Infinit Fall :Re   作:刀の切れ味

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 ○バンガード級
 ミリシアが開発した中量級のタイタンシャーシ。高精度なAIが搭載されており、戦闘を繰り返すことで学習を重ねていくように設計されている。
 鹵獲機を運用していたミリシアにとって初のオリジナルシャーシだが、開発には虎大インダストリという企業が関わっている。


Log.7 作戦ロケーション:IS学園 ②

「ふー……ここが第二アリーナか」

 

 目の前にあるのは大きなエアロックの扉。空気が漏れる音ともに開いたその先は、以前に襲撃した実験施設のアリーナと同じようにドーム状の大きな空間になっていた。

 そしてそのアリーナの中央にはISを纏った女性、織斑千冬が静かに佇んでいた。その張り詰めた空気に、すでに喉元に剣先を向けられているかのように錯覚する。

 

「来たか……まさかそのスーツで戦うわけではないだろうな?」

 

「まさか、IS相手だったら2分半が限界だよ。あんたが相手ならその半分の時間も保たない」

 

「ほお……一応は戦えるのか」

 

 興味を持ったかのように片眉を上げる織斑千冬。まったく冗談じゃない、あんたを相手に生身で戦えるわけがないだろう。

 

「リーゼ、機体をコール、システムを戦闘モードに完全移行しろ」

 

「了解、メインシステム、戦闘モードを起動。戦闘用シャーシを展開します」

 

 量子化されていたリーゼのシャーシがコールされ、地響きを立ててリーゼがアリーナに降り立つ。通常のISよりも一回り大きく、全身装甲という特徴的なフォルム、そして何より俺が本当にISを扱えることに織斑千冬は少し驚きの表情を見せていた。

 

「それが貴様のISか。本当に私の弟と同じで、ISを扱えるのだな」

 

「こいつをISと呼ぶには、少々特殊すぎるがな」

 

 マニピュレーターで俺を掴み上げ、コクピットに押し込むリーゼ。装甲の形状が変形し、俺の体に合わせてフィットしていく。

 

「パイロットとのニューラルリンクを開始、操縦権をパイロットに移行します」

 

「リーゼ、ロードアウトを『ローニン』に変更しろ」

 

「了解、指定ロードアウトを展開」

 

 背部ユニットのミサイルポッド、シャーシの一部の装甲が量子化し全体的な軽量化、ロードアウトの変更が行われていく。

 量子化したミサイルポッドの代わりに追加のバーニアが装備され、手に持っていたオートライフルは近接格闘用の大型ブロードソードへと切り替わった。

 ロードアウト『ノーススター』と同じく高機動を主軸にした戦闘を得意とするが、『ローニン』は接近してからのヒットアンドアウェイをメインとした近接特化型だ。

 対して織斑千冬が纏うIS『打鉄』も物理ブレードを主軸とした機体。かつての専用機『暮桜』のことから、やはり近接戦闘が得意なのだろう。

 

「……お前、まさか私と剣で戦うつもりか?」

 

「俺の任務は織斑一夏と篠ノ之箒の護衛。その第一段階はIS学園にて織斑千冬と接触すること、それは既に果たされた。第二段階は、織斑千冬に俺を護衛としての立場を認可してもらうこと。それを達成するには最もこれが手っ取り早い手段だ」

 

「自分で言うのもなんだが……剣で私に勝とうというのは、いささか驕りが過ぎるぞ」

 

 やや怒気を含ませた口調の織斑千冬、それも当然の意見だ。織斑千冬は剣一つで世界を制した、その剣の腕には絶対の自信があるはず。だが、俺は何も剣で勝つつもりなどない。

 

「今回ばかりは勝ち負けは重要じゃあない、あんたが俺を認めてくれればそれでいい。そのためには、小細工なしで正面からぶつかっていく方がいいと判断しただけだ」

 

 そうだ、これは取引だ。二人の護衛という立場、それは俺にとって大きな意味を及ぼす。その立場はどうしても欲しいものなのだ。

 束の命令でいくつもの実験施設を潰したきたが、国連や周辺諸国がそれを認知していないはずはない。すでには俺やリーゼは脅威と見なされるはず。そして束は俺を使って不愉快な連中の始末していたが、俺自体がお荷物になれば……きっと俺を切り捨てる。おそらく束にとって俺は、たまたま拾った未知の知識の持ち主であり、便利な傭兵程度の認識でしかないのだ。

 

「なぜ、そうまでして束に付き従う? お前にとって束は何だ?」

 

「恩人、かな……俺の命も含めて、色々と助けられたんだよ」

 

 だからこそ、束が俺に傭兵として働けというのならそれに従うし、束が俺をもう要らないというのなら、それにも従う。

 しかし、結局は束の庇護なしに、俺はこの世界で一人では生きていけない。束というバックなしに、個人でリーゼを所有するのも色々とリスクがあるのだ。

 故に学園に所属する人間であれば、束のバックアップがなくとも外部からの政治的干渉も受けにくいし、リーゼが破損した時も修理を受けられるかもしれない。俺たちにとって学園に所属することは、メリットの塊なのだ。

