感想書いてくれるのって嬉しいんですね。いつもありがとうございます。
作者の欲望回。ジョウト地方編ラスト。
セレビィの時渡り経験から数日(一応一週間以上経っているが、時渡りの時間移動のためハテノ森の滞在時間は実質1日)、二人は車でジョウト地方を巡っていた。
「ジョウト地方も次の街で最後ね」
「結局一番長くいたのはアルトマーレか?」
「ハテノ森を忘れてない?」
「どっちも一週間くらいだろうが」
車を運転しながらカイムは言う。
シロナ達はジョウト地方の街を色々巡ったが、結局アルトマーレとハテノ森が最も長く滞在した場所だった。他の街も巡り、その土地の歴史や文化を学んだ。道中のアルフの遺跡にも立ち寄り、少し調査もした。
そしてそんな二人のジョウト地方巡りは、次の街で終わりを迎える。
「最後はエンジュシティか」
「ええ。ジョウト地方の『和』のイメージはあの街の影響が強いから」
「楽しみは最後に取っておこうってか?」
「ええ」
突然の旅であったが、思いの外長い期間ジョウト地方に滞在していたことになるが、シロナはこの旅の前にチャンピオンとしての仕事は済ませただけでなく、論文も提出している。彼女の仕事としては特別問題ない。カイムもジムトレーナーとして活動しているが、カイムの本職はシロナの助手。加えてトバリジムは比較的トレーナーが多いため、こういった休みも取りやすい。
「エンジュシティって、確かでかい塔があったよな」
「よく覚えてるわね。そう、スズの塔。ジョウト地方に伝わる伝説のポケモン、ホウオウを祀るための塔よ」
「特徴的な形してるよな。平家を重ねたみたいな見た目してる。それにあれだけ古い木造建築ってのもなかなか興味深い」
「歴史を学ぶ者としてはやっぱり気になるわよね。あ、でもスズの塔の他にももう一つ、エンジュシティには塔があるのよ」
「焼けた塔、だろ?」
焼けた塔。伝承では落雷によって焼け落ちてしまった塔らしい。かつては銀色の羽を持つポケモンを祀っていたとか。
「ジョウト地方で『聖獣』と言われているエンテイ、ライコウ、スイクンはこの焼けた塔で産まれたらしいわ」
「スイクンか。ハテノ森で一瞬会ったな」
「そうね。神々しい雰囲気だったわ」
一瞬しか会えなかったが、出会えただけ幸運なのだろう。
「一応旅館を予約してある。一室ちょうど空いてた」
「ありがと。いつも通り、手際がいいわね」
「助手なんでな」
「助かってるわ」
「そうか」
カイムは薄く笑い、シロナはそれを見て笑顔になった。
ーーー
エンジュシティに到着し、旅館を目指す。
旅館はエンジュシティの中でも大きい方の旅館であったため、すぐに見つかった。
「お待ちしておりました、シロナ様、カイム様」
旅館に到着すると、二人を着物の女将が出迎えた。
「お部屋までご案内します。どうぞこちらへ」
女将に連れられて部屋まで案内される。
旅館内は『和』を彷彿とさせる内装となっており、落ち着きのある雰囲気だった。
「お二人は、どちらから?」
「シンオウ地方です」
「おや、遠いところからおいでくださったのですね。ごゆるりと、お寛ぎくださいね」
部屋に案内されると、女将は帰っていった。
部屋は和室であり、そこそこ広い空間となっていた。
「いい部屋ね」
「だな」
「このままゆっくりするのも悪くないけど、それは夜でいいわね。早速散策に行きましょう」
「ああ」
「お出かけですか?」
旅館の出口で女将にそう声をかけられた。
「ええ。歴史ある街を見てくるわ」
「是非是非、色々見てきてくださいな」
「あ、そうだ。女将さん、何処かお勧めの場所とかあるかしら。有名な場所は全部行くつもりだけど、地元の人だからこそ知っているような場所があれば行ってみたいのだけれど」
「お勧めの場所ですか」
女将の目が輝く。なんとなく嫌な予感がしたカイムはさっさと外に出ていくことにした。こういう時の女性は厄介な可能性が高いことをカイムは知っている。
「…あのお連れの方は、恋人ですか?」
先に外に出たカイムの後ろ姿を見ながら女将は小声で尋ねる。
「ああ、私の助手なの。信頼できる人よ」
「そうですか。あ、お勧めの場所でしたね。お店なんですけども、私の知り合いが経営している店なんですよ」
「なんのお店?」
「是非ともお二人で出向いて欲しい場所です!」
数分後、カイムの予感は的中する。
女将に店の場所を聞いて、旅館を出る。
「いい話は聞けたか?」
「ええ。でもなんで先に出てたの?別にいても良かったのに」
「何となくだ」
「ふーん。ま、いいけど。じゃ、早速ここに向かいましょ」
女将に渡されたメモを見ると、この旅館からすぐ近くの店の場所が記されている。
「どこだこれ」
「女将さんの知り合いのお店よ」
「や、だからなんの店だよ」
「服屋よ」
「服屋?」
「ええ。この街に深く関わる服装のお店」
「………」
「そんな顔しない。せっかく紹介してもらったんだから」
カイムはあまりファッションに気を使わない。無論シロナの隣に立つ以上、彼女の株を下げない程度に気は使うが、基本シンプルで飾り気が全くない服しか着ない。だから服屋に行っても何を買えばいいのかわからず、結局いつも通りシンプルなものになる。
また、シロナと共に行くと着せ替え人形にされることもあるためあまり気が進まない。状況から考えて、今回は着せ替え人形になる可能性が高いが、カイムに拒否権など最初から存在していない。
「…行きゃいいんだろ」
「そう!」
カイムは諦めてシロナに半ば引き摺られながら店に向かうのだった。
ーーー
「いらっしゃいませ」
連れてこられた店は、和服専門店だった。
「女将から聞いております。シロナ様でいらっしゃいますね?」
「ええ」
「浴衣のレンタルと着付けのコースとお伺いしてますが、相違ないでしょうか?」
「大丈夫よ」
店主と話すシロナを尻目に、カイムは店を見回す。
店内は広く、色々な和服が展示されていた。式典などで着るような振袖から、夏祭りなどで着るようなカジュアルな浴衣まで幅広い。また、帯や簪専用スペースまであるあたり、相当格式のある店のようだ。
(思ったより値段は張らないな。もうちょい高いものだと思ってたが)
さすがに振袖などはかなり値段がするが、その他の浴衣などは思いの外高くない。少なくともカイムの収入でも割と簡単に買える程度のものだった。
色々見て回っていると、簪専用スペースの場所で足が止まる。
「これ…」
黒い漆をベースに金色の模様が控えめに彩られている。装飾も上品ながらもしっかりと主張があり、とても目を惹きつけられるものだった。
「それが気になりますか?」
「っ⁈」
突如背後から声がかけられ、振り返ると店主がいた。
「この簪は私がこの店を開いた時から懇意にしている職人が作ったものです。その中でもかなり自信作だそうですよ」
「へえ」
「あまり派手な色ではありませんから、観光客の方々はあまり目に留めませんが、貴方はこちらが気になるのですね」
「………まぁ」
「…ふふ。今こちらの在庫はこれ一つしかないので、必要とあらば予約という形にしておきますが、どうなさいます?」
「……いや、いいです。すぐにください」
「ふふふ、わかりました。贈り物ということでよろしいですか?」
「…すぐに渡すんで、そのままで」
そう言ってカイムは代金を支払い、簪を受け取った。
「どーも」
「いいえ。ありがとうございます。じゃ、行きましょう」
店主に行きましょうと言われてカイムは固まる。
まさかと思い店を見回すが、シロナの姿がない。
「…まさか」
「はい。シロナ様は今、着付けをしております」
「…俺もか」
「はい」
カイムは頭を抱えた。
「…………」
「よくお似合いですよ〜」
店主によって着替えさせられたカイムは遠い目をしていた。
色々と物色された結果、藍色の着物に黒い羽織を合わせた姿となった。羽織には紺色の刺繍がされており、月の模様が描かれていた。
「……」
「どうです?」
「…悪くない。不本意だがな」
「あらあら」
さすがにこの道のプロなだけあり、カイムの雰囲気に合う着物と羽織を選んだ。
カイムは着物を初めて着たが、なかなかどうして悪くない。自然と背筋が伸びるような服装は新鮮な感覚であり、なおかつ気もどこか引き締まる。少々動きづらい感じもあるが、それはじきになれるだろう。
「いいですね。落ち着いた色が似合うと思ったのですが、私の目に狂いはありませんでしたね」
「どーも」
「いいえ、仕事ですから。あ、シロナ様はもうすぐ着付けが終わると思いますよ。女性は色々と準備が大変ですからね」
「存じてますよ」
女性は身嗜みにかなり気を使う。シロナと出会う前に姉と暮らしていたことのあるカイムはそれをよく知っていた。
カイムの姉は比較的早く支度が終わる方だったが、それでも男からしたらかなり時間を使っているように見えた。だから女性の身嗜み事情に関してはカイムはかなり寛容であった。
「そろそろ終わる頃かと思いますが…あ、噂をすれば」
店主が言うと同時に奥の襖が開く。
そこには普段とは異なる凛とした雰囲気を纏うシロナがいた。
