歴史のお話してるシロナさん書くの楽しくてつい長引いてしまう。
映画の情報をベースにしていますが、最後に見たのがかなり前なので細部が異なる場合があります。ご了承ください。
「学会?」
「そう。再来週に発表があるの」
自宅で以前調査した海底遺跡の調べ物をしている時にシロナはカイムにそういった。
どうやら今度学会があるらしくそこでシロナは発表をするらしい。
「この前論文出したやつか?」
「いや、そっちじゃなくてシント遺跡の方よ。まだ論文は出してないけど、シント遺跡はまだ謎が多い遺跡だからみんな気になるのよ」
「ああ、あの時の」
春頃にシント遺跡を調査したことがあり、その調査結果についての発表かとカイムは納得する。
「それで?」
「発表は私だけだけど、そこについてきてほしいの」
「再来週つったか」
「ええ」
今までも何度かシロナの発表に付きそうことはあった。それ故に今回もカイムは付いてきてくれるだろうとシロナは内心で予想していた。
だがカイムの答えはその予想から外れたものだった。
「悪い、無理だ」
「………え?」
シロナは固まった。
「そっか、チャレンジャーが」
「シロナの言った日程、もう予約入ってんだわ。ジムトレーナーなら替えは利くけど、ジムリーダーはな」
先日のバトルでスモモに勝利したカイムは代理とはいえジムリーダーとして就任した。故に簡単に不在になることはできない。
ジムによってはジムリーダーが他の仕事も兼業しているためあまりいないこともあるらしいのでそこまで気にしなくてもいいかもしれないが。
「ジムリーダーが変わったって話、割ともう広まっているみたいでさ。同じジムリーダーのデンジやスズナが知っているのはわかるが、チャレンジャーも結構知ってたりするらしい」
ジムリーダーはリーグに認められたトレーナーであるため、何かしらの理由で代理や交代をする場合はポケモンリーグから正式に通達される仕組みになっている。今回の場合、スモモが留学によって不在になるため代理としてカイムがジムリーダーに就任することが既にポケモンリーグから通達されていた。この通達はジムリーダー達には直接伝えられ、チャレンジャー達はポケモンリーグのお知らせから知ることができる。そのためチャレンジャー達が知っていてもなんらおかしいことはないが、ジムリーダーになりたてのカイムはその仕組みを知らない。
「代理になったことでなんでチャレンジャーが増えるの?」
「新ジムリーダーじゃなくて、あくまで代理。代理の方が弱いだろうから楽にバッジをもらえるって思ってんだろ」
「失礼しちゃうわね」
実際は現時点ではカイムの方が強い。そのため代理だと舐めてかかって返り討ちにあったチャレンジャーは既に数人いる。
シロナとしては自身の弟子が舐められていることは許し難いことではあるが、ここでシロナが怒ったところでどうにもならないことを理解している。だからこれ以上言う気はない。
「そういえば、スモモちゃんはどこに留学にいくの?」
ジムリーダー代理を務める要因となったスモモの留学。これはカイム伝でシロナも聞いていた。シロナとしても外の世界を見て、自分にとっての強さとは何なのかを知ることは大切であると考えているため、スモモの行動は理にかなっていると考えた。
そして留学に行く以上、行く先が存在する。
「ガラル地方って聞いた。向こうの格闘タイプのジムリーダーと一緒に修行するんだとさ」
「ガラル地方!結構遠くに行くのね」
「なんでも、向こうの格闘タイプのジムリーダーは結構年齢層が近いらしくてな。稽古相手が欲しかったのかなんなのかは知らんが、二つ返事で受け入れてくれたらしい」
「ジムリーダー同士で切磋琢磨。いいことね」
「留学の費用はリーグの方が全額出してくれるんだと」
「へえ、随分高待遇ね」
カイムもいくらポケモンリーグといえどまさか全額負担するとは思っていなかったため、スモモから聞いた時は驚いたがすぐに合点がいった。
「スモモはジムリーダーとしての実績があるからだろ。前々回のリーグ、一応決勝リーグまでは出てたしな」
「そうだったわね。当たれなかったのは残念」
「ま、そういうわけだ。悪いな」
「仕方ないわ。学会はあくまで発表するのは私だしね。カイムにとってもいい刺激になると思ったけど、仕事を投げ出すわけにはいかないもの」
ジムリーダーとなった以上、チャレンジャーを相手にする必要があり、トバリシティは交通機関が整っているためチャレンジャーが比較的多い。加えてジムの運営などもやらなくてはならないため、今回の学会に参加できないことは仕方ない。
「場所は?」
「アラモスタウンよ」
「期間は?」
「発表自体は二日目だけど、学会全体は四日間あるわ。四日目の夜は社交会もあるみたい」
カイムはスマートフォンを突きアラモスタウンの画像を表示させた。
「アラモスタウン、ね。まだ行ったことないんだよな」
「あら、興味ある?」
「あの時空の塔がある街だろ?テンガン山とは別の形でディアルガとパルキアを祀っている塔だ。気にはなる」
神話に関わり、そして歴史的価値もある塔だ。未熟とはいえカイムも学者。専門分野に関わる存在に興味を持たないわけがない。
「やりの柱とは違って比較的新しいものだけどね。神話の時代からあるものではないけど、でも関わりがあるのは事実だから気になるのもわかるわ」
「あそこ、公共交通機関があんま整ってない場所だからなかなか行けねえんだ。どっかの機会で行けたらなとは思ってたんだが……まあ仕方ないわな」
任された仕事は徹底的にやる真面目なカイムが仕事を放り出すことはない。わかってはいるが、少し残念だと思ってしまうくらいは許されるだろう。
「また今度行きましょ」
「そうだな」
内心で『寂しくなりそう』と互いに考えたが、口にすることはなかった。
*
風を受けて靡いた髪を抑えながら、街に続く橋をスーツケースを引きながら歩く。
「アラモスタウン、ね」
巨大な塔が聳え立つ街、アラモスタウン。
ミオシティからはさほど離れていないが、非常に辺鄙な場所にあるためシロナがシンオウ地方の中で訪れたことがない数少ない場所だった。
巨大な湖の中心に浮かぶ大きな島に造られた街は高低差が大きい。また、建物も特徴的で屋根が波打つような見た目をしているものが多い。
「すごい特徴的な街…アルトマーレに少しだけ似てるかしら」
アルトマーレもアラモスタウンも『水の上にある街』という点では共通している。尤もアルトマーレは海、アラモスタウンは湖と存在している場所がかなり異なり標高などの地理的条件もかなり異なるため街そのものの特色は随分違う。
「街に繋がるのは一本の橋だけ…この橋が崩れたら文字通り孤島になっちゃうわ」
アラモスタウン周辺はシンオウ地方の中でも災害が非常に少ない。元々シンオウ地方自体が災害が少ないのだが、その中でもこの周辺は一際少ないというデータがある。街を繋ぐ橋が一本しかなくともそれで十分外界との繋がりが持てるという確証があるからこそ一本しかないのかもしれない。
(…アラモスタウンの災害が少ないのって、ディアルガとパルキアの加護があったりするのかしら)
『時空の塔』と呼ばれた塔があり、その塔がある街の災害が少ない。何かしら因果関係がありそうな気もするが、さすがにそれは調査でわかるものではない。
橋の手摺りから橋の下を見てみる。静かな水面が広がっているが、高さもあるため水面以外は見えない。
「…この街、大きなメサの上にできた街なのね」
断崖の遥か下部の形が特徴的なねずみ返しのような形をしている。これは長い時間をかけて岩が水によって削られたためにできる形状だ。
元々は地殻変動などで飛び出した地層なのだろうが、下層の方が柔らかい地質だったためこのような形状になったのだろうとシロナは考えた。
街に入ると、街は穏やかながらも活気がある街並みで他の街では感じられない空気をシロナは感じていた。
アルトマーレの時とは違う異国風の街並みだが、空気はシンオウ地方特有のものと大差ない。どのような歴史かこの街にあるのかを考え、シロナは胸が躍るような気分になった。
「この街にはどんな歴史があるのかしら。楽しみね、カイ…」
右側に視線を向けるが、普段いる最愛の人物の姿は無い。ここ数年、このような歴史的価値のある場所や初めて訪れる場所には必ずカイムの姿があった。だからつい癖でカイムの名前を呼びそうになってしまったがここに彼の姿は無い。
「…そっか。今回はいないのよね」
わかってはいたが、やはり寂しく感じる。
だがカイムがいないだけで何もできなくなるようなことはない。しっかりと発表を終わらせ、堂々と戻っていこうとシロナは気を引き締めるのだった。
宿泊先に荷物を預けてシロナは街の散策に出かけた。
街中は自然を多く残しており、建物の形もシロナの生まれたカンナギタウンや現在住んでいるミオシティ(正確にはミオシティ付近)の街並みとも異なる。その土地に最適な建物の形になった結果だろう。歴史的観点からも家屋や建物の形状は土地の気候や性質に合わせたものとなる。アラモスタウンのこの建物の形状もつまりそういうことなのだろう。
「綺麗な街ね…」
しばらく歩くと、どこかへと続く入り口のようなものをシロナは見つけた。
