正直前話のようなシロナさんメインのお話の方が書きやすいっていうことに今回気付きました。これからシロナさんメイン増えるかもしれません(カイムが出ないとは言っていない)。
数日間、ランキングに載ってたらしくお気に入りの数がとても増えました。読んでくださる皆様、いつも本当にありがとうございます。
まだまだ続いていくのでよろしくお願いします。
あと先に言っておきますが、シロナとカイムはまだ婚約してません。
「ムクバード!つばさでうつ!」
ムクバードの翼がニョロボンに直撃する。ダメージか蓄積していただけでなく効果抜群の飛行タイプの技を受けたニョロボンはひとたまりもなく、地面に倒れ伏した。
「ニョロボン戦闘不能!よって勝者、チャレンジャーゴウシ!」
「ふん、当然だね!」
倒れたニョロボンをジムリーダー(代理)であるカイムはボールに戻す。
「お疲れ。十分な働きだった」
ニョロボンが入ったボールにそう労いの言葉をかけ、フィールドを横切ってカイムはチャレンジャーの下に歩み寄った。
「見事だった」
「ふふん!当然だね!このボクが育てたポケモンだ。本気のジムリーダーといえども、恐るるに足らない!」
目の前の少年は胸を張って勝利に酔いしれる。
だがこの少年の実力は実際相当なものだ。経歴を見たところ、まだ旅を始めて2ヶ月ちょっとで既にバッジを三つも取得している。相当なハイペースでバッジを取得できている以上、才能そのものはかなりのものなのだろう。
「しかし、やっぱり代理は代理だね。他のジムリーダーと比べても弱い。覇気がまるで足りないよ」
だがその己の才能を過信し、傲慢な態度を取るのが玉に瑕だった。この手のタイプは必ずどこかで大きな壁に当たり、そしてそれを乗り越えられない輩が大半だということをカイムは知っていたため、僅かに哀れみの視線を少年に向けるが少年は気づかない。
「バトルに勝利したから、このコボルバッジを授けよう」
「はいはい。はやく寄越して」
カイムの手から少年は奪い取るようにバッジを取った。
「ふふん。これでバッジ四つ目だ。この調子なら次回のポケモンリーグに余裕で間に合うな」
「バッジが四つになったから、空を飛ぶでの飛行が解禁される」
「そんなのわかってるって。いちいち説明しな…」
「あとこの技マシンを持っていくといい」
「おおう?」
カイムは少年の話を聞くことなく技マシンを少年に押し付けた。
「中身はドレインパンチ。相手にダメージを与えると同時に体力を回復できる技だ」
「ドレインパンチ?こんなもの、ボクには必要ないが…まぁもらって損するものでもないし、敗者からの貢物だ。もらっておいてあげy…」
「秘伝マシンはどこかで手に入れてくれ。色んなところで出回っているからそのうちどっかで手に入るだろう」
「ボクがまだ喋っているだろうが!」
自分勝手に喋るカイムに少年は怒鳴る。
思わず叫んだことに気づき、すぐに取り繕うようにバッジをケースに納め、前髪を払う。
「まあいい。許してやろう。大の大人が集まっているリーグ公認のジムといえども、ボクならば恐るるに足らない。本気のジムリーダーも旅を始めて2ヶ月程度のボクにやられるなら、たかが知れているね」
凄まじく傲慢な態度を取る少年にジムトレーナー達はムッとした顔をする。ジムリーダーを馬鹿にすることは同時にこのジムに所属しているトレーナーとポケモン全てを馬鹿にすることと同義だからだ。
そもそもカイムもトレーナー達も本気など出していない。ジムバッジの取得個数に応じて手加減をしているというのは割と有名な話なのだが、少年はそれを知らないらしい。
「ふふ、このペースならあと2ヶ月程度でジムバッジを制覇できるな。この程度のことでジムバッジを制覇できてしまうなんて…レベルが低いなぁ。十年以上無敗のチャンピオンも、本当は大したことないんじゃないか?」
その言葉にカイムはすっと目を細め、ジムトレーナー達は立ち上がった。
「ちょっとキミ、いい加減に…」
言い返そうとしたジムトレーナー達をカイムは腕で制した。
「カイムさん…」
「座ってろ」
「でも…」
ジムトレーナー達はジムリーダーの本気も、リーグ本戦に出られる人々の強さも積み上げてきた努力も知っている。だからこそ何も知らない若造が好き勝手に言うのは許せなかった。加えてジムトレーナー達はカイムがチャンピオン・シロナの弟子であることを知っている。若気の至りだけで済ませていい言動ではなかった。
「いいから」
だがシロナを馬鹿にされて一番腹が立っているであろうカイムが平然とした様子で制してきたため、トレーナー達は押し黙る。
その様子を見た少年はカイムを含めたトレーナー達を鼻で笑う。
「フン、所詮ボクに負けた連中だ。敗者が勝者に言えることはな…」
「少年、君は確かに才能を持ち、そして努力も重ねている。トレーナー歴2ヶ月にしては相当強い方だろう」
少年の言葉を遮り、カイムは語る。
「だがな、君
「ボク程度?敗者のくせにやけに大きく出たじゃ…」
「ジムバッジ取得戦
カイムの雰囲気が変わる。先ほどまでの少し硬いが、どことなく優しさが含まれていた雰囲気とは違う。凍て付くような、とても冷たい空気に変わった。
「このジムのトレーナーと、上に立つ先人達を馬鹿にする資格はお前にはない。何も為しておらず、世界の広さも知らない小僧は身の程を弁えた方がいい」
カイムは礼節を欠く人間を好まない。自分に対して礼節がなってないならともかく、先人達と(特に)シロナに対して横柄な態度を取る人間は表にあまり出さなくとも内心で烈火のごとく怒り狂っていることもある。故にこの少年はカイムの逆鱗に触れていたため、シロナほどでなくとも殺気を当てられる現状に至ってしまった。
尤も、この少年は鈍いのか意思が強いのかわからないがそれに怯むことはなかった。
「…ふーん。でもあんた、ボクに負けたよね。それでそんなこと言われても納得できないなぁ」
「ジムバッジを全部取ったらここじゃなくてもいい。どっかのジムで本気のジムリーダーを相手にしてみろ。それだけでわかる」
「さっきのは本気じゃなかったって?はは!見苦しいね。でもいいよ。ボクは寛大だ。その提案に乗ってあげるよ、本当のジムリーダーですらない代理風情の提案にね!」
そう吐き捨てて少年は去っていった。
少年が去った後、トレーナー達は不満を零した。
「なんなんだあのガキ」
「あんなのに言いたいように言わせてていいの?」
その中で特にカイムと交流の深い男女二人のトレーナーがジムバトルに出たポケモン達の治療をしているカイムに言った。
カイムは手を止めずに返す。
「いいさ。あの手の奴は必ずどっかでデカイ壁に当たる。根性あるやつなら乗り越えられるかもしれんが、あいつはどうだろうな」
「そうじゃなくて、チャンピオンを馬鹿にされて、あげくにさっきのバトルを本気だと思われたんだよ?見せつけなくていいの?」
「いい。ここであの小僧をボコボコにすんのは簡単だ。だがそれじゃあの小僧は納得しない。だからちゃんと実力をつけたと実感させた上で勝てばいい。ジムバッジ取得戦程度をジムリーダーの本気と勘違いしている小僧を相手にして負けるようなトレーナーはここにも他のジムにもいない」
要するに『一人前にさせた上で倒すことで格の違いをわからせる』ということだが、それを平然と言うカイムに少しだけトレーナー達は苦笑した。
(カイムさん、めっちゃ怒ってるよね)
(ああ、そりゃチャンピオンまで馬鹿にしたんだし怒るだろ)
(師匠だもんね。それにカイムさん、シロナさんのこと大好きだもん)
(ぞっこんだからな)
カイムは無口ではないが、あまり多く話す方ではない。そのカイムがここまで理路整然と『格の違いを見せつける』と言うあたり、シロナのことを軽んじた少年に対して相当ご立腹なのがトレーナー達に伝わった。
そのことをひそひそと話すトレーナー達を他所にカイムはポケモン達の治療を終えた。
「ん、終わり。今日のチャレンジャーはこれで終わりか?」
「あ、はい。今日はさっきの子で最後です」
「了解。じゃ、今日の残りはトレーニングだな」
『はい』
ジムトレーナー達がそれぞれトレーニングに向かう中、一人の女性トレーナーがふとスケジュール表に目を止めた。そこには明日から約一週間カイムが不在になるスケジュールが記載されていた。
「カイムさん、明日から休みですか?」
「ああ」
「今回も調査ですか?」
「そうだ」
ジムトレーナーの時もちょくちょく調査でいなくなることがあったためジムのメンバーは見慣れていた。
「今回はどこに行くんですか?」
そう聞いたジムトレーナーは頭の中で色々と予想を立てるが、カイムからの返答がない。
どうしたんだろうとカイムの顔を覗き込むと、カイムはなんとも言えない複雑な表情をしていた。
「どうしたんですか?」
「…いや、なにも」
「はあ」
ジムトレーナーにカイムの表情の理由はわからない。
なんだろうと考えるトレーナーを他所にカイムはポツリと答えた。
「ホウエン地方だ」
「へえ、ホウエン地方ですか。割と遠くに行くんですね」
「……まあな」
内心でため息をカイムは吐くが、それをトレーナーは知るよしもなかった。
ーーー
半月前
「なんだこれ」
食事を終え、リビングでブラッキーとトリトドンの相手をしていた時にシロナが一枚の古びた紙を見せてきた。
「学会でオーキド博士に会ったって話はしたわよね」
「ああ」
「その時にもらった…いや、託されたと言うべきかしら」
「…訳ありか」
「貴方にも話しておくわね」
シロナはオーキドから聞いた話を包み隠さず話した。
この海図を託した老人のこと、この海図周辺地域のことを。
「なるほど、大体わかった。つまり、この海図のとこに行きたいと」
「ええ。相変わらず話が早くて助かるわ」
「そいつは構わんが…そもそもどこなんだこれ」
海図に示された場所は見たこともない場所だった。どう見ても人が踏み入るような場所ではない。
「パッと見じゃわからないわよね。じゃあ北の方に陸地が見えるのがわかる?」
「北?」
シロナに言われ、カイムは北の方面に視線を向ける。ほとんど海しかない海図の中に記された陸地を発見した。
