やっぱミニガンはたまらねぇぜ
「千冬姉、久しぶりだからちょっと緊張してる?」
「そんな訳あるか、馬鹿者──んっ! す、少しは加減しろ……」
「はいはい、んじゃあ、ここは……と」
「くあっ! そ、そこは……やめっ……!」
「すぐに良くなるって。大分溜まってたみたいだし、ね」
「あぁぁっ!」
「……」
声だけ聞けば、一体何をしているのかとあれやこれや想像してしまいそうな、ギリギリなやりとりを繰り広げる一夏とその姉、千冬。実際には、一夏がマッサージしているだけなのだが。
その横でレイは浴衣姿でキャンディを咥えながら、日が暮れてなお静かに波の音を奏でる海を眺めながら涼んでいた。
ちなみに、レイと一夏が割り当てられたこの部屋は、織斑千冬ら教員用の部屋だった。女子と寝泊まりさせるのはまずい、という山田先生の配慮とのこと。
「じゃあ次は……」
「一夏、少し待て」
千冬は一旦マッサージを中断させると、部屋のドアを勢いよく開ける。すると、開かれたドアに殴られた十代女子三人が、情けない声を上げて鼻を抑えていた。
「何をしているか、馬鹿者どもが」
盗み聞きがバレるや否や、脱兎の如く逃げ出すも、鈴と箒は首根っこを取られ、セシリアは浴衣の裾を踏まれて捕らえられる。この瞬間、きっと一秒も経っていないだろう。
「盗み聞きは感心しないが……ちょうどいい、入っていけ。ついでにボーデヴィッヒとデュノアも呼んでこい」
「「「えっ?」」」
予想外の言葉に三人は目を丸くするが、首根っこを解放された箒と鈴は、すぐに駆け足で二人を呼びに行く。残ったセシリアは先に部屋に入るが、一夏の姿を見て顔を綻ばせるも、レイもいることに気づいて落胆する。
「貴方もいらしたのですか……」
「……そんな落ち込むなよ。傷つくぞ」
「一夏、お前は風呂にでも入ってこい。今なら大浴場も空いている。それに、部屋を汗臭くされては困る」
「ん。分かったよ、千冬姉」
「待て、俺も行こう。どうやら俺はお邪魔虫らしい」
前はお前の誘いを断ったからな、と着替えを用意しながら一夏に付いて行くレイ。せっかく部屋に招き入れてもらったのに、肝心の一夏が行ってしまったことに、セシリアはさらに落胆してしまうのだった。
それからしばらくして、千冬の前に箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、ついでにレイを探しに付いて来たサラの六人が揃い、ベッドとチェアに狭々しく座る。
しかし、あの鬼教師と名高い千冬を前にして、六人は萎縮してしまい、言葉が出てこない。
「おいおい、何をそんなに黙りこくっている、葬式か通夜か? いつもの馬鹿騒ぎはどうした」
「い、いえ、その……」
「まったく、しょうがないな。私が飲み物を奢ってやろう」
そう言って千冬は備え付けの冷蔵庫からラムネやオレンジ、スポーツドリンクといった清涼飲料水を取り出して、六人に渡して行く。
そして、六人が同時に缶を開けて、飲み物を口にする。全員の喉がごくりと動いたのを見て、千冬はニヤリと笑う、
「全員、飲んだな?」
そう言って織斑千冬は冷蔵庫から新たに缶を取り出す。しかし、それは清涼飲料水ではなく、星のマークが輝く缶ビールだった。
織斑千冬はそれをいい音を立てながら開けると、ゴクゴクと喉を鳴らしながら美味そうに飲む。
「……」
全員が唖然としている中、上機嫌にベッドに背中を預ける千冬。六人はいつもの彼女とは180度真逆な姿に、驚きを通り越して思考停止していたのだ。
「おかしな顔をするな。私だって人間だ、酒くらい飲むさ」
「でも今は、一応仕事中なんじゃ……」
「堅いことを言うな。それに、口止め料はもう払ったぞ」
再びニヤリと笑う千冬は、六人が手に持つ飲み物をざっと流し見る。そこで全員が、わざわざ飲み物を奢ってくれた意味に気づくのだった。
