「初めましてそしてさようなら部屋から出た後私の命はないでしょうね」
「いきなりなんだ」
蛇柱との合同任務、今回はいいところまで追い込み、なんとか首を斬れそうだったのに
そして部屋である。4度目の憎き部屋である。
『恋話しないと出られない部屋』
拾った紙にはそう書いてあった。
蛇柱とは今日が初対面である。いやふざけないでほしい。この人はどう考えても霞柱と同じ系統だ。
なんで対話系なんだ。いっそまだセックスの方が難易度低いまである。
「恋話しないと出られないらしいですよ」
「くだらないくだらない。そもそも本当にその紙の通りにしなければ出られないのか? 他に方法があるのではないか」
「あるなら教えてくれ〜!」
「うるさい」
蛇柱は一通り壁を調べたり、剣技を放ったりしたが、しばらくしたのちに床にあぐらをかいて座った。
「お前が話せ」
「前向きでよかった」
霞柱よりは部屋からの脱出に協力的で非常に助かった。
最近はこの出られない鬼(私が適当にそう呼び始めたら浸透してしまった)の知名度が上がり、隊士の精神を破壊する恐ろしい血鬼術を使うと評判になってきたせいもあるだろう。
「それじゃあ恋話なんですけど」
私は口を開いて、閉じた。
もう一度口を開いて、やっぱり閉じた。
「なんだそれは。鯉の真似か」
「恋だけにってね!」
シャー! と蛇柱が連れている白蛇・鏑丸に威嚇された。ダジャレに厳しい。
私は顎に指を添えて、真剣に考えた。
「恋ってなんですかね……」
「俺に聞くな。お前が話せと言っただろう」
いざ何か話そうと思うと何も話すことがなかった。
先ほど口をパクパクさせたのも、言うことに詰まったからである。
生まれてこのかた恋なんぞしていない。
「聞くにしてもいろいろやることがあるでしょう、まさか本当に聞いているだけで恋話をしたことになると思っているんですか? 恋話はする方と相槌を打つ方を交互に繰り返して成立するんですよ」
「偉そうに何を語っている、何様のつもりだ」
「恋話馬鹿にされた! 私はいつも蜜璃ちゃんとしてるのに!」
そこでビクゥ! と如実に蛇柱の体が跳ねた。
「鯉の真似ですか?」
「殺すぞ」
「えっ殺意高い」
蛇柱は殺気をひっこめると、咳払いをした。
「甘露寺とはどういう話をする」
「蜜璃ちゃんは話し上手なので私はいつも相槌役ばっかりなんですよ」
「おい、交互にやるんじゃなかったのか」
「応用編です応用編、蜜璃ちゃんほど話のうまい子にしか話し役はずっとできないんですよ」
「……なるほど」
なるほどじゃないんだが。
私の適当な発言を思いの外許してくれるので蛇柱は優しいかもしれない。
それか世間知らずなのかやや天然入ってるかのどっちかだ。
あと蜜璃ちゃんのことが好きなのがわかりやすすぎる。やはり恋話をするなら私でなく蛇柱の方だろう。
「蛇柱の好きな女の子ってどういう人ですか」
「なぜ言う必要があるお前に」
「言わないと恋話にならないからですよ。私は筋肉が多い人ですかね!」
こういうのは先に言ったもん勝ちである。
そうしたらもう片方も言わなきゃいけなくなるからだ。
「……え、がおが、多い女性だ」
めちゃめちゃ特定の人物思い浮かべてるだろわかりやすすぎる。
顔の四分の一隠れているとは思えないほど表情がわかりやすい。
「じゃあ蜜璃ちゃんとかですね」
「なぜそうなる、甘露寺を好きとは言っていない」
「あれ、嫌いなんですか」
「嫌いとも言っていないだろう」
「ですよね、嫌いな女の子と一緒にご飯食べに行ったり、靴下贈ったりしませんもんね」
「当たり前だ、甘露寺としかそんなことはしない」
「蜜璃ちゃんが特別なんですね」
という私の発言が悪かったらしい。
蛇柱は突然早口になり、怒涛の勢いで喋り出した。
「特別などという陳腐な言葉で甘露寺が表現できると思うな」
「蛇柱?」
「そもそも恋話などと不毛でしかない。言葉で何が伝えられるという」
「蛇柱!」
「この世に甘露寺の素晴らしさを表現できる言葉を生み出してからにするんだな」
「蛇柱!?」
この人、口元包帯で抑えてるのに発言が全く控えられないのか!?
