Re:ゼロから始める救世主伝説   作:シ京

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お久しぶりです。また次回予告詐欺をやらかしました。
書いているうちに文章が膨らんでエピソードが分離してしまうんですよね……


第13話『一人ひとり』

無という名の暗闇の海を漂う。深海にいるかのように圧がかかって息苦しい。どうにかもがこうとするが、体が言うことをきかない。いや、そもそも体は本当にあるのか、感覚がなく意識だけが存在しているように感じる。

おもむろに浮き上がるような感覚を覚えた。それに伴って意識が楽になった。闇の中から海面へと浮かび上がる。

 

―――他に方法は無いんですか

 

―――あとはお前の好きにするかしら

 

―――スバル君。それでもレムはスバル君を……

 

 夢か現か、誰かと誰かの声。それと誰かが手を握っている感覚。それらをただ感じながらスバルの意識はまた闇の底へゆっくりと沈んでいった。

 

 

 

 

 スバルはゆっくりと目を開く。そこには見慣れた天井、ではなく茶色い少し薄汚れた木目調の天井が広がっていた。

 

「痛っ……」

 

 起き上がろうとすると全身に痛みが走る。痛んだところから力が抜けるようにスバルは再びベッドの上に横たわった。そしてゆっくりと右腕の袖をめくって見ると自分でも引くほどの傷跡と治療したと思われる痕があった。

 

「エミリア……」

 

 そこで初めて部屋の片隅に椅子に腰かけながら眠っているエミリアに気付いた。そしてそれと同時にこの傷はエミリアが治療してくれたものだと気付いた。

 スバルは改めて部屋を自分が今いる部屋を見渡す。その様子からしてここはアーラム村だと推測した。つまりエミリアはスバルのために屋敷から村に来てくれたのだ。

 

「約束を、守れなかったってことか……」

 

 スバルが屋敷を出るとき無事に帰ってくると約束したが、結局無事では済まずこうしてエミリアを出張らせることになってしまった。スバルは居た堪れなくなる。正直なところエミリアによって命が救われた喜びよりもエミリアの手を煩わせたことや約束を守れなかった申し訳なさの方が大きかった。

 

「スバル、起きたのかい?」

 

 失意に暮れるスバルに声を掛けたのは眠ったエミリアの懐から現れたパックだった。パックは宙を浮きながらスバルの眼前までやって来る。

 

「おはよう、スバル」

 

 パックは朗らかに挨拶をする。スバルは怪我からくる怠さと申し訳なさからあまりそんな気分ではなかったがパックに気を遣い、努めて明るく振る舞おうとする。

 

「ああ。俺は一命をとりとめたってところか」

 

「本当だよ。普通なら死んでてもおかしくなかったところをみんなが夜通し必死で治療してたんだから。尤も、それでもあぶれた余剰ダメージ分はあの青髪のメイドの娘が肩代わりしたんだけどね」

 

「なに⁉」

 

 レムがスバルのダメージを代わりに引き受けたことに衝撃を受け、咄嗟に起き上がろうとしたスバルをパックは宥める。

 

「落ち着いて。彼女は鬼化の影響で体力はガンガン回復するからね。スバルが心配していることにはならないよ」

 

「そうは言うがよ……」

 

 それでもレムに自分の痛みを与えたことには変わりない事実にスバルは納得することができない素振りを見せるがパックはさらに続ける。

 

「そうじゃなくて、みんながそこまでしてスバルを助けるに値する働きを君はしたということだよ」

 

「え……?」

 

 パックの諭すような口ぶりに今一つ要領を得ずに困惑するスバル。

 

「今回君は村の危機を察知し、連れ去られた子供たちを全員無事に連れて帰ってきた。もし君が何もせずに最悪の事態が訪れていたとしたら、それは領主であるロズワールの責任問題にもなるからね。君は子供たちの命だけではなく雇い主の面目も守ったんだ。君の働きは君が思っている以上に評価に値すると思うよ」

 

 普段から友好的ではあるがあまり腹の底を見せないタイプのパックが手放しに褒めてくれる。

 

「だからスバルはリアとの約束を守れなかったとかみんなに迷惑をかけたとか、そんなこと悩まなくてもいいってこと!」

 

