神と呼ばれた少年は平穏な日常を夢見るか 作:さとう
血神についての話をした。
「とりあえず、僕が話せる範囲は全部話したかな」
そうやって締めくくり、お父さんとお母さんの表情を見る。正直、深夜に突然やるような話じゃない気はしている。思い出したばかりでまとまってないし、実の父親に閉じ込められ殺される計画を立てられていましたなんて重すぎる。
「……そうだったんスね。辛い思いをして、大変だったでしょう」
先に口を開いたのはお父さんだった。ヘラヘラとした顔ばかり見ていたが、今は悲しげに眉をハの字に歪めている。お母さんもいつもはしゃんと伸びた背中が丸まっていて、項垂れているように見える。
「すまん。お主が拾い子じゃということを伝えられんかった」
「あ、それはちょっと気付いてた」
「ええ!? どうやって伝えようか悩んでたのに」
僕の言葉に、さっきまで真面目な顔をしていたお父さんがずっこける。
僕をまっすぐ見て何を言うのかと思ったら、二人ともそんなことを気にしていたのか。二人と僕とじゃ全然似てないから、血が繋がってないと知ってすっきりしたくらいなのに。傷つけないようにしようとしてくれたことに少し涙が出そうだった。
「ところで、お話に出てきた狂犬サンというのはこのくらいの刀でいいんスかね」
お父さんが手を前に出して『このくらい』を表現する。その大きさは間違いなく10年間ずっと一緒にいた刀だ。普通の刀の大きさは知らないが、狂犬は小回りが効いて手に馴染む気がして好きだった。
「あったぞ、輝夜」
いつのまにか席を立っていたお母さんが刀片手に戻ってくる。柄の装飾もあのときのままだ。何度も握り直して手触りを確認する。
『久しぶり、白蛇。……いや、輝夜かしら?』
「狂犬、久しぶり! ごめんね、忘れちゃって……」
『いいわよそのくらい』
10年も忘れていたというのに、狂犬は笑って許してくれる。この声だ、僕が浦原輝夜になってから何度も聞いたのは。ずっと一緒にいたのになんで忘れていたんだろう。
「あの日のあのあと、どうなったか知ってる?」
『知っているけど、いいの? そこの二人は』
え、とよくわからないままお父さんとお母さんを見ると、「ええと、狂犬サン? と話してるんスよね……?」と言われた。お母さんも刀に目を凝らすばかりで、声が聞こえたような反応はない。
「もしかして、狂犬の声は僕にしか聞こえてない……?」
「……そのようじゃな」
これは予想外だった。白蛇時代は、食事を届けに来た父に『この刀、口が悪いぞ』と嫌そうな目で見られたものだ。どうやら相性が悪かったらしい。父はあまり血神への信仰心がなかったようだから、おおかた悪霊扱いでもして機嫌を損ねたのだろうが。
しかしなぜこの二人には聞こえないのか。
『それはね、血が足りてないからよ。一週間に一度村人から血をもらっていたでしょう。血神はそれを力に変えていたの』
狂犬は昔のように気取った喋り方で教えてくれる。そういえばたしかに浦原輝夜になってからは血を飲むなんてしていてないけど、あれは儀式のためじゃなかったのか。
「血が足りなくて力が出せないんだって」
「ふむ、じゃあ飲みますか? アタシの血を」
「ううん。僕が代わりに言ったらいいことだし」
目を細めて首を差し出すお父さんにバッサリ言い切る。今まで人の身体から直接血を飲んだことがなくて怖いなんて、10年間湯呑みから血を飲んでいた僕が言っても説得力がなくて言えないが。
「『白蛇はあのとき、復元不可能なくらいに切り刻まれてしまったけど。白蛇の父親が肉片をまとめて袋に詰めて、隣町のゴミ箱に捨てちゃったのよ。私と一緒にね』」
狂犬から語られたのは、僕が白蛇として一度死んだ日の話の続きだった。急に話すものだから二人は一瞬なんの話かわからなかったようだが、次の瞬間には真面目な顔をして耳を傾けていた。
「『ただの肉片でも、近くにあったら少しずつ元あるように戻っていく。血神のなかでも特に回復能力の高い白蛇ならなおさらね。それでも全快には程遠い。それで完成したのが──』」
「記憶を失った乳児の姿、というわけか」
なるほど、僕は結局死んではいなかったのか。死にきれなくて、でも元の10歳のかたちにはなれなくて、なんとかギリギリ構築できる姿になったと。全部見ていたという狂犬が言うのだから本当のことなのだろう。
「儂が輝夜を拾ったのは、ゴミ箱の近くじゃった。赤ん坊は下半身にゴミ袋を巻いて、すうすう寝ておった。それが10年前の明日、名目上の浦原輝夜の誕生日のことじゃ」
狂犬とお母さんの話で、ようやく血神『白蛇』と浦原輝夜が繋がる。10年前、およそ現代日本では起こり得ない不思議な出来事が、それでもたしかに起きたのだ。
昨日までの、ただの浦原輝夜として生きてきた僕に言ったら、馬鹿馬鹿しいと一蹴されるだろうな。想像に難くないことを考えて、それから急に眠くなってきた。
「ああ、深夜だからね。今日はまた寝ちゃいましょ。それでまた明日、話せばいいんですよ」
瞼が重たくなっていくのに気づいたお父さんが、頭を撫でる。愛情表現が激しいいつもとは違って、ゆっくり労るような手だ。閉じた目にお父さんの優しい声が沁みていく。
「うん……おやすみ」
かろうじてそれだけは言えただろうか。言ったつもりで言えなかったかもしれないが、それでいい。今の僕には、ちゃんと明日が来るのだから。
本来血神の回復能力の原理は、『直す』ではなく『生み出す』です。例えば腕が捥がれた場合、くっつけるのではなくもう一度生やす、みたいな感じです。
だから白蛇がゴミ箱のなかで肉片同士をくっつけて〜というのは最終手段でした。身体を新しく構築することも難しいほど衰弱しているから、再利用するしかない。それでも赤ん坊の姿にしかなれないのでかなり危ない状態でした。あそこでもし白蛇だったものを全部一つのゴミ袋に詰めず、五つくらいに分けていろんなゴミ箱に捨てられていたら、少なくとも一日では復活できなかったでしょう。悪運が強いというか、なんというか。ともあれよかったとします。
さて、流石にそろそろ解説パートを書きすぎて『番外編:少年は授業参観で恥をかく』みたいな日常回を書きたくなっているのですが、皆さんはいかがでしょうか。しかし残念。もう一パートほど真面目な話が続きます。今度は保護者たちの秘密をお教えいただかなくてはいけませんからね。
ということで、いつになるかわかりませんがまた次回お会いしましょう。