Infinit Fall :Re   作:刀の切れ味

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 ○エリ・アンダーソン
 ミリシア特殊偵察中隊SRSのパイロット、階級は少佐。惑星タイフォンのIMCの秘密施設を調査する特殊作戦217の指揮官。IMCの統合施設を調査している際に、フェーズシフトの失敗から悲惨な死を遂げる。


Log.33 ブレイクポイント4-30 ②

 東京都の新宿、夜の帳が下り、街の明かりが夜空を照らす頃。車や道を行き交う人々の喧騒が東京の夜空に響く。

 どのビルも煌びやかな光を放っているが、一際目立つ大きな60階高層の高級ホテル『グランドマリーナ・ホテル』。その57階にあるレストランで、俺は着慣れないスーツを着て夜景を眺めていた。

 

「どう? 東京の夜景は綺麗でしょ」

 

「まあな。できればこんな堅苦しい場所じゃなくて、もっとリラックスして楽しみたかったよ」

 

 俺が席についているテーブルの向かいには、青いドレスを着た楯無がいた。お互い未成年で酒は飲めないので、大人の雰囲気だけを楽しんでいる。

 

「やれやれ、敵の懐に入り込むだけでこんな手間がかかるなんてな」

 

「文句を言わないの。美味しいディナーも楽しめて一石二鳥でしょ?」

 

 そう言われて俺は、目の前の皿に綺麗に盛られたステーキに視線を落とす。確かに美味そうな料理だが、俺はもっと庶民的な味が好みだ。

 

「……それで? 本日のゲストが参加するセレモニーは何処で?」

 

「最上階のホールよ。滅多に会えない有名人が参加してるんだから、確実にサインをもらって来てね」

 

「任せておけ。色紙は用意してある、真っ赤なサインを貰ってきてやるよ」

 

 そう言って俺は皿の上にあるミディアムレアのステーキを一口で頬張ると、席を立ってスーツを整える。

 ディナーはとりあえずお預けにして、これからは仕事の時間だ。

 

『……リーゼ、分かってるな?』

 

『了解です、デバイスをオンラインにします』

 

 思考通信でリーゼに指示を出しつつ、俺はレストランを出てエレベーターへと向かう。もちろん行き先は、最上階の60階だ。

 このホテルの最上階は、他の階とはセキュリティが完全に独立している。逆に言えば、最上階で何をしても外部には漏れないわけだが。

 ちなみに最上階へ上がるには専用のカードキーが必要になるが、俺にそんなものは必要ない。

 

(相手は取るに足らないヤクザだ、それを一方的に蹂躙するわけだが……やれやれ、こんなところを皆には見られたくないね)

 

 肩をすくめながらパイロットスーツを展開すると、エレベーターのパネルのカバーを無理矢理引き剥がす。そしてデータナイフを差し込むと、リーゼによるシステムハックを開始する。

 

「セキュリティプロトコルを強制解除。ユーザーの許可、最上階へアクセスします」

 

 エレベーターが動き出すのを確認してから、俺はホルスターからリボルバーの『B3ウィングマン』を引き抜くと、銃口にサプレッサーを取り付ける。

 そしてクロークを起動すると、扉の前に照準を合わせて開く瞬間を待ち伏せる。

 

「プロトコル2、我々の任務は標的および全ての障害の排除です。最上階には強固な防御セキュリティが施されています、注意して進みましょう」

 

「オーケー、さっさと済ませようか」

 

 俺がリーゼに言葉を返すと同時に、エレベーターの扉が開く。すると、出口には不審な顔で拳銃を握る男がいた。恐らくはエレベーターの警備をしていたのだろう。

 

「……? なんだ、誰もいないのか?」

 

 エレベーター内の俺はクロークで透明化しているので、俺の姿は見えていない。空っぽのエレベーターだけが登ってきたことに困惑しているのだろう。

 

「邪魔するぞ、アウトロー」

 

