「……はぁ」
俺はベッドに寝転がりながら、疲れたようにため息を吐く。先日のドタバタで無茶をしすぎた俺は、自分で立ち上がることすらできないほど疲弊していた。
まあ今日は一日中寝てたからある程度は回復したんだが、俺はまだベッドの上から動くことができずにいた。その理由は、ベッドの両隣にいる二人の少女にあった。
「なあ、俺が悪かったって。だからいい加減、機嫌を直してくれよ」
「……なんのことですか、兄様? 私は別に怒っていません」
「そーだね〜、サーたんは別に怒ってないもんね〜」
どう見ても、サラのそのむすっとした顔は怒ってるようにしか見えない。だが、何か余計なことを言うと本当に怒られそうで口をつぐんでしまう。
そして本音は本音でいつもののほほんとした雰囲気ではあるが、やはりどこかトゲがあった。
「いいですか、兄様。私は怒ってはいませんが……さすがに怒りたくなるというものです」
「そうだよー、立てないくらいフラフラなのに、無理して授業に出ようとしたりするし、トイレの前で倒れたりしてたしー。こっちも心配で気が気でないよ〜」
「その通りです! 何をするも兄様の自由ではありますが、少しは心配する側のことも考えて欲しいのです!」
「あ、ああ……」
サラと本音に叱られる形になり、さすがに俺も少し落ち込む。そんな俺を見て、いつの間にか部屋に入ってきていた楯無が楽しそうに笑うのだった。
「ふふっ、妹に叱られる兄というのは、なかなか締まらないものね?」
「お前、いつの間に……そうだな、我ながら情けない。結構無茶したとはいえ、この程度で動けなくなってしまうとは……」
「全く反省してないみたいね。元気そうで何よりだけど……あ、本音ちゃん、ちょっとお願いしていい? これで飲み物を買ってきてくれるかしら」
楯無は本音に見舞いのお菓子と小銭を渡すと、自販機へお使いを頼む。本音は少し渋るような顔をしていたが、楯無がレイと2人にして欲しいと言っているのだと察する。
「分かった〜。サーたん、寮の外にある自販機のとこに行こー」
「は、はい……」
こちらを心配するような視線を送りながら部屋を出ていくサラを尻目に、俺は壁にもたれかかりながらキャンディを取り出して口に咥える。
楯無も2人が出て行って部屋が静かになると、先程とは雰囲気を一変させて、どこか疲れたような顔つきになる。
「……リーゼちゃんから報告は聞いてるわ。ドイツ、フランス直行のヨーロッパ弾丸旅行、本当におつかれさま」
「ああ、事前にデュノア社と交渉する計画を立ててなかったら、もっと面倒なことになってただろうよ。そこはお前のおかげだ、礼を言う」
「そう……」
「しかもなぁ、あんな物騒な連中に出くわすとは思わなかった。楯無、お前は知っていたんだろう……あの『亡国機業』の連中のことを」
「ええ……もちろん、奴らのことは知ってるわ」
「知らないわけないか。奴らは世界中で暴れてるみたいだしな」
珍しく歯切れの悪い楯無に、俺は少し肩透かしを食らう。楯無ならあそこで亡国機業が現れることも予想済みだった、なんてことを言い出しても不思議じゃない。しかし、今回はそうではなかったようだ。
「……ごめんなさい、貴方をみすみす危険な目に合わせてしまったわ」
「おっ、心配してくれたのか? 珍しいこともあるもんだ」
「馬鹿、真面目に言ってるのよ」
ふん、と頬を膨らませて視線をそらす楯無に、俺はつい苦笑してしまう。楯無もなんだかんだで、根は優しい奴なのだ。
「納得できないかもしれないけど、まだ貴方に詳細は話せないの。もう少し……もう少しだけ時間をちょうだい」
「いいさ、国がらみのややこしい事情があるのは分かってる。俺だってそんな面倒ごとに巻き込まれるのは嫌だが、もう方々の国に喧嘩を売りまくってるしなっ、はっはっはっ……俺、打首にされてもおかしくないよなぁ」
他国の領土に勝手に入り込んで、ISで散々に暴れ回ってはコアを奪っていく。束の命令で俺がやってた事は、正直のところ亡国機業の連中がやってることと大差ない。
だからこそ、正規のやり方が通じない亡国機業に対抗するために、俺が必要なのだろう。いいさ、どの道この学園を追い出されたら世界中から狙われる身だ。自分の立場のためにもやるしかない。
「安心しろよ、俺はこの学園を守るという仕事があるからここにいられる。与えられた任務は必ず遂行する、期待は裏切らないさ……」
「……気休めかもしれないけど、私もできうる限りのサポートはするわ。まずはドイツの後処理とフランスへの根回し、あと……貴方が保健室を抜け出して無茶したことに怒り心頭な織斑先生への口添え、かしら?」
「うえっ……怒らせちゃいけない人を……」
そりゃそうだよな。色々とやらかしてるもんな、堪忍袋の尾が切れててもおかしくないよな。大丈夫か、あの人の本気の拳を食らったら頭が弾け飛ぶんじゃないか?
