今回は2話に分けました。
8話です。
8話 サザナミタウン①
飛行機での長時間移動を経て、ようやく目的地のフキヨセシティの空港に到着した。
飛行機を降りて荷物を受け取り、ロビーから出るとシロナは思いっきり伸びをした。
「ん〜!やっと着いた!」
かなりの長時間移動だったため、伸びをすると固まっていた身体が解れる感覚がする。
カイムは首を回して骨を鳴らしていた。
「久々ね。また来れてよかったわ」
「ああ」
「拠点は今回もカトレアの別荘を使わせてもらうことになってるから、執事のコクランさんが空港まで迎えに来てくれることになってたけど…」
シロナが周囲を見渡すと、初老の執事姿の男性を見つける。
「あ、いた」
「お待ちしておりました。シロナ様、カイム様」
「お久しぶりです、コクランさん」
「はい。またお会いできて嬉しいです」
そう言ってコクランは柔らかく微笑んだ。
「遠いところまでわざわざ迎えに来てくれてありがとうございます」
「いえ、カトレア様から仰せつかっていたことですので」
「そう。カトレアは元気?」
「はい。お二人が来ることを心待ちにしております」
「ふふ、じゃあ待たせるのも悪いし、お願いしますね」
「お任せください」
コクランの後に続き、車に案内される。
スーツケースをトランクに積み込み、車に乗り込んだ。
「じゃあお願いしますね」
「はい」
コクランは車のエンジンをかけ、車を発車させた。
「おっと、忘れるところでしたが、シロナ様。今回もシンオウ地方チャンピオン防衛おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
「カトレア様と共にリアルタイムで見させていただきました。非常に白熱したバトルで思わず私も手に汗を握る思いでした」
「ここ数年の中で一番厳しい戦いだったわ。それ以上に楽しめるものだったけどね」
あれほどのバトルはそうそうできない。シロナの実力に拮抗できるトレーナーが少ないこともあるが、あの時の決意のことも含めるともしかしたら人生の中でも一位二位を争うくらいのバトルだったかもしれない。
「あそこまで追い詰められたシロナ様を見たのは初めてでした」
「かもしれないわね」
「あれほどの戦いを制することができるとは。さすがシロナ様です」
「私一人の力じゃないわ。ポケモン達が私の思いに応えてくれたからこそよ。それに…」
シロナは一度言葉を切ると隣でタブレット端末をいじっているカイムに目を向けた。
「私のサポーターが優秀なの」
「ふふ、だそうですよカイム様」
「………光栄だ」
「照れなくていいのに」
「うるせえ」
カイムの頬を指で突くシロナの手を鬱陶しそうに払うが、少しだけ頬が緩んでいるのをシロナは見逃さなかった。
そんな若い二人の様子を微笑ましく見ながらコクランはサザナミタウンへと車を走らせた。
ーーー
サザナミタウン
車を降りると、波の音が聞こえた。強い日差しに思わずシロナは目を細めた。
「相変わらずいい場所ね」
潮風を感じながらシロナは思いっきり深呼吸をする。潮の匂いと爽やかな空気が肺を満たしていくのがわかる。
海が近く、とても綺麗なこのサザナミタウンはバカンスにきている観光客が多い。そのためこの季節は人で賑わっている。大きな町ではないが、宿泊施設も多く存在するこの土地には多くの人が訪れるのは目に見えている。
尤も、二人が泊まるのは宿泊施設ではなく御令嬢であるカトレアの別荘だが。
「何度見てもでけー屋敷だことで」
目の前に立つ別荘にカイムは苦笑する。
海を一望できる場所だけでなく、ビーチへの距離も近い。更には小さいながらもプールまである。シロナの自宅よりも更に大きなこの屋敷が本家でなく別荘という事実にカイムはどことなく格差を感じた。
「荷物は私がお二人のお部屋まで運んでおきます」
「いや、部屋の場所だけ教えてもらえればいいです。自分で運べますんで」
「では私が半分お持ちします。共に参りましょう」
「ん、じゃあ半分頼みます」
「はい。シロナ様、カトレア様が客間でお待ちです」
「え、でも…」
二人に荷物を運ばせて自分だけカトレアに会うのも気が引ける。
そんなシロナの考えを見透かしたカイムは言った。
「気にすんな。カトレアはお前に会いたがってんだし、早く行ってやれ」
「……うん、ありがとう」
少し申し訳なさそうな顔をしてシロナは先に屋敷へと足を踏み入れていった。
カイムは荷物を下ろし、トランクを閉めるとコクランに向き直る。
「じゃ、半分お願いします」
「お任せください」
荷物を持ち上げるためにカイムは屈んだ。その時、服の内側にいれていたペンダントが露わになる。ペンダントについていたのは、青いリングだった。似たようなリングをコクランはつい先ほど目にしている。
(確か、シロナ様は赤いリングを指に…)
よくよく見ると、カイムの耳には青い小さなイヤリングがついついる。同じ形状のイヤリングをシロナもつけていたはずだ。
(……なるほど)
この状況だけでコクランは大体察した。
(カトレア様が何と言うのでしょうね。しかし、若いとは素晴らしいですな)
思わずカイムに温かい目を向けるが、カイムはそんなコクランの様子に気づくことなく荷物を運び始めるのだった。
客間に入ると、ウェーブがかかった金髪を持つ眠そうな目をしている少女がいた。
「久しぶり、カトレア」
「お久しぶりです、シロナさん」
シロナを出迎えたのは、この屋敷の主人であるカトレア。かつてはシンオウ地方のバトルフロンティアのリーダーの一人であったが、現在はイッシュ地方の四天王でもある。
「またお会いできて嬉しいです」
「私もよ。元気そうで安心したわ」
「昔のように超能力に振り回されるアタクシはもういません」
カトレアは柔らかく微笑み、シロナもそれに応えるように笑う。
「ありがとうね、また別荘を使わせてくれて」
「構いません……せっかく多く部屋もあるのですから、人を呼ぶ方がアタクシも楽しめますので」
「助かるわ」
「カイムは…?」
シロナの側にいつも控えているカイムの姿が見えず、カトレアはカイムの所在を聞いた。
「今は荷物を運んでくれているわ。貴女に先に会ってこいって言われたから」
「あら…アタクシを気遣ってくれるなんて…」
「ふふ、不器用なりにカイムも成長してるのよ」
最後に会った時の印象は『素質は悪くないのに未熟』といった感じだった。あまり余裕もなく、ひたすら目の前のことに努力をしていくような印象だったため、人を気遣えるような人には見えなかった。
「前よりも、成長なさったのね…」
「私が鍛えてますから」
「羨ましい限りです…シロナさんに鍛えてもらえるなんて…」
「カトレアも十分強いと思うけどね」
「まだ一度も貴女に勝てた試しがありませんから」
「ふふ、簡単に勝たせてはあげないわよ」
笑いながらシロナはカトレアの正面のソファに腰掛ける。
「そうだ。シロナさん、シンオウリーグチャンピオン防衛…おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。今回は中々厳しかったわ」
「決勝戦の女の子…素晴らしい才能でした」
「凄い子よね。あそこまで追い詰められるとは思わなかったわ」
「先日…イッシュリーグにも凄い子が現れましたの。チャンピオンのアデクさんが引退なさり、その子が現在チャンピオンを務めていますわ」
「ふふ、若い子達の躍進は凄いわね」
「無論負ける気はありません…アタクシも日々精進します」
「当然ね。どう?良ければこの後バトルしない?」
「お願いしますわ」
カトレアは会話をしながらどことなくシロナの雰囲気が異なることを察する。前に会った時と比較して雰囲気が柔らかく、そして温かい。前が冷たかったとかそういうわけでは全くないのだが、前と比較してどことなく『幸せ』というような雰囲気があるのだ。
無論カトレアはこの雰囲気の理由を知らない。
「…カトレア?」
「はっ!はい、なんでしょう」
「どうしたの?ぼーっとしてたけど…」
「いえ…特には…」
「そう?ならいいけど」
(……声のトーンは変わりませんね。この雰囲気は、何?なんだか…もやもやする気持ちが…)
二人の関係を知らないカトレアはシロナのこの雰囲気の正体を知ることはできなかった。
「長旅でお疲れでしょう。お茶を淹れましたので、良ければどうぞ」
「ああ、どうも」
荷物を運び終えたカイムがリビングでくつろいでいると、コクランが紅茶を出してくれた。
「かなり長時間移動だったんで、ちと疲れました。時差もありますし」
「シンオウからイッシュは中々に遠いですからな」
紅茶を飲み、一息つく。
波の音とキャモメの鳴き声のみが静かに響き、とても落ち着いた時間が流れる。まだ昼前なこともあり、日差しはとても強いが別荘内は適度にクーラーが効いておりとても過ごしやすい。勝手にボールから出てきたブラッキーも快適そうにソファで丸くなっている。
「また使わせてもらって助かります」
「お礼はカトレア様に。この別荘もカトレア様の所有物故に」
「無論ちゃんとカトレア本人にも言いますよ。後でね」
「…カトレア様は、お二人が来るのを心待ちにしておりました。カトレア様にとって、お二人は…」
「コクラン、余計なことは言わないで」
声と同時にカトレアとシロナがリビングに入ってきた。
「ごきげんよう、カイム。お元気そうで何よりです」
「どーも。久しぶり、カトレア」
「少しは強くなりましたか?ランクルスだけで3タテなんてことには、もうならないでしょうね?」