紺色の着物には花の模様が刻まれており、紺色の地色がその花の美しさを引き立たせている。帯は白く、紺色の着物に合う配色となっていた。また、膝近くまで伸びている美しい金髪は、後頭部で纏められており、着物とよく合う髪型となっていた。そして顔は薄く化粧がされており、桃色の口紅を塗られた口がとても上品に見える。
「ーーー」
カイムは言葉を失った。
あまりにも美しかったからだ。
「…どう?」
固まるカイムにシロナは優雅に微笑む。
その笑顔と言葉に、カイムは再起動した。
「……こんなに雰囲気変わるもんなんだな」
「いいでしょ?とても気に入ったわ、この着物」
シロナはその場でくるりと回ってみせた。
「そうか」
「それで?なにか感想を言ってくれてもいいんじゃない?」
こういうのがカイムは苦手であることをシロナは理解した上でそう言った。口籠るカイムを少しいじってみようという魂胆で言ったのだが、この目論見は失敗に終わる。
「よく似合っている。綺麗だ」
カイムの言葉に今度はシロナが固まり、顔が熱くなっていくのを感じる。元々白い肌ゆえに、赤くなると化粧をしていてもよく目立つ。
「あ、っと…」
「これが率直な感想だ。口籠ると思ったか?」
「えっ…うん」
「残念だったな。あとこれ」
カイムは先程購入した簪をシロナに渡す。
「これは?」
「シロナの色とよく合うと思って、買った。つけて欲しい」
シロナは手渡された簪を見る。
黒い漆でコーティングされた簪に、金色の模様が描かれ、控えめながらもしっかりと主張のある装飾が施されたものだった。シロナの普段の格好とよく似た色合いとなっており、今の着物にも合っている。
「綺麗…」
「普段の色合いと似ているから、合うと思ったんだが」
「…ありがとう。嬉しい」
シロナは簪を大切そうに胸に抱く。
「これ、つけてもらえますか?」
「喜んで」
簪を買ったはいいが、カイムは付け方を知らない。シロナとしてはカイムにつけて欲しかったが、そこはその道のプロに頼むことにした。
後頭部にまとめられた髪にカイムの買った簪が挿される。それにより、一層雰囲気が凛としたものになる。
「ど、どう…?」
顔を赤くするシロナに対して、カイムは普段と変わらない表情でカイムは言った。
「綺麗だ。今のシロナに、よく合ってる」
たった一言。それだけしかカイムは言わなかった。だがその言葉が、シロナには何よりも嬉しい言葉だった。
シロナは顔を背けてカイムに顔を見られないようにしたが、耳まで赤くしていては効果は薄い。
「…ありがと」
小声で言われた言葉にカイムは何も言わなかったが、満足そうに息をついた。
「この着物のまま街に出てもいいのか?」
「ええ。そのためのレンタルですので」
「そうか。先に外にいる。準備ができたら、出てきてくれ」
それだけ言ってカイムは店外に出た。
残されたシロナは顔を真っ赤にし、そんなシロナを店主は微笑ましく見ていた。
「あらあら、随分ストレートに言う方ですね」
「…普段はこんなこと言わないのに」
「だからこそじゃないですか?とてもお綺麗なシロナ様を見たから、それを素直に伝えるべきだと考えたのではないですか?」
カイムはほとんど嘘は言わないが、素直ではない。だからシロナはカイムのストレートな言葉や感想に弱い。
それはカイムもわかっていた。自分が素直ではないこと、そしてそれをわかった上でシロナに悪戯されることも。彼にとって本心を伝えることは少々気恥ずかしいものであるため、あまり言わないようにしている。
だが今回、シロナの美しさに目を奪われた。元より相当の美人であるシロナが、美しい着物で着飾った姿に言葉を失っていた。シロナが着物を着たのは単純に興味があったこともあるが、カイムに見て欲しかった思いもある。それの思いをカイムは理解していたため、思ったことを素直に伝えることにした。
「…もう、普段から素直でいてくれたらいいのに」
「ふふ、若いって素晴らしいですね。見てるこちらもドキドキしてしまいました」
「しかも簪まで…」
「カイム様は、簪を贈る意味を理解しているのでしょうか?」
「これで理解していたら、多分あそこまで平然とはしてないと思います」
「つまり、知らないで贈ったと」
「多分、そうだと思います」
「ふふ、それでも嬉しいのでしょう?」
「…ええ、とても」
店の外で店員にエンジュシティの傘を見せてもらっているカイムのことを少しだけ恨めしく見ながら、シロナは簪に触れる。
カイムは、簪を贈る意味を知らない。
ーーー
「まずどこに行く」
「そうね、まずは…焼けた塔が近いかしら」
「焼けた塔か。さて、どんなものか」
焼けた塔はエンジュシティにあるスズの塔と同じ形状のものだったらしいが、今は跡形もない。一応外観を見て回ることはできるが、中は見ることができない。
「カイム、ジョウト地方で一番有名なポケモンは?」
「ホウオウ。それともルギアか?」
「どちらもね。この二匹は対となる存在だからね。エンジュシティにスズの塔、つまりホウオウだけを祀る塔があるのは不自然じゃない?」
「ま、伝承にも『銀色の羽』云々の話もあるし、焼けた塔がルギアを祀っていたのは確実じゃないか?」
「それは間違いないわ。私が気になるのは、『なぜ燃えたのか』と『なぜ建て直さないのか』よ」
「!」
元々祀っていたのにも関わらず、塔が焼けたのに何故建て直さないのかという点がシロナは気になっていた。建て直す気がないのか、それとも建て直せない理由があるのか。考古学者としてはやはりその点が非常に気になる場所らしい。
「落雷で燃えたこと自体は不思議じゃない。それ自体は本当に偶然だったのかもしれない。でも建て直すことはできたはずだ。なのになぜそれをしないのか」
「スズの塔は選ばれた人しか入れないし、登れない。恐らく私達は入ることはできても上に行くことはできないわ。だからせめて、他のことを知りたいの」
「なるほど。なら早速向かうか」
「ええ、そうしたいけど…」
着物は動きにくい。特にシロナのようにきっちり着付けてしまうと、足の可動範囲がかなり狭まり移動には苦労する。
「さっき店員に聞いたが、そういう人のために人力車を用意してあるらしい」
カイムが顔を向けた方を見ると、人力車とその前で仁王立ちしているカイリキーの姿があった。
「わあ、あんなのがあるのね」
「この格好で街中彷徨くならあれの方がいいんじゃないか?」
「そうね」
エンジュシティには似たような観光客も多いため、着物と人力車の姿は頻繁に目にする。多少目立つが、他にも似たような観光客がいるためこの街ではそれが当たり前になっているようだ。
人力車で行くことを決めた二人は店番をしている男に話しかけた。
「人力車のレンタル、いかがですかい?」
「ええ、お願いしてもいい?」
「もちろん!車引くカイリキーもお供にできますけど」
「いや、いい。バシャーモが動きたくてさっきからうずうずしてるから」
カイムがボールを投げてバシャーモを出す。
ここ最近、あまりバトルができていなかったバシャーモは動きたくて仕方なかったため、身体を動かせる機会と知り、車を引く役を買って出た。
「ジョウト地方に来てから、あんまバトルもしてないからな。鈍っちまうと思ったみたいだ」
「ふふ、あとで私のルカリオと手合わせさせてあげるわね」
「悪いな、頼む。じゃあバシャーモ、よろしくな」
二人が車に乗るとバシャーモが車を引く。
僅かな振動を感じながら車は進んでいく。
「へえ、割と乗り心地いいな」
「そうね。古くからの移動方法、悪くないわ」
車内は広くない。必然的に二人の距離は近くなり、肩が触れるくらいの距離だった。カイムは何とも思っていないようないつも通りの無表情で、それを見たシロナは内心で恨めしく思う。意識しているのはこちらだけだと思うと、どうにも不公平な感じがしてならない。
「……んだよ」
シロナの視線に気づいたカイムはシロナに視線を移し、言った。
「別に何もないわ」
「………着物の感想を素直に言ったこと、根に持ってんのか?」
「そうね、それもかしら」
「普段から揶揄われてるんだ。これくらいの仕返しは然るべきだと思うが?」
「一回が大きいのよ、カイムは」
「そうかよ。まぁさっきのはデカすぎたかもな」
「そうよ」
「…本当にそう思ったんだ。だから言った。それだけだ」
「普段からもう少し素直になってもいいんじゃないの?」
「そりゃ無理だ」
即答するカイムをシロナは軽く肘で小突く。
「いて」
「もう」
「…善処する。詫びと言っちゃなんだが、少しだけここで素直になってやるよ」
「どういうこと?」
「大層な美人のすぐ近くで意識しないほど俺の感情は死んでない」
シロナは一瞬カイムの言葉が理解できなかったが、すぐに意味を理解した。カイムは顔色は変わらないが、耳が赤くなっており、青いイヤリングがよく目立つほどになっていた。
それを見たシロナは満足したように息をつく。だが同時にカイムの言葉に赤面したのは言うまでもない。
「…カイム」
「なんだ」
「カイムも着物、似合うわよ。凛々しく見えるわ」
「………どーも」
赤面状態の二人を乗せて、車は焼けた塔へと向かっていった。
ーーー
「これが、焼けた塔」
