Re:ゼロから始める救世主伝説   作:シ京

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第5話『三度目の正直』

「あ、アンタ……!」

 

 前途多難な状況に心折れそうになっていたところで見知った人物との再会。考えるよりも先に声が出て、スバルはすぐ後悔した。自分の能力は死に戻り。サテラと呼んだ少女が自分の事を覚えていなかったのだ、いくら共に行動しどんなに触れ合ったとしても自分が死ねば全てやり直し。誰も覚えているはずがない。そんな後悔をよそにスバルの声に男が振り向いた。

 

「お前は……!なんでこんなとこにいんだ?徽章は見つかったのか」

 

「え……?あ、あぁそれがまだなんだ。ていうか俺のこと、覚えてるのか……?」

 

返って来た言葉は全く想像していなかったものだった。男はスバルをスバルと認識し、さらに前の時間で起きたことを尋ねてきたのだ。一瞬あっけにとられるもすぐに我に返り言葉をつなぐ。そして一番気になることを恐る恐る聞いた。男はポカンとして、

 

「は?覚えてるも何も一昨日くらいのことだろ。何言ってんだお前」

 

(やっぱりそうだ、この男だけは記憶を持っている。でもなんでだ?どうしてこいつだけは覚えている?俺と同じ異世界召喚者だからか……?)

 

 男は相変わらずのぶっきらぼうな物言いだがスバルは確信した。そしてこの男だけでも覚えていたことに大きな安堵を感じる。一方で深まる謎に考え込む様子をよそに男は続ける。

 

「そういやあのサテラとかいう女はどうした。一緒じゃないのか」

 

「ああ。その娘とも……バラバラになっちまった。それにあの娘はサテラなんて名前じゃない。偽名だったんだ……」

 

「……」

 

 少女の激怒を思い出してスバルは再び落ち込む。共に徽章を探した時間、忘れられていたどころかその時の名前も嘘だったなんて。男も神妙な面持ちで少し押し黙った後、ゆっくり口を開いた。

 

「だろうな」

 

 スバルは思わず「……え?」と漏らす。またしても予想外の言葉が男の口から飛び出してきた。

 

「だろうなって……。お前知ってたのかよ⁉なんで何も言わなかったんだよ」

 

「俺も薄々感じてただけだ。それに知ってたって別に言う必要ないだろ。どうせ知られたくないから嘘ついたんだろうしな」

 

「そうかもしんねぇけど……。ってことは本名名乗ったの俺だけかよ⁉それじゃ俺、バカみたいじゃねーか!」

 

「ああ、お前バカだな」

 

「うぐっ、てんめぇ……」

 

 スバルは男に腹を立てる。でもなぜかこの言い争いがどこか心地良く感じるのも事実だった。この男の明け透けな態度が逆に、度重なる出来事で傷んだスバルの心に安心感をもたらしていた。

 

「はぁ、まあいいや。覚えてるんなら丁度いい。アンタにも情報を共有しといた方が良いよな」

 

 スバルは男にこれまで自身に起こったことを話すことに決めた。徽章は盗品蔵にあること、そこでエルザに襲われ命を落としたこと、そしてスバルが死ぬたびに時間が巻き戻っていること。

 

「アンタはさっき一昨日の事だって言ってたが、それは違う。アンタ、ここで同じチンピラに何度も襲われたんじゃないのか?」

 

「……!どういうこった」

 

スバルは一息つく。見事なまでに言い当てられた男は驚く。

 

「つまり、俺たちは―――」

 

俺が死ぬことによって時間が巻き戻り、同じ一日を繰り返しているんだ。

 そう言ったはずだった。

 

 そのとき時間が止まった。体が全く動かなくなり続く言葉が出てこない。男も無表情のまま身じろぎ一つしない。

 スバルの体から黒い霧のようなものがあふれ出てくる。そして黒い霧から現れる黒い何者かの手。手はスバルの体を這うように上るとゆっくりと体内に侵入する。感じる心臓の感触。手は心臓を愛でるように優しく撫でまわした後―――強く握りしめた。

