ゲームのような四天王と戦っていくスタイルではなく、アニメのようなトーナメント形式です。時系列やらトレーナーやら設定がガバガバな部分もあるとは思いますが、多少のことは目をつぶって欲しいですお願いしますなんでもしますから。
総合評価が6000超えてました。
作者の欲望からできて、まだ6話しかない状況でここまでの評価をいただけて嬉しいです。ありがとうございます。
そして今回、いつも以上に長いです。四万文字超えるとか我ながらバカかって思います。今回こそ二話に分けるべきでした。
許してくださいなんでもしますから。
しかし、今回みんなが多分求めていたであろうシーンがあります。
そう、シロナさんのお風呂シーンがな!!!(めっちゃ少ないけど)
7話です。
ポケモンリーグ。
それはトレーナー達が目標として掲げる猛者達の大会。
参加資格は、その地方のジムバッジを全て集めた上で、チャンピオンロードを踏破できたものに限られるトップトレーナー達にのみに許された大会である。
「またこの季節が来たわね」
シロナとカイムはシンオウ地方のポケモンリーグが開催されるスズラン島に上陸した。島は一年に一度開催されるポケモンリーグの参加や観戦のために人で賑わっていた。
「楽しそうだな」
「もちろんよ。色んな強いトレーナーやポケモン達と出会える機会はこのポケモンリーグが一番だもの」
シロナはバトルにおいて、勝敗以上に楽しむことを優先している。そのため、どんな逆境であろうと焦ることはなく、その逆境を跳ね返すにはどうすればいいのかを考えられる。それこそがシロナの強さの一因でもあった。
「しかし、いつ見てもでけぇ建物だな」
スズラン島の最も高い場所に建てられたポケモンリーグスタジアム。見た目は城のような見た目をしているが、中はバトルのためのスタジアムとして完備されている。
「このスズラン島はポケモンリーグのためにある島と言っても過言ではないからね。リーグ運営委員会もあのスタジアムに一番費用を割いているから」
「ま、一番大事だからな。で?まずはその委員会に顔出しにいくんだろ?」
「ええ。今回の大会の形式を再確認する必要があるからね。そういうカイムもジムの方で仕事があるんでしょ?」
「今回、うちのジムリーダーはリーグに出ないからな。スタジアム警備の方をうちのジムで担当するらしい」
「今回はトバリジムなのね。そっちの仕事もいいけど、助手としても働いてね?」
「寧ろそっちが本業なんだが?」
「愚問だったかしら」
くすりと笑うとシロナは歩き始めた。
シンオウ地方のポケモンリーグはスズラン島で開催される。シンオウ地方自体が北の方に存在するため、真夏の現在でも比較的涼しい。そのためポケモンリーグを見るついでに避暑地として利用する観光客も多くいる。
そして当然チャンピオンであるシロナは周囲から注目の的となるため、カイムとしては居心地が心底悪い。
「ファンサービスでもしてやれ」
「んー…そうね。いつも支えてくれるファンのみんなにも、少し恩を返しておきたいしね」
そう言ってシロナはファンの群れに向かって歩いていった。
カイムはシロナの荷物も持って宿泊先であるホテルの方に向かっていった。
ーーー
荷物をホテルに預け、運営委員会本部が設置されているスタジアムのバックヤードに向かった。
「確か、この先か」
地図を頼りに集合場所へと進む。
その道中で見知った顔と出会った。
「おうカイム、久しぶり」
「デンジ」
ナギサジムのジムリーダー、デンジ。スモモのツテで知り合った間柄であり、カイムとは年齢が近いこともあり交流は比較的深い。
「デンジのとこも今回は運営か?」
「いや、今年は出るよ。一応委員会の方に顔出しておこうと思っただけさ」
「なんだ、出るのか」
「まあな。今年はなかなか面白そうな奴も出るみたいだし。それに、シンオウ地方最強のジムリーダーとも言われるようになったんだ。次は四天王の座を狙う」
好戦的な笑みを浮かべるデンジは、ジムリーダーの中ではトップの実力を持つ。カイムのジムのトップであるスモモもデンジには勝てないでいる。スモモは才能はあるが、まだデンジと比べたら明らかに経験不足。スモモがもっと経験を積めば恐らくデンジ相手にももっといい勝負ができるだろうが、現時点ではまだ勝ち越すことはできないだろう。
そしてそのデンジの実力は、他の地方のジムリーダーを比較しても頭一つ抜けていると言われている。そんなことないとデンジは言うだろうが、彼の実力はカイムから見ても相当高い。彼ほどの才能と向上心があれば、四天王入りすることも不可能ではないだろうとカイムは考えている。
「チャンピオンは狙わないのか?」
「もちろん狙うさ。だが、俺はちゃんと段階を踏んで上に行きたい。まずは四天王入りさ」
「そうかい」
「それに、お前の姫をそんな簡単に抜けるとも思えないからな」
「やめろやめろ。姫とか言ってんじゃねぇ」
デンジはカイムとシロナが同棲していることを知る数少ない人間だった。故に、会うたびにこうしていじってくることがある。尤も、カイムからすればシロナは姫には見えないし、姫というような扱いもしていない。
「どうだ?今も鍛えてもらってるんだろ?」
「ああ。強くはなっているよ」
「そっか。なら今度バトルしようぜ」
「機会があればな。今回はウォーミングアップくらいなら、手伝ってやるよ」
「なんだ、ちゃんとしたバトルはしてくれないのか?」
「俺が相手じゃ、得られるものは少ないだろ」
「俺はそうかもしれないが、お前は違うだろ?毎回バトル終わるごとに反省点をメモしてるような奴だ。格上とのバトルは得られるものは多い。お前はそれをちゃんと糧にできる」
「俺のためかよ。まぁその通りだけどさ」
「だろ?だから今度バトルしような。お前とのバトルは中々シビれるから楽しいんだ」
「へいへい」
カイムの実力はまだ高くはないが、異様な粘り強さがあり、デンジとしては何度負けても折れることなく、今できることを考え抜くスタイルは戦っていていつ隙を突かれるかわからない緊張感が好きだった。
割とバトルジャンキーな面があるデンジに苦笑しながら歩き続けると、委員会本部の会議室にたどり着いた。
扉を開くと、そこには運営のために動くジムリーダーや一部のジムトレーナーが集まっていた。
「あ、デンジさん!」
「おうスズナ。今日も元気そうだな」
「はい!今日も元気です!」
キッサキジムのジムリーダー、スズナ。氷タイプのジムリーダーであり、スモモと仲がいいため、カイムとも面識がある。
「あ!カイムさん!」
「…おう」
「お久しぶりです!今度バトルしてください!」
「………機会があれば」
声が大きく、気合を重んじるスズナのことがカイムは苦手だった。断じて嫌いではないのだが、常に冷静なカイムからすれば気合を重んじるスズナは少々苦手に思えてしまう。
対してスズナはカイムのことが大人の男性に見え、バトルの腕もエリートトレーナーレベルのカイムのことを時々引き抜こうとしてきたり、かなりの好印象だったりする。
「スズナ、カイムさんが困ってますよ」
矢継ぎ早に言葉を投げかけ、対応に困っているのをみかねたスモモがスズナを止める。この二人は年齢が近いということもあり、仲が良い。
「あ、ごめんなさい!」
「…いや、いい」
「はは!ま、スズナが元気そうでよかった。それでスズナのとこは今回なんの仕事だ?」
「うちは今回フィールド整備です!」
「そっか。キッサキジムは人数多くないけど、みんな優秀だから大丈夫だろ」
「はい!ちゃんとやり遂げます!」
「あれ、あたしが最後?」
続けて扉から入ってきたのは、ナタネだった。
「もしかして遅刻?」
「いや、まだ時間にはなってませんよ」
「あれ、カイムくんじゃん。久しぶり〜」
「どーも」
愛想のない返事にナタネは気を悪くした様子もなくカラカラと笑う。
「相変わらず愛想ないね〜。ま、キミの持ち味だけどさ。ところでデンジくんはどうしてここに?今回は特に仕事ないでしょ?」
「ちょっと顔出しただけさ。時間になったら出ていくよ」
「そっか。確か今回はリーグに出場するんだよね?」
「ああ。四天王の座を取りにいくさ」
「ふふ、頑張って。応援してる」
「ごめんなさい、遅くなったわ」
最後にリーグ運営委員長とシロナが現れた。
「大丈夫ですよ。時間ぴったりなんで」
「ちょっとファンサービスしてたら遅くなってしまったわ」
「揃ってますかな?では、早速始めましょう」
会議が始まることを察したデンジは軽く挨拶をして去っていった。
全員が席に着くと、委員会の人が資料を全員に配り始める。中身はリーグ予選のスケジュールや注意事項、警備の配置やフィールド整備、出店や観光客の整備について記されていた。
シロナ自身はあまり関係ないが、こういうことはチャンピオンであるシロナも把握しておいた方がいいため、シロナも参加している。
ちなみに四天王はリーグ運営の幹部でもあるため、既に仕事に取り掛かっている。
「今回のリーグは他の地方からも多く参加者が来ています。予選の受付数も過去最高のものになる可能性もありますが、やることは例年と変わりません。今回のリーグも大いに盛り上がるように、協力していきましょう」
その後、委員長が各員に対して詳細の仕事内容についての説明が始まり、委員会から解放されたのはそれから二時間後だった。
ーーー
「それでカイムはどこの警備になったの?」
まだ誰もいないスタジアムの観客席をシロナと歩きながら話す。
「主に控室とかの関係者関連の警備。外の警備は元々いる警備員とかアルバイトがやるから、ジムトレーナーは基本中の重要な場所に回される」
「そう、でもそれだとちょっと暇じゃない?試合を眺めることもできないし」
「モニターがあるから十分だ。それに、俺は予選会場の方の警備も任されてるから試合は見れる」
「随分忙しいのね」
「その代わり、本戦のシフトは一回戦の間だけだ」
誰もいないため、普段よりもカイムの声が大きく聞こえる。一応スタッフが何人かフィールドの調整のためにいるが、彼らは仕事に夢中でカイムの言葉など耳には入っていない。
「シロナのリーグ戦を見るのは、卒業前が最後だったか?」
「そうね。他の大会には出てたけど、この場で戦うのは二年ぶりね」
最後に見たリーグ戦のことを今でもよく思い出せる。
あの時は既にシロナと出会っていたが、まだ大学に在籍中だった。ちょうど大学で一週間ほどの休みがあったため、アルバイトで貯めたお金を使い、シンオウ地方までわざわざシロナの試合を見に行った。シロナに招待されたというのもあったが、やはりチャンピオンが他のトップレベルのトレーナー達と戦う姿を直接見たかった。
そこで見たシロナの姿は、圧巻だった。
カイムが挑めばまともなバトルにすらならないであろう高レベルのトレーナー達を次々と薙ぎ倒していく姿に、カイムは魅せられた。自分とさほど変わらない年齢であるシロナが美しくも激しく戦う様に魅せられたのは、恐らくカイムだけではないだろう。それほどまでにシロナが戦う姿はよく思い出せる。
「…今でもよく思い出せるよ」
「そう?嬉しいわね」
「あんな強烈な記憶、忘れられんさ」
「そんなに?」
「お前の部屋の汚さと同じくらい強烈さ」
「もう!」
シロナが腕を叩いてくるが、それを軽く受け流す。
「…今回もきっと、簡単にはいかない。みんな私の対策は済ませてくるでしょうからね」
「いつものことだろ?それに、シロナはそういう状況の方が燃えるタチだ」
「そうね」
シロナはフィールドを見下ろす。今は天蓋は開いていないが、本戦が始まると(天気が良ければ)天蓋が開き、溢れんばかりの歓声と独特の空気がこのスタジアム全体を包む。あのヒリヒリと刺すような空気が、シロナはとても好きだった。
「……またここで戦える。そう考えると、今からもうワクワクしてしまってるの。ポケモンと絆を育んだとても強いトレーナー達との本気のバトル。考えただけでも、ゾクゾクしてしまう」
「楽しみなのは結構だが、お前の出番はまだ先だ。予選は三日かけて行われる。その間ずっとそのテンションだと、間違いなく電池切れになるからな」
「そこは貴方がうまくブレーキを踏んでくれるでしょ?」
「俺はそのためにここにいる」
「頼りにしてるわ」
数日後にあの場で完璧なコンディションで戦えることを考えるだけでシロナは今からとても楽しみで仕方ない。
当然そのテンションのままでいけば試合前に電池切れになるのは目に見えているため、カイムはそんなシロナを落ち着かせつつ、体調を万全にさせる役目がある。
それはシロナのためであり、そしてカイム自身のためでもある役目だった。
「私があのフィールドに立つ時は一人。だけど、貴方がいる。そしてポケモン達も。だから、戦うのは私一人じゃない。私の大事なものと一緒に戦える。こんなに嬉しいことはないわ」
「楽しみにしてるぞ、シロナ」
「頼りにしてるわよ、カイム」
誰もいないフィールドに、二人はこの戦いを勝ち抜いていくことを誓った。
*
ポケモンリーグは一種の祭りのようなものでもある。故に、スズラン島はこのリーグが開催されている期間ずっと出店などが開かれており、普段の静かな様子とは打って変わり、常にどこでも賑わいを見せている。
『カイムさん、ちょっと頼みがあるんですが、大丈夫でしょうか』
カイムは指定の場所に立ち、警備をしていたところ、運営側全員に配られるインカムから呼び出しがかかる。かなりいいものを配布されており、全体チャンネルだけでなく個別にチャンネルを開くことも可能な優れものだった。