アルトマーレの秘密の庭園への入り口とは違い、隠されたような雰囲気はない。アルトマーレの庭園は街そのものを守るために必要となる拠点だったため隠されていたが、そういうものはそうそうない。複数の人の気配もする。
「…ここ、庭園かしら」
入り口から入ると、噴水のある庭園に出た。
静かで、それでいて明るい庭園はとても心地の良い場所だった。
「綺麗ね…」
「あれ…もしかして…」
突如聞こえた声の方向を見ると、金髪の女性が立っていた。ピンクの服に黒いスキニーという出立ちで、優しげな雰囲気がある。
「もしかして、チャンピオンのシロナさんですか?」
「ええ、そうよ」
「わあ!すごい!こんな有名人に初めて会いました!」
少し興奮気味に言う女性はあっという声と共に居住まいを正した。
「すみません、興奮しちゃって。よくバトルテレビで見てたもので…」
「ふふ、見てくれてたのね。嬉しいわ」
「えへへ…あ、申し遅れました。私はアリスです」
「アリスさんね。知っていると思うけど、私はシロナよ」
シロナは手を差し出し、アリスはそれを握り握手を交わした。
「シロナさんがアラモスタウンに来ているなんて思いもしませんでした」
「考古学者もやってるからね。今回は学会の発表で来たのよ」
「学会…ああ!今度ホールで行われる考古学学会ですね」
アリスと名乗った女性は学会の存在を認知していた。もしかしたら彼女自身その学会、または会場に所縁のある人物なのかもしれない。
「あら、知っているの?」
「はい。私、この街のガイドもやっているので街のイベントは大体把握してます」
「ガイドさんなのね」
見たところ、アリスはカイムよりも歳下で学生くらいの年齢に見える。それなのにガイドもやっているということに感心と僅かなシンパシーを感じた。
「よければ、この街をご案内しましょうか?」
「あら、それは嬉しいわ。この街のこと、詳しく教えてくれる?」
「お任せください!ではまずこの庭園からご案内しますね」
アリスに連れられて庭園を進んでいく。
庭園はとても綺麗に手入れされており、野生のムックルやミツハニーなどのポケモンの姿も見える。僅かだが、人の姿もある。
「この庭園は昔、ゴーディという建築家がデザインした庭園です。人とポケモンが触れ合えるようなそんな場所を作りたくてできた場所みたいです」
「人とポケモンが触れ合える場所…いいわね」
アリスの言った通り、この場所は人にもポケモンにも居心地が良いように設計されている。どちらの立場にも立った上でできた場所というのも中々珍しい。大体人間本位でできるパターンが多いが、この庭園はポケモンに対して非常に配慮できているのがわかる。
「この庭園の中にも色々あるんですよ。モザイク色彩が施された道や神殿のような建物、それに噴水もあるんです」
「そのゴーディさんが優れた建築家だったことがよくわかるわね。この庭園はいつ頃できたの?」
「資料によりますと、100年以上前です。あの時空の塔ができるのとタイミングはほとんど同じですね」
「もしかして、あの時空の塔もそのゴーディさんが?」
「はい。この街に残されているものの多くにゴーディさんが関わっています」
アラモスタウンがいつ頃から存在する街なのかはわからないが、この街の発展にゴーディが関わっていたことはアリスの話からわかった。
「この街を発展させた人なのね」
「はい。私の祖母とも交流があったみたいです」
「あら、そうなの?凄い人と交流があったのね」
「何度か祖母から話を聞きました。結構良くしてもらってたみたいです」
祖母の話をしている時のアリスは僅かに声のトーンが上がっている。どうやらアリスは祖母に対して大きな親愛の情を抱いているらしい。
「この噴水でよく祖母の話を聞きました。ゴーディさんのことだけじゃなく、時空の塔や『あのポケモン』の話も」
どこか懐かしそうに目の前にある噴水に目を向けながらアリスはそう言った。この噴水はアリスにとって祖母との思い出がある大事な場所なのだろうとアリスの視線からシロナは予想した。
「あ、すみません。私の身内の話ばかり…」
「この場所は、貴女とお祖母様にとって思い出の場所なのね」
「…はい。ここで私はよく祖母に草笛を吹いてもらっていました。とても綺麗で、私は祖母の草笛を真似して自分も吹けるように練習したりもしてました」
照れ臭そうに笑うアリスの表情を見てシロナも笑う。
アリスの言葉からは確かな家族への愛情を感じた。祖母を慕い、尊敬していたからこそ初対面のシロナに対しても祖母との思い出を語ってしまったのだろう。無論それで不愉快になるようなシロナではない。寧ろ心温まるようなアリスの話を聞けてよかったと思っている。
「アリスさん、草笛なんて吹けるのね」
「はい。いくつか曲も吹けるんですよ」
「すごいわね。どんな曲が吹けるの?」
「結構色々できます。みんなが知っているような曲も吹けますし、知らない曲でも楽譜を見れば大体吹けます」
「あら、楽譜が読めるの?」
「はい。私、音楽の学校に行っているので。普段は学生として音楽を学んでいてアルバイトとしてガイドをやっているんです」
アリスは普段、音楽学校の生徒として音楽を学んでおり、ガイドはアルバイトの一環らしい。
彼女が音楽の道を志すようになったのも、祖母の影響がありそうだなとシロナは予想した。
「音楽学校の生徒さんなのね。だから楽譜も読めるんだ」
「はい。音楽を学ぶ身としては楽譜は読めて当たり前ですから」
「そうなのね。ねえ、良ければ草笛で何か吹いてみてくれない?」
シロナは今まで草笛というものを聞いたことがなかった。草笛という存在は知っているが、今まで音楽にはあまり触れてこなかったため生で聞くことはなかった。だから草笛というものに興味を持ち、聞けるなら聞いてみたいと思い、アリスに頼んでみた。
いきなりだし断られるかなと思っていたが、アリスの反応は違った。
「私程度のもので良ければお見せしますよ!」
「嬉しいわ。お願いするわね」
「はい」
アリスは近くの茂みから葉っぱを一枚取り、噴水に腰掛けた。シロナもアリスの隣に腰掛け、アリスの演奏に耳を傾ける。
アリスは葉っぱに口を添えて、吹き始めた。その音色は草笛とは思えないほど澄み渡り、心地よくシロナの耳に響く。アリスの吹く曲は聞き覚えのないものだった。その曲は荘厳だが、優しくて美しい。そしてどこか悲しげな曲に思えた。聞いていてとても穏やかにな気持ちになれる、そんな曲だった。
吹き終えたアリスにシロナは拍手を送った。それを受けてアリスは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、とても綺麗な音色だったわ」
「ありがとうございます。そう言ってもらえて嬉しいです」
「今の曲、なんていう曲なの?初めて聞いたんだけれど」
今聞いた曲は、シロナの人生の中で聞いたことのない曲だった。どんな曲なのかはわからないが、シロナはこの曲がとても気に入った。
「『オラシオン』という曲です。私の祖母が教えてくれました」
「オラシオン…どういう曲なの?」
「どういう曲想なのかは私もよく知らないんです。でも、ポケモンを癒し、落ち着ける効果のある曲だということは知ってます」
「そう…とてもいい曲ね」
シロナとしてもこのオラシオンという曲は気に入った。聞いていてとても穏やかな気持ちになれるだけでなく、この曲に込められた優しさを聞くだけで感じられるからだ。素人であるはずのシロナですらそれがわかるほど洗練された曲。この曲を作った人物がアリスの祖母かゴーディかはたまた別の誰かかはわからないが、何か大切なことをこの曲に込めたように思えた。
「素敵な曲だわ。音楽は素人の私でもきっと大切なことをこの曲に込めたことがわかるわ」
「オラシオンって、異国の言葉で『祈り』って意味なんですって」
「祈り、祈りか…」
作曲者がどのような祈りを込めたのかはわからない。だがきっとそれは優しい祈りだったということはわかる。そしてその祈りを込めたオラシオンという曲がこうして現代まで引き継がれていることにシロナは人の繋がりの偉大さを感じた。
「素敵ね。このオラシオンという曲も、この曲を引き継いできた貴女達の歴史も」
「シロナさんにそう言ってもらえて光栄です。きっと祖母も誇らしく思っていますよ」
「そう言ってもらえるなら嬉しいわ」
アリスは立ち上がり、シロナに手を差し出す。
「じゃあ次の場所に行きましょう!次はあの時空の塔です」
「お願いするわ」
シロナはアリスの手を取り立ち上がると、アリスの後を追った。
「これが時空の塔…」
気球に乗ったシロナは街中に聳え立つ時空の塔の大きさに圧倒される。リュウラセンの塔とはまた違った威圧感のある塔だが、街の雰囲気によく馴染んでいる。
「こうして見ると本当に大きいわね」
「この塔の展望台はとってもいい眺めなんですよ。気球とはまた違った良さがある眺めなんです」
「いいわね。あとで見てみたいわ」
「この後ご案内しますね。まずは簡単にこの時空の塔についてご説明します」
気球の進路をずらして時空の塔全体が見える場所に移動すると、アリスは話し始める。