 

「ぐわぁぁっ!!」

 

 想像を絶する強い痛み。一瞬にして死の淵まで連れていかれるような強い痛み。言おうとしたことも、自分がいる場所も全て頭の中から消し飛んでただ絶叫しながら甘んじて痛みを受け入れることしか出来なかった。

 

「お、おい、どうした」

 

 何かを言おうとしていきなり叫び出したスバルを見て男もさすがに動揺する。

 

「かはっ、なんで……。まるで誰かが……俺を」

 

「もういい。落ち着け」

 

 スバルは突如襲って来た死の予感に恐怖で体を震わせながらも、促されるままに深呼吸をして心を鎮めようとする。しばらくして震えも収まって来た頃にスバルはボソッと口を開く。

 

「悪い……言いたいことは山ほどあるんだけどよ……」

 

「よく分らんが気にすんな。……で?お前これからどうするつもりだ?」

 

 男は気を使ったのか話題を変える。スバルとしては勿論一択ではあるが。

 

「もう一度盗品蔵に行く。今度こそ徽章を取り戻してみせる」

 

「……」

 

スバルはキッと前を見つめはっきりと答えた。それは他でもなく自分に向けた決意でもあった。それを聞いた男もその決意を受け止めるように神妙な面持ちで見つめ返す。

 

「なら俺も行く」

 

「え?」

 

 スバルはまた男の発言に驚かされる。男は常に仏頂面で感情を滅多に表に出さず口数も少ない。だから考えが読みづらい節があるのだ。

 

「正直一緒に行ってくれるのは嬉しい。けどあの場所はかなりヤバいことが起こる。もちろんそうならないようにはするけどさ。本当にそれでもいいのか」

 

「ああ。そこに何かあんだろ?俺もいい加減気味が悪いんでな」

 

「そっか、サンキュー。俺、正直心細かったんだ。だからアンタが付いて来てくれんのはめっちゃ心強いよ」

 

スバルは嬉しさと安堵から今まで抱いていた弱音を素直に吐露する。

 

「いいから行くぞ。乗れよ」

 

 そう言って男は自分のバイクに乗るためのヘルメットをスバルに投げて寄越す。

 

「マジ⁉乗せてくれんのか!そんじゃお言葉に甘えて、っと」

 

 スバルはテンションが上がる。ヘルメットを被るともともとバイクに載っていた黒と銀のアタッシュケースを抱えて男の後ろにまたがる。

 

「ってオイ。アンタはヘルメットしないのかよ」

 

「いいんだよ。どうせ一つしか無いしな」

 

「だったら運転しちゃダメだろ!捕まるぞ」

 

「誰に捕まるってんだ」

 

「ってそうだった!ここ異世界じゃねーか!でも善良な市民のモラルとしてノーヘル運転はダメだっての!」

 

「いちいちうるせえな。だったらお前は歩いて来い」

 

「それはずるくないですか⁉あーもう分かったよ!これで良いです!行かせて頂きます!」

 

 男はフンと鼻を鳴らすとハンドルを捻る。2人を乗せたバイクは発進した。

 

 

 

 街行く人々の驚きの視線も憚らず2人の人間を乗せたバイクは白昼堂々と王都の街を猛スピードで爆走していく。当たる風にその長髪をなびかせて運転する男は一応通行人に気を付けているつもりではあるが、向こうが勝手に避けているだけということは否めない。

 その時男は突然バイクを減速させる。スバルは不思議に思っていると通行人と思しき一人に近づいて背後からおい、と声を掛ける。振り向いた人物は赤髪で端正な顔立ち、白い外套を羽織り、腰に剣を差した見た目からしてこの国においてある程度地位のある人間ということがスバルには察せられた。対して男にとっては恩のある人物だ。

 

「よう。昨日は世話になったな。この借りはいつか必ず返す。つっても俺はあれ以降覚えてない。なあ、あの後一体どうなった?」

 