 

「あんた達にとって俺がどれだけ厄介で扱いが面倒な存在かは、十分に分かっている。自分の弟を見知らぬ男に任せるのは、到底容認できるものでないことも分かっている。だが、俺にもこの任務は果たさなきゃならん理由がある……ついでにサラのためにもな」

 

「……公になっていない男性適合者であるお前をIS学園に引き入れ、あまつさえ私の愚弟や自身の妹の護衛にする……束は昔から何を考えているかよく分からん奴だ」

 

「それはご愁傷さまで」

 

 織斑千冬は大きく溜息をつくと、静かに手に持つ物理ブレードの切っ先を俺に向けた。その瞬間、アリーナの空気が変わった。フロンティアの戦場で何度も感じた──殺気だ。

 

「少し、話が過ぎたな。どちらにせよ、お前の実力を見極めさせてもらう。お前の処遇はその後で決めてやる」

 

(処遇、ね……どうやら話に乗ってくれたようで……!)

 

 ブロードソードを握るマニピュレータに力がこもり、背筋にザワザワと震えが走る。相手はかつての世界最強、一瞬の油断が命取り。決して気は抜けない。 

 

「さあ、来い……二人目の適合者(イレギュラー)!」

 

「いくぞ、リーゼ!」

 

 異邦より現れし戦帰りの剣と、始まりにして世界を斬った至高の剣。異なる二つの剣がぶつかり合い、そして激しい火花を散らした。

 その様子を、アリーナに取り付けられた監視カメラが、じっくりと観察するように眺めているのだった。

 

 

 

 ──

 

 

 

「……ふっ!」

 

「ちぃっ!」

 

 日本刀を模した打鉄の物理ブレード、分厚い刀身を持つローニンのブロードソード。その二つの刃が天井から注ぐライトの光を反射させながら、幾筋もの剣閃を走らせる。

 全身装甲故に機体の総重量はこちらが上、スペック上のパワーアシストもこちらが上のはず。なのに織斑千冬の繰り出す斬撃は、俺の重量を乗せた一撃よりもずっと重く鋭かった。

 

(それに……疾い……!)

 

 最初はお互いに様子を見るように斬り結び、手数もごく少なかった。しかし、今の俺は俺は織斑千冬の凄まじい猛襲に、常に後手を強いられていた。

 

「くそっ……!」

 

「切り返しが甘いなっ!」

 

 必死に繰り出した反撃もあっさりと防がれ、代わりに返しの刃がリーゼの装甲に突き刺さる。シールドバリアーが紫電を立てて減衰していき、俺のシールドバリアーは既に五割も削られていた。

 

(想定よりもずっと強いな! リーゼに組ませた対策オペレーションが何の役にも立たない、こいつは参ったな……)

 

 リーゼのコクピット内で息を荒げている俺に対して、織村千冬は随分と涼しげな顔をしている。あちらはまだまだ余裕というわけだ。

 

「どうした? お前の力はその程度か」

 

「くっ……いいや、まだまだ!」

 

 スラスターを勢いよく噴射し、一気に駆け出す。織斑千冬も変則的な軌道でこちらへと飛翔する。

 再びぶつかり合う二つの刃、しかし、今度は正面からのぶつかり合いではない。俺は織斑千冬の斬撃を受け取るや否や、それをすぐ横に受け流し側面へと回り込む。

 

「ほお……?」

 

 がら空きの側面へと回り込みブロードソードを振り上げる俺へ、面白そうに口角を釣り上げる織村千冬。ここから物理ブレードで防ぐには一歩間に合わない、後ろに下がって躱すしかない、そう俺は確信していた。

 しかし、織村千冬はやはり化け物だった。振り下ろされた肉厚のその刃を、打鉄の非固定ユニットである物理シールドを僅かに動かしただけで完全に受け流してしまったのだ。

 

「受け流す、というのはこういうことを言うのだ」

 

 ついで放たれる鋭い蹴り、PICでは緩和しきれない衝撃に思わず動きが止まってしまう。

 

「警告! ただちに攻撃を回避してください。ただちに攻撃を……」

 

「──っ!」

 

 怯んだ俺の目の前で大上段に構える織斑千冬。俺はそれをブロードソードで受け止めようと思ったが、その前にリーゼの警告が飛び、背筋にまたしても悪寒が走る。

 

「うおぉっ……⁉︎」

 

 全身のスラスターを最大駆動させ、全速力で織斑千冬から距離を取る。大上段から一見すると緩やかに振り下ろされた斬撃は、俺に当たることなく空を斬った。

 

「ふむ……よく()()なかったな」

 

「危ねぇ……なんだ今のは……!」

 

「推測、ブロードソードで防御した場合、ブロードソードごと両断されていたでしょう」

 

「冗談じゃない……」

 

