「本当に、レイ、なのか……幽霊とかじゃあないよな……?」
血に塗れたベッドのそばで、信じられないと言ったふうに俺を呼ぶ。俺は試しに自分の左胸に手をやってみるが、生きている証である鼓動を感じる。うむ、俺は幽霊ではなさそうだ。
「あー……どうやら心臓はしっかり動いてるようだ。とりあえず、俺は生きてるよ……それより一夏、お前の方こそ傷は大丈夫なのか? その、俺が撃ってしまった傷は……」
「……馬鹿野郎、俺の心配してどうすんだよ。お前の方がよっぽどひどい状態だったんだぞ」
声を震わせる一夏は、溢れそうになる涙を誤魔化すように目を擦って悪態をつく。シャルロットにラウラ、セシリア、鈴、箒まで、皆一夏と同じような反応を見せる。
──そして俺は、きっちり皆の顔と名前を覚えてる。自分のこともしっかり思い出せる、とりあえず記憶はそのままのようだ。
まあ、何か忘れていたとしても、忘れていることすら忘れていることだろう。とりあえずその事で悩むのは後だ。今は皆に言いたいことがある、どうしても伝えたいことがあるのだ。
「みんな……ごめん。また、迷惑かけちまったな……俺のせいで皆を傷つけてしまって……危険な目に遭わせてしまった。謝って済むことじゃない、それでも……」
「……おい、レイ」
「んっ? ──ぶっ⁉︎」
俺はどうしても皆に謝りたかった。泣きつくサラをあやしながらだったが、俺は皆に頭を下げながらその想いを伝えた。すると、その返答代わりに──一夏からゲンコツを貰った。
「あ、えぇ……?」
「さっきまでここに篠ノ之束博士がいらっしゃったのですわ。彼女からある程度の事情をお聞きしたのですが、束博士が貴方の傷を治療したそうですわね」
「あんな重傷をこの短時間で治しちゃうなんて、一体何をしたんだろうね……ともかく、レイが無事でよかったよ。僕たちも心配で死んじゃうかと思ったんだよ?」
「それに、全ては姉さんがお前に命令してやらせたことだろう。いや、私の未熟さが招いた事態でもあったのだから……お前だけに責があるわけじゃない」
「アンタ、篠ノ之束博士に命を助けて貰ったっていう恩もあって逆らえなかったんでしょ? ま、まあ、だからって仕方ないで済ませるつもりはないからっ!」
「今のはそのお仕置き、というわけだ。甘んじて受け取るといいぞ、師匠」
「……お仕置き、か」
一夏にゲンコツをもらった頭をさすりながら、俺は苦笑してしまう。しかし、束から事情を聞いておいて、俺の傷を治療したとはどういうことだ? 束は、
(束が俺を気遣ったのか? いや、そんなまさか……自分で皆に話せということか……)
──話したくはない。たださえ今回は皆に迷惑をかけた、その上で皆に負目を感じさせるようなことは言いたくない。
俺が皆に隠し事をするのは今に始まった事ではないが、きっと後ろめたさが顔に出てしまったのだろう。シャルロットそんな俺を見て、仕方なさそうに笑いながら、未だ泣きじゃくるサラを宥める。
「……ねえ、レイ。僕はね、レイがどうしてあんなふうになっちゃったのか、レイに何が起きたのかは聞かないよ。どんな理由があったとしたも、僕からは言及したりしない」
「……」
「レイが話したくないなら、それでいいんだよ。でもね、もしもレイが自分の内に押しとどめておくのが辛くなったら、その時は僕が受け止めてあげる。僕は君に助けてもらったんだ、今度は僕が君の力になりたい。どんな些細なことでも……ね、ラウラ?」
「うむ、シャルロットの言う通りだ。未熟な私では大した助力も出来んが、話を聞くくらいはできるのだからな。いつでも頼ってくれていいぞ、師匠」
「……そう、だな……すまなっ──いや、違うな」
また二人に謝りそうになったところで、俺はその言葉を飲み込む。言うべきは謝罪じゃない、もっと別の言葉だ。皆に伝えかったことは、それだけじゃないんだ。
今はまだ皆の好意には甘えられない。皆に自分の本性を知られるのが怖くて逃げ出しかけた弱虫には、まだ打ち明ける覚悟ができてないんだ。だから、今はただ一言だけ──
「みんな……ありがとう」
──
空も少し白み始めた夜明けごろ。変わらず静かに波の音が響く浜辺を、独り歩くウサ耳ドレスの女性がいた。