「さて、前座はこれくらいでいいだろう。そろそろ肝心な話をするか。お前ら、あいつの……いや、あの二人のどこがいいんだ?」
あの二人、それが誰を指しているかは全員が分かっていた。レイと一夏のことを聞いているのである。
「わ、私は別に……以前より剣の腕が落ちているのが腹立たしいだけですので」
「あたしは腐れ縁なだけだし……」
「わ、わたくしは、クラス代表としてしっかりしてほしいだけです」
「ふむ、そうか。では一夏にそう伝えておこう」
「「「言わなくていいです!」」」
ぎょっとして詰め寄る箒、鈴、セシリアを、千冬は笑ってあしらう。そして、二本目の缶ビールを開けると、今度はシャルロットらに問いかける。
「お前らはどうだ。デュノアとボーデヴィッヒは、最近よくオルタネイトと一緒にいるようだが」
「ど、どうなんでしょうか。レイには感謝してますけれども……」
「師匠は師匠です」
「……面白くない回答だな」
顔を赤らめて俯くシャルロットに、きっぱりと言い切るサラとラウラ。二人の反応に千冬は少し面白くなさそうに缶ビールを飲みながら、ターゲットをシャルロットに絞る。
「オルタネイトがデュノア社と協力関係を結んだ今、アイツとは何かと行動を共にすることが多いだろう。一夏とは違う意味で危なっかしい奴だからな……きちんと手綱を握ってやれよ?」
「え、ええっと、僕は……レイはなんだかんだで優しくて、つい甘えてしまいそうになりますけど、別に、その……す、好きとか、そういうわけじゃ……」
「おいおい、そんな調子だと他の女に先を越されるぞ? それとも一夏の方がいいか?」
「確かに一夏も凄い親身になってくれて、でも、わ、私はやっぱり……うぅ〜、もう許してくださいぃ……」
爆発しそうなほど真っ赤になったシャルロットは、そのまま尻すぼみになってフェードアウトしていく。そういう反応が見たかったのか、織斑千冬は小さく笑いながら満足そうに口角を釣り上げる。
「私も彼は、昨今の男性の中では珍しいタイプだと思いますわ。悔しいですけれどISパイロットとしての技量も随一ですし、とても頼もしい方ですわね……も、もちろん! 一夏さんの方が私としては……」
「……頼りなる、という点だけは同意しよう……」
「セクハラ紛いのセリフが出てくるけど、面白い奴ではあるわね……いや、やっぱり許せないわ……なによ、キッパリと揺れないとか言わなくてもいいじゃない……」
途中から別の人物へと話題が切り変わるセシリア。未だにレイのことは気に入らないのか、微妙そうな表情の箒。そして、昼間の出来事を思い出して歯軋りする鈴。そこへラウラが更なる追い討ちをかける。
「大は小を兼ねる、しかし、その逆もまた然り……師匠はそう言っていたぞ」
「うっさいわね! それはアイツの趣味でしょうがっ!」
「オルタネイト妹、お前の兄はどうやら不評のようだぞ」
「そんなことないです! 確かに兄様は余計な一言が多いですけれどもっ! ……って、なんですかその呼び方」
レイの言葉を代弁するラウラに突っかかる鈴とサラ。そんな様子を眺めながら、織斑千冬はビールを一気に呷る。
「まあ、なんだ。好きな男を手にしたいなら、奪うくらいの気概を見せることだな。せいぜい自分を磨けよ、ガキども」
織斑千冬は実に楽しそうな笑みを浮かべて、四本目の缶ビールに手を伸ばす。そして、缶に口をつけながら、ここにいる十代女子たちがあの二人の誰とくっつくのか想像するのだった。
──
「……少し、飲みすぎたか」
六本目の缶ビールを開けたところで、些か羽目を外しすぎたことに気づく千冬。あの六人は既に部屋へ返したが、そろそろ一夏たちも帰って来るころ。このへんがお開きである。
しかし、千冬は缶ビールを手にしたまま暫く虚空を見つめていたが、呆れたようにため息をつく。