「この時空の塔は先程の庭園と同じ建築家、ゴーディが設計して建てたものです。2本の塔が並んでいるように見えると思いますけど、片方は時間の塔、もう片方を空間の塔と呼びます。もうお分かりだとは思いますが、シンオウ地方の神話に出てくる神として崇められるポケモン、ディアルガとパルキアを象徴したものです」
神話のポケモン、ディアルガとパルキア。この二体のポケモンがこの世界を時間と空間の二重螺旋で構築している、という話をアカギがしていたことをシロナは思い出す。
実はテンガン山でこの二体に出会っているのだが、わざわざ言うことでもないと考えたシロナは黙ってアリスのガイドを聞き続けた。
「この塔、実はとても大きな楽器なんです。音盤と呼ばれるものを指定の場所にはめ込むとその音盤に合わせた音色を鳴らしてくれるんですよ」
「え?この塔楽器なの?」
「はい。内部にカラクリ仕掛けの音叉がありまして、さっき言った音盤ごとに別の曲を響かせてくれるんです」
「この大きな塔が…楽器…」
シロナは驚愕した。
これほど大きな塔がまさか神を祀るだけでなく楽器としての機能もあることに驚いた。これほど大きな塔を楽器にするという発想もだが、音盤ごとに異なる曲を響かせることが可能となる緻密な設計、そしてそれを可能とした建築技術が百年以上前に存在していたことには脱帽せざるを得なかった。
「……これだけ大きな楽器を動かすとなると、それなりに大きな原動力が必要となると思うのだけれど、原動力には何を使っているの?」
かつてアルトマーレを訪れた時、博物館に『邪悪を祓う機械』が展示されていた。初見でシロナは見抜くことはできなかったが、機械の知識も持っていたカイムは何となくその機械の原動力が何なのかを見抜いた。それはポケモン…ラティアスやラティオスの生命エネルギーであり、彼らを生きたバッテリーとして使うことが作動に必要な条件だった。
この時空の塔はあくまで楽器としての機能しかないため、ポケモンの生命エネルギーを使うことはないだろうが、かつてそういうものがあったという事実は存在するためシロナは少し躊躇したが聞いた。
だが返ってきた返答はシロナが危惧したようなものではなかった。
「電気です。古いものなので結構電気を使いますしチャージの時間もかかりますけど当時の中ではかなり省エネな方だったみたいですよ」
「そう。百年以上前だものね。その時代にこれだけ大きな塔を建てて楽器にする技術があるだけでも凄いわ」
平然と返しているがシロナは少しだけ内心でほっとした。危惧したような暗い歴史があるものではないと確信できたからだ。
無論シロナはアルトマーレの暗い歴史を『悪いもの』として認識しているわけではない。そのような暗いものも人々とポケモンが積み上げてきた大切な記憶だ。たとえ暗いものであったとしてもその歴史の真意を知りそして後世に伝えていく。それが考古学者だ。だから暗いものであったとしてもちゃんと向き合い、記録する。
だがやはり、暗い歴史というものは無いに越したことはない。知りたくないのではないが、シロナも心優しい人種であるためその歴史を残した人々の心を考えて心を痛めることがある。カイムほどではないにしろ、何も感じないわけではない。
「街の中では比較的新しい部類ですよ。この街自体は時空の塔ができる前からありますし、他にも色々と街の中にはあるんです。ただあの時空の塔が一番目立つってだけなので」
「百年って私たちから見ればとても長いけど、今まで人とポケモンが積み上げてきた歴史の中ではほんの僅かな期間だものね。でもその期間が長くても短くても、そこに生きた存在が遺したものはちゃんと全てに意味があると私は思うわ」
歴史とは、その時代に生きた存在が何を為していき、そしてどのように消え去ったかだ。
故に時間の長さだけで歴史の重みというものは決まらない。大切なことはその事実にどのような意味があり、そしてそれから何を得るのかだとシロナは考えており、助手であるカイムにも常々そう言い聞かせている。
ゴーディが何を思ってこの塔を創ったのかはわからない。もしかしたらゴーディにしかわからない大切な使命のために創られた塔なのかもしれない。しかし、この塔が今も人々に愛され、そして大切にされているという事実は、この塔を創り上げたたくさんの人々の行動に意味を与えているのだとシロナは思った。
「これだけのものを創り上げる…どれほど大変なことなのか想像を絶するわ。でもこれだけのものを創り上げるだけの熱意と信念は敬意を持たざるを得ないわね。並大抵の努力じゃないことはよくわかる。この時空の塔が創られた理由って伝えられているの?」
「はい。ただ少し曖昧ではあります。私にはちょっとわからないものですけど」
「良ければ聞かせてくれる?」
「うろ覚えですけど、なんでも今後来る可能性のある戦いに備えて、みたいな感じだったらしいです」
「戦い…」
その戦いが何を意味するものなのかはわからない。このアラモスタウンの人々とポケモンが『何か』と戦うのか、それともアラモスタウンが戦場になるという意味での戦いなのか。少なくとも今のシロナにそれを判断する術はない。
「気になるけど、これ以上分からないなら仕方ないわね」
「すみません。これに関しては公的な資料には何も残されていなくて」
「貴女が謝ることじゃないわ。それより、時空の塔に入ってみたいわ。案内を頼める?」
「お任せください!」
ーーー
「下から見るとまた違った威圧感があるわね」
高く聳え立つ時空の塔を見上げてシロナは呟く。
気球や街の外から見た時とは違った見え方をする時空の塔は非常に荘厳な雰囲気を持っていた。そして近づいたことにより塔の装飾の細かさがよく見え、製作者のゴーディの腕がどれほどすごかったのかが一目でわかる。
「見え方が違うと、雰囲気もなんとなく変わりますよね」
「物事には必ずいろんな側面があるからね。見え方というのも視点が違えば異なるものになるものよ。一つのものにもたくさんの視点から見ることが大切。一つの視点からでは決して見えないものもあるから、何事も一つのことに捉われないことが学者として必要なの」
「なるほど…?」
「ふふ、難しかったかしら。ごめんなさい、らしくないことしたわ」
「…シロナさん、もしかして普段誰かに指導とかしてるんですか?」
アリスの言葉にシロナは目を丸くする。
シロナの本職はあくまで学者。他者に教えを授ける『教師』や『師匠』ではなく、学び繋ぐことを目的とした職業である。故にそのようなことを言われるとは夢にも思っていなかった。
「え?」
「なんかこう…今の口調が誰かに指導してる感じがしました。もしかして研究室の生徒みたいに指導している方とかいらっしゃるんですか?」
なかなか鋭い知見だとシロナは思った。
実際シロナは二年以上トレーナーとしても学者としても一人の男性を指導してきた。それ故か、どことなく教師のような雰囲気が出ていたのかもしれない。
「よく気づいたわね。そうよ。弟子がいるの」
「そうなんですね!初めて聞きました。あ、でもそれはトレーナーとしてですか?それとも学者として?」
「どちらも、ね」
右手で髪を耳にかけながらシロナは言う。その手には赤い指輪が光っていたが、アリスはそれに気づくことはない。
「あれ?アリスじゃないか」
と、そこで新たな声が響く。
声がした方を向くと、眼鏡をかけた男性が優しげな笑みを浮かべながら立っていた。
「トニオ!」
「やあ、アリス。奇遇だね」
「トニオはまた調査?」
「まあね。それでこちらの方は…」
トニオと呼ばれた青年はシロナに視線を向けた。
「紹介するわ。こちらシンオウ地方チャンピオンのシロナさんよ」
「シロナよ。よろしくね」
「チャンピオン!やっぱり見たことあると思った」
青年は興奮気味に声を上げた。やはりシンオウ地方ということもありシロナの知名度は高い。あまりバトルに関わらない人間ですらシロナの存在は認知しているため不思議なことではないが。
「シロナさん、こちらはトニオです。私の幼馴染で時空の塔についても詳しいんですよ」
「トニオです。お会いできて光栄です、チャンピオン」
「よろしくね、トニオくん」
握手を交わして挨拶を済ませる。
「お二人は時空の塔を登るんですか?」
「ええ。アリスさんの案内でね」
「そっか。アリスはガイドだもんね」
「そうよ。あ、そうだ。よければトニオもどう?時空の塔についてはトニオの方が詳しいでしょ?」
見たところトニオは何かしら調査などをしていたのかメモ帳や資料などが入ったカバンを持っている。彼もなにかの学者なのかもしれない。
そしてなにやらアリスの声のトーンが少し高くなった気がした。このトーンの上がり方は見覚え、というか身に覚えがある。
「僕は構いませんけど、シロナさんは…」
トニオとしてはこんな美人な有名人と行っていいのかという気が引けるというのがあった。
とはいってもシロナはそんなこと気にしない。
「構わないわ。よければ時空の塔の解説とかしてくれる?」
「いいんですか?」
「詳しい人に聞くのが一番でしょ?ね、アリスさん」
「そうですね、その通りです!」
「…じゃあ、ご一緒させてもらいます。早速いきましょうか」