「まだ全てが丸く収まった訳じゃないが、後は頼む。これ以上勝手な事したら、織斑先生にぶっ飛ばされそうだからな」
「ふふ、お姉さんに任せなさいな」
「ああ、手間をかける。すまな──むぐっ」
そこから先の言葉は野暮と言わんばかりに、楯無は人差し指で俺の口を押さえてつぐませる。それに対して俺が口をへの字にしてしかめると、楯無は悪戯っぽく笑う。
「お礼なんて不要よ。可愛い後輩が頑張ってくれたんだもの、先輩として私もいいところを見せなきゃ、ね? それに、貴方はあの娘たちの相手をしてあげてね」
「あぁ?」
それじゃあね、と楯無が手をひらひらと振りながら部屋のドアを開けると、すぐ外には聞き耳を立てていたサラと本音がいた。
二人は部屋から出てきた楯無に驚いてペットボトルのお茶を取り落としそうになるが、すぐに何もなかったかのように取り繕う。
「……コホン、お話はもういいのですか?」
「ええ、お邪魔したわね。もう独り占めにはしないから、お兄ちゃんにしっかり甘えてあげてね♪」
「甘えっ──何言ってるんですか! べ、べべ別に私は最近は兄様があまり構ってくれなくて淋しいとか、そんなこと……そんなこと思ってないんですからぁ!」
「レイレイに……甘える……ふにゃあ〜」
顔を赤くして盛大にどもりながら否定するサラと、何を思い出したのか知らないが恥ずかしそうに余った袖で顔を覆い隠す本音。そんな二人を満足そうに眺めてから、楯無は部屋を後にするのだった。
ええい、なぜ二人を揶揄って状況をややこしくしようとするんだ。絶対に面白がってただけだろ!
「はぁ……兄様、とりあえずお茶を買ってきたのですが──本音さん? さっきから何してるんですか?」
「……えへへ〜」
「なんでそんなにニヤニヤしてるんですか……あっ! まさか兄様と何かあったんですか! そうなんですね⁉︎」
「何にもなかったよ〜? ねーレイレイー」
「……ウン」
多分、何もなかった。俺は殆ど意識がなくなりかけてたからよく覚えてないが、何もなかったはずだ──例え本音と同じベッドで寝てたとしても、俺は何もしてないはずだ!
「じー……本当ですか?」
「ほ、本当だよ……」
「……」
「た、頼むからそのジト目で睨むのはやめてくれ、いたたまれない気持ちになる……今度の休暇は買い物でも何でも付き合ってやるから、な? 機嫌を直してくれよ」
「買い物、ですか……?」
「ほら、夏は臨海合宿とかあるんだろ? 色々と用意しなきゃならんのだろ」
「お買い物だって! 水着とか買いに行こうよサーたん〜」
「み、水着ですか……⁉︎でも、せっかくですし……」
買い物というワードに表情が明るくなるサラ。まあ、色々と心配かけた埋め合わせじゃないが、これくらいはしないとな。
厄介ごとが落ち着いたら、スイーツを食べに行くがてら出かけるとしよう。そうだな……シャルロットやラウラも誘ってみるといいかもしれないな。
──
「風呂って、日常になきゃいけない存在だと思うんだ。お前はどう思う?」
「……いきなり部屋に来て、何言ってんだお前」
夕食時も過ぎ、そろそろ夜も更けてくるころ。見舞いといって部屋にやって来た一夏は、急に自分の持論について語り始めた。
「風呂ってやっぱり日本人の心だよな」
「だから、何の話だって言ってんだろうが。そもそも俺は日本人じゃない」
「いや、男なら分かるはずだろ! だから、俺と一緒に風呂に入りに行こうぜ!」
「さっきから風呂風呂うるせーぞ! 興奮してないで、まずは事情を話せよ!」
落ち着けと諭してもまるで興奮の冷めない一夏は、やっと俺の部屋に来た理由を話し始める。
なんでも今日は大浴場のボイラーの点検日、生徒は大浴場を使えない日らしい。しかし、作業自体はもう終わっていて、普段は浴場を使用できない男子三人に使ってもらおうという計らいらしい。