「独り言聞こえてたのかよ⁉」

 

「もちろん」

 

 パックはいたずらっぽく笑った。それにつられてスバルも笑う。パックの励ましによってスバルの心がすっと軽くなった。

 まだ体は痛むがスバルはいい心地のままもうひと眠りについた。

 

 

 

 

 二度寝から覚めると体もだいぶ楽になったスバルは寝かされていた家屋を出て、一応皆の無事を確認すべく村中を尋ねて回った。そのすべての子供たちは無事元気な姿を見せ、スバルは心底安堵した。

 ひととおり村を巡った後、スバルは村の入り口に見慣れた、しかしこんなのどかな村では見慣れない姿を見つけた。

 

「ベアトリス!」

 

 いつもは禁書庫に引きこもっているはずのベアトリスがいることに新鮮さを感じながら声を上げる。それと同時に村の子供たちの解呪はベアトリスがやってくれたのだと察する。

 

「村の子供たちの呪いはお前がやってくれたんだな?ありがとう」

 

 スバルが礼を告げるとベアトリスはそっぽを向いた。

 

「ふん。なにもお前のためにやったんじゃないのよ。にーちゃに頼まれたからやっただけかしら」

 

にーちゃ、というのはパックのことである。スバルは詳しくは知らないが二人はとても仲が良い。ベアトリスが唯一心を開いている相手である。

 

「それで?なんでお前はこんなところにいるんだよ?エミリアたんとにーちゃはとっくに帰っただろ」

 

 エミリアはスバルの治療に疲弊したためにパックと屋敷へと帰った。しかし同じくスバルの治療に当たったベアトリスはここにいる。そのことをスバルが尋ねるとベアトリスは驚くほど真っ直ぐスバルの目を見つめてきた。

 

「お前の今後について話があるかしら」

 

 

 

 

 スバルはベアトリスとともに村の隅の人気のない一画まで来た。

 

「それで、こんなところまできて話すってことはお気楽な話じゃないよな」

 

 スバルが切り出す。ベアトリスはスバルを見つめて話し出す。

 

「あと半日もしないうちにお前は死ぬかしら」

 

 ベアトリスはきっぱり言い切った。スバルはその言葉を正面から受け止めて、黙ったまま空を仰いだ。

 

「思ったより動じていないのよ。もっと泣きわめくかと思ったかしら」

 

 スバルの反応を見たベアトリスが意外そうに呟く。

 

「呪いが解除できなかったのか」

 

「森で魔獣の群れに襲われたとき、追加でごっそり植え付けられているのよ」

 

「解除できない呪いってのはどういう仕組みなんだ」

 

 スバルは冷静さに徹して問う。

 

「単純な話なのよ。絡まった糸のようにかけられた呪いが複雑すぎてほどくには不可能かしら」

 

「成る程な。仕組みについては分かったよ。でもなんで半日なんだ?」

 

「半日もすれば魔獣はマナを求めて術式を発動するのよ。あの魔獣の呪いは対象からマナを奪うというものかしら。つまりお前は魔獣のエサにされたのよ」

 

「はあ。そこは流石に野生動物。腹が減ったらエサを食うってか」

 

「……お前。死ぬのが怖くないのかしら」

 

 先ほどからスバルの態度はあまりにも飄々としすぎている。まるで自分の死を他人事のように捉えているようである。ベアトリスは不自然すぎる態度のスバルに驚きと不信感を持って問うも、スバルは首を振った。

 

「まさか。怖いよ、めちゃくちゃ怖いに決まってる。でもお前のことだから何か解決策も考えてくれてると思ってるんだが、買い被り過ぎか?」

 

 スバルから向けられる、見透かしたような信頼感に顔を顰める。

 

「それでも生き残る可能性はずっと低いのには変わりないかしら」

 

「なんでもいい。聞かせてくれ」

 

 スバルが真剣な眼差しをベアトリスに向けると、ベアトリスは観念したように語りだした。

 

「これは術式を介した食事なのよ。食事を行う側が命を落とせば食事は中断されるのが道理かしら」

 

「そういうことか。要するに俺に呪いをかけた魔獣を倒せばいい」

 