トニオは時空の塔に向けて歩き出した。
アリスとシロナもその後に続くがアリスの足取りは先程よりもどこか軽やかに見える。
(…もしかしてアリスさん…)
シロナは一つ予想を立てたが、会ってまだそう時間の経っていない人間に対してその質問を投げかけるようなことはしなかった。
トニオの後に続き、螺旋階段を三人は登っていく。
「今登っているのは空間の塔です。こちらはパルキアの空間を象徴した塔になっています。今はまだ階段なので空間を象徴するものは見えませんが、もう少し上がれば広間に出ます。そこに空間を象徴するものがありますので」
「この塔、両方の塔同士ちゃんと繋がっているのね」
「はい。両方の塔は橋で繋がっています。広間同士行き来することができますよ」
そう話しているうちに三人は空間の塔の広間にたどり着いた。
広間には一定軌道を回る巨大な球体が存在していた。
「これが空間を象徴するオブジェです。パルキアの力をイメージしてできたものだと記録には残されています」
「パルキアは空間を司る神…この球体は私たちが存在する『宇宙』、そして『地球』という空間をイメージしているのね」
「流石です。僕の解説は必要無さそうですね」
「すごいですシロナさん。一目見ただけで何を意味しているのかわかるんですね」
「色々なものを見てきたからね。専門外のことでもそれなりに知識はあるから、それらと今トニオさんから得た情報を照らし合わせて推測してみただけよ」
実際あらかじめ何を象徴しているのかを知っていればそこまで難しいことではない。シロナは神話が専門であるためパルキアやディアルガなどの神として崇められるポケモンについてはトニオよりも詳しい。事前情報があればオブジェが何を象徴しているのか予想するなどシロナにとってはそう難しいことではない。
「神話ですと、アルセウスが何もない無の空間に生まれて、そしてディアルガ、パルキア、ギラティナを産み世界を創ったとされていますね」
「あら、ギラティナのことも知っているのね。みんなが知っている神話だとギラティナのことはあまり語られていないのに」
「ギラティナ?トニオ、そんなポケモンいるの?」
「うん。時間を司るディアルガ、空間を司るパルキア…そして世界の裏側から支えるギラティナというポケモンがいるんだ」
「へえ…そのギラティナはどうして私たちみたいな一般人でも知っているような神話にはいないの?」
「言い伝えだとギラティナは乱暴者でね。裏側の世界に追放されたんだって」
シロナは数ヶ月前にギラティナのいる破れた世界に行った時のことを思い出す。時間も正常に流れず空間も安定していない世界にいたギラティナ。あの時は非常時だったからか、あまり伝承のような乱暴者の気配はしなかった。ヒカリとのバトルがどんなものだったかはわからない。あの時はシロナ自身もアカギとのバトルに手一杯だったからそちらに気をかけている余裕はなかった。
だがシロナ達が去る時に聞こえた鳴き声。あれには感謝のような雰囲気を感じた。乱暴者なのは間違いないのかもしれないが、シロナには義理堅いように思えた。
「そんなポケモンがいたのね」
「ディアルガとパルキアほど有名ではないかもしれないけど間違いなくこの世界を支える存在だね」
「私たちの生きている世界も彼らの存在があってこそということね」
「そうですね。じゃあこのまま隣の時間の塔にいきましょう」
空間の塔から時間の塔に移動する橋の道中、何か大きな機械の設備がありシロナはそこで足を止める。
「この機械…」
「ああこれですか。シロナさんはこの時空の塔が楽器だということは知っていますか?」
「ええ。アリスさんから聞いたわ」
「そうでしたか。この時空の塔は世界最大の楽器でして、この機械は時空の塔を音楽として作動させるための機械なのです」
トニオが機械に近づいていき、機械の中心部の歯車のようなものがはめ込めそうな部分を指して続ける。
「この場所に音盤をはめ込むことでこの塔は音楽を流すことができるんです」
「すごいわね。こんな大きな楽器を人の手で持てるサイズの音盤だけで制御できるなんて。ゴーディという建築家が百年以上前にこれだけの技術を使えたことだけじゃなく、これにかけた思いの大きさがそのまま塔の完成度を示しているようだわ」
「だってさ、トニオ」
「はは、そこまで褒めてもらえると僕も嬉しくなるな」
トニオの言葉の意味がよくわからずシロナは首を傾げる。
それをみたアリスはシロナに言った。
「トニオはゴーディの子孫なんですよ」
「え⁈そうなの⁈」
「ええ、まあ」
トニオは困ったように笑いながら言った。
この事実にはシロナも驚きを隠せなかった。なにせ先程まで聞いていたゴーディがどれほどの偉業を積み重ねてきたかを聞いたばかりで、この街の発展に大きく関わった人物だと認識していた。だがまさか目の前の青年がその人物の子孫だとは夢にも思わなかった。
「とても立派なご先祖さまがいるのね」
「はい。とても誇らしいです。だからこそ僕はその先祖が何を思ってこの塔を創ったのか、何がゴーディをそこまで掻き立てたのかを知りたかったんです」
「その口調からすると、理由があったってことよね」
「ええ…でもその理由が詳しく記録に残っていなくて…」
「トニオは、それを知るために時空の塔や街全体の歴史をずっと研究しているんですよ」
街の歴史から先祖の思いに辿り着こうというなかなかハードな道をトニオは進んでいた。
本人が残した記録が無い以上、その真意を知るのは難しい。だがそれでも知るためにその道を選んだトニオをシロナは尊敬した。
「とりあえず時間の塔へ移りましょう。そこでお聞きしたいことがあればお答えしますよ」
「ええ、お願い」
時間の塔の広間には、巨大な振り子が一定周期で揺れていた。
「こっちが時間の塔…これは振り子ね」
「時という『周期』を象徴しているオブジェです」
「時間だからディアルガをイメージしているものね。時という止まることなく流れていくものを象徴とする上で、時と直結してイメージしやすい『時計』…その中でも原始的かつ今もなお使われている『振り子時計』の振り子を使っているのね」
広間に設置されたベンチに三人は腰を下ろす。
トニオのカバンにはメモ帳やら資料やら色々なものがつめられており、見るだけで学者であることがわかる。
「トニオさんも学者なのね」
そうシロナに言われたトニオは困ったように笑いながら言った。
「学者…と言われるほど立派なものではありませんけどね。僕はただ、これほどのものを創り上げることができたゴーディの情熱の源がなんだったのかを知りたいんです。彼はどんな思いでこの塔や庭園を創ったのか」
「その思いを知りたい、というだけでそこまで調べられるのも立派だわ。その心意気を捨てずに調査を続けていればいつか必ず貴方なりの結論を見出せるはずよ」
「シロナさんにそう言ってもらえるなんて、光栄です」
トニオは揺れる振り子に視線を移しながら言う。
「ゴーディが何を『見た』のかはわかりません。でも、これだけのものを創った先祖のことを僕は誇りに思います」
優しく笑いながらトニオはそう言った。
「いい心がけね」
「じゃあ次に行きましょう。僕がまともに案内できるのは時空の塔くらいですが、他の街の名所ならアリスが知っていますから」
「任せてください!」
「ふふ、頼もしいわ。お願いするわね」
その後シロナはアリスとトニオと共にアラモスタウンの至る場所を巡った。歴史的観点からの解説はトニオ、単純に街としての特色はアリスが解説することでそこいらのガイドと比較してかなりアラモスタウンのことを知ることができ、シロナにとって非常に有意義な時間だった。
夜
「いいお店だったわね。さすがガイドさん、名店もしっかり抑えているわね」
夕食を終えて三人は街道を歩く。
あのままアラモスタウンを巡っていき、気づけば日も暮れたいた。そこでシロナの提案で三人で夕食を食べることにし、現在はその帰りであった。
「すみません、まさかご馳走してもらうなんて…」
シロナはアリスとトニオの夕食代も立て替えていた。二人が支払いをしようとした時には既にシロナが払い終えており、返すと言ってもシロナが断固として受け取ろうとはしなかった。
「いいのよ。二人のおかげで今日はとてもいい日になったのだから。そのお礼」
「でも…」
「私にとってとても貴重な時間だったから気にしないで。それにこのガイド、正式なお仕事じゃないからアリスさんアルバイト代出てないでしょ?ほぼ後付けの理由だけど、ガイド代だと思って」
「じゃあ僕はお返ししますね。僕はガイドじゃありませんし」
「トニオさんも。貴方の研究してきた知識、とてもためになったわ。この街を歴史的観点から知ることにおいて貴方のは不可欠だった。だからその知識を聞かせてくれたお礼よ」
アリスとトニオは目を見合わせる。
シロナはこの様子だとどんな理由をつけても受け取ろうとはしないだろう。諦めたように二人は笑いシロナに向き直った。
「わかりました。諦めます。ご馳走様でした」
「そう、それでいいのよ」
楽しそうにシロナは笑い、美しい金髪を耳にかけた。その際右手の薬指にはめられた赤い指輪がアリスの目に止まる。
(指輪?)
