Re:ゼロから始める救世主伝説   作:シ京

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大変長らくお待たせしました。

ただでさえ遅筆なのに輪をかけてリアルが忙しかったというのが言い訳です


第7話『ロズワール邸』

 ナツキ・スバルは覚醒した。眼前には見知らぬ天井。窓からは暖かな光が差し込んで部屋中を満たしている。ぼんやりしている頭が徐々に覚めてくると、すぐに思い出す。昨晩はあの騒動の後、エミリアに連れられ盗品蔵からこの屋敷へやって来たのだった。

 スバルは2人分寝られそうな大きさのシングルベッドから身を起こすと部屋を出て廊下を歩きだす。昨晩はこの屋敷に来てすぐさま寝室に通されてそのまま就寝したから、この屋敷のことは全く分からない。探索がてら廊下を突き進んでいくもその先は見えないほど遠く景色も一向に変わらない。知らない屋敷に一人にさせたまま誰も起こしに来ない状況とも合わせてスバルは一人で愚痴る。

 

「これはあれか。ループする廊下ってところか。正解の扉を開くまで終わらないパターンだとすれば、ありがちなのは最初の扉が正解……!」

 

 スバルがこれまで蓄積してきたファンタジーものの知識をフル活用しつつ勢いよく扉を開ける。するとそこにはらせん状にカールした金髪ツインテールの幼い少女が大量の本を収めた書棚の間にポツンと待ち構えていた。

 

「なんて心の底から腹立たしい奴なのかしら」

 

「あれ?なんだかご立腹?ひょっとして俺が一発で正解の扉を引き当てたから怒ってんのか?」

 

 スバルの調子のいい軽口にますます険が深くなる少女。スバルは続ける。

 

「んで?とりあえずここどこよ?」

 

「ふん!ここはベティーの書庫兼寝室兼私室かしら。分かったらさっさと出ていくのよ」

 

 少女・ベアトリスはスバルの態度に心底いら立っている。早くここから追い出そうとスバルにつかつかと詰め寄る。

 

「そう硬いこと言うなよ。っておい、何するつもりだよ……」

 

 スバルは冷や汗を流しながら後ずさる。しかしベアトリスが発する異様な雰囲気の前ではその他の抵抗らしい抵抗もできず、ただベアトリスに身を任せる形となってしまった。ベアトリスはそのままスバルの腹に手を添える。何をしようというのか、スバルには想像もつかず黙って唾を飲み込んだ。

 その瞬間、スバルの体中に痛みが一気に駆け巡る。それだけではない。痛みが巡ったところから体の力が抜けていくような感覚に襲われ、ついに脱力感が体中に行き渡るとスバルの体は膝から崩れ落ちた。床に這いつくばる形でうつ伏せになったスバルは目の前の元凶を見上げながら睨みつける。

 

「お前人間じゃねぇな……勿論性格的な意味じゃなく……俺に何をした……?」

 

「今更気付いたって遅いのかしら。お前の体のマナを抜き取らせてもらったのよ。死にはしないけどしばらく眠っててもらうかしら」

 

 スバルの抗議の目にも眉一つ動かさず、逆に這いつくばったスバルを上から見下ろして睨み返している。その見た目に似合わない雰囲気からも彼女が人間ではないことがうかがい知れた。スバルの意識は限界を迎え、とうとう視界がブラックアウトした。

 

 

 

 所は変わり、ここは貧民街の一角に存在する盗品蔵である。昨夜の激戦の傷跡は未だ残り、建物の一つの面が完全に崩れ去ってしまっていた。そんな盗品蔵を修復しようと、その主であるロム爺はどこからかレンガを運んできて修復作業に取り掛かろうとしていた。そんなロム爺のもとに一つの足音が近づいてくる。それに気づいたロム爺も声を掛ける。

 

「おうお前さん、起きたか。朝飯なら置いてあったじゃろう」

 

「ああ、食った」

 

 やって来たのは長髪に目つきの悪い男。それは昨夜、盗品蔵とフェルトの命をエルザという名の殺人鬼から守った戦士ファイズに変身した男、その人であった。まだ眠気が残る顔で寝起きのぼさぼさの髪をかきむしりながらやってくる。

 

「お前さんもやることがあるんじゃろう。出かけるなら行っていいぞ」

 

「あんたは?」

 

「まず壁を直さんとな。商売にならんわい」

 

「……なら俺も手伝うよ。壊したのは俺だしな」

 

