お気に入りが4000近くなりました。連載をするとは思ってなかったのですが、まさか連載を始めて2ヶ月くらいでこんなにお気に入りが増えるとは夢にも思ってませんでした。みんなシロナさん大好きですね。よくわかります。
シロナさん、最高ですよね。
異論は認めます。各々推しは違うでしょうからね。みんなで好きな推しを推していきましょう。
そしてシロナ推しの皆さん、お待たせしました。
水着回です。
朝日を感じて、シロナは目を開く。
一瞬ぼやけた視界に最初に映り込んだのは、大切な人の寝顔だった。普段は眉間に皺が寄りがちだが、寝ている時はとても穏やかに眠る彼の顔を寝起きの瞳でぼんやりと見つめた。
「………」
時計を見ると、まだ少し早い時間。
執事のコクランなら起きてきてもおかしくないが、少なくともカトレアはまだ起きるような時間では無い。
二度寝してもいいが、カイムは普段シロナよりも早く起きるため、寝顔を見られる機会はあまりない。あまりない機会だから少し穏やかな寝顔を眺めていた。
寝る前にシロナがされたように、シロナもカイムの頭を撫でる。少し硬めの髪が手のひらに触れ、シロナの手に合わせて形を変える。少し伸びてきた髪を撫で、その頬に触れた。
「…あ」
シロナとカイムに挟まっていたブラッキーが目を開ける。
シロナの動きの気配を感じて起きたのだろう。少し悪いことをしてしまったと思ったが、ブラッキーは特に気にする様子もなくシロナの顔を舐める。
「ん、ふふ。おはよ」
ブラッキーを抱き抱え、カイムを起こさないように起き上がる。
まだコクランも起きていないのか、別荘はとても静かだった。
(さすがに早すぎるかしら)
睡眠時間は若干短い気もするが、身体に疲れやだるさは感じない。とてもリラックスできて、眠りもいつも以上に深かったように思える。さすがカトレアの別荘と言うべきか、客室のベッドも非常に質がいいものだった。眠りに拘りを持つカトレアらしいとシロナは思った。もしかしたら、このベッドが良質なものだったから眠りが深く上質なものだったのかもしれない。
(…いや、違うわね)
無論それも要因の一つではあるだろう。だが最も大きな要因は、それではない。
隣で眠るカイムの頭を撫でる。すぐ近くに大切な人がいてくれることがシロナを安心させ、よりリラックスできるようになったのだろう。
今後ツインベッドを購入して一緒に寝ることも考慮してもいいかもしれないとシロナは考えた。尤も、カイムは恥ずかしがって簡単に首を縦に振るとは思えないが。
「ありがと」
小声でカイムにお礼を言うとシロナはブラッキーを連れて静かに部屋を出て行った。
ーーー
コクランとカイムで作った朝食を四人で済ませ(カトレアは寝坊)、アイリスとシキミはカトレアが起きるのを待って買い物に出かける予定になっていた。
その間にシロナとカイムは調査のための準備を済ませ、ポケモンセンターへと向かった。
「ポケモンセンターで受付してんのか?」
「そうよ。私たちは調査だから内部に入るけど、あの遺跡自体は一般人も外観だけは見ることができるからね」
「へえ」
シロナ曰く、カメラなど記録に必要なもの以外は向こうで用意しているようで、持ち物はカメラとダイビングスーツの下に着る水着くらいだった。
「ま、ラクだからなんでもいい」
「調査の前に余計な心配も減るものね。ところでカイムはポケモンでのダイビングの経験はあるの?素潜りの話は聞いたことあるけど」
「姉貴に無理やり連れてかれたことがある」
「ああ…」
げんなりしながら言うカイムの様子を見て、不意打ちかバトルに負けて連れていかれたとかそのあたりだろうとあたりをつけたシロナはそれ以上追求することはしなかった。
ポケモンセンターに入り、指示されていた場所へと向かうとすでに案内人が待機していた。
「シロナさん、ですね?」
「ええ」
「本日遺跡の外部までの案内人をさせてもらう者です。お二人での調査だと伺っていますが、相違ないでしょうか」
「大丈夫よ」
「承知しました。ではこちらがウェットスーツです。更衣室はこの先にありますのでそちらで着替えてください。着方も更衣室に掲示されてますので。その他のダイビングに必要なものはスーツを着用してからお渡しします」
「助かるわ。じゃあカイム、後で」
「ん」
二人はウェットスーツを受け取ると、更衣室に入っていった。
シロナがウェットスーツを着て港に出ると、既にカイムは着替え終えており案内人と何か話していた。
「ごめんなさい、待たせたかしら」
「問題ない」
「揃いましたね。ではこちらがダイビングキットです。装着は海に入る前で構いませんので簡単に使い方をご説明します」
「ええ、お願いするわ」
一応二人ともポケモンでのダイビングに経験はあるが、こういうことはちゃんと聞いておくべきだと判断し、説明に耳を傾ける。
説明を終えた案内人は二人に向き直る。
「なにか質問はありますか?」
「大丈夫よ」
「では、早速向かいましょう。潜る場所まで案内しますよ」
そう言って案内人はボールからラプラスを出し、その背中に乗った。
それに続いてシロナはダイビングキット一式を装着してミロカロスを出し、海に入ってその背中に掴まった。
「ほら、カイムも」
「ん」
シロナに続きカイムも海に入り、ミロカロスの背中に掴まった。
「ミロカロス!珍しいですね」
「でしょ?自慢の子よ」
「いい信頼ですね。潜る前にご存知かもしれませんが、一応お伝えしておきますね。海底遺跡は複雑な迷路形式になっています。未踏のルートもまだ複数あると思われます。また、遺跡内部にいられる時間は限られています。遺跡内部に侵入するとカチッという感じの音がしますので、おそらくそれがスタートの合図です。時間切れになっても遺跡外に出るだけなので、水流が来たとしても慌てずにミロカロスに掴まっていれば問題ないです。なにか質問はありますか?」
「大丈夫よ」
「では案内します。ついてきてください」
案内人のラプラスに続き、二人が掴まるミロカロスは後を追う。
少し進むと、水深が明らかに他と比べて深い場所にたどり着いた。
「…この下が」
「はい。この真下に遺跡があります。シュノーケルとゴーグルをつけて潜れる状態にしてください。潜ります」
言われた通り装着したことを確認すると、案内人はラプラスにダイビングを指示して潜った。
「ミロカロス、ダイビング」
シロナもミロカロスにダイビングを指示し、二人は海の中に潜った。
海の中はとても透明度の高い海水のおかげで明るく、海底まで見渡せた。その海底でも一際深い場所があり、その中に遺跡が確認できる。
(…あれが海底遺跡ね)
どこか寂しげな雰囲気があるが、異様な存在感がある。
今まで調査した遺跡と比較しても、この遺跡は大きく、保存状態が非常にいい。海の底にあるから外気によって劣化することもなく、海底の中でもその部位だけが深くなっているため水流による侵食もないからかもしれない。
(王、ね。どんな存在だったのかしら)
カイムが昨日言っていた『王』と呼ばれる存在。その人物について詳しくはわかっていない。遺跡の主だろうということは予想できるが、それ以上のことは何もわからない。
案内人が手で入ることを許可した合図を出す。
その合図を確認すると、シロナはカイムを見た。カイムもその視線に気づき、頷く。
シロナは指でミロカロスに遺跡に入るように指示を出し、ミロカロスはそれに従った。
遺跡内部は想像以上に明るく、進行方向もちゃんと目視できるほどだった。
(こんなに明るいのか。懐中電灯、いらなかったな)
念のためカイムは懐中電灯を持ってきていたが、この明るさならば必要ないと判断し、腰のホルスターに入れた。
完全に遺跡内部に侵入すると、『カチッ』という音が鳴ったのが聞こえた。
(…今のがスタートの音ね。本当にどういう仕組みなのかしら)
どうやってシロナ達が侵入したことを確認しているのかわからないが、それを今考えてもわかるわけない。故にシロナは思考を切り替え、すぐに遺跡探索に意識を切り替える。
海底遺跡にはいくつか階層があることがわかっている。いくつの階層があるのかは不明だが、現時点では第二階層までの踏破が完了している。今回二人の目的は最深部への到達。なので最速で第二階層までの道を進んだ。
(とりあえず公開されているマップの通りね。時間もないし、写真撮りながらサクサク行かないと)
一応録画もしてあるが、記録は多いに越したことはない。
(…この遺跡は、なんのために作られたのかしら)
内部は迷路のような道しかなく、人が住んだり儀式などをしたりするようなものには見えない。なんのために作られたのか現時点では全く理解できない。上層も同様の構造であるのならば、もはや侵入者を上層部にまで辿り着かせないためにやっているようにも思える。
しばらく進むと、赤い石でできた壁が現れる。そこには象形文字のような文字が彫られており、その石に触れると勝手に足は動いて道が開けた。さらにそこから上に昇れる穴を確認した。
(事前情報通りね。触れたら動くってどういう仕組みなのかしら。それと、これが論文にあった象形文字ね。最近少しだけ解読が進んでカイムが言っていた『王』の存在が明らかになったんだっけ)
象形文字の記録を保存し、上の階層へと昇る。
第二階層も変わらず迷路のような構造だった。
(第二階層の踏破はあまり進んでいない。踏破済みルートを避けつつ、上の階層にいける場所を探す)
シロナが指で指示を出し、ミロカロスはそれに従う。
カイムはミロカロスに進路を任せながら遺跡内部の様子をカメラで記録し続けた。
(……居住区や儀式用とも思えんな。最初から侵入者を拒む…いや、試すような造りになってる)
そこでカイムの耳に僅かに鈍い音が聞こえた気がした。
(今の…)
シロナの方を見ると、シロナもその音が聞こえたらしく頷いた。
(制限時間関連だと考えるのが妥当か)
気にしても仕方ないことだと切り替え、できるだけ速度を上げつつ探索を続ける。
現在シロナ達が進んでいるのは未踏のルート。故に分かれ道などがあればどちらに進むかを記録しながら進む必要がある。映像記録もあるとはいえ、記録媒体は多いに越したことはないためサブのカメラでも撮影を続ける。
しばらく進んでいると、上の階層に上がる時にあった赤い石が目の前に現れ、行手を塞いでいた。第一階層同様に触れてみるが、動く様子はない。
(行き止まり?ハズレの道を引いてしまったかしら)
未踏のルート故にどの道が正解なのかはわからない。この道がハズレであるとわかっただけでも成果にはなる。
時間はないため、戻って別の道を探そうとミロカロスに指示を出そうとしたところでカイムがカメラのフラッシュで赤い石を撮影した。先ほど確認した象形文字と同じ文字が彫られている。
カイムが撮影を終え、ちゃんと保存できたことを確認するとシロナに頷いた。それを確認したシロナは今度こそミロカロスに指示を出そうとした。
だがそこで信じられないことが起こる。目の前の赤い石が動き、道を開けたのだ。
(動いた⁈何故⁈)
特別なことはしていない。せいぜいカイムが記録のために撮影したくらいだ。だというのに石は勝手に動き、道を開けた。
石が動いた瞬間も映像記録に残してある。理由はわからないが、道が開いたのなら進む以外の選択肢はない。
(何にしても幸運ね。進むしかないわ)
思わぬ幸運ではあったが、更なる発見であったことに変わりはない。
先に進んでいくと、上の階層へと登れる場所を発見する。
(やった!上の階層へ行けるわ!)
