「あの、お兄さん! 一緒に飲みませんか!」
居酒屋のカウンターで一人晩酌をしていると、顔を真っ赤にした女の子に声をかけられた。
顔が赤いのは緊張なのかアルコールのせいなのかはわからないが、多分これは逆ナンに近い何かである。
「あー……ええと、きみ街コンの参加者だよね?」
「そうです!」
今日は街コン——街ぐるみで行われる大型の合コンイベント——が開催されており、どうやらこの居酒屋も会場の一つになっていたようだ。
ようだ、という曖昧な言い方なのは、何しろ俺が街コンの参加者ではないからである。
たまたま今日は街コンが行われていて、たまたま入った店がその会場だっただけで、俺は一般飲酒客であった。
妙に賑わっている上に、誰しもが色めいてキャッキャしていることから「あ〜街コンだったのか」と理解したのだ。
会場にするなら貸し切りにすればいいのにと思わないでもないが、まあ騒がしいことは嫌いではなかったので——静かなのが好きだったらそもそもそういうバーで飲むか、一人家で飲んでいるから——問題はなかった。
しかし、目の前で女の子が顔を赤くして話しかけてきている状況は問題がある。
俺は恋愛目的でここにはいないし、そもそも街コンって参加費が必要だった気がした。俺が参加者のふりしたらなんらかの規約に反しそうである。
「俺は参加者じゃな……」
「お兄さんお隣失礼します!」
「押しがつええ」
訂正を入れる前に女の子は隣の席に滑り込み、持っていたジョッキを俺のグラスに勝手に合わせた。
「乾杯!」
「あー乾杯。いや、お嬢さんあのな……」
「お、お嬢さん!? そんな呼ばれ方初めてです!」
「そうかいそりゃよかったな」
「えっめっちゃダンディなんですけどなんですかその余裕のある態度……すき……」
「大丈夫か? すげえ酔ってないか? 水飲むか?」
「口移しなら……」
「すいませんお冷一つ」
「えっ口移ししてくれるってことでいいんですか!?」
「しねえよ」
なんだこの人面白いな、そう思ったので店員からもらったお冷を渡して聞いてみた。
「お嬢さん、今日はいい人はいたのか?」
「あなたです……」
「熱烈なのはありがてえけど、口からお冷全部出てるぞ」
今度は店員におしぼりを頼み、マーライオンのようになっていたお嬢さんに渡す。
「酒、得意じゃないのか?」
「そうなんです、すぐ酔っ払っちゃって」
「だからそんなんなってんだな」
「いえ、今日私飲んでません。今持ってるのもノンアルビールです」
「普段からやべえやつなだけじゃねえか」
ノンアルらしいビールをぐびぐび飲み干して、お嬢さんはジョッキをテーブルに叩きつけた。
「恋人と仕事どっちが大事なのよ!?」
「初対面の初っぱなで聞く質問内容と熱量じゃない」
「やっぱ恋人ですよね……」
「幻聴が聞こえてるのか?」
存在しないはずの俺の返事を聞いてなぜか落ち込んでいるお嬢さんに困惑を隠せない。
「フツー恋人って言われた方が嬉しいんじゃねえの? 知らんけど」
「生きていく上で必須な仕事よりも優先順位を上に浮かれたら恐怖を感じません? 自分でさえ自分にそれほどの価値を見出せないというのに」
「自尊心低いな」
「この男は私自身よりも価値のない仕事に精を出してるんだなと思うと恋が冷める……」
「自尊心だけの問題ではないらしいな」
女心と秋の空、とか言ってまとめていいような感情ではなさそうである。
「あー、俺はそういうのはわからん」
「無知の知ですね、かっこいい」
「褒め方の癖が強い」
そんな風に褒められたのは初めてである。
「恋人より仕事より、俺自身が一番大事だからなあ」
「エッ天上天下唯我独尊!? あなたこそガウタマ・シッダールダ!? ここに仏閣を建てよう!?」
「お嬢さん結構学ある人? さっきから語彙が尋常なそれじゃねえんだが」
いきなり居酒屋が寺になりそうで少し笑ってしまう。
お嬢さんは新しく頼んだコーラをストローで吸いながら俯いた。
「恥ずかしながら、社会科の教員免許を持っていまして……」
「全然恥ずかしがることじゃねえだろ。あー、どうりでやたら哲学関連の語彙だと思った」
「ご宗教は?」
「だからってそれは初対面で二番目に聞く質問としてはイカレてんだよ」
ご趣味は? のノリで聞くな。
「無宗教だよ」
「神は死んだ! あなたが新しい神です!」
「無宗教とは言ったが無神論者ではないし、新興宗教を作る気はもっとねえのよ俺」
教員免許を持っているからなのかは知らないが、このお嬢さんの声は伸びやかで非常に聞き取りやすい。だからこそ変な内容を、通りのいい声で叫んでは欲しくないのだが、脈略なく叫ぶので止めようがなかった。
「宗派のぶつかり合いがないならそれってもう結婚できるってことですよね?」
「どんな文化圏で生きてたらそんな理論を成立させられるんだ?」
「まずはお友達から始めましょう」
「そこは俺の知ってる文化なんだ」
話の展開が読めなくて目が回りそうである。
「あー……お嬢さんならもっといい男捕まえられるだろ」
「見てきた限りあなたが一番いい男です」
「見えてるのか? その目」
「ええ! ゆりかごから墓場まで見えますとも!」
「何が見えてるんだよ」
え? 俺のゆりかごから墓場までが見えてんの? だとしたら怖すぎるだろ。
俺の生死握られてる? この人占い師かなんか?
「お兄さんのタイプはなんですか? 私頑張りますよ? 背が低い子が好きなら足切りますし」
「物理的に小さくなろうとせんでいい」
「シンデレラのお姉さん達もこんな気持ちだったんでしょうね……愛する人のためなら足を切り落とすことくらい簡単です」
「そもそも俺背が低い子がいいなんて言ってないだろ?」
不意に「あっ!」と思い出したように叫び、お嬢さんは眉を下げた。
「あのう、私そろそろ行かなきゃ。今日はとっても楽しかったです」
「俺もあんたがめちゃくちゃで面白かったわ」
「めちゃくちゃ面白かった!? やったあ!」
「良いように聞き間違えるな」
この人、都合のいい耳を持ち合わせているようである。
「もし良かったら連絡ください」とお嬢さんが名刺を出してきたので、俺は困ってしまった。
「……ここまで言えなくて悪かったんだが、俺は街コンの参加者じゃねえんだ。ごめんな?」
「知ってましたよ」
「は?」
驚きで思わず口から声が漏れた。
「私、街コンの主催側の人間なので、参加者全員の顔を押さえているんです。だからお兄さんが参加者じゃないのは最初から知ってました」
お嬢さんは、俺にそっと名刺を握らせた。
職業の肩書きにはイベントプランナーと書いてある。
「でも、恋って、街コン参加者だけに許されたものじゃないでしょう」
一本取られたな、と俺は思った。
シリアスというお題だったのにギャグで書いてしまったやつ。
シンデレラの姉が、自分の足には小さすぎるガラスの靴を履くために自分の足のつま先やかかとを切り落としたっていうのは、グリム童話の編纂によっては載っていない下りだったので、そのあたりを説明しなかったら非常に不親切な文章でしたね。