Infinit Fall :Re   作:刀の切れ味

62 / 66
「長年の戦いによって大きな支障が出た。再生はできるが……代償が必要だ。身体を再生することはできるが、記憶と経験の大部分が失われる。それらについては、戦場で獲得し直すしかない。目覚めた後、君は次世代のパイロットとして復活する」

──支持者より



Log.62 G2.0

 

 夏虫が涼やかな鳴き声を響かせ、静かに波が打ち寄せる海辺の夜。月に照らされる砂浜には、穏やかな景観に似つかわしくない血の跡が残されていた。

 点々と続く血の跡を辿っていけば、辿り着くのは臨海学校の宿泊所である花月荘の裏口。その客室の一画で──血塗れのレイがベットに寝かされていた。

 

(……束、これがお前の望んでいたことなのか? こんなことをして、一体何が見たかったというのだ……)

 

 厳しい顔で腕を組み、腹立たしげに歯をくいしばる織斑千冬は、ここにはいない親友への怒りを募らせる。しかし、それを遮るように客室のドアが乱暴に叩かれる。

 

「千冬姉、千冬姉!」

 

 ドンドンとドアを叩く音に、織斑千冬はレイの姿を見えないように部屋の仕切りの襖を閉じてから、客室のドアを開ける。ドアの前には、焦燥の表情を浮かべる一夏、そして箒やサラたち、福音と戦ったメンバーたちがいた。

 皆、疲れた表情をしていたが、サラやシャルロット、ラウラは憂惧が優っていた。特にサラは、今にも泣き出しそうである。

 

「兄様は……兄様は助かるんですか……⁉︎」

 

「……今、手を尽くしている。お前たちは部屋に戻れ」

 

「お願いです、せめて兄様の側にっ!」

 

「くどい! 間も無く救急車が到着する。後は専門家に任せるしかない、お前たちにできることはないのだ。分かったか?」

 

 そう言って、織斑千冬はドアを閉めてしまう。サラは何度もドアを叩いてレイの名前を呼んだが、返事が返ってくるはずもなく、遂にサラは膝から崩れ落ちて、泣き出してしまう。

 

「大丈夫だよ、レイならきっと大丈夫……」

 

 咽び泣くサラの肩を抱き寄せながら、シャルロットが声をかける。しかし、シャルロットの声もまた震えていた。

 

「……なんなのよ、これは……一発ぶん殴ってやろうと思ってたのに……」

 

「くそっ……なんでこんな事になったんだよっ……!」

 

「そもそも師匠が最初は福音と行動してたのが不可解だ。その時点で、既に師匠に何が起こっていたのだろう」

 

「篠ノ之束博士、彼女がレイに何かしたのでしょうか……」

 

 セシリアがポツリと呟くと、皆が一斉にセシリアの方を見る。いきなり注目されて戸惑うセシリアだったが、無言で頷く皆に促されて話し始める。

 

「わたくし、聞きましたのよ。箒さんが博士から紅椿を受け取ったあの時、篠ノ之束博士は『レイにはちょっと遠くへ仕事に行ってもらった』、と言ってらっしゃいましたわ」

 

「仕事って……まさか、福音を暴走させたのは、レイってことか?」

 

「……あの人なら、姉さんならその手段を用意することは容易いだろうな……だが、なぜそれをレイに任せた? レイは確かに姉さんが送り込んできたのだろうが」

 

 箒の発言に、皆が顔を見合わせる。以前にサラが皆に話したレイの学園に来る前の出来事、箒はまだその話を耳にはしていなかった。自分の姉が、レイに何をさせていたかをまだ知らなかったのだ。

 

「あのな、箒。実は──」

 

 一夏がおずおずと以前サラが話したことを簡単に説明する。束の命令でドイツのとある施設を襲撃し、レイがISを用いて人を殺めたこと、それを聞いた箒は、信じられないといった表情を浮かべる。

 

「姉さんが、レイに……そんなことをさせていたのかっ……⁉︎」

 

「束博士が彼を、福音を暴走させるように仕向けたとしても……おかしな話ではない、ということでしょうか」

 

「しないよ。レイはそんなこと、しない」

 

 レイが福音を暴走させた、という考えをばっさりと否定するシャルロット。鈴やセシリアは反論しかけたが、サラの肩を抱いたままのシャルロットの背中を見て、口をつぐんでしまう。