当然、性別を偽っているシャルロットは男子と風呂に入ることなどできないため遠慮したらしいが、一人で入るのも寂しいからと俺を誘いに来たらしい。
「お前とはその……まあ、色々あったけどさ。ここは男同士、わだかまりは水で流してしまおうかと。風呂なだけに」
「申し出はありがたいがなぁ……風呂、風呂か……入ってみたいが……」
脇腹に穴が空いている故、湯船に浸かるのはさすがにまずい──とは口に出さなかったものの、俺は一緒に風呂には入れないと一夏に告げる。
「すまん、まだ体調も万全じゃなくてな。風呂に入ってみたかったが、また今度の機会に頼む」
「そうか……いや、謝らなきゃならないのは俺の方だしな。俺のせいで、レイには無茶させちまった訳だし……」
「それは気にするな、俺だってお前がいなきゃやられてたかもしれないからな。お互い様、というやつだ。まあ、今日はお前だけで楽しんでこいよ」
「おうっ! 一人で大浴場を占有するという贅沢、余すことなく堪能してくるぜ」
善は急げといった風に部屋から飛び出していく一夏。どうやら、風呂に入れるのが相当嬉しかったらしい。
シャワーで十分な俺はともかく、風呂が好きな一夏にとっては滅多にない機会だ。テンションが上がるのは致し方ないといものである。
「風呂、俺も入ってみたかった……」
一人ぼやきながら、俺はベッドから降りて上着を脱いで傷口を覆う包帯を外していく。本音は生徒会の用事があると言って席を外しているため、包帯の取り替えをするには丁度よかった。
油断して負傷していなければ、風呂に入れたかもしれない。そう自分の未熟さを恥じるばかりだが、包帯を外してその傷が露わになると、俺は驚きに目を見開いた。
(傷が……殆ど塞がってる……⁉︎)
スーツのおかげで傷は浅かったとはいえ、一日二日で治るような傷でもなかったはず。それなのに、縫合された傷口は殆ど治りかけと言っていい状態だった。
たしかに、昔から傷の治りは早い方だったがここまでだったろうか。それとも、ISの機能か何かか? 束が俺の体を弄ったのか?
(瀕死で死にかけていた俺を治療したのは束だ。あの時に何かされたのかもしれん)
まあ、パイロットになった時点で代謝を促進する薬やらナノマシンやらが打ち込まれてるし、今更な話ではあるが。
新しい肉体に記憶を移し、新たな世代のパイロットとして『再生』する技術もあったくらいだ。実は俺も覚えていないだけで、何度か体を入れ替えた後だったりしてな。
「余計な心配か……それに、多少無茶してもぶっ壊れない体ってのは何かと便利なもんだ。そうだろ、リーゼ?」
俺は手首に装着された待機状態のリーゼにそう問いかけるが、返事は返ってこない。しかし代わりに、リーゼはデバイスを淡く緑に光らせる。
「ああ、すまん。今は作業中だったな」
先日は連続して全力戦闘を行なった事で、リーゼにもかなり負担がかかっていた。だから、今日のリーゼはずっとリブートの実行中だ。相棒にもリフレッシュは必要だ、って事さ。
「さて、俺もシャワーでも浴びてさっぱりするか……いや、待てよ? 傷が塞がってるなら……」
──風呂に入ってもいいんじゃないか? そんな考えが浮かんだ俺は、試しに自分の脇腹の傷口に触れてみる。
痛みはある、しかし、それは微々たるもの。これなら風呂に入っても問題ない。いや、ない訳ではないが、きっと問題ない。そう自分に言い聞かせる。
そして、颯爽と着替えを用意した俺は、まだ疲労の残る体を奮い立たせて大浴場へと向かうのだった。
しかし、本来包帯をするほどの怪我をしてる人は、入浴は厳禁なので真似しないように!
後書きのネタが尽きようとしているのだよ!何故それが分からん⁉︎