うっかりで口から失言がこぼれ落ちすぎだぞ!?
あっれ!? 蜜璃ちゃんが好きなことを隠したいそぶり最初見せてたけどあれはブラフだったのか!?
「えっと蛇柱、まあ恋話の定義はともかくとしてですね」
「恋という言葉は甘露寺のためにあるんだ、甘露寺がいなければ恋話とやらは成立しないだろう」
「ちょ、あの聞いて、ドアもう開いてるんで」
「あの鈴のような笑い声がなければ恋ではない」
バーサーカーになっちゃったのか!?
私は思わず半分立ち上がって、開いたドアの方に体を寄せた。
「おいどこに行くつもりだ。まだ話は終わっていない」
「話は終わってなくても血鬼術は終わってんだが!?」
蛇柱に腕を掴まれ身動きが取れなくなった。
単純な筋力で言えば私の方が上なので、腕を振り払って部屋を出ることは可能だったろう。
ただそれを許さない覇気があった。逃げ出した瞬間背後から斬りかかられる錯覚すら見た。
その時の私はまさに、蛇に睨まれたカエルであった。
なるほどこれがカエルの呼吸。
私は足が遅いのである。
それをこの時ほど憎んだことはない。
それからは無限甘露寺タイムである。
この人よくそんなに話すことがあるな。オタク特有の早口に親しみは覚えるけれども。
私は鬼を逃したことを、この時点で確信していた。
「甘露寺がいたからこそ俺は一層鬼殺に励むことができた、より強くなれた」
「強くなれる理由を知るな」
「貴様、甘露寺と仲が良かったな。飯時にもよく貴様のことを甘露寺は話す。全く妬ましい妬ましい。俺を不愉快にさせたことを詫びさせるために今度甘露寺への贈り物を買いに連れて行くぞ」
「僕を連れて進むな」
この後めちゃくちゃ適当に相槌を打った。
※ ※ ※
「脱出に今までで一番時間がかかりました」
「さすが伊黒さんですね」
何がさすがなんだかわからないが、しのぶさんは4回目の診察に驚いた様子もなかった。
まあそうか、3回目の段階で鬼を倒していなかったら、4回目で殺しきれたとしても血鬼術の影響がないか診察自体はするだろうしな。
あれ以来私は若干蛇柱が怖くなり——正確にはネチネチと蜜璃ちゃんの話をする蛇柱という特定条件だが——今回は私一人で診察を受けている。
「今回はお話だけで済むものだったようで。どういった条件で血鬼術の解除方法が変動しているか予想はつきますか?」
「向こうの鬼が本気かどうかだと思いますよ」
だからこういうざっくばらんな話もできる。
「今回は本気ではなかったと?」
「この鬼、純粋な戦闘力は本当に大したことがないんです。ただ、圧倒的な捕縛率を誇る血鬼術と、本体の逃げ足の速さが異常なだけで。だから、正確に鬼殺隊の実力を測ることさえできない。以前の霞柱は子供だから、今回の蛇柱は体格が小さいから、と見た目だけで弱いと判断されたんじゃないかと。だからそれほど本気の血鬼術を使わなかった。まああくまで私の予想ですけどね」
しのぶさんはしばらく考えると頷く。
「そう的外れではないと思います。あなたが言うところの『本気の血鬼術』が使われたのは、筋肉質の男性隊士2人組の場合が最も多い」
「聞きたくなかった」
私は顔も名前も知らぬ男性隊士たちの、散っていった純潔のために祈った。
「あなたの場合は煉獄さんと宇髄さんでしたね。あなたが女性で、外見だけはひ弱に見えることを除いても、彼ら単身で十分脅威に感じたとすれば、『本気の血鬼術』で対応したとしておかしくありません」
「外見だけはひ弱」
確かに、私は身長はしのぶさんとほとんど変わらないが、体重はしのぶさんの倍はある。
もちろんその重さは全て筋肉である。私は筋肉の甲冑を着ている。
「で、あれば相手を油断させるというのがいいでしょうか」
「そうですねえ。でも見た目弱そうだけど強い隊士なんていました?」
しのぶさんは微笑みをたたえてこちらを見た。
私はゆっくり後ろを振り返ったが、何もなかった。
「なぜそう鈍いんですか。あなたですよ、あなた」
「私!? 見た目が弱そうなのではなく名実ともに弱いだけなんですが」
「乙の隊士が何をおっしゃっているんです」
「いや、私そんな階級じゃないですって」
ため息をついて、しのぶさんが「階級を示してごらんなさい」と促した。
言われた通りに手の甲に力を入れて確認すると、確かに「乙」と記されていた。
乙は柱と甲の次に高い階級である。柱を除けば2番目ということだ。
「いや知らないんですけど!? いつの間に!?」
「定期的に自分で確認するものですよ。柱への就任でもなければ昇格の連絡はいちいちされませんから」
「し、知らねえ〜!」
知らん間に柱の一個前の階級まで押し上げられているものなの!?