そう言って男はロム爺の隣にしゃがみ込む。ロム爺は目を丸くしたあと、嬉しそうに笑った。二人は蔵の修理作業に取り掛かった。

そもそも昨夜のあの出来事の後、盗品蔵から一足先に立ち去ったはずの男がなぜ再びこの場にいるのか。それは昨夜、スバルたちが去った後に遡る。

 

 

 

「おい、爺さん。起きろ。おい!」

 

 ラインハルトによってフェルトを連れ去られ、自分は気絶させられていたロム爺は誰かの声によって覚醒する。深い水の底に沈んでいたように眠っていた意識がだんだんと浮かび上がってくる感覚でゆっくりと目を開けると、目の前には先ほどの男がこちらをのぞき込んでいた。ロム爺はゆっくり上体を起こす。

 

「お前さんは……っと、そうじゃった、フェルトは⁉」

 

 フェルトが連れ去られたことを思い出し、目が覚めていきなり取り乱し始めるロム爺。反対に何故かこの場にいる男はいたって冷静だった。

 

「フェルト?あのガキなら俺が来たときにはいなかったぜ。何かあったのか?」

 

 ロム爺は頭を抱える。そしてため息交じりに受け入れがたい事実を仕方なく男に教えてやるのだった。

 

「フェルトは……連れ去られたんじゃ。あのラインハルトによって……」

 

「あいつがか?なんだってそんなことを」

 

 呪詛のようなロム爺の独白に驚く男。男にとっても少なからず因縁がある相手ではあるが、あの気持ち悪いほどの完璧人間で誰からも好かれるような男がそんなことをするだろうか。男にはラインハルトとフェルトを連れ去るという行為がどうしても一致しなかった。

 

「知りたいのはこっちじゃ。じゃが、あやつはどこか切羽詰まったような様子じゃった」

 

「何か訳ありってとこか。しかしラインハルトは国の人間なんだろ?とりあえずひどい目にあわされるようなことはないだろ」

 

「……」

 

ロム爺はどこか煮え切らない様子ながらも相手がラインハルトでは迂闊に手出しが出来ないことを悟り、渋々受け入れる。そして話題は男へと移る。

 

「お前さんもしかして寝床が無いから戻って来たのか?それならわしのところを使えばいい」

 

「良いのか?」

 

「気にすることはないぞ。お前さんがいなかったら皆殺しもあり得たんじゃからな。いつまでも好きにつかえ」

 

 男はロム爺の厚意に素直に感謝し、一夜を明かすことにしたのだった。お世辞にも良い寝床とは言えないが、野宿よりはましだ。床に就き、天井を見つめながらかつての居場所に思いを馳せる。旅の中で出会い、生活の中で衝突を繰り返しながら絆を深めていった仲間たちの笑顔。一刻も早くあの場所へ。男の元の世界に帰還するための新たな旅が始まろうとしていた。

 

 

 

 ナツキ・スバルは再び覚醒する。知らない天井……ではない、二度目の目覚めだ。先のベアトリスの不思議な術のせいでまだ気怠さが残るスバルがこのまま二度寝、いや三度寝に入ろうとしたその時、

 

「あら、目覚めましたね、姉様」

 

「そうね、目覚めたわね、レム」

 

スバルの耳に誰かの話し声が入ってくる。それはどちらも甲高く可愛らしい声。とはいえスバルには心当たりがあった。勢いよくベッドから起き上がり声の主を確認する。そこには顔が瓜二つでおそろいの服を着た双子のメイドが行儀よく両腕を体の前に組んでスバルを見つめていた。

 

「やっぱり君たちか!……それにしても何度見てもメイド服ってのはいいもんだ。爽快な寝起きにピッタリだぜ!」

 

 スバルは桃色の髪の姉・ラムと青色の髪のレムを交互に眺めながらだらしなく頬を緩ませる。

 

「大変ですよ。昨晩からお客様の中で卑猥な辱めを受け続けています。姉様が」

 

「大変だわ。昨晩からお客様の中で恥辱の限りを受け続けているのよ。レムが」

 

 姉妹は肩を寄せ合ってスバルの卑しい顔に恐れおののいている。何故か被害を擦り付け合っているが。

実はスバルが昨晩この屋敷にやって来た時、就寝の世話からなにから請け負ったのがこの二人なのだ。二人の姿を始めて見たスバルがどれほど興奮したかは想像に難くない。

スバルがメイド姉妹と対峙していると開かれた扉をコンコンと叩いて寝間着姿のエミリアが部屋に入って来た。

 