「はい。どうしました?」
『外の警備なんですけど、人がかなり多いせいで整備に人員を割きすぎてるみたいなんです。ただ多いだけならいいんですが、毎年こういう場では騒ぎすぎてしまう人もいます。念のため、現場の指揮系統が混乱しないように直接見ててもらってもいいですか?』
「了解。場所は?」
『スタジアム前の広場です。よろしくお願いします』
「了解」
インカムを切り、カイムは指定の場所に急ぐ。
スタジアム前の広場は、開会式前ということもあり、人でごった返していた。今日は開会式だけの予定ではあるが、このポケモンリーグはどの地方でも目玉となるようなイベントである。故に開会式もなかなか盛大であるため、いい席を取ろうとする人で溢れかえっていた。
リーグへの参加はチャンピオンロードを越えた者のみが持つ資格だが、観戦だけならジムバッジを持っていない一般人でも可能。だからこそここまで人が多い。
「今年も多いな」
暴動などは起きていないが、人は多い。ここまで人が集まると、ちょっとしたことでパニックになりかねないが、現場のスタッフ達が綺麗に列を整理させているため現状ではその心配もなさそうだ。だがスモモの言った通り、その人の整理のためにかなり人数を割いているため、指揮系統が混乱する可能性もある。変な気を起こす輩がいないとも限らないので、厳重に見張っておく必要があると判断したスモモは間違っていなかっただろう。
一応現場の指揮系統はカイムに一任されたことは現場の人は把握しているようだった。何人かがカイムに指示を求めてきたため、その場の状況を把握しつつ、カイムも人員整理に加わった。
少し時間が経つと、順番に入場するようにアナウンスが流れ、観客はそれに従って流れ始めた。
いち段落ついたため、カイムは元の配置に戻ろうと関係者通路に向かった。
その道中、一人の少年が壁に寄りかかり、何かメモ帳を見ていた。その少年は茶色のツンツンとした髪をしており、鋭い翡翠の瞳を持っていた。腰にボールをつけており、纏う空気は強者のそれと同じだった。
「…ん、なんだよ」
カイムに気が付いた少年はやや棘のある言葉でカイムに聞く。
「いや、何も。こんなとこで何してんだ?君、参加者だろ?」
その言葉に少年の眉が僅かに動く。
「…だったらなんだよ」
「いや、開会式見ないのか?」
「興味ねぇよ」
「そうか」
「で?なんであんたはオレが参加者だってわかったんだ?運営側か?」
カイムがつけているスタッフの腕章を見て少年はそう聞いてくる。
「運営側なのは当たりだが、別に君個人を特定していたわけじゃない。ただ、そうなんじゃないかなって思っただけだ」
「そうかよ」
「随分熱心にメモ帳を見てるな」
「…まぁな。今回の大会出場者の中でも、有力なトレーナーの情報を集めてまとめたやつだ」
「へえ、ちょいと見せてもらっても?」
「………まぁ、運営側ならいいか」
少年が渡してきたメモ帳を見る。中には今回出場するトレーナーの使用ポケモンや戦闘スタイル、過去の前歴や苦手な戦術などが事細かく書かれていた。少年は見たところ、13歳くらいに見える。これほど若い少年がここまで細かくトレーナーについてまとめていることにカイムは驚きを禁じ得なかった。
「…凄いな。ここまで細かくまとめてるなんて」
「敵を知ることなんて当たり前のことだろ。それでスタートラインだ」
「なかなか自分に厳しいな」
「………」
「君、シンオウ地方の人じゃないだろ。どこの地方から来たんだ?」
「なんでオレがシンオウ地方の人間じゃないことを知ってるんだ?」
「バッジケースを二つ持ってるから」
「…なるほど。そうだよ、オレはカントー地方出身だ」
「へえ。じゃあセキエイ高原のポケモンリーグには出ないのか?」
「……前回のに出たよ」
「へえ」
「でも負けた。だから今は、オレに足りないものを知るために色々な大会に出てる。この大会も、通過点でしかねぇ。あいつに勝つためにも、こんなところで負けてる場合じゃねえんだ」
それだけ言って少年は立ち上がる。
「もう行く。明日の予選の調整がいるから」
「悪いな、呼び止めちまって。ほい、返すよ」
カイムも立ち上がり、少年にメモ帳を返した。
少年はそれを受け取り、バッグに突っ込むと、それを背負った。
「…あんた、名前は?」
少年はカイムの目を見て言う。
「カイム」
「カイム、ね。あんたもそこそこ強そうだな。オレには勝てないだろうけど」
「間違いない。俺じゃ君には勝てない」
「今度、俺のウォーミングアップに付き合ってくれ。サンドバッグにしてやるから」
「一応スタッフなんでな。そのタイミングで時間があればとしか言えん」
「なら空けておけ」
「無茶言うな。ま、一応連絡先くらいは渡しておいてやるよ」
カイムは首から下げてるスタッフのIDカードが入っているパスケースから名刺を一枚少年に渡した。
「ジムトレーナー?あんたが?」
「なんだと思ってたんだよ」
「エリートトレーナーレベルはありそうだけどな」
「そう言ってくれるのはありがたいが、まだまだ未熟だよ」
「まぁいいや。じゃーな」
「ああ、大会頑張れよ。
少年は咄嗟に振り返る。
しかしカイムは既に関係者通路に入ってしまっていた。
少年、グリーンは一度も名乗っていない。大会に出ていないような存在に名乗る気はなかったが、もしアップに付き合ってくれるなら名乗ろうとは思った。
だがカイムは知らないはずのグリーンの名前を知っていた。つまり、カイムはグリーン個人を知った上で声をかけてきた。
グリーン本人はセキエイ高原の決勝まで進むほどの実力を持つ。四天王最強とも呼ばれたドラゴン使いのワタルを倒すほどの実力を持つため、シンオウ地方にいるカイムが名前を知っていてもおかしくない。
「…あのヤロウ、オレのこと知ってて声かけてきやがったな」
渡された名刺を見ながら、少年ーーグリーンは一人そう呟いた。
ーーー
翌日
開会式も終わり、予選が始まった。
予選そのものは大番狂わせは特に起きておらず、予想通りのメンバーが勝ち進んでいた。尤も、まだ知名度のないヒカリや、カントー地方で成績を残したが、地方が異なるためシンオウ地方ではそこまでの知名度のないグリーンは一般人からしたらダークホース的な立ち位置になるのだろう。なにより二人は非常に若く、まだ成人すらしていない。そんな二人が勝ち進んでいけば、話題にもなる。
「…今回のリーグ、面白くなりそうね」
警備の巡回のついでに試合を見て回っているところにシロナか来た。普段の黒コートではなく、黒いノースリーブのシャツを着ている。さすがにこの季節に黒コートは暑いため、この時期はあまりあのコートは着ない。
「今回は名だたるトレーナーが多いな」
「ヒカリちゃんは、当然勝ち進んでいるわね」
「ヒカリはまぁ予選くらいなら勝ち抜くだろ。素の力はまだ四天王には及ばないだろうけど、窮地に陥った時のひらめきと爆発力は四天王どころかお前にすら届きかねない」
「あら、随分評価が高いのね」
「ギラティナの一件を見れば評価も高くなる。それでも俺はお前が勝つことを疑わない」
「ふふ、当然。負ける気はないわ」
昨日からポケモン達のバイタルチェックなどでシロナのポケモンと触れ合ったが、シロナのポケモン達も皆コンディションは良く、今急にバトルを始めたとしてもいつも通りの動きができるだろう。
だがその『いつも通り』は通常時のものであり、パラメータで言えばせいぜい80%程度。これを本番当日に100%を引き出せるようにするのがトレーナーであるシロナと、サポーターのカイムの役目だ。
「調整はどうだ」
「良い感じよ。みんな落ち着きながらも、闘志を高めてる。当日には、最高のコンディションにできるわ」
「ならいい。あと、今回出場しているトレーナーの中でも、実績や注目度の高いトレーナーのデータをまとめておいた。俺のタブレット渡しておくから、暇な時に見ておけ」
「相変わらずいい仕事してくれるわね。私一人じゃ、こうはいかないわ」
シロナも対戦相手の分析はする。だが、カイムほど綺麗にデータをまとめるためには、相応の時間がいる。シロナは本来部屋の整理もできないほどズボラであるため、データ収集および整理は得意ではない。そこをカイムが補ってくれているため、シロナは存分にポケモン達と自分の調整に時間を使える。
「四天王のみんなは、当然のごとくハイレベルね。一筋縄じゃ絶対にいかない」
「ま、前回のリーグでもシロナを除けばベスト4に入るような猛者達だ。当たり前っちゃ当たり前だな」
「ヒカリちゃんは、タイプに偏ったパーティじゃないのね」
「シロナと同じオールラウンダーだ。あいつの性格なのかどうかは知らんが、あまり尖った戦法は使わない。敵の弱体化よりも自分達の強化に重きを置いたバトルをする」
「エースはエンペルトね。私のガブリアスとは、相性が悪い」
「そのエンペルトは冷凍ビームを積んでる。氷タイプが弱点のガブリアスは注意した方がいい」
「本戦で当たれることを楽しみにしてるわ」
「あと、ジムリーダーのデンジも注意だ。ここ最近で何があったは知らんが、戦歴やデータを見たところかなり力を伸ばしてる。次期四天王候補ってのも、伊達じゃない」
「デンジくんね。彼ともバトルしたことあるけど、才能に溢れる人だったわ。その彼がジムリーダーとしての経験を経て、どうなっているのかしら」
「先鋒にはサンダースが多い。耐久力は無いが、素早く回避が上手い。チャージビームで特攻を上げつつ、雷や十万ボルトでトドメを刺すスタイルが多い。地面タイプ相手にもボルトチェンジや砂かけで妨害をした上で入れ替わり、高い攻撃力を活かしたレントラーの氷の牙や噛み砕くといった技で対応可能だ。エースのレントラーは防御も高いから場合によってはガブリアスの地震を一度くらいなら耐える可能性もある」
カイムは予選に参加している人物の名前をチェックし、確たる実力のあるトレーナーのバトル動画を見返してスタイルや得意不得意を完全に把握、そしてまとめていた。
これもシロナに敵の分析をする時間をできるだけ減らし、ポケモンや自身の調整に時間を使わせるためだ。相手の特徴を把握し、そこからどう組み立てていくかはシロナ本人しかできない。ならせめて、自分はその助けになることをしようというカイムなりの計らいだった。
「…このグリーンって子、確かカントー地方の」
「そ。現セキエイ高原チャンピオンのレッドと決勝戦で戦った相手だ。バトルの本場セキエイ高原ポケモンリーグの準優勝。レッドと同じ、マサラタウン出身で、オーキド博士の孫」
「この子もオールラウンダーね。手持ちのポケモンはカントー地方のポケモンが多いけど、セキエイ高原の時と違ってピジョットがムクホークになっているわね」
「それと、サイドンがドサイドンに進化してる。攻防どちらにも秀でているドサイドンを沈めるなら、タイプ的にはミロカロスがうってつけだろう。ルカリオでもいいが、高い防御力があるから剣の舞を二回くらい積んでいかないと必殺とは言えんだろうな」
「エースは、カメックスね。レベルも高くて色々と応用力がある。そのカメックスに負けないくらいに強いウインディも要注意ね」
「セキエイ高原で準優勝しただけある。全てのポケモンがかなりの高水準でまとまっているだけじゃない。各々の役割を決め、その上で役割以上の働きができる。あの四天王のワタルに勝つくらいだ。この大会でも、確実に頭角を現してくるだろう。無策で挑めば、お前ですらやられかねん」
正直、あのワタルを下している時点でグリーンの実力は四天王かチャンピオンと変わらないレベルだ。どこかの地方でならチャンピオンになれていた可能性もあるくらい強い。才能ならばヒカリも負けていないが、グリーンの方が経験は上。加えてグリーンは才能だけでなく、相手を徹底的に分析してくるため、現時点ならヒカリよりも強いだろう。
「…グリーンくん、ね」
「昨日会ったけど、トゲのある感じだった。決勝でレッドに負けて、何か思うところがあるのかもな」
「かもしれないわね。この大会でそれに気づけたら良いのだけど」
「さてな」
その噂のグリーンはシロナ達が見下ろすフィールドで敵のポケモンを倒し、勝利を収めたところだった。
「ウインディだけで3タテか。恐ろしいな」
「ふふ、面白いわ」
グリーンは二人が見ていることに気づいてはいなかったが、周囲に見せつけるような強さを発揮したグリーンのことを誰もが見ていた。
また、同時刻には別のフィールドでヒカリが次の戦いに駒を進め、そちらでも注目を集めていた。
「カイム、夜に時間あるかしら?」
「ある。夜の警備は現地スタッフの役目だからな」
「調整、手伝ってくれる?」
「ああ」
その夜、シロナのポケモン達はカイムのポケモンを相手に技の構成やスタイルの確認、対戦相手ごとのチーム構成を復習した。
そして予選は進み、本戦に出場するトレーナーが決まった。
マサラタウン出身のグリーン
フタバタウン出身のヒカリ
フタバタウン出身のジュン
ナギサシティジムリーダーのデンジ
フキヨセタウンジムリーダーのフウロ
カナズミシティジムリーダーのツツジ
タマムシシティジムリーダーのエリカ
ムロシティジムリーダーのトウキ
ゴースト使いのフヨウ
猛獣使いのカリン
ギャンブラーのギーマ
四天王のリョウ
四天王のキクノ
四天王のオーバ
四天王のゴヨウ
そして、チャンピオンであるシロナ
総勢15名の名だたるトレーナーが集まり、今シンオウ地方最大の戦いの祭典が開かれようとしていた。
ーーー
予選が終わった日の夜
