「ハイどうも〜」
間の抜けた声と共に目が覚める。
身じろぎをしようとしたが、体が動かなくて困惑する。
「……誰ですか?」
いつのまにか体が横になっていたらしい俺を、上から覗き込むように見ているのは、見たことのない男だった。
黒を基調とした中華服に、丸いレンズのサングラスをかけたいかにも怪しい風貌の、胡散臭い男である。もちろん、面識はない、はずだ。
「おいらはネクロマンサーをやらしてもらってるんですけどね〜」
「おいら。……いや、ネクロマンサー」
もはや、どこを気になっていいのかわからない。
彼の見た目も一人称も自称する職業もめちゃくちゃだし、そもそも俺が置かれている今の状況はなんなんだ。
「きみ死んじゃってんだけど自覚ある?」
「死。……ええ? 宗教は間に合ってます……」
「おいら、どっちかというとあらゆる宗教を冒涜する側なんですけどね〜」
中華服の男は、始めから変わらず気軽な口調と声色で語りかけてくるが、表情筋がまるで動いていない。得体の知れなさを感じて、背筋が冷たくなったように思う。
そもそも、体がずっと動かないのだ。金縛りにあっているかのようである。今までの人生で金縛りにあったことはあるが、それは全てベッドの上で、夢うつつの状況の時だった。今のように、口だけが動いて話はできるのに、体だけはまるで動かないというのは初めての体験である。
「ここどこです?」
「知らんけど」
「知らないんだ」
首すら回せないので、俺は仕方なく怪しい中華服の男を見上げ続けることしかできない。かろうじてわかるのは、見上げた先に空があるので、ここは屋外で、そして時間帯は朝方あたりなのかなということだ。
俺は少し考えた。この男に話を合わせるべきだろうか。
俺にそんな高度なコミュニケーション能力があるだろうか。いやない。
すぐに諦めて、俺は気になっていることを聞くのに専念した。
「ええと、ネクロマンサーさん、でしたっけ」
「ウワッ、ネクロマンサーさんって言いにくいね。マスターでいいよ、それかほら、我が主とか」
「あいにくSMの趣味がなくて……」
「おいらもないけど」
お互いに首を傾げながら見つめあい、中華服の男の瞳があまりにもまっすぐだったので、なるほどこれは俺がおかしいのかもしれないと思った。というより、この人の中の常識がよくわからないので放置しようと思った。
「そうか、状況を知りたいんだな? 前回までのあらすじを聞く?」
「それめちゃくちゃ聞きたいですね」
中華服の男は咳払いをして、表情は変えないまま「前回までのあらすじ!」とキリッとした声で言った。
「きみは昨日の夜に路上で死んだ! おしまい」
「あらすじだからって荒々しすぎるんだよな」
「凍死だったね。そんなに薄着で外で寝るからだよ。こたつで寝ることの次に罪深いな」
「こたつ重罪すぎないですか?」
こたつでの睡眠、死より重い罰が課されるのか。
「じゃあ俺、ええと、幽霊的な?」
「幽霊なんて存在するわけないだろ?」
「ええ……? じゃあ俺、なんで死んだのに喋ってんですか?」
「きみゾンビだから」
「あ、幽霊はいないけどゾンビは存在するんだ?」
「だってきみ、幽霊見たことないだろ? でも死体はあるだろ?」
「いや、死体も見たことないし、動く死体はもっと見たことがないですね」
「ははは」
中華服の男は、表情を変えないまま両手を打ち鳴らした。
多分笑っているのだろうが、そもそもどこに笑うポイントがあったのかはわからない。
「なんでゾンビになったのかというのは……」
「おいらがやっておきました」
「なぜ……」
「死者蘇生3分クッキング。死んでたから蘇らせておいた死体がこちらです」
「3秒クッキングに改名してください」
人ってそんな簡単に蘇るものだっただろうか。
「正確にいうときみはゾンビではなくキョンシー、あるいはチアンシーという概念に近いんだけど」
「あの両手前に出してぴょんぴょん飛ぶやつですか」
「それそれ」
「いやなんですけど……」
「いやがるなよ。キョンシーに謝れ」
「それ俺ですよね」
「ははは」
再び表情を変えないまま両手を打ち鳴らして笑うと、男はそのまま俺の両脇に手を入れて体を無理やり起こした。
「ほら、とりあえず自分で立ちなよ。おいらもいい加減下見ながら話すの首痛くなってきたし」
「はあ……立てはするんですね」
体を起こしてもらったためか、2本の足で地面を踏みしめて立つことができた。
バランスを取れているということは、足首のあたりは動かせていそうである。ただし他の関節が動くかと言われると微妙だ。
「死体だから関節ほぼキマッちゃっててね」
「関節技キマッたみたいに言いますね」
「きみ今ほぼ関節動かないから、関節技は効かないけどね」
「関節技をかけられる予定もないのでそんな特典はいらないんですけど」
立ち上がって周囲を見渡すと、それは確かに俺が知る道だった。
会社から家に帰る時によく使う通勤路である。中華服の男があまりに奇怪なので、異世界にでも飛ばされたのかなとも思ったがそんなことはなかったようだ。
「あ、忘れてた。おいらがなんできみを蘇らせたのかって話」
「できれば一番最初にして欲しかった」
「きみに提案したいのはね、おいらと雇用契約結ばない? ってことなんだけど」
「いやなんですけど……」
「いやがるなよ。キョンシーに謝れ」
「なぜ……」
百歩譲って謝るならこの中華服の男である。
「待って、セールスポイント言うから」
男はどこかから折りたたんだ紙を取り出すと、それを読み上げ始めた。
「おいらと契約するとこんなにいいことがあります。まるいち、死んでても動ける」
「今のこれですか」
「まるに、昇格制度あります」
「昇格するとどうなるんですか。お給金増えるんですか」
「いやうちタダ働きだけど」
「最悪じゃないですか」
「そんなことないよ、地獄よりいいとこだよ」
「地獄と比較したら大抵いいところなんじゃないですか?」
「まあおいら地獄なんか知らないけどね」
「俺も知らないんでこの話は終わりですよ」
地獄知らないのか。まあ幽霊もいないというくらいだし、この男は現世のことしか知らないのかもしれない。
「昇格すると空飛べるようになるんだよ」
「ええ……? ちょっと予想外で言葉が出ない」
「やっぱ空飛ぶのってロマンでしょ? ね、どうですかうちの職場、アットホームだよ」
「他に従業員が?」
「いやゼロ」
「独居とアットホームは同時に成立しない概念なんですよ」
俺は一息ついて、尋ねた。
「セールスポイント、もしかしてその2つで終わりですか?」
「うん」
「じゃあお断りします」
「うっそ!? なんで!?」
「逆になんでいけると思ったんですか?」
「えー。みんな大抵、死にたくないっていう気持ちだけで契約してくれるのにな。まあ蘇らせたってもう死んではいるんだけど。ははは」
「笑えないんですけど……」
中華服の男は、はあ、と口だけのため息をついた。
「それじゃ、『もうええわ』って言ってくれればきみはただの死体に戻るよ」
「なんでそこ漫才の終わり方式なんですかね」
「ははは」と声だけあげてから、中華服の男は言った。
「死者蘇生なんて、笑い事でしかないからさ」
「もうええわ」
45分の時間制限で書いた「ギャグ・暗い雰囲気・ボケとツッコミ」を必須とした短編。
お題をダイスで選んでいたせいで最初から矛盾したお題が出まくる。