あと今回、話の都合を優先したが故にちょっとリゼロの世界のルールというか、そっち方面の解釈が甘いかもしれません。違和感を持たれた方には先に謝っておきます。ごめんなさい
「タクミ!」
洗濯物を干す巧に声をかけてきたのはエミリアだった。アーラム村での緊急事態を受けエミリアは今朝早くから屋敷を出ていた。そして屋敷に戻ってから少し休んですっかり元気を取り戻したようだ。巧は一旦手を止めやって来たエミリアの方を見る。
「昴は?」
「うん。スバルは村の近くの森の魔獣に襲われて酷いけがだったんだけどなんとか命は助かったわ。呪いもベアトリスがなんとかしてくれたから心配ないって」
「あいつがそう言ったのか」
エミリアは「うん」と答えるが巧の怪訝な表情は晴れない。そんな巧を心配させまいとエミリアは笑顔を作った。
「ベアトリスの魔法の技術はとってもすごいのよ。スバルもきっと大丈夫だと思う」
巧はそれ以上何も言わなかった。エミリアはそんな巧が並べた洗濯物の数々を見る。巧の普段の人当たりの悪さからは考えられないほどきれいに並んだ洗濯物に思わず笑みがこぼれた。
「じゃあ私戻るから。何か困ったことがあったら言って」
エミリアは巧を気遣った言葉を残してその場を立ち去った。その後ろ姿を見送る巧。その視界の端に今しがた村から帰ってきたと思われるベアトリスを捉えた。
物理的に声も届かない距離で睨み合う。互いに互いを訝しむ二人。やがてベアトリスの方がプイっと首を振って屋敷の中へと入っていった。巧は何事もなかったかのように仕事を再開させるのであった。
♢
巧に対して一度は明確な殺意を抱き実行直前まで踏み込んだラム。しかしエミリアの姿を見て我に返り、己のしようとしていた行為から目を背けるようにその場を立ち去った。
そして誰もいないキッチンに籠りひとしきり気を落ち着けたあと向かったのはエミリアのもとだった。
エミリアの部屋の扉をノックする。
「ラム、どうしたの?」
ラムの突然の訪問に驚くエミリア。しかもラムの表情が鬼気迫るものであったから猶更だ。ラムはエミリアに巧の罪を告発した。巧がラムが鬼だからという理由で襲ったと自白したこと。そしてこれからも人間の味方をすることでロズワール邸に危機が迫ることを。
「本当にタクミがそんなことを言ったの?」
エミリアはラムの訴えをひとまず飲み込んだようだ。しかしラムの必死の訴えに反してエミリアは今一つ要領を得ないような、胡乱げな表情を見せる。そしてラムの心情も慮りながらエミリアは浮かんだ疑問を口にする。
「もしかしたらタクミは人間以外の種族をあまり見たことがないのかも」
巧をかばうようなエミリアの発言に反論こそしないものの態度で不服を表すラム。そんなラムの様子を察したエミリアは続ける。
「聞いて。貧民街で私の徽章を取り戻してくれたのはタクミとスバルよ。もしタクミが人間以外の種族を知っていたうえでそれを敵視しているなら、私が徽章を持ってここにいること自体がおかしいと思ったの。それに私なら尚更……」
エミリアは自嘲気味に言う。しかしラムの怒りが収まることはない。
「エミリア様はなぜあの者を庇うのですか?バルスにそう吹き込まれたからですか」
冷静になれないラムはエミリアに食って掛かってしまった。ラムはすぐにエミリアに謝罪したがエミリアは気にしていないという様子で首を振る。
「それならタクミに直接聞いてみましょう?」
エミリアの提案にラムはたじろいだ。今の状態で再び巧と話せばどうなるか想像できない。しかしエミリアはラムの心中を察して言う。
「大丈夫。私が聞いてきてあげるから」
「いえ。エミリア様がそこまでしていただかなくても……」
「ダメ。こういうときはきちんと話し合わなくちゃ」
エミリアは尻込むラムにきっぱりと言う。わだかまりを残したまま曖昧にすることは避けるべきだと考え、巧とラムの間を取り持つことに決めた。
エミリアはラムを残して自室を出た。
♢
スバルは目を覚ます。蒸れた土のにおいが鼻をついた。最初自分は何故ここに寝そべっているのか分からなかったが、すぐに思い出した。森の斜面に足をとられて滑落したことを。
体を起こすと自分の執事服はどろどろに汚れていた。申し訳程度に泥を叩き落とすと、滑落のとき手から離れた剣を近くで見つけ再びレムを探して歩き出す。
気を失ってからどれだけの時間が経ったのか分からない。しかし自分の命はまだ事切れていない。呪いをかけられたスバルが魔獣のエサになる最後の一瞬まで諦めないと誓って歩き出した。
そこでスバルはあることに気が付く。森が騒がしいことに。スバルはどちらかと言えば都会っ子なのでターザンのように森の様子に敏感なわけではないが、そういう感覚的な話ではなく耳から入ってくる音に騒がしさを感じた。
スバルは魔獣の急襲に警戒しながら音のする方へ進む。聞こえる音は何となく争っているような感じがスバルにはあった。
茂みから目だけをのぞかせる。スバルは息を飲んだ。
「レム……!」
スバルの眼前に広がるのは目を覆いたくなるほど凄惨な光景だった。もともと森があったと思われる一帯は軒並み樹木がなぎ倒され少し開けたような場所となっている。そしてそこにはおびただしいほどの魔獣の死体。そして全身から血を吹き出しながらもなお狂気の目で戦い続けるレムの姿があった。
レムの額には光輝く一本角が伸びている。昨夜スバルの目の前で見せたものと同じだ。あれをスバルの知識の中で語るならば、典型的な暴走モードである。大きな力を得られる代わりに我を忘れて制御不能になってしまうというやつだ。
あれをどれくらいの時間発動しているのかは分からないが、スバルが村で眠っていたときからと考えると相当な時間である。その証拠に今のレムの状態はまるで獣。ほぼ本能で戦っているように見える。
スバルの膨大なサブカル知識に照らし合わせてもこの手の暴走状態を放置して良い方向に物語が転んだためしはない。
「レム‼」
スバルは勇敢にも戦場に躍り出てレムの名を叫んだ。スバルの声でレムが正気を取り戻してこの場から二人でともに帰還できれば良いと思った。