前人未踏であった第三の階層に二人は到達した。
そして第三階層も同様の迷路のような造りになっており、所々赤い石が確認できる。
(どのくらい階層があるのかしら。この遺跡の規模的にあってもあと一、二階層くらいだと思うんだけど)
全貌が明らかになっていない以上、予想の域は出ない。あとどれくらいの制限時間があるのかはわからないが、多くないことは確かだ。
シロナはとにかく進むことを考えた。
少し進むと、道中に小銭のようなものが落ちていた。拾ってみると、象形文字が彫られているコインのようなものだった。
(この文明があったときの貨幣ね。現物が発見できたのは大きいわ)
そのコインをスーツのポケットに収め、更に探索を続ける。
すると遺跡全体に鈍い音が響いた。
(また音が……もうあまり時間ないわね)
ミロカロスに指示を出し、更に進んでいく。
するとまた道を赤い石が塞いでいた。
(今後こそ行き止まり?)
隣でカイムがカメラで記録を取り、ついでにフラッシュで石を照らしてみるが、石は動かない。
(……ダメそうね。時間もないし移動するしかないのかしら)
石に触れるが、変化はない。
試しにカイムは石を思いっきり押してみる。当然、力の入りづらい水中ではこれほど大きな石は壊せない。尤も、地上であってもカイムでは動かせないが。
(…ダメか。流石に水中じゃ動かせんな)
(仕方ないわね。別の道を行くしか…)
そこで再び信じられないことが起こる。目の前の赤い石が動いて道が開けたのだ。
(おいおい、どうなってやがる。ありがたい限りだが、理屈が意味不明すぎんだろ)
何かしら条件があるにしても、不可解なことが多すぎる。何がきっかけなのか、そしてどうやって石が動いているのか、そもそもこの赤い石はなんなのか。わからないことが多すぎるが、ここで考えている暇はない。
開いた道を進むと、再び上の階層に昇れる場所を見つけた。
(すごいわ。まさか今日だけで二つも未踏の階層を見つけられるなんて)
貴重な記録が取れたことに感謝しつつ、二人は更に上に向かう。
たどり着いたのは、先程までの迷路のような造りではなくだだっ広い赤い石が壁にいくつか点在している空間だった。
(最深部、なのかしら。これ以上上に行けそうにもないし、ここがきっと最深部でしょうね)
(全ての石に象形文字が書かれている。全部写真撮っておくか)
シロナとカイムは共に赤い石の写真を撮影し、記録として保存した。
(相変わらず何が書かれているのかはわからないけど、解析には必要なデータだわ。まさかここまでのデータが取れるなんて)
正直、最深部にたどり着くためのルートを確立させただけでも相当な発見だ。加えて解読できない多数の文字。すぐに解読できるとは思わないが、できた時にはこの遺跡の調査は相当進むことになる。
きっと簡単にはいかない。だがそんなことは今までもそうだった。絶対にこの遺跡が何だったのかを解き明かしてみせるとシロナは内心で大いに燃え上がった。
(!……音が近い。時間切れも近いわね)
鈍い音が近くで響いた。今までの音と比べて格段に大きく、そして近くで響いたのがわかる。
(これ以上は無理かしら。できることならもう少し調べたいけど)
最後に何かないかと部屋を見回すと、部屋の中央に何か落ちているのが見える。
ミロカロスに指示を出し、そこまで移動すると確かにそこにはなにかがあった。拾い上げて見てみると、王冠のようなものだった。
二人は目を見合わせる。
(これは……王冠?)
(見たことない金属だ。当時の技術に由来するものなのかもしれんな)
鈍い音が迫ってくるのが聞こえる。
事前情報通りなら、この音の発生源である水流に流されてシロナ達は外に吐き出されることになる。
二人はミロカロスに掴まり、水流に備える。
(っ!)
(強っ!)
二人はミロカロスに掴まりながら水流に流されていった。
「ぷは!」
「はぁあ…」
水流に流されて海面に押し出された二人はゴーグルとシュノーケルを外して息を吐き出す。
「水流…思った以上にすごい勢いだったわね」
「人によっちゃトラウマになりかねんなあれは」
「あんな囲まれた場所からどうやってここまで流れてきたのかしら」
「わからん。一応カメラ回してあったけど、流されてる俺らですらわからないから望み薄だな」
少なくとも二人にはあの空間の中で人が通れるような場所はなかったはずだった。なのに流されて気がつけば水面にいた。仮にあの遺跡の正体がわかったとしても、あの水流の仕組みについては最後まで分からず終わる気がする。なにせ調査ができないのだ。
一息ついたところで、案内人がラプラスの背中から手を振っているのが見えた。
「ミロカロス、戻りましょ」
二人は案内人の元へ向かい、そしてポケモンセンターの海に面しているエントランスで一度腰を落ち着けた。
「写真のデータは後で見返すとして、問題はこれね」
最深部から持ち帰った王冠を机に置く。
金属製であり、王冠以外には見えない代物たった。この王冠の存在だけで論文にあった『王』の存在をより確固たるものにできる。
「王冠、ね」
「かなり凝った装飾があるわね。そしてこの王冠自体が相当長くあの遺跡に鎮座していたのにほとんど劣化が進んでいない。金属製なのは間違いないけど、金属が海の底でかなりの長期間も劣化せずに存在できるなんてね」
「古代の技術、ってやつか」
「そう考えるのが妥当ね」
古代には現在では存在しない数々の技術があった。科学が発展した今ですら、再現することのできない数々の代物が遺跡などから発掘されている。ポケモンの力に頼ったものもあるだろうが、そうだとしても不可解なものもあったりする。
「ちゃんと解析しないとわからないけど、きっとこの金属も現代には存在しないものなのかもしれない」
「かもな。なんにしても、今回の調査は随分いい結果だったんじゃないか?」
「ええ。まさか最深部までのルートを確立できるなんて思わなかったわ。大きな成果よ」
「また忙しくなりそうだな。解析の依頼にマップルートの作成、公開。イッシュの歴史研究者達に協力を仰いで、この王冠の保管依頼か。あー頭痛くなりそうだ」
「この遺跡について論文も書いてみようと思うの。きっと面白くなるわ」
既に頭の中で論文を書く算段を立て始めたシロナを半ば呆れながらカイムは宥める。
「気張りすぎんなよ」
こういう時、張り切りすぎる傾向がシロナにはあるため、それを止めるのがカイムの仕事である。
「わかってる。でも、ちゃんと止めてね」
「善処しよう」
「それと、今日の調査付き合ってくれてありがとう。おかげでたくさん記録が取れたわ」
「お前が行くんだ。俺が行かないわけないだろ」
そう言いながらカイムは濡れた髪をかきあげ、ウェットスーツから上半身だけ抜け出した。
「ふう…きつかった」
「そうね。でも、嫌いじゃないわ」
「まーな」
シロナもカイム同様、上半身をスーツから抜け出す。スーツの下に着ていたのは黒いビキニタイプの水着だった。普段から黒を基調とする服を着ることが多いシロナなイメージによく合っている。
浜辺近くのポケモンセンターのエントランス故に、浜辺には多くの人がいる。シロナがウェットスーツの上半身を脱いだだけで、男女問わずにシロナに目が釘付けにされている人が多数いた。
しかも傍らには非常に珍しく美しいミロカロスもいる。目立たない理由がない。
「………」
「カイム?」
「…なんでも」
目立つことに慣れていないカイムはこの状態のシロナと共にいることで神経をすり減らしていた。
女性は羨望、男性は程度に差はあれどカイムの立場からすればあまりいい気のしない視線をシロナに向けている。目立つこと以上にこちらの方がカイムの精神衛生によくないものだった。
「…ああ、そういう」
周囲からの視線に気づいたシロナはカイムの表情に納得する。
未だに注目されることに慣れないカイムを揶揄おうかとも思ったが、カイムが『そういう』感情を表に僅かでも出すことは珍しい。故にシロナはカイムを揶揄うことはせず、席を立った。
「塩水でベタベタするから、軽くシャワー浴びて別荘に戻りましょ。午後は海水浴するから、調査の疲れを持ち越したくないしね」
「この王冠はどうする」
非常に貴重な遺跡の現物を甘いセキュリティの場所に残していくことはできない。だがカトレアの別荘に持っていくのも違う。これはイッシュ地方の歴史に関わるものであるため、いくらチャンピオンといえども別の地方の人間がぞんざいに扱っていいものではないのだ。
無論シロナとてその程度弁えている。
「とりあえずポケモンセンターに預けるわ。イッシュ地方にとってとても貴重な遺物だもの。私個人で扱っていいものじゃないわ。だからこういう公的施設に預けるのがいいと思うの」