宿泊先のホテルのフィールドでシロナとカイムは向き合っていた。
「ガブリアス、ドラゴンクロー」
「ルカリオ、コメットパンチ」
ガブリアスの爪とルカリオの硬化した拳がぶつかり、ルカリオが弾かれる。いくらタイプ的に効果は半減とはいえ、残念ながらカイムのルカリオはまだ発展途上。既に最強クラスまで鍛えられたシロナのガブリアスには敵わない。
ルカリオは立ち上がろうとしたが、ダメージが大きく膝をついた。
「うん、ここまでね」
「はぁ〜…まだまだ足りんか」
「身体はできてきてる。あとはひたすら経験を積んで、どんな状況にも対応できる柔軟性を養えば、もう一段階上にいけるわ」
「それが一番の課題なんだがな」
ルカリオをボールに戻し、カイムは首を回す。
「私のポケモン達の相手ができるのだし、どこかのジムリーダーになる日は遠くないかもしれないわね」
「調整のために手ェ抜かれた状態のお前に言われても嬉しくねーよ。まだまだ足りないのは事実だ。それとジムリーダーはお断りだ」
「あら、良い経験になると思うわよ」
「柄じゃねーよ。それと、割といい時間だ。エントリーしてあるポケモン達の調整はこれで全部だろ?今日しっかり寝て、明日最終調整すれば当日には最高のコンディションになってるだろうよ」
「ええ。本当に感謝してるわ」
宿泊先なのに、ポケモン達に合わせた食事を用意してくれたおかげで、シロナのポケモン達は士気も向上し、カイムのポケモンと手合わせすることでいい感じに身体が慣らされ、強敵と戦っても100%の力を出し切ることができるだろう。
「カイム、貴方意外とブリーダーとかパーソナルトレーナーとかも向いてるかもしれないわよ」
「いや、それはない。確かに俺は世話焼きだが、ここまで的確なサポートは長らくシロナのポケモン達を見て、そして触れ合ってきたからだ。他じゃこうはいかん」
「じゃあアナリストは?」
「なんでどこぞの知らねー奴のためにわざわざ情報集めてやらにゃならんのか」
「向いてると思うけどね」
「パーソナルトレーナーだろうがアナリストだろうが、俺はシロナ以外のサポートをする気はない。スズの塔で言ったろ。お前を支えるって」
「……ええ。愚問だったわね」
シロナとしても、どんなプロのサポーターよりもカイム以上に助けになるサポーターがいるとは思えない。
でもカイムがそう思っているかはわからない。だからちょっとだけ意地悪を言ってみたが、真剣にカイムはシロナのことを考えていてくれたため、少しだけ後悔した。
(聞かなくても、普段を見ていればわかることよね)
カイムには伝えていないシロナの『決意』。
この『決意』があるからこそ、最後にちゃんと確認しておきたかったのかもしれない。
「なんだ、緊張でもしてるのか?」
「かもしれないわ。貴方と一緒にシンオウリーグに出るのは初めてだから」
「勝つことよりも大事なことは?」
「楽しむこと。わかってるわよ」
「これこそ愚問か」
カイムは勝手にボールから出てきたブラッキーを抱き上げ、シロナに言う。
「戻るぞ。そろそろ飯だ」
「ええ」
明日から始まる本戦を楽しみにしながら、シロナはカイムの後に続いた。
ーーー
本戦当日
スタジアムの観客席は人で埋め尽くされ、溢れんばかりの歓声に満ちていた。
「すごいわね」
「始まる前からこの騒ぎかよ」
シロナとカイムはVIPルームからフィールドを見下ろしていた。
本来このVIPルームは大会運営幹部とチャンピオンしか入れないが、シロナのサポーターということで特例でカイムはいれてもらっている。カイムは最初拒否したが、シロナがゴリ押しで中に引き入れたのはまた別の話。
「一番前の席並みに見やすいな。フィールド全体が見れるからトレーナーの意図もわかりやすい」
「でしょ?勉強にもなると思うからちゃんとバトルを見てもらうためにここに入れたの」
「そういうことにしておいてやる」
実際シロナがカイムをVIPルームに入れたのはバトル前に士気を高めるだけでなく、リラックスをしておくためにカイムと共に過ごしたかっただけであり、バトル云々の話は所詮建前であった。尤も、カイムとしてもVIPルームに入るというシロナがいなければ絶対に不可能なことを体験させてもらっているため、特別文句は言わない。
軽口を言い合っている間に、第一試合のトレーナーが姿を現す。
一人目は、カイムの友人であり、ジムリーダーであるデンジ。
そしてもう一人は、イッシュ地方のジムリーダーに最近就任したフウロ。
フウロは鳥ポケモン、つまり飛行タイプのポケモンを専門にしているトレーナー。故に、電気タイプをメインとするデンジには相性が悪い。
だがここまで勝ち残ったトレーナーが、タイプ相性のみで負けるほどヤワではない。不利になる要因ではあるが、それのみで勝敗が決することはない。
「始まるわね」
「…ああ」
二人のトレーナーがボールを投げ、戦いの火蓋が切られた。
現在、フィールドではデンジとフウロがバトルをしている。相性的にはデンジの方が有利だが、その相性の悪さを感じさせないほど白熱したバトルが行われていた。
ちなみにシロナはチャンピオン故に、シード権限を持ち、最初の試合は二回戦から始まる。今行われている試合の勝者が次にシロナと対戦することになる。
「流石にデンジくんが優勢ね」
「タイプ相性もいいからな。それに、あのイッシュ地方のトレーナーはジムリーダーに就任して日が浅いらしい」
「経験値もデンジくんの方が上となると、さすがに厳しいわね」
デンジのレントラーがフウロのアーケオスに氷の牙でトドメを刺している所が見え、その攻撃でアーケオスは完全に戦闘不能になった。
フウロは一瞬だけ悔しそうに目を閉じたが、すぐに笑顔になり、デンジと握手をしている。
「流石」
「私の相手はデンジくんね」
「かなり仕上げてきたな。リーグ本戦出場者に対して手持ちを二体残して勝利するとはな」
「相性以上に実力と経験の差が出たわね」
「対デンジのパーティは考えてあるのか?」
「ええ。相手が電気タイプメインのパーティだし、ガブリアスは必須ね。それと地震を覚えてるルカリオも入れようと思ってる。あと一枠にはちょっと悩んでる。私のパーティだと電気タイプに相性が悪い子が多いから」
「タイプだけならミカルゲかグレイシアだな。どっちかといえば、ミカルゲの方がいいと思うが」
「そうね。カイムのデータだと、レントラーはにどげりを覚えている。高い機動力でグレイシアににどげりを使うことも充分にありえるわ」
「ミカルゲを出すだけでまずレントラーのにどげりを封じられる。それにミカルゲは結構器用だ。悪巧みやド忘れを積んでシャドーボールとかを喰らわせるのもいいだろう」
「あとは、呪いを使って体力を削っていくこともできるわね。互いにダメージは等倍だけど、ミカルゲならいい組み立てができそうだわ」
「まだ時間はある。試合見ながら、データを見返しておこう」
カイムはタブレットからトレーナーのデータをまとめたフォルダを開き、デンジのデータを呼び出した。
そしてシロナはカイムのすぐ隣に座り、それを共に覗いてきた。
「…おい」
「なに?」
「シロナのタブレットにデータ送ったよな俺」
「そうね」
「自分ので見ろや」
「嫌なの?」
小首を傾げ、悪戯っぽく笑うシロナに対してカイムは口籠る。
「…………」
「いいでしょ?」
「……好きにしろ」
こういう笑みをする時のシロナには大体勝てないことを知っているカイムは諦めたシロナの好きにさせるのだった。
「ふう…」
一回戦を終えたデンジはバックヤードで軽くため息をつく。一回戦のフウロはタイプ相性も良かったため、比較的理想のゲームメイクができた。だが流石本戦出場を決めるだけあり、全て予想通りとは言えなかった。データ集めも怠らなかったが、集めたデータ以上の実力を発揮してきたため、気圧される場面もあった。結果としては勝利を収めたが、場合によっては負けててもおかしくなかったとデンジは考えていた。
「デンジ!」
「オーバか」
そのデンジの元に訪れたのは、四天王のオーバだった。
「一回戦お疲れ。流石だな」
「まあな。だがやはり、本戦出場者は強いな。結構苦労した」
「そりゃそうだ!セキエイ高原ほどじゃないが、シンオウリーグだって結構レベル高いぜ?」
「あの公式戦無敗のチャンピオンがいるしな」
「お前は二回戦、そのチャンピオンが相手だろ」
「そう、だな。最善を尽くすが、どこまで食らいつけるか」
「なんだなんだ弱気だな。3タテするくらいの意気込み見せろよ」
珍しく弱気なデンジにオーバは明るく言う。
オーバとてシロナの実力は知っているし、今まで何度か挑んだが、悉く敗北してきた。故に、いくらデンジといえども旗色が悪いことくらいは理解している。
だがまるっきり勝機が無いとも思っていない。ポケモンバトルは格下が格上を下すこともザラにある。だからシロナがデンジに負ける可能性もあるのだ。
「無論負けるつもりはない。だが、俺が今までバトルしてきた中でも、今のあの人は最強だ。あの人を崩すことが、今の俺でどこまでできるか…」
「この大会でまだ見せてないやり方とかあんだろ?秘策もよ」
「どっちも用意してきたさ。だがあの人の底知れない応用力はお前も知っているだろ?それに…」
「それに?」
「今のあの人には、凄く優秀なサポーターがいる。万が一にも、コンディションが悪い状態で来ることはない上に、こちらのことは調べ尽くされてる。秘策も場合によっては、見破られている可能性もある」
「サポーター?あの人サポーターなんて雇ってたのか」
「とびきり優秀だよ。
一見デンジの言葉は弱気に聞こえるが、オーバは友人の目がその下馬評を崩してみたいという闘志に燃えていることがすぐにわかった。
「心配なさそうだな」
「当たり前だ」
「じゃ、俺も試合だ。熱い戦いをしてくるぜ!」
歩いていくオーバの後ろ姿を見ながらデンジは静かに拳を握った。
*
シンオウリーグ二回戦
バックヤード
「とうとう来たわね、この日が」
いつもと違う服に身を包んだシロナが楽しげに言う。
「待ち望んでいたんだろ」
対してカイムは普段と変わらない口調でシロナに返す。
「ええ。この楽しい瞬間を私は待ち望んでいた」
「なら、やることはわかってんだろ」
「もちろん。全力で楽しむわ」
「勝つための最善は尽くしてきた。あとはお前次第だ」
「ありがとう。貴方には感謝してもしきれないわね」
「こっちのセリフだ」
シロナはジャケットを手に取り、選んだ三体のポケモンが入ったボールを腰につける。
「これから戦うのは私とポケモンだけ。でも、私一人で戦うわけじゃない。前に言ったように、私は貴方と一緒にこの大会を勝ち抜きたい。わかる?」
「ああ」
「だから、一つお願いしてもいい?」
フィールドに立ったデンジは、自分でも驚くほど落ち着いていた。これからこのシンオウ地方最強のチャンピオンと戦うというのに、これほどまでいいコンディションで臨めるとは思ってもいなかった。
自分の今日の調子が最高であることが自分でわかる。どんな結果になろうとも、やりきったと胸を張って言えると試合前に既にわかる。
アナウンサーが興奮した声で一人の女性の名前を呼ぶと、歓声が沸き上がる。目を開けると、相対する入場口から一人の美しい女性が歩いてきているのが見えた。
チャンピオン、シロナだ。
纏う空気は凄まじく、オーラでも出ているのかと錯覚するほどシロナの纏う空気は強かった。
戦うのは、3年ぶり。あの時は手も足も出なかったが、今は違う。
黒いノースリーブの薄手のニットに、半袖の黒い革ジャケットを身に纏うシロナは、普段の黒コートと比較しても負けないほど美しい。この夏の暑さを忘れるくらいの美しさと覇気を持っている。
「…お久しぶりです」
「久しぶり、デンジくん」
「3年前、最後にバトルした以来ですかね」
「そうね。前回のリーグに君は出場してなかったものね」
「3年前とは違いますよ」
「知ってるわ。あの頃とは比べ物にならないくらい、強くなってるでしょう」
不敵な笑みを浮かべるシロナの耳には赤いイヤリング。そして胸元には赤いリングが下げられている。
「今日は、楽しみましょう」
「はい」
『ポケモンリーグ二回戦!チャンピオンシロナ対ジムリーダーデンジ!バトル開始!』
審判の掛け声と共に二人はボールを手に取り、そしてフィールドに向かって投げた。
「いけ!サンダース!」
「お願い、ルカリオ!」
ボールを投げた瞬間、シロナの長い髪が揺れ、髪に隠れた耳が一瞬だけ露わになった。そこにはシロナのつける赤いイヤリングと同じ形状の青いイヤリングがあった。
デンジはそれに気づいた。そしてそのイヤリングを最近どこかで見た気もするが、どこで見たかは思い出せない。
「サンダース!チャージビーム!」
すぐに余計な情報を振り払い、指示を出す。
「ルカリオ、波導弾」
サンダースのチャージビームは波導弾に当たり、弾ける。このチャージビームの効果でサンダースの特効が一段階上がり、サンダースが纏う電気の量が増える。
「剣の舞」
爆煙に紛れてルカリオは剣の舞で攻撃力を二段階上昇させる。
これを読んでいたデンジは、爆煙を突っ切ってルカリオに突撃する。
「アイアンテール!」
「コメットパンチ」
サンダースの硬化した尻尾とルカリオの拳がぶつかり、互いに弾かれる。ルカリオは無傷だが、レベル差もありサンダースがほんの僅かにダメージを受ける。
(あのルカリオ、間違いなく地震を積んでいる。だがルカリオのタイプでは地震を撃つまでにタメがいる。タメをできるスキを与えなければルカリオは落とせる!)
