ただただシロナさんとまったり過ごすだけの話   作:職業病

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リュウラセンの塔に行きたかったけど無理でした。
Nと再会する前にこの回をやっておきたかったんです。


今回、アンケートを掲載しておりますので良ければ最後までお付き合いください。


11話 サザナミタウン③

波の音が聞こえ、カイムは目を覚ます。

水平線から昇ってきた太陽の光がカイムのいる部屋を照らす。目を開くと、目の前にはシロナの顔があった。

 

「………」

 

昨日、ファッションショーから帰ってきた後シャワーを浴びて眠った。そこまでは覚えているが、シロナを部屋に入れた記憶がない。忍び込んだか、それとも寝ぼけて思い出せないだけか。

むくりと起き上がり、まだ覚醒しきっていない頭で外を見る。日は昇り始めたばかりでまだわずかに薄暗い。

ベッドには眠るシロナとブラッキーが穏やかに寝息を立てていおり、まだ起きる気配はない。

音を立てないように注意しながらベッドから抜け出し、スウェットを脱いでスポーツウェアに着替えたカイムは静かに部屋を出た。

 

「おはようございます。お早いですね」

 

一階に下りると、コクランが朝食の支度を始めようとしているところだった。

 

「おはようございます。コクランさんも、早いっすね」

「私は日常ですから。幼い頃から早く起きることが習慣になっていましてな」

「…そうですか」

「シロナ様はまだ起きていないのですか?」

「ええ、まだ寝てます……って、ん?」

 

カイムはコクランの言葉に違和感を覚える。

 

「…俺とシロナの部屋、別ですけど」

「おや、てっきり相部屋にしたのかと。シロナ様が躊躇なくカイム様のお部屋に入っていかれてそれっきりだったので」

「………」

 

見られてんじゃねーかと内心でげんなりしながらカイムは頭を抱える。

 

「それに、シロナ様の部屋であった場所にはシキミ様とアイリス様がいらっしゃいます。部屋を交換されたと思っていたのですが、どうやら私の思い違いだったようで」

 

穏やかに笑いながら言うコクランにカイムは確信する。

わかってて言っている、と。

 

「…………」

「お二人の関係を考えれば別段不思議ではありません。それ故、私も勘違いをしてしまったようです」

「……はぁ」

 

そこでカイムの記憶が呼び起こされる。昨日も結局女子会で散々弄られたシロナが癒しを求めてやってきたのだった。一昨日も同じベッドで寝ているから今更どうこう言う気もなかったため普通に部屋に入れたが、まさかコクランにまで弄られるようになるとは思っていなかったカイムは大きくため息をつく。

 

「ご安心ください。カトレア様達にわざわざ報告などしませんので」

「…どーも」

「それより、どこかに行かれる予定だったのでは?」

 

カイムのスポーツウェアの服装を見てコクランは言う。

大方トレーニングでもするのだろうとコクランは当たりをつけており、実際カイムは砂浜にトレーニングをしに行く予定だった。

 

「ああ。少し砂浜に」

「お気をつけて。どれくらいでお戻りに?」

「一時間程度で戻ります」

「承知しました。無理のないトレーニングを」

「はい」

 

カイムは玄関を出るとルカリオとバシャーモをボールから出す。

二匹と共に軽く準備運動をすると、砂浜に向けて走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ」

 

バシャーモの突き出した拳を掌で受け流し、カウンターで掌底を突き出す。バシャーモはそれを身体をずらして回避し、さらに蹴りを繰り出す。二の腕でその蹴りを受けたカイムはバシャーモの腕を掴み背負い投げをしようと姿勢を低くした。

だがバシャーモはそれを読み切り、身体を回転させながら移動し、カイムの背後を取る。姿勢を低くしたままのカイムに向けた蹴りが放たれるが、カイムの手刀がそれを止める。そしてカイムとバシャーモは同時に拳を突き出し、互いの顔の目前で拳を止める。

 

「…ここまでだな」

 

力を抜き、互いに礼をするとカイムは汗を拭う。

 

「もう俺じゃ勝てんな。単純なパワーとスピードの差を技術で埋められなくなってきた」

 

カイムの言葉にバシャーモは喜ぶ。元々脳筋気味なバシャーモは技術を身につけるのが随分遅かった。バシャーモ自身が必要性を感じなかったため、技術を学ぼうとしてこなかったが、トバリジムに所属してから加入したルカリオにレベル差があるのに技術でかなりの苦戦を強いられて以来、技術を身につけることに力を入れてきた。

元々勉強熱心なこともあり、ついには教え手であったカイムの技術と同じくらいの実力に成長した。現に今の手合わせもバシャーモは少し手を抜いている。人間とポケモンでは身体能力に差があるため多少は仕方ないが、それを無視してもカイムではもうバシャーモの相手はできない。

 

「じゃあルカリオ、バシャーモと組み手だ」

 

砂浜で瞑想をしていたルカリオに声をかけると、ルカリオは目を開けバシャーモと向き合った。

バシャーモもルカリオと向き合い、カイムの掛け声と共に組み手が始まる。ルカリオはレベルよりも先に技術を身につけることに重点を置いていたため、加入はかなり遅かったのにも関わらずレベルは既にバシャーモと大差ないほどにまで上り詰めていた。そして自身の弱点が防御力の低さにあることを理解していたため、捌きや返し、受け身などの防御系の技術は既にシロナのルカリオと同レベルまで上がっている。

だが逆に攻撃系の技術はまだまだ未熟であり、そこはバシャーモの方が技術が高い。彼らの性格にも関係しているのだろうが、彼らの能力はまだまだ伸ばせる場所があるだろう。

 

「………」

 

だがカイムはここ最近、停滞を感じていた。

人間もポケモンも常に成長し続けるわけではないし、その成長にも限界はある。際限なく成長できる存在などありはしない。

しかし今カイムが感じている『停滞』は伸び代がなくなったことではない。もっと何か根本的なものによる停滞だと考えていた。

その停滞を感じるようになったのはつい最近だ。スモモとのバトルでかなり善戦できるようになってきたが、今まで一度も勝ち越せたことがない。良くて引き分けであるため、一度も勝つには至らなかった。

スモモのエースであるルカリオのレベルは62。タイプ相性もあるが、ブラッキーのレベルは59であるためやりようによっては勝てない相手ではない。しかしタイプ相性の良いムクホークをバトルで出しても勝ち越すことができていない。

本気のジムリーダーに勝つ、というのも簡単ではない。だが強さというものをよくわかっていない今のスモモ相手にここまで負けが続くのも何かしら原因がある。

 

「……シロナに聞くしかないか」

 

自分で考えて答えが出ない以上、やはり師匠であるシロナに聞くのが一番早いと考えたカイムは今もなお組み手を続けるバシャーモとルカリオの更に先にある朝日を見つめる。

 

完全に顔を出した朝日が眩しくてカイムは思わず目を手で覆った。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

「リュウラセンの塔?」

 

朝食後のコーヒーを飲みながら、シロナの言葉を聞いたアイリスが言う。

 

「ええ。イッシュ地方の伝説に深く関わる塔だって言うじゃない。考古学者としては是非一度見てみたいの」

 

実際に研究するかどうかはともかく、そのような伝説に深く関わる場所があるのであれば考古学者としては是非とも訪れておきたい土地だ。実際その塔が伝説通りの場所かどうかはわからないが、見ておく価値は大いにあるだろう。

 

「そっか。二人は学者さんだもんね」

「まあね。それで、どうかしら。実際行くのは私とカイムだけでいいけど、入るにはどうすればいいか教えてほしいの」

「いいよ。じゃあおじーちゃんに連絡しておくね」

「おじいちゃん…?」

「アイリスのお師匠様…ソウリュウジムのジムリーダー、シャガさんです。リュウラセンの塔の管理もしております…」

「そうなのね。じゃあそのシャガさんの許可があれば…」

「リュウラセンの塔に入れますよ。アタシも一度取材で入ったことあります。すごい所でした!」

「ますます気になるわね……じゃあアイリスちゃん、お願いしてもいい?」

「うん!昨日はあたしのわがまま聞いてもらったし、そのお礼!」

「ありがとう」

 

これで明日の指針は固まった。

今日はどうするかという話になったが、昨日は一日中遊んだりショーに出たりと色々あったため、休んで英気を養う予定だった。

とは言ったものの、元気が有り余っているアイリスがただ家にいるだけになるはずがない。

 

「とりあえず、おじーちゃんにメールだけしておいたよ。返事が返ってきたら教えるね」

「助かるわ」

「それでね!今日はやりたいことがあるの!」

 

目を輝かせながら言うアイリスの視線はカイムに向いている。

嫌な予感がしたカイムは視線を逸らすが、その程度でアイリスは止まらない。

 