「正論だな。だがこれ自体の調査はどうする」
「全体の写真はくまなく撮ったし、いざとなれば発見者権限使って現物を一時的に借り受けることもできるから大丈夫よ」
「なるほど、なら任せる」
「ええ」
二人は事情を説明し、イッシュ地方の歴史博物館に連絡してその王冠をポケモンセンターに預けると、シャワーを浴びて別荘への帰路についた。
この時期のサザナミタウンは観光客で賑わうため、水着で街中を彷徨く人も多い。故にシロナ達も水着姿で別荘まで向かった。
そこで再びシロナの水着姿が注目されることになり、カイムは難しい顔をしていた。
「どうしたの、そんな難しい顔して」
理由は大体わかっているが、シロナは敢えてカイムに聞いた。
「………大変だな、と」
「ん?どういうこと?」
予想してない答えが返ってきて、シロナは思わず聞き返す。
「お前の彼氏ってのは、大変なんだなと」
シロナは美人かつスタイルもいい。そんな美女が水着姿(現在はパーカーを羽織っているが)で歩いていたら誰でも思わず見入ってしまう。
そしてその女性が自身の恋人であるとなると、周囲に自慢したくなる気持ちもあれば自身との釣り合わなさ、そして邪な視線を向けてくる輩への僅かな怒りに精神をすり減らされる。
「なに?また私とは釣り合わないって言うの?」
「正直、今も釣り合わないと思うよ。だがそれでも俺は釣り合うように努力をしていく」
「もう。細かいこと気にしなくていいのに」
シロナ自身はもちろん、あのカトレアですらカイムを認めている。シロナは惚れていることもあり、多少贔屓目があるかもしれないがカトレアは違う。カトレアはどんなに近しい人間であっても相応の実力と人間性を持たない人間は決して認めない。
そのカトレアがカイムのことを『認めている』と言った。だからカイムは課題である自信をもう少し持ってもいいとシロナは思っていた。
そう考えているシロナにカイムは返す。
「お前らが認めてくれているからこそだ。その思いに応えるためにも、俺はもっと強く、聡くならなきゃならん。俺のことを認めてくれたカトレアやシキミ、そして俺が隣にいたいと思ったシロナのためにもな。今の中途半端なままでいたくない。ちゃんと胸を張ってシロナの隣に立てるような存在になりたいんだ」
それは自分のためでもあるが、シロナのためでもある。世間からすればカイムの人間性など二の次であるため、カイムの実績がどういうものなのかがまず目に行く。その実践を見て世間がどういう反応をするかはわからない。仮にかなり華やかな実践であっても場合によっては心無い言葉をシロナに投げる輩もいる。だからシロナを守るためにもカイムはもっと強くなりたいと考えた。
「本当、真面目よね」
「悪いかよ」
「いいえ。素敵だわ。貴方のそういうところ、好きよ」
「どーも」
「私もね、私が大好きなカイム自身のことをカイムに好きになってほしい。だから、貴方が自分を認められるようになるために協力するわ」
「これからも頼む」
「お互いね」
シロナはカイムの頬を指で軽く突き、笑った。
「ところで」
「ん?」
真面目な空気から一転、シロナは話を変えた。
「この水着、どう?」
パーカーの前を開き、水着姿をカイムに晒す。黒いビキニタイプの水着でとてもシンプルなデザインだが、シロナの美しさはシンプルが故により引き立つものとなっている。飾り気のない純粋な美しさがそこにはあった。
「閉めろ。人の目が多い」
「あら、見られちゃまずいの?」
「まずくはないが、見せたくはない」
シロナのスタイルの良さであれば、誰に見せても全く問題ない。それどころか容姿も相まってモデルと勘違いされてもおかしくない。イッシュ地方というシンオウ地方から遠い土地であるため、シロナの知名度は高くない。そのためシロナを『シロナ』として認識する人は少ないが、その容姿が人の目を惹きつける。
だがカイムの立場からすれば、あまりいい気分はしない。案外独占欲の強い自分に少々驚いたが、それでも面白くないことは事実だった。
「そう言ってくれるのね」
「逆に聞くが、俺がそこいらの女の人に声かけられたりしたらどうだ?」
死んだ目で『そんなことあるわけないんだが』と小声でカイムは付け加える。残念ながら彼の容姿は『並』レベルである。最近は髪型やらスキンケアやら色々気をつけているため中の上レベルにはなってきてはいるが、デンジやダイゴのように飛び抜けたものではない。
故に、カイムはナンパなどされたことはない。なのでそんな心配する必要などないのだが、聞くだけなら自由である。
「嫌ね。バトルとかなら全然いいけど、『そういう目的』なら、嫌」
「そういうことだ」
「ふふ、よくわかったわ」
「ま、この周囲の状況を考えれば多少は仕方ない。だから完全に見せるな、なんてことは言わん。不可能だからな。だが、まぁ…その、なんだ?あんま見せびらかすことはしないでほしいかな」
「ええ。そうするわ」
大人しくシロナはパーカーのファスナーを閉める。できれば水着の感想を聞きたかったが、ちゃんと大切にされていることがわかったからここは許した。
「ああ、そうだ。忘れて後で不貞腐れられても嫌だから言っておく」
歩調も口調も変えずにカイムは言う。だが全く心当たりがなく、シロナは頭に疑問符を浮かべる。
「え?」
「水着、よく似合ってる。一番綺麗だ」
視線のみシロナに移し、変わらない無表情でカイムはそれだけ言った。
「え」
「帰るぞ」
「あ、もう!」
こういうことを不意打ちで言ってくるところがカイムのずるいところとシロナは内心で嬉しさが胸中の大半を占めているが、僅かに生まれた憎たらしさが存在する複雑な心境でカイムの背中を追った。
追いついた先でシロナはカイムの背中を思いっきり叩くのだった。
ーーー
「ただいまー!」
別荘に戻り、シャワーを浴びてゆっくりしていると、アイリス達が帰ってきた。
「おかえりなさい。お買い物はどうだった?」
「楽しかったです!新しい水着買っちゃいました!」
満面の笑みで言うアイリスの頭を撫でながらシロナもつられて笑顔になる。
「いやー、アタシも色々買っちゃいました。つい楽しくて」
「ふふ、楽しめたようね」
「シロナさんは調査どうでした?なにか新しい発見はありましたか?」
「ええ。とってもすごい発見があったのよ」
「どんな発見が…?」
「海底遺跡の最深部に到達できたの」
「海底遺跡の⁈すごーい!」
「おめでとうございます。さすがはシロナさんですね」
「これに関しては運要素が大きいけどね。ところで、みんなお昼は?」
現在の時刻は正午過ぎ。昼食を取るにはちょうどいい時間だが、三人が昼食をどうしたかわかっていないため、シロナは確認をした。
「あ、まだなんです。カトレアが『帰ったらどうせカイムが作っているから、食べずに帰りましょう…』って言ってたので」
「そうでしょう…?カイムのことですし、きっとアタクシ達の分も作っていると思ったので…」
「正解よ。今カイムがお昼ご飯を作ってくれてるわ。できたらみんなで食べましょ」
「はーい!カイムさん!お腹すいたー!」
アイリスは台所へと走っていった。
そんな子供らしい振る舞いをするアイリスを見て、シロナはくすりと笑う。
「ああしてるとイッシュリーグを勝ち抜いたチャンピオンには見えないわね」
「そうですね…まだまだ子供なのは事実ですから。しかし、アイリスのポケモンに対する純粋な姿勢は、アタクシも見習うべきでしょうね」
バトルをしている時と比べると、非常に子供っぽい一面を見せるアイリスの話をしていると、台所から声が聞こえてきた。
「おい、手ェ洗ってから台所に入れ。まだできてねーよ」
「カイムさんお昼ご飯なにー?あ、唐揚げがある!」
「人の話を…あ!お前!今つまみ食いしたろ!」
「ひへはいよ〜」
「口にモノ詰め込んだ状態で喋んな!ってそうじゃねえ!おいコラ逃げんな!」
カイムとアイリスの微笑ましいやり取りが聞こえ、三人はあまりにも兄妹のように接する二人が面白くて笑ってしまった。
「行きましょう。これ以上アイリスがつまみ食いしてしまう前にね」
「そうですね…ちゃんと手を洗ってから、ね」
「面白い人だなぁカイムさん。今度また取材頼んでみようかな」
笑いながら三人は台所へと向かっていった。
「午後はどうなさいます?」
カイムの作った昼食を食べながらカトレアはそう切り出した。
「あたし、泳ぎたい!」
その返事として、アイリスは勢いよく手を上げた。
「せっかく新しい水着も買ったし、綺麗な海もあるんだから泳ぐしかないでしょ!」