(こいつこんな喋り方もできたんだな。でもおそらく前回のループで知り合ったんだとすれば、それは……)

 

 男は騎士・ラインハルトに話しかける。初めて見るほどの気さくな話っぷりはスバルにっとって少し意外だった。しかし一方のラインハルトの表情は若干硬く、そんな雰囲気と嚙み合っているとは思えなかった。

 

「あの、少し待ってくれないかな。一体何の話をしているんだい?。僕が忘れているのなら申し訳ないけど―――」

 

「君と僕、どこかで会ったかな?」

 

「なに……?」

 

男は思わず絶句した。男にとって予想外過ぎる返答だったからだ。

 

「冗談よせよ、俺だって。昨日散々一緒にいただろうが」

 

「なあもうやめた方がいいって。これ以上何言ったって無駄だ」

 

 声を荒げながら必死の形相で訴えかける男がいたたまれなくなりスバルはとうとう割って入る。振り向いた男の、それだけで人も殺せそうな鋭い視線にひるみかけるもスバルは説得を続ける。

 

「俺がさっき言いたかったのはこういう事なんだ。この人は別に悪くない。覚えてるのはこの世界で俺たち二人だけだ。そんな事態に巻き込まれちまったんだよ、俺たちは」

 

「それも異世界ってやつが関係してるっていうのか、え?」

 

「それは……多分俺の能力のせいだけど……」

 

「ちょっといいかな。僕のせいでそこの彼の機嫌を損なってしまったのなら申し訳ない。どうだろう?君たちに困ったことがあれば僕が騎士として手助けさせてくれないかな」

 

 今度はラインハルトがスバルに助け舟を出す。

 

「マジか⁉じゃあアンタも一緒に貧民街に来てくれないか。盗まれたものを取り返すために盗品蔵に行くんだけどさ、騎士がいてくれた方が心強い」

 

「ああ、もちろん構わないよ」

 

ラインハルトはスバルの申し出を快諾する。これでさらに徽章を取り返す布石を打つことが出来たとスバルが思ったその時、

 

「いらねぇよ別に」

 

この男が吐き捨てるように言った。その言葉はラインハルトの凛々しい顔に豆鉄砲を食らわせた。

 

「え?しかし……」

 

「お前の助けなんていらねぇって言ったんだ。帰って政治ごっこでもしてろ」

 

 そう捨て台詞を残して男は思い切りハンドルのグリップを捻る。急発進したバイクはラインハルトの脇すれすれを駆け抜け去って行った。

 

 

 

バイクはもうすぐ貧民街に差し掛かる。

 

「なあ、なんでさっきはあんなこと言ったんだよ。そりゃあ忘れられるのは辛いけどせっかくの親切まで断ることなかっただろ。強がってどうすんだよ」

 

スバルは目の前で運転中の男に苦言を呈する。

 

「別に強がっちゃいねーよ。俺はただ、もうこれ以上あいつに借りを作りたくないんだ。二度と返せないような借りはな」

 

「何と言うかアンタ……案外人間らしいとこあんだな」

 

 これまで不愛想だったり他人と揉めたりして考えがあまり読めないと思っていた男に新たな面が見えてスバルは密かに感激していた。男は何も言わずさらにアクセルをふかした。

 

 

 

 日は下がり始めている。荒れ放題の貧民街の中、土埃を巻き上げながら疾走するバイクは前回とさらにその前の時よりはるかに早い時間に盗品蔵へと到着した。男二人は同時にバイクから降りる。

 

「入らないのか?」

 

「ああ。徽章を盗ったフェルトがまだ来てない。おそらく日が暮れる頃には来るだろうけど……それまで待ちだな」

 

 スバルは盗品蔵の扉の前の段差に腰かけるとそれに倣う様に男も隣に座る。

 

「なあ、仮に徽章をあの娘に返せたとしてその先アンタはどうすんだ?」

 

スバルは死に戻りによって復活したコーンポタージュ味のスナック菓子を開封しながら世間話的に会話を振ってみる。男は差し出された菓子を素直につまんで口に放り込んだ。

 

