私は家族を鬼に殺されて、自分のいる場所が鬼滅の刃という漫画の世界だと気がついた。
鬼は憎いが自分の命を投げ出してまで滅ぼしたいとまでは思っていない。
かといって、他に自分の命を捧げられるような何かにも出会っていない。
だから鬼殺隊に入った。
消去法みたいな理由である。そもそも食い扶持を稼ぐ方法を他に思いつかなかった。
私は筋肉が長所で、筋肉しかないことが短所である。
プロボクサーみたいな職業があったらきっとそっちをやっていた。
いや、あまりに筋肉がありすぎて人を殴り殺しそうだからやっぱりやっていなかったかもしれない。
崇高な理想などなく、成したい目標もない。
ただひとつ信じていることがあるとすれば。
筋肉は裏切らない。
だから私は岩柱のファン!!!!!!!!!!!!!
「デッカ! 肩にちっちゃい狭霧山乗っけてんのかい!!」
完全初対面だというのに興奮のあまりボディビル大会の掛け声みたいな雄叫びをあげてしまった。
デカ! 純粋な身長がというわけではなく体が筋肉で膨張してデカ!
仕上がってるよキレてるよ! ここまで仕上げるのには眠れない夜もあっただろ!
「あすみません、一瞬我を失いました」
「君は何かに取り憑かれているのか……」
シクシク泣かせてしまった。いや岩柱はいつも泣いてるけど。
「此度は任務をご一緒させていただくことになりました。浅学非才の身ではありますが、岩の呼吸を修めております。足手まといにならぬよう努力させていただきますので何卒ご容赦を」
「しのぶから話は聞いている。岩柱、悲鳴嶼行冥だ」
しのぶさん何話してるんだ怖いんだけど。
今私は自分の全力を尽くして頭良く見える喋り方をしたけどその意味を無くすだけの情報が事前に与えられてそう。
「事前にお聞きになられているかと思いますが、今回の鬼は条件を満たさなければ脱出できない部屋に閉じ込める血鬼術を使います。そもそも術にかからないことが理想ですが、鬼の素早さと逃げへの躊躇いのなさを考慮すると困難を極めます。ですので今回、閉じ込められることを前提に、いかに素早く部屋から脱出できるかを問題としましょう」
毎回素早い脱出を目標にはしているのだが、こないだそれなりに素早く部屋から出られ、かつ足の速い音柱の時でも追いつけなかったので、あれ以上のスピードで脱出しなければならない。
「部屋に入ってしまったら同時攻撃で壁ぶっ壊しましょう」
力でのゴリ押し。脳筋戦法である。
さすが岩柱と言うべきか、今回鬼は血鬼術を使う暇をなかなか与えられなかった。
鬼との攻防戦は、今までの戦いの中で最も長かった。
このまま部屋に入らずに首を斬れるかとさえ思った。
思ったが無理だったので部屋には入りました。
まあね、私がね、岩柱はともかく私がね、足を常に引っ張っていくのでね。
だって柱じゃないしさ〜! 足が遅いしさあ〜!
岩柱は予定通り、部屋に入ったことを把握するやいなや、壁を破ろうとして構えた。
私も追随して構えをとったが、思わず岩柱に目を奪われてしまった。
共に戦っている時から、いや戦う前から、いやいや前世で漫画読んでる時から思っていたが——やはりこの筋肉、至高の領域に近い。
「えっ好き」
思わず漏れたつぶやきの後、ドアがカチャリと開く音がした。
「えっ」
私は後ろのドアを振り返って確認しかけて、やっぱりやめた。
今目の前で技を繰り出そうとしている岩柱の筋肉から目が離せなかったからだ。
「岩の呼吸——」
柱の技を間近で見れる機会の方が脱出より大事だよなあ!?
ナイスバルク!
