オルタネイターくんはもっと凶悪な赤武器になってましたけど
デュノア社の本社ビル、その最上階に位置する社長室。そこには一人の男性が椅子に座って静かに目を瞑っていた。
疲労をにじませるその表情は、社長ゆえにいくつもの厄介ごとに追われているからだろうか。それとも、他にある心配事のせいなのか。
ガラス張りの窓の向こうは、既に夜闇に包まれている。デュノア社の代表取締役であるアルベールは、長いため息をついてから帰宅の準備に入るのだった。
しかし、そこでアルベールはあることに気づく。所用で部屋を外していた秘書。それがいつまでたっても戻ってこないのだ。
特段気にすることでもない、そう考えて椅子にかけていたスーツを手に取るが──噂をすれば影、社長室のドアがノックされる。
「ああ、入ってくれて構わないよ」
指紋認証の機械音が響き、社長室のドアが開かれる。そして、アルベールは明日の予定を確認するために秘書の方へと振り向くが、次の瞬間には手に取ったスーツを床に取り落としていた。
「
「なっ……⁉︎」
ドアを開けて部屋に入ってきたのは秘書ではなく、全身にプロテクターや様々な機器が取り付けられたスーツを身に付けた男、大胆に不法侵入してきたレイだった。
咄嗟にアルベールはデスクに備え付けられていた警報機を作動させるが、鳴るはずのサイレンはうんともすんとも言わない。
「な、なぜ……これは、一体……⁉︎」
「おっと、申し訳ないが少々ハッキングでセキュリティシステムを弄らせてもらった。警報はしばらく作動しないさ。こちらとしても手荒な真似はしたくない……大人しくしてもらえるだろうか?」
レイはB3ウィングマンの銃口を向けながら、アルベールに椅子に座るよう促す。アルベールは、黙ってそれに従うしかなかった。
「き、君は何者だ……何が目的だ……!」
「安心してくれ、ただ……俺と取引してほしくて、お邪魔させてもらったのさ」
銃口を相手に突きつけて交渉とは何事か、と心の中で突っ込むアルベール。しかし、アルベールにとってレイは全く得体が知れない。変に抵抗すればすぐにでも殺されるかもしれない、そう思っても仕方ないことである。
「とりあえず自己紹介を。俺はレイ・オルタネイト。知っての通り、世界で二人目の男性適合者だ」
レイが簡単に自己紹介を済ませると、その正体を知ったアルベールは驚きに目を見開く。
「さて、これからあんたとは色々とお話ししようと思うんだが……まずは、アンタの
「……っ!」
娘、アルベールはそのワードに顔をひきつらせる。レイはアルベールの表情の変化を見逃さず、銃口を突き付けながら話を進める。
「シャルルのことを調べるついでに、アンタのことも調べたよ。資料だけを見れば、会社のために恋人と娘を捨てた冷血漢だが……少し気になってることもある」
アルベールは若くしてデュノア社の代表取締役を務め、会社の維持に尽力してきた。しかし、技術者の質や資金力で他社に遅れを取り、経営が苦しい状態になっていた。
アルベールは会社を守る義務があった、故に取捨選択を迫られた。そして、アルベールは会社を選び、シャルルの母親を捨てた──というのがレイの認識だった。
ちなみに、調べたと言っても実際に情報を手に入れてきたのは楯無である。
「シャルルの母親が亡くなったのは数年前。それを知ったアンタはシャルルが妾の子と言われることを分かっていながら、彼女を引き取ることにした」
「……」
「そして、アンタはシャルルに男装させてこの学園に送り込んだ。会社の広告塔にするために、あわよくば俺や一夏に接触させてデータを取るために、自分の娘を利用した……そこが引っかかるところでね。なあ、リーゼ?」
「はい。本当にパイロットや織斑一夏のデータを手に入れることが目的なら、わざわざ男装というリスクを取る必要はありません」
「しゃ、喋った……⁉︎」
「成功率を考えるのなら、いわゆるハニートラップと呼ばれる手法法が有効でしょう。織斑一夏はともかく、パイロットには高い効果が予想されます」
「おいコラ、俺がそんな簡単に女の色香に惑わされると思ってるのか?」
