神と呼ばれた少年は平穏な日常を夢見るか 作:さとう
千樹郎の誤解が解けた。
「あ、お父様! おーい!」
「そんなところにいたんだ。全然気づかなかった」
ひとしきり鞠で遊んで何度目かの休憩をしていると、突然春陽が手を振った。その先にはあの人とお父さんが話しているのが見える。どこに行ったのかと思っていたが、こんなに近くだったなんて。
向こうもこちらに気づいたようで手を挙げたり扇子を扇いだりと何らかの反応を示す。わかれる前はもう少し殺伐とした雰囲気を纏っていた気がするけど、今は二人とも穏やかな表情をしている。
「どうだった? 輝夜くんと遊んだんだろう」
「はい! すっごく楽しかったです」
名前もつけてもらっちゃいました! とまたぴょんぴょん飛び跳ねながら報告する。
あれ。さっきこの人、僕のことを輝夜くんと呼ばなかった? 驚きと戸惑いでお父さんを見上げたが、いつもより楽しそうににこにこするだけだった。
しかも、大切な娘に勝手に名前つけて怒られると思ったのに良かったなとしか言わない。さっきまで娘の前でも僕への警戒心を隠してなかったはずだ。憑き物が落ちたようなすっきりした顔をしているし、お父さんとの話し合いで何かあったのだろうか。
「輝夜くん」
「は、はい」
彼は少し真面目な顔をして僕を呼ぶ。それがあの日のようで少し身体が強ばる。恐る恐るといったふうに近づく僕をお父さんが笑った。
「すまなかった」
「え、いや……あのときは僕もこの目の力が暴走してたみたいなので」
「本当に、すまなかった」
頭を深く下げる姿に焦ってやめてくださいと言う。あんなに恐ろしかった父が、今は小さく見えた。
ようやく顔を上げたその表情にはもうあの日の狂気はなくて、僕はやっとこの人と親子になった気がした。
「ええ! もう帰っちゃうんですか!?」
「ごめんね。また遊びに来るから」
そろそろ日も落ちようという時間、僕とお父さんは知上村の入り口まで見送りに来た二人と挨拶していた。ごねる春陽をあの人がなだめすかす。僕もなんとかフォローしたら、ほんとですか! とそれは元気にお返事された。
「好きなときに遊びに来ていいからね、輝夜くん」
「お父様……。わかりました」
「あー!! 輝夜のパパはこっちっスよ!」
久しぶりに呼んだ『お父様』に目敏く反応したお父さんがかなりの勢いで抱きついてくる。く、苦しい、と引き剥がそうとする僕を見て彼はひと笑いした。
「千樹郎でいい」
「え、」
「私の名前だ」
まさか、20年教えてもらえなかった実の父親の名前を今教えてもらえるなんて。名前は呪いとよく聞くというのに、呼んでもいいと言うのか。
「千樹郎、さん」
「ああ」
震える口でなんとか名前を紡ぐと、彼は幸せそうに笑った。お父さんも満足げに頭をかき混ぜたが、強めの力加減だったため丁重にやめていただいた。
「では、さようならっスね」
「お、お邪魔しました!」
春陽がばいばーいと手を大きく振るのにつられて控えめに手を上げた。飛んで喜んでいる姿を見てこちらも頬が緩む。
「ああ、そうだ。浦原さん」
「ハイ?」
「思い出したんです、名字」
「僕はかつて、浮竹千樹郎と呼ばれてました」
もし兄に会う機会があれば、元気にやっていると言ってやってください。千樹郎さんはぽかんとした顔をする父に、いたずらが成功したように笑う。お父さんはというと、すぐ理解したのか帽子を抑えてクツクツと喉を鳴らした。
意味のわからない父親二人に、子供二人は首を傾げる。どうせ僕たちが頭を使ってもわからないままだから何も聞かないけど。
こうして、長くて短い帰郷は幕を閉じた。
おまけ
「昔は輝夜もあんな着物着てたの?」
「うん。突然どうしたの」
帰りの道のりで、急にお父さんが話題を変えた。さっきまで今日の晩ごはんの話をしていたのに。
「いやあ、さぞ可愛かったろうな、と」
「……あんまり可愛いって言わないでくれる?」
「ええ!? なんで」
「世界一可愛いとか言われると、本当にそうなんじゃないかと思っちゃうでしょ」
「正しいじゃないっスか!」
「いや……そろそろナルシストになりそうで」
「ナルシストな輝夜も可愛いから大丈夫!」
また抱きしめられ、ぐえと潰れた声を出す。全く、こちらにとっては死活問題なんだが。
つい先日も、同級生から『可愛いって言われて喜ぶなんて変だぞ』と言われたばかりで。……まあ、可愛いは褒め言葉として使われてるんだから喜ぶのは喜ぶんだけど。
ちなみに、晩ごはんは唐揚げだった。わーいと春陽に影響されて大袈裟に喜ぶと、『お疲れでしょうから皆さんの好きな唐揚げにしました』と言われた。テッサイさんは気遣いの鬼なのだ。
浮竹千樹郎。浮竹家次男で、すでに勘当されています。長男の身体の弱さから、次男は千年生きる樹のように強くなれという意味で千樹郎と名付けられました。もちろん全部捏造です。
勘当された理由は……考えてません。兄の完璧さにグレたとかですかね。しかし現世に降りても元来の真面目さは変わりませんでした。お兄ちゃんはというと、なんで勘当されたんだ? と首を傾げてます。そんな感じ。
知上村編、終わり!
拗れた親子の和解もできて、妹もできて、なんとかハッピーエンドと呼べるものになったと思います。計九話かあ。頑張りました。えらい!
次は番外編かな。あとは時間とびとびであれこれしたいです。原作が手元にないのが痛いですね。代わりにオリジナル話とか色々書きたいです。頑張るぞー!