Re:ゼロから始める救世主伝説   作:シ京

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第12話『魔獣の森』

「スバル、ほんとに行かなきゃダメなの?」

 

スバルは村に行く前に屋敷の中に戻りエミリアの部屋を訪れていた。エミリアはスバルの身を案じずにはいられなかった。いきなり村に行ってくると告げられたときは驚いたがそのときのスバルの表情にはどこか鬼気迫るものがあり、そこまでして村に行かなければならないのにはなにかただならぬ理由があることを悟った。

 

「大丈夫だって。なにも無ければすぐ帰ってくるからさ」

 

 エミリアを心配させまいと気丈に振る舞うスバル。しかし当のスバルが何もなくはないという顔をしているとエミリアは感じた。

 

「止めてもムダって顔してる。本当に気を付けてよ」

 

「ああ。それは重々。それよりも一つお願いがあるんだ」

 

「え、なに?お願いって」

 

 スバルからのお願いというのは珍しい。スバルがこれからなにをしようとしているのかは教えてくれないがエミリアはせめて少しでも力になるつもりだった。

 

「ああお願いってのはさ―――」

 

「うん」

 

スバルは一呼吸ついた。

 

「巧のこと、もういちど信じてやってくれないか?」

 

「え?」

 

 エミリアには意外過ぎたお願いだった。てっきりスバルがこれから村に行って何かをする手伝いをするものだと思っていたからだ。それも乾巧のことをスバルから頼まれるとは。

 

「巧はさ、やっぱり理由もなく人を傷つけるやつじゃないよ。エミリアだって知ってるだろ?あいつはいつも誰かのために動いてる。尤も巧もレムも何一つ話しちゃくれないもんで、二人の間になにがあったか俺たちにはさっぱりわからんけど……」

 

 スバルが言うことはエミリアにとっても一理ある。貧民街で初めて会ったときには見ず知らずの自分のためにエルザと戦い徽章を取り返してくれた。レムもなぜかなにがあったかを語ろうとしない。

 

「スバルが言うなら……分かった。信じてみる」

 

「ありがとう。じゃ、行ってくる」

 

 スバルは笑顔で応えると次の目的地へと向かった。

 

 

 

 

 エミリアと別れた後、スバルは巧の部屋の前を訪れた。スバルは閉じられた扉の前で一つ深呼吸をしてからノックする。

部屋の中から返事はない。しかしスバルは部屋の中に居るであろう巧に向かって語り掛ける。

 

「巧、ちょっくら村に行ってくるわ。なに、心配いらねえよ。少し片づけてくるだけさ。俺自身への宿題をさ」

 

 スバルは努めて気楽に振る舞う。そして真剣な声で、

 

「……巧、俺はお前のこと、信じてるからな」

 

そう言い残して未だ返事のない部屋に背を向けて歩き出した。レムと合流して村に向かわなければ。

 その時、スバルの背後でガチャリと扉の開く音がした。

 

「おい」

 

 スバルがハッと振り返るとそこには少しだけ開かれた扉とその奥の右半身のさらに半分だけをのぞかせた巧の姿があった。

 

「巧!」

 

 スバルは驚きと歓喜が入り混じった声を上げながら駆け寄るが、それを制するように巧はわずかに開いた扉の隙間からすっと右手を差し出した。その差し出された右手に握られていたのは無造作に折りたたまれた紙の一切れ。スバルは困惑しながらその紙を受け取る。

 そして紙がスバルの手に渡るが早いか、巧は自室の扉をばたんと素早く閉じてしまった。

 残されたスバルが紙切れを開いて中を確認する。

 

「これ……」

 

 紙に書いてある内容を確認したスバルはすでに堅く閉じられた扉を一瞥すると、紙切れを折り目通りに丁寧に畳みなおし、大事そうに執事服の内ポケットにしまった。そして踵を返して外へと向かった。

 

 

 

 

 スバルとレムがアーラム村に到着すると、村にはただならぬ雰囲気が漂っていた。村全体が騒がしく、なにか非常事態が起こっていることを物語っている。スバルは村人のひとりを捕まえ、話を聞いた。

 

「どうした!」

 

「それが、子供たちが何人か行方がわからなくて……。大人たちで手分けして探してるんですが」

 