その声に反応したのか戦場が一瞬ストップする。レムが振り向きスバルと目が合った。スバルから見たレムの瞳は狂気的ながらどこか虚ろだった。
「うがあああああ!」
レムはスバルを視界に入れると獣のごとく咆哮した。それを受けたスバルは一歩後ずさる。しかしレムの目を覚まさなければここまで来た意味がない。
「やっと見つけたぜレム。一緒に―――うわっ!」
スバルはレムに声を掛けるが、それはレム自身に遮られる。レムが氷の魔法でスバルに攻撃を仕掛けた。スバルは地面に転がる形でこれを回避した。
「やめろレム!俺だ!」
スバルは必死に訴えるが、鬼化してかなり時間が経過しているレムにとってもはや敵味方の区別はなく視界に映るすべての存在を攻撃するようになっていた。
この場でスバルの命を狙うのはレムだけではない。戦場にのこのこと躍り出た獲物をウルガルムたちが放っておくはずがなかった。レムを連れ帰ろうとするスバルの想いなど関係なく群れの一匹一匹が我先にとスバルを狙う。そしてウルガルムがスバルに群がったところをレムがまとめて殺しにかかる。戦場はまさしくカオスな状況となっていた。
スバルは一時撤退を余儀なくされた。せっかくレムと出会えたというのにそれどころではない。口惜しさを噛み締めながら逃走を試みる。
ウルガルムの群れがスバルを追う。それを更に追うレム。戦場は今までの荒れ果てた場所からまだ森の形を保っているエリアへとなだれ込む。
そのときスバルは背後から一匹のウルガルムの体当たりを受け体勢が崩れる。膝をつくスバル。そこへすかさず魔獣が群がった。スバルは手持ちの剣で必死に抵抗するがスバルの身体に覆いかぶさるようにしてウルガルムが続々と集まってくる。
「うがああああ!」
必死に抵抗するスバルの耳にレムの咆哮が届いた。その声の意味を理解する間もなく大きな衝撃がスバルを襲った。スバルの身体は宙へ放り出された。
スバルに集ったウルガルムの塊に向け、レムが特大の魔法を放ったのだ。ウルガルムの群れが肉壁になったおかげで直撃は免れたが、スバルは魔獣もろとも吹き飛ばされたのだ。スバルは上下が分からなくなるほど宙を舞った後、茂みの中へ墜落した。
全身を強く打ったスバルは一時的に身動きが取れなくなる。大きく飛ばされたのが功を奏してスバルが今いる地点の周りには何の気配もなかった。
スバルはなんとか仰向けの姿勢をとって呼吸を整える。自分の呼吸がうるさいほど身体に響いた。
「俺は一体なにやってんだ……」
レムを助けたい一心で森に飛び込んで案の定魔獣に襲われた。やっとの思いでレムを見つけたと思えばほとんど何もできずに即退散して、挙句の果てには他でもないレムに襲われる始末。スバルの心を絶望が少しずつ蝕んでいく。
遠くにはまだ戦いが続く音が響いている。早く立ち上がってレムを助けに行くという勇ましい心と行ってもまた何もできないという諦めの心がスバルの中に並び立っていた。まさに天使と悪魔が交互に語り掛けていた。
(もう諦めろ。既に詰んでいる。だがお前には死に戻りがある。このままレムを見捨てたって死に戻ればすべてなかったことにできるぞ)
(もし今レムを見捨てればこの先一生後悔するぞ。たとえダメでも最後の一瞬まで諦めるな。早く立ち上がってレムを助けに行け)
スバルはどっちともつかず、ただ体を起こして長座の体勢をとった。そのときスバルの身体から何かが零れ落ちた。
「あ……」
それはスバルの携帯電話だった。これは元の世界で両親から買い与えられたものである。もはや懐かしい2人の顔が浮かんだ。この電話で2人のもとへ繋がれたなら……。
いや、それよりも大事なことを今思い出した。スバルはまだ痺れている腕で自分の執事服の胸ポケットをまさぐった。
「あった……」
スバルが取り出したのは無造作に折りたたまれた紙切れだった。それはスバルの今の状況を表すかのように血に汚れていた。スバルはゆっくりとそれを開いた。
―――――――――――――――――――――――――――――
やばくなったらよべ
090-XXXX-XXXX
―――――――――――――――――――――――――――――
そこには書きなぐったようなメッセージと電話番号が『平仮名で』書いてあった。
「巧……」
その手紙はスバルが屋敷を出る直前に巧から渡されたものであった。その後色々あってスバルはそのことをすっかり忘れていた。
正直なところこのメッセージを見たときは吹き出してしまいそうになった。なぜならこの世界で携帯電話が繋がるはずがない。それにそもそも巧は屋敷に軟禁状態の身だ。助けに来たら同時にロズワールの言葉に背くことになる。しかしそんなことお構いなしの泰然自若とした巧の態度はなんとも『らしさ』を感じた。だからスバルはこれを巧なりの励ましだと思ってお守り代わりにしまっておいたのだ。しかし今では。
「せっかくここまで踏ん張ってきたんだ……」
もはや最後の悪あがきに近い。スバルは震える指先で携帯電話の番号を一つずつ押し始めた。
「たったひとりで……こんな目に遭って……だから……」
番号を打ち終える。後はコールボタンを押すだけ。
「一つぐらい、奇跡、起こりやがれ‼」
♢
『お掛けになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていません』
「チッ……」
巧は自室のベッドに寝そべりながら、誰も出ない電話に大きめの舌打ちを打った。そして無駄に広いベッドの上にファイズフォンを投げ出すと、もう一度惰眠をむさぼろうと寝返りを打った。
そんなとき不意にドアをノックされた。巧はどうせろくな事じゃないと思いそれを無視してまた目を閉じる。つまり居留守だ。仮にそれがばれても扉の鍵は締めてあり鍵も巧が持っているのでだれも入ってこられない。
ガチャリと鍵が開いて扉が開いた。巧は驚いて顔だけ扉を向いた。そこにはエミリアが鍵束を掲げていたずらっぽく笑っていた。おそらくこの屋敷のすべての扉の鍵の束だろう。こんな大きな屋敷であれば当然あるかと巧は勝手に納得した。