その指輪について聞こうか迷っている間にシロナは二人に向き直った。
「今日はありがとう。とても楽しかったわ」
「こちらこそ。シロナさんに少しでもこの街について知ってもらえたなら幸いです」
「あ…わ、私も楽しかったです!」
一瞬指輪に気を取られていたがすぐにアリスも返事をした。
二人の返事を聞くと、シロナはカードを2枚取り出し二人に一枚ずつ手渡した。
「これ、私の連絡先。仕事用だけどね。あと数日この街にいるから何かあったら連絡して。私を連れていきたいおすすめの場所とかでもいいわよ」
ウィンクをしながら言うシロナに二人は嬉しそうに言った。
「わあ、ありがとうございます!調べなおしておきますね!」
「僕も何か聞きたいことがあれば連絡します。ありがとうございます」
「今日はありがとう。またね!」
手を振ってシロナは去っていった。
その後ろ姿を見ながらアリスはもらった名刺を眺める。
「まさかあんな有名人に会えるなんて」
「すごい偶然だね」
「本当。あ、そうだ。ねえトニオ」
アリスからの問いかけを受け、トニオはアリスに目を向ける。
「どうしたんだい?」
「シロナさんって、恋人いるっけ」
「え?」
予想外の質問にトニオは思わず聞き返す。
「なんで急に?」
話の流れからシロナの話題が上がるのはわかる。だがまさか恋愛事情についての話題になるとは思っていなかった。
突拍子であることはアリスも把握しているため、この話題を振った理由を話し始める。
「いやね、シロナさんの右手の薬指に赤い指輪がついてたの。右手の薬指って基本的に恋人の象徴みたいなところがあるからもしかしてって思ったの」
「それでか…うーん、少なくとも僕は知らないな。詳しくは知らないけど、シロナさんって結構プライベートが謎に包まれてるイメージあるし」
「そうよね…でもわざわざ指輪しているってことは、隠す気はあまりないのか、それともただのアクセサリーなのか…」
「そもそも指輪していることに言われるまで僕は気づかなかったよ」
トニオはファッションや色恋沙汰に疎い。だからシロナが指輪をしていることは気づかなかった。
「ま、トニオはそういうのあまり興味ないもんね」
「あ、あはは…」
(ほーんと、鈍いんだから)
内心で小さく毒づいたが、そういうアリスもトニオの気持ちには気づいていないため似たもの同士であることに変わりはない。
その内心を表には出さず、アリスはトニオと共に帰路につくのだった。
ーーー
シャワーを浴びて髪を乾かしたところでスマートフォンにメッセージが入っていることにシロナは気がついた。
差し出し人は、シャワーを浴びる前にメッセージを送った人物。
メッセージの内容は『好きな時にかけろ』の一言だけ。実にぶっきらぼうな彼らしい内容に少しだけ安心したシロナはスマートフォンを操作して電話をかける。
3コールくらいしたところで相手が電話に出た。
『お疲れ』
「ええ、お疲れ様」
電話から聞こえたのは低い聞き慣れた声。
「どう?変わりない?」
『ああ、特にないな』
簡潔な一言。当たり前のことではあるが、少しくらい何か言ってくれてもいいのに、とシロナは内心で零す。
だがそれを見透かしたように相手…カイムは続けた。
『ただ、一人いないだけでこの家はやたら広く感じる。静かすぎてちと落ち着かん』
「あら、もしかして寂しいの?」
カイムがこう素直に言うことは比較的珍しい。共に行けなかったことに対してカイムなりに何か思うところがあったのかもしれない。
その言動が珍しかったためシロナはそれについて少しからかうつもりでそう言った。
『寂しくない、と言えば嘘になる。ここ数年、シロナと丸一日会わない日はほぼなかったからな』
「…それもそうね」
だがシロナのからかいに対してカイムは真摯に答えてきたため、シロナは少しだけ罪悪感を抱くと同時に嬉しさが込み上げてきた。カイムもシロナと同じで少しでも寂しさを感じてくれていたことと、同じ気持ちを抱いていたことが嬉しかった。
「カイムは今何してるの?」
『トリトドンにシロナのバトル映像を見せてた』
「あら、恥ずかしい」
『思ってもねぇことを』
鼻で笑うカイムに対してなんでもないようにシロナは言う。
「バレた?」
『今更だろ。散々見てきたんだ』
実際シロナが戦う姿を収めた映像は散々見てきた。故に今更カイムに見られることなどシロナにとってはなんでもない。それどころかもっと見て成長に繋げてくれるなら師匠としてこれ以上のことはない。
『そっちは?学会自体は明日からだし、今日は大方観光でもしてたんじゃねぇのか?』
「鋭いわね。その通りよ」
『どうだった』
「いい街よ。色々と面白いものもあったしね」
『そうか』
「気になる?」
少しだけカイムの声色が変わったことをシロナは見逃さなかった。気になるものや興味があるものに対しては僅かだがカイムの声色は変わる。尤も、この違いを見抜けるのは長い時間を共に過ごしてきたシロナくらいだろう。
『ああ』
「帰ったら色々教えてあげるわ。時間ができたら、一緒に来ましょう」
『そうだな』
「ジムリーダー、どう?」
カイムは一瞬間を空けて答えた。
『思ってたより、難しい。相手ごとに加減を変えるのはジムトレーナーでもやってたが、ジムトレーナーだと多少弱くしすぎても問題なかった。でもジムリーダーはちゃんとチャレンジャーの『壁』として存在する。だからか…相手ごとにどのくらいの加減でやればいいか調整が難しい』
「そっか。同じジムバッジ取得数の子達が来るわけでもないものね。加減を覚えるいい練習になるんじゃない?」
『それはそうだが、一緒にやり慣れていないジム所属ポケモンだと加減が難しい。流石に所属ポケモン全員の特徴を覚えてはいないしな』
カイムの手持ちポケモンではさすがにチャレンジャーを相手にはできない。器用なルカリオやムクホークならともかく、エースであるブラッキーやバシャーモは加減が下手だ。カイムが加減してもポケモン側が加減を間違えるため基本カイムは手持ちを使わない。
「じゃあしばらくは加減の見極めが必要ね」
『ああ。今までは適当にレベルでバトルに出すポケモン選んでたけど、これからはバッジ取得数に応じて出すポケモンを固定させた方がいいと思った』
とはいえ、所属ポケモンのレベルも上がっていく。完全に固定するのではなく、ある程度決めておく程度の加減がいいだろうとカイムは考えた。
「考えて動けているじゃない」
『師匠の教えでな。何事も意味を考えた上で行動しろって』
「じゃあちゃんと実践できているわね。きっとその師匠も教えた甲斐があったって思っているわよ」
『だといいな』
シロナは会話をしながらホテルの部屋の窓を開けた。
時空の塔がライトアップされ、昼間とはまた違う雰囲気を纏っている。
「ねえ、カイム」
『ん?』
「今日ね、アラモスタウンに来た時…思わず貴方の名前を呼びそうになっちゃったの。いないってわかってたのにね」
『………』
道中も一人であったため、カイムの名前を呼んでしまうことはないと思っていたが、無意識に言ってしまった。それだけカイムの存在がシロナの中で大きくなっているということにシロナは少し驚いたが、同時に納得した。
「貴方がポケモンリーグのスタジアムで言ってくれた『隣にいたい』って言葉、本当に嬉しかったの。私も貴方の隣にいたかったから」
『そうか』
「リーグ終わってからずっと隣にいてくれたわよね」
『ああ』
「私だってもう大人だし、四六時中なんて無理なのはわかる。それでもやっぱりね、私…隣に貴方がいて欲しい。カイムと過ごすと、私は温かい気持ちになれるから」
シロナの人生の中でたくさんの人と出会ってきたが、共にいて温かい気持ちになって落ち着くのはカイムだけだった。
『へえ、嬉しいこと言ってくれんな』
「いいでしょ?本当のことだし」
『好きにしな。言われて悪い気はしねえから止める気は無い』
「貴方も言っていいのよ?」
『気が向いたらな』
素っ気無く返してくるが、なんだかんだ言う時は言うことをシロナは知っている。だからこれ以上突っ込むことはしなかった。