「サンダース、チャージビーム!」
再びサンダースのチャージビームが放たれる。
「ルカリオ、二歩右」
ルカリオはシロナの指示通り二歩だけ右に移動し、チャージビームを避ける。
「最小限の動きで避けるか。なら電光石火だ!」
電光石火でサンダースはルカリオに肉薄する。
「10万ボルト!」
至近距離で放たれた電撃はまっすぐルカリオに向かっていく。
しかしそれを見てもルカリオは動じない。
「見切り」
短く言われた指示を忠実に実行し、ルカリオは電撃が当たる場所を正確に読み切り、電撃をかわしていく。
「な!これをかわすのか⁈」
「グロウパンチ!」
電撃を出した直後の隙に、ルカリオの拳がサンダースの胴体に突き刺さる。剣の舞の効果も相まって、耐久力の低いサンダースは大きなダメージを負う。
「高速移動!」
着地したサンダースは即座に行動に移し、高速移動によってルカリオの視界からサンダースが消える。突如視界から消えたサンダースにルカリオは狼狽え、サンダースを目で追おうと周囲を見渡す。
しかしシロナは動じることなく、ルカリオに指示を出す。
「慌てないで。目で追わなくていい。相手の攻撃には必ず意思がある。それを正確に読み取りなさい」
シロナの指示で冷静さを取り戻したルカリオは目を閉じ、サンダースの波導を感じる。
そして電光石火の攻撃が来る場所を正確に感じ取り、そこにマッハパンチを放った。
「読んでたぜ」
ルカリオの拳がサンダースを捉えることはなかった。デンジはルカリオがサンダースの動きを読み切ることを読んでいたため、サンダースに攻撃直前に指示を変えた。
読み切ったと確信したルカリオは判断が遅れ、次の攻撃への対応ができない。
「10万ボルト!」
サンダースの攻撃をモロに受ける。
ルカリオの体力は一気に半分ほど削られた。チャージビームによる特攻の上昇により、レベル差を感じさせない程にダメージを入れられた。
「畳みかけろ!」
サンダースの電光石火が再びルカリオを捉えようとした。
「神速」
だがそれを超えるほどの速度でルカリオは移動し、今度はルカリオがサンダースに肉薄した。
「待ってたぜ!」
しかしデンジはこれを待っていた。
神速は、電光石火以上の速度と特殊な身体運びによって敵の視界から瞬時に消え、そして攻撃する技。しかし速度ゆえにポケモンが途中で目標を変更できないというデメリットが存在する。
デンジはそこを狙うことにした。
サンダースは電光石火の速度でルカリオの神速を回避する。ルカリオの攻撃は空を切り、隙が生まれた。
「サンダース、雷!」
電光石火を使用しながら、次に使用する雷のチャージを済ませていたサンダースは、ルカリオが動けないこの隙に雷を放とうとした。
しかしルカリオはサンダースのことをしっかり目で捉えていた。
「っ⁈」
「インファイト!」
チャージをしていたとはいえ、雷は大技。放つには必ず一瞬隙ができる。雷を放つまでのほんの一瞬の隙。神速を回避されたことによる硬直の方が大きいはずなのに、僅かなタメの瞬間にルカリオの拳がサンダースに連続で突き刺さる。だが完全に動けなくなる前にサンダースはチャージした電気を放電し、ルカリオにダメージを与えた。
攻撃を受けたサンダースは戦闘不能になった。
「……よくやった、サンダース」
「やるわね。最後の最後にチャージした電気で反撃してくるなんて」
「俺が神速の隙を利用することを読んでいたんですか?」
「いいえ。でも、可能性の一つとして考慮はしていたわ」
「……マジかよ」
「自分が使う技なんだもの。デメリットや弱点を把握し、それを逆手に取ることもしてきただけよ」
改めて思う。シロナの強さは、ポケモン達への愛から来るものだと。これほどまで深く愛し、理解しているからこそ、彼女はチャンピオン足りえるのだと。
「まだまだ!」
「そうこなくちゃ」
バトルはまだ始まったばかり。
「レントラー!氷の牙!」
「ガブリアス、ストーンエッジ!」
レントラーの氷の牙は届くことなくストーンエッジに阻まれる。
「くそ、近づけない…」
「ガブリアス、剣の舞!」
「レントラー、噛み砕く!」
レントラーの攻撃で剣の舞を中断させることに成功しただけでなく、ガブリアスの懐に入り込むことに成功した。
「今だ!氷の牙!」
指示を出した瞬間、デンジは悟る。
誘い込まれたと。
「ドラゴンダイブ」
氷の牙が届く前にレントラーはガブリアスによって地面に叩きつけられる。レントラーはギリギリで直撃を避けたため、ダメージは軽減したが、その結果体勢が崩れ、受け身を取り損ねる。
「これで終わりよ!大地の力!」
ガブリアスの力で地面から吹き出した力がレントラーを襲う。
ダメージを受けていたレントラーでは、効果抜群の地面タイプの技を受け切ることはできず、地面に倒れ伏した。
『…レントラー戦闘不能!よってこの勝負、チャンピオンシロナの勝利!』
歓声が沸き上がり、シロナは観客席に向かって手を振る。
デンジはレントラーをボールに戻し、シロナの元へと歩み寄る。
「…完敗でした」
「強くなったわね。ルカリオを落とすなんて」
「まだまだです。でも、本当に楽しかった。前はただ打ちのめされただけなので」
「ふふ。勝負事で楽しむには、本当の強さがいるからね。貴方は強さを手に入れた。あとはそれを伸ばすだけよ」
「はい。またやりましょう」
「是非」
二人は握手を交わし、フィールドを後にした。
入場口から少し歩くと、カイムがシロナを出迎えた。
「お疲れ」
「ありがとう」
「流石だな」
「まあね。でも、どこか一個でもミスをしていたらこうはならなかったかもしれないわ」
「かもな」
「私は私の中の最善を尽くした。デンジくんもそう。そしてその最善の積み重ねの結果、私が勝った。どこかで最善でない手を取れば、結果は違った。そう思えるくらいデンジくんは強かったわ」
「そうか」
カイムは一度言葉を切り、シロナの耳につけられたイヤリングを見る。
「で?わざわざ俺のイヤリング借りた理由は?」
試合前、シロナはカイムのイヤリングを借り、自分の耳につけていた。それにより、シロナの耳には赤と青のイヤリングがついている。尤も、青いイヤリングはシロナの髪に隠れてあまり見えないのだが。
「言ったでしょ?戦う時はいつでも一人だけど、でも一人じゃない。貴方と一緒に戦っていることをより強く感じたかったの」
優雅な笑みを浮かべてシロナは言う。
「…そうか」
「おかげで、いつもより集中できたわよ?」
「そいつは気の持ち様で変わるもんだ。イヤリングだけで変わるわけでもねーだろ」
「かもね。でも、その切り替えのためにいいきっかけなの」
「ま、実際俺はバトルを手伝えない。この程度でいいなら、好きにしろ」
「ふふ、じゃあ好きにするわ」
そう言ってシロナはカイムの手を引いて歩き始めた。
「……おい」
「なに?」
「手ェ繋ぐことは了承してねぇ」
「嫌なの?」
「……………嫌、じゃない」
「ならいいわね!」
上機嫌にカイムの手を引くシロナに、カイムはため息をつくのだった。
ーーー
「よお、時間通りだなグリーン」
「……ああ」
夜、カイムは呼び出された場所に行くと、そこには先日出会った少年、グリーンがいた。
「とりあえず、二回戦勝利おめでとう。次の準決はチャンピオンが相手だな」
「ふん、オレの実力なら当然だ。だがチャンピオン相手は簡単にはいかないだろう」
口ぶりからして、既にシロナに対して何かしらの対策を立ててきているのだろう。グリーンはカイムがシロナのサポーターであることを知らない。だからシロナと戦う前日にカイムを呼び出してきた。
「本当に呼び出してくるとは思わなかった」
「別にいいだろ」
「いやいいけどさ、お前ほどのレベルのトレーナー相手じゃ俺ができることはたかが知れてないか?」
「調整程度なら十分すぎる。それに、メインはそこじゃない」
「へえ?」
「とりあえず調整だ。手伝え」
「はいはい」
「よし、こんなもんだろ」
「こんなもんって言いながらこちらのことをボコボコにするのやめてくれんか?」
「お前が弱いのが悪い」
調整を終え、互いにポケモンをボールに戻す。
そしてカイムは気になっていたことをグリーンに聞いた。
「で?本題は?」
グリーンは調整がメインでカイムを呼び出したわけではない。本題が何であれ、調整を終えたのならカイムとしても本題に入りたい。
「……あんたは、オレのセキエイ高原での結果を知ってるんだよな」
「ああ」
グリーンは現在のチャンピオン、レッドに負けた。
そして武者修行のために、色んな地方を回っているのだという。
「そん時、
「…そうか」
「その真意がオレは未だにわからない。そのために色々な大会で猛者と呼ばれるトレーナー達と戦ってきた。だが、今のところオレより強いヤツに出くわしたことがない」
「……」
「一回戦でも似たようなことを言われた。あんたはどう思う。オレは、バトルは戦略とポケモン達のステータスだと思ってる。実際それで結果を出している。オレのやり方で、他のヤツを負かしてきたのに誰もオレのやり方を認めない。オレは、間違っているのか?」
「知らん」
グリーンの真剣な言葉をカイムは一蹴する。
そんなカイムにグリーンは固まってしまった。
「見た感じ、お前のバトルは感情を排除し、冷静に場を操っていく感じだ。だがお前のやり方が間違っているかどうかなんて知らん。バトルやポケモンとの向き合い方はトレーナーの数だけある。どれが正解かなんて知らねーよ」
「なら、ステータスでも戦略でも勝っていたオレはなんでレッドに負けた?お前も想いが勝負を決するって思っているのか?」
「いや?想いの強さだけでどうこうなるとは思ってないってだけ。要因の一つにはなり得るが、想いだけで勝てるほど、ポケモンバトルは甘くない。それはお前が体現してるだろ」
カイムはフィールドのすぐ横にある自販機でコーヒーを買い、グリーンに投げる。
「じゃあ、間違っているのはじいさんの方…」
「俺の話聞いてた?まずその正しい間違っているから離れろ。お前はお前のやりたいようにやればいいんだって」
「……」
「納得してないなその顔。じゃあ一個だけ、歳上として助言だ」
カイムはコーヒーのプルタブを開いてコーヒーを飲んだ。
「想い『だけ』で勝敗は決まらんが、想いの強さが勝敗を分ける場合はある」
「え?」
「互いの実力が拮抗したり、差があまり無い場合には想いが勝敗を決めることもある。あくまで経験と見てきた事例に限るけどな」
「じゃあ、オレがレッドに負けたのは…」
「それだけではないだろうが、要因の一つかもな。考えてみろよ。自分のことをコマとしてしか見れないヤツと、自分のことをちゃんと見て、愛を持って接してくれるヤツ。お前ならどっちに尽くしたいよ」
「………」
答えないグリーンにカイムは背を向け、空になった缶をゴミ箱にいれる。
「お前にとって、バトルはどんなものだ?それがわからないうちは、チャンピオンにはなれないだろうよ」
「………」
「じゃ、行くわ。明日頑張れよ」
「待て」
「ん?」
「最後に聞かせてくれ。あんたは、どうやって強くなった。あんたの実力はジムトレーナーとしては相当だ。どうやって強くなったのかを聞きたい」
グリーンは先程の調整でカイムは現時点ではまだまだだが、これから強くなれる人物に見えた。
だからこそ、聞きたかった。今後強くなるためにカイムが自身の中で揺るぎないものとして掲げるものはなんなのかを。
「んー……そんな難しいこと考えてねーよ。師匠の教えがしっくりきたからずっとそれを貫いてるだけ」
「その教えって?」
「ただ、ポケモン達のことをずっと好きでいることだけだ」
「……それだけか?」
「ああ。あと思ったけど、そもそもお前なんでトレーナーになったの?」
「なんでって…」
「お前にとって、ポケモンバトルってなに?それがわかんないと、多分ずっとそのままなんじゃね?」
グリーンは答えない。
そんなグリーンを見て、すぐに答えが出ないと悟ったカイムはじゃあなと告げ、今度こそその場を後にした。
残されたグリーンはカイムの言葉をずっと考えていたが、答えは出なかった。
「遅かったわね」
「盗み聞きか?珍しく趣味悪いことするな」
練習用フィールドからホテルに向かう道中にあるベンチにはシロナがいた。
「一応言っておくけど、別に尾行したりはしてないわよ?」
「そこは心配してねーよ。大方、調整がてら散歩でもしようとしてたんだろ」
「あたり。よくわかってるわね、私のこと」
「そこそこ長いからな」
シロナはベンチから立ち上がり、カイムに並んで歩く。
「まさかグリーンくんに会っていたなんてね」
「向こうは俺がシロナのサポーターだってこと知らないからな」
「それで?何をしてたの?」
「調整の手伝いと、ちょっとした人生相談」
「人生相談?」
意外すぎる言葉が出てきて、シロナは思わず目を丸くする。
「セキエイ高原の決勝戦で負けたことがかなり尾を引いてるみたいでな。なんでも、オーキド博士の『ポケモン達への愛情を忘れてる』って言葉がよくわからないみたいだ」
「……そう」
グリーンは天才と言われるだけあり、非常に統率力がとれたバランスの良いパーティだ。タイプに偏りがないため、一見器用貧乏になりそうな構成ではあるが、逆に言えばどんな状況にも対応できる。その上で相手を圧倒することができるグリーンは、まさに天才だろう。
だが、この薄ら寒いほど統率されたパーティはどことなく冷たい印象を受けた。グリーン自身のイメージもあるだろうが、それ以上にポケモン達の意思のようなものが感じられないパーティだからだとシロナは気づいた。
「あいつよりちょっと歳上ってだけだし、実際バトルしたら間違いなく俺が負けるからあんま偉そうなことは言わなかったがな」
「そう、彼はそんな悩みを抱えていたのね」
「シロナとのバトルで気づいてくれるといいがな」
「そのためにも、明日頑張らないとね」
楽しげに笑うシロナと共にカイムはホテルへと戻っていった。
*
本戦準決勝当日
入場口からフィールドに向かって歩くグリーンの姿を相対する入場口からカイムは見ていた。
シロナは既にフィールドに立っている。今日の服装は、白のシャツに黒の上着を肩にかけているスタイルで、昨日の服装と比べるとかなりシンプルな服装だった。
シロナの後ろ姿、そしてどことなく思考にムラがありそうなグリーンを見ていると、唐突に声がかけられる。
「カイムさん!」
「……なんでここにいるんだ?スズナ」
声をかけてきたのはスズナだった。
