IMCに雇われた傭兵集団。主要メンバーは、ケイン、アッシュ、リヒター、バイパー、スローン、そしてリーダーであるクーベン・ブリスク。
全員熟達したパイロットであり、フロンティア最恐の傭兵集団として恐れられていた。
「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ」
「え、そう? ハヅキのってデザインだけって感じがしない?」
「そのデザインがいいの!」
「私は性能的に見てミューレイの……」
日曜日も終わりやってきてしまった月曜日。教室は相も変わらずガヤガヤと騒がしい。
しかも今日は何やらカタログを片手に談笑するクラスメイトたちが多い。確か、そろそろ個人のISスーツの注文期日が迫ってるんだったか。
「はい、皆さんおはようございます! 今日もHRを始めますよ」
元気よく挨拶をする副担任の山田先生、相変わらずご立派なお胸である。目の前でそう揺れるのを見せつけないでほしい。
「諸君、おはよう」
「「お、おはようございます!」」
教室に入ってきた織斑千冬に、騒がしかった教室が一気に静まり返る。いい感じに調教されてきたな、このクラスも。
だが、せっかく引き締まった空気も、山田先生の次の一言で再び加熱することになる。
「では……今日は皆さんに転入生を紹介したいと思います! しかも二名です!」
「「え……えええっ⁉︎」」
既に情報を得ていた俺や一夏など一部を除いて、クラスメイトたちが驚きの声を上げる。
さて、こちらはある程度事前情報を仕入れてあるが、問題のお二人は一体どんな人物なのか。
「失礼します」
「……」
教室の扉を開けて入ってくる二人の転入生に、クラスのざわめきがピタリと静まり返る。
そりゃそうだ、なにせ入ってきたのは随分と対照的な容姿の二人組。そして片方は女子ではなく、男なのだから。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」
金髪を後ろで束ねた中性的な少年、シャルル・デュノアはそうにこやかに自己紹介をする。こりゃまた随分な美男子が来たな。こうなると、クラスメイトの反応は──ああ、言うまでもなさそうだ。
俺はクラスメイトたちの興奮が爆発する前に、耳に指を突っ込んで蓋をするのだった。
「きゃ──! 男子! 三人目の男子!」
「しかもうちのクラス!」
「美形! 守ってあげたくなるような!」
「オルタネイトくんみたいなガッカリ感もないっ!」
「地球に生まれてきてよかった〜〜!」
予想通り、鼓膜を突き破らんとするほどの歓声。なんだか一人俺をディスってた気がするんだけど、気のせいか?
しかし、そんな喧騒にものともしないもう一人の転入生。腰まで下ろした長い銀髪に片目を隠す黒い眼帯と、いかにもな容姿だ。
そんな銀髪眼帯少女は静かに腕組みと直立不動のまま、実に下らなそうに俺たちを見ているのだった。
「あー、喧しい。静かにしろ」
「ま、まだ自己紹介は終わっていないので静かにしてください〜!」
織斑千冬もまためんどくさそうにぼやく。十代女子の反応がうっとおしくて堪らないんだろう。
しかし、皆が静かになっても依然口を開こうとしない銀髪少女。自己紹介をしてくれない転入生に、山田先生は横であわあわしていた。
「……挨拶をしろ、ラウラ」
「はい、教官」
「……ここではそう呼ぶな、先生と呼べ」
「了解しました」
踵を揃え、織斑千冬の言葉には素直に従う転入生。教官、か。確か楯無が言っていたな。織斑千冬はドイツで一年間ほど軍人相手に指導していたとかなんとか。
「……ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「…………あ、あの……以上ですか?」
「以上だ」
名前だけ告げて、ぴったり口を閉ざしてしまうラウラ・ボーデヴィッヒ。
「……! 貴様が……」
しかし、そんな沈黙を纏っていたラウラが、俺の隣の席の一夏に目をつける。そして、つかつかと一夏に歩み寄ると──その右手を一夏に振り下ろした。
「──っと、危ないな。初対面の相手をいきなり引っ叩くのは失礼だぞ?」
「ちっ、邪魔をするな……」
ラウラが振り下ろした右手、それは一夏に当たることなく、途中で俺に掴まれて阻まれる。ラウラはそれを、憎々しげに睨みつけてくるのだった。
放っておいたらそのまま一夏が引っ叩かれそうだったので、つい俺が手を出してしまった。だが、それで正解だったようだ。
「お、おい! いきなり何するんだよ!」
「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」
ラウラはそれだけ言い放つと、俺の手を振りほどいてつかつかと歩み去ると、空いてる席に座って静かに目を閉じたまま動かなくなるのだった。
(俺が手を止めた瞬間……めちゃくちゃ殺気向けてきやがったな。こりゃ中々に訳あり、って感じだ)