その陸地の形にカイムはとてもよく見覚えがあり、カイムは頭を抱えた。
「…………おい」
「ん?なに?」
満面の笑みを浮かべたシロナはとても楽しそうにカイムを見る。対してカイムは顰め面をしながら大きくため息をつく。
「このやろう……マジかよ…」
「でも貴方は行くんでしょ?」
「ああちくしょう…こんな形で
「それで?答えは?」
「……ミナモシティ」
「正解」
ミナモシティ。
ホウエン地方の東に位置し、港があるため水産が盛んな街だ。また、ポケモンコンテストの会場やデパートなど多数の施設が存在する非常に大きな都会である。
そしてカイムが生まれ育った街でもあった。
カイムの表情はどことなく暗い。それを察したシロナはカイムに問いかける。
「前から思ってたけど、帰りたくないの?」
カイムは以前から故郷であるホウエン地方に行こうという意思が感じられなかった。カイム自身の話だと両親との仲が悪いようには思えない。だからといって帰省したがる理由にはならないだろうが、ここまで複雑な表情をする理由がシロナはわからなかった。
「…いや、そういうわけでもねぇんだが」
カイムの言葉は珍しく煮え切らない。
「何か訳があるのよね。聞かせてくれる?」
シロナはカイムの隣に腰を下ろし、カイムの目を見つめた。
その視線を受け、カイムは観念したように話し始める。
「…一応、両親にはシンオウ地方で考古学を学ぶってことは伝えてある」
「ご両親と何かあったの?」
「いや別に。ぶっちゃけこれに関しては完全に俺が悪い…」
「どういうこと?」
「……俺が考古学を教わっている相手がシロナだってこと、伝えてない」
シロナは首を傾げる。
「え?それだけ?」
正直、その程度なのかとシロナは思った。ホウエン地方とシンオウ地方はそこまで近くないためホウエン地方でシロナのことを知らない人がいてもおかしくない。バトルに関わる人なら知っているだろうが、関わらない人は知らない人の方が多いだろう。現にジョウト地方でシロナのことを認知していた人はそこまで多くなかった。
だがカイムが気にする以上、確実に何かそれ以上の理由がある。シロナはそれを理解していたためカイムに続きを促した。
「…うちの両親、割と大会とか見るんだよ。当然、ポケモンリーグも」
「あー…」
これを聞いてシロナはなんとなく察した。
恐らく、カイムの両親はシロナのことを知っている。ファンかどうかはともかくそのシロナがいきなり家に来たらどうだろう。
「実家でシロナのバトルをテレビで見てたこともあった。別段特定の個人のファンって訳でもないだろうが…まあ、面倒にはなる」
いきなり息子が有名人を連れて帰ればどんな家でもちょっとしたパニックになってもおかしくない。カイムがどういう『面倒』を想像しているかはわからないが、シロナにもその理屈はわかる。
「それは、まあそうね」
「ちなみに俺の実家に寄らないって選択肢は?」
「あると思う?」
「………」
大体こういうことはシロナには勝てない。そもそも実家の件に関しては前々から宣言していたし、カイムがそれを黙認した以上どうすることもできない。
「決まりね」
「わーったよ…その代わり、今度カンナギタウンに行ったら俺も挨拶すっからな」
「構わないわ。私は隠してないし」
「…………」
楽しそうに笑うシロナに心底恨めしそうなジト目を向け、カイムはブラッキーとトリトドンの顎を撫でるのだった。
*
潮風を受けて靡く髪を抑えながらシロナはブリッジに出る。
「綺麗…」
太陽光を受けて反射する水面の眩しさに僅かに目を細めた。
ミオシティから出る夜行便のフェリーに乗り、約半日。目的となる土地が見えてきた。
「あれがホウエン地方ね」
シロナにとっては初めて訪れる未開の地であり、カイムにとっては慣れ親しんだ故郷となる土地。中でもミナモシティはカイムの生まれ故郷だという。
フェリーに並走して飛ぶキャモメやペリッパーの群れの一部がシロナに近づき、ブリッジの手すりに留まった。
「あら、ふふふ」
それを見てシロナはキャモメの頭を撫でる。シロナもカイム同様、ポケモンに好かれやすいため野生のポケモンともよく触れ合える。
「相変わらずポケモンによく好かれるな」
シロナよりも先にブリッジでぼんやりしていたカイムはシロナに言う。
「好かれることに関してはカイムもでしょ?」
「否定はせんが、俺の場合『遊ばれてる』感じが大きいけどな」
「いいじゃない。少なくともポケモンからは好印象なんだし」
「さてな」
カイムの返事はどことなく覇気がない。基本乗り物酔いをしないカイムが船酔いをするとも考えづらいし、やはりこのフェリーの目的地が原因と考えていいだろう。
「ここまで来たんだし、観念すれば?」
「観念はしてる。ただ面倒になるのが目に見えているから気が重い」
「お父さん、厳しい人なんだっけ」
以前話してくれた内容だと、父は厳格で厳しく躾けられたと言っていた。そんな厳格な人が今まで世話になった人を知らなかったら、確かに厳しいお叱りが待っていてもおかしくはない。
「いや、まあ…親父に怒られるのはいいんだ。言ってなかった俺が悪いんだし。面倒なのは母親だ」
「お母さん?お母さんは優しい人なんでしょ?」
「そうだけど…」
カイムは苦い顔をする。カイムの家族を知らないシロナは当然その理由はわからない。
「じゃあ、どうして?」
シロナはカイムの隣に腰を下ろしながら言った。
その言葉に対してカイムはため息をつきながら返す。
「…絶対面白がるから」
「?」
「今まであんま女性との繋がりのなかった俺がいきなりシロナみたいな美人連れて帰れば、まず間違いなく大喜びして質問攻めにされるのが目に見えているから」
「ああ、なるほど」
どんな人かはまだわからないが、カイムの母親は色々と楽しめる人なのだろうとシロナは思った。
そしてそういう話を振られるのがあまり得意ではないカイムがそれを鬱陶しく思ってしまうのも仕方ない。だが母親としては息子が女性を連れて帰ってくれば色々と気になってしまうのも仕方ないだろうとシロナは考えた。
「ふふ、そう」
「なに笑ってんだよ…」
「今から会うのが楽しみになってきたわ」
「………」
どことなく不服そうではあるが、カイムはそれ以上文句を言うことはなかった。
「なあ」
潮風を受け乱れた髪を乱暴に整えながらカイムはシロナに聞いた。
「シロナの、両親は?」
カイムも自分のことはあまり話さないが、それはシロナも同じだった。シロナは『自分』の過去については多少話すが、家族についてはほとんど話さなかった。
カイムがシロナの家族について知っているのは祖父母と妹がいることくらいだ。
「ああ、そういえば話してなかったかもしれないわね」
シロナはなんでもないような軽さで話し始める。
「私、両親のこと知らないのよね」
「知らない?」
「正確に言うと覚えてない、かしら。もちろんいるのはわかっているんだけど、それだけね。どうしていないのかはお祖父様もお祖母様も教えてくれなかったけど、あまり気にならなかったわ。ポケモン達と妹がいたしね」
「そうか」
カイムはそれ以上追求しなかった。以前から祖父母が育ててくれたということは聞いていたし、今まで自分から話さなかったのもいらない気を使わせないためのシロナなりの配慮だろうと納得したからだ。
そしてシロナがカイムの家族に会いたがったのもこれに起因するものだった。
両親のことを知らないシロナだからこそ、大切な人の家族のことを知りたかった。カイムという人物の基礎を作り、そして育ててきた人たちと話して、カイムがどういう人生を歩んで来たのかを知るために。
だから今回、シロナはわざわざ時間を作ってホウエン地方まで足を運んだ。海図のことはもちろんだが、滅多にないカイムの家族に会えるチャンスだったから。
「私に両親はいない。でもね、だからこそ貴方の家族のことを知りたいの。貴方のことを育ててくれたご両親と話してみたい。そう思ったの」
「……そういうもんか」
「ええ。そういうものよ。好きな人のことをもっと知りたい。当然のことでしょ?」
花が咲くように笑うシロナにカイムは何も言えなかった。
好きな人のことをもっと知りたい。それはカイムにもある感情だった。だから自分のことを知りたいというシロナの言葉は素直に嬉しく、そして少しだけ恥ずかしいものだった。だから何も言えなかった。
「貴方と同じ。私も、貴方のこともっと知りたいの」
カイムは僅かに目を見開く。
「なんでわかったんだ」
「だってカイム、わかりやすいもん」
誰もが振り返りそうな笑顔をカイムに向けながらシロナは笑った。
ーーー
ミナモシティ西部
住宅街
「……………」
目の前にある一軒家を前に、カイムは完全に表情が死んでいた。
「ここがカイムの実家ね」
「…………ああ」
「間、長すぎじゃない?」
あまりにも嫌なのか返事が遅いカイムに思わずシロナは突っ込んでしまった。
だがここまで来た以上、帰るという選択肢はない。予め帰ることと客を一人連れて行くことは伝えてある。問題は、ない。
「…入るか」
諦めたカイムはインターホンを押す。
すると中から『はーい』という女性の声が聞こえた。カイムの話だと、姉はどこにいるかわからないらしいため恐らくこの声がカイムの母親の声だろうとシロナは予想した。
「はーい、どちら様?」
出てきたのは、長い黒髪を一纏めにした快活そうな女性だった。
「あれ、カイムじゃん」
「な……あ………」
カイムは何を驚いているのか全く反応できていない。
何故驚いているのかはわからないが、シロナは女性に視線を向ける。女性はカイムと同じ黒髪を一纏めにしており、瞳の色もカイムと同じ青みがかった黒色をしていた。口元はカイムとは似ても似つかないが、目元は似ていた。
その女性がシロナに目を向けると、目を丸くして笑顔になった。
「……え、あれ?もしかして」
「あ、はじめまして。私…」
「もしかして!カイムのお嫁さん⁈」
「え?」
言われたことが一瞬理解できずシロナは目が点になる。
「え、えっと?」
「お母さーん!カイムがお嫁さん連れて帰ってきたー!」
女性はそう叫んで家に戻っていった。
そしてその女性に対してカイムが叫ぶ。
「なん、でいるんだよ!