「そりゃあすぐに元の世界に帰る方法を探すさ。まだやらなきゃならないことがある。時間もあんま無いしな」

 

「へぇ、立派だな。あ、いや本当。からかってるわけじゃなくて」

 

「お前は違うのか」

 

「俺?俺は……この世界で生きていくのもアリなんじゃないかって思ってる」

 

「てかお前いくつだよ?家族とか心配してんじゃねーのか」

 

「家族ね……。まぁ心配はしてるだろうな。ん?いや待てよ。どうだろう?」

 

 パワフルな父とマイペースな母の顔が脳裏に浮かぶ。どちらも個性的でちょっと変わり者の両親の下でスバルは育った。

 

「俺今一応17なんだけど、高校も行かなくなっちゃったし元の世界にいてもあんまいいこと無いしさ。……だからいっそのこと心機一転、この世界で一からパーッと大成功でも収めちゃったりしてさ!」

 

「あっそ。好きにしろよ」

 

「そっけねぇな!話振っといて興味なし⁉……だいたいそういうアンタはいくつなんだよ」

 

 スバルは大声でツッコんだ。男はスナックを2、3個まとめて口へ放り込むと咀嚼しながら「19」とだけ呟いた。

 

「ほうほう、19ね……って19⁉俺と二つしか違わねぇじゃねーか!もっと年上かと思ってたわ!」

 

「お前声がでかいんだよ。どうでもいいだろ」

 

 不思議な雰囲気を持つ男の実年齢に驚いて大声を張り上げるスバル。男は顔を顰める。

 

「じゃあこれが終わったら俺たちバラバラってことか。名残惜しいけどこれもお互いが選んだ道だ。でも最後にこれだけは言わせてくれ。アンタと会えて良かったよ」

 

 スバルはしみじみと感傷に浸りながら感謝を述べる。二度の死を経験し、絶望しかけていたスバルにこの男がいてくれたことで再び活力をもたらしてくれた。いつしか傾いて赤く染まり始めた太陽が二人を照らす。

 

「これ食ってたら喉が渇いたな。おい、飲み物ねーのか?」

 

「話聞いてます⁉めっちゃいい感じのこと言ったつもりだったんですけど!」

 

「いちいち大袈裟なんだよ。まあまあウザいぞ」

 

「そっちだっていちいち言い方きついぞ。もうちょっとオブラートに包むとかないのかよ……」

 

 男の容赦ない憎まれ口にもめげずにツッコむスバル。一方でやり取りに飽きた男は話題を強引に変える。

 

「終わった後のことを話すのはいいが、そもそも取り返せるんだろうな?」

 

「そこは大丈夫だ。取り戻すだけなら問題ない。ただ……問題はそのあとだ。丁度いい。事が始まる前に俺のプランを伝えとく」

 

スバルはもったいぶって話を進める。

 

「実はフェルトが徽章を盗んだのは依頼されたからなんだ。つまり俺たちはその依頼主とも争わなきゃならない」

 

「……」

 

 スバルは内心かなり言葉選びに気を遣って話していた。自身の死に戻りの能力に関係することを話そうとすれば何者かによってペナルティが課せられスバルの体に深刻なダメージが加えられるからだ。そのためにも直接的な伝え方は極力避けなければならない。一方で男はじっと前を向きながらスバルの話を聞いている。表情からその心境は読めない。スバルは男の反応を気にしながらも話を続ける。

 

「でもこいつがかなり危険な奴なんだ。出来れば―――」

 

「なあ」

 

突然話を遮った男の一声。

 

「さっきからなんで分かってるように喋る?なんでお前は全部知ってんだ、え?」

 

「それは……」

 

 それはすでに一度経験して死に戻りでやり直しているからだ。とは言いたくても言えない。一瞬で死の手前まで連れていかれるような痛みの記憶がスバルの舌に歯止めをかける。スバルは男に圧強めに詰められ言いよどむ。

 

「それも言えないってか」

 