「そう。ただしさっきも言ったとおりお前の身体には何重もの呪いがかかっているかしら。どの個体がお前に呪いをかけたか、判別は困難。それこそすべての魔獣を倒すつもりでなければお前の助かる道はないのよ。お前に頼れる者はいるのかしら」

 

 ベアトリスの言うとおり、スバルひとりの力ではウルガルムを全滅させるのは到底不可能だ。そもそもそれができるなら今の状況になってはいないのだが。スバルは少し考えた後、ポツリと言った。

 

「……巧は?いまどうしてる?」

 

「なんでいきなりあの男の名前が出るのかしら」

 

 スバルが少し考えて口を開いたかと思えばベアトリスがかつてマナの徴収に失敗したあの不気味な男を真っ先に挙げるのか、ベアトリスにとっては理解できなかった。

 

「そりゃあ、あいつならそれができると思うからよ」

 

 スバルは真っ直ぐに答える。

 

「アイツは双子の妹を襲った罪で今も屋敷に軟禁中なのよ。姉の方が見張っているかしら」

 

「そうなると巧とラムは屋敷から出てこれないってことか」

 

「そういうことならベティも聞きたいことがあるのよ」

 

「巧のことか?」

 

「あの男は何者なのかしら。あのときは驚きのあまり深く追求しなかったけれど、あの後よく考えてみてもベティがマナを徴収できなかったというのはやっぱりおかしいのよ。お前あの無礼な男のことをどこまで知っているのかしら」

 

 ベアトリスがここまで熱心に逆質問してくるのは珍しい。スバルはそのことに驚きながらも逡巡する。

 

「うーん。巧の特徴ってことだろ?まあ、性格に問題あるのはそうなんだが、一番はやっぱりあれだろ。―――“ファイズ”」

 

「ファイズ?」

 

 聞き馴染みのない単語にベアトリスは首をかしげる。

 

「あれ?ベア子は知らないか。あいつ、“変身”するんだよ。文字通り。まあそれがマナに関係するのかはわからんけどな」

 

「……」

 

 ベアトリスはピンときていない様子だったが実際に見なければ無理もない。

 

「とにかくあの男はこの世の理から外れた存在。本来存在してはならないほどの者かしら。ロズワールの措置も理解できるのよ。手元で監視したいと思うかしら」

 

「存在してはならないって……、大層な言いようだな」

 

 ベアトリスにとって乾巧の存在はスバルが思うよりもずっと深刻なものらしい。ただレムの事件があった後ロズワールが巧を屋敷に留めることを知ったとき、スバルが違和感を覚えたのも事実だった。ひょっとすればそれもロズワールが巧の異常性を感じ取った故のものなのか。

 

「でもそうなると、できるだけ俺ひとりで何とかするしかないか。というかそれが当たり前だよな。俺が言いだしたことなんだから」

 

 スバルは誰にも頼れない状況に覚悟を決める。いつまでも守られてばかりもいられない。

 

「それはもう諦めたということかしら?さっきも言ったけどすべての魔獣を倒すつもりでなければお前は死ぬのよ」

 

「諦めてねーよ。現状を考えれば俺がなんとかするしかないんだ。たとえ可能性が限りなく低くてもだ。レムにも無理させたからもう頼れないしな」

 

 そのとき、ベアトリスの表情がかすかに曇ったあと元の仏頂面に戻った。その微かな変化をスバルは見逃さなかった。

 

「そういえばレムはどうした?パックはレムは鬼だから問題ないと言ってたが。どこかで安静にしてるんだよな?」

 

「……」

 

 ベアトリスは表情を変えずにスバルを見つめたまま何も言わない。それはむしろ良くないことが起こっていると言わんばかりの態度だった。

 

「おい」

 

 不安に駆られるスバルは何も言わないベアトリスを促すがベアトリスはしばらく黙ったあと、重い口を開いた。

 

「お前があの娘だったら、どうするかしら」

 

「どういう意味だよ」

 

 スバルは最初はベアトリスの言葉に困惑するが、ふとその意味を知る。

 

「まさか、レムはひとりで、魔獣の森に……?」

 

