Infinit Fall :Re   作:刀の切れ味

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wi-fiが死んだ!この人でなし!


Log.38 深層ネットワークへのアクセス

(ここは……一体何処だ? 何が起きた?)

 

 目の前にどこまでも広がる暗闇。気がついた時には、俺はここにいた。覚えているのは俺がラウラにデータナイフを突き立てて、システムハックを施行したところまで……その後に、俺の意識は途切れた。

 体を動かすこともままならない暗闇の中で、俺は脳みそを回転させて何が起きたかを考えるが、皆目見当もつかない。しかし、そうやって一人頭を悩ませている俺の眼前に、ある光景が浮かんでくる。

 それは沢山の液体に満たされたカプセルが並ぶ研究所のような場所だった。そして、カプセルの中には、生まれたばかりの赤子が眠っていた。

 

「これは……いや、まさかとは思うが、俺が見ているこの風景は……」

 

 以前、楯無から貰ったシャルルとラウラの個人データ。それには、ラウラの過去が記されていた。まず初めに目に飛び込んできたのは──ラウラが人為的に遺伝子を操作されて生まれた人間だということだ。

 戦うことに最適化された肉体を持つように造られ、人を殺す技を徹底的に教え込まれた。それがラウラだった。

 

「……! また光景が……これは軍事訓練か?」

 

 カプセルの立ち並ぶ研究所から場面は移り変わり、どこかの軍事施設で訓練を受ける子供達の光景が現れる。その中には、長い銀髪の少女がいた。恐らく、幼い頃のラウラだ。

 俺は今、ラウラの過去を見せられているのだ。一体何が要因でこんな事が起きてるのだろうか。ラウラの過去を勝手に覗いて、俺にどうしろと言うのだろうか。

 

(……こいつは幼い頃から優秀だったんだな)

 

 訓練を受けるラウラは、常にトップの成績を収めていた。他の子供たちとは違う、抜きん出た才能。ラウラはまさに逸材だったようだ。

 しかし、どうやらISの出現によって状況は変わってしまったらしい。IS適正を高めるために行われた処置『越界の眼(ヴォーダン・オージェ)』によって、ラウラに異変が生まれたのだ。

 擬似ハイパーセンサーとも呼ぶべきそれは、被験体の戦闘能力を大きく向上させる肉眼へのナノマシン移植処理のことを指す。危険性は全くない、不適合も起きないはずだったらしい。

 しかし、ラウラのヴォーダン・オージェは、常に稼動状態のままカットできない制御不能へと陥っていた。この事故以来、ラウラは出来損ないと呼ばれ、転落し続けるばかりだったようだ。それこそ、織斑千冬と出会うまでは。

 

『ここ最近の成績は振るわないようだが、心配することはない。なにせ私が教えるのだからな』

 

 ラウラの視点から見る織斑千冬の存在は絶対的だった。ラウラは織斑千冬の教えを実行していくだけで、また再び部隊で最強の座を手にしたのだ。

 ラウラは織斑千冬によって救われたのだ。事故以来、暗闇の中を彷徨っていたラウラにとって、織斑千冬は光だったのだ。

 しかし、ラウラは織斑千冬がドイツにて軍事教官を務めることとなった経緯を知った時、激しい怒りを抱いた。

 織斑千冬は初代モンド・グロッソの覇者であり、次の大会でも確実に優勝すると言われていた──が、織斑千冬は二度目の大会にて試合を辞退した。そうせざるを得ない事態が起きたのだ。

 

(誘拐事件……犯人が何者だったかは分からないが、一夏が拉致されたんだったか。それの救助には、ドイツ軍が協力したと聞いている)

 

 謎の組織、というと陳腐な表現だが、とにかく謎の組織に一夏が拐われたのだ。織斑千冬は弟を助けるために、試合を放棄した。

 そこでドイツ軍の助けを得たという経緯から、織斑千冬はドイツ軍の軍事教官を務めることとなり、そこでラウラと出会ったのだ。

 ラウラは、織斑千冬に弟などいなければ、そうすれば織斑千冬の輝かしい経歴に傷がつくこともなかった。その強さを再び世界に知らしめることができたはずだ、そう考えて人知れず一夏を憎んだようだ。

