映画全部終わらせるのにどれほど時間がかかるのやら。
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砂糖控えめ。
五万字超え。すみません。
爆速で後半書いたため、誤字が多いかもしれません。
暗くなった荒野の中、シロナとカイムは目的地に向けて足を進めていた。
「目的地まで、もう少しか」
「ええ。もう見えてくるはずよ」
二人は歩きながら軽く言葉を交わす。
シロナは黒のタンクトップの上にデニムのジャケットを羽織り、動きやすいズボンとブーツという出立ちだった。また、カイムも紺色のシャツにカーゴパンツとブーツという服装で、二人ともかなり動きやすい服装となっていた。
「千年彗星、ね」
「見える場所にテーマパークができるみたい。今日の深夜の間にテーマパークが作られるみたいよ」
「元々、旅芸人集団が運営してんだよな」
「そうよ。世界各地を回っている旅芸人集団で、数年前に結成以来、活発に活動をしてるみたい」
そう話しながらカイムは空を見上げる。
二人は今、『千年彗星』と呼ばれる千年に一度の周期で七日間見ることができる彗星を見るためにこの荒野を訪れていた。元々千年彗星のニュースは大々的に取り上げられ、カイムも把握はしていたが、シロナがこの彗星を見に行きたいと言ったため、二人してこの荒野に訪れていた。二人ともそれなり以上の立場がある人物だが、どうにかスケジュールを調整して、こうして彗星を見に来ている。
そしてこの彗星がよく見えるポイントであるこの荒野に、話に出てきた旅芸人集団がしばらくテーマパークを運営するとのことだった。そこに宿もあるとの情報があったため、二人は最低限の荷物だけでここまでやってきた。
「千年か。長え期間だ」
「そうよね。仮に私たちが100歳まで生きたとしても、その10倍の期間。想像を絶する長さだわ」
今はまだ彗星は見えない。しかし明日の夜からは彗星を見ることができ、貴重な時間となるだろう。天文学は専門ではないが、この歴史的瞬間を見逃すことは歴史を学ぶ者として見過ごすことはできなかった。
「彗星って、見えるもののほとんどがガスで構成されてんだよな」
「そうよ。彗星には核があって、その核が纏うガスが発光して流星みたいな見た目になってあるのよ」
「それが周期的に移動していて、千年周期で見えるポイントに来ると」
「そういうこと。予習はバッチリね」
千年という長い周期の中、その瞬間に偶然とはいえ生きていられたことは幸運という他ないだろう。自身の運の良さに内心で感謝しながらカイムはシロナの背中を追う。
そうこうしているうちに千年彗星がよく見える、とされている場所までたどり着いた。しかしその場所には何もなく、ただただ荒野が広がっているだけだった。
「まだ例の旅芸人集団はいないようだな」
「ええ。到着、完成は深夜らしいから、来てなくても不思議ではないわね」
「しばらく待つか」
カイムはそう言って近くにあった岩に腰を下ろすと、バシャーモをボールから出した。そして周囲の枯葉や枝を適当に集めて石で囲い、バシャーモに火を出してもらい、焚き火になるようにする。
焚き火が安定すると、シロナも荷物を下ろし、焚き火のすぐそばに腰を下ろした。
「こうして焚き火をするのも久しぶりね」
「ああ。最後にしたのは…ウバメの森か」
「そうね。時渡りから戻ってきた時だったかしら」
以前、シロナとカイムは傷付けられたセレビィが退避のために行った時渡りに巻き込まれ、四十年前に飛ばされた。そこで様々な出会いがあり、そして戻ってきた。戻ってきた時間が夜であったため、知らない土地で下手に動くのは良くないと考えた二人は周囲に延焼しないように気を使いながら焚き火をしたのが最後だった。
「確かあの時、サカキに遭遇したな」
「ええ。あの男、貴方のことを勧誘してきたわね」
少しだけ怒りが感じられる声にカイムは苦笑する。少し不機嫌なシロナの頭をカイムは優しく撫でた。
「もう過去のことだ。気にすんな」
「むう…でも貴方のことを悪の道に落とそうとしたのよ。許せないわ」
「大丈夫だって。そっちに行くことはねえから」
カイムはポケモンが好きだ。故にサカキのようにポケモンを蔑ろにする人間に味方をすることなどありはしない。
焚き火を使って沸かしたお湯をカップに注ぎ、インスタントコーヒーを淹れてシロナに手渡した。
「ありがと」
「ん」
短く返事をして、カイムも自分のカップにお湯を注いだ。
軽く口をつけて飲むと、思いの外熱いコーヒーが口に広がった。
「あっち」
「少し冷まして飲んだら?」
「そうする」
「ふーふーしてあげようか?」
「阿呆。いらんわ」
呆れたようにため息をついたカイムはコーヒーを冷ますために息を吹きかけ、少し冷めたところで飲んだ。少し冷めたことにより飲みやすくなっていた。
「当たり前だが、シロナの淹れたコーヒーの方がうまいな」
「ありがとう。まあ、当たり前といえば当たり前ね」
「シロナってコーヒー淹れるのはうまいもんな」
「あら、他のことはできないみたいな言い方じゃない」
「家事に関しちゃそうだろ」
カイムが教えているため多少はマシになったが、それでもまだまだ一人で任せるには至らない。誕生日のケーキを一緒に作った時の腕は以前と比べたらかなりマシにはなっていたことは間違いないが、やはりまだ一人ではやらせられない。
「むう…でもバレンタインのチョコは美味しくできたわよ」
「ああ、ありゃ美味かった。じゃあ次は別のものを頼もうかな」
「もう、いじわる」
くつくつと笑いながらカイムはコーヒーを飲む。傍らで座禅を組んでいたバシャーモの頭を撫でると、バシャーモは目を開けてされるがままになっていた。
「例の旅団が来るまでここで時間潰す感じか?」
「そうね。情報の通りなら今夜の間にテーマパークができるはずだし、宿があるからそこに泊まりましょ」
「わかった」
予定を把握し頷いたカイムは空を見上げた。
しばらく焚き火を前に雑談をしていると、突然バシャーモがピクッと反応して荒野の方を見た。
「バシャーモ?」
カイムがバシャーモの見た方向をみると、小さな光がいくつか闇の中に浮かんでいるのが見えた。その光は少しずつ増えていき、やがてそれが多数のトラック集団であることがわかった。
「…こんな時間に来るってことは」
「例の旅芸人集団でしょうね」
日付が変わるくらいの時間にこんな辺鄙な場所にある荒野にわざわざ来るとなると、例の集団である可能性が高いだろう。他にこんな場所に来る必要はほぼないに等しい。
二人の予想は当たっており、トラック集団は荒野の真ん中で停車すると、スタッフと思われる人々がトラックから荷物を下ろして作業を開始した。
今から作るとなるとなかなか時間がかかるのではないか、とカイムは考えたが、その懸念は杞憂に終わる。トラックから降りてきたバルーンが規則的に並び、弾けるとそこから積み上がったなにかが現れた。そこからレールが走ると、自律的に積み上がった板が連結を始める。そしてそれらが全て繋がると、さらにレールが現れてドーム状になっていく。最後にそのレールからバルーンのようなものが広がり、最終的にはドームとして完成した。このドームが完成するまでの時間は5分程度であり、簡易的とはいえショーをやるのには十分すぎるほどの体積になった。
「はあ〜…思ったよりすげえ」
「本当。まさかこんな短時間でテーマパークが荒野の中にできたわ」
シロナ達が見守る中、テーマパークの外見は完成した。その所要時間は一時間もかかっていなかった。
「待つ時間は少ないに越したことはねえ。移動するか」
「そうしましょ。シャワー浴びたいわ」
テーマパーク全体はライトアップされているが、さすがにアトラクションはまだ動いていない。しかしその中でも『INN』と看板を掲げている建物は電気がついている。
これ以上ここで見ている必要もないと考えた二人は焚き火を消すと、荷物を抱えてテーマパークへと足を向けた。
「思ったよりちゃんとした部屋ね」
宿で受付を済ませ、通された部屋に入ると、そこには比較的ちゃんとした部屋があった。二つのベッドとユニットバスしかない簡素ではあるが、普通に寝泊まりするだけなら何も問題なく過ごせる部屋だった。
「一時間程度でできた部屋と考えれば、まあ上等だな」
かなり簡素であり、稼働できる部屋もまだ少ないらしいが、一時間でこれほどの部屋ができれば十分だとカイムは判断した。
荷物を置き、少し疲れたようにカイムは息を吐いてベッドに腰掛ける。
「疲れてる?」
「ん?ああいや…まあ、少し」
ジムでの仕事を爆速で終わらせた上でシンオウ地方ではない土地に来て、ここまで歩いてきた。カイム自身も望んできた場所ではあるが、さすがに少し疲れていた。
「じゃあ先にお風呂入ってきたら?今日は早めに…って言っても、もう日付変わったけどね」
「ああ。じゃあ、そうさせてもらう」
カイムは荷物の中から着替えを取り出してユニットバスの中へと入っていった。
残されたシロナはブーツを脱ぎ、ベッドに腰掛ける。そこでカイムのボールホルダーにつけられていたムーンボールからブラッキーが飛び出してきた。
「あらブラッキー」
ブラッキーはぷるぷると体を震わせると周囲を見渡す。カイムがいないことに気づき、少しだけ寂しそうに耳が垂れ下がった。
「カイムは今お風呂。一緒に待ってましょ」
そうシロナが言うとブラッキーはシロナの横に飛び乗り、シロナの膝に乗った。ブラッキーを撫でながらシロナはカイムのバッグに入っていた千年彗星に関する資料を取り出した。
「千年に一度訪れる彗星、ね」
今回の目的である千年彗星。その名の通り千年に一度訪れて七日間、地上から見ることができる彗星だ。歴史的な何かを知ることができるわけではないが、歴史的瞬間であることは間違いない。
前々からここに来ることは二人で決めていたが、ジムでの仕事が思いの外多かったらしく少々仕事を片付けるのにカイムは苦労していた。
「頑張ってくれたわね」
ブラッキーが首を傾げる。そんなブラッキーを優しく撫でると、窓の外に目を向けるのだった。
ーーー
シロナがシャワーから出ると、カイムがブラッキーを抱いたままうとうとしていた。
「あら」
シロナがシャワーから出た音に反応してカイムは薄らと目を開ける。
「ん…出たのか」
「寝てて良かったのに」
「いや、大丈夫」
首を動かして固まり始めた身体をほぐしながらカイムはブラッキーを抱き抱えて立ち上がる。
「千年彗星についてもう少し調べてみてな。それに関して共有しておこうかと」
「あら、他にも何かあったの?」
「ああ」
カイムは手に持っていたタブレットをシロナに手渡す。そこに記されていたのは、千年彗星に関連する土地の情報だった。
「千年彗星に関する土地について調べてみたんだ。千年彗星そのものはこれ以上なかったが、土地に関しては色々出てきた」
「ファウンス…千年彗星が関与する土地」
タブレットに表示されていたのはファウンスと呼ばれる土地についてだった。ファウンスは緑が豊かなであり、多数の野生のポケモンが生息する独自の生態系が確立した土地らしい。そんなファウンスにはいくつか伝承があるらしく、千年彗星に関与するポケモンが眠る土地だという情報が記されていた。
「ファウンスに縁のあるポケモン…ジラーチ」
「ああ。ここから結構離れているけど、そこにそういう土地があって、ジラーチというポケモンが伝承されている。まあ伝承つっても、御伽噺みたいなもんだがな」
「どういうポケモンなの?」
「なんでも、願いを叶えてくれるポケモンだとか」
眉唾だがな、と苦笑しながらカイムは言った。確かに願いを叶えてくれるという言葉だけを聞いたら眉唾物だと言われても仕方ないが、そういう伝承がある以上、完全に嘘だと言い切ることもできない。
「それだけ聞けばロマンチックね」
「かもな。多分、伝承を残した人たちから見たら本当に願いを叶えてくれるように見えたんだろうよ」
「願いを叶えてくれるかあ…ねえ。カイムならなんてお願いする?」
「あん?ああ…なんだろ」
シロナの問いかけにカイムは少し頭を捻らせる。この問いかけ自体にはそんな深い意味はなく、ただの興味本位なのだろうと考えるが、カイムはパッと思いつくような願いは出てこない。
「……なんだろうな」
「あら、ないの?例えば…最強のポケモントレーナーになりたい!とか」
「なりたくないと言えば嘘になるが、わざわざ願うほどのものでもねえ。今の自分は割と気に入ってるし、最強なんて俺には重すぎる」
「ふふ、貴方らしいわね」
現実主義で少し悲観的な答え。それでもシロナにとってはその答えはカイムの『色』が出ている感じがして好きだった。
「そういうシロナはなんかあんのか?」
「私?うーん…どうだろう」
ポケモントレーナーとして強くなることは自分の力で成し遂げたいし、学問に関しても同様だ。経済面でも全く困っていないし、何よりシロナの感覚は庶民のそれと変わらない。故に、巨万の富を求めることもない。
「改めて聞かれるとなかなか出てこないわね」
「だろ?」
「うーん…願いかぁ…」
シロナは再び自分の願いについて考える。自分が願っていることは何なのだろう、と考えてみるが、あまり出てこない。ポケモンバトルにおいてはまだまだ満足してないし、学問においても同様なのだが、これは自分の力で達成したいことであるためわざわざ願うものではない。生活面でもこれといった不満や願望もない。今の生活は自分に合っていると心から思えるため、これ以上望むようなことはなかった。
「………あ」
生活、という面でシロナは一つ思いついたことがある。だがそれを考えると同時にシロナの顔がみるみる赤くなっていくのを見て、カイムは首を傾げた。
「え、なに。なんで赤くなってんのお前」
「い、いや…その……なんでもないんだけど…」
「…?」
シロナの言葉にカイムは訳がわからんとブラッキーに視線を落とす。ブラッキーもわからないようで首を傾げるだけだった。
(…こんなこと、まだ恥ずかしくて言えないわよ)
シロナが内心で願ったこと。
それはカイムと『本当』の家族になることだった。
正確にいえば、カイムとこれから先の人生、ずっと一緒にいることだったのだが、ずっと共にいるということは、二人の関係が更に踏み込んだものとなるということ。それが恋人以上となると、自ずと答えは一つになる。
(…これもわざわざお願いすることではないわね)
いつになるかはわからない。しかし、いつかそうなれたらいいなとシロナは内心で考えて、カイムの膝にいるブラッキーの頭を撫で回すのだった。
*
翌日
二人は活気と人に溢れたテーマパークを歩いていた。
「結構人いるな」
「本当。こんなにいるとは思わなかったわ」
テーマパーク内はたくさんの人が集まっており、それぞれアトラクションや屋台などを楽しんでいた。
「千年彗星は大々的に報道されていたし、それに準じてここに人が集まるのもまあ不思議ではないか」
「そうね。千年に一度しか来ない彗星を見られるのなら、多少辺鄙な場所でも足を運ぶ価値はあるもの」
「俺らがまさにそうだし」
「うふふ、その通りね」
実際シロナ達もここに集まる人々と同様の目的でここにいる。多少気概は異なるものかもしれないが、結果的に目的は同じである。
「しかし…テーマパークなんて久しぶりだ」
「あら、そうなの?」
「可愛げのないガキだったんでね」
カイムはかれこれ相当の期間こういうテーマパークに来ていない。そもそもカイム自身が幼少期の時から人混みに行こうとしない性格であったため、両親も無理してそのような場所に連れて行くようなことはしなかった。
「あら、そうだったの?」
「いや…今のこの性格から多少わかるだろ」
「そう?だって今の貴方は割と可愛いわよ?」
「…やめろ」
成人男性相手に可愛いというシロナの感性を少し疑った。実際、カイムに可愛い要素はカケラもないのだが、心底カイムのことを愛しているシロナから見たら違うらしい。
「あら、照れてる?」
「前も言ったが、成人男性相手に可愛いと言うな」
「貴方にしか言わないわよ」
「…やめてくれ」
顔を顰めてカイムは頭をガシガシとかく。苦い表情をしているが、その耳は赤く染まっており、言われ慣れていないため恥ずかしいことがよくわかる。
(そういうところが可愛いのよ)
普段のストイックで生真面目な表情から一転、恥ずかしがり狼狽えるカイム。他の人が見ても表情は特に変わったように見えないだろうが、シロナにはその微妙な表情の機微が愛おしく思えた。
そんなカイムの手をシロナは取り、歩き始める。
「ほら、行きましょ。せっかく来たんし、楽しまなきゃ」
「…ああ、わかったよ」
カイムは小さくため息をつくと、大人しくシロナについていくのだった。
「あれ…?」
リボンをつけた少女がシロナとカイムが歩いて行く方を見て足を止めた。
それに気づいた前を歩く白い帽子を被った少年が振り返る。
「ハルカ、どうしたの?」
「え?ああその…今通った人が有名人に似てた気がしたの」
ハルカと呼ばれた少女はそう言ってシロナとカイムが歩いて行った方を見るが、そこに既に二人の姿はない。少年もハルカの視線を追ってそちらを見るが、そこには人混みがあるだけだった。
