ただただシロナさんとまったり過ごすだけの話   作:職業病

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ちょいと遅くなりました。



難産


4話 ハテノ森

アルトマーレを去った翌日。

 

ジョウト地方本土に戻り、二人はジョウト地方のヒワダタウンに向けて車を走らせていた。

 

「いい街だったわね、アルトマーレ」 

 

車の窓を開き、風を感じながらシロナは言った。

 

「そうだな。是非また行きたいものだ」

「そうね。あの子達にもまた会いたいし」

「シロナはラティアスにやたら好かれてたからな」

「あら、それを言うならカイムだってラティオスに好かれてたじゃない。最後には貴方に変身するくらいになってたし」

「なーんで最後の最後で俺に変身するかねあいつ」

 

アルトマーレから去る時、シロナ達はカノン、ボンゴレ、そしてラティアスとラティオスに見送られた。その時ラティアスが泣き出しそうなくらい寂しげな表情をしており、シロナはまた来ることを約束し、カノンとボンゴレ両者に連絡先を渡した。

そして去り際にラティアスは最後にシロナに変身し、ラティアスにせがまれたラティオスはカイムに変身した。

 

「ラティオスは普段変身しないのに変身してくれたのよ?それだけ貴方も懐かれてるのよ」

「せがまれたからじゃないのかよ」

「ラティオスはせがまれただけで人には変身しないでしょ?」

「……ああ、そうかも」

 

確かにせがまれただけなら恐らくラティオスは変身しない。変身する対象のことを信頼しているからこそ、変身したのではないかと考えられる。

 

そしてその後、ラティオスもカイムの姿で街中を彷徨くようになるのだが、カイムがそれを知るのはもう少し先の話だった。

 

「で?今回はウバメの森だっけか?」

「ええ。考古学には馴染みがあまりない場所だけど、あの森には言い伝えがあるの」

「言い伝え?」

「あの森にはセレビィの信仰があるのよ」

「セレビィ…時渡りのポケモンか?」

「そうね。あと、セレビィがいる森は清らかなんですって」

 

セレビィがいると言われる森は全世界を探してもあまりない。

中でもウバメの森は街に近いのにもかかわらず、セレビィがいると言われる森として有名だ。実際にセレビィの目撃情報もあるが、かつてセレビィ捕獲のために密猟者などがたびたび出没したこともある。現在はセキエイ高原のポケモンリーグが定期的に見回りに来るなどして、そのような輩が好き勝手しないようにしているのだとか。

 

「森ね。どーしてもシンオウ地方にある森の洋館を思い出すな」

「あら、カイムはあそこに行ったことあるの?」

「入ったことはない。必要がなかったからな。ただ、あんまいい雰囲気ではねぇから行きたいとも思わんが」

「あそこは今はゴーストタイプのポケモンの住処よ。ゴーストタイプ以外のポケモンもいるし、なんなら本当に幽霊が出るって噂もあるわ」

「幽霊、ね」

「信じてないの?」

「いや?ただ俺はいる証明もいない証明もできない。だからあまり存在の有無について言及する気はないだけだ」

「正論ね。カイムらしいわ」

 

会話をしているうちにヒワダタウンに到着した。

アルトマーレの時とは異なり、長居する予定は無いため今回は宿を取っていない。シロナの知人のツテを使い、自由に使える駐車場に車を止める。

最低限の荷物を持ち、二人はウバメの森へと出発した。

 

 

 

 

 

 

 

「着いたな」

「ええ。ここがウバメの森」

 

目の前に聳え立つ森にカイムは感嘆の声を上げる。

森からはわずかではあるが、ポケモンの鳴き声のようなものが聞こえており、野生のポケモンが多く生息しているのがわかる。

 

「野生のポケモンも多そうだな」

「そうね。主にむしポケモンとくさタイプのポケモンが多いみたい」

「ま、見た目通りだな。で、シロナのお目当ては?」

「この森の中心部に祠があるんですって。その祠を調べてみたいのよ」

「祠か。なんにしても行くしかないな」

「ええ、もちろん」

 

二人は森の中へと足を踏み入れ、進んだ。

 

 

 

 

 

 

「祠って、これか?」

 

約一時間後、二人は森の中心部で小さな祠を見つけた。

祠の周辺は木が空間を作り出しており、外からはぱっと見わからないようになっていたが、気配感知に長けたルカリオが祠の存在をカイムに知らせ、祠を発見した。

 

「多分、これね」

「小さいけど、結構手入れはされてるな」

 

人が定期的に来ているのか、古いがちゃんと手入れはされている。

祠周辺にものはなく、ちんまりとできた空間に祠が鎮座しているだけだった。

 

「さすがに中身を覗くなんて罰当たりなことはしないが、誰がなんのために置いたのかは気になるな」

「そうね。わざわざこの森に置いたのだし、誰かが必要だと思ったからやったのでしょうけど、こうも手がかりがないとなにもわからないわね」

「セレビィを祀る、にしてもそのためだけのものなのか?」

「というと?」

「なにかを祀る時、そこは何かしらの『祀る対象』を象徴としたなにかがあると思うんだ。いやまあないとこもあるし、この祠もその一種だと言われたらそこまでなんだが、なにかしらあるとは思うんだ」

「ええ、私もそう思う。確かにここは『祀る』だけの場所ではないと思うのよ」

「セレビィといったら…」

「『時渡り』ね。時間に干渉する力よ。本来、傷ついたセレビィが回復を図るために森から提供されるエネルギー。それに触れた人は過去か未来のどちらかに飛ばされる。無論、セレビィ本人が時渡りを行おうとした場合は別だけどね」

 

セレビィは非常に珍しいポケモンだ。シンオウ地方の時を司るディアルガを除けば、時間に干渉できる唯一のポケモン。裏社会に明るくはないが、恐らく相当な額で取り引きされるのだろう。

 

(考えただけで虫唾が走る)

 

時々、ポケモンセンターなどに裏社会で取引された色違いポケモンなどが保護される事例などもある。警察も取り締まってはいるが、こういうものはいつまで経っても駆逐されることはないだろう。

数年前も猛威を奮っていた『ロケット団』と呼ばれる組織がいい例だろう。ああいう組織は残念ながらどこを探しても規模に差異はあれど存在する。尤も、そのロケット団は現セキエイ高原チャンピオンの少年一人の手によって壊滅させられたが。

 

「時間、ね」

「時間は大切よ。無限にあるように見えて、誰しもが有限なのだから」

「ああ、そうだな」

「だからこそ、共に歩む人は大切にしないとね」

 

シロナの言葉にカイムは無言で頷く。

 

「で、目的の祠は見つけたけどどうする?」

 

シロナはこの祠を調査するためにここまで来た。だが調査といっても遺跡のように調べることがたくさんあるわけでもない。

 

「そうね……さすがに中を覗くなんてことはしたくないし、このまま少し森を見て回って帰るのでもいいかもしれないわね」

「そうなるわな」

 

見るものが無い以上、そこに留まる理由はない。シロナの口ぶりからも見ておきたい程度のそこまで強いものではなかったため、こんなとこだろうとカイムは考えた。

 

「じゃあ行くか」

「ええ、移動しま……なに?この音」

「え、あ?」

 

シロナに言われて気が付いたが、カイムにも今は聞こえる。

なんとも形容し難い音がするのだ。

 

「……不快な音じゃないが、それでもなんか変な感じすんな」

「今まで聞いたことのない音ね」

「ああ…」

「みて、カイム!」

 

シロナに言われて祠を見ると、そこには青緑色の光が漂っている。

 

「これは?」

「おい、得体の知れないものを触ろうと」

 

『触ろうとするな』と言い終わらないうちにシロナは光に触れる。

その瞬間、光が満ち溢れ辺りを照らした。

 

「っ⁈」

「シロナ!」

 

咄嗟にカイムはシロナの手を取り、引き寄せようとした。

だが光はどんどん強くなり、そして辺りを満たした。

 

「⁈」

 

カイムは突如背後に気配を感じ、シロナを抱き寄せた。

なにかがいるのはわかったが、光に満たされてその姿は見えない。

 

そして次の瞬間にはシロナ、カイム、そしてカイムのルカリオの姿はそこにはなかった。

 

 

 

 

 

 

「つ、ぅ……」

 

誰かにゆすられてカイムは目を覚ます。

目を開くと、そこにはルカリオの顔があった。

 

「ルカリオ…」

 

自分のポケモンが無事であったことに安堵し、目を開く。カイムの胸元にはまだ目を覚さないシロナの姿があった。咄嗟にシロナの頭を庇うように抱き寄せていたらしい。

 

「シロナ、シロナ。起きろ」

「ん…」

 

