作戦開始からすでにかなりの時間が経過した、戦況は芳しくない。アンダーソン少佐とは連絡が取れず、離散した部隊の集結も遅れている。しかし、悪いことばかりではない。
6-4の面々とエンジェルシティ・エリートが合流してくれた。そして、彼らからある情報を得た。
IMCに与する傭兵部隊『エイペックス・プレデターズ』、彼らはフロンティア最強と名高いパイロット集団だ。そんな彼らを、二人も始末したパイロットがいるのだという。
ミリシアの三等ライフルマン、ラスティモーサ大尉からバンガード級を受け継いだジャック・クーパーだ。彼はエイペックス・プレデターズのケインとアッシュの二人を倒したのだ。
彼の活躍は皆の希望となっている。アンダーソン、フリーボーン中尉、シェーバー中尉、そしてレイ。ミリシアのパイロットたちとクーパーがいれば、きっとこの状況も打開できる。
学園の部室棟、そこにある広い武道場。そこで俺はまたしても道着に身を包んで、畳の上に正座していた。
しかし、今回一緒にいるのは一夏ではない。俺と同じく道着を着込んだ楯無だ。
「うーん、この道着も少し小さくなってしまったのかしら。胸元が窮屈ね」
「……」
わざとらしく、そしてこれ見よがしに胸元をはだけさせた楯無が、チラチラと俺の方を見ながらそんなことを言う。相変わらず目の保養に──いや、目に毒な奴だ。
「それで……彼女の正体は、シャルル・デュノアが女性だって織斑くんにバレちゃったんだっけ? これは大変なことになったわネ」
「そりゃバレるだろうよ。というかお前、バレること前提で一夏と同じ部屋にしたんだろ」
「もちろん、男装がバレればいくらでも追い出す口実にできるもの。正直、転入してくる時点で門前払いにしてもよかったんだけど」
「そうしなかった理由は?」
「彼女がISパイロットとして高い適性と操縦技術を持ってるからよ。あっさりと切り捨てるには勿体ないくらいには、ね」
「ふぅん……本当にそれだけか?」
「あとは……ふふっ、言わなくても分かるでしょ」
立ち上がって手足の筋を伸ばしながら、楯無に問いかける。それに対して楯無は悪戯っぽく笑ってみせる。
なんとなく予想はついている、楯無は俺を試していたのだ。俺がどう動くか、俺が使える駒であるかどうか、それを見定めていたのだろう。
「あの場でシャルル・デュノアを捕らえてもよかったのよ。それをしなかったのは、彼女に情が移ってしまったのかしら?」
「情が移ったのは否定しない。だが、俺なりに考えがあるとも……この前、ISの整備や弾薬補給について相談したろ?」
「ええ。貴方が望むなら、私が幾らでも用立ててあげるわよ」
「冗談じゃない、お前にそこまで貸しを作れるか。後で何を要求されるか分かったもんじゃない」
「あら、心外ね。私はそこまでがめつい女じゃないわ」
「ふん、どうだかな……」
「それで、その考えとやらはどんなものかしら?」
「……今ここには二つの問題がある。それを二つ同時に解決するのにぴったりなアイディアさ」
問題その1、リーゼの整備と弾薬補給についてだ。この先もISを運用するには他の専用機持ちたちのように、支援してくれる企業のような後ろ盾が必要になる。
問題その2、シャルル・デュノアの処遇だ。男装したままというわけにはいかないし、そこを何とかしてやりたいというのは俺や一夏も同じ気持ちだ。
ここで鍵となるのが──フランスのデュノア社だ。彼らと交渉し、ある条件を呑ませることができれば、きっと上手くいく。
「交渉材料となるものは持っている……が足りないものもある。それは何だと思う?」
「んー……お金かしら? もう、お金くらい言ってくれれば用意するのに。まあ、貴方のことだからタダじゃ受け取ってくれないんでしょ?」
「当たり前だ。お前はこの日本の暗部組織の長なんだ、表には出せないような案件が山ほどあるはずだろ?荒事に関するものなら、俺が引き受けさせてくれ。報酬と引き換えにな」
「なるほどねぇ……」
顎に手をやって少し考え込む。きっとリスクに対してリターンが釣り合っているか計算しているのだろう。