 スバルは恐る恐る聞く。ベアトリスは静かに頷きながらため息をついた。スバルの血の気が引いた。

 

「気付くのが遅いのよ。だからベティは最初に頼れる者はいるかと聞いたかしら」

 

「そんなことはどうでもいい!なんでそんなこと……」

 

 スバルは苛立ちを隠さない。対照的にベアトリスは極めて冷静だ。

 

「あの娘はお前を救うつもりかしら。たとえ己を犠牲にしても」

 

「馬鹿野郎。レムが死んじゃ意味ねぇだろうが!最悪俺が死に――――」

 

 死に戻りをすればすべて元に戻る。スバルは頭に血が上って口走ってしまった。まずいと思ったときにはもう手遅れだった。背筋が凍るような気配。そこから手が伸びてきて、スバルの心臓を鷲掴みにしたような感覚に襲われた。

 スバルは痛みに悶えた。突然蹲ったスバルを見てベアトリスは困惑する。しばらく痛みに耐えたあと、スバルは息を上がらせて立ち上がった。

 

「悪い。なんでもない」

 

「なんでもないわけないのよ。いきなり叫び出して……ん?」

 

 困惑しつつ何か異変に気付くベアトリスは鼻を鳴らす。

 

「魔女の匂いが強くなった……」

 

「え?」

 

 スバルは自分の身体を嗅ぐ。スバルには魔女の匂いが感じ取れないのでその変化が分からないがベアトリスの困惑ぶりがそれを物語っている。

 

「お前も大概おかしいのよ」

 

「……」

 

 自身にドン引きするベアトリスを尻目にスバルは黙って歩きだした。

 

「どこに行くつもりかしら」

 

 尋ねるベアトリスにスバルは背中で返事をする。

 

「決まってんだろレムを助けに行く」

 

 そう言い残すとスバルは魔獣の森を目指して立ち去った。後にひとりポツンと残されたベアトリスは俯く。

 

「勝手にするといいのよ。どうせベティは……」

 

 

 

 

 時は少し遡る。夜が明けても鬱蒼とした魔獣の森。その中でも一際獣臭の強い一帯。つまりこの辺りは森の中でも特に魔獣が多く生息する地帯である。

 そのど真ん中をひとりの少女が闊歩する。その青髪の少女はすでに額から鬼族たる角を生やし臨戦態勢。血走った眼が周囲を見渡す。

 彼女の存在に呼応するようにウルガルムたちもどこからともなく続々と現れる。

 

「レムがやらなきゃ……ひとりで……スバル君を……」

 

 あっという間にレムの周りをウルガルムが取り囲んだ。自分たちの縄張りにのこのこやってきた命知らずの少女をどう料理してやろうかと言わんばかりに唸り声を上げる。

 

「うああああああああ!」

 

 レムが咆哮を上げる。それを開戦の合図としてウルガルムたちが一斉にレムへと飛び交った。レムはその場を飛び退きながら群れに向けて氷魔法をばら撒く。先陣を切ってきたウルガルムのほとんどにヒットし致命傷を与えることに成功した。

 レムが着地するや否やその隙を狙おうと控えていた第二波がレムを襲いかかる。それを分かっていたレムは即座に回避し、一匹の首元から踏み抜いた。

 仲間がすでに数匹やられたことで、群れの一匹一匹の目の色が変わる。さらに多くの仲間を呼ぼうと群れの数匹が遠吠えを上げた。

 今度はレムが仕掛けた。再び氷魔法を敵が比較的集まっている地面一帯に向けて放つ。ウルガルムも先ほどとは違いそれを躱す。しかしレムはそれを見越して回避した先の方向へ間髪入れずに再び魔法をばら撒いた。飛び退いた個体は空中で身動きが取れずに魔法攻撃の餌食となった。

 そのときレムの死角から一匹のウルガルムがレムの脇腹へと嚙みついた。完全に不意を突かれた形のレムは痛みに顔を歪める。レムは脇腹に食らいついたままのウルガルムの頭部に肘打ちを食らわせる。一瞬ひるんだウルガルムを無理やり引きはがして首根っこを掴み、鬼化して増強された筋力で無理やり捻り殺した。