「今日の試合はこれが最後なので、試合後すぐに整備するためです!」
「そうかい。ご苦労なこった」
「カイムさんはなんでここにいるんですか?」
「弟子が師匠の試合見ないわけねーだろ」
「カイムさんって本当にシロナさんの弟子だったんですね!」
「疑ってたのかよ…」
「いえ!又聞きしかしたことなかったので!」
「そーかよ。で?なんか用か?」
「なにもないです!でも昨日の夜二人で歩いていたのが見えたので、良ければ二人の関係が知りたいです!」
スズナも年頃の少女。やはり色恋沙汰には興味があるらしい。
「…別に。師匠と弟子。研究者とその助手だ」
「それだけですか⁈」
「うるせぇ」
「聞きたいんですー!」
「試合始まんぞ」
今なお目を輝かせながら二人の関係を聞いてくるスズナから目を逸らし、カイムはフィールドに立つシロナの方に目を向けた。
「…あいつ」
フィールドに立ったグリーンは、シロナサイドの入場口で腕を組んでいる男を見てわずかに驚愕する。基本、入場口にはスタッフとサポーターしか入れない。カイムはスタッフであるため、入場口付近にいることは不思議ではないが、あの立ち位置からしてあの場にはスタッフとしてではなく、サポーターとしていることがわかった。
(サポーターだったのかよ。道理で調整慣れしてやがる)
グリーンは別に自身の情報はほとんどカイムに渡していないため、シロナに手の内が知られていることはないが、内心で少しだけ悪態をつき、即座に気持ちを切り替える。
「チャンピオンと当たれるなんて、なかなか運がいいなオレは」
挑発するような言葉にもシロナは動じず、返す。
「私も、貴方みたいな若い才能がある子に当たれてとても嬉しいわ」
「はっ、そいつはドーモ」
「今日は楽しみましょう」
「……バトルの前に聞かせろ」
「あら、何かしら」
「あんたは、なんでそこまで強くなれた」
グリーンの問いに、シロナは優雅な笑みを浮かべていった。
「ずっとポケモンを好きでいる。これだけよ」
「…はっ、なるほどな。あんたがカイムの師匠か」
「そうよ」
「……オレが足りないものがなんなのかを知るために、今回は胸を借りさせてもらうぞ」
「ええ、全力でぶつかってきなさい!」
「いけ、ドサイドン!」
「お願い、トゲキッス!」
「ミロカロス、水の波動!」
ミロカロスの水の波動が直撃し、グリーンのウインディは倒れた。
だがミロカロスは火傷を負い、体力が徐々に削られていく。
「戻れ、ウインディ。いけ、カメックス!」
「ありがとう、ミロカロス。交代よ、ガブリアス」
グリーンはウインディを戻すと、すかさずカメックスを繰り出し、そのタイミングでシロナは火傷を負ったミロカロスをガブリアスと交代した。
「カメックス、冷凍ビーム!」
「ストーンエッジで壁を作りなさい」
カメックスの冷凍ビームはガブリアスが地面を叩きつけることで形成された岩の壁に阻まれる。
「剣の舞」
「させるな!波乗り!」
波乗りで壁を破壊し、剣の舞を阻止しようとするが、思いの外壁は頑丈にできており、剣の舞を阻むことはできなかった。僅かに波乗りのダメージは与えられたが、これくらいでは支障はでない。
「ちっ…なら雨乞い!」
「ガブリアス、今のうちにもう一度剣の舞よ」
剣の舞を阻めないと考えたグリーンは、フィールドに雨を降らせ、地面を水のフィールドに塗り替えただけでなく、視界も悪くし、ガブリアスの機動力を削いでいく。
シロナはカメックスの雨乞いによる雨が降る速度が想像以上に早かったため、雨を阻むことを諦め、ガブリアスの強化にこの時間を使った。
互いに強化が済んだところで、両者はぶつかり、掴み合った。
「捕まえたぜ」
「!」
「ハイドロポンプ!」
「逆鱗!」
カメックスのハイドロポンプが出る瞬間、ガブリアスの逆鱗状態の攻撃がぶつかり、互いにダメージを与えながら弾かれる。
(ちぃ…直撃は避けられたか。剣の舞を二回積んだガブリアスの攻撃は流石に痛えな。だがこれでガブリアスはしばらく暴走状態。暴走が解けた後は疲れて混乱する。そこを料理してしまえば…)
グリーンにとっては狙い通りの展開ではあったが、予想以上にガブリアスの逆鱗の威力が高く、出が早いことが想定外だった。だがこのくらいは折り込み済みであり、逆鱗が解けた後の隙は大きい。このぬかるんだフィールドならば暴走状態のガブリアスからも逃げ切れるとグリーンは踏んでいた。
だがその考えはすぐに打ち砕かれる。
「ガブリアス!」
暴走により、カメックスを襲おうとしたところでシロナが掛け声をすると、ガブリアスの目から狂気が消えた。
「何⁈」
「私のガブリアスは、逆鱗で暴走状態にはならないわ。正確には、私が暴走させないが正しいかしら」
降り注ぐ雨に打たれながらもシロナは優雅な笑みを崩さない。
その表情にグリーンは舌打ちする。
「ちっ…やっぱ只者じゃねえな」
「優しく接するだけが、ポケモンとの向き合い方じゃないわ。時には厳しくすることも必要よ」
「はっ!知らねーよ!カメックス!ロケット頭突き!」
体勢を低くし、凄まじい勢いでカメックスは頭突きを放ち、ガブリアスに迫る。
「ドラゴンクロー」
だがそのカメックスの巨体をガブリアスの爪が止める。僅かに押されるが、ガブリアスはカメックスの巨体を完全に押し留めた。
「水の波ど…」
「ドラゴンダイブ!」
即座に水の波動でダメージを与えようとしたが、それより早くガブリアスはカメックスを地面に叩きつけた。
ゴリゴリとカメックスの体力は削られ、瀕死一歩手前まで追い詰められた。
「待ってたぜ」
だがグリーンはこれを待っていた。
「っ!ガブリアス、下がって!」
「カメックスの特性は激流。体力が少ないほど、水タイプの技の威力が上がる。加えて天候は雨」
「狙ってたわね」
「ああ!カメックスの水と雨でフィールドはグズグズだ。さっきのダイブ、この足場でやったから足に負担がでかい。もういつもの動きはできないだろ。仕上げだカメックス」
グリーンの言葉と共にカメックスは肩のポンプに力を溜めた。
「…ガブリアス、真っ向勝負よ」
「ガブリアスを飛ばせば、残ってんのは死にかけのミロカロスだけだ。残り少ない体力のカメックスでもやりきれる」
「まずはガブリアスを倒してからいいなさい」
「それもそうだな。やれ、カメックス」
「ハイドロカノン」
「流星群」
両者の大技がぶつかり、轟音と共に煙がフィールドを覆う。
(流星群は特攻…剣の舞の効果は受けない。雨と激流の効果で威力が上がってるハイドロカノンを打ち消すだけの力はないはずだ。ハイドロカノンは反動で数秒動けなくなるが、ハイドロカノンを受けたらガブリアスといえどすぐには動けない)
実際グリーンの予想は当たっていた。龍の波動では受け切れないと判断したシロナは咄嗟に流星群に切り替えた。これ自体は英断であり、流星群はハイドロカノンの威力を大幅に減少させた。
しかし、相殺には至らずにハイドロカノンを受けてしまった。タイプ倍率は等倍だが、威力がかなり増加したハイドロカノンを受けたガブリアスはすぐには動けない。
それがシロナのガブリアスでなければの話だが。
「何か忘れてないかしら?肉体の負荷を忘れて攻撃する技」
「っ⁈」
グリーンはその言葉に反応し、カメックスに指示を出そうとした。
しかし、時既に遅く、カメックスの目の前には怒りと狂気に身を委ねたガブリアスが迫っていた。
「逆鱗」
ガブリアスの攻撃がカメックスを貫く。
怒りに身を任せた攻撃だが、体力がギリギリだったカメックスを倒すのには十分すぎた。
カメックスは吹き飛ばされ、地面に倒れ伏す。
『…カメックス、戦闘不能!よってこのバトル、チャンピオンシロナの勝利!』
歓声が沸き上がるが、グリーンはそんな歓声は一切耳に入らず、空を見上げた。未だに降り注ぐ雨がグリーンを濡らしていく。
そんなグリーンにシロナは歩み寄る。
「…負けた」
「いいバトルだったわ」
「バトルにいいも悪いもねえ。あるのは結果だけだ」
「…そう」
「なあ、教えてくれチャンピオン。何故オレは負けた?オレのやり方は間違っているのか?」
グリーンの表情はどこか悲痛だ。彼は決して弱くない。彼のやり方で今回四天王の一人を倒しているのだから、強さの証明はできている。
なのに頂点を取れないもどかしさがある。そこに祖父の言葉と幼馴染のレッドの功績が重なり、彼は何を考えるべきなのかがわからなくなっていた。
「間違っていないわ」
そんなグリーンにシロナは言った。
「トレーナーの数だけ、バトルとの向き合い方がある。何が正しいかなんて、人それぞれ違うのよ」
「………」
「でもね、私と貴方で決定的に違うことがあるの。なんだと思う?」
雨に濡れてなお、シロナは態度を崩さない。
「…わかんねぇよ」
「それはね、私にとってバトルって一人でやるものじゃないって思ってるところよ」
「…は?バトルは一人でやるもんだ。ダブルバトルならともかく…」
「本当にそう?確かにバトル中は貴方が指示を出している。でも、実際に戦っているのは誰?」
「!」
「貴方の冷徹にあらゆるものを利用してフィールドを支配するやり方は間違いじゃない。でもね、ポケモン達のことを『駒』としてしか見れない人に対して、逆の立場なら貴方は付いていきたい?」
「………」
「あらゆるものを利用するなら、彼らの声にもちゃんと目を向けなさい。それができないうちは、貴方はレッドくんには勝てない」
「……ああ」
「…喋りすぎたかしら」
「いや、貴重な意見ドーモ」
顔を上げたグリーンは皮肉げに笑う。その目は失望ではなく、今後やるべきことを見つけた目だった。
「最後にこれだけ言わせてもらうわ」
「まだあんのかよ」
「貴方にとって、バトルってどんなもの?」
「…それ、あんたの弟子に同じこと言われたよ」
「そう。彼らしいわ」
「オレにとって、か…」
「私に答える必要はないわ。自分で答えを見つければいいの」
「…そうかい」
「貴方とのバトル、楽しかったわ」
「ドーモ」
二人は握手を交わし、鳴り止まない歓声の中を退場していった。
「おつかれ」
ゲートでは昨日と同じようにカイムが待っていた。
「ありがとう」
「さすがに、セキエイ高原準優勝者は強かったか」
「ええ。四天王レベルの強さはあったわ」
雨に濡れながらもシロナは笑顔でそう言った。
そんなシロナにカイムはタオルを投げる。
「早く拭け。身体が冷える」
「ありがと」
「最後、何を話してたんだ?」
「…そうね、バトルとの向き合い方を少し言っただけよ」
「……そうか」
カイムはそれ以上言わなかった。昨日の夜グリーンと話をしたカイムは何となくその内容がわかったため、これ以上聞く必要がないと考えただけでなく、あとはグリーン本人が考えることだと判断したからだ。
「あの子、きっと今以上に強くなれるわ。彼なりの答えを見つけられれば、ね」
「だろうな」
水分を吸ったタオルを首にかけ、シロナは髪を纏めた。
ある程度水分は拭き取ったとはいえ、まだ乾いてはいない。
「いつまでも濡れたままでいるな。さっさと着替えて、風呂でも入ってこい」
「そうするわ」
「疲れもあるだろう。ポケモン達は俺がセンターに預けておいてやる」
「本当?助かるわ」
「ん。じゃ、いけ」
「あとでね」
シロナはカイムにポケモンを預けると、小走りで宿泊先に戻っていった。
それを見届けると、カイムは傷ついたシロナのポケモン達をポケモンセンターへと預けに行くのだった。
ーーー
「はぁ…」
湯船に浸かったシロナは思わず息を吐き出した。
雨で冷えた身体に激闘により溜まった疲労が溶けるように消えていく。
長い髪を湯船につけないように纏めた頭を湯船の縁に置き、天井を眺める。大浴場ほどではないが、一人で入るにはかなり広い風呂故に、音がよく響く。
チャンピオンになり、リーグが開催されるたびにこのホテルに宿泊しているため、この風呂ももう何回も使っている。
「私がチャンピオンになってから、もう何年たったのかしら」
シロナがチャンピオンになったのは、今のグリーンと同じくらいの年齢だった。かれこれもう10年以上チャンピオンの座を守り続けている。
「…もう10年かぁ」
チャンピオンという称号は誇らしいし、できるだけ長く持っていたいとも思っている。だがいつグリーンやヒカリのように若く、強烈な才能が台頭し、チャンピオンの座を取られるかはわからない。案外その未来は遠くないのかもしれない。シロナがカイムを考古学の世界に引き入れたのも、若い才能を業界に増やすためだ。同じことがバトルの世界でも起こる。
無論チャンピオンでなくなったとしても、バトルは続ける。ポケモン達と共に歩みたいからこそ、ポケモンバトルは続けていく。
だがシロナにはどうしてもこの大会で優勝したい理由があった。
「………」
その理由を考えると、僅かに胸が高鳴る。
温かいお湯とは違う温度が、自分の体を巡っていくのがわかる。顔が少し熱いのは、お湯によるものではないことはシロナは理解している。
「…ふふ、柄にもなく緊張してるわね、私」
すらりとした足を湯船の中で伸ばし、少しだけ自嘲する。手でお湯をすくって自分の肌に馴染ませるように手を動かした。バトルのトレーニングや調査などで常人よりも分厚く、少し硬くなった手が肌を撫でた。
その決意の結果、どういう関係になるのか。
自分が望むような結果が得られるのか。
不安になる要素はたくさんあるが、シロナはもう決めていた。
どんな結果になろうとも、この決意を実現させるためにこのリーグを優勝すると。
「明日が楽しみね」
シロナの言葉に返事をする者はいない。
相手が誰であれ、きっと簡単には勝てない。
だからこそ、より楽しめる。
そしてこの決意を実現するためにも、負けるわけにはいかない。
シロナは目を閉じ、お湯の温かさに身を委ねた。
*
波の音を聞きながらヒカリは一人で砂浜にいた。
リーグの準決勝で四天王のゴヨウを倒し、次はとうとう決勝戦。あのシロナと対戦することになる。
旅の道中、何度かシロナには世話になってきた。先輩トレーナーとしてアドバイスをもらったり、ギラティナの一件では殿を務めたりしてくれた。そんな強くて綺麗な憧れのシロナと、明日は戦う。ヒカリはまだ実感がわかず、何となく落ち着かなかったため散歩に来ていた。
チャンピオンロードを踏破し、この島に来てから約一週間。色々なトレーナーとバトルをしてきて、とても楽しく、充実していた。まさかここまでこれるとは考えてもいなかったが、楽しかったことに変わりはない。
