「またかよ!」
私は白い壁に囲まれ、1つのドアしか存在しない部屋の中で五体投地した。
またあの鬼かよ! なんでだよ! 誰か私の代わりに殺しておいてよ!
無理か! 私というお荷物付きの炎柱では無理だったもんね!
つまりハンデのない柱クラスじゃないと無理ってことだよね!
「ねえ何してるの、鬼から攻撃を受けてるんだよ。早く立ちなよ。それから何か知ってるならすぐ話して」
「判断が早い」
今回一緒に閉じ込められたのは霞柱・時任無一郎である。
か弱い美少女のような顔をしているが、無表情で人に厳しいことを言う少年である。
私は今回も落ちていた紙を拾い上げ、祈るような気持ちで文字を読んだ。
『相手のことを好きにならないと出られない部屋』
安堵の息をつく。年下の男の子に不純異性交遊を迫る羽目にならなくてよかった。
前回から比べると随分と優しいお題だった。
もしかすると、前回よりも鬼に気付かれずに近くまで行けたからかもしれない。
血鬼術の発動までに時間がないと優しいお題しかつけられないのか?
「この部屋は鬼の足止めで、今のところ部屋を出る方法はこの紙に書いてあることをやる、以外に知りません」
「ならそうしよう。何すればいいの?」
「私のこと好きになってください」
「無理」
「即答」
なんで私振られたんだ?
え? もしかして不純異性交遊迫ってた今? あっるぇ?
「正確にはお互いを好きになれと書いてあります。恋だの愛だの、結納だのとまでは行かなくとも、なんとなく相手のこの辺がいいんじゃない? くらいの淡い好きを抱ければ出れると思うんですが」
「無理」
「即答」
私ってそんなに人から憎まれる人間だったのか……?
「すぐに忘れちゃうから、無理だよ」
「今だけ覚えてればいいじゃないですか」
「いいところが一つも見つけられない」
「いっそ笑えてくるな」
もしかして私今、圧迫面接受けてる?
霞柱と今回が初対面なのに散々すぎないか?
「早く部屋を出ないと鬼がどんどん遠ざかります。好きになる努力をしてくださいよ」
「そう言う君はどうなの? 僕のこと好きなの?」
「少女漫画みてえな面で少女漫画みてえなこと言いやがる」
正直嫌いになりかけていたが、私の方が大人なので我慢するしかない。ついでに階級も下だし。
短所は裏返したら長所だって昔から言われてるからな。
「霞柱は素直なところが好ましいんじゃないですか。裏表がないことは美徳の一つですよ」
「ふーん」
「ふーんじゃねえんだが」
全然心に響いてなくて笑える。
とりあえず好きになり方の見本を見せ続けるしかないか。
「入隊してすぐ柱になれるほどの剣の腕も素晴らしいですよね」
「君は僕より弱いから剣の腕は好きになれないな」
「素直なところが美徳素直なところが美徳」
南無阿弥陀仏の勢いで唱えた。
「素直って言うけど、相手の言ってることが本当かどうかなんてどこでわかるの? わかってるつもりになってるだけでしょ」
「まあそうですけど、わかったつもりになれるってところがいいんじゃないですか」
「僕はわかったつもりになられて不愉快だよ」
「論破された」
いや論破ってこういう意味じゃなかった気がするが、普通に言い負かされた。年下に。悔しい。
剣の腕だけじゃなくてディベートも強いぞこの柱! レスバに強い!
難敵すぎる。思春期の少年に好かれるにはどうすればいいんですか。
今すぐ現代に戻って育児本を読みたい。それか金八先生を見せて欲しい。
「それじゃあ霞柱が、自分のどこを好きなのかを教えてください」
「そんなのないよ」
「じゃあどこが嫌いですか」
「それもないよ。すぐに忘れちゃうから」
忘れりゃいいと思ってんじゃねえぞ。
こちとらこないだくたびれ儲けさせられた鬼を早く狩りに行きたくて焦ってんだぞ。
と言いたいが、一応彼の過去を知っている身としてはそんな暴言は吐けやしない。
「すぐにものを忘れるところ、いいじゃないですか。私もそうです、昔のことはすぐに忘れちゃうので」
「君と一緒にしないでくれる?」
「忘れるのは生きていくために必要なことですよ。過去を見つめすぎたら未来を歩けなくなる。霞柱の忘れっぽさは生きるのに役立ってますよ」
そこでようやく、霞柱は私を見た。
今までずっと中空を漂っていた視線がかち合う。
「何それ」
「そのうち思い出さなきゃいけないことは思い出せます。思い出せないんなら思い出さなくていいことなんですよ。私はそうやって生きているので、昨日の夕飯のことはもう覚えてません」
「……何それ」
霞柱はくすりともしなかった。だが今までの、呆れてものも言えないという感じでもなかった。
「だから私のことはこの部屋出たら忘れてくださいね、後から無礼だって怒られても面倒だし」
「言われなくても忘れるし」
「じゃあ早く出ましょうか、部屋」
「だから、開かないんでしょ」
私はドアのノブを捻った。
「もう開いてますよ」
この後めちゃくちゃ鬼に逃げられた。
※ ※ ※
「そう言ったら本当に忘れられててめちゃめちゃ面白かったです」
「あなたの感受性は本当に独特ですね」
二度目になる蝶屋敷での診察を受けていたら、霞柱と出会ったが本当に忘れられていたのでノーリアクションだった。
まあ覚えられていたとしても話すことなんかないか。
「なんとかならないんですかあの鬼。逃げ足が早すぎて、足が遅いと評判の私では全く追いつけないのですが」
「あなたの足の遅さはともかく、血鬼術が厄介ですからね。あなたたち以外にも複数犠牲者が出ています」
「追いつけても部屋に閉じ込められて距離取られて終わりって感じですか」
しのぶさんは笑顔に少しの苦さを滲ませながら首を縦に振った。
「部屋から出るための条件を満たす際、癒えない心の傷をつけられた者が多く……精神的なものなので、薬で治すことができないのです。今はここで療養させていますが、いつ良くなるか、剣士として再び戦えるかはわかりません」
「思ってたより深刻でしたね」
確かに私も前回今回と心労はえげつない。心が磨耗もした。
しかし心も剣も折れるほどではなかった。むしろ普段の戦闘の方が日輪刀折ってる。
だが逃げ足が速く、精神攻撃のうまい鬼というのは非常に厄介であるのは確かだ。
「それに一組、寿脱隊もしています」
「セックスしないと出られない部屋〜!!!!!!!」
ある意味ハッピーエンドなのか!?
鬼が鬼殺隊の子孫繁栄を手助けしていいのか!?
「非常に厄介な鬼です。一刻も早い討伐が望まれます。頑張ってくださいね」
「いや他人事みたいに……」
「頑張ってくださいね」
「はい……」
なぜ鬼の討伐は私の手にかかっているみたいな感じになっているのか。
どう考えても私には荷が重い。
この鬼足早いんだよ! 私は足が遅いんだよ!
雷の呼吸の隊士にやらせてほしい! それか音柱に!