IMCの星間ビーコン基地に、残った戦力の全てを集結させた。集まった戦力は当初の半分以下、多くの兵士を失ってしまった。
パイロットも例外じゃない。ラスティモーサ大尉、アンダーソン少佐、シェーバー中尉……ベテランのパイロットが何人も戦死した。
しかし、ラスティモーサ大尉からバンガード級を受け継いだクーパーや、負傷していたけどレイも合流できた。そしてクーパーが、特殊作戦217を完遂してくれた。
IMCは、フォールド・ウェポンというとんでもない兵器を起動しようとしている。そしてそれは、一発でミリシアの拠点である惑星ハーモニーを破壊してしまう。
その原動力にはアークというものが必要だ。それが今、IMCの輸送艦で運び出されようとしている。私たちは、全戦力を投じてこれを阻止する。なんとしても、フォールド・ウェポンは起動させない。
「……っ……うっ……」
体の芯に響く嫌な痛みで、混濁としていた意識が少しずつはっきりとしてくる。俺は今、どこかベッドの上に寝かされているようだ。
ゆっくりと体を起こして、辺りを見回してみれば、そこには自分と同じようにベッドに寝かされている兵士たちが沢山いた。
ここはいわゆる野戦病院のようだ。外からは沢山の人々の声も聞こえてくる。ここは何処なのだろうか?
「目が覚めたようね。無事で何よりだわ」
「っ……⁉︎ブリッグズ司令⁉︎」
ぼんやりとしていた俺に声をかけてきた一人の女性。バンダナをした力強い瞳のその人は、俺たちミリシア特殊偵察中隊SRSの司令官、サラ・ブリッグズだった。
俺はすぐに背筋を伸ばして敬礼しようとするが、脇腹の痛みに顔を引きつらせてしまう。ブリッグズ司令はそんな俺を見て、小さく笑みを見せるのだった。
「ふふっ、大丈夫よ。楽にしてもらって構わないわ」
「は、はぁ……あの、司令。ここは……どこですか? 何故、司令がここに……」
「ここは座標772ー981、IMCの星間ビーコン基地よ。ミリシアSRS第三擲弾兵隊隊長のコール大尉が、この基地から残存するミリシア兵に集まるよう連絡を飛ばしてくれたの」
座標772ー981の星間ビーコン基地……ああ、俺がIMCの連絡基地でI聞いたあの座標だ。つまり、俺は何とか味方と合流することができたということだ。
そうなると他のライフルマンたちはどうなった。相棒は無事なのか? そもそも俺はどうやってここに辿り着いたのか。
「貴方はかなり深傷だったから、覚えていないのも無理はないわ……貴方たちはここ星間ビーコン基地に向かう途中で、6-4の皆が回収してくれたのよ。貴方は意識を失って眠ったままだったけれど……安心して、貴方と共にいたライフルマンたちも、貴方の相棒も無事よ」
「そう、ですか……良かった」
それを聞いて俺は少し安心できた。相棒も、サンダース軍曹らも無事なようだ。なんとか、あの地獄を切り抜けることができたのだ。
「司令、お聞きしたいのですが……ここに集結できた戦力はどれほどでしょうか」
「当初の半分以下ね。あの奇襲でこちらはかなりの戦力を失ってしまった……優秀なパイロットも、ね」
「……!」
「貴方は……そう、まだ知らされていなかったのね。ラスティモーサ大尉、アンダーソン少佐は戦死した。彼らは任務遂行のため、最後まで戦い続けていたわ」
「ラスティモーサ大尉が……死んだ? アンダーソン少佐まで……」
ここは戦場で、パイロットは決して不死身じゃない。だから死なないなんてことはあり得ない。パイロットだって死ぬときは死ぬ。
でも、いざあの二人が戦死したと聞いても、にわかには信じられなかった。
「ラスティモーサ大尉のタイタン、BTは……彼が指導していたライフルマン、ジャック・クーパーに引き継がれたわ。そして、彼はアンダーソン少佐が指揮していた特殊作戦217を完遂した。彼のおかげもあって、私たちはここに集結することができたのよ」
「ジャック・クーパー……ラスティモーサ大尉が言っていたあの……」
「いい、レイ? 申し訳ないけれど、まだ私たちに悲しむ時間はないの。IMCは今、とてつもない兵器を発動させようとしている。私たちはこれから持てる戦力全てを動員して、それを阻止する。でなければ、もっと多くの命が犠牲になってしまう!」
俺の手を取って立ち上がらせると、俺のスーツとヘルメットを手渡してくる。真っ直ぐに俺を見通すブリッグズ司令の目には、やはり確固たる意志が宿っていた。