 サプレッサーの独特な発射音が響き、警備をしていた男の額に大きな穴が開く。一瞬遅れて血が噴き出し、クロークを解除した俺に降りかかる。

 

「な、なんだ! 侵入者かっ⁉︎」

 

 エレベーターを出て最上階フロアに足を踏み入れると、俺と足元に倒れた男の死体を見たヤクザや警備員が騒ぎ立てる。

 全員拳銃やらナイフやらの武器を携帯してるあたり、やはりここは無法地帯のようだ。

 

(心を切り替えろ、今はただ……効率よく敵を殺すことだけを考えるんだ)

 

 俺はパルスブレードとウィングマンを構えて駆け出す。逃げるなら放っておく、しかし抵抗してくる相手には……一切の容赦はしない。

 

 

 ──

 

 

(……やっぱり食事を終えてから働いてもらった方がよかったかな)

 

 レイが席を外して、一人残った楯無。ゆっくりと料理を楽しむ彼女だったが、少し物足りない様子だった。

 

「失礼、こちらの席に座らせてもらうよ」

 

 暇をする楯無にかけられる声、先ほどまでレイが座っていた席に一人の男がやってくる。三十、四十代ほどの男で、レイよりもきっちりスーツを着こなしていた。

 そして何より、その男は日本人ではなく白人だった。加えてその頬には、深い切傷の跡があった。

 

「レディの了承を得ずに相席するのは失礼じゃないかしら?」

 

「すまんな、この席しか空いてないんだ」

 

「まったく……レイといい貴方といい、もう少しマナーに気を使うべきよ」

 

 その白人の男性とは既知の間柄だったのか、楯無との会話はどこか親しみがあった。しかし、楯無はナプキンで口元を拭きながら、少し不満そうに眉を八の字にする。

 

「レイならもう行ったわよ。一眼会いたかったかしら?」

 

「別に、野郎の顔なんざ見たくないな……しかし大丈夫なのか? 最上階のセキュリティはかなりの厳重さだった。俺たちでも手こずるレベルだ」

 

「レイならできるのよ。彼にはそれだけの技術と実力、そして経験がある」

 

「へぇ、お嬢はかなり腕を買ってるんだな。まさかこの一回の仕事に俺たちの給料以上の報酬を出してないだろうな?」

 

「ええ、出してるわよ」

 

「あぁ? ……本当かよ」

 

 楯無の言葉を聞いて愕然となる白人の男。それを見て楯無はクスクスと笑いながらウェイターを呼ぶ。

 

「ま、その代わりと言ってはなんだけど、好きなものを頼んでいいわよ。奢ってあげるわ」

 

「おいおい、仕事前に酒を飲んでいいのか? それに年下の女の子に奢ってもらうなんて格好つかないだろ」

 

「あら、私は『更識』の当主で……エリ、貴方の雇い主なのよ。それとも、私個人からの奢りの方が良かったかしら?」

 

「美人からのお誘いなら大歓迎だが、酒の飲めない歳の娘とトゲを隠した薔薇は勘弁してもらおうか」

 

 言葉とは裏腹に、料理とワインを注文する白人の男。彼の名はエリ・アンダーソン、彼は更識の下で動く私設部隊の隊長であり、傭兵として長く活動している歴戦の兵士だった。

 今回はレイが実働として動いて、エリとその部隊は後始末を担当していた。しかし、楯無はエリ個人に別の仕事も依頼していた。

 

「さて、お前に言われた通り調べてきたぜ、今回の件についてな」

 

「……詳しく聞かせてもらおうかしら」

 

「こんなところで話してもいいのかよ?」

 

 そう言ってエリは周りにいる客やウェイターを見回す。それに対して、楯無は何てこともないように対応済みだと言い放つ。

 

「このフロアにいる人間は、全員私の手の内よ。何を聞かれたって問題ないわね」

 

「……相変わらず怖い女だ」

 

「ふふ、褒め言葉として受かっておくわ。さ、報告してちょうだい」

 