 男が先回りしてスバルの心中を言い当てる。スバルはただうなづくだけだった。

 

「面倒くせーな。もう一回言ってみればいいじゃねぇかよ。ひょっとしたらいけるかもしれないぜ」

 

「鬼か!他人事だからって!死ぬほど痛いんだからな!」

 

痺れを切らした男の非情な無茶ぶりを全力で拒否する。男は渋々引き下がりスバルに話の続きを促す。

 

「とにかく交渉にいち早くケリつけてその相手と鉢合わせる前にここを離れる。フェルトやもう一人の立会人の爺さんも一緒にだ」

 

「だったら他の場所でやれば良かったじゃねぇか。その爺さんを先に移動させて、後からフェルトも攫っちまえばその依頼人とやらも出し抜ける。こんなところで待ちぼうけするよりよっぽどマシだろ」

 

 男の一見強引な提案もスバルには一理あると思えたが、首を縦に振ることは出来ない。スバルは反論する。

 

「攫うって、物騒だな……。でもダメだ。フェルトはめちゃくちゃ素早い。おとなしく捕まってくれるとは思えない。それに―――」

 

「誰を攫うって?兄ちゃんたち、いい度胸だな」

 

 突然甲高い声が会話に割って入る。二人が同時に目を向けるとそこにはフェルトがいた。穏やかではない会話、しかもその狙いが自分であることを知り警戒の色を隠そうともせず、こちらを睨んでいた。

 

「待ってたぞフェルト。こっちはお前が持ってる徽章のことで交渉がしたい。さあ早く入ってくれ。こっちも時間が惜しい」

 

「な、なんだよお前。なんでそっちが主導してんだ……」

 

スバルが矢継ぎ早にまくしたてるとフェルトは虚を突かれ困惑する。仕方なさそうにため息をつくと扉の前に立って戸を叩いた。

 

 

 

「お主らか。さっきから人んちの玄関先で長々と話し込んでいたのは」

 

 扉が開き現れたロム爺がフェルトと二人を招き入れるなりそう愚痴った。全部聞こえていたようだが痺れを切らして扉を開かなかったのは盗品蔵の主としての矜持か。その場にいる四人のうちスバル、フェルト、ロム爺は同じテーブルを囲み、男はその横のテーブルの上にいつの間にか持ち込んだ銀色のアタッシュケースをどかっと置き、その席に着いた。男は三人から少し離れた位置から交渉を見届ける形だ。

 

「で?この徽章にどのくらい出せるんだ?」

 

「話が早くて助かる……と言いたいところだが俺たちは金を持ってないんだな、これが」

 

「はあ⁉だったら話になんねぇだろ!」

 

「まあ落ち着け。この世には物々交換って手がある。というわけでこれを見ろ!」

 

スバルは懐から自分の携帯電話を取り出しフェルトの写真を撮るとフェルトとロム爺に見せつける。正味、ここまでは前回のループと全く同じだ。ロム爺は初めて見る携帯に唸る。

 

「ミーティアというやつかの。わしも見るのは初めてじゃが値段を付けるとすれば聖金貨20枚は下らんじゃろうな」

 

 やはり携帯電話という名のミーティアは聖金貨20枚分以上の価値だ。そしてエルザが持ってくるであろう聖金貨は20枚。

 

「よし!交渉成立!それじゃあこのケータイと徽章を交換っと―――」

 

 スバルは携帯電話をフェルトに手渡し、徽章を求めて手を差し出す。早く蹴りをつけて徽章を取り戻さなければエルザがここにやってきてしまう。そうなれば厄介なことになるのは間違いない。その時スバルの視界の外からすっと手が伸びてきてフェルトの手から携帯電話を奪い取ると差し出したスバルの手に戻した。

 

「やめだ」

 

成立しかけた交渉を阻止したのはあろうことか男であった。暗い盗品蔵の中でもその鋭い目つきははっきりと、いや普段以上に鋭さを増しているように見えた。

 