鼻歌混じりにご機嫌な様子のその女性──篠ノ之束は、手頃な大きさの流木を見つけると、それに腰掛けボンヤリと海の向こうを眺めていた。
「『死』とは生命が最後に引き起こす現象。それを許されたのはただ一度だけ、やり直しなんて効かない一発勝負の幕引き……一体どんな気分なんだろうね、死ぬって言うのは」
海を眺めていた束が後ろを振り向くと、そこには腕組みをして佇む織斑千冬がいた。やけに上機嫌な束を前に顔をしかめる千冬だったが、何も言わずに束の隣に座る。
「いっくんたちはどうしたの? もう寝ちゃった?」
「ああ、夜通し緊張してたからか、部屋に戻ってすぐに眠ってしまった。オルタネイトもすっかり落ち着いている」
「そう……それならよかった」
「……束、お前が厄介ごとを引き起こすのはいつものことだが、今回でそれが最後というわけでもないだろう。次は何をするつもりだ?」
「やだなぁ、束さんを問題児みたいに言わないでほしいよ。さっきだって、いっくんたちに余計なことは話さなかったじゃん?」
レイが一度死んだという事実、束はそれをあえて一夏たちには明かさなかった。だが、それは決してレイを気遣ったわけではない。暴露するならもっと衝撃的な場面で、レイが一番追い詰められるタイミングがいい。そう思ってのことだった。
「まあ、安心してよ。レイとリーゼちゃんは大事な観察対象なんだ、今後は直接2人に手出しするのは止めにしとくよ。直接は、ね……さて、私はそろそろ帰るよ。箒ちゃんたちによろしくね」
「……」
そう言って束は立ち上がると、鼻歌混じりのスキップで夜闇の中へと消えていく。その背中を見送った千冬は、眉間を抑えながらため息をつく。
「……ご苦労だった、もう出てきてくれてかまわない」
千冬が誰かに向かって合図をすると、不意に沖の方で大きく飛沫が立つ。すると、海中から水を衣のように纏う一機のISが姿を現した。
月を背に水を舞わせ、海を滑空する幻想的な姿には誰もが見惚れるだろう。ロシアの第三世代型IS『
「すまないな。わざわざ駆けつけてもらっておいて、こんな盗聴紛いな真似までさせてしまった」
「それは余計な心配というものでは? 私にとってはこんな事、日常茶飯事よ」
ISを解除して千冬の隣に降り立つ楯無。いつもの制服と片手の扇子、しかし、その表情にお決まりの蠱惑的な笑みはない。
「……周辺海域は隈なく偵察した。織斑先生の言う通り、織斑くんたちと福音が戦闘している間に接近してくるISが複数機いたけど、戦闘射程内に入る前に退いていったわ」
「そうか……亡国機業、やはり探りを入れてきたな」
「ええ、今回はあくまで様子見のようだったけど、次は仕掛けてくるかもしれないわね」
「仕掛けてくるとしたら、キャノンボール・ファストか秋の文化祭だ。それまでに、こちらも準備を済ませねばならん……」
「準備、ね……その前に、今回の件の後始末が先では? これだけの事件、公にはできなくとも国際IS委員会も黙ってはいないわ。学園としてもそれ相応の処分を下さないと、あの頭の硬いご老人たちは納得しないでしょうね」
「……なら、オルタネイトを退学処分にでもするか?」
千冬が楯無にそう問いかけると、楯無は少しむっとした表情で口をつぐむが、いつものように冗談めかして否定しようとした。しかし、水平線を見据える千冬の鋭い瞳を前に、楯無は言葉を改める。
「一応お聞きしますが……彼が一度死んだというのは、本当のことですか?」
「ああ、本当のことだ」
「……なら尚更、彼を退学になんてするもんですか。亡国機業に対抗するには彼が必要よ。ただし、私が良いと判断するまで、今後暫くは実戦は控えてもらう」
「そうだな……それがいいだろう」
「何より、素行の悪い生徒には生活指導が必要でしょう? この際だから、みっちりと教え込んでおくわ。もうこんなことが起きないように……これ以上の最悪の事態を引き起こしてしまわないように、ね」
そう言って楯無はどこからともなく新しい扇子を取り出し、ばさりと開いて潮風を仰ぐ。その扇子には『指導』の二文字が達筆で書かれていたのだった。
物語はまだ夏だけど、現実の夏はやっと終わりそうだゾッ!