「もっと大人しく起きられなかったの?スバル」

 

「……!」

 

 スバルはエミリアの普段とは違った姿にまた見とれる。

 

「おお!その服も最高に可愛いよ、エミリアたん!」

 

「たん?たんって何?」

 

「愛称だよ、愛称」

 

スバルの「たん」についての熱弁にも理解が及ばないままあいまいに頷く。スバルは凝り固まった体を伸ばしてほぐすと深呼吸する。

 

「よーっし、新しい朝のスタートだ!」

 

 

 

 スバルがエミリアに連れられ食堂へ赴くとそこの大きなテーブルにはすでに朝食がずらりと並べられていた。朝からそこそこ豪勢な食事にスバルは感嘆の声を漏らす。高級ホテルの朝食に出てくるような食事だ。

 

「もうピンピンしているなんて、少し手加減しすぎたかしら」

 

スバルの背後から唐突に投げかけられた言葉の主は先ほどのベアトリスだった。その幼い見た目に似合わない冷たい視線をスバルにぶつけている。

 

「さっきのドリルロリ!おかげでさっきは最高の二度寝を堪能できたぜ」

 

 スバルの皮肉が面白くないベアトリスは口をへの字に曲げるといち早く席に着いた。それに倣いスバルとエミリアも席に着く。そこへ双子のメイドがやってくる。

 

「当主ロズワール様がお戻りになられました」

 

 双子らしく声を合わせた紹介の後、扉が開かれる。扉の向こうからピエロのような化粧を施した痩身の男が食堂に現れた。その奇特な出で立ちにスバルは一瞬たじろぐが、この男こそこの屋敷の主であるロズワール・L・メイザースその人である。ロズワールは食堂の大きなテーブルの上座に就くと、その見た目宜しく初めて会うスバルにも気さくに話しかける。

 

「ナツキ・スバル君。と~きに君はどこまでこの国の事情を知~っているのか~な?」

 

 ロズワールの会話のところどころを伸ばすような奇妙な話し方で質問されたスバルだったが、正直今一つ要領を得ない。見かねたロズワールはスバルに教える。この国は現在王をはじめとするその一族が立て続けに没し、王座が空白になっているということを。そしてその状況を脱すべく国政の中枢を担う賢人会たる組織が新しい王を選出しようとしていることを。

 

「成る程。そんなドタバタな状況の最中突如現れる異国人、俺。って俺超怪しいじゃねーか!」

 

 自分の置かれている状況がやっと飲み込めたスバル。とんでもないタイミングで異世界召喚を果たしたものだ。スバルの全身から冷や汗がどっと噴出した。

 

「さ~らに付け加えると、エミリア様に接触して我がメイザース家と関係を持ったわ~けだしね」

 

慌てふためくスバルを見てロズワールはさらに畳みかける。その表情はどこか愉しんでいるいるようにも見える。しかしスバルには一つ引っかかるものを感じる。それはこの屋敷の主であるロズワールがエミリアを様付けで呼んでいることだ。

 

「当然のこ~とだよ。自分より地位の高い方を敬称で呼ぶのはね~ぇ」

 

地位?敬称?スバルはロズワールとエミリアの顔を交互に見る。エミリアは少しばつが悪いように愛想笑いを浮かべる。

 

「今の私の肩書はルグニカ王国第42代目の王候補の一人。そこのロズワール辺境伯の後ろ盾でね。驚かせちゃってごめんね。こんなに黙ってるつもりなんてなかったんだけど」

 

 そう言ってエミリアはテーブルの上に件の徽章を出してみせる。これこそが王選参加者の資格であるらしい。王座に座るに相応しいかどうかの試金石になるとエミリアは言う。つまりスバルはそんな大切な徽章を盗人の手から取り戻した恩人のひとりというわけだ。

 

「褒美は思いのまま。さあ、何でも望みを言いたま~え!」

 

 エミリアの後ろ盾であるロズワールからも徽章の件について褒美を受け取る権利が与えられる。これに関してはスバルにはパッと思いつくことがあった。

 

「だったら、俺をこの屋敷で雇ってくれ!」

 

 

 

 スバルはラム、レムの姉妹からの指導の下、ロズワール邸の使用人として働き始めることになった。スバルの使用人としての制服をフィッティングした後は早速ラムの手引きで屋敷を案内される。貴賓室、浴室、厨房、トイレ、ベアトリスの書庫、そして庭園。