俺はそんなブリッグズ司令を見て心を切り替える。ブリッグズ司令の言う通り、悲しむのは後だ。今はまだやるべきことがあるのだから。
「力を貸してくれるわね、レイ?」
「……当然です、このくらいの怪我は何ともありませんよ。それに……こんなところでへこたれていたら、あの人に笑われてしまいますからね」
「その意気よ、パイロット……きっとエドもそう言うわ。出発は3時間後、貴方のタイタンはドロップシップ三番艦にあるわ。急いで出撃準備を!」
「はっ! フォックス2ー1、レイ・フェデラル、任務遂行に全力を尽くします!」
ブリッグズ司令に敬礼すると、司令は俺にサムズアップをしてから野戦病院を後にするのだった。出発は3時間後、確かにあまり時間は残されていない。急いで準備しなくっちゃならない。
連絡基地での戦闘で負った傷はまだ痛むが、そんなことは気にしていられない。どうやら、IMCの連中はとんでもない兵器とやらを使おうとしているらしいからな。
急いでパイロットスーツを装着した俺は、野戦病院の外に出る。野戦病院は星間ビーコンの巨大なアンテナの麓にあり、外では沢山の兵士たちが、忙しそうに動いていた。
一緒に行動していたライフルマンたちにも一言はかけておきたいが、まずは自分の相棒を探さなければならない。
「もう傷はいいのか、レイ?」
艦を探してウロウロしていると、一人のパイロットに声をかけられる。重装タイプのヘルメット越しに聞こえるその男の声を、俺は知っていた。
「ベア! ベアじゃないか! お前がいるってことは6-4の皆も……ああ、そっか。俺は6-4の皆に助けられたんだっけ」
「ふっ……その様子だと、もう怪我は大丈夫そうだな。相変わらずタフな奴だ」
このクールな男、ベアは傭兵集団6-4のメンバーの一人。俺は覚えていないのだが、ここ星間ビーコン基地に俺を連れてきたのも、彼ら6-4だ。
「だから言ったでしょう、ベア。レイはあの程度はどうって事ないって」
「……!久しぶりだな、ゲイツ姉さん!」
ベアと同じくパイロットスーツに身を包んだ彼女は、6-4の指揮官、ゲイツ。その昔、俺にパイロットとしての訓練をつけてくれたこともある。
そんな彼女だったが、俺の口から姉さんという言葉が出るや否や、ゲイツはヘルメットで強烈な頭突きを俺にかますのだった。
「いてっ……そう怒るなよ、ゲイツ」
「その呼び方はやめてと、何度言ったら分かるの?」
「ゲイツは俺にパイロットのイロハを教えてくれた一人だからな。何もおかしなことはない」
呆れたように肩をすくめるゲイツに、肩を落としてだんまりなベア。彼らと戦場で出会うのは何も珍しいことではないが、やはり少し落ち着く。
特にゲイツとは俺がライフルマンの頃からの付き合いなのだ。そして、このやり取りはもはや何度目か分からない。
「マクアラン級が奇襲を受けて、貴方が行方不明になったと聞いたときは……遂にくたばったのかと思ったけど、無用な心配だったみたいね」
「それは心配してるって言わない気がするんだ、俺は」
「そんなことはない。実際ゲイツは結構お前のことを心配していっ──」
「ベア……?」
「いや、すまん。何でもない」
ヘルメット越しに睨まれて口をつぐむベア。ゲイツがキレると手がつけられないので、メンバーの皆はゲイツに睨まれると口答えできなくなってしまう。
無論それは俺も同じである。エドはよくナンパやらセクハラやらをして、キレたゲイツにボコボコにされていたものだ。
「ふん……まあ、貴方が無事でよかったわ」
「さすがに死を覚悟したけどな、ははっ……」
「大丈夫、貴方はそう簡単に死ぬタマじゃないわ」
今度は先ほどと違って柔らかな口調になるゲイツ。勝気で熱血なところが目立つが、仲間を大切に想う一面は数少ないゲイツの女性らしいところ……いや、すみませんでした、そんなに睨まないでください。
「おうおう、さすがはあの唯一ゲイツにナンパする勇気を持ったエドの意志を継ぐ男だ!」
「へへ、早速見せつけてくれるなぁ、おい!」
またもやゲイツに頭突きされそうになっていた俺の後ろから、茶化すように肩を組んでくる二人のパイロット。
この二人も6-4のメンバー、ドロズとデイビスだ。部隊のムードメーカーでもある二人も、どうやら相変わらずのようだ。
しかし、そんな二人もまとめて頭突きをかますゲイツ。そんな様を後ろから見ていたベアは、小さく忍笑いをしているのだった。
本当にこいつらは、こんな時で焦ったりとかそんな様子はない。いつも通りだ。でもそれが逆に良かった。
