Re:ゼロから始める救世主伝説   作:シ京

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特に指定が無い限り作中の「男」が指すのは前回から登場している「バイクの男」のことです


第2話『3人』

 ナツキ・スバル、サテラ、そしてバイクを携えた謎の男の三人はサテラの盗まれた徽章を探すため、ルグニカ王国は王都の商店街へと駆り出た。そして徽章のありかの手掛かりを得るため周囲の人間へ聞き込みを行っていた。しかし未だ期待とは裏腹に目ぼしい情報は得られてはいない。スバルとサテラは根気よく聞き込みを続けるが半ば丸め込まれた形で協力することになったバイクの男はうんざりした様子でその様子を眺めていた。スバルはその様子を見て発破をかける。

 

「おい何サボってんだよ。早く見つけないと日が暮れちまうぞ」

 

「うっせーな。分かってるよ。でもな、こんなんで本当に見つかんのか?もっと他に手掛かりとかねーのかよ」

 

「それもそうだな……サテラ、他に手掛かりになりそうなものは無いか?例えば、盗まれた時の状況とか、そもそも盗まれた徽章ってどんなのだ?」

 

 サテラは少し黙り込むと、真剣な表情で口を開いた。

 

「あの、スバル?自分から名乗っておいて勝手だけどその名前は人前であまり呼ばないでくれる?お願いだから」

 

唐突なマジトーンにスバルは頷くことしか出来ないでいると、サテラは安心したような顔を見せて改めて盗まれた時の状況を思い出そうとした。

 

「徽章は黒っぽくて真ん中に宝石が埋め込まれているものなんだけど……そうね、盗まれたときは本当に一瞬だったわ。盗まれたことに気付いた時にはもう遠く離されてしまっていたもの。でもとても身軽だった。建物の上を走って行ってしまったから。それを追いかけて行ったらあなたたちに出会ったの」

 

「素早くて身軽……ってあれ?俺そいつ見たかも。足早くて壁蹴って跳んでっちゃう感じの、金髪で小柄な女の子!そういえばあの時『急いでる』とか言ってたっけ。それがもし徽章を盗んで逃げていた最中だったと考えれば……これってもしかして全部繋がっちゃうんじゃね⁉」

 

サテラが語った手掛かりがスバルの記憶の中でヒットした。そしてその人物像がスバルの中で面白いほど説得力を増していく。あまりの急展開に興奮の声を上げた。

「本当⁉」とサテラは表情を輝かせる。それは世にも美しい笑顔だった。凛々しい彼女が初めて見せた年相応の天衣無縫の笑顔にスバルは顔を赤らめながら思わず見とれてしまう。見つめられていることに気付いたサテラは慌てて咳払いをすると普段の凛々しい顔に戻った。スバルも気恥ずかしそうに気を取り直す。

 

「と、とにかくこれだ。間違いない。よーし、そうと分かれば早速―――ってあれ?」

 

その時スバルたちは目の前で小さな女の子が泣いているのが目に入る。大声で泣く幼い少女にスバルたちを含め周りの人間が様子を窺っていると一人近寄って声を掛ける者がいた。サテラだった。サテラは少女に目線を合わせるように屈むと優しい声で語り掛ける。根気強く事情を聴きだすと二人に向き直って言った。

 

「この子迷子になっちゃったみたい。私、この子の親を探すわ」

 

 これにはさすがのスバルも戸惑いを隠せない。スバルが言えた義理はないが今は早く徽章を探さなければならない。困っている人を助けるのは立派だが、困っているのはこちらも同じだ。自分の事を後回しにして人助けをしてしまう。彼女の純粋すぎる性格が彼女にとって損な結果を招く、そんなスバルの予想が早くも的中しかけている。ここははっきりと物申すか、やんわりと伝えるか、或いは彼女に協力するか、決めあぐねていると―――

 

「オイオイ、何考えてんだお前。今そんな場合かよ」

 

やはりというべきか、バイクの男がイライラしたように真っ先に口を出す。この男は基本無口なくせに他人に文句をつける時には途端に饒舌になる、というのがこの短い付き合いの中でのスバルの評価だ。ただ、この状況においては男の言い分はもっともだ、というかスバルもだいたい同意見である。