「恐れていたことが……くそ!」

 

「あっ、スバル君!」

 

 子供たちを攫った存在に心当たりのあるスバルは駆け出した。その後ろをレムと村人が追いかけた。

 

「ここだ……」

 

 スバルは村の一画で足を止めてその奥の森を見つめる。あとから追い付いてきたレムと村人も同じ方を見やる。

 

「この先、魔獣の森だろ?」

 

 スバルが来たのは一昨日、オルフェノクを追って入った魔獣の森への入り口だった。昼とは違い、もう日の落ちた今では森の中は闇に飲まれて様子を見ることすら叶わない。

 

「見てください、スバル君。結解が……」

 

 スバルはレムの指さした方を見る。そこには木に取り付けられた、見た目は街灯のようなものがあった。いかにも周りにも同じようなものがあるがそこだけは光が灯っていなかった。おそらく魔獣からこの村を守るための結解が機能していないという事なのだろう。つまり偶然か意図的か、おそらく後者だろうが、結解が破壊され魔獣が侵入し子供たちを攫ったと推測できる。

 

「子供たちはこの森の中だ。村のみんなに伝えてくれ」

 

 スバルは居合わせた村人に応援を集めるよう頼む。そして村人が行ったことを確認してから森へ一歩踏み出す。

 

「ちょっと待ってください。森に入るつもりですか?ロズワール様が不在の折にそんな勝手な判断はできません」

 

 レムが先走ろうとするスバルを制止する。

 

「じゃあどうする?子供は村の人たちに任せて俺たちは帰るか?ロズワールが帰ってくるまで待つか?」

 

「それは……」

 

 スバルの必死の問いかけにレムも反論に困る。レムもさすがに子供たちの危険を無視はできない。

 

「行こう。俺たちがやる以外に選択肢はない」

 

 レムは必死の形相のスバルを見つめる。レムは未だにスバルの村人に対する情熱を理解できなかった。もちろん村の人々もロズワール領にとっては大事な存在でみすみす死なせることはできないのは分かっている。しかし血のつながりもない他人に自分の命を懸けることが理解できなかった。

 

―――あいつは確かにキモくてウザいかもしれないが悪い奴じゃない。

 

 乾巧の言葉が思い出される。レムに敗北と屈辱を与えた男。そんな男の言葉を信じるつもりはないが――

 

「分かりました。行きましょう」

 

レムがここで止めてもスバルは構わず子供たちを助けようとするのだろう。それをむざむざ見捨てることはレムのプライドが許さない。

 

「よし決まりだ」

 

 スバルもレムも覚悟は決した。二人は静かに魔獣の森へと足を踏み入れる。レムが先を行き、その後ろをスバルがついていく。

 二人は慎重に森を進んでいく。二人は丸腰である。スバルはもとより武器の類は持ち合わせておらず、レムは武器であるモーニングスターをファイズとの戦いで失っている。この場で頼れるのはレムの体術と魔法のみ。だからなるべく敵との戦いは避けなければならない。

 

 魔獣の森は人が立ちいらない場所であるがゆえに整備などされているはずもない。鬱蒼とした木々の間の道なき道を進んでいく。スバルは周りを見渡すがほとんど何も見えはしない。現在が夜であることを差し引いても暗すぎる森である。

 

(我ながらよくこの森にひとりで入ったよな……)

 

 巧を助けに行ったとき、スバルはこの森に立ち入った。あの時はとにかく無我夢中だった。ほんの2日前ほどの出来事だがそれが信じられない。

 そんなことを考えながらただひたすらレムの背中を追いかけていると、レムがおもむろに立ち止まり何かを嗅ぐようなしぐさを見せた。

 

「生き物の匂い……」

 

「子供たちか⁉」

 

「分かりません。ただ獣臭ではないようです」

 

 レムはにおいを頼りに歩調を速めた。魔獣に見つからないように用心しつつ早く匂いのもとへとたどり着きたい。

 レムが捉えた匂いを辿っていくと、突如として開けた草原に出た。そしてそのさらに真ん中の少し小高い丘の上に子供たちの姿が見えた。スバルとレムが駆け寄るとそこには子供たちがひとまとまりになって横たわっていた。

 どうやら子供たちの息はあるようで死んではいないことにスバルは胸をなでおろす。

 

