Infinit Fall :Re   作:刀の切れ味

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 ⚪︎クーベン・ブリスク
 ARES師団に雇われた傭兵。フロンティア最恐と名高い傭兵部隊『エイペックス・プレデターズ』の指揮官。支払いさえ良ければどんな任務も遂行するが、契約外の仕事はしない。


Log.32 ブレイクポイント4-30 ①

「……前に……前に……止まるんじゃねえぞ……」

 

「パイロット、起きてください」

 

「ふごっ……! ……くあぁっ……」

 

 相棒の声で寝ぼけていた頭が次第にはっきりとしていく。そうだ、少し昼寝でもしようと思って、そのままぐっすりと眠ってしまっていたのか。

 

「はぁ……またあの頃の夢か……走馬灯でも見てるのか?」

 

「はい、お茶だよ」

 

「おお、すまないな……んん?」

 

 横から差し出されたお茶を何気なく受け取るが、今のは一体誰だ。本音か? ありえないな、この時間帯のあいつは昼寝しているか生徒会室にいるんだ。

 じゃあ、このお茶を入れてくれたのは一体誰なのか。差し出されたその相手の方を見れば……

 

「随分とうなされてたけど、大丈夫?」

 

「シャルル? なんで俺の部屋に……」

 

 お茶を入れてくれたのは、なんと予想外のシャルルだった。しかし、なんで俺の部屋に、と口に出してから、俺は自分でシャルルを呼んだことを思い出した。

 

「そうだった、忘れてたな。話があるからと部屋に呼んだんだったか……待たせたか?」

 

「ううん、そんなことはないけど……」

 

 手を振って平気だということをアピールするシャルルだったが、その口調は少し歯切れが悪い。まあ、このあいだラウラに俺の隠し事を暴露されてからは、まともに会話もしていなかったからな。

 俺はシャルルから受け取ったお茶で少し口を湿らせると、改めて話し始める。

 

「さて、改めて言っておくが、俺はもうお前をどうこうするつもりはない。ラウラやサラから色々聞いたかもしれないが、そこは信用して欲しい」

 

「うん……僕だって信用してもらえるような立場じゃないし、それに……」

 

 何か言い淀んで、結局言葉が出てこないシャルル。あえてそれには言及せずに、俺は本題に入る。

 

「実は俺も今、ある問題を抱えていてるんだ。あー、この前の件とは別だぜ?」

 

「この前とは別?」

 

「ああ……俺は企業の後ろ盾が欲しいんだ。弾薬や機体の整備を格安で受け合ってくれるような後ろ盾が、な。だがいかんせん、そんなコネはない。俺も立場が立場だ、不用意な動きもできない」

 

 そこまで聞いて、自分に何を求められているかをなんとなく察したシャルルは、少し訝しげな表情をする。

 

「そこでだ……俺は比較的友好的に接してくれる企業との繋がりが欲しい。お前は今の立場を改善したい。この二つの問題を同時に解決できる計画があると言ったら……乗るか?」

 

「それってもしかして……デュノア社と取引したいってこと?」

 

「そうなるな」

 

「……もし、その計画が失敗したら?」

 

「俺もお前も、酷い目に合うだろうな。だが、リスクがなきゃ見返りも得られない。虎穴に入らずんば虎子を得ず、だぜ」

 

「じゃあ……私がその申し出を断ったら?」

 

「断ったら? そりゃあ……お前の断りなしに勝手に実行する、かな」

 

 シャルルの問いに対して俺がそう答えると、シャルルはそれが可笑しかったのか、少し笑みを浮かべた。

 正直に答えたのが可笑しかったのか? 俺としてはこれはチャンスなんだ。これを逃せば、俺は補給を得られない孤立した部隊のように苦しい思いをすること間違いなしなんだからな。

 

「ふふっ、それを僕の前で言うかなぁ……サラが言っていた通りだ。本当に不思議な人だよ、君は」

 

「変わり者、という自覚はある」

 

「悪い意味で言ったんじゃないよ。でも、前は僕に拳銃を突き付けてたのに、今は僕のために無茶しようとしてるんだもの」

 

「以前の俺なら……躊躇なくお前を始末したかもしれんが、そういうわけにもいかないんだよ」

 

 俺が一夏たちと命の価値観が違うのは、もう十分に身に染みている。フロンティアにいた頃のようなやり方ばかりではどうにもならないのだ。

 

「一夏たちはレイのしたことに対して、まだ割り切れないみまいだったけど……いや、それは僕もそうだね。でも、レイが優しい人、ということはよく分かったよ」

 

「俺が? まさか……」

 

「サラを見たら分かるよ、あの娘は君のことを本当の兄のように慕っているんだもん」

 

「む……」

 

 正面切ってそんなことを言われると……少し照れる。優しいだなんて言われたことはなかった。

 

「とりあえず、返事はまた今度にさせてもらうよ。僕にも……少し考える時間が欲しいんだ。このIS学園に来てから、僕にとっては初めての出来事ばかりだから……」

 

 そう言って微笑むシャルルは、決して今の自分の境遇を悲観してのものではない。きっとここIS学園に来て、シャルルも何か思うところがあったのだ。

 そして、初めての出来事ばかりというのも、全くもって同意だ。俺もここに来たばかりの時は、毎日驚かされていたもんだ。

 ──ってまだニヶ月ほどしかたってないのか。ホントに濃い二ヶ月だな、おい。

 