「カイムさん、バトルしよ!」

「…やっぱそうなる?」

「うん。カイムさんのポケモン、とってもカイムさんのことを信頼しているのがわかるの。だからきっとバトルしたらとっても楽しいんだろうなって思ったからバトルしたい!」

「チャンピオンを満足させられるほどの実力はねーよ」

 

ジムリーダーにすら勝てないのにチャンピオンの相手など務まるなどカイムには到底思えなかった。

無論アイリスが腕試しではなくコミュニケーションとしてのバトルを望んでいることくらいカイムにもわかる。だが、シロナと同等の実力を持つアイリスを相手にするとなると、勝てるかどうかではなく『どこまで食い下がれるか』という勝負になってくるとカイムは考えた。

 

「いーからいーから!ね!?やろ!」

「あーはいはいわかったわかった。やるよ」

「やったー!じゃ、早速フィールドいこ!」

 

立ち上がるアイリスにカイムはコーヒーを吹き出しそうになる。いくらアイリスといえども、こんな朝っぱらからバトルをするとは思ってもいなかった。時計を見ると朝の9時前。動くのにはちょうどいい時間だが、バトルをするとなると少し早い気もする。

 

「え、今すぐ?」

「当たり前じゃない!」

「当たり前なんだ…」

「さ、行こう!」

「あ、おい待てよ!」

 

元気よく立ち上がり、さっさと先に行ってしまったアイリスをカイムは追った。

 

「ふふ、アイリスちゃんにかかればカイムもバトルに積極的になるわね」

「カイムはもう少し、バトルに積極的になってもいいと思うのですが…」

「そうですよねぇ。カイムさん、カトレアのムシャーナを倒して、他の二匹にも結構ダメージ与えられるくらい強いのに」

 

普通のジムトレーナーは四天王のポケモンを一体でも落とすなどできない。それができる時点でカイムは通常のジムトレーナーとは違うことがわかる。

しかし、彼はバトルをやりたがらない。ポケモンが傷つくのが嫌とか、そういう理由は無いのにも関わらずだ。

シロナはその原因をよく知っている。今まではそれでも良かったが、今後の彼がジムリーダーに勝つためにはカイム自身のバトルに対する『向き合い方』を変える必要がある。そのためにも遥か上のレベルのアイリスとのバトルというのはいい機会だろう。

 

「…何か、カイムの中で迷いのようなものがあるのでしょうか…」

「迷い、とは少し違うかもしれないけど…そうね。心に抱えているものは確かにあるわ」

「人は迷い、悩む生き物です。ポケモンも悩むんですから、人だって悩みますよね。共に悩んで、それを乗り越えられた時…新しい絆と力が生まれるんだと思います」

「さすが小説家ね。人の心情を言葉にするのが上手だわ」

「えへへ…まだまだ駆け出しですけど、そう言ってもらえると嬉しいです」

 

照れ臭そうにするシキミを慈愛に満ちた目で見ながらシロナは立ち上がる。

 

「行きましょう。もたもたしてたら二人のバトルが始まっちゃうわ」

 

顔をあげたシロナに先ほどの慈愛に満ちた視線は既になく、どこか真剣な表情でそう言った。

カトレアとシキミはその真剣な表情に気がついたが、何故そのような表情になったのかがわからず黙ってシロナの後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、はじめよ!」

「ああ」

 

フィールドを挟んで向かい合う二人の間にシキミが立つ。

 

「では、時間は無制限。使用ポケモンはカイムさんは4体、アイリスちゃんは1体でのバトルです」

「これだけハンデつければ、勝ってもおかしくないと思うんだよね!」

「さてな。俺ごときでどこまでやれるかね」

 

カイムはシロナのポケモンを倒せた試しはない。かなり善戦はできるようになったが、果たしてどこまで食らいつけるかはわからない。

 

「バトル開始!」

 

シキミの掛け声と共に二人はボールを投げる。

 

「行っておいで!オノノクス!」

「行くぞ、バシャーモ」

 

アイリスが出したのは、エースのオノノクス。

対してカイムはバシャーモ。タイプ相性としては、バシャーモは良くない。炎タイプの技はドラゴンタイプへの通りが悪い。格闘タイプの技は等倍だが、攻撃力と素早さはあちらが上。耐久力の高くないバシャーモではオノノクスの技を受け切ることは恐らくできない。

 

「エース出してくるのかよ」

「もっちろん!カイムさんの全力を見せてよね!」

「善処しよう。バシャーモ、ニトロチャージ」

 

全身に炎を纏ったバシャーモがオノノクスに向かって突進していく。

 

「オノノクス!ダブルチョップ!」

 

咆哮と共に振り下ろされたオノノクスの腕をバシャーモは受け止める。レベル差も20以上あるため完全に受け切ることはできず、バシャーモはダメージを受けた。

だがニトロチャージの効果でバシャーモの素早さが上がる。受け止めたオノノクスの腕を受け流すと、バシャーモは姿勢を低くする。

 

「スカイアッパー」

 

拳を振り上げ、オノノクスの顎に叩き込む。

手応えはあった。ダメージも入った。しかしオノノクスはその拳を顎で受け止め、その視線はバシャーモを捉えていた。

 

「はぁ⁈」

「ドラゴンクロー!」

「下がれ!」

 

咄嗟にバシャーモは身を引いたため直撃は避けた。ダメージは入っているが、動きに支障が出るほどではない。

 

(ニトロチャージで素早さ上げてなかったらやばかったな)

 

オノノクスの想像以上の耐久力に内心で舌打ちしながら次の手をどうするか思考する。

だがその思考を待つほどアイリス(チャンピオン)は甘くない。

 

「ふふ、いい動きじゃん!オノノクス、龍の舞!」

(この野郎、ちっとは落ち着けねぇのか!)

 

どうするか決めかねているうちにアイリスはオノノクスに龍の舞で身体能力を向上させる。こういう時にすぐに決められない自分の思考回路をカイムは恨んだ。

 

「ビルドアップ!」

 

龍の舞を阻止できない以上、攻撃よりも自身の強化に時間を使うべきだと考えたカイムは、ビルドアップにより攻撃力と防御力の上昇を行う。ニトロチャージの効果もあり、バシャーモの身体能力はかなり向上している。

しかしこの程度ではオノノクスは倒せない。それはバシャーモもカイムもよくわかっている。

 

「いくよー!ドラゴンクロー!」

「ニトロチャージ!」 

 

オノノクスの爪と身体に炎を纏ったバシャーモの拳がぶつかる。防御力が上がっているため直撃しなければダメージは微々たるものだが、バシャーモの攻撃は直撃させてもほとんどダメージが入らない。このままでは削られきって終わりになってしまう。

 

「バシャーモ!」

 

このままでは何もできずにやられると判断したカイムはバシャーモに呼びかける。カイムの意図を察したバシャーモは頷きオノノクスを見据える。

視線を一瞬カイムの方に移した瞬間、振り下ろされたオノノクスの爪にバシャーモが弾かれる。

 

「余所見はダメだよ!ダブルチョップ!」

「そこだ!」

 

振り下ろされたオノノクスの腕をバシャーモは掴む。攻撃そのものは防げず、振り下ろされた両腕の攻撃は受けたが、オノノクスの動きは封じた。

 

「鬼火」

 

バシャーモの口から出た攻撃力の無い強烈な炎をオノノクスは咄嗟に尻尾で受けた。しかしこの炎に攻撃力は無い。強烈な熱を持つ炎はオノノクスの身体に残り、熱と痛みを伴う火傷を負わせた。

 

「!」

「そのままブレイズキック!」

「ドラゴンクロー!」

 

バシャーモのブレイズキックがオノノクスの身体に入るが、そのダメージをものともせずドラゴンクローがバシャーモを切り裂いた。いくら防御力を上げたとはいえ、オノノクス自身も龍の舞で攻撃力を上げている。立ちあがろうと拳を地面に突いて踏ん張るが、既にダメージもあったバシャーモは耐えきれず地面に倒れ伏した。

 

「…よくやったバシャーモ。すまん、お前の力を引き出しきれなかった俺の落ち度だ」

 

バシャーモの強みは素早い動きからの接近戦だ。こういう耐えて相手を状態異常にさせる戦法は向いていない。その結果、オノノクスに火傷を負わせることは成功したが、体力は二割程度しか削れていない。

 

(……もっとやりようはあったはずだ。もっとポケモンの良さを引き出せたはずだ)

 

内心で己の力の無さを悔いながら次のポケモンが入ったボールを手に持つ。そんなカイムと対照的にアイリスは楽しげだった。

 

「やるじゃん。火傷でオノノクスの攻撃力は落ちたし、本番はこれからって感じ?」

最初(ハナ)から本番だっての。ムクホーク、頼む」

 

次のボールからはムクホークが飛び出してきた。

ボールから出ると同時に高らかに鳴き声を響かせてオノノクスに向けて威嚇する。

 