何やら織斑姉弟とただならぬ因縁がありそうなラウラ・ボーデヴィッヒ。一方的に殴られそうになった一夏は、なんとも言えない表情をしていた。
『リーゼ、とりあえず二人の情報をデータベースに登録しておいてくれ。また後でもう一度、情報を洗い流してみよう』
『分かりました、パイロット』
思考通信でリーゼに指示を出しながら、とりあえず調べるべき要点を頭の中でまとめる。まずはラウラの方が先決だろうか。
織斑千冬らドイツに一年ほどいたというが、ラウラとはその時期に出会ったのだろう。そして理由は分からんが、一夏に対してなんらかの感情を抱いている、と。
(やっぱり面倒なことになりそうだ……)
『ラウラ・ボーデヴィッヒ、ドイツ国家代表候補生。15歳、女性。シャルル・デュノア、フランス国家代表候補生。15歳、女性。以下二名をデータベースに登録します』
(…………んん⁉︎)
今、なんて言った? シャルル・デュノア、15歳……女性⁉︎ 女性って言ったのか⁉︎ どういうことだ、デュノアは男じゃないっていうのか⁉︎
『じょ、女性って……なんか勘違いしてるんじゃないだろうな?』
『身体的特徴や声紋から、シャルル・デュノアは89%女性であるという結論を得ました。よって、彼は彼ではありません。彼女、です』
『マジかよ……じゃあなんだ、シャルル・デュノアは男装してこの学園に転入してきたと? そういうことか?』
『そういうことになります』
前言撤回、先に調べるべきはシャルル・デュノアの方のようだ。なぜ性別を偽っている? 俺や一夏と接触するためか? それともフランスのIS開発で高いシェアを誇るデュノア社が関係してるのか?
なんにせよ、警戒しなければならない。もし、彼女の目的が、俺たちと一夏を狙ったものならば、最悪の事態も想定しなくちゃいけないのだ。
──
ホームルームを終え、場面は教室から第2グラウンドへ。本格的に始まるISの実機訓練、今日は二組との合同演習である。
俺はデュノアがISスーツに着替えるところを見れば、男か女かすぐに分かるのではと考えたのだが、デュノアは既に制服の下にスーツを着ていた。いや、別に覗きたいわけじゃないからな?
まあそんなゴタゴタをしていたら、すっかりグラウンドに到着するのが遅くなってしまった。
「遅い!」
グラウンドに到着してから、まず織斑千冬の鋭い一喝。そして、一夏が何かくだらないことを考えていたのか、織斑千冬に出席簿で頭を叩かれていた。
「何してんだ、せっかくさっきは叩かれるのを庇ってやったのに」
「いやぁ、間に合ったと思ったら鬼が金棒背負って待ってたぜ……どうでもいいけどcanabowって書くと、なんかブランドみたいだよな。カナボゥ」
「なんだって? ……ロ、ロングボウ? ロングボウといえばR-201などのRシリーズに並ぶ高精度のDMRじゃないか。セミオートライフルの一種だが、射撃精度に関してはトップクラスの名銃だ。遠、中距離の使用に適していて、スナイパーライフルとしても十分に運用可能だ。熟練したパイロットが握れば、どんな距離でもヘッドショットを決められるというがーー」
「スナイパーライフル? ちょっとそのお話を詳しく……」
「静かにしないか、馬鹿者ども!」
スパーン! スパーン! スカッ……小気味好い音が二発、頭を叩かれた一夏とセシリア(とばっちり)は頭を抑えて呻いていた。
残念だが、今回はきっちり回避させてもらったぜ。毎度毎度頭を叩かれてたまるか。
「……もっとキツい折檻が必要か?」
「あ、いや……やめてください死んでしまいます」
出席簿を面ではなく点で構える織斑千冬。流石に角でぶっ叩かれるのはまずい、頭が二つに割れちまうぞ。
「……バカじゃないの? あんたはヘルメット被ってるんだから、割れるわけないじゃない」
(バカ、考えが甘いぞ鈴……あのブリュンヒルデだぞ? そんぐらい余裕でやるだろ)
──と、ちょうど俺の後ろに整列していた鈴に、心の中で突っ込んでおく。これ以上余計なことを言うと、本当に頭をかち割られるかもしれん。
まあ、それはさておきだ。授業開始前のガヤガヤも収まり、漸く訓練が開始する。
「兄様、早速トレーニングを始めるのです」
「わーレイレイと同じ班だー」
俺の前に並ぶサラや本音を含む複数人の女子。俺の他の専用機持ちたちの前にも、同じくらいの人数の女子が並んでいた。
今日の授業はISの実施訓練、専用機持ちが補助しながら、実際にISを動かしてみる、というものだった。当然、俺も専用機持ちということで、補助をしてやらなきゃいけないんだが……
「レイ・オルタネイトくんだよね? サラちゃんから色々聞いてるよっ」
「やた! 男子組だ!」
「オルタネイトくんかぁ……デュノアくんがよかったな〜」
「おい貴様、さっきのホームルームでも俺をディスってなかったか?」
「え、えぇ? そんなこと……ないよ?」
露骨に狼狽える同じクラスメイトの女子をヘルメット越しに睨みつける。お前だな? 最近クラスメイトにガッカリ王子とか呼ばれる事があるが、あの渾名を考えたのはお前だな?
