合宿二日目の朝、朝食を済ませて再び海岸に集まる一年一組、一年二組の面々。しかし、今回は水着ではなく、ISスーツを着用している。今日は朝から夕方まで、ISの各種装備の試験運用やテストが行われるのだ。
特に専用機持ちには、本国から送られてきた追加装備やパッケージが大量に待ち構えている。今日は大忙しだろう。
「なあ、シャルロット。レイを知らないか? 朝から見てないんだけどさ」
「え? レイって一夏と同じ部屋で寝泊まりしてたんじゃ……ううん、僕も今日はレイに会ってないんだ」
集合場所で見当たらないレイの姿に、首を傾げる一夏とシャルロット。レイが集合時間に遅れるなんてことは滅多になかった故に、不思議に思っていたのだ。
一夏は他にもラウラやサラ、鈴にセシリア、箒と聞いて回るも、やはり誰もレイの姿は見ていないと答える。
「おっかしいな……何処行ったんだ、あいつ……」
なんとなく嫌な予感がする一夏は、晴天な青空とは真逆に表情を曇らせる。そして、その嫌な予感は別の形で実現することとなる。
「ちーちゃ〜〜んっ‼︎」
海岸の遥か遠くから、砂煙を巻き上げて突進してくる何か。しかし、その声にいち早く正体に気づいた千冬と、一瞬遅れてはっとした表情になる一夏と箒。
「やあやあ! 会いたかったよちーちゃっ──ぶへっ」
弾丸の如きスピードで飛びかかってきたそれを片手で受け止め、そのまま頭を締め上げる千冬。その表情は、やれやれとため息でもつきたげである。
「うるさいぞ、束」
「ぐぬぬぬ……相変わらず容赦ないね、ちーちゃんっ」
あっさりと千冬の拘束から抜け出して、軽々と着地するうさ耳の美女。しかし、嬉しそうに顔を綻ばせる──篠ノ之束は、にへらと笑うのだった。
そして、今度は新たな標的へと視線を向ける。その先にいるのは、長いポニーテールを潮風にたなびかせる箒。数年ぶりに会った妹が大きく成長していることに、特にある部分が大きく成長したことに、束はハイテンションに箒へと飛びつく。
「えへへ、久しぶりだね、箒ちゃっ──あうっ」
束のきりもみを加えたダイブを、日本刀の鞘で頭を引っ叩いて迎撃する箒。実の姉であっても、全く容赦がない。
「殴りますよ」
「に、日本刀の鞘で殴られた! ひどい!」
頭を抑えて涙目になりながら訴える束に、箒はツンとしたまま再び日本刀を構えようとする。この程度で参る束ではないと知ってる故に、手心というものを加えるつもりは全くないようである。
そんな二人のやりとりに、騒つくクラスメイトたち。そして、千冬と箒にじゃれついていた謎の美女が、かの篠ノ之束であることを知ると、その騒めきは更に大きくなるのだった。
「姉さん……その、姉さんがここに来たということは……」
「うっふっふっ。もちろん、お姉ちゃんが用意してあげたよぉ〜! なにせ、箒ちゃんが直接電話してくれたことなんて、初めてのことだったからね! 束さん、張り切っちゃったよ!」
そう言って束が手を空高く掲げると、遥か空の彼方から何かが飛来してくる。流星の如く降下してくるコンテナのようなそれは、激しい衝撃を伴って砂浜に着地する。そして、四面の壁が弾けると、その中身が露わになる。
中にあったのは──紅。真紅の装甲を纏い、腰に左右一本ずつ日本刀型ブレードを携えたISがいた。
「じゃじゃーん! これぞ箒ちゃんの専用機こと『紅椿』! 全スペックが現行ISを上回る束さんお手製ISだよ!」
全スペックが現行ISを上回る、つまり、最新鋭にて最高性能機ということ。その束の言葉に、一夏たちも驚きの表情を浮かべる。
「さあ、箒ちゃん! フィッテングとパーソナライズを始めようか!」
「……それでは、頼みます」
箒はまだ堅い顔つきのまま、束の指示に従って紅椿に乗り込む。そして、束は空中投影のディスプレイとキーボードをいくつも呼び出し、情報の渦を空間に踊らせる。
箒と会話とも呼ばないような会話を続けながら、束は作業を続ける。しかし、そこに千冬が一言口を挟む。
「束……オルタネイトをどうした?」
「ええ? 何のことかなー?」
「惚けるな。あいつが勝手にいなくなる時は、大方お前が絡んでいるだろう」
「あらら、バレバレだった? まあ、その通りだね。彼にはちょーっと遠くへ仕事しに行ってもらったんだよー」
「仕事、だと……?」
束の言葉に千冬は眉をひそめる。だが、千冬がそれ以上言及する前に、いきなり驚きの声をあげた山田に遮られてしまう。
「た、大変です! お、おお、織斑先生っ!」
「……どうした?」
「こ、こっ、これをっ!」
尋常じゃない慌てようの山田から小型端末を受け取り、その画面に目を通した千冬は──鋭い視線を再び束へと向ける。
「束、お前……」
「んー? どしたの、ちーちゃん? 何か大変なことでも起きたのかなー?」
笑顔ですっとぼける束に、今は構っている場合ではないと判断した千冬は、山田と会話ではなく手話でやりとりを始める。それを見ていた一夏は、二人の手話が普通のものではないと気づく。
(昔、千冬姉が日本代表だった時にやってたような……何かあったのか?)