 

「分かってる。私たちだって急がなきゃならないってことくらい。でもそれとこれとは話が別。目の前で泣いてる子を見過ごすことなんて出来ないんだから」

 

「分かってないね。なんにも分かってない。ガキの迷子なんて放っといたって親が探しに来て勝手に解決するモンなんだよ。いちいち余計な事に首突っ込むな」

 

「ちょっと、その言い方は酷すぎます!しかも泣いてる子の目の前で!それに人助けに余計も何もないわ。あなたの方こそ何も分かってない、人助けをするのは当然の事なんだから!」

 

男の言い草にサテラは怒り心頭だ。しかし男もこれに引き下がるわけもなく、

 

「人助け、人助けってうるさいんだよ!もううんざりだ、啓太郎でもあるまいし」

 

「急に何?誰の事言っているの?」

 

「お前に言ったって分かんねぇよ!」

 

「あなたが言い出したんでしょ!」

 

 売り言葉に買い言葉。言い争いはどんどんヒートアップしてゆく。不毛な方向に。泣いていた少女はいつの間にか泣き止み、目の周りを赤くしながら二人の様子に少しポカンとしている様子だった。いたたまれなくなったスバルは周りの目も怖いので沈静化を試みる。

 

「まあまあ二人とも落ち着いて。そんな怖~い顔で喧嘩してるとこのお嬢さんが大層おドン引きなさっていらっしゃるからそこまでにしませんかい。ところでお嬢ちゃん、お名前は?」

 

 スバルが名を尋ねると少女は小さく「プラム」とだけ答えた。

 

「そうかプラムか。よーしそれじゃあプラム、お兄ちゃんたちがパパかママを探してあげるからな」

 

スバルは出来る限りの優しい声で話しかける。サテラを手伝うことにしたのだ。プラムを放っておけなかったのが5割、サテラを手伝いたいと思ったのが4割、残りの1割はこの子供のような言い争いをする男と自分が同意見だということが恥ずかしくなったからだ。

すると案の定というべきかその件の男がスバルにも噛みついてきて言い争いは再燃することになる。

 

「お前まで何言い出してんだ。どう考えたっておかしいだろ」

 

「気持ちは分かるがよぉ、ここはひとつ徳を積んでおこうぜ。情けは人のためならずとも言うしさ、いつかは良いことがあるかも知れないじゃないか」

 

「スバルの言う通り。他の人が幸せならあなたも嬉しくなるでしょう?」

 

 スバルはサテラな賛成に内心歓喜する。しかし男は却って顔を顰めた。

 

「別に嬉しかないね。ていうかお前ら何なんだよ、見事に意見を揃えやがって、気持ち悪い」

 

余りの暴言にスバルとサテラは同時に抗議しようとしたがそれよりも早く男は何かに気付いたようにはっと目を見開き次いで口角泡を飛ばし始めた。

 

「もしかしてお前らあれか、俺を嵌めようとしてんのか。こんなおかしなところまで連れてきて何かに巻き込もうとしてんだろ」

 

「さっきから何を訳の分からないことを―――」

 

男の滅茶苦茶な言いがかりにサテラは再び反論しようとするがまたしても遮られてしまう。今度は声を上げたのは今の今まで放ったらかしにしていたプラムだった。少女は商店街の向こうに大声で誰かを呼んでいて、三人がそちらに目を向けるとそこには母親らしき女性が小走りで向かってくるのが見えた。

 

「プラム、良かった。ここにいたのね」

 

母親がたどり着くと心底安堵したようにため息をついた。サテラが彼女に尋ねる。

 

「あなたがお母さんですか?良かった、この子迷子の様だったから」

 

母親は三人に丁寧に礼を言ってプラムと手をつないで去っていった。サテラは微笑みながら手を振ってその様子を見届けると男の方に向き直った。

 

「それで、どうかしら。困っている人を助けた感想は」

 

「何得意になってんだ。別に何もしちゃいないだろ」

 

「いやアンタが足を引っ張ったせいだけどな」

 

男にスバルが思わず突っ込む。いびつな三角形は今度こそ徽章を探すべく聞き込みを再開したのだった。

 

 

 

