Re:ゼロから始める救世主伝説   作:シ京

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Take alive, it's dead or alive.
You'll survive, remember try.



第9話『俺の名前』

 男は目覚める。目覚めた瞬間にどことなくうっすらとしたカビの匂いが鼻をついた。悪い寝覚めに顔を顰めながら辺りを見回すとそこで初めて気づいた。自分が貧民街で宛がわれた寝床に横たわっていたことに。男はすぐにピンときた。時間が巻き戻ったと。

 スバルという少年が関わっているということまでは分かるが、相変わらずそれ以上のことはさっぱり知らない。

しかし今回ばかりは都合がいい。カルステン邸からの解放を待たずに自由を手にしたからだ。そればかりかカルステン邸の人々との一切がなくなったのだ。いざこざもしがらみも無かったことになったということだ。男にとってはありがたいことだった。

ただ、記憶は残っている。時間が巻き戻る前、クルシュから聞いたルグニカ王国のことや魔女教のこと。そしてフェリスからの助言。男はロズワール邸なる場所を次の行き先に定めた。

やるべきことは決まった。早速行動に移そうと寝床を抜け出しロム爺のいる盗品蔵を訪れる。そこには半壊した盗品蔵とそれを修復しようとしているロム爺の姿があった。

男は天を仰ぐ。完全に失念していた。時間が巻き戻るということは再度修復の手伝いをしなければならないということだ。はっきり言って重労働だが、男が原因でこうなっているので参加は避けられない。男は心の中で前言を撤回する。時間が巻き戻ったことを恨んだ。

 

 

 

 激しい痛み。焦り。死への恐怖。そのすべてを持ち越してスバルは再び死に戻った。ベッドの上で絶叫を上げながらのたうち回る。やがて自分が死に戻りしたことを自覚するともがれたはずの左腕があることを確認してようやく深いため息とともに落ち着きを取り戻した。

 

「……」

 

 ふと視線に気付いたスバルの目の前にはラムとレムが互いに抱き合いながら怯えた目をしていた。

 

「あ……ごめん」

 

 二人の目には奇行に映ったに違いない。スバルはなんでもないと笑ってその場を和ませようとするのだった。

 

 

 

 今回もまたロズワール邸の使用人として働くことになったスバル。新人といえど同じ生活をすでに2度送っているのだから仕事はそつなくこなすことができた。その手際は屋敷の人々―主にラム、を驚かせたが却ってすぐにひとりで仕事を任されるようにもなった。

 そんなわけでひとりで庭の手入れを行っているときスバルは考え事をしていた。

 スバルが思う前回の敗因。

 それは呪いに対してあまりにも見込みが甘すぎた。呪いの術者の出現、呪いの発動に警戒して行動したつもりだったが、考えてみればスバルは呪いの実態を全く知らずにただなんとなくのイメージを抱いたままでいた。ひとりで分かった気になって対策しているつもりだったが実は何もできていなかった、ということを痛感した。

 

 そこでスバルはふと思い返す。今まで死に戻ったことにばかりショックを感じていたが、あの夜の異変には一つ不自然なことがあった。鎖の音。呪いの発動があったものの左腕を弾き飛ばされたのも致命傷になったのもあの鎖の音による物理的なものだったと思う。

 そうなると話は変わってくる。呪いだけでなく物理的な暗殺を狙ってくる暗殺者もあの夜にいることになるのだ。ただでさえ呪いを回避できなかったのにそこに謎の暗殺者。対処するべき相手が増えたことにスバルはげんなりする。

 

「スバル!」

 

「どぅおあっ⁉」

 

 スバルはいきなり視界に現れたそれに驚いて尻餅をついた。見上げるとそこにはいたずらっぽく笑うパックがふわふわと浮かびながらスバルを見下ろしていた。

 

「仕事中にサボるなんて感心しないなぁ。ラムに言いつけておこうかな~。それともレム?ロズワールにしようか」

 

「いやいや勘弁してくださいよ~、パックの旦那ぁ」

 

 これはスバルとパックのいつものノリである。スバルにとってはパックが一番会話の波長が合う。とはいえパックにとってはスバルとはまだ出会ったばかりなのだが。

 エミリアは庭に取り付けられたガゼボの日陰で微精霊と会話していた。これはエミリアの日課のようなものだ。エミリアの眼前にはごく小さな光の粒が漂っている。

 

「そういえばエミリアたんってどんな魔法が使える魔法使いなんだ?」

 

「厳密に言うとリアは魔法使いじゃないよ。僕との契約もそうだけど、精霊使いだから」

 