「有名人って、誰のこと?」
「シンオウ地方チャンピオンのシロナさん」
「え⁈マジで⁈」
「綺麗で長い金髪だったから、そうなのかなって思ったけど…」
一瞬しか顔は見えなかったし、髪の毛の特徴での判断だったため自信はない。しかしあれほどの髪の毛を携えた女性というのもなかなかいないだろう。
「すげー!シロナさん来てるんならバトルしたい!」
「それっぽい人ってだけでシロナさんか確定してないよ」
「だったらいいなってだけだって!それよりほら!ジェットコースター行こうぜ!」
そう言って少年はハルカの手を引いて走り出した。急に走り出されてしまいハルカは僅かに躓く。
「あ、ちょっと!待ってってユウキ君!」
「早くいかないと列長くなっちゃうよ!早く早く!」
少年…ユウキは笑いながらジェットコースターまでハルカを引っ張っていくのだった。
*
シロナとカイムはテーマパーク内を回っていると、一枚のビラを受け取った。
「ん?そのビラなんだ?」
「ここの責任者のショーがあるみたい」
「…グレートバトラーのマジックショー、ね」
ビラに書かれていたのは、『グレートバトラーのマジックショー』と書かれていた。このテーマパークの責任者の名前はバトラーであり、多分この人物がそうなのだろうと考えた。
「マジックショーねえ…」
「興味ない?」
「いや、興味はある。ただ俺は捻くれ者なんでね。マジックのタネを考えて見ちまう」
「もう。捻くれ者ねえ」
残念ながらこの男に純粋な気持ちでマジックショーを楽しむ気持ちはない。生来…とも言い切れないが、恐らく幼い頃のカイムも似たような反応をしていただろう。
尤も、そんな捻くれ者に惚れたのは他でもないシロナなのだが。
「行く?やめとく?」
「行こう。興味ある」
「興味のベクトルが捻くれてるんだけどね」
呆れたようにため息を吐きながらも、笑ってシロナはカイムの隣に並んで、そのマジックショーのあるドームに向けて歩き出そうとした。
「あ、あの!」
だがその瞬間、二人の背中に声がかけられた。
振り返ると、リボンをつけた少女と白い帽子を被った少年が立っていた。
「シ、シロナさんですよね⁈シンオウ地方チャンピオンの…」
「ええ、そうよ」
「わあ!やっぱり!ほらユウキ君!やっぱりシロナさんだよ!」
「すっげえ!ハルカよく見つけられたな!」
シロナ本人であることがわかると、二人の少年少女は興奮したように声を上げる。シロナはバトルや考古学において世界的にも有名であるため、知っている人がいてもおかしくはない。
「あなた達は?」
「あたし、ハルカです!」
「おれはユウキ!」
少年の名前を聞いたカイムは目を見開く。
「ユウキ…?」
「カイム、知ってるの?」
「お前、もしかしてポケモンリーグでダイゴとバトルした奴か?」
カイムは親友であるダイゴのバトルは全てチェックしている。今年のホウエンリーグでダイゴは『ユウキ』という名前の少年とバトルしており、その少年の姿と今目の前にいる少年の姿がそっくりだった。
「うん。ダイゴさんとバトルしたよ。勝てなかったけど、すっごく楽しかった!」
「そうか…やっぱお前か」
「それで、お兄さんは誰?」
ユウキは無垢な目をカイムに向けた。
「俺はカイム。ジムリーダー」
「ジムリーダー⁈すげえ!なあなあカイムさん!バトルしようぜ!」
「…シロナの方が強えぞ」
「いいんだよ。カイムさんもちゃんと強いんでしょ?ならバトルしたい!」
やはりポケモンリーグ決勝トーナメントに出られるような者は戦闘狂なのだろうか、と内心でカイムは苦笑する。カイムもシロナのおかげでバトルは好きになったが、彼らのように出会ってすぐにバトルを申し込むようなことはしない。
「……あとでな」
「絶対だよ!それで…二人はこれからどこにいくの?」
「これを見に行こうと思ってるの」
シロナは二人に先程受け取ったばかりのビラを見せる。
それを見たハルカは小さく声を上げた。
「あ!これ昨日もやってた!」
「あら、そうなの?」
「はい。かなり人気でしたよ!」
ハルカ曰く、このバトラーというマジシャンはそれなりに有名らしく、たびたびテレビにも出演していたらしい。テレビにも出演するくらいの人物なら、人気なのも納得だ。
「そういえばおれたちまだ見てなかったな」
「そうなの?じゃあ、良ければ一緒に行かない?」
「いくいく!そのあとバトルな!」
「どんだけバトルしてえんだよ…」
「ふふ、じゃあ行きましょ。早めに行かないと席埋まっちゃうわ」
シロナとカイムは、出会ったユウキ、ハルカと共にバトラーのマジックショーがあるドームへと足を向けるのだった。
ドーム内は多数の人で溢れていた。
その中でチケットに記された座席の場所まで歩いていき、四人並んで座る。
「…人、多いな」
「多いわね。有名人みたいだし、それも当然かしら」
「二人はあんまりテレビとか見ないの?」
ユウキの言葉にシロナとカイムは目を見合わせて首を傾げた。
「見ない…ってわけじゃないけど、バラエティはあんまり見ないかしら」
「ああ。それに、普段はシンオウ地方にいる。こっちで放送されていない可能性もある」
「そっか。二人ともシンオウ地方の人ですもんね。こっちでは有名人でも他の地方からするとそうでもないのかも」
住んでいる地方が違えば、当然放送番組も異なる。実際このバトラーというマジシャンは、シンオウ地方では活動をしていない。また、活動を始めたのがここ数年ということもあり、すでにシンオウ地方に居を移していたカイムが知らないことも無理はない。
「二人も、千年彗星を見に来たの?」
「はい。せっかく観れるんだし、観ておきたかったんです」
「千年だろ?その期間に見られるおれたちラッキーだよな!」
「ええ、そうね」
千年という長い期間。その間にいられたことはなによりも運が良かったに尽きるだろう。今まで生きてきた中でも、これから生きていく中でもこの期間にいられる人間の方が少ない。これは幸運以外の何者でもなかった。
「そろそろ始まるぜ」
カイムがそう言ってユウキとハルカに飲み物を渡すと、それと同時に照明が落ちた。
「ありがとう、カイムさん」
「ああ」
「いつ買ったの?」
「さっき」
暗闇の中、そんな会話をしていると、ステージにスポットライトが降り注いだ。その中央には紫色の髪をした男性と金髪の女性。恐らく男性がバトラーだろう。
「皆様!本日はグレートバトラーのマジックショーにようこそおいでくださいました!我々の全霊を持ってパフォーマンスをお見せいたしますので、心ゆくまでショーをお楽しみください!」
バトラーの言葉に観客達は拍手を送った。
拍手を受けたバトラーは恭しく頭を下げると、手に持っていたステッキを掲げる。
「それでは始めましょう!ショータイムです!」
バトラーの声と共に軽快な音楽と煌びやかな照明が照らされる。その中でバトラーは次々とマジックを見せていき、観客達を魅了していった。
そんな中、楽しそうにショーを見る子供二人の横で熱心にショーを見つめるカイムにシロナは小声で話しかけた。
「随分熱心に見てるわね」
「ああ。うまくタネを隠してんな。ミスディレクションの使い分けは結構なものだ。一見物理法則を無視したようなマジックも、ステージの環境をうまく利用している。相当なやり手だ」
「素直に楽しめないのかしら」
「無理だな。これが俺なりの楽しみ方なんでね」
素直に目を輝かせる少年少女と、ひねくれた見方しかできない成人男性。これが大人になるということなのかな、とシロナは内心で苦笑した。こんな人物に惚れたのは他でもないシロナ自身であることにも若干呆れつつ、シロナはステージに視線を戻した。
しばらくマジックショーを見ていると、マジックで現れたアシスタントの女性が紫色の水晶のようなものを持ってきた。なんだろう、と見ていると、その水晶が眩い輝きを放ち、観客席を照らした。
「なんだあれ…」
そう呟いたユウキの頭の中に、突如謎の声が響く。
『ボクを呼んでる』
「え?」
ユウキは周りを見渡すが、誰もユウキの方を見ていない。気のせいだったのか、と流そうとしたが、再び脳内に声が響く。
『ボクを、呼んでる』
「声?」
「ユウキ君、どうしたの?」
隣にいたハルカがユウキの様子がおかしいことに気づき、声をかけてくる。
「ハルカ、今の声…聞こえたか?」
「声?そんなのした?」
「した。絶対に…」
『ボク、ジラーチ』
「また…」
その瞬間、再び声がユウキの脳内に響く。
声の出どころを探ろうと意識を集中させると、その声が女性の持つ水晶から聴こえてくることにユウキは気がつく。
そして次の瞬間、ユウキは席を立ち走り出していた。
「ちょ、ユウキ君⁈」
ハルカの制止の声も聞かず、ユウキはステージに走る。そのままステージに上がってきたユウキをバトラーと女性は不思議そうに見つめた。
「君、どうしたのかな?」
「ちょっとユウキ君!どうしたの急に!」
ステージに上がったユウキの隣にハルカは辿り着き、ユウキの手を引いてステージを降りようとするが、ユウキはその場から動こうとしなかった。
「これだ…この水晶から声がしたんだ!」
「何?」
「声なんてしなかったよ?」
「本当なんだよ!この水晶から声がしたんだって!」
ユウキはとても真剣な表情でハルカとバトラーにそう言う。とても嘘をついているような表情には見えないため、ハルカは思わず押し黙る。
だがバトラーは一瞬だけ表情を歪め、隣にいた女性はほんの僅かに表情が曇る。その様を客席にいたカイムは敏感に感じ取った。
(…?)
違和感が走る。
しかしその違和感は一瞬だけであり、すぐに消えた。この違和感が何なのかはわからないが、カイムはこの違和感からバトラーに対してどことなく嫌な予感を感じてしまった。
だがそんなことはお構いなしに、ショーは進んでいく。
「GOOD timing!サプライズとして、この少年少女が私のステージに上がってきてくれました!せっかくなので、彼らに私のショーのアシスタントをしてもらいましょう!」
バトラーは指を鳴らすと、奥からキルリアが念力で箱を運んでくる。
その箱は人が入れるくらいの大きさとなっており、バトラーの前に運ばれるとキルリアによって開かれた。
「彼らには、今からこの箱に入ってもらいます!そして彼らが入ったのち、この箱をヨノワールの『はかいこうせん』によって爆破します!無事に彼らが脱出できたら、ショーの成功です!」
そう言ってバトラーはユウキとハルカを箱の中に入るように促す。入る時に小声で『大丈夫』と言ってウィンクをした。
箱に入れられた二人はトントン拍子で話が進んで、何が何だかわからない状態になっていた。
「これ、どうやって出るんだ?」
「わかんないけど…あたしたちはなにもしなくていいんじゃない?」
「でも脱出できなかったら爆破されちゃうぞ?」
「きっと、なにか仕掛けがあるのよ。でなけりゃあたしたちみたいな何もわからない人にやらせないでしょ?」
「それもそっか」
急にやらされた割には落ち着いている二人だったが、そんな二人をシロナとカイムは苦笑しながら見ていた。
「…なんか、すごいことになってんな」
「そうね。でもユウキ君…なんで走り出したのかしら」
シロナ目線、ユウキはやんちゃではあるが無礼ではない。荒らす目的でこういうことをするタイプの少年には見えなかった。つまりなにかしら理由があるのだと思うが、シロナもカイムもユウキが聞こえた『声』は聞こえていないため、理由はわからない。
「でもあの箱、脱出できるのかしら。持ってきた箱だし、脱出できるような仕掛けもできそうにないと思うんだけど…」
「できるよ。今までと比べたらだいぶ簡単だ」
「そうなの?」
「ああ。多分…そうだな。あの後ろあたりに二人は出てくるだろうよ」
カイムはそう言いながら客席の入り口のある背後に視線を向けた。シロナもそちらに視線を向けるが、まだ何もない。
「カウント3で爆破します!3・2・1…ヨノワール!はかいこうせん!」
バトラーのカウントと共にヨノワールは『はかいこうせん』で箱を爆破した。
爆音が響き、一瞬だけ静寂に包まれる。破壊された箱からは無数の花束と紙吹雪が飛び出し、観客達はわっと歓声をあげた。破壊された箱の場所にはなにもなく、ユウキとハルカの姿はなかった。
「あ」
そして暗闇の中、客席の背後にユウキとハルカの姿が現れるのをシロナは見逃さなかった。
「皆様!最後までお付き合い頂きありがとうございました!そして!このショーに協力してくれた二人の少年少女に大きな拍手を!」
バトラーの声と共にユウキとハルカにスポットライトが当たる。何が何だかといった表情の二人だが、観客達の拍手を受けて笑顔で手を振り返していた。
「…本当にあそこに出てきた。どうしてわかったの?」
「状況からの推測。頭使う練習だ」
「変なところで使う練習してるのね…もう」
呆れたように言いながらも最愛の人の手を握るのだった。
*
ステージ終了後、シロナ達はバトラーに呼び出されて舞台に来ていた。正確には呼ばれたのはユウキとハルカであり、シロナとカイムは呼ばれていないため遠慮しようとしたのだが、ユウキに来てほしいと頼まれてついていくことにした。
「呼び出しに応じてくれてありがとう。改めて自己紹介しよう。私はバトラー。こっちはダイアンだ」
「ダイアンです。よろしくお願いします、みなさん」
「おれはユウキ!」
「あたし、ハルカです」
「シロナよ」
「…カイム」
一通り自己紹介を済ませると、バトラーは次々と先程のショーで見せた水晶の塊を取り出した。
「ユウキ君。君は、この水晶の中から声を聞いたんだね?」
「う、うん。多分…」
「それはきっと、ジラーチの声だ。ジラーチは千年に一度目を覚まし、願いを叶えてくれるポケモンだ」
先程ユウキが聞いた声。それは水晶の中で眠るジラーチの声だった。
ジラーチは千年彗星が出ている七日間だけ目を覚まし、地上で活動できるポケモンだという。
「千年彗星が出ている、七日間…」
「そうだ。その間、自分を見守ってくれる素直な少年をパートナーにするんだ」
「それが、おれ?」
「ああ。ジラーチは、パートナーがいないと目覚めない。ユウキ君、良ければジラーチのパートナーになってくれないか?」
そう言ってバトラーはユウキに水晶の塊を差し出した。
ユウキはその塊を受け取ると、大きく頷く。
「うん。おれ、ジラーチのパートナーになるよ!」
「お願いするよ」
ユウキが受け取った水晶の塊をハルカは覗き込む。シロナもユウキの後ろから水晶を見てみるが、特別変わった気配はしない。まだ目覚めの時では無いのだろう。
「へえ…この中にポケモンがいるんだ」
「不思議だよな。正直、実感湧かないや」
「でも、すごいねユウキ君。パートナーになるなんて」
ハルカの言葉に少し照れたようにユウキは笑う。
「へへ…おれなんかでよければ、パートナーになってやる。早く起きてくれよ、ジラーチ」
そう言ってユウキは空に向けて水晶の塊を掲げた。
バトラーはそれを見て小さく笑うと、シロナに視線を向ける。
「しかし、まさか私のショーをシンオウ地方チャンピオンが見て下さるとは思いませんでした」
「このテーマパークが千年彗星の観察に一番適してるって情報があったの。マジックショーはもちろん、あんな短時間でここまでのテーマパークができるのもなかなか圧巻でした」
「光栄です」
楽しそうに話すユウキとハルカにバトラーは目を向ける。
「彼らのように、千年彗星を見ると共にショーやこの場所を楽しんでくれるのなら、私は嬉しい」
「お陰様で楽しませてもらっています」
バトラーは次に隣にいるカイムに視線を向けた。視線に気づいたカイムはいつも通りの無表情でその視線に応える。
「君は、カイム君といったね」
「…ええ」
「この七日間、是非楽しんでくれ。歴史的瞬間を共に分かち合おう」
そう言って差し出された手を見て、カイムは僅かに目を細める。一度目を閉じると、カイムはバトラーの目を見てその握手に応えた。
「ああ」
普段通りの淡白な応え。本当に普段通りならシロナは気にしなかったが、どことなくトゲがある声にシロナは僅かに首を傾げるのだった。
ーーー
夕刻
日が落ち始め、千年彗星が見える時間が迫ってきた頃、テーマパークはたくさんの人で溢れている。
そんな中、シロナ達は屋台が並ぶ道を歩きながらお土産や食べ物を選んでいた。
「人増えたな」
「千年彗星が一番見える場所だもの。増えて当然ね」
「あ!これうまそう!おっちゃん!これ一個ちょうだい!」
「あ、あたしもほしい!」
しかし人混みを気にすることなく、ユウキとハルカはこの時間を楽しんでいた。ユウキは大きな水晶の塊を抱えているが、全く気にしていないような動きで人の合間を進んでいく。ハルカも慣れているのか、遅れることなくユウキに続いていた。
「元気ね」
「身軽だな」
子供らしくはしゃぐ二人を見て、シロナとカイムは小さく笑う。
そんな中、シロナの視界の隅になにやら見慣れないものが映る。足を止めてそれを見ると、星形の何かよくわからないものだった。
「これ…」
「お!お姉さん、見る目があるね!それはウィッシュメーカーといって、願いを叶えるお守りだ。彗星が見える夜に願いを込めながら一つずつ羽を閉じていく。そして七つの羽が閉じられた時…貴女の願いはかなう……かもしれない」