「ならねーよほっとけ」
カトレアはカイムよりも歳下だが、イッシュ地方で四天王を務めるだけあり、バトルはカイムよりも強い。故にカトレアはカイムに対して比較的砕けた様子で接する。無論カイムのことは友人というカテゴリには含まれているが、歳上としては見ていない。
「そうですか。なら後でボコボk……手合わせしてあげます」
「おい、今ボコボコにするって言いかけたよな。ほぼ言ってたよな」
「気のせいです」
「この野郎…」
絶対泣かす、と言いたいが、残念ながらカイムではカトレアには勝てない。
「カトレア、あまりカイムを虐めないで」
カイムが露骨に『面倒くせー』と顔に出始めたところでシロナが仲裁に入る。
「…シロナさんがそう言うなら」
「久しぶりに会えて嬉しいのかもしれないけど、あんまりやり過ぎるとカイムが面倒くさがるわよ」
「すみません、つい面白くて…」
カトレアは四天王であると同時に御令嬢でもある。そのためここまで砕けて接してくれる相手は貴重で、無愛想だがフランクに接してくれるカイム相手だとついついはしゃいでしまう癖があった。
「人をおもちゃにすんのはやめてくれ」
「貴方のリアクションが面白いのが悪いのです…」
「ちっ」
「ふふ、仲が良くて嬉しいわ」
むくれるカトレア、そして遠慮なく舌打ちをするカイムを見て、シロナは楽しそうに笑うのだった。
「ところでシロナさん」
カトレアはシロナに向き直り、質問を投げかける。
「最近、何かありました?」
その質問にシロナは固まる。
カトレアの『何かあったか』という質問に対してどう答えるか迷ったからだ。
なにせ何かあったか、と聞かれれば『あった』と言わざるを得ないからだ。流石にカイムとの関係が助手や弟子というものから遥かに親密な恋人という関係になったことを何もないと答えたくはない。シロナにとってはとても大切であり、大きなことを仮に誤魔化すためだとしてもそう言いたくはなかった。
「…何か、っていうのは?」
「……前回お会いした時と比べて、雰囲気が変わっていたので」
「なるほど、ね」
上手く隠していたつもりだが、カトレアにはバレていたらしい。救いなのは具体的なことはなにもわかっていないことだろうか。
「うーん…まぁ、あったわね」
事実、あったのだしここは正直に言った。
シロナとしては言うこと自体は構わない。カトレアとコクランであれば無闇矢鱈に広めることもない信頼できる人間だからだ。
だが詳細について話すことをカイムがどう思うかはわからない。カイムのことだから恥ずかしがって言いたがらない可能性もある。
そう考えたシロナはカイムに視線を向けた。それにすぐ気づいたカイムは普段と同じ口調で言う。
「好きにしな。別にそれで気を悪くするほど狭量じゃない」
カイムはシロナとの関係を言いふらすことはしない。だがカイムとしても、シロナとの関係は大切なものであるため、信頼できる人間でなければ明言を避けるつもりだった。
だがカトレアとコクランは信頼における人間。故に言っても問題ないと判断し、シロナにそう言った。
また、そもそもシロナのことを心から慕っているカトレアにはどの道隠し通せるものではない、という理由もあった。どうせ知られるのなら、早めに伝えてしまっていいだろうという判断を下したに過ぎない。
「…そう。わかったわ」
「…?」
「何があったか、って質問だったわね」
「はい」
「簡単に言うと…私、カイムと付き合ってます」
今度はカトレアが固まる。
「…付き合って、いる?」
「うん」
「……恋人?」
「うん」
「………なるほど、そういうことですか」
言葉としては納得したように聞こえるが、目に見えてカトレアの機嫌が悪くなるのがわかる。ジト目をカイムに向けて頬を膨らませるカトレアからカイムは目を逸らす。
「…そういうことでしたか。祝福いたします」
「もう少し祝福する態度を見せてから言えや」
どう考えても祝福する気のない顔に思わずツッコミを入れてしまう。
しかしカトレアの雰囲気は変わらず、ムスッとしたままだった。
「………」
「えーと…カトレア?」
「いえ、なんでも…」
「………」
明らかに不満そうなカトレアにカイムは苦い顔をする。
「…俺がシロナの恋人なのは、そんなに不服か?」
普段と変わらない口調でカイムは言う。
その顔はいつも通り無表情だが、纏う雰囲気は少し不服そうだった。
確かにカイムはカトレアと比べてバトルは弱い。しかしそれを自覚しているし、それを克服するために日々努力している。シロナが認めてくれているが、世間がどう言うかはわからない。少なからずカイムだけでなくシロナ自身にも心無い言葉を使う輩はいるだろう。そのような輩を少しでも黙らせるためにも、カイムは今まで以上に努力を積んでいる。
「俺は…」
「先に言っておきますが、シロナさんのお相手がカイムであることが不服なのではありません」
「んえ?」
自分なりに努力していることをカトレアに伝えようとしたところ、予想外の答えにカイムは思わず変な声が出る。
「寧ろ、シロナさんのお相手としてカイム以外の人が選ばれていましたら、耳を疑っていました」
「……ああ、どうも」
「こう見えて、アタクシ貴方のことは認めているのですよ?未熟ではありますが、己の弱さを認めその弱さに向き合い、それを克服しようとする姿勢には好感が持てます」
「…お、おう」
「それに、助手としての貴方の活躍は聞いております。貴方のことを認めるには、十分です」
「……え、ああ…おん」
普段いじってくる割に矢継ぎ早に褒めてくるカトレアに対して胡散臭いものを見る目をするカイム。
そんなカイムにカトレアはジト目を向ける。
「…なんですのその目は。アタクシが貴方を褒めるのは、そんなに珍しいですか?」
「珍しいな」
「………そうかもしれません」
カトレアも思い当たる節があるのか、目を逸らした。
一つ咳払いをすると、再び話し始める。
「とにかく…そういうわけで別にシロナさんのお相手がカイムならばアタクシは文句ない、ということです」
「じゃあなんで不機嫌になってんだよ」
「………別に、不機嫌になってなんか」
とは言ったものの、カトレアはクッションを抱き抱え、明らかにむくれている。その様子は駄々をこねる子供のそれと良く似ているため、本当に不愉快だったというより、どこか納得のいかないといったような様子だった。
「ならそのむくれ面をやめろ」
「むぅ……」
「話してくれる?カトレア。私としても、貴女とはちゃんといい関係でいたいの」
見かねたシロナの訴えに僅かに逡巡していたカトレアだったが、意を決したようにため息をつくと話し始めた。
「……自分から言って欲しかっただけです」
「え?」
「…アタクシとしては、そのような大事なことはこちらから言われたから言うのではなく、ご自分から話して欲しかったのです。言ってくださったら…ちゃんと準備して祝福することもできたでしょう」
カトレアにとって二人は大事な友人。その二人がいつかこのような関係になることもなんとなく予想できた。だからそういう関係になれたのなら、ちゃんと祝福しようと考えており、シキミと共にちょっとしたサプライズの計画も立てていたりしていたのだ。
だが今回、久々に会えたがその関係の進展については一切知らされていなかった。カトレアが不満そうにしていたのは、二人を祝福できなかったこと。それだけだった。
「…なるほどね」
「いうなれば、アタクシのワガママですので。お気を悪くさせたなら、謝りますわ…」
少し恥ずかしそうにカトレアは視線を落とした。
シロナとカイムは目を見合わせる。
そしてシロナは吹き出し、そしてカイムは呆れたようにため息をついた。
「ふふ、そんなに私たちのことを思ってくれてるなんて思いもしなかったわ。ありがとう、カトレア」
「やれやれ…」
四天王という大層な地位にいるが、カトレア自身は成人もしていない箱入り娘だ。年齢の割に大人びているシロナやカイムと比較して子供っぽいところがあるのは仕方ない。
「…むう」
「感謝してるわ。それと、すぐに伝えなくてごめんね」
「……いいです。ちゃんとした祝福は後でさせてもらいますから。でも…」
「でも?」
「…アタクシにも、ちゃんと構ってくださいね」
カトレアからしたら、尊敬できる姉に彼氏ができた心境に近い。素直に喜ばしいことではあるが、カイムばかりに構ってしまうのは、面白くない。
「もう、本当に可愛いわね」
「…子供扱いしないで欲しいです」
そんなカトレアが愛おしくてシロナは思わず抱きしめて頭を撫で回す。
子供扱いしないで欲しい、と口で言っているが、嬉しさが顔から滲み出ている。
「カイム」
「ん」
シロナの腕に包まれながら、カトレアはカイムの目を見る。
「シロナさんを悲しませるようなことをしたら……わかってますね?」
底冷えするような暗い目をしながら、オーラのようなものをたぎらせてカトレアは言う。
だがそんなカトレアに対して一切怯むことなくカイムは返す。
「ああ、絶対に悲しませたりしない」
淀みないカイムの言葉にカトレアは満足したようで、オーラを消す。
「シロナさん」
カトレアはシロナの腕から離れると、穏やかな笑みを浮かべてシロナに言う。
「おめでとうございます」
「ありがとう」
「あと一応カイムも」
「おい、一応ってなんだ」
カイムのツッコミに一同は笑った。
「それで、今日のご予定は?」
落ち着いたところでカトレアはそう切り出した。
「んー…実はあまり考えてないのよね。明日以降のは考えてるのだけど、今日は特に予定ないのよ」