 スバルには二つの違いが分からなかったが、パック曰く、魔法使いは自身の身体の中のマナを消費して魔法を使用するのに対し精霊使いは大気中のマナをゲートを通じて取り込んで魔法を使うことができるのだという。ゲートとはマナをやり取りする際に使用する門のようなものである。

 

「ゲートはスバルにもあるはずだよ」

 

「マジで⁉じゃあ俺も魔法使えるってこと⁉」

 

「スバルの属性調べてあげよっか?火、水、風、土の4つのマナ属性があるんだけど」

 

「そんなこともできんのかよ!早速頼む!」

 

 自分にも魔力が備わっていることを知り俄然興奮するスバル。パックは尻尾の先端をスバルの額に押し付ける。

 

「みょんみょんみょんみょん……」

 

「おお!なんかそれっぽい効果音!」

 

 スバルの期待感も最高潮に達する。自分はいったいどの属性を持っているのか、早く知りたくてうずうずしている。情熱の火、冷静沈着な水、爽やかな風、或いは大地のように頼れる土か。

 

「陰だね」

 

「ええええぇぇぇ⁉」

 

 スバルは予想外の事実に思わず叫びながらひっくり返った。

 

「陰ってなんだよ!属性は4つじゃなかったのかよ!」

 

「4つの基本元素の他に陰と陽の2種類があるのよ。それにしても珍しいじゃない」

 

 微精霊との会話を終えたエミリアが興味深そうにこちらに歩み寄る。

 

「俺を指して陰ってなんか別の意味に聞こえるんですけど。それともなにか、珍しいってことはなんか実はすごい技とか使えたりするのか?」

 

「陰属性の魔法だと……目くらましとか音を遮断したりとか動きを遅くしたりとかかな」

 

 清々しいほどのデバフ属性に開いた口が塞がらない。スバルはもっとなにか派手で強い魔法を使えるとばかり思っていたのに。

 

エミリアとパックによるとすぐに使える陰属性の魔法はシャマクという魔法らしい。早速スバルも習得を目指し練習することになった。

 

「僕が補助してスバルの中のマナを使うから、魔法自体はスバルのゲートから出るよ」

 

 そう言ってスバルの頭頂部にちょこんと座るパック。

 

「よし分かった。ってかその前に一ついいか」

 

「なに?」

 

「なんでエミリアたんはあんな遠くにいるんだ?」

 

 スバルの目線の先、庭の道をずーっと50メートルくらい行った先にはエミリアが小さく見えた。こちらの目線に気付いたエミリアが小さく手を振っている。

 

「もしスバルのマナが暴走してスバルがはじけちゃったらリアの服が汚れちゃうだろう」

 

「あー成る程。……にしたって離れすぎだろ!どんだけやらかすと思われてんの、俺?」

 

「そんなのいいから始めるよ」

 

 スバルは「はいはい」とため息交じりに返事をする。

 

「イメージしてごらん。君のマナの流れを。そしてその一部をゲートから体の外へ放出するんだ」

 

 スバルはパックから言われた通りにする。目を閉じて、自分の体の中のエネルギーを体外に放出するイメージ……

 

「あれ?おかしいな」

 

 パックが異変に気付いた時には時すでに遅し。バフンという音とともにロズワール邸には到底似つかわしくないどす黒い黒煙が空高く舞ったのだった。

 

 

 

「大丈夫?スバル」

 

 日陰に横たわったスバルの頭上から心配そうな目をしたエミリアがのぞき込む。はっきりいって魔法は大失敗だった。スバルのマナは今初めて使ったゲートによって暴走し、パックの制御を振り払ってシャマクの黒煙が四方八方に暴発してしまったのだ。

 

「ぐっ……!」

 

 スバルは起き上がろうとするも体が重く、全く力が入らない。

 

「動いちゃだめ。体中のマナを出し切っちゃったんだから!今日はもうお仕事できないかも……」

 

「……!それは困る!」

 

 エミリアの制止に大声を張り、意地でも起き上がろうとするスバル。

 

「だから無理しちゃだめだってば!」

 

「無理でもなんでもやらなくちゃならないんだ!もう失敗できねぇ、一日だって無駄にできねぇんだ」

 

 スバルの必死の形相に困惑するエミリアだったが、小さくため息をつくとおもむろにあるものをスバルの口の中に放り込んだ。

 

「ちゃんと噛んで、飲み込んで」

 

 スバルはいきなり変なものを口に入れられて焦ったが、エミリアの言う通りにそれを噛む。すると突然体にびりびりとした衝撃が走ったのち、体の底から活力がぐんぐんと湧いてくる感覚を覚えた。

 

「うおっ!なんだこれ⁉」

 