カイムに声をかけられシロナは目を覚ます。

 

「カイム…」

「起きたか」

「ええ……ここは?」

 

カイムはシロナを離すとルカリオの手を借りながら立ち上がった。

周囲を見渡すが、先程までいたウバメの森の風景とは違う。なにより祠がない。

 

「…見たところ、ウバメの森じゃないわね」

「風景どころか空気も違う。なによりこんな石碑はなかった」

 

カイム達の目の前には先程までの祠はなかったが、代わりに小さな石碑が鎮座していた。

 

「この石碑がなにかしら関係してんだろうな」

「そう考えるのが普通ね」

 

カイムは現在地を確認するためにスマートフォンを取り出すが、電波を拾うことができない。

だが色々操作して、ある特定の電波を拾うことができるのがわかった。

 

「電波は繋がらないが、かろうじてラジオの電波は拾えるな」

「ラジオの?ならよかったわ。そのラジオからどこの地方にいるのかくらいは特定できるでしょう」

「ああ。場所自体はジョウト地方だ。だが明らかにおかしい」

「おかしい?」

「さっきまで俺たちがいたウバメの森はジョウト地方。そしてラジオで聴こえるのもジョウト地方の周波数だ。だがおかしいのは日付だ」

「……ああ、もしかして」

「そ、予想通りだよ。今ラジオで伝えているのは、俺たちがいた年代から、約40年前の日付だ」

 

 

 

 

 

 

 

「…なるほどね」

「こんなことある?」

 

カイムは苦笑しながらスマートフォンをポケットにしまう。

 

「まず間違いなくこれは時渡りね。しかし40年もの時を渡るなんて思いもしなかったわ」

「俺もシロナも生まれてない時代だ。スマートフォンの電波がなくて当然か」

「とにかく現在地を確認した方がいいわね。少なくとも人はいるでしょうから」

「そうだな…ん、どうしたルカリオ」

 

傍らにいたルカリオがカイムの手を引く。近くの石碑についてルカリオがなにか気づいたようだった。

 

「なんだ、なにかあるのか…って、おいシロナ」

「どうしたの?」

「こいつ…」

 

石碑の裏にいたポケモンをカイムは抱き抱える。

そのポケモンは小さく、傷ついていた。

 

「セレビィ!怪我してるじゃない!」

「石碑の裏に倒れてた。ルカリオが見つけてくれたんだ」

「さすがね。とにかくこの子を治療するわ。カイム、道具はどのくらい揃ってる?」

「あんまない。滞在する予定もなかったから最低限だ」

「この道具じゃ応急処置が限界ね。カイム、ムクホークで空から周囲の様子を見てもらえる?ポケモンセンターや人がいる様子があれば、そこに向かうわ」

「ああ」

 

ムクホークをボールから出し、周囲の様子を見てくるように頼み、カイムはシロナの治療の手伝いをした。

言われた道具を手早く渡し、シロナの治療を手助けする。

 

「包帯取ってくれる?」

「ああ」

「最低限と言ってたのにすごい傷薬を持ってきてるのはさすがね。応急処置とはいえ、だいぶマシになるわ」

「俺らのポケモンのレベルを考えたら妥当だろうよ」

「そうね。貴方が几帳面でよかったわ」

 

応急処置だが、傷ついたセレビィは最低限治療ができた。そのタイミングでムクホークが戻ってくる。どうやら村を見つけたらしい。

 

「集落みたいなのがあるらしい」

「とりあえずそこに向かいましょう。ちゃんと治療するには場所も悪いし道具も足りないわ」

「ああ。案内を頼む」

 

 

 

ーーー

 

 

 

歩くこと数十分、二人は集落にたどり着いた。

セレビィは現在シロナの腕に抱かれたまま目を覚さない。

村の出入り口付近にいた女性にシロナは声をかける。

 

「すみません!」

「あら?あらあら、見ない顔だね。どうしたんだい?」

「あの、森の中でセレビィが負傷していて、治療のために道具と場所を貸していただけませんか?」

「なんてことだい。いいよ、うちに来な!」

 

女性に連れられて二人はツリーハウスの一つに案内された。

村独自のものと思われる道具を用いてシロナはセレビィの治療を開始する。応急処置をしていたため、そこまで大きな作業は無いが、先程よりも完璧な治療をセレビィに施した。

 

「ふう……とりあえず、ここまでかしらね」

 

僅かに汗を滲ませながらシロナは手を止める。

セレビィは未だに目を覚さないが、先程よりも息遣いは安らかになっている。

 

「ありがとうございます。おかげでいい治療ができました」

「いいっていいって。気になさんな。こういうのは助け合うもんだからね」

「お気遣い、感謝しますわ」

「おっと、名乗るのが遅れたね。あたしはトワ。あなたは?」

「私はシロナ。ポケモントレーナーよ。こっちは私の助手のカイム」

「カイムです」

「よろしくね。治療で疲れただろう?お茶でも淹れてあげるよ」

「あら、嬉しいわ」

 

出されたお茶を飲み、一息ついたところで状況の確認を始めた。

まずは二人がこの地に着いた状況を説明すると、トワは納得したように息をついた。

 

「なるほどね、やっぱり時渡りで流れ着いた人か」

 

どうりで見ない服装してると思ったよ、と笑いながらトワは言った。

 

「この辺りではよくあることなんですか?」

「いや、そうないよ。そうだね、このハテノ森には時々『森の声』って言われてる音が響くんだけど、それがセレビィが時渡りをする時に響く音だって言われてるわ」

「森の声…」

「そう。何年か前にも似たようなことがあったよ」

「……戻れるんですか」

「そのまま取り残された事例は少なくともあたしは知らない。一度消えた子も、最後は戻ってきたし」

 

何にしても二人が元の時代に戻るためにはセレビィが目覚めるのを待つしかない。

 

「二人はどこから来たんだい?」

「私たちはシンオウ地方からよ」

「シンオウ地方!寒いとこから来たね」

「慣れれば悪くないわ。ね?」

「そうだな」

 

元はと言えばカイムもホウエン地方出身。シンオウ地方はホウエン地方よりも寒いため、少々慣れるまではきつかったが、それでも人の慣れという能力は素晴らしいもので気がつけば慣れていた。

 

「ふふ、あなた達を見てると、前に時渡りをした子を思い出すよ」

「あら、そうなの?」

「ええ。その子はカントー出身だったけど、雰囲気が似てたわ。特にポケモンに好かれそうな雰囲気が」

「それならカイムの方が似てるわね」

 

シロナの言葉にカイムは肩を竦めるだけだった。

一頻り笑うとトワは真面目な表情になる。

 

「さて、本題に入ろうかしら。あのセレビィについてね」

「そうね。あの子、誰かに意図的に傷つけられた形跡があるわ」

「きっと誰か悪い心を持った人がいたのね。貴方達の時代でもそういう人はいるのね」

「人の闇はいつの時代も存在するわ」

 

恐らくセレビィは裏社会の人間にやられたのだろう。

 

「ハンターか」

「恐らくね。そのハンターはこの時代には来てないでしょうから、この子の治療には専念できるはずよ」

「…そうだな」

 

実際時渡りに巻き込まれたのはシロナとカイム、そしてルカリオだけ。時渡りの瞬間に背後から感じた気配はセレビィのものとみていいだろうと判断し、ハンターがこの時代に来ている可能性を排除した。

 

「セレビィは特殊な能力があるし、とても珍しいポケモンだけど、戦うための力はあまりない。だからよく狙われるのかもね」

「碌でもねえな」

「そうね。きっと、貴方みたいな人だけなら、こんなことにもならないのでしょうね」

「褒められてるのか?」

「ええ」

 

シロナの言葉にカイムは目を伏せる。

 

「なんにしても、セレビィが目覚めるまで二人は動けないわね」

「そうね。仕方ないわ」

「とりあえず、今日は二人ともうちに泊まりな。こんな状況だし、他にアテもないんだろう?」

「いいのですか?」

 

実際、今二人にアテはない。トレーナーとして旅をしてきた経験のある二人なら野宿の経験もあるし特に問題ないが、今はあまりにも道具が少ない。野宿も可能だが、安全に過ごせる環境があるならば、そちらを選ぶ。だがその環境をなんの見返りも無しに提供してもらうことにも多少抵抗があった。

 

「ええ。うちは家族も多いし、村のみんなで助け合いながら暮らしてる。今更二人程度増えたところで変わりはしないよ」

「御心遣いに感謝します。今日はお言葉に甘えさせてもらいますね」

「せめて、俺達もなにか手伝いますんで」

「そうかい?なら、食事の準備を手伝ってくれる?」

「なら俺がやる。料理は得意だ」

「私は?」

「セレビィについててやれ。あと、ブラッキーが暇で不貞腐れそうだから相手をしててほしい」

 