「明日で最後かぁ」
夜の海を眺めながら一人呟く。
しばらくぼんやり海を眺めていると、砂を踏む音が背後から聞こえてきた。
「いい夜ね」
何度か聞いてきた声。
振り返ると、そこにはシロナとカイムがいた。
「シロナさん、カイムさん」
「こんな夜中にどうしたの?女の子一人じゃ危ないわよ」
「えへへ…ちょっと落ち着かなくて」
照れ臭そうにするヒカリの横にシロナは腰を下ろす。カイムは近くの流木に腰掛けた。
「明日、シロナさんとバトルするんですね」
「緊張してる?」
「はい。私の中でシロナさんって、憧れの人だから」
「あら、嬉しいわね」
「かっこよくて、綺麗で、とってもバトルが強くて、それでいてすごく優しかった。私にも、ポケモン達にも。だから私、シロナさんみたいになりたいって思いながら旅を続けてきたんです!」
「うふふ、嬉しいこと言ってくれるわね」
「……ふっ」
実際のシロナは片付けができず、家事全般が壊滅的にできないため私生活においてはカイムがいないとまともに生活できないくらいであり、その姿を知るカイムはほんの僅かに鼻で笑ってしまった。
「カイム?」
「何も言ってねーよ」
若干圧のある声にカイムは肩を竦める。
「もう…」
「お二人は、本当に仲良しなんですね」
「信頼できない人を助手にはできないでしょ?」
「ふふ、それもそうですね」
女性同士の話に口を出すことなく、ぼんやりしていると、カイムのポケットに入ったスマートフォンが鳴り始めた。
「少し外す」
「仕事?」
「ああ」
「早く出てあげなさい」
カイムは電話に出ると離れた場所に歩いて行った。
その後ろ姿を見ながら、ヒカリは続ける。
「カイムさんとはどこで会ったんですか?」
「カントー地方のタマムシ大学よ。私の知り合いの教授がいて、その人の研究室にいたの」
「へぇー!カイムさんって頭いいんですね!」
「ええ、頭を使うのが得意みたい」
「すごいなぁ〜私勉強は好きじゃないんです」
「誰しも向き不向きがあるもの。得意なことや優れてるとこは人それぞれよ」
「お二人はすごく仲良しですけど、喧嘩とかしたことないんですか?」
「あるわよ」
「え⁈あるんですか⁈」
「もちろん。互いに違う人間なんだもの」
今でも思い出せる。
シロナが研究で行き詰まり、バトルの調子もだだ下がりしていた時期に本当に些細なことでカイムに当たってしまったことがあった。その時は余裕もなく、ただ自分に溜まったものを吐き出したいがために理不尽に怒ってしまったことがあったのだ。その時カイムも色々と言い返してきたが、その時のシロナは聞く耳を持たなかった。
「意外です。シロナさんもうまくいかないことがあるんですね」
「私だって人間だもの。うまくいかないこともあるわ」
「その時、どうやって仲直りしたんですか?」
「実はね、その状態で三日くらいそのままだったの」
「ええ⁈」
当時はまだカイムがシンオウ地方に来たばかりであったため、カイムと同棲はしていなかったから冷戦のような状態になっていた。
「カイムもその間うちに来なくて、ずっと一人だった。自分が悪いことはわかってたから、ずっと一人でいたの」
「………」
「私が悪いってわかってても、素直に謝れる精神じゃなかった。今思い返すと、滑稽だわ」
「それで、どうやって仲直りを?」
「突然カイムが来てね、料理を始めたの」
「?」
「それでできたご飯を並べて、一言『飯を食おう』って言ってきたわ。カイムがいない間はあまりまともにご飯を食べてなかったから、食べることにしたの。それで最初はお互い無言だったけど、突然カイムが話し始めたわ」
いつも通りの口調、いつも通りの無表情でカイムはシロナに一言『悪かった』といった。
「『色々詰まってたのは、知ってた。その時に下手なこと言った俺の落ち度だ。悪かった』って。おかしいわよね。カイムが言ったことはなにも間違っていなかったのに。謝るのは、本来私なのにね」
「…それで、どうなったんですか?」
「私も謝って、それで終わりよ。でもね、カイムの気遣いには助けられたわ」
カイムが言ったのはそれだけではなかった。
『助手として力不足なのは、わかる。頼ってもいいと思えるように精進するから、これからも指導してほしい』と言った。
当時カイムと知り合って一年足らずだった。故にまだカイムは今以上に未熟であり、助手として何でも頼れるほどではなかった。だが、身近な人が辛い時に頼れない方も頼られない方も辛いのだとその時シロナは漸く理解した。
「その後、ちょっとお酒飲んで互いのこと話して終わり。次の日からは通常運転だったわ」
「へえ〜そんなことがあったんですね。その時からですか?」
「なにが?」
「カイムさんのことを好きになったのって」
ヒカリの言葉にシロナは一瞬固まるが、すぐに諦めたように息をついた。
「やっぱり、わかるのね」
「人の気持ちは何となくわかるんです。人と人が接してる時、どんな感情がお互いの間にあるのかって。特技みたいなものです!」
「いい特技ね。人を気遣うことができるもの」
「それで、シロナさんがカイムさんに向けている感情が、こう…とても温かい感じだったので、そうなのかなって」
知り合って日が浅いヒカリにここまで見抜かれるとは思わなかったが、たまたまヒカリがそういうのがわかる人だというだけだったらしい。
「…ええ、そうよ。今まで私が生きてきた中で、一番好きな人」
「わあ!素敵!」
「ヒカリちゃんにバレちゃったか……もしかして私、結構わかりやすい?」
「はい!」
「そんなはっきり肯定しなくても…」
自分では上手く隠してるつもりであったシロナは若干ショックを受ける。もしかしたら、カイムにこの想いがバレているのではないかという風に考えてしまう。
「逆にカイムさんは何考えてるかさっぱりわかりません。表情の動きがすごく少ないし、口調も変わらないから。優しい人だっていうのはわかるんですけど、それ以上はわからないです」
「無愛想だもんね。一緒にいる私もわからない時があるし」
あの鉄仮面のように動かない表情が柔らかくなる瞬間が、シロナはとても好きだった。ポケモン達にはよく向ける表情を自分に向けてくれた時は、胸が締め付けられるような想いになる。
「無愛想だけど、いつも支えてくれたの。私も不器用なとこあるからそこを補ってくれてる。人は一人じゃ生きていけないのよ。ポケモンにも周囲の人にも助けられて生きていく」
「私も、色んな人に助けてもらいました。ここに来るまでに、たくさんの人と出会って、色んな人に支えられてここまでこれたんです。その人達のためにも、私は頑張りたい」
「明日のバトル、楽しみましょ」
「はい!負けません!」
「ふふ、私もよ」
顔を見合わせて笑う二人の姿を、ちょうど戻ってきたカイムは離れたところから眺めていた。
ーーー
決勝戦当日
試合開始二時間前
「………」
「緊張してるな」
シロナの髪をとかしながらカイムは言う。シロナの表情はいつもより堅く、そして目に宿る光は鋭く、真剣だった。
「ふふ、そう見える?」
「ああ」
「そうね…何回経験しても、やっぱり慣れないものね」
シロナはチャンピオンとして何年も決勝戦を経験してきた。だが何回経験しても、この決勝戦の前の空気は慣れない。
「対戦相手のヒカリちゃん、バトルの傾向は真っ直ぐだけど絡め手も使えるオールラウンダー。正直、単純な実力ならグリーンくんの方が上だろうけど、ピンチに陥った時の閃きと爆発力は凄まじいわ。あの四天王のゴヨウくんすらも倒しているのだし」
「バトルは数値だけでは測れない。気持ちだけでバトルの結果は変わらないが、ヒカリは例外かもな」
「多分、まだ未熟なせいで実力にムラがあるのよ。彼女本来の実力を引き出すためのトリガーが気持ちってだけ。多分、実力以上のものまで引き出してると思うけどね」
「勝算は?」
「愚問ね」
「そうだな。ほら、もういいだろ」
櫛を置いてシロナに鏡を見るように促す。
シロナの髪はいつも通り絹のように細やかで、そして金色に輝いていた。
「ありがとう」
「ん」
「ね、最後にお願いがあるんだけど、いい?」
「まだあんのか?」
「これは簡単よ」
「とりあえず、言ってみろ」
「これをね、つけて欲しいの」
そう言ってシロナが手に持ったケースには見覚えがあった。
シロナがケースを開くと、予想通りのものが入っていた。
「これをつけて、決勝戦を戦いたいの。だめ?」
「…いや、いいよ」
「ありがとう」
カイムはケースからそれを取り出し、手に持った。
「まさか持ってきてるとはな」
「決めてたの。決勝戦は、これをつけて戦うって」
「はは、大した自信だな」
「チャンピオンですから」
シロナの言葉にカイムは小さく笑う。
手に持ったそれは、日の光を受けて鈍く輝いた。
『みなさん、お待たせ致しました!とうとうこの日がやってまいりました!シンオウ地方の最強を決めるポケモントレーナーの祭典!その頂上決戦が今!始まろうとしています!』
実況の興奮した声がスタジアムに響く。その実況に負けないほどの歓声に満たされたスタジアムを見て、ゲート内部のシロナとカイムは顔を見合わせる。
「時間だな」
「ええ」
シロナは黒い羽織りを着直し、ゲートの先を見る。
『今大会、数々の猛者達が他の地方からも参加し、非常にレベルの高い大会となりました!しかし、その猛者達を全て倒し、チャンピオンへの挑戦権を得たのは!トレーナー歴まさかの一年という超大物ルーキー!バランスの取れたパーティによるハイレベルな戦いは、とてもトレーナー歴が一年には思えないほどです!』
対峙するゲートからは、一人の少女が歩いてくる。夏の熱気から立ち上る陽炎により、その姿は僅かにぼやけているが、纏う空気は張り詰めている。
『若きチャレンジャー!ヒカリィィ!』
歓声が沸き上がるが、それに応えることはなくヒカリは真っ直ぐとこちらを見ている。
「そら、出番だぜ」
「ええ。いってくるわ」
「楽しんでこい」
シロナの拳とカイムの拳がぶつかる。
『そしてそのチャレンジャーに対するは!このシンオウリーグで10年以上もチャンピオンを守り抜き、今なお公式戦無敗の記録を保ち続けてきているまさに美しき闘神!今大会でも、その強さは留まるところをしらず!数々の猛者達を下してきました!』
シロナはゲートから足を踏み出し、日の光が当たる場所に出てフィールドを目指す。
黒い羽織りをはためかせ、ノースリーブの薄手の黒いニットを着たシロナは歓声を受けながら歩く。
『チャンピオン!シロナァァ!』
ヒカリの時以上の歓声。
だがそれはシロナの耳にはほとんど入っていない。フィールドを挟んで対峙するヒカリのことしかシロナには見えていなかった。
(フィールドを挟むと、ここまで雰囲気が変わるのね)
普段のヒカリからは考えられないほど鋭い目つきと刺すような覇気。決勝戦まで上がってきただけのことはあり、四天王と勝るとも劣らない空気を出している。
「やっと、ここにこれました」
ヒカリは笑いながら言う。
「貴女ならここに来ると信じていたわ」
シロナもヒカリに笑い返す。
「破れた世界のこと、改めてお礼を言うわ。ありがとう」
「いえ、私も楽しかったし、そもそも私が自分から首を突っ込んだので」
えへへと笑うヒカリは普段の少女としての顔だった。
「今日のシロナさん、いつもと違いますね。髪、纏めてるの初めて見ました」
「今日は特別だもの。最高の状態で、貴女と戦うために気合を入れてきたの」
シロナの長い髪は後頭部で団子状に纏められていた。そのため耳が露わになり、赤と青のイヤリングが曝け出されている。
そして纏められた髪には、黒い簪が刺さっていた。
「綺麗な簪ですね」
「でしょ?気に入ってるの」
「シロナさんの本気具合がわかります」
「ええ。本気だもの」
ヒカリは目を閉じ、腰につけたボールを手に取る。
「…今までの私の旅。一年という短いものだったかもしれない。でも、私にとってとても大きくてかけがえのないもの。だから、私は私の全てを出して!貴女と戦います!」
「どんなことも、ポケモンと一緒にぶつかって乗り越えてきたのね。貴女からはそうして学んだ強さを感じる」
シロナは羽織りの内側につけていたボールを手に取る。
「さてと!お話はこれくらいでいいでしょう。シンオウ地方ポケモンリーグのチャンピオンとして、君と戦います!」
二人は同時にボールを投げる。
「いって!ムクホーク!」
「頼んだわ!グレイシア!」
シンオウ地方最大の戦いの火蓋が今切られた。
「ヨノワール!ナイトヘッド!」
「ルカリオ!龍の波動!」
両者の技がぶつかり、相殺しあう。
(タイプ不一致の龍の波動でヨノワールのナイトヘッドが相殺されるなんて…)
ヒカリのポケモン、ヨノワールはゴーストタイプ故にルカリオのような格闘タイプは不利。だがその不利を感じさせないほどヨノワールはダメージを受けている。
互いに一体ずつ落とされ、2-2の現状。先にバランスを崩した方が致命傷になりかねない。
「ルカリオ、冷凍パンチ!」
「ヨノワール!影打ち!」
地面に伸びる影から放たれた攻撃を回避できず、ルカリオは直撃を受ける。ルカリオもダメージは大きく、残りの体力は少ない。
だがそれはヨノワールも同じ。それを理解しているルカリオは体勢を崩されながらも冷凍パンチをヨノワールの胴体に放った。
しかし、そのルカリオの腕をヨノワールの大きな腕が掴んだ。
「ヨノワール!そのままシャドーボール!」
「ルカリオ!龍の波動!」
同時に指示されたが、タイプ一致のヨノワールの方が技の出が早く、ルカリオは直撃を受けた。
だが完全に戦闘不能になる前に最後の力を振り絞ってルカリオは龍の波動でヨノワールに攻撃し、ダメージを与えた。
ルカリオはそのまま倒れ、戦闘不能になる。
「ありがとう、ルカリオ。ゆっくり休んで」
そしてシロナのポケモンは残り一体となり、追い詰められた。
だがヒカリは内心で冷や汗をかく。
(タイプ相性は最高に良かったのに、ここまでルカリオに削られるなんて…)
シロナのルカリオは剣の舞からのインファイトをメインウェポンとした構成であり、特殊技はせいぜい隙を作るための技というスタイルだった。だがヨノワールはゴーストタイプ故に格闘タイプの技が効かない。火力の低い特殊技をやりすごしながらガンガン攻めていく気だったのだが、ルカリオは特殊技を巧みに使いこなし、ヨノワールの体力を八割も削った。
(すごい…すごいすごい!不利な現状でもここまですごいバトルができるなんて!)
