「満足だ。」
これが私の最期の言葉だった。
思えば、今まで忙しい人生だった。
若い頃には随分と無茶をして仕事をこなして体を壊しかけた。
お陰である程度のお金は手に入ったが、友人は少なくなった。
そんな中、妻を見つけることができたのは奇跡みたいなものだ。
彼女は無愛想な私とよく一緒にいてくれた。彼女の優しさに惚れて、私からプロポーズしたっけ。
彼女は受け入れてくれた。
それから結婚式を挙げて、子供も二人生まれて、孫まで見ることができた。とても平凡で平穏な、幸せな日常だった。
そんな彼女も7年前に亡くなった。享年81歳、老衰、大往生だ。
眠るように息を引き取った。その表情は、変わらず優しい微笑みだった。
今から10年も前のことだ。
そんな私は90歳。少し前から体が動かしづらくなり、ベッドの上から立ち上がることも難しい。息子が介護をしてくれて、車椅子の生活を送っていた。
そしてついには目も見えなくなり、最終的にベッドで寝たきりになった。
そして今、意識も朦朧として、自分の死を悟った。
自分の手を誰かが握っている。温もりしか感じない。
あぁ、ついに私は終わるのだな。辛いこともあったが、とてもいい人生だった。とても満足のいく人生であった。未練や悔いはない。
あろうはずがない。
あぁ、ありがとう。
ん?ここは?
気がつくと真っ暗な空間にいた。
足下が黒く、上を見上げても黒い。文字通り真っ暗な空間。
そのままボケーッとしていた。
「やぁ。」
「ヒョォッ!?」
「うわっ!びっくりした!急に大声出さないでよ。」
咎めるような口調だが、声は優しかった。
「す、すいません。いきなり声が聞こえたので…」
「あぁそっか。そりゃいきなり声が聞こえたら驚くよね。ごめんね。」
なんだか素直だな。
「いえいえ、こちらも驚かせてしまいすいません。ところで、どこにいらっしゃるんですか?」
「あぁそうだね。今見せるよ。」
直後に、ブォンと白い球体が目の前に現れた。
「ピギョォッ!?」
また驚いてしまった。しかし、いきなり目の前に物体が現れたら誰でも驚くだろう。
「あははっ!何今のぉ!『ピギョォッ!?』って!クフフフ…」
よほどツボに入ったのか笑い転げてる。…球体だけに。
「イヒヒヒ…あー笑った。面白い人だね!君!」
「は、はぁ。笑っていただけたら、こちらも嬉しいです。」
今度は声が鮮明に聞こえる。老人にも幼い子供にも聞こえる声だ。
「そんな君には、記憶を持ったまま転生する権利を与えよう!」
「ぇ。」
何やら『転生』と聞こえた。
「て、転生とは何でしょうか?」
「そのままだよ。君に記憶を持たせたまま転生する権利をあげるということさ。」
そのまんま繰り返し言っただけですけど…
「えっとぉ、何の目的があって?」
若い頃の癖か、真っ先に疑ってしまう。
「目的なんてないよ。ただ君に転生してもらうだけだよ。君、若い頃に辛い目に結構会っただろう。職場の上司がパワハラしてきたり、同僚は君のことを嘲笑うし、恋人は浮気していた。大変だったねぇ。そんな辛い目に会って。
そんな君には二度目の人生を満喫してもらおうと思ってね。どんな世界が良いんだい?剣と魔法が飛び交う世界かな?それとも女性が多いハーレムかな?」
色々とこちらの意見を無視して進めているが、私にそんな願いはない。
私を動かせるものがあるとしたら、それは食べ物と綺麗な景色だろう。
辛いことがあったせいか、そういうものですぐに幸せを感じるようになった。
「いえ、私はこのまま転生せずに
「それとも、綺麗な景色の田舎かな?」
「え?」
「チッチッチ。僕は人の好みがすぐ分かってしまうのさ。君の好きな物は美味しい食べ物と綺麗な景色だろう。うんうん、君はそんな穏やかな人だ。顔と言葉遣いを見れば分かるさ。丁寧に相手に接し、いつもニコニコと優しい表情を浮かべていて、穏やかに喋る。君は優しいんだね。」
何やらベタ褒めされている。こんなに言われたら照れてしまう。
「い、いえ。私は
「奥さんの真似だろう?」
「…気づいていましたか。」
「そりゃそうだ。君の辛いことを知っているのは、君の記憶を見たからね。
君の奥さんはとても誠実で、優しくて、人を放っておけない人だ。」
「そうなんですよ〜。妻はとても優しくて、表情もコロコロと変わって可愛かったんですよ〜。」
「その奥さんもここに来たよ。」
「なぬっ」
「奥さんにも同じ提案をしたんだ。そしたら転生するって言ってね。綺麗な景色の田舎に転生したよ。」
「…妻は、何か言っていましたか?」
「うん。『旦那も一緒に行けたらなぁ〜。』って言ってたよ。」
そうか。そうなのか。妻は私のことを…
「あの…」
「そうだ。名乗るのを忘れていたよ。ごめんね。僕の名前は『ハルシ』だ。」
「ハルシさん。私も転生させてください。妻のいる世界に。」
「いいよ。一応その世界について説明しておくね。その世界は現代日本だ。戦争もなく、剣も魔法もない。そんな日本の普通の田舎だ。そこには美味しいものも沢山あるし、綺麗な景色も探せばいっぱいある。そんな平和な世界。
好きだろ?そういう世界。」
「えぇ。大好きですよ。」
「だよね。君はやっぱりそういう人だ。では、早速始めるよ。」
「え!もうですか?!」
「うん!善は急げってね♪」
すると、私の足元に、桃色の幾何学的な模様が浮かんだ。
「あと30秒くらいで転生するよ。何か言うことはあるかい?」
「ハルシさん、お世話になりました。ありがとうございました。」
「ううん。僕はほとんど何もしてないよ。しているとしたら、この魔法陣だけ。それだけさ。」
「それだけでも、私は感謝しています。」
「そうかい。それじゃ、あとでね。」
「はい。それではまた。」
…ん?『あとでね。』?