「へえ…綺麗なお守りなのね。買おうかしら」
「おお、ありがとうな。そっちの兄さんはどうだ。なんか買うかい?」
シロナの隣で見ていたカイムに店主は目を向ける。話を振られたカイムは一瞬ぽかんとするが、すぐに再起動して売り物をざっと見た。そしてその中から一つを手に取り、店主に渡す。
「これを」
「ほお…お兄さん、センスいいね。あんたに似合うよ」
カイムが手に取ったのは、紫色の水晶と牙のような装飾が施されたブレスレットだった。全体的に黒い色だが、レプリカの牙の装飾がいいアクセントとなっている。
「代金は
「え?」
「はいよ!ちょうどお預かり!また来てくれよな!」
シロナが財布を出すよりも早くカイムは店主に金を払い、カイムはシロナにウィッシュメーカーを押し付けるように渡した。
「ありがとう」
「ああ」
「あ、カイム。見て」
シロナに言われて空を見上げると、ポケモンの形をした花火が打ち上がってきた。その形はピカチュウ、アチャモ、ミズゴロウなど様々な形をしている。
「ポケモン花火よ。綺麗ね」
「…そうだな」
「……ねえ、カイム。聞いてもいいかしら」
シロナの言葉にカイムは僅かに視線を移すと、小さくため息を吐いた。
「…シロナに隠し事はできねえな」
「ここ数年、毎日一緒にいるのよ。小さな変化もわかるわ。それで?どうしてバトラーさんのことをやたらと警戒してるの?」
カイムは明らかにバトラーのことを警戒していた。カイムをよく知る人ならば、その変化にすぐ気づいただろうが、バトラー達もユウキ達もカイムとは初対面。元々表情の変化に乏しいカイムの僅かな違和感を感じないことは当たり前だろう。
しかしカイムも基本お人好し。無闇矢鱈に他者に対して警戒心を向けるような人間ではないとシロナはわかっている。だからこそ、シロナは何故カイムがバトラーを警戒しているのか知りたかった。
「……わからん」
「え?わからないの?」
だがカイム自身、何故ここまでバトラーに対して警戒心を抱くのかわかっていなかった。初めて見た時からなんとなく胡散臭いように思えていたが、その感じは実際話してみてより強くなった。明確に何かを感じ取っているわけではないが、言い表せない何かをカイムは感じていた。
「なんとなくだが…こう、ぞわぞわする。あいつの話し方、立ち振る舞いを見てるとなんか隠してる気がしてならねえ」
「カイムの人を見る目はなかなかあるものね。少し、警戒しておくべきかしら」
「なんもされてない人をここまで警戒する俺を信じるのか?」
「当たり前じゃない。初対面の人と恋人…どっちを信頼するなんて言うまでもないでしょ?」
花火に照らされながら言うシロナの顔は、自信に溢れ美しかった。そんなシロナの顔に一瞬見惚れていたが、すぐにカイムは小さく応える。
「…それもそうだな」
「とりあえず、二人と合流しましょ。放っておいたらユウキ君、どんどん先に行っちゃうわ」
既に人混みに紛れて見失いかねないくらいの距離離れており、ハルカのリボンが辛うじて見えるくらいまで離されていた。
やんちゃな子供らしいと内心で苦笑すると、シロナとカイムはユウキ達の後を追った。
夜
日も完全に沈み、辺りは暗くなった。テーマパークの光だけが煌々と輝いており、空は雲に覆われている。
四人はテーマパークから少し離れた場所で空を見上げていた。
「曇っちゃったわね」
「今日は見えねえかもな」
空に雲がかかっている以上、空に浮かぶ彗星は見えない。しかし天気のこととなると、彼らにできることはない。今日は運がなかった、と諦める他ない。
「ちぇ〜。楽しみにしてたんだけどなあ」
「こればっかりはどうしよもねえ。少し待ってみて、ダメそうなら今日は諦めるしかないな」
「ですね。でも初日から見たかったなあ」
残念そうに呟くハルカの隣にシロナは腰を下ろした。シロナの手には先程買ったウィッシュメーカーが握られており、ハルカはそれに気がついた。
「あ、それ屋台で売ってたやつですよね!」
「そうよ。ウィッシュメーカーって言うんだって」
「あたしも買ったんです!シロナさんのとは別物だけど、綺麗ですよね」
「そうね。せっかくの歴史的瞬間だし、なにか記念になるものが欲しかったの」
歳は離れているが、やはり女性同士で何かしら通じるものがあるらしい。ウィッシュメーカーの他にも色々と身につけているものやポケモンのことなどでシロナとハルカは盛り上がっていた。
そんな二人を横目にカイムとユウキは目わ見合わせる。
「女子って、みんなああいうの好きなの?」
「俺に聞くなって…まあでも、好きな人は一定数いるだろ」
「ふーん。おれにはよくわかんないや」
「無理にわかる必要もねえよ。逆に俺らが好きなものを向こうはわからんわけだし」
同じ人間でも、性別が違うとそれだけで考え方なども大きく異なってくる。それを互いに知ることは大切だが、無理に理解する必要はないとカイムは言った。
「例えば…何があるかな」
「デカいポケモンにはロマンがある」
「あっ!それわかる!手持ちに加えるかどうかはあれだけど、ハガネールとかホエルオーってデカくてかっこいいよな!」
「だろ?デカさって非日常的でなんかロマンあるんだよ」
実際に手持ちに加えるかどうかは別だが、カイムとしては巨大な体を持つポケモンにはなんとなくロマンを感じる。あの巨体に乗って移動することを想像すると、どことなく心の底から湧き上がってくる興奮を感じてしまう。
そんな話をしていると、雲が少しずつ晴れてくる。星灯りが僅かに見え始めたことにシロナは気がついた。
「あ、雲が晴れてきたわ」
「おっ!じゃあ彗星見えるかな?」
ユウキが楽しそうにそういうと、空の雲が晴れていく。完全に雲が晴れると、空には流星のような見た目をした神々しく光る彗星が浮かんでいた。
空に浮かぶのは、千年彗星。千年に一度しか見る機会がない非常に珍しい彗星であるため、これは歴史的瞬間ともいえる。
「あれが…千年彗星」
「綺麗ね…」
思わず声を失う。目に映る彗星は空の中で何よりも美しく、大きな存在感を放っていた。
「そうだ。お願いしなきゃね」
シロナはウィッシュメーカーを千年彗星に向けて掲げると、一つ目の羽を折り畳んで祈るように抱きしめた。
そんなシロナの横でユウキは彗星を、目を輝かせながら見ていた。
「見ろよジラーチ。あれが千年彗星だ」
ユウキはそう言って抱えている水晶の塊を空に掲げる。水晶の塊は彗星の光を受けて鈍く輝いた。
そして次の瞬間、水晶の塊は眩い光を放つ。
「うわっ⁈な、なに⁈」
「これは…」
水晶はユウキの手から浮かび上がり、ゆっくりユウキの頭上に移動していく。そして水晶が光と共に溶けていき、光は徐々に形を変えていった。そして光の中から金色と白の小さなポケモンが姿を現した。
そのポケモンはゆっくりと地面に落ちていく。その小さな身体をユウキは受け止めた。
「これが、ジラーチ…」
ジラーチは目を閉じていたが、ユウキの腕の中で目を開く。どことなく眠そうなジラーチは目の前にあるユウキの顔を見て首を傾げた。
『…キミ、誰?』
「おれはユウキ!ジラーチのパートナーだ!」
『パートナー…?』
まだ目覚めたばかりで意識が覚醒していないためか、ジラーチはふわふわとした喋り方をする。
『ユウキ…ユウキ。ボクのパートナー』
「ああ!よろしくな!」
『キミは?』
ジラーチはユウキの側にいたシロナ達に目を向ける。
「あたし、ハルカ。よろしくね」
「シロナよ。仲良くしましょ」
「カイム」
『ハルカ…シロナ…カイム』
ジラーチは未だに覚醒しない意識の中、名乗られた名前を復唱し、記憶に刻み込んだ。
そうしているうちにダイアンが四人に向けて走ってくきた。そしてユウキの胸の中にいるジラーチを見て目を見開く。
「あ、ダイアンさん!見てくれよ、ジラーチだ!」
「…バトラーに、知らせてくるわ。貴方達は私の車で待ってて」
ダイアンはそれだけ言ってバトラーのドームに走って戻っていった。
「………」
「カイム?」
「シロナ、ちょいと行ってくる」
カイムはそれだけ言ってダイアンが戻っていった方向と同じ方向に向けて歩き出す。それを見てシロナは小さくため息を吐いた。
「もう…言っても聞かないんでしょ?気をつけて行ってきて」
「ああ」
それだけ言ってカイムはダイアンが戻っていくのと同じ方向に歩いていった。残されたユウキはカイムの後ろ姿を見て首を傾げた。
「シロナさん。カイムさんどうしたの?」
「大丈夫。すぐ戻ってくるから」
シロナは苦笑しながらユウキの問いかけに答える。まだなにもしないだろうが、それでも疑い癖の強いカイムの心配が杞憂であることを内心でシロナは願うのだった。
一方、バトラーはドームの天井を開き、千年彗星を眺めていた。
そんなバトラーにダイアンが駆け寄ってくる。
「バトラー。ジラーチが…」
「わかっている」
バトラーは笑みを深くすると、手に持ったステッキを掲げる。
「さあ、偉大なショーを始めよう」
バトラーの声と共に、ステージから複数の装置が上がってくる。どう見てもマジックに使うようなものではない。
何に使うかはわからないが、あまりいい気配はしない装置にダイアンの表情は曇る。だがそんなダイアンにお構いなしでバトラーはさらに笑みを深くした。
「ようやく私の願いが…私の正しさが証明される。やっと…やっとだ!この時を待ち侘びたぞ!」
今にも高笑いしそうなバトラーとは対照的にダイアンの表情は暗く悲痛なものだった。まるでなにかに迷うような、そんな表情をしているにもかかわらず、ダイアンは口を開くことはなかった。
そしてそんな二人を観客席の入り口で気配を完全に殺した状態のカイムが見ていた。
「…嫌な予感って大体当たるんだよな」
小さく呟き、カイムは闇に溶けるようにその場を離れた。
カイムの呟きは誰の耳にも届くことなく、暗闇に吸い込まれていった。
一方、シロナ達はダイアンのキャンピングカーにジラーチを連れてバトラー達を待っていた。
「ジラーチってさ、願いを叶えてくれるポケモンなんだよな?」
ユウキの言葉にシロナは頷く。
「そう言われているわね。どこまで真実かはわからないけど…」
「じゃあ試しに願いを叶えてもらおうぜ!」
「でも、なにをお願いするの?」
「なにって、そりゃあ………あれ?パッと出てこないや」
ジラーチにいざ願いを叶えてもらおうと考えてみるが、ユウキの中で叶えてほしい願いが出てこない。決して無欲というわけではないのだが、それでもすぐに思いつくことができなかった。
「うーん…とりあえず、うまいもの食べたいかな」
「え?そんなのでいいの?」
願いを叶えられる機会など、人生の中で一度でもあれば相当運がいい。ジラーチが何度も願いを叶えてくれる保証などない。もし一度しかないのなら、その願い事をこんなものに使ってしまうのはあまりにももったいないような気がしていた。
「だって思いつかねえんだもん」
「でももうちょっとなんかないの?それこそポケモンマスターになるとかさ」
「ポケモンマスターには自分の力でならなきゃ意味ないだろ?」
ユウキは自分の力でポケモンマスターになると言った。それは他者の力で叶えるものではなく、自分の力で達成するもの。だからジラーチに叶えてもらう願いから除外した。
そんなバトルに対しては非常に真摯な態度を取るユウキに、シロナは思わず微笑む。
「今はこれしか思いつかないからさ。だからジラーチ!美味いもの、頼むよ!」
『うまいもの…?』
ジラーチはユウキの言葉を繰り返し、小首を傾げる。そしてふわふわと浮かび上がると、頭についている緑色の房がわずかに光る。
しかし、なにも起こらない。コイキングが跳ねた時のような時間が三人の間に流れる。
「…なにも、起こらないわね」
「うーん。まあそれならそれでいいよ。じゃあシロナさん!バトルし…」
『バトルしよう』と言い終わらないうちに、ユウキは違和感を感じた。その違和感の正体は、膝の上にあるお菓子の袋。
「…あれ?おれ、こんなの持ってたっけ」
「いや、持ってなかったはずよ」
シロナの記憶が正しければ、ユウキの膝上にそのお菓子がいきなり出現した。それはケーシィが使うテレポートに似ていた。
「…まさか」
シロナが視線を上に上げると、突如多数のお菓子が三人の真上に現れ、降り注いできた。
「いいっ⁈」
「嘘っ⁈なにこれ⁈」
降り注ぐお菓子達は瞬く間にキャンピングカーの中を埋め尽くしていく。
どうにかしなければ、とシロナが考えた瞬間、キャンピングカーの扉が開いた。
「………え?」
入ってきたのはカイムだった。カイムは目の前に広がる意味のわからない光景に完全にフリーズした。
しかしその間もお菓子は降り続ける。そうしているうちにキャンピングカーのキャパを超えてしまい、シロナ達はお菓子の山に押し流された。
「いてて…」
「ジラーチ…すごい力ね」
お菓子の山から顔を出したシロナは思わずそう呟く。ユウキの願いを聞き入れ、ここに新たにお菓子を『創造』したのであれば、凄まじい力だ。本当にノーリスクで願いを叶えられることになる。
「…………」
「あ、カイム。大丈夫?」
お菓子の山に押しつぶされ、何が何だかわからない状態で身動きが取れなくなっているカイムを見つけ、シロナは山から引っ張り出した。引っ張り出されたカイムは虚ろな目で虚空を眺めながら呟く。
「…どうなってんだ」
「ああ…えっと……うまく説明できないわね」
シロナもいまいち事態を把握できていない。故に、大した状況説明もできなかった。
どう説明するか悩んでいると、バトラーとダイアンが駆け寄ってくるのが見えた。
「これは…どういう…」
「ごめんバトラーさん。おれがジラーチにお願いしたらこんなことに…」
「願いを…?」
「うん。おれがジラーチに『美味しいものが食べたい』ってお願いしたらこんなことになっちゃった」
ジラーチを抱き抱えながら申し訳なさそうにユウキは謝った。
そこでダイアンはお菓子の袋を手に取り、このお菓子がテーマパーク内で販売されているものと同一のものであることに気が付いた。
「バトラー。ここのお菓子、全部遊園地で売られているものよ」
「そうか。やはり物体を転送する力があるのだな」
「ユウキ君…これどうするの?ジラーチになんとかしてもらうしか無いんじゃない?」
大量のお菓子がテーマパーク内から転送されたものだとすると、このお菓子を保有していた店舗があることになる。しかしこの量のお菓子を店に返すとなると、相当な重労働になることは想像に難くない。
「だな…ジラーチ。このお菓子を元の場所に戻してくれ」
『ボク…眠くなっちゃった……』
ユウキがジラーチにそう頼むが、当のジラーチは目を閉じて小さな寝息を立て初めてしまった。
「寝ちゃった。これ、また起きるよな?」
「ああ。これはエネルギーを回復するための一時的な眠りだ。大丈夫だよ」
「よかった…けど、これどうしよう」
ジラーチに頼めない以上、このお菓子はすぐに戻せない。だがこのまま朝まで放置するわけにもいかない。誰かが返しに行かなければならないのは間違いないことだった。
「やっぱり、おれが…」
「仕方ねえ。返してくるかぁ…シロナ、悪いが手伝ってくれ」
「ええ。仕方ないわ」
ユウキが自分がやる、と言おうとした瞬間、その言葉を遮るようにカイムが声を上げた。そしてシロナもそれに同意し、お菓子の山を整理し始める。
「し、シロナさん!カイムさん!おれがやっちゃったことだし、おれが…」
「ガキは寝る時間だ。ジラーチ連れてさっさと寝ろ」
「心配しないで。私たちがちゃんと片付けておくから」
「でも…」
「いーから。はよ寝ろ」
ユウキの言葉を遮ってカイムは黙々と手を動かす。何を言っても聞かないということを察したユウキは申し訳なさそうにしながらハルカに目を向けた。
「…聞いてくれそうにないや」
「カイムさん、優しいね」
「うん。ちゃんとお礼言わないとな」
ユウキとハルカは作業をするシロナとカイムに頭を下げて言った。
「二人とも、ありがとうございます」
「気にすんな。はよ寝ろ。身長伸びねえぞ」
「ええ⁈そうなの⁈ハルカ!早く寝よう!」
「あ、待ってよもう!」
そう言って二人はダイアンのキャンピングカーへと入っていった。
残されたシロナとカイム、バトラーとダイアンはお菓子の山を片付けることに専念し、ポケモン達の手も借りてどうにか日が登る前に販売元の出店に全ての商品を返却することができた。
「あー…終わったぁ…」
「ご苦労だったね。とんだハプニングだったが、思いの外楽しめたよ」
重労働をした後だというのに、バトラーは割とピンピンしていた。カイムは眠気的に限界が近いようだが、それよりもやはり女性二人は体力的にもなかなか厳しかったのか、かなり疲れた表情をしている。
「どうにか朝までには元に戻せた。礼を言うよ」
「ガキ共にやらせるわけにもいかんでしょ。仕方ねえことだ」
「助かったよ。では、我々は明日もショーがある。ここで失礼させてもらうよ。ダイアン、行こう」
「ええ。二人とも、今日はゆっくり休んでください。私の車で寝泊まりしても大丈夫ですので」
「そう…?じゃあ荷物も少し置かせてもらっても大丈夫かしら」
「大丈夫ですよ。お好きにお使いください。では、おやすみなさい」