もう少し説教してやりたいところだが、ともかく今は目の前にいる総勢七名にISの起動から操縦までを補佐してやらなくちゃならない。
(訓練機ってラファール・リヴァイヴだし、乗り馴れてるサラに任せちゃダメかな……ダメか、やらなくちゃダメですか、はい。分かりましたからそんな怖い表情でこっち見ないでくださいよ、織斑先生)
離れた場所から鬼の視線を送る織斑千冬、あまり手抜きはできなさそうだ。こうなったらさっさと終わらせてしまうにかぎる。
「よし、さっさと終わらせるぞ。とりあえず、俺のスーツにベタベタ触るのはやめてくれ……っていうか離れろ! 鬱陶しいんだって!」
物珍しそうに俺のスーツを触る女子たちを追い払いながら、俺はリーゼのシャーシを呼び出そうとする。
俺のパイロットスーツはあからさまに他のISスーツとは違うから、気になるのは分かるけどな。あまり指紋を付けるんじゃない、誰がピカピカに磨いてると思ってるんだ。
「まったく……リーゼ! システムを戦闘モードへ、機体を展開しろ!」
「了解、シャーシを展開します」
グラウンドに地響きを立てて実体化するリーゼのシャーシ。コクピットを開いてリーゼに乗り込むと、コクピットは開けたままに立ち上がらせる。
「俺が横で補佐してやる。基本をおさえてるなら、ある程度は一人でできるだろ? 最初にやるのは誰だ」
「じゃあ私が……」
そう言って名乗り出てきたのは、二組の名前も知らないツインテールの女子だった。まあ、誰でもいいさ。
しかし、その子はラファール・リヴァイヴの前に立つと、脚部装甲にてをかけて登ろうとしたまま難しい顔をしていた。
「どうした?」
「……これじゃコクピットに届かないかも」
「あぁ……そういうことか」
忘れていた、直立状態のISには搭乗しにくいんだったか。特に小柄な女性だと手が届きにくいのだろう。
とりあえずはサラに乗ってもらって、しゃがんだ体勢になってもらおうか──そう考えてた時だった。
「私もあんな風に運んでほしいな〜……なんちゃって」
「あぁ?」
少し恥ずかしげに視線を泳がすツインテ少女。その視線の先には、白式を装着して班のメンバーをお姫様抱っこする一夏がいた。何やってんだあいつ。
「ああやってコクピットまで運んでほしいと? ……しょうがないな。ホラ、さっさと終わらせるぞ」
「え、ちょっ……ちょっとタンマ! 流石にそのでっかい手に掴まれるのは怖いんだけど! 潰されそうじゃん!」
「安心してください、そんなことには決してなりません」
「そう言われても怖いって!」
リーゼのマニュピレータをツインテ少女に伸ばすと、その圧迫感が怖かったらしく拒否されてしまった。
俺はもうすっかり慣れてしまったが、やっぱりこの大きな手に掴まれるのは怖いのだろうか。たしかに、ほんの少し力を込めれば挽肉にされちまうけど。
「ああもう……分かったよ、こうすりゃいいんだろ」
俺はコクピットから飛び降りると、つかつかとツインテ少女に歩み寄り、有無を言わさずに抱き抱える。一夏と同じようにお姫様抱っこでだ。
「うひゃあっ⁉︎な、何してっ……⁉︎」
「黙ってろ、舌噛むぞ」
抱き抱えたままジャンプキットを起動、コクピットの高さまで浮かび上がるとホバーへ切り替えて滞空する。
「さっさと乗れ、まだ後ろに六人も控えてるんだぞ」
「う、うん……」
「そうだそうだ! 早く代われー!」
「なんて羨まっ……けしからん!」
周りの野次は無視して、ラファール・リヴァイヴのコクピットに乗り込むのを補佐してやるが、ツインテ少女はやっぱり恥ずかしかったのか顔を赤くしてた。
そんな風にされるとこっちまで恥ずかしくなってくるじゃないか。ヘルメットで表情が隠れててよかった。