眼前には崩れ落ち、あちこちがボロボロになった建物があった。
「元はスズの塔とほぼ同じ構造だったことを考えると、痛ましいわね」
「見る影もないな」
「そしてここでエンテイ、ライコウ、スイクンが生まれたと言われている」
「聖地って感じか」
話しながら二人は敷地内に入る。
中は静かで、人の影はかなり少ない。中に入れない以上、ここに来る一般人はあまりいないのだろう。
「この塔、元は『カネの塔』という名称だったらしいわね」
「スズとカネ、ね。何が共通しているのかは俺にはわからんな」
敷地内を見回すが、他には何もない。
塔の前に看板がある程度で、非常に質素な風景だった。
「看板に書いてあることも、当たり前だけどパンフレットに書いてあることだけね」
「管理人とかいれば話を聞きたかったが、まさか警備員がいるだけとはな」
「あまり人が来ない場所だもの。仕方ないわ」
「当然中には入れんし、これ以上なにかあるわけでも無さそうだな」
せっかく来たが、調査や話を聞くことなどもできなさそうなので帰ろうかと二人は焼けた塔を後にしようとした。
「おや?もしかして、貴女はシンオウ地方のチャンピオンでは?」
その二人の前に、一人の男が現れた。白い外套を羽織り、薄紫のスーツを着ている男だった。
「貴方は?」
「私はミナキと言います。この焼けた塔の管理人の一人です」
「管理人?」
「本来は違うんですが、この塔の管理人と知り合いでしてね。今は管理の手伝いをしています。一応管理人本人から、管理人権限をいただいております」
「そうなんですね。申し遅れたわ。知っているとは思うけど、私はシロナ。考古学者よ」
「お会いできて光栄です。そちらは?」
「カイム。私の助手よ」
「カイムです」
「そうでしたか。よろしくお願いします」
カイムは差し出された手を握り返す。
「それで、お二方は何しに?ここはあまり人は来ないのですが」
「ああ、この焼けた塔について少し調べてみたくて。考古学者として興味があるだけだけど」
「そうでしたか!では是非、中に入って見てください」
「いいの?」
「はい。一般人ならともかく、シンオウ地方のチャンピオンとなれば話は別です。私としても、この塔に興味を持っていただいて嬉しいです」
ミナキの案内で塔の内部に入る。
中は崩れ落ち、床には大きな穴が空いている。もしかしたら、この穴は例の落雷で空いたものかもしれない。
「中はかなり荒れてるな」
「鎮火された時からそのままですからね。でも不思議とこれ以上劣化することがないんですよ」
「こんな雨晒しなのに?」
「はい」
どんなものでも、必ず劣化していく。たとえ社会という巨大なものであってもそうだ。なのにこの焼けた塔はこれ以上劣化しないという。元がボロボロなのでわかりづらいかもしれないが、この状態がかなり古い時代からずっとだと考えると、これは異例だった。
「やはり、なにかの加護が働いているのね」
「ええ。最初はホウオウだと思っていましたけど、どうやら違うみたいです」
「前はルギアを祀っていたらしいけど、それ関連かしら?」
「恐らく。エンテイ、ライコウ、スイクンかとも考えましたが、あくまで彼らはここで生まれたに過ぎません。多少加護はあるかもしれませんが、やはりルギアの加護が一番強いと思います」
ミナキの言う通り、この塔の内部は独特な空気がある。ただ人がいないから、というよりももっと別の何かの力が働いている空気がする。
「ミナキさんは、どうしてここに何度も足を運んでいるのですか?」
「ああ、そうですよね。気になりますよね」
「良ければ教えてくれますか?」
「そうですね、私はかつてここで一度スイクンに出会いました。そしてその時の感動が忘れられなくて、スイクンにまた出会いたくてここに何度も来てます」
物好きだと自覚しているのか、ミナキは頬をかきながらそういった。
実際物好きだとは思う。だが伝説のポケモンに出会いたいという気持ちはよくわかる。つい最近、ラティアス、ラティオス、セレビィと出会ったカイムはまた会いたいという気持ちがとても強い。だからミナキの言葉を否定も肯定もしなかった。
「今は、ルギアはどこで祀られているんだ?」
「うずまき島です。とはいっても、あっちは行くまでが結構危険ですし、人はほとんどいないみたいですけど」
「行ってみたいけど、さすがに無理ね」
仮にもシロナはチャンピオン。これ以上シンオウ地方を留守にしているのは、あまり良くない。チャンピオンはいるだけで犯罪者への抑止力となる。いくら仕事は全て終わらせたとはいえ、遊び呆けてていい立場ではない。
「ルギアとホウオウ。ホウエン地方のグラードンとカイオーガみたいに対立してたのかな」
「どうだろうな。ホウエン地方のは対立したっていう記録というか伝承があるが、こっちのはそういうの聞かないしな」
「そうですね、実際彼らが対立していたという記録は無いです。あくまで彼らは力の及ぶ範囲が『空』と『海』というだけなので」
「そうなると、共生の方が近そうね」
互いに不可侵なのだろうと結論付けてカイムは口を閉じた。
「地方ごとに歴史が色々違くて面白いわね」
「住む土地が違うと、伝承も異なりますからね。どうです?よければジョウトの歴史やスイクンについて語り合いませんか?」
シロナは考古学者だが、あくまで専門はシンオウ地方。故にジョウトの歴史には明るくない。無論一般人以上には知っているだろうが、それでも専門家と比べたら知識量は少ない。この旅でジョウト地方に興味が出たため、専門家の話を聞けるのはありがたい。
そこでシロナは目線のみを隣に立つカイムに向ける。カイムは普段と変わらない無表情で、感情は読めない。きっとここで了承してもカイムは何も文句は言わないし、彼なりに考古学の知識を深めようとするだろう。
「…そうね、せっかくだけど遠慮するわ。この格好じゃ、あまり落ち着いて話は出来なさそうなので」
「それもそうですね。せっかく着飾っておられるので、そのお姿は貴女が
それだけ言ってミナキは会釈をして帰っていった。
「…はぁ」
「どうしたの?」
「ああいうキザなのは、どうも好きになれん」
「ふふ、まぁ実際余計なお世話ではあったかしら」
ミナキに言われるまでもなく、シロナはこの姿で目を向ける存在は一人だけと決めている。周囲から見られることはいい。でも『見せたい』と思える人は、一人しかいないのだ。
「ジョウトの歴史は今度ね」
「そうだな。先にイッシュの歴史を知ることになりそうだが」
「あら、どうして?」
「今年の夏はポケモンリーグがある。大会が終わったら、イッシュに行くんだろ?」
今年の夏は2年に一回あるシンオウ地方のポケモンリーグが開催される。当然、そこではチャンピオンであるシロナも参加する。それが終われば結果はどうであれ、シロナは少し長めの休暇に入る。そしてその休暇の時、シロナは必ずイッシュ地方のサザナミタウンに出向いて休暇を楽しむ。
「ええ。去年は行かなかったからね」
「だよなぁ…」
「なに?嫌なの?」
「嫌じゃない。カトレアとシキミが少し苦手なだけだ」
イッシュ地方の四天王であるシキミとカトレア。二人はシロナとも交流があり、何度か会ったことがあるのだが、どうもカイムは二人が苦手だった。断じて嫌いではない。だがなかなか個性的な二人の相手は一般人であるカイムには厳しかった。
「一般人にあいつらの相手はきつい」
「一般人?貴方が?」
「違うのか」
「ええ、違うわ」
シロナは上機嫌に先を歩く。
そして振り返ると、言った。
「ただの一般人を、私が助手として隣に置くと思う?」
優雅な笑みと共に言われた言葉に、カイムは目を丸くするが、すぐに苦笑する。
「それもそうか」
羽織りを着直して、カイムはシロナの後を追った。
ーーー
焼けた塔を後にし、街を散策しながら昼食を済ませ、二人は次なる目的地へと足を運ぶ。
やってきたのは、スズの塔。
「すげえ」
「圧巻ね。ここまで古い建物がまだこうして残っているのは」
「石造じゃなくて、木造だから余計にな」
「ここにももしかしたら、カネの塔みたいにホウオウの加護があるのかもしれないわね」
スズの塔は重要な文化財であるため、一般人の出入りはできない。一応塔の最下層はエンジュシティのジムバッジを持っていれば入れるらしいが、地方が違うシロナもカイムもバッジは持っていない。チャンピオン権限を使えば入れるかもしれないが、こういう場所でチャンピオン権限を使うことをシロナは嫌っているため恐らくしないだろう。
「一応屯所まで行ってみるか」
「そうね。ダメと言われたら、素直に帰りましょ」
「ああ」
屯所に入ると、坊主の一人が声をかけてきた。
「おや、どうなさいましたか?」
「ああ、実はスズの塔を見てみたいんですけど、入れますか?」
「ジムバッジはお待ちですか?」
「すみません、私たち他の地方から来たので…」
「そうですか、申し訳ありませんが、資格のある方以外はお通しすることはできません」
予想通りの答えにカイムとシロナは目を見合わせる。元から決めていたことなので、シロナは諦めて屯所を後にしようとする。
「そうですか。残念ですが、仕方ないですね」