「へえ、威嚇ね。普段寝てばっかりだけど、バトルになるといい顔するねその子」

「オンオフの切り替えが一番上手いやつだ」

「いいね。油断しないよ、オノノクス!」

「火傷で攻撃力は減ってるが、どの技も必殺レベルだ。気張れよ、ムクホーク」

「龍の波動!」

「飛べ!」

 

オノノクスの放った龍の波動を飛んで回避する。回避はしたが、そのまま波動をムクホークに向けて放ち続ける。ただ闇雲に追いかけるのではなく、的確にムクホークの進路を読んで放ってくるため回避は難しい。今はムクホークの瞬発力でどうにか回避できているが、そう長くは続かない。

 

「左に回避してそのまま突っ込め!」

「くるよ!ドラゴンクロー!」

「上昇してオノノクスの真上でフェザーダンス!」

「!」

 

ムクホークのフェザーダンスによって撒き散らされた羽はオノノクスの身体に纏わり付く。柔らかい羽毛が身体の動きを鈍くし、攻撃力を格段に下げる。

 

「龍の波動!」

「鋼の翼で受けろ!」

 

タイプ相性の良い鋼の翼で龍の波動をガードするが、レベル差や元々の特防の低さもありダメージは少なくない。衝撃に耐えきれずムクホークは一度地面に着かざるを得なくなった。

 

「ガードしてこれかよ…!」

「まだまだ行くよ!ダブルチョップ!」

「(避けるのは無理か)燕返し!」

 

両者の攻撃が直撃する。オノノクスはムクホークの燕返しを見切り、ダブルチョップの片方で軌道を逸らし直撃を避けただけでなく、もう片方の腕をムクホークに直撃させてムクホークの体力を奪う。

 

「火傷、フェザーダンス、威嚇で攻撃力ガタ落ちさせてこれかよ…」

 

どれか一つでも欠けていたら今のダブルチョップでムクホークは落とされていた。当てた場所もムクホークの防御力が低い首元であり、オノノクス自身の技術の高さがわかる。

 

「トドメよ!ドラゴンクロー!」

 

攻撃から立ち直る前にオノノクスは爪を振り下ろし、ムクホークを倒しにかかった。

だがムクホークとてやられっぱなしでは終わらない。最後の力でカイムの指示を全うする。

 

「インファイト」

 

不完全で半分近くしか撃てなかったが、ムクホークのインファイトはオノノクスの胴体に確かに届いた。

そしてインファイトが終わった時にはもうムクホークは倒れていた。このインファイトも大きなダメージにはなっていない。

 

「……十分だ。よくやった、ムクホーク」

 

火傷で徐々に体力を奪ってはいるが、火傷を受けた場所が尻尾という行動においてあまり影響のない場所だ。胴体や腕、顎など攻撃を行う部位にできれば良かったが、相手が相手なだけあり上手くはいかない。

だが確実に体力は削っている。攻撃力もかなり削いでいる以上、勝機はまだある。

 

(今のもデンジやスズナなら、もっと上手くできたんだろうな)

 

次のボールを手にしながらそう考える。

その時の表情を見たアイリスは僅かに眉を顰ませた。

 

(…カイムさん?)

「確実に弱ってはきている。いくぞ、ルカリオ!」

 

アイリスが感じた違和感の正体がわからないうちにカイムはルカリオを駆り出す。

 

「相手の動きをよく見ろよ!剣の舞!」

「龍の波動!」

 

ルカリオが剣の舞を終えると同時に龍の波動がルカリオに着弾する。だがギリギリで剣の舞を終えたルカリオは腕をクロスし波動を腕に集中させることでダメージを軽減する。

 

「龍の舞よ!」

「神速で妨げろ!」

 

龍の舞を行うオノノクスにルカリオは神速の速度で迫り、すれ違い様に連撃を叩き込む。タイプ不一致で素の威力もそう高くない神速だが、剣の舞の効果で大きなダメージになるとカイムは考えた。

しかし誤算だったのは、オノノクスの身体能力。オノノクスは龍の舞を行いながらも卓越した身体能力と動体視力で神速の軌道を読み切り、直撃を回避したのだ。これにはカイムだけでなくルカリオ本人も驚きを隠せなかった。

 

「マジかよ」

「どんどん行くよ!逆鱗!」

 

怒りと狂気に身を任せ、己の身体能力の限界の力でオノノクスは暴れ始めた。鋼タイプを持つルカリオにドラゴンタイプの逆鱗は半減。火傷も負い、フェザーダンスで攻撃力を下げているが、この攻撃に一度でも囚われれば怒りの乱撃によってルカリオはまず倒される。

逆鱗が発動した以上、しばらくは暴走状態。咄嗟にカイムの頭には『見切り』という選択肢が出てきたが、それをすぐに打ち消す。見切りは逆鱗の発動時間と比べて持続時間が短い。見切りが切れた後にやられるのがオチだと判断したカイムはシロナの戦法を思い出す。

 

(こういう時、シロナなら…!)

 

相手のやり方に乗った上でそれのさらに上に行き圧倒する。それがシロナのやり方だが、カイムにそれはできない。ならばせめて自分の手持ち全員でそれを実現しようと判断した。

 

逆鱗発動からここまでの思考時間、1秒足らず。

 

「相手の動きをよく見ろ!速くて重い攻撃だが、単調でスキがある!」

 

カイムの声にルカリオは刮目する。振り下ろされた顎の斧に手を添えて軌道を逸らす。続け様に横薙ぎで振われた攻撃を無理矢理受け流しダメージを軽減する。

 

「そこだ!インファイト!」

 

顎の斧が明後日の方向へと流された瞬間、ルカリオはオノノクスの胴体に強化した拳を連続で叩き込もうとした。

しかし、ルカリオの攻撃がオノノクスの身体に届くことはなかった。オノノクスは限界まで引き出した身体能力を存分に発揮し、その腕をルカリオに突き刺した。完全に攻撃態勢に入っていたルカリオはノーガード状態だったため、その攻撃をモロに受けた。

そしてその隙に戻ってきた顎の斧がルカリオに叩き込まれる。

 

「ルカリオ!」

 

タイプ相性ゆえにダメージは半減したが、ルカリオの耐久力は高くない。凄まじい一撃によりルカリオの体勢が不十分になってしまい、次の攻撃の回避ができない。

 

「迎え撃て!波導弾!」

 

不十分な体勢だったが、無理矢理放った波導弾がオノノクスの顔に直撃し、オノノクスは若干仰反る。

 

「そこだ、インファイト!」

 

オノノクスの胴体にルカリオの拳が突き刺さる。

本来ならこのインファイトによってオノノクスはダメージが入り、暴走状態が途切れずともノックバックによる衝撃から立ち直るための時間を多少要するはずだ。しかし、怒りに身を任せたオノノクスはそれに怯むことなく怒りの一撃を振り翳す。

 

「終わりよ!」

 

オノノクスの一撃がルカリオの胴体に突き刺さる。強い衝撃を与えられ、フィールドを転がるルカリオの身体はカイムの目の前にまで飛ばされた。

 

「ルカリオ!」

 

勢いが弱まらないルカリオの身体をカイムは受け止める。腕の中におさまったルカリオの意識は既に無く、戦闘不能に陥っていた。

 

「……すまん。よく頑張ってくれた」

 

ルカリオをボールに戻し、カイムは立ち上がる。

火傷により体力は確実に削れている。多く見積もっても、あと四割ほどだろうか。その四割を削り切ることができるか。

 

(……俺にこの状況は、厳しいな)

 

今のブラッキーならやりようによってはできるだろう。それこそシロナやダイゴのようなとても才能に溢れ、努力してきたトレーナーであれば。

だがカイムは『自分ではできない』という風に考えてしまう。悪いのはブラッキーではなく、それを覆せない自分の腕だということを嫌というほどわかっている。

それでも逃げるわけにはいかない。

 

「頼む、ブラッキー」

 

ブラッキーがボールから飛び出した瞬間、オノノクスは咆哮を上げてブラッキーに襲いかかる。

 

「下がれ!」

「追いかけて!」

 

下がることで逆鱗の攻撃を避けたブラッキーをオノノクスは追う。オノノクスが肩で息をし始めたため、逆鱗が解除されるのも時間の問題だ。

 

「のろい!」

「やって!オノノクス!」

 

のろいによって防御力を上げたブラッキーにオノノクスの攻撃が叩き込まれる。

ブラッキーは頭抜けた耐久力を持つポケモン。のろいによって素早さは下がるが防御力が上昇した状態であれば、オノノクスの逆鱗も耐え切ることができる。加えてオノノクスはフェザーダンスや火傷によって攻撃力が著しく落ちている。ブラッキーならば、今のオノノクスの逆鱗にも耐えるだけでなく反撃も可能。

 

「しっぺ返し!」

 