「手を出さないと言い切れるのですか?」
「……と、とにかく、アンタがシャルルを学園に送り込んだ真意を聞かせてもらいたくてね。もちろん、返答次第では……」
レイはそう言ってどかりと執務用の机に腰をかけて、ヘルメットの青白く光るラインアイでアルベールを射抜く。
心の底まで見透かされる様な感覚に冷や汗をかくアルベールは、口をつぐんだまま言葉が出てこない。
「シャルルのことが学園にバレるのも時間の問題だ。そうなると面倒なことになる、だから……その前に処理しておきたいんだよ。アンタもそう思うだろう?」
「ま、待て! 私は……!」
眉間に銃口を押し当てられて、焦った様子のアルベール。しかし、その目は我が身可愛さに命乞いをするような男の目ではなかった。
「あの娘は……シャルロットは何も悪くない! 全ては私のせいなのだ! 私はどうなろうと構わない、だから、どうかシャルロットだけは……」
「……」
「今更あの娘に何を言っても、許されるとは思っていない……だが、私はあの娘を愛している! 誰が何と言おうと、シャルロットは私の娘だ!」
(……
レイはB3ウィングマンのトリガーにかけていた指に力を込める……が、ついぞトリガーを引くことはなく、撃鉄を戻して銃口を離す。
「……っ……撃たない、のか?」
「すまない、少しカマをかけた。アンタが自分の娘を駒のようにしか思っていないクズなら、そのまま引き金を引いていたかもしれんが……どうやら違うらしい。まずは、ことの経緯を話してもらえないか」
「……分かった。信じるか信じないかは、君次第だが……」
そう言ってアルベールはシャルルを学園に送ったあらましを話し始める。それは、デュノア社で起きたある事件と関係していた。
「ISの強奪事件?」
「そうだ。我が社が開発したラファール・リヴァイヴが、そのコアごと奪われたのだ。犯人は……巷で『亡国機業』と呼ばれているテロリストたちだ」
「……!」
亡国機業というワードに、レイはヘルメットの下で眉をひそめる。しかし、今はそこには追及せず、黙ってアルベールの話に耳を傾ける。
「だが、あれはただISを狙ったものではない。あの日、シャルロットはその強奪されたリヴァイヴを使った試験を行う予定だった。奴らはIS適正の高いパイロットを拉致して危険な実験に利用するという噂もある……奴らはシャルロットを狙っていたのだ」
「何故そう思う?」
「我々の研究所が襲われた時、私もそこにいた。そして、奴らの仲間の一人……髑髏のような仮面と、異様に細い手足をした不気味なやつだった。そいつが私に聞いたのだ。『娘は何処にいる』、とね」
「ふむ……」
「我が社の専属パイロットが命を賭して敵を撃退したおかげで、被害はリヴァイヴ一機だけで済んだ。だが、もしあの場にシャルロットがいたら……!」
「それで……彼女の身の安全のために、この学園に送り出したってわけか」
「ああ、どの道シャルロットはここにいても良いことはなかったろう。重役たちを納得させるために男性パイロットに偽装させることになったが、それでも手厚く保護してもらえるのならと……そう思ったのだが、全て裏目に出ただけだった」
そう言って頭を抱えるアルベールを尻目に、レイは頭の中で今までの出来事がパズルのピースのように当てはまっていくのを感じていた。
始まりは束の命令で襲撃し、サラと出会ったあの施設。次は楯無によって未然に防がれた学園の生徒を狙った拉致事件。そして今回、ラウラのVTシステムの暴走……これら全ての背後には奴らの影がある。そう、『亡国機業』だ。
(奴らは国際条約なんて知ったこっちゃない。奴らに対抗するには、同じく条約なんかに縛られず自由に戦える戦力が必要になる、か)
「これで話は全てだ……これを聞いて君はあの娘を、私をどうするんだい……」
「……アルベールさん、とりあえず貴方がシャルロットをただ利用してしていたワケじゃない、ってことはよく分かった。だが、男装していることは既に俺や一夏にバレているわけだし、学園中に広まれば逮捕されて投獄されてもおかしくない。もちろん、貴方もだ」