「どうした?」
突如坊主の背後から聞こえた声の方にカイムは目を向ける。
そこには紫色のバンダナをつけた青年がいた。
「あ、マツバさん。このお二人がスズの塔を見たいと…」
「へえ…」
マツバと呼ばれた青年はシロナ達に目を向ける。
「…貴女、お名前は?」
「シロナです」
「ああ、やっぱり。着物着てるから半信半疑だったけど、間違えてなかったか」
「あの、マツバさん?」
「この二人、通していいよ」
「え⁈でも、バッジは…」
驚く坊主に対してマツバは指を立てて黙らせる。
「この人はシンオウ地方のチャンピオンだ。僕よりも強い。仮に本気で戦っても間違いなく負ける。だから通して大丈夫」
「…わかりました。どうぞ、お通りください」
そう言って坊主は道を開けた。
「…この場合、俺は待ってた方がいいか?」
「君は?」
「カイム。シロナの助手」
「そうか、よろしくね。君も来ていいよ。君も強いのはわかるからね」
「…どーも」
マツバの後に続くようにして、二人は地下への階段を下りた。
少し歩くとすぐに上りの階段があり、マツバはそこで一度立ち止まる。
「この階段を上がると、『スズ音の小道』と呼ばれる道に出る。そこからスズの塔に行くことができます」
「スズ音の小道…」
「僕が認めた者しか来ることはできませんからね。あまり来た人はいないです」
マツバに続いて階段を上る。シロナは着物故に上るのが難しそうなのでカイムが手を貸した。
「ありがとう」
「いい」
そしてカイムの手を借りて階段を上り切ると、そこは大きな銀杏や紅葉が立ち並ぶ静かな小道だった。
「わあ…」
外界から隔絶されたかのように静かな場所だった。銀杏や紅葉は緑の葉を茂らせており、初夏の日差しを程よく遮っている。
「すごいでしょう。この道はスズの塔へ続く唯一の道なのですが、秋になると見事な紅葉を見せてくれるんですよ」
「時期が少し悪かったかな。これはこれで見事だが」
「そうでしょう。塔だけでなく、この道の手入れも怠らないことが、ホウオウを信仰する我々の務めですから」
ジムリーダーでありながら、マツバはこのスズの塔を守る修験者の一人である。故にこのスズの塔を守り、そして管理を請け負っている人間だった。
「綺麗な道ね」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
マツバは道に生える木を見上げている二人を見る。
シロナの存在はジョウト地方でも多少広まっている。ジムリーダーともなれば知らない者はいないだろう。そんな彼女が強いことは言うまでもない。
隣にいる青年、カイムはシロナのように有名ではない。表情もあまり変わらないため、とっつきにくいイメージがありそうだが、纏う雰囲気は柔らかいため、きっと優しい青年なのだろうと思った。無論、優しいだけでこのスズ音の小道に通していいわけではないが、マツバは彼なら大丈夫だと思えた。理由はわからないが、そう思わせるなにかがカイムにはあった。
少し先を歩く二人の後ろ姿をマツバはサイレントカメラで収めた。着物の二人が青い葉が茂る道を歩く姿は、どこか絵になっていた。
「うん、いい絵だね」
「マツバさん?」
「ああ、なんでもないです。行きましょう」
スズの塔の扉を開く。中は木造建築特有の木の匂いがしており、中央に位置する柱がぎしぎしと僅かに音を立てていた。
「これがスズの塔の中か」
「多少改修したりはしてますが、ほとんど造られた当時のままです。ここにはホウオウの加護が働いているので」
「確かに、ホウオウを象徴するものが多いわね」
扉の両側にはホウオウを思わせる鳥の像がある。他にも装飾でホウオウの姿を連想させるようなものは多い。
「これ以上上にはさすがに行かせてあげられません。ご了承ください」
「構わないわ。寧ろここまで通してくれてありがとう」
「いえ、これくらいなら」
「マツバさんは、どうして修行をするようになったの?」
シロナはマツバが修験者として修行を積む理由を聞いた。
マツバがそういう家系だから、というような理由も考えたが、ジムリーダーとなれるほどの実力がある以上、相当な努力もしている。その修行を積む理由がなんなのかシロナは気になった。
「そうですね、色々理由はありますけど、一番はやはり言い伝えの影響でしょうか」
「言い伝え?」
「ええ。エンジュシティにはある言い伝えがありまして、『真の実力を備えた者の前には、伝説のポケモンが舞い降りる』というものです。僕はこれを信じて、幼少期から修行を積んできました。その『真の実力を備えた者』に僕自身がなるためにね」
「伝説のポケモン…ホウオウ?」
「恐らく。この修行を積むうちに、他の人には見えないものを見ることができるようになりました。だからシロナさん、貴女が関所に来た時はすぐにわかりましたよ。纏う空気が、他の人と明らかに違うのでね」
(ルカリオが見る波導みたいなものか。人も見ることができるんだな)
「この言い伝えにある『真の実力』というのが、どういうものかははっきりとはわかりません。でも、僕が努力をするのには十分な理由でした」
マツバはそう言って笑った。
カイムは努力する理由について少し考えた。今カイム自身は考古学もバトルも努力している。その理由はなんなのかを考えた。
考えるまでもないが、その理由はシロナにある。彼女の弟子だから、その一言で片付けられる。
だがそれだけではない。彼らが努力できるのは、『憧れた存在』の影響が大きい。カイムとマツバでは憧れた対象は異なるが、一重に『憧れた存在に近づきたい』。これが彼らの努力を積み重ねる理由だった。
「すみません、僕のことばかり」
「…いや、よくわかる」
「…そうですか。僕たち、似てるのかもしれませんね」
「ああ、そうだな」
「ところでカイムさん、貴方は普段なにを?」
「一応、シロナの助手なんでな。考古学について学びながらシロナの研究の補佐。あとジムトレーナーも兼業してる」
「ジムトレーナー!貴方もジム関係者だったのですね」
「実績は特にないがな」
「実績は関係ないです。ジムリーダーをやっているからわかりますが、ジムトレーナーにも相応の強さと柔軟性が必要です。誰にでもできることではない」
「……どーも」
「今度バトルしましょう。是非貴方と手合わせしてみたい」
「…かくとうタイプのジムトレーナーがゴーストタイプのジムリーダーに挑んでも勝負は目に見えてるでしょうに」
「タイプだけならね。でもその程度で屈するほど弱くないでしょう?」
「はは」
かくとうタイプのワザは基本全てゴーストタイプには効果がない。だがジムトレーナーとして、タイプ相性が悪い相手への対策を怠るほどジムトレーナーの実力は低くない。相手がゴーストタイプであろうと、カイムは十分に戦える力はある。
「ん、そういえば…今年はシンオウ地方のポケモンリーグがありますよね」
「ああ」
「シロナさんはチャンピオンなので言わずもがな、カイムさんも出るのですか?」
「いや、俺は出る気はない」
「あれ?そうなんですか?」
「まだまだ未熟でね。それに…」
カイムは一度言葉を切り、マツバの目を見て薄く笑う。
「見たい試合があってな」
その言葉を聞いたマツバはふっと笑い、カイムの真意を汲み取った。
「そうですか。誰の試合かは敢えて問いませんが、その方がいい試合をできることを願ってます」
「ああ、支えるつもりだ」
マツバは朗らかに笑うとスズの塔から出ていった。帰りは先程の道を戻ればそれでいいとだけ言い残し、ジムリーダーとしての仕事に戻ったらしい。
「…カイム」
「ん」
マツバが去り、二人だけになった時にシロナはカイムに聞いた。
「支えるって言ってたけど、誰を支えるの?」
「聞く必要あるか?」
「聞きたいの」
シロナはカイムの目を見て言う。どことなく悪戯心があるのはわかるが、それ以上に真剣にカイムの目を見ている。
「…そうか」
「ええ、聞かせて」
「シロナ、ポケモンリーグはきっと今年も激戦になる。いくら公式戦無敗のチャンピオンとはいえ、四天王やジムリーダー相手には手こずるだろう。俺は直接バトルの手助けはできん」
「だからせめて、シロナとシロナのポケモン達が全てを出し切れるように、シロナのことを支えたい」
カイムの真剣な声と眼差しを受け止め、シロナはカイムに手を差し出す。
「私がまたチャンピオンとして君臨するには、貴方の存在が不可欠よ。私からもお願いするわ。私の側で、私のポケモン達と共にあの戦いを切り抜けてくれる?」
「ああ、俺が支える。またシロナがチャンピオンになるために」
差し出された手をカイムは取り、優しく包んだ。
それを見てシロナは柔らかく微笑んだ。またカイムと共にポケモンリーグを切り抜ける。そう心に誓った。
その日、スズの塔の上空に虹色の羽を持つポケモンの姿が確認されたという。
*
「暗くなってきたな」
スズの塔を後にした二人は再びエンジュシティの散策を続けた。
季節も夏に近づき、夜は涼しくなってくる。レンタル着物の返却時間までまだ少し時間がある。今日見る予定だった場所は全て見終わったため、あとは適当に歩くことにした。