『明日は?』
「少し早いわ。朝に学会の始まりの挨拶を任されているから」
『なら早めに寝ろ。明日に響く』
「わかってる。でも、もう少しだけ」
『…あと少しだぞ』
こちらを気遣い早めに寝ることを勧めてくるが無理強いはしなかった。カイムとしてもシロナの声はできるだけ聞いていたい。だから止めなかった。
二人は電話越しに会話を重ね、そして程よいところで電話を切った。
カイムの声を聞けて良い気分になれたシロナは気持ちよく眠りに落ちた。
*
滞在四日目
学会の発表も無事に終わり、あとは翌日ある学会の参加者で行われる社交会に参加して帰還するだけとなった。
発表自体は全体的に高評価であり、有名な学者達と非常に有意義なディスカッションをすることができた。そのためシロナは非常に満足のいく学会になった。こういう人が集まる場所ではかなり若い女性であるシロナを良く思わない人もいる。そういう人々がシロナに意地の悪い質問をしてきたりもしたが、それを捩じ伏せることができるだけの知識がシロナにはあったため特別問題にはならなかった。
そして三日目の学会も終わり日が沈み始めている時刻の中、シロナは人を待っていた。
「シロナさーん!」
遠くからパタパタと走ってくる金髪の女性、アリスが手を振っていた。
「こんばんは、アリスさん」
「こんばんは〜。すみませんお呼びしちゃって」
「大丈夫よ。もう発表も終わってるから」
シロナは昨日、アリスからメールで空いている日はないかと聞かれた。シロナの予定は既に済ませてあるし、発表が終わった以上あとは気楽に街でも学会でも見て回れる。そこで今日の夕方以降なら時間を取れると返事をしたら、この時間を指定された。
「それで?今日はどこに連れていってくれるの?」
「私のイチオシのお店です。ご飯はもちろん、デザートが美味しいんですよ!」
「あら、それは楽しみね。じゃあ早速行きましょ」
「ご案内します!」
アリスに連れられていくと、そこは小洒落たカフェだった。確かに女の子が好きそうなカフェだが、男性の姿もあるため両性から人気のある店なのだろう。
「夕食は済ませましたか?」
「まだなの。ここ、ご飯もあるのよね」
「はい。大体なんでも当たりですよ」
「そう?じゃあ好きなの頼んじゃおうかな」
メニュー表を見てシロナはガパオ、アリスはカレーを頼んだ。
雑談を重ねているうちに食事が運ばれてきて、二人は食事に手をつけた。
「あ、美味しい」
「でしょ?何度か来たことあるんです」
「トニオさんと?」
「っ!…ち、違います。友達です」
「ふーん。そっか」
この様子から察するに友達と来た、とういのは本当だろう。ただ、トニオときたというのもほぼ間違いない。
「そういえば、トニオさんは?」
「あ、トニオは研究の方で手が離せないみたいなので」
「研究…彼はこの街の考古学について研究してたわね」
「はい。昔から勉強熱心なので。時空の塔の地下に研究室があるんです」
「時空の塔の、地下に?」
「元はゴーディの研究室だったみたいです。そこを今はトニオが使って研究してます」
「そう…その研究室には色々貴重な資料があったんでしょうね」
「あ、見たかったですか?時空の塔に行った時、トニオに言えば良かったかな…」
アリスの言葉にシロナは首を横に振る。
「興味はあるわ。でもそこは、今はトニオさんの研究室だもの。彼の研究に首を突っ込む気はないわ」
「そういうものなんですか」
「ええ。研究者は他の研究者の研究に深入りしないの。その研究室内の極秘のものとかもあるからね」
「へえ…」
何となく理解できなかったが、それでもそういう『礼儀』みたいなのが研究者の中にはあることはわかった。
そして気がつけば、食事を終えていた。
「美味しかったわ」
「よかったです。じゃあ次はお待ちかねのデザートです」
「待ってました!」
メニューを開き、デザートを物色していく。やはりシロナとしてはアイスが気になった。
「じゃあ、私はこのアイスクリーム」
「私はこのフルーツタルトで」
注文し、メニューを下げてもらう。
「シロナさんはいつまでここに?」
「明後日よ。学会は明日までだし、他の仕事もあるからね」
「もうすぐなんですね」
「ええ。だから今日は誘ってくれて嬉しかったわ」
程なくしてデザートが運ばれてきた。
「わあ、美味しそう」
思わずシロナはスマートフォンでアイスクリームの写真を撮っていた。
「じゃあ、いただくわ」
「はい、いただきましょう」
シロナはスプーンでアイスクリームを掬い、口に入れた。冷たさと甘味、そして僅かなフルーツの酸味が感じられシロナは思わず顔を綻ばせる。
「美味しい!」
「お気に召したようで良かったです。アイス、お好きみたいだったのでおすすめしてよかった」
「あら?私、アイス好きなこと言ったっけ?」
「この前食事した時、デザートのアイスをすごく美味しそうに食べてたのでそうなのかなって」
「よく見てるわね。その通り、好物よ」
実際シロナはアイスを選ぶために一時間かけたりするようなことをしでかすほどアイス好きだ。それで何度かカイムを呆れさせているが。
「やっぱり。当たっててよかった」
「ふふ、いい視点ね」
再びアイスを口にする。その時シロナの右手の指輪が輝いた。
その指輪がアリスの目に留まる。
「あ…」
「ん?どうしたの?」
「シロナさんの指輪、綺麗ですね」
「ああ、これ。気に入ってるの」
シロナは優しく指を撫でた。
「これね、前にアルトマーレに行った時に買ったものなの。アルトマーレはガラスが有名だから」
「へえ、アルトマーレ!あの水の都ですよね。いいなあ、行ってみたいなぁ」
「うふふ、いつか行ってみたらいいわ」
「誰と行ったか、聞いても?」
シロナの手が止まる。
「あ、すみません…プライベートなことを…」
「いいのよ。指輪の位置的に気になるわよね。貴女も女の子なんだし」
「……聞いて、大丈夫ですか?」
「ええ。別に隠してないしね。おおっぴらにもしてないけど」
シロナは小さく笑うと食べ終えたアイスクリームのスプーンを置く。
「そうね…『当時』は助手と行ったわ」
「当時…」
「今は、『彼氏』ね」
シロナの言葉にアリスは目を輝かせた。
「や、やっぱり彼氏さんなんですね!」
「まあね。彼も学者なの。だから今度は彼もこの街に連れてきたいの」
「その時は、またガイドしますよ」
「ふふ、お願いね」
「で、その彼氏さんについて聞いても?」
「ほぼ惚気になるけど、それでもよければ」
「是非!」
「あと、こちらが話すんだからアリスさんにもそれ相応に話してもらうからね」
シロナの言葉を聞いて、アリスは逃げられないことを確信し、この話題を振ったことをほんの少しだけ後悔した。
その後、二人はしばらく恋愛話に花を咲かせるのだった。
*
翌日
夜
シロナは学会発表が行われた大ホールで社交会に参加していた。
黒いドレスを着こなし、長い髪はアップにしているため普段と比べてかなり印象が違う姿だった。
社交会といっても学会に連なる者だけがいるわけではない。この街の貴族(のような人々)も参加している。中にはこの大ホールの管理人であるベロベルトを連れた人物の姿も見えた。
シャンパンを飲みながら会場を回っていると、当然ながら声をかけられる。声をかけてくるのは高名な学者や若くして多くの功績を挙げて成り上がり始めている若手学者などなど様々だ。
全員がシロナに対して好感を抱いているわけではない。学会内ではまだ若く女性であるシロナをよく思わない人やシロナという有名な存在を助手にして研究資金や知名度を上げようとする者、はまたまそれ以外の邪な心を抱いている者もいた。
無論全員がそういうわけではない。中にはシロナの実力を純粋に評価した上で共同研究をしないかと持ち出してくる者もいる。共同研究となると功績は半々。場合によってはシロナの知名度故にシロナの意図なく功績を持っていかれる可能性もある。それを理解した上で共同研究を申し出てきてくれることは素直に嬉しいが、シロナは誰とも組む気は無い。今の研究体制が気に入っているし、何よりカイムという助手が来てから研究は今まで以上に順調だ。わざわざ見ず知らずの人と組むメリットは特に無い。