「おい、何の真似だよ⁉せっかく上手く進んでたってのに!」

 

「気が変わった。それによく考えりゃ馬鹿馬鹿しい。なんで奪われたモンを奪い返すのにこっちが代償を払わなくちゃならないんだ。盗んだ物はおとなしく返すのが常識だろ」

 

「今そんなこと言ってる場合じゃないんだよ!早く蹴りつけないちゃならないって言っただろ⁉」

 

 ここにきてまさかの足止めにスバルは焦る。馬鹿馬鹿しかろうが非常識だろうが今は徽章を取り返すことが先決だというのに。先ほどあれだけ言ったのにも関わらずこの期に及んでいちゃもんを付ける男が理解できなかった。

 

「おい、ちょっと待てそこの兄ちゃん。ここではそんな常識通用しないぜ。こっちも生きるために必死なんだ。今これを持ってる人間が正当な所有者だ。それが欲しいってんなら金を出して買い取る以外に方法は無い」

 

「そんなこと知るかよ。生きたいなら真っ当に働けってんだ。社会ナメんなクソガキ」

 

「いい加減にしろ!今そんなこと言ってる場合じゃないんだって!早くしないと―――」

 

 男はスバルの言葉に耳を貸さずフェルトとも言い争いをヒートアップさせる。スバルは声を荒げて止めようとしたその時、盗品蔵の扉を叩く音がその場の全員の気を留めた。

 コンコンという無機質な音だけが響く。スバルの顔は瞬く間に青ざめていく。

 

「ま、まさか……」

 

「たぶんアタシの客だ。丁度いい、今からここのルールってやつを教えてやるよ」

 

「よせフェルト!殺されるぞ!」

 

「……」

 

忠告むなしくフェルトは軽やかに扉の前に行き、何のためらいもなく扉を開けた。恐怖に震えるスバルの様子に気付く男。そしてスバルと同じように開いた扉の向こうへ目を凝らす。ほんの数秒が永遠のように感じられた。

 

「殺すとか、そんなおっかないこといきなりしたりしないわよ」

 

現れたのはエルザ、ではなくかつてサテラと名乗ったハーフエルフの少女だった。少女の視界にスバルが映る。

 

「あなたはさっきの……!やっぱり犯人とグルだったのね!」

 

「ち、違うって!俺は君の徽章を取り返そうと……!」

 

未だに解けない誤解を全力で否定するも少女は半信半疑だ。「それよりも」と少女はフェルトへ向き直る。

 

「今度は逃がさないから」

 

「ホントしつこい女だなアンタ。いい加減諦めろってのに!」

 

フェルトは苦虫を嚙み潰したような顔で少女を睨む。

 

「残念ながら諦めきれないものだから。おとなしくすれば痛い思いはさせないわ」

 

 少女が眼前に手をかざすといきなり周囲に氷の塊が現れた。まるで最初に出会ったとき、スバルと男と対峙したときの様だった。少女はそのまま話を続ける。

 

「私の要求は一つ。徽章を返して。あれは大切なものなの」

 

 氷塊で脅しながら端的に要求を伝える少女。追い詰められたフェルトは歯ぎしりをする。

 

「くそ、どいつもこいつも……!」

 

 フェルトが観念するのも時間の問題と思われたまさにその時、暗がりに鈍く光る刃。

 

「パック、防げ‼」

 

 スバルが叫んだその瞬間少女の背後に氷のバリアが張られるとガキンと甲高い金属音が続いた。攻撃を防がれ飛びのく何者か。

 

「なかなかどうして紙一重のタイミングだったね」

 

少女の持つ石から飛び出した精霊パックがスバルにサムズアップをした。一同は下手人に目を向ける。

 

「精霊……精霊ね。うふふ、素敵。精霊はまだお腹を割ってみたこと無いから」

 

 少女を背後から襲った正体は今度こそエルザだった。前回のループとは違いすでにその眼には狂気と殺気を灯していた。

 

(やべえ、もう来ちまった。どうする?なんとか逃げる方法を探すか、それとも戦うか?考えろナツキ・スバル!)