「…え?」
混沌とした場面を理解できず、シロナは首を傾げるしかできなかった。
「ごめんね〜訳分からなかったでしょ」
リビングに通され紅茶を出しながら先程出てきた女性とよく似た女性がそう言った。
「ああ、えっと…うーん」
実際混沌としていたため全員初対面のシロナには訳がわからなかったのは確かだ。嘘をつくわけにもいかないため、適当に苦笑して流すことしかシロナにはできなかった。
紅茶を出してくれた女性はシロナとカイムの対面のソファに腰を下ろした。そしてそのソファには厳格な表情をした男性が座っている。シロナとカイムを出迎えた女性はシロナの左方面にある丸椅子に座っていた。
「…とりあえず、自己紹介からだな」
男性がそう言う。その低い声はどことなくカイムの声に似ているように思えた。
「私はナダ。カイムの父だ。この度はわざわざこのような遠方の地に来てくれて、感謝する」
「はじめまして、シロナと言います。シンオウ地方で考古学者をやっております」
男性…ナダが差し出した手を取り、シロナは握手を交わす。
「存じている。カントー、ホウエン、シンオウリーグは毎年見ているのでね。今年もチャンピオン防衛、見事だった」
「見てくださったのですね。光栄ですわ」
カイムの事前情報通り、やはりナダはポケモンリーグを見ていたためシロナのことを知っていた。
事前にその可能性を示唆されていたためシロナはそのことにさほど驚きはしない。そもそもチャンピオンであるため他の地方の人間に知られていてもなんら不思議ではないことを、長くチャンピオンを務めているシロナは身をもって体感している。
「こちらは家内のタキ」
「タキよ。カイムのお母さん。よろしくね〜」
ふわふわとした雰囲気を体現するかのようにタキの膝にはエルフーンがいた。
「うふふ、まさかカイムが連れてくるのが女性だなんてね〜」
「驚かせてしまいましたか」
「そうね〜確かに驚いたけど、安心したわ〜。
エルフーンの綿をもふもふしながらタキは楽しそうに笑った。カイムの母親らしいが、カイムとは正直似ていないなとシロナは内心で思う。どちらかというと、父親似らしい。
「それにしてもまさかシンオウ地方のチャンピオンと研究してたなんてね〜」
「まったくだ」
「うふふ、口が足らないのはお父さん似かしら〜」
「私はここまで酷くはない」
「いいえ、あなたも大概よ〜」
「何⁈」
「そんなことは今はいいのよ〜。じゃあ最後」
呑気に紅茶を飲んでいた最後に残された女性は話を振られたことに気づきカップを置いた。
「あ、アタシ最後?」
「そうよ〜」
「んじゃ、トリってわけね」
女性はシロナに向き直ると自己紹介を始めた。
「アタシはイサナ。カイムの姉よ」
シロナも話の流れから察していたが、やはり最初に出迎えた女性がカイムの姉だったらしい。
「お姉さん…」
「そ。会うのは随分久々だけど。ね、カイム」
「……ああ」
姉、イサナに言われたカイムは一瞬間を空けて返した。
しかしカイムの話だと、『どこにいるのかすらわからない』という話だった。だというのに今、実家であるミナモシティにいる。どうやらカイムも知らない何か事情があるのかもしれない。
「姉貴、なんでここにいんだ」
「え?アタシが実家にいちゃ悪いの?」
「いや、そうじゃなくて…」
「わかってるわよ。最後に会ったの、あんたが大学に入る前だもんね。だからアタシがどこで何しているのか知らないのも仕方ないわ。ま、それは後で話すわよ。今は…」
イサナは楽しそうな顔でシロナに目を向ける。
「まさかあんたがこんな可愛いお嫁さん連れてくるなんてね」
「おい」
「本当よね〜。それにポケモンバトルもとっても強いじゃない。よくこんな有名で可愛い子を捕まえたわよね〜。今から結婚式が楽しみだわ〜」
「おい、話を…」
「アタシが言えた義理じゃないけど、もうちょっと連絡したら?」
「話聞けや」
半ばキレ気味のカイムが女性二人の話を遮った。
一度咳払いをすると、カイムはシロナについて話し始める。
「シロナは、俺に考古学を教えてくれている。今はシンオウ地方で色々な歴史について研究してる」
「…シンオウ地方で考古学を学んでいるのは、お前が家を出る時に言っていたから知っている。だが、なぜ誰の下で学ぶのかを教えなかった」
カイムが予想していた質問が、父のナダから投げかけられた。
そしてカイムの答えは、普段しっかりしていて几帳面なカイムからは考えられないような答えが出てきた。
「……聞かれなかったから」
「……お前は昔から言葉が足りん。何においても」
「…すみません」
「まあいい。お前のそういうところを知った上で聞かなかったこちらにも落ち度はある」
「も〜お父さん。せっかくのお客様の前でそんな真面目な話しないの」
タキはナダを遮ってシロナに向き合った。
「えーと、シロナちゃんって呼ばせてもらってもいい?」
「あ、はい。大丈夫です」
「じゃあシロナちゃん。今日は遠いところから来てくれてありがとうね〜。わたしたち、結構ポケモンリーグ見るから会えて嬉しいわ〜」
「見てくださったんですね。ありがとうございます」
「たくさんシロナちゃんとお話ししたいわ。だから今日、よければうちでご飯食べていかない?もちろんシロナちゃんさえよければだけど」
シロナはカイムを見る。カイムは元より実家であるため泊まる予定だった。そして事前にシロナ(客)が来ることは伝えており、両親から泊まっていいと言われていたためここで断る理由はない。
「ええ、よければ」
「よかったわ〜。じゃあ今日は張り切ってご飯作るわね。シロナちゃん、何か食べられないものない?アレルギーとか」
「大丈夫です。なんでも食べます」
「わかったわ〜。じゃあ今日の晩御飯、楽しみにしておいて〜」
「ありがとうございます」
「シロナさん、カイム」
タキが話し終えたタイミングでナダがシロナに声をかけた。
「聞いた話だと、二人は一週間くらい滞在するのだったな」
「ああ」
「三年近く一度も帰ってこなかったが、急に帰ってきたということは何か理由があるのだな」
中々鋭いとシロナは思った。
実際カイムは三年近く一度も帰ってきていない。なのに急に帰ってきたということは、理由があると考えられはする。
「ええ、その通りです」
「その理由…ずばり婚約だろう」
「違えよ」
「何⁈」
「その話も飯ん時にでも話すから」
「む、そうか…ならその時に聞こう」
「ねね、シロナちゃん。これだけははっきりしておきたいわ」
タキはシロナの目を真っ直ぐ見て、尋ねた。
「シロナちゃんとカイムは、どういう関係なの?もしこっちが誤解しちゃってたら、失礼なことしちゃうかもしれないし、ちゃんと聞いておきたいわ」
先ほどと打って変わり、タキの雰囲気は真剣なものだった。
大切な息子が連れてきた客が女性ということはそういう関係だと考えても不思議ではない。仮にそういう関係でなくとも、カイムが世話になっていることは間違いないだろうが、それでもカイムとの関係がどのようなものなのかをちゃんと知っておくことは大切なことだ。
シロナもそのタキの考えを読み取り、真摯な態度で返事をした。
「私は、カイムさんとお付き合いさせてもらっています。無論、考古学とポケモンバトルにおいて師と弟子という関係でもありますが、私はそれ以上にカイムとの恋人という関係を大切にしています」
真摯な態度で返事をしてきたシロナを見て、タキは元の柔らかい雰囲気に戻った。
「ふふ、そう。わかったわ。不器用な子だけどとても優しい子なの。カイムのこと、よろしくね」
「はい」
タキの言葉にシロナは頷いた。
話が切れたところでイサナがシロナに話しかけてきた。
「ねえシロナちゃん、ホウエン地方初めて?」
「あ、はい。今回初めてです」
「ならさ、晩御飯までミナモシティ回ってきたら?せっかく来たんだし、色々見てきなよ」
その申し出は正直嬉しいものだった。初めてのホウエン地方であったため、街そのものを色々見ておきたかった。
「え、でも…」
だが色々と用意させた挙句自分だけ街を見ているのも気が引ける。そのため見たいのは確かだが、素直にそれを受け入れられなかった。
それを見たカイムの両親はシロナを後押しするように言った。
「シロナさんは客だ。我々にとってもてなす対象、気になさるな」
「そうよ〜色々準備したいし、シロナちゃんにはこのカイムが育った街を見てきてほしいの」
二人は理由はどうであれ、シロナに街を見てきてほしいといった。
この言葉はシロナを気遣うと同時にカイムとの関係をなんとなく察した結果出てきた言葉なのだろう。
「…はい、じゃあお言葉に甘えて」
「はい〜じゃあごゆっくりね〜」
「じゃ、アタシも行こうかな」
「イサナは手伝いなさいね〜。そもそもグウラのこと放っておいていいわけないでしょ〜」
「…はーい」
タキの言葉にイサナは大人しく従った。
そしてそんなイサナをカイムは訝しげな視線を向けていた。
「ご家族、いい人達ね」
「…まあ、悪い人ではない」
シロナとカイムは港付近の街を歩きながら言った。
街は活気に溢れており、人々が活発に往来している。現在二人はデパートやコンテスト会場がある中心街を歩いていた。
「お父さん、カイムそっくりだったわね」
「俺は親父似だからな。性格も、口足らずなとこも」
「みたいね。逆にお姉さんはお母さん似ね」
父のナダは聞いていた通り厳格そうな性格をしていた。だがタキとの会話を聞いたところ、尻に敷かれているようだったしどことなく天然な感じがした。
母のタキはエルフーンのようにふわふわした人だったが、ナダに対する言葉は少々辛辣だった。
そして噂の姉、イサナ。
「あれが噂のお姉さんね」
「ああ。まさか帰ってきているとは思わなかった」
「明るい人ね」
「……ああ」
自由、そして多才ということは知っていたが、実際会ってみるとただの気さくなお姉さんだった。シロナとそこまで歳も離れていないように見えたが、左手の薬指には指輪がはまっていたため既婚者であり、そしてすでに一人息子もいるという。
「あの姉貴がまさか母親になっているなんて…」
「意外?」
「あの姉貴と結婚できる人間がいることに驚きだ」
シロナから見るとそこまで破天荒にも見えなかったが、カイムからすると相当な驚きらしい。
だがシロナが見たのはあくまで『今』の彼女。人は良くも悪くも移ろいやすい。故に長い時間を過ごせば人は変わる。カイムが共に過ごした過去では今と比べて違う人物だったのかもしれない。
