Infinit Fall :Re   作:刀の切れ味

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 ⚪︎IMCとミリシアの戦い ①
 フロンティアに圧政を敷く大企業IMC。それに対抗するために立ち上がったレジスタンス組織であるミリシア。両者との間では熾烈な戦争が続き、フロンティア全土を巻き込んだ。
 ミリシアには元IMCの兵士やパイロットが多数在籍しており、使用するタイタンの多くもIMCから鹵獲したものが殆どである。


Log.17 仮想敵機『無人型IS ゴーレムⅠ』 ①

 本日は晴天、空からさんさんと降り注ぐ陽の光が実に気持ちがいい。こんな日に昼寝でもしたら、さぞかし気持ちがいいだろう。

 しかし対照的に、今俺がいる場所は非常に熱気で溢れている。これから行われる試合の開始を、皆が今か今かと待ちわびてるいるのだ。

 IS学園の第二アリーナ、そこでは学園中の皆が注目する試合が行われようとしていたら、もちろん、その組み合わせは織斑一夏対凰鈴音。二人とも専用機持ちの一年生ということで、今回のクラス対抗戦の注目の一戦だったらしい。

 

「さて、そろそろだけど……サラちゃん、貴女はどっちが勝つと思う?」

 

「……」

 

「んもう、そんなに警戒しなくても大丈夫よ」

 

「おい、楯無。あまりサラをいじめるんじゃない……」 

 

「あら、一緒に観戦するのは嫌だったかしら?」

 

 俺の隣で楽しそうに笑う更識楯無、そしてその横では、サラが少し嫌そうな顔をしているのだった。

 俺たちはアリーナの観客席でもその一番端の席に座っていたが、わざわざこの席を用意してくれたのは楯無だった。

 こいつと話しをするのは、正直言ってあまり気が進まない。前みたいに、また騙くらかされるかもしれないからだ。

 

「わざわざこんな端の席を用意して、何を目論んでいるのやら」

 

「用意してあげたんだから文句は言わないの。あ、どうやら始まるみたいね」

 

 ISを展開して相対する二人、そこではどんな会話が繰り広げられているのか。また一夏が火に油を注ぐようなことを言ってなければいいが。

 アリーナの前面に備え付けられた大型のディスプレイ、そこに試合開始のカウントダウンが表示される。そして、そのカウントがゼロになりブザーが鳴り響くと同時に──二人は動き出した。

 一夏のIS『白式』と凰鈴音のIS『甲龍』、二機のISがそれぞれの得物を構えて、ぶつかり合った。

 

(甲龍……中国の第三世代機。どうやら白式と同じ近距離格闘型のようだが、第三世代機の特徴である特殊兵装が隠されてるんだろうな)

 

 白式は専用──というか唯一の武装である物理ブレード『雪片弐型』を構え、甲龍は巨大な青龍刀のような双剣をバトンのように振るっていた。

 初めは互いに近距離での殴り合いだったが、一夏が距離を取ろうとしたことで試合の流れが変わった。

 甲龍の大きな肩部アーマー、それが展開し内部の何かからの機構が作動したかと思えば、一夏が何かに殴られかのように吹き飛ばされたのだ。

 

「今のは……あれが甲龍の第三世代型兵装か?」

 

「ええ、あれは衝撃砲『龍砲』。空間に強力な圧縮をかけて、見えない砲弾を撃ち出す……それもありとあらゆる角度への発射が可能。弾が着弾するまで、その軌道を読み取るのは不可能と言われてるわ」

 

「ほー、そりゃ随分と強力そうだ」

 

 甲龍の第三世代型兵装について解説してくれる楯無に、相槌を打ちながら甲龍の動きを観察する。

 砲身も砲弾も何も見えないのは確かに辛いが、全く対抗手段がないわけじゃなさそうだ。一夏はアレにどう対処するのか。

 

「貴方ならどうする? 無策で突破できるほど甘い攻撃じゃわないわ」

 

「そうだな……俺のリーゼならフェーズダッシュで潜り込むか、リージョンの重装甲でごり押すか。ただ、一夏が対処するとなると……ま、それはこれからじっくり見させてもらおうじゃないか」

 

 俺は甲龍への対策方法を思案しながら、試合の様子を見守る。一夏は凰鈴音の放つ衝撃砲をかわせずに、何度も被弾していた──が、その動きにも変化が現れる。

 

「お、一夏の奴……中々によく観えてるじゃないか」

 

 やられっぱなしだった一夏も目が慣れてきたのか、放たれる衝撃砲を少しずつ回避し始めたのだ。

 結局のところ一夏が大きく不利な状況であることに変わりはないが、それでも一夏に勝機が見えてきたのは事実だ。

 