着物の店の前に人力車を止め、人力車を返却した。
「ありがとうバシャーモ。おつかれさん」
一日中動けたバシャーモは満足そうにしており、そんなバシャーモの背中をカイムは軽く叩いた。
バシャーモをボールに戻すと、時間まで周囲を歩いて回ることにした。石造の道の真ん中には川が流れており、枝垂れ桜の木が街灯に照らされて影を作っていた。
「街中に川が流れてる構図って、アルトマーレに似てるよな」
「そういえばそうね。どちらも石造の道だったわね。違うのは、かかってる橋はエンジュシティは木造であることかしらね」
「アルトマーレは橋も石造だったな」
「こちらにも石造の橋はあるけど、木造の方が多いわ。元々木造建築が栄えていた街だということもあるのかもしれないわね」
「スズの塔がいい例か」
「どちらも古い街並みがそのままのこっている貴重な例よ。この旅で来れてよかったわ」
「想像以上に充実した旅だった。ただ、事前に計画していった方がこちらとしてはやりやすかったがな」
「ふふ、それもそうね。次はちゃんと相談するわ」
着物姿で雑談をしながら歩く。
この旅は本来予定にはなかった旅。だがこの旅で色々なものを経験した。伝説のポケモンに遭遇しただけでなく、他の地方の歴史や文化を学ぶことができた。道中でバトルも行い、自身の腕が上がってきていることもわかった。以前の自分では考えられないほど充実した旅だった。
「良い経験だった」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
「明後日にはシンオウ地方に帰ることを考えたら、少しだけ寂しいな」
「そうね。ラティアス達やセレビィ、トワさんと出会えただけにね」
「トワさん、また会いたいな」
「そうね。きっとトワさんの家族にも会えるんでしょうね。楽しみだわ」
「あの人の遺伝子は強そうだ」
「カイムはご両親のどっちに似てるの?」
「親父。主に目と髪」
固めの黒髪とやや鋭い目つきは父親譲りらしい。
「カイムのご両親は確か…先生だったわね」
「親父が学校の教師、母親はミナモデパートの店員」
「ミナモシティって結構都会よね。大きいデパートもあるくらいだし」
「多分な。色々旅してると、そう思える」
「いつか行ってみたいわ」
「ミナモにか?」
「ええ。貴方が生まれ育った街を、見てみたいの」
「……姉貴がいない時ならいい」
「え?なんで?」
「シロナ連れて行くと確実にうるさくなる」
かれこれ三、四年近い付き合いになるが、カイムの家族についてはあまり知らない。それ以外のことや、カイム自身のことは知ることができたが、家族についてはあまり聞かない。シロナ自身も家族のことをあまり話さないからある意味必然かもしれない。
「どんなお姉さんなの?」
「…色々と自由。俺より才能があるのは確か」
「才能っていうのは?」
「主にバトル。三ヶ月程度でホウエン地方のバッジを全て集めた。その後は他の地方を転々としてた」
「へえ…貴方から家族のことを聞くのは初めてかもしれないわね」
「かもな。仲悪いわけじゃないけど、良いわけでもないし」
「そう。そのお姉さん、今は何をなさってるの?」
「……何してんだろ。しばらく連絡してないからわからない。最後に会ったのは、俺が大学に入る前だ」
「いくつなの?」
「シロナよりも年上」
「じゃあ意外とお姉さんとは離れているのね」
「ああ」
歩みを止めることなく話を続ける。カイムが今まで自分のことはあまり話して来なかったから、シロナとしてはこういう話ができるのはどことなく嬉しかった。もうそこそこ長い付き合いだから距離は縮まったと思うが、それでも互いに成人済みでそれなりに色々経験してきた。だから知らないことがあっても不思議ではない。
だからシロナは今まで知らなかったカイムの幼少期の話など聞きたいと思ったりもした。
(嫌がって話さないでしょうね)
だがカイムは確実に話さないだろうと考え、それを口に出すことはしなかった。
「あ」
突如カイムが声を上げ、その視線を辿ると、路地裏があった。路地裏とはいっても、多少の広さはあり、二人が並んで歩く程度なら難なくできるほどの広さの道だった。石畳でできており、街灯がその道を照らしている姿はどことなく神秘的に思える。
「…なんかいいな、この道」
「あ、ちょっとわかるかも。秘密の道みたいな感じがするわ」
「もう少し時間あるし、行ってみないか」
「いいわよ」
路地裏に足を踏み入れる。
街灯の灯りはあるが、比較的薄暗い。石畳も年季が入っているため少し歩きづらい。
だがこの場だけは、過去に戻ったかのような空気感がある。元々街全体が昔の状態をある程度保ってきているが、この道は現代に合わせた上で残しているものではなく、本当に昔からの姿で残っている。
「ふふ、過去に迷い込んだみたいね」
「この前実際に迷い込んだがな」
「あら、そうだったわね」
世の中に実際に過去に迷い込む経験をした者などそういない。シロナ達は相当貴重な経験をしたといえる。尤も、その原因であるサカキをシロナは許したわけではないのだが。
「セレビィ、元気かしらね」
「元気さ、きっとな」
「そうね…っとと」
僅かに盛り上がった石畳に躓き、倒れそうになったところをカイムが受け止める。
「ごめん、ありがとう」
「気をつけろ。雰囲気はいいが、あまり整備はされてない。普段の服装ならともかく、今の服装は慣れてないんだ」
「そうね、気をつけるわ」
するとカイムはシロナに手を差し出した。
シロナはその手の意味がわからず、目を丸くする。
「えっと…」
「手」
「手、が…え?」
「手、出せ。つかまるのが一番楽だ。転倒の予防にもなる」
「…そうね。ありがとう」
カイムの言葉は事実であり、この場ではカイムの手を借りるのが一番安全だとシロナは判断した。シロナとしては意識をしてしまうが、カイムはもう慣れたとでも言わんばかりに平静を保っている。少々不満ではあるが、気遣ってくれた喜びが勝ったためシロナは大人しくカイムの腕に掴まった。
カイムの鍛えられた腕が着物越しに伝わる。先ほどよりも安心して歩けているのがわかる。
「早速支えてもらっちゃったわね」
「いつものことだ」
「ふふ、そうね。貴方はいつも私を支えてくれるものね」
「助手ってのは、そういうもんだ」
スズの塔ではわざわざ言葉にしてもらったが、シロナとて自分が今ここにこうしていられる理由はわかっている。カイムに支えられてなければ今こうしてジョウト地方に来ることなどできていない。今も恐らくチャンピオンとしての仕事も終わっていないだろうし、なんなら論文も書き上げられていたかわからない。カイムが側にいてくれることでどれだけ仕事の効率が上がっているか計り知れない。
恐らくカイムがいなくともシロナはチャンピオンと考古学者を両立できている。だが、今ほど充実した生活ができているかと問われれば、シロナは確実に否と答えるだろう。
「………」
まとめられた髪に挿されている簪に手を触れる。
カイムは簪を贈る意味を知らない。本人は間違いなくただの贈り物程度にしか思っていない。
その意味を知ってもらおうとは思わない。でも、少しでもカイムの中にそういう気持ちがあるのなら、きっと嬉しいのだろう。シロナはそう思った。
カイムの腕を掴む手に力がこもる。
「どうした」
「……いえ、なんでもないわ」
「そうか」
願わくば、この幸せな時間がもう少し続けばいいと思ったが、それを口に出すことはなかった。
ーーー
「ふぅ…」
着物を返却し、旅館に戻ってくるとカイムは疲れたように息を吐く。
「あら、お疲れね」
「ここ一月近く出先だからな。さすがにちと疲れてきた」
「そうね。調査もしながらだったから無理もないわ」
かくいうシロナも少し疲れが溜まってきている。日中は調査と散策、空き時間にポケモン達の腕やカンが鈍らないようにトレーニング、夜は調査資料の精査などをしていた。出先故にできることも限られるだけでなく、移動も多かったためあまりゆっくりしている時間はなかった。さすがのシロナであっても疲れはする。
加えて、今日も観光兼視察で一日中歩いた。これで疲れないほどシロナは超人ではない。
「この旅館、ポケモンと入れる温泉があるみたいよ」
「みたいだな」
「予約、しておいてくれたんでしょ?」
「まーな」
この旅館を予約した時に一緒に予約していた。どこまでも抜け目のない男である。
「ここまでくると、最早マネージャーね」
「似たようなもんだろ」
「そう?」
「しらね。俺今からその温泉に行くけど、シロナは?」
「私も行くわ」
「じゃ、後でね」
「ん」
暖簾の前でシロナと別れると、カイムは男湯と書かれた方の暖簾をくぐり更衣室に入る。服を脱ぎ皺にならないように畳み、ポケモン達をボールから出すと、風呂用のタオルを持って扉を開けた。
中は広くは無いが、静かで綺麗な温泉になっていた。一応ポケモンが入っても大丈夫なように丈夫かつ大きめに作られた湯船からは湯気が上がっている。
「へえ、いいじゃん」
備え付けの石鹸やシャンプーで全身を綺麗に洗い、シャワーで泡を流すとカイムはポケモン達を洗い始めた。
