九条空の怪電波   作:九条空

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20210130 執筆


【呪術廻戦】寝て起きたら呪術界最強になっていたらしい息子と同い年だったんだが【4/5】

 

 物心つく前から、自分の母親は昏睡状態だった。

 

 理由は不明。

 自分の六眼をもってわかるのは、どうにも母が目覚めないのは、母の術式が自分自身を攻撃し続けているということであった。

 

 状況はわかれど、なぜそうなっていて、どうすれば治せるのかわからず。

 五条悟は、母と一度も会話をすることなく17歳になった。

 

 母親が、五条家に嫁ぎたくて来たわけでないということを明確に知ったのは、夜蛾に会ったときのことである。

 

「ちゃちゃっと子ども産んでちゃちゃっと帰ってくる、と言っていた」

「うわ、そんなノリで俺産まれたの?」

 

 六眼と無下限術式の抱き合わせ。

 五条家が待望し、呪術界のパワーバランスを大きく狂わせた自分が、「卵安いからちょっとスーパーで買ってくるわ」くらいの軽いノリで産まれたことを知って複雑な心境になった。

 

「彼女のことだ、言った通りすぐに帰ってくると思っていた。こんなことならば、欲しがっていた呪骸を渡してやればよかったと何度悔いたか」

「要らねえだろそんなハムスター」

「カピバラだ」

 

 悟がハムスターと言ったのは、夜蛾が母の話をするとき、大抵見つめている謎の生物をかたどった呪骸である。

 出産祝いに、つくって贈ろうとしていたものであるという。

 

「彼女はげっ歯類が好きだった」

「その情報要らねー……」

 

 夜蛾が語る自分の母親は、随分破天荒だった。

 自分にはあまり想像できない非術師の出身だからか、しきたりに囚われず――はっきり言ってしまえば常識がなかったとのことである。

 

 いつまでも静かに眠っている母の顔を見ていても、そんな姿はまるで想像ができなかった。

 夜蛾も「黙っていれば大和なでしこだと評判だった」とのことだ。

 

「黙ってねーとこ、いい加減見せてくれよ」

 

 それからしばらく後、悟は五条家が自分の母を嵌めた経緯を知ることになる。

 

 きっかけは屋敷で眠る母のための世話係が、陰口を話していたことだ。

 

「あの女め、子宮だけ自ら破壊するなどと小癪な真似を。それが無事でさえいれば他の部位など必要が無いというのに」「五条の役に立てるのに役目を放棄して」「初めから当主に縛りを持ちかけるなど気に食わなかったのだ」

 

 そいつらを締め上げて事実を知った悟は、母を屋敷から病院に移した。

 そも、どこにいたって彼女の状態は変わらないのだ。

 だったら、母を騙し、ひいては自分を騙していた連中の場所に置いておく道理はない。

 

「なーにが俺は望まれて産まれてきただよ」

 

 俺に望まれているのは術式だけだ。

 望んでいるのも憎たらしい五条の連中だけだ。

 自分を産んだ母は、自分のことを望んではいなかったろう。

 

 それを確信へと変えたのは、喋って動く、母との初めての邂逅だ。

 

「お前のような息子を持った覚えはないが!?」

 

 なるほどまるで大和なでしこではない。

 喋っただけでイメージが完全に覆された。

 突如砲丸のように飛んできて砂埃を撒き散らす大和なでしこはいない。

 それは戦艦の方の大和である。

 

 母の目が覚めたらこうしよう、と思っていたのは全部どっかにいってしまった。

 

 クソ親父の死、母の睡眠の真実、諸々の処理が終わって呼ばれてようやく2人きりになれたころには、3周回ってどうしていいのかすっかりわからなくなっていた。

 

「悟。五条悟だよ。俺の名前」

 

 照れくさいのかなんなのか、名乗りはそっけないものになった。

 そもそも、母親に名乗るってなんなんだよ、と悟は思う。

 

「めっちゃいい名前じゃんセンスいいな」

「……あんたがつけたんじゃないのかよ」

 

 そして、名乗った上での母のリアクションが悟のテンションを急降下させた。

 なにしろ、自分の名前は母がつけたと聞かされていたからだ。

 

 なんのことはない、それも嘘だったというだけのことだ。

 自分の母親は夫と自分を愛していて、五条家のために生きたのだという、あいつらの嘘の延長だったのだ。

 自分の名前が母親につけられたのだと、むしろなぜ今までそう思い込んでいたのか不思議なくらいだった。

 

 そも、母は「起きたままではみんな殺してしまいそうだった」と言ったのだ。

 それほどまでに苛烈な怒りを持っているのである。

 その怒りが自分に向けられていると思わないほど、悟は愚かではなかった。

 

 だから直球で聞いたのだ、「俺のことが嫌いだろう」と。

 母はその問いに大きく目を見開いて、深呼吸をしてから、口を開いた。

 

「色々訂正しなきゃならんな。悟の父親が憎い相手ってのは確かだし、無理やり孕まされたってのも確かだけど、決定的に勘違いしているぜ――悟に関しては望んだ妊娠だった」

「……は?」

 

 含みを持たせた言い方を、理解できないほど馬鹿ではない。

 

「なに? 俺、きょうだいいんの?」

「いた、かな。いやあ、法律上はいなかったことになるけど」

 

 矛盾しているようで矛盾していないその物言いを、悟はすぐに理解した。

 

「水子かよ」

「そう。そして子宮ごと私が殺した。幸せにしてあげる自信がなかったからな」

 

 日本の法律上、腹のなかにいる生命体が人権を持つのは、妊娠してすぐではない。何週目以降からかは忘れてしまったが、言いたいのはそういう事だろう。

 

「じゃあ俺のことも殺すのか? 幸せにしてやる自信がないから?」

「プライベートで殺しはやらない主義なんだ」

「矛盾しすぎ」

 