「……ま、仕事に関しては元々貴方に頼もうとしていたこともあったし、報酬付きというのも問題ないわ。ただし、私も一つ条件を付けさせてもらうわ……私と勝負しましょ?」
「勝負?」
「ええ、ちょうどこんな武道場に来てるんだし、私にも貴方の腕前を味わわせて欲しいわ……ね?」
そう言って楯無は俺に歩み寄ると、指先で俺の頬をそっと撫でる。しかし、動作とは裏腹に指先には、確かな攻撃の意思が込められていた。
「──っ!」
反射的にその場から飛び退こうとするが、一瞬早く楯無の指先が蛇のように俺の右手首に絡みつく。
そのまま捻り上げて関節を固められてしまうが、俺は完全に技が決まる前に楯無の顔面へ向けて拳打を繰り出す。
それを難なく受け止めてみせる楯無だったが、俺はその隙に右手の拘束から抜け出し、楯無から距離を取るようにバク転して後ろへ下がる。
「か弱い女の子の顔面に向かって拳を繰り出すなんて、中々に乱暴じゃない」
「やかましい、お前のような奴をか弱いとは言わん」
「失礼ね、もっと女の子には気遣わなきゃダメよ」
距離を取ったまま、互いに向かい合う。楯無は袴の帯を締め直すと、俺と同じように、一度深呼吸しながら目を瞑る。
そして楯無が再び目を開くと、先ほどまでの柔らかな雰囲気ががわりと変わり、俺もよく知る『兵士』のそれに近いものへと変わる。
「さて……やりましょうか?」
「……上等」
しばらくは互いに睨み合って出方を伺っていたが、先に動いたのは楯無の方だった。素早い踏み込みからの首筋を狙った抜き手、常人ならそれで勝負アリなほどに研ぎ澄まされていた。
「……っ!」
反射的に首を傾けてそれをかわすと、反撃の意を込めて拳打を繰り出しつつ、楯無の手を取りに行く。
当然、拳打は楯無にかわされてしまうが、その代わりに逆の手で楯無の道着の袖を掴むことはできた。
「むんっ!」
掴んだ袖を捻り上げ、足を刈り取って楯無を投げる。しかし、投げた感触は余りにも軽く、手応えがなかった。
楯無は投げられたわけではなく、自分から飛び上がっていたのだ。楯無はそのまま体を捻って綺麗に着地すると、今度は俺に向けて拳を繰り出す。
一発一発は軽いが、素早く何発も繰り出される拳打を捌きつつ、俺は楯無の動きを注意深く観察していた。
(速い、そして隙がない……さすがだな、体術だけならパイロットにだって劣らないか……!)
蹴り、肘打ち、手刀、的確に急所を狙って繰り出される技のオンパレード。相手をしてて面白いと感じるほどの多彩さだ。
「ちょっと……貴方だけで楽しまないでもらえるかし、らっ!」
鋭く打ち出される上段蹴り。俺はそれをしゃがみこんで回避すると、楯無の足を抱え込むように押さえ込み、地面に押し倒した。
マウントを取る。単純だが圧倒的に優位が取れるこのポジションは、男だろうと女だろうと抜け出すのは至難だ。さて、楯無はどうするか?
「殴られるのが嫌だったら、さっさと降参してくれると助かるんだが……そんなセリフがお前の口から出てるとも思えないな」
「あら、よく分かってるじゃない」
側から見たら婦女子が暴漢に襲われているようにしか見えないかもしれないが、こいつは並大抵の暴漢は返り討ちにしてしまうような強者故に悪しからず。
降参する素振りは微塵も見せない楯無に対して、俺は拳を握りこむと、そのまま楯無の顔面に振り下ろす。
「容赦ないのね、でもそういうところ……嫌いじゃないわ」
楯無はなんと──寸前で拳を受け止めるや否や、手首の関節を極めてきたのだ。
完全に勢いを殺された上に、手首に走った痛みで生じた僅かな隙。それを見逃さず、楯無は喉元に親指を突き入れ、俺の呼吸を奪った。
「──っ⁉︎」
「貰ったわよっ!」
俺の圧力が弱まり、下から蛇のようにすり抜けた楯無は、今度は俺の足をとって押し倒そうとしてくる。だが、俺だってそう簡単にやらせるつもりはない。
関節を取ろうとして外し外され、ポジションを取ろうとしては躱し躱される、目まぐるしい攻防が繰り広げられる。
その中で俺が繰り出した拳打が、楯無の額を掠め小さく傷を作る。その時、楯無の目の色がまた変わり俺の背筋に嫌な悪寒が走る。