「それはボッコの実。食べると体の中のマナが活性化してゲートが少し力を取り戻すの」

 

 マナとは生物が活動するためのエネルギーであり魔力のもとである。それが回復したことによってたちまちスバルは動けるようになった。

 

「マジ助かった……サンキュー」

 

 スバルの感謝の言葉にエミリアはにっこり笑って頷いた。

 

 

 

 無事動けるようになったスバルは早速行動を開始する。仕事の休憩時間を見計らってベアトリスのいる禁書庫を訪れていた。スバルは例によってなぜかベアトリスの扉渡りの能力によるカモフラージュを一発で見破ることができるため、ベアトリスはへそを曲げているが。

 

「呪いはどうやって解除するんだ」

 

「いきなりやってきて不躾なやつなのかしら。でも暇つぶしに答えるとするなら、呪いは発動したら最後、解除は不可能かしら」

 

「マジか……」

 

 この世界に存在する呪いの本性を知りスバルは絶句する。想像よりずっと厄介な相手と対峙していることを知った。

 

「ただし発動前の呪術はただの術式だからベティなら解除は簡単なのよ」

 

「そうなのか。でも相手から呪いかけ放題で発動したら最後とかクソゲー過ぎんだろ……」

 

「その点に関しては心配ないのよ。呪術の術式を相手に組み込む手段は身体への直接的接触のみかしら。だから相手に触れられない限り呪術にかかることはないのよ。まぁそれでも高尚な魔術に比べて阿漕であるのは間違いないのかしら」

 

 呪術を見下したようにでそう言うベアトリス。その時何か異臭に気付いたように鼻を利かせる。

 

「どうした?」

 

「魔女の残り香……」

 

「魔女?なんだそれ。もしかして呪術師の仲間か?」

 

 スバルの疑問にベアトリスは一瞬信じられないものを見るような表情を見せたが、それについては何も言わず淡々と嫉妬の魔女サテラについて語り始めた。

 嫉妬の魔女サテラとは愛を欲し、人の言葉を解さず、その身が朽ちることはない。龍と英雄と賢者によって封印された……。ベアトリスはサテラに関する伝説をつらつらと説いていったが、その中で聞き過ごせないことがあった。

 曰く、サテラは銀髪のハーフエルフであるということ。その特徴にスバルにはひとり、甚く心当たりのある人物の顔が思い浮かんだ。

 エミリア。盗品蔵のロム爺から聞いた話では銀髪は珍しく、悪目立ちするという。その見た目が最悪の魔女と合致するのであれば悪目立ちどころの話ではない。ひょっとしたらありもしない良からぬ噂が立つかもしれない。

 彼女は最初に出会ったとき自らをサテラと名乗っていた。自身の見た目でサテラと名乗ればどうなるかは火を見るよりも明らかだというのに。だがエミリアは優しい娘だ。それは今まで近くで見てきてよく分かっている。優しくて、純粋で、少し不器用な少女。それが分かっていれば最初にサテラと名乗った理由も何となくわかったような気がした。

 

 

 

「村に買い出しに、ですか?」

 

「そう!そろそろ調味料とか切れるころじゃないかなと思いまして」

 

 3日目の昼、スバルはラムとレムにそれとなくアーラム村へ向かう口実を打診していた。実はこれまでのループから4日目に調味料の買い出しに行くことは分かっていた。呪術者がこの屋敷に居ないと仮定すれば残りはアーラム村にいることになる。今までは4日目に訪れていたが、少しでも因果関係をずらそうとスバルはなるべく今日行きたかった。それに試したいこともあった。

 

「いいんじゃないかしら。確かにバルスの言う通り、香辛料が心許ないのだから。ラムが連れていってあげる。レムは屋敷をお願い」

 

「大丈夫なのですか、姉様」

 

「バルスという荷物持ちがいるから平気よ。そうと決まれば村に向かいましょう」

 

 

 

「ターッチ!」

 

 スバルは村の子供たちとハイタッチを交わす。呪術の術式は身体的接触でしか起こり得ない。スバルはラジオ体操の名目でアーラム村の村人を集め、完了した証として全員にスバルの身体のそれぞれ異なる場所を触らせる。後に屋敷へ帰還しベアトリスに身体を診てもらい術式が見つかればその術式が存在する部分から呪術師の正体を割り出すことができると考えたからだ。

 ラムはまだ買い物をしている。帰ってくる間に全員と接触を図りたい。しかしほぼ全員とは済ませたが、ある2人とはまだ接触してはいなかった。

 

「そういえばムラオサのおっさんとあの若返りババアは?」

 