「安心している場合じゃありません。今はまだ息がありますが衰弱がひどいです。早く手を打たないと」

 

「まさか呪いか……⁉」

 

 スバルは急いで子供たちの身体を確認する。すると全員の身体のどこかしらに犬の歯形が確認できた。さらに子供たちの身体は酷く発熱しており呼吸も早くなっていた。

 

「くそ……やっぱりこういう事だったか……!」

 

 これまでスバルを死に追いやってきた呪いの正体が獣によってもたらされるものだというスバルの推理は最悪な形で証明されてしまった。

 

「レムは解呪とかできないのか?」

 

 スバルが尋ねるとレムは首を振った。

 

「姉様ならともかくレムには……。とにかく今は気休めでも治癒魔法をかけます。落ち着いたら運び出しましょう」

 

 レムは倒れている子供たちの中央にしゃがみ、魔法が全員に均等に行き渡るように治癒魔法を展開する。優しい青白い光が苦しむ子供たちを包み込んだ。

 そのとき子供たちのひとりがうっすらと目を開けスバルの名前を呼んだ。

 

「ペトラ!良かった!もう大丈夫だからな。今安全なところに連れていってやるからな。それまで頑張れ!」

 

 しかしペトラは苦しみながらもなにか訴えようと口を動かしている。

 

「どうした」

 

 スバルは耳をペトラの顔に近づけて、なんとかその訴えを聞こうとした。

 

「もうひとり……奥……」

 

 ペトラはそれだけ言い残すために力を振り絞ったのか再び気を失ってしまった。

 

「もうひとり奥……?そうか、あの娘だ!」

 

 村にいた子供たちのうちこの場にいない娘のことを思い出した。それは青髪でおさげの髪型の娘。巧がこの森に入り、そして救ったその娘であった。

 

「待ってください!ひとりで行くのはいくらなんでも危険すぎます。それに魔獣に連れていかれたなら、もう……」

 

「お前の言いたいことは分かってる。でもいかなくちゃならない。ペトラは自分の事よりも先にその娘のことを心配したんだ。俺はその想いに応えたい」

 

 スバルの想いをレムは黙って聞いている。そしてスバルは続ける。

 

「それに、その娘はこの前巧が命張って助けた子なんだ。俺は巧に信じるって言った。なのに俺が自分の命惜しさに簡単に見捨てたんじゃ、あいつに合わせる顔がないんだよ」

 

「その結果、助かるはずの命をこぼすことになったとしてもですか?」

 

「かもな。でもそうならないようについて来てくれたんじゃないのか?」

 

「それは……」

 

 屈託のないスバルの信頼にレムは言葉に詰まる。

 

「村の人たちが子供たちを引き取ったら追いかけてきてくれ。たぶんこの先はレムの力が必要だ」

 

 スバルは奥の森を眺める。あの中にどれほど恐ろしい魔獣がいるのか想像もつかない。すくみそうになる足を必ず全員助けるという使命感が奮い立てる。

 

「俺はお前の事だって信じてるんだからな」

 

「スバル君……」

 

 スバルは最後の一人を助け出すべく駆け出した。残されたレムは遠ざかっていくスバルの背中を見つめていた。

 

 

 

 

 レムと別れたスバルは再び奥の深い森に立ち入っていた。ここから先はレムの護衛すらない。だからこれまで以上に慎重に行動する必要がある。獣道のようになっている場所は極力歩かず、常に樹木の陰に隠れながら進んでいく。

 スバルが進んでいくと少し開けた場所にたどり着いた。しかしすぐにその場に躍り出ることはせずに相変わらず木の陰からそこを窺う。

 先から辺りには血の匂いか糞尿の匂いかなんとも言えぬ、いわゆる獣臭がほのかに漂っている。つまりこの近くに魔獣の住処があるかもしれないというわけだが、そんな開けた場所の真ん中に倒木が見えた。そしてスバルが見ている角度からその倒木の陰から小さな女の子と思しき足が横たわっているのが見えた。

 あの娘だ、スバルは直感した。娘は横たわったままピクリとも動かない。気を失っているだけならまだ良いのだが……。スバルは最悪の可能性を覚悟する。しかしどちらにしろ、あの娘を連れて帰ること以外の選択肢はない。