 異世界からでも見える太陽は天頂を通り過ぎ下り始めようとしている。相変わらず徽章探しに苦戦する三人は広場の池の上に架かる橋の上でしばしの休息をとっていた。

 

「しっかしこの街って探し物をするには広すぎるよなぁ。こんなに骨が折れるなんて思ってなかったぜ」

 

「ねぇ、なんでさっきは私の肩を持ってくれたの?いくら償いといってもあなたたちは付き合う必要なんてなかったのに」

 

「あの時は償いっていうよりもう一つの理由、ただ放っておけなかったんだよ」

 

「そう……悪い子じゃ……ないのよね」

 

サテラは噛み締めるように言った。

 

「悪い子って……なんでお母さん目線?俺と君って同世代だと思うんだけど」

 

「その予想は当てにならないかも。だって私……ハーフエルフだから」

 

ハーフエルフ、サテラは自分の種族を自嘲するように俯きがちに打ち明けた。二人の会話を少し離れた場所から聞いていたバイクの男はハーフエルフが何なのかさっぱり分からなかったが、少なくともサテラの態度の変化は見逃さなかった。一方スバルは彼女の告白に合点がいったように頷いた。

 

「ハーフエルフか。……道理で可愛いわけだ」

 

「えっ⁉」とサテラは信じられないものを見たような顔でスバルを見る。そしてしばらく顔を紅潮させて口をパクパクとした後、両手で顔を覆いながらしゃがみ込んでしまった。そんな甘酸っぱいやり取りに男は一切の興味を失ったように遠くの風景を眺め始めた。

 

「こんなとこにいないで君も楽しく会話に加わればいいのに」

 

いきなり声を掛けられた男はもたれかかった橋の手すりを見る。そこには猫のような姿をした精霊・パックが朗らかな表情で立っていた。

 

「余計なお世話だ。それよりも猫がベラベラ喋んな。気持ち悪い」

 

「酷いこと言ってくれるなぁ。僕らはただ君と仲良くなりたいだけなのに。せめて名前ぐらい教えてくれたって罰は当たらないと思うけどニャー」

 

「嫌だね。別に俺はお前らと仲良くする気はない。だいたいお前ら人の事言えんのか?」

 

「どういう意味だい?」

 

「お前の『飼い主』のことだ。ハーフエルフが何かは知らんが他にも何か隠してるんじゃないのか?名前にしても本名かどうか怪しいもんだぜ」

 

「……!」

 

男は今まで腹の底に溜めてきた疑念を一気に話すとパックはそれに驚きと警戒の混ざったような表情を一瞬浮かべたがすぐに笑みと余裕を取り戻して言った。

 

「何のこと?僕らは別に何も隠してないと思うけど」

 

「とぼけんな。だがまぁ安心しろ、別に俺はお前らが何を隠していようが興味無い。俺を面倒ごとに巻き込みさえしなけりゃそれでいい」

 

二人―――もとい、一人と一匹が黙って見つめ合う。会話が途切れたまま空気が流れていく。その時サテラと話し終えたスバルがこちらへと歩いてきた。

 

「お二人さん、なーにを楽しそうに話してるんだい。それはそうと次の目的地が決まったぜ。サテラが徽章を盗まれた現場に行こう。現場百回、今度こそちゃんと聞きこんでくれよ」

 

 スバルはサテラから新たな手掛かりを得て犯行現場に向かうことにしたようだ。男は「ああ」とだけ短く答えるとパックを一瞥してバイクを引き始めた。

 

 

 

「と、いうわけで犯行現場に来たはいいものの……」

 

 三人はとある八百屋の前に来ていた。男は当然初めて来たが何故だか八百屋の店主はものすごい形相でこちらを睨みつけている。そんな調子で客商売は務まらないと思っていたが、その不機嫌そうな店主と、それとは対照的なスバルは極めて軽い調子で会話している。実はこの八百屋はスバルがこの異世界、もといルグニカにやってきてから初めて訪れた店で買い物をしようとしたところ手持ちの金が使えず店からたたき出されたという経緯があったのだ。店主はそんな一文無しが再び自分の店に性懲りもなくやって来たことに不快感を抱いているのであった。