そんな好意と悪意が入り交じった世界を歩いていればシロナでなくとも疲れる。体力的にはまだ平気だが、精神的に少し疲れたシロナは休憩がてら会場の隅の椅子に腰掛け飲み物を煽った。
「おお、シロナ君!」
休息を取っているシロナの元に一人の男性が近寄ってきた。
「オーキド博士!」
声をかけてきたのは、ポケモン研究の第一人者であるオーキド博士だった。
「ご無沙汰しております」
「久しぶりじゃのお。最後に会ったのは、いつじゃったかの」
「四年ほど前の学会でお会いしたのが最後かと」
「おおそうじゃった!ワシも忙しくての。あまり他の分野の学会を見に行ける機会がなかったんじゃ」
朗らかに笑うオーキドにシロナは小さく笑った。
「そうじゃ。先日の発表、見事であったぞ」
「ありがとうございます。ポケモン研究の第一人者にそう言ってもらえるなんて光栄ですわ」
「何を言っとるか。確かに生物分野ではそうかもしれんが、考古学分野では今は君が第一人者じゃろうて。もっと自信を持っていいんじゃぞ」
「いえ、まだまだ若輩者です。もっと努力しないと」
「ふうむ…素晴らしい向上心じゃな。ワシも見習わないと」
楽しそうに笑いながらオーキドはグラスに入った烏龍茶を飲む。
それを飲み干すとシロナの隣に腰を下ろした。
「しかし、大人気じゃな。色んな人に勧誘されとったじゃろ」
「ああ…」
どうやらオーキドは先ほどの色々な人に声をかけられていた姿を見ていたらしい。
「評価してくれるのはありがたいです。でも私は今の研究体制が気に入っているので」
「どういう体制で研究できるかというのは大切じゃからな。かくいうワシも、静かな場所で研究したくてマサラタウンに居を移したくらいじゃ。シロナ君が気に入っている体制なら、それが一番じゃな」
「はい。私もそう思います」
どんなに好きなことでも、続けるのならば環境というのはとても重要になる。ストレスの溜まりやすい環境で継続しても成果はなかなか出しにくいだろうが、逆に気に入った環境でできれば成果も上げやすくなる。
「しかし、君も何かと忙しいじゃろ。チャンピオンと学者の二足草鞋は中々大変にも思える。助手でも雇ってみたらどうじゃ?倒れてしまっては元も子もない」
「ご心配なく。実は三年近く前から助手を雇ってますから」
雇っている、という言い方は現在の関係を考慮すると随分異なる。だがわざわざ言う必要もないためシロナはこういう言い方をした。
「そうか。なら安心じゃな。何事も健康あってこそのもの。助けてくれる人がいるというのはとても大切なことじゃ」
「ええ。彼が来てくれたおかげで、とても助かってます」
(彼……ふむ、もしや?)
シロナの胸元で輝く赤い指輪とシロナの『彼』という言動。これらからオーキドはなんとなくその助手とどういう関係なのか察したが、特に突っ込むことはしなかった。
(シロナ君が認めたんじゃ。きっと良い人なのじゃろう)
オーキドはそう胸中でこぼした。
それと同時にシロナに言うべきことを思い出す。
「おおそうじゃ。今年もチャンピオン防衛したのだったな。おめでとう」
「ありがとうございます。知ってたんですね」
「これでもワシも元はポケモントレーナーじゃ。他の地方のリーグも観れるものは見ておるぞ」
そこでシロナは思い出す。
オーキドの孫であるグリーン。彼と戦い、シロナは勝った。だがその後彼がどうしているのかシロナは知らない。もしかしたらオーキドなら知っているかもしれないと考えたシロナはオーキドに問うた。
「博士のお孫さん…グリーンくんと戦いました」
「うむ。見ておったぞ。とてもいいバトルじゃった」
「その後、彼はどうしていますか?」
バトルが終わった時のグリーンの顔はよく覚えている。自分にとって足りないものはなんなのかを悟り、それを克服するために燃える彼の眼。バトル前にはなかった自信に溢れた口元。
あれを見た後、彼がどうなったのかシロナは気になった。
「グリーンか。この前ひょっこり帰ってきての。少しだけ話した」
「何を話されたんです?」
「いや何。ワシが前に言ったことがなんとなくわかったとだけじゃ。あの様子だと、納得はしてそうじゃが完全に理解するのにはもう少し時間がいるじゃろう」
「ポケモンリーグで、グリーンくんと戦いました。彼は非常に統率の取れたチームで、無慈悲に、冷酷にこちらを追い詰めることをやっていました。でもそれはとても無機質で、どこか薄寒いようにも見えたんです」
あそこまで統率が取れるチームはそうない。あれほど統率が取れているチームはプライドの高いドラゴンポケモンを複数チームに入れた上で凶暴なギャラドスを手懐けている四天王のワタルくらいだろう。
ワタルならまだわかるが、しかしそれをトレーナー歴一年未満の少年がやっていた。どれほどの才能があればあそこまでできるのかわからない。だが間違いなく、グリーンは現在名を上げる若いトレーナーの中でもレッドと並ぶほどの才能を持っているだろうことはわかった。
「…ワシはグリーンがどんな旅を経験したのかは知らん。じゃが、あやつのやり方ではまずトップには立てんよ。トレーナーごとにバトルの向き合い方は様々じゃ。だからあまりどうこう言う気はなかったんじゃが、今のあやつのやり方ではレッドには勝てん」
「……彼なりに、悩んでいたみたいです。博士に言われた言葉がずっと納得できなかったみたいで」
「ああいうのは負けん限り己の弱さを認められんからの。今回のリーグ、君に負けたことでようやく自分の弱さを認められたんじゃろう。君に負けられたからこそ、今あやつは新たな一歩を踏み出せたんじゃ」
「なら、よかったです」
グリーンが新たな一歩を踏み出すきっかけを作れた。それだけでシロナがあの時バトルした価値がある。バトルに価値を求めるのは違うかもしれないが、それでも今シロナはそう思えた。
「それで今グリーンがどうしとるかという話じゃったな」
「はい。彼は今どうしているんです?」
「なんでもロケット団のボスであったサカキが姿を消して以来、ずっと欠番であったトキワジムのジムリーダーになったらしい。どうしてそういう考えになったのかは知らんが、あやつなりに考えた結果らしい」
グリーンは現在、トキワジムでジムリーダーをしているとのことだった。セキエイ高原ポケモンリーグ準優勝者が何故ジムリーダーになろうと思ったのか。その経緯はオーキドでも定かではないが、グリーンなりに考えた結果そういう行動に出たのならシロナが言うことはない。
「自分で言うのもアレじゃが…ワシも若い頃はトレーナーとしてバリバリやっとったからの。ワシの孫なだけあって、トレーナーとしての才能はあったのかもしれん。じゃが、あやつは才能にかまけてポケモンと己と向き合うことをしてこなかった。端的に言えば、自惚れていたのかもしれん。今回のシンオウリーグで負けたことによって、ようやくあやつもポケモンと己に向き合うことができた。孫を負かしてくれて、ありがとう」
わざわざ『負かしてくれて』というのも中々おかしな話ではあるが、オーキドからしたら孫の成長の一助になってくれたある意味恩人。礼を言うのは当然だった。
「いいえ。私はただ楽しんだだけなので。でも、助けになれたのなら幸いです」
「キミならそういうと思ったわい。そうじゃ!お礼と言ってはアレじゃが、君に渡したいものがある」
「え?」
なんだろう、と少々身構えたシロナにオーキドが渡してきたのはクリアファイルに保管された一枚の紙だった。
「…これは?」
「この前ワシがカントー地方の…確かシオンタウンじゃったかな。そこにいた老人にもらったんじゃよ」
「老人…?」
「名乗りはせんかったから名前はわからんがな。どうにも訳ありな雰囲気じゃった」
「それで、博士は何故この海図を私に?」
「その海図に記された場所には珍しいポケモンがいる…らしい」