山田の慌てようといい、千冬の厳しい表情といい、まず間違いなく何かがあった。一夏はまたも波乱に巻き込まれることを予見し、同じく表情を曇らせるのだった。
──
どこまでも晴れ渡る青空の下で、水飛沫を上げながら飛翔する一機のIS。日本から6000km以上離れたそこは、太平洋に浮かぶアメリカのハワイ州。今、そこではある試験が行われていた。
海の上を銀の翼を広げて飛翔するそのISは、アメリカとイスラエルが共同で開発した第三世代型。呼称は『
『ナターシャ、調子はどう?』
「良好よ。今日もこの子は空を飛べて満足みたいね」
オペレーターに答えながら、パイロットのナターシャは機体を更に加速させていく。競技用に調整されたISと違い、軍用機はそもそものスペックが違う。その加速たるや、最高速度は音をも置き去りにするだろう。
ナターシャは、
海面すれすれを滑空するナターシャは、バイザー越しに見える水面を眺めながら飛行試験を続ける。しかし、そんなナターシャの耳に、オペレーターの焦りを含んだ声が響く。
『……っ⁉︎これは……強烈な──害……⁉︎ナタ──、──える?』
「どうしたの? 一体何が……」
ガリガリと黒板を引っ掻くような不快な音がオペレーターの声を遮り、うまく聞き取ることができない。ナターシャはすぐさまシステムを戦闘形態へと移行させ、周囲をハイパーセンサーで探る。
だが、周囲に反応は何もない、少なくともセンサーで探知できる距離には。しかし、ナターシャの目にはそれが見えていた。
(あれは……隕石? いや、流星?)
空を見上げるナターシャの視線の先には、尾を引いて飛来する流星にも似た何かが見えていた。それがただの流星だったらどれだけ良かっただろうか。それは当然、隕石でも流星でもない。
重力に身を任せて落ちていくそれは大海原に着水し、巨大な水柱を立てる。そしてナターシャは見た、晴れ渡る空に全く似つかわしくない黒が、紅い瞳を滾らせながら飛び上がるのを。
「──っ! セーフティ解除、『
えも言えない悪寒を感じ取ったナターシャは、スラスターでもあり、同時に広域射撃兵器である一対の翼、『
銀色の翼の装甲の一部を広げるように展開し、砲口へと変形。そして、ナターシャは翼から伸びる無数の砲口を前へと向ける。
「目標、前方1350……未確認敵性IS。エネルギー充填率70%……90%……100%! 『
エネルギー充填を終えた『
しかし、その黒いISは止まることなく、かざした左手から青白いバリアを展開しながら、弾幕の中を突き抜けていく。
『第1アップグレード、上級シャーシ。第2アップグレード、出力再上昇。第3アップグレード、
「……っ!」
背部の大型スラスターから青白い炎を吐き出しナターシャへと肉迫する黒いIS、『リーゼ・デルタ』。翡翠のカメラアイでナターシャを捉えると、銀の鐘の弾幕をすり抜けながらXO-16を連射する。
(装甲や武装の形状パターンから照合しても、100%一致したデータはなかった。でも、全身装甲の独特なフォルムに、状況に合わせて機体を変形させる特性。もしかして、このISは……!)
ナターシャは細かくスラスターで姿勢を制御しながら、高機動から
「周辺にはアメリカ海軍の艦隊も展開してるのよ、こんなことをしてタダで済むと思ってるのかしら?」
『アコライトポッド、起動。フライトコア、オンライン』
「ああそう、お話しする気はない……ってわけね!」
リーゼの背部に備え付けられた二基のコンテナユニットが展開し、中から無数のロケット弾頭が顔を覗かせる。そして、雨霰のような大量のロケットがナターシャへと襲いかかる。
ナターシャはリーゼへの攻撃を緩めることなく、飛来するロケットへと
(ロケットはただの目眩し、その向こうから奴が来る!)