 

 一度は殺されたトラウマから冷や汗をたんまり垂らしながら震える足を無理やり抑えて、打開策を必死に考えるスバル。その時ふとパックと目が合う。パックはスバルを見て小さく頷いた。スバルは覚悟を決めた。

 

「おい、どういう事だよ?」

 

現状を把握しきれていないのはフェルトだ。依頼人だったはずのものがいきなり牙をむいたことの意味を理解できなかった。

 

「持ち主まで持ってこられたら商談なんてとてもとても。だから予定を変更したのよ。この場にいる関係者は皆殺し。あなたは仕事を全うできなかった。口ばかり達者なだけでお粗末な仕事ぶり。流石貧民街の人間」

 

 エルザは容赦なくフェルトを責め立てる。フェルトの表情がみるみる曇っていく。

 

「だから皆殺しだってのか。このクソサイコパス女!」

 

スバルは怒りを込めて吠える。エルザの目はスバルを捉える。このままでは最初のターゲットはスバルだ。しかしスバルはなおも虚勢を張り続ける。

 

「おいおい、俺に見とれてて良いのか?というわけで、やっちまえパック!」

 

 スバルの暴言は注意を引くためのブラフだった。スバルからのパスを受けたパックが手を振りかざすと魔法により空中に氷の塊が一斉に現れる。その数は先ほどフェルトを脅した時の数とは比べ物にならないほど、文字通り無数にあった。そのすべてがエルザの方を向いている。

 

「まだ自己紹介もしてなかったね、お嬢さん。僕の名前はパック。名前だけでも憶えて……逝ってね!」

 

空中の無数の氷塊がエルザに殺到する。その凄まじい威力に辺りには濛々と煙が立ち込める。その煙がゆっくりと晴れていくとエルザが立っていた場所には巨大な氷のオブジェがそびえ立っていた。エルザはその氷魔法の前に氷漬けになった、と思いきやオブジェにひびが入り音を立てて崩れ落ちていった。中からは魔法攻撃を一度だけ無効化することが出来る外套によって無傷のエルザが涼しい顔で現れた。

しかしまだ戦いは始まったばかりだ。少女とパックの魔法の連携攻撃をエルザは人並み外れた身のこなしで軽々躱していく。しかしその連携攻撃の前にエルザは攻めることが出来ないのも事実だった。苛烈な攻撃を仕掛けるもなかなかヒットしない少女とパック。相手の攻撃を回避できても自分の攻撃に転じることが出来ないエルザ。戦況は膠着しているかに思われた。

その時突如エルザの動きが止まる。それに最も驚いたのは他ならぬエルザだった。足元を見ると氷によって右足が完全に拘束されていた。

 

「無目的にばら撒いてたわけじゃニャいんだよ?限界時間も迫ってるしそろそろ幕引きと行こうか」

 

「あら、してやられたってわけね」

 

エルザはそれでも余裕の態度を崩さない。窮地に立たされていてもおどけてみせる。少女とパックは容赦なく大技を繰り出した。巨大な氷柱がエルザを押しつぶさんと迫る。

轟音と共に魔法が炸裂する。そのあとには先ほど以上の巨大な氷のオブジェが室内にそびえ立った。

 

「素敵。死んじゃうかと思ったわ」

 

 氷にオブジェの陰からエルザが姿を現す。その右足は見ている方が痛々しいほど血まみれになっていた。封じられた右足を表皮ごとひっぺがえすことで脱出し、技を回避したのだった。結局大技は不発に終わり精霊の活動限界時間を迎えた。

 

「あとはこっちはなんとかするから今は休んで」

 

「君に何かあれば僕は契約に従う。いざとなったらオドを絞り出してでも僕を呼び出すんだよ」

 

パックは少女にそう言い残すと完全に消えてしまった。

 

「あら、いなくなってしまうの?それは酷く残念なことだわ」

 

 エルザは手ごろな氷塊を拾い上げるとそれをめくれ上がった右足裏に押し当てて靴の代わりにするとたちまち駆け出し少女に接近する。迫る凶刃を氷のバリアで防ぐ。しかしエルザの攻撃は止まらない。目で捉えるのも難しいほどのスピードで駆け回り少女を狙う。少女は魔法でしのいでいく。先ほどとは真逆の構図だ。攻勢をかけるエルザ。守りに徹する少女。

 

(まずい、このままじゃ……!)