「色々とすまん。初手から姉貴が暴走して…」
「大丈夫よ。驚きはしたけどね」
いきなり『嫁』呼ばわりされるとはさすがにシロナも考えていなかった。だからちょっと驚きはしたが、それくらいだ。
それに、少なくともシロナはいつかそうなれれば、と思ってカイムと付き合っている。年齢だけなら二人とも適齢期だ。
故に少し、少しだけシロナはカイムはどう思っているのか気になってしまった。
「こうなるのがわかってたから嫌だったんだ…しかも姉貴いるし」
「まあまあ、お母さん達も嬉しかったのよ。カイムが帰ってきて、恋人を連れて帰ってきてくれてね」
だが今気にすることでもないと考えたシロナはその思いを口にすることはなかった。
今はそれ以上にカイムの家族に会えたことが嬉しかったからその気持ちを大切にしようと考えた。
「いるもんは仕方ない。割り切っていくしかない」
「そうよ。それに、私たちは別の目的もあるんだし」
本来、ホウエン地方に来た理由はオーキドから託された海図に記された島に向かうことだ。姉がいただけで気落ちしている場合ではない。
「で、その目的についてだけど…島に向かうまでの手段はどうするの?ツテに聞いてみるみたいなこと言って、そのまま任せちゃったけど」
目指す場所はそこそこ距離のある無人島。故に向かうためにはまず船でないと厳しい。しかも正規ルートではいけない島だ。個人的に船乗りに依頼するしかない。
「ああ…知り合いに聞いてみたら、アテがあるらしくてな。そのツテから了承が得られた」
「よかった。でも船を貸してくれるツテって…どんな人?」
「デボンコーポレーションの御曹司」
「それって…」
「ホウエン地方チャンピオン、ダイゴ」
ダイゴはホウエン地方でチャンピオンを務める男だ。シロナと同い年でチャンピオンを務めているが、一年ほどチャンピオンを別のトレーナーに任せて修行をしていたという話を聞いた。
シロナも同じチャンピオンとして顔を合わせたことはあるが、話したことはほぼないに等しい。そのダイゴとカイムが知り合いだということは知っていたが、ここまで親密だとは思っていなかった。
「つっても、ダイゴ自身が貸してくれるわけじゃねえ。貸してくれるのはダイゴの知り合いだ」
「その知り合いって?」
「いや、わからん。教えてくれなかった。代わりにこれが送られてきた」
カイムが取り出したのは、ポケモンコンテストのチケットだった。日付は今日になっており、時刻はあと一時間半くらい先を記していた。
「ポケモンコンテスト?」
「ああ。行けばわかる、ってさ。最悪コンテストそのものは見なくてもいいが、会場には行けと言われた」
「…?」
船とコンテストになんの繋がりがあるのかはわからないが、カイムはなんとなく察しているようだった。
だからシロナはカイムに任せて大丈夫だろうと考えて街の観光を楽しもうと思考を切り替えたのだった。
「とりあえず今はテキトーに街を回るか。つっても、そこまでミオシティと変わらないけど」
「ミオシティと同じで港町だもの。似てくるのは必然かもしれないわね」
実際どことなくミオシティとミナモシティは似ている部分があった。港によって発展した街故に発展の仕方にも共通点があるのかもしれない。
「港町といっても、普通の都会とそんな変わらん。臨海都市ってだけだ」
「カイムはこの街で育ったのね」
「ああ」
「貴方が育った街…来られてよかった」
カイムが育った街。それがどんな街なのかを見て、そして知っておきたかった。育った環境というものは人の人格を形成する上で重要な要素だ。だからこの街にもカイムという人格を形成させた要因がある。その要因を知れば、お互いをもっと知ることができるとシロナは思っていた。
「俺がいた時とはちと様子が変わってたりするがな。まあ概ね変わりないが」
「いい街ね。私が育ったカンナギタウンとは真逆」
「かもな」
実際カンナギタウンはお世辞にも発展している町とは言えない。古きを伝える街、ということもあり遺跡を保護するためにもあまり発展させすぎてはいけないのかもしれない。
そんなことを考えていたらシロナは一人でどんどん進んでいってしまっていた。周りを見ながら歩く姿はとても楽しそうでカイムは少しそれが嬉しく思えた。
「あっ」
「わ」
だが周りばかり見ていたせいでシロナが軽く通行人とぶつかってしまう。
(なにやってんだ…)
少々はしゃぎすぎていたか、完全に回りを見ていなかったシロナに落ち度がある。カイムが駆け寄りシロナの元へ急いだ。
「ごめんなさい、不注意だったわ」
シロナが軽くぶつかった相手は、身長的にまだ子供と思われるものだった。12、3歳くらいに見え、サングラスをかけて水色のパーカーを羽織りフードを被っていた。
「すみません、わたしも不注意でした」
透き通るような綺麗な声をした少女だった。
「大丈夫だった?」
「大丈夫です。転んでもないし」
「そう。ごめんなさいね」
少女はじっとシロナのことをみる。
もしかしたら、シロナのことを知っている人なのかもしれない。
「お姉さん…キラキラしてる!」
「え?」
突如言われた言葉にシロナは首を傾げる。
「お姉さんさ、ポケモンコンテストって興味ない?」
「コンテスト?どうして?」
「実はわたし、ポケモンコンテストに出る人をスカウトしてるの。それでね、お姉さんとってもキラキラしてるからどうかなーって」
突然言われたことにシロナは少し驚くが、小さく笑って言った。
「ごめんなさい。私、実はちょっと立場のあるトレーナーなの。そっちが忙しいから、コンテストは見るだけにするわ」
シロナはチャンピオンと考古学者の二つを両立させている。それはシロナの才覚と努力が成せる技であり、誰でもできるようなことではない。だがそこにさらに加えるとなると、シロナといえども両立させることは厳しい。
「そっか〜残念。でも急な話だったし、仕方ないね」
「お誘いには感謝するわ。ありがとう」
「いいの!とっても素敵な人に会えたからわたし、『今日の出番』いつも以上に頑張れそう!じゃあまたどこかでね!」
そう言って少女は去っていった。
少女が去ったところでカイムはシロナに声をかけた。
「初めての場所で楽しくなるのはいいが、ちゃんと周り見て歩け」
「ごめん。はしゃぎすぎちゃった」
「まあいい。んで、さっきの子は?」
「コンテストに出る人をスカウトしてる子なんだって。もしかしたらコンテストでとても有名な子かも」
カイムはそれを聞いて少し眉を顰めた。
「コンテストにスカウト?」
「ええ、それでスカウトされたけど断ったわ。私は今の状態が気に入っているし」
「そうか」
カイムは少女が去った方角を見る。もう少女の後ろ姿は見えない。
「…まさかな」
その少女が誰なのか頭に浮かんだが、まさかと思いカイムはその考えを打ち払った。
ーーー
コンテスト会場
「人、多いわね」
コンテスト会場に到着した二人は会場の人の多さに思わず声を出す。
会場は多くの人で賑わっており、コンテストが始まるまでに思い思いの時間を過ごしていた。
「カイムは前にコンテスト見たことあるの?私、実はほとんどないの」
「小さい頃に一、二回。それ以降は全く」
「じゃあ随分久しぶりなのね」
「ああ」
二人ともバトルに心血を注ぐトレーナーであるためコンテストにそこまで興味を示さない。だからシンオウ地方でもコンテストはあまり見ない。テレビでやっていたら見る程度のものだった。
「さて、観客席には…あそこからか」
観客が並んでいるゲートに二人は向かっていった。
しばらく雑談しながら待っていると、二人の番になった。
「チケットを拝見します」
係員に言われてチケットを提示。
すると係員の目が少し見開かれた。
「このチケット…」
「え、使えん?」
「あ、いえ。ちゃんと使用できます。ただこちらのチケットの名義の方に今回のゲストの方から楽屋に連れてくるように仰せつかっていたので」
「名義?」
チケットをよく見ると、購入者名義が『ダイゴ』になっていた。
「ああ、なるほど」
「他の係員も事情は把握しております。なのでこちらのチケットを係員に提示していただければ楽屋に通してくれますよ。楽屋はあちらです」
指示された方向に向かい、係員にチケットを提示すると関係者専用口に通された。
シロナはいまいち状況が読み込めず思わずカイムに聞いた。
「ねえカイム、これどういう状況?」
「今回の俺らの目的、あの島に向かうための足を貸してくれる人がここにいる」
「その人、知り合い?」
「いや、ダイゴから話は聞いていたが俺自身は知り合いじゃない」
「そう。ならとりあえず任せるわね」
楽屋の扉を係員が叩くと、中から『どうぞー』という少女の声が聞こえてきた。
「この声…」
「あー…マジか」
先ほど聞いた声だった。そしてこの声をこの場で聞いたカイムは『マジかよ』と苦笑した。
扉を開けて係員に楽屋に通されると、そこには緑色の髪をした少女とその少女とどことなく似た雰囲気を持つ男性がいた。
そして少女はシロナを見るとあっと声をあげた。
「お姉さん!さっきの!」
「あ、あのサングラスの…」
「もしかして、コンテストに出てくれるの⁈」
「ルチア、落ち着きなさい」
興奮気味にシロナに詰め寄る少女を男性は肩を叩き少女を落ち着かせる。
「あ、ごめんなさいおじさま」
「まずは二人の話を聞こう」
男性はカイムとシロナに向き直った。
「さて、まずは自己紹介だね。私はミクリ。こちらは姪のルチアだ」
「ルチアだよ!こんなにすぐ会えて嬉しいよお姉さん!」
「ミクリ…一昨年ホウエン地方チャンピオンの…」
「おや、やはり私のことはご存知でしたか。さすがですね、シンオウ地方チャンピオン」
「え⁈チャンピオン⁈」
「ルチアはバトルトレーナーじゃないから知らなくても無理はないね」
ルチア、と名乗った少女はシロナがチャンピオンと知ってとても驚いている。どうやらルチアはシロナがチャンピオンだと知らなかったあたり、バトルに連なるトレーナーではないらしい。
「申し遅れたわ。私はシロナ。シンオウ地方チャンピオンと考古学者をやっているわ」
「存じている。会えて光栄だ、チャンピオン」
「貴方もでしょう、ミクリさん」
「なに、私は今はルネシティのジムリーダーさ。それで、彼は?」
ミクリはカイムに視線を向けた。
「彼はカイム。私の助手なの」
「カイムです。トバリジムのジムリーダー」
「そうか、キミが…そしてジムリーダーか。私と同じだね。よろしく」