 先日のファイズとの戦いで自身の武器であるモーニングスターを失ったレムは近接格闘を余儀なくされる。モーニングスターを扱えれば相手の間合いに入らず長いレンジで戦うことができるが、それが無い今攻撃を仕掛けようとすれば逆にこちらも相手の間合いに入らざるを得ない。そして今のように手痛い一発をもらうことになる。

 そうしている間にもウルガルムは群れを成して襲い掛かってくる。レムはそれらをちぎっては投げ、ちぎっては投げる。猛攻を躱しながら魔法と体術を駆使して群れをなぎ倒していくも、少しずつ息が上がり始める。

 ただでさえ多勢に無勢。鬼化したレムにとって一匹一匹を相手取ることは造作もないが無数のウルガルムが捨て身と呼べるほどの勢いで襲い掛かってくれば苦戦は必至だった。

 レムの角は大気中のマナを取り込み自身の力とする。身体能力の向上や体力の回復に作用するがそれらを上回る激しさで戦闘が繰り広げられていた。

 

「うがああああ!」

 

 レムは再び咆哮する。戦闘によって長引く鬼化の影響はレムの意識を侵食していく。戦いへの衝動が理性を塗りつぶしていくのである。それは生物に備わるあらゆるブレーキが利かなくなることを意味する。自分の身体を顧みずにレムは戦うようになる。

そこにあるのは獣と獣の血みどろの殺し合いだった。

 

 

 ロズワール邸に急遽舞い込んだ報により屋敷にはラムと乾巧だけが残された。なにやら村でトラブルのようだが、どのみち巧は屋敷を出られないので昨日に引き続き洗濯を行おうと皆の洗濯物を担いで運んでいた。

 巧の進行方向に待ち構えたていたかのように掃除中のラムが立ちはだかった。

 

「屋敷のみんながいない今なら答えてくれるのかしら。貴方がなぜレムを襲ったのか」

 

 てっきりこなした仕事に文句があるのかと思ったがそのことか、と巧は思った。

 

「言ったはずだ。俺の気まぐれだと」

 

「そんなわけないでしょう。バルスがエミリア様に言っていたわ。貴方を信じてあげてほしいと。バルスは何か余程の確信があってあなたを信じている。だから何があったのか教えなさい」

 

「嫌だね」

 

 巧は捨て台詞を吐いてラムの脇を通り抜けようとした。しかしラムは持っていた箒で巧の行く手をふさぐ。それにイラっときた巧はラムを睨みつける。

 

「お前らには関係ない。どけ」

 

「嫌よ。ラムはレムが傷つけられて黙っているわけにはいかない。ロズワール様のご命令さえなければ今すぐあなたを殺しているところよ」

 

 レムの巧を見上げる目に殺意が籠る。

 

「そこを譲って事情を聴いてあげているのだからむしろ感謝してほしいくらいよ」

 

「恩着せがましいこと言うな。だが、そこまで言うなら教えてやるよ」

 

「え?」

 

 巧を問い詰めていたラムだったが、いざ唐突に答えるつもりになった巧に少々虚を突かれた。巧がついに答える。

 

「……俺はいままで“人間”を守ってきた」

 

「それは……どういう意味?」

 

 巧が急に何を言っているのか分からず、ラムの声にますます険が深まる。

 

「俺はこれからも人間のために戦う。それだけだ」

 

 巧は「お前の妹にも言っとけ」と言うと呆然としているラムの横を突破した。巧は洗濯物を担いで洗濯場へと向かう。

 

「人間のためですって……?」

 

ラムは巧が角を曲がって姿が見えなくなったあともその方向をじっと睨みつける。初めは聞き間違いかと思った。だが確かに人間のために戦うと言った。だから鬼であるレムを襲ったというのか。ラムは理解のできなさと怒りとやるせなさが入り混じり混乱した。

あの男はいきなり屋敷に現れ客人という待遇で住み着いているにもかかわらず、その使用人に狼藉を働いた挙句自分と同じ人間を優先すると言い放った。

そもそもこの屋敷には人間の方が少ない。これではまるでこの屋敷に宣戦布告しているようなものだ。ラムにはますますあの男は気が触れているとしか思えなかった。

 そしてやがてラムの感情は怒りに塗り替わっていった。ラムは自分の拳から血が滲みそうなほど握りしめていることにしばらく気が付かなかった。

 