攻撃を受けてすぐ、ブラッキーは後ろ足をオノノクスの顔に叩き込む。のろいによって上昇した攻撃力で叩き込まれる攻撃はオノノクスの体力を大きく削る。

攻撃を受け立ち上がったオノノクスの足元がふらつく。その目は焦点があっておらず、正気ではないことが読み取れる。逆鱗の暴走状態が切れ、疲労による混乱状態に陥ったのだ。

本来ならチャンスだが、カイムは知っている。シロナのガブリアスが理性を保ったまま逆鱗を行えるように、アイリスが逆鱗終了後のデメリットである混乱状態をノーリスクで解除できることを。

 

「オノノクス!」

 

アイリスの掛け声でオノノクスは地面に顔を叩きつけた。

顔を上げたオノノクスの視線ははっきりとブラッキーを捉えており、混乱状態が解除されているのがわかる。

 

「地面に頭打ちつけて混乱解除か…」

 

アイリスが前回のリーグで前チャンピオンであるアデクとのバトルで同じことをしていた。僅かにダメージは入るが、それでも混乱によって自分を攻撃するよりは遥かにマシだろう。

 

「あたしはまだシロナさんのガブリアスみたいにオノノクスを制御し切ることはできない。だからせめて、混乱状態を解除できる方法をオノノクスと探した結果だよ!」

「型破りなのはトレーナーもかよ」

「そうかもね!ダブルチョップ!」

 

振り下ろされたオノノクスの両腕がブラッキーを捉える。

地面に叩きつけられ、さらにオノノクスが追撃を加えようとしたところでブラッキーは身体を翻して追撃を避ける。

 

「騙し討ち!」

 

オノノクスの頭にブラッキー渾身の一撃が放たれる。

しかしオノノクスはその一撃を顎の斧で受けることで威力を軽減。続け様に放たれたドラゴンクローをブラッキーは身体を捩り直撃を回避する。

 

「ダブルチョップ!」

「受け流せ!」

 

オノノクスの腕をすれ違いながら跳ぶことで直撃を避ける。ダメージを軽減させただけでなく背後を取ることに成功した。

 

「しっぺ返し!」

 

火傷を受けた尻尾に向けてブラッキーのしっぺ返しが突き刺さる。

火傷を受けた場所に攻撃を受けたため痛みがより強く伝わり、オノノクスは動きを止める。

 

「追い討ち!」

 

動きを止めたオノノクスの後頭部にブラッキーの追撃が突き刺さる。

 

(オノノクスの体力も限界!ここで…)

 

一気に決める、と考えたところで思考が止まる。

脳裏には『本当にそれでいいのか』という自問が過った。

体力が限界なら『のろい』で防御を限界まで上げて火傷による体力切れを狙う方が確実なのではないか、という考えも同時に浮かんだ。

 

 

浮かんでしまった(・・・・・・・・)のだ。

 

 

敗北を多く積み重ねてきたカイムは自分の選択に『自信』が持てない。だからこういう土壇場で自分が真っ先に選んだ選択肢を信じ切ることができない。

 

「っ…!」

 

一瞬の迷いが指示を遅らせる。

そしてその隙をチャンピオンが見逃すはずもない。

 

「オノノクス」

 

突如止まった指示にブラッキーが驚愕している隙に、オノノクスの全力の攻撃がブラッキーに振り下ろされた。

 

「逆鱗」

 

オノノクスの一撃は的確にブラッキーを捉え、地面に大きなクレーターを創り出した。そのクレーターの中心には傷ついたブラッキーが倒れている。いくら耐久力があるブラッキーといえと、逆鱗の全ての力を一撃に込められれば耐えられるはずもない。

 

「…ブラッキー、戦闘不能。この勝負、アイリスちゃんの勝利です」

 

シキミの声にカイムは大きく息を吐く。

そして倒れているブラッキーを抱き上げた。

そのカイムに、アイリスは言った。

 

「最後、どうして追撃してこなかったの?」

「………」

 

アイリスの言葉に、カイムは答えられない。

 

「あの状態であと一撃追い討ちかしっぺ返しを出していれば、カイムさんの勝ちだったんだよ?わかってるよね?」

「…ああ」

「じゃあ、どうして?」

「……迷ったんだ。追撃するか、火傷による体力切れを狙うかで」

「…そっか。うん、今の言葉でわかったよ。カイムさんがジムリーダーに勝てない理由」

 

アイリスは傷ついたオノノクスを労いながらカイムに言った。

 

「カイムさんはポケモンのことがすごく好きで、とても優しいのはバトルしてわかったよ。だってカイムさんのポケモン、みんなカイムさんの指示を聞いて嬉しそうにしてたもん!」

 

フィールドに立っていたポケモン達はとても楽しそうにしていた。元々好戦的なのか、格上相手にカイムと共に戦えて嬉しいというのがポケモン達から伝わってきた。今フィールドに立っている者達は皆心からバトルを楽しんでいた。

 

 

 

ただ一人、カイムを除いて。

 

 

 

「…そうか」

「でもねでもね、バトルでポケモンを信じるくらい大切なものをカイムさんは信じられていないの。だからジムリーダーに勝てない。その信じられていないものは、きっと『カイムさん自身』。自分が自信を持てないから迷っちゃうんだと思うんだ」

 

アイリスの言葉はカイムの心に突き刺さる。

何となくはわかっていた。だが、実際に言葉にされることによってよりその言葉は骨身に染み渡った。

 

「あたしはポケモンも自分のことも信じてる。もちろん間違えることもあるし、そのせいで負けることもある。でもね、その間違いも自分を信じた結果だから反省はしても後悔はないよ」

 

カイムは答えない。ただ真っ直ぐにアイリスを見据え、その言葉を己の中で反芻した。

 

「さ、ポケモンセンターいこ!疲れ切ってるポケモン達を休ませなきゃ」

 

アイリスは普段と変わらないテンションでポケモンセンターへと歩いていく。空気を読んだのか、カトレアとシキミはカイムに一声かけてアイリスの後を追った。

残されたシロナはブラッキーを抱き抱えるカイムの背中に言う。

 

「わかった?貴方に足りないもの」

 

これから言う言葉は、カイムのパートナーとしてではなく、ポケモントレーナーの師匠としての言葉だった。

 

「…ああ」

「貴方は『自分の選択を信じられず、自分が最初に選んだ選択とは別の選択をする』悪癖があるわ。その悪癖があっても、ある程度の相手に勝てるくらい貴方は強くなった。でもね、その癖がある限りカイムはスモモちゃんには勝てないわ」

 

思考の瞬発力が無い主な原因はこれだった。一度自分の中で思考を巡らせてしまうため指示が遅くなる。単純な思考の速さだけならば、もうカイムは十分だった。

 

「………」

「今の貴方に足りていないものは、技術でも体力でもない。心よ。自分のことを信じられないトレーナーじゃ、ポケモンの力を最大限引き出すことはできないわ」

 

トレーナーとポケモンは互いに信頼して初めてまともなバトルができる。そして経験を積んだトレーナー達は己の選択に自信を持つし、ポケモンも鍛えてきた自分の能力を信じてトレーナーの判断に従う。そうすることでより能力を引き出すことができるのだ。

 

「貴方の己の弱さと向き合うことができる精神はとてもいいことよ。でもカイムは弱さとは向き合ってても、ここまでに培ってきた『強さ(経験)』とは全く向き合ってこなかった。今まで多くの敗北を積み重ねてきた結果だから仕方ない部分も多くあるけど、今目の前にある壁を乗り越えるためにはその悪癖を直さなければ先には進めないわ」

 

身近に姉やダイゴのような天才がいただけでなく、導いてくれる人もいないまま多くの敗北を積み重ねてきた結果が今のカイムだ。シロナの言う通り決して悪いことではない。だがあまりにもカイムは己のことを信じていない。それが今回のバトルの結果を導いた。

 

「貴方は戦い方をよく知らなかった。だから今までは私が教えたことに沿ってバトルをしてきて、選択も私の教えがベースになっている。でも、私のやり方は結局私のポケモン達と私自身に合ったやり方なの。カイムに合うやり方ってカイムにしか見つけられない。いつまでも私の教えだけに頼るのは、ただの甘えよ」

「……そうか」

「カイム、これだけは言っておくわ。もし貴方が今目の前にある壁を乗り越える気があるのなら、その悪癖は直しなさい。己を信じられない者に、これ以上の努力をする価値は無いわ」

 

努力とは、己の力を伸ばすために行うもの。故に己を信じられない者に努力をすることはただの時間の無駄だとシロナは言った。

カイムは腕の中にいるブラッキーを見る。ブラッキーは痛みを感じていたため顔を顰めていたが、カイムの視線に気づくと弱々しいが笑顔になった。

 

「……ブラッキー」

「貴方がどういう道を選んでも、私はそれを応援するわ。今の貴方も十分に強い。これ以上の強さに必要性を感じるかどうかはわからないけど、カイムのポケモン達がどう考えているかは貴方が一番よくわかっているはずよ」

 

カイムのポケモン達は程度に多少の差はあれど、ジムリーダーに勝ちたいと思っていることはカイムもよくわかっている。スモモにずっと挑み続け、そして負け続けてきたのだ。皆一度ちゃんとスモモに勝ちたいと思っている。

 

(でも俺はどうだ?こいつらの思いに応えるための最善を尽くしたか?)