XO-16からスプリッターライフルへと武装を変更し、無数のエネルギー弾をばら撒くリーゼ・デルタ。ナターシャが距離を取ろうとスラスターを噴射するも、その動きを咎めるように放たれたレーザーショットがナターシャの眼前を掠めた。
「ちぃ……! いいわ、逃がすつもりがないっていて言うのならっ!」
『拡張領域より武装をコール、プレデターキャノン。ガンシールド展開……スマートコア、オンライン』
今度はナターシャから放たれる最大稼働の
並みのISでは、到底防ぎきれないような猛攻。しかし、リーゼ・デルタは回避することもなく、ひたすらに強力なプレデターキャノンで迎撃し続ける。
(この子の銀の鐘と正面から撃ち合えるなんて……! でも、この距離の射撃戦ならこっちに分がある!)
ナターシャもダメージ覚悟で回避よりも攻撃を加えることに専念する。互いが放つ弾幕が相殺されながらも確実に被弾を重ねていく両者だったが、次に動いたのはリーゼ・デルタだった。
『フェーズダッシュ、起動』
「消えた……⁉︎」
フェーズダッシュで姿を消したリーゼは、銀の鐘の弾幕を超えてナターシャの前に瞬間移動する。ナターシャは咄嗟に殴打を繰り出して反撃するが、その拳は寸前でリーゼに受け止められた。
『ヒートシールド、展開』
「──っ!」
ナターシャを逃さないように拳を掴んだまま腕部の装甲を展開させたリーゼは、そこから超高温の熱波を放出する。弾丸をも空中で溶解させる灼熱の盾『ヒートシールド』、それに焼かれるナターシャはバイザーの下で苦痛に表情を歪める。
「ぐ、うっ……こ、これしきの、ことで……怯むと思うかっ!」
絶対防御が発動するほどのダメージだが、ナターシャはそれに怯むことなく両翼の砲口を展開。至近距離で銀の鐘を掃射する。
リーゼも初めは展開していたヒートシールドでそれを防いでいたが、ヒートシールドにも持続限界がある。高熱の盾が途切れた瞬間、今度はナターシャがリーゼの腕を掴んで逃がさなかった。
「これで堕ちっ──はっ⁉︎」
ナターシャが銀の鐘の引き金を引こうとしたその瞬間、リーゼの前面の装甲が開いてコクピットが露わになる。そして、そこから飛び出してくるのは、リーゼと同じ黒のコンバットスーツに身を包んだパイロットだ。
(嘘でしょ……頭がイカれてるの⁉︎)
生身でISに迫る、無謀という言葉以外当てはまらないその行動に、ナターシャは目を見開いて驚愕する。それでも敵は敵、ナターシャは素早く銀の鐘の照準をパイロットに合わせる。
しかし、ナターシャも軍人とはいえ、普通の良識を持つ人間。ISという過剰火力を一人の人間へ向けることに、何も抵抗を抱かないはずはなかった。
(コイツ、やはり例の二人目の……!)
ナターシャが躊躇したその隙に、パイロットはジャンプキットの慣性を利用して飛びつき、ナターシャに胸にデータナイフを突き立てる。ナターシャも咄嗟にパイロットの首筋を掴み上げ、手に力を込める。
ISのパワーアシストがあれば、人の首の骨を折るなど至極容易い。しかし、その前に──
「対象に接触……やれ」
『システムハック、実行。ISコアへのアクセスを開始します』
「──っ⁉︎」
自分と
本来なら強引に他者が所有するISコアへアクセスするなど、そう簡単にできることではない。できるとすれば生みの親である篠ノ之束ぐらいだろう。そして、リーゼはその束が手を加えたもの。バンガード級のAIが合わされば、なお容易いことだった。
「やめて! この子は──」
『システム中枢にアクセス、機体制御の管理権限を移行……ダミープログラムをインストール』
背中をのけぞらせて痙攣するナターシャは、やがてだらりと力なくパイロットの首から手を離す。そしてナターシャは、いや
『プロトコルを実行、進路を設定……方角、北北西。距離6000、日本排他的経済水域近郊。敵性目標……織斑一夏及び篠ノ之箒』
システムを完全に乗っ取ったリーゼとパイロットは、傀儡となった
『作戦段階をフェーズ3へ移行。特定人物以外の
「……了解だ」
再びリーゼに搭乗したパイロットは、周囲の電子機器やレーダーを妨害するECMを展開しながら、ロードアウト『ノーススター』に換装する。そして、背部の大型スラスターから青白い炎を吐き出しながら、リーゼは
『──La♪』
黒と白銀が空を駆け抜けていく中、機械のように無機質でありながら、柔らかな歌声が小さく響く。
海上での戦闘は気をつけるんだぞ
すぐにメインブースターがイカれて水没するからな