バシャーモは自分が洗い終わるとムクホークを泡だらけにし、雪だるまのような姿にして遊び始める。そのムクホークは泡だらけの状態が面白いのかあまり動くことなくされるがままになっていた。ルカリオはタオルを使って自身の身体を洗う様が武士の様でカイムはこいつの前世は武士だったに違いないと思ったとか。なおブラッキーは当然カイムに洗ってもらい、ご満悦の様子。
全員が身体を洗い終えると、湯船に浸かった。
「はぁ〜…」
湯船の縁に頭を置いてカイムは脱力する。温かさと共に溜まってきていた疲れが溶けていくような感覚が全身に巡る。
ポケモン達も温泉の温かさに気を抜いており、各々が好きなように温泉を楽しんでいた。ムクホークは器用にタオルを頭の上に載せて半身を湯船につけており、バシャーモはほのおタイプ故に水が得意ではないため半身浴程度にしていた。ルカリオは肩まで浸かり目を閉じて瞑想をしている。ブラッキーはカイムの隣で溶けていた。
髪をかきあげ、天井を眺める。
「……はぁ」
溜息しか出てこない。疲れと温泉の癒し、そして未だに脳裏から離れない着物姿のシロナ。
綺麗だと思った。自分にしては素直に思ったことを伝えた。姉から着飾った女性は素直に褒めろと言われていたが、あの時は姉のそんな言葉は完全に頭から抜けていた。
「あー、ダメだろこれ」
当分、シロナの着物姿は脳裏から消えそうにない。顔が熱いのは、温泉のせいだけではないことは分かっていた。
『あんたは無愛想だけど、絶対いい人見つけられるわよ。多分歳上が合ってるわ。世話好きだからちょっとズボラな人がいいかも?』
大学に入る前に姉に言われた言葉を思い出す。非常に癪ではあるが、ほとんど合っているあたりカイムの姉の人を見る目はかなりのものなのだろう。
「…ちっ、クソ姉貴が」
悪態をつくとカイムは再び脱力するのだった。
ーーー
髪を乾かし、浴衣に着替えたシロナは暖簾をくぐる。
廊下にはビンのコーヒー牛乳を飲んでいるカイムの姿があった。
「お待たせ。ごめんね、遅くなったわ」
「こうなることはわかってたから、俺もだいぶゆっくりしてた。そんなに待ってねーから気にすんな」
「ありがと」
カイムは旅館の浴衣ではなく、黒いジャージに半袖のインナーだった。
鍛えられた筋肉が浮き彫りになり、通りすがりの女性客がちらっとカイムの身体を見たことをシロナは見逃さなかった。
「…上着たら?」
「暑いんだよ」
「なら浴衣着ればいいのに」
「ヒラヒラしたのは落ち着かん」
「昼間は着物着てたのに?」
「あれはあれで落ち着かなかったが、そこそこ上質だったからまだ耐えられた。そこまでヒラヒラしてるとどうもな」
「ふーん。でもインナーだけってのはあまり良くないわ」
「なにが」
「カイムはかくとうタイプのジムトレーナーだから、そういう格好してる人周りに多いかもしれないけど、旅館ではそういう人あまりいないわよ」
「む、確かに。じゃあTシャツ着るわ」
袋の中から黒いシャツを取り出し、カイムはそれをそのまま着た。
立ち上がるとビンを指定の箱に突っ込み、シロナに目を向ける。
「文句ねーだろ、これで」
「ええ」
満足そうに頷くシロナの真意をカイムが察することはない。
二人は部屋に戻ると、運ばれてきた食事を食べ、エンジュシティで作られている純米酒を飲んでいた。
「おいしい…」
「飲みやすいからすぐ潰れそうだな。主に俺が」
「弱いものね」
「ほっとけ」
猪口に注がれた透明な液体を流し込む。アルコールの匂いと共に果実のような味が喉を通り過ぎる。
「上等な酒は飲みやすくて困る」
「ついつい飲みすぎちゃいそうになるものね」
「俺はそろそろやめておくわ。明日に響きそうだし」
「ならあと少し残ってるのは私がもらっちゃうわね」
「どーぞ」
猪口を置くとカイムはブラッキーをボールから出し、膝に乗せる。ブラッキーはされるがままになっており、嬉しそうに身を捩った。
「次のポケモンリーグ、どうだ?」
「どうって?」
「ポケモンの調子、シロナの調子、そのあたりの話だ」
「あら、私が調整を間違えるとでも?」
「愚問か」
「大丈夫よ。今回も優勝するわ」
「期待してるよ」
「正直、今はポケモンリーグよりも別のことが心配だわ」
カイムは眉を顰める。シロナは基本何かを心配することはしない。ポケモンの体調などは常に気を配っているため、心配する前に何かしら手を打つため心配ということをあまりしない。そのシロナが心配することとは何なのかカイムはすぐに出てこなかった。
「何が?」
「カイム、ギンガ団って知ってる?」
「あの趣味の悪い服と髪型してるやつらか?」
「ええ。彼らの行動が最近ちょっと過激になり始めているの」
「へえ…」
「この前、谷間の発電所を占拠してやりたい放題してたりしたらしいわ。それもすぐに鎮圧されたけどね」
「………」
「彼らの目的は何?何のために活動をしているの?」
「一応、宇宙エネルギーの開発を目的とはしているみたいだな」
ギンガ団は構成員の数は割と多い。だが今のところ宇宙エネルギーの開発を目指した行動しかしていないため、世間では『なんか研究してる変な格好した連中』程度にしか思われていない。
だがもし、あれだけの数を持った組織が別の何かを目的としていたとしたら?
「………」
「カイムはギンガ団、どう思う?」
「さてな。なんとも言えないが、もし宇宙エネルギーの開発は隠れ蓑で、構成員にも知られてない本当の目的があったとしたら厄介だろうなって」
「どういうこと?」
「数の暴力ってのは、残念ながら強い。寄せ集めの下っ端100人とエリートトレーナー1人じゃ、勝負は目に見えてる。人もポケモンも体力は有限。もしギンガ団がテロでも起こしてみろ。結構酷いことになるぞ」
それを考慮すると、ロケット団を一人で壊滅させた現在のセキエイ高原チャンピオンは相当な化け物であることがわかる。シロナもやろうと思えば、恐らくできてしまう。だがそれはあくまで『今のシロナ』。トレーナー経験がせいぜい一年程度の少年が一人でマフィア集団を壊滅させたことを考えると、末恐ろしい。
「……注意しておく必要はありそうね」
「ジムのネットワークにもその話は流しておく」
「お願いするわ。なんだかそれについては嫌な予感がするの」
「シロナのカンは当たるからな」
今のところギンガ団が何をするのかはわからない。だが、シロナは彼らのここ最近の行動を見るとどうにも嫌な予感がする。
「ポケモンリーグの前に変なことしないでほしいわ」
「それ、フラグって言うんだぞ」
「…それもそうね」
なお、数週間後にこのフラグは回収されることになるのだった。
*
「そろそろ、寝るか」
「ええ」
電気を消してカイムは敷かれた布団に寝転がった。
一日中なれない履き物で歩いたため、足の疲労感は凄まじいものになっていた。温泉でだいぶ回復したが、それでもまだ残っている。だが疲れているのに目は冴えてしまい、どうにも寝付けない。それはシロナもだった。
「ねえカイム」
沈黙の中、突如シロナはカイムに話しかける。
「ん?」
目を閉じたままカイムは返事をする。
「カイムの家族について、教えてくれる?」
「俺の?」
「貴方、あまり自分のこと話さないから貴方の家族のことあまり知らないの。でも今日お姉さんのこと話してくれたでしょ?だから、貴方の家族のこと、知りたいの」
シロナは自身の家族については多少話しているためカイムは知っていた。シロナの家族はカンナギタウンの村長である祖父母夫婦と妹。両親は既に他界しているらしい。
「……俺の家族ね。と言っても、親父も母親も特に言うことないんだがな。親父は教師だからか厳しくしてた。母親は温厚だったから、上手いことバランス取れてたよ」
「じゃあお姉さんは?」
「……姉貴、ね。天才と言うべきかねぇ。頭は回るし、トレーナーとしての腕も一級品。自由過ぎるのが玉に瑕かね」
「自由すぎるって、どんな感じなの?」
「親父のポケモン勝手に育ててそのポケモンでジム突破したりとか」
「それは……すごいわね」
本来人からもらったポケモンというのは最初あまり言うことを聞かない。ポケモンとしても指示を受ける相手は信頼できる相手でないと指示を聞こうとは思えない。故にいくら家族といえども人から借りたポケモンを勝手に育成した挙句ジムを突破するなど、相当な才覚がないとできない。
「そんな感じだ」
「そう。いつか会ってみたいわ」
「会わせたくないがな」
「どうして?」
「前も言ったが、確実に面倒だから」
「?」
「わからなくていい」
カイムは傍らで丸くなるブラッキーを抱き上げる。
「連絡先は知っているが、今どこにいるのか何をしているのかは知らない。あの姉貴のことだ。そう簡単にくたばることもねーよ。まあ姉貴が住所突き止めて突撃してこない限り会うことはないだろうが」
「そう」
「できれば、シロナが会わないことを願うよ」
「私は会いたいけど?」
「……勘弁してくれ。俺の胃がやられかねん」
苦笑するカイムは姉の後姿を思い浮かべる。どこまでも自由で、そして才覚に溢れた姉の姿。もしかしたら、少しシロナと似ている部分があるかもしれない。
再び暫しの沈黙が流れる。