 

ポケモン達はカイムを信じ、努力した自身の能力を信じることで最大限に力を発揮してきた。しかしカイムはポケモン達のことを信じてはいたが、己を信じなかったが故にポケモン達にも敗北を押し付けてきてしまった。

 

「厳しいことを言っているのはわかるわ。でもこれは、上を目指す以上必ずどこかで当たる壁なの」

「……シロナもか?」

「ええ。私もあったわ。もうかなり前だけどね」

「…そうか」

 

同じようなことが誰にでもあった。それが自分の場合少し遅かっただけなのだとカイムは納得した。

 

「ショック?」

 

少し心配そうな声でシロナは言う。自分でもきついことを言っている自覚はあったし、何より自分が同じことを言われたらきっとショックを受けるだろうとシロナは思った。

だがその心配に対してカイムはいつもと変わらなかった。

 

「いや…全くショックじゃないって言ったら嘘にはなるが、それ以上に納得した。実際停滞は感じてたんだ。スモモにあと一歩のところでいつも負けてるから、何か根本的なものが足りないとは思ってたんだ」

「…そう」

「結局、遅かれ早かれ同じことは言うつもりだったんだろ?」

「ええ。想像していたよりずっと早く言うことになったけどね」

 

自分を信じられない者に努力をする価値はない。

この言葉は今のカイムには何よりも必要なものだった。

 

「どうする?貴方にできるのは諦めるか、変わるかの二択よ」

 

そう二択を迫られたが、カイムはもう決めている。初めから決まっているのだ。シロナの弟子であり、シロナの隣に胸を張って立つためにも道は一つしかない。

 

「…そうだなシロナ。俺は変わるよ。変えてみせるよ」

 

ブラッキーを抱いたままカイムは歩き始める。今まで積み重ねてきた敗北も、この決意も、自分を信じてくれるポケモンや大切な人の想いも無駄にしないために。

 

「いい決意ね」

「さてな。想いを無駄にしないっていうのもあるけどさ、それ以外の理由もあるんだ」

「そうなの?」

「俺、こう見えて結構負けず嫌いなんだぞ」

 

何度負けても挑み続け、鍛え続けられるのも結局カイムが負けず嫌いなだけだった。それを表に出さないからそう見えないだけなのだ。

 

「ふふ、知ってるわよ。長い付き合いだからね」

 

カイムと並びながらシロナは言う。

二十年近い癖を直すのはなかなか難しいだろう。だがそれでも、カイムなら乗り越えられるとシロナは信じている。

ポケモンセンターまでの道のりを二人は歩いていった。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

2階のエントランスから海を眺めていたカトレアは背後から近づく気配に視線を向けた。

 

「貴方からアタクシを呼びつけるなんて珍しいですね、カイム」

「悪いかよ…」

 

ブラッキーを肩車のような体勢で頭に乗せるカイムが顔を顰めながらカトレアに並ぶ。

 

「悪くはありません。珍しいだけです…」

「ま、そうだわな。実際カトレアだけを呼び出したのは初めてだろうし」

「早速本題に入りましょう…このあとまた女子会の予定なので…」

「毎晩本当よくやるな…」

「シロナさんからは色々と聞きたいことが多いので…」

「ほどほどにしてやれよ」

「ええ。無論、それ以外のこともお話ししてますわよ……それで、アタクシを呼びつけたのは今朝の件についてですね?」

 

朝、カイムはアイリスとのバトルで自身に足りていないものが何なのかを理解した。そしてそれを克服するためには自分だけでどうにかすることはできない。自分の技術や肉体ではなく心の事だ。自分が悩んでいるだけでは解決などしないことくらいカイムでもわかる。

 

「察しが良くて助かる」

「簡単に言えば貴方に足りないのは自信…それを身につけるために、アタクシに何を聞きにきたの?」

「シロナから聞いたが、カトレアは昔超能力の制御に手間取ったんだろ?どういうメンタルで制御の訓練を行ったんだ?」

 

カイム以上に苦労したであろうカトレアの超能力を制御する話を聞ければ、もしかしたらカイムの悪癖を直す手掛かりがあるかもしれないと考えたのだ。

 

「…そうですね。昔のアタクシは今以上に負けず嫌いでした。だからでしょうかね。バトルで負けた時は、力が暴走し、夜も眠れないくらい悔しくて仕方なかったです…」

 

力が暴走し、自分だけでなく周囲も傷つけた。その結果言い渡されたのは『力の制御ができるようになるまでバトルを禁ずる』という縛り。せっかくバトルキャッスルのオーナーになってもバトルはできず、ただ見ているだけ。それも悔しくてまた暴走しそうになるということもあった。

 

「今思い返すと、子供ですね…」

「実際、その時の年齢は子供だろ」

「ええ、そうですね…アタクシも幼かったのです」

「そんで?」

「アタクシは負けず嫌いなので…そもそもアタクシ自身が戦う事なく負けてしまうこと…所謂不戦敗になることが何よりも悔しかったのです。だからアタクシはまずバトルそのものを楽しむことができるようにしました…」

 

バトルそのものを楽しむことができれば、たとえ負けたとしてもまず楽しめたという感情が出てくるため暴走するきっかけが減る。無論負けず嫌いである以上、悔しさを無くすことはできないが、軽減はできる。

潮風で髪が靡く。自身の髪をカトレアは超能力で荒れてしまうことを防いだ。

 

「そのことを提案してくださったのは、シロナさんです……シロナさんが、アタクシにバトルの楽しさを教えてくださいました。そしてバトルの奥深さも…」

「シロナらしいな」

「はい…無論すぐにそれを実現できませんでした。まだアタクシは未熟でしたからね…」

「そんなお嬢様が今や四天王か」

「ええ……努力しましたから。バトルを本格的に楽しめるようになったのは…努力を始めてから一年近く経過してからです…その間にもバトルの楽しさは少しずつ理解できたので、力の制御もうまくいくようにはなっていましたが」

 

努力を重ね、バトルで勝利も敗北も重ねたことにより結果も含めてバトルに慣れたことでカトレアは感情のコントロールができるようになった。ポケモン達と心を通わせることでトレーナーとしての自覚を持てるようになり、感情を昂らせることも少なくなった。その結果、暴走することもほとんどなくなった。

 

「アタクシ自身がバトルキャッスルのオーナーになったときにようやくバトルの『本当の楽しさ』を理解することができるようになれたと思います」

「本当の、楽しさ?」

「今の貴方にはまだ理解できませんわ…勝負事で楽しむには、本当の強さが必要ですから…まだ本当の強さを理解できない今のカイムでは、わからないでしょう…」

 

カトレアの言う通り、カイムはまだバトルを心から楽しいと思えた試しはない。バトルへの苦手意識もさることながら、周囲のレベルも高く己が未熟であることをよく理解しているため彼らほど楽しめていないこともわかっていた。

 

「……楽しさ、か」

「ええ…自分とポケモンの意図が完全に一致し、チームワークが完璧に刺さった時などは特に…」

「それは……いいな」

 

今のカイムはポケモンがカイムの意図を察することはあるが、互いに考えていることが完全に一致し、それが戦闘中にハマる(・・・)経験はしたことがない。しかしそれもよく考えれば当たり前で、カイムが本格的にバトルを学び始めたのは約二年前の大学生時代だ。この短い期間で才能が無いのにも関わらずジムリーダーと対等に戦えるくらいのレベルに達することができている。二年でここまで来れただけでも彼には十分すぎる成果だ。

 

「…カイムのブラッキーは、やる気みたいですわよ」

 

カトレアの言葉を肯定するように、たしたしとブラッキーはカイムの頭を前足で叩きながら鳴く。

一向に降りようとしないため諦めて放置していたが、どうやらこの肩車体勢が気に入ったらしい。

 

「意外と好戦的ですよね…カイムのブラッキー」

「身体動かすの好きだからな」

「ふふ…なら、早く一人前にならないといけませんね…」

「間違いねぇ」

「アタクシが認めているんですから…貴方は強くなれますわ。必ずね…」

「…ああ。ありがとうな」

 

四天王であるカトレアにそう言われているのだ。どうにかこの自分に対してはやたら後ろ向きな思考をどうにかしたいと強く思った。

 

「アタクシの大切な友人であるシロナさんのお相手なのですから…生半可な実力のままではいけませんよ…」

「わかってる」

「それに……」

 