 若返りババアと呼ばれた人物はミルデ・アーラムという名でこの村の村長である。若い男の尻を触っては「若返った」と満足そうに口にするのがいつもである。以前にもスバルは被害に遭っており、今日は思う存分触らせてやろうと思っていたが姿が見えなかった。

 その弟であるムラオサことラスフム・アーラムもいない。ガタイが良く村長に間違えられる風格を感じさせる男でいつもならすぐに見つかるのだが。

 

「ああ、弟さん。なんだか昨日は夜遅くに帰ってきてから体調悪そうだったんだよ。たぶん今もそうなんじゃないかな。村長はそれの看病って話だ。二人とも家にいると思うよ」

 

「そうなのか。なんか心配だな」

 

 近くにいた村人がそう教えてくれた。正直なところ、スバルにはこの2人とも接触したかった。イメージでは善良な村人であっても今は全員が容疑者であるからだ。しかも若返りババアの方は見た目はほぼ魔女で見るからに怪しい。ただし魔女といってもサテラの方ではなく元の世界でステレオタイプ的に想起されるしわくちゃな婆の方の魔女である。

 スバルは困惑した。いくら怪しいといえど体調不良ならそこにずかずかと踏み込んでいく事もできない。これでは全員を見定めることはできず、スバルの計画はここで頓挫してしまうだろう。しかしそれよりも困惑したのはこれが初めてのケースであることだ。これまで村に行くと2人には必ず会っていた。せっかく手掛かりを掴み、計画を立てたのにここにきて想定外の事態が起きてしまった。こちらが立てばあちらが立たぬような歯がゆさを感じる。

 

「おい、何かこっちに来るぞ!」

 

 突如村が騒がしくなる。村の入り口の方に小さい人だかりができている。どうやらその向こうから何かがやってくるようだ。スバルが様子を窺っていると「それ」はやって来た。

 人だかりを割って現れたのは、バイク。信じられないが異世界に不釣り合いなそのイレギュラーにスバルは心当たりしかなかった。

 バイクが停車すると人々が周りを取り囲もうとする。バイクに警戒を見せる者、興味を示す者、恐れて少し離れようとする者、反応はそれぞれだ。

 

「おい!な、なんなんだお前は!」

 

 ひとりの勇気ある若者が声を上げる。しかしそのバイクに乗っている男はいつかのようにフルフェイスのヘルメットを被ったまま黙っている。このままでは埒が明かないと判断したスバルは慌てて駆け寄った。

 

「おーい、そいつは俺の知り合いだ。大丈夫だ」

 

 

 

「なんであんたこんなところにいるんだよ?」

 

「それはこっちの台詞だ」

 

 スバルの仲裁によって村に平静が取り戻された。二人は村の中心から少し離れたところに腰掛ける。

 

「そんなことよりお前、なんだよその恰好」

 

「ああ、これな。近くの屋敷で使用人として住み込みで働いてんだよ」

 

「へえ。まぁ良かったじゃねーか。野垂死なずに済んで」

 

 特別興味も示す様子もなく相槌を打つ男。

 

「そっちは?」

 

「全然だ」

 

「そっか……」

 

 短いやり取りが続く。男は至って平常運転ではあるが、スバルは引け目もあっていつもの調子が出ない。スバルにとってこの男は他の住人とは違う。同じ異世界召喚者で死に戻ってもなぜか記憶を保持することができる。だからこそ死に戻りを認識することができ同じ時間を過ごすことを強いてしまう。スバルにはそれがいたたまれなかった。そのことがスバルの自責の念を強めていた。

 二人が盗品蔵で別れてから2度死に戻りを経ている。だからスバルは男から責められることを覚悟していた。しかし男はそのようなそぶりを全く見せなかった。それどころか飄々とした態度で村の子供たちが遊んでいる様子を眺めていた。

 

「あ、あのさ。なにか聞きたいことないのか?」

 

「は?」

 

「いやだから、これまでなにがあったのかとかさ」

 

 スバルは我慢できず自分から話題を振ってしまった。いっそのことボロクソになじられて謝りたかった。

 

「別に。言いたくなきゃ言わなくていいんじゃないのか。言いたきゃ勝手に言えよ」

 

 そう言い残すと男はすっくと立ちあがって村の周りに生い茂っている森の方へ歩きだす。

 

「おい、どこ行くんだよ」

 

 スバルの呼びかけに男は振り返らないまま「散歩」とだけ言い放ってそのまま歩いていく。その唐突さ加減にスバルも突っ込まざるを得ない。

 

「自由か!……あ、おーいバイクに鍵刺さりっぱなしですけどー?……ってもういねーし」

 