オーキドの言葉はなんとも煮え切らない感じの言葉だった。だがオーキド本人も好きでこんな言い方をしているわけではない。
「この海図をくれた老人がそう言っておった。なんでワシにくれたのかはわからんが、一言『貴方が優しい人だとわかったから』とだけ言っておった」
「優しい人…」
「まー彼の真意はわからんが、頼みこまれてしまっての。断りきれんかった。それにワシも研究者として興味はあった」
だが、とオーキドは続ける。
「この海図周辺、君ならどこかわかるじゃろ」
そう言われてシロナは海図を見る。
パッと見た感じではどこだかわからなかったが、一部見覚えのある地形がある土地があった。
「…この海岸の形…ミナモシティ?もしかしてこの海図は…ホウエン地方の?」
「うむ、さすがじゃな。この海図はホウエン地方の南方を示しておる。そしてこの印がついた場所にそのポケモンがおるらしい」
「こんな場所…なにか目印でもないと絶対に行かない場所ですね。まさに『最果ての孤島』」
「最果ての孤島…言い得て妙じゃな」
「それで、結局博士は何故この海図を私に?」
色々と説明が挟まったためそこが聞かずじまいだった。
オーキドが『気になる』と言っていた海図をわざわざシロナに譲るあたり、なにかしら理由があるはずだ。
「その孤島周辺はの、シロガネ山ほどではないがかなり強力な野生のポケモンが出現するらしいんじゃ。ワシとて元はトレーナー。野生のポケモンに負けるような腕はしとらんが、さすがにトレーナーとして現場から長く離れすぎておる。シロガネ山レベルのポケモンが出てくるとわかっておる場所にいくのは厳しい。そうなると、譲れるのはポケモンリーグ本戦に出れるくらいの実力が必要じゃが、今のところ頼んだ者達全員に断られておる。グリーンがいい例じゃ」
「なるほど…確かにそんな強力なポケモンが出てくるなら結構な腕を持つトレーナーでないと厳しそうですね」
「レッドにも頼もうと思ったんじゃが、あやつは今どこにおるかもわからん。今回、君に頼んだのも半分ダメ元じゃ。断ってくれて構わん」
苦笑しながらオーキドは言った。
シロナは海図を見つめる。海図はとても古く、相当前に描かれたものだとわかる。
この海図をオーキドに託した老人が何者かはわからない。だがその老人はオーキドが『優しい人』だとわかったからこの海図を託した。どんな思いがあったのかはわからないが、彼が何かを抱えていたことはわかる。その思いがなんなのか、シロナは気になった。
「博士、この海図お預かりしても?」
「それは構わんが…いいのか?別に無理していくような場所ではないぞ」
「私も研究者として気になるんです。その老人がこの海図に込めた思いが何なのか、どうして『優しい人』にしか託さなかったのかが」
考古学は『過去の人々が積み上げてきた証と思いを知り、残していく学問』だとシロナは考えている。ならば、その老人がどんな思いをこの海図に込めたのか。それを知り、繋いでいくことが学者としての自分の役割なのではないかとシロナは考えた。
だからこそこの海図の場所に赴き、その老人の思いを知ろうとした。
「…そうか。君も分野は違えど学者じゃ。好奇心には勝てんのお」
「そうですね。でも他にも理由があるんです」
「ほう?」
「私、実はまだホウエン地方に行ったことないんです。だからこの機会に行ってみようと思います」
「そうか。知らない土地に赴くことで新たな発見もあるからの」
「はい。だからこの海図、お預かりします」
「うむ。頼んだぞ。吉報を期待しておる」
「お任せください」
シロナは笑って海図を受け取った。
「思ったよりも長話してしまったの。ワシは他の先生方と話してくるが、君は?」
「私はもう少しここに」
「そうか。ではまたの」
「はい。またお会いしましょう」
オーキドはそう言って去っていった。
シロナは去っていくオーキドの背中が人混みに消えるまで眺めていた。
ーーー
翌日
シロナはアラモスタウンを去った。
最後にアリスとトニオに別れの挨拶だけはしっかりと済ませて帰ってきた。
そして公共交通機関を乗り継ぎ、ミオシティ付近にある自宅にたどり着く。
鍵を取り出し、扉を開く。
「ふう…」
玄関にスーツケースを置き、軽く一息ついた。
すると奥の扉が開き、カイムがブラッキーを伴って歩いてきた。
「お疲れ」
「ええ、ありがとう」
シロナは靴を脱ぎ、玄関に上がる。
そしてカイムの首に腕を回して抱き締めた。カイムもそれに応えてシロナの胴体に腕を回す。
「おかえり」
「ただいま」
ぎゅっとカイムを抱きしめてシロナは上機嫌に笑う。
カイムの体温と匂いにシロナは心底安心した。
「ふふ」
「長くない?」
「充電中。もうちょっと」
「はいはい」
僅かに呆れながらもカイムはシロナをどけようとはせず、抱きしめ返していた。
しばらく抱き合っていたが満足したシロナはカイムを離す。
「ありがと。満足」
「そりゃよかった。じゃ、飯食いながら学会の話聞かせてくれや」
「ええ。貴方のジムリーダーとしての話も聞きたいわ」
シロナは足元にいたブラッキーを抱き上げ、カイムと共に食卓へと向かっていった。
次に向かうのは、カイムの故郷であるホウエン地方。
海図に記された場所に待つものとは何なのかを期待しながら、シロナは日常へと戻っていく。
アンケートの結果、とりあえずアルセウスの映画の番外編を書くことに決まりました。
あとジラーチも結構僅差だったので余裕ができ次第ジラーチの方も書こうと思っています。
その他の映画、ルギアとかルカリオも結構多かったのでお気に入り5000超えたりしたら書こうかなと考えていますが今のところ予定はありません。
ぼんやりと構想だけは考えましたが、番外編はシロナさんがメインでカイムは端役になると思います。やっぱこういう事件にはシロナさんメインの方が合うかなと。とりあえずアルセウスの映画見直してきます。
スモモの留学先はガラルにしました。サイトウとワイルドエリアで修行してたりしそうという勝手な想像です。アニメでサイトウもジョウト地方に来て修行してたりしたのでこういうのもありかなと。
そして書けば書くほど書きたいものが増えていき困っている作者です。またメモの代わりにここに思いついた場面を書いておきます。
・アカギの野望が不完全に成就して世界中の時が止まり空間も安定しない(ポケモン不思議のダンジョンの時の探検隊みたいな)状態になり、それを修復するために旅をするシロナさん(この場合if世界線であるため本編とは別時間軸)
・PWTのチャンピオンズトーナメントに参加するシロナさん
・シロガネ山で修行中のレッドと遭遇してバトルするシロナさん
・普通にデートするシロナさん
・バトルフロンティアに挑むシロナさん
・モデルでウェディングドレス着せられるシロナさん
・オーレ地方でシャドーをボコボコにするシロナさん
次回、ホウエン地方へ。シンオウ地方全然いないなこの二人。
励みになるので、よければ感想、評価お願い致します。
チャンピオンズトーナメントで戦う相手
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ワタル
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ダイゴ
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ミクリ
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アイリス
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カルネ
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ダンデ
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レッド