「それもそうね。調査じゃなくて、純粋に海水浴はしたいものね」
「はい!」
「なら…昨日散歩に行った浜辺はどうでしょう。人も少なく、海も綺麗です。それに近くにバトルもできる場所があるので」
「バトルしたいですね〜。せっかくこれだけのメンバーがいるんですし、アタシも是非シロナさんとバトルしてみたいです」
「うふふ、四天王が相手なら手加減しないわよ」
「望むところです!」
女子トークに華を咲かせるトップトレーナー達を尻目にカイムは黙々と食事を続ける。そんなカイムにアイリスは一つ疑問をぶつけた。
「カイムさんって、シロナさんの弟子なんでしょ?」
突如振られた話題にほんの一瞬固まったが、カイムはすぐに返す。
「ああ。一応」
「ならカイムさんもバトルしよ?きっと楽しいよ!」
「…いいけど、あんま期待すんなよ?所詮ただのジムトレーナーだし」
ジム内No.2の実力というのも世間一般ではそこそこの強さではある。だが今ここにいるメンバー(四天王及びチャンピオン)と比較すると、見劣りしてしまうのは仕方ない。
「カイムさん、ジムトレーナーなの?」
「ああ」
「ジムリーダーじゃなくて?」
「え、ああ」
「昨日のバーベキューの時、カイムさんのポケモン見た時に強そうだったからてっきりジムリーダーだと思ってた!」
「はは…」
カイムはまだスモモに勝ち越したことがない。引き分けに持ち込むことはできるが、勝つには至らない。現在のスモモと同等の実力なのかもしれないが、まだまだ勝ち越すことはできない。
加えてカイムとスモモでは伸び代が違う。スモモはまだまだ発展途上。更なる修練を積めば四天王入りも夢ではないだろう。無論相当努力は必要であるが。対してカイムは四天王に至るほどの実力を得るのにどれほど修練を積まなければならないのかわからない。
「もう一つ壁を越えれば、きっと一気に変わると思うのよね」
「じゃああたしがバトルしてあげる!」
「どうしてそうなったのか俺にはわからんのだが」
「いーからいーから!」
「わーったよ…」
げんなりしながらカイムは頷き、そんなカイムを見てシロナは僅かに微笑む。
(きっとアイリスちゃんなら貴方が今最も足りていないものを気づかせてくれるわ。こればかりは私が口で言ってもしょうがない。貴方自身が自分で気づかなければならない。でも、それに気がついた時貴方はもっと強くなれるわ)
数日後、シロナのこの思惑通りになることをカイムは知らない。
ーーー
「海だー!」
太陽が照りつける中、昨日カトレアと来た浜辺に五人は来ていた。
昨日同様、浜辺には誰もおらず静かな波の音のみが響いている。
カイムはパラソルを立ててレジャーシートを敷くとそこに荷物を置いた。
「わーい!」
「おい、準備運動してから泳げ。足つっても知らねーぞ」
上に着ていた服をシートの上に脱ぎ捨てると、ポケモン達をボールから出しながらアイリスは海に一目散に走っていき、そのアイリスにカイムが声をかけるが最早耳に入っていないだろう。
「本当に兄妹みたいね」
「自由すぎるのは姉貴一人で十分だ」
傍らにいるシロナがそう言ってくるが、カイムは苦い顔をして返す。
隣のシロナは調査帰りの時と同じように水着の上からパーカーを羽織っていた。
「今日もいい天気に恵まれましたね」
日傘をさしたカトレアが空を見上げながらそう言う。カトレアも水着の上から上着を羽織っている。
「海水浴なんて久しぶりです!楽しむぞ〜!」
シキミもアイリス同様に上着をシートの上に置くと軽く準備運動をしながらアイリスの元へ走っていった。シキミの水着は紫色のチューブトップとデニムのショートパンツの水着を着ている。
「アタクシも行きますわ」
カトレアは日傘を閉じると上着を脱ぐ。カトレアの水着はワンピースタイプの白い水着で腰にはピンクの地に白い波のような模様が入っているパレオを装着していた。
「…カイム」
「え、なに」
「何か言うことはないのかしら?」
パレオの裾をスカートのようにつまみながらカトレアはわずかに微笑む。カトレアの言いたいことを大体察したカイムは表情を変えることなく言う。
「いいじゃん。似合ってんぞ」
嘘偽りなく、そう思ったからカイムは心の通りに伝えた。平然と答えられたことに対しては少し残念に思ったが、似合っていると言われて嫌な気はしない。カトレアはその言葉を素直に受け取ることにした。
なにより、これ以上自分がここにいてシロナの水着のお披露目を邪魔するのは忍びないと思った。
「…ふふ、ありがとう。あとでバトルしてあげます」
「報復の間違いじゃないのか?」
「さて、ね」
明言することなくカトレアもアイリス達の元に向かった。
残されたシロナとカイムは顔を見合わせる。
「行ってこいよ。荷物は見ててやる」
「ありがと。カイムもポケモン出したら?」
「そうするよ」
四つのボールを投げてポケモン達を外に出す。ポケモン達は各々他のポケモンと手合わせを申し込んだり、パラソルの下で早速昼寝の態勢に入ったり、カイムの足に頭を擦り付けたりと自由にしていた。
それを確認すると、カイムはシートに腰を下ろし、ブラッキーを膝に乗せる。
「私も行ってくるわね」
「ああ」
短く返事をしたカイムにシロナは脱いだ上着を渡す。シロナは午前中の調査で着た水着とは異なり、白いビキニタイプの水着を着ていた。腰についているパレオはカトレアと同じものだった。それら全てがシロナのスタイルの良さや美貌を引き立てるものとなっており、普段とは異なる美しさを体現していた。
普段の黒を基調とした服装から一変、白を基調とした水着は普段とは異なる雰囲気を出しており、普段のミステリアスな雰囲気から清楚でお淑やかな雰囲気になっていた。
「………」
「どう?このパレオはカトレアが買ってきてくれたの。お揃いなの」
カトレアのようにパレオの裾を軽く摘むとシロナはその場でくるりと周り全身をカイムに見せつけた。
「…ああ。よく、似合う」
「それは水着が?それともパレオ?」
「言うまでもないが、どっちもだ。他人に見せたくない、独り占めしたいと思う程度には綺麗だ」
「もう少し素直に言ってもいいんじゃない?」
少々捻くれた言い方が含まれていたが、それでも愛する人に褒められ、そして自分のものにしたいと言われたらシロナといえども頬は緩む。
「でも、ありがと。荷物番もいいけど、ちゃんと遊びましょ」
「泳ぐのは好きだが、女子がやるような海遊びはどうにもな」
「…まあ、そうね。でもみんな貴方と色々やりたいと思うから頼まれたら、ね」
「わかってる。誘われたらいく」
「それならよし」
それだけ言ってシロナはカトレア達の方へ向かっていった。
残されたカイムは小さくため息をつき、頭を抱えた。
「…だめだこりゃ」
シロナの水着姿が脳裏から消えない。無意識にシロナのことを目で追うなど、完全にシロナの虜になっていることが自覚できてしまった。
そう考えながらも白い水着を着こなしているシロナを目で追っている。
「……完全に落ちてるな、俺」
ここまで惚れ込んでいるとは自分でも驚きだった。
今まで友人はいたし、その友人達の世話を焼くなどしてきたが、個人に対してここまで深く関わりを持ったのはシロナが初だった。そして個人に入れ込むのも、シロナだけだった。
「………ま、いいか」
それは別に悪いことではない。入れ込むことができる人に巡り会えたということは、とても幸運なことなのだから。
「運がいいな、俺達」
傍らでカトレアのムシャーナと共に昼寝をしているムクホークを撫でながらカイムは一人そう呟いた。
「ねえ、素潜りって私たちでもできる?」
「素潜り?」
五人でやっていたビーチバレーを終え、休憩としてパラソルの下で水分補給をしているとシロナは唐突に言った。
シロナに言われた言葉をカイムはそのまま返す。
「ええ。アイリスちゃんがやってみたいんですって」
「はあ」
「潜ったら、きっと色んなポケモンと泳げるよね!」
「それは、そうだが」
浅瀬や水面と比べたら、当然水深が深い方がポケモンは多い。共に泳ぐとなると、やはり多少深い方がいい。
しかし海というのは非常に危険な場所でもある。水流に流されて遭難、最悪の場合溺死する可能性もある。
「水ポケモンと一緒なら、問題ないとは思う」
「あたしはラプラス持ってるから大丈夫!」
「私もミロカロスがいるわ」
「二人はいいけど、カトレアとシキミは?」
アイリスがラプラスを手持ちに入れているのは昨日のバーベキューの際に確認しており、シロナのミロカロスについては言わずもがな知っている。
しかしカトレアとシキミはエスパータイプ使いとゴーストタイプ使いだ。潜れるどころか、泳げるポケモンがいるかどうかも怪しい。