 男のバイクに鍵が残されていることに気付くがそもそもこの世界にバイクを動かせる人間が他にいるとも思えないため、ひとまずそのままにしておく。

 

「バルス、こんなところにいたの。ラムは今買い物が済んだわ」

 

 その時、背後から声を掛けられた。ラムが買い物から帰ってきたのだった。

 

 

 

「バルス、用事も済んだことだし帰るわよ」

 

「それなんだがもうちょっと待ってくれないか。これの持ち主がいまどっか行っちゃってさ、このまま放っておくのもアレだしさ」

 

「どうしてラムがそんなわけのわからない物の見張りをしなくちゃならないの。盗まれた方が悪いのよ。放っておきなさい」

 

「話はわかるがそこをなんとかお願いしますよ、お姉様!少しだけだから」

 

「嫌よ」

 

「容赦ないな、お姉様‼」

 

 

 

 その時突如、のどかな村に大きな爆音が響き渡る。悲鳴が上がり辺りは騒然とする。驚いたスバルとラムが慌てて周りを見渡すと一軒の家が崩壊し黒煙が上っていた。

 

「なんだ⁉」

 

スバルは何が起きたのか分からず声を上げる。

 

「村長の家だ!」 「早く助けるんだ!」

 

 パニックに陥った村のあちこちから声が上がった。村長の家が何らかの原因で爆発を起こしたとのことだった。スバルは思い出す。あの家にはムラオサと村長の婆さんがいたはずだと。スバルは考えるよりも先に足が動いていた。燃え盛る家から二人を救出しなければ。

 

「バルス!」

 

背後からラムの声が聞こえるがスバルは立ち止まらず家に駆け寄る。すると中から先に消火と救助に入った一人の村人が出てきた。その村人は誰かを連れて出てきたわけでもなく、何も持たず、うつろな目でふらふらとスバルに近づいてくる。

 

「……」

 

「おいっ!ふたりは⁉中で何があっ――――」

 

 彼はスバルに手を伸ばすと全身から青い炎を吹き出す。その不気味な炎が全身を焼き尽くすとその体は見る影もなく灰と化し、スバルの目の前で崩れおちた。

 

「な……」

 

 その信じられないほどおぞましい光景にスバルは絶句し、恐怖に顔を歪ませる。周囲の人間にとっても同じことである。村全体に響き渡る悲鳴は村を更なる狂乱へと誘う。もはや悲鳴を上げるだけで誰一人として近づこうとしなかった。

 そして炎が燃え盛り立ち上る黒煙の向こうに人影が見える。すっかり足がすくんでしまっているスバルと周りの村人たちはもはやそれを固唾を飲んで見守ることしかできない。

 

「―――――――」

 

 低い唸り声を上げながらそれは現れた。膨れ上がった肉体。灰色の全身。そして人間とは思えない異形の人型。それはどう形容しても怪物としか結論付けられないような存在だった。

 スバルは想像を絶するような光景の連続に頭が追い付かない。怪物はじりじりとスバルに迫っているのに頭が真っ白になって何もできない。

 

「バルス!」

 

 その時スバルの目の前に迫った怪物の身体が吹き飛んだ。ラムが風の魔法を駆使してスバルを救った。そこでスバルは我に返る。

 

「なにをしてるのバルス!早く逃げなさい!」

 

「お、おう……!」

 

ラムの怒号。すくむ足に鞭打ってスバルは何とか怪物と距離をとる。村人たちも蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

 

「――――――」

 

 ラムによって吹き飛ばされた怪物はそこから逃げるように森の中へ姿を消していった。恐怖の余韻を湛えながらも脅威が姿を消したことにわずかに安堵の雰囲気が村に生まれていった。

 スバルは怪物の消えていった方向をじっと見つめていた。イレギュラーな極限状態から解放されて気が抜けたがスバルは必死に頭を働かせる。そんなスバルにラムが歩み寄ってくる。

 

「バルス、今日はもう帰りましょう」

 

「いやだめだ。あの化け物が行った先は。アイツが危ないんだ」

 

「は?何馬鹿なこと言ってるの。そっちは魔獣の森よ、ただでさえ危険な魔獣がいるのに行けるはずないでしょう!」

 

「だったらなおさらだ!」

 

 そう言ってスバルは駆け出す。男の乗っていたバイクに駆け寄ると荷台に括りつけられたアタッシュケースに手を添える。盗品蔵での出来事がスバルの脳内にフラッシュバックする。

 

「これがあればあの化け物と戦えるのか……?アイツのように……」

 