 そんな事情を露も知らない男は敵愾心を隠そうともしないこわもての店主にちっとも物怖じせずコミュニケーションが取れるスバルのことを内心で感心していた。

 一方でスバルは店主にサテラの徽章を盗んだ犯人のことを尋ねようとするが相手は頭ごなしに追い返そうとしてくるのでなかなか手を焼いていた。

 その時八百屋が並ぶ商店街の人込みの向こうから小さな少女とその母親らしき人物が手をつないでやって来る。スバルがよくよく目を凝らして見ると先ほど迷子になっていたプラムとその母親だった。思ったよりも早い再会に表情を輝かせていると、二人はあろうことか目の前のこわもての店主に対し「パパ」と呼んだ。

 まさかこの三人が家族だったとは―――スバルがあんぐりと口を開け分かりやすく驚愕していると、プラムは母親の手を離れサテラのもとへやってくる。そして小さな花をかたどったペンダントを差し出した。母親が微笑みながら言う。

 

「貰ってあげてください。その子なりの感謝の気持ちなんです」

 

サテラは微笑みながら礼を言って受け取るとプラムは嬉しそうに笑った。

 

「なんだよ、こいつらと知り合いだったのか」

 

店主は自らの妻とこのはた迷惑な一文無したちが知り合いだったことに驚く。

 

「ええ。迷子になったこの子をこの方たちが保護してくださったんです」

 

「いやいやそんな大層なことは……。第一、俺たちはただ単に揉めてただけっていうか」

 

スバルが慌てて謙遜すると、母親は微笑みを崩さないまま首を振った。

 

「この子が言ってたんです。『お兄ちゃんたちが一緒にいてくれたから寂しくなかった』って」

 

 あのくだらない言い争いでもプラムにとっては多少の賑やかしになったということだろうか。そうかと思えばスバルは誇らしいような、恥ずかしいような微妙な感情に襲われるのだった。

 

「そういうことだったのか。そういうことならまぁ」

 

事情が分かると店主はようやく話を聞く気になったようだった。

 

 

 

「そいつぁ貧民街のフェルトだな、どこに住んでるかまでは知らないが」

 

八百屋の店主、カドモンはスバルたちの手掛かりから徽章を盗んだ犯人の正体を断定した。そのフェルトなるものは高価な品を盗み、それを売ることで金を稼ぐ典型的な盗賊と呼べる人物だった。スバルたちはさらに貧民街への行き方を教えてもらうことができた。そうと分かればすぐにそこに向かわない手はない。フェルトの居所は貧民街に着いてから探すことにした。三人は八百屋一家に別れを告げ貧民街に向け出発した。

 

 三人が目的地へ向かって歩いていると、サテラが黙ったままバイクを引いている男をにこやかに見つめる。それに気づいた男は怪訝そうに「何だよ」と言う。

 

「これで分かったでしょ、あの迷子の子を助けたから私たちは徽章のありかを突き止めることができた。どんな人助けだって無駄じゃないってことが」

 

「……」

 

何を言い出すのかと思えばそのことか、しかし否定もできないので男はばつが悪そうに黙って目を背けた。その様子にサテラとスバルは顔を合わせて笑うのだった。

 

 

 

 カドモンの案内通り貧民街にたどりついた時には日はすでに赤く傾き、今にも沈もうとしていた。さらにここからフェルトの居場所を突き止めなくてはならない。貧民街は王都の中にありながら王都の街並みとは打って変わってボロが目立つ。木で出来た家屋は朽ちかけ、襤褸布に覆われたバラックも目に入る。そこで暮らしている人々も見かけるが軒並み生気が感じ取れず、街全体には陰鬱な雰囲気となんとも形容しがたい異臭が蔓延している。それでいて不気味なほど静かだった。スバルは思わず不安を漏らす。

 

「なんかいろいろヤバそうなところだな。本当にここにいるのか?」

 

「誰かに訊けば教えてくれるかしら」

 

「うーん、誰も同じ街の仲間を売ったりはしないと思うけど」

 

サテラに答えるようにパックが現れた。しかしその様子はなんだか眠たげだった。パック曰く彼のような精霊は現界しているだけでもマナ、つまり生命が活動するのに必要とするエネルギーのようなもの、を大量に消費してしまうらしい。だから夜の間は依り代に戻って日中活動するのに備えなければならないということだった。

