箱に入れられて捨てられているのは犬猫が定番だが、私が見つけた場合は吸血鬼だった。
正確には、その箱は棺桶であったし、捨てられていたというよりは、私が経営する骨董品店に持ち込まれたものではあったのだが、売り手が「二束三文であっても良いから買い取ってくれ」というので、事実捨てられていたのと同義である。
さて、私は面白いものが好きなので、妙に必死に棺桶を売りつけようとした老爺を引き止め、その棺桶の逸話を聞いた。
「話を聞いたら買ってくれるのか?」
「ええもちろんそうしましょう。さあさ、ご遠慮なくお話しくださいな」
老爺は饒舌に語った。
この棺桶は曰く付きで、持ち主が怪死するのだと。
「どんな死に方で?」
「身体中の血液を抜かれるという」
「あらあら。中に入っているのは吸血鬼でしょうか」
「きっとそうだ。どうやっても蓋は開かんし、燃やしても燃えねえらしい。俺もこれを無理やり押し付けられたもんだから、どうやってでもすぐに手放したいんだ」
私はにっこり笑い、棺桶をタダ同然で買い取った。
断るわけがない。これほど面白い話があるだろうか。私が骨董品店なんぞをやっているのも、なんぞ面白いものが手元に舞い込んできやしないかと、常に期待しているからなのである。
「さて、開けるにはどうしましょうか。バーナーで炙ってでもみましょうかね」
私がワクワクしながら、店の奥にあるPCを使い、アマゾンでバーナーと溶接用手持ち面を注文して戻ってくると、棺桶が開いていた。
「わあっ! 開けるのを楽しみにしてたのに!?」
「……それはすまなかったな?」
開いた棺桶の中には、ゾッとするほど美しい男がいた。
なるほどこれが吸血鬼か、とすんなり納得する。何しろ、この美貌は人間が持つには不相応だったので。
「我は面白いものが好きでな。愉しませてくれるというのであれば礼をしてやろう」
「おやおや、大変気が合いますねえ! 私も面白いものが好きなんですよ。だからあなたのことはすでに好きです」
「ふむ? 魅了の術は使っていないはずだが」
「わあっ! なんか面白そうな響き!」
私はワクワクを止められずに小さく跳んでしまった。
いけないいけない、埃が立ってしまう。ただでさえ最近掃除をサボり気味だったのだ。
「出身はどちらですか?」
「国には属しておらん」
「あらあら、そうですね。国境なんて人間が勝手に引くだけのものですから興味もないでしょう。それじゃ、この辺りで読めそうな文字はあります?」
私は骨董品店の店主をやっている。だから、古書なんぞも集まってくるのだ。
人外が面白いと思うものといえばやっぱり「人間」だろう。
しかし私はそれほど愉快爽快な人間ではないので、代わりの人間——人間が書いた本を差し出してみることにした。
「これが面白いって思わないんならあなたとは気が合わなさそうなので、お礼はいりませんよ」
「ほう? 面白い」
「まだ読んでないのに? 笑いのツボ浅いですねえ」
吸血鬼は青白い指先で、いくつかの古書をめくった。
「読んだことがない本だ。少し時間をもらっても?」
「ええ、もちろん。ごゆっくりどうぞ。お茶でも淹れましょうか? それとも血の方がいいです?」
「それは読み終わった後に決めてやろう」
なるほど、本が汚れるかもしれないから、読書中に飲み物は飲まないタイプであったか。
私はこの吸血鬼への好感度をさらに上げておいた。
本を大事にする人間に悪い奴はいない。まあ人間ではなさそうなのだが。
「面白かった」
しばらくして、吸血鬼が本を閉じた。
私はうとうとしていたものだから、その声でびっくりして手元のコーピーカップをひっくり返しそうになってしまった。
「わあっ! 失礼、ええと、はい、なんでした?」
「我の時代にはなかったものだ。新しい常識や文化、言葉があり興味深い」
「おやおや、その本の執筆年はかなーり古いんですけどね。それでも新しく感じるなんて最高じゃないですか。もっともっと読んだことのない本が、知らない常識に文化に言葉がありますよ。長いこと楽しめますねえ」
私は他に置いてある古書のことを思い出していた。
売れそうにないので倉庫の奥にしまっているものを合わせれば、この吸血鬼を数年読書漬けにすることくらいはわけがない。
「吸血鬼さんって不老不死なんです?」
「そんな種族で呼ばれるほどのものではないが——不老不死ではある」
「わあっ! じゃあ読みきれないほどの本を読みきれるかもしれないんですねえ! 夢があるなあ」
古書だけでなく新書を入荷するのもいいかもしれない。
私がそうワクワクしていると、吸血鬼がするりと近づいてきて問いかける。
「我を愉しませた礼をしてやろう。富か、名声か、不老不死か、何が欲しい?」
「ワクワク!」
おっと、いけない。
もっと丁寧な言葉で喋らなければ理解してもらえないだろうと思い直し、私は言った。
「私をワクワクさせてください。つきましては、あなたを見ているだけでワクワクできますので、しばらくウチに滞在していただけませんか?」
「ワクワク、とはなんだ? 不老不死より欲しいものなのか?」
「ええもちろん!」
読みきれない本を読みきる、という夢が叶えられるかもしれないと思うとワクワクするけれど、しかしいざそれが叶えられようとしてしまったら——きっとワクワクしないのだろうなと思うからだ。
もう新しく読む本がないというのはきっと絶望だろう。
「未完の名作より完結した駄作、と思っております故。始まりと終わりがある方が好きなのです」
「それを我に言うのか!」
吸血鬼は、初めて表情を変えた。
口元を大きく引き上げて、鋭い牙をむき出しにする。それは笑みを浮かべているようにも、威嚇しているようにも見えたが——どちらとも取れそうだったので、私は都合よく笑っているのだと捉えることにした。
「面白い。許す」
「そうですか。それじゃあ私も一つお聞きしましょう」
棚から取り出した古いヤカンと、自分の首元を交互に指差して言った。
「お茶でも淹れましょうか? それとも血の方がいいです?」
制限時間30分。
面白かったので誤字がそのままなんだが、「コーピーカップ」とかいう脳みそのバグ。
スマホならまだしもPCのキーボードで書いててこの誤字、笑ってしまった。
あと、すでにコーピーカップで茶飲んでたなら事前に湯を沸かしているだろうし改めて棚からヤカン持ち出す必要ないので最後の描写矛盾しますねクソォーッ!