「なんだよ」
巧はかったるそうな様子で一応用件を聞いた。
「うん。ちょっと確認したいことがあって」
エミリアは椅子を引き寄せて、寝そべる巧の正面に向かって座った。
「タクミは鬼って見たことある?」
「はぁ?オニ?」
藪から棒に何を訊かれているのか巧には分からなかった。鬼など巧にとっては昔話に登場する空想上の存在である。
「あるわけねぇだろそんなもん」
「……やっぱり」
納得したような、呆れたような、そんな声を上げるエミリア。巧はいきなり部屋に入ってきて突拍子もない質問をされ、そんな態度をされることに少し頭にきた。
「タクミ、あなたは鬼に会ったことがあるわ」
「ねえって。お前そんなくだらない話をしに来たのか」
「あるの。ラムとレムがそう。あの二人は鬼族なの」
巧は初めてメイド二人が鬼だということを知る。思えば二人ともなにか人とは違う雰囲気があるし、レムに至っては巧と戦ったときには角を生やし人間離れしたパワーだった。だが巧にとってここは異世界で、魔法かその類だと思っていたので人の形をしていれば当然人間だと思っていた。オルフェノクを除けば人間以外の種族はいないと思っていたのだ。
「で?仮にあの二人が鬼だとして、それがどうした」
「あなた人間のために戦っているって言ったの?だからレムを襲ったんじゃないかって、ラムは思ってる。レムが鬼だから」
「――あ」
確かに言った。しかしそれには巧の真意があった。レムを傷つけたのは事実だが、それはスバルを守るためであって、いざとなればお前たちのためにも戦うつもりだ。という意味で言った言葉だった。だがそれは種族の違いが邪魔をして大分こじれて伝わってしまったようだ。
エミリアはため息をついた。
「そんなことだろうと思った。あとで謝った方がいいよ」
「……」
巧は押し黙ってしまう。流石の巧も今回は自分に非があると感じたようだ。そんな巧を見かねてエミリアが語り掛ける。
「まあ、でも安心した。そんなつもりじゃないってことが分かったから」
「……」
「タクミはさ、どうして戦っているの?人間のために戦っているって。今までも戦ってきたの?」
黙りこくる巧がようやくエミリアを見る。二人の目が合った。巧は口を開いた。
そのとき、けたたましい音が静寂を破った。8bitの短い音楽が鳴り響いた。
「きゃっ、なに?何の音?」
エミリアは聞き馴染みのない電子音に慌てふためく。対照的に巧は落ち着いている。なぜなら音の出どころは巧のファイズフォンだということを知っているからだ。巧は待ってましたと言わんばかりに、ベッドに投げ出されたファイズフォンを拾い上げて通話ボタンを押した。
「俺だ」
『うおっ!マジで繋がった!』
相変わらずのデカい声は電話越しでも健在だ。しかしその声もどこか切羽詰まっている。
『巧か?……単刀直入に言う。助けてくれ。このままじゃレムがヤバいんだ!死んじまう!お前の状況は分かってるが、頼む‼』
一気に堰を切ったように懇願するスバル。何がどうヤバいのか分からないが、巧が想定していたよりも危機的状況のようだ。電話の向こうで巧の返事を窺う雰囲気が伝わってくる。巧はエミリアをちらりと見た。
「分かった。すぐ行く」
巧は言い切るとスバルの返事を待たずに電話を切った。そして立ち上がる。
「タクミ?どうしたの?誰かと話してたの?」
「昴からだ。どうやらヤバいらしい」
「え?スバル?ちょ、ちょっと!」
状況についていけないエミリアを尻目に部屋を出ようとする巧。
「待ちなさい。どこに行くつもり」
しかし巧の行く手を阻んだのはラムだった。
「ラム!もしかしてずっと聞いてたの?」
ラムはエミリアの問いに答えず、巧を睨みつける。
「おい、今はお前に構ってる場合じゃないんだよ。どけ」
巧はここにきて余計な邪魔が入ったことに苛立ちを隠さない。
「あなたが屋敷を出ることはロズワール様のご命令に反する。認められないわ」
「はぁ⁉お前状況分かってんのか?お前の妹だって危ないんだぞ!」
巧はラムの無茶な言葉に顔を歪める。
「もうたくさんなの!あなたに振り回されるのは‼」
ラムが大声を張り上げた。ラムに対してそんなイメージをしていなかったから、巧は面食らった。それはエミリアにとってもそうだ。
「王選の大事な時期に不躾に屋敷に居ついて!馴染もうともせずにあろうことかレムに手をあげて!謝罪も弁解もなく不遜な態度をとり続けて!屋敷の皆がどれだけあなたに振り回されてるか分かってるの⁉だからもうあなたは何もしないで‼」
いままでラムの中にたまっていた感情が一気にあふれ出した。乾巧への怒り、メイドとしての矜持、板挟みになっていた分それが凝縮されて爆発した。
ラムの想いは聞き届けた巧だが、はいそうですかと引き下がれる状況でもない。一刻も早くスバルを助けに行かなければならない。
「なら見捨てるのか。昴も、妹も」
「……黙りなさい」
巧の反論に今度はラムが顔を歪める。ラムも分かっているのだ。今何をすべきか。そしてロズワールの命令を守り続ければ二人が無事に済まないことを。しかしラムの中に渦巻く様々な感情がそれを邪魔する。巧はそんなラムの心の機微を見逃さず、畳みかける。
「世界で一番大切な妹なんじゃなかったのか!」
「黙りなさいって言ってるでしょ‼」
ラムは怒りで体をわなわなと震わせる。今にも巧に襲い掛かって殺してしまいそうな剣幕である。巧もまたラムを睨む。両者の間には殺気に満ち溢れて、身じろぎ一つでもすれば、殺し合いが始まってしまいそうなほど張り詰めている。
「いいわ。タクミ、行ってあげて」
張り詰めた空気を破ったのはエミリアだった。両者の目線がエミリアに集まった。エミリアに抗議の声を上げたのはラム。しかしエミリアは毅然とした態度で答える。
「私が許可します。その代わり、必ず二人を連れて帰ってきて」
強い目で巧を見るエミリア。巧は「ああ」とだけ答えると立ちふさがるラムの横をすり抜けて駆け出していった。その背中を恨めしそうに見つめるラム。するとそれを見かねたエミリアが声を掛けた。