 エルザを撃退した戦士、ファイズ。あの男は今ここにはいない。それどころか危機が迫っていることは明白。今度は自分が助ける番だと思えばもう迷いはない。

 スバルはヘルメットを被りバイクにまたがる。つけっぱなしの鍵を捻ってエンジンをかける。

 

「どうやって走らせるんだっけかな……」

 

 スバルはバイクの免許を持っていないから運転の仕方が分からない。しかし元の世界で引きこもっていたときに聞きかじった記憶を呼び覚ましながら無我夢中で操作する。

 

「うおおおおお⁉」

 

 左足のペダルを踏んだ瞬間、バイクが急発進した。バイクの馬力に振り落とされそうになりながらもなんとか踏ん張って体勢を立て直した。

 ふらふらとした蛇行運転は酷く危なっかしい。公道に出ればすぐにばれてしまうレベルだ。しかし―――

 

「誰に捕まるってんだ―――!行くぜ!」

 

 猛スピードのバイクがいとも簡単に村の柵を突き破り森の奥に向かって疾走していった。

 

 

 

 鬱蒼とした森の中。少女は歩く。青い髪をおさげにした幼げな少女、メィリィは何かを探すように、しかししっかりとした足取りで歩みを進める。

 しかし歩けど歩けどお目当ては見つからない。森は不気味なほど静まり返っている。メィリィはキョロキョロとあたりを見渡した。

 その時背後の茂みからガサガサと音が聞こえてくる。そして何かがだんだんと近づいてくる気配がした。

 

「そこにいるの?」

 

 茂みから現れたのは灰色の怪物。見覚えのないその異形にメィリィは息が詰まる。怪物はメィリィを視界に捉えると唸り声を上げながら速いスピードで突っ込んでくる。その迫力の恐怖にメィリィは思わず悲鳴を上げた。

 

「うおおお!」

 

突如また別の方向から誰かが飛び出し、気を吐きながら怪物に体当たりした。不意の方向からの突進に流石の怪物も弾き飛ばされる。

 メィリィは何が何だか分からなかった。その謎の人物も一瞬スバルかとも思ったが見慣れない服と長髪、そして見慣れない顔だったのでなおさら困惑した。

 

「誰……?」

 

「逃げろ!」

 

「え……?」

 

「いいから逃げろ!」

 

「う、うん……!」

 

 男の怒声にいわれるがままその場を離れようとする。

 一方の男はすぐさま立ち上がってくる異形から目を離さずに構えて、そして小さく呟いた。

 

「オルフェノク……」

 

 男はこの異形を良く知っている。それも嫌になるほど。しかし男が知っているそれとはいささか様子が違った。

 荒い呼吸。小刻みに震える体。眼の焦点も合ってない。ここまで正気を失っているというか、自我が失われているのは不自然だった。さながら怪物――――。

 とうとう怪物が動き出す。真っ直ぐに突っ込んでくる。しかし避けるわけにもいかない。後ろにはまだ少女がいるからだ。力任せに繰り出されるパンチをその場で躱してなんとか動きを止めようと組み付く。しかしそのけた外れのパワーの前にいとも簡単に振りほどかれると今度はオルフェノクのタックルに吹き飛ばされる。

 もんどりを打って転がる。すぐに立ち上がろうにもリミッターの外れたようなオルフェノクの追撃を往なすことで精一杯だ。そして立ち上がりざまに一発男の腹に深く入ってしまう。

 息が止まる。その場にうずくまって動けない。そんな男を尻目にオルフェノクは本能に身を任せ雄たけびを張り上げる。そしてフジツボの力を宿したバーナクルオルフェノクは自身の能力から球体を生み出すと見境なく辺りに投げつけ始めた。そこにはもう理性の欠片もなく、もはや男もメィリィも見えてはいなかった。

 しかし闇雲に投げた球体が運悪く逃げていくメィリィのすぐ背後に落ち、大爆発を起こした。メィリィは爆風に飲み込まれその小さな体が宙を舞う。

 

「あっ……!」

 

 男は血の気が引く思いがした。最悪の事態が頭をよぎる。男は痛む体に鞭打ってメィリィのもとへ駆けだす。オルフェノクの砲弾が降り注ぐ中、なんとか少女にたどり着く。息はあった。不幸中の幸いか気絶しているだけのようだった。

 しかし事態はなにも好転していない。ファイズギアは村に置きっぱなしにしてしまってここにない。かと言って生身で乗り切れる相手でもない。絶体絶命の今、残された手段はただ一つ。だが男はためらった。なぜなら最後の手段は絶対使いたくない。

 オルフェノクが再び迫ってくる。どうやらほんの少しだけ知性が復活したようだ。男を認識して今にも襲い掛かろうとしている。ただ今はメィリィは気絶していて他に目撃者もいない。やるしかないのか―――。