 空振りに終わったとはいえ、先ほどの斬撃はまるで空間をも斬り裂いたのではと錯覚するほど美しく研ぎ澄まされた一振りだった。あんなものをまともに喰らえば一撃で戦闘不能されてしまう。

 

「ふむ……つまらんな。いや、私にここまで食い付いてくるのは大したものだ。だが、足りん。貴様のそれには、まだ力が隠されているだろう? それを見せてみろ! それともこのまま私に斬り伏せられ終幕にするか!」

 

「……あんたの、いや、織斑先生の言う通りか。このままじゃ到底敵いっこない。大口叩いといてこれじゃ格好もつかないが、やるしかないか……! リーゼ、『ソードコア』を起動しろ!」

 

「コア機能、解放。ソードコア、オンライン」

 

 俺の合図を皮切りにリーゼのタイタンコアの機能が解放。出力が大きく向上したジェネレーターから供給されるエネルギーがブロードソードに纏わりつき、青白く放電し始める。

 ジェネレーター出力上昇による近接格闘能力の向上、アーク放電によるブロードソードの強化。それがソードコアの能力だった。

 

「行くぞっ!」

 

 アーク放電を纏った刀身を翻し、先ほどの俺よりもずっと鋭く素早い斬撃を織斑千冬へと叩きつける。当然、織斑千冬はそれをあっさりとかわすが、刀身から放たれる放電が掠っただけでシールドバリアーを削り取る。

 

「これは……ふっ、あくまで剣で私との勝負を望むか!」

 

「こちとら何度も何度も戦場でこの剣を振り回してきたんだ、舐めるなよ!」

 

 大きく振りかぶったブロードソードをすくい上げるように振り上げ、刀身に纏わりつくアーク放電を地を走る雷の斬撃として放つ。

 

「うおおぉっ!」

 

 一度ならず何度も雷の斬撃を放ち、織斑千冬をアリーナの壁際まで追い詰める。斬撃自体が当たらなくとも、掠めるアーク放電が確実にシールドバリアーを削っていった。

 それ以上後ろへは下がれない織斑千冬、俺はブロードソードの切っ先を地面に擦らせ火花を散らせながら、一気に距離を詰めていった。

 

「面白い……!」

 

 織斑千冬は壁際に追い詰められてなお、余裕の表情は崩さない。アーク放電を纏った斬撃を受け止めるごとに、シールドバリアーは削られていくが、まるで気にする様子はない。

 しかし、何度も切り結ぶ内に、織斑千冬の打鉄のシールドバリアーも五割ほどが削られていた。ソードコアの機能もそれほど長く持続するものでもない。ここは一気に勝負を決める! 

 

「押し切る……!」

 

「中々に厄介な能力だが……そう長持ちをするものではなさそうだ。当然、何かしらの反動もあるのだろう?」

 

 俺の攻撃に対してカウンター気味に放たれた突きが右肩に突き刺さり、振り上げたブロードソードの動きが止まる。そこから立て続けに繰り出される無数の斬撃。ブロードソードを盾がわりにしても、全ては防ぎきれない。

 

「──ちぃっ!」

 

「はぁっ!」

 

 強烈で致命的な一撃、俺はそれを防ごうとする……が、唐突なリーゼのパワーダウンにそれは間に合わず、斬撃がシールドバリアー越しに装甲を斬り裂いた。

 

「がはっ……」

 

「警告、コア機能のクールダウンが開始。ジェネレーター出力低下、『ソードコア』オフライン……シールドバリアー減衰率90%、通常稼働限界までわずか、攻撃を回避してください」

 

 ソードコアの反動と致命的ダメージに、機体のパフォーマンスが著しく低下していく。コア機能まで解放したというのに、まだ届かないか。

 

「くそっ……ほんと化け物だな、あんた……!」

 

「やはり、かなりの機体負荷がかかるようだな。しかし、久しぶりに私も滾った。それこそ、モンド・グロッソの時以来か……これで勝負ありのようだがな」

 

「……おい、何もう勝った気でいやがる。まだ俺は参ったなんて言ってないっ……!」

 

「なに……?」

 

 織斑千冬が楽しそうに笑みを浮かべる。まだ手が残されているなら余さず出し切れ、と言わんばかりだ。ならば、望み通り全部出し切ってやろうじゃないか。

 文字通り、正真正銘の切り札。これを使って勝てなければ、俺の負け──って勝ち負けは関係ないってさっき自分で言ったけどな。でもやっぱり負けるのは気に食わん! 

 

「その目に焼き付けろよ、俺とリーゼの全力……! リーゼ、タイタンコアとISコアをリンク、単一仕様(ワンオフアビリティ)を起動しろ!」

 

単一仕様(ワンオフアビリティ)の要請確認。各種機能制限をアンロック。各コア間のリンクを確立。単一仕様(ワンオフアビリティ)……『イージスアップグレード』を実行」

 




パソコンを『再生』して、新世代のCPUを手に入れました。
これで作業しやすくなるぜ

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