「ラムはどうするの?」
「え?」
ラムが振り返る。
「ラムも行きたいんでしょ?レムのピンチなんですもの。ロズワールには私も一緒に謝るから」
エミリアがラムの手を握る。
「ですがラムが屋敷を離れれば、今度はエミリア様が……」
「私は大丈夫。ベアトリスのところに居させてもらうから。それよりも早く」
エミリアがラムの背中を押す。ラムはエミリアにぺこりと一礼すると巧を追って駆け出した。
♢
巧は庭先に駐めてあったオートバジンにまたがりエンジンをかける。クラッチペダルを踏み、発進させようとしたそのとき、
「イヌイタクミ!」
ラムがオートバジンの前に躍りでた。巧は慌ててブレーキをかけた。
「お前!いい加減にしろよ!」
巧が怒鳴る。しかしラムはひるむことはない。
「ラムも行くわ」
「は?今度はなんだよ」
「どうやってレムとバルスを探すつもり?広い森の中で手当たり次第じゃ絶対に無理よ」
「じゃあお前がいればどうにかなんのかよ?」
「ラムには千里眼があるわ。森の動物たちの視界を借りて二人を見つけ出せる」
「……」
さっきまであんなに目の敵にされていた相手の提案に困惑する巧。
「早く!」
「……乗れ!」
巧はヘルメットをラムに強引にかぶせると後部に座らせた。そしてバイクを急発進させ、森へ向かうのだった。
屋敷から村へ向かうには徒歩でそれなりの時間を要するが、バイクで往けばものの数分でたどり着くことができる。そこからさらに村のはずれにある森へ続く道を辿る。普段であれば村には柵で森へは入れないようになっているのだが、先日スバルが柵を突き破ったきりなので簡単に森へ入ることができた。
森の地面は舗装などされているはずもなく、劣悪な路面を走り続けなければならない。巧たちが乗っているオートバジンは一応オフロードバイクではあるが車体は大きく揺れる。ましてや今は二人乗りである。こんな森の中で転倒しようものなら大惨事なので、巧はありったけの神経を集中させて運転をしている。
「気を付けて。魔獣がこっちを狙ってるわ」
「んなこと言ったって……」
ラムが背後から忠告するが巧にとってはそれどころではない。バイクも森の中では全速力とはいかず、かなりスピードを落として走行している。それでもなお運転に精一杯な巧がさらに魔獣へは注意のしようがなかった。
そのとき音が聞こえた。なにものかがバイクと並走している。それは茂みの奥を走っていて姿が見えない。
次の瞬間、茂みから一匹の魔獣が巧に向かって飛びかかった。
「うわっ!」
巧が驚きの声を上げて身構えた。しかし魔獣は悲鳴を上げて空中で撃ち落とされた。ラムが風の魔法で撃ち落としたのだ。
「ボーっとしないで。気を付けてって言ったでしょ」
「お前な……」
間一髪危機を免れ、安堵する巧をクールに諫めるラム。巧はぼやくことしかできなかった。
しばらく魔獣の襲撃もなく、ラムのナビゲートに従ってただひたすら悪路を駆けるバイク。ラムがポツリと口を開いた。
「ねぇ。貴方はどうして戦っているの」
「あ!?」
巧は依然として地面と格闘しながら、ラムに聞き返す。
「エミリア様に聞かれてたでしょ。ラムも同感。あなたが他人のために戦うようには思えなかったから。他人に興味が無くて、交わろうともしないで、きつく当たって、自分のことしか考えてなくて、たまに口を開いたと思えば、癇癪起こして当たり散らす、最低な人間としか思えなかったから」
ラムの偏見に満ちた巧への評が背中から流れるように浴びせられる。
「その話、今しなきゃダメか⁉」
巧は声を張り上げる。ガタンガタンと車体が揺れ、乗っている二人の身体も上下に跳ねた。
「そうね。今じゃなかったかもしれない」
♢
巧との電話を切ったスバル。スバルがこれからやるべきことは、己が死なないこと。そしてレムを見失わないことだ。
スバルはゆったりと腰を上げ、近くに落ちた剣を拾い上げると辺りを見渡した。そのとき初めて気づいたがスバルの周りはやけに静かだ。スバルが森に入った瞬間から付きまとわれ続けていたのにそれが嘘だったかのように周囲に気配を感じない。
「とりあえずレムはどこだ」
スバルはレムを探しに出る。すでに体力が消耗しているためにあくまで隠密第一で進むのだが、進みも遅くなってしまう。未だレムは見つからない。スバルは焦燥感に駆られた。タイムリミットは刻一刻と迫っている。
スバルは周りにウルガルムがいないと判断し、移動を優先する。
「ガルルルル……」
スバルは背筋が凍った。声のした方を咄嗟に向く。スバルからは死角で見えなかったが一匹のウルガルムがスバルを見つけて唸り声を上げていた。
「しまった、急ぎ過ぎた……」
魔獣の群れはレムとともに去ったと思っていたが、まさかはぐれがいるとは思わなかった。ウルガルムは今にも飛びかかって来る勢いだ。迎撃するしかないのだが、すでに剣を握る手には力がもうほとんどなかった。
そのとき、魔獣がぴくっと何かに反応した。そしてスバルには目もくれず踵を返して去っていった。
「な、なんなんだ……?」
残されたスバルは何が起きたか分からずポカンとした。しかし、スバルの目にはあのウルガルムが何かに呼ばれているように映った。
スバルはあえてあの一匹を追うことにした。あの獰猛で狡猾で執念深いウルガルムが目の前の獲物を無視して向かった先である。そこにレムがいるとスバルは思った。これは直感に近いが、同時に確信にも近かった。
スバルが進み始めてすぐに辺りが騒がしくなり始めた。スバルが例によって茂みに身をひそめながらその先を窺うとそれはすぐにわかった。
ウルガルムの群れがある一匹を中心にして集まっている。それはある種隊列のようにも見えた。しかもボス的な一匹はスバルには見覚えがあった。
それはアーラム村にてスバルに噛みついたあの子犬である。あの犬にスバルは2度も死に追い込まれた。結局スバルはあの犬が呪いの主だと当たりを付けてアーラム村に乗り込んだのだが、ここにきてついに再び相まみえた。
(あの野郎、鉄砲玉だと思ってたらがっつり司令塔じゃねーか!)