 それにしてもこの開けた場所のど真ん中に魔獣が連れ去った人間をそのまま放置するのだろうか。今は他の獲物を探しに行っているのか、それとも囮か。

 スバルが今こうして助けだそうとして躍り出てくるのを待っているのか。

 依然として獣臭は漂っている。近くにどれほどの魔獣が潜んでいるのか、スバルにはわからない。だが、

 

「迷っている暇はない。……巧だってそうするはずだ」

 

 自分を奮い立てて、広間に足を踏み入れる。周りに気を巡らせながら、一歩一歩守るべきものへと近づいていく。スバルから女の子までの十数歩、スバルにとっては果てしなく遠かった。

 幸いにも魔獣に襲われること無くスバルはついにそこへたどり着いた。倒れている女の子はやはり以前スバルと巧が助けた女の子、メィリィであった。他の子たちと同様に苦しそうな様子で気を失っているが、ひとまず命があったことに安堵した。

 しかしその瞬間、スバルはただならぬ気配と視線を感じて振り返る。すると広間を取り囲む森の木々の中に光を反射する獣の瞳がこちらを見ていることに気が付いた。その数は一匹二匹ではない。スバルを取り囲むように無数の視線が突き刺さってくる。

 

「やっぱりそういうことかよ……。つーか、こんなに多いなんて聞いてねぇぞ」

 

 悪い予感は常に的中する。魔獣たちはメィリィを囮にしてそれを助けに来た人間、スバルを待ち構えていたのだ。

 スバルがそれに気が付くと、魔獣・ウルガルムも数匹が茂みの中からゆっくりと姿を現した。その出で立ちは一見すると犬そのものだが鋭い牙をむき出し、鼻の頭から鋭い角を生やし普通の動物ではないことがわかる。こんな獣、一匹でさえ襲われたらひとたまりもない。それが何匹、下手をすれば数十匹から狙われているという現状に絶望する。

 しかしスバルはそれでも諦めることはない。上着を脱ぎそれを右腕に巻き付け、両腕を広げて意識のないメィリィの前に立ちふさがる。

 

「来るなら来い!」

 

 スバルが自分を鼓舞する意味合いも込めて啖呵を切る。それと呼応するようにスバルの正面に立ちはだかるウルガルムの一匹も雄たけびを上げた。

 その瞬間スバルの視界の隅から死角を突くように一匹が突っ込んできた。一瞬虚を突かれたが、咄嗟に反応する。

 飛び上がって喉元を狙ったウルガルムがスバルが咄嗟に差し出した右腕に噛り付く。

 

「痛っ…くねぇ!」

 

 前もって上着を右腕に巻き付けていたおかげでウルガルムの鋭い牙が届くことはなかった。スバルは噛みつかれたままウルガルムを持ち上げるとそのまま倒木から飛び出た鋭い枝へとたたきつけた。

 背面から胸にかけて枝に貫かれたウルガルムは悲鳴を上げる。そして手足をばたつかせながらそのまま絶命した。仲間が殺されたことでさらに殺気立つウルガルムの群れ。この瞬間からウルガルムの群れにとってスバルは獲物から敵へと変わった。その雰囲気の変化をスバルは感じ取った。

 立て続けに二匹目が来る。今度は足元を狙ったが咄嗟に避ける。空振りしたウルガルムが再びかかってこようと向かってきたところに合わせて前に出る。敢えて距離を詰めることで相手の攻撃するタイミングを狂わせ、隙ができたところに蹴りを放った。

 スバルの蹴りがウルガルムの横っ面にクリーンヒットし、辛うじて追い払うことに成功した。この窮地にあってアドレナリンが多く分泌されているスバルの動きは普段より俊敏だった。

 しかし状況は変わることはなくこのままではジリ貧に陥ってしまう。しかし多勢に無勢。この状況を打開する術はないといってもいい。

 そして痺れを切らしたウルガルムたちはついに一斉に飛びかかってきた。一匹を相手にするだけでもギリギリだったのに複数匹は流石に無理だ。スバルは目だけで後ろを一瞥する。

 

(せめてこの子だけでも……!)