そう言ってカイムはボールからブラッキーを出す。ブラッキーの頭を撫でて抱き抱え、そしてシロナに渡した。

 

「わかったわ」

「じゃ、頼んだ」

 

渡されたエプロンを付けながらカイムはトワの後に続いた。

 

 

 

 

 

 

「二人は旅をしているのかい?」

 

調理を進めながらトワはカイムにそう聞いた。

一瞬手を止めたが、すぐにカイムは手を動かし始める。

 

「いや、旅というほどじゃない。調査で遠出はよくするが、そのくらいだ」

「調査?学者かなにかなのかい?」

「シロナは考古学者でな。俺はその助手」

「あら!シロナさん考古学者なの!助手って、そういうことね」

「どっちを本業としてるのかはわからんがな」

 

そう思えるほどシロナの業績は高い。トレーナーとしてはチャンピオンを獲得するだけでなくその称号を守り抜き、考古学者としても名を馳せている。恐らく、どちらも彼女にとっては本業なのだろう。

 

「いやすごいね。そんな人がいるなんて」

「全くですね」

「それで、あんたはその助手か」

「助手というべきか、弟子というべきかはわからないがな。それにあれほど色々できる奴に助手が必要なのかも疑問だがな」

「なに言ってんのよ。シロナさんはあんたがいるからここまでやれてるんじゃないのかい?」

「ほっとくと、恐ろしい食生活するんでね。それに、家事だけはなにもできないから」

「あらあら、完璧そうに見えるのにね。でもそういう人の方が、あたしは好きだな」

 

楽しそうに調理を進めるトワは視線を動かし、カイムのブラッキーと戯れるシロナを見る。カイムのポケモンだというのに、シロナにもよく懐いている。

 

「あの…」

「ん?」

「セレビィって、ここにはよく現れるんですか?」

「頻繁にはないね。一年に一回見られれば多い方だと思う。同じ個体かはわからないけどね」

「同じ個体かは?」

「別にセレビィ自体は珍しいけど、必ずしもその時代や場所に一人、というわけでもないんだろう?だから別の時代のセレビィがいることだってあるだろうさ。今のセレビィはまさにそうじゃないのかい?」

「……そうですね」

「人に襲われた以上、目が覚めたらすぐにいなくなっちまうかもしれないね」

「…嫌な話だ」

「元の時代に戻りたいあんたらからしたら、そうかもね」

「いや、そういうことじゃない」

 

切った野菜を順番に炒めながらカイムは続ける。

 

「俺は、最悪戻れなくてもいい。セレビィがそのまま逃げるっていうなら、俺はそれでいいと思ってる。人にやられた以上、人を警戒するのは当たり前だから」

「ふふ、あんたはやっぱり優しいね」

「ポケモンも同じ生き物だ。なら、互いに労ってナンボだろうが」

 

カイムの目にはセレビィを傷つけた者への怒りが宿っていた。

 

「間違いないね。本当に、あんたみたいな善い人だけなら、世界も平和なんだろうね」

「善い人、ね」

「ん?」

「いや、なんでもない。炒め物、こんな感じでいいか?」

「ああ。あんた、料理上手いね」

「日頃からやってりゃ、上手くもなる」

 

好きでやってるわけじゃないがな、と付け加え、カイムは苦笑しながら炒め物を器に盛りつけた。

 

「素直じゃないね」

 

カイムに聞こえるか聞こえないかくらいの声でトワは笑った。

 

 

 

 

 

 

 

食事を済ませ、村の人々に軽く挨拶を済ませた後、シロナはトワの寝室から外を眺めていた。

 

「ここにいたのね」

 

扉が開き、トワが二つのカップを持ってシロナに近づく。

 

「飲むかい?ハーブティーだ」

「ありがとう。いただくわ」

 

シロナはカップを受け取り、ハーブティーを飲む。爽やかな味が口に広がり、ほっと息を吐く。

 

「おいしい……落ち着く味ね」

「いいでしょ?寝る前に飲むとすごく寝付きが良くなるの」

「何から何までありがとう。本当に感謝するわ」

「いいのよ。あたしが世話好きなのもあるってだけだから」

「ふふ、カイムみたいね」

 

外で村の男と談笑しているカイムを見ながらシロナは笑う。やはりジョウト地方ではシンオウ地方やホウエン地方のポケモンは珍しいのか、カイムのポケモンの周りには子供が集まっている。

 

「料理の時ちょいと話したけど、あの子もだいぶ世話好きだね」

「そうなの。ぶっきらぼうで他人に興味なさげなクセにすっごい世話焼きなの。それに几帳面で、意外と負けず嫌い。自分が凡人だと理解したうえで努力を重ねる。少しでも私に離されないようにね」

「あらあら。随分と仲がいいのね」

 

うふふと笑うトワにシロナは若干言葉を濁らせる。

 

「そう、ね。もう割と長い付き合いにもなるわ」

「いいじゃない。ああいう子は結構稀よ?ちゃんと大切にしておきな」

「大切にしてるわ。カイムがいなかったら、今の私はないもの」

「いい信頼関係ね」

 

ポケモンにじゃれつかれ、鬱陶しそうにしながらもしっかりと相手をするカイムを見てシロナは笑う。

 

「カイムの料理、美味かったよ。なかなかいい腕をしてるね」

「ええ。ほぼ毎日3食作ってるからね。元々上手かったけど、日々研鑽してるわ」

「努力家だね。でもカイム自身は料理を好きでやってることじゃないって言ってたけど…」

「『栄養バランスの乱れで身体壊すくらいなら毎日ちゃんとしたものを食う。そんなことで身体を壊すのは、アホらしい』ってカイムは言ってたわ。多分、自分よりもポケモンのことを考えて言ってるのだと思う」

「素直じゃないね」

「え?」

 

自分に言われたことかと思い、思わず聞き返してしまったが、トワはシロナに言ったわけじゃないよと付け足し、視線をカイムの方に移した。

 

「多分、それはあの子の本心じゃないでしょ?無論あの子自身はそう思ってるんだろうけど、それだけでほぼ毎日三食作るなんて難しいんじゃないかな。あたしが思うに、あの子は料理が好き、というより、作った料理を『大切な人』に喜んでもらうのが好きなんじゃないかな?」

「…からかってる?」

「あっはっは!泊めてあげるんだ。このくらい許しておくれ」

 

快活に笑うトワをジト目で睨みつつ、シロナはカイムに視線を向ける。

 

カイムは、不器用だ。

几帳面で色々きっちりしようとするから器用に思われがちだが、あれもこれもと手を出そうとしてよく失敗する。会った当初はバトルが特にそうで、全てのステータスが満遍なくある程度できていたが、逆にいえば得意なことが無くどんな戦法でも中途半端になっていた。私生活がうまくできていた分だけにそれは意外だった。

頭はいいのに、その頭の使い方を知らなかった。だからシロナが少しカイムに頭の使い方を教えるとめきめきバトルの腕は上がっていき、ジムトレーナーに紹介できるほどになった。

 

そんな不器用で素直じゃないカイムだが、好きなものはちゃんと好きと言うし、嫌いなものは嫌いという。そしてどちらでもないものもそう伝える人間だ。伝え方が素直な言葉ではないが、それでも嘘は基本つかない。

そんなカイムが料理を好きではないと言った。無論嫌いではないはずだが、好きではないと言ったということは、好きではないことを継続してできる『理由』があったということだ。

先日、シント遺跡で似たようなことを言われたのを思い出す。

 

 

『好きでやっているからな』

 

 

あの言葉と表情は忘れられないものになっている。

できればもう一度言って欲しいが、カイムは言わないだろう。

 

「シロナさん、今すっごくかわいい表情してる」

「え、あ、うそ⁈」

「うふふ、かわいい」

 

顔を赤くしながらシロナはハーブティーを飲む。

村の男に肩を組まれ、苦笑するカイムを少しだけ恨めしそうに見たが、カイムがそれに気づくことはない。

 

「ああいう子は案外モテるのよね」

「やっぱりそう思う?」

「ええ!不器用だけどちゃんと気持ちを行動で示してくれる子は女性から見ても魅力的だもの。きっとポケモンから見てもそうだわ」

「そうね〜、きっとそうだわ」

「カイムは、誰かと付き合ったりしたことあったの?」

「本人曰く、無いみたいよ。そもそも女性の知り合いが少ないみたい」

「その割に女性慣れしてる感じがするけど……あ、シロナさんのおかげか」

「かもしれないわね。でも私が初めて会った当初から女性に対して慣れない感じは特になかったわ」

「あら、じゃあ女兄弟でもいたのかしら」

「ええ。確か、姉がいたはず」

 