魔獣の集団の目線の先を追ってみる。するとその先にレムの姿が見えた。しかも未だ戦闘中のようである。
(なるほどな。自分は安全なところから命令してるってわけか。可愛い顔してやってることは可愛げないねぇ)
個人的な恨みはあるがここで奴に飛びかかれば考えるまでもなく返り討ちだ。ここは抑えて、巧が到着するまでのあいだ時間稼ぎする方法を考えることにしたスバル。
そのとき、司令塔たるあの小さなウルガルムが遠吠えを発した。それに呼応してその場にいる魔獣の群れが一気に殺気立った。
(まさか……一気に畳みかけるつもりか⁉つくづく頭の回るワンちゃんだこと!)
個々が本能のままレムと戦い、戦闘が長引くより魔獣の森すべての魔獣を集め攻撃を仕掛けるのだとしたら人間顔負けの戦術である。そもそもそうさせたのはレムの奮闘によるものではあるが、今度こそレムはひとたまりもないだろう。
しかし先ほどスバルの前に現れて去っていったあのはぐれ魔獣もそうやって集められたのだとしたら、今この場には森中の魔獣が集まっている可能性が高い。つまり裏を返せば一網打尽にできるチャンスだとスバルは思った。
(今俺ができることは何だ。考えろナツキ・スバル!)
魔獣総攻撃を阻止して巧が到着するまでの時間を稼ぐこと。その二つを叶えるには……。
「全員注目!!!!!!」
スバルは待機していた魔獣の群れからレムまでの導線を遮るようにして立ちはだかり声を張り上げた。今にも突撃しようとしていた群れの視線をスバルに集中させる。
「お前ら、レムには指一本も触れさせねぇぞ。かと言ってこれ以上お前らのエサにされるのも御免だ……。だから少し時間稼ぎさせてもらう」
スバルは背後にいるであろうレムにも告げる。
「どうにか生き延びてくれよ、レム。これが俺の精一杯だ」
今からするのはある種の駆けである。どうなるかスバルも分からない。スバルは意を決した。
「シャマク‼」
呪文を唱えたスバルの体内から陰属性のマナがあふれ出してくる。そして爆発するように飛び出た黒煙は周囲を巻き込み森を飲み込んだ。
ありったけのマナを使ったスバル。何も見えず、何も聞こえない闇の中心地に倒れ込んだ。
♢
「待って!止まって!」
ラムの声に驚いた巧は急ブレーキをかける。
「何だ⁉」
「バルスを見失った……。千里眼で借りている視界が一斉に遮られたの」
「なに?」
ここまでラムの千里眼だけを頼りに森を進んでいたのに、いきなりそのガイドが失われたのだ。巧は焦る。どうすればいいのか考える間もなく、突如として巧たちは黒煙のようななにかに飲み込まれた。
「うおっ!」
巧はとっさに袖で口を覆い姿勢を低くしようとする。まるで火事に巻き込まれたときの対応のようである。巧が動揺していることを感じたラムは巧の背中をバンと叩く。
「落ち着きなさい、イヌイタクミ!ただの陰属性の魔法よ」
「ああ……」
冷静さを取り戻した巧は動揺を見せまいとするが咄嗟の返事は弱弱しかった。ラムはそこに巧の弱さと人間らしさを見た気がした。
「どうしたのよ、急に……」
「別に何でもない。それより昴の居場所は」
「分からない。ただバルスのマナは陰属性らしいわ。ただでさえこの人気のない森にバルス以外の陰属性の使い手がいるとは思えないし、この魔法はバルスが発したものとみていいわね。だからといって居場所がつかめるわけじゃないけど」
巧は「そうか」と言って黙った。巧は俯いてしばらくじっとした。そしておもむろにバイクのハンドルを握ると再び発進させた。
「ちょっと待ちなさい!どこに行くつもり⁉」
ラムはいきなり進みだした巧がまた乱心しているのかと必死に制する。しかし巧は至って冷静である。
「昴のとこに決まってんだろ」
「闇雲に進んだらむしろ危険よ!早く止まりなさい!」
しかし巧はそれ以上何も言わずにバイクを走らせる。そして再び急にラムに呼びかけた。
「おい!いたぞ!」
巧が急に叫んだ。ラムは半信半疑でバイクの進行方向を凝視する。しかし陰属性の魔法だけあってラムにはよく見えない。
「どれよ……」
巧が操るオートバジンがスバルのすぐ隣に停車した。気を失っているがそれは間違いなくナツキ・スバルだった。
「嘘……」
シャマクを浴びた位置からスバルまでの距離は決して目視できる距離ではなかった。信じられないとともにどうやってスバルの位置を特定したのか、ラムは運転手の背中を凝視する。
「昴!」
巧はオートバジンから飛び降りると、気を失っているスバルを抱え上げた。
「バルス!これを」
巧に続いてラムもスバルに駆け寄るとポケットにしまっていたボッコの実を取り出してスバルの口に突っ込んだ。
「お前それ……」
「エミリア様から頂いたの。屋敷を出る直前に。バルスが無理をするとお見通しだったのよ」
エミリアは屋敷からラムを送り出すときにボッコの実を握らせていたのだ。ボッコの実が喉を通ったスバルはマナが少しほど回復し目を覚ました。
「う……ううん……あれ、巧……?本当に来てくれたんだな……」
スバルはゆっくりと体を起こした。
「レムはどこ⁉」
ラムがスバルに詰め寄った。屋敷にいたときからレムのことが気が気でなく、心が張り裂けるほどレムを思っていたラム。気絶から復帰したてのスバルの胸倉をつかんで揺する。
「痛い痛い!今説明するから!落ち着けラム!」
ラムを振りほどいたスバルは気を取り直して現状の説明を始める。
「今俺たちの周りにはウルガルムっていう魔獣がうろうろしている。目標の一つがそいつらの全滅だ。今俺の身体には呪いが何重にもなって植え付けられている。今呪いを解除するには呪いの主であるそいつらを殺すしかない。幸いにもおそらく奴らは森じゅうからここに集まってきている。一網打尽のチャンスだ」