 

 スバルは覚悟する。五体満足で連れて帰れるならベストだったが、それも無理そうだ。だからせめて自分が盾になってこの子を守れれば……。幸いウルガルムの目下の標的はスバルだ。両手を広げて歯を食いしばった。

 

 そのとき、スバルに食い掛かろうとした数匹のウルガルムが何らかの飛来物によってまとめて吹き飛ばされそのまま絶命した。目の前で起きた信じられない光景にスバルは茫然としていると、

 

「スバル君!」

 

と呼びかけられた声に我に返る。そこにいたのはレムだった。

 

「レム!」

 

 スバルはひとまず助かって安堵した気持ちと助けに来てくれた嬉しさで声が上ずる。レムは突然の出来事にひるんだウルガルムの隙をつき、スバルのもとへ駆け寄った。

 

「あの場にいた子供たちは全員無事に村へ戻りました。村の大人の人たちが手伝ってくれたんです」

 

「おおそうか!」

 

 スバルは歓喜の声を上げる。スバルはあの子供たちを一番案じていたからほっとした。

 

「喜ぶのはまだ早いです。呪いの解除はまだできていないんですから。それに私たちもここを脱しなければなりません。……その子が?」

 

「ああ。どうやら囮としてひとり連れてこられたらしい。俺たちみたいな人間をおびき寄せるために。ところでレムひとりでこの群れを一掃できたりとかは……?」

 

「無理ですね。今は武器もありませんし、あったとしても多勢に無勢。こちらにはハンデもありますし」

 

「そうだな。この子を守りながらってのはキツイよな」

 

「……ハンデにはスバル君も含まれてるんですよ」

 

「それは言わない約束だろ、否定できないけど!」

 

「だから、魔獣の攻撃をしのぎつつ村を目指しましょう」

 

「おし、分かった!」

 

 レムが来てくれたことによる心強さで一気に活力がわいてくる。スバルはメィリィを背負うとレムの側で待機する。

 レムは比較的規模の大きい氷魔法をウルガルムの群れに放つ。ウルガルムを掃討するついでに土煙を起こして目をくらます。

 

「あそこに向かって走って!」

 

「おう!」

 

 レムの指示とともにスバルは一気に駆け出した。ウルガルムに気付かれること無く、広間を脱出し、森へ突入した。レムはウルガルムを襲ってくるウルガルムを往なしながらスバルの殿を務める。

 

「レム!どっちに進めばばいいんだ⁉」

 

 夜の深い森の中で方向感覚は無いに等しい。スバルはどちらに行けばいいのか分からずレムに尋ねると、背後から答えが返ってくる。

 

「このまま真っ直ぐ進めば村が見えるはずです!」

 

 レムの言葉を信じ、なるべく真っ直ぐに進むことに専念する。一秒でも早く村にたどりついてこの子を帰す。その明暗はスバルの足に託されているのだ。

 無我夢中で走る。自分の疲れや、重さは二の次だ。疾く。とにかく疾く。後で足がもげてもいい。魔獣に襲われる前に村にたどり着けばこちらの勝ちだ。

 

どれだけ経っただろう。どれだけ走っただろう。スバルの視界についに光を捉えた。それは間違いなく村の灯の光だった。

 

「レム!やったぞ!村だ、村が見えたぞ!」

 

 スバルは達成感と喜びから後ろを振り向く。そして足が止まった。顔が青ざめた。

 

 そこにいたのは魔獣からの攻撃で体の至る所に傷を負い、メイド服が血に染まったレムの姿だった。

 

「レム……」

 

 絞り出したような声しか出ないスバル。そのときスバルたちがやってきた方向、つまりウルガルムの群れの中から普通の個体よりひときわ小さい個体が現れ、遠吠えをした。するとその周りの地面が突如として隆起し、それによって起こった土石流がスバルたちに向かって進み始めた。

 それを見たスバルが急いで逃げようとしたそのとき、がくんと脚から力が抜けた。思わず地面に膝をついた。

 メィリィを担いで必死に長い距離を走っていたことでスバルの脚はすでに限界を迎えていた。それでも走り続けられたのはスバルの脳内にアドレナリンが分泌されて疲れを感じなかっただけである。一度冷静になったことで体が限界を迎えていたことを知る。そして何より一度足を止めてしまえば再び走りだすには相当の負担がかかる。