そうこうしているうちにとうとう限界が来たらしく今にも死にそうな様子で光となりサテラが持つ緑色の石に吸い込まれていった。

 

「なんだ、精霊なんていう割には大したことしないんだな」

 

「お前が言うな。今んとこ何もしてないだろうが!」

 

 パックが光となって消えた現象に対して驚きもそこそこに、悪口を吐く男にスバルはすぐさま突っ込んだ。こいつこそこの徽章捜索に関して今まで何も貢献していない。チンピラに絡まれていたスバルのピンチに現れ見事救ってみせたことが遠い昔のように感じる。

 

「それより、ここからどうやってフェルトを見つけ出すかだ」

 

スバルは改めて問題を投げかける。サテラは少し考えた後、一つの案を挙げた。

 

「微精霊に訊いてみる」

 

微精霊―――また知らない単語が出てきた。微精霊とは精霊になる前の存在であり成熟によって力と自意識を獲得していく事によってパックのような精霊に成長していくという。サテラがそう説明すると言うが早いか、実際にやって見せた。

 サテラが目を閉じると虚空に向かって聞き取れないほどの小さな声で何かを語り掛ける。すると青白い光がサテラの周りを漂い始めた。暗み始めた空と風景なんとも優しい光がコントラストとなり幻想的な光景が作り出される。それにスバルは息を飲む。そして光たちに語り掛けるサテラの可憐な横顔にも。

 

 

 

 

「本当にこんなところにいるのか?」

 

「微精霊たちがフェルトに似た人がこっちに向かっていくのを見たって言ってたんだけど……」

 

日は完全に沈みただでさえ寂れた貧民街はさらに闇に飲まれる。三人はサテラのランタンを携え何とかそれらしき建物にたどり着いた。石造りの蔵というべきその建物は窓がところどころ割れ、壁にはひびが走っている。微精霊曰くここにフェルトがいるらしいがそのお化け屋敷のような雰囲気からはフェルトどころか人の気配すら無いように思えた。

 

「とりあえずここは俺に任せてくれ。何とか交渉してみる」

 

スバルは交渉役を買って出る。スバルはこういったことに慣れている訳ではないが、サテラは純粋な性格故盗人相手に有利な交渉は出来ないと思うし、バイクの男は基本的には口下手なタイプでやっと喋ったかと思えば憎まれ口しか出てこないからだ。となれば、徽章を返してもらうための交渉は消去法で自分が適任であろう。

 スバルは改めて蔵を見上げる。見れば見るほど不気味だ。実際に中に入ってからのことをシミュレーションしてみる。何よりも先ず穏便に事を済ませるのが優先だ。力ずくで解決するのはなるべく避けて、交渉で譲ってもらうのが最善の方法でありそれについても策が無いわけではない。

 

 その時突然周囲の静寂が切り裂かれた。背後から轟音が聞こえる。振り向いて音の出どころを見やると、そこにはエンジンを点けたバイクにまたがる男の姿があった。いつの間にかヘルメットを被り、まるで今日最初に出会ったときと同じだった。スバルは嫌な予感がしてバイクの男に駆け寄る。

 

「おい、何やってんだよ。これから―――」

 

「義理は果たした。じゃあな」

 

「ちょっ、おい!」

 

そう短く答えると男はけたたましくエンジンをふかし即座に発進した。バイクが遠くなっていく。リアランプもあっという間に闇に溶けていった。スバルはそれを立ち尽くしながら見送ることしか出来なかった。

 

「なんだよあいつ。何考えてんだよ……!」

 

迂闊だった。今思えば貧民街を進む間ほとんど口数が少なかった。あの男の性格を考えればこんないかにもな貧民街に突入する時点で多少文句を垂れていてもおかしくない。その時にはすでにスバルたちのもとを離れることを考えていたのか。それにしてもこのタイミングとは。スバルはあの男が何を考えているかさっぱり理解できなかった。スバルの心がぐるぐると渦巻く。そんなスバルの心情をよそにサテラは目を丸くして呟く。

 

「何あれ。引く動物もいないのに荷車がひとりでに走り出すなんて。一体どうなってるのかしら」

 