「アタクシは自分の超能力とランクルスの力でどうとでもできます。それに、ブルンゲルもいますから」
カトレア自身が超能力を有しているため、自分を浮かすことやものを動かすことも可能だった。カトレアは一族の中でも特に強い超能力の持ち主であり、幼い頃は超能力の制御がうまくいかずポケモンバトルを封印していた過去すらあるほどの力だ。ランクルスの補助もあれば、潜ることくらい雑作もないのだろう。
「あ〜…アタシは泳げますけど、そんなに上手くないんですよね。ポケモンにも泳げる子はいませんから…」
「なら、アタクシと共に行きましょう。もう一人増えたとしても問題ないので」
「ホント⁈ありがとうカトレア〜」
「この力がお役に立つのなら、喜んで」
シキミはカトレアとランクルスの力でどうにかすることが決まった。
カイムだけ水ポケモンがいないが、カイム自身は素潜りは何度もしているし、この中で最も身体能力も高く肺活量も高い。万が一の時の保険としてできるだけシロナの側を離れないということで落ち着いた。
その時カトレアが
「その方がお二人は嬉しいでしょう?尤も、アタクシが言わずとも側を離れたりしないのでしょうけど」
と言ってシロナを赤面させていた。
カイムはジト目をカトレアに向けていたが、カトレア本人は涼しげにしていたため効果は無いだろう。
閑話休題
「じゃあ行くか。バシャーモ、悪いけど荷物見ておいてくれ」
各々ポケモンに跨るなり超能力で浮くなりして準備を済ませたところでカイムはバシャーモに荷物番を任せて海に入った。その間、シロナのガブリアスやアイリスのオノノクスと組み手をさせているから退屈はしないだろう。
「シュノーケルと違って素潜りは酸素を補給する術が息継ぎ以外に無い。あまり潜りすぎてると、体力保たないから注意な」
「はーい!」
「カトレアとシキミは……どういう仕組みなのかわからんから任せる」
「お願いね!カトレア、ランクルス!」
「ええ、大丈夫です」
「じゃあ潜ってみるか」
カイムの声と共に一同は海に潜る。
海の中はとても透明度が高く、海底まで見通すことができた。
海底ではクラブが歩いており、そのすぐ近くをチョンチーとランターンの群れが泳いでいる。また、ネオラントが数匹優雅に泳いでおり、ラブカスなども見受けられた。
(わあ…すごいたくさんの水ポケモン達)
午前中に潜った海底遺跡付近も透明度は高かったが、何故か野生のポケモン達はおらず、どことなく閑散としていた。
なのでシロナも海にいる野生のポケモン達と触れ合うのはサザナミタウンに来てからは初だった。
隣を見ると、カイムは既に海底付近まで潜っていた。そこの海底付近に泳いでいたタッツーの群れにちょっかいを出されている姿が見える。
(こんなところでもポケモンに好かれるのね)
相変わらずのカイムにシロナはくすりと笑うと、他に目を移す。アイリスはラプラスと野生のアバゴーラと共に泳いでいる。
カトレアとシキミは超能力で作ったバリアのようなもので身体を覆っており、野生のオクタンと触れ合っていた。
シロナもミロカロスの背中に跨りながら海中を進んでいく。そこで目にしたのは、大きなマンタインと数匹のタマンタだった。
(すごいわ。野生のマンタインなんて初めて見た)
シンオウ地方でマンタインはほとんど見かけない。土地が比較的寒いということもあり、マンタインには合わない風土だからだ。
そういったこともあり、トレーナーが使うマンタインならともかく、野生のマンタインは初めてだった。
(綺麗…)
海の世界はとても厳しい世界。生存競争や天候など厳しい自然の世界だとシロナもよくわかっている。しかし、今目の前に広がる世界を形容するのは、『綺麗』というのが最も当てはまるものだった。
青く、どこまでも広がる世界。この世界は厳しく、辛いものが多い。だがそれは決して死と断絶の世界ではない。人とポケモン、人と人、ポケモンとポケモン。数々の命が繋がり、積み上げてきたものが今のこの世の中を創り上げている。
そしてそれらは全てこの広大な海から始まった。
どのような形であれ、全ての空と海は繋がっている。この全ての始まりの一端を目の当たりにして、シロナは『綺麗』と感じた。
(っ……そろそろ息が)
潜っていることに限界を感じたシロナはミロカロスと共に海面に上がる。
「はあ…はあ…」
足りなくなった酸素を補いながら横を見ると、ラプラスの背中に乗りながらアイリスが水面まで上がってきたアバゴーラと触れ合っていた。
カトレア達はまだ上がってきていないが、光の位置から場所はわかる。
そしてカイムは…
「づぁっ!」
「わっ!」
勢いよく水面に上がってきた。頭にはタッツーが乗っており、完全に遊ばれているのがわかる。
「あら、懐かれてるわね」
「ほっとけ」
カイムは頭に乗ったタッツーを引っ剥がすと、海にそっと離した。どんなに遊ばれたとしても丁重に扱うあたりがポケモンを愛するカイムらしい。
「いいな。波も小さいから泳ぎやすい」
「本当に綺麗ね。つい見入ちゃった」
「ああ」
ミロカロスの背中に乗りながら二人は水平線を見る。太陽はまだ高い場所にあり、反射した光が二人の顔を照らす。
そこでラプラスに乗ったアイリスと超能力で浮いたカトレアとシキミが近づいてきた。
「シロナさーん!」
「どうだった?海の中」
「とっても綺麗!ポケモンもいっぱいいて感動しちゃった!」
「とてもよかったです。海の風景のことを書き留めておきたくなりました」
「アタクシも新鮮な体験でした。力の制御のいい訓練にもなりますし」
各々反応は異なるが、かなりいい印象だったことはわかる。
「ここ、整備された海水浴場じゃないから網が張られていない。あんま遠くに行くなよ。水ポケモンがいるにしても、何があるのがわからないのが海だからな」
「どのくらいならいいの?」
「んー…あの岩あたりだな。あそこより先には行かない方がいい」
カイムは少し先にある岩を指差しそう言った。
「あの岩ね!わかったー!」
アイリスはそう言い残し再びラプラスと共に海に潜った。
「やれやれ…元気なもんだ」
「あの純粋さがあの子の強さの理由の一つなのかもしれないわね」
「なるほど、俺にはないものだ」
「貴方の強さはまた別のものだからね」
「強さとは、人それぞれです。アタシがゴースト使いでカトレアがエスパー使いのように、トレーナーの数だけ強さがある。色んなトレーナーと戦っているとそれがよくわかりますよ」
「そうだな」
自分の強さとは何か。それを考えることが今後カイムにとっての課題となってくるだろう。
それを自覚しながらカイムは再びゴーグルをつける。
「潜るの?」
「ああ。来るか?」
「もちろん。二人は?」
「アイリスちゃんの方に行きます。お二人の邪魔をしては、悪いかと」
くすくすと笑いながらカトレアとシキミはアイリスの元へ向かっていった。
「もう、カトレアったら」
「ドSな本性を隠さなくなったな」
「あの子の持ち味でもあるからね」
いじれるネタを見つけた途端これだ。カトレアとしてはシロナよりもカイムをいじりたいのだろうが、カイムが鉄壁のメンタルを身につけてしまったため若干弄る対象がシロナに動きつつある。少なくとも、二人の関係についてはシロナに対しての方が攻撃が多い。尤も、シロナがとてもいい反応をするのも原因の一つではあるだろうが。
「ほどほどにしてほしいもんだ。バトルも本気でボコしにきやがる」
「本気を出すに値するってことでしょ。あの子、手加減下手だし」
「やれやれ」
「ほら、行きましょ。せっかくの海、楽しまなきゃ」
「ああ」
二人は息を吸い込み、海に潜った。
ミロカロスを間に挟み、二人は並んで泳ぐ。その二人を取り囲むようにジュゴンやパウワウ、アバゴーラ、ランターンが近寄ってきた。
(すげえ…)
野生のポケモン達の歓迎を受けながら隣を見る。
綺麗な海で美しく泳ぐシロナとミロカロス、そして水ポケモン達は非常に絵になる光景だった。思わず見入っていると、それに気づいたシロナがカイムに手を差し伸べる。
カイムはその手を取り、指を絡める。
二人は寄り添いながら、美しい海の中を泳いでいった。
どこにいっても隣にいられるように。
そんな願いを込めて。
ーーー
「楽しかった〜」
海水浴を存分に楽しみ日が傾き始めた頃、五人は撤収を始めた。
ラプラスとミロカロスの水で体についた潮水を洗い流したアイリスは満足そうにそう言った。
「いやあ、とってもいい経験になりました。まさかあんなたくさんの水ポケモン達に触れ合えるなんて。執筆に活かせそうです」
「アタクシも、とても楽しめました。良いものですね、海の中というのも」