彼らと一緒にいると勇気が湧いてくる。こんな状況でも何とかなる、そういう風に思ってしまうのだ。
「おーい、少尉殿ー! ご無事でしたかぁ!」
俺がゲイツたちとくだらないやり取りで騒いでいると、また俺を呼ぶ声が聞こえてくる。見れば、数人のライフルマンがこちらに走り寄ってきていた。
「サンダース軍曹! よかった、皆も無事だったんだな」
「ええ、少尉殿のお陰です。本当に助かりました」
「まさか単騎で複数のタイタンを追い返してしまうなんて、さすがはパイロットだ!」
「しかもブロードソード一本でだぞ? パイロットがいてくれれば、IMCにだって勝てる!」
周りで囃し立てるライフルマンたちに苦笑しながらも、俺は強く拳を握り込む。それを見たゲイツも同じように拳を作ると、軽く俺を小突くのだった。
「ふふっ、これは負けられないわね?」
「ああ、そうだな……なんとかこの死地を切り開こう、ゲイツ」
「当然よ、私たちはパイロットなんだから」
──
惑星タイフォンの空を飛ぶミリシアのドロップシップ。鋼の巨人を乗せたそれは、IMCの補給基地を目指していた。
その一隻の中で、俺は決戦に向けて修理を受けた相棒に搭乗して、出撃の瞬間を待っていた。SRSの全戦力を投入するこの作戦、激戦になるのは目に見えている。
『──、──!』
機体の最終チェックを行っていた人型自立作業ロボットのマーヴィンが、胸部のモニターに笑顔のマークを表示させながら俺にサムズアップする。
俺もそれにサムズアップを返してやりながら、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせるのだった。
「大丈夫ですか、パイロット。貴方の怪我は完治したわけではありません、無理は禁物ですよ」
「大丈夫だ、これぐらいはなんてことないさ」
実を言えば、決して怪我が痛まないわけではないのだが、俺の心配をしてくれる相棒には大丈夫だと返しておく。
それに他の仲間たちが決死の作戦に挑もうとしているのに、俺だけお留守番なんてのは真っ平御免だ。
『こちらミリシア特殊偵察中隊SRS、司令官のサラ・ブリッグスよ。みんな、少し話を聞いて』
館内放送から、ブリッグス司令の声が流れる。彼女は別の輸送艦にいるが、きっと彼女はあの赤いバンガード級に搭乗しているのだろう。
『IMCの連中は、フォールドウェポンという、世界すらも滅ぼしかねない最悪の兵器を使おうとしているわ。そして、その標的は、私たちの本拠地である惑星ハーモニーよ。奴らがフォールドウェポンを起動させる前に、動力源であるアークを奪取しなくちゃいけない。
私たちは一刻でも早く、アークのもとに辿り着くのよ。誰か一人でもアークへと辿り着き、奴らから奪取できれば私たちの勝ち。惑星ハーモニーの数千万という人々を救うことができる!』
(フロンティア、惑星ハーモニー……俺の故郷か。正直愛着なんてないが……ここに生きる人々は別だ)
『フロンティアのために、そしてそこに生きる人々のために、仲間のため、家族のため、愛する人のため……私たちはこの命を掛けて戦うわ。そしてその命を無為にしないためにも、私たちは味方の屍を踏み越えてでも前へ進むのよっ!』
パイロット、ライフルマン、SRS全ての兵士を鼓舞するブリッグス司令。その言葉は確かに俺の心にも届いた。
誰かのために命を賭して戦える奴が一番の兵士である。エドもいつもそう言っていた。誰かのために引き金を引いて、手を汚せる奴ほど強い奴はいないのだと。
ならば、俺たちは最強だ。俺たちはいつも、何かの為に命を懸けて戦ってきたのだから。
『"特攻兵団"、射撃体勢!』
ブリッグス司令の合図で、俺も含めて全てのタイタンが出撃準備を終える。ハッチが閉まり、俺と相棒のニューラルリンクが確立する。
「プロトコル1、パイロットとのニューラルリンク。プロトコル2、任務の遂行。我々の任務は、IMCの大型貨物輸送艦IMSドラコニスから、動力源『アーク』を奪取すること。そして……必ず生還することです」
「OK、それじゃあ、地べたを這いずり回りながら、血反吐を吐きながらでも……絶対に生きて帰ろうじゃないか!」
相棒と繋がった俺は、コンテナに立てかけてあった20mmオートライフル『XO-16』をマニュピレータで掴み上げ、背部ラックに背負う。
背部の追加アコライトポッド、ブロードソード、防護煙幕、FCSにも問題なし。さあて、遂に地獄の門が開くな畜生!