 男が覚悟を決めた。その時だった。

 

「うおおおおおお!見つけたぁぁぁぁ‼」

 

 激しいエグゾースト音をまき散らしてスバルの運転するバイクがやって来た。オルフェノクもそれに反応する。バイクは猛スピードのまま一切減速せずにオルフェノクに突っ込む。そして正面衝突。すさまじい衝撃に両者が大きく吹き飛ばされる。

 オルフェノクはその勢いのまま小さな崖の下に落ちて消えた。スバルはバイクと一緒に地面に激突した。その様子を見ていた男はスバルに駆け寄る。

 

「おい、お前!」

 

「おお!探したぜ」

 

 スバルは地面に寝そべったまま男を見つけるとにへらと笑った。

 

「あの怪物があんたと同じ方向に行ったからヤバいと思って助けにきたぜ。―――痛ッ」

 

 スバルが起き上がろうとしたとき左足が痛んだ。先ほどの衝撃で足を捻挫してしまったのだった。スバルは自嘲的な笑みを浮かべる。

 

「それがこのザマだけどよ、ハハ」

 

「お前無茶すんなよ」

 

「……無茶ならするさ。というよりさせてくれ」

 

 スバルの表情が真剣なものに変わる。その眼は真っ直ぐ男を見つめていた。

 

「俺さ、あんたに助けてもらって礼も言えなくて、それどころか迷惑もかけた。気づいてんだろ?異変に。あれは紛れもなく俺のせいだよ」

 

 スバルは堰を切ったように話し出す。

 

「うまく説明できないけどさ、俺が元の世界に戻りたいっていうあんたの足引っ張ってんだよな。だからさ今度はあんたのピンチを俺が救いたいって、心からそう思ったんだよ。勝手に言えって言うから言ってみた」

 

「お前……」

 

 男はなにか感じるものがあるようにつぶやいた。スバルの言葉に普段は不愛想な男の鉄面皮も少し揺らいでいた。

 

 

「――――――」

 

 その時唸り声が聞こえる二人が振り向くと崖を登ってきたオルフェノクがそこにいた。

 

「アイツ……!おい、これ!」

 

スバルは倒れたバイクの荷台からアタッシュケースを取り出すと男に手渡した。

 

「これがあればあの化け物倒せるんだろ?あいつは村を襲ったんだ、村の分まで戦ってくれ」

 

 しかし男はアタッシュケースを受け取るとオルフェノクに背を向けてスバルに肩を貸して立たせた。すぐそこに迫っているというのに。スバルは焦った。

 

「おい、俺のことはいいから早くあいつと―――」

 

「いいから黙ってろ」

 

 そして木の陰に連れてくると腰を下ろさせた。

 

「ここに隠れてろ。あとそいつを見ててやってくれ」

 

 スバルが目をやるとそこには倒れているメィリィがいた。彼女のことはよく知っている。これまでのループではアーラム村にいくたびこの娘が連れている犬にかまれたものだ。

 

「もしかして、この娘を助けに森へ?」

 

「……さあな」

 

 男ははぐらかすように答えると、アタッシュケースを開き中から慣れた手つきでファイズギアを取り出して腰に装着した。

 

「……。」

 

 オルフェノクが迫りくる。男はスバルたちを背に立ちはだかる。しかしそこから動かなかった。スバルが不思議に思っていると男はおもむろに首だけ振り向く。男の肩越しに目が合った。

 

「乾巧だ」

 

 スバルにはそれが男の名前であることを理解するのに時間は要らなかった。やっと名前が知れた。ただそれだけなのにスバルは不思議と感動を覚えていた。スバルは自然と笑みがこぼれた。

 

「おう!俺の名前は菜月昴!」

 

「ばか。知ってるよ」

 

 巧も不敵な笑顔を浮かべる。そしてすぐにオルフェノクに向き直ると鋭い視線をぶつけた。

 ファイズフォンを開く。変身コードは5・5・5。

 

『Standing by』

 

「変身!」

 

 巧はファイズフォンを高くかざしてバックルに差し込んだ。

 

『Complete』

 

 全身をラインが駆け巡り赤い閃光に包まれる。スバルは目をそらさなかった。どれだけ眩しかろうとその雄姿を見逃すまいと目に焼き付けた。

 やがて光が止み戦士が降り立つ。この世界に再びファイズが舞い降りたのだった。

 

「―――――!」

 