そう言ってバトラーとダイアンは去っていった。
二人が見えなくなるまで見送ったところでシロナは口を開き、カイムに問いかけた。
「どうだった?」
その問いにカイムは疲れたようにため息を吐き、傍にいたメタグロスに寄りかかりながら言った。
「限りなく黒に近いグレー。ほとんどクロだ」
「……そう」
「まだ何をしようとしてるのかはわからんが、ロクでもねえことは確かだ。アカギと同じ目ぇしてやがった。何か執着があるのは間違いない」
「アカギと同じ目、ね」
アカギは心を否定し、そして消し去ろうとしていた。それと同じ何かをカイムはバトラーから感じ取っていた。
カイムの中でも色々とバトラーに対して引っかかる点が今になっていくつか思い浮かぶのだが、深夜に肉体労働をしたせいで疲労は限界。すぐにでも眠りたいほど疲れていたため、うまく頭が回らない。
「とにかく休もう。さすがにねみい」
「そうね。まさかこんな時間になるとは思わなかったわ」
シロナとしても疲労は限界だった。今は何にしても眠ることで体力を回復することが先決だろうと判断し、カイムに同意した。
「もうホテル閉まってるし、戻るのも面倒だからキャンピングカーで寝ましょ」
「そうだな」
とにかく眠りたい衝動が強かった二人はすぐそばにあるダイアンのキャンピングカーで眠ることを決めた。
夜空に輝く彗星を最後に少しだけ見上げ、二人はキャンピングカーへと入っていった。
*
昼前
目を覚まして身支度を整えたシロナとカイムの前には、なぜかピエロの格好をしたユウキとハルカがいた。
「あら二人とも。どうしたのその格好」
「昨日、バトラーさんやシロナさん達に迷惑かけちゃっただろ?だからせめて、ちょっとでもお返しするためにショーの手伝いをするんだ!」
「あたしも昨日お任せしちゃったから一緒に!」
楽しそうに笑う二人の頭をシロナは優しく撫でる。笑うユウキの肩にはジラーチがいた。
「どうだジラーチ!似合うか?」
『似合う!ユウキ似合うよ!』
「だろー?へへっ!行こうぜハルカ、ジラーチ!早速ビラ配りだ!お昼の休みまでにこのビラ全部配ってやろうぜ!」
「うん!行こう!」
『行こうー!』
ユウキとハルカはジラーチを連れてビラ配りのためにテーマパークに向けて走っていった。
子供らしい態度を取る二人の後ろ姿をシロナは笑いながら見送り、カイムはその隣で小さく息を吐いた。
「元気そうだな」
「そうね。ジラーチと仲良くできてるみたいだし、ジラーチとしてもいいパートナーだったんじゃない?」
「かもな」
「子供は未だに苦手?」
シロナの問いにカイムは肩を竦める。
「懐かれる割には苦手だと思う。どう接するのが正解なのかわからねえ」
「変に威圧しなきゃいいのよ」
「してるつもりはねえ。ただ、どーも俺は表情筋が脆弱でな。表情が動かない人間は怖く見られがちだ」
「もう…そんなことで…」
何かを言いかけたところでシロナは止める。急に言葉を止めたシロナに違和感を感じたカイムは首を傾げ、シロナに聞く。
「なんだよ、急に止めて」
「…何でもないわ」
隣に立つシロナの顔はほとんど髪に隠れて見えない。しかし『なんでもない』と言うシロナはどう見ても何でもないようには見えない態度だった。
「……?」
何を考えたのかはわからないが、これ以上聞いても多分意固地になって答えないだろうなと考えたカイムはそれ以上聞くことはしなかった。
(…なんてことを言おうとしてるの、私)
シロナがカイムに言おうとしていたこと。それは『子供ができた時大丈夫なの?』ということだった。
二人の関係を考えれば、カイムに子供ができるということは、必然的にシロナにも子供ができることに他ならない。恋人ではあるが、婚約もしていない状態で子供ができた時のことを言うなどあまりにも気が早い。シロナが望んでいることではあるのだが、その願望をカイムに押しつけ、急かすような真似をシロナはしたくなかった。少なからずカイムは『先』について考えており、最近何やらコソコソしていることもシロナは把握している。
(信じて待てばいいわ)
カイムなら、必ず応えてくれる。そう信じてシロナは待つことを決めた。
それはそれとして、シロナは昨日のカイムの行動について聞いた。
「そういえば、昨日の件だけど」
「…ああ、アレね」
面倒くさそうにため息を吐くカイムはシロナの問いに対して答え始めた。
「まあ、昨日も言ったが限りなく黒に近いグレー。なにをするかはわからんが、ジラーチを使ってなんか企んでんのは間違いない。ダイアンの表情見た感じ、多分いいことではねえんだろ」
昨日ステージから生えてきた謎の装置。何に使うかはわからないが、ロクなことではないのは確かだ。
「バトラーの行動も色々と不可解だ。何故わざわざユウキにジラーチの眠る水晶を預けた。そもそもなんでショーにあれを持ってきた。ただ光る石ってだけならいいが、そうじゃねえものをなぜショーで出したんだ」
「光る石なら、相応に価値がありそうだし、面白いと思うけど…」
「ただの光る石ならショーで出しても変じゃねえさ。そうじゃなかったからタチが悪い。多分、バトラーはショーを使ってパートナーを探していたんだ」
「…なるほどね。それなら話の筋も通るわ」
ジラーチのパートナーになる前提条件として『子供』であるということが挙げられる。どの年齢までを子供として定義するのかは些か疑問ではあるが、バトラーとダイアンはまず間違いなく子供には分類されない。そのため彼らはパートナーになり得ない存在だった。
だからショーを通してパートナーを探した。それならば大人数相手に一度でパートナーの選別を図ることが可能。
「ただバトラーが何を企んでいるのかわからん。ダイアンに聞くか、向こうの出方を待つしかない。もしかしたらただの慈善活動かもしれんしな」
「だといいけど」
色々と不安要素が多いが、バトラーが何も行動を起こしていない状態で止めるわけにもいかない。そもそもシロナ達は警察のような法的権力は持っていない。いくらチャンピオンとして秩序を守る役割があるとしても、なんの行動も起こしていない一般人を取り押さえることはできない。
今はただ、待つしか二人にはできなかった。
だがただ待つのは無為。せっかく休みを取ってまで来たのだし、シロナは何かしようと考えた結果、一つの結論に至った。
「ただ待つのももったいないし、バトラーさんがショーをしている間は下手に動けないわ。この時間、デートしましょ」
「昨日大体回ったろ。他にどこ行くんだ?」
「今日はただぶらぶらしましょ。せっかくのお祭りみたいな空気、楽しまなきゃ」
「…そうか、そうだな」
カイムはシロナの手を取り、指を絡める。シロナは一瞬目を丸くするが、すぐに笑ってそれに応え、そしてカイムの腕に抱きついて歩き始めるのだった。
その後、シロナは黒い龍のフェイスペイントを、カイムは黒と黄色の月のマークのフェイスペイントをして二人とブラッキー、ガブリアスで写真を撮ったりしていた。その写真はカイムのスマートフォンの待ち受けになったのは別の話。
ーーー
夕刻
マジックショーも終わり、ユウキとハルカは道具の片付けを行なっていた。
照明器具を二人で運んでいると、床に転がっていた木材がキャスターに引っかかり、照明器具が倒れ始めてしまった。
「あっ!」
「やっべえ!」
ハルカとユウキは慌てて照明を支えるが、予想以上の重さで子供二人の力では耐えきれそうにない。なんとか押し返そうと奮闘するが、支えるので精一杯だった。
「や、やべえ…重い!」
『ユウキ、遊びにいこう』
だがそんな二人の状態など全く考えず、ジラーチはユウキと遊びに行こうと言う。
「ジラーチ…ちょ、ちょっと…待っ…て!」
『遊びに行こうよ』
「頼む…から、ちょっとだけ…待ってくれ!」
『行こうよー!』
「あ!おい!」
昼休みにユウキと遊んだのが余程楽しかったのか、ジラーチはユウキを強引に誘う。それでも動けないユウキは応えることができず、焦れたジラーチはユウキの帽子を取って逃げ出した。
そしてそのジラーチを追うためにユウキは思わず手を離してしまう。その瞬間、力の均衡は崩れてハルカは徐々に照明に押されていく。
「ちょ、ユウキ君!うわわわ!」
非力な少女の力では支えきれず、照明がハルカに倒れかかってくる。
まずい、と思った瞬間、カイムとカイムのバシャーモがその照明を受け止めた。
「あっぶねぇ…大丈夫か?」
「カイムさん…」
「とりあえず無事みてえだな…っと!」
カイムはバシャーモと協力してゆっくりと照明を立て直した。
小さく息を吐き横を見ると、ユウキがジラーチをちょうど捕まえて帽子を取り返したところだった。
「災難だったな」
「すみません…助かりました」
「危うく大怪我するところだったな。なんとなく原因はわかるが…あれに水を差すのも悪いか」
ジラーチを捕まえて楽しそうに笑うユウキと、捕まえられて笑うジラーチを見て、カイムは何も言わない判断をした。
(本来なら怒らなきゃならんだろうが…七日しか目覚めないジラーチ相手に小言言うのもアレだしな)
見た目とは裏腹に割と甘い判断をしたカイムにハルカは笑いかける。
「カイムさんって、結構優しいですよね」
「さあ?知らんよ」
ハルカの言葉にカイムは肩を竦めて素っ気ない返事をするが、ハルカはなおも続ける。
「優しいですよ。今だってあたしを助けてくれたし、ジラーチにも甘い判断してる。昨日だって、ユウキ君の代わりに事後処理してくれてじゃないですか」
「事後処理たあ子供の割には難しい言葉知ってんな」
「もう!子供扱いしないでください!」
「子供だろ」
二人の正確な年齢は知らないが、せいぜい12、3歳だろう。カノンくらいの年齢で子供扱いするな、と言うのはわかるが、ハルカ程度の年齢は紛うことなき子供。子供扱いする以外選択肢はないだろうとカイムは内心でぼやく。
やれやれ、と思った瞬間、どことなく空気が変わる。突然周囲の空気がヒリつくような感覚をカイムは感じ取った。
「なんだ?」
「空気が、変わった」
この異変に気づいたのはカイムだけでなく、ハルカとユウキも気づいた。
異様な雰囲気の出どころは、ユウキの目の前にある大きな鏡。ユウキが下がろうとした瞬間、鏡が割れて中からアブソルが姿を現した。
「アブソル⁈なんでこんなところに⁈」
「ユウキ君!」
「やっべえ!」
アブソルは頭の鎌から斬撃を飛ばし、ジラーチを抱えるユウキに襲いかかってくる。その瞬間、カイムはボールを投げてブラッキーを繰り出した。
「ブラッキー!まもる!」
ブラッキーがアブソルの攻撃からユウキとジラーチを守る。
ユウキも応戦しようとしたが、モンスターボールをダイアンの車の中に忘れてきたことを思い出した。
「ユウキ!ハルカ!下がれ!」
アブソルが無差別に斬撃を放ち、周囲の道具を吹き飛ばしていく。
今手持ちのポケモンがいない二人はステージの方まで走って逃げていった。
だがアブソルはその二人を追って素早く移動し、逃げたユウキ達の前に立ち塞がった。
「うわっ!やべえ!」
『アブソル…迎えに来た!』
「え?迎えに…?」
ジラーチの言葉の真意を聞こうとした瞬間、アブソルを追いかけて来たブラッキーの姿が消えた。
「はっ⁈ブラッキー⁈どこだ⁈」
突然ブラッキーの姿が消えて、カイムは大いに動揺した。
その隙を狙い、アブソルはユウキに向かって突進してきたが、ユウキの目の前に迫った瞬間足元の床が抜けてアブソルが穴に落ちていった。
「えっ?」
「やれやれ。飛び入り参加はショーの時だけにしてくれないと困るな」
バトラーが舞台裏から余裕のある笑みを浮かべながら歩いてくる。どうやらアブソルはバトラーによって穴に落とされたらしい。
そしてバトラーがステッキのスイッチを押すと、穴から檻が昇ってきた。そこには先程のアブソルが閉じ込められており、頭の鎌を鉄格子に向けてなんども叩きつけている。
そこにシロナとダイアンも駆けつけてきた。何が起こったのかはわからないが、シロナは閉じ込められているアブソルに何となく違和感を感じた。
(あのアブソル…焦ってる?)
シロナがアブソルから感じたのは、焦り。何に焦っているのかはわからないが、アブソルからは焦りの感情が感じ取れた。
(多分、ジラーチを連れ戻しに来たのだろうけど…どうして?何故このタイミングで?)
シロナの疑問に対して、シロナの持つ情報が脳内を駆け巡る。
(ジラーチ…彗星…アブソル…七日間…パートナー……ファウンス)
シロナが持つ情報は少ない。しかしその僅かな情報から一つの仮説を組み立てていき、ある結論に至った。
だがこれは仮説。物的証拠がない以上、『目の前の男』を取り押さえるわけにはいかない。冤罪だった場合、相当面倒なことになるのは目に見えている。
「しばらく大人しくしてもらおう。キルリア、さいみんじゅつ」
バトラーのボールから出てきたキルリアは『さいみんじゅつ』でアブソルを眠らせた。
動かなくなったアブソルを見ると、とりあえずは安心となったため全員ほっと息を吐く。
そして舞台裏から消えたブラッキーがカイムの元に走ってきた。
「ブラッキー!良かった…」
カイムはブラッキーを抱き締めてブラッキーの無事を喜び、そして心底安心したような表情をする。ブラッキーもカイムに顔を擦りつけ、嬉しそうな表情をした。
そんなカイムを横目にシロナはユウキとハルカ、そしてジラーチの無事を確認する。
「みんな、大丈夫?」
「だ、大丈夫…ジラーチも大丈夫だ」
「あたしも大丈夫です」
全員目立った外傷はない。大丈夫というのもその通りなのだろうとシロナは安心したように息を吐いた。
「よかったわ。怪我したら大変」
「うん。それで、ジラーチ。さっき言ってた迎えに来たって、なんだ?」
「迎えに…?」
ユウキの言葉を聞き、皆がジラーチに目を向けるが当のジラーチは眠そうに目を閉じていく。
『ボク…眠たい…』
そう言ってジラーチは静かな寝息をたて始めた。
眠ってしまったことには仕方ない。起こすことも憚られるため色々と疑問は残るがその場では解散になった。
「…カイム」
「ああ。わかってる」
シロナの声にカイムは小さく応えた。
ーーー
深夜
日付が変わる少し前。
シロナは夜空を見上げながらウィッシュメーカーの羽を閉じる。そして願いを込めるようにウィッシュメーカーを胸に抱いた。
「願い、か」
自分の願い。このウィッシュメーカーに込めた願いは誰にも言っていない。無論カイムにも…というか、カイムには言えない。そんな願いをシロナはウィッシュメーカーに込めていた。
その願いが叶うといいな、と考えたところでダイアンのキャンピングカーから気配を感じる。キャンピングカーから出てきたのは、バトラーの後ろ姿だった。
「…やっぱりね」
シロナはスマートフォンでカイムにメッセージを飛ばす。そのメッセージに対して即座に返信が来たことを確認すると、シロナは立ち上がりバトラーが戻っていったドームに目を向けるのだった。
一方、見られていたことに全く気づいていないバトラーは、眠るジラーチを優しく装置の上に寝かせる。
その様子を後ろで見ていたダイアンは悲痛な声でバトラーを止めようと声を上げた。
「バトラー…もうやめましょう。アブソルが迎えに来たということは、何か良くないことが起こる気がしてならないの」
アブソルはわざわいポケモンと呼ばれ、良くないことが起こる時にどこからともなく現れるポケモンと言われている。そのアブソルが迎えに来た、ということは、ただジラーチの身の安全を確保しにきた以外の理由があるようにも思えてしまう。
「ファウンスからわざわざ迎えに来たのだ。相応の理由があるのだろう」
「お願いバトラー。まだ今なら引き返せるわ。ジラーチをユウキ君のもとに返して、ファウンスに送り返しましょう」
「それはできない。ジラーチには、これから私の偉大な実験の礎となってもらわなければならないのだから」
バトラーはダイアンの言葉に耳を貸すことなく、装置を起動させた。
するとジラーチはゆっくりと浮かび上がり、そして全身を掻きむしるような痛みをジラーチに与え始めた。
『えっ…うっ、うわぁ…い、いたい…!』
「さあジラーチ!『真実の目』を開け!そして彗星から膨大なエネルギーをもたらせ!」
『い、嫌だあ!』
「お前の意志など聞いていない。ヨノワール、こいつを…」
バトラーがボールからヨノワールを出し、ジラーチを『サイコキネシス』で操り無理矢理『真実の目』を開かせようとした瞬間
「ブラッキー、バークアウト」
悪タイプの衝撃がヨノワールを襲った。
「何っ⁈」
効果抜群の技が直撃したヨノワールは瀕死にはならなかったものの、大きなダメージを受ける。
何事かと顔を上げたバトラーの視線の先には、無表情の男がブラッキーとバシャーモを伴って立っていた。
「お取り込み中失礼。見るに堪えなかったんで『口出し』させてもらったよ」
「カイム君…何故ここに?」
「胡散臭い奴を警戒するのに理由がいるのか?何しでかそうとしてたのかは知らんが…悪趣味なことに変わりは無さそうだな」
「私の偉大な実験を邪魔しようというのかね?」
「そうだな。武力で対抗してもいいが、すぐにシロナがユウキとハルカを連れてここに来る。あまり勝算は高くないと思うし、投降することをお勧めするが…どうする」