「とてもいいものが見れたわ。また来たいものね」
「おい、ちゃんと身体を拭け。夏とはいえ、身体が冷えるぞ」
濡れたままの女性陣に対して持ってきたタオルをカイムは投げて寄越す。それを難なく受け止めたシロナが他三人にそのタオルを渡した。
「ありがとう!カイムさん!」
「いいから、さっさと拭け。そのままの格好で帰るんだ。完全に乾かせとは言わんが、最低限水分は拭き取れ」
「本当に世話焼きだこと……」
「やかましい」
軽口を叩きつつ、全員の準備が完了したところで移動を開始した。
「そういえばカイム、手持ちのあと一匹ってどうするの?」
帰り道、歩きながらシロナがカイムにそう聞いた。
「ん、ああ。タイプ的に水タイプがいいと思うんだけど、どのポケモンを加入させるかまでは…」
「え?じゃあもう一匹は決まってるの?」
「ああ、アイリス達には言ってなかったか」
「なになに⁈やっぱりドラゴンタイプ⁈」
「ゴーストタイプですか?」
「エスパータイプ…かしら?」
「あー…エスパータイプだな。ポケモンはメタグロス」
カトレアの足が止まる。
それに応じてシロナ達の足も止まり、不思議そうにカトレアの方を見た。
「メタグロスを加入させたい、と…」
「え、ああ。なんかまずいのか?」
「いいえ。貴方のチームの相性はいいと思います」
カトレアは真剣な表情でカイムを見る。
「ご存知だとは思いますが、メタグロスはとても強いポケモンです。タイプ相性などもありますが、全ての一般ポケモンの中ではトップクラスの種族値を持ちます」
「ああ、わかってる。俺のチームの良さを高めると同時に弱点の補完もできるくらい強いポケモンだ」
「しかし、だからこそ育成はとても難しいです。腕が相応にあるトレーナーでなければ、メタグロスの良さを最大限発揮させることはできません。今の貴方にメタグロスの力を発揮できる力はあるのですか?」
カトレアはカイムのことは『人間として』は認めているが、トレーナーとしてはまだまだ発展途上だと思っている。前回戦ったのは1年以上前だが、その際は基本が身に付いている程度の印象だった。素質があるトレーナーならそこから一年、本気で努力すればメタグロスを十全に活かすことができるだろうが、カイムがそこに達しているかどうかはわからない。もし達していないのなら、加入するメタグロスのためにも、そしてカイム自身のためにもならない。
シロナはちゃんと厳しく接してくれることもあるが、やはり根は優しいためどことなく甘さが出る部分もある。シロナが大丈夫だと判断したのなら問題ないはずだが、それでもカトレアは自分の目で確かめたいと思った。
「認めさせろ、と?」
「はい。ちょうどそこにバトルに利用可能な砂浜があります。勝てとはいいません。アタクシを認めさせなさい」
「…いいだろう」
「二人とも、準備はいい?」
水着の上から(カイムの)パーカーを肩にかけたシロナが二人に言う。
「ああ」
「ええ」
互いに熱くなることがわかっているため、カイムとカトレアは水着姿で向き合う。ワンピースタイプの水着にパレオを巻いたカトレアはシロナとは異なる美しさを持っている。
アイリスは声援を送り、シキミはバトルレコーダーで記録を残していた。
「使用ポケモンは三体、道具の使用は不可で制限時間は無し。それじゃあバトル開始!」
「いきなさい、ムシャーナ」
「頼んだ、バシャーモ!」
互いにポケモンをボールから出す。カトレアの先鋒はムシャーナ、カイムはバシャーモ。相性でいえば、格闘タイプを含むバシャーモが圧倒的に不利。
「バシャーモ、日本晴れ!」
バシャーモの力によって、一時的に日差しが強くなる。
(天候による炎技の威力上昇!以前は使ってきませんでしたね…)
「剣の舞!」
「止めなさい、チャージビーム」
自身の強化をしようとしたバシャーモの行動をチャージビームで遮る。回避されダメージこそ入らなかったが、剣の舞は阻止した。
「催眠術」
「火炎放射!」
ムシャーナの催眠術を火炎放射で打ち消す。
(ムシャーナのサイコキネシスはバシャーモじゃ受け切れない。それはカトレアもわかってるから、『どこで使ってくるか』が鍵だな)
「シャドーボール」
「炎のパンチ!」
放たれたシャドーボールを炎のパンチで打ち破る。しかし、レベル差もありバシャーモには僅かながらダメージが入る。
「剣の舞をやりたいのでしょうけど、そんな隙与えませんよ…」
「そーかよ。炎の渦!」
バシャーモの放った炎の渦がムシャーナを拘束する。ボールには戻せないが、それ以外の行動はできるため大したことはない。
「この程度で動きを止められるとでも…?」
「………」
「ムシャーナ、チャージビーム」
迫り来るバシャーモにチャージビームを放つ。それとほぼ同時にバシャーモも口から火を吹いた。
(避けきれない…でも、咄嗟に出た炎程度ではムシャーナにダメージは入りませんよ)
互いに避けきれず攻撃を受ける。バシャーモの体力は削られたが、ムシャーナの体力は削れていない。
「火炎放射!」
炎の渦がそろそろ破られるといったところで火炎放射を放つ。バシャーモは特攻の値は高くないため、特防の高いムシャーナには大したダメージは無い。
「…その程度の火力ではダメージになりません」
「知ってる」
「……!」
炎が晴れた時にはわかった。あの火炎放射はあくまで目眩し。その目眩しをしている間に剣の舞を使うことが目的だった。
そしてそこでムシャーナの異変に気づく。身体の一部が赤黒く変色しているのだ。
「火傷…?まさか…」
「チャージビームとすれ違いざまにだしたのは苦し紛れの炎じゃない。『鬼火』だ」
「…やりますね」
物理攻撃を使わないムシャーナに火傷の攻撃力半減は痛手にはならないが、常に体力を削られ続けるのは中々厳しい。それに、痛みでパフォーマンスが落ちるのは明確だ。
「…なるほど。やりますね」
「どーも」
「……ポケモン達が全力を出せる、素敵な時間が始まりそうね。ムシャーナ、シャドーボール」
「ブレイズキック!」
シャドーボールを炎を纏った足で打ち消す。そのままバシャーモはムシャーナに肉薄し、高めた攻撃力でムシャーナに攻撃しようとした。
だがムシャーナは既に攻撃態勢に入っていた。
互いのポケモンがぶつかる。そのタイミングを二人は見逃さなかった。
「サイコキネシス」
「バトンタッチ」
「なっ!」
ムシャーナが迫り来るバシャーモに向けてサイコキネシスを放った瞬間、バシャーモはボールに戻り現れたのはブラッキーだった。
悪タイプのブラッキーにエスパータイプの技は無効。ブラッキーはバトンタッチの効力で剣の舞の力を引き継いだ攻撃力を発揮して攻撃した。
「しっぺ返し」
ブラッキーの腕がムシャーナに突き刺さる。効果は抜群だが、レベル差もありムシャーナはギリギリで耐える。火傷の効果もあり、ムシャーナに残された時間は少ない。
「チャージビーム」
ムシャーナは倒れる直前、チャージビームを放ちブラッキーに攻撃する。避けきれずにチャージビームを受けるが、そこまで大きなダメージにはならない。
そしてその直後、ムシャーナは体力切れで倒れた。
「…ありがとう、ムシャーナ」
「さすがに強いな。初手からここまで戦法使わされるとはな」
「先手を取られたとはいえ、アタクシの方が格上でしてよ…?」
「間違いない」
「では、次のポケモンです。行きなさい、メタグロス」
ボールから出てきたのは、カイムが次にメンバーに加える予定のメタグロス。凄まじい重量のメタグロスが着地すると、その重さから土煙が僅かに巻き上がる。
メタグロスは鋼・エスパータイプ。悪タイプの技はよく通るが、圧倒的な硬さはブラッキーの攻撃力を上回る。また、カトレアのメタグロスはアームハンマーなどの格闘技もあるため、いくら耐久力の高いブラッキーといえども相性は悪い。
だがここでバシャーモやムクホークに代えるのは悪手。バシャーモならば鋼タイプ持ちのメタグロスに大きなダメージを与えられるが、同時に耐久力の低いバシャーモはメタグロスの地震やサイコキネシスで落とされる。また、ムシャーナとの戦いでダメージも多少入っているため、猪突猛進気味なバシャーモにはメタグロスの攻撃を受け切る体力はない。
ムクホークを出しても技の通りは悪く、電気技でムクホークがダウンする可能性が高い。
現状では剣の舞の攻撃力上昇が乗っているブラッキーが相手をするのが最も的確だとカイムは考えた。
「あら…バシャーモに代えないの?」
「吐かせ。ダメージ入ってるバシャーモに地震かサイコキネシス喰らわせて終わりだろうが」
「少しは頭が回るようになりましたね……メタグロス、鉄壁」
「ブラッキー、のろい」