あまり自分のことは話さないカイムだが、以前家族について尋ねたら姉がいると言っていた。どんな姉かは多くは聞いていないが、自由な人だったらしい。

 

「ふーん。で、二人は結局付き合っているの?」

「それを聞きます?」

「気になるわ。あ、でも言いたくないなら今のは無しで」

 

トワの問いに特別気を悪くした様子も見せず、シロナは優雅に笑ってこう言った。

 

「カイムは、私の助手(パートナー)よ」

 

トワは一瞬目を丸くしたが、すぐに笑った。

 

 

 

そんな仲良さげに話す二人を、カイムは不思議そうに下から見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を見ていた。

 

とても、怖い夢。

 

 

下卑た表情で追いかけ回してくる人間。

強力な技で傷つけてくる、凶悪なポケモン。

 

 

自分を痛めつけ、捕らえようとどこまでも追ってくる。

 

 

逃げる

 

 

逃げる

 

 

逃げる

 

 

たどり着いた先で、時を渡る。

 

 

 

そこで夢は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

「づっ、あ!」

 

カイムは目を開く。

息は荒く、全身から汗をかいている。涼しい風が吹いているのに、汗のせいかその風が酷く冷たく感じ、縮こまる。

傍らで寝ていたブラッキーが心配そうにカイムに寄り添ってきた。それを見て、いらない心配をさせたと少し悪く思い、ブラッキーの頭を撫でる。

 

「……この夢」

 

何かに追われる夢。まず間違いなくセレビィの夢だろう。

なぜカイムがセレビィの夢を見たのかはわからないが、あれだけの恐怖体験をしたら人間に対するトラウマができていてもおかしくない。

そして見た夢が、カイムの胸中に言い表せない恐怖を渦巻かせていた。

 

「………」

「カイム?」

 

カイムの声で起きたのか、隣で寝ていたシロナが心配そうにカイムの顔を覗き込んできた。

 

「シロ、ナ」

「大丈夫?顔が真っ青よ」

 

得体の知れない恐怖が胸中を支配していたカイムはシロナの顔を見た途端、ブラッキーごとシロナを優しく抱きしめていた。

 

「カイム?」

 

突然のことにシロナは驚いたが、カイムの息遣いの荒さと手が震えていることに気がつき、なにも言わずにカイムを抱きしめ返した。

 

「ごめん……今は、こうさせてくれ」

「うん、いいのよ」

 

カイムはシロナの温かさで己を保つことしか今は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「セレビィの夢?」

「多分」

 

落ち着いた後、カイムはシロナに夢の話をした。

 

「時渡りの力は知ってるけど、夢の話は初めてね。でもテレパシーを使えるポケモンは割といるからあまり不思議なことでもないかも」

「…そうか」

「やっぱり、人間に追われてたのね」

 

シロナの言葉からは怒りが滲んでいる。

ポケモンを心から愛する彼女からすれば、ポケモンを道具のように扱う人間は許せないのだろう。

 

「…悪かった。取り乱した」

「いいのよ。逆だったら、私も同じことしてたかもしれないから」

 

カイムの膝でブラッキーがカイムの顔を舐める。ブラッキーにも心配をさせてしまったと内心でカイムは申し訳なく思った。

 

「セレビィ、そろそろ目覚めるのかもな」

「どうして?」

「そんな気がするだけだ」

 

顔を逸らしながらカイムは言う。その横顔はどこか悲壮に染まっていた。

 

「……シロナ」

「なに?」

「人間って、あんなに酷くなれるんだな」

 

カイムは性善説を推している人間ではない。だがそれでも、人にはどこかに善性があるものだとは思っていた。だからセレビィ視点から見たあの人間が心底恐ろしい存在に見えた。

 

「人っていうのはね、良くも悪くも移ろいやすいの。悪人が気まぐれに起こす善行があれば、聖人が気まぐれに起こす悪行もあるの」

「多様性、ね。やっぱり難しいな」

「自分の正義と他人の行為の差異に心を巡らせる。あなたのいいところよ」

「正義、正義ね。俺は正義否定派の人間だが」

「あら、そうなの?」

「正義なんて無い。あるのは、各々の『都合』だ」

「都合、ね。言い得て妙だわ」

 

各々が行う行為、本来それらに善悪は無い。ただ己の観点から見て善悪が分けられる。そしてそれは全ての人間に共通ではない。

カイムはそれらをひっくるめて『都合』と呼び、シロナはそれに納得した。

 

外を見ると、空が明るくなり始めていた。起きるには少し早すぎるが、このまま眠る気にはならない。

 

「まだ早い時間ね」

「…悪い。起こしちまって」

「じゃあみんなが起きるまで、二人でいてくれる?」

 

小首を傾げながら微笑むシロナを見て、カイムは表情を変えずに内心だけで安心する。

側にいてくれる。その安心感が、今のカイムにはありがたかった。

 

「ああ」

 

カイムは短く返し、空を見上げた。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

微かな物音といい匂いでセレビィは目を覚ます。

どこだかはわからないが、柔らかい場所で寝ている。全身は痛むが、治療された痕跡がある。

今現在はセレビィは一人であることを理解するが、この場所が人間によるものだと気がつき、周囲を見渡す。清潔感があり、きれいにされているのがわかる。だがここが人間の場所である以上、この場にいてはどんな目に遭うかわからない。セレビィはすぐにでも逃げ出そうとしたところで、扉が開いた。

 

「あ、起きてる」

 

入ってきたのは男だった。黒髪を綺麗に整えており、清潔感がある。顔は無表情だが、自分を追ってきた男のように下卑た表情はしていない。

だがセレビィにはそれでも人間という種族そのものに恐怖があり、逃げようという思いすら恐怖に塗り替えられた。

 

「………ふむ」

 

男は手に持っていたお盆を近くにいたバシャーモに持たせ、両手を上げた。

 

「俺はなにもしない。お前が人間を怖がっているのもわかる。だから逃げたければ逃げろ。俺は止めない。だけど飯は食え。これだけ食ったら、後は好きにしろ。そこの窓は開けてあるからいつでも逃げられる」

 

それだけ言って男は帰っていった。残されたバシャーモとその足元にいたブラッキーはセレビィの元に近寄ると、食器を目の前に置いた。ブラッキーは足を器用に使ってコップに水を注ぐ。

バシャーモはお盆を置くと目を閉じる。ブラッキーもそのバシャーモの横に座った。

セレビィは目の前の食事に目を向ける。温かいスープが湯気をたちのぼらせ、いい匂いを漂わせている。人間に追われていたため、まともなものは食べていないため空腹だった。しかし人間が作ったもの故に抵抗がある。

 

バシャーモは特に動かない。なにもする様子はないが、残すのだけは許さないという覇気を感じる。ブラッキーは特に威圧感は無いが、食べないの?美味しいよ?とでもいうようにセレビィをじっと見つめる。

 

二人、主にバシャーモの圧に負け、セレビィはスープを口に含む。優しい味が口いっぱいに広がり、セレビィは思わず目を見開く。今までこんなに美味しいものは食べたことがなかったからだ。

その後は一心不乱に出された料理を食べ尽くした。その様子を見て満足そうに頷き、バシャーモは空になった食器を持って部屋を出て行った。残されたブラッキーは美味しかったでしょ?と言わんばかりの笑顔になり、そしてバシャーモに続いた。

 

誰もいなくなった部屋に残されたセレビィは今度こそ逃げようと開け放たれてる窓から逃げようとした。

 

『逃げたければ逃げろ。俺は止めない。でも飯は食え』

 

頭によぎる先程の言葉。人間は怖い。でも、あの男は悪意も感じられず、こちらが人間を怖がっていることを察した上でいらない恐怖を与えないように配慮してきた。

それに、あのスープは非常に美味しかった。このまま立ち去るのは、どうにもいい気分はしない。そう思い、セレビィは扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

「あら」

 

食事を終えて一休みしていると、目覚めたセレビィがおずおずとこちらを見ていた。カイムから目が覚めた話は聞いていたため、シロナ達は特別驚く様子もない。

 

「目が覚めたのね。良かった」

 

穏やかな笑みでシロナはセレビィを出迎える。

セレビィは敵意が無いことを理解し、シロナに近づく。シロナは頭を撫で、セレビィの警戒心を解いていく。

 

「大変だったわね。よく頑張ったわ」

 

恥ずかしそうに身を捩らせるセレビィを愛おしそうにシロナは撫でる。

そこでカイムが戻ってきた。

 

「ん、飯食ったんだな」

 