「はい。よろしくお願いします」
ミクリから差し出された手を握り、握手を交わした。
その後二人は楽屋内部に招かれ、椅子を勧められたため大人しく従った。
「話はダイゴから聞いているよ。行きたい場所があるんだってね」
「はい。でも特殊な場所なので…」
「個人的に依頼をしなきゃならないけど、船乗りにツテがない。だから私の元に話が来た、ということだね」
「話が早くて助かるわ」
「? なんのお話?」
一人だけ何も事情を知らないルチアが首を傾げる。
「話しても大丈夫かい?」
「ええ、ミクリさんの身内ならとりあえず大丈夫かと」
そもそも詳しいことがほとんどわかっていないため、他に漏れたとしても何かできるわけではない。
「そうだね、じゃあ簡単に話そう」
「つまり、オーキド博士から託された海図の場所に行きたくておじさまにお話が回ってきたってことね」
「そうだ。理解が早いね、ルチア」
「えへへ」
ルチアの頭をミクリが撫で、ルチアは嬉しそうにはにかんだ。
「説明も終わったところで話を進めようか」
「ええ、お願いするわ」
「結論から言えば、船を貸すことは可能だ。しかし、一つ問題がある」
「問題とは?」
「操縦できる人がいない」
当然だがシロナもカイムも船の免許など持っていない。故に操縦できる者がいなければ船があっても島に行くことはできない。
「船そのものは貸せる。しかし私は仕事で明日から数日、ホウエン地方を離れなければならない。だから私はキミらの旅に同行できない」
船の持ち主たるミクリ本人は当然船の免許を獲得しているが、そのミクリ本人が同行できないとなると、船の操縦をできる人物の確保が必要となる。
「すまない、本来なら私も同行できるはずだったんだが…急な仕事でね」
「仕方ありません。そもそも私達はお願いしている側です。船をお貸しいただくだけでも充分すぎます」
「うん。私から少しツテを当たってみるよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ一度この話は終わりだね。さて、話は変わるけど二人は普段ポケモンコンテストを見るかな?」
ミクリの問いかけにシロナとカイムは目を見合わせる。
「いや、あまり」
「ふふ、だろうと思ったよ。あまりコンテストに興味を示すタイプには見えないからね。特にカイムくん」
「…御明察っすね」
「よし、じゃあこの二人に私たちのパフォーマンスでコンテストに興味を持ってもらおうじゃないか。なあ、ルチア」
「もっちろん!コンテストに参加したい、とまでいかなくてもコンテストを見るようになるくらい興味をわたしとおじさまのパフォーマンスで持たせちゃうよー!」
可愛らしくガッツポーズをするルチアを見てシロナは微笑ましくなる。そして同時にこのルチアという少女にバトルとは違うまた特別な才能があることを感じた。彼女の行動一つ一つに目を惹きつけるような魅力がある。ミクリにもそういった魅力はあるが、ルチアのそれはさらに輝いているように見えた。
「実はコンテストを生で見るのは初めてなの。だから、楽しみにしているわね」
「まっかせて!おじさまと一緒に頑張っちゃうんだから!」
本番が近くなってきたということで二人は客席へ向かおうと楽屋を後にしようと立ち上がる。
「ああカイム君」
そこでミクリがカイムを呼び止め、一枚のカードを渡してきた。
「私の連絡先だ。今日の夜、できればキミと話したい」
「…構いませんけど」
「ありがとう。では、私たちのパフォーマンスを楽しみにしていてくれ」
カイムはカードを受け取り、シロナと共に観客席へと向かうのだった。
ーーー
観客席
「随分見やすい場所を用意してくれたもんだ」
観客席に座ったカイムはボヤく。このチケットは本来、ダイゴが用意したもの。わざわざカイムのためにこんないい席のチケットを取ってくれたのなら非常に申し訳ない気持ちになる。
そう思わせる理由として、会場が完全に満員となり、一階のアリーナ席に至っては人口密度がとんでもないことになっている様子が周囲で見られるからだ。
「すごい人…ポケモンコンテストってこんなに人気だっけ」
「ここまで満員なのは今回出る奴が原因だろう」
「今回出る…ルチアちゃんとミクリさん?」
「ああ。ミクリは言わずもがな、ルチアはコンテスト界隈では相当有名らしい。ホウエン地方出身なら、知らない奴はいない」
この言葉を聞いてカイムが時々微妙な表情をしていた理由がわかった。まさかそんな有名な人物に簡単に会える状況が信じられず微妙な表情になっていたのだ。
「じゃあカイムも知ってたの」
「一応。名前と顔くらいは把握してた。俺がシンオウ地方に旅立つ時にはもう頭角を現してたからな。シンオウ地方であまり名前はみないからシロナが知らなかったのも無理はない」
「納得。それにしても、人気アイドルのいい席のチケットをくれるなんて…カイムってそんなにダイゴ君と仲良いの?」
以前から交流があることは知っていたが、ここまで良くしてくれるとなると仲は相当だろう。
「…まあ、な。旅をしてるときに知り合ってな。それから結構交流してる。世話を焼かれたり、焼いたりの持ちつ持たれつに近い」
「やっぱり世話焼きしてたのね」
「ほっとけ。不摂生な生活してるあいつが悪い」
昔から変わらずカイムらしさ全開なエピソードにシロナは思わずくすくすと笑ってしまう。
そんなシロナにジト目を向けながらカイムは続ける。
「そんなに気になるのかよ、俺がガキの頃」
「もちろん。だって私の知らないカイムだもの。もっと知りたいわ」
「なら後で俺の家族にでも聞け。母さんは喜んで話すと思うぞ。旅の途中のことはダイゴが一番詳しいだろうが」
「そうするわ。でも、やっぱりちょっとだけ妬けちゃうわ」
「何が」
「ダイゴ君は、私や家族の知らないカイムを知っているっていう…こう、親友って感じがね。もちろん今の貴方を一番知っているのは私だって胸を張って言える。でも昔の貴方はそうじゃない。私の知らないカイムを知っているって事実が羨ましいの」
カイムは肘おきを使って頬杖をつくと悟ったように言う。
「生きてりゃ、誰もが知っている一面だけじゃなくて特定の人物しか知らない一面っていうのも出てくる。シロナもよく言ってるだろ。人は移ろいやすいって。その人の全てを知ることなんぞ、できはしない」
「わかってるわ。でもね、私ってすごい欲張りなの。だから…」
シロナはそこで一度言葉を切ると顔をカイムの耳元に近づけた。
「私は貴方の全部が欲しいの」
耳元で言われた言葉に驚き視線をシロナに向ける。シロナ本人は挑発するような笑みをカイムに向けていた。
「……っ」
どう返すか考えているうちに会場全体が暗くなり、司会の男がスポットライトを浴びて出てきた。
「始まるわね」
「……ああ」
結局カイムは何も返せず、少しモヤモヤが残る状態でコンテストに目を向けることになった。
尤も、そのコンテスト中はルチアのパフォーマンスに二人とも目を奪われていたため、カイムの頭からそのことは一時的に抜け落ちていたのはまた別の話。
*
夜
カイム一家と共に夕食を食べ、たくさんのことを話した。
今回の訪問の理由を始め、カイムの過去の話やシロナ自身のトレーナーとしての経験や考古学者として学んだことなど様々なことを夕食の間に話した。その全ての話をカイム一家はよく聞いてくれただけでなく、色々と話題を膨らませてくれるためシロナはとても居心地良くすごすことができた。
そして洗い物を済ませお茶を軽く飲んだ後、ナダは仕事の残りを済ませるといって書斎に引っ込み、タキは先に風呂に入ってくるといって風呂場へと向かった。
カイムはタキのエルフーンに遊ばれており手が離せそうになかったため、シロナは手持ち無沙汰になってしまった。
そこでたまたま目についた庭のウッドデッキに腰掛け、一人で夜風に当たっていると、背後から声をかけられた。
「よっすシロナちゃん」
「イサナさん」
声をかけてきたのはカイムの姉、イサナだった。
その手には瓶と二つのグラスが握られている。
「シロナちゃん、お酒飲めるんだよね。ちょっとだけ飲まない?グウラ寝かしつけたからちと暇になっちゃって」
「ええ、大丈夫ですよ」
「お、よかった。じゃあはいこれ」
イサナはシロナの隣に腰掛けると、シロナにグラスを渡して瓶の中の透明な液体を注いだ。シロナの分を注ぎ終わると自分のグラスにも注ぎ、シロナにグラスを向ける。
「乾杯!」
「乾杯」
二人はグラスを軽く合わせ、グラスの中身を煽った。果実のような甘さの中にアルコール特有の苦味と熱が喉を通り抜ける。
「さすがお父さん、いいの買ってくるね」
「これ、お父さんのなんですか?」
「うん。時々買ってくるんだけど、好きに飲んでいいって言われてるから大丈夫よ」
「そうなんですね」
「でも驚いたわ〜。カイムが連れてきた人がシンオウ地方のチャンピオンなんて」
「逆の立場なら、きっと私も同じ反応をしたと思います」
誰だっていきなり家族が有名人を連れて帰れば驚くだろう。
「いやぁ、あのカイムにこんな可愛い彼女がねぇ」
ニヤニヤしながらイサナはシロナを見つめる。
シロナはその視線を受けて苦笑しながら聴いた。褒められることは嬉しいが、それを素直に認めるのも傲慢に見えるかなと少し曖昧な態度をとったが、イサナは特に気にした様子はない。
「カイム…さんは昔はどんな子だったんですか?」
「ああ、別にカイム呼びでいいよ。慣れないでしょ」
「ええ、正直慣れません…」
「でしょ?別にアタシの前でそんな気ぃ使わなくていいよ」
「ありがとうございます」
「んで、昔のカイムだったわね。正直今とそこまで変わらないわよ。ぶっきらぼうで表情が動かない子だったわ。それでいて、すごく努力家。でも末っ子だったから世話は焼かれてる方が多かった気がしたわ。今じゃ世話焼きする方になってたのはちょいと意外ね」
イサナの語る過去のカイムは確かに今のカイムとそう大きく変わるようなエピソードはなかった。昔から表情の機微が少なく、一度始めたことはとことん努力していたらしい。
「まー表情が動かないし昔は今以上に口下手だったから友達は多くなかったわね。いないわけじゃなかったけど、少なかったと思う」
「それは少し意外です。カイムは確かに表情が動かないけど、なんだかんだで人を惹きつける才能があったので」
「昔から人を見る目がある人には気に入られやすかったわ。だからシロナちゃん、人を見る目があるんだと思う。それにポケモンにすっごく好かれやすいのよ。ね、ジュカイン」