 

「屋敷全体の案内はこれで終了ね。ここまでで何か質問はあるかしら、バルス?」

 

「あの、お姉様?俺の名前スバルね。それじゃあ、目つぶしの呪文になっちゃうから」

 

 自分の名前をどこぞの城でおなじみの有名なフレーズに間違えられたスバル。ここは異世界だから伝わらないだろうが、スバルは丁寧にツッコんだ。

 

「無いようだから早速今日の業務を始めましょう。バルスにはラムとレムの仕事を手伝ってもらうから。ついてきなさい」

 

「無視かよ……。っておい、待てよ!」

 

 スバルのツッコミを無慈悲に切って捨てたラムはすたすたと屋敷に戻っていく。スバルも慌ててそのあとを追うのだった。

 

 

 スバルの使用人生活は目まぐるしく幕を開けた。屋敷の掃除から庭の植木の手入れまで、先ほど案内された広大な面積の敷地を管理しなくてはならない。しかもスバルが来る前まではこの膨大な仕事量をラムとレムの二人だけで担っていたというのだから驚きだ。スバルは涼しい顔で淡々と仕事をこなしていく二人についていくだけで精一杯だった。

 ただ使用人の仕事はそれだけではない。この屋敷に住まう人々の食事の準備も仕事の一つだ。スバルはメイド姉妹とともに厨房で昼食の準備をしなくてはならない。のだが……

 

「ぎゃあああああ!!」

 

 スバルの絶叫が響き渡った。芋の皮むきに挑戦したものの、料理の経験など無いに等しいスバルは勢い余って包丁でざっくりといってしまった。手から血を流しながらのたうち回るスバルを見る二人の目は冷ややかだ。レムが言う。

 

「スバル君、料理がダメになってしまうのでくれぐれも食材に血が付かないようにしてくださいね」

 

「そっちかい⁉もっと先に心配することあるでしょうが!」

 

「そのくらいの出血、大したことはありません。死にはしないので大丈夫です」

 

痛みに大騒ぎするスバルをレムが冷たくあしらう。ラムも心配する様子はなく、

 

「バルスは包丁の使い方がなっていないのよ。刃物の方を固定して食材をまわすのよ」

 

と真っ当な指導に加えスバルの目の前で得意げにそれを実践してみせた。

 スバルは悪戦苦闘しながらも与えられた仕事に食らいついていった。そうしてロズワール邸での日々は一日一日と過ぎていくのだった。

 

 

 

 結局、盗品蔵の修復作業には丸二日を要した。一応自分が壊した壁の修理が済んだことで男は義理を果たし、時間を思う存分自分のために費やせるようになったが、また新たな問題に直面していた。それは元の世界へ帰る手掛かりが全く得られていないことだ。

拠点である貧民街から王都へ出向いて手あたり次第に情報を収集しようと試みるも収穫はゼロ。それどころかまともに取り合う者すらいない。それもその筈だ。この男の乏しいコミュニケーション能力に加えて、異世界の話題など通じるわけもない。一つの前進も無いままただ時間だけが流れていった。

エルザの襲撃から数えて4日目の夕方、未だなんの進展もない聞き込みを切り上げ、ロム爺のいる盗品蔵で何をするわけでもなく、ただ駄弁っていると誰かが突然ドアを叩いた。

ロム爺が合言葉を交えて応対しに向かうと、ひとりのガラの悪い男を引き連れて戻って来た。無精ひげを生やし、みすぼらしい服装を見るに、考えるまでもなく盗賊を生業としている輩であることは察することができた。男は曲がりなりにも仕事の話に気を遣い、二人から離れて座った。

仕事の話が終わり、盗賊が男に話しかけてきた。

 

「あんちゃん見ねぇ顔だな。お前もなんかかっぱらって来たのか?」

 

「いや、こやつはちと違くてな。わしが寝床を貸してやってるんじゃ」

 

ロム爺が代わりに答える。盗賊は納得したように頷いた。

 

「そうじゃ、お前さんこやつにも聞いてみるのはどうじゃ?お前さんの知りたい情報とやらを」

 

ロム爺の提案とは異世界に関する情報を盗賊に尋ねるということだ。今まで散々分からずじまいだったことをこの盗賊が知っているとは思えなかったが、駄目でもともとだと思い、改めて尋ねる。ただし、少し質問を捻ってみる。

 