下げられた食器とシロナに撫でられるセレビィを見てカイムはそう言った。セレビィはカイムの元に恐る恐る近づく。

なんだろうとカイムは思ったが、セレビィの表情を見てなんとなく意思を察する。

 

「礼はいい。飯、美味かったか?」

 

セレビィは頷く。

 

「ん、ならいい。さっきも言ったが、人間が怖いならさっさと逃げていい。こちらもお前に用はあるが、正直お前を怖がらせてまで果たしたいとは思わないから」

 

表情を変えずにカイムはそう言い、下げられた食器を洗い始めた。

カイムの表情が変わらないため、カイムの内心がよくわからないセレビィはおろおろしてシロナに目を向ける。

目を向けられたシロナは笑顔で言った。

 

「大丈夫よ。お礼を言われ慣れてないから、ちょっと照れてるだけ」

「聞こえてんぞ」

「聞こえるように言ったのよ」

「………」

 

シロナはセレビィにウィンクをし、カイムが素直じゃないだけだと伝える。

セレビィは安心すると同時にカイムの用があるという言葉を思い出し、シロナにそれがどういうものかを視線と鳴き声で尋ねる。

 

「ん?あー、用についてね。それは…後にしましょ。私はあなたのことが知りたいわ」

 

笑うシロナに安心し、セレビィはシロナに笑いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

「おやおや、すっかり懐いてるね」

「みたいだな」

 

セレビィと共になにか手遊びのようなものをしているシロナを見てトワはそう言う。

あの後セレビィはシロナに懐いた。元々シロナはポケモンという種族そのものを愛しているため、ポケモンに懐かれやすい。カイムのことをポケモンに好かれる、と言うが彼女自身も相当ポケモンに好かれやすい。ただ、彼女の場合はポケモンにも人間にも好かれる。カイムは無愛想故に人間にはあまり好かれない。その差だろう。

 

「元々トレーナーとしてトップクラスで優秀なんだ。ポケモンには好かれやすいんだろう」

「あら、あんたは違うのかい?」

「俺はトレーナーとしては普通だよ。トップにはなれん」

「でも訓練はしてるんだろう?昨日シロナさんがそう言ってたよ」

「上は目指すが、トップにはなれん。同じトレーニングをしても、トップトレーナーは俺よりも多く経験値を得られるからな」

「自分を客観視しながらも、上を目指す姿勢ね。いいじゃない、大切だよそういうの」

 

そう話しているうちにシロナがセレビィと共に戻ってきた。セレビィは手にきのみを抱えており、それをカイムに差し出した。

 

「……俺に?」

「美味しいご飯のお礼ですって」

「そうかい…じゃ、ありがたくもらっておこうかね」

 

表情は変えずにカイムはきのみを受け取る。きのみはオボンの実で、思ったよりも高価なきのみだった。

カイムが表情を変えないため、セレビィは若干戸惑うが、シロナがなにか耳打ちするとパッと笑顔になり、カイムの腕を引いて森の方を指さした。

 

「行きたいのか?」

 

カイムの言葉にセレビィは頷く。

 

「はいはい。ついて行けばいいんだろ」

「気をつけてね」

「へーい」

 

トワの言葉に気の抜けた返事をしながらカイムはセレビィに引っ張っていかれた。

 

「追わなくていいのかい?」

 

残ったシロナにトワはそう聞く。てっきりついていくものだと考えていたからだ。

 

「そうね。私とは仲良くなれたから、次はカイムのことを知りたいんでしょうね、きっと」

「そうかい。まあ、カイムがついているなら安心だね」

「あら、カイムへの信頼が高いわね」

「だって、チャンピオンのシロナさんの弟子なんだろう?なら腕も立つだろうことはわかる。あの子の目を見ていれば、シロナさんが生半可な鍛え方はしてないことはわかるよ」

 

トワはトレーナーではないが、腕利きのトレーナーのことは見たことがある。彼らの強さに多少の差異はあれど、醸し出す雰囲気と眼光は変わらない。そしてその強さはシロナだけでなくカイムにもあった。

 

「いい目をしてるわね」

「貴女より少しだけ長生きしてるからね。多少見る目もつくさ。ま、あんたらの時代ではあたしは婆さんになってるんだろうけどね」

「戻ったら、会いに行きます」

「ありがとう」

 

 

 

ーーー

 

 

 

日が沈むと、カイムは戻ってきた。その時セレビィは疲れて眠ってしまい、ムクホークの背中ですやすやと寝息をたてていた。

 

「遊び疲れて寝ちまった」

「あらあら。かわいい寝顔ね」

「多少心を開いてくれたみたいだ」

「ふふ、貴方なら当然ね」

「とりあえず、風呂でも入ってきな。遊んでて泥だらけだよ?」

「………そうします」

 

泥だらけのカイムの姿を見て、シロナはセレビィに対して本気で向き合って、遊んであげてたのだろうと考えた。カイムの側に立つブラッキーとバシャーモも泥だらけで、一緒に遊んでいたことがわかる。

 

「ムクホーク、セレビィを見ててやってくれ。お前の背中をやたら気に入ってたから」

 

ムクホークは了承したように軽く鳴くと、座り込んだ。カイムはそのムクホークの背中にセレビィをそっと乗せる。

 

「風呂はちょうど沸いたよ。一番風呂入ってきな」

「どーも」

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

風呂から上がり、トワとシロナの姿を探す。まだ眠っているだろうが、セレビィの姿を見ておきたかった。

リビングにはいなかったため、少し探していると、トワの寝室から声が聞こえた。どうやら二人で談笑しているらしい。

 

「へえ!40年後はこんな小さな板で連絡ができるのかい」

「ええ。この時代はまだ設備が整ってないからほとんど使えないけどね」

「おや、写真も撮れるんだね。ちょっと見せてくれない?」

 

年代が近いこともあり、二人の仲はかなり良いようだ。

立ち聞きするのも気が引けるが、入っていくタイミングを見失いどうするかとカイムは扉の前で腕を組む。

 

「へえ、これはアルトマーレかい」

「そう。つい先日行ってきたの。とてもいいところだったわ」

「いいわね。あ、もしかしてそのリングってアルトマーレの?」

「そう。ラティアスの色よ」

「綺麗ね〜」

 

やはり女性、アクセサリー関連には興味があるらしい。

 

「カイムはイヤリングつけてたけど、あれも?」

「ええ」

「あ、もしかしてお揃い?」

「色違いね」

「あらあら、うふふ」

「いいでしょ?」

「ええ。互いの信頼がよくわかるわ」

 

会話の内容的に入ることができなくなり、その場から立ち去ろうかと思ったところで、トワが少し声のトーンを落とした。

 

「ねえ、この前カイムと調理してる時に気になることを言ってたんだけど…」

「なに?」

「『善い人』って言葉にちょっと微妙な反応してたの。もしかして地雷踏み抜いたのか、ちょっと気になってたの。もしそうなら、謝ろうかなって」

「ああ、『善い人』ね。大丈夫よ。地雷ってわけじゃないわ。あの子の持論よ」

 

シロナは特に気にした様子もなく続ける。

 

「どうもあの子は『善い人』って言われるのが好きじゃないみたい」

「どうして?」

「その『善い』っていうのは、結局その人達の都合だからよ」

 

この世に『こうでなければならない』というものは本来無い。だから人それぞれ善行と呼べるものは異なる。万人共通の『善行』と呼べるものはない。

こうでなければならないものは本来ならこの世にない。人間やポケモンに関わらず、それぞれの都合でしかないのだ。善悪も同じだ。

無論カイムとて自分を『善い人』と言ってくるのは悪いことだとも思ってないし、悪意があるとも思っていない。だからそのことに言及することもない。だが、カイムとしてはこれはずっと考え続ける必要があることだと思っている。その善悪を分ける『都合』というものは、それぞれの時代で異なるものだから、その『都合』を知ることが、彼にとって考古学を学ぶことだと考えているからだ。

 

「へぇ…そんな難しいこと考えてるのねあの子」

「そう。本来考えなくてもいいことまで考えてるの」

「いいじゃない。カイムの考える善悪については難しくてあたしはよくわからないけど、でもそれがあの子にとって大事だってことはわかったわ」

「ふふ、そうね」

「それにしても流石弟子ね。そんな難しいことまで考えるなんて」

「私の教えじゃないわ。あの子が考えた結果よ」

「いい弟子じゃない。考えられるなんて」

「でもね、意外と昔からそうだったってわけでもないのよ」

「あら、あんな知的そうな顔してるのに?」

「そう。いかにも頭使うのが得意そうな顔してるのに」

「顔は関係ねえだろうが」

 

好き勝手言われてるのを遮るようにカイムは部屋に入る。

 