リビングでカイムのブラッキーの相手をしていたジュカインにイサナは言うと、その言葉に同調するようにジュカインは頷いた。
「あのジュカイン…」
「お父さんのジュカインよ。アタシがキモリの時に勝手に連れ出して勝手に育ててジムバッジ制覇した時のエース」
「勝手に…」
「その後カイムの旅のお守り役として一緒に旅に出たわ。まあ、バトルではほとんど出番なかったらしいけど」
ジュカインはブラッキーを尻尾に乗せたままイサナの隣に座った。とても落ち着いた雰囲気がジュカインにはあり、どことなくカイムに似ている気もする。
「あんた立派になったね〜。アタシのゴリランダーとどっちが強いかしら」
「イサナさんは、今もトレーナーを?」
「いんや。晩飯のときに言ったかもだけどアタシは今、ガラル地方のバウタウンってとこでスタイリストしてる」
「そういえば、さっき言ってましたね。スタイリストってことはお仕事の相手はモデルさんとか?」
ガラルのモデルといえば、以前ライモンシティで出会ったルリナが思いつく。同じガラル地方だからもしかしたらルリナとイサナは知り合いかもしれない。
「ガラル地方ってポケモンバトルを他の地方以上に競技として発展させようとしててね。ジムリーダーやチャレンジャーもみんなユニフォーム着るの。そんでアタシはチャレンジャーやジムリーダー達のユニフォームをデザインしたり仕立てたりしてんの。もちろんモデルも相手にするけどね」
シンオウ地方ではジムにおいてユニフォームを着たりはしない。ジムリーダーは他の職業と兼業している人が多いためその仕事着でバトルをすることが多い。ジムリーダーのヒョウタやトウガンがいい例だろう。シロナの場合は仕事着と呼べるものはないため基本私服になる。
「他の地方と比べてかなり異色よね。そういえば、ガラルのチャンピオンもシロナちゃんと同じでかなり長いこと公式戦無敗よ」
「確か、ダンデさんでしたね」
「そそ。相当強いらしいよ」
どこか他人事のように言う(実際他人事だが)イサナにシロナは一つ疑問をぶつけた。
「イサナさんは、相当なバトルの腕をお持ちだとカイムから聞きました。なのにどうしてトレーナーを辞めたんですか?」
カイムの話だと、相当な才能を持っていたとのことだった。そもそも3ヶ月足らずでジムバッジを制覇するなど相当な速度だ。シロナですら半年以上の時間をかけたのにその半分で制覇できるなど並の才覚ではできない。
だと言うのに今はトレーナーは辞めてバトルはほとんどしていないという。別にトレーナーだけがポケモンと関わる仕事というわけではないが、その理由がなんなのかシロナは気になった。
「んー?あー、そんな大した理由じゃないよ。単純にさ、アタシはバトルで『楽しい』って思えなかっただけ」
グラスの中身を飲みながらイサナは何でもないように言った。
「自分であんまこういうこと言いたくないけど、多分アタシはバトルの才能は相当ある方だと思う。ジムバッジって大体みんな一、二年かけるし、その中でアタシは3ヶ月だった。でもさ、バトルやっててもアタシ別に熱くなれなかったのよ」
「熱くなれなかった…」
「嫌いじゃないけど、これに人生捧げようと思えるほど好きにはなれなかった。ポケモンが傷つくのが嫌とかそういうのでもないんだけど、イマイチやる気になれなくてさ。チャンピオンロード踏破してやめちゃった」
軽々しくチャンピオンロード踏破と言っているが、チャンピオンロードの踏破はそれなりに過酷だ。それをまるで大したことなかったように言うイサナは本当にすごいトレーナーだったのだろう。
「好きでもないことを続けることはアタシにはできなかったって感じよ」
「そうですね。才能があるからといって必ずそれが好きになるわけじゃない。逆に…才能がないのに好きになってしまうこともありますから」
トレーナーという形において、カイムとイサナは真逆だとシロナは思った。イサナは才能があるが興味がないからトップを目指さない。カイムは才能がないから目指せない。結果として同じではあるが、その過程にあるものは大きく異なる。
「…才能、ね。
自嘲気味に笑いながらイサナはグラスに水を注いだ。
「あの子さ、結構卑屈なところあるでしょ」
「……そう、ですね。自分を過小評価しているというか、自分ができることを小さく見ている節はあります」
アイリスとのバトルで露見した弱点がまさにそれだ。己を信じず、他者の積み上げてきたものを信じようとしてしまう心の弱さがカイムにはある。一応乗り越えることはできたが、完全に克服するにはまだ時間がかかるだろう。
「あれ、多分アタシのせい」
「え?」
「昔のアタシ、結構嫌な奴だったのよ。何でもできちゃったからできない人の気持ちがカケラも理解できなかったの。今思えば、本当に嫌な奴よ」
ケラケラと笑ってはいるが、その目は後悔の光が宿っている。
「友達とかにはあんま言わなかったっぽいけど、カイムにはかなりきついこといっちゃったと思う。可愛い弟だから苦しんでまで努力をしてほしくなかったの。痛々しくて、意味がわからなくて見てらんなかったってのもあるけどさ」
イサナの脳裏に蘇る幼いカイムの姿。
友達と遊ぶ時間を削って勉強し、ポケモンと共に身体を鍛えていカイムの姿はどこか痛々しかった。どんなに頑張っても、姉であるイサナよりも点数は低く、そしていつも姉と比べられていた。元々ほとんど笑わない子供だったがそれでさらに笑わなくなった。笑顔を見せる対象はいつしかポケモンだけになっていた。
そんなカイムをイサナは見てられなかった。自分の背中を追うのではなく、自分なりにできること、やりたいことを探してほしかった。そんな思いがあり、カイムに言った言葉があった。
『どんなに頑張っても、才能が無いんじゃたかが知れてるんじゃない?もっと別のことやれば?』
イサナがどういう思いであったにしろ、この言葉を言ったのは事実。この言葉は幼いカイムには受け止めきれなかった。その結果、全てにおいて自信を無くし、卑屈になった。捻くれ者故か努力は惜しまなかったがそれでも自分がやることに対して自信を無くし、そして過小評価するに至った。
「まーそんなこともあってさ、多分アタシ嫌われてるのよ。だからあんま関わらないようにしてんの」
バツが悪そうに笑うイサナに対して色々と思うところはある。子供の頃というのは誰もが総じて未熟だ。だから大きな間違いをしてしまうことも、その結果関係が壊れてしまうこともある。
だが今は違う。カイムもイサナももう大人だ。話せばきっとわかるとシロナは思った。だからそれをイサナにはきちんと言っておこうと考えた。
「イサナさん。私はかれこれ彼と出会って三年くらいになります。出会った時から確かにカイムは卑屈で自信がない未熟な青年でした。でも、今の彼は完全ではないけれどそれを乗り越えた。もう昔の幼いカイムでは無いんです。確かにカイムは貴女のことについて色々なことを言いました。でも、決して『嫌い』とは言いませんでしたよ。カイムは身内のことをとても大切にします。だから、嫌われてるなんて決めつけないでちゃんと話してみてください。きっと、伝わります」
妹がいるシロナだからわかる。兄弟とは、最も近い他人であると。そして近いからこそ、伝えられることも多い。互いに全てを知ることはできないが、それでもこのくらいのことなら伝わると断言できる。
「…ふふ、歳下の
「いもっ…⁈」
「ん…ああそっか。まだ婚約はしてないんだった」
にししと歯を見せて笑うイサナから顔を背けた。赤くなった顔を見られないようにするためだったが、結局耳が赤いためあまり意味はない。
「シロナちゃん」
「…はい」
「ありがと。あとでカイムと話してみるね」
「そうしてください。きっと伝わります」
「いい子で良かった」
イサナは瓶から酒を注ごうとしたが、側にいたジュカインが瓶を取り上げて家の中に入っていった。
「あ、ちょ、ジュカインこらー!」
イサナの声に振り返ることなくジュカインは酒瓶を元の場所に戻した。
「むう、カイムと旅させなけりゃよかったかな。カイムにめっちゃ似てんのよね、あの子」
「ふふ、そうですね。ぶっきらぼうに止めるところがカイムに似てます」
カイムの場合、小言を言いながらの場合が多い。先ほどジュカインがやったように無言で取り上げることはしないが、それでも半ば強制的に取り上げる様はカイムによく似ている。
「あ、そうだ。旅といえばさ。晩御飯の時に言ってたけど、二人はなんか訳ありの場所に行こうとしてるんだよね」
「はい。だいぶ特殊な場所です」
「調査としていくの?」
「調査…というよりは興味本位が強いですね。行く必要があるのかと聞かれたら、正直無いですから」
「興味出ちゃったら仕方ないよね〜」
「でも、行けるかはちょっと微妙ですけどね」
船そのものはあるが、それを操縦できる人がいないのが現状だ。だから明日はカイムと共に港に赴き船乗りを誰かしら捕まえることにしようと決めた。
「え?なんで?そんなに危ないの?」
「野生のポケモンが非常に強い場所なので多少危険ではあります。でも私の子達なら問題なくいけます」
「じゃあ、どうして?」
「船を貸してくれる人はいたんですけど、その人がちょっと用事でこの調査に同行できないみたいなんで…。それで明日船を操縦できる人をカイムと一緒に探しに行く予定です」
いくらミナモシティ出身のカイムといえども、船乗りにツテは無いらしい。ナダやタキにも少し聞いてみる予定だが、あくまでシロナ達の事情。あまり巻き込むことはできない。
「ああ、操縦する人いないと船あってもどうしよもないもんね」
「はい。簡単には見つからないでしょうけど、なんとか探してみます」
「まだ見つかってないなら、アタシがやろうか?」
イサナの言葉にシロナは目を丸くする。
「……え?」
「あれ、聞こえなかった?」
「いえ、聞こえましたけど…イサナさん、船操縦できるんですか?」
「うん。アタシの旦那、船乗りなの。教えてもらったからできるよ。免許も持ってるし。大型から小型までフェリーの操縦できるし、アタシでよければやるよ」
思わぬところにいた操縦士にシロナは思わずぽかんとしてしまったが、実際任せられるのならそれに越したことはない。
「カイムと相談してからになりますけど、とりあえずお願いする形でいいですか?」
「いーよ。明日船見せてもらえれば大体どうにかなると思うし」