リーグを終えてその後やるべき仕事を終えてすぐにイッシュ地方に来たため、リーグ戦の疲れが完全に抜けない状態であった。
だから共にリーグを戦ってくれたポケモン達を労うためにも初日は特に何もせずゆっくりしようかと考えていた。
「そうですか。なら提案なのですが、ビーチに軽く散歩に行くのはどうでしょう。先日いい穴場を見つけたので」
「あら、いいわね」
少し雲もあるため、日差しは比較的弱く、気温もあまり高くない。泳ぐとなると少し涼しすぎるかもしれないが、散歩には丁度いい気温だ。
「今日はとても穏やかな気候なので、気持ちいいかと」
「そうね、そうしましょうか」
「ええ。コクラン、服を出しておいて」
「承知いたしました」
「私も着替えてくるわ。カイムは?」
「上だけ着替える」
「そう。じゃあ準備できたら、行きましょう」
カイムはそこで視線だけで時計を見た。短針は12を示しており、長針も12と1の間にある。朝食は飛行機内で食べたため、そろそろ胃の中のものが空になる頃だろう。
「…コクランさん、キッチン見せてもらえます?」
「…なるほど。そういうことですか」
「察しが良すぎるのも考えものですね」
カイムの言葉から一瞬で全てを察したコクランに内心でドン引きしながらカイムは立ち上がる。
「食材も器具もお好きにお使いください」
「どーも」
「?」
「気にすんな。ほれ、着替えてこい。俺も着替えるから」
カトレアはカイムの真意がわからなかったが、シロナはなんとなくカイムの考えを察した。
「わかったわ。行きましょ、カトレア」
「ああ、はい…」
リビングから二人が出て行ったことを確認すると、カイムは素早く部屋で着替えてコクランに渡されたエプロンを装着するのだった。
着替え終えたシロナとカトレアはリビングに戻る。
化粧も少し直していたため、多少時間がかかったが、カイムの作業を考えると時間はかかっても問題ないだろう。
そしてシロナの予想通り、多少時間がかかったにもかかわらずカイムはまだ作業をしていた。
「…カイム、何をしているのですか?」
「弁当作ってる」
「お弁当…?」
「ちょうど昼過ぎだろ。昼飯まだだから今から出るなら、腹減るだろうなって」
「ああ、なるほど…」
「ポケモンの分も作ってるからちと時間かかる。少し待っててくれ」
「ありがとうございます」
十数分後、かなり立派な弁当箱を抱えたカイムがキッチンから出てきた。
「全員のポケモンの分もあるから、かなり多くなっちまった」
「この短時間でそれだけ作れるなんて…」
「コクランさんにも手伝ってもらったから」
「味は保証するわよ。だってカイムの料理だもの」
「なんでシロナが誇らしげなんだよ…」
カイムはエプロンを外しながら苦笑する。
カイムは動きやすい黒いシャツとスキニーに着替え、シロナは黒のオフショルダーシャツと細身のジーンズに着替えた。また、カトレアも普段の白いワンピースにストールという出立ちから、薄いピンクのロングスカートと白い半袖のトップスを着ている。
「………」
「…んだよ」
カバンに弁当箱を詰めるカイムの服装をカトレアはじっと見つめる。
「…カイム。貴方、似たような服しか持ってないの?」
「ああ……まぁ」
カイムはあまり服に拘らない。故に似たような無難な服ばかりになっている。
「…否定できんな」
「なるほど…」
「カイムはあまり服に拘らないものね」
「スポーツウェアで過ごすことが多いから、どうしてもな」
カイムの所属するトバリジムは格闘タイプのジムであるため、ポケモンと共に自分達の肉体も鍛える。それ故にいつもウェアで過ごす時間が増えてしまい、そこにカイムの性格が拍車をかけ、外行きの服装が可もなく不可もないようなものばかりが増えた。
「……そうですか」
「もう少し増やした方が良くない?」
「あー…確かに」
「カイム、アタクシ今度シロナさんとライモンシティにお買い物に行くの」
カイムは嫌な予感を察知した。
「知ってる。行ってこい」
「貴方もついてきなさい」
カイムは頭を抱える。姉の影響で女性の買い物は長いことをよく思い知っているカイムからすれば、その買い物に付き添うことは荷物持ちをやらされるだけでなくその長時間ついていなければならないことだからだ。
「シロナさんの隣にいたいなら、バトルだけでなく身嗜みもきちんとする必要があります」
「……ああ」
カイムの服は決してダサくないし、清潔感もある。だがパッとしないという自覚はあった。シロナのような美しく、そして有名な人の隣に立つ以上、シロナの株を下げないためにもそれは必要なことだという自覚はカイムの中であった。
「…ついてきなさい。貴方のためでもあるのだから」
「俺に拒否権は?」
「アタクシに勝てば認めます」
「無いのと同じかよクソ」
「どうです?シロナさん。ついでにカイムの服を見るのは」
「とってもいいと思うわ!カイムはちょっとファッションに無頓着なところもあるから、この機会に勉強しましょ!」
「楽しそうで何よりだよちくしょう」
カトレアだけでなくシロナまでとても楽しそうにしているため、悪態をつきながらカイムは諦めた。この二人の女性にはどうやってもカイムは勝てないのだから。
「決まりですね。一応言っておきますが、異論反論抗議口答えはバトルに勝った時のみ聴きます」
「しねーよ。もう勝手にしやがれ」
諦めたカイムは楽しそうにする女性二人を恨めしげに見た。
だが内心でシロナが楽しそうにしていることが、少し嬉しかった。(無論口には出さないが)
「ここを通りますの」
カトレアに連れられて来たのは、人気のない道。その道の脇にある人一人が通れる程度と道があった。
「こんなところ、よく見つけたわね」
「以前散歩をしていたときに見つけたのです」
「穴場と言うには、うってつけそうだな」
「こちらです」
僅かな隙間を進んでいく。木と岩の間にある僅かなスペースを進んでいくが、整備はされていないが思いの外道そのものはしっかりとしており、サンダルでも難なく進める。
少し進むと開けた場所に出た。そこは小さいが、とても静かで綺麗な浜辺だった。
「わぁ…とても綺麗」
「ほとんど人が来ることのない場所なので、他人を気にせず過ごせます。アタクシのお気に入りの場所です」
「すごいな…」
聞こえるのは静かな波の音だけ。
打ち寄せる波は透明であり、海の底が見えるほど高い透明度を誇っている。
砂は白く、海の青さを際立たせるのに相応しいものだった。
「色んな海を見て来たけど、ここまで綺麗なのは初めてかもしれん」
「ミオシティよりも綺麗ね」
「ああ。俺の故郷のミナモシティよりも綺麗だ」
「ここと同じくらい綺麗な状態の海は、もしかしたらカントー地方のナナシマやアローラ地方の一部の海くらいかもしれませんわね」
決してミナモシティやミオシティの海が汚れているというわけではない。だが人が住む以上、多少人の手が加わってしまうものである。また、その海の場所次第で色々と特徴も変わってくるため、この浜辺のように高い透明度と静かな波が備わっている場所は世界のどこを探してもあまりないだろう。
「いい場所ね」
「ここなら静かに過ごせます。ポケモン達を労うのにもいいでしょう」
「そうね。じゃあ早速」
シロナはボールを全て投げ、ポケモン達を外に呼び出す。
「アタクシも」
カトレアもポケモン達をボールから出した。
カイムもそれに続き、ポケモン達の好きなように過ごさせるようにした。
「みんなリーグではとても頑張ってくれたからね。ここで存分に羽を伸ばしてちょうだい」
ポケモン達は歓喜し、各々遊び始めた。
「ふふ、みんな楽しそうね」
「そうだな」
浜辺に立てたパラソルの下で三人はポケモン達が遊ぶ様子を見ていた。カイムのブラッキーはシロナのグレイシアとカトレアのランクルスとじゃれまわっており、ルカリオとバシャーモはシロナのルカリオとカトレアのゴチルゼルを相手に手合わせをしてもらっていた。そしてムクホークはカトレアのムシャーナと共に昼寝をしている。
「前に会った時よりも、随分強くなりましたね」
手合わせをしているバシャーモ達の動きを見たカトレアは、昨年会った際にバトルした時よりも動きが良くなっていることに気づいた。
「一年努力を続けりゃ強くもなる」
「私が鍛えてますから」
「間違いねーや」
どの地方であれ、チャンピオンに継続的に鍛えてもらえるトレーナーなどそういない。その地方最強のトレーナーに鍛えてもらえば、才能のないカイムであってもちゃんと強くなれる。
「あとでやるバトルが楽しみですわね」
「四天王を満足させられるほど強くはねーよ」
「ジムリーダーくらいの実力は、あってほしいわね」
「善処しよう」
と、そこでカトレアの腹の虫が小さく鳴った。
「あら、アタクシとしたことが…」
「1時か。昼飯にしては、ちと遅い時間だから仕方ない。飯にするか」
「やった、カイムのお弁当ね」
カイムはバッグから弁当箱を取り出し、開いた。中にはおにぎりとサンドイッチ、おかずのウィンナーや卵焼きといった弁当の定番のようなメニューがあった。
「ポケモン用にポフィンもある。きのみを結構使わせてもらったから、好きなだけ食わせるといい」
「あら…うれしいわね」
「あの短時間でこれだけ作ったの?すごいわね」
「コクランさんが手伝ってくれたからな。一人じゃ流石に無理だ」
コクランも執事をしているだけあり、料理スキルはカイムに優るとも劣らないほどのものだった。別荘はキッチンも広かったため、同時に調理を進めることができたため、短時間でここまでの弁当を用意できた。