互いにポケモンの能力上昇を行う。物理技がメインのブラッキーに防御力上昇はかなり厳しい。だがこちらの能力も上昇している以上、全く通らないということもない。
「メタグロス、バレットパンチ」
「シャドーボール!」
メタグロスの足とシャドーボールがぶつかるが、シャドーボールは簡単に打ち消される。
「地震」
「跳べ!」
「そこよ、ラスターカノン」
地震を回避するために飛んだことが仇となり、ブラッキーはラスターカノンを避けきれず直撃してしまう。ダメージは大きくないが、体勢が崩れる。
「んのやろ…」
「まだよ。アームハンマー」
「しっぺ返し!」
二つの技がぶつかるが、タイプ相性もありブラッキーが押し負け地面に叩きつけられる。
「騙し打ち!」
「!」
だがのろいで防御力を上げたブラッキーはギリギリ耐えて倒されたふりをし、倒したと油断したメタグロスの腕から瞬時に抜け出す。
そして全力で後ろ足を叩きつけ、騙し打ちでメタグロスにダメージを入れた。
「バレットパンチ」
騙し打ちのダメージから立ち直ったメタグロスはカトレアの指示を即座に実行し、硬化させた腕をブラッキーに叩きつける。
ダメージもあり避けきれず、ブラッキーはバレットパンチをモロに受けてしまった。当然ギリギリの体力だったブラッキーは耐えられずダウンしてしまう。
「戻れ、ブラッキー」
「……貴方のブラッキー、とてもいい動きをしました。メタグロスのアームハンマーをしっぺ返しをぶつける時、角度をずらしてぶつけることでより威力を削り、直撃を避けた。以前とは比べ物になりませんね」
「…まーな」
「お見事です。並のトレーナーではあの動きをさせることはできません」
「ありがたいお言葉だな」
「ええ。なのでアタクシも、貴方に敬意を表して全力で叩き潰してあげましょう」
「悪いが、簡単に潰されるわけにはいかねーんだ」
二人のバトルは更に白熱していく。
「メタグロス、サイコキネシス」
サイコキネシスが直撃し、ムクホークは倒れた。
「ムクホーク戦闘不能。この勝負、カトレアの勝ちね」
審判のシロナによって裁定が下され、バトルの勝敗が決する。結果は2-0でカトレアの勝利だった。
「くそ……ムシャーナを落とすところまでは良かったんだが」
「まさかムシャーナを落とすとは思いませんでした…アタクシが油断していたのもありますが、それ以上にバトンタッチのタイミングが完璧でしたね…」
仮に全力でやっていたとしても、あのバトンタッチのタイミングでは技の変更はできない。四天王を出し抜くくらい良くできた戦法だった。
「そのあとメタグロスにブラッキーとムクホーク、ゴチルゼルにバシャーモがやられて負け、か。まだまだだな」
「でもとてもいい動きをしていたわ。ちゃんと私の教えを吸収して、自分なりに昇華できているのがよくわかったわ」
シロナはそう言ってカイムの頭を撫でる。
「よく頑張ったわ。四天王相手にここまで戦えるとは思わなかった。成長したわね」
「…やめろ。子供扱いすんな」
むすっとした顔をしてはいるものの、その手を払い除けるようなことはしない。
「あらあら、お熱いことで…」
「ほっとけ」
カトレアに煽られ、ようやくカイムはシロナの手を取り撫でる手を止めさせた。
「ふわあぁあ!すっごい!カイムさん、カトレアさんのムシャーナ倒すなんてすごい!」
アイリスが興奮した様子でやってきた。
「やっぱりちゃんとカイムさん強いじゃん!絶対ジムリーダーくらい強いって」
「並のジムトレーナーならカトレアから一匹落とすこともできませんからね。ここまで健闘できただけすごいです」
二人の賞賛にむず痒くなったカイムは難しい顔で唸る。
そんなカイムを見てシロナは満足そうに頷いた。
「あたし、バトルしたくなっちゃった!シロナさん、バトルよ!」
「あら、いいわね。それじゃあイッシュ地方のチャンピオンの力を見せてもらうわ!」
二人は対面し、そして互いにボールを天に投げた。
そこから繰り広げられる戦いは、非常に激しく、そして苛烈なものだった。互いに一進一退の攻防が繰り広げられ、実力が拮抗していたためかなりの長時間戦いが続いた。
そして遂に決着は付かず、引き分けという形で地方最強同士の戦いは幕を閉じた。
ーーー
日も完全に落ち、別荘に戻った一行は夕食を済ませた。
その後別荘にある大きなテレビにタブレットを接続させて今日撮った写真や海底遺跡の内部動画などを四人が視聴している間にカイムは入浴を済ませておいた。
風呂から出ると、アイリス、シロナ、カトレアは寄り添うようにソファでうたた寝をしていた。
シキミはその横でメモ帳に何かを書いている。
「あ、カイムさん。おかえりなさい」
「ああ。どうやら寝てるようだな」
「ええ。今日はとても楽しんでましたから、遊び疲れたのでしょう」
シロナもここ最近リーグや考古学で働き詰めだったため、こういうリフレッシュできる時に最大限リフレッシュしたかったのだろう。バトルの時もかなり楽しんでやっていたため、いい息抜きになったのではないかとカイムは考えた。
「シキミはなにしてんだ?」
「アタシは今日のことを書き留めておいているんです。物書きなので、その日あったことをちゃんとインプットしておいて、ちゃんと文字に起こす時にアウトプットできるようにするために」
「なるほどな」
まだ駆け出しらしいが、こういう風にちゃんと物書きという職業に向き合い、どうすればいいかを考えながらやっているシキミはいつかきっと売れっ子になる。そんな風にカイムは思えた。
そこで足元にいたブラッキーがカイムの袖を引っ張る。どうしたのかと思いブラッキーを見ると、外に視線を向けていた。
「ああ、そういう。いいよ、行こうか」
「お出かけですか?」
「ああ。ブラッキーが月を見たいらしい」
ブラッキーは夜や月を象徴するポケモンでもあるため、時折月を見るために外に出ることがあった。満月ではないが、綺麗に浮かんでいる月を見たかったのだろう。
シロナ達にタオルケットをかけるとカイムは上着を羽織った。
「じゃ、ちょいと行ってくる。すぐ戻るけど、なんかあったら連絡くれ」
「はい。いってらっしゃい」
カイムはブラッキーを伴って別荘を出た。
「静かだな」
浜辺には波の音とカイム達の足音以外の音がなかった。
昼間はあんなにも活気に満ち溢れていた浜辺も、夜になれば静かになり過ごしやすいものになっている。
少し歩いたところで砂浜に腰を下ろす。ブラッキーも隣に座り、空を見上げた。
かすかに笑い声が聞こえる。近くの宿泊施設の客が宴会でも開いているのだろう。
海に反射する月灯りがカイムとブラッキーの顔を照らす。
しばらくそうしていると、足音が近づいてくるのが聞こえてきた。そちらに顔を向けると、そこには黒い帽子を被り、緑色の長髪を束ねた青年が立っていた。年齢はカイムとさほど変わらないくらいだろうか。首から下げている惑星のようなチャームが付いているペンダントをつけており、腰にはルービックキューブのようなオブジェをつけていた。
「やあ、いい夜だね」
青年はカイムにそう言ってきた。
「……ああ」
警戒しながらカイムは答える。
「キミ、ポケモントレーナーかい?」
「まあ、な」
「そうか。どうだい?少し話をしたいんだけど」
青年の意図がわからない。声音や雰囲気からして何か悪意があるようには思えないが、それを巧妙に隠しているだけかもしれない。
「…いいけど、お前は何者だ」
「ボクはただのポケモントレーナーさ」
名乗る気が無いと判断したカイムは少し警戒心を強める。
しかし傍にいるブラッキーは警戒した様子を全く見せない。人見知りはしないブラッキーだが、人の悪意には敏感だ。そのブラッキーが警戒しないということは、悪意があって近づいてきたのではないのかもしれない。
そんなブラッキーを見て青年は柔らかく笑った。
「ブラッキーは、キミのことを随分信頼しているんだね」
青年はブラッキーの隣に腰を下ろしてそう言った。
「…みたいだな。ありがたいことに」
「互いに信頼しあっている。とても素晴らしい信頼関係だね」
「…はあ。どーも」
何が目的なのかはわからない。なんの話をするのかと思えば今のところ世間話に近い。しかしこちらに対して害意は無いためカイムの警戒レベルが定まらない。
そんなカイムを他所に青年はブラッキーの頭を優しく撫でた。
「イッシュでは珍しいポケモンだ。それにキミの言葉の発音も少し現地の人とは違うみたいだけど、もしかして他の地方からきたのかい?」
「……ああ。シンオウ地方から」
「随分遠くから来てくれたんだね。イッシュに住む民として嬉しいよ」
(…もしかして、ただの変なやつ?)