「本当にハイスペックですね…」
「物覚えはいいからね。そんで船って誰が貸してくれるん?」
「ルネシティのミクリさんという方です。ジムリーダーなんですけど」
「ああ、ミクリか」
ミクリはコンテストでもバトルでも有名な人物だ。だからイサナか知っていてもおかしくはないが、まるで実際に会ったことあるかのように言うイサナにシロナは聞いた。
「知り合いなんですか?」
「うん。同い年で旅してる時に知り合った」
「………」
あまりにもハイスペックすぎるイサナにシロナは驚くことがなくなってしまったのだった。
ーーー
夜も遅く、人の気配が少なくなった道を静かに響く波の音を聞きながら、カイムは待ち合わせ場所へと自転車を走らせていた。
目的地は、灯台のある岬。そこには既に待ち合わせの人物、ミクリがいた。
「やあ、カイム君。すまないねこんな夜遅くに」
「問題ないです。割と夜行性なんでね」
既に十時を回っているが、普段から夜遅くまで作業したりすることもあるカイムにとってこのくらいは特別遅い時間ではない。
自転車を停めてミクリの下へと歩み寄る。ミクリはコンテスト会場で見た派手な服装ではなく、ラフなシャツとスキニーという出立ちだった。
「それで?何かあるんですよね」
「まあね。とは言っても、一番の理由はキミと話してみたかったからなんだけどね」
「俺と?」
「キミも知っている通り、私はダイゴとは長い付き合いでね。彼からよくキミの話を聞いていたんだよ」
ダイゴは四天王やジムリーダーとも良い関係を築けており、高いコミュニケーション能力から友人も多い。デボンコーポレーションの御曹司という立場でありながら、それを感じさせない人柄に多くの人が惹きつけられるのは自明の理だ。かくいうカイムもダイゴに対しては多大な信頼と友愛を寄せている。
だが多数の実力者や有名人の中で自分の話が持ち出されていることがカイムには意外だった。
「ダイゴの話に出てきた人の中で唯一素性がわからない人物だったからね。よく印象に残っているよ」
「まあ、無名のトレーナーですからね」
「これといった才能は無いが、ポケモンをこよなく愛し、そして誰よりも努力を積む世話好きなトレーナーだと言っていた」
「誰が世話好きだあの野郎…」
全て事実ではあるが、好き勝手に世話焼き扱いされるのはカイム的にはあまり嬉しくない。そもそもカイムは世話好きではなく世話焼きだ。好きでやっているわけではない。放っておけないだけだと内心でダイゴに文句を言った。
「石以外のことであそこまで楽しそうに話すダイゴはあまり見たことがなくてね。幼い頃から知っているが、キミは随分ダイゴに信頼されているのだね」
「友人ですから」
「ふふ、いい友情だ」
ミクリは灯台の下にある段差に腰掛け、カイムもその隣に座った。
「さて、本題に入ろうか。キミと話したかったというのも本題ではあるが、ちゃんと別の理由もあるんだ」
「でしょうね」
そうでなければわざわざ明日の朝にはホウエン地方を発たねばならない前夜に呼びつけたりはしない。
「実は頼みがあってね。船を貸すのと交換条件というわけではないが、聞いてくれないだろうか」
「恩があります。できる限り聞きますよ」
「ありがとう。それで頼みなんだが、キミらが行く場所にルチアを同行させてほしいんだ」
「え?」
意外すぎる頼みにカイムは思わず声を上げてしまった。
「ルチアを?」
「うん。その理由として、あの子には色々な世界を見てほしいからというのがある」
ミクリはルチアのコンテストの才能が自分以上のものであることを認めていた。それはつまり、将来的にはミクリ以上の実績を積み上げることが可能だということに他ならない。
だからこそ、コンテスト以外の世界を知っておいてほしいという思いがミクリにはあった。一つの世界しか知らない者はどんな才能があっても必ず早くに行き詰まる。故にミクリはそうならないようにカイムに同行を頼んだ。
「一つの世界しか知らない者は必ず行き詰まる。あの子の大きな才能をより伸ばすためにお願いしたい」
「それは…まあ問題ないですけど」
ルチア本人はどうなのかがカイムにはわからないため簡単に了承することはできなかった。だがミクリはカイムの様子を見てそれを察して笑いながら言った。
「大丈夫。ルチアには既に話してあるし、ルチア自身の希望でもあるんだ。他の世界を見てみたいというのも私の言葉もあるが、彼女自身も望んだことさ。それに、ルチアは随分シロナさんに興味を持ったみたいでね。話してみたいらしいんだ」
確かにルチアはシロナに対してはかなり興味を持っていた。そもそもシロナはカイムとは異なるベクトルではあるが人を惹きつける才能がある。アイリスにも一目で懐かれていたし、ルチアがシロナに興味を持つのも不思議ではない。
「というわけなんだ。どうだろう、ルチアを同行させてもらえないかな」
「まー、シロナと相談してからになりますけど多分大丈夫です。シロナがいるし道中はそう危険なこともないでしょうし」
「そうか、よかったよ」
「しかし物好きですね。何があるかもわからない島への調査に同行したいだなんて」
オーキド曰く『珍しいポケモンがいる』とのことだが、実際は何がいるかわからない。素性の知らない老人からの海図だ。何も無くても正直文句は言えない。
尤も、それでも行くと決めたシロナとカイムはルチア以上の物好きなのかもしれないが。
「そうだね。でもそれがルチアにとって必要なことだとルチア自身が判断したんだ。何が待っていたとしてもきっとルチアの糧になってくれるだろう。それだけの才能があの子にはある」
「…才能、か。羨ましいです」
何に於いても凡人だったカイムにはわからない感覚だった。自分に何が必要になるのかを教えられずとも察することがカイムにはできなかった。
「カイム君は、才能が羨ましいかい?」
「……まあ、そうですね。自分が行くことのできない領域はどんな景色なんだろうって、思うんです」
例えばバトル。
カイムは現在、代理とはいえジムリーダーとして立場を確立させた。だが正直、彼はこれ以上上にいけないと思っている。バトルの地位として一般的なのはジムリーダー、四天王、チャンピオンだ。リーグ本戦に出れるのは主にこのくらいの地位を持つトレーナー達だ。その中でジムリーダーより上となると、四天王とチャンピオンしかない。だがカイムでは四天王になるまでにどれほどの鍛錬が必要なのかわからない。
「今でこそジムリーダーになれました。でもそれも結局俺じゃなくてシロナや他の人のおかげです。自分一人で強くなれる人なんていないのはわかっています。でも、自分で強くなれるっていうのも憧れてしまうんです」
姉と再会して、過去の思いが蘇ってきた。自分一人で考え、そして強くなる姉の姿。それがとても鮮烈でかっこよく見えた。
「今の状態に何か不満があるのかい?」
「不満は全くないです。でも、満足はしてない。まだまだ未熟なんだ。努力を止める理由はないです」
「なら大丈夫。己の現状に満足することなく努力を積むことができるなら、いつかきっと自分の行きたい場所にいける」
カイムの肩に手を置きながらミクリは言った。
その言葉にカイムは少し安心した。優しさではなく純然たる事実を伝えてきた言葉だということがわかったからだ。
「…どうも」
「それにダイゴから聞いた話だと、キミは何よりも大切な才能があるらしいじゃないか」
「俺に?」
「努力する才能」
どんなに才能があっても努力を積むことができないならば大成はできない。努力ができることが何よりも大切な才能だとミクリは考えており、それはシロナにも言われた言葉だった。
「……そうですね」
「努力をしなくても強くなれる人もいるけど、極めるのなら努力は必須だ。かつて努力をせずとも強い人がいたが、結局
「…似た人を知ってます。俺の姉でしたけど、何でもできる人で努力はほとんどしてなかった」
ミクリはカイムのその言葉に眉を顰めた。
「…姉?」
「え、はい」
「もし良ければ、お姉さんの名前を教えてくれないかい?」
「イサナ」
カイムの言葉を聞いてミクリは驚き、そして笑った。
「ははは!こんなこともあるんだね。いやはや、縁とは不思議だな」
「……知り合いすか?」
「うん。同い年でね。旅をしていた時、彼女に何度もバトルでしてやられたよ」
「…なんかすんません」
「まさかキミが彼女の弟とはね。なるほど、言われてみれば目元がよく似ている。良ければ少しイサナの話を聞かせてもらえないかな」
「いいですよ。姉貴の伝説は色々あるんで」
その後、少しの間二人はイサナの話で盛り上がっていた。
カイムとしてもミクリとしてもここまで話が合うとは思っていなかったため、この雑談の時間は互いにとても楽しい時間になった。
深夜
なかなか帰ってこないカイムをシロナは事前に連絡されていた場所に探しにきた。日付がそろそろ変わりそうだというのに連絡も無しで帰ってこないというのもカイムにしては珍しいと思い心配になったのだ。
カイムが言っていた港の近くにある岬の灯台。そこに着くと、灯台の下には一人の人影があった。
「カイム」
シロナが呼ぶと人影はゆっくりと振り返る。その人影はカイムだった。そのカイムの背後にはバシャーモの姿もある。
「女が真夜中に一人で彷徨くな。危ねえぞ」
「あら、私には最強の護衛がいるのだけど」
シロナの背後には護衛としてガブリアスとミカルゲの姿があった。確かにこの二体がいればどんな相手でも返り討ちにできるだろう。
「いらん心配か」
「なかなか帰ってこないから心配したの。連絡も無しなんて、珍しいわね」
「……ああ、そうかもな」
海を眺めながら小さく言うカイムの隣にシロナは腰を下ろした。
「ミクリさんと話してたのよね」
「ああ」
「何を話してたの?」
「…今度行く孤島に、ルチアを同行させてほしいって頼まれたんだ」
「ルチアちゃんを?」
シロナにとっても意外な提案だったためか若干声が上ずる。
「ミクリさん曰く『一つの世界しか知らないと必ず行き詰まるから他の世界も知って欲しい』とのことだ」
「それはそうね。実際いくつかの世界のことを知っておくと視野が広くなって、自分のいる世界だけでは絶対に知ることができないことを知れるから」
「そんなわけだ。どうする?」
「全く問題ないわ。道中は私のポケモン達がいるのだし絶対安全よ」
「頼もしい限りだよ。あとは操縦士だけか」
「ああ、そのことなんだけど…」
シロナはイサナとの雑談内容をカイムに話した。それを聞き終わったカイムは遠い目をして頭を抱えた。