 楯無に促されてエリは報告を始める。まず一つ目は今回の件、IS学園の生徒の拉致未遂についてだった。

 

「まず話を整理しよう。先日、学園の生徒を誘拐しようという事件があり、お嬢がそれを未然に防いだ。そして今回、連中は懲りずに二度目を計画した。だから制裁を加えるハメになったわけだ」

 

「ええ、困った連中よね」

 

「その拉致計画の首謀者だが、名前は倉内っていう日本では有名なブローカーだ。まあ、今頃は上の階で物言わぬ死体になってるかもしれんが」

 

 倉内というブローカーは、用心深い男だった。しかし、いまこの瞬間、最もセキュリティが厳重な最上階に突入したパイロットが、倉内を始末している瞬間である。

 

「でも重要なのは……その背後にいる連中よ」

 

「その通り。そして聞いて驚くな、学園の生徒を攫ってこいなどとバカな依頼をしたのは……ドイツのIS研究機関だ」

 

「ドイツの? へえ……実に興味深いわね」

 

「しかもその研究機関ってのが、かつて『VTシステム』を開発して篠ノ之束博士に大目玉食らったところだ」

 

「……VTシステム、アラスカ条約でも禁止されている危険なシステムね。確か開発元はあの旧IMCに属する研究機関だったかしら」

 

「そういことだ。奴らの遺した悪どい計画は、未だに燻ってるんだよ」

 

 この場にレイがいれば、IMCというワードに驚愕していただろう。レイの生きた世界とは別次元であるこの世界、ここにもIMCは存在()()()()

 兵器開発やロボット技術の研究に力を入れる軍産企業であり、裏では非人道的な実験も行なっていた。しかし、ISの登場によって軍事兵器の価値がひっくり返ってからは、企業価値は大きく下落した。

 そのままIMCはISの技術開発に乗り遅れ、取り残されていった。ついにはグループを解散、IMCは事実上消滅してしまった──これはもう、10年ほど前の話である。

 

「きな臭い話だろう。ああ、ついでに調べた最近学園に転入したというラウラ・ボーデヴィッヒについてだが……彼女はそのVTシステムの適合者として調整を受けている。恐らくISにはこのシステムが組み込まれている可能性が高い」

 

「なるほど……彼女のISは立派な条約違反なわけね」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒをどうするかはそちらの勝手だが、とりあえず警戒しておくんだな」

 

 ウェイターが持ってきたワインがグラスに注がれ、エリはそれを旨そうに飲む。そして、注文した料理をぺろりと平らげると、満足そうに一息つく。

 

「今、世界では何かが起こってる。今回みたいな適合者を狙った拉致事件は世界中で起きてる上に、アメリカやイギリスではISの強奪事件があったと聞く。そしてその裏にあるのは、消え失せたはずのIMCと──」

 

「『亡国機業(ファントム・タスク)』……奴らが動き始めているのね」

 

「そういうことだ。さて、俺はもう行くぞ。そろそろ仕事の時間だからな」

 

「ええ、礼を言うわ。いつも通り、報酬は口座に振り込んでおくわよ」

 

「……少しくらいボーナスを付けろよ」

 

 そう言い残して、エリは席を立って立ち去る。その背中を見送った楯無も、一息ついてから席を後にする。

 向かう先はエレベータールーム、ボタンを押して呼んだ専用のエレベーターに入れば、コンソールに突き刺さったままのレイのデータナイフがあった。

 楯無はため息混じりにナイフを引き抜くと、それを指で弄びながら最上階へと向かう。

 

(はぁ……策謀、調略、渦巻く欲望に底は見えないわ。ラウラ・ボーデヴィッヒのことは……一先ずはレイには伏せておいたほうが良さそうね)

 

 最上階に到着し、エレベーターの扉が開く。すると、さっそく眉間に風穴を開けた男の死体が転がっていた。

 それを跨いで先に進めば、次々と死体が楯無の視界に飛び込んでくる。中には呻き声をあげて痙攣する者もいたが、楯無はそれを気にすることなく最上階の奥にあるVIPルームの扉を開ける。