「お前ら、飯だぞ」
ポケモン達に声をかけると、全員が一斉に集まってくる。
ポケモン達は各々が好きなポフィンを選び、頬張っていた。
「ふふ…アタクシのポケモンは結構味に敏感なのだけど、喜んでいるわ」
「お気に召したようで何よりだ。ほれ、俺らも食おう。好きなの取りな」
「ありがとう。いただきます」
シロナとカトレアはおにぎりを手に取り、食べる。シロナのおにぎりは魚の塩焼きが入っており、程よい塩加減が食欲を促進させた。カトレアのおにぎりには昆布が入っており、普段イッシュ地方では食べられない和の味わいに感動している。
「ん〜、美味しい」
「いいですね…イッシュではあまり和食を食べる機会はないので」
「そいつはよかった」
カイムはサンドイッチを手に取る。スパムとレタスが挟まれたサンドイッチは食べやすく、腹にも溜まる。
食事を進めていると、ブラッキーがカイムの膝に乗って来た。口にはポフィンを咥えている。
「ん、どした」
「一緒に食べたいんでしょう?ブラッキーはカイムのこと大好きだものね」
「…ま、リーグ中は仕事もあってあんまかまってやれんかったしな」
前足でポフィンをうまく押さえながらブラッキーはポフィンをもぐもぐしている。そんなブラッキーの頭を撫でながら、カイムは食事を続けた。
そこでカトレアはカイムに一つ疑問をぶつける。
「……カイム。貴方の手持ちって…ブラッキー、バシャーモ、ルカリオ、ムクホークだけ?」
「ん?ああ。そうだけど」
「他にはいないのですか?」
「いないな。ホウエン地方のジムはブラッキーとバシャーモ、あと姉貴のジュカインで乗り切った」
「お姉さんの?」
「そう。シロナは知ってるだろうけど、俺ポケモンを捕まえることほとんどしてこなかった…というか道草食いすぎてポケモン図鑑そっちのけで旅してるようなポンコツだから」
今思えばなぜあそこまで頑なに野生のポケモンを捕獲しなかったのかわからない。ジム戦では大体いつもブラッキーとバシャーモだけで乗り切るようなことをしていたため、他のポケモンの必要性を感じなかったから捕まえなかったのだが、どれもかなり厳しい戦いにはなっていた。
姉のジュカインは、姉がバッジを三ヶ月で集め終え、その後ふらりとどこかへ旅に出たときに渡された。『多分、あんたに合うから』と言って渡されたジュカインは、姉のポケモンだったとは思えないほど真面目であった。レベルが非常に高かったため、あまりジム戦のような公式戦では出さなかったが、野戦ではちょくちょく使っていた。
「……なかなか、パワフルなお姉さんですわね」
「まーな。今どこにいるのかも知らん」
「そうですか…そこで、話は戻しますけど…貴方、手持ちをあと二体増やさないの?」
現在、カイムが手持ちを四体で縛っているのは、育成方針もろくに立てられない状態でこれ以上の手持ちを増やすと、上手く全員に育成をさせられないという事態になりかねないと判断したシロナが止めていたからだ。
「シロナの育成方針でな」
「まずトレーナー自身が今いるポケモン達をちゃんと育てられるようにならないと、手持ちを増やしてもちゃんと育てられないの」
「…それもそうですね。アタクシ、自分のポケモンは育てられますけど、他人に指南することはしたことなかったので、そこまで考えが及びませんでした」
「手持ちにいれるなら、ちゃんと平等に接するのがトレーナーよ。だからトレーナー自身が成長して、全員の面倒を見ることができるようになるまでは手持ちを増やさないことにしているの」
「俺はまだ増やせる段階じゃないってことよ」
そう言ったカイムに対して、シロナは顎に手を当てて言う。
「でも…そうね。カイムも随分成長したし、そろそろ増やしてもいいかもしれないわね」
「んえ?」
「自分でもわかってると思うけど、貴方だいぶ強くなってるのよ。ジムトレーナーになったばかりの頃と比べたら、かなりレベルアップしているわ」
「…ああ、まあ」
ジムリーダーであるスモモ相手に勝ち越せたことはほぼないが、ここ最近は戦績が半々くらいにまで上がってきている。カイムにバトルの才能はないが、強くなる素質はある。それに長く旅をしていたということもあり、経験はかなり積んでいる。
シロナ目線、カイムが強くなるために最も足りていなかったのは、頭と自信だ。自信については、まだまだ足りない部分もあるが、頭については考え方が身についてきているため、あとは思考の瞬発力さえ培えられればジムリーダーレベルに到達できると考えていた。
「育て方と考え方はもう身についてるし、ここらで手持ちを増やしてみるのもいいと思うわ」
「手持ちを増やす…か」
どことなく気乗りがしなさそうな返事にカトレアは首を傾げる。
「主力として出すかどうかの判断は育成次第なのだし…いいのでは?」
「ああいや……増やすことが嫌とか、思うところがあるとかではない。ただ増やすといってもどのポケモンを手持ちにするとかさっぱり考えてなかったから」
「うーん、カイムの手持ちは格闘タイプがメインだけど、エースはブラッキーだし…結構ごちゃごちゃなのよね」
「ルカリオは俺がトバリジムに入るときに加入したポケモンだ。一応ジムトレーナーだから格闘タイプをメインにしているから、やっぱ格闘タイプの方がいいんかな」
「そこは多分どちらでもいいと思うわ。格闘タイプが合ってるっていうならそれを突き詰めればいいし、バランスのいいパーティにしたいなら弱点を補うポケモンを入れるなり今の良さをさらに活かせるポケモンを加入させるでもいいと思うの」
格闘タイプを極めるか、それともシロナのようにバランスよく『チーム』としてのパーティにするか。
まだ手持ちを増やすことを全く考えてなかったカイムはまずどちらの道に進むかを決めねばならなかった。
「………」
「今すぐ決めなきゃいけないことでもないし、じっくり考えてからでもいいと思うわ」
「いや、もう決めた」
「え?」
「随分と即決でしたね。それで、どうするのです?」
「バランスよくするよ。格闘タイプを極めるのもいいかと思ったけど、俺はこっちの方がいい」
「…何か、決め手となったものがあるのよね」
「いくつかある。まず、俺はバトルの才能がない。だから一つのタイプをどんなに鍛えても極める域には達せないと思う。それに、そもそも現存するメンバーが結構タイプバラバラだから格闘タイプを極めるのにはあまり向いてない」
「そうね。エースがブラッキーだからそうかもしれないわね」
「それに…」
「それに?」
「シロナと同じバランスパーティの方が、シロナも指導しやすいかなって」
その言葉にシロナは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに笑った。
「あら、そんなこと考えてくれたの?」
「悪いか?」
「いいえ、嬉しいわ。本音を言ってくれたら、もっと嬉しいんだけどね」
「やかましい」
「イチャつくなら、アタクシがいない時にしてもらえます?」
呆れたようにため息をつくカトレアに、二人は顔を見合わせ、シロナは赤面し、カイムは肩を竦めた。
「お二人がお付き合いする前から仲が非常によろしいことはよ〜〜くご存知ですし、仲睦まじいことは大変結構ですが、ここにはアタクシもいることをお忘れなく」
「へーへー悪かったよ」
「おや、意外ですね」
カトレアの言葉にカイムは首を傾げる。
「何が?」
「てっきり、こういうことを言われたら貴方も赤面するかと」
「面白がってんじゃねぇよ」
苦い顔をしながらため息をついてカイムは立ち上がり、ポケモン達の方に歩いていった。
「…仲良しですね」
「からかってる?」
「いいえ?」
上品に口元を隠して笑うカトレアをシロナは恨めしそうにジト目で見る。
「でも意外でした。カイムが多少とはいえ、あんな素直に本音を言うなんて」
「そうね…」
シロナはカイムが多少素直になった理由になんとなく心当たりがあった。それはつい先日のポケモンリーグ優勝後、スタジアムの屋上エントランスでシロナが想いを告げた時、カイムも内心を吐露したことだ。心の底から出た本音をあの時カイムはシロナに言った。今まで本心を隠し、誤魔化して有耶無耶にしてきたカイムは心の中を他者に伝えるということの難しさと恥ずかしさを知った。その経験がカイムを変えた。
想い人に内心を曝け出すという最大限の恥ずかしさを経験した以上、他の本音はそれと比較して恥ずかしさはかなり小さい。故にカイムは多少のことであれば動じない心へと進化したのだ。
「……なにか心当たりでも?」
「えっ⁈」
「…これは今夜、じっくり聞かせていただきたいですわね」
「…手加減してね?」
何より別荘を使わせてもらっている現状であるため、シロナは逃げられないと直感し、せめて手加減はしてもらおうとカトレアに懇願した。
「…そうですね、手加減くらいはしますわ。場合にもよりますけど」
にっこりと、心底楽しそうに笑うカトレアを見て、これは少し話す内容を考えた方がいいかもしれないとシロナは内心で冷や汗をかいた。
ーーー
夕刻
浜辺から戻ると、コクランが出迎えた。
「お帰りなさいませ」
「ええ、ただいま」
玄関で靴を脱ぐ時、カイムはふと違和感を覚える。
(…知らない靴がある)
カイム達が浜辺に行く時にはなかった靴がある。
この別荘にはカトレア、コクラン、シロナとカイムしかいないはずだというのに、あるはずがない靴がある。しかも二つ。
(女物の靴…色はピンク。もう一組は、小さいな。子供か?)