「例えば世界の秘密を知ってるような滅茶苦茶頭のいい奴知ってっか」

 

「ほほお、世界ねぇ。こりゃまたスケールのデカい話で。だが残念。俺は生まれも育ちも貧民の身なんでね。生き残ること以外の知恵は持ち合わせてねぇな。もしもそんなすげえ奴と知り合いになれたらよかったんだがね」

 

 盗賊・ベンは珍しい質問に顎髭をいじくりながら愉快そうに答える。しかしその答えは男の望むようなものではなかった。「そうか」と引き下がろうとした男に人差し指を立ててみせ、待ったをかけるベン。

 

「ただし、そんな奴を探す当てならあるぜ。知りてぇかい?」

 

「ああ、知りたいね」

 

「へへ、そう来なくちゃな」

 

 ベンは男の意思を確認すると自信たっぷりに話し始めた。

 

「いいか?このご時世何をするにも金が要る。ガキがお勉強をするのだって金が要るし、そうじゃねぇのはお察しさ。この俺のようにな」

 

 ベンは自虐も堂々と言い放つ。男にとってはどうでもいいが案外どこの世界でも抱えている問題は同じだということをぼんやりと思った。

 

「金はすべてを引き寄せるってもんよ。女も力も、知恵もな。俺が言いてぇこと、分かるか?」

 

「つまりそういう知識を見つけるには金のある所からあたっていけばいいってことか」

 

「そういう事。それもとびきりの金持ちをな」

 

 ベンの助言のおかげでようやく一筋の光明が見えた気がした。しかしまだ気になることがある。

 

「で?そんなとびきりの金持ちがどこにいんだよ?」

 

「そうだな……」

 

 ベンは考え込む。この世界の知識が集結するような金持ちという条件を満たすところを絞り出そうとして頭を抱え始めた。男はその間何も出来ないのでじっとベンがアイデアを出すのを待つことしか出来ないが、こうして初対面の相手にも親身になって相談に乗るあたり盗賊といえど一概に色眼鏡で見ることは出来ないなとふと思った。

 

「たとえばカルステン家とかどうじゃ。王都にあってここから近いぞ」

 

ロム爺が横から提言する。

 

「なるほどカルステン家か。名門の貴族なのは確かだな」

 

「とにかくそこに行けばいいんだな?」

 

「あくまでお前さんの知りたい情報を持ってる人間がいる確率が高いってだけだ。まあ、強く生きなよ」

 

男にはこの世界の土地勘も無ければこの国を取り巻く情勢も分からないので、結局この二人の意見に乗りかかることしか出来ない。それは非常にリスクのある決断だが、異世界で足踏みしているこの状況に焦燥を感じていた男は何らかの進展を欲し、次の行き先をカルステン家なる場所に決めた。出発は明日の朝だ。

 

 

 

 スバルのロズワール邸での生活は4日目が終わろうとしていた。ようやく仕事も覚えてきたとはいえ、一日中働き詰めで疲労困憊のスバルは屋敷の庭先の芝生にその身を預けるように大きく仰向けに寝転んだ。エミリアもその横に座り夜空を見上げる。今にもこぼれそうなほどの星空が二人を包んでいた。異世界にあっても月は昇り星は輝くのだ。排気ガスなど無い澄んだ空気の下ではよく見える。スバルはこのひと時をエミリアと一緒に過ごせることに大きな充実を感じていた。

 

「そういえばこうやって二人で話すことも最近はあまりなかったわよね。私は王選の勉強でスバルは屋敷の仕事で忙しかったから」

 

 そう言ったエミリアの白い髪が涼しい夜風にそよぐ。

 

「そうなんだよぉ。エミリアたんになかなか会えなくて寂しかったから今すぐその腕の中で癒されたーい」

 

「はいはい。そう言ってるうちは大丈夫」

 

 スバルはわざとらしく甘えた声でねだるがエミリアにはばっさりと切って落とされてしまった。

不意に訪れる静寂。爽やかな風が二人の間を通り抜けていく。

 

「月がきれいですね」

 

「手が届かないところにあるもんね」

 

「狙ったわけでもないのにすごい刺さるコメント……。いつか届いたらいいなぁ」

 

 無自覚に振られるスバル。嘆きながら想い人を月に重ねて手を伸ばす。

 

「あれ、その手のキズどうしたの?」

 