シロナはもちろん、カイムもジムリーダー並みの実力を持ち、ユウキもポケモンリーグ本戦に出られるくらいの実力者。これだけの実力者が揃っては、バトラーに勝ち目はまずない。
「……くっ」
「動くなよ。下手に動いたら殴る」
未だに抵抗を試みようとするバトラーに警戒しながらカイムはゆっくりと装置に近づいていく。そして装置に手をかけ、電源を落とそうとした瞬間
「グラエナ!ふいうち!」
物陰から飛び出してきたグラエナがカイムに襲い掛かる。だがカイムの背後はバシャーモが警戒心を向けていた。
「バシャーモ、ニトロチャージ」
バシャーモの攻撃がグラエナに突き刺さり、吹き飛ばす。
「悪くない奇襲だが…気配を消すのは二流だな。そんだけ殺気出してたら気づいてくれと言うようなもんだぞ」
「さすがジムリーダー…この程度の奇襲は効かないか。だが!」
バトラーはステッキのスイッチを押す。その瞬間装置が電撃を放ち、カイムとジラーチに電撃を加えた。
「っ!」
『うわああ!』
電撃によって痺れた腕をさすりながらカイムはバトラーに目を向ける。
バトラーはすぐにでもヨノワールのサイコキネシスで『真実の目』を開かせようとしていた。
「バシャーモ!フレアドライブ!ブラッキー!あくのはどう!」
特性『加速』と『ニトロチャージ』によって上がった素早さを利用し、バシャーモは炎を纏ってヨノワールに攻撃した。加えてブラッキーの『あくのはどう』が起き上がってきたグラエナを吹き飛ばす。
「そこだ!キルリア!シャドーボール!」
「っ⁈」
いつの間にかボールから出てきていたキルリアが『シャドーボール』をカイムに向けて放つ。
だがそのシャドーボールは突如現れたミカルゲの『あくのはどう』によって相殺された。
「詰めが甘いわよ、カイム」
「…悪い」
カイムを助けたのはシロナだった。シロナの後ろにはユウキとハルカもおり、二人とも既にジュカインとラグラージを出して戦闘体勢に入っている。
「お前!ジラーチになにしてんだ!」
苦しむジラーチを見てユウキは声を上げた。
「ジュカイン!リーフストーム!」
「させるなヨノワール!はかい…」
「ラグラージ!だくりゅう!」
ジュカインのリーフストームが装置に向けて放たれる瞬間、それを妨げようとしたヨノワールの行動をラグラージの『だくりゅう』が阻んだ。動きを止められたヨノワールとジラーチを拘束する装置に向けてジュカイン渾身の『リーフストーム』が炸裂し、装置は爆発した。
「ぐっ!」
「今だ!ジュカイン!ジラーチを連れてきてくれ!」
装置の爆発はダメージにならなかったが、装置から与えられた苦痛は大きく、ジラーチはジュカインに抱き抱えられながら苦痛に呻いた。
「よし!逃げよう!」
「みんな!私についてきて!」
ダイアンの先導でユウキ達はジラーチを連れてドームを出た。
カイムとシロナは最後尾で殿としてバトラーのポケモン達を牽制すると、少しだけ遅れてダイアンの車に乗り込む。全員が乗ったことを確認したダイアンは車を即座に発進させ、その場を全速力で去っていった。
瞬間的に車並みの速度を出せるグラエナが車に発信器を取り付けたが、それに気づいた者はシロナとカイムだけだった。
「…バトラーは、かつてマグマ団の科学者として活動していたの」
車を進めながら、ダイアンはバトラーが狂気の行動に走った行動を話始める。
バトラーはマグマ団の科学者として伝説のポケモンであるグラードンを復活させる実験をしていた。バトラーが開発した復活装置をマグマ団幹部の前で使用してグラードンを復活させようとしたが、エネルギー不足で失敗。成果を出せなかったバトラーは無能の烙印を押され、マグマ団を追放された。
「あの日から、バトラーはマグマ団を見返すための方法をずっと模索していた。グラードンを復活させられるほど莫大なエネルギーを求めて、ずっと。そしてある時、ファウンスでジラーチを発見したの。伝承では、ジラーチは眠りにつく前に千年彗星から莫大なエネルギーを取り込むと言われている。だからそのエネルギーを利用して、グラードンを復活させようと考えたの」
「…それでマジックショーをしながら、パートナーとなる少年を探していたのね」
「…さすがシロナさん、お気づきだったのですね」
ダイアンは悲痛に表情を歪めながら続けた。
「はい。パートナーとなる条件は、心が素直な子供。だからマジックショーをしながらパートナーとなる子供を探していたんです」
「…随分と不純な動機なマジシャンだな」
「……止められなかった私にも、罪はあります。ずっと側にいたのに、私は彼を止められなかった」
ダイアンの声は罪を認め、毅然としているように聞こえるが、声は僅かに震えている。バトラーのことを想う心と止めなければならないという理性。その二つがせめぎ合い、ダイアンの心は今張り裂けそうになっているのだろう。それを隠して今ここで自分とバトラーの罪に向き合っている。
「それでダイアンさん。これから…どうするんですか?」
ハルカの問いかけにダイアンは一瞬だけジラーチに視線を移し、応える。
「ファウンスに、ジラーチを返しましょう。あの場所にジラーチが戻れば全て元に戻る」
「なあ、さっきから言ってるファウンスって…?」
「ファウンスは、千年彗星に縁のある土地だとされている緑豊かな土地よ。ジラーチがそこで見つかったってことは、ジラーチはファウンスの護神のような存在なのかもしれないわね」
カイムが調べてきたファウンスについての知識。そこにジラーチを送り返せば、全てバトラーがジラーチを見つける前に戻る。
「ジラーチを送り届けるってことだよな。それは、パートナーであるおれの役目だ!」
「あたしも付き合う!ジラーチをひどいことになんか、絶対使わせない!」
正義感の強いユウキとハルカにシロナは小さく笑う。こういう子達が増えてほしいと内心で思った。
「お二人は…どうしますか?」
「ここまで来て辞めるなんてことしないわ。最後まで付き合う」
「乗りかかった船だ。今更やめられるか」
温和なシロナと淡白なカイムだが、二人の思いは同じだった。子供がやると言っているのに降りることなどできないし、何よりこのままバトラーの好きにさせてジラーチが傷つくところを見たくなかった。ポケモンを愛する二人に初めから見捨てるという選択肢は存在していない。
「…ありがとうございます」
「そんで?ファウンスまではどれくらいかかるんだ」
「この車で四日ってところね」
四日となると、千年彗星が見える期間ギリギリ。ジラーチが眠る時までにはなんとか到着できるらしいが、ここ数日は車内で過ごさなければならないことになる。
「四日…水や食料は大丈夫かしら」
「少し心許ないかもしれません。道中小さい街があったはずなのでそこで給油も兼ねて立ち寄りましょう」
「水と食料は数日分積んであるぞ」
「え?」
意外な言葉にダイアンだけでなくユウキ達も目が点になっていた。
「こういうこともあると予想して、勝手に積ませてもらった。必要なかったらテキトーに処分してた」
「いつの間に…」
「まあシロナの指示なんだがな」
ダイアンが助手席に座るシロナに目を向けると困ったようにシロナは笑った。
「使わずに済むならそれでよかったんだけどね。それに一応荷物を置く許可は取ったし、大丈夫かなって」
そこでダイアンはジラーチが目醒めた日に『荷物を置かせてほしい』とシロナに頼まれたことを思い出す。
「すみません、勝手にいろいろ」
「いいえ。むしろ助かりました。次の街まで食糧はともかく水が保つか怪しかったので。ありがとうございます」
数日間の旅の方針が決まり、ダイアンは暗い荒野を真っ直ぐ見据える。
例え愛する人だとしても、間違いを止める覚悟を持って。
しばらく進んだところで一度車を止め、休息をとることにした。ここから数日間は車での移動。閉鎖空間で長時間過ごすことになるため、急ぎであったとしても定期的に休息は必要となる。加えて子供二人は夜中にいきなり叩き起こされたため、睡眠時間が足りていない。
車を止めて日が登るまでは休息にし、体力の回復につとめることにした。
「うーん…シロナさん…おれとバトル…むにゃ…」
「どんだけバトルしてぇんだこいつ」
キャンピングカーに毛布を敷いて眠るユウキの寝言にカイムは苦笑しながらはがれた毛布をかけ直す。ユウキとジラーチは寄り添いあって眠っており、とても穏やかな寝息を立てていた。ハルカもユウキの側で眠っており、シロナも運転席のすぐ後ろにある座席で横になっていた。
カイムはシロナのすぐ側でシロナの寝顔を眺めており、顔にかかった髪を指で払う。シロナはくすぐったそうに身を捩り、再び穏やかな寝息をたてた。
「眠らないんですか?」
そんなカイムにダイアンは声をかけた。
「そういうあんたが一番眠らなきゃならんだろ。見張りはしておくから寝ておけ運転手」
カイムはそう言いながら棒のようなものを手でくるくると回していた。見覚えのないそれを不思議そうに見ていると、その視線に気がついたカイムはその棒をダイアンに向けて軽く投げた。
ダイアンはカイムが投げたものをキャッチすると、それが何なのかすぐに気がついた。
「これは…」
「発信機だ。とりあえず盗聴はされてねえ。多分、バトラーがつけたんだろ。見たところ新しいし、テーマパークを出る直前にグラエナがつけたんじゃね?」
「…きっとそうですね」
「そいつはこっちで処分しておく。とにかくあんたは寝ろ。運転手が寝不足で事故死なんぞまっぴらだ」
カイムはダイアンの手から発信機を取る。
「…巻き込んでしまって、すみません」
「そいつを一番言わなきゃなんねーのはユウキとハルカだろ。俺は成り行きだ」
「…ええ、そうですね」
ダイアンは一度言葉を切ると、カイムに聞いた。
「カイムさんから見て、バトラーはどんな人物に見えますか?」
ダイアンの問いに一瞬カイムは驚いたような表情をし、少しの沈黙ののちに答え始める。
「…あんたには悪いが、俺からみたら妄執に取り憑かれた悲しい奴だな」
「……妄執。そうですね」
そこからダイアンはバトラーについて語り始める。昔のバトラーは発明と人を驚かせることが好きな少年だったらしい。マジックができるくらい手先が器用で、なおかつ高い好奇心は彼を優秀な科学者にした。マグマ団の科学者として活動していたあたり、昔から根っこの部分は変わっていないようだ。
だが昔からの性根と失敗を経験してこなかった人生故に、マグマ団での失敗が認められなかった。失敗を認められない強い思いがバトラーを狂気に走らせてしまい、こうして袂を分かつことになってしまった。
「いいのか?大事な人なんだろ?」
「…あと数日で、ジラーチはまた千年の眠りにつく。そうすれば彼の野望は潰えて、昔の彼に戻ってくれるはずです」
「楽観的だな」
ダイアンの言葉にカイムは冷たく言い放つ。
「部外者の俺が言うのもアレだけど、そんなことで戻るならそもそもこうなってなかったんじゃねえか?」
「それ…は…」
何となく自覚はあったのか、ダイアンは口籠る。
答えがうまく言えないダイアンに向けてカイムはなおも続けた。
「あいつは科学者なんだろ?ジラーチがこのまま眠ったら、多分次のエネルギー源を探すぞ。あの装置の仕組みは良く知らんが、ジラーチを狙っていた理由がエネルギーだけなら、別のエネルギー源探せば奴の理論は達成できるんだしな」
科学者とは、目的のためにあらゆる手段を尽くす存在。大学の同期であったマサキは(人道を考慮した範囲内で)そうだった。その道に没頭しすぎた結果、道を踏み外す存在も世の中にはいる。バトラーは踏み外してしまった者の典型例なのかもしれない。
「ジラーチが眠るまでは協力する。だがそこで変わらなかったらあんたが一人で止めなきゃならん。今まで止められなかったあんたが、より狂気に走ったバトラーを止められるのか?」
「………私、は」
「…近しい人だからと言って、必ずしも伝わるとは限らん。俺としては信じたい気持ちは正直わからんでもない。でも本当に心からバトラーを大切に思ってんなら、あんたがしなきゃいけないことは信じることじゃねえ。言葉を尽くし、ぶん殴ってでも引き戻すことじゃねえのか」
カイムの言葉はダイアンの心に深く突き刺さる。
今まで信じるだけで、バトラーのことを引き戻そうとすることはほとんどしてこなかった。それは『信じる』などという耳触りのいい言葉を並べて逃げてきたことに他ならない。バトラーが変わってしまったことを認めたくなくて、逃げてきた。その結果がこれだった。
「…きついこと言ってる自覚はある。ただ今のままじゃ、バトラーは止まらない。それを一番わかってんのは、あんただろ。ダイアン」
『外で見張りしてる』とだけ言ってカイムはキャンピングカーから出ていった。
残されたダイアンはカイムの言葉を頭の中で反芻させながら空に浮かぶ千年彗星を見上げる。目に映る彗星は今もなお、美しく輝いている。
「…そうね。ちゃんと、私が向き合わなきゃ」
ダイアンは決意を固めて、目を閉じた。
*
それから数日間、車での移動がほとんどだった。
ファウンスまでの道のりは険しく、時に断崖絶壁の道を通ることもあり、車がぬかるみにはまって動かなくなることもあった。しかし順調に進むことができ、千年彗星が見えるようになってから五日目の夜にはファウンスの目前までたどり着いていた。
日が落ちてきた頃、間欠泉によってできた暖かい池があり、今日はここで休息を取ることに決めた。
ここ数日間、荒野を車で移動してきたため、風呂に入ることが出来なかったという事情もあり、女性陣はその池で入浴することにした。そして残されたカイムとユウキ、そしてジラーチは女性陣の入浴が終わるまでの間に夕食の準備をしていた。
「なあカイムさーん…腹減ったよ〜…」
「口が動く元気があんなら手伝え」
とは言ったものの、結局カイムが一人で準備をしているのだが。
「今日の晩飯なに〜?」
「きのみとチキンのシチュー。パンとおにぎり好きな方と一緒に食え」
「それって、美味い?」
『うまいー?』
「俺は美味いと思うがお前らがどう思うかは知らん」
この数日でカイムはユウキとジラーチにかなり懐かれていた。懐かれているようにはとても思えないほどカイムの言葉は淡白だが、滲み出る人の良さを感じ取った二人はカイムのことを信頼していた。
『カイム、あそんで』
「あとでな」
ジラーチもカイムのことをユウキの次に信頼していた。そのためか、カイムに対していたずらを仕掛けたりちょっかいを出すことが度々あった。今も調理を進めるカイムの頭に張り付いて遊びをねだっている。
『あーそーんーでー!』
「やかましい。ユウキと遊んでろ」
『ユウキとカイムとあそびたいの!』
「だからあとでな…っておいユウキ!今つまみ食いしたろ!あ、おい!ジラーチもしたな!」
「やっべ!にげろジラーチ!」
『にげろー!』
つまみ食いがバレたユウキとジラーチは笑いながら逃げ出す。その際に調理器具のおたまをジラーチが持って逃げたため、カイムは二人を追いかけ始めた。
「待てコラ!」
「にっししー!捕まえてみなよカイムさーん!」
『にげろー!』
「…んのやろう。ジムリーダー舐めんなよ」
そう呟いてカイムは首をぐるりと回すと、全力で追いかけ始めた。
子供相手であるため簡単に捕まるかと思ったが、子供故に体が小さく身軽であるためうまく逃げられる。さすがに旅をしてきたこともあり体力もなかなかある。
「やるじゃねえか」
「へっへーん!まだまだこんなもんじゃないぜ!いくぞジラーチ!」
『いくー!』
「本気じゃねえのは俺もだぜ。舐めんな」
カイムは立ち並ぶ無数の岩を縫うように走るユウキを相手に、岩から岩に飛び移るようにして追いかける。パルクール仕込みの身こなしを会得しているカイムであれば、この程度は障害物になり得ない。
「ええっ⁈マジ⁈」
「まず一人」
『うわっ!』
ユウキのすぐ後ろについて飛んでいたジラーチの頭をカイムはその大きな手で掴む。そしてそのままユウキの首根っこも捕まえた。
「いいっ⁈マジか!」
「はいここまで」
「くっそー!カイムさん身軽すぎだろ」
「ジムリーダー舐めんな」
そうは言ったものの、ジムリーダーなら誰でもパルクールができるわけではない。
カイムはユウキを放し、ジラーチからおたまを回収すると、ジラーチをユウキに渡した。
「ほれ。しっかり面倒みとけよ、パートナー」
「あ……うん」
ユウキはジラーチを抱くと、どことなく悲しげな表情を見せる。ジラーチもそれに気づき、首を傾げた。
普段やんちゃで元気なユウキがこのような表情を見せたことはここ数日間では無い。何となく事情を察したカイムはユウキの隣に腰を下ろした。
「どうした」
「…………」
「話したくないなら話さなくていい。話したいなら聞く」
「…やっぱわかる?」
へへ、と力なく笑いながらユウキは空を見上げる。その視線を追ってカイムも空を見上げると、今もなお千年彗星が空で輝いていた。
「カイムさん。おれね、ジラーチのパートナーになれて嬉しかったよ。弟ができたみたいっていうか…こんなに仲良くなれたことが嬉しかったんだ」
「そうか」
「でも、あと少しでお別れしなきゃいけないだろ?千年眠るんだ。次目覚めた時に、おれはもういない。お別れして、もう会えないってことを考えると……つらい」