「そしてもう一つがレムを正気に戻すことだ。そう遠くない場所にいるとは思うが今レムは限界以上に力を暴走させている状態だ。こっちの言葉は届かない。正気に戻してこれ以上無理をさせないようにしたいが、どうやって戻すかというとだな……」
スバルはラムを見る。
「どうやって戻すんですか……?お姉様……」
スバルはか細い声でラムに助けを求めた。ラムはため息をついた。
「角よ。レムを鬼足らしめているのはあの角。あれを狙って攻撃を当てればレムは戻るはず」
「角!確かにあった。……っていうかレムって鬼だったのか⁉ということはラムも⁉」
スバルは初めての情報に目を剝く。
「と言ってもラムはレムのようには戦えない。ラムは"角無し"だから……」
「角無し……」
スバルはレムの戦うあの姿を思い出す。確かにレムが鬼の力を発揮しているであろうときにはレムの額から生えた角がこれでもかと光輝いていた。それが無いということはどういうことか、スバルにも想像できた。
「おい、おしゃべりはその辺にしておけ。急がなきゃまずいんじゃないのか」
巧は放っておけばますます陰鬱になりそうな話をわざと遮った。
「じゃあお前ら、そっちをなんとかしろ。俺は魔獣ってのをやってやる」
巧は一方的に役割分担を決めて、ラムが持っていたアタッシュケースを受け取る。
「あなたに指図を受けるのは癪に障るけど今は不問にしておくわ。行くわよ、バルス」
ラムはスバルに立ち上がるように促す。スバルはボッコの実を摂取したことによって辛うじて立ち上がることができた。
巧はアタッシュケースに入っていたツール一式を組み立て、腰に巻いて立ち上がる。
「さっきの話だけどな」
巧がおもむろに語り掛ける。今まさに戦闘を開始しようとしていたところだったのでラムもスバルも巧の「さっきの話」に要領を得ない。
「俺が人間のために戦うのは、俺がそうしたいからだ。それ以外に、理由なんて無ぇよ」
「……そう。ならいいわ」
ラムは巧の目を初めて正面から見て、乾巧という男を少し理解できたような気がしてゆっくり頷いた。
「え?え?」
スバルは話についていけず二人の顔を交互に見る。
巧はファイズフォンを開いた。
―――5・5・5・ENTER
『Standing by』
巧は折りたたんだファイズフォンを天に掲げた。
「変身!」
『Complete』
ファイズフォンを装填されたファイズドライバーの両端からフォトンストリームが飛び出す。それは巧の全身を駆け巡り、やがて巧は光に包まれ、ファイズに変身した。
一瞬の強烈な閃光から辺りは再び闇に戻る。しかしファイズのフォトンストリームと目に該当するアルティメットファインダーだけは闇の中ではより一層輝きを増す。
フォトンブラッド由来の光が周囲に蔓延る闇を融かしてゆく。みるみるうちに視界が晴れていき3人の周囲を取り巻いていたウルガルムたちが姿を現す。同時に向こうもこちらの存在を認識し、あっという間に取り囲まれてしまった。
そのウルガルムたちのさらに向こう、小さくレムの青い頭が見えた。
「巧!あれ見ろ」
スバルに呼ばれてファイズがその視線の先を追う。レムとは逆方向、またしても群れから離れた地点に獰猛な群れの中に似つかわしくない姿の子犬が他のウルガルムたちに守られるようにして佇んでいた。
「あれがボスだ。信じがたいことにあいつがこの群れ全部を操ってんだ」
ファイズがその存在を確認しているうちに続々と3人を取り囲む数が増えていく。
『Ready』
ファイズはオートバジンの右ハンドルについているソケットにミッションメモリーを装填する。そしてグリップを一気に引き抜くとその先にはフォトンブラッドから成る刀身が現れ一本の剣、ファイズエッジとなった。
「な、なんじゃそりゃー!」
そのさながらSF映画に出てくるような武器を見てスバルは興奮のあまり絶叫した。ファイズはそれを一切無視してラムに尋ねる。
「準備はいいな」
ファイズの問いかけにラムも短く「ええ」と答える。スバルも緊張気味に「おう」答えた。
ファイズは駆け出した。それを皮切りにウルガルムたちも一斉にファイズへと飛びかかった。ファイズエッジを振るう。エネルギー体の刀身は触れるだけでウルガルムの身体に損傷を与える。当たった者からスパスパと両断されていった。
一匹がファイズの隙を縫って左腕に噛みついた。しかしファイズのスーツはその牙を一切通さない。ファイズは左腕を大きく振り上げる。その勢いに負け、空中に放り出されたその個体を待ち構えて、サッカーボールを蹴るかのように右足を振りぬいた。ファイズのキックによって臓物をぶちまけながら真っ二つになって吹き飛ぶ魔獣の身体。ウルガルムの群れは突如現れた未知の敵に対して怒りのボルテージを上げるのだった。
―――1・0・6・ENTER
『BurstMode』
ウルガルムの群れは思惑通り、ファイズに意識が集中している。そこで右手にファイズエッジを持ったまま、左手にフォンブラスターを起動したファイズは層の薄いエリアに向かって乱射する。近辺の個体は飛び退いたことでラムとスバルが突破できる空間が生まれた。
「走れ!」
ファイズの号令とともにラムとスバルは駆け出した。それに気付いた個体はラムの魔法やスバルの剣によって退けられた。
二人が群集地帯を抜け出したことを確認したファイズは一気に跳躍し走る二人の背後に着地。二人に追手が及ばないように立ちはだかった。
響く咆哮。例のボスが群れをけしかける。それにつられるようにファイズに襲い掛かるウルガルムたち。しかしその場の全員がそうするわけではなく、そのうちの二十数匹はファイズを回避してラムとスバルを追った。