 ならばなぜ腹の中の子供を殺したのだ。仕事――誰からの依頼でもないだろうに。

 

「プライベートじゃなかったからだよ。私にとって五条との結婚は仕事の一環だった」

「ただの政略結婚だろ」

「そうとも言うのかな。1人目を産むことは了承済みだったが2人目に関しては契約になかったから。まあ、縛りを破られた時点で夫ではなく敵でしかなかったし、そもそも私が縛りを交わした相手が影武者だったんだけどな。あーめちゃめちゃ騙された。思い返すと腹立ってくる」

「じゃあ俺のことは仕事として殺すわけ?」

 

 母は首を横に振る。

 

「私はプライベートと仕事をわけて考える人間だけど、こと君に限ってはむしろわけたくなかったんだ。仕事脳的には規約違反で産まれた子供は殺すべきと考えたが、プライベート的には殺しはしない主義でね。仕事だと割り切って邪魔な息子を殺しちゃう前に、そもそも意識を持っているのをやめたんだ。起きる条件に悟の父親の死を選んだのは、あいつさえ死んでれば多少、プライベートを優先できるような状況になってるかと思ってさ」

 

 母の眠りが、自発的なものであるという予想くらいはたてていた。

 なぜなら悟の六眼が、母の脳を破壊し続けている原因が彼女自身の術式であることを見抜いていたし、母以外の誰の残穢も捉えていなかったからである。

 だがその理由を知るのは、これが初めてだ。

 

「きみの——悟のことは嫌いじゃないよ。嫌いになれないしなりたくない。できればもっと仲良くなりたい」

「俺も、別にアンタのことは嫌いじゃねえよ。そもそも嫌いになれるほど、知らねえし」

「ほんとっ?」

 

 その声があまりにも喜色をはらんでいたため、悟は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 その程度で喜ばれる筋合いはないと思ったのだ。

 お互いに「嫌いじゃない」だけで喜ぶ親子関係なんて、複雑が過ぎる。

 

「むしろ悟の方が私のことを嫌いなんだと思っていた」

「なんでだよ」

「んー、ずっと寝てたから?」

「理由聞いて、それで恨めるわけねえだろ」

 

 17年。

 17年だ。現在の悟にとっての一生と同義の時間だ。

 それほどまでに長い時間、眠り続ける母親を恨んだことが一度だってないとは言えない。

 だがしかし、同時に17年は、母が意識を持って生きていた時間と同義なのだと思うと、途端に恨みは萎んでいく。

 

「理性的だね。でも感情としてはそううまく折り合いをつけられないもんだろ。恨めない、って言葉が出てくる時点で恨みたいと思ったことがあるってことだろうに」

「言葉狩りかよ、めんどくせえ」

 

 恨むという表現は適切でないかもしれない。

 悟はいつも、「なんで」と思っていた。

 なんで母は起きないのか。なんで誰にみせても原因がわからないのか。なんでいつまでたっても起きない人間が、たまたま俺の母親だったのだろうか。なんで、なんで、なんで。

 

 その答え合わせを、今聞いている。

 

「私の術式を知ってる?」

「よく知らねえけど、最適化とは聞いてる」

「そう。自分の最適化。呪力が続く限り健康状態を常に保つから病気にはならないし、体が欠損してもすぐ回復する。それもオートでね」

「便利じゃん。反転術式要らず?」

「まあね。それから、これは誰にも言ったことがないんだけれど、治る傷は体だけじゃないんだ」

 

 仕事とプライベート。

 それを母がわけたがる理由が、これらしい。

 

「心の傷も勝手に治る。今私が——そう、自分の息子を見捨てて眠りついたことや、妊娠したばかりの子を自分で殺したことを悲しんでいられるのは、私にとってその出来事がついさっきのことだからだ。そう遠くないうちに、私は自分の術式によってそれを『傷とすら認識できなくなる』。涙を流すこともできなくなる。仕事は仕事と、すべてを割り切ってしまえるかもしれない。だからそうなる前に殺してくれても構わないよ。きっと悟にだけ苦しい思いをさせることになる」

 

 そうして欲しいのは誰のためだよ。

 とっさに浮かんできた言葉を、言葉にするのはやめた。

 

「しねーよ」

 

 仕事と割り切ってしまえた母が自分を殺そうとするならば、殺し返すだけだと思った。

 母が一時でもそうしたくはない、と思っていたことを知った自分にならばできるだろうという確信もある。

 

「優しんだね。誰に似たんだ?」

「ハッ、自分だって言いたいのか?」

「んー、どうかな。でも父親の方でないことは確かだよな」

「それに関しては同感」

 

「あはは」と母は振り向いた。

 頰には涙の跡があり、笑っているもののその声は湿っぽい。

 

「私を殺さないんなら、まあ、しばらくは多かれ少なかれ交流があると思う。よろしくね」

「……おう」

 

 そんなに殺されたいのなら、自分がそうしてやろうと思った。

 体かもしれない。心かもしれない。

 こいつは自分の罪を忘れたくないのだろうから。

 母の心の傷が治る度に、再び言葉のナイフで抉ってやろう。

 

 17年。

 溜め込んできた恨み言なら、残弾は十分だ。

 

 悟が見ている間にも、先ほどまで赤みがかっていた母の目元は、みるみるうちに元に戻っていった。

 なるほどこれが「最適化」の術式か、と理解する。

 表面上の傷はあっという間に治してしまうのだろう。

 悟には見えない、「内側の傷」はどうなのかはわからないが。

 最適化の術式で気を取り直したのか、それともそのフリをしているだけなのか、母はからりと笑った。

 

「ママって呼んでもいいんだぜ」

「誰が呼ぶかよ」

 

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