俺も楯無がそんな目をしているのは初めて見るが、俺だってよく同じような目をしていることがある。それは、
一度距離を取って、再び向かい合う俺と楯無。道場の中には張り詰めた空気が満ちていたが……
「さーて、今日も部活頑張りますか!」
「部活もいいけど、そろそろテストの勉強もしなくっちゃねー」
「いやいや、その前にタッグのパートナーを早く決めないとっ! 今日が締め切りじゃん!」
……何処からともなく聞こえてきた女子生徒の声が、それを霧散させた。戦場にも似た殺伐とした空気、それを近くを通りすがった女子生徒たちが日常の空気へと引き戻してくれたのだ。
「……ふぅ、ここら辺にしておきましょうか。これ以上はダメね、本当に
額の汗と少し滲んだ血を拭いながら、深々と息を吐く楯無。俺もまた、気づけばじんわりと冷や汗をかいていた。
「お前、最後ホントに殺りにきてなかった?」
「そうね。そうでもしなきゃ、殺す気で行かなきゃ勝てないかも、って思っちゃったんだもの」
「少し背筋が凍ったぞ……危うく俺もお前を殺す気で殴りそうになっちまった」
あっけらかんと相手を殺すところだった、という言葉を口にする俺と楯無。一瞬、互いにキョトンとした表情になったが、すぐに笑いがこみ上げてきた。
「ふ、ふふふっ……変なの。初めてよ、面と向かってストレートに殺す気だったとか言われたなんて」
「ああ、俺も初めて──いや、すまん。全然初めてじゃなかった」
よくよく思い返してみれば、色々と心当たりがある。エドに言われたことだってあるし、アンダーソン少佐にも言われた気がする。彼も口が悪かった。
「こうやって思い返してみると、結構口が荒い奴ばかりだったな。殺すとか死ねだとか、耳に馴染みすぎてる」
「そ、そうなの。まあ、それは置いといて……勝負はとりあえず引き分けということで。でも貴方は十分に、いや、想像以上に楽しませてくれたわ。こんなにゾクゾクしたのは久しぶりよ」
少しうっとりした表情で頰を染める楯無。殺気を向けられて頰を染めるというのは、些かヤバいだろう。
まあ、強者故にそういう相手がいなかったから新鮮だった、ということにしておこう。
「合格よ。約束通り、報酬付きで貴方に新しい仕事を提供してあげるわ。諸々の準備があるから、少々先の話ではあるのだけれども……」
「いや……それでも助かるよ」
「でも、一つ言っておくわ」
またも急に真面目な表情になった楯無は、真っ直ぐに俺の目を見てくる。何を言われるか分からないが、俺は少し身構えて楯無の次の言葉を待つ。
「……女の子の胸やお尻をあれだけ触っておいて無表情、っていうのはどうなのよ。お姉さん、少し傷ついちゃうなー」
「はぁ……? 何言って──」
そこまで言って、少しずつ手に感触が戻ってきた。楯無と組み合ったたとき、俺は確かに色々と触ってしまっていたかも。
組手の最中は意識を集中させてたからか、全くそういうのは気にならなかった。だが指摘されると途端に、指に生々しい感触が蘇ってきたのだ。
「感想は?」
「やわらっ──何言わせんだ、バカッ!」
「んふ、顔赤くしちゃって。そういうところは可愛らしいわね♪」
「ぐぬぬっ……」
楯無を満足させることができたのだから、勝負自体は引き分けかもしれない。しかし、なんだかしてやられた気分だ。
「じゃ、お仕事のお話はまた今度食事でもしながら、ね。今日は楽しかったわ、レイ」
そう言って楽しそうに笑みを見せながら、楯無は道場を後にする。楯無に何か言い返してやろうと考えあぐねていた俺だったが、楯無の何気ない一言で、思わず呆然としてしまう。
楯無とは何だかんだで色々と世話にはなっているが、お互い腹の中を探り合って一歩引いて接していた。だから、面と向かって名を呼ばれたのは初めてだった。
「……お前も随分な人誑しだよな、ホント」
俺は小さくため息を吐くと、まだ指先に残る体温にまた顔が紅くなりそうになるのだった。
処刑モーション中のパイロットを後ろから処刑したら、処刑モーションだけやってキル取れない謎バグに遭遇。
首をへし折られたのに平然と立ち上がる様はもはやホラー