なんとなく一人は誰の靴かをカイムは察したが、もう一人については心当たりがない。内心で首を傾げていると、コクランが続ける。
「カトレア様、お客様がお見えです」
「ああ、来てくれたのね…」
「お客様?」
「あ!お久しぶりですシロナさん!カイムさん!」
コクランの背後から顔を出したのは、眼鏡をかけた紫を基調とした女性だった。
「ごきげんよう、シキミ。執筆は終わったの?」
「はい!超特急で終わらせました!」
顔を出したのは物書きをしながら四天王をしているシキミだった。二人は以前カトレアの別荘に来た際に面識がある。
「久しぶりね、シキミ」
「お久しぶりです!また会えて嬉しいです!あ、そうだ。シンオウ地方チャンピオン防衛のお祝いで持ってきたんで、良ければどうぞ」
そう言ってシキミが渡してきた箱には、そこそこ上物の肉と野菜の詰め合わせだった。
「こんなに…いいの?」
「はい。もっと別のものも考えたんですけど、こういう方が重くないかなって。それに、カイムさんなら美味しく料理してくれそうですから」
シキミなりに気を使った結果、このようなものになったらしい。カイムとしても、こういうものの方がやりやすくてよかった。
「ありがとう。せっかくだし、みんなで食べましょ」
「はい!あ、そうだ。カトレアは知ってるでしょうけど、お二人に会わせたい人がいるんです」
「会わせたい人?」
「アイリスちゃん、二人が帰ってきましたよ」
「え、ほんと?」
奥の扉から顔を出したのは、髪の長い褐色の肌を持つ少女だった。
「待ってたよー!」
「貴女は?」
「はじめまして!あたしアイリス!」
「この前、イッシュリーグでチャンピオンになった子です」
シロナとカイムは目を見開いた。
目の前にいる年端も行かない少女が、イッシュ地方のチャンピオンだという。ここまで若いチャンピオンはカントー地方のレッドくらいだろう。
「そう、貴女が」
「はい!この前のイッシュリーグで優勝しました!シロナさんもチャンピオンなんですよね?」
目を輝かせながら言うアイリスにシロナは自信たっぷりに返す。
「そうよ。私がシンオウ地方のチャンピオン」
「すごーい!後でバトルしましょ!」
「ええ。喜んで。ああ、一応自己紹介しておくわね。私はシロナ。シンオウ地方のチャンピオンで考古学者をやってるわ」
「よろしくお願いします!それで、そっちのお兄さんは?」
「…カイムだ。シロナの助手をやってる」
「よろしくね!カイムさん!」
アイリスはカイムの手を取ってぶんぶん振り回す。あまりの元気の良さに内心でカイムは苦笑した。
「…ああ、よろしく」
「アイリスもここに滞在しますから、仲良くしてくださいね。カイム」
「なんで俺だけ名指しなんだ」
「子供が苦手そうだからじゃない?」
「………」
間違いではないが、素直に認めるのもどこか癪なのでカイムは押し黙る。子供は嫌いではない。だが、得意というわけでもないため、カイムとしては黙る以外の選択肢はなかった。
そんなカイムの様子を見て、アイリスは花が咲くように笑った。
「カイムさん、優しそうだから大丈夫!」
「今のやりとりを見てどうしてそういう反応が来るのか俺には理解できん」
「なんとなくです!」
「おいおい…」
カイムは肩を落とす。
この滞在期間、色々と振り回されるのだろうなと内心で覚悟を決めるカイムだった。
日が落ち始めてきたところで、カイムとコクランは夕食の準備に取り掛かった。
アイリスの提案により、夕食は庭でバーベキューをすることになり、各々がその準備に取り掛かっていた。
「カイムさん!これはこう組み立てればいいの?」
「ああ。足のとこは止め金があるから、それを締めればいい」
「こう…かな?これで合ってる?」
「できてる。その調子でサクサク組み立ててくれ」
「やった!まっかせて!」
炭や着火剤の下準備をしているカイムの隣でバーベキューコンロの組み立てをするアイリス。アイリスがカイムに組み立て方を聞きながらコンロを組み立てており、カイムは自身の作業を進めながらアイリスの対応をしていた。
その二人を見ながらシロナとカトレアはウッドデッキで調味料やコクランが下処理した食材を並べていた。シキミはコクランと共に食材の下処理をしている。
「アイリスちゃん、案外カイムといい関係かもね」
わいわい言いながら準備を進める二人を見ながらシロナはそう言う。
「ええ。まるで兄妹みたいです」
「ふふ、カイムが世話焼きだからね。ああいうおてんばな子は放っておけないのよ」
「カイムのあれはもはや習慣ですわね」
「そうかもね。私も世話を焼かれた人の一人だし」
苦笑しながらシロナは言う。シロナ自身が私生活は非常にズボラであるため、カイムが来るまで自宅は資料や脱いだ服などで散らかり放題だった。食事も自分で作ることなどなく、大体外食か買ってきたもので済ませていた。元々身体が非常に強かったシロナだからカイムに出会うまで病気などもほとんどせずにやってこれたが、常人が似た生活をすればどこかでガタが来ていたのは間違いない。
そんな私生活はカイムが全て健康的なものに変えた。尤も、変えたというよりは矯正したと言う方が正しいかもしれないが。
「執事の才能がありますわね。コクランと共にアタクシの執事になってもらおうかしら」
「だめ。カイムは私の」
「ふふ。冗談です」
クスクスと悪戯っぽい笑みを浮かべるカトレアを少しだけ恨めしそうにシロナは見る。
「お二人が想いあっていることは理解しています。アタクシとしても、そんなお二人にはずっと仲良しでいてほしいので」
「その気持ちはすごく嬉しいけど、あまり歳上を揶揄うことは感心しないわね」
「『ここでは』このくらいにしておきます。夜の女子会の時にでもゆっくり聞かせていただきますわ」
「…はぁ、やっぱり逃げられそうにないわね」
「もちろん。手加減くらいはしますので」
ふふふと穏やかに笑うカトレアに小さくため息をついて、シロナは視線をカイムとアイリスに移す。
カイムはアイリスが組み立てたバーベキューコンロに炭と着火剤を入れて火おこしを始めていた。バシャーモが火の粉を飛ばしてその火で火を起こそうとしている。
「火の調子はどうですかな?」
食材の下処理を終えたコクランとシキミが食材を持って庭にやってきた。
「すごいよ!ちゃんと燃えてるの!カイムさん火おこし上手なんだね!」
「やり方知ってりゃ誰でもできる」
目を輝かせるアイリスを他所に普段通りのテンションで団扇を使って風を送るカイム。
「やり方ってあれ?空気が通りやすいように炭を積み上げる〜みたいなやつ?」
「そう」
「じゃあ今度やりたい!」
「やってみるといい」
「すっかり仲良しになってますね」
兄妹のような二人を見てシキミは思わず顔を綻ばせる。内心で今度不器用な兄と天真爛漫な妹の話もいいかもしれないと思ったのはまた別の話。
そこにコクランが下処理を済ませた食材を持ってくる。
「食材の準備、完了しました」
「じゃあもう焼きますか」
「お腹すいたー!」
「食ってるか?」
シロナがウッドデッキでポケモン達に食事を与えていると、皿に肉や野菜を載せたカイムが立っていた。
「ええ。おいしくいただいているわ」
「そいつは何よりだ」
カイムもウッドデッキに腰を下ろすと、皿に載せた食べ物を食べ始めた。
アイリスはオノノクスに色々食べさせており、おいしさと楽しさから顔を綻ばせていた。
「素材がいいと焼いただけでうめえな」
「そうね。シキミさんに感謝しなきゃ」
「呼びました?」
「うお⁈」
突如背後から現れたシキミにカイムは盛大にビビる。
「あはは!カイムさん驚きすぎ」
「背後から声かけんなや」
「失礼しました〜」
笑いながらシキミはシロナの隣に腰を下ろした。
「それで、私のこと呼びました?」
「ああ、まぁ。いい食材だから焼いただけでもちゃんと美味いなって」
「喜んでもらえて何よりです。ちょっと多く持って来すぎたかなって思ってましたけど」
えへへと笑いながらシキミも食事を続ける。
そのシキミのすぐ横にシャンデラがふわふわ空いていた。
「あ、シャンデラも食べる?美味しいよ」
シキミに食べ物をもらい嬉しそうに回るシャンデラをぼんやりカイムが見ていると、そのカイムにシロナが声をかける。
「新しくチームに入れるポケモンのこと、考えてたでしょ」