いや私ここ最近の任務で鬼を逃して失敗しまくっているのだが、一体どこをどう評価してこんなことに。
「いいですか、甲の隊士には基本的に継子にしかなれません。なぜなら甲になれば次期柱であることが決定するからです。柱に欠員が出た場合の補充要員が甲。ですから信頼できる現柱の弟子、あるいは元柱の弟子というのが相場です。あなたは継子ではないので、乙が現状与えられる最高位ということですよ」
「納得できねえ」
「だから継子になれと言ったではないですか。呼吸こそ違いますが私か煉獄さんの継子、あるいは会ったことのない岩柱の悲鳴嶼さんを紹介するかと」
「いやそこではなく私の階級がむやみやたらに上がっていることに納得ができていません」
どうりで柱と一緒の任務が最近多いなと思ったよ!
私の階級が上から数えた方が早いからだったのだ。
強い鬼の場合、あまりにも階級が下の隊士がついて行っても足手まといにしかならない。
だから柱は上の階級の隊士としか組まず、新人の前にはなかなか現れないため、柱に憧れと畏怖を抱くのである。
というか今鬼殺隊には甲の剣士はいないと聞いているので、実際柱の次が私ということになる。
大丈夫か鬼殺隊!? 大丈夫じゃないだろ鬼殺隊!!
「あなたって本当に馬鹿なんですね」
「率直な罵倒」
馬鹿なので何も文句は言えなかった。
私の長所は筋肉であり、私の短所は筋肉しかないことである。
「先日鬼を五十斬ったでしょう。空きがあれば柱になっているところですよ」
「えウッソ……五十よりももっと鬼を逃している気がする……差し引きゼロになりません?」
「なりません」
乙……ショックで手の甲の藤花彫りをしばらく眺めていたが、いくら落ち込んでも階級が落ちることはない。
何がショックって私より強い隊士が柱以外に存在しないという事実である。
私は鬼殺隊士として一般人を身を呈してでも守るという覚悟はしていたが、正直鬼殺隊士を守る覚悟は全然していない。
だってみんな鬼を殺すという同じ志だし、みんな私と同じかそれ以上に強いと思ってたし。
鬼殺隊の中で私が強いってことになってんだったら私が他の隊士を守らなきゃいけないんですよね〜!? NO覚悟なんですけど〜!?
ショックから抜け出し切れない私にしのぶさんが指示する。
「ですから次の任務は恋柱と行くといいでしょう。どちらも女性ですから鬼も油断するかと思います。あなたの顔が割れていなければですが」
しのぶさんが来てくれるわけじゃないんだ、とは言わなかった。
なんだか言ってはいけない怖気があったからだ。
「顔なら大丈夫だと思いますが……どこにでもいる顔だし」
「全然そんなことはないので、顔を変えるお化粧をしましょうね」
問答無用だった。
私に化粧はできないが、やってくれるというのであれば任せることにした。
「ひとつ聞いていいですか?」
「なんでしょう」
「以前寿脱隊されたと言っていた隊士の方々の性別は……」
しのぶさんは大層美しく微笑んだ。
「個人情報ですので」
「あっはい」