「驚いたわ、てっきり短期決戦に持ち込むかと思えば……貴方の入れ知恵のお陰かしら?」

 

「俺は大したことない教えてないって。ただ、相手をよく観察して戦え、って言っただけだ」

 

「それが実際にできるだけでも十分よ。特に、生死のかかった戦場では、ね。この学園で数少ない実戦経験者である貴方なら、よく分かってることでしょ」

 

「……! 知ってたのか」

 

「苦労したのよ。貴方が赴いた場所は、大概が何のデータも残されてなかったんだもの。でも貴方は、世間の裏ではかなりの噂になっていたのよ? ISを冒涜したものは、空から舞い降りる鋼の天使に断罪される、ってね」

 

「鋼の天使? 悪魔の間違いだろ」

 

 楯無が言っていることは、本来なら軍の諜報機関ですら知り得ないだろう情報だ。

 俺が束の命令で潰したいくつかの研究施設、そこでは生存者を残さぬよう徹底的に殲滅した上に、束がデータハックであらゆる記録は抹消されてほぼ残されていないはずだった。

 だが、それでもこの情報を知り得たのは、さすが『更識』といったところだろうか。

 

「よくその情報を掴めたもんだ……それで? 俺をどうする? 人殺しのパイロットと罵るか?」

 

「しないわよ。今の世の中、ISという超兵器のお陰か、戦争が起きそうで起きない不安定な世の中よ。でも、実際に戦争が起きたとして、ここにいる学生の何割が、殺意を持ってISを扱えるかしらね? ……恐らく、一割にも満たないでしょう。その中で貴方という人材は、とても貴重なの」

 

「人を殺せることがそんなに重要か」

 

 それを聞いたサラが、一瞬肩をビクつかせる。俺は一度、サラを殺そうとしたのだ、あの時のことを思い出していたのだろうか。

 

「そうよ。冷酷で残虐、人々はそう言うかもしれないけど兵士というのはそういうものでしょう」

 

 言い得て妙だ。国家のため、仲間のため、家族のため、理由はなんであれ、戦って敵を打ち倒すのが軍隊の役目、兵士の役目だ。

 しかし、殺したくて殺すわけでなくとも、人を殺めるという行為には、逃れられない罪を科せられる。そして、大抵はその罪の重さに耐えられない。

 俺のようなパイロットは……タイタンという兵器を扱う以上、ライフルマンとは比べ物にならないほどの命を奪う。俺が死んだら、間違いなく地獄行きになるだろうな。

 ただ、それこそがパイロットになるための必要な素質の一つといえる。冷酷でなければ、パイロットは務まらないのだ。

 

「貴方が人殺しだろうと関係ないわ。その力をこの学園のために振るってもらう、私たちは貴方の立場を保証する。それ以上の関係は必要ないわ」

 

「なら俺は……その期待に応えられるよう頑張ろうか。そろそろ出番みたいだしな」

 

「出番?」

 

 アリーナで激戦を繰り広げる一夏と凰鈴音、そのはるか頭上に視線を向ける。晴れ渡る青空、そこには弧を描いて降り落ちる光があった。

 かつての戦場で何度も目にした。あれは巨人の来訪を告げる流星ーータイタンフォールと同じだ。

 

「あれは……」

 

「お出まし、だな」

 

 アリーナへ目掛けて飛来するそれは、その凄まじい落下の加速をそのままに、アリーナの遮断シールドに衝突する。

 一瞬は抵抗を見せた遮断シールドもあっけなく突き破られ、空から飛来したそれはアリーナの中央に轟音をたてて落下した。

 

「アリーナ中央にコア反応を検知。識別、ISです」

 

「ISですって? この学園に侵入してくるなんて、一体何処の命知らずなのかしら……!」

 

「まあ待てって、そこで座って見てなよ。あれを相手にするのは、お前じゃなくて、あそこにいるあいつらだ」

 

「貴方……あれが何が知ってるの?」

 

「……どうせすぐにバレることだ。種明かしすると、あれは束の差し金だ」

 

 楯無は少し驚いた表情を見せたが、煙が晴れてその姿を現した異形のISを目の当たりにして、納得したようだった。

 

「確かに……あんな特殊な形状のISは見たことがないわね」

 

 全身を覆う黒い装甲、大型の腕部と怪しく光る複眼。3、4m以上はある巨体をそのISは、明らかに普通のものではない。

 俺はいつでもリーゼを展開できるよう準備しながら、あの黒いISと相対する一夏たちがどう動くかを見守る。

 今の一夏なら、あの黒い無人IS『ゴーレムⅠ』を一機は撃破できるというのが束の予測である。その予測通りに一夏があの無人ISを撃破すれば、俺も行動開始だ。

 