「…よくわかったな」
「もちろん。師匠ですから」
「はは、そうだな」
何でもないように言うカイムの耳に、シロナは口を近づけて小声で言った。
「それに……彼女でもあるしね?」
「……ああ」
難しい表情をするカイムをシロナは嬉しそうに見ていた。
そこにシキミが入ってくる。
「カイムさん、手持ち増やすんですか?」
「ああ、シロナがそろそろ増やしていいだろうって」
「そうなんですね。タイプとかは決まっているんですか?」
「まだ」
それを聞いた瞬間、シキミは目を輝かせた。
「ならゴーストタイプとかどうですか?」
「おめーの専門勧めたいだけじゃねーか」
まだどうするか全く考えていないカイムは突っぱねるが、それに追随するかのようにカトレアとアイリスがどこから聞きつけたのか話に入ってくる。
「なら、エスパータイプはどうでしょう」
「お前もかよ」
「ドラゴンタイプ!」
「まだなんも決めてねえわ!黙って飯食ってろ!」
わいわいとカイムを中心に騒ぎ始めた集団を、少し離れた場所でカトレアのランクルスとともにコクランは笑顔で眺めていたのだった。
ーーー
「どっと疲れた…」
「ふふ、お疲れ様」
バーベキューを終え、器具や食器の洗い物を済ませた二人はポケモンセンター付近の浜辺を歩いていた。
あの後カトレア、シキミ、アイリスがそれぞれの専門のタイプについて熱く語ってきたため、話題の発端となったカイムはそれを最後まで聞いていた。
無論彼女達はカイムよりも遥かに優れたトレーナーであるため、非常に参考になる意見を多数聞かせてくれる。しかしあまりにも全員が熱く語るため、カイムはその話題が終わる頃には疲労困憊していた。
「でも、いい意見を聞けたんじゃない?」
「ああ。流石イッシュのトップに立つトレーナー達だ。それぞれのタイプを専門にしているだけあって、各タイプの強みと弱みをよくわかってる。加えて、その強みを活かすスタイルと弱みを補うスタイルまでレクチャーしてくれた。すごく参考になった」
死ぬほど疲れたけど、とげっそりした顔で言うカイムにシロナは笑いながら返す。
「そうね。私みたいなオールラウンダーと違ってそのタイプに全てを注ぎ込んできた人達だもの。それぞれのタイプについては、私よりも詳しいでしょうね」
一つのタイプに特化したタイプとオールラウンダータイプ。それぞれ強みも弱みも存在するし、どちらのタイプも強いトレーナーはいる。一概にどちらが優れているということはない。その人にあったチームを組むことがバトルでは大切なのだ。カトレア、シキミ、アイリスも試行錯誤を重ねた結果、今のチームに落ち着いた。それで結果を残せているため、それが彼女達に合っていたということに他ならない。
「俺は正直どっち付かずだけど、タイプに関する知識は広く浅い。それに俺自身は一つを極めるよりも互いに補い合うようなチームの方が合ってると思う。今日レクチャーしてくれた三人はみんな俺のチームにはいないタイプの専門だ。だから、今日の話聞いて一体だけ候補ができた」
「あら、それは良かったわ。それで、そのポケモンは?」
「メタグロス」
「ホウエン地方のポケモンね。カトレアもパーティに入れてたからアドバイスとかもらえるかもしれないわね。比較的珍しいポケモンだけど、どうしてメタグロスなの?」
「今のチームはどちらかと言えば物理寄りだ。タイプ的にブラッキー以外が特殊技に少し弱い。だからこの物理寄りのコンセプトを崩さず、壁として高い防御と特防を持つポケモンがいいと思ったんだ」
「うん、いい考え方ね。軸を崩さず、弱点をある程度補完できるメンバーを加えやすいのはオールラウンダーの強みだわ」
「それに、メタグロスは覚える技の範囲が広い。色々な技を覚えるからエースのブラッキーが弱い格闘タイプやバシャーモが弱い飛行タイプ相手にもメタグロスを当てればある程度対策ができる」
「メタグロスはとても強いポケモンだものね。その分育成も難しくて、そもそも個体数が少ないわ。育成はともかく、ゲットするためのアテはあるの?」
「ある。いつホウエン地方に行くかはわからんが、その時に合わせてツテを使ってみようと思う」
「いいわね、ホウエン地方。まだ行ったことないから行きたかったのよ」
楽しげに笑いながらシロナは浜辺に腰を下ろす。
カイムもその隣に腰を下ろした。
「もしホウエン地方に行くなら、まずカイムのご両親に挨拶したいわ」
「いきなり親に挨拶かよ」
「いいでしょ?正真正銘彼女なんだし。それに…」
シロナは抱えた膝に頭を置いてカイムに笑いかける。
「ずっと隣にいてくれるんでしょ?」
月明かりに照らされたシロナの顔はひどく美しかった。
一瞬見惚れてしまったことにどことなく気恥ずかしさを覚えたカイムは海に目線を逸らす。
「…永遠なんてない、とは思うけど、せめて俺が生きている間は……隣にいたい」
「ふふ、嬉しい。でもカイムの言う通り、永遠のものなんてない。人もポケモンも…いつかは形を無くしてしまう。カイムは……大切な人やポケモンが亡くなる場面に出会したことがあるのよね」
以前、そういう話をカイムがしていた。その時は詳しくは聞かなかったが、以前のカイムが話した数少ない身の上話であるためシロナはよく覚えていた。
「祖母と、親父のポケモンだ。祖母は俺が五歳の時に病気で亡くなった。親父のポケモンは、俺が旅に出る前の年に寿命で」
「悲しかった?」
「ああ。その人の、そのポケモンとの記憶は消えない。でも、その人たちの形が無くなるってのは、やっぱり悲しい」
祖母にはよく会いに行っていたし、父親のポケモン…ケッキングはカイムとよく遊んでくれた。
昨日までは笑って言葉を交わしていた存在が、翌日には冷たく、そして固くなっている。今でもその記憶は鮮明に思い出せる。生きている以上、いつか別れは来てしまう。当たり前の毎日がずっと続くわけではないことをカイムはよく理解していた。
「身近な人ほど、ずっといてくれると勘違いしてしまう。でも、どんな存在もいつかは朽ちる。だから俺は、大事な存在と共にいる時間を大切にしたい」
「私も、貴方といる時間を『当たり前』にして、そしてその『当たり前』を大切にしていきたい。なんでもない日常を送れることが、私は何よりも幸せだから」
「…ああ。そうだな」
「でしょ?その当たり前の中に、カイムが隣にいてくれることが含まれているの。だからご両親に挨拶しても問題ないわよね」
「あーもう好きにしろ」
実際、ホウエン地方に行く予定などかけらもない。いつになるかもわからないため、とりあえず放置しておけばそのうち風化するだろうとカイムは考え、適当に流した。
尤も、そう遠くない未来にホウエン地方に訪れることになるとはこの時カイムは思いもしていなかったが。
「話は変わるが、明日はどうすんだ?」
「明日は海底遺跡の調査よ。ダイビングスーツも予約してあるわ」
「なるほど。でも俺、ダイビング使えるポケモンいないぞ」
「そこは平気よ。私のミロカロスなら、二人くらいなら連れて潜れるわ」
「そいつはありがたいね」
カイム自身は泳げるし、素潜りも経験がある。
だが流石に水ポケモンのダイビングと比較したら速度も安全性も劣る。
「一緒に調査してくれるんでしょ?」
「聞くまでもねーだろ」
「そうね。ありがとう」
シロナはカイムに身を寄せる。
そして海から視線を外さないカイムに顔を近づけた。
「ん」
「っ!」
頬に柔らかい感触。
カイムは思わずその感触がした場所を指で触れた。
「……」
「報酬の前払いってことで」
「………払いすぎだろ」
「ふふ。今後のことを考えたら、正当だと思うけど?」
「くっそ…今に見てろよ」
耳を赤くしたカイムは立ち上がり、砂を払う。シロナもそれにならって立ち上がり、砂を払った。
「そろそろ帰るぞ」
「はーい」
先に歩き始めたカイムのすぐ隣に並ぶ。
すぐ隣にいるシロナの手をカイムは取り、指を絡ませた。
「あ」
「なんだ」
「……いいえ、なんでもないわ」
繋がれた手を握り返し、幸せな気持ちを噛み締めながら二人はカトレアの別荘に戻っていった。
ーーー
深夜
時計の短針が12を少し過ぎた頃、カイムは別荘の貸し出された部屋でノートパソコンに向き合っていた。