 地面にへたり込んだスバルに土石流が迫る。立ち上がろうにも脚が痙攣を起こしてうまくいかない。

 せめて背中のメィリィだけでも遠くに、と考えた瞬間、スバルの身体が宙に浮いた。レムが突き飛ばしたのだ。おかげでスバルとメィリィは土石流の軌道から外れて難を逃れた。

 しかし、それを救ったレムはそのまま土石流に撥ね飛ばされて、宙を舞い、強く地面に身体を叩きつけたあと、沈黙した。

 

「あ……」

 

 スバルの身体から血の気が引く。頭が真っ白になった。見るも無残に力なく倒れているレムを見て思考がぐちゃぐちゃになる。後悔しようにも何を後悔すればいいか、もう分からなかった。ただ受け入れたくない事実が眼前に広がっているのみ。

 耳に唸り声が届く。スバルたちが足止めをされているうちにウルガルムが追い付き周りを囲んだ。

 スバルには先程のように一匹を凌ぐ力すら残っていない。せっかくここまでやってきたのに、村を目の前にしてゲームオーバー。ここで死に戻れば次はどこから始まるのだろう。巧にはなんて言い訳しよう。弱気な感情がスバルを支配した。

 

「アハハハハハハハ‼」

 

 そのときこの絶望的状況には場違いな笑い声が響いた。その声の方を見ると、深手を負って倒れていたはずのレムが、狂気的な笑い声を上げながらふらふらと立ち上がった。ただしその額からは光を放ちながら何か角のようなものが生えていた。

 

「レム……?」

 

 スバルにはもう何がなんだかわからない。力なくレムに呼びかけることしかできなかった。

 スバルを取り囲んでいた魔獣たちもレムの異常性に気付いて注意の対象をレムに向けなおした。

 レムはひとしきり笑ったあと、ゆっくりと顔を魔獣たちに向けると小さな声で宣言した。

 

「殺す……」

 

 そして突進。ウルガルムの群れに単身飛び込むと、先程までとは比べ物にならないほどの身のこなしで獲物へと襲い掛かった。そこにはダメージも疲労も無いような戦い方で次々と死体の山を築いていく。一匹仕留めるたびに恍惚とした声がレムの口から洩れていた。

 

スバルはその様子に恐ろしさを覚えた。普段のクールな態度からは考えられない表情と、そしてあのなりふり構わないような戦い。

そのときレムの死角となっている物陰からウルガルムが数匹窺っているのが見えた。

 

「レム!」

 

 戦いに熱中し目の前の敵をせん滅することしか頭にない様子のレムに対して不安を感じたスバルが注意喚起でレムに呼びかけるものの、その声が届いた様子はなかった。

 このままではレムが危ない。しかしスバルのそばには村に送り届けなければならない少女がいて……。

 スバルに残された猶予はごくわずか。スバルは思い通りにならない足を無理やり立たせ、ついに駆け出した。

 

 

 

「レム!!!」

 

 スバルが選んだのはレムだった。どちらが正解か分からなかった。これまで、レムに助けてもらいっ放しでスバルは自分のするべきことだけを考えてきた。それは村の子供たちを助けるという立派なことに間違いないが、力の及ばない自分はレムに頼り切りだった。だから、気付いた時には身に危険が迫ったレムを突き飛ばしていた。

 レムは突き飛ばされて地面に尻もちをついた衝撃で正気を取り戻した。額の角は霧消し、目に光が宿った。

 しかし正気が戻った瞬間、レムの耳にはスバルの悲鳴が届いた。そこには眼前には全身をウルガルムのエサにされたスバルが横たわっていた。

 

「スバル君!」

 

 レムが悲鳴の混じった声を上げる。スバルを捉えたウルガルムは容赦なく、骨の髄までしゃぶり尽くさんと牙を深く、より深く食い込ませていく。全身の激痛にスバルは半狂乱になって絶叫した。

 

「スバル君!スバル君‼」

 

 薄れゆく意識の中でスバルはレムの悲痛な呼びかけを聞く。もう叫ぶ力もなく、自分に群がったウルガルムの隙間から真っ暗な夜空を見上げた。

 

(これで、いいんだよな……)

 

 スバルは誰かに問いかけて、とうとう意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

Open your eyes, for the next φ's.

第13話『一人ひとり』

 

 

 

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