「いや突っ込むとこそこ⁉他にあるだろ、あいつ逃げたんだぞ!」

 

「仕方ないわ。彼も私たちと一緒じゃ辛かったのかもしれないし。ほら、私も彼に言いすぎちゃったのかなって思うところあるっていうか。それでも彼の言う通り徽章の在りかを突き止めるまで付き合ってくれたわけだし、とにかくそんなに責めないであげて」

 

「なんて心根の優しい娘なんだ君は……」

 

サテラの言う通りかもしれない。そうスバルは半ば無理やり整理をつけ、気を取り直して今はサテラのために全力を尽くそうと心に決めるのだった。

スバルが蔵の中から呼ぶまでサテラを表で待機させることを打ち合わせ、大きく息を吸い込み、吐き出す。そして中に入ろうとしたとき、サテラがスバルを呼び止めた。

 

「がんばってね」

 

サテラは今までで飛び切りの笑顔を見せた。スバルは体の中がぼうっと暖かくなるのを感じた。この娘のためならどんなことでもできる。スバルはそう確信した。心の底から湧き上がる活力を漲らせついに蔵の扉を開けた。

 

 スバルが蔵に入ると中も真っ暗だった。スバルは慎重に歩みを進める。どうも本当に人の気配を感じない。スバルが持っていたランタンで辺りを照らすと壁には甲冑や武器の類がずらりと並べられていた。

 ふと視線を感じるスバル。しかしどこにも人はいない。まさかこの甲冑だったりして。スバルはそんな気のせいを封じ込め、襲い来る心細さに先ほど見たサテラの笑顔と声をもって対抗しようとしていた。

 その時スバルの鼻を強烈な異臭が襲う。不快な生臭さ。今度は気のせいなんかじゃない。スバルが困惑したままゆっくり歩いていくと突然足元で何かを蹴とばした。ある程度の重みがあるそれを恐る恐るランタンの光で照らす。スバルは目を剝いた。

 そこにあったのは血で出来た水たまりとそこに浮かぶ誰かの千切れた腕だった。その奥には壁にもたれかかった大きな老人の死体。それは顔をつぶされ、大きな傷口からはまだどうどうと血が流れ落ちていた。それを目撃したスバルの心は今度こそ恐怖に染まり切った。尋常ではないこの状況、パニックに陥る。サテラのために勇んで蔵に侵入したと思えばそこには惨たらしい死体。詰まる呼吸。次はどうすればいいのか、スバルの頭はもう真っ白になって体はその場に硬直する。

 

「ああ、見つけてしまったのね。それじゃ仕方ない。ええ、仕方ないのよ」

 

 スバルの背後から闇が語り掛けてくる。スバルがぎょっとして反射的に振り返るや否や、強烈な衝撃がスバルを吹き飛ばす。激しい勢いで床に倒れこむ。ランタンも弾き飛ばされ、明かりが消える。蔵の中には暗闇と外から差す月光だけになった。スバルには何が起こったのか分からない。とにかく状況を把握しようと起き上がろうとしたとき、スバルは見てしまった。己の衣服にべっとりと付く真っ赤な血。恐る恐る触れると手も紅く染まる。

 

(やべぇ、これ全部俺の血かよ……!)

 

 理解してしまった。自分の腹がざっくりと切り開かれていることを。腹を裂かれたことによる激痛が遅れてやってきた。痛みに悲鳴をあげようとしたが声が出ない。声の代わりに腹の底から食道を通って血がせりあがってくるのを感じた。たまらず吐血する。

 

(ヤバい、これは本気でヤバい!)