「あらカイム、立ち聞き?」

「悪かったよ。セレビィは?」

「まだ寝てるわ。なにして遊んでたの?」

「セレビィが行きたいとこに付き合ってただけだ。道中あったきのみ食ったりしてたがな」

「仲良くなってるじゃない。無愛想だから怖がられないか心配してたよ」

 

カイムは肩を竦める。その自覚はあるため、特段言い返したりはしない。

 

「で?誰のツラが頭使うのが得意そうだって?」

「別に貶してるわけじゃないよ?そう見えたってだけさ」

「そうかい。でもまぁ、昔は頭使ってなかったのは確かだ」

「大学に行けるくらい頭いいのに?」

「勉強とバトルは違う」

 

今でこそカイムはバトルもだいぶ強くなったが、バッジを全て集めるのに四年近くかけている。この月日は、カイムにバトルの苦手意識を植え付けるのには十分すぎた。シロナの指導でかなり強くなったとはいえ、今でもカイムはバトルに向いていないと思っている。

 

「俺は思考の瞬発力が無い。だからバトルには向かないし、色々考えすぎる。バトルが嫌いとかじゃない。だが俺では、トップにはなれん」

 

未だにムクホークの背中でセレビィは眠っている。傷はほぼ治ったとはいえ、病み上がりに遊びすぎたのだろう。

セレビィを背中に乗せているムクホークの顎を撫でながらカイムは笑う。くすぐったそうにムクホークは体を揺すらせた。

その振動でセレビィが目を覚ます。

 

「あ、悪い。起こしたな」

 

まだ寝ぼけているセレビィの頭をトワが撫でる。

目を擦りながらセレビィはシロナの目の前に浮かぶ。そして少しだけ不安そうに鳴いた。

 

「どうしたの?」

 

シロナが優しく聞くと、セレビィはカイムの方を見る。

一瞬なんのことか分からなかったが、すぐにセレビィの言いたいことを理解する。

 

「ああ、俺が言った『用事』についてか」

 

セレビィは頷く。

 

「大したことじゃねえ。俺達を時渡りで元の時代に戻して欲しいってだけだ」

 

セレビィは目を見開く。自分の回復のために集めたエネルギーで時渡りをしてしまい、挙句二人を巻き込んでしまったことに驚き、そして軽率なことをしてしまったと。

 

「先に言っておくが、こっちは全く気にしてない。むしろ、貴重な体験をさせてもらったから感謝してるくらいだ」

「そうね。それに、あなたには必要なことだったのでしょう?だから気にしないで」

 

シロナがセレビィを抱きしめると、セレビィは静かに涙を流した。人に追われ、恐怖を味わい、命からがら逃げ延びた先で無関係の人を巻き込んでしまったことを悔いた。しかし彼らは気にしないと言った。そして、巻き込んだはずの自分と仲良くなってくれた。その事実が嬉しかった。逃亡している間の孤独を、シロナ達は埋めてくれた。

 

「あなたが無事で良かった」

 

シロナの言葉がセレビィを包む。

 

「さ、ごはんにしよう。セレビィもお腹空いたろ?あたしとカイムで作った料理をいっぱい食べな」

 

シロナの胸で静かに泣くセレビィの頭を撫でながら、トワは優しく声をかけた。

カイムは無言で部屋を出て、もくもくと配膳を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後

 

「明日か」

 

セレビィの傷も完治し、時渡りができるくらい回復したため、シロナとカイムは明日に元の時代に戻ることになった。

ハテノ村はとても快く二人を迎え入れてくれた。滞在したのは一週間程度だが、村人達とはとても仲良くなれたと思う。

だからこそ少し寂しい。元の時代に戻れば、彼らは自分の知る彼らではない。40年の月日となれば、年配の人は亡くなっているだろう。今でこそ同じ年代のトワも、生きているか微妙なレベルだ。

 

だが、本来彼らと自分は出会わないはずの存在。会えないはずの人々と出会えた幸運にカイムは感謝した。そしてその縁を作ったセレビィにも。

 

「ん」

 

物音がしたためそちらを見ると、シロナとセレビィがいた。

 

「おう」

「起きてたのね」

「まーな。どうにも寝付けない」

 

苦笑するカイムの頭にセレビィは抱きついた。

 

「重い」

「ふふ、よく懐いているわね」

 

カイムの頭の上で楽しそうにするセレビィを見て、足元にいたブラッキーがカイムの足に頭を擦り付ける。

 

「わかったわかった」

 

自分にも構って欲しかったのだろうと判断してカイムはブラッキーを抱き上げる。満足そうにブラッキーはカイムの膝上で大人しくなった。

 

「ブラッキーは平常運転ね」

「昔から甘えたがりでな。警戒心は強いが、一度心を開いた相手にはとことん甘える」

 

その証拠にブラッキーはシロナにもよく懐いており、家にいるときに時折シロナにも甘えている様子が確認できている。

 

「セレビィも貴方を信頼してるのね」

 

カイムの頭の上で楽しげにしているセレビィをシロナが撫でると、セレビィはシロナの膝に乗り鼻歌を歌い始めた。

 

「お前もな」

「ふふ、嬉しいわ」

「…明日には戻るんだな」

「寂しい?」

「少し。だが元の時代だったとしても、いつかはここを出て行く。だから悲しくはない」

「私も。人は出会いと別れを繰り返す。たくさんの人と出会うことは、その人の人生を豊かにするって、ナナカマド博士が言っていたわ」

「いいこと言うな」

「私の先生だもの」

 

カイムの膝上にいるブラッキーとシロナの腕の中にいるセレビィがじゃれあっている。その様子を見てカイムとシロナは笑う。

 

「楽しかったわね。予想外の事態だったけど」

「ああ」

「カイムの珍しい表情も見れたしね」

「やかましい」

 

ブラッキーを下ろしてカイムは立ち上がる。そして壁にかけてある上着を取った。

 

「どこか行くの?」

「眠れそうにないから少し散歩。来るか?」

「もちろん。セレビィも行く?」

 

シロナの問いにセレビィは笑顔で頷く。

 

「決まりね。行きましょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

歩くこと数分。

湖にたどり着いた。

 

「わあ…綺麗ね」

「セレビィに連れられてたどり着いたとこだ。傷を癒す効果があるらしい」

 

実際、この湖の水を飲んだことでセレビィの回復はかなり早まった。

 

「そう。よかったわ。それにしても静かでいい場所ね」

「ああ」

 

二人は近くにあった大きな岩に腰掛ける。

月が水面に反射し、その光がシロナの顔を照らす。この湖が気に入っていたセレビィは近くの木からきのみを取って食べ、嬉しそうに顔を綻ばせていた。

 

「落ち着くわね」

「波の音ってのはいいな。俺がミナモシティ出身なのもあるかもしれんが」

「ミオシティもね。カイムは海に縁があるのね」

「みたいだな。ま、ここは湖だが」

「……元の時代にも、この湖が残っているといいわね」

「残っているさ。きっとな」

 

楽しげにしていたセレビィがシロナの手を握る。

どうしたのかと思い、シロナがセレビィに目を向けると、セレビィはその大きな目に涙を溜めていた。

明日、時渡りをして元の時代に戻れば、二人は去ってしまう。今まで孤独に生きてきたセレビィからすると、ここ数日はとても楽しかった。だからこそ、それを失うのが悲しかった。

だがセレビィは二人とは共に行けない。セレビィには森を守るという大きな役割がある。森と共に生きるセレビィは、シロナとカイムとは生きていけない。数日離れる程度ならなにも問題はないだろうが、ずっと一緒にいることはできないのだ。

 

「セレビィ…」

「寂しいか?」

 

カイムの言葉にセレビィは頷く。

 

「私たちも、あなたと離れるのは寂しいわ。あなたと仲良くなれてとても嬉しかった。だから、余計ね」

「そうだな」

「でもね、私たちはあなたを忘れない。いつかまた会える時がくる。だからセレビィ、あなたも私たちを忘れないで。そうすれば、またいつの日か会える。約束よ」

 

セレビィの泣きそうな顔を優しく包みながらシロナは言う。

セレビィはその言葉に涙を流し、そして力強く頷いた。

 

「また、来るよ」

 

カイムがセレビィの頭を撫でる。

するとセレビィは両手を胸の前にかざした。そこに光が溢れ、そして光が収まるとそこには小さな黄緑色の結晶が二つあった。

 

「これ、は?」

「わからない。でも、この結晶からセレビィの気配がするわ」

「…セレビィの力の結晶みたいな感じか?」

「おそらくね」

 

セレビィはその結晶を二人に渡す。

結晶は冷たく、だが暖かい光を宿していた。まるで森の力そのもののような輝きをもっている。

 