「し、しかし、デュノア社に呼び戻すわけにもいかない……!」
「そこで、だ……アルベールさん、貴方は娘のために危ない橋を渡る覚悟はあるか? もしあるのなら、俺と『取引』しようじゃないか」
今度は銃を突きつけてではなく、改めてレイはアルベールに問いかける。しかし、アルベールの表情は消沈したものではあったが、その目に揺らぎはなかった。
「あの娘には今更な話かも知れないが……できることがあるのならば、あの娘を守るためなら、私は何でもしよう」
「……分かった。その言葉、信じるよ」
「ありがとう……」
消え入りそうな声で礼を言うアルベールに、レイは喉元まで来ていた言葉を飲み込む。思わず怒鳴ってしまいそうだったのだ。
自分に礼を言うのはお門違いだ、自分ではなくシャルルに、礼ではなく謝れ、そう言いかけたのだ。敢えてそれを言わなかったのは、それ以上踏み込むべきではないと思ったからだった。
「さて、ここからが本題だ。まずはこれを見てもらおうか」
レイは手首のデバイスを操作すると、机の上にホログラムを投影する。それは、リーゼのシャーシの模式図だった。
「これは……」
「俺の専用機、リーゼ・シエラだ。実は……俺はある問題を抱えている。このISを作ったのは束だが、アイツは一から十まで面倒を見てくれるわけではなくてな。今のリーゼは深刻な弾薬不足に、十分なメンテナンスもできてない状態なんだ」
「……それで?」
「貴方の抱えるデュノア社の経営難とシャルルについて、そして俺の抱える問題。これらを同時に解決できる計画がある……アンタが協力してくれれば、きっと上手くいく」
まさかそのような話を持ちかけられるとは思っていなかったのか、アルベールは眉間に皺を寄せて考え込む。
「……もし、その計画が失敗したら?」
「そりゃあ、お互い大変な目に……ふっ、シャルルと同じことを聞くんだな」
「むっ……」
「取り敢えず、計画のあらましを聞いてくれないか? その上で、俺と手を組むかどうかを決めてくれ」
「……分かった、話してくれ」
「まずは、世間を納得させなきゃならん。三人目の男性パイロットの登場に随分と賑わっていたからな、それをかき消すようなビッグニュースが必要になる。まずは……俺をデュノア社の専属パイロットにしてくれ」
「……君を⁉︎」
レイの提案に、アルベールは目が飛び出そうになる程驚いてみせる。それもそのはず、世界で二人しかいない男性適合者を自社が独占できるのだ。それがどれほどのメリットか、想像に難くない。
「戦闘データもいくつか譲渡するよ。その代わり、デュノア社には俺のISの整備を請け負って欲しい。弾薬等も補給してくれると助かる……ああ、金は払うぞ? ある程度は懐に余裕はある。デュノア社とは対等な関係を築きたいんだ」
「それは……願ってもない話だが……」
「そしてもう一つ、とびっきりのプレゼントを贈ろう」
レイが拡張領域からあるものをコールすると、厳重に密閉された大きなコンテナボックスが現れる。
「この中にはISコアが入ってる、何処から手に入れたかは想像にお任せするよ」
「あ、ISコアだって⁉︎」
コンテナに収められたISコア、それは以前、学園に襲来した束の製造した無人IS『ゴーレムⅠ』から回収したものだった。
あの時はさもコアを破壊したように見せたが、実のところレイは秘密裏に回収して保持していたのだ。
「俺という貴重なサンプルとISコア、それが同時に手に入るんだ。他国からは散々に批判はされるだろうが、それだけデュノア社は注目されることになる。それが逆境となるか好機となるかは、そちら次第だ」
「ううむ……」
顎に手をやって考え込むアルベールだったが、彼にはこの計画のメリット云々以上に気になっていることがあった。
それはレイがここまでしてデュノア社に、なによりシャルロットに手を貸そうとしていることだった。
「君に返答する前に、私も尋ねたいことがある。何故、君はそうまでして……計画が頓挫すれば、君とてただでは済まないのだろう。君にも利点があるとはいえ、ここまでしてくれる理由は何だい?」