続きを言おうとしてカトレアは口籠る。

 

「ん、何だよ」

「………」

「そこで止まんなよ、言いたいことは言っとけ」

「…貴方に言われたくありません」

「残念、ここ最近は比較的素直だよ俺」

「む、確かに」

「で?何だよ」

 

観念したかのようにため息をついたカトレアは意を決して言った。

 

「アタクシは、シロナさんを姉のように思っていて……それで…カイムのことも兄のように思っています」

「え」

 

普段の澄まし顔でいじめてくるカトレアとは異なり、しおらしい態度でそう言ってくるカトレアに驚き、カイムは思わず声を漏らした。

 

「アタクシ…両親との仲はあまり良くないのです…無論悪いわけではありませんし、両親には感謝しております。しかし、あまり関わりがなかったのも事実…故に仲は良好とは言えません」

「……そうか」

「だから、コクラン以外で家族ほど親密な仲の人間はほとんどいません。それがアタクシの力の暴走の要因の一つでもあったのかもしれません」

 

夜の海を眺めながらカトレアは過去を思い出す。幼い頃から英才教育を受け、自由な時間などほぼなかった。両親は自分と能力のことしか話さない。思えば負けるたびに暴走していたのは負けず嫌いの自分の性格もあるが、構ってほしかったという感情もあったのかもしれない。

 

「そんな中、シロナさんと出会いました。シロナさんは、アタクシにとても親身になってくれて…身分のことなど気にせず接してくださって、アタクシはそれがとても嬉しかった…姉ができたみたいで、とても」

「お人好しだからな、シロナは」

「貴方もですよ…」

「俺も?」

「ええ…貴方は確かにぶっきらぼうで無愛想で不器用で素直じゃないし細かいことばかり言うしその小言でアタクシの眠りを妨げるような人です」

「ほぼ悪口だろ…」

 

褒める気あんのかと内心でツッコミをいれるが、そんなカイムにカトレアはさらに言葉を投げかける。

 

「でも、とても誠実で真摯に人に向き合います。小言も、アタクシのことを気遣って言ってくださるものが多い。周囲がアタクシの立場を気遣って言わないようなことも言ってくれる。そういうところがアタクシは、不器用な兄のように見えました。だから、アタクシが慕う人が積み上げてきたものを無駄だと断じることは、嫌です…たとえそれが本人だとしても」

 

カイムは答えない。

彼からすれば、自身を信用せず顧みず大切にしないのは『そうしなければ自分が上に行けない』と信じ切っていたからだ。

実際自分のやってきたことは大抵必要ないことばかりであることがシロナに弟子入りしてから良くわかった。だからこそより自身のことを否定して他者からの言葉を大切にしてきた。

だがこの行為はカイムのことを大切に思う人やポケモンからすれば見ていて気持ちのいいものではない。それに、カイムが行ってきたこと全てが無駄だってわけではない。この二年で積み上げたものと比べたらとても小さかったかもしれない。少ないかもしれない。必要はなかったかもしれない。

 

 

だが無駄ではなかったのだ。

 

 

もし無駄だったと切り捨てるのであれば、それはブラッキーとバシャーモと共にホウエン地方を旅した四年間が無駄だと断じるのと同じことなのだ。

 

迷走していた。

得られるものは少なかった。

己の才能の無さが露見した。

 

それでも、間違えてはいなかったし、無駄ではなかったのだとカトレアは言った。

ポケモン達のためにも、そして何より自身のためにも今までの自分を否定しないでほしいとカイムに願ったのだ。

 

「…前に言いましたよね?シロナさんを悲しませないこと…」

「……わかってる」

 

自分に厳しくするというのは、悪いことではないと思っていたが、度が過ぎるのはやはり良くないのだろう。たとえそれが肉体的に厳しいものではなく、精神的なものであったとしても。

そのことを胸に刻みながらカイムも夜の海を眺めた。

 

静かな波の音だけがその場に響いた。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

カトレアの話を聞き、その後シキミとアイリスにも話を聞いた後にシャワーを浴びて部屋に戻ると、シロナがグラスを持って窓際に寄りかかりながら傍にいるトゲキッスを撫でていた。

 

「おかえり」

「平然と部屋にいるのやめてくれますかね」

「今更でしょ?」

「それもそうだが」

 

小言は言うがそこまで気にしていないのか、カイムはそれ以上言わなかった。

備えつけられているオフィスチェアに座りシロナに向き直る。

 

「何飲んでんだ?」

「ブランデー。コクランさんにもらったの」

「ここにあるってことは、結構上モノなんじゃないか?」

「ええ。値段調べてみたら、結構したわ」

「やっぱな…」

 

シロナが差し出してきたグラスを受け取り、中身を少し飲む。

 

「どうだった?みんなの話を聞いてきて」

 

カイムは机にグラスを置いて話し始めた。

 

「…形に多少違いはあるけど、各々信念というか、自負みたいなのはあるんだなって思ったよ。今まで積み上げてきたものを信じたり、自分のポケモンが信じてくれる自分を信じることもしてるらしい」

「そうね。みんなちゃんと芯を持ってポケモン達と向き合っているわ」

「……シロナは、気づいていたんだよな。俺が自分を信用してないことを」

「…ええ。でも勘違いしないでね。これを放置していたのも、ちゃんと理由があるの」

「わかってる。無意味なことや人を無下にするようなことはしないだろ、お前」

「私は信用しているのね」

「この世で最も信頼しているのはシロナで、信頼できないのは自分だからな」

 

何でもないように言っているが、この在り方は相当歪だ。

己を信じず、否定し続けてなおまともな精神を保ち続け、そして真っ当な人間へと成長できるほどの精神力を持つ人間がこの世にどれだけいるだろうか。

彼も初めから自分を否定し続けていたわけではない。ただ、強烈な才能を持つ姉やダイゴのような人間がかなり身近にいた結果、このようになってしまったに過ぎない。

無論カイム本人は悪くないし、姉やダイゴも悪くない。言うなれば、運が悪かったにすぎないのだ。

 

「こういうこと言うのは、やっぱ嫌か?」

 

グラスを傾けながらカイムは言う。シロナはネガティブな言動はあまり好まない。聞くのも嫌、と言うほど毛嫌いはしていないが、いい気持ちはしないと公言している。

シロナは傍にいるトゲキッスを撫でながら言う。

 

「そんなことないわ。ちょっとネガティブすぎるとは思うけど、ちゃんと自分も疑えるのは貴方の美徳でもあるの」

 

少なくとも学者としてはその考えは必要だ。自分の考えた仮説や論理が本当に正しいかどうかを疑い、証明に必要なことを当てはめていくことは学者では無くてはならない行動だ。そして他者の言動や論理を受け入れ、そこから更に自身の論理に変えていくことができるカイムは学者としての思考回路が備わっていると考えてよい。

 

「自分を疑うことが?」

「長所と短所は表裏一体よ。例えば、長所は慎重に物事を進められるというのも言い換えれば判断が遅いともとれる。長所となり得るか短所となり得るかは時と場合によるの」

「…なるほど」

「ただ、ポケモンバトルでいえば貴方のその疑う精神は短所になるの。ポケモンにとっても貴方にとってもいいことではないわ」

 

ポケモンバトルはその場その場で素早く、的確な指示を出す必要がある。トレーナー同士の読み合いというのも勝敗を分ける一因になることもあるが、大体はポケモン同士の実力差とトレーナーの指示の的確さによって勝敗が決まる。そもそも読み合いが必要となるほどのバトルはジムリーダー以上のレベルを相手にする時でなければ必要にならないし、必ずしも必要となるわけでもないのだ。

 

「…カトレアに言われたよ。自分が慕う人を無下にしてほしくないって。きっと、ポケモン達も同じ思いだったんだろうな」

 

グラスを傾け、ブランデーを流し込みながら膝に座るブラッキーの顎を撫でる。ブラッキーは気持ちよさそうにしながら小さく鳴いた。また、傍でムクホークに寄りかかっているバシャーモも当然だというように小さく吠えた。ムクホークはあくびをするだけで、座禅を組んでいるルカリオも何も言わないが、きっと同じ思いだろう。

 

「お前らは信じてくれてたんだよな」

 

彼らはちゃんとカイムのことを信じていたからここまでついてきた。それだけでも自分を信じるに値する人物であることなど、わかるはずなのに彼は信じなかった。己の過去にのみに目を向け、今共にいてくれる存在に目を向けなかった。

 

「なあ、シロナが俺の問題を黙っていた理由って聞いていいか?」

 

グラスの中身を飲み干し、ビンの中の液体をさらにグラスに注ぎながら少し熱くなった頭で言う。

その理由は、きっと知っていた方が今後のためになる。そう思えた。

 