岩柱の剣技——いや剣じゃなくて斧なんだが——に合わせて私も技を放つ。
一撃でヒビが入り、二撃で半壊、三撃で壁が崩壊した。
〇〇しないと出られない部屋の壁って壊せたんだ……壊れてるところ初めて見たかもしれない。
ちらりと、落ちている紙に書かれた文字を確認したら、今回の部屋は『告白しないと出られない部屋』だった。
オタクの口から思わず漏れた「えっ好き」を告白にカウントするな。
ドアが事前に開いていたから壁が壊せたのか、ドアが開いていなくても壊せたのかは定かではない。
とりあえず私は、鬼を追う岩柱を追った。
しかし、途中で出られない鬼ではない別の鬼の妨害が入り見失ってしまった。あれはもしかしなくとも、出られない鬼が我々とかちあうよう誘導したのだろう。
というわけで再び討伐には失敗した。
私は部屋からの最も早い脱出を目指すとか言っておきながら、岩柱の技見たさにズルしたことが胸に引っかかり続けていた。
この後めちゃくちゃ罪悪感にかられた。
※ ※ ※
「私は鬼殺隊失格だ〜!!!!!!! 切腹させてくれ〜!!!!!!!!」
診察にかこつけてしのぶさんに泣きついた。
「鬼を斬るよりも大事なものができてしまった……もうダメかもしれない……」
「なんですか、鬼殺よりも大事なものとは」
「筋肉」
「はいはい」
おざなりすぎて笑った。
「しのぶさんしのぶさん、岩柱めちゃめちゃ……あの……めちゃめちゃに””””良””””だった」
「言語野が溶けてますよ」
違う、言語野も筋肉になったと言って欲しい。
「私はダメだ、岩柱の近くにいると正気を失ってしまう。体の支配権を筋肉に乗っ取られる」
「いつもと変わらないじゃないですか」
「そう思ってたんだ」
素直に驚いてしまった。
「岩柱といると私が輪をかけて役立たずになるのでダメです。岩柱と、ある程度力でゴリ押しできそうな、炎柱か水柱か風柱あたりの誰か組ませてなんとかしてください。それなら同じように部屋の壁を壊せると思います。音柱は狭い部屋で火薬爆発させたら鼓膜やられるかもしれないのでナシです」
「柱を2人集めるのって難しいんですよ」
「そうなの〜!?」
まあ私が柱の次にされるくらいだから相当な人手不足なんだろうな。
でも原作で蜘蛛の鬼と戦ってた時水柱と蟲柱揃ってたじゃんか。
アッあれ十二鬼月だからですかね、出られない鬼って一応雑魚鬼というポジションですもんね。
それかそのあとの柱合会議のためにたまたま近くにいたパターンか。
「それから、まあ討伐にはあんまり関係ないかもしれませんが——あの鬼は楼主だったんじゃないかと思いますね」
「楼主というと、遊郭の?」
「それほど立派なものじゃないと思いますが。それこそ吉原とかでなく、場末の切見世でも運営していた、あるいは今もやってるのかなと。血鬼術って人だった頃の特性が強く現れるんですよ。大概が生きてる頃に得意だったことや好きだったこと、日常でやっていたことの延長線にあります。血鬼術で部屋に閉じ込めるのは、生前も誰かを閉じ込めていたからなんじゃないですか」
「それだけで楼主というのはおかしくありませんか? 牢屋に閉じ込める方、看守かもしれないでしょう」
「鬼が閉じ込めた部屋の中で強要されるのは、性行為や色恋沙汰ばかりなんですよ」
セックス、相手のことを好きになる、子作り、恋話、告白。
私が経験した脱出条件は以上だが、全て色恋沙汰だ。
いやまってこうして並べるとセックスがおかしいんだが? どうした?
一番テンプレなセックスしないと出られない部屋が浮いてるの何? なんで横文字なのお前は?
「本当にこちらの戦力を削ぎたいなら、『手足を切り落とさなければ出られない部屋』でも『殺し合わなきゃ出られない部屋』でもいい。それをしないのはやりたくともできないからでしょう。あの部屋は部屋の中での暴力行為を強制はできないし、それどころか外から攻撃することもできない、完全に足止め用なんですよね」
「わかりませんよ? まだ攻撃方法を隠し持っているかもしれません」
「鬼の出現場所が、自殺の名所や墓地に集中していることからわかるでしょう。ただの人すら自分の力で殺せないほどの鬼なんですよ、きっと自分で人を殺したことがない」
この鬼は人を食う。屍肉食らいの鬼だ。
竈門禰豆子とは違う。
「今回鬼は本気だったはずなんです、しのぶさん。本気で逃げた。岩柱は筋肉の擬人化——いえ、筋肉の現人神ですから、素人目にも強いとわかります。だから血鬼術の出し惜しみなんかしていない。あの鬼にとって、この世で一番難しいことは『告白』なんです。元はとても可愛らしいひとだったんですね」
「鬼に対して可愛らしいだなんて、あなたも蜜璃さんのような評価をするんですね」
「蜜璃ちゃんのような純粋な気持ちじゃないですよ。それに蜜璃ちゃんはひどい鬼にはキュンキュンしないですし。あの鬼はかくしていた心の中を、人に打ち明けることが誰にもできなかったんでしょうね。それってとっても——
告白とは愛の告白だけのことを思っているんだろうか。
そうでなくとも、かくした心のたった一片でさえ誰かに見せることは難しかったのだろうか。
誰かに告白しそびれたまま、今も心をかくしたまま鬼をやっているのだろうか。
「鬼に同情しているんですか?」
「そうですね。だからこそ本気でやりましょう。首とりましょう、今度こそ。柱が無理なら一般隊士で構いません。たくさん集めてください。同時に血鬼術をたくさん使わせるだけでも鬼は消耗するだろうし、人数が多いほど捕物はやりやすい。これで最後にしましょう」
しのぶさんはため息をついた。
「避妊薬は……」
「いらねえよ!!!!」