「はぁ……いつまでそうしているつもりだ?」
一人しかいないはずの室内で、千冬は誰かにそう問いかける。すると、微かな電子音と共に……パイロットスーツのクロークで身を隠していたレイが、その姿を現わすのだった。
しかも、その手にはリボルバーのウィングマンがあり、銃口は千冬へと向けられていた。
「教師に銃を向けるとはいい度胸だな……一夏はどうした?」
「一夏なら、他の女子に捕まって暫くは帰ってこないでしょう。それまでに事を済ませたい」
「ほう……やはり、
千冬が鋭い眼光でレイを射抜き、その真意を確かめようとする。しかし、当のレイは小首を傾げて、頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。
「束? いや、あいつは関係ないですよ」
「なに? では、何が目的でっ……いや、まさか……そうか、そういうことか。ふ、ふははっ!」
レイの真意に気づいた千冬は、思わず吹き出して笑い出してしまう。そして、わざと見せつけるように缶ビールに口をつけると、音を立ててビールを飲み干していく。
「ふっ……お前が欲しいのは、これだろう? この不良め」
ニヤリと笑う千冬に、レイはあからさまに狼狽える。そして、残ったビールの一滴まで味わう千冬に、レイはついに我慢しきれなくなったのか。なんと銃を投げ捨てて、綺麗な土下座を決めたのだった。
「お願いします! 先生が勤務中に酒を飲んでたことは、他の生徒や先生に言いふらしたりしないので!その酒を寄越してください!」
「土下座して言うセリフか、それは」
「うるせぇ! とにかく酒を飲ましてくれ! お願いだ、一滴でいいから!」
泣きそうな声で縋り付くレイに、千冬は哀れみの目を向ける。そして、仕方なさそうに冷蔵庫から缶ビールを一つ取り出す。
「私がお前に渡したのはビールではなく、泡だてた麦茶だ。いいな?」
「えっ……い、いいんですか?」
「お前には苦労をかけられているが、逆に苦労もかけている。束のことも含めて、な。これは……まあ、労いみたいなものだ。黙って受け取っておけ。その代わり、お前も私が酒を飲んでいたことは黙っておくんだぞ?」
「あ、あぁ……ありがっ……うっ、くぅ……!」
缶ビールを受け取って涙声でお礼を言うレイ。教師が未成年に酒を与えるなど言語道断だが、レイは存在そのものが不透明でブラック故に問題ない。そう心の中で言い訳をする千冬だった。
「いただきます……」
レイはヘルメットを取って缶ビールを開けると、恐る恐る口につけ、よく冷え気泡が弾けるビールを飲む。
喉元を過ぎていくビール、その感覚にレイは、目を見開いて石のように固まってしまう。暫くそのまま微動だにしないレイだったが、数秒遅れて目から涙をボロボロとこぼす。
「ふぐっ……う、美味いっ……たまらねぇ……!」
また口をつけてビールを飲もうとするも、涙を抑えられず、ついにレイは机に突っ伏して泣き出す。どうやら、久しぶりに酒を口にしたことで、溜まりに溜まっていたものが吹き出してしまったようである。
「お、織斑先生ぇ! 俺、今までずっと我慢してたんですよ⁉︎可愛い女子に囲まれて、酒も飲めない、タバコも吸えないこの学園で三ヶ月! とにかく我慢して、この禁欲生活を乗り越えてきたんですよっ!」
「……」
千冬だって教師という職業と立場上、どうしてもそういうストレスからは逃れられない。だから、時折こうやって酒を飲んで疲れを誤魔化す。レイの言うことは分からない事もないのだ。
一応は学生の身であるレイが酒に逃げるというのは体面的にかなりまずいが、今は気にするのは野暮というものである。
「本音はスキンシップが激しくなってきたし、シャルロットも何かそういう兆しが出てきたし、楯無はいつも目に毒だし……正直、もう我慢の限界なんだよっ!」
「それならば、女子の一人でも部屋に連れ込めばいいだろう」