ここ数日でユウキとジラーチの絆はとても強いものになっていた。ジラーチはユウキのポケモンとも仲良くなっており、ユウキにとってジラーチと共に過ごしたこの数日はとても楽しい日々だった。
だが同時に、すぐに来てしまう別れもユウキは実感していた。七日しか目覚めない。そして次に目覚めるのは千年先。ユウキはジラーチが眠りにつけば、二度と会うことは叶わない。
「ユウキは、ジラーチと会ったことを後悔してるか?」
「してないよ!でもさ…二度と会えないのは、つらいよ」
「千年か…長生きでどうこうなるレベルじゃねえしな」
カイムは千年彗星を眺めながら続ける。
「別れってのは、いつでも辛い。今生の別れとなりゃ辛さも一入だ。ただ人間というのは悲しい生き物でな。その別れの辛さも、いつか風化しちまう」
「………」
「でも、『あの時楽しかった』って記憶は風化しない。お前とジラーチが過ごした時間の記憶は残る。いつか死ぬとしても、お前とジラーチの間に絆ができた事実は変わらない」
「うーん…よく、わかんないな」
「要するに、お前は残り時間ジラーチと悔いなく過ごして、ジラーチとの思い出をちゃんと覚えておく。これだけでいいんだよ」
例えジラーチでなくとも、いつか必ず別れが来る。それは仕事の都合だったり、人間関係によるものだったり、生命としての終わりだったり色々な要因で別れが来てしまう。それは仕方ないことであり、それこそが生命たる所以でもある。だからこそ、積み上げてきた時間、共に過ごした記憶を忘れないことで、共に生きた証を己の中に最後まで刻み込む。それこそが大切なのだと、父のポケモンと祖母の死を目の当たりにして考えたカイムの持論だった。
「…うん。ありがとう、カイムさん」
そう言ってユウキはジラーチを見つめる。視線に気づいたジラーチはユウキに笑いかけた。
「おれ、ジラーチに会えてよかった」
『ボクも、ユウキに会えてよかったよ』
あと数日。そこで別れる運命だとしても、二人の間にできた絆は本物。その絆をこれからも大切にしていこうと、ユウキは強く誓うのだった。
ーーー
夕食後、カイムはブラッキーと共に空を眺めていた。
「今日も綺麗ね」
そんなカイムにシロナは背後から声をかけた。
シロナはカイムの隣に腰を下ろすと、自身とカイムの間にいたブラッキーの頭を優しく撫でる。ブラッキーは嬉しそうに表情を緩め、シロナに寄りかかった。
「休まなくていいのか」
「貴方こそ。ここまでの道のり、夜はほとんど寝てないでしょ」
「…さすがにシロナは気づくか」
カイムはここ数日間、夜通しで見張りを続けていた。無論バトラーのことを警戒していたが、それ以外にも何かあった時すぐ動けるようにするために。そのためほとんど夜は眠っていない。道中の車で寝てはいるが、熟睡には程遠い。
「無理しちゃだめよ」
「…移動中はほとんど寝てる。問題ねえ」
「だとしてもよ。移動中なんて熟睡できないんだから。疲れが溜まってきてるでしょ」
「あと二日だ。保たせる」
「だめ。今日はちゃんと寝なさい。ここまで来たらもう警戒しなくても大丈夫よ。だからちゃんと寝て」
「…わかったよ」
実際無理をしている自覚はあった。体は重く、倦怠感が抜けない。睡眠不足を肉体が訴え始めていた。
普段は体調を心配する側なのに逆に今は心配されている。焼が回ったかな、と内心でカイムは自嘲した。
「よろしい」
シロナはそう言って笑うとポケットからウィッシュメーカーを取り出し、羽の一つを折り畳んだ。
「それ、律儀にやってんだな」
「ええ」
「何の願いを込めてんだ?」
毎日羽を折りたたんでいるのは見るが、カイムはシロナがウィッシュメーカーにどんな願いを込めているのかを知らない。
「秘密」
「はあ?なんで」
「こういうのは言わない方が叶う気がするの」
「なんだよそれ」
シロナに言う気がないことを理解したカイムは少しムスッとした表情でブラッキーを撫でる。
「カイムだったら、何をお願いするの?」
唐突な質問にカイムはブラッキーを撫でる手が止まる。
「願い…か」
「少し前にも、これ聞いたわね」
「そうだったな。それで結局出てこなかったんだが…」
カイムは普段少し考える。そしてブラッキーを抱き上げ、自分の膝に乗せると言った。
「こういう穏やかな時間を、俺が死ぬまでたくさん過ごせますように、かな」
自分にとって大切なのは、自分と共に過ごしてくれるかけがえのない存在。大事な人やポケモン達と、日々を穏やかに過ごす。そんなありきたりで些細なことしか、カイムは思いつかなかった。
「貴方らしいわね」
「俺は答えたぞ。シロナはどうなんだ?」
「言ったでしょ?こういうのは、秘密にしておく方が叶う気がするの」
「不公平だろうが…」
ぼやくカイムの肩にシロナは自分の頭を乗せる。
(…やっぱり、こういうところは似ているのね)
口には出さない願い。だがその思いは、言葉に出さなくとも通じている。同じ願いを二人は持っていた。
「お願い、叶うかしら」
「さあな。叶うといいな」
半数以上の羽が閉じたウィッシュメーカーを見つめながら呟くシロナに、カイムはそう応える。
カイムはシロナの肩を抱き寄せ、空に輝く千年彗星を見つめた。どうかこの願いが叶いますようにと、内なる願いを視線に込めて。
*
翌日
シロナ達の目の前には細長い岩山が立ち並び、緑が豊かな土地を目の前にしていた。
「ここが…ファウンス」
ユウキの言葉にダイアンは静かに頷く。
目の前の土地は自然がそのまま残った土地であり、無数のポケモン達が暮らしていた。恐らくこのファウンス独自の生態系が築かれているのだろうとシロナは内心で予想する。
「すごい…綺麗な場所ですね!」
「ええ。ここはジラーチによって守られている土地。美しい自然が千年前からずっと保たれているの」
「へえ…すごいんだな、ジラーチ」
『えへへ』
ユウキに褒められてジラーチは照れたように笑った。
ダイアンはファウンスの中心部を見据えながら言う。
「ジラーチはファウンス中心部で見つかったわ。そこに帰れば、全て元通りよ」
「じゃあ行きましょう。ここから車は使えそうにないし、ファウンスも広いわ」
「そうですね。行きましょう」
シロナの言葉にダイアンは同意し、五人はファウンスの中心部に向けて歩き始めた。
ファウンスの中は今まで通ってきた荒野とは比べものにならないくらい綺麗な土地だった。生い茂る緑と、そこに住み着く野生のポケモン達。たくさんのポケモンがこの土地で生きていた。
「すごいたくさんポケモンがいる!すげえ…」
「ジラーチに守られてるって言ってたけど、ジラーチ無しでもこの土地はちゃんと成り立つんだな」
「はい。守られているとは言っても、この土地はもう既に自立した生態系になっています。ジラーチがいなくても、生態系が崩れることはありません」
眠っているジラーチが物理的にファウンスを守護することはないし、ジラーチがいなくとももうこのファウンスは独自で生きていける。しかしジラーチがこのファウンスの成長を促している。そういう意味での守護をジラーチは担っていた。
「この土地は、ジラーチのおかげでここまで豊かになったのね」
「ええ。ジラーチは眠る時に千年彗星から莫大なエネルギーを受け取るんです。そのエネルギーを千年かけて少しずつ放出し、このファウンスをここまで豊かにした」
「じゃあ、ここのポケモンも森も、みんなジラーチが守ってきたのね!」
「そうなるわ」
ハルカの言葉にダイアンは頷く。
ファウンスに住むポケモン達はシロナ達のことを不思議そうに見ていたが、ジラーチがいるためか雰囲気は比較的穏和だ。
「…部外者に敵意は無いみたいだな」
「そうみたいね。これはジラーチのおかげというより、ポケモン達の気性が元々穏やかなのかもしれないわね」
場所によっては部外者を見つけるなり襲ってくる場所もある。
無駄な争いがないことはシロナ達としてもありがたいことだった。
『ボク、ここが好き』
「おれも気に入った!いい場所だなここ!」
「あたしも。綺麗な場所よね」
ポケモン達が出迎えてくれるこの土地をユウキとハルカも気に入った。無論シロナとカイムもだが、カイムの表情はいつもより硬い。
「カイム」
そんなカイムにシロナは肩を叩く。
「…わかってる」
カイムは小さく答えるだけで、それ以上何も言わなかった。
夜
目的地までまだ距離があるため、一度休息を挟むことにした。
シロナは千年彗星に向けてウィッシュメーカーをかかげ、羽を閉じる。
夕食も済ませ、あとは眠るだけなのだが、ユウキとジラーチは未だに走り回って遊んでいる。時間もそろそろ日を跨ぐ。ユウキくらいの少年が起きているには少々遅い時間だ。
「おいユウキ。そろそろ寝ろ。明日も早えぞ」
「えーもう?もうちょっといいじゃん!」
「ガキは寝る時間だ。黙って寝ろ」
「ハルカはいいのかよ!」
「ハルカもだ。さっさと寝ろ」
「えへへ…バレてたか」
カイムの言葉にユウキとハルカは渋々といった様子ではあるものの、寝袋に入る。ユウキはジラーチと共に寝袋に潜り込み、ジラーチの頭を優しく撫でた。
「おれ…もっとジラーチと一緒にいたいよ」
『うん。ボクも』
ジラーチと共にいられるのは、今日が最後。少しでも長くいたいという気持ちがあるのだろう。ハルカは比較的早く眠りに落ちたが、ユウキはまだ意識がある。
そんなユウキを見かねたのか、それとも年上としての庇護欲が湧いたのかはわからないが、シロナは聞き覚えのない歌を口ずさみ始めた。その歌を聴いているうちに、ユウキの意識は徐々に眠りに落ちていき、間もなく穏やかな寝息を立て始めた。
ユウキが眠り、一通り歌が終わったのかシロナは口を閉じる。
「その歌は?」
「お婆ちゃんが、私が子供の頃に歌ってくれた子守唄。昔はクロナに歌ってあげてたかな」
「…そうか」
「素敵な歌ですね」
「ありがとう。私たちもあまり遅くならないようにしましょう。何があるかわからないから」
シロナの言葉にカイムとダイアンは頷く。
しばらく周囲は焚き火の音とユウキ、ハルカ、ジラーチの寝息だけが聞こえるだけだった。
*
翌日
ファウンスを進むシロナ達は、目の前に以前バトラーのドームを襲ってきたアブソルに連れられて進んでいた。
アブソルの案内に従い進んでいくと、目の前に洞窟が現れた。アブソルはその洞窟に迷いなく入っていき、シロナ達もそれに続いた。
だが洞窟に入る直前、カイムは足を止めた。ユウキ達は不思議そうにカイムを見るが、シロナは瞬時にカイムが考えていることを悟る。
「…シロナ」
「ええ、大丈夫。こっちは任せて。そっちは、頼むわ」
「ああ」
そう言ってカイムは元来た道を引き返し始めた。ユウキ達はそのわけが分からずカイムの背中に声をかけようとするが、シロナがそれを遮る。
「大丈夫。カイムなりにできることをやってくれるわ」
シロナの言葉の真意はわからない。だがシロナの自信に満ちた声を聞き、ユウキ達は大丈夫なのだろうと考え先に進むことにした。
しばらく進むと、広間のような場所に出た。そこにたどり着くとアブソルはどこかへ去っていってしまう。
「ここは?」
「…ジラーチはここで眠っていたの。ここがジラーチが帰るべき場所」
「ここで、ジラーチが…」
時刻はすっかり夜になっている。広間の天井は抜けており、そこから千年彗星が煌々と輝いているのが見えた。
『星が…呼んでる』
そう呟くとジラーチはユウキの腕からゆっくりと離れていく。
「ジラーチ…行くのか?」
『うん…星が、ボクを呼んでる』
「…そっ、か」
「ユウキ君…」
寂しい気持ちはある。だが初めからわかっていたこと。だからせめて、ユウキは最後に笑顔でジラーチのことを送り出そうと決めていた。
必死にユウキはジラーチに笑顔を向けようとするが、うまくできない。寂しさが心を埋め尽くし、脳裏にはこの一週間の楽しかった記憶が駆け巡る。
「っ……」
ユウキがうまく笑顔を向けられないでいるうちに、ジラーチは浮かんでいく。そして自身の身体を彗星に向けるような体勢になった。
「ジラーチの、真実の目が開く」
「真実の目?」
「ジラーチは、千年彗星から莫大なエネルギーを得る時に真実の目を開くの。そして彗星から得たエネルギーを、千年かけて少しずつ放出する。そういうシステムでこのファウンスは豊かになったの」
ダイアンが説明している間にもジラーチの真実の目は少しずつ開いていく。
そして真実の目が開ききった瞬間、突如岩盤から飛び出してきた装置がジラーチのことをエネルギー体で捕縛した。
「なっ⁈」
「ジラーチ!」
囚われたジラーチはそのまま浮き上がり、広間を超えてなお浮かび上がっていく。そして浮かび上がった先には、やはりバトラーがいた。
「諸君!本当のグレートバトラーのショーにようこそ!これから君たちは、私の偉大なるショーの目撃者となる!」
「バトラー!お前ぇ!」
「ジラーチに真実の目を開かせるためには、君たちとジラーチの友情が不可欠だった!これこそ、私がジラーチにかけた最大のトリックなのさ!」
「バトラー…」
悲痛に表情を歪めるダイアンに向けてバトラーは自信たっぷりに言い放つ。
「ダイアン。私の実験が成功したとき、君は必ず私の偉大さを理解する。必ず成功させてみせる!」
バトラーはステッキでジラーチを動かすと高らかに宣言した。
「さあ!ショーの始まり…」
「させるか」
バトラーが言い終わらないうちに突如バトラーの背後から声がする。
そして次の瞬間、ブラッキーの攻撃がバトラーのステッキによって阻まれた。
「カイム君…君は最後まで私のショーを邪魔しようというのか!」
「下手なマジックで赤っ恥かく前に止めてやってるだけありがたく思いやがれ似非マジシャン」
バトラーは忌々しげに笑う。
「君は最初からそうだった。私のマジックを…品定めするように、疑うように見ていた!私を信用していなかった君なら、そう来ると思っていたよ!」
バトラーがそう言うと同時に、バトラーの背後からボーマンダが現れた。
「うおっ⁈」
ボーマンダの羽が突風を引き起こし、カイムをバトラーの実験装置から吹き飛ばした。
「ちっ」
カイムは舌打ちをすると同時にブラッキーをボールに戻し、ムクホークをボールから出した。ムクホークはカイムの手を掴み、器用に遠心力を使って自分の身体に乗せた。
シロナ達の方に視線を向けると、シロナのガブリアスがバトラーの妨害工作を粉々にしているところだった。心配事がなくなったカイムは実験を進めようとしているバトラーに目を向けた。
「さて…どうするか」
普通のバトルならまず間違いなくカイムは負けない。しかし空中戦闘となると、経験のないカイムはあまりうまく動けない。加えてムクホークは基本的に物理技しか使わない。遠距離から攻められるボーマンダとは相性が悪い。
しかしそこでシロナがウォーグルに、ユウキがオオスバメに乗って飛び上がるのが見えた。加えてそこに元々ファウンスに住み着いていたフライゴンも加わった。
「カイム!」
「悪い。止められなかった」
カイムがバトラーを疑っていたように、バトラーもカイムが妨害してくることを予測していた。その結果、カイムの妨害は失敗。ジラーチも囚われてしまった。カイムもまさか自分がここまで警戒されているとは思っていなかったため、防がれることは予測できたが反撃を予測できなかった。
「反省は後よ。ユウキ君」
「は、はい!」
「私とカイムでバトラーを引きつけるわ。その隙にジラーチをお願い」
既にバトラーの実験は進行しており、ファウンスの大地に向けてジラーチから得たエネルギーを放出している。地上絵のようなそれは、どんどん描かれていき、完成するまでそう時間はかからないだろう。一刻も早く実験を止めなければならないことをユウキも感じ取り、シロナの言葉に頷く。
「わかりました!」
「フライゴン、援護してあげて」
フライゴンは頷くと、ユウキと共に装置のもとへ飛んでいく。
だがバトラーも邪魔をされるとわかっていて放っておくことはしない。ユウキ達を阻もうとボーマンダをけしかけようとするが、
「ウォーグル!アイアンヘッド!」
ウォーグルのアイアンヘッドがボーマンダに突き刺さる。その衝撃でバトラーも体勢を崩すが、直撃を受けたボーマンダはダメージを受けながらもバトラーを乗せて飛び上がった。
一時的にムクホークの背中に乗っていたシロナは戻ってきたウォーグルの背中に戻る。そしてバトラーと対峙した。
「いくわよカイム。着いてこられる?」
「食らいついてやる」
「その意気よ」
「邪魔を、するなぁ!」
ボーマンダの『りゅうのはどう』が二人に向けて放たれるが、即座に回避する。シロナとカイムは別々の進路で回避することで狙いを定めさせないように立ち回った。
「くっ…面倒な!」
バトラーはより厄介な存在になり得るシロナに狙いを定める。ボーマンダにウォーグルを落とすように指示を出そうとした瞬間、背後から衝撃に襲われた。
「はがねのつばさ」
ムクホークの硬化した翼がボーマンダに叩きつけられる。ダメージを受けた衝撃でボーマンダはわずかによろめき、その隙をシロナは見逃さなかった。
「がんせきふうじよ!」