なにをしているかというと、仕事である。リーグが終わりジムも今はほとんど稼働していないが、それでも再稼働した時にすぐに動けるようにしておく必要はある。その仕事をバカンス先でも行うカイムは、ある意味の仕事中毒ともいえる。
そんなカイムの部屋の扉がノックされる。
「ん、どーぞ」
「夜遅くごめんね」
入ってきたのは、シロナだった。
キャミソールの上に薄手のパーカーを羽織り、ショートパンツを穿いている非常にラフな格好だった。
「あ、ごめん。仕事中だった?」
「いや、今日やることは終わったからいい。それでどーした?女子会だったんじゃないのか」
確か、風呂に入る前にアイリスがカトレアとそんなことを言っていたはずだった。恐らくカイムとの関係について色々聞く気なのだろうとカイムは考えており、その予想は的中していたが、カイムが知る由もない。
「そうだったけど、みんな寝てしまったわ」
「ああ、いつも眠そうなお嬢様に執筆を特急で終わらせてきた小説家、そしてまだ子供のチャンピオン。なるほど、この時間に寝落ちしてもおかしくはないな」
「仲良く寝てるわ。でも私は色々話してたら、目が冴えてしまってね。だからまだ起きてる貴方のとこに来たの」
「そうかい。好きにしな。話し相手くらいにはなれる」
「なにしてたの?」
「仕事。ジム関連で少しな」
眼鏡を外し、座ったままシロナに視線を移す。
「女子会はどうだった?」
「楽しかったわ。ちょっと疲れたけど」
「どーせ俺らの関係について聞かれてたんだろ」
「ええ、正解」
苦笑しながらシロナはベッドに腰掛け、手首につけていたヘアゴムで長い髪を束ねた。
「みんな女の子ね。色恋沙汰にはとてもよく食いつくわ」
「だろうな。他人の、しかもシロナみたいな有名人かつ私生活が謎なやつのは特に気になるだろうよ」
「私の私生活、そんなに謎?」
「少なくとも、世間では家事全般が壊滅的で片付けが全くできない女だとは思われてない。つまりそういうこと」
カイム自身、助手となる前はシロナがここまで私生活がズボラだとは思っていなかった。そもそも世間ではシロナの自宅がどこにあるのかすら知られていない。見つかりにくい場所にあるため、余程上手く尾行しないと見つけられないというのもあるが。
「ああー…そうかも」
「そんな奴の恋人関係がどんなものか気にならない人の方が少ないと思うが」
「納得」
「別に聞かれて困ることは特にないし、好きなように話していい。あのメンバーなら信頼もできるしな」
「まだ付き合ってからそんなに日は経ってないし、そこまで話せることはないんだけどね」
「間違いねえな」
パソコンの作業を保存し、電源を落とす。
膝にいたブラッキーを撫でながら体の向きをシロナに向ける。
「そういや、海底遺跡について少し論文読んでみたんだ」
「あら、この短時間で?」
「概要と結論だけな。途中はあんま読んでないけど」
「それで?なにがわかったの?」
「海底遺跡は、かつて『王』と呼ばれる存在がいたらしい」
「王?」
「ああ。その王とやらがどんな人物だったかは不明だが、普通に考えて遺跡の主だった人物だろうな」
海底遺跡の壁に刻まれた文字を解読した結果、遺跡の主だと思われる王と呼ばれた存在が明らかになった。だがその王がいつ生まれ、そして死んだのか。そしてその王がどういう人物だったのかは解読が進んでいないため未だに不明である。
「まだ最深部まで誰も到達できてないから、未だに調査が進んでないんだよな」
「あの遺跡自体は最近発見されたものじゃないのだけど、遺跡の調査は難航してるの。どういう仕組みかはわからないけど、あの遺跡は制限時間が存在してるのよ」
「どういうことだ?」
「簡単に言うと、遺跡に滞在できる時間が決まってるの。それ以上滞在しようとしても水流に流されて外に押し出されてしまう」
海底にあるため、酸素が尽きるまでしか滞在できないが、それよりも遥かに短い時間で水流によって流されて外に押し出されてしまう。この制約があるため、一度に調査できる時間は限られており、最短で進まないと最深部にまで到達できないのではないかと学者達は予想していた。
「なるほど。そりゃ調査も進まないわ」
「私たちの調査でも、どれくらいのことがわかるか未知数だわ。解明されているルートを避けることはしていこうと思うの」
「ああ、いいと思う。どうせなら未踏のルートを開拓してみたいしな」
「限られた時間をできるだけ有意義にしましょうね」
そう言ってシロナは笑い、ベッドに倒れ込んだ。
明日の調査のことを考えるとワクワクしてしまう。今度はどんな発見が待っているのか。とても楽しみで眠気が来ない。
「明日が楽しみだわ」
「楽しみにするのはいいが、そろそろいい時間だし寝たらどうだ?」
「ええ、寝るわよ」
「なら部屋に戻れ」
「一緒に寝ましょ」
固まるカイムに対して、シロナは楽しそうにしている。
「……何故」
「いいでしょ?別に私もカイムも寝相悪くないし、シングルベッドでも一緒に寝れると思うの」
「…………」
「嫌なの?」
「……嫌…じゃ、ない」
付き合う前からスキンシップはたびたびされていた。この程度で動揺はしない。
ただ、落ち着かなくて寝れないという可能性があるだけだ。
「ならいいでしょ」
「…はぁ。わかったよ」
観念したようにカイムはブラッキーと共にベッドに寝そべる。横を向くと、すぐそこにシロナの顔があった。
「ふふ」
「んだよ」
「嬉しくて」
「…さいですか」
シロナの顔にかかっている絹のような髪をすくいあげ、そのまま頭を撫でる。艶やかな髪はとても触り心地がよく、ずっと触っていたくなるような感覚に陥ってきた。
「いいわね、これ」
「そうか」
「ええ。とても落ち着く」
撫でてくれる手がとても心地よく、落ち着く感覚が全身を支配していく。時刻も遅くなってきたため、徐々に瞼が重くなる。
「カイム…」
「眠れ。側にいてやるから」
「…ありがと」
「おやすみ」
瞼を閉じ、穏やかな寝息を立て始めたシロナの髪をカイムは撫でる。二人の間に挟まるブラッキーも静かに寝息を立てており、カイムもそんな二人の様子を見て徐々に睡魔が襲ってきた。
電気を消すと一気に眠気が強くなる。
「……また明日」
明日が来ることを当たり前だと思わず、大切な存在と共にいられることに幸福を感じながらカイムも瞼を閉じた。
静かな波の音を聞き、シロナの体温と匂いを感じながらカイムは眠りに落ちた。
おまけ
女子会の一部
「じゃあ、シロナさんにはカイムさんとの馴れ初めから話してもらいましょう!」
パジャマ姿で目を輝かせながら言うシキミにシロナは少しだけ苦笑する。
できることなら逃げたいが、カトレアだけでなくアイリスにまで捕まってしまってはどうしよもない。
「馴れ初め……三年くらい前に、タマムシ大学で会ったのが最初ね。そこで助手にスカウトして、今に至るわ」
「シロナさんはどうしてカイムさんを助手にスカウトしたの?」
子供らしい寝巻きを来ているアイリスが純粋無垢な質問をぶつける。
「見込みがあったの。考古学者としても、トレーナーとしても。頭はいいのに上手く使えてないのがもったいなくて」
「その時から好きなの⁈」
「流石にそんな早く好きにはならないわ」
「ではいつからカイムのことを好きだと自覚なされたのですか…?」
核心を突くカトレアの質問にシロナは顔を赤くする。
そんなシロナをカトレアは楽しそうに、シキミは興味深そうに、そしてアイリスは目を輝かせてながら見た。
「いつ⁈いつなの⁈」
「えー…っと」
「昨年会った時はどうでした?」
「えー……っと…その時は……」
「その時は?」
「………多分、自覚はしてないと思う」
「では、いつ?」
「うーん…正直あまり覚えてないわ。気づいたら…」
『好きになっていた』という言葉を言おうとして、シロナは恥ずかしくなりやめた。
しかし言わずとも三人には何を言おうとしていたのかわかってしまった。
「…もういいでしょ?」
「いいえ、まだです」
「もっと聞きたーい!」
「あまり知れないシロナさんの私生活ですから。是非もっとお話しを聞きたいですね」
「……歳上をからかって楽しい?」
「ええ」
「はい!」
「割と」
「もう…」
こういうのから逃げるのが得意なのはカイムなのだが、仮にここにカイムを置いても逃げられないだろう。
「この歳であまり乙女なこと言いたくないんだけど…」