 

「こんなところまで入り込んで人の過去を覗き見るとは……いい趣味をしているな」

 

「……!」

 

 俺の後ろから響く凛とした少女の声。後ろを振り向けば、そこにはIS学園の制服を纏ったラウラが、不機嫌そうな顔をしてこちらを見ていたのだ。

 

「ラ、ラウラ? お前いつからそこに……というかここは一体どこだ?」

 

「知らん……だがISの操縦者同士の波長が合うと、特殊な相互意識干渉が起こる、という話は聞いたことがある。つまり、ここは私と貴様の意識が溶け合って生まれた空間、ということだろう」

 

 冷静に状況を分析するラウラに、なるほど……などと相槌を打ってしまうが、俺はラウラの過去を勝手に覗き見てしまったのだ。とんでもない暴挙だ。

 

「す、すまん、不可抗力とはいえ、その……色々と見てしまった」

 

「構わん、代わりに私も貴様の記憶を見た」

 

「俺の、だと……⁉︎お前、()()()()見た⁉︎」

 

 自分の記憶を見られた、という言葉に俺は大きく取り乱してしまう。もし、ミリシアのパイロットだった頃の記憶を見られていたら──

 

「貴様が束博士の命令で、我がドイツ国領の研究所を殲滅したところから、だ。それ以前の記憶を見ることはなかった」

 

「そ、そうか……」

 

 ラウラの言葉に一先ずは胸をなでおろすが、俺もあまり見られたくはないところを見られたことに変わりはない。

 こいつには、俺が人の頭を銃で撃ち抜き、喉元をナイフで切り裂くところを見られたのだ。あまりいい気分ではない。

 

「……見ろ、教官と話をしている私を。私の記憶を覗いたのなら、私がどれだけあの人に救われたか、理解できたろう?」

 

「ああ……まあ、な」

 

 ラウラは真剣な眼差しで織斑千冬と会話を紡ぐ自分を見て、何か思うところがあったのか、深くため息をつく。

 

「私は教官から多くのことを学んだ。そして、私はあの人のようになりたいと、心の底から思った。しかし……」

 

 再び場面は切り替わり、今度は一夏とシャルルの二人と戦う場面、つまり先ほどまでの学年別トーナメントの試合の場面だ。

 二人の猛攻を捌くラウラには、次第に余裕がなくなっていっていた。そして、二人のコンビネーションの前に、ラウラは遂に敗れ去り、そして……力を暴走させた。

 

「お前が作動させたアレは何だ? IS本来の性能とは思えんが」

 

「アレは……VTシステムだ。私も噂程度には聞いていたが、アラスカ条約に禁止された代物だ」

 

 バルキリー・トレース・システム、通称VTシステムは、優秀なISパイロットの動きを再現し、戦闘能力を向上させるというものだった。

 それこそ、世界の頂点を決めるモンド・グロッソに出場するようなバルキリーたちを再現するのだ。どんな凡百なパイロットも、百戦錬磨の戦士へと変わる。

 当然、パイロットへの負担も凄まじいものであり、なにより血と汗を流して鍛錬してきたパイロットたちへの冒涜でもあったVTシステムは、アラスカ条約によって使用を禁止されていた。

 

(なるほど、束がラウラを始末しろと言った理由はこれか……しかも、あの織斑千冬をトレースしたんだからな。束が頭にくるわけだ)

 

 何故VTシステムなどがラウラのISに搭載されていたのか、それは分からない。しかし、起動したのは紛れもないラウラ自身だ。

 条約に違反されたシステムを導入した時点でかなりまずいのだが、その上でラウラはVTシステムを制御することもできなかった。その事実はラウラに失望と屈辱を与えたのだ。

 

「私はあの二人への敗北を悟った時、更なる力を渇望した。もっと強くなりたいと願った……それが、私を暴走させた。私は軍人失格だ、この眼に続いて二度も力を御しきれなかったのだ……」

 

「……」

 

 そう言ってラウラは、歪に変形していくシュバルツェア・レーゲンから目を逸らす。軍人失格、ラウラにとってそれは存在そのものを否定されるに等しいだろう──しかし、だ。

 