ウォーグルは器用に岩石を掴み、ボーマンダに直撃させた。効果抜群の技を受けながらも、ボーマンダは『りゅうのはどう』でウォーグルに反撃した。直撃はしなかったものの、ウォーグルは空中でよろめく。好機と見てボーマンダが追撃しようとするが、その瞬間カイムがムクホークから飛んだ。
「ブレイブバード!」
高く飛び上がったムクホークは重力の力も使いボーマンダに突撃した。完全に意識をシロナに割いていたバトラーはカイムの攻撃を予期できず、攻撃が直撃してしまう。ボーマンダが咄嗟に主人を庇うように攻撃を受けたため、バトラーにダメージはほとんどなかった。
そしてカイムがスカイダイブをしているところを戻ってきたムクホークが空中で拾い上げる。年単位で『そらをとぶ』を行使してきた二人だからできる連携だった。
「ナイスキャッチ」
そう言ってムクホークを撫でる。ムクホークは褒められて嬉しそうに鳴いた。
そうこうしているうちに、ユウキが装置をショートさせ、ジラーチを解放して戻ってきた。
「シロナさーん!カイムさーん!」
「ユウキ君!大丈夫だった?」
「なんとか。ジラーチも無事です!」
真実の目が閉じたジラーチは意識が戻っていた。
『カイム!シロナ!助けてくれてありがとう!』
「いいのよジラーチ。あなたが無事でよかったわ」
「無事ならそれでいい。とりあえず一度戻ろう」
「うん!」
三人とジラーチは一度地上に降り立つ。それとほぼ同じタイミングでダイアンとハルカも洞窟から出てきた。
「みんな!無事⁈」
「なんとか。ジラーチも無事よ」
「よかった…ユウキ君も大丈夫?」
「ああ。大丈夫だ。な、ジラーチ」
『うん。大丈夫だよ、ハルカ』
全員が無事であることがわかったハルカとダイアンはほっとするが、事態はなにも収まっていない。
バトラーの装置が描いた謎の地上絵。それが徐々に盛り上がってきている。姿を見せてくる『それ』はどんどん大きくなり、ファウンスに乱立している細長い岩山と同等の大きさにまで成長していく。そこから現れたのは、グラードン…のような何かだった。
「さて、復活しちまったわけだが…」
「何か変ね。グラードンのような見た目はしているけど…」
確かに見た目は伝承にあるグラードンと酷似している。しかし明らかに何かが違う。目を凝らして見てみると、グラードンの周辺の植物が軒並み枯れていっているのがわかる。
「グラードンに、大地のエネルギーが吸われている?」
「グラードンにそんな能力あったか?」
「いいえ、無いはず。グラードンは大地を創り、広げるポケモンだけど、エネルギーを吸い取るなんてことはしないはずだわ」
ダイアンの言葉が真実であれば、あの存在はグラードンではない。グラードンの姿をした別の何かだ。
そしてそのグラードンのような何かは、爪や体に生える棘を緑色のゲルのような形に変え、ファウンスに生息するポケモン達を吸収し始めた。大地からだけでは足りないエネルギーをポケモンを吸収することで補おうとしている。
「不完全な復活が、グラードンの存在をバグのように異質にしたのか」
「このままじゃ、ファウンスが死んでしまうわ」
「そんなっ⁈」
「あいつをどうにかしないと、ファウンスどころか世界中やべえ」
そこでバトラーがボーマンダから降りてくる。呆然とグラードンのような何かを見つめるバトラーにダイアンは駆け寄った。
「バトラー!これがあなたの望んだものなの⁈」
「違う…私が復活させたかったものは、あんな悍ましいものじゃない!違う、違うんだ!私は!」
バトラーはその場に崩れ落ちる。
だがその瞬間、グラードンがバトラーを容易に捉えられる存在として認知し、バトラーを吸収しようとしてきた。
それを瞬時に察知したダイアンは、バトラーを庇うように立ち塞がり、瞬く間に囚われていく。
「ダイアン!」
バトラーはダイアンに手を伸ばすが、その手がダイアンを掴むことはなかった。そして吸収される直前、ダイアンは泣きそうな顔で笑いながらバトラーに言う。
「バトラー…本当に、貴方のことを愛していたわ」
そう言ってダイアンは吸収されていってしまった。
バトラーはダイアンが吸収された事実を受け止めきれず、放心状態のようにその場に立ち尽くしている。だがそんな状態でグラードンは待ってくれるはずもない。
「グレイシア!れいとうビーム!」
囚われそうになるバトラーをシロナのグレイシアが『れいとうビーム』で守る。グラードンの偽物とはいえ、グラードンを元とした存在。故に氷タイプの技が通ると踏んだシロナの予想は正しかった。
「とりあえず離れねえとやばいぞ!」
「一度逃げましょう!ここじゃすぐに捕まってしまうわ!」
「シロナさん!後ろ!」
「わかってるわ!ふぶき!」
再び迫り来る粘液に対してグレイシアの放つ強烈な冷気が足止めする。凍った粘液はそのまま崩れ、すぐに粘液が来る様子はない。
「とりあえず片付いたわ。移動しま…」
だがここで追撃が来ないと思い、シロナは一瞬気を抜いてしまう。その気の緩みとほぼ同じタイミングで、野生のポケモン達がシロナ達を追い抜いて逃げてくる。
そしてそれを追ってきた粘液が突如森の中から現れ、シロナは気づくのが一瞬遅れた。
「えっ」
粘液が目の前まで迫ってきたと認識した瞬間、シロナの身体が弾き飛ばされる。衝撃を受けた方向には、カイム。
次の瞬間には、カイムの身体の半分以上が粘液に囚われていた。
「カイム!」
シロナが手を伸ばすが、カイムはその手を掴もうとはしない。即座に腰についているボールホルダー、そして首から下げている青いリングをチェーンごと引きちぎるようにして外した。
「カイム!手を!」
「無理だ。わかってんだろ」
「嫌よ!早く!」
「俺はここまでだ」
なおも手を伸ばそうとするシロナの胸に、カイムはボールホルダーとリングを押し付けた。
「…すまん。あとは頼む」
そう言ってカイムはシロナを強く後ろに押すと、ダイアンのように粘液に飲み込まれて吸収されていった。
「カイム…?」
先ほどまですぐ側にいた最愛の人。
いなくなった事実を受け止められないバトラーの気持ちが、今だけはシロナにも理解できた。
「そんな…嘘よ………ねえ、カイム……カイム!」
声は届かない。吸収されたカイムはもうここにはいない。
絶望するシロナに容赦なく粘液が降り注いでくる。だが今のシロナはそれを認識できるほど頭が回っていない。
「シロナさん!」
ユウキとハルカが駆け寄ってくるが、間に合わない。
吸収される。そう考えた瞬間、カイムのボールホルダーにつけられているムーンボールが開き、中から飛び出してきた黒い影がシロナの身体を突き飛ばした。
「ジュカイン!リーフストーム!」
標的を見失った粘液がジュカインの『リーフストーム』によって消し飛ばされる。
何が起こったかわからないシロナの目の前には、カイムの相棒であるブラッキーがいた。
「ブラッキー…」
ブラッキーはシロナに向けて吠える。吠えるブラッキーの顔は叱りつけるような表情と声をしているが、その目からは今にも涙が溢れ出してきそうになっていた。
そんなブラッキーを見てシロナははっとする。カイムのことを大切に思っているのは、自分だけではない。長い時間をともに過ごしてきたポケモン達がカイムのことを慕っていることはわかりきっていた。そんなポケモン達にとってもカイムが取り込まれたことは悲しいこと。
そのポケモン達が諦めていないのに、シロナが諦めるわけにはいかない。加えてカイムが最後に言った言葉
『あとは頼む』
あの言葉はシロナならこの事態を収束できると信じているからこその言葉。
「…ごめんなさいブラッキー。もう、大丈夫よ」
シロナは立ち上がり、ブラッキーとともに前を見据えた。
「ごめんなさいユウキ君、ハルカちゃん。もう大丈夫」
「よかった…でも、カイムさんが…」
「大丈夫。必ず助けるわ」
シロナの目には決意が取れて見れた。そして視線をユウキとジラーチに向ける。
「ただ一度ここを離れましょう。ここも危険だわ」
「うん!」
「ポケモン達の速度でもあの粘液から完全に逃れることは難しいわ。ジラーチ」
『うん。ボクがみんなを連れていくよ!』
「ありがとう。ただ…」
シロナはそこで言葉を切ると、未だに項垂れるバトラーの背中をつかみ、引き摺るようにして連れてくる。
「バトラーも連れていくわ。ボーマンダ、貴方も来なさい」
意気消沈しているバトラーを前におろおろしているボーマンダにもそう声をかける。本来ならバトラー以外の命令は聞かないボーマンダだが、シロナの覇気と眼光に逆らうことができない。
全員が一箇所に集まったところで、ジラーチが全員を瞬間移動させる。移動した先はグラードン擬きを視認できる高台の上だった。
「あのまま放置してたら、ファウンスは滅亡する。なんとしても止めないと」
「でも、どうやって止めるんですか?あいつ、攻撃が効かないんだよ」
先ほど遠距離からアブソルが攻撃をしていたが、全く効いてる様子はなかった。単純な攻撃が使えない以上、シロナ達ができる行動はかなり少ない。
シロナはユウキの言葉に答えることなく、傍らで項垂れるバトラーに目を向け、胸ぐらを掴んで無理矢理立ち上がらせた。
「あのグラードンを止める方法を答えなさい」
「私は…違う……私はあんなものを…ダイアン…」
バトラーの目は未だに虚で頭が回っていないのがわかる。
だがそんなものに付き合っている時間はない。鋭い目つきと圧倒的な覇気をバトラーに向けながらシロナは続ける。
「貴方が何を望んでいたかは知らない。でもこのままなにもしなければファウンスは滅亡するし、ダイアンさんもエネルギーとして分解されるわ。今はまだ消化する段階には入ってないみたいだけど、このままいけば間違いなくそうなる。早く答えなさい」
普段の穏和なシロナの性格からは考えられないほどの覇気と言葉。その圧とダイアンを救える可能性を考えたバトラーの表情に力が戻る。
「…私の装置を逆作動させれば、あの化け物からエネルギーを放出できるはずだ」
「それは、信じていいのね」
「私の間違いがこの事態を引き起こした。それに、私は…ダイアンを救いたい」
「またおれたちを騙そうとしていないよな」
ユウキが疑うのも無理はない。そう疑われても仕方ないようなことばかりバトラーはしてきた。また騙そうとしていると疑うのは当たり前の行動だった。
『やろう、ユウキ』
ジラーチの言葉にユウキは少し目を見開く。
「ジラーチ…」
『バトラー、ダイアン救いたい!ボク、信じる!』
ジラーチの決意がこもった言葉に、ユウキは頷く。
「うん、わかった。カイムさんとダイアンさんを助けよう!」
「あたしも、二人を助けるよ!」
「…すまない。ありがとう」
バトラーはシロナに向き直ると、深々と頭を下げる。
「お願いしますシロナさん。力を、貸してください」
「答えるまでもないわ。私はカイムとダイアンさんを救う。絶対に」
「…ありがとうございます」
本来バトラーにかける慈悲などない。それでもカイムを救うためならシロナは何だってする。カイムに託された以上、投げ出すようなことはしない。
「さあ、行きましょう。みんなを助けるのよ」
「ああ!いくぞオオスバメ!」
「ボーマンダ!いくぞ!」
シロナはウォーグル、ユウキはオオスバメ、ハルカはカイムのムクホーク、そしてバトラーはボーマンダに跨り、空に舞い上がった。
空に飛んだシロナ達を見たグラードン擬きは棘や爪を粘液に変え、取り込もうとしてくる。しかしシロナ達はうまく粘液を回避し、目的地であるバトラーの装置に向けて飛んでいく。
「装置の逆作動をするまで時間を稼いでください!」
「わかったわ。バトラーさんとユウキ君は装置のところへ!私とハルカちゃんでグラードンを引きつける!」
「気をつけてなハルカ!シロナさんも!」
「ユウキ君も!」
そうしてシロナとハルカはユウキ達とは進路を変え、グラードンのもとへと迫る。グラードンの粘液は範囲が広く速度も速い。しかし小回りが効かないという弱点があることをシロナは見抜いていた。
「ムクホーク!お願い!」
「ウォーグル!来るわよ!」
迫り来る粘液をシロナ達はすれ違いように回避し、グラードンの下を通り抜ける。
「すごいムクホーク!」
「いいわよウォーグル。ちょっとだけ無理をさせるけど、お願いね」
再び迫り来る粘液。それを見据えたシロナはウォーグルに指示を出した。
「エアスラッシュ!」
真空の刃が粘液を押し返す。シロナのウォーグルは基本的に物理型で育成を受けていたため、特殊技である『エアスラッシュ』は威力が出ない。使いこなすくらいはできているが、やはり物理技と比較して熟練度は低い。
加えて一度押し返したとはいえ、手数は向こうが明らかに上。時間を稼ぐのにも限界がある。二人でできる時間稼ぎはあまりにも重い重責だった。加えてハルカが乗っているのはカイムのムクホーク。互いに慣れない相手であるため、速度を出し切ることができない。
速度がウォーグルと比較して遅れがちであるハルカにグラードンは狙いを定めた。
「ハルカちゃん!」
「オニゴーリ!れいとうビーム!」
ハルカは一瞬だけオニゴーリを繰り出し、粘液を凍らせた瞬間にボールに戻すという離業をやった。モンスターボールの仕様を使ったうまいやり方にシロナは驚いた。
そこでシロナがバトラー達の方に視線を向けると、すでにジラーチが装置に乗っていた。装置の逆作動まであとわずか。だがグラードンがこちらに狙いを定めたため粘液の攻撃の密度がかなり上がってきている。この猛攻の中でこれ以上時間を稼ぐのは無理があった。現に協力してくれているフライゴンやトロピウスなどのポケモンが次々と吸収されている。
加えてそれ以外にも懸念材料をシロナは見つけてしまう。バトラーの装置が今にも落下しそうだった。元々ワイヤーで空中に吊り下げるような構造をしていたのだが、グラードン擬きが移動した際に引っ張られちぎれた部分があった。そのせいで装置は傾き、不安定な状態になっていた。
(想像以上にまずい状況ね)
加えて取り込まれたポケモンや人がエネルギーに分解されるまでの時間がわからない。もしあのグラードン擬きを消せたとしても、シロナはもう立ち上がれなくなってしまう。
「……こうなったら、一か八かやるしかないわね。お願い、メタグロス!」
シロナはバトラーの装置を固定している岩山上にボールを投げ、カイムのメタグロスを出した。
「メタグロス!サイコキネシスで装置を支えて!」
メタグロスはシロナの指示通りサイコキネシスで装置を支えた。だが装置の重量は相当なものであり、メタグロス渾身の『サイコキネシス』でも完全に安定させることはできない。せいぜい揺れを抑えるくらいだったが、装置で作業をしているユウキ達にとってはありがたいものだった。
「くっ…もうこれ以上は…」
シロナがメタグロスに指示を出している瞬間にもグラードン擬きの猛攻は続く。ウォーグルの飛行スキルをもってしても限界が近い。詰将棋のように徐々に追い詰められていく。ハルカも慣れない飛行で限界が近い。
突如グラードン擬きが咆哮する。その音圧は凄まじいもので思わず耳を塞ぎそうになるほど強い。ビリビリと響く音が装置を支えるワイヤーを軋ませ、不安定さが増した。
強い念力を発するメタグロスに向けて粘液が放たれた。サイコキネシスに渾身の力を使っていたメタグロスが回避できず粘液を受けてしまうが、取り込まれる前にシロナはメタグロスをボールに戻した。
取り込めるはずのエネルギーを取り込めなかったグラードン擬きは怒り狂い、粘液を大量に放出してくる。シロナは低空飛行をすることで木や洞窟を盾にすることで潜り抜けた。
ハルカは慣れない飛行であるため逃げきれないと思ったが、ジラーチが瞬間移動させることで危機を逃れた。
しかしメタグロスの支えが消えた事で不安定な状態に戻り、装置の足場が揺れてバトラーが滑ってしまう。どうにかワイヤーをつかんで落ちることは免れたが、迫り来る粘液からバトラーを庇ったボーマンダが取り込まれてしまった。その間にバトラーはどうにか装置に登ることができた。
無事だったユウキがバトラーが下そうとしていた装置の電源レバーを下そうとするが、足場が悪くうまく力が入らない。
「くっそ…!」
悪戦苦闘するユウキと神経を集中させるジラーチに粘液が迫り来る。シロナは遠い、ハルカも危機を予期してユウキのもとへいこうとするが、僅かに間に合わない。
やばい、と思った瞬間二人の前にバトラーが飛び出してきた。
「ユウキ君!」
そのユウキをバトラーが庇う。瞬く間に粘液がバトラーの身体を覆っていく。
「バ、バトラーさん!」
「みんな…すまなかった」
そう残してバトラーは吸収された。
それとほぼ同時にハルカがムクホークから飛び降り、ユウキの側に降り立つ。
「ユウキ君!一緒に!」
「ああ!いくぞ!」
同時に力を込めようとした瞬間、再び粘液が迫る。
だがそこにシロナが間に合う。フリーになったムクホークに向けてカイムのムーンボールを投げ、同時に自分のボールも投げた。
「ブラッキー!あくのはどう!ポリゴンZ!トリックルーム!」
ブラッキーはフリーだったムクホークの背中に着地し、力を溜める。ポリゴンZは『でんじふゆう』で浮き上がりながら空間を歪めた。
ポリゴンZの『トリックルーム』が展開されると、高速で迫ってきた粘液の速度が一気に遅くなる。同時にブラッキーの広範囲『あくのはどう』が粘液を打ち消した。