 

「なんで……姉さんは何故そんなことを……っ!」

 

「やっほー、呼んだかな?」

 

 場の雰囲気にそぐわない間延びした声。全員が下に向けていた顔を上げると、いつからそこにいたのか──フリルのドレスにうさ耳という奇抜な服装をした篠ノ之束がそこにいた。

 

「姉、さん……!」

 

「やあやあ、お疲れさんだね箒ちゃん。いっくんもご苦労ご苦労!」

 

 誰もが束の登場に言葉を失っていたが、束はどこ吹く風で部屋のドアに手をかける。すると、我に帰った箒が、束の肩を掴んで振り向かせると、絞り出すような声で束に問いかける。

 

「姉さん……! 今度はっ……レイに何をするつもりなんだ、何をさせるつもりなんだ!」

 

「怖いよぉ、箒ちゃん。目がとっても怖いよー、束さん泣いちゃうっ」

 

「姉さんっ!」

 

「んもう、人聞きの悪いことを言うね。彼とはそういう契約なんだからさぁ。きっと彼も、文句は言わないと思うけど?」

 

「……っ!」

 

 返す言葉を失った箒の手をやんわりと払いのけると、束は箒に手を振りながら勝手に客室の中に入っていく。

 

「外で待っていろと言ったはずだっ──束……?」

 

「邪魔するねー、ちーちゃん」

 

 唐突に部屋に入ってきた束に、千冬を含む教師たちの動きが固まる。そんな教師たちなど眼中にないと言わんばかりに、束は部屋に上り込むと、ベッドに横たわるレイの横に立つ。

 

「んー? 何見てるんだい? 邪魔だからどっかに行ってくれないかな?」

 

「で、ですがオルタネイトくんは学園の生徒でして……」

 

「この束さんの方が邪魔だったいうのかい? せっかくレイを助けてあげようと思ったのになぁ……」

 

「何だと……?」

 

 束に睨まれた山田が困ったように千冬に視線を向けると、千冬は何も言わずにジェスチャーだけで部屋から出て行くよう指示する。それに従って教師たちは部屋を後にしていき、部屋には束と千冬、そしてレイだけが取り残される。

 

「……オルタネイトを助ける、そう言ったな?」

 

「そうだよ。一応、彼と約束したからねー。まあいきなりそれを果たす事になるとは思わなかったけど」

 

 そう言って束は、空間をそっと指でなぞり、無数のホログラムのディスプレイとコンソールを出現させる。そして、レイの手首に取り付けられた、待機状態のリーゼを優しく撫でる。

 

「まあ、助けるといっても、怪我を治してあげるわけじゃないけどね。身体をまるまる取り替えるだけだし」

 

「取り換える……どういうことだ、束」

 

「彼の記憶や人格は、全てリーゼちゃんのデータベースに保存されてるんだ。だから、外側は新しいものを用意すれば、そこに移し替えてやるだけでいいってわけ」

 

 そう言って束が指を鳴らすと、ISが実体化する時と同じように光が集まり形を成していく。やがてそれは、大きなカプセルのような容器となり、部屋の真ん中に現れる。

 何か液体で満たされたガラス張りの容器、千冬はその中に納められたものに、目を見開いて驚愕した。

 

「クローン、それに類似するものということか……! まさか、お前がオルタネイトを造り上げたとでも言うのか……⁉︎」

 

「まさか、そんなつまらない事はしないよ」

 

 カプセルの中に納められていたのは、レイと全く同じ容姿を持つ青年だった。いや、レイそのものと言っていい。それは、束がレイの遺伝子とナノマシンを用いて造り上げた、新たな再生用の義体だったのだ。

 束がレイの『調整』を行った時、束はレイに言った。何度でも『再生』させてやる、と。束はその約束を果たしに来たのだ。

 

「……」

 

「およ? どうしたのちーちゃん、そんな微妙な顔しちゃってさ」

 

「いや……お前がやろうとしている事は、本当にオルタネイトを助けるためなのか? お前が身内以外の他人のために何かしてやるなど、天と地がひっくり返るほど珍しい話だ」

 

「酷いこと言わないでよ〜、束さんだって誰かに親切にする事はあるよ? これは彼へのお礼でもあるんだからさ」

 

「お礼、だと?」

 

