神と呼ばれた少年は平穏な日常を夢見るか 作:さとう
死神の存在と両親の過去を知った。
「さて、秘密ふたつ目です。──実は、過去に狂犬サンを見たことがあります」
え、と無意識のうちに口から音が出た。狂犬を見たことがある……? 死神は何百年と生きるのが常識で、お父さんも死神だ。狂犬も500歳をとうに超えていると聞くし、一回くらいは会ったことがあってもおかしくない、のか?
「……私は貴方に会ったことはないわ」
「そうでしょうね。アタシが一方的に知っているんスから」
「ああ、そういうこと。どおりで元の身体に戻れないわけだわ」
お父さんと狂犬が、僕にはわからない高次元の話をしている。同級生よりは大人びているつもりでいるが、まだ10歳になりたての僕が何百歳という二人の会話を理解しようなんておこがましいのかもしれない。
「ええ。でも本題に入る前に、昔話をしましょうか」
昔々あるところに、死神たちがおりました。いつものように現世に降りて虚を倒していたら、なにやら男が暴れているのを見つけます。
『何をしているんだ!』
『人を食ってるだけだ。俺たちにとってこれは食いもんだから当然だ』
『お前だって人だろう』
『何を言っている。俺は人じゃない』
男は自分をこう呼びました。
バランスを重んじる死神は、上司に相談しました。これでは世界は吸血鬼に滅ぼされてしまう、と。吸血鬼と名乗る男はあまりに強かったのです。
出された結論は、吸血鬼を殲滅するというものでした。こうして、各地に散らばっている吸血鬼を探し出し、殺し、数十年後には目標は達成されたのでした。
「これが、700年前の話です。狂犬サンにも、心当たりはあるでしょう?」
「……どういうこと? 吸血鬼ってアニメに出てくるような人の血を吸う魔物でしょ。僕たち血神は似てるけど全然違うよ! だって、」
「いいわ、輝夜」
お父さんが何を言いたいのかわからない。僕が取り乱して問い詰めるのを、狂犬は一言で制した。突然吸血鬼の話をして、それを狂犬に振るなんて。まるで狂犬が吸血鬼だと言っているみたいじゃないか。
「みたい、じゃないのよ。私は紛れもなく純血の吸血鬼。……血神の一族は、本当は吸血鬼の末裔よ」
今まで騙してて、ごめんなさい。どんなときでも快活に笑っていた狂犬の、初めて聞く声。今までというのは、20年前に僕と出会ってからか。はたまた、血神教が始まったころからか。
どうして血神として生きたのかもわからない。何も知らない僕は、何を許せばいいのだろう。
現人神と吸血鬼で何が違うんだと思うかもしれないが、神と鬼だ。信仰してくれている人もいた。それを僕が裏切ってしまったのだ。
神を騙る鬼。なんて罰当たりなんだろう。
「狂犬サンをアタシが見たのは、あの世でのことです。アタシは技術開発局……研究室のようなところで働いていて、狂犬サンはその奥の奥に厳重に保管されていました」
狂犬がなぜあの世にいるんだ。ずっと宝刀として血神と共にいたはずなのに。本人の表情を読みたいのに、ちらと見ても血のように黒い鞘が光るだけだ。
「何百年も前のことだけど、私は死神に殺されたのよ。貴方みたいにね」
僕みたいに。執拗に切り刻まれて、ということだろうか。吸血鬼という種族が強すぎるから。
「正確には、殺されかけた。一命は取り留めたわ。だけど、目が覚めたときには身体はなかった。そのとき私が持っていた刀と同化していたのよ。……きっと、刀に血が染み込みすぎて、身体に戻れなかったのね」
「アタシは、『完全に死んだと判断し身体を回収したが、何故か腐らずそのままの状態を保っている』と聞いています。そして、現世で狂犬サンの血が生命活動を続けていたために身体もそれに応えようとしていたのではないか、というのがアタシの見解っス」
常識をまるっきり無視したとんでもない話が展開されて、僕は追いつくのがやっとだ。
ええとつまり、狂犬は昔吸血鬼だからという理由で死神に殺されかけたけど、精神は刀に移ってしまってその隙に身体をあの世に持っていかれ、戻れなくなった、ということか?
「それじゃ、お父さんは狂犬の本当の見た目を知っているってこと……?」
「……うん」
「どんなのだった? 僕、見たことがなくて」
これは、狂犬が昔は刀ではなかったと聞いたときから気になっていたことだった。何回聞いても『さあ。覚えてないわ』の一言ではぐらかされ、次にはもう晩ごはんの話にすり替わっていたのだ。
「似てたよ。輝夜にそっくりだった。……成長すればするほど、もしかすると血縁関係にあるんじゃないかと思うくらいに」
ただ見た目を答えるだけというのに、お父さんはあまりにも辛そうに目を細めた。しばらく口を開いていないお母さんも眉間に皺が寄っている。
「一つ聞いていいかしら。貴方たちが輝夜を拾ったのは、吸血鬼の血が入っていたとわかり次第殺すため?」
「違う! 最初は、刀を握りしめて眠る赤ん坊に興味を惹かれただけじゃった。特殊な霊圧を放っているとわかったのは家に連れて帰ってからじゃ」
こんなことになるとわかっていたら、僕のことは拾わなかったのだろうか。吸血鬼だと知っていたら、その場で斬り伏せていたのだろうか。二人の苦虫を噛み潰したような顔を見て、思ってしまった。
この10年で受けた愛情は本物だと思っていた。しかし、みんなは吸血鬼の力に怯えながら接していたのかもしれない。そんな疑念に支配される。あり得ない、そんなわけないのに。
僕の表情から何を考えているかわかったのか、お父さんが震えた声で言う。
「ボクは、君が何者でも君のお父さんだよ。大好きだ。じゃないと10年も一緒に生活なんてできないよ……」
「お父さん……本当、だよね? 僕は、お父さんの子供でいいんだよね……?」
「もちろん。君は浦原輝夜で、ボクと夜一サンのただ一人の息子だよ……」
優しく抱きしめられる。いつもはあんなに力いっぱいなのに。いつもはあんなに顔を埋めた羽織がじわじわ濡れていって、泣いていることを知る。
「……私の可愛い輝夜を傷つけたらただじゃおかないわよ。今日まで隠しごとがあったことも、許してないんだから」
「当たり前じゃ。我が子を護るのが親の役目じゃからの」
読者の皆様にいつツッコまれるかひやひやしてました。血を飲んで回復能力があって変身できる個体がいて、いやそれって吸血鬼だろ! そうです!
構想を練る段階で、思いつく主人公は性格はバラバラながらみんな吸血鬼だったので、厨二病と呼ばれるのを覚悟で吸血鬼にしました。
どうしたら人間と吸血鬼が関われるかな。あ、その血を活かしてギブアンドテイクの関係ならいけるのでは。でもそれってうっかり信仰されちゃわない? じゃあいっそ宗教を立ち上げてしまおう。→血神教の誕生、という流れでした。それがとてもしっくりきてこの物語を受信したのがこれを書き始めた理由です。
文章力が足りず表現しきれないことはたくさんあるのですが、輝夜の10歳の誕生日の物語はここで一旦終わりにしようと思います。ここまでお読みくださった皆様、本当にありがとうございました。
かといってこの連載が終わるというわけではなく、今後も本編または番外編という形で大人たちとわいわいする話を書こうと思っております。これからもよろしくお願いします。