「二人とも!今よ!」
『トリックルーム』は長時間の展開ができない。加えてポリゴンZは『でんじふゆう』も同時に行っているため、『トリックルーム』を維持するので精一杯。長く時間は稼げない。
「いくぞハルカ!」
「うん!」
「頼むジラーチ!みんなを、助けてくれ!」
ハルカと一緒にユウキは一気にレバーを引き下げた。
装置の電源が入り、接続が逆転された装置は逆作動を開始した。逆作動を起こした装置はグラードン擬きの維持から分解へと効力が反転し、グラードン擬きの存在が揺らぎ始める。
自身の存在が揺らぎ始めたグラードン擬きは咆哮を上げる。自身のエネルギーが自分からジラーチへと流れていることを察知し、ジラーチに向けて進行を開始する。エネルギーが相当の勢いで吸収されているグラードンは、先程までのように粘液を出すことができなくなっていた。だからグラードン擬きは自分の体に直接取り込んでしまおうと進行していく。
「うわわわ!こっちに来てるよ!」
「ジラーチ…!」
装置を逆作動させ、放出されたエネルギーを逆に取り込んでいるジラーチは身体から発する光が強くなっていっている。しかし完全ではないのか、ジラーチは光を纏ったまま動かない。だがシロナ達にこれ以上できることはない。
「どうすれば…!」
この状況をどうにかせねば、カイムを救うことはできない。
『あとは頼む』
あの言葉は『シロナならこの状況をどうにかできる』と確信していたからの言葉。それを裏切るようなことにならないように、カイムと共にまた日々を生きるために手を尽くした。しかしこれ以上、シロナが打てる手は、無い。
『大丈夫だよ、シロナ』
光に包まれたジラーチの声にシロナは振り返る。ジラーチはシロナを見据えながら小さく頷いた。その言葉を信じ、シロナは目を閉じる。冷たい粘液が、シロナ達の身体を包んでいき、完全に飲み込まれた。
飲み込んだグラードン擬きはそのまま動きを止め、僅かな沈黙が流れる。
だが次の瞬間、グラードン擬きの身体から光が放たれた。その光はジラーチから発せられており、グラードン擬きの身体を分解させていく。
「わあ…すごい」
「ジラーチ…お前すごいよ!」
シロナと共に飲み込まれていたハルカとユウキもジラーチによって解放される。ジラーチは光を発しながらシロナ達の頭上に浮かぶ。
『大丈夫。ボクがみんなを助けるよ』
ジラーチは力を使って三人を浮かび上がらせる。そしてそのまま上昇していき、グラードン擬きごと空へと浮かび上がらせていく。徐々にジラーチは高度を上げていき、空に浮かぶ千年彗星のように夜空に軌跡が描かれた。
そして最後にジラーチは力を放出する。グラードン擬きは光と共に爆散し、その姿を完全に消した。
グラードン擬きに取り込まれたポケモン達はジラーチの力によって地上に瞬間移動された。結果的に取り込まれたポケモン達もエネルギーとして消化される前に救出されたため、誰も犠牲になることはなかった。
シロナ達も地上に転送される。取り込まれたときボールの外にいたブラッキー、ムクホーク、ウォーグル、ポリゴンZもすぐ側に姿を現した。そして目の前には徐々に発する光が小さくなるジラーチがいた。
「ジラーチ…ありがとう。みんなのこと助けてくれて」
『うん。ボク、みんなのこと好きだから』
そう言ってジラーチが視線を逸らした先には、互いの無事を喜び抱き合うバトラーとダイアンがいた。
そんな二人を横目にシロナは視線を巡らせる。ダイアンが生きているなら、それより後に取り込まれたカイムも無事なはず。そう考えてあたりを見渡すと、岩山に寄りかかる見慣れた姿があった。
「カイム!」
シロナが走り出そうとした瞬間、シロナがカイムに押しつけられたボールホルダーからポケモン達が勝手に飛び出し、カイムに向けて走り出す。
そして意識を取り戻した瞬間、ポケモン達が既に眼前に迫っていた。
「え」
声を上げる間もなく、カイムは自分のポケモン達に押し潰された。ムクホークに髪を引っ張られ、バシャーモにヘッドロックをかけられ、メタグロスからは硬い身体を押し付けられた。ブラッキーとトリトドンは泣きながらカイムの胸にすがりつき、ルカリオは胸に手を当てながらカイムの前に跪いた。
「ぐっおお…く、くるじい…バシャーモ、ギブギブ!悪かっだ!」
カイムはバシャーモの手を叩き降参の意を伝える。すぐに辞める気配はなかったが、しばらくして気が済んだのかバシャーモ達はカイムを解放した。
ポケモン達から解放され、大きくため息をついていると、カイムの前に人影が迫る。言うまでもなくシロナだった。
「あー…えっと…」
勝手に庇い、ポケモン達を押し付けて取り込まれたのだ。日頃から無茶をするなと言われていたのにも関わらずこういう行動をとってしまった以上、烈火の如く怒られても言い返すことはできない。
一発ぶん殴られるくらいの覚悟はしていたが、シロナはただ手を差し出して立つように促すだけだった。
「ほら、立って」
「…ああ、悪い」
カイムはシロナの手を掴み、立ち上がる。何も言われないことにどことなく違和感があるが、シロナはカイムの手を引いてユウキ達のもとへ戻ってきた。
「カイムさん…良かったよ、無事で」
「助かった。ありがとうな」
「いいって。結局、全部ジラーチがやってくれたんだし」
「…だとしてもだ。ありがとう」
「うん」
ユウキは頷くとジラーチに視線を戻す。ジラーチはカイムに視線を向けた。
『カイム。カイムの作ったごはん、美味しかったよ』
「…そうか。また…は、無理か。まあ、あれだ。気に入ったなら良かった。楽しかったぜ」
『ボクも、楽しかった』
ジラーチは次にハルカに視線を向ける。
『ハルカ。優しくしてくれてありがとう。一緒に遊べて楽しかったよ』
「あたしもすっごく楽しかった。ジラーチに、会えてよかったよ」
『うん。ボクも会えてよかった』
ジラーチはシロナに視線を移した。
『シロナ。子守唄を歌ってくれてありがとう。ボク、あの歌好きだよ』
「…そう。嬉しいわ」
最後に、ジラーチはユウキに視線を向ける。そして悲しげに笑うと、ユウキの目の前まで降りてくる。
『ユウキ…ボク、キミがパートナーでよかった。キミと過ごしたこの七日間…とっても楽しかったよ』
「うん、おれも」
『…ユウキ、ボクの最後のお願いを聞いてくれる?』
「ああ。なんでも言ってよ。その願い、おれ達が叶える!」
ジラーチは一度言葉を切り、目を閉じる。そして泣きそうな顔で笑いながら、ジラーチは最後の願いを言った。
『歌を、歌ってくれる?ボク…もう眠るから』
「…うん。それが、ジラーチの願いなんだろ?なら叶えるよ」
ユウキはシロナ達に目を向ける。視線を受けたシロナ達は頷いた。
そして、ユウキ達は歌を口ずさみ始める。優しくて、静かて、それでいてどこか悲しい歌。
この歌がジラーチは好きだった。一度しか聞いてないし、微睡みの中で聞いただけの歌。だがこの歌を聞いて、再び眠りにつきたい。そう思えたのは、ユウキ達と共に過ごした時が大切だったから。
『ありがとう…みんな大好き』
ジラーチは身体から出ている帯のようなもので自身の身体を包んでいく。そして、その身体が少しずつ水晶のようなもので覆われていった。
それを見たユウキは涙を流す。しかし、決して悲しい顔は見せないように必死になって笑顔を作ろうとする。最後は絶対に、どんなに寂しくても笑顔で見送る。そう決めていた。
「ジラーチ!」
普段の快活な笑顔と比べたら幾分不恰好。それでいて涙でぐしゃぐしゃになった笑顔。それでも、ユウキにとって今できる最高の笑顔をジラーチに向けた。
「またな!」
千年生きることはできない。それでも、いつの日かまた…違う形で出会うことを信じて、ユウキは
『またね、ユウキ。キミと会えて良かった』
ジラーチはそう言い残し、完全に水晶に包まれた。そしてファウンスの地面に溶けるように降りていき、ファウンスの大地にエネルギーを流し込んでいく。
ジラーチの姿が完全に見えなくなると、ユウキは肩を震わせて、必死に作っていた笑顔を崩し、泣いた。今生の別れを経験したユウキの頭にカイムは軽く手を置き、わしわしと撫でた。
「カイムざん」
「なんだ」
涙で掠れた声にカイムは応える。
「また…また、あえるよな」
「ああ、きっと」
「ゔん…おれ、信じてる」
涙はまだ流れているし寂しい気持ちも消えていない。それでも、いつかまた会えると信じて、ユウキは再び前を向くのだった。
ーーー
ダイアンの車の元に帰ってくると、地平線から日が登り始めていた。このまま日が登れば、今はまだギリギリ見える千年彗星ももう見えなくなる。
半分近く見えなくなっている彗星に向けてシロナはウィッシュメーカーの最後の羽を閉じた。
「完成したんだな」
「ええ。忘れるところだったわ」
この場に戻ってくる前にカイムにボールホルダーを返したのだが、その時にポケットに入れているウィッシュメーカーが手に当たり思い出した。彗星が見えなくなる直前だが、滑り込みセーフといったところだろう。
「願い、叶うといいな」
「…ええ、そうね」
シロナはウィッシュメーカーを仕舞うと、ファウンスに目を向けた。
来た時のファウンスは緑が豊かで、非常に美しい土地だったが、今では荒れ果てている。長年かけて創り上げた環境を元に戻すことは相応の時間が必要となる。
「はあ…結局、いいとこ無しだったなぁ俺」
「うまくいかないことの方が多いわ」
カイムはバトラーを警戒し色々と手を尽くしたが、結局バトラーに上をいかれてしまった。グラードンを止める時もシロナを庇って取り込まれてしまったため、カイムよりもポケモンの方が活躍していただろう。
まだまだ未熟だと考えていたところで、カイムの隣に人影が現れた。
「バトラーさん達、ファウンスに残るんだってな」
カイムの隣にユウキが立つ。目は少し腫れたいるが、既に普段の調子に戻っていた。ユウキの隣にはハルカもいる。
「ダイアンさんと一緒に、ファウンスの緑を元通りにするんだって。罪を償うために、人生を使いたいって言ってた」
「…そうか。いいんじゃないか?」
「おれ、もっといろんな世界を見たい。バトル以外のことも知りたい。それでいっぱい頑張って、またここに来るんだ。そんで、ジラーチにいっぱい世界の話を聞かせたい」
登って来た朝日を見つめながらユウキはそう言った。その目にはもう悲壮感はない。ただこの先を、自分の生き方を決意した希望の光が宿っていた。
「なら、もっと頑張らないとな」
「ジラーチがここで頑張ってんだ!おれも、負けてられないよ」
「あたしも頑張らないとね」
「ここでの出来事は、きっと無駄じゃない。私たちをきっとまだ見ぬ世界に導いてくれるわ」
シロナの言葉に、ユウキとハルカは頷く。
そこでバトラーがもう出発することを伝えにきた。ダイアンの車で近くの街まで送ってくれるらしい。
シロナ、カイム、ハルカはその言葉を聞いて車に乗り込む。ユウキも一足遅れて車に乗り込もうとすると、脳裏に声が響いた。
『ユウキ。キミをずっと見ているよ。ずっと、ずっと…』
その言葉にユウキは振り返る。
当然ジラーチの姿はない。ファウンスの大地が広がっているだけだが、ユウキは笑って頷くとファウンスに向けて叫んだ。
「またなー!」
当然応えはない。しかし、ユウキにはそれで十分だった。
ユウキはファウンスに背中を向け、走っていく。
いつかまたこの地を訪れる日を夢見て。
*
バトラーによって近くの街に送ってもらったシロナ達は、その街で別れた。ユウキとハルカは世界を見る旅に向かっていくらしい。連絡先だけ交換してユウキ達は旅立っていった。
残されたシロナ達はシンオウ地方に帰るのだが辺境の地故に空港までのアクセスが悪く、道中でかなりの時間を食ってしまった。結局空港にたどり着いた時には飛行機は無く、仕方なく空港のホテルに泊まった。
道中、二人は疲れていたこともあるがほとんど会話をしなかった。というより、シロナが会話をしようとしなかった。
(……まあ、おれが悪いわな)
無茶をしたことについてはカイムも悪いことをしたと自覚していた。故にどんな要求も受けるつもりだったのだが、シロナは口を開こうとしない。加えてポケモン達からも相当怒りを買ってしまい、ブラッキーに至ってはボールに戻ることを拒否してずっと肩車のような状態になっていた。
二人で空港のホテルにチェックインし、一息つく。
そして二人ともシャワーを済ませると、シロナはさっさと布団に入り電気を消してしまった。
「……なあ、シロナ」
電気が消えて暗い部屋の中、カイムは声をかける。シロナからの反応はないが、寝息ではないため寝てはいない。それをわかってカイムは続ける。
「…ごめん。あんな無茶して…ポケモン達を押し付けて…ごめん」
シロナは答えない。だが音と気配で起き上がったのがわかった。
「……反省してる」
「…どうして、あんなことをしたの?」
淡々と聞いてくるシロナに、カイムはゆっくり答え始める。
「あのとき、シロナが気を抜いたのがわかったんだ。それで粘液が迫っていることに気づくのが遅れたのも、わかった。シロナがやばいと感じた時には、もう身体が動いてた」
「…そっか」
シロナは枕元にある電灯を付けた。淡い光が部屋を照らし、シロナの顔を映し出す。
「今回のこと、反省してるのよね?」
「…反省してる。でも、同じことがあったら、多分俺はまた同じことをすると思う」
「それはどうして?」
カイムは誤魔化すことなく、真っ直ぐに視線をシロナに向けて言った。
「シロナのことが、大事だから。自分の価値がないから、とかじゃない。何よりも大事で、失いたくないから」
「…私もね、同じ気持ち。だからカイムの気持ちは、理解できる。でも、残された側の気持ちを考えて動いた?」
「…いや、考えてなかった」
あの時は無我夢中で、そんなことを考えていなかった。ただ失いたくない一心で、動いてしまった。
「私が怒っているのはそこ」
「……ごめん」
「…でもね、カイムの気持ちもわかるの。きっと逆の立場なら、私も同じことをする。貴方が大事だから」
シロナはベッドから降り、カイムのベッドに腰掛け、カイムの頬を両手で包んだ。
「庇ってくれてことは感謝してる。今後もしかしたらこういうことがまたあるかもしれない。でもね、残された私とポケモン達のことも考えて。蔑ろにしているわけじゃないことはわかってる。でも、貴方がいなくなったら悲しむ人やポケモンがいるの。それをちゃんと理解して動いて」
「…わかった」
「約束よ」
そう言ってシロナはカイムの頬を優しく撫でる。
二人はそのまま顔を近づけ、口づけを交わす。そして互いに抱きしめ合い、ベッドに倒れ込んだ。
目の前に互いの顔がある。今こうして、二人でいられることを心から幸せに思いながら互いの顔を見つめた。
「明日まで、ずっと側にいて。貴方の側にいたいの」
「ああ。側にいる」
「ずっとよ。ずっと、離さないでね。それが約束できるなら、これを返すわ」
そう言ってシロナはポケットから青いリングを取り出した。
チェーンはカイムが引きちぎるように取った時に壊れてしまったのか、シロナの手元にない。
「ああ、約束する。側にいるよ」
「…信じるわ」
そう言ってシロナはカイムの右手の薬指に青いリングをはめた。そしてカイムはその手でシロナを抱き寄せ、シロナもカイムのことを抱きしめた。
(…私の願いを叶えるためには、貴方がいないと駄目なんだから)
ウィッシュメーカーに込めた願いが叶うように、願いを込めてシロナは目を閉じる。
もう彗星は見えない。
だがそれでも、この願いはきっと叶うような気がした。
ジラーチが懐いていた順番
1.ユウキ
2.カイム
3.シロナ、ハルカ、ダイアン(同率)
論外.バトラー
次はルギアです。
シロナ
子供が見てる前では怒らなかった。やっぱり解決するのはシロナさんの方が見栄えが良い。初めて喧嘩…というか、ちょっとお怒りのシロナさんを書いてみたけど、やっぱ砂糖漬けの方が簡単に動いてくれる。話の流れ上子守唄はハルカではなくシロナさんが歌うことになった。妹のクロナを寝かしつける時に歌ってたりしそうと言う私の独断と偏見。
カイム
君のように勘のいいガキ(20代成人男性)は嫌いだよ。
ユウキ
ジラーチに選ばれた第三世代主人公。実は前回のホウエンリーグでダイゴとバトルしていた。ホウエンリーグ決勝トーナメント出場。サトシとマサトポジをこなした。
ハルカ
ユウキと友達の少女。バトルも強いが、何よりコンテストに秀でている。ルチアにスカウトされたという裏設定もあったりする。
バトラー
CV.山寺宏一。カイムよりお前が反省しろ。
ダイアン
キャンピングカーの持ち主。映画では途中給油とかしなかったのか。
ジラーチ
いつかまたユウキと再会する日を夢見て、再び眠りにつく。ジラーチの願いは異なる形で叶うのだが、それはまた別の話。
評価のところに新しく加重平均ってのが追加されてたんですけど、これ何ですかね。よくわからないです。
映画編はどうしても長くなってしまいます。こんなに長くなってしまい申し訳ありません。
これ書いてて思ったこと。
この二人、浴衣着てエンジュシティデートしてたけど夏祭りいってなくね…???