「はぁ⁉︎いいんですかっ⁉︎」
「良識の範疇なら私もとやかくは言わんぞ。一応釘を刺しておくが、良識の範疇だったら、な?」
「連れ込む時点でアウトじゃないですかね、それ……」
レイは缶に残っていたビールを飲み干すと、海より、いや宇宙の果てまで届きそうなため息を吐き出すと、か細い声を零す。
「すみません、取り乱しました」
「……随分と溜め込んでいたようだな」
「そりゃもちろん……でも、お陰でちょっと楽になれました」
「そうか。なら、もう少し肩の力を抜いていくといい」
そう言って織斑千冬は、冷蔵庫から最後の一本のビールを取り出してレイに投げ渡す。それを受け取ったレイは一瞬キョトンとしてから、笑みを浮かべて礼を言うのだった。
「……ありがとうございます」
「お前は目を離すと無茶ばかりするからな。それをやるから、今ぐらいは休んでおけ」
「無茶ばかりって、人を問題児みたいに言わないでくださいよ」
「ビールを片手に言うセリフじゃないだろう、この不良め」
「ではその不良にキンキンに冷えたビールをくれる先生は何でしょうねぇ……」
織斑千冬とのやり取りに苦笑しながら、レイは缶を開けて一気にビールを呷る。ただ、久しぶりの飲酒だからか酔いが回るのも早いようだった。
「くっくっ、いい飲みっぷりだな。顔は熟れたリンゴのように真っ赤だが。こんなところをアイツらに見られるわけにはいかんな」
「ふーっ……織斑先生、俺はですね……誰かと付き合うとか、そーゆーことをするつもりはないんですよ」
「ほう、全員侍らせる方がいいのか」
「それができたら最高ですね……あ、いや、今のは忘れてください。俺、酔っ払ってんのか……?」
頬を赤くしながらゆらゆらと揺れるレイは、二本目のビールを飲み干したところでパタリと机に伏してしまう。そして、ここにはいない誰かへと語りかける。
「皆と一緒に過ごすのは楽しい。けど、代わりに引き金がどんどん重くなっていくんだ……俺はどうしたらいい? 教えてくれ、エド……」
「……」
そのまま静かに寝息を立てて眠ってしまうレイ。織斑千冬は空になった缶を片付けながら、小さくため息をついた。
教師である自分が何もできず、生徒の立場にあるレイや楯無を頼らざるを得ないことが歯痒かったのだ。世界最強の肩書きがある故に、面倒な大人の事情に縛られているのだ。
(……だが、縛られているのはコイツも同じか。それが何かは分からないが……誰にも語ろうとはしない、コイツの過去と関係があるのだろうか)
レイの過去を知っている人物がいるとすれば、束くらいだろう。織斑千冬はそう思うも、もう一人該当する人物がいることに気づく。そして、織斑千冬はその該当者である──レイの手首に装着されている待機状態のリーゼに話しかける。
「ふむ、ISに話しかけるというのも奇妙な感覚だが……リーゼ・シエラ、お前は知っているのか? この学園に来る前のオルタネイトを……」
「マスター織斑、その質問には答えられません。プロトコルに反しています」
「では質問を変えよう。オルタネイトは以前からこういう奴だったのか? それとも、この学園に来て大きく変わったのか?」
「それは……確かに、パイロットは変わったと思います」
織斑千冬の問いに対して、まるで言い淀むかのように沈黙を挟み、『思う』などと曖昧な表現を使うリーゼ。その人間臭い物言いに、織斑千冬は思わず苦笑する。
「オルタネイトに言っても聞かないだろうからな、お前から言っておいてくれ。アイツらに心配ばかりかけさせるなよ、とな」
「……分かりました」
アイツら、というのが誰を指しているのか。織斑千冬には自分の意図が正しくリーゼに伝わったかは分からなかったが、結局それ以上は何も言わず、ゴミ箱に空き缶を放り投げるのだった。
お酒は20歳から、真似しちゃダメだぞっ!