「セレビィ、ありがとう」

 

セレビィは涙を拭いて頷いた。たとえ明日別れたとしても、ここで出会ったという事実は変わらない。きっとまた会える。そう信じたからこそ、セレビィは力と結晶を二人に渡した。

 

そこでブラッキーが顔を上げた。

 

「ブラッキー?」

 

ブラッキーの視線の先をカイムは見た。そこには、水色の影があった。

 

「あれは…スイクン」

「ジョウト地方に伝わる伝説のポケモンか」

「水を浄化させる力を持つと言われているわ」

 

スイクンがこちらに視線を向けた。鋭い目つきが二人を捉える。冷たい水をぶつけられたような感覚に陥ったが、スイクンはすぐに視線を逸らし、どこかへと消えていった。

 

「この前のアルトマーレといい、最近伝説のポケモンに出会いすぎだろ俺達」

 

スイクンが消えた場所を見ながらカイムは苦笑する。今までそういうポケモンと出会ったことはなかった。ラティアスとラティオスが初めて出会った希少なポケモンだったが、こうも連続して出会えるなどとは思ってもいなかった。

 

「貴重な経験よね。セレビィとも出会えたこともね」

 

シロナの膝上でセレビィは笑顔で頷いた。

 

 

 

夜は更けて行く。

 

 

 

 

 

 

「忘れ物はないかい?」

 

荷物を纏めて、旅立つ準備を済ませた二人にトワは言う。

 

「ええ。大丈夫よ」

「楽しかったよ。あんたらが来て、賑やかだったからね」

「こちらとしても世話になった。あんたが泊めてくれたから、かなり助かったよ。感謝する」

「いいよ。カイムの料理は美味かったし、シロナさんともたくさん話せたからね」

 

シロナとカイムはトワと握手し、互いに感謝を伝える。

 

「元の時代に戻ったら、また来てくれるかい?」

「もちろんよ。トワさんも元気でいてね?」

「たかが40年だろう?年は食うが、またあんたらに出会うまで死ぬわけにはいかないわよ!」

 

快活に笑うトワにシロナは一枚の写真を渡した。

それは昨日の夜にセレビィの回復とシロナ達の旅立ちのお祝いとしてみんなで食卓を囲んだ時の写真だった。

 

「これ…」

「学者だからすぐに現像できるタイプのカメラを持ち歩いているの。そのカメラで撮った写真。良かったら取っておいてほしいの」

「嬉しいよ!この村にもカメラはあるけど、どうにも使い方がよくわからないやつだったからね。こんな風に、あんたらがいた証が残せるものがあって良かった。ありがとう」

 

短い間だったが、トワは随分良くしてくれた。だから何かしらの形で恩を返したかったシロナは写真を残すことにした。昨日宴の間に『仲良くなれたのにその人がいた証が自分達の記憶しかないのは、少し寂しい』みたいなことを言っていたため、普段記録用に使うカメラでみんなが写っている写真を撮った。

 

「短い間だけど、お世話になったわ。本当にありがとう」

「こちらこそ。また会おうね。カイムも」

「もちろん」

「ああ、また」

 

そうして二人はセレビィと共に森へと歩いていった。

 

「…40年か。長いねえ……こりゃ、ちゃんと長生きしなきゃね」

 

残されたトワは二人が歩いていった道を見ながら、そう呟いた。

 

 

 

二人の後ろ姿はもう見えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

セレビィに連れられて来たのは、この時代に来て最初に目覚めた石碑の前。ここなら時渡りのためのエネルギーを集めやすいらしい。

 

「セレビィはこの時代に残るんだよな」

 

カイムの問いにセレビィは頷く。本来セレビィはこの時代の存在ではないが、ハンターがセレビィを狙って来た以上、あの時代に戻るのは危険だった。それにセレビィだけなら時渡りはそう難しいことではない。元の時代に戻ることはいつでもできる。

 

「そうか。ならあの村に……トワのとこに顔出してやれ。お前もあの人好きだろ」

 

頷くセレビィにカイムは優しい表情をした。

 

「さて、これ以上残るのも良くなさそうだし始めるか」

「そうね。セレビィ、お願いできる?」

 

セレビィは頷くと、石碑の前に浮かんだ。するとウバメの森で時渡りをした時と同様の光があたりを包み始める。

その光は徐々に強くなり、そして目を開けているのが困難な程強くなった。

 

「シロナ」

「ええ」

 

二人は離れないように手を繋ぐ。シロナの細い手を、カイムの固い手が覆った。

 

「頼もしい手ね」

「鍛えてるからな」

「離さないでね」

「ああ」

 

光の中のセレビィと目が合う。あとはこの光に触れれば、時を渡り元の時代に戻れる。

 

「楽しかったわ。ありがとう、セレビィ」

「またな」

 

二人の言葉にセレビィは笑顔になる。

それを見て二人は頷き、光に触れた。

 

 

 

視界が光に包まれ、なにも見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん」

 

周り覚ますと、シロナの顔が目の前にあった。

 

「元の時代に、戻ったのか?」

 

起き上がると、見覚えのある祠が目の前にあった。スマートフォンを確認すると、シロナ達が元いた時代と同じだった。しかし時渡りした時間は昼前だったが、今はとても暗い。ぴったり同じ時間というわけではないが、この程度なら誤差だろう。

 

「とりあえず、戻ってこれたか」

「う、ん…」

「おう、起きたか」

「カイム……戻れた、のかしら?」

「ああ」

 

シロナは起き上がり、埃を払いながら周囲を見渡す。

 

「…うん、戻れたのね」

「多少時間がずれてるが、この程度なら誤差だな」

「そうね。でも土地勘のない私たちが夜の森を移動するのは危険ね」

 

ウバメの森は割と大きな森だ。土地勘の無いシロナ達が視界の悪い夜に移動するのはあまり良くない。街の方角はわかるためそちらに愚直に進むのもできるが、危険だ。

 

「とりあえず、朝までここで過ごすか。薪になる枝拾ってくる。夜はまだ少し冷える」

「ありがとう。焚き火の場所だけ作っておくわ」

「頼んだ」

 

 

 

ーーー

 

 

 

パチパチと枝が燃える音がする。

揺れる火を見ながらシロナ達は夜が明けるのを待った。祠の周辺はスペースがあったため、石を円状に並べて周囲に燃え広がらないように細心の注意を払いながら焚き火をしていた。

 

「夜が明けたらどうする?」

「そうね、とりあえずジョウト地方を回ってみたいわ。元々そういう予定だったし、他にも歴史がそのまま街に残っている貴重な場所だから行ってみたいわ」

「ん」

 

カイムは返事をすると、ポケットからセレビィに貰った結晶を火に透かしてみた。

 

「やっぱり綺麗ね」

「ああ」

 

暫し沈黙が流れる。

そしてその沈黙をシロナが破った。

 

「いつまでそこで見てるつもり?そろそろ出てきたらどうなの」

 

シロナは焚き火から視線を離さずそう言った。

物音がして、そこから一人の男が姿を現す。帽子にコートを来た中年くらいの男だった。目つきは鋭く、厳格な表情をしている。

 

「…まさか、シンオウ地方のチャンピオンがこんな場所にいるとはな」

「貴方がセレビィを追っていたハンター?」

 

シロナの言葉は冷たく、怒りがこもっているのがわかる。

 

「いや、私が金で雇った者だ」

「つまり、貴方が主犯でいいのね」

「そうなるな」

「そう」

 

シロナは焚き火から視線を変えない。カイムが横目で男を見ると、その男にはどこか見覚えがあった。

 

「……お前」

「ほう、気が付いたか。だが私の今の立場を考えれば、そう不思議ではないか」

「元トキワジムリーダー、と呼べばいいか?」

「いや、元ロケット団ボスと呼んでくれ」

「まさかこんなとこでお尋ね者に出会うとはね、サカキ」

 

数年前、カントー地方で猛威を奮い、そして一人の少年によって壊滅させられた組織『ロケット団』。その元ボスであるサカキが、今目の前にいた。

 

「それで?貴方は何をしにここに来たの?」

「なに、ハンターがセレビィを見失ったようなのでな。私が心当たりがありそうな場所をしらみ潰しに探していた。それだけだ」

「そう。生憎だけど、ここにセレビィはいないわ」

「みたいだな。他を探そう。邪魔したな」

「探してもいいけど、少なくとも貴方が追っていた個体はもう見つけられないわよ」

「なに?」

 

サカキの目がシロナを鋭く睨む。

 

「保護でもしたか」

「そうね。少なくとも貴方には絶対に手を出すことができない場所にね」

「………時渡りか」

「あら、さすがマフィアのボスをやっていただけあるわね。多少頭は使えるじゃない」

 