「それに対する答えは二つ。一つは、それが俺とリーゼに課せられた任務だからだ。もう一つは……俺は手前勝手な理由で子供を利用するような大人、って奴が嫌いらしい。シャルロットから聞いた感じじゃあ、あんたもそうかと思ったが……」
どうやらあんたはそうでもないようだ、そう言ってレイはヘルメットを取って素顔を晒す。
「シャルロットだけじゃない、俺は似たような境遇の奴を放って置けない性格みたいなんだ。俺なりのやり方で、支えてやりたいんだよ」
「そうか……ありがとう、今の私にはそれしか言えない」
「それは、取引成立、ということでいいのかい?」
「ああ、少なくとも私は、君の計画に賛同したい。利益に貪欲な他の重役たちも文句は言うまい……我々デュノア社は君を歓迎する」
アルベールはレイに手を差し伸べると、レイはそれを握り返して応える。今、二人の間で口頭ではあっても、確かな契約が結ばれたのだ。
──
そろそろ空も白み始めたころ、ドロップ・シップでようやく学園の寮に戻ってきた俺は、消灯された暗い廊下をまるで這うようにゆっくりと歩いていた。
興奮剤で誤魔化してきたダメージや疲労が一挙に押し寄せ、足を一歩踏み出すごとに体が悲鳴を上げていたのだ。
「パイロット、自室に着いたらすぐに休息を取ってください。これ以上の負担は、生命に関わります」
「分かってるよ……言われなくても、もうこれ以上は……動けないな」
なんとか辿り着いた自室のドアを開けた俺は、ふらふらと自分のベッドに近づくと、そのままベッドの上に倒れこむ。制服から着替えたいところだが、それすらも億劫なほどの怠惰感。今はとにかく、そのまま眠ってしまいたかったのだ。
しかし、物音で起こしてしまったのか、それとも初めから起きていたのか。隣のベッドの布団の下から伸びてきた手が、俺の腕を掴んだ。
「レイレイ……?」
「……本音? お前……こんな時間まで起きていたのか?」
布団の下から出てきたのは、いつもののほほんとした雰囲気とは違う本音。しかも、なんと本音もパジャマに着替えず制服のままだった。
最初はぼんやりとしていた本音だったが、目の前に俺がいることをようやく認識したのか、途端に目を潤ませて泣き出したのだ。
「うぅ……レイレイ〜!」
「お、おい……! 何故泣く?」
「だ、だってー……レイレイ、保健室にいたはずなのに、いつの間にかいなくなってて……全然帰ってこなくて、織斑先生も怖い顔してて……私も不安になっちゃって……」
俺の腕にしがみついて咽び泣く本音に、何も言葉をかけられず黙り込んでしまう。心配をかけたことは分かっていたが、こうも泣かれてしまうほどとは……
「レイレイ、いつもあんなことしてるの? あんな戦い方してたら死んじゃうよー……」
(ラウラとの戦闘は、他の生徒も見てたからな。そう言われても仕方ないが……)
「サーたんだって、会長だって、レイレイのことを心配してる人は沢山いるんだよ〜……? だから、あんな無茶ばっかりしてちゃダメだよ……!」
「……悪かったよ、だからもう、泣くなって」
「じゃあ、もう無茶しないって約束してくれる?」
「それは──」
約束できない、と言おうとしたところで、糸が切れた人形のように体から力が抜けていく。どうやら本当に限界がやってきたらしい。
「わわっ⁉︎レイレイ〜……⁉︎」
力なくもたれかかってくる俺に、本音が慌てふためく。しかし、本音は緊張に強張った手で俺を抱きとめてくれた。
こんな風に密着すれば、嫌でも互いの心臓の鼓動が聞こえてしまう。果たして、この高鳴る心音はどちらのものなのだろうか。
「う〜……もお、仕方ないなぁ〜」
異性を抱きしめるのは流石に本音も恥ずかしいのだろう、すぐ横にある本音の頬が紅く染まっているのが見える。
お前こそ無理しなくていいんだぞ、と言ってやりたいが、もう意識は手放される寸前。結局、俺は本音に抱きしめられたまま微睡の中に滑り落ちていくのだった。
「おやすみ〜、レイレイ」
今はもうサービス終了してますが、ISのスマホゲーではのほほんさんも立派なヒロインでした。