「何をする気なのかしら? あのISも貴方も」

 

「束から課せられた仕事、それを遂行するだけだ」

 

 さて、一夏があの無人機を相手にどう立ち回るか。今しばらくは、ここで観戦させてもらうとしよう。

 

 

 

 ──

 

 

 

「このっ……何なのよ、こいつ!」

 

 苛立ちを含ませた声色の鈴が、突如飛来した謎のISへ向けて衝撃砲を放つ──が、あっさりその巨大な手で弾かれる。その隙に一夏が近接ブレードの『雪片弐型』を構えて斬りかかるが、無人IS『ゴーレムⅠ』はそれを容易く回避した。

 鈴が気を引いて、俺が奇襲を仕掛ける。これで幾度目のトライかは分からないが、一夏たちはゴーレムⅠにまともなダメージを与えられずにいた。

 

「一夏っ、馬鹿っ! どこ狙ってんのよ!」

 

「狙ってるっつーの!」

 

 つい鈴に悪態をついてしまう一夏だったが、状況が最悪なのは変わりない。この謎のISの仕業なのか、遮断シールドのレベルが引き上げられ、ゲートも全てロックされている。

 一夏は先生たちが駆けつけるまで時間を稼ぐとは言ったものの、内心どうすればいいのか頭を抱えていた。

 

「……鈴、エネルギーの残量はどれくらいだ?」

 

「……もって数分、ってとこね。あんただって同じようなもんでしょ?」

 

「まあな。向こうがあまり積極的じゃないのが救いだぜ、ホント……」

 

 今もああやって距離を取って二人を観察するようにカメラアイを動かしてるが、距離を詰めればまた逃げられるに違いない。

 ただ一つだけ、一夏には引っかかってることがあった。普通なら回避できないであろう攻撃もあっさりと対応してきたり、まるで機械のような精密な射撃を繰り出してくる。それが一つの推測を導き出した。

 

「なあ、鈴……これは俺の推測でしかないんだけどさ。あのIS、本当に人が操ってるのか?」

 

「はぁ? 何言ってんのよ。ISは人が乗らなきゃ……そういえばアイツ、あたしたちが会話してる間は攻撃してこないわね。まるであたしたちの会話に興味があるような……」

 

 そう言う鈴の表情はいつになく真剣だ。きっと一夏と同じように、()()I()S()()()()()()()()()()に至ったのだろう。

 

「でも無人機なんてありえないわ。今の技術でそんなことが……」

 

「……と思うだろ? でもさ、あいつのIS、レイのISならできるって言うんだよ。あいつのISにはサポート用の高精度のAIが搭載されていて、それに任せれば無人での戦闘も可能だ、ってな」

 

「そんなことが……でも、それが本当ならどうだって言うのよ」

 

「人が乗ってないなら……全力で攻撃できる。『零落白夜』でシールドごとぶった斬る」

 

 普通のISが相手ならともかく、人の乗ってないISならば。シールドバリアーを無効化し本体に直接ダメージを与えられる白式の単一仕様なら、当たれば一撃で戦闘不能にできるはず、と一夏は考えていた。

 

「全力もなにも当たらないなら意味がないわよ」

 

「大丈夫だ、次は必ず当てる……!」

 

 何度かゴーレムⅠに攻撃を仕掛ける中で、一夏はなんとなくだでもその動きの傾向を掴んでいた。

 機械らしく、最適なタイミングを最小限の動きで回避しようとする。そこが分かっていれば、後は向こうの予測を上回る鋭い一撃を叩き込むだけだ。

 

(つい最近までこういうことには素人だったのに……レイの教えが活きてる、ってことか)

 

「……で、あたしは何すればいいの?」

 

「俺が合図したら、アイツに向かって最大出力の衝撃砲を撃ってくれ」

 

「衝撃砲を? 多分、当たらないわよ」

 

「いいんだよ、当たらなくても」

 

 けど俺のは外さない、必ず当てる。そう言い切る一夏に、鈴は仕方なさそうに肩をすくめるのだった。

 

「……分かったわ。外したら承知しないんだから」

 

 にやりと不敵に笑う鈴。それは以前にも時々見せていた『間違ってたらそれを理由に駅前のクレープを奢らせる』という顔である。

 

(幼馴染に奢らせるなよな、まったく……それじゃまあ、何とかやってみるか!)

