神と呼ばれた少年は平穏な日常を夢見るか 作:さとう
遊子と夏梨に服選びを手伝ってもらうことになった。
輝夜が迷子になった。
本人に自覚があるかどうかはわからないが、少なくともテッサイ、雨、ジン太の三人が10分探しても見つからなかったのだ。
それでも、迷子センターにアナウンスしてもらう手は最後にしたい。三人の関係を疑われると困るためだ。それに、輝夜は目立つのを嫌う。10歳にもなって迷子センターなんて! と嘆く姿が三人の脳裏に過ぎった。
服屋は大きく、中で悩んでいるうちに遠くへ行ってしまった可能性は大いにある。それなら、三人で店内を探す方が良いはずだ。そう考えて探してみるが、やはり見つからない。
「どうでしたか」
「ダメだ、見つからねえ」
焦りは強くなっていく。特に雨は、最後に輝夜と会っていることもあって既に泣きそうだ。
「ごめんなさい……私が一人にしちゃったんです…………」
「そんなの言ってもしょうがねえだろ! 二手にわかれて探そうぜ」
珍しく真面目なジン太の提案で、雨とジン太、テッサイとわかれることになった。雨ジン太グループが迷子になっては元も子もないので、服屋のメンズだけを探すように決める。テッサイはレディース側だ。
事前に決めた集合場所に10分後に集まることを約束して、三人はそれぞれ持ち場についた。
「私のせいだ……」
「まだ言ってんのかよ! あの弱っちい輝夜から目を離したのはみんな一緒だろ」
まだ涙ぐんでいる雨を雑に慰めながら、ジン太はしかしかなり焦っていた。輝夜は歳上だが、細くて小さくて、腕っ節だって強くない。拐おうと思えば簡単にできてしまう。
思考は悪い方は悪い方へと流れて、もうこのショッピングモールにはいないかもしれないとまで思ってしまった。
「あの、ジン太くんのせいじゃ……」
「わかってる!」
自分のことで精一杯の雨にまで不安が伝わったのかと思うと、情けなくてしかたない。ジン太は手を握りしめて開いてを何度も繰り返し、大きなため息を一つついて一旦心を落ち着かせた。
一方雨はというと、涙の余韻をぐすぐす鳴らしながらもなんとか輝夜を見つけ出そうとしていた。
気の弱い彼女にとって人に話しかけるのは虚退治の何倍も難しいことだ。しかし、ほとんど兄弟のような存在である輝夜を見つけるためならばと勇気を振り絞って聞き込みを続けた。
それも五人になったところで心が折れそうになる。誰も輝夜のことを見ていないのだ。見ていても、小さな子のことなど気に留めていない。雨は、どうしたらいいかわからなくなってしまった。
「……そろそろ10分だ」
「うん……。もしかしたら、見つけてるかもしれないし」
「ねえ、本当にこれ着るの……?」
「うん! 絶対似合うよ」
僕の手には、どう見ても女の子用の半ズボン。膝上何センチだよ、とツッコみたくなる丈だ。
あれから僕は、黒崎姉妹の手で着せ替え人形にされていた。メンズからレディースから、本当にいろんな服を着せられて、僕の少ない体力はすでにほとんどなくなった。
「これは?」
「や、こっちのが似合うって」
二人は面白がってコーディネートバトルのようなことをしていて楽しそうだ。……本人そっちのけで。
早く帰りたい。三人置いてきちゃったから、みんな心配してるかもしれない。姉妹には悪いけど、そこそこ良い感じの服を何着か見繕ってもらって戻ろう。
「あのさ、そろそろ」
「次はこれ着て! 絶対似合うよ〜」
「ハイ……」
僕は、弱い。
三人が集まったのは、メンズとレディースの棚の境だ。両側に試着室があり、そこから輝夜が出てくることも考慮してのことだった。
「どうだった!?」
「いえ……。そちらもですか」
テッサイも、結局輝夜を見つけることはできなかった。10分前にわかれてから、保護者として不甲斐ないと自分を責めても意味がないと急いで探し回った。しかし初対面だと怖がられることの多い巨躯のせいで雨のように聞き込みができないこともあって、輝夜探しは難航していた。
「これもいいかも!」
そこに、声が聞こえた。輝夜のものではないが、同じくらいの女の子のものだ。ジン太には聞き覚えがあった。よく駄菓子を買いにくる女の子。彼女は輝夜と同い年で、仲が良かったはずだ。
そちらを見ると、やはり彼女、黒崎遊子だった。柔らかい茶色の髪を短く切っているタレ目の穏やかな少女。
「ジン太殿!」
テッサイの通る声も無視して走りだす。何か知っていると信じて。
「おい、お前!」
「あれ? あなたは、駄菓子屋の……」
「輝夜知らねえか!?」
彼女は、突然現れた顔見知りにキョトンとした。ジン太はその一瞬も待ちきれず、本題を叫ぶようにして伝える。すると、遊子の返事より先に、後ろからシャッとカーテンの音が聞こえた。
「え、ジン太?」
続いて聞こえたのは、間抜けな声。見なくてもわかる。三人が必死に探していた、浦原輝夜だ。
「う、うう……うわあああん」
「わ、ちょっと、雨!?」
最初に動いたのは雨だった。堪えていた涙をぼろぼろ溢して輝夜に抱きつく。輝夜の方が背が低いのもあってよろけるが、お構いなしだ。
「え、うぐ……」
そして、状況をようやく把握できたジン太も泣き出してしまう。なんとしても探し出さなくてはという使命感でピンと張っていた気が緩んでしまい、涙はしばらく止まりそうになかった。
二人を受け止めてはいるがよくわかっていない輝夜は、よくわからないながらもよしよしと背中をさすってみる。テッサイに視線を向けると、眉間のしわがいつもより多かった。わかりづらいが、かなり怒っている。
「あの、どういう状況……?」
「……心配いたしました」
「え、もしかして迷子だと思って探してたの」
ようやく状況が飲み込めたのか、輝夜は大きなため息をつく。双子に僕が振り回されてる間に、どうやら大事になってしまっていたらしい。輝夜は困惑の面持ちで頬をかいた。
「えっと、ごめん。心配かけちゃって」
「う、ひっく、ううん。ぶじで、よ、よかっ……」
「……ユーカイされたのかと思った」
「うん……。ごめん、ありがとう」
その後、輝夜は二人が泣き止むまでテッサイに叱られたのだった。
そして、試着中だった服は涙で汚れて買い取ることになってしまった。しかし幸か不幸か、父親が気に入って輝夜が定期的に着るはめになったため、それがタンスのこやしになることはなかった。
Q.雨は同い年だし、ジン太に至っては二つも年上なのになんで輝夜が迷子になってめちゃくちゃ心配されるの?
A.弱いから。
設定を考えていたときはこんなに弱そうな子になるとは思っていませんでした。吸血鬼はこの作品では最強種なので。なのになんでこんなに弱いの……? 一応回復能力はあるので、負けない・死なないという点では最強とも言えるのですが。それでも家族は安心できませんからね。
それと、プロットの段階では、『浦原さんは輝夜が大好きだけど、ちゃんと雨もジン太も好きなんです』という回にする予定だったんです。浦原さんどこ……ここ……?
ちなみに、子供たちの相関図描いてます。みんな仲良しです。
【挿絵表示】
次回はどうかな、本編の続きになりそうです。原作開始だー! でも輝夜は参加しません。戦闘力のない子はお留守番です。
それではいつになるかわかりませんが、次回もよろしくお願いします。