 ふと月に照らされスバルの手に刻まれた数多くの傷が露わになったことに気付いたエミリア。それを指摘されたスバルは慌てて手を引っ込め、恥ずかしそうに笑った。

 

「ああこれね。ここのは包丁で自分の指切っちまうしこっちは庭の木の枝が突き刺さった。ここなんて村に買い出しに行ったときに近所の野良犬にガブられた。もう散々だったよ」

 

 スバルが苦労をひょうきんに話すとエミリアもそれにつられて笑う。エミリアの笑顔に気を良くしたスバルはさらに続けた。

 

「あの村のガキども容赦ないんだよ。掴むわ引っ掻くわでやりたい放題。そうだ、明日あの悪ガキどもに仕返……もとい見学に行かないか?」

 

つまりはデートに誘うことになる。エミリアとのデート。スバルの胸は高鳴る。

 

「スバルとお出かけするのは嫌じゃない。けど私と一緒だとスバルの迷惑になっちゃうから……」

 

 誘われたエミリアははにかむ。満更でもなさそうな様子ではある。しかしどこか及び腰だ。

 

「よし分かった。行こうぜ」

 

「ちょっと、私の話聞いてくれてる?」

 

「もちろんだよ。俺がエミリアたんの話聞き逃す訳ないじゃん。それよりも行こうぜ、な?」

 

「もう、分かった。いいよ」

 

 なんとしてもデートに行きたいスバルの圧に押されエミリアは渋々了承した。スバルは嬉しさの感情を爆発させた。雄叫びが高い夜空に吸い込まれていった。デートは明日の昼だ。

 

 

 

 すっかり夜も更け屋敷の皆も寝静まったころ、先ほどの興奮冷めやらぬスバルはなかなか寝付けずにいた。明日のデートのことを考えるだけで期待に胸が膨らんで目が冴えてしまう。

あまり夜更かしして明日寝坊したなんてことがあれば本末転倒だ。無理やり寝付こうと布団を被る。庭から自室に帰って来た時からやけに体が冷える。あまりに寒いので丸々頭から布団をかぶり、その中で丸くなった。

 

「やばい、なんでこんな寒いんだ……」

 

 寒さによる震えで抑えきれないほど手足が震える。いくら温めようとしても一向に収まる気配がない。それどころかどんどんエスカレートしていった。異常を感じたスバルはベッドから這い出る。ほとんど這うように部屋から廊下に出て助けを求めようとする。しかしこの短時間で体力を急激に消耗したためか声がかすれて出ない。辛うじて出るうめき声も広い屋敷の暗闇の向こうには届かなかった。

 

(ヤバい、このままじゃ……一体何がどうなって―――)

 

 とうとう体に力が入らなくなりその場に突っ伏すだけとなる。誰の助けも無いままスバルはたった一人で廊下に身を投げ出し、やがて動かなくなった。

 

 

 

「ハッ―――!」

 

 スバルは自身に掛かっていた布団をガバっとひっぺ返し、飛び起きる。そして目に飛び込んできた光景を見て一瞬で悟ってしまった。

 

「あら、目覚めましたね、姉様」

 

「そうね、目覚めたわね、レム」

 

 スバルが目覚めたベッドの前でラムとレムがよそよそしく並んで立っている。二人のその眼には何の感情も宿していない。まるで初めて会ったように。

 スバルの嫌な予感は的中する。スバルは屋敷で初めて命を落としたのだ。そして死に戻りが発動した。スバルがこの屋敷に来て初めての朝に時間が戻った。

 スバルを苛むのは失ったものに対する口惜しさだった。レムやラムとの信頼、ロズワールやベアトリスとの時間、そして何よりエミリアとの約束。すべてが無情にもリセットされてしまった。

 すっかりよそよそしい二人のメイドの前で己に降りかかる理不尽さに戦慄し、頭を抱えたまましばらく固まっていることしかできなかった。

 

 

 

 

Open your eyes, for the next φ's.

第8話『死に戻りの謎』




もしかしたら前にも言ったかもしれないんですが
リゼロはアニメ派でアニメを見ながら書いてるんですけどその原作パートが一番時間かかるんですよね。
キャラのセリフとか行動が作中でどんな意味を持ってて今後に影響するのかどうかを一つ一つ確かめて、拙作の中で改変していいのか、原作通りの方がいいのかを考えなきゃいけないという感じで。
ファイズの部分は基本的に原作後の話なので人物の性格をきっちり再現していれば後は自由にできるので筆の進みも早いんですけどね。

という言い訳です。

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