『タイタンフォール 、スタンバイ!』
高高度から地上に射出される無数のタイタン。落下の加速で軋む機体の中で、身体にかかるGに必死で耐える。
ドームシールドを展開し雲を突き抜けると、その目標地点が視界に入る。分厚い防壁に囲まれたIMCの補給基地、そして、その奥に控える大型貨物輸送艦IMSドラコニスが見えた。
『地表まで1200、1000……パイロット、衝撃に備えてください』
ドームシールドに包まれたタイタンたちが次々と地面に着地し、その衝撃に地面を揺るがす。シアキットの翡翠の光を瞬かせて、ミリシアの精鋭パイロットたちとタイタンが戦場に降り立ったのだ。
降下の隙を狙っていたのか、補給基地の防壁に取り付けられていた数々の砲台が火を噴く。俺たちはすぐに大岩や崩れた建造物の陰に隠れて、背部のアコライトポッドを起動させた。
『目標、前方800m、補給基地周辺外壁。マルチターゲットミサイル、全弾ロックオン』
『アコライトポッド、発射準備よし! 司令、砲撃許可を!』
防壁から飛び交う銃弾の雨の中、俺たちの先頭に立つ赤い塗装のタイタンと、同じくカスタムカラーのタイタン。あれはブリッグス司令とラスティモーサ大尉が駆っていたバンガード級のBT-7274だ。
先頭に立つその二機も同じく背部のアコライトポッドを展開して、翡翠のカメラアイで目標を見据えていた。
(ああ、そうか……ラスティモーサ大尉の意思は、きちんとあのルーキーが継いでいるのか)
ブリッグス司令と並んで戦場に立つその姿は、かつてのラスティモーサ大尉を彷彿させるものだったのだ。
俺はあのルーキーがこの過酷な戦場を生き延びられるよう祈り、そして、全てが終わったら一杯奢ってやることを心に決めるのだった。
『砲撃許可! 撃てっ!』
ブリッグス司令の合図と同時に、数十機のタイタンがアコライトポッドから多量のミサイルを射出する。
そして、降り注ぐミサイルはここまではっきり衝撃が伝わるほどの凄まじい爆発を引き起こし、補給基地の防壁をバラバラに吹き飛ばしたのだ。
『全機、突貫! アークを奪取せよ!』
バンガード級タイタンたちが大地を踏みしめ、崩壊した防壁、そしてその先にある大型貨物輸送艦IMSドラコニスを目指す。
だが、IMCの連中もただやられてばかりなんてことはありえない。ミサイルの爆発が吹き上げた粉塵の中からこちらを見据える、無数の赤いカメラアイ。どうやらお出ましのようだ。
「前方に無数の熱源、IMCのタイタンです」
「とんでもない数だな、おい……!」
『足を止めるな、そのまま前進よ! 対タイタン戦用意、正面から突き破るわ!』
崩れた防壁から躍り出る無数のタイタン。トーン級、ノーススター級、プルート級、イオン級……部隊編成もクソもない、タイタンの大群だ。
そして、俺たちに浴びせられるミサイル、マシンガン、ショットガン、レーザーの多種多様な弾幕。俺たちはヴォーテックスシールドを展開して、その中を突っ切る。
『撃て、銃身が焼けつくまで撃ち尽くせぇっ!』
『火砲を集中させて、各個撃破しろ!』
今度はバンガード級タイタンたちがIMCタイタンたちへと弾幕を張る。真っ向からの撃ち合い、タイタンの絶対数はIMCの方が上だ。
ミリシアのバンガード級は、数を質で補う。例え倍以上の戦力差があったとしても、俺たちにはそれを覆せる力がある。だが……
『くっ、被弾した⁉︎ダメだ、ハッチが開かなっ──』
『ストーク3-6、ダウン──くそがっ! 怯むな、進めぇ!』
『こちらウォンバット4-2! 集中砲火を受けている、誰か援護を⁉︎』
『ジャッカル7-1、スパロウ6-5! ウォンバット4-2の援護を──南南西から新手、迎撃してっ!』
炸薬と硝煙の匂いが戦場に充満していき、ミサイルの爆発音とタイタンの砕け散る音が響き渡る。
そして、同時に死の匂いも撒き散らされていく。ミリシア側もIMC側も、タイタンたちは瞬く間にスクラップとなり、パイロットは挽肉にされていく。
(足を止めるな……前へ……ただ前へ、進み続けろ!)
鉄くずになったタイタンの残骸を乗り越えて、俺たちは前に進み続けた。前方は敵の大群だが、振り向くのも怖かった。何故なら──後ろにはきっと、数え切れないほどの仲間の亡骸が転がっているかもしれないのだから。
今回はフロンティア時代のお話でした。
ところで、目の前にまでダイヤが迫ってきているのに、手が届かないのは何故でしょう?
やっぱり一般人には無理なのかなぁ……ぐすん