「…カイム、もう寝た?」
カイムからの返事はない。事実、この時カイムの意識は既に無く眠りに落ちていた。ただカイムは眠る時あまりにも静かなので寝ているのか起きているのか判別が付きにくい。
シロナは少し飲みすぎた故か、まだ少し目が冴えている。それを察したのか、カイムの布団で丸くなっていたブラッキーがシロナの下に歩いてくる。
「あら、ふふふ」
シロナの顔を舐めるブラッキーに思わず顔が綻ぶ。
「貴方のご主人、とっても良い人ね。素直じゃないのが玉に瑕だけど」
もしかしたら、カイムの言う姉の自由というのは良くも悪くも素直だと言うことかもしれない。
「珍しく自分のことを話してくれたから、少し嬉しかったわ」
シロナのすぐ横に横たわるブラッキーのことを撫でながら言う。
「…もっと知りたい。貴方のこと」
それがブラッキーに向けられた言葉ではないことは明白だった。
撫でているうちにブラッキーは眠ってしまった。さすがにシロナも眠気が襲ってきたため、目を閉じるとすぐに意識は落ちた。
*
「忘れ物はねーか」
「無いわ」
2日後、荷物を車に積み、二人はエンジュシティを後にした。
このままシンオウ地方に戻る予定だったが、二人は道中で寄り道をしていくことにした。
「最後の目的地ね」
「…ああ」
「ハテノ森。『旅の果て』にはいい場所ね」
次にいつジョウト地方に来ることができるかわからない。だから会えるうちに会っておこうと考えたため、二人はハテノ森へ向けて出発した。
「…あれから、40年経ってるのよね」
「そうなるな」
「そっか」
「不安か?」
「少しね。覚えててくれてるかな」
「覚えてるさ」
「はっきり言うわね」
「人の縁を大切にする人だったからな」
ハテノ森は少々辺鄙な場所にあるため、車だけでは行けない。森の奥深くに村があるため、途中で車を停めて専用のボートに乗り換えて川を登る必要がある。
森の少し手前に街がある。その街のコインパーキングに車を停め、ハテノ森に向かうことにした。
「どうなってるかな」
「さてな。集落みたいなとこだし、あまり変わってないかも」
「それもそうね。早く会いたいわ」
ハテノの森はエンジュシティから近い。そう時間はかからず、目的のコインパーキングまでたどり着いた。
そしてそのまま二人は川を登るボートに乗り換えて森に入り、村を目指した。瞬間的に気球へと変わるボートによって滝を登ったところに桟橋があり、ボートの操縦員が桟橋にボートを停て二人は森に足を踏み入れた。普段人が日常的に使っている道であるため比較的整備されており、進むことには特に難しくなかった。
「相変わらず綺麗な場所ね。心が落ち着くわ」
「比較的都会にいた後だから余計そう感じるのかもしれん」
「そうかも。エンジュシティ結構都会だったし」
二人がしばらく歩くと、開けた場所に出た。
見覚えのあるツリーハウスの立ち並ぶ集落があった。
「…久々、と言うべきなんだろうな」
「40年も経てば、さすがに多少様変わりしてるわね」
集落に足を踏み入れる。
出入り口付近にいた一人の女性にシロナが話しかけてきた。
「すみません、ちょっといいですか?」
「はいはい、なに〜?」
顔を上げた女性を見て、シロナは絶句する。
その女性の顔は、トワと瓜二つだったからだ。
「…?私の顔、なんかついてる?」
「トワ、さん?」
「あれ?おばあちゃんのこと知ってるの?」
「あ、すみません。私たち、トワさんの知り合いなの。会いに来たんだけど、今どこにいるかわかる?」
目の前の女性はトワのことを祖母と言った。
つまり、目の前の少女はトワの孫ということだろう。あれから40年経っていることを考えれば、孫がいても特段不思議ではない。
「おばあちゃんは家にいるよ!」
「家ね。わかったわ、ありがとう」
「どういたしまして!」
それだけ言ってシロナ達はトワの家に向かった。
残された少女、ミクは再び作業に戻ったが、それと同時に思考を巡らせた。
「…あれ?おばあちゃんの家がどこか言ったっけ?」
「…変わらないわね」
「ああ」
シロナ達が滞在した時と比較したら、随分と年季が入っているが、それでもトワの家は以前のままだった。
「お姉さん達〜」
扉をノックしようとしたところで先程の少女が駆けてきた。
「あ、すごい。おばあちゃんの家わかったんだ」
「…ええ」
「前に来たことあるの?」
「そうね、来たことあるわ。その時随分良くしてくれたの」
「そうなんだ!じゃあ入って入って!」
「あ、そういえば名前まだだったわね。私、シロナ」
「私はミク!お兄さんは?」
「カイム」
「よろしくね!」
ミクと名乗った少女は扉を開けて靴を脱ぐと家の奥へと走っていった。
「おばあちゃん!」
「なんだいミク、どうしたんだい?」
「おばあちゃんにお客様!」
「あたしにかい?今日誰かと会う約束してたかな…」
ミクに連れられて一人の年配の女性が姿を見せた。
そしてシロナとカイムの姿を見て、手に持っていた杖を取り落とす。
「…あ、あ……まさか」
「…私たちからすればつい最近だけど、この場合はこういうべきかしら」
「久しぶり、トワさん」
「ほ、本当にシロナさんなのかい?」
「ええ」
「カイム、あんたも本物かい?」
「ああ」
「…そうか、良かった。また会えた」
トワはシワが増えた顔を手で覆い、大粒の涙を流した。
「また、会えたわね」
シロナはトワの手を優しく包みながら、トワに笑顔を向けた。
「いやあ、本当に会いに来てくれるなんてね」
トワは自室の椅子に腰掛けた状態で嬉しそうに言う。
「あら、もしかして信じられてなかった?」
「いいや、あんたなら来てくれると思ってたよ。でもね、40年という月日はあんたが思ってるより長くてね。あたしもこんなに老けこんじまったよ」
「すぐにわかったわ。トワさんの目は、変わらないもの」
「ふふ、ありがとう」
出されたお茶を飲みながらシロナはトワと談笑する。40年経とうが、トワはトワのままであり、シロナ達のことを温かく出迎えた。
相変わらずカイムは置いてけぼりになりがちであり、少々手持ち無沙汰となったところでふとカイムが視線を窓側に向けると、そこには別れ際にトワに渡した写真が飾られていた。
「…この写真」
「ああ、ずっと大切にしてたよ。少しの間だったけど、あんたらと過ごせた日々はあたしにとって大切な時間さ。いい友人とその相方の思い出は今でも鮮明に思い出せるよ」
「おばあちゃん、この写真に写ってるのってシロナさん?」
「そう。この二人はね、セレビィの時渡りで今から40年前のこの森に現れたんだ。そこでセレビィを治療して、少しの間ここで暮らしたのさ」
「すごーい!時渡りを経験したんだ!」
孫であるミクに優しく笑顔で話すトワは、とても嬉しそうだった。
「本当に、また会えて嬉しい」
「私も」
「このバルコニーで色々話をしたねぇ!」
「そう、トワさんが私のことからかってきたものね」
「あっはっは!大目に見ておくれよ」
「ふふ、怒ってないわ。楽しかったもの」
「シロナさんは、あたしの最後の記憶と同じまんまだね。あたしばっかり歳を取っちまったよ」
「お孫さん、昔の貴女にそっくりでびっくりしたわ」
「ふふふ、あたしの遺伝子は強いからね」
ひとしきり笑うと、トワはマグカップを置いた。
「この40年、この日が来るのを心待ちにしていたよ」
「私からすればつい先日なのだけどね。この40年、どうだった?」
トワはその言葉に一呼吸置いて話し始める。
「色々あったよ。楽しいことだけじゃない。辛いこともあった。でもね、色んな人の縁があたし達を助けてくれた。旦那もちょっとした縁で会ったしね」
「そう」
「可愛い孫もいるしね」
トワはミクの頭を撫でながら続ける。
「今やこの村の村長だからねぇ。ふふ、長生きしてみるもんだね」
「ふふ、まだまだこれからでしょう?」
「言うじゃないかい。そうさな、まだまだ人生これからよ」
「あらあら、これはまだまだ長生きするわね」
「当たり前よ!」
過去と変わらない快活な笑い方をするトワにシロナは嬉しくなり、つられて笑った。
「いい40年だったんですね」
「そうだねぇ…一言でいえば、充実してたよ」
「良かった」
「そっちはどうだい?そちらからすれば大した時間は経ってないんだろうけど、なにか変わったかい?」
ミクにじゃれつかれていたカイムにトワは目を向けた。
それに気づくとカイムはいつも通りの無表情で返した。
「そんな簡単には変わらない。でも、ここに来るまではいい時間だった」
「…ふふ、いい経験ができたんだね」
「ああ」
カイムの答えに満足そうにトワは頷いた。
「あんたら今日はどうするんだい?時間があるなら、泊まって行かないかい?」
「え⁈お姉さん達泊まってくれるの?」
「…そうね、せっかく会えたのだし、次いつ会いに来れるかわからないからお言葉に甘えさせてもらうわ」
「そうかい。今日は楽しくなるね」
「やったー!」
はしゃぐミクを尻目にシロナはカイムに少し申し訳無さそうな顔をする。本来、ハテノ森には少し寄る程度の予定だったが、勝手に予定を変えたことに対して内心で謝った。