「でもそれがシロナさん自身の本音なんだよね?」
「………」
今までの人生、バトルと考古学にほとんどを捧げてきたため、男性と付き合ったことなどない。無論言い寄られたりしたことはあるが、シロナのお眼鏡にかなう男性はいなかった。そのためこの歳まで交際などしたことなかった。
25歳になって初めての彼氏というのも少々気恥ずかしくあるのに、その彼氏に対して年齢に似つかわしくない乙女なことを言うのはもっと恥ずかしい。
しかしそれがシロナの本心である以上、仕方ないことではある。カトレアの超能力を前に、下手な誤魔化しは効かないだろう。
「ねえねえ、シロナさんはカイムさんのことがどうして好きなの?」
アイリスの質問は純粋故に出たものだった。だがそれ以上に核心を突くものであり、ある意味この女子会の中で最も重要なものだともいえる。
「どこが好き、か…」
逃げられない以上、腹を括って話すしかないと割り切ったシロナはカイムのことを考える。
「こういうのって、理屈じゃないと思う。でもこの場合はちゃんと理由をつけたほうが良さそうね」
「理屈じゃないというのは理解できます。でもシロナさんが言う通り言語化してくれるとこちらもわかりやすいです」
シロナは思考を巡らせ、出てきた回答を正直に言う。
「やっぱり、真面目で一途なところかしら」
バトルも考古学も決して優秀とはいえない。だが己の足りない部分を的確に見抜き、それを克服するための努力を積み上げるところがシロナは気に入っていた。克服するまでに時間はかかるが、着実に前に進んでいく姿勢は、今まで出会ったどのトレーナーよりも真摯だった。
真摯に向き合う姿勢はバトルや考古学だけでなく人間関係でも当てはまる。誰に対しても真摯に向き合い、決して信頼を損なうような行為をしないのはカイムの魅力だろう。
「誰にでも、何にでも真摯に向き合って、着実に努力を継続していける人って案外いないのよ。無論優秀なトレーナーはみんな努力を継続してるけど、正直カイムくらいの凡才でここまでバトル続けてる人っていないんじゃないかしら」
「…まぁ、失礼を承知で言いますと、実際カイムにバトルの才能はありませんからね」
「でもカイムさん、結構強そうだったよ?ジムリーダーくらいにはなれそうだけど」
「強くなる素質はあるの。足りない部分を的確に見つけられるから。でもその弱点の克服をするために必要な努力がどんなものなのかを自分で見つけられないのよ」
カイムの最も足りてない部分はこれに限る。どういう努力をすれば克服できるのかわからない。故に、思いつく手段を片っ端から試し、結果無駄に時間を食うのだ。
「でもね、それを理解したうえで努力を継続するってすごく難しいの。誰だって『自分の弱さ』に向き合うのは怖い。それを乗り越えて努力を続けるのは、私にもできるかわからない」
シロナ自身はバトルの才能にも考古学の才能にも恵まれた。加えてそれらはシロナにとってとても興味深く、楽しめるものだったから今まで努力を続けてこられた。
だが仮に、シロナにこれらの才能がなかったらここまで続けていられただろうか。多少はやっていただろう。だが、ここまで情熱を注げたかと聞かれると、安易に首を縦にふることはできない。
「うーん、確かにそう言われるとアタシも自信ないですね〜」
「ポケモンを好きでいられたことは間違いないです…。でも、確かに今ほど情熱を注げたかと言われたら……アタクシも断言しかねます」
「ん〜…あたしはバトルは勝っても負けても楽しいから、よくわからないなぁ。ぶつかって、相手とポケモン達と心を通わせていくことがバトルのいいところだと思う。もちろん勝ちたいし、負けたらとっても悔しい。でも確かに負け続けたらきっと嫌になることもあるんだろうなぁ」
「でしょ?どんな形であれ、私達はカイムと違って才能も素質もあった。だからここまでこれたの。でもカイムは、才能が無いのにずっと努力してきた。一途に、折れることなくずっとね」
一度、大学に入った際に諦めてはいたようだが、シロナを師としてからは一切妥協せずに努力を重ねている。スモモ相手にも既に恐ろしいほどの黒星が溜まっているが、それら全てを少しずつでも確実に己の糧としてきた。
「不器用でちょっと素直じゃないけど、そういう一途で真っ直ぐなところに惹かれたんだと思う」
僅かに頬を染めながら言うシロナの美しさに、思わず三人は見入ってしまった。
「…へぇ……想像以上にベタ惚れしてますね」
「これは……ぞっこんですね」
「ふわぁあ!素敵!」
「…もういい?」
三人の反応に恥ずかしくなったシロナは終了の懇願をした。
尤も、それを聞き入れるかどうかはまた別の話。
「もっと、お聞きしたいですね。アタクシが眠くなるまで…」
「まだまだ!もっとお話ししましょ?」
「あたしもシロナさんの話聞きたーい!」
「もー……手加減してって言ったのに…」
約二時間後、三人が仲良く寝落ちするまでシロナへの質問攻めは続いた。
終わる頃にはシロナはヘトヘトになっており、失った気力を充電するためにまだ灯りの付いているカイムの部屋に向かうのだった。
本当は海底遺跡もやるつもりでしたが、また四万字を超えそうだったので一度ここで区切りました。
作者の思う才能は『上達のために必要な努力がどんなものかをどれだけ早く見つけられ、それをどれだけ効率よく己の糧にできるか』という度合いだと思っています。
例えばシロナは自分の弱点を見抜くと、それを克服するために必要な最高効率のトレーニングを考えられ、それを素早く吸収できます。
対してカイムはその弱点の克服のために必要なトレーニングはどんなものなのかを模索するところから始まります。色々模索して、ようやく見つけたトレーニングも『最適解』なのかを更に吟味し、そこからトレーニングがスタートします。そしてそのトレーニングを一度に糧にできる量は一流のトレーナーと比べて少ないです。
素質は単純に伸び代のことです。
簡単に言えば、一流のトレーナー達は目標までの最短距離を見極め、そこに向かうまでの一歩が少ない。
対して凡人カイムは寄り道に寄り道を重ね、漸く見つけた最短距離も一歩が小さいため達成に時間がかかる、といったイメージです。
シロナ
普段の黒いコートを最近着てない人。シロナさんにはノースリーブの服がめっちゃ似合うと思ってます。作者が好きなだけかもしれませんけど。女子会で質問攻めにされたあげくアイリス以外の二人を少し引かせるくらいの惚気っぷりを発揮した。すぐにいちゃつくけど時と場所は弁えるマナーのいいバカップル。成人済み
カイム
惚気られてるとはかけらも知らずに仕事をしてた男。祖母と父親のケッキングが亡くなったことが幼いカイムの心に影響を与え、この出来事が考古学を学ぶきっかけになっていたりする。リア充。成人済み
カトレア
シロナさんを尊敬してる四天王のお嬢様。シロナさんがカイムと付き合ったこと自体は許してるしなんなら『やっとか』とも思っていたが、自分から言ってくれなかったことに不貞腐れる。なお、カイムは一度もバトルで勝ててないため、歳上であるのにもかかわらずカイムのことをいじり倒す。そしてシロナのことを姉のように慕う。ゲームの花から出てくる演出が好き。未成年
コクラン
プラチナではバトルフロンティアに登場。こういう執事キャラって結構強キャラ感あって好き。年の功故か、恐ろしく観察眼が強い。ゲームでは二度とバトルしたくないと思った。
シキミ
シロナさんを取材する物書きをする四天王。シロナを題材にした小説を書きたいためか、結構プライベートのことまで聞きまくるが、年齢だけは絶対に答えてくれないらしい。カイムのポケモンに向き合う姿勢には非常に興味があるらしく、積極的に取材をしているがほとんど答えられていない。多分未成年
アイリス
イッシュ地方の最年少チャンピオン。無邪気に人に接することができるため、シロナに可愛がられている。アイリス自身シロナに懐いているからとても関係は良好。カイムにも案外懐いているためよくバトルを申し込んでいるが、大体断られる。尤も、カイムとバトルしても勝敗は目に見えているが。BGMがシロナ戦の次に好き。言うまでもなく未成年
次回は海底遺跡調べて海で遊びます。
感想、評価を毎回いただいて感無量です。これからもよろしくお願いします。