「私がずっと言わなかった理由は、口で言っても本質が伝わらないからよ。仮に私が『上にいけないのは自分を信用していないから』と伝えたとしても、今までずっとそう生きてきた貴方はきっとそれをちゃんと理解できない。技術的なことはいくらでも言えるけど、精神的なことは自覚しないと意味がない。だから貴方が本当の壁に当たるまで言わなかった」

「そうか」

 

ただ言われたことを熟すのと、自覚した上で意識して直すのでは効果は天地ほどに分かれ、伸び代も変わってくる。

シロナはトレーナーとしても学者としてもカイムには一切妥協しないで鍛えている。だからこそ、言わなかった。

確かに自覚はしていなかったし、そう言われたとしても素直に認められるかどうかと言われたら難しい。カイムはブランデーを飲みながらそう思った。

 

「面倒な男を好きになったな」

「そうね。簡単な人ではないと思っているわ」

 

その自覚はあるのか、カイムは肩を竦める。

カイムに視線を向けてはっきりとシロナは言った。

 

「でもね、そういう疑い深くて自分を信用しない人が毎日欠かさず努力を重ねられるのはすごい才能なの」

 

シロナはさらに続ける。

 

「今の貴方があるのは誰のせいでもないの。誰のせいでもないことを自分のせいにしないで。それを続けていたら、いつか貴方は立ち止まってしまうわ」

「………」

「さっきカイムは『この世で最も信頼できないのは自分』って言ってたわよね。でも、信頼できない自分のために努力を重ねているのは誰?他でもない貴方自身よ。貴方が努力を続けてこられたのは、ゆっくりでも確実に良い方に進めていると信じられたからでしょう?」

「…俺は、ただ正しいと思ったことをやって、正しいと思える生き方をしたかっただけだ」

 

何も持たず、何も成さないならせめて正しく、そしてカッコいい生き方がしたかった。それだけなのだ。

 

「それでいいの。貴方なりに正しく生きようとして、その結果良い方に貴方は成長している。正しく生きようとする貴方のその姿は、とても素敵よ。私は貴方のそういうところが好きになったの」

 

だがシロナはその生き方に魅力を感じた。

人間である以上、生きる指針が『正しさ』ではなく『楽』で考えてしまうことが多い。シロナですらそういう時があるのだ。誰であってもそう生きてしまうのは仕方ないことである。

しかしカイムは己に厳しくすることが当たり前になっているが故に正しさを基準に生きている。そういう生き方をシロナは気高く、そして美しいと感じた。カイムに惹かれた理由の一因はそこにあるだろう。

できないなりに最善を尽くすその姿は、シロナの心を惹きつけるものだった。

 

「…ああ、そうなのか」

 

カイムの返事は薄い。

顔は赤く、目はとろんとしてきているためだいぶ酔いが回ってきているのだろう。何より頭がふらふらしている。

先ほどから結構ペースは早い。飲んでいる量は普段と比べたらかなり多いように見える。シロナが勧めていたこともあるが、カイムとしても色々思うところがあったのだろう。

 

「そう。貴方の生き方、かっこいいわよ」

「…ちげえよ。それしかできねえんだよ……俺は、かっこよく生きてる人みたいになりたかっただけだ…」

「例えば?」

「…シロナやダイゴ……あと、姉貴か…あんな風に、かっこよくて…心のままに…生きれるように……」

 

やはりカイムにとって姉の存在はとても大きく、強烈なものらしい。自身に一番身近で、そして強い存在。幼いカイムにとっては所謂『強さの象徴』のようなものだったのだろう。

シロナ自身は会ったことはないが、ダイゴの存在も大きかったらしい。実際カイムとダイゴは同年代であり、旅をしている際にもかなり交流があったとか。そんな中でカイムは4年かけてジムバッジを揃えたのに対して友人のダイゴはチャンピオンとして君臨した。劣等感や羨望を感じてしまうのは仕方ない。

 

「…そう。貴方は、羨ましかったのね」

「……俺は…」

「ポケモン達と心を通わせるだけでなく、共に戦い、そして偉業を成し遂げるその姿に憧れた。子供がポケモントレーナーに憧れるのと同じで、その憧れた心をいつまでも捨てきれなかったのね」

「……だって…かっこいいじゃねぇか」

「それが、貴方の本音ね」

 

酔ったためか、普段言わない本音が溢れる。

シロナはオフィスチェアに寄りかかるカイムを立ち上がらせ、すぐ近くのベッドに座らせ、その身体を支えるようにシロナは寄り添った。

 

「…おれだってできるんだって…いいたかった……あねきに…」

「大丈夫、ちゃんと貴方はできるわ」

 

カイムのふらつく身体を抱きしめ、背中をさすりながらシロナは言う。うわごとのように溢れるカイムの本音をシロナはちゃんと聞き取り、受け止める。

 

「おれにはむりだって…みんな…いうけど……ぼんじんでもやれるって…みかえしてやりたくて…まけたくなくて……でもやっぱりできなくて…おれは……どんなにがんばってもつよくなれないんじゃないかって…おもったりもした」

「いいえ。そんなことないわ。貴方はちゃんと強くなってる。ポケモン達もそれをちゃんとわかっているわ」

「ああ…シロナとあえて…いままでのりこえられなかったものがたくさんのりこえられた……かんしゃ、してる…こんなおれとであってくれて…ありがとう」

「どんな壁も乗り越えられる。貴方の自らを変えようと、越えようとするその姿は素敵よ。だからそんな自分のこと貴方も愛してあげて」

「………」

 

カイムからの返事は無い。見てみると、既に目を閉じて静かに寝息をたてていた。

 

「…聴こえてないか」

 

今回、わざわざコクランに頼んでまで酒を調達したのはカイムの本音を引き出すためだった。カイムは素直ではないため、アイリスのように自分の心を言葉にすることをほとんどしなかった。ポケモン達の前では多少するようだが、彼の心の底にしまわれた言葉は出てこない。

そんなカイムでも酔っ払うと本音が溢れることがあった。

本音を吐き出させるためにわざわざ酒を使わないといけないあたり、かなり面倒な性格をしているが、それに惚れてしまったのは他でもないシロナ自身。

 

「成功を習慣化できれば、貴方は伸びる。貴方ならできるわ。一緒に頑張りましょ」

 

眠ったカイムの頭を膝に乗せ、その頭を撫でる。穏やかな寝息を立てながら眠るカイム側にブラッキーとバシャーモが寄ってくる。ブラッキーはカイムの身体を枕にし、バシャーモはベッドを背もたれにして腕を組んだ。

 

「…貴方達のご主人、きっと今よりいいトレーナーになるわ。だから今度は、貴方達がカイムを支えてあげてね」

 

ブラッキーとバシャーモの頭を優しく撫で、シロナは笑った。

 

 

 

 

 

「カイム様、アイリス様からリュウラセンの塔の見学についてシャガ様から連絡が返ってきたとおっしゃっていますが…」

 

夜中、コクランがカイムの部屋の扉を小さくノックする。電気はついているが、中から返事はない。数時間前、シロナにブランデーを渡したためそれを飲んで二人とも眠ってしまったのかと予想したところで、中から扉が開かれる。

扉の前に立っていたのはカイムのルカリオだった。ルカリオは特に何も言うことなく、ベッドの方に視線を向ける。

コクランもその視線を追うと、そこにはカイムのことを抱き枕にしながら眠るシロナと、されるがまま眠るカイムの姿があった。他のポケモン達も思い思いの体勢で眠っている。

その姿を見たコクランは小さく笑うと、二人に毛布をかけて電気を消して部屋を後にした。

 

「良い夢を」

 

夜は更けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二日後

 

拠点であるサザナミタウンからしばらく飛び、イッシュ地方の西にあるセッカシティにたどり着く。

 

「いやー、さすがにサザナミタウンからだと遠いねー」

 

ボーマンダの背中から降りたアイリスは大きく伸びをする。シロナもアイリスに続いてボーマンダの背中から降りた。

 

「案内までさせちゃってごめんね」

 

アイリスのボーマンダを撫でながらシロナは言う。

だがアイリスは特に気にした様子もなく、朗らかに返した。

 

「いーのいーの!おじーちゃんに会いたかったし」

「そう。お祖父様のこと、好きなのね」

「うん。今のあたしがあるのは、おじーちゃんのおかげだから」

 

その時、ボーマンダの横にムクホークが降り立った。

ムクホークの背中からカイムは降りてゴーグルを外す。

 

「さすがに速いな」

「普段からよく飛んでるから、このあたりの風の流れは詳しいの」

「風の流れまで把握してんのかよ」

「まーね。じゃ、行こう。おじーちゃんもういるみたいだし」

 

上機嫌で歩き始めるアイリスの進路の先には、雲に隠れて頂上が見えない塔があった。

 