「……オルタネイトくんって結構強引なんだね」
「口より体を動かせよ」
「あ、もしかして照れ隠し? 大人っぽいってサラちゃんから聞いてたけど、そういうところもあるんだね〜」
「……」
「……よし、これでオッケー! じゃあ、次の人に代わるね」
起動から歩行までの一通りの動作を終えたツインテ少女。しかし何を思ったのか、またもやラファール・リヴァイヴを直立させたままでコクピットから飛び降りてしまったのだ。
「お、おい! 何してんだ!」
「いやー、こうしないと公平じゃないじゃん?」
「なんだよ公平って……全員抱っこさせるつもりか⁉︎ 面倒くさいな!」
「まあまあーそう怒らないでー。次は私の番だよー」
いつものダボダボの服ではなく、他の皆と同じISスーツを着た本音が満面の笑みで俺を呼ぶ。
「じゃあお願いーレイレイー」
「うわっ……引っ付いてくるな! やめろ、感触が生々しいんだよっ」
「え、なんのこと〜?」
分かってやってるのか、それとも無自覚なのか。俺に引っ付いてくる本音だったが、どうにもスーツ越しに柔らかな感触が……何が当たっているかは秘密だ。
「おぉ……さすがは同室で暮らす仲、熱々だね!」
「えっへん、どうだ参ったかー」
「ええい……ウロウロするな、じっとしてくれよ!」
しびれを切らした俺は先ほどのようなお姫様抱っこではなく、本音を雑に脇に抱える。そして、グラップリングフックを引っ掛けてコクピットへ飛び移る。
「ほら、さっさと乗り込めっ」
「おわー乱暴はやめるのだー」
口ではそういうものの、本音はどこか楽しそうだ。本音にこういう悪戯心を植え付けたのは誰だ? あの猫娘か? 本音まで楯無みたいになったら、色んな意味で困るぞ。
「終わったよレイレイー」
「じゃあ……きちんとISをしゃがませて降りろよ? きちんと……あぁ! しゃがませろって言っただろうが!」
「うーん、間違えちゃったー」
「くそぉ、もういいよ……! 全員運んでやるから、次の奴は前に出てきてくれっ!」
「次はサラの番なのです!」
「…………なんだ、サラか」
「えっ……反応薄くないですか、兄様」
どこか傷ついた様子のサラ。いやしかし、他の女子を抱っこするよりずっと気楽なんだから仕方ないじゃないか。
「そんな……いくら裸も見られた関係とはいえ、それはあんまりなのです!」
「ちょっ、おい!そんな誤解されるような言い方するな!」
聞く人が聞けば、そういう関係なのかと思われても仕方がない発言。勘違いするんじゃないぞ、決してそんなことはないからな。
確かに、初めてサラと会って束のアジトに連れ帰ったときは、しばらく俺がサラの世話をしてやったよ。お風呂とかに入れてやったりしたけど、あくまで世話しただけだからな⁉︎
「えっ……?オルタネイトくんたちって兄妹なのにそういう……えっ?」
「兄妹との禁断の恋ってやつ⁉︎うわぁ、胸がキュンキュンしちゃう!」
「へー、レイレイってサーたんみたいな娘が好みなんだ〜」
「そんな、恋人同士だなんて……照れちゃうのです」
「あーあー! なーんにも聞こえなーい!」
周りで囃し立てる十代乙女たちに、俺の精神的疲労がどんどん蓄積していく。女三人寄ればかしましいとはこの事か。
本当はデュノアやラウラの様子を観察しておきたかったのに、そんな余裕はまるで皆無だ。反論することを諦めた俺は、もう耳を塞いで現実逃避するしかできないのだった。
後書きはいつも話を書く際に思い浮かんだ下らない小ネタを書いてるのですが、大抵はマイナーすぎて分かりにくいやつばかりのような…
違うんです、これも全部親の影響なんです。親がオタクだと子供もオタクになるんですよぅ!