 

 

 

 スバルは意を決して森へと踏み込んだ。その右手には剣がお守りのように握られていた。この剣はスバルがレムを救うべく森へ突入する前に、村人と子供たちから託されたのだった。刃渡り1メートルほどで立派な柄が拵えてある。村一番の業物らしい。それをスバルに託してくれた村人の意気を感じる。それに、レム救出を村の子供たちからも託された。だから一層後には引けない。

 

 そのとき、すぐ横の茂みが徐に音を立てて揺れる。スバルはすぐに剣を構えた。その直後茂みから血走った眼で魔獣・ウルガルムが飛び出してきた。

 

「うおっ!」

 

 ウルガルムの牙を咄嗟に剣で防ぐ。ウルガルムが一度距離をとり、また襲い来る。スバルはウルガルムの身体の高さに合わせてでたらめに剣を振った。そこに飛び込んできたウルガルムに剣が偶然ヒットした。ざっくりと切り裂かれた首から血を流し、悲鳴を上げながら息絶えた。

 

「よ、よし……」

 

 いきなりの襲撃に未だスバルの心臓の鼓動は速まったままだが、脅威が去ったことに一息安堵する。スバルは手に持っていた剣を見る。素人丸出しの剣捌き、力も全くこもっていないような斬撃でも獣に致命傷を与えられた。業物は伊達ではなかったということか。スバルは一気に心強くなった。

 気を取り直して進もうとしたその瞬間、近くの茂みが俄かに揺れ動いた。スバルは肝を冷やした。おそらく茂みの向こうにいるのはウルガルムであろうからスバルはなるべく音を立てず、それでいてなるべく速やかにこの場から立ち去ろうと速足で歩き始めた。

 しかし、その茂みに隠れた生物の気配はずっとついてくる。茂みに隠れたままスバルを尾行してくるのである。

 スバルはサッと振り向く。すると動きは止まり、とたんに静かになる。気配はすぐスバルに襲い掛かってくることはなくあくまで茂みに身を隠したままで、スバルの動きを窺っている様子である。スバルにはそれが生殺しにされているように思えてプレッシャーを感じるのだった。

 そのとき、振り向いたスバルの背後から別の個体が飛び出しスバルに襲い掛かった。

 

「ぐああっ!」

 

 スバルが咄嗟に防御しようと差し出した左腕に鋭い牙が食い込んだ。右手に握った剣でどうにかこのウルガルムを殺そうとするが、その前にこの個体はすっと口を放してスバルから逃げていった。

 

「くそ、やられた」

 

 スバルは顔を歪ませる。あまり深く噛みつかれたわけではないがきっと今ので新たな呪いをかけられたに違いない。

 それにしてもなんと狡猾であろうか。一匹がスバルの気を引いてもう一匹が死角から襲う。加えてあまりスバルへの攻撃にこだわらず、呪いだけ植え付けてまた姿を消した。

 スバルを攻撃したウルガルムが去った方は先ほど気を引いた個体がいた方である。呪いをかけられた手前、急いでウルガルムを倒したいところだが深追いすれば向こうの思うつぼだと思いとどまる。

 スバルが今いる場所は村から入ってそれほどでもなく住処にしているほどの獣臭も少ない。それなのにいきなり襲ってきた。昨日レムと森に入ったときにはこんなにも向こうから攻撃を仕掛けられることはなく、むしろ待ち構え、誘い出される形だった。昨日と今日の違いは何だ。

 スバルは歩いてきた獣道にいることで既に魔獣の恰好の的になっていると感じ、急いで離れた大木の陰に少しの間身を隠し、考える時間を作ろうとした。

 するとスバルを見失った一匹のウルガルムが獣道の上に現れた。そしてしばしキョロキョロと辺りを見渡したと思えばゆっくりとスバルの方向に歩いてくるではないか。

 

(嘘だろ……!)