「あれが、リュウラセンの塔」

「すごいわね…一目で特別な場所だってことがわかるわ」

「リュウラセン…螺旋つってるから、やっぱり内部は螺旋状なのか?」

「そこは行けばわかるわ」

「それもそうだな」

 

二人はアイリスに続き、リュウラセンの塔へと足を運んでいった。

 

 

 

 

 

 

セッカシティを出て少し歩き、木に覆われた道を抜けると目の前には湖が広がっており、その中央に塔はあった。

塔に向けて桟橋がかかっており、その桟橋の前に一人の体格のいい男性がいた。

 

「おじーちゃん!」

 

アイリスが声を上げると、男性は振り返る。

特徴的な髭をたくわえた鋭い目つきの男性だった。白髪や顔の皺から初老期くらいの男性だろうが、その体格と鋭い目つきは歳を感じさせないほどの覇気を感じる。

 

「おおアイリス。来たか」

「この前のリーグ以来だね!」

「元気そうだな。そして、このお二方が…」

「そう!シロナさんとカイムさん!リュウラセンの塔を見てみたいんだって!」

「そうか」

 

男性…シャガは二人の前に立ち、手を差し出した。

 

「アイリスが世話になっております。私はシャガ。ソウリュウシティのジムリーダーでこのリュウラセンの塔の管理をしております」

「シロナです。シンオウ地方で学者をやっています」

 

シロナはシャガの手を取り、握手を交わした。

 

「チャンピオンとお伺いしております。素晴らしい腕前だとか」

「私一人の力ではありません。ポケモンや色んな人に支えられてもらった結果ですわ」

「自身だけの力ではない、と。素晴らしい心がけですな。そして君が…」

 

シャガはシロナの傍にいたカイムに目を向ける。

 

「カイムです。シロナの助手として動いています」

「アイリスの話ではジムトレーナーだと聞いているが」

「はい。トバリジムのトレーナーです」

 

シャガは自身の髭を撫でながらカイムを見る。

 

「…ふむ。なるほど、いい面構えだ。君も中々の腕前がありそうだな」

「いえ、まだまだです」

「ふふ、そうか。互いにジムに関わる人間だ。これからも精進していこう」

「はい」

 

カイムもシャガと握手を交わすと、シャガはリュウラセンの塔を見上げる。

 

「お二方がリュウラセンの塔に入りたいとのことでしたな」

「ええ。本格的な調査はできませんが、学者として一度ちゃんと見ておきたかったんです」

「なるほど。確かに、考古学者のお二方からすればこの塔は魅力的でしょうな。鍵は開けてあります。自由に見て回ってくだされ」

「頼んでおいてアレですけど、本当にいいんですか?」

 

いくらシロナがチャンピオンとはいっても、所詮他所者。イッシュ地方にとって歴史的遺産である塔に簡単に入れていいものなのかとシロナは思った。

 

「構いません。時折他の地方の学者が見学や調査をするために訪れるので、そこまで珍しいことでもないのです。それにチャンピオンになれるほどの人格を備えた人物が何か悪意のあることをするわけがないでしょう」

「こちらとしてはありがたいので、見せてもらえるならお言葉に甘えますね」

「どうぞ。ただ中は結構崩れたりしている部分もあるのでお気をつけて」

「ありがとう。いきましょ、カイム」

「ああ」

 

二人はリュウラセンの塔へと歩いていった。

シャガは二人の後ろ姿を見ながら腕を組む。

 

「アイリス、シロナさんとバトルはしたのか?」

「うん。でも、決着が付くまではやってない」

「どうだった?」

「…すごく洗練されてた。ポケモン達の動きも、シロナさんの指示も。シロナさんの努力と積み上げてきたものがよくわかったよ」

「そうだろうな。彼女がシンオウ地方のチャンピオンになったのは、今から10年以上前…それこそ今のお前くらいの年齢だ。そこからずっとチャンピオンの座を守り続けた彼女が積み上げてきたものは、想像を絶する」

「うん。でもね、おかげでもっとやる気が出たの!」

「いいことだ」

 

穏やかに笑いながらシャガはアイリスの頭を撫でる。

 

「…カイムくんはどうだ」

「カイムさんも強いよ。ジムリーダーくらい強い」

「あの青年には、何か迷いのようなものが見えた」

「うん。でも、カイムさんなら乗り越えられるよ!」

 

根拠はない。だがこのアイリスの言葉にはどことなく説得力があるように思えたシャガは口を閉じ、リュウラセンの塔に入っていく二人の姿を見届けた。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

リュウラセンの塔内部は少し荒廃していた。

だが人が進んでいく分には問題なく進める。足場も悪くないため、シャガの管理が行き届いていることがわかる。

 

「内部は空洞に近いのね」

 

シロナが道を進みながら言う。

二人の進む道のすぐ下には湖の水が存在していた。よく見ると野生のポケモンの姿もいくつか見える。

 

「音もよく響く。この塔は筒の中に螺旋状の階層があるのかもな」

「今まで見てきた遺跡と比べてかなり建設が難しいわ。海底遺跡同様、古代の技術が関わっているのかしら」

「海底遺跡との繋がりもあるのかが疑問だ。同じ地方の遺跡だし、何かしら関わりがあっても良さそうだが」

「海底遺跡の『王』の存在とリュウラセンの塔の『英雄』の存在。繋がりがあったとしたら伝承に残されている比率が変ね。王の存在を示すものはほとんど残されていないのに、英雄の存在はイッシュ地方でも広く伝わっている」

「王が少ない理由はわからんが、英雄が多い理由はわかりやすい」

「その理由は?」

「伝説のポケモン、ゼクロムとレシラムが関わっているかどうか」

「そう考えるのが妥当ね。そもそも、海底遺跡とリュウラセンの塔が同じ時代の産物かどうかもわからないしね」

 

リュウラセンの塔はある程度時代もわかっているが、海底遺跡についてはいつの時代のものかもわからない。故に関わりがあったかどうかは海底遺跡の調査が進まないと解明することはできない。

 

「進みましょう。ここだけでも見るものは多いけど、先はまだ長いわ」

「ああ」

 

二人は進んでいくと、大きな広間に出た。

広間には柱が並んでおり、そのほとんどの柱が折れていた。柱の根元の部分のすぐ側には柱の残骸が横たわっており、シャガの言っていた荒廃しているとはこれのことだったのだろうとシロナは内心で結論付けた。

 

「やりの柱みてーだな」

「少し似てるわね。でも古代の柱って結構どこも構造似てるしね」

「流石に繋がりはねーだろうな」

 

広間に入り、中を散策しようとしたところで気配を感じる。

気配がした方を見ると、柱の残骸の上に誰か人影が見えた。その人影は二人の方を見て、立ち上がった。

 

「やあ。また会えたね」

「お前…!」

 

立ち上がった人影は、先日サザナミタウンの浜辺でカイムに話しかけてきた謎の青年だった。

 

「また会えて嬉しいよ」

 

青年…Nは不思議な笑みを浮かべながらそう言った。

 

 




いつかは絶対書きたいと思っていた師匠として厳しいことを言うシロナさん。
ぶっちゃけまだカイムの最後の一匹を決められていないので時間稼ぎをしたっていうのもありますが、更新早めたから許してほしいです。


シロナ
今回は乙女よりもポケモントレーナーとしての側面を多く出した。トレーナーで、バトルもカイムも好きだからこそちゃんと厳しいことを言ってくれました。こういうちゃんと自覚させた上で厳しいことを言ってくれる人って人にものを教える上で大切だと思うので、こういう人は貴重だと思います。お酒にはそこそこ強いが、酔っ払うと甘える。かわいい。

カイム
バトルを楽しいと思ったことが無いのに今までトレーニングを続けてこられたある意味精神異常者。続けられたのは多分ポケモン達がバトル好きだったから。考古学は学んでて面白いと思ってるから続けられている。酒はあまり強くない。酔っ払うと寝るため扱いは楽。

カトレア
過去をちょっと捏造しました。一度心を開いた人にはとことん懐きそう。

シキミ
駆け出し小説家と四天王の二足草鞋を履いているからシロナと近しい部分もありそう。

アイリス
オノノクス強すぎん?って思われそうだけどチャンピオンってこれくらい強くないとなれないんじゃないかなって思いました。

シャガ
髭が特徴的。こういうお師匠感あるキャラ好き。


アンケートはお気に入り4000記念の題材になる映画のものです。
本編で訪れる予定の無い場所なので、時系列などは全く考慮しない完全な番外編のものになります。
また、本編と並行して執筆するので結構時間がかかると思われるものなので『この映画好きだったな』程度の軽い気持ちで投票していただいて構いません。
この番外編がアルトマーレに訪れた時みたいに単純な観光兼調査なのか、それともサトシくんポジにシロナさんをぶっこむのかは映画次第で決めます。
アルトマーレとハテノ森は本編で訪れているため今回は除外しました。
良ければ回答よろしくお願いします。


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