 

 一夏が突撃姿勢に入ろうとしたその時だった……アリーナのスピーカーから大声が響く。しかも、一夏のよく知ってる声だった。

 

「一夏ぁっ!」

 

「箒っ……⁉︎な、何してるんだお前……!」

 

 アリーナの中継室の方をハイパーセンサーで拡大すると、怒ってるような焦ってるような、そんな不思議な様相をした箒がいた。

 そんな箒の声に興味を示したのか、ゴーレムⅠはそのカメラアイを頻りに動かしながら中継室へと向ける。

 そして、大きな腕部に装着された大口径のレーザーキャノン、その銃口を……中継室へと向けようとしていた。

 

「箒! 逃げ──くそっ、間に合わねぇ……! 鈴、やれ!」

 

「わ、分かったわよ!」

 

 少し肩を前に出す姿勢で肩部アーマーを展開させる鈴。最大出力砲撃を行うため、補佐用の力場展開翼が後方に広がる。そして一夏は、鈴とゴーレムⅠの射線上に躍り出る。

 

「ちょっ、ちょっと馬鹿! 何してんのよ⁉︎どきなさいよ!」

 

「いいから早く! 撃て!」

 

「ああもうっ……! どうなっても知らないわよ!」

 

 衝撃砲が発射態勢に入るのと同時に『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を作動させる。だがそれも、ゴーレムⅠのレーザーキャノンの発射準備が整う方が早かった。

 

「ダメだ、やめろ……! 逃げろ、箒──っ!」

 

 一夏の叫びも虚しく、放たれる熱線。アリーナの遮断シールドも軽々と貫通する威力のレーザーは、そのまま中継室に──届くことはなかった。

 レーザーが放たれるのと同時に、中継室を覆うように形成される青白いドームのようなシールド。ゴーレムⅠの放ったレーザーはそのドームシールドに阻まれると、激しい火花を散らして減衰していった。

 

『少しだけ、手を貸すぞ?』

 

「その声……!」

 

 思考通信から聞こえてきたのは、一夏と同じく男の声。再び中継室に視線を向ければ、中継室の前にはドーム状のシールドを展開するレイのIS、リーゼ・シエラがいた。

 

『そら、さっさとやっちまえよ。一夏!』

 

「……っ!」

 

 一夏がレイの言葉に返答する間も無く、鈴の最大出力の衝撃砲が放たれる。そして、作動していた瞬時加速(イグニッション・ブースト)がその衝撃砲のエネルギーをスラスターに取り込み、一気に爆発させる。

 当然、着弾のダメージまでは軽減できない。だがそこから生み出される驚異的加速力、それが一夏を一気に敵の懐まで運ぶ。

 

「ウ、オオオッ!」

 

 一夏の手にある『雪片弐型』が強く光り、単一仕様である『零落白夜』が起動する。ゴーレムⅠはまだレーザーキャノンの射撃態勢のまま、一夏はゴーレムⅠが動き出すより早く、純白の刃を振るった。

 

「これでっ……!」

 

 一振り目、ギリギリのところで攻撃に反応したゴーレムⅠが僅かに機体を傾け、放たれた斬撃は右腕を切断した。しかし、それを見て一夏は、ゴーレムⅠが無人機であることを確信した。

 

「終わりだっ──!」

 

 二振り目、全力で繰り出される一撃。それは無人機の胴体を捉え、シールドバリアーによる防御も無視して──ゴーレムⅠを両断した。

 二つに分かれて小さく爆発を起こすゴーレムⅠ。頻りに動いていたカメラアイもその動きが鈍くなると、遂には動かなくなった。

 

「はぁ……はぁ……やった、のか……?」

 

 一夏の足元に転がるゴーレムⅠは、すでにピクリとも動かない。完全にその機能が停止し、コア反応も消失したことを確認した一夏は、ようやく肩の力を抜いた。

 

「……ふぅ、なんとか……なったな」

 

「一夏っ!」

 

「ああ、俺は大丈夫っ──」

 

「一夏、上!」

 

「はっ……?」

 

 鈴の声を聞いた時、一夏はほとんど反射的に雪片弐型を盾のように自身の前に構えていた。ついで再びアリーナに地響き、またしても空から何かが遮断シールドを突破して、アリーナに降り立つ。

 そして、多量の土煙を切り裂いて飛来する赤い熱線。その先には一夏が斬り伏せたゴーレムⅠと同型のものが見えた。

 

(ああ、畜生……二機もいるなんて聞いてないぜ……)

 

 一夏は寸前でレイは言っていたことを思い出していた。戦闘における予想外の行動、それは気づかなかった奴が悪いのだ──正にその通りであり、一夏は敵が()()もいるなんて予想してなかった。

 

(箒は……アイツは怪我してなかったか? 鈴も無事なのか? 俺は──)

 

 そんな後悔の念に苛まれながら、一夏は赤い閃光に意識を飲み込まれていく。しかし、意識を手放すその最後まで、一夏は箒と鈴の心配ばかりしていた。




今日は二話掲載です

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