 

 スバルは驚きの声を押し殺す。その個体は迷うような足取りではなく確信をもってスバルの位置を目指しているように見えたからだ。隠れているにも関わらずウルガルムには場所を悟られていることに疑問はあるが、ひとまず迎撃を優先する。

 スバルは剣をそっと頭の上に構え息を殺して待つ。草を踏みしめる音がゆっくりと近づいてくる。そして木の向こうから黒い物体が見えるや否やそれをめがけて剣を振り下ろした。バキっという音とともにウルガルムの首が地に落ちた。目一杯に振り下ろされた剣はウルガルムの頸椎を破断しその首を体から切り離した。

 スバルは一息つく暇もなくその場を後にする。先ほどからなぜかこちらの居場所が向こうには手に取るように分かっているようである。なるべく目立たぬように道なき道を重心を低くしながら移動する。

 そのとき、三たび茂みが揺れ動いたと思えばいきなりまた別の個体がスバルめがけて飛びかかってきた。スバルは咄嗟に避けると牙は肩口を掠める。避けた勢い余って尻もちをつくスバル。ウルガルムはそこに覆いかぶさるように襲い掛かる。スバルは噛みつかれないよう首元を掴む。

 

「畜生またかよ!なんでこんなにこっちの場所だけわかるんだよ!」

 

そして力を籠め体勢を反転させると今度はスバルが馬乗りになった状態になる。そして先ほど咄嗟に放してしまった剣を拾うとそのまま上から突き刺した。ウルガルムは悲鳴を上げながら絶命した。

 

「こんな調子じゃレムと出会う前にエサにされて終わりだ……」

 

 スバルはぼやくとまた歩みを始める。するとものの数歩もしないうちに再びスバルの周りに気配が集まり始める。

 

(おいおい冗談になってないっての)

 

 スバルはこそこそ隠れながら歩いても常にこちらの居場所が知られるため埒が明かないと考える。

 スバルは静かに歩きながらも呼吸を整える。そしてタイミングを見計らっていた。

 

(よし、今だ!)

 

 スバルは一気に駆け出した。周りの気配を置き去りにして駆ける。それに気づいたのか後ろから追いかけてくる足音が聞こえる。

 このまま行ける!そう思った瞬間、スバルは足を踏み外した。

 

「え?」

 

 スバルは気の抜けた声を上げながら体勢が崩れていくのを感じる。体感がスローモーションになるなか、何が起こったのか分からず流れに身を任せることしかできなかった。

 森や山の中は地面が植物に覆われている。そのため木の根などの障害物や勾配が見えづらい。スバルは夢中で走るあまり地面が坂になっている箇所に足を踏み入れ、滑らせたのだ。

 しかもその坂は長く続いて勾配も急であった。そのうえ坂の途中からは地肌が現れ、引っ掛かりもない。スバルは止まることもできず、ただその坂を転がり落ちていった。

 そして転がっていった先に生えている大木に激突した。スバルの身体は打ち付けられて、とうとう意識を手放した。

 

 

 

 ラムは屋敷の中をとある目的を持って進む。洗い場から庭先へ出る通用口の陰からそっと外を見る。庭先には乾巧が唯一まともに出来る仕事である洗濯に勤しんでいた。

 そこには屋敷の人々が眠ったシーツやレムとラムとスバルの仕事着、エミリアやロズワールの普段着などがきれいに干されていた。普段の彼の傍若無人な態度からは考えられないほどマメな仕事ぶりだった。

 だがそれも今のラムにとっては関係のないことだった。ラムは自分の角度からは背を向けて仕事をしている乾巧を睨みつける。

 

「イヌイタクミ、ラムは確信したわ。貴方がレムだけでなく、この屋敷に害をもたらす存在であると。だから―――」

 

 ラムは自分にしか聞こえないほどの声で呟いた。そしてゆっくりと自分の前に手をかざす。手のひらが向いた先は乾巧の背中。巧はこちらに気付く様子はない。洗濯物に夢中になっている。

 そしてラムは自分の中のマナをかざした手のひらに集中させていく。ラムの魔法は風の力。ラムの周りにはわずかに風が渦巻き始める。そして改めて巧に狙いを合わせた。

 

 

「さよなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

Open your eyes, for the next φ's.

第14話『乾巧という男』

 




555っぽい次回への引き
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