 

「ようこそ、VIPルームへ」

 

「……っ!」

 

 VIPルームに足を踏み入れるや否や、横から聞こえて来る声。楯無がデータナイフを逆手に身構えると、そこには高そうなベッドに腰掛けるレイがいた。

 返り血で汚れたパイロットスーツはそのままに、足元では頭と胸に風穴が空いた死体が転がっていた。

 

「お疲れ様、中々凄惨たる有り様ね」

 

「向こうが殺す気満々だったからな。こっちもそれ相応に対処したまでだ」

 

 構えを解いた楯無はレイに労いの言葉をかけるが、その返答は冷たい声色だ。楯無は足元にある死体を一瞥しながら、データナイフを投げて返す。

 

「……その足元にいるのがターゲットの倉内かしら?」

 

「ああ、そうだよ」

 

「ハイパーセンサーで生体データをスキャン……間違いないわね。とりあえずあなたの仕事は終わりよ、後始末は私の部下がやってくれるわ」

 

「了解した」

 

 レイは返してもらったナイフをしまってから、立ち上がってパイロットスーツを収納して元の服装に戻る。

 

「特に怪我とかもなさそうね」

 

「まあな……」

 

「……? 私の顔に何か付いてる?」

 

「いや、やっぱり死体慣れしてるんだな、と思ってな」

 

「対暗部組織なんてものをやってればね、イヤでも目にする機会はあるわよ……もちろん、気持ちのいいものじゃないけれどね」

 

「そりゃなぁ、やっぱりそうだよな……いいはずがないよ」

 

 そう言って足元の死体を見下ろすレイの表情は複雑なもので、楯無は何となくレイの胸中を察していた。

 黙って部屋を後にする二人だったが、楯無はいつものような作り笑いではなく、柔らかな笑みを浮かべてレイの手をとって抱き寄せた。

 

「大丈夫よ、貴方が学園の皆から嫌われたって私がついてるわ。いつでも慰めてあげるわよ、ふふっ」

 

 そう言って悪戯っぽく笑う楯無。算段としてはここでレイが恥ずかしがりながらぶっきらぼうに礼を言うはずだったのだが、レイの反応は違った。

 

「ふっ……そのセリフは俺に言って欲しかったのかい?」

 

「えっ?」

 

「お前も大概、辛い立場の人間だからな……俺でよければ慰めてやろうか?」

 

「……っ⁉︎」

 

 そう言ってレイは楯無の顎をクイッと持ち上げてると、鼻先が触れそうになるまで顔を近づける。まるで恋人同士のキスのような距離感だった。

 さしもの楯無も取り繕う余裕がなく、いつもの澄まし顔からは想像できないような恥じらいを含んだ表情を露わにしてしまう──が、結局レイはそれ以上何もすることなく楯無を離した。

 

「くくっ、案外ウブな反応もするじゃないか」

 

「〜〜!」

 

 頬を赤くする楯無を見てニヤリと笑うレイ。すっかりしてやられた楯無は、悔しそうに眉を八の字にする。

 しかし、やられっぱなしなのは気に食わないのか、楯無は頰の赤さはそのままにもう一度レイの手を取った。

 

「……じゃあ慰めてもらおうかしら」

 

「えっ?」

 

「ちょうど行ってみたいスイーツのお店があったのよ。今からそこへデートしましょ?」

 

「あー……それは仕事で、ってことかい?」

 

「バカね、そんなわけないでしょう。更識とかそういうのを抜きにした、正真正銘私個人とのデートよ♡」

 

「お、おおう……」

 

 ぐいぐい来るその勢いにたじろぐレイの反応に、楯無は満足したのかしたり顔になる。やはりこういう駆け引きでは、楯無の方が一枚上手なのだった。




最近投稿数が少なかったので今日は二話投稿だー!

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