム食べたろ……まあ、次は俺が何か菓子を買ってくるとしよう」

 

「じゃあ私はスコーンでも作るよ〜」

 

 なんと、菓子作りまでできるのか、中々に多才ではないか。それも姉仕込みなのだろうか。菓子作り、俺も挑戦してみてもいいかもしれない。

 

「今回は紅茶だけでも十分さ。俺は久し振りに飲んだものだから、これだけでも満足だよ」

 

 しばらく、俺たちは何も言わずに紅茶を楽しみ、時節満足そうにため息をこぼすのだった。しかしそのリラックスした時間は、リーゼの思考通信からの一言で一旦終わりを告げる。

 

『パイロット、たった今、匿名からの暗号化メッセージを受信しました。音声データを内包しています』

 

『暗号化メッセージ? ……ああ、なるほど。分かったよ……』

 

 俺はティーカップに残ってる紅茶を飲み干すと、本音にもう一度お礼を言う。後で片付けを手伝う事を本音に伝えた後、俺は既に消灯された寮の廊下に出る。

 この匿名の暗号化メッセージを送ってきたのは十中八九アイツだ。傍受される心配はないだろうが、一応は人気のないところに行きたい。

 

『暗号解読、完了。音声ログを再生しますか?』

 

『ちょっと待てよ……いや、もうここでいいか』

 

 寮の外のよく手入れされた花壇、その横にあるベンチに腰をかける。こんな時間だ、外を出歩く人も少ないだろうさ。

 

「ふぅ……じゃあ、音声ログを思考通信で再生させてくれ」

 

「了解しました、音声ログを再生します……『やっほー、元気にしてるかな。みんなのアイドル、束さんだよぉ。束さんに会えなくて寂しかったかな? かな? 』」

 

「うわっ……ムカつくな、おい」

 

 リーゼからの思考通信で再生されるその声は、リーゼのものではなく別人のものだ。篠ノ之束、わざわざ暗号化メッセージを送ってくるということは、俺に何か用があるのだろう。

 しかし、それを鑑みてもムカつく自己紹介だ。思わず通信をオフにしそうになった。

 

「『君に一つ、頼みたい仕事があってね〜……今度のクラス対抗戦に、束さん自作の無人ISを二機送り込むから』」

 

「……はあっ⁉︎」

 

「『いっくんが戦うように送り込むんだけど……今のいっくんだったら、一機撃破が限界かなー。だから一機余ったら君が処分しちゃっていいよ。そうしたら君の評価もうなぎのぼりってやつ? じゃ、よろしく〜』……音声ログは以上です」

 

「……う、うーん? 何考えてんだあいつは……」

 

 一夏が戦うために無人機を投入するだって? そして束の命令で送り込まれた俺が、束が送り込んだ無人機を倒す、ってマッチポンプかよ。

 

「パイロット、これは束博士からの指令と捉えていいのでしょうか」

 

「いや、ちょっと待て。今頭の中を整理してるからさ……」

 

 つまり──今度行われるクラス対抗戦に、一夏と戦わせるための束が作った無人ISが送り込まれてくると。それで一夏は恐らく、一機しか撃破できないと。残ったもう一機の始末は俺がすると。そしたら、一夏と並んで俺は、学園に襲来した謎のISを撃退したヒーロー! ──ということか? 

 おいおい、大丈夫かこれ。少なくとも、織斑千冬や更識楯無は俺が束の命令でここIS学園に来た事を知ってるんだぞ。それに無人ISなんて作れるのは束だけだろ。すぐにバレるんじゃないのか。

 

「でも束がこうやって伝えにくるくらいだから、ホントにやるんだろうなぁ。それにアイツのことだ、周りの被害なんて微塵も気にしちゃいないんだろう……リーゼ、任務内容の更新だ」

 

『了解。プロトコル2、任務の執行。仮想敵機、無人ISを設定』

 

 とりあえず、クラス対抗戦では一波乱巻き起こることは確かなようだ。俺の仕事は学園の生徒の安全確保も含まれる、まずは無人機との戦闘に一般生徒が巻き込まれないようするべきだろう。

 しかし相手は無人機だ、こっちが全力で叩き潰しても文句は言われないだろう。稼働データの収集の相手としては申し分ない。

 まあ問題は……その後だろうな。織斑千冬には間違いなくゲンコツをもらうだろう。そう思うと少しげんなりとしてしまう。それくらい、あの人のゲンコツは痛いのだ。




無人機、大抵出てくると暴走したり敵に操られたりする。

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