「ま、いいさ。まだ時間はある、ゆっくりと考えてみるてくれ。俺は当面、あのドイツのじゃじゃ馬娘をどうにかする方法を考えなくちゃいけないんだ」

 

「そっか、レイは……ドイツの代表候補生とタッグで……た、大変だね」

 

「大変だよ。あいつ、一夏を目の敵にしてるし、俺は俺で色々と事情もある……どうしたものか」

 

 そうだねぇ……と苦笑するシャルル。しばらく、俺とシャルルは、そんな他愛もない会話続けるのだった。

 

 

 ──

 

 

「──というわけで、シャルルの賛同は得られなかった」

 

『そう、まあ予想通りよね』

 

 シャルルが自室に戻ってから少し時間が経った頃。俺はシャワールームから聞こえてくる水音を意識しないようにしながら、楯無とコアネットワークを通じて連絡を取っていた。

 俺が提案しようとしていた計画、それにシャルルは返事を先延ばしにしたが、恐らくは断るだろう。そう予想はしていたのだ。

 

『じゃあどうするの? 計画は延期かしら?』

 

「いや、その必要はない。シャルルにも言ったんだ、断っても勝手に実行するぞ、ってな」

 

『うふふ、悪い人ね』

 

「嘘は言っちゃいない」

 

 俺はくるり椅子に座ったまま背を向けると、シャワールームの扉が開いて本音が出てくる。案の定、バスタオル一枚のあられもない姿でだ。

 すぐに恥ずかしそうに着替えを持ってシャワールームに戻っていく本音だが、もうよくある事なのであえてツッコまない。

 

「まずは、例の仕事の方を先に済ませようと思う。話はそれからだ」

 

『分かったわ。そっちも手筈は整えてあるから……次の土曜日、豪華なディナーを楽しみましょ』

 

「育ちが悪いものでね、テーブルマナーに期待しないでくれ」

 

 楯無との連絡を終えて、俺は一息つく。学年別トーナメントは来週の水曜日から、それまでに色々とやらなきゃならないことが沢山ある。

 

「おー、スッキリしたー」

 

「……なんだそりゃ、ネコか?」

 

「えへへ〜、たまにはキツネ以外もいいかもって思ったの」

 

 長い髪の毛をボサボサにしたままシャワールームから出てくる本音は、いつものキツネの着ぐるみではなく、ネコの着ぐるみのパジャマを着ていた。

 相変わらずよく分からん趣味ではある、着ぐるみパジャマなんて絶対に寝づらいに決まっている。

 

「あ、そうだ。レイレイよー、今度の土曜日は暇かね〜。私と一緒にシュークリーム食べに行こうじゃないかー」

 

「シュークリーム?」

 

「この前、私がサーたんにあげたやつだよ〜。おいしかったでしょ?」

 

「ああ、あの時の……確かに、アレは美味だった。しかし土曜日か……」

 

 ネコのポーズをとりながらスイーツを食べに行こうと誘う本音。しかし、その日はちょうど今しがた用事が入ってしまったところだ。

 

「すまん、その日は少し用事があるんだ」

 

「えー、そっかー……用事ってなんだろ、デート?」

 

「まあ、そんなところだ」

 

「ふーん……」

 

「な、なんだよ……」

 

 ジト目で訝しげに俺を睨む本音に、少したじろいでしまう。本音は普段はぼんやりとしてるくせに、こういう時は鼻が利くのだ。

 きっと嘘を言っているのはバレてるのだろう。それに本音も楯無率いる生徒会のメンバーだ、楯無から何か聞いてるのかもしれない。

 

「……悪かったよ、デートってのは嘘だ。土曜日はちょっと楯無と出掛けなきゃならいんだ。だからシュークリームはまた今度に、な」

 

「えー、会長と一緒にー? それってデートじゃん」

 

「互いに腹の内を探り合うようなデートは勘弁してほしいよ」

 

「うーん、まあ仕方ないか〜……ちゃんと帰ってくるよね?」

 

「そりゃ夜には帰ってくるだろうが……」

 

 ──と答えてから、本音が聞きたいのはそういうことではないのだと気づく。この前の無人機と戦った時のような無茶をしないか、そう聞いているのだ。

 

「大丈夫だよ、そんな危ないことはしないさ」

 

「むー……ホントに? ケガとかしない?」

 

「ホントにだ。なにせ楯無とデートだからな」

 

「……それは嘘って言ったじゃんかー」

 

「冗談だよ。まあ、また今度スイーツを食べに行こう。改めてデートでもしようじゃないか」

 

 改めてデート、という言葉に一瞬キョトンとした表情になる本音。しかし、すぐに顔を綻ばせると、少し恥ずかしそうに笑うのだった。

 

「えへへ〜、レイレイとデートかぁー」

 

(あ、あれ……割と乗り気?)

 

 冗談のノリで口走ってしまったが、本音はなにやらまんざらではない様子だ。どうしよう、実のところデートとかしたことないんだけど。ゲイツにブラックマーケットへ連れてかれたぐらいだ。

 ……最近の俺の悪い癖かもしれん、こういう余計な一言を言って墓穴を掘るのは。

 

「と、とにかく、土曜日はちょっと出掛けてくる。土産に何か甘いものでも買ってくるから、本音は紅茶でも淹れて待っててくれ」

 

「あいあいさ〜!」

 

 元気よく返事をして、早速紅茶の準備をしようとする本音。まだ淹れるのは早いだろ! とツッコミながらも、俺は苦笑するのだった。




 エイペックスにやってくる新レジェンドは日本人だそうですが……つまり父親のアイツも日本人?


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