非常に失礼ではあるが、カイムは青年に対してそういう印象しか今は持てなかった。
これ以上青年のペースで話を進めていると、いつまで経っても警戒を解けそうにないためカイムは思い切って話を切り込むことにした。
「で?わざわざ声をかけてきた理由は?まさか本当に話をしたかっただけでもあるまい」
「理由、か。そうだね、ちょっと難しいな」
青年は視線を海に向ける。
「少し、聞いてくれるかい?」
「……聞くだけなら」
「ありがとう。ボクはね、夢があったんだ。でもその夢を叶えるために選んだ道が、間違った道だったんだ」
青年はどこか悲しそうに語る。
「その間違った道を進む過程で、たくさんの不幸な人やポケモンを出してしまった。ボクはそんな世界望んでいなかったのに」
「………」
「ボクは今、その償いをしているんだ。ボクのせいで大切な人と離れ離れになってしまったポケモンを、その人の元に送り返すこと。それがボクにできる償いだ」
「そうか」
青年は詳細を語らない。
だからカイムも聞かない。
「ボクがやれることをやるために、今ボクはこうして各地を巡り歩いている。ここに来たのはつい最近でね。たまたま散歩をしていたらいい目をしたトレーナーがいたからつい声をかけてしまったんだ」
「本当にノープランで話しかけてきたのかよ…」
「悪かったね。キミの目が『彼』に似ていたから」
「ヘンな奴」
「そうかもしれないね。だからボクは間違えてしまったのかな」
「さあな」
そこでカイムのポケットに入っているスマートフォンが振動する。画面を見ると、シロナからメッセージが入っていた。表示された時間を見ると思いの外時間が経っているため、シロナから心配のメッセージが届いていた。
今いる場所とすぐに帰ることを伝え、スマートフォンをポケットに戻す。
「もう、行くのかい?」
「ああ。ちと長居しすぎたみたいでな」
「わかった。少しとはいえ、ボクの話に付き合ってくれてありがとう」
「散歩のついでだ。それに、ブラッキーがお前のこと少し気に入ったみたいだから特別だ」
「そうか…ありがとう、ブラッキー。キミのご主人はとてもいい人だね」
青年の言葉にブラッキーは当然だとでも言うように小さく鳴いた。
そのブラッキーを見て青年は笑い、カイムに目を向けた。
「キミとは、また会えそうな気がする」
「…ああ」
「機会があれば、また会おうね。その時にはキミに聞いてほしいことがあるし、キミの話も聞いてみたいな」
「内容次第だ」
「構わないよ。じゃあ、また」
「もう遅い。気ぃつけて帰れ」
「うん」
青年はカイムに背を向けて帰っていった。
「…結局名前わからなかったな」
青年は最後まで名乗ることはしなかった。
不思議な雰囲気を持った青年だったが、特になにかするわけでもなく本当に話すだけで帰っていった。
「帰るか」
足元のブラッキーにそう言ってカイムは別荘に足を向けた。
するとそこにはパーカーを肩にかけたシロナの姿があった。厚手のタンクトップ上からポンチョシルエットのシャツを羽織っていた。
「なんだ、わざわざ迎えに来てくれたのか」
「帰りが遅いから心配したのよ」
「悪かった。こんなに時間が経っているとは思わなくて」
「いいの。ところで、さっき隣にいた人は?」
「ん、ああ……いや、なんて言えばいいかな」
知り合い、とも言いがたいし友人でもない。ただ出会い、向こうが一方的に色々と話してきただけの存在だ。悪い人には見えなかったし、実際ブラッキーは一切警戒していなかったが友人と言うのは明らかに違う。カイムも青年のことはよくわかっていないため説明に困ってしまった。
「なんか…話しかけられたから少し話した」
「…え?それだけ?」
「それだけ。少し話して、それで終わりだ」
実際にその通りだからこれ以上言えることもない。話した内容も大したことは話していない。
「ふーん」
シロナは少しだけ不満そうな顔をする。寝てしまったため、一人で散歩に出かけること自体はいい。だがその間に他の人と仲良さそうにしていたことが、シロナとしては少々不満だった。
「私が寝ている間に知らない人と仲良くしてたのね」
「仲良く…とは言い難い。結局あいつの名前すら知らずに終わったから」
「…私だって、カイムと砂浜デートしたいもん」
「昨日したろ」
「もっとしたいの。デート自体、まだ数回しかしたことないのに…」
チャンピオンと考古学者の二足の草鞋を履いているシロナはあまり休みの時間は取れない。付き合ったばかりだから絶対数そのものが少ないのは仕方ないが、だからこそその少しの時間を大切にしたかった。
「まだ日が浅い。それに今回のは俺も想定外だし、そもそもデートじゃねえ」
名前も知らない、しかも男とデートをするような趣味はカイムにはない。
カイムからしたら全く仲がいいようには思えない会話内容だったが、それをシロナは知らない。だからこそそう見えたのかもしれない。
「むう…」
「拗ねんな。今度な」
頭をぽんぽんと軽く叩き、カイムは苦笑する。
「ライモンシティでどっか行こう」
「…わかったわ。それで今回はチャラにしておく」
明らかに納得はしてないのがわかる。
カイムとしてもここでシロナの機嫌を損ねるのは得策ではない。
どうするか考えたが、いい策が思いつかない。ここで昨日のように少し歩いて話をするのもいいが、そこそこ遅い時間なだけにすぐに帰った方がいいだろう。
そう考えたカイムが言った言葉にシロナは少々驚愕する。
「……わかった。俺になにかできることはあるか?」
「え?」
「何でもいい。俺ができることなら何でもする。この場でなくても、言われたことは何でもこなそう」
正直、女性の扱いに慣れていないカイムが取れる行動はこれしかなかった。安直ではあるが、これしか彼の頭では取れる行動は思いつかない。
「何でも、か…」
その言葉を受け、シロナは少しだけ考える。
色々と浮かんではくるが、正直この件に関してはカイムは悪くない。ただのシロナのわがままに等しいものだ。まさかそこまでしてくれるとは思わなかったが、せめてカイムでも簡単にできるものにしようとシロナは考えた。
「じゃあ…」
「ん」
「はい!」
「ん?」
シロナは両手を広げた。カイムはそのシロナを見て首を傾げる。
「え?」
「ぎゅってして」
「ああ、そういう…」
「だめ?」
「いや、いいよ」
カイムはシロナのことを抱きしめる。
互いの心音と体温がわかるほど密着し、互いの存在をより強く感じ取った。
「暖かい…」
「ああ、そうだな」
シロナの感触と匂いがより強く感じられる。
「ドキドキしてる」
「お互い様だろ」
二人の身長はさほど変わらない。それ故、互いの顔がすぐ横にあるため、声がいつもより近くで聞こえてくる。
「ね、もっと強く抱きしめて」
「ああ」
カイムは更に力を込める。二人の肉体が一つになるくらい、強い想いを込めて腕に力を込めた。
「…ありがと、もういいわよ」
シロナがそう言うとカイムは腕の力を解き、シロナを解放する。
僅かに頬を染めたシロナはカイムの目を見て言う。
「カイム」
「ん?」
「大好き」
「ああ。俺もだ」
カイムの言葉に満足したシロナはカイムの手を取る。
「ごめん、茶番に付き合わせちゃったわね」
「いい」
むしろ役得だと思ったりしたが、口には出さない。
「帰りましょ。みんなが待ってる」
「ああ、そうだな」
ブラッキーをボールに戻し、二人は手を繋いだまま別荘へと歩いていった。
月明かりに照らされた二人の影が砂浜から遠ざかり、やがて砂浜には波の音だけが響き渡っていた。
そしてこの砂浜での一件と手を繋いで帰ってきたことがカトレアに目撃され、第二回の女子会が開かれてシロナが質問責めにされるのだが、それはまた別の話。
最近ネットでシロナさんに似合いそうな服を探している作者の職業病です。
次回はライモンシティ。
カミツレさんをどうやって絡ませるか……。
リュウラセンの塔もやりたいな…こうなるとイッシュ地方結構長いかもしれません。
かつてやってたダイヤモンドやBW2を引っ張り出してまたやってる作者です。
シロナさんやっぱり好きですね。これ書きたいシチュ全部書いたら原作にいるキャラクターのみでシロナさんが子供時代に逆行してチャンピオンになるまでのお話とか書いてみたいなと思いました。あとカトレアさんの使用人の話も書いてみたいです。いつになるかは知りませんが。
カイムの最後の一匹について色々考えてくれた方がいて嬉しいです。
ちなみに現在の残り一体は水タイプのポケモンで、現在候補にしているのはラプラス、ランターン、ミロカロス、ギャラドス、パルシェンです。今のところラプラスかランターンが濃厚ですね。他に候補になりそうな(自身の推しポケモンでも可)ポケモンがいれば感想などで教えていただければ。
あと前回の話で質問をいただいたので一応解説しておきます。
このポケモンの世界では俗に言う600族のポケモンの個体数は他のポケモンと比較して少なく、尚且つ育成が難しいという設定になっています。名だたるトレーナー達が600族のポケモンを従え、そしてそのトレーナーの象徴となっているのも彼らの手腕によって600族のポケモンを最高レベルまで育て上げることができたから、ということになっています。
また、トレーナーの育て方次第でそのポケモンのレベルの上がり方や上限も異なるといった形の設定にしております。例えば、6Vのポケモンを一般トレーナーなら大体レベルは60くらいで打ち止めになり、シロナ級の実力者ならレベルの上限は100近くまであがります。また、才能の無い俗に言う0Vのポケモンを一般トレーナーが育てると大体45程度で打ち止めになり、シロナ級の実力者が育てれば65くらいまで育てられます。
なお、どんなに才能があり、最高の育成を施したとしてもレベル100に到達するのは相当至難の業で、それのみに没頭してようやく到達できる境地みたいなものだと思っていただけたら。
シロナ
とうとう水着公開。美しさのあまり死人が出かねない。作者は多分死ぬ。アイリスとのバトルも詳細を書きたかったが、文字数の都合で割愛。残念。
カイム
シロナさんの水着姿がしばらく頭から離れなかった。仕方ない。カトレアの別荘にいる人の中で一番弱い。がんばれ。メタグロスが君に会いにいくよ。
カトレア
水着姿公開。シロナさんとは別ベクトルで美しいと思う。あんま泳げなさそう。そしてランクルスと共に浮き輪で浮いてそう。
シキミ
どんな水着着るか全く想像できなかったので無難そうな水着着てもらった。日光に弱そう。
アイリス
野生児感あるから多分めっちゃ泳げるし、最後まで遊んでそう。
コクラン
今回ほとんど出番無し。
青年
言うまでもなくN。