だがカイムはこうなることを予想していたため、特に何も思わないし、言わない。シンオウ地方に戻ったらしばらくジョウト地方には来れない。それに次のポケモンリーグもそう遠くない。次暇ができるのは早くてもポケモンリーグ終了後だし、その休暇も既に色々と予定がある。故にここに次いつ来れるかはわからないのだ。
「さあカイム、今日も食事の準備を手伝ってくれるかい?」
「前と腕は変わってないが、それで良ければ」
「大歓迎さ」
その日、トワの自宅では再会を祝して盛大に宴が開催された。
参加したのはトワを筆頭に、トワの旦那、娘夫婦にミク、そしてシロナとカイム。
料理はトワとトワの娘、そしてカイムが腕によりをかけて作ったもので、ミクが嬉しそうに食べる姿を見てトワは非常に満足そうな顔をしていた。
シロナはトワの家族達と交流を深め、大いに語り合っていた。カイムもそれに交ざっていたが、ジョウト地方では見ることがほとんどないホウエン地方やシンオウ地方のポケモンに興味津々のミクに付き合っている時間が長かった。
ーーー
「………」
「お疲れ様。相変わらずいい料理の腕してるね」
村の入り口にある岩の上でブラッキーと共に夜風に当たっていると、トワがいつの間にか背後にいた。
「…どーも」
「ミクもあんたに懐いてたね。ありがとうよ」
「いい」
「ふふ、相変わらず無愛想だね。それがあんたの持ち味でもあるけどね」
「どうかね」
「…あんた、最近なんかいいことあったろ?」
思わずトワを見る。
カイムの表情を見てトワはなにかを確信した。
「ふふ、やっぱりね」
「ちっ…なんでわかるんだよ」
「あっはっは!あんたらは一月程度しか変わってないだろうけど、こちとら40年多く生きてんだ!」
「年の功ってのは怖いな」
「だろう?ま、その良いことが何かは聞かないよ。あたしが聞くのは野暮だろうからね」
「……やれやれ」
それ以上聞こうとはしてこないことに僅かに安堵しながらカイムは空に浮かぶ月を見る。
「…色々変わったさ。でも、変わらないものも世界にはあるんだね」
「そうだな」
「あんたのその優しい心も、変わらないことを願うよ」
カイムは答えない。
だがそれでもトワはカイムの顔を見れば心配ないことをすぐに悟った。
「…出てこいよ。いるんだろ?」
カイムが声を出すと、小さな光が降りてきた。
そしてその光からセレビィが現れる。
「よ、また会えたな」
セレビィは嬉しそうにカイムの周りを飛ぶ。トワの話だと、あれ以来何度かこの村に来ていたらしい。
そしてかつてセレビィが二人に渡した力の結晶の気配を感じてここに訪れた。
「元気そうで何よりだ」
「あれから何度も来てくれてね。その度に写真を見てたよ」
「光栄だな」
セレビィとブラッキーがじゃれているところを優しく見守りながら、カイムはそう言った。
「そろそろ戻ろう。冷えてきたからね」
「ああ」
「あ、そうだ。セレビィ、ハーブティーいるかい?」
セレビィは頷き、トワに抱きついた。
「あらあら、いつまで経っても甘えん坊ね。カイムもいるかい?」
「もらうよ。シロナの分もいいか?」
「ふふ、任せな」
穏やかな顔をしたカイムに、昔と変わらない快活な笑顔をトワは向けた。
「あら、楽しそうね」
ツリーハウスの上からシロナが顔を出した。
「おやシロナさん……いや、『シロナ』。ちょうどいいところに」
「!」
「これからハーブティーを淹れようと思ってたんだ。あんたもどうだい?」
「…ええ、お願いしても?『トワ』」
「ふふ、任せな」
「あら、セレビィ!」
セレビィはシロナに気づくと、シロナに向かって飛んでいき、抱きついた。
「来てたのね」
「会いに来てくれたよ」
「うふふ、じゃあ上でいっぱいお話ししましょ」
セレビィを抱き抱えたまま、シロナは部屋に戻っていく。
それを追うように、トワとカイムもツリーハウスに戻っていくのだった。
*
翌日、二人はジョウト地方を後にした。
「行っちゃったね、おばあちゃん」
「そうね」
寂しそうに言うミクの頭をトワは優しく撫でる。ミクはカイムにもシロナにも懐いていたため、短時間とはいえ一緒にいられたことが嬉しかったらしい。
今回は互いに連絡先を交換したため、連絡はいつでも取ることができる。だがそれでも、会って話す方がやはり楽しい。
「また会えるよね?」
「もちろんさ」
トワは別れ際に撮った写真を見ながら言い切る。
そこにはトワの家族とシロナ、カイムが写る写真だけでなく、トワとシロナの写真、カイムにじゃれつくミクの写真、そしてトワとシロナとカイムの三人でハーブティーを飲んでいる写真があった。
「前の時も、約束を守ってくれたからね。きっとまた会えるさ」
手に持った写真を大切にアルバムに保管しながら、トワは言った。
「うん、そうだよね」
「そうだよ。人との縁は、強いんだ」
「うん、私、信じる!」
「いい子だね」
アルバムを窓際の写真立ての側に置く。
暖かい光を受け、古い写真と新しいアルバムは微かに光った。
二人とまた再会できる日を信じて、トワとミクは部屋を後にした。
車を引くバシャーモ(はよ結婚しろ)
この作品を連載にすると決めた時からアルトマーレとこの回は書くことが決まっていた。そしてハテノ森を書いた時、エンジュシティの帰りにまたハテノ森に行こうと決めました。
温泉シーンがあったから混浴を期待した人いたと思いますけどさすがに無理です。書きながら私も期待しましたけど。
カイムの顔は全く考えてません。モブの中では良い顔だけど、イケメンの中に入れたら最下層くらいと考えてます。好きに想像してください。
カイムの手持ちポケモン紹介
ブラッキー ♀
カイム大好きっ子。コミュ力が高くて大体誰が相手でもある程度仲良くなれる。カイムが旅を始めた時からいる初期メンバーで、ぶっきらぼうだが優しいカイムにすぐ懐き、ブラッキーに進化した。
好きなものはカイム、次点でシロナ。実は実力的にもカイムの手持ちで一番強い。ポケモン預かりシステムに預けると五日拗ねる。
バシャーモ ♂
バトルジャンキー。初期メンバーで、カイムと共に旅をした。身体を動かすのが好きで、強い相手と戦うことを何よりも好む。割と脳筋であるため、カイムの指示が無いとすぐに突っ込もうとする悪癖がある。カイムのことを尊敬しており、ちゃんと主人として認めている。シロナのことも尊敬しているため、シロナとシロナの手持ちには敬意を持って接する。
ルカリオ ♂
武士。シロナと知り合った後にシロナのツテでリオルの時にパーティに加入。その後ルカリオに進化し、カイムのブラッキー、バシャーモと共に修行する。バシャーモと特に仲が良く、よきライバルとして共に切磋琢磨している。寡黙だが、礼儀をなによりも重んじる武士気質。
ムクホーク ♀
布団と一緒に天日干し。カイムがジムトレーナーになる少し前にパーティに加入。シロナの指導を受けた後だったカイムによりすぐに強くなる。昼寝が好きで結構良く寝てる。身体が結構大きいからブラッキーやシロナのグレイシアがムクホークを枕代わりにして寝ていることろをよく目撃される。
シロナさん
乙女。着物姿絶対美しい。
カイム
頭が使える脳筋。頭脳派に見えて結構肉体派。
次回はテンガン山のやりの柱イベントの予定。
ヒカリが出てきます。ちなみにプラチナベースの服装。
そしてその後はポケモンリーグ。なお、カイムはポケモンリーグには出場しません。シロナさんがめっちゃ頑張ります。カイムが頑張る姿よりもシロナさんが頑張る姿の方が見たいでしょ?私はみたい。
今回の反省
二話同時に書くのは無理。
あと新しいシチュエーション考えたのでメモとして残しておきます。
・出張で少しの間家を離れなければいけないけど、カイムが諸事情でシロナに同行できなくて、一人になるのが久々なせいで寂しく感じてしまい思わず電話しちゃうシロナさん。
番外編に訪れる場所(対象作品)
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アーシア島(ルギア)
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グリーンフィールド(エンテイ)
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千年彗星が見える荒野(ジラーチ)
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ラルースシティ(デオキシス、レックウザ)
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オルドラン城(ルカリオ)
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アクーシャ(マナフィ)
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グラシデアの花畑(シェイミ)
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ミチーナ(アルセウス)