なるほどこういうことか。ファイズは自身に襲い掛かる者を返り討ちにしながら、内心思う。そこでファイズはフォンブラスターにファイズポインターを取り付けた。こうすることによって遠距離の狙撃が可能となるのだ。
―――1・0・3・ENTER
『SingleMode』
ファイズは遠くのボスの集団に向けて発砲した。集団は軽々避けるとファイズを睨むがそれ以上は何もしてこなかった。
「チッ……」
畜生とは思えない賢さだとファイズは思った。ファイズが本丸を狙うことで身を固めたり、ファイズを集中狙いさせるために二人に差し向けた集団を引き返させることを期待したがそれには乗ってこなかった。今の両面作戦を変えるつもりはなさそうだ。依然として激しい攻撃を捌きながらファイズは思案した。
「バルス!」
そのときファイズの背後でラムの声がした。振り返るとそこには壁を背にして膝をつくスバルとそれを庇うように立つラム、そして二人をウルガルムたちが取り囲んでいた。
「あれ……?おかしいな。意識はこんなにはっきりしてるってのに身体に力が入りやがらねぇ」
「バルスの身体の限界にマナの回復が追い付いてないのよ。あなた、どれだけ無茶したの」
「丁寧な解説どうも。とにかく無我夢中だったもんでな」
スバルはばつが悪そうに笑った。取り囲んだウルガルムは今にも飛びかかりそうな勢いである。
「一応聞くが一人で何とかなったりするか?」
「さあ。食べられる覚悟はしておいてちょうだい」
ラムも精一杯気丈に返すがはっきり言って無傷で乗り切る自身は無かった。
その様子をファイズは離れた場所から視認していた。助けようにも相手も死にもの狂いで襲い掛かってくるため足止めを食らっている。二人を守りながら多勢のウルガルムを殲滅するには手が足りない。ということでファイズは奥の手を使うことに決めた。ファイズはファイズフォンをブラスターモードから元に戻した。
―――5・8・1・4・ENTER
『AUTO VAJIN, Get into the action』
ファイズがコマンドを入力した瞬間、駐車されていたオートバジンのエンジンが起動しライトが灯った。バイクの頭が自動的に前を向き、後輪が勢いよく回りだす。なんとオートバジンはひとりでにラムとスバルのもとへ走り出したではないか。
「な、なんだぁ⁉」
誰も乗せずに一人でこちらに走って来るバイクに驚愕の声を上げるスバル。自律走行するバイクなど今まで聞いたこともなかった。
これだけではない。オートバジンは走行しながらシートの後方部が真っ二つに分かれたと思えば、車体全体がぐんと起き上がり人型ロボットの姿となったのだ。そしてバトルモードとなったオートバジンはウルガルムの集団に割って入り、二人を守るようにして立ちはだかった。スバルは衝撃のあまり口をパクパクとさせている。
「バルス、こいつはなに⁉」
「おおお俺が知るか‼」
大混乱に陥る二人を尻目にオートバジンはバイクのときは前輪にあたるバスターホイールを構えた。そして前方に存在するウルガルムたちを全匹ロックオンするとガトリングガンを掃射した。
秒間96発の弾丸は次々とウルガルムたちを肉片へと変えていく。その場にいたウルガルムたちは悲鳴をあげる間も無く土に帰った。
いとも容易く全滅させたこの元バイクに二人は言葉が見つからない。オートバジンはある方向を指し示す。それにいち早く気づいたラム。
「レム!バルス、動ける⁉︎」
ラムはレムの姿を確認するとスバルに振り向いて尋ねる。スバルは一度立ち上がろうとしたもののすぐに首を振った。
「しょうがないわね。ここで待ってなさい。ねえ、あなたはバルスをここで守っていてちょうだい」
ラムはオートバジンに指示を出すとオートバジンは頷いた。
「お、おい!ラム一人で大丈夫なのかよ⁉」
ラムはレムをひとりで助けに行こうとしている。それがどれだけ無茶なことかスバルにも想像がつく。そしてその先に待ち受ける結末も……。
ラムはスバルに背を向ける。その背中からは覚悟が迸っていた。
「たとえ大丈夫じゃなくてもやらなきゃならないの。だってラムはレムの姉様だもの」
そう言い残すとラムは単身レムのもとへと向かったのだった。
♢
オートバジンがラムはスバルの助けに入っている間、ファイズは自身の周囲にいたウルガルムたちの数をある程度減らしていた。ここでファイズフォンをベルトに戻した。
―――ENTER
『Exceed Charge』
音声ののち、フォトンブラッドがファイズドライバーからフォトンストリームを駆け巡りファイズエッジへと吸い込まれていった。フォトンエッジの刀身がより一層光り輝くとファイズはファイズエッジを振りかざしながらその場で一回転する。するとファイズエッジから飛び出したエネルギー体がファイズを取り囲むウルガルムたちを一匹残らず包み込み、宙に浮かせた。空中に拘束されたウルガルムは身動きが取れない。
「ハァッ!」
今度はファイズが逆回転しながら切りつける。拘束されたウルガルムたちは連鎖的に爆発を起こし土へと還っていった。
ファイズエッジによる必殺技、スパークルカットによって周囲を全滅させたファイズはついにウルガルムのボスとそれを取り巻く集団に狙いを定めた。
ファイズの殺気を感じ取ったウルガルムたちも戦闘態勢に入る。ウルガルムたちはファイズに向かって突撃した。
走りは止めずにすれ違いざまにウルガルムたちを斬っていく。そしてファイズとボスの直線上に障害物がいなくなったことを確認すると、ファイズは再びファイズフォンのENTERキーを押した。