シロナの言葉は刺々しい。ポケモンという種族を愛する彼女からすれば、ポケモンを道具のように扱い、そして虐げてきたサカキは許せない存在なのだろう。

 

「…なぜセレビィを追っていたの?」

「貴様に話す必要があるとでも?」

「無いわね。仮に聞いたとしても、私はそれに納得しない」

「ならば言うことはない」

 

サカキは帽子を被り直し、カイムに目を向ける。

 

「青年よ、名はなんという」

「…カイム」

「そうか、カイムか。私と共に世界を取らないか?」

「私の弟子にふざけた思考を植え付けようとするのは止めてくれるかしら」

 

シロナから凄まじいほどと圧力を感じる。これは最早殺気ともいえるほどのものだった。

 

(…これが公式戦無敗のチャンピオンか。この若さで、これほどとは)

 

サカキの背中に冷や汗が流れる。数日前に戦った黒と黄色の帽子を被った少年に敗北してからポケモンセンターに行っていないため、ポケモン達は疲弊している。今戦っても勝ち目はない。仮にポケモン達が万全でも、今のシロナを倒せるとはとても思えない。

 

「…凄まじい圧だ。ここは大人しく引き下がろう」

「サカキ」

「なにかね、カイム」

「お前はどうしてロケット団を作ったんだ」

 

カイムにとって、ポケモンは慈しむ存在。シロナ同様、愛する対象だった。だからこそ、自身とは真逆の思想のサカキにそう尋ねた。シロナはそんなもの知りたくも無いと一蹴したが、カイムは知りたかった。

 

「…それを話す理由があるとでも?」

「ああ、俺に話す理由などない。でも、俺は真逆の思想を持つお前のことを知りたい。その上でお前を否定するために」

「ほう」

 

カイムの目にサカキは見覚えがあった。

息子である、赤い髪の少年。父である自分のことを知りたいと迫ってきたいつの日かの息子の目とよく似ている。サカキはそう思った。

 

「私を理解しようというのか」

「ああ」

「カイム⁈」

「お前についていくことは絶対にない。だが、知ることはできる。知った上で唾棄することも」

「ふん、いいだろう。私がロケット団を作った理由だったな」

 

サカキは語る。より強い組織を作り、世界を征服するためだと。多くの力を組み合わせ、その結果より大きな力を生み出すことができるのが組織というものだと。その生み出した大きな力を使い、世界を我が物にするためにロケット団を作ったという。

 

「強さとは正義だ。強くなければ、何も成すことはできない」

 

カイムは何も言わない。ただサカキの言葉を聞いているだけ。

 

「ロケット団が壊滅したのは、私が部下達の力をうまく扱いきれなかったことが原因だ。失敗から教訓は得られた。だからセレビィの時渡りを使い過去に戻り、この教訓を活かして今度こそ世界を我手に収めるのだ」

「……世界を征服する、か」

「そうだ。私が支配する世界、そのためのロケット団だ」

「無理だな」

 

カイムはサカキの言葉を一蹴する。

 

「ほう?」

「仮にセレビィの時渡りで過去に戻り、やり直せたとしよう。お前が教訓を活かして世界を支配できたとしよう。だがその支配した世界、長続きすると思うか?」

「どういうことだ」

「恐怖による支配は長続きしない。歴史を学んできた者なら誰でも理解していることだ。武力はシンプルで、最も強い力だ。だがそれによる支配は長続きしない。何故だと思う」

「………」

「簡単だ。それ以外で支配することができないからだ」

「!」

「武力でしか支配できないのは、その支配する者が『対話』をする力が無いが故にとられる手段だ。最初は武力によって支配したが、その後別の手段で治めた国の方が歴史的観点から見ても長続きする」

「続けろ。興味深い」

「…形あるものは、いつか消える。だから社会も同じ形であり続けることはできない。お前が支配できた世界も、いつかは消える。お前が生きている間は持続できたとしても、人である以上いつかは死ぬ。その後の世界は?お前を慕う者はいるだろう。だがお前を継げる人間はいるのか?」

「………」

「ポケモンも人も虐げる世界なんぞ、反乱されて終わりだ。もし四天王やチャンピオンがお前らを壊滅させるために姑息な手を使ってみろ。いくらマフィア集団といえども、壊滅まであっという間だ。現にセキエイ高原のチャンピオン一人に壊滅させられている。それも正面突破でな。目的のために虐げることしかしてこなかったお前らは、遅かれ早かれ壊滅させられてたよ」

 

シロナは何も言わない。カイムが言いたいことを全て言ってくれたのもあるが、ポケモンを大切にする彼女からすれば、サカキの話など聞きたくも無いからだ。

なのにカイムはサカキの話を、理想を聞いた上で一蹴した。頭ごなしに否定するのではなく、聞いた上で一蹴することを選んだ。

 

「…かもしれんな」

「ま、こんな若僧の言葉を聞き入れたりしないんだろ?」

「無論だ。私はいつの日か、必ずロケット団を復活させる」

「…好きにしろ」

「君には見込みがある。どうだ?やはり私と共に…」

 

再びシロナから殺気が放たれ、サカキの言葉を遮る。

 

「もう一度同じことを言ってみなさい。今ここで完膚なきまで叩きのめして、警察に突き出すわよ」

 

数年共に過ごしてきたが、シロナがここまで怒りを露わにしたのはこれが初めてだった。それだけシロナにとって、カイムを悪の道に落とそうとすることな我慢ならないことだった。

 

「失せなさい。今ならまだ見逃してあげる」

「…ふっ、大切なものを守る女は恐ろしいな」

 

サカキはそう言い残し、暗闇に姿を溶かした。

 

「…あんなブチ切れるとはな」

 

サカキが去った後、カイムはそう言った。

 

「当たり前じゃない。ポケモンに酷いことするだけじゃなく、カイムをその同類にしようとするなんて」

 

唇を尖らせながらシロナは言う。

 

「あっちに行くことはねーよ」

「でも話は聞くのね」

「理解することと納得することは別だ。俺はサカキの思想を理解こそすれど、同調や納得をすることはない。結果的にポケモンも人も虐げている連中なんぞになってたまるか」

「…そうね。心配するまでもなかったわね」

 

シロナが心配するまでもなかった。カイムもシロナと同様の人間。だからサカキについていく心配はない。寧ろカイムに失礼だったと少し反省した。

 

「えいっ」

「⁈」

 

だがそれを素直に認めるのも恥ずかしいため、シロナはカイムの太ももに頭を乗せた。

 

「…………」

「ふふ」

「んだよ」

「何でもないわ。こうしたくなったの」

 

カイムは諦めたようにため息を吐き、シロナの金色の髪を撫でる。

 

「もっと撫でてくれる?」

「……はいはい」

 

ご満悦な様子のシロナの様子を見て、呆れたような顔をしたカイムだが、本人としても嫌な気は全くしない。それどころか大切な人が側にいてくれることにどこか安心した様子だった。

 

 

手に持ったセレビィの力の結晶が、炎の光を浴びて輝いた。

 

 




シロナさんがシンオウ地方の人なのになぜジョウト地方スタートなのか。それは次回への布石!!!(という名の自己満足)

今回はカイムがちょっと弱々しかったので、次回はシロナさんに乙女(?)になってもらいます。

今のところ書きたいシロナさん
・考古学界隈の立食パーティーでバッチリドレスを着こなすシロナさん
・ファッションショーのモデル役になるシロナさん
・サザナミタウンのカトレアの別荘で休みをエンジョイするシロナさん
・着物でおめかししてちょっと照れながらカイムにエスコートされるシロナさん
・ポケモンリーグの決勝でチャレンジャーのヒカリと戦うシロナさん
・カイムの故郷に出向くシロナさん
・破れた世界をカイムと共に進むシロナさん
・カトレアとかアイリスとか仲の良い人たちとバーベキューをするシロナさん
・大学を卒業してシロナさんの弟子としてカイムがシンオウ地方にやってきてすぐのシロナさん
・デートした後、オシャレなバーで優雅にお酒を飲むシロナさん
・なんかのきっかけでちょっとヤキモチ妬いちゃうシロナさん(全くシチュエーションを考えてない)


好きなポケモンはブラッキーとヌオーです。


次回はエンジュシティ。

番外編に訪れる場所(対象作品)

  • アーシア島(ルギア)
  • グリーンフィールド(エンテイ)
  • 千年彗星が見える荒野(ジラーチ)
  • ラルースシティ(デオキシス、レックウザ)
  • オルドラン城(ルカリオ)
  • アクーシャ(マナフィ)
  • グラシデアの花畑(シェイミ)
  • ミチーナ(アルセウス)
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