 

口を手で塞ごうとしても指の隙間からどんどんと血が溢れて止まらない。スバルのパニック状態が最高潮に達する。だがそれとは裏腹にみるみる体の芯から力が抜けてスバルは再び床に倒れ伏せてしまった。

 

「スバル?」

 

ぎぃと蔵の扉が開かれる。サテラの声が聞こえる。スバルが非常事態に陥っていることを知る由もないサテラがしびれを切らして入ってきてしまった。だが今はまずい。このままではサテラもスバルの二の舞になってしまう。スバルの気道には血が溢れ痛みと合わさってうまく言葉が出ない。

 

「だめだ……にげろ……」

 

やっとの思いで声を出してもサテラには届いてないのか全く引き返す気配がない。その時肉を裂く音、そして血しぶきがあがる音が響き、サテラが床に倒れる音が聞こえた。スバルが必死に音のした方へ首を動かす。そこには外からの月光に照らされたサテラの姿があった。身じろぎ一つしないことからすでに事切れてしまったのか。そこには惨たらしい死体を神秘的な月明かりが照らすなんとも儚くも美しきオブジェがあった。スバルはそれに手を伸ばす。

 

(待っていろ……俺が……)

 

 スバルの手がサテラの手に届く。手と手が触れ合う。

 

―――俺が必ずお前を救ってみせる。

 

スバルの意識がブラックアウトした。

 

 

 

 

既に日が落ち真っ暗になった静かな貧民街の外縁付近にて憚りなく大きなエグゾースト音を響かせ、ヘッドライトを煌々と照らしながら一台の銀色のバイクが走っていた。バイクに乗った男は3人で来た道を辿り、ひとり愚痴をこぼす。

 

「ったく、冗談じゃないぜ。あんな胡散臭い所にまで付き合ってられっかよ」

 

 今日は全くもって散々な日だった。常識の通じない世界に迷い込んだと思ったら、行きずりの女の盗まれた徽章探しに街中を連れまわされた挙句、夜中にあんないかにも怪しい建物に突入させられるところだった。正気の沙汰じゃない。さっさと逃げ出して正解だ。男はそう自分に言い聞かせる。

 

「…………」

 

しかし自分をそう説得するたびに頭の中から声が聞こえるのだった。

 

―――逃げんなよ、卑怯者。

 

 頭の中に反響する誰かの声。それが誰のものなのか男は知っている。男はそれを頭を振ることで無理やりかき消した。そして落ち着くときっ、と前を見つめてスロットルを回した。

 

「ん?」

 

その時男の体に異変が起こった。ゾクッと背筋が急に冷たくなった。そして視界が歪んで見え始め、耳鳴りが聞こえ始める。何度か瞬きをしても治るどころか悪化してゆく。しまいには平衡感覚が狂い始め体が揺れる。

 

「やべっ―――」

 

 こんなところで事故ったら洒落にならない。男はたまらず急ブレーキをかけ、バイクのハンドルにもたれるようにしてうずくまる。目を閉じて異変が収まるのをただじっと待った。激しい眩暈と体の異変はしばらく続いたが、体感時間にして随分の間そのままでいるとだんだん楽になって来た。そして自身を襲った謎の異変が全て完全に収まったのを確かめてからゆっくり顔を上げて一息ついた。

 

「は……?」

 

 そうするのも束の間今度は自分ではなく周囲の様子に異変が起こっていることに気が付いた。男は慌ててヘルメットを脱ぎ辺りを見渡す。

 さっきまで自分が走っていた寂れた貧民街はどこにも見当たらず、高い建物に挟まれた狭くてじめじめした路地のようなところだった。男はこの場所に見覚えがあった。男は元の世界で警察に追いかけられている最中この異世界に迷い込み、スバルを襲っていたチンピラたちとここで一戦交えたのだった。

 さらに建物の隙間から見える空は澄み切った青色をしていた。先ほどまで真っ暗闇だったはずなのに。どうやら体の異変に襲われているうちに夜が明けてしまったらしい、と結論付けた。するほかなかった。

 

「どうなってんだよ……」

 

男はさっぱり訳も分からずただ茫然としながら佇んでいた。その時、路地裏の向こうから誰かが近づいてくる。男は黙って様子を窺う。そして

「おいお前、痛い目見たくなかったら出すモン出しな」

 

「またお前らか……懲りない奴らだな」

 

「ハァ?何言ってんだお前」

 

 現れたのは三人組のガラの悪い男たちだった。それは紛れもなく男が昨日打ちのめした三人組のチンピラだった。その三人組は相も変わらず下卑た笑みを浮かべて男に詰め寄ってくるのだった。

 

 

 

 

Open your eyes, for the next φ's.

第3話『白昼夢』




早速のご感想ありがとうございます。

引き続きお待ちしております
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