冷や汗をかきながらもシロナのバトルのすごさを感じ、ヒカリは笑った。
「…相手にとって不足はないわ。お願い、ガブリアス」
シロナのエース、ガブリアスがフィールドに現れる。
「ヨノワール!怪しい光!」
「龍の波動」
ヨノワールの怪しい光がガブリアスの視界に入る前に龍の波動が光をかき消す。
「影打ち!」
「3歩左」
影打ちがくる正確な場所をシロナは見切り、確実に避けられる場所を指示する。
「シャドーボール!」
「ドラゴンクロー!」
ドラゴンクローがシャドーボールを打ち砕き、そのまま勢いは衰えることなく迫る。
「ヨノワール!ナイトヘッド!」
「貫きなさい」
ヨノワールのナイトヘッドをものともせずにガブリアスのドラゴンクローはヨノワールを攻撃し、そのままダウンさせた。
「ありがとう、ヨノワール」
「いい采配だったわ。最後に撃ったシャドーボール、ガブリアスの特防を下げたみたいね」
「運が良かったです。これで、残り一体です」
「最後のポケモン、エンペルトでしょう?」
「はい!旅を始めた時からの相棒です!お願い!エンペルト!」
ボールから出たエンペルトは鋭い目つきでガブリアスを捉える。
「エンペルト!アクアジェット!」
「地震!」
ガブリアスの地震の衝撃をアクアジェットの水の噴出で軽減し、ガブリアスを捉える。互いにダメージを受けたが、大したダメージではない。
「ストーンエッジ!」
「エンペルト!下がって!」
背後に飛ぶことで、エンペルトはストーンエッジを回避する。
エンペルトは水・鋼タイプ。故に岩タイプのストーンエッジは大したダメージにはならないが、過去にストーンエッジで敵の体の可動範囲を減らし、そこに攻撃を叩き込むという手をシロナは使ったことがある。ヒカリはそのことを知らなかったが、天性の直感がこの技を受けたらまずいことを察知し、回避に移らせた。
「剣の舞」
「水の波動!」
回避によって体勢が崩れたエンペルトは即座に体勢を立て直し、水の波動を放つ。しかし体勢を立て直す間にガブリアスは剣の舞を完了させてしまった。
(等倍だけど、ダメージにはなる!)
しかしヒカリの考えは打ち砕かれる。
「ストーンエッジ」
ガブリアスのストーンエッジが水の波動とぶつかり、相殺される。
「そんな!」
水の波動はタイプ相性的にストーンエッジに勝る。加えてタイプ一致のエンペルトに対して、ガブリアスはタイプ不一致。いくら剣の舞を使ったとはいえ、相殺に至るのはおかしい。
「本来なら、こちらが押し負けていたでしょうね。でもね、今のストーンエッジは正面からぶつけるのではなく、少し位置をずらしてぶつけたの。水の波動を打ち破りやすい角度でね」
「角度…」
「正面からぶつかるだけがバトルじゃないわよ。ガブリアス!地震!」
地震の衝撃がエンペルトを襲う。タイプ的にダメージは倍増し、剣の舞により威力は大幅に上がっている。咄嗟にエンペルトに鉄壁を張らせて防御を上げたが、ダメージとしては少なくない。
「エンペルト!アクアジェット!」
「ドラゴンクローで迎え撃ちなさい!」
アクアジェットとドラゴンクローがぶつかる。剣の舞による攻撃力上昇効果と技自身の威力もあり、エンペルトが押される。
「エンペルト!鋼の翼!」
「ドラゴンクロー!」
両者の爪と翼がぶつかりあう。
剣戟のように甲高い音が響き、互いの身体を削る。ガブリアスの特性『鮫肌』によりエンペルトの体力が削られていく。
エンペルトの振り下ろした翼をガブリアスの爪が受け止め、それを弾いてドラゴンクローでエンペルトを攻撃するが、それを見切り回避する。回避されたことで若干体勢を崩した瞬間をヒカリは見逃さなかった。
「凍える風!」
即座に放たれた凍える風はガブリアスを捉える。通常の4倍にもなった威力の凍える風はガブリアスの体力を奪うだけでなく、素早さを下げる。
これによりガブリアスの体力は半分を切ってしまう。
「まだよ!瓦割り!」
「っ!避けて!エンペルト!」
体力を削られながらも放った瓦割りはエンペルトに直撃はしなかったが、確かな手応えがあり、ダメージは少なくない量入った。
「やるわね」
「シロナさんも」
ガブリアスの残り体力は三割強。対するエンペルトの体力は五割。
会場の誰もがシロナの敗北を予期し始めた。タイプ相性は悪く、ガブリアスの強みである高い素早さも下げられた。あとは波乗りや冷凍ビームなどの遠距離技で仕留め切ることも可能な残り体力。
初めてシロナを負かすことができるトレーナーが現れたのかもしれないと会場の誰もがそう考え始めた。
だが、会場にいる二人だけは、シロナの勝利を疑っていなかった。
その二人は、シロナ本人とカイム。
まだまだ負けていない。今できる最善の手を打ち続ける。その中にしか勝利は無いのだから。
「ふふ、ここまで追い詰められたのはいつ以来かしら!」
自分の鼓動の音が聞こえる。周囲の音が聞こえなくなる。見えるのは、フィールドのポケモン達とヒカリだけ。
「エンペルト!油断しないでね!」
「砂かけ」
ガブリアスが地面を蹴り、砂をエンペルトの目に向けてかける。
咄嗟に目を守ったエンペルトは、視界が一瞬塞がれる。
「ストーンエッジ!」
ガブリアスが叩きつけた地面から岩が突き出し、エンペルトに襲いかかる。
「水の波動!」
突き出てきた岩を水の波動で止める。
すぐに追撃が来ると思ったが、ガブリアスは先程の場所から動いていない。
(…?)
訝しげに思ったヒカリだったが、すぐに思考を切り替えエンペルトに指示を出す。
「ハイドロポンプ!」
「龍の波動!」
斜めから龍の波動を当てることでハイドロポンプの軌道を逸らす。逸らされたハイドロポンプはガブリアスの横に着弾した。
そこでシロナは気がつく。ガブリアスの周囲が水浸しになっていることに。
「!」
「冷凍ビーム!」
エンペルトの冷凍ビームをガブリアスは回避する。
だが避けられることはヒカリは折り込み済みだった。この冷凍ビームはダメージを与えることではなく、フィールドを凍らせることを目的としたものだった。
「やるじゃない」
凍える風で素早さを下げ、フィールドを凍らせることで足場を悪くし、氷が苦手なガブリアスの動きをさらに鈍くさせる。
徹底的なガブリアス封じをしてきたというわけだ。
「ガブリアスの売りは高い攻撃力と素早さ。攻撃力は剣の舞で強化できるけど、素早さを強化できる技はガブリアスは覚えない!」
この足場と現在の素早さでは冷凍ビームを避けきれない。残りの体力を考えると、レベル差を考慮したとしてもガブリアスは耐えきれない。
「エンペルト!アクアジェット!」
氷の足場を滑り、先程よりも勢いが増したアクアジェットでガブリアスに肉薄する。
(アクアジェットで距離を詰めて、至近距離から冷凍ビームを食らわせる!)
ガブリアスは足場のせいでうまく動けず、アクアジェットを受けてしまう。残りの体力が二割程まで減る。
「これで終わりよ!冷凍ビーム!」
エンペルトの口に氷の力が溜められる。
この至近距離なら、たとえ万全の状態でも冷凍ビームを避けきれない。
ヒカリは内心で勝利を確信した。
だがその時、シロナの姿が目に入る。黒い羽織りをはためかせるシロナの目は、まだ死んでいない。
「っ!エンペルト!待っ…」
「逆鱗!」
氷の力が溜まっていたエンペルトはガブリアスの逆鱗の力で向上したアッパーによって吹き飛ばされる。咄嗟にエンペルトは鋼の翼でガードしたが、かなりの体力が削られる。
(しまった!さっきのアクアジェットは避けられなかったんじゃない!逆鱗の力を溜めるためにあえて避けなかったんだ!それにさっき追撃してこなかったのは、もう一度剣の舞を積むため!ガードしたのにこんなダメージ受けるのがその証拠!)
「追い込まれた龍の恐ろしさ、見せてあげるわ!」
咆哮と共に地面を踏み、氷に覆われたフィールドを砕く。地面そのものはあまり変化していないが、氷の足場は砕かれてなくなった。
(こんなに攻撃力高かった⁈)
「ガブリアス!やりなさい!」
「エンペルト!」
顎に攻撃が直撃したエンペルトは僅かにふらついている。鋼タイプがあるため、ドラゴンタイプの技は通りにくく、そうでなければ今のでエンペルトは戦闘不能になっていた。
互いに満身創痍。だが、負けるわけにはいかない。
「水の波動!」
「龍の波動!」
技がぶつかり合い、弾ける。余波によってフィールドが再び水浸しになる。
(この体力なら、エンペルトの特性『激流』が有効!)
エンペルトもヒカリの意図を察して技のタメに入る。
エンペルトの足元から大量の水が湧き上がり、そして波となってガブリアスに襲いかかった。
「波乗り!」
巨大な波を目の前に、シロナは一瞬どうするか悩む。
しかしその瞬間、簪の装飾がシロナの髪に当たる。
「正面から捩じ伏せてあげる!ガブリアス!流星群!」
ガブリアスが呼び出した流星群とエンペルトの巨大な波がぶつかり合い、轟音が響く。
技は相殺し合うことなく、余波によって互いの体力を削る。両者共に残り体力が一割まで減った。
(激流の威力向上が乗った今ならアクアジェットで仕留め切れる!)