「そそ、この束さんに面白いものを見せてくれたお礼。束さんはね、正直なところ彼にはあんまり興味なかったんだよねぇ。から今回の件では結構驚かされたんだよ」

 

 束はリーゼのデータベースに残されていた記録から、レイがエドのクローンであると確信していた。ただし、レイがエドの記憶と人格を引き継いでいたとしても、そうでなかったとしても、束にとってはどうでもいい事だった。

 レイが何かを模倣して作られた人工物、普通の人間ではない事実は変わらない。何しろ、こうやって代わりの身体を用意してやれば何度でも代替できてしまうのだから。そんなレイには、もう余計な感情や記憶は必要ない。レイはパイロットとしての能力を発揮してくれればそれでいい。そう考えた束は、レイに『調整』を施した。

 しかし、レイは再び自分を取り戻した。ISであるリーゼと相互意識干渉を引き起こすという有り得ない現象まで引き起こしてみせた。今回の福音暴走事件の発端は束にあるが、その結果は束も予想だにしないものになったのだ。

 

「もっとスマートに事を進めるつもりだったのに、脳みそを弄りまわしてもレイは言う通りに動いてくれないねぇ……ほんと、困ったもんだよ。言うこと聞いてくれない駒なんていらない、前にもそう言ったじゃん? ここで廃棄しちゃってもいいんだけど……」

 

「束、もしお前がオルタネイトを見捨てるつもりなら……」

 

「ふふん、そんな事はしないよちーちゃん。まあ、そうした時のリーゼちゃんの反応も見てみたいけどね? 今回のことでよーく分かったんだもん、リーゼちゃんにはまだレイが必要だ、ってことがね」

 

 そう言って束は、何もない空間から伸びる無数のコードを待機状態のリーゼに接続する。そして、リーゼのデータベースにアクセスし、『再生』プログラムをインストールする。

 

(単なるパイロットとタイタンの関係以上に、リーゼちゃんは君に固執する。かつてパイロットを失ったことがトラウマにでもなってるのかな? ふふっ、AIとしてみれば大した欠陥だよね。だから、これからはもっとその傷口を虐めてあげる)

 

 レイが足掻けば足掻くほど、リーゼはレイのために成長を遂げる、時には奇跡すら起こしてみせる。そうやってレイとリーゼは、0.0001%の生存率と世界の壁を越えてやって来たのだから。

 きっとまた、自分を驚かせてくれるような何かを見せてくれるかも。そんな期待を込めて、束は待機状態のリーゼの指先で撫でながら微笑む。そして、血に塗れた動かないレイにそっと顔を寄せると、静かに囁くのだった。

 

「つまらない結末なんて許さない。私が満足するまで、君たちには足掻き続けてもらうからね。約束通り、何度でも再生させてあげるから……君たちが代替可能な唯一無二であることを証明しておくれ」

 

 

 ──

 

 

『記憶領域の初期化、バックアップデータのインストール準備中……』

 

 水に揺蕩うような心地よい浮遊感に身を任せながら、俺は真っ暗闇の中を揺らいでいた。ここがどこかは分からないが、何故か無性に落ち着く。

 頭の中はもやがかかったように何も思い出せない。自分が何者なのか、自分の名前すらも思い出せない。まあ、不思議とそれもあまり気にならないのだが。

 

『海馬にデータファイルNo.1からNo.6853をアップロード開始』

 

 不意に暗闇の中に一つの光が灯る。それに引き寄せられるように、俺はへと手を伸ばす。すると、俺の頭の中に多量の記憶が一気に流れ込んできた。

 地球から遠く離れたフロンティア宙域、IMCとミリシアの争い、戦場を駆け抜けるパイロット……これが俺の忘れていた記憶なのだろうか。だが、どこか他人の記憶のように希薄だ。

 

『大脳皮質にバックアップデータを格納、パーソナル・コントロールによる人格形成を開始』

 

 しかし、流れ込んでくる記憶がどれだけ希薄でも、一つだけ確かに感じるものはある。それは、パイロットとタイタンを結ぶニューラルリンク、俺と相棒との繋がりだ。

 

(相棒は何処にいるんだろう。近くにいるはずなのに……こんなところで独りぼっちは寂しいだろう?)