『Exceed Charge』
「オラァッ!」
ボスに向けて思い切りファイズエッジを振るった。そして先程と同じようにファイズエッジから相手を拘束するエネルギー体が地面を伝ってボスへと走った。
「グルルルル……」
ボスの目が光る。次の瞬間ボスの目の前の地面が爆発し、隆起し、傾いた。すると地面を這うように進んでいたエネルギー体は傾いた地面に沿う様にボスの横を逸れていった。
「⁉」
ファイズの仮面の中で巧が目を剝く。今までそんな方法でファイズの技を回避する者はいなかった。
ファイズがそれに気をとられていると突如ファイズの足元がせり上がった。不意を突かれたファイズはそのまま隆起した地面に打ち上げられる。
回転する視界、その端にボスがこちらを見上げている姿を捉えた。ボスは唸り声を上げると瞬く間に身体が膨張していき、子犬の姿を食い破るようにして中から他の個体とは一線を画す大きさの姿へと変身した。隆々とした筋肉の体いっぱいを使って跳躍するとファイズの眼前に迫った。ファイズの首元目掛けウルガルムが大口を開ける。ファイズはここで咄嗟に回転に身を任せ、迫るウルガルムの顔面を横から薙ぎ払う様に蹴り飛ばした。
勢いそのままにクルクルと回転しながら着地したファイズ。ボスもまた野生動物らしく四つ足で着地。再び両者距離を開けて構える。
ファイズが仕掛けた。ボス目掛け一直線に駆ける。ボスの目が光る。ファイズが走るタイミングに合わせ再び足元から攻める。
その瞬間、ファイズは咄嗟に横に飛び退いた。地面が爆ぜる。しかしそこにはすでに誰もいない。回避されたボスは再びファイズの走路上に攻撃を仕掛ける。しかしファイズはボスの狙いが分かっているかのように再び横跳びに回避した。
ボスは業を煮やす。今度はさらに大きな力を込めて攻撃を仕掛けようとした。その様子を見逃すファイズではない。ボスの狙いを予測してそこに両足で踏み込んだ。ファイズは地面が盛り上がってくるのを足裏から感じ取る。ポイントは完璧だった。
地面が爆ぜる。それと同時にファイズは足に力を籠めボスに向かって跳躍した。爆発の勢いを利用したファイズの身体は弾丸のようなスピードで発射された。
「ハァッ!」
空中でファイズエッジを突き出した。ボスは飛んでくるファイズのスピードに対応できず、両者は正面から激突した。ファイズエッジがボスの胴体に深く突き刺さる。さらにそれだけではファイズの勢いは止まらずボスの身体を押し込むようにしてそのまま十数メートル引きずった。
やっとのことで踏ん張ったボスは突き刺さった剣の痛みにこらえながら自身に密着したファイズを頭から食いちぎろうと噛みついた。
「くっ……」
ファイズの首に牙が食い込む。ファイズはヒヤリとしながらも、冷静に素早くファイズフォンを開いてENTERを押した。
『Exceed Charge』
噛みつかれたままファイズの身体をフォトンブラッドが駆け巡る。ファイズエッジにフォトンブラッドが充填されるとボスの身体のなかで刀身が強烈な光を放った。ファイズエッジから迸るフォトンブラッドの粒子がボスの体内組織を破壊しながら蝕んでいく。
ボスは苦痛のあまりファイズから口を離して悲鳴を上げた。ファイズはその様子を見ながら良い頃合いを待つ。そして一思いにファイズエッジを引き抜いた。
決着を確信したファイズはボスに背を向けて歩き出した。ファイズの背後でボスは断末魔を上げながら爆散するのであった。
♢
「レム、姉様が迎えに来たわ」
ラムはついにレムのもとにたどり着く。レムは“音”に反応して振り向き、ラムを視界に捉えた。
「うがああああ‼」
「レム、ここまでよく頑張ったわ。あとは姉様に任せなさい」
既に自我を失った妹を前にしてもラムは包み込むような優しいまなざしを向ける。それは最後までレムの姉でいようとするラムの覚悟だった。
レムはラムに向かって突撃する。ラムはそれを躱す。そしてどうにかしてレムの角に攻撃を当てたいのだが、レムの猛攻を防ぎきるのに精一杯で反撃に出られない。
さらにラムは“角無し”の鬼であるがゆえに戦いにも制限がある。通常、鬼族は自身の角を媒介に体外からマナを取り込み、魔法を使ったり体力の回復ができるのだがラムにはできない。そして魔法も気軽に使うことはできず、もしラムの体内のマナが切れれば即座に行動不能となってしまうのだ。
「!」
ラムはなんとかレムの攻撃を凌いでいるが、それでもやはりレムの手数が上回ってくる。レムのキックを咄嗟に防ぐが、威力によろめくラム。レムはその隙を見逃さず、氷魔法をラムに放つ。ラムはほとんど考える間もなく温存してきた風魔法で防ぐ。しかし至近距離で放たれたレムの魔法を防ぎきることはできず、その威力に吹き飛ばされた。
「きゃっ!」
地面を転がるラム。勢いを殺して体勢を立て直す。急いでレムを視界に入れたラムは茫然とした。
「うあああああ‼」
レムは既に追撃を放っていた。咆哮とともに先ほどよりもさらに大きな魔法がラムに迫っていた。これを防げるだけの魔法を出せる時間はもうラムには残されていない。
(ごめんね、レム。)
ラムは心の中でレムに謝罪すると、自分の未来を受け入れて目を閉じた。
Open your eyes, for the next φ’s.
第15話『ラムとレム』
オートバジン無双、ファイズの新式必殺技2種、そしてラム対レム。特に後ろ2つは自分的には挑戦的な内容だったんですがいかがでしたか。
ファイズのスパークルカットのイメージですが、一つめは平成ライダーにありがちな雑な範囲攻撃で、二つめはRXのリボルクラッシュをイメージしていただけると分かり易いと思います。