「多才すぎん?」
「私も驚いたわ。本当に何でもできるのね、イサナさん」
「晩飯の時に旦那が船乗りとは言ってたけど…自分もそれで免許取るか普通…」
「何でもできるのね」
そのシロナの言葉を聞いて、カイムは顔を上げて海に反射する月を眺めながら少しずつ話し始めた。
「…昔から何でもできる人だったよ。運動も勉強もバトルも。俺が勝てるものは何一つなかった」
「かもね。あれだけ多才な人だし、そうだとしても仕方ないわ」
「元々放浪癖みたいなのがある人だったからさ、俺がジムバッジ制覇して、ハイスクールに通っている時にはもう色んな場所を転々としてた。だから旅に出るまでの姉貴の記憶はあるけど、それ以降姉貴がどんなことしてたのか、どういう人生を歩んだのか俺は全く知らない」
イサナ自身がカイムに対して負い目のようなものを感じていたため、ほとんど家に寄り付かなかった。弟に嫌な思いをさせたくなかったから。カイムにはちゃんと健やかにいい人になってほしいと思っていたからこそ、イサナは家を出ることにした。
だがカイムはそのイサナの思いも、そして色々な世界を見てきたイサナがどんな人生を歩んだのか知らない。カイムの中での姉という存在は『最も身近な力の象徴』だった。でも今の彼女がどういう存在になっているのかは、わからない。
「知ろうとも思わなかったの?」
「……思わなかったわけじゃないけど、でもその時の俺は聞かなかった。興味ないって強がってたけど…多分、また姉貴のすごい話を聞いて、自分と比較して惨めになるのが嫌だったんだと思う」
自分が努力をしてきたのは結局姉のようになりたくてやってきただけ。だからイサナがどんなことをして、何を為したかを知ったらまた比較してしまうことがわかっていたからかつてのカイムは知ろうとしなかった。
だが今はどうだ。代理とはいえ、ジムリーダーになることもでき姉イサナのやっていないことを自分なりに考えながら努力を重ねてそれなりのものにできている。まだシロナの隣に立つには不足してはいるが確実に成長はしてきている。ここまでやってきてもまだ姉の背中を見ているかどうか、今のカイムにはわからなかった。
「結局俺はまだ、姉貴の背中を追っているだけなのかな」
「カイム自身はどう思う?」
「……それをずっとここで考えてたんだ。今もまだ劣等感というか…憧れつつ疎ましく思ってんのかなって」
カイムはバシャーモの頭を撫でながらそう呟く。まだカイムの中でも姉への感情がどういうものだったのかわかっていない様子だった。
「シロナってさ、どうしてバトルを始めたんだ?」
「私?そうね…特に理由はなかったと思うわ。ポケモンが好きで、バトルに興味があったからってことくらいかしら」
「そっか」
「カイムは…イサナさんに憧れて、だっけ」
「そう…だな。憧れて、というかなんというか…姉貴がバトルしてる姿がかっこよく見えたから、そうなりたかったんだと思う」
結果としてイサナのようにスマートにはできず、何度も負けて泥臭く鍛錬を続けていくようなものになった。
「今の俺にとって、姉貴はどんな存在なんだろう」
カイムは自身の悪癖をシロナやNの助言を受けて克服することはできた。しかしそれはあくまでバトル限定の話であり、根本的な自信の無さは解決していない。
それをどうにかするためには、カイムはその根源となったイサナともう一度向き合わなければならないだろう。
「きっとそれは、貴方にとって大切なことよ。ちゃんと考えて、向き合って答えを出さなきゃいけないわ」
「うん、わかってる。多分、この答えが出たからといって俺は劇的に変わるわけじゃないと思う。でもきっと、俺がいつかシロナの隣に胸張って立てるようになるためには必要なことだ」
強くなった自覚はある。本気のスモモを下したのが何よりの証拠だ。だがまだ足りない。トレーナーとしての実力も、学者としての知識もまだシロナに比べたら一人前には程遠い。今の状態に満足する理由にはならない。
「そうね。貴方はもう自分に何が必要なのかわかるんだった」
かつての迷走しながら努力を続けるカイムはもういない。
師匠としてできることが少しずつ減っていることは喜ばしい。弟子として成長していることは嬉しいことこの上ない。だが少しだけ、ほんの少しだけ寂しく感じられた。
「私ができることは、もう残り少ないかもね」
「はっ、それはない。トレーナーとしても学者としても俺はまだまだ未熟だ。どこまでいっても、結局俺はシロナの弟子であり続ける」
「…そう。嬉しいわ」
カイムは立ち上がり、バシャーモをボールに戻した。
「…長居しすぎた。日付変わっちまった」
「ああ、そのくらいになってても不思議じゃないわね」
「悪いな、こんな遅くまで付き合わせて」
「本当よ。何かお詫び欲しいわ」
「む、そうか…まあ今回は俺が悪いしな」
唇を尖らせるシロナを見てカイムは腕を組む。シロナは今すぐ何かして欲しいというわけではないのだろうが、何かしらのアクションはしたほうがいいとカイムは考えた。
そこでパッと思い付いたことがあったため実行することにした。
「シロナ」
カイムから呼ばれてそちらに視線を向ける。すると目の前にカイムの顔があった。
そして額に柔らかい感触を感じた。
惚けているとカイムの顔が離れていく。
数瞬後、何をされたのかを理解したシロナは顔を真っ赤に染めた。
「え、あ…」
「前にサザナミタウンで似たようなことされたからな。それと、コンテスト会場での仕返しだ」
「〜〜〜っ!」
顔から火が出そうなくらい熱くなるのを感じる。普段はほとんどシロナから攻撃をしているが、カイムがそれに反撃してくることは(そもそも攻撃してくることも)ない。それ故にシロナは攻撃することには慣れていても攻撃されることには全く慣れていなかった。時々反撃はされていたが、圧倒的に攻撃される回数が少ない。加えてカイムの反撃は一撃が重い。慣れていないシロナには一撃必殺に等しい攻撃だった。
「お、どうやら効果抜群みたいだな」
くつくつと珍しい笑顔が今だけはとても憎たらしく見えてしまい、シロナは頬を膨らませながらカイムの頬を引っ張った。
「いてて」
「もう!帰るわよ!」
「怒んなよ。怒っても美人なんだから」
「調子に乗らないの」
シロナはカイムの手を取り、赤くなった顔を隠すように片手で口元を覆った。感情は反撃されて不貞腐れているのに顔は緩んでいるのを見られないようにするためだ。
「帰るか」
「…うん」
カイムは先を歩くシロナの横に並んで手を繋いだまま帰っていった。
静かな波の音が響き、夜は更けていく。
ルチアとミクリ出せて満足。
もうちょっとルチアには活躍してもらいます。
そしてせっかくのホウエン地方なのでフロンティアブレーンも出したいなと思ってます。
ちなみに私がフロンティアブレーンの中で好きなのはコゴミとジンダイです。
イサナ
28歳
162cm
カイムの姉。レッドと同等レベルの才能を持ちながらもバトルに興味を示さなかった天才。あらゆることが少しの努力でできてしまうため、努力という概念を本当の意味で理解できたのは成人してから。努力を継続する才能以外、あらゆる才覚を持ち合わせている。なんでもできてしまうためできない人の気持ちを理解することが(かつては)できなかった。それが災いしてカイムの生き方に多大な影響を与えてしまう。そのことを家から出てから自覚し、以降カイムと距離を置くが本当はカイムのことは弟としてもっと可愛がりたかった。
現在はガラル地方でジムチャレンジャー達のスタイリストをしており、一児の母。旦那は船乗り、息子は一歳。相棒はゴリランダーとサメハダー。
逸話例
・父のポケモン(当時キモリ)を勝手に育ててたった3ヶ月でジムバッジをコンプリートした。
・8歳で地区大会に出場して歳上を含める対戦相手全員に3タテをキメた。
・旅の途中で会ったミクリに全勝した。
ナダ
54歳
178cm
カイムの父。ハイスクール(高校)の教師で、常に厳しい顔をしているが元からこういう顔であるため別に怒っているわけではない。
カイム同様凡人。昔はトレーナーとして名を上げようとしていたが、断念。同じようにトレーナーになりたいというカイムに同じ思いをしてほしくなくてカイムには特別厳しく接する。だがやると決めたことは全力で後押ししてくれるため別に仲は悪くない。
甘いもの好きで、学校でソフトクリームを食べているところを生徒に目撃され渾名が『ソフト先生』になった。天然。相棒はラグラージとイサナが勝手に育てたジュカイン。共に旅をした相棒のケッキングはカイムが10歳の時に寿命により大往生。
タキ
55歳
158cm
カイムの母。おっとりしているが、怒ると訛り口調になりながら笑顔で手を出してくるためナダは怒らせないように気をつけている。普段は優しく物腰柔らかい性格をしており、顔が広い。ポケモンに好かれやすいカイムの特性はタキ譲り。
イサナ程ではないが、バトルの才能はかなりのもので現ガラル地方ジムリーダーのカブとホウエンリーグの準決勝で戦い、あと一歩届かず負けた。相棒はエルフーンとエーフィ。
グウラ
一歳。イサナの息子。父親は仕事でカイム達が来る二日前にガラルに戻っただけで別居してるとかではない。
カイム
帰省を嫌がった駄々っ子。普段はお兄ちゃん属性だが、家族の中では末っ子扱い。実際末っ子。知らない間に叔父になってた。攻撃されまくったせいで攻撃されることに慣れて逆に攻撃することを覚えた。
シロナ
両親がどうなっているのか不明で今後も多分明かされないだろうからそもそも知らないことにした。妹がいくつなのかもよくわからないのでとりあえずカイムと同い年に。遠くない未来、カンナギタウンに挨拶に行く。攻撃力は高いが攻撃されるのは弱い。はよ婚約しろ。
ルチア
ポケモンコンテスト会場があって水タイプのエキスパートのミクリの姪っ子ということで絶対に出すと決めていた。最果ての孤島に同行。
ミクリ
おじさま。今回二人に船を貸してくれます。出番は今回だけではない。
ダイゴ、ミクリ、ルチア、シロナでなんかしたいなーと思ってます。ホウエン地方のトレーナーみんな好きなので。
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チャンピオンズトーナメントで戦う相手
-
ワタル
-
ダイゴ
-
ミクリ
-
アイリス
-
カルネ
-
ダンデ
-
レッド