 

 寂しいと感じてるのが俺なのか相棒なのか、あるいはどちらともかもしれないが、とにかく相棒に会いたい。アイツがいてくれれば、この他人事のような記憶も、自分のものであると自信が持てるかもしれない。

 

『データファイルNo.6812にエラーを検知。破損箇所の修復を開始……パイロット、聞こえますか?』

 

(……なんだ? 今、誰かが俺を呼んだか? 誰かそこにいるのか……?)

 

 不意に聞こえた、俺の名を呼ぶ声。気づけば、相棒を探して宙を彷徨う俺の手にそっと誰かの手が重ねられる。冷たく、無機質で、人のものとは思えない不思議な感触だった。そして、その誰かはそのまま俺を引き寄せると、優しく抱きしめてくれた。

 

「大丈夫です、パイロット……貴方は私が守ります」

 

『海馬、大脳皮質へのデータアップロードを完了。各制御プログラムをコンパイル』

 

「パイロットのために戦い、パイロットのそばにあること、それがタイタンに課せられたプロトコルです。しかし、今は自分の意思で、そうしたいと願っています。だから……貴方のそばにいさせてください。どうか、貴方のタイタンでいさせてください」

 

 俺を抱きしめくれてる相手の表情を伺う事はできない。だが、表情は見えなくともその感情は伝わってくる。心の奥底がじんわりと暖かくなるような優しさと、今にも泣き出しそうな不安さ、そんな二つの感情が入り混じっていた。

 

「タイタンにはパイロットが必要なのです。私独りでは、何も出来ません。私には貴方が……貴方が、いなければ……」

 

 その手に力が篭り、一層強く俺を抱きしめる。俺はその手を握り返して、はっきりと応えてやりたかった。それはこちらのセリフだと、そう言ってやりたかった。けれど、俺にできたのはゆっくりと頷くことだけだった。

 

「……ふふっ、そうですか。よかった……貴方が私を必要としてくれるなら、それで十分です……」

 

 安堵するような、小さくか細い笑い声。それは、俺が初めて聞いた相棒の、心からの笑い声だった。

 

「……私はしばらくの間、自己修復のために長期スリープ状態になります。暫しの別れになりますが……でも大丈夫です、私はずっとそばにいますから」

 

 不意に俺を抱きしめていた手が離れ、感じていた温もりも消える。それと同時に、目の前が眩い光に覆われていく。ぼんやりとして感覚が次第にはっきりし、俺は必死に体を捩って後ろを振り返ろうとした。

 

「貴方は先に目覚めてください、そして、思い出してください。貴方はミリシア特殊偵察中隊SRS『特攻兵団』のパイロット……そして、今は学園と織斑一夏たちを守るために戦うパイロット。そのパイロットの名前は──」

 

 振り返っても、眩く光のせいで何も見えない。けれども、俺はそこにいるはずの相棒に向かって、もう一度手を伸ばした。

 

「……──です、兄様っ!」

 

 光の向こうから、また誰かの声が聞こえて来る。さっきまでとは違う、別の誰かの声だ──いや、俺はこの声を知っている。

 

『X-BIOS、Ver0.00。素体No.2、G2.0……全シーケンスを終了。システム起動』

 

 その瞬間眩い光が晴れて、視界に多量の情報が流れ込んでくる。目に見えているものを脳が処理しきれず、思考が停止してしまう。いったい何がどうなっているのか、そうやって俺が頭を必死に働かせようとしていると、誰かが俺の手を握った。

 先とは違い、確かな肌の質感と躍動する温もりがある。次第にはっきりとしてきた目をこらすと──俺の目の前には見覚えのある少女がいた。

 

「兄様……! 私が……私が分かりますか?」

 

「……サラ?」

 

「あ、あぁ……良かった、兄様……兄様が、目を覚ましてっ……う、うあぁぁん……‼︎」

 

 瞳から涙を溢れさせ、嗚咽を漏らしながら俺の手を握るサラ。そして、その周りには心配そうに俺を見つめる少年一人と少女たち。皆の顔を一人一人眺めて、俺はようやく全てを思い出した。

 俺の名前は、レイ・オルタネイト。フロンティアからこの世界に来たパイロットであり、一夏に続く二人目の男性適合者。そして──一度目の死を経験し、『再生』によって蘇った()()()のレイだ。

 

 





人間の運命は、自分の魂の中にある
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。