 

 頼みの綱であるパックが消えた今このままではじり貧に陥ってしまう。スバルの脳裏に嫌な記憶がよみがえる。最悪の展開が口を開き始めた。

 

「そろそろただ黙って見てるというわけにはいかんな」

 

 スバルの心中とシンクロするように戦闘態勢を整えるロム爺。全員で一斉にかかれば道は開くかもしれない。どうせ相手は皆殺しにする気は変わらない。だったら――。

 スバルは覚悟を決める。ロム爺もフェルトも同じだった。

 一方で拮抗していた少女とエルザの戦いにも綻びが見え始める。スバルの思った通り、エルザのスピードの前に少女は徐々に追い詰められていた。このままではやられてしまうのも時間の問題であることは明白。ためらっている暇はない。三人が一斉に飛びかかろうとしたその瞬間―――、

 

―――1・0・6・ENTER

 

『Burst Mode』

 

 聞きなれない音声の後に連射された3発の光の弾丸が少女に飛びかかったエルザの目の前を高速で通過しその向こうの壁にくっきりと風穴を開けた。意外の出来事に全員の動きが止まる。蔵の中の時間が止まったように静寂が訪れる。

 突如として放たれた光弾。それは今まで蚊帳の外にいると思われていたバイクの男が持つ携帯電話から変形した銃から放たれたものだった。男は部屋の端に置かれたテーブルに肘をつきながら銃を構えている。全員の視線が男に集中する。

 

「なんのつもりかしら、楽しい食事の邪魔をするなんて。それともあなたも加勢する?私は何人でも構わないのだけれど」

 

 エルザはスバル、ロム爺、フェルトを見る。どうやら加勢をしようとしていたことも看破されていたようだ。男は重そうに腰を上げ、エルザから目をそらさずに歩き出すと少女の前に立ちはだかった。その腰には薄暗い蔵の中でもぼんやりと浮かび上がる銀色のベルトが巻かれていた。

 

「選手交代さ」

 

男は呟いた。

 

「ちょっとあなた何してるの!危ないわ、早く逃げて!」

 

「……」

 

少女の言葉に何も答えず、ただじっとエルザを睨みつける。

 

「あなたが彼女の代わりに戦うってこと?へぇ、まるでお姫様を守る騎士様ね。いいわ、それでも。ただ―――」

 

「楽しませてくれるんでしょうね……?」

 

エルザの目が再び狂気に染まる。見た誰もが恐怖に染まりそうなその眼を前にしても男の仏頂面は崩れない。それどころか少し顔をほころばせて不敵な笑みを浮かべた。

 

「ああ。泣くほど楽しませてやるぜ」

 

 男は先ほど銃に変形していた携帯電話を開くとコードを打ち込む。

 

―――5・5・5・ENTER

 

『Standing By』

 

 携帯電話から発せられる鳴りやまない電子音。男は携帯電話を折りたたみ掴んだ右手を真っ直ぐ天に向かって振り上げる。

 

「変身!」

 

 男は宣言すると携帯電話をベルトのバックル部に装てんした。

 

『Complete』

 

 次の瞬間、ベルトから赤い光のラインが男の体じゅうを駆け巡り、眩い光が包み込む。その光は昼間の太陽を超える強さで周囲を飲み込んだ。

 

 

 

 

Open your eyes, for the next φ's.

第6話『ファイズの男』

 




プロットでは今回と次回が同じ話だったんですけど書いてるうちにどんどん長くなっちゃうんですよね……
次回で原作のリゼロ第1章の分が終わります。本当です。

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