「なあ、ラウラ。お前は織斑千冬になりたいんだろ? なら言わせてもらうが……それは無理な話だぜ、多分な」

 

「……なに?」

 

「どこまで行っても、織斑千冬の強さは織斑千冬だけのものだ。いくら真似したって、その人にはなれない……って、一夏に教えられたのさ」

 

「……」

 

 俺が素手で暴走するラウラに立ち向かおうとする一夏を指さすと、ラウラは何も言わずに俯く。

 

「俺だって、憧れた人がいた。その人のようになりたくて、俺は兵士になった。そういう意味では、俺とお前は似たもの同士だ」

 

「私とお前が、似ている……」

 

「ちなみに俺の階級は少尉だったから……まあ、お前にはとやかく言える立場じゃないんだがな」

 

 俺は単一仕様を発動して暴走したラウラと戦うリーゼを眺めながら苦笑する。ラウラの階級は少佐なのだから、俺の物言いは無礼もいいところだ。

 しかし、織斑千冬にも言われたが、ここは学園であって俺もラウラも今はただの学生という立場なのだ。

 

「俺もお前も、まだ変われる余地がある、成長できる可能性が十分にあるってことだ。これからは自分の足で前に進めばいい、アイツみたいにな」

 

 見れば、シャルルのラファール・リヴァイヴのエネルギーを譲り受けた一夏が、ごく限定的に展開した白式と雪片弐型を構えてラウラと対峙していた。

 零落白夜を発動し、限界にまで集約された刃は煌々と輝いている。そして、それを手にする一夏もまた、覚悟を決めた男の表情をしていた。

 

「アイツは強くなる、それこそ織斑千冬と同じくらいになるかもしれんぞ? ぼんやりしてるとあっという間に追い抜かれちまうだろうな」

 

「し、しかし……私は今まで指示されたことだけをこなしてきた。教官に言われたことだけを実行してきた。自分で前に進むなど……私は一体どこへ向かえばいい?」

 

 そう言って俺を見上げるラウラはいつもの冷淡な表情ではなく、年相応の不安を滲ませた表情だった。ラウラもそういう表情ができるのだ。

 例え鉄の子宮から生まれたのだとしても、やはりラウラはただの女の子だ。自分のことで頭を悩ませたり、憧れた人に認められたいと努力できる、ごく普通の思春期の女子だ。

 

「ドイツIS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐! お前に問う、お前は何者だ!」

 

「わ、私は……私、は……」

 

 自分の名はラウラ・ボーデヴィッヒである、その言葉が出てこないラウラを見て、俺はニヤリと笑う。

 

「なら丁度いいさ、お前は今からラウラ・ボーデヴィッヒになるといい。戦うために作られた兵器でもない、落ちぶれた出来損ないでもない……織斑千冬でもない。他でもないお前自身になるんだ」

 

「私に、なる……」

 

 ラウラは震える手で越界の眼(ヴォーダン・オージェ)が施された左目を隠す眼帯を外す。そしてその紅と金の瞳で、一夏をじっと見つめていた。

 ISが解除されたシャルル、鎮座して動かないリーゼ、カッコ悪く大の字で伸びている俺。それを守るように、零落白夜を発動した雪片弐型を構える一夏。その姿は、ラウラのオッドアイにどう映ったのだろうか? 

 

「そうか……だからなのか。だからお前たちは強いのだな……」

 

 目にも止まらぬ速度で一夏に斬りかかる現実のラウラ、その刀が一夏の雪片弐型に弾かれる。続けて返す一太刀は、変異したシュバルツェア・レーゲンの装甲を斬り裂き、絶対防御を誘発した。

 シュバルツェア・レーゲンの機能が停止すると同時に、ゆっくりと目を閉じて、俺にもたれかかるように意識を失うラウラ。

 俺が意識を失ったラウラの小柄な体を抱えると、次第に周りの景色が大きく揺らいでいく。そして、俺も同じように次第に意識が遠のいていくのだった。




ラウラが暴走するのは部下であるあの人が原因、色んな意味で
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