そう確信したヒカリはエンペルトに即座に指示を出す。
「エンペルト!アクアジェット!」
だがシロナは動じない。
アクアジェットが来ることを悟り、そしてそれを真正面からねじ伏せるためのタイミングを測っていた。
「ガブリアス」
真っ直ぐにヒカリを見据え、言う。
「逆鱗」
怒りと狂気が混ざりながらも、理性を飛ばさずに動くことを可能としているガブリアスは、逆鱗によって向上した身体能力でエンペルトのアクアジェットと正面からぶつかった。
轟音と共に爆煙が巻き上がり、フィールドが見えなくなる。
「っ!」
「………」
ヒカリは思わず顔を腕で庇った。
対するシロナは顔に砂塵が付くことも厭わず、フィールドを真っ直ぐに見つめる。
爆煙が晴れていく。
影が二つ立っている。
エンペルトの嘴はガブリアスには届いておらず、ガブリアスの腕はエンペルトを的確に捉えていた。
エンペルトは立ったまま気絶していた。
『…エンペルト、戦闘不能!よってこのバトル、チャンピオンシロナの勝利!』
割れるような歓声がスタジアムを包む。
ヒカリはエンペルトをボールに戻し、息をついた。
「はぁぁ…」
今ヒカリが抱いている感情は、負けた悔しさ以上に『終わってしまった』という感情だった。
シロナとのバトルは本当に楽しく、ずっと戦っていたいと思える程充実していた。時計を見ると、バトル開始から既に一時間近く経っている。それほどまでに拮抗したバトルだったのだ。
「ヒカリちゃん」
気がつけば、シロナが目の前まで来ていた。大粒の汗を滲ませ、爽やかな笑みを浮かべている。
「シロナさん」
「いいバトルだったわ」
「はい。私、すっごくすっごく楽しかったです」
「こんなに追い詰められるとは思わなかったわ。貴女って本当にすごいトレーナーなのね!」
「ありがとうございます。ポケモン達がいてくれたから、ここまでこれたんです」
「私もよ。本当にいいバトルだった。また、やりましょう」
「はい!またやりましょう!」
二人は握手を交わし、観客達に手を振った。
そんな中、シロナはゲートの方に目を向ける。カイムはその視線に気づくと本当に僅かに口角を上げ、口パクで『おつかれ』と言った。
感謝の気持ちを込めてシロナは笑顔で『ありがとう』と返した。
割れるような歓声の中、実況がフィールドにインタビューに来た。
『チャンピオン、今回も防衛おめでとうございます!』
「ありがとうございます」
『最後のバトル、非常に見応えがあり、熱い戦いでした』
「ここまで追い詰められたのは、かなり久しかったので私も熱くなれました」
『今回勝敗を分けたのは、ズバリどこだったと思いますか?』
「難しいですね。色々と積み重なり、あの状況になったので一言でこれ、と示すのは少々困難かと」
『なるほど、小さいことの積み重ねが勝利を招いたと。では表彰式に移るので、最後に皆さんに一言お願いします』
シロナはマイクを受け取り、観客席に目を向ける。
「応援してくださったみなさん、ありがとうございました。みなさんの応援のおかげで私は今、こうして再びチャンピオンを名乗ることができます。私が今ここにいられるのは、私一人の力ではない。共に過ごしてきたポケモン、応援してくれたみなさん、そして…私を支えてくれた人のおかげでここにいられます。私を支えてくれた全ての存在に、感謝します。ありがとう」
沸き上がる歓声に手を振り、シロナはマイクを返却し、最後にもう一度ヒカリと握手を交わしてその場を後にした。
鳴り止まない歓声を背に受けながら、二人のトレーナーは最高の遊び場を去るのだった。
ーーー
夜
リーグは終わり、今スズラン島はその後夜祭として島全体で催しが開かれている。
あれほど活気に満ちていたスタジアムも、今では人気は無くなり、警備と最後に打ち上げられる花火の準備をしているスタッフしかいない。
そんなスタジアムの屋上エントランスにカイムはいた。スタジアム周辺の催しの光が眼下には広がっており、楽しそうに過ごす人々を普段と変わらない無表情で見下ろしている。
「せっかくのお祭り、行かなくていいの?」
そんなカイムの背後から、一人の女性が近づいてくる。
確認するまでもなく、シロナだった。
「仕事だ」
「他のジムトレーナーはお祭りの警備がてら巡回してるのに?」
「上からのお達しなんでな。それに、ああいう人が多いところは好きじゃない」
「言うと思った」
ご機嫌な調子でシロナもカイムが寄りかかっている手すりに寄りかかる。
「気をつけろ」
「ええ」
手すりの下はかなり高い。落ちればただではすまないが、そんなヘマをするようなシロナではないことはカイムもよく知っている。
「インタビューは終わったのか?」
「ええ。写真撮影も終わったから、とりあえず私の仕事は終わりね。閉会式にちょっと顔出すけど、それも大したことじゃないし」
「そうか」
暫しの沈黙が流れる。
北にあるシンオウ地方のため、夏といえども夜は涼しい。吹き抜ける風が心地よい。
「今回もチャンピオンを守り抜いたな」
「結構ギリギリだったわ。ヒカリちゃん、本当に爆発力があって中々厳しかった」
「見てて思ったよ。あいつ、本当にすごいトレーナーなんだって」
「あんなトレーナーとバトルできて、私は幸運ね」
シロナはそう言いながら、エントランスに置いてあるベンチに腰掛け、カイムもその隣に座った。
「カイム、仕事って言ってたけど、いいの?」
「ここの警備やらされてんだ。みんな後夜祭行きたいからこんな暇なところ誰も行きたがらない。散々シフト色々と融通させてもらったから、俺がやるべきだろうよ」
「義理堅いのね」
「義理と人情には応えるべきだと思っただけだ」
義理堅いカイムの変わらない態度にシロナはくすりと笑う。
一呼吸置いて、シロナは話し始める。
「カイム」
「ん?」
「ありがとう。今回、チャンピオンを防衛できたのは貴方のおかげ」
「助手としての仕事を全うしただけだ」
「貴方ならそういうと思ったわ」
不意に周辺の全てのライトが落ちる。
同時に歓声が沸き上がった。
「花火の時間ね」
「もうそんな時間か」
スタジアムの中央から火の玉が打ち上がり、上空で弾けて色づいた光の花を咲かせた。
スタジアムから程近い二人はその花火を見上げる。
「綺麗…」
次々と打ち上がる花火に照らされたシロナの横顔は、とても美しく、どこか幻想的だった。
「……ああ、綺麗だ」
この言葉はどちらに向けて言った言葉か。
「ねえ、カイム」
「ん」
「私ね、貴方が支えてくれたから、今こうしてチャンピオンとしていられる。貴方がいなかったら、きっと私は勝てなかった」
「珍しく弱気だな」
「かもしれない。でも、今の私はそう思ったの」
「………」
「貴方と出会って、もう二年以上。貴方が私にとってこんなに大きな存在になるとは思いもしなかったわ」
「そうか」
「今の私があるのは、カイムのおかげ。貴方なくして、今の私にはなり得なかった」
これほど気を許せる相手は、家族を除いてこの先現れることはない。そう思えるほど、シロナはカイムに気を許していた。
「……そう、か」
打ち上がる花火に消えそうな掠れた声。
だがその声はシロナの耳にたしかに届き、そして続きを言う。
「私ね、この大会でいくつか決めてたことがあるの」
「へえ」
「決勝は、貴方がくれたこの簪をつけて戦うこと。これをつけていなかったら、私はヒカリちゃんには勝てなかったと思う」
「贈った者としては、ありがたい話だ。そんで?他は?」
「もう一つは、優勝したらちゃんと貴方にお礼を言うこと」
「そうか。なら、もう果たしたな」
「ううん」
カイムの言葉にシロナは首を振る。
そしてシロナは、潤んだ瞳でカイムを見る。その瞳に吸い込まれそうになる感覚をカイムは覚えた。
「まだ、あるの」
「………」
「優勝したら、私のこの気持ちを伝えようって決めてたの」
シロナはカイムの目を見る。
カイムが僅かに目を見開いた瞬間、最も大きな花火が打ち上がった。
「カイム、貴方を一人の男性として愛しています」
花火と同時に言われた言葉は、花火に掻き消されることなく、確かにカイムの耳に届いた。
「………」
「ふふ。あーあ、言っちゃった」
悪戯がバレてしまった子供のようにシロナは笑う。
決めていたことだ。もしカイムから拒絶されてしまったとしても、この想いを留めておくことはもうシロナにはできなかった。
カイムは一度目を伏せると、再び空を見上げる。
「…この二年、俺の人生の中で一番充実した時間だった」
カイムは組んでいた腕を解き、話し始める。
「それまでの約二十年近くが無意味だったと言う気はない。でも、俺は人生が楽しいと、充実していると思えるようになったのは、この二年だ」
「そう」
「こうなれたのも、全部シロナのおかげだ。シロナがあの時俺を助手にしてくれなかったら、こうはならなかった」
「……」
「お前と過ごした二年は、俺を成長させてくれた。それだけじゃない。俺が、『ここにいたい』って思えるような場所が見つけられたんだ」
根無草のように色々なところを旅して、大きな目標もなく歩み続けた大学までの人生を劇的に変えてくれたのはシロナだった。
トレーナーや学者としてだけでなく、人としても成長できたとカイムは考えている。
そして何より、カイムにとって『ここにいたい』と心の底から、そして自らの魂が言っているように感じられる場所を見つけることができた。
「それは、どこ?」
「…はぁ、くっそ。意外と言うの恥ずいんだなこういうの」
「そうよ。心の内を曝け出すって、結構恥ずかしいのよ」
「知らなかったよ、こんなこと」
頭をがしがしとかきながら赤面していたカイムだが、意を決してシロナに向き直り、言う。
「俺は、シロナの隣にいたい。お前の隣にいたいって、俺の心が、魂が叫んでる」
「………」
「シロナが泣いたり笑ったり楽しんだりして、シロナの心が揺れる時に…俺は、誰よりも近くでその様を見ていたい。一緒にその心を分かち合いたい」
「シロナの隣で、生きていたい」
目を逸らさずにカイムは言った。
シロナは微笑み、カイムの手に自分の手を重ねる。
「…ずっと、隣にいてくれる?」
「俺でいいのか?」
「貴方がいいの」
「ずっといてやる」
「私の手をずっと引いてくれる?」
「離さねーよ、ずっとな」
重ねられた手に指を絡め、そしてシロナはカイムの腕に自身の腕を絡める。
「離さないでね」
「ああ」
シロナは頭をカイムの肩に乗せる。
いつの日かの夜にしたように、互いの心音がわかるくらい密着した。
「ありがとう」
「こっちのセリフだ」
互いの体温を感じながら、打ち上がっていく花火を眺める。
最後の一際大きい花火が、二人を照らした。
二人の影が一つとなり、花火が消えると同時にその影は夜闇に溶けた。
闇の中で互いの存在を感じていた。
戦いは終わった。
だがこれからも道は続く。
その日、二人の道は一つとなり、この先も共に同じ道を歩んでいくことを互いに誓った。
静かに、夜は更けていく。
二人を祝福するように、空に浮かぶ満月は輝いた。
一応これで第一部完結です。
まだまだ書きたい話はあるので連載は終わりません。
次回からどうするかノープランなのでアンケート取ります。
今のところアラモスタウンに向かうか、イッシュでバカンスするか、ホウエン地方にいくかです。良ければアンケート回答と感想をお願いします。励みになるので。
一応原案はできてまして、アラモスタウンの場合は学会関連で突如行くことになり、カイムについてきて欲しいと頼むけど急なことでカイムが着いていくことができず一人でアラモスタウンに行ったはいいが、久々に一人になったせいで寂しくなってしまいカイムに電話をかけるシロナさんが見られます。
イッシュでバカンスの場合、水着姿のシロナさんとカトレアとかとバーベキューしたりしてエンジョイするシロナさんが見られます。あとはなんとかカミツレと絡ませてファッションショーに出てもらう感じです。
ホウエン地方はぶっちゃけノープランです。カイムの家族にシロナさんが会ったり、レジ系の遺跡を調べたりです。
今回のリーグ出場者は名だたるトレーナーで、かつ私の印象に残っているトレーナーです。作者はBW2までしかやってない所詮にわか勢ですが、それでもやった作品は思い入れが強いです。なので他の地方のトレーナーもせめて名前だけでも出したいなと考えて参加させました。色々とガバガバな時系列ですが、大目に見ていただけたら幸いです。
シロナ
今回、色んな服を着せることができて作者はご満悦。シロナさんに似合いそうな服があれば感想とかで教えてほしいです(こんな服似合いそう、とか)。今回はシロナさんめっちゃかっこよくて美しく書いたつもりだったから最後の最後で乙女になってもらった。最後にカイムに対してなんて言った言葉は最後まで悩みました。ちょっと解釈の余地がある方がいいかとも思いましたが、思い切ってシンプルな言葉に。この方が捻くれてるカイムには刺さるかなって。あとガブリアスかっこいい。
カイム
ぶっちゃけ最初はシロナさんに合いそうな人物ってだけでそんなに愛着はなかったけど、最近ちょっと愛着出てたモブ上がり。未だにバトルは苦手意識が抜けないため、バトルではいまいちパッとしない。がんばれ。
グリーン
実は作者の中で結構好きなキャラ。才能があるけど、ポケモンへ向ける感情がレッドやシロナさんと真逆なので今回シロナさんと対峙してもらった。これを機にグリーンはバトルの意味を考えるようになる。いつかまた出したい。
ヒカリ
レッド亜種。ゲームと違い、手持ちは通常のポケモンのみ。トレーナー歴一年程度の女の子が四天王倒すってよくよく考えると恐ろしいですね。歴代の主人公みんな天才かよ。相棒はエンペルト。
デンジ
ダイパをやった時切り札と称してオクタン出してきたとき「電気タイプとは???」となった記憶が強い。プラチナではジムの仕掛けが面倒で辟易していたのはいい思い出。比較的常識人かと思っていたが、ジムの改造のために街を停電させるという暴挙に出ているから多分結構ヤンチャする人だと思っている。
スズナ
見た目は割と好きだけどあんま印象に残ってない。カイムのことは頼れるお兄さん程度に思ってるが、苦手意識を持たれていることには気づいていない。多分JK。
スモモ
カイムの上司。キャッチコピーが裸足の天才少女的な感じだったため、伸び代がすごいと勝手に思ってる。スズナと仲がいいらしいけどあんまり描写することができなくて残念。
ナタネ
結構お姉さんキャラだと思ってる。ポッチャマを最初選んだのでめっちゃ苦戦した。
死ぬほど長くって申し訳ありません。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
まだまだ頑張りますので、よければこれからも読んでください、
番外編に訪れる場所(対象作品)
-
アーシア島(ルギア)
-
グリーンフィールド(エンテイ)
-
千年彗星が見える荒野(ジラーチ)
-
ラルースシティ(デオキシス、レックウザ)
-
オルドラン城(ルカリオ)
-
アクーシャ(マナフィ)
-
グラシデアの花畑(シェイミ)
-
ミチーナ(アルセウス)