 オルフェノクは大きな唸り声を上げながら突進してくる。ファイズは手首を振ると呼応するように駆け出す。両者の身体が激突し組み合う。

 けた外れのパワー同士のぶつかり合いに地響きのような鈍い音が轟く。ファイズはオルフェノクの両腕を下に振りほどくとがら空きになった顔面を右拳が鋭くとらえた。後退りしたオルフェノクが意趣返しとばかりに顔面を狙う。しかしそれを躱しつつ左のカウンターを腹部に叩き込む。そして間髪入れず右拳を再び顔面へ振りぬく。オルフェノクはたまらず転がる。

 

「おっしゃあ!」

 

 後ろで見ていたスバルは歓声を上げる。村を襲った恐ろしい怪物がファイズを前に手も足も出ない。エルザのときにも見たがここまで強いとは。

 

「バルス!」

 

 ラムがスバルを追ってここまで来た。ラムもスバルとともに木陰に身をひそめる。

 

「あの怪物は?」

 

「あそこだ」

 

 スバルの指す方には例の怪物。ただし村を恐怖に陥れた存在感は見る影もなく、今は謎の存在に一方的に殴り続けられている。ラムは困惑する。

 

「あれは何?」

 

「あれが……ファイズだよ」

 

 

 

 ファイズの蹴りがオルフェノクの胴を深く捉え大きく飛ばす。オルフェノクの身体は木に大木に受け止められた。

 ファイズは深く腰を落とし構える。そして一気に走り出しオルフェノクを後ろの樹木ごと蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばされた大木が倒れ林冠にはぽっかりと穴が開いて地表に光が差し込む。それはさながら天使が舞い降りる光の道のようだった。

 ファイズはその光を一身に受け、ベルトの右脇からデジタルトーチ型ツール・ファイズポインターを取り出しミッションメモリーを差し込む。

 

『Ready』

 

 待機状態となったファイズポインターを右足に装着する。そしてベルトに装填されたファイズフォンを開いてEnterキーを押した。

 

『Exceed Charge』

 

 ベルトから放たれた一層強力なフォトンブラッドがフォトンストリームを通って右足のファイズポインターへ吸い込まれていく。ファイズは再び腰を落としよろよろと起き上がるオルフェノクをじっと見据える。

 そして一気に跳躍する。光の差す方へ舞い昇る様は美しささえ感じられた。上空に到達したファイズは一回転。そして両足を揃えてオルフェノクに向けるとファイズポインターからポインティングマーカーが射出される。

 ポインティングマーカーはオルフェノクの眼前で円錐型に展開し、オルフェノクを拘束する。ファイズは右足をつき出しキックの姿勢をとった。

 

「やあああああ!」

 

 ファイズの、いや巧の気合の入った叫びが放たれるとファイズの身体は円錐に吸い込まれオルフェノクの身体を貫通し背後に降り立つ。クリムゾンスマッシュ。

 文字通りの必殺技を受けたオルフェノクは青い爆炎を上げたのち灰となって崩れ落ちる。

消え去った後の虚空にはφの紋章が墓標のように浮かび上がった。

 

「巧!」

 

 変身を解除した巧にスバルが声を掛ける。スバルのそばには依然気を失ったメィリィといつの間にかもうひとり増えている。そのピンク髪の少女の巧に向けられる懐疑的な眼差しに居心地が悪くなった巧はそそくさと倒れたままのバイクを立て直す。

 

「もう行くよ」

 

「なんだよ、村まで一緒に戻ろうぜ。この子も送らなきゃいけないしさ」

 

 巧の心情を知らずに引き止めるスバル。

 

「行かなきゃならないとこがある」

 

「ちなみにどこよ?もしかしたら案内できるかもしれない」

 

 なぜスバルがそこまで引き止めるか理解できない巧は仕方なく自分の行き先を教える。

 

「はぁ、ロズワール邸ってところだ」

 

「え、それじゃあウチってことじゃないか」

 

「は?」

 

 偶然にも巧が行こうとしているのはスバルが働いているロズワール邸だった。スバルはラムを見る。

 

「ラム、連れてきていいよな?客人って扱いでさ」

 

「ロズワール様のお客様なら仕方ないわ。それより早く森を出ましょう。ここでは魔獣に襲われかねない」

 

 巧はこうしてロズワール邸に行くことになった。メィリィを村に送った後、希望と試練の待つロズワール邸へ。

 

 

 

Open your eyes, for the next φ's.

第10話『月の明かり』

 

 

 

 

 




今回はちょっと長めでした。お付き合いいただきましてありがとうございました。

そしていろんな意味でようやく始まりました、555が。

それにしても乾巧という人物は自己紹介だけで1エピソード作れるのでキャラクターとしてのポテンシャルがすごいんですよ
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