ただただシロナさんとまったり過ごすだけの話   作:職業病

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本編とうとう20話です。


日間ランキング19位ありがとうございます。

前回の更新で『カレーが甘口になった』『コーヒーが甘ったるくなった』『はよ結婚しろ』『ここは砂糖生成所か』などの苦情を受けました。心から反省しております。
皆様の苦情を受けまして、『そうか、砂糖が足りなかったのか』と考え、深く反省をしました。そこでお詫びといたしまして、今回追加で砂糖をお送りしたいと思います。後半にかけて砂糖が多くなるので、ブラックコーヒーを今回もご用意ください。

先日Twitterで『シロナとの思い出』というハッシュタグがトレンド入りしていました。作者のシロナさんとの思い出は『服装的にブラッキーとか出てきそう』と考えていたけど全然そんなことなくて、レベリング不足でガブリアスに6タテされた思い出です。

毎回誤字報告してくださる皆様、ありがとうございます。
20話です。


20話 キッサキシティ

開け放った窓から吹き抜ける風の冷たさに思わずシロナは身震いする。空は快晴だが、日差しはどことなく寂しげな雰囲気になっており、冬の近づきが感じられた。

 

「冬が近いわね」

 

北に位置するシンオウ地方の冬は非常に寒く、雪も多く降る。最北端に位置するキッサキシティなどは街の大半が雪に覆われるほどだ。

ミオシティは海が近いためか比較的雪が降る量は少ないが、決して降らないわけではない。

 

「そろそろ降りそう」

 

シンオウ地方は地域にもよるが、秋頃には雪が降り始める。故にミオシティでも雪が降り始めてもおかしくはない。

視線を外からシロナの研究部屋の机に移す。そこにはカイムの神話に関する書きかけの論文があった。

 

「もう少し、資料が欲しいわよね」

 

カイムの神話に関する論文は論点やリファレンスなどもなかなか良い視点で書かれている。元々シロナはカイムの目の付け方に可能性を感じて助手にスカウトした。そのシロナの予想通りカイムは鋭い視点から論文を書き綴ってきている。論じ方も問題ないし、論文としての構成方法も概ねできている。しかしまだ結論へと至るまでの証拠となるものが足りていない。

ここ二、三週間ほど資料集めと執筆をジムリーダー業と並行してやっていたため、論文の執筆は進んでいる。だがやはり初めて書く論文であるためまだまだ文章や書き方が拙い部分がある。加えてジムリーダー業と並行して行うことは並大抵の労力ではない。そのためかここ数日のカイムは少し疲れているようにも見えた。

 

「年末の査読日まで日があるし、もう少し詰めていきたい…」

 

今ある資料と参考文献だけでもそこいらの論文と比較しても出来はいい。しかしシロナが見る以上、そんな妥協は許さないし、カイム自身もそんなことはしない。できることは徹底的にやり尽くしていくつもりだ。

添削を行った場所を赤で記入し、それをそのままカイムのアドレスへと送った。

 

「いい線いってるわ。頑張って」

 

激励の言葉とともにシロナは窓を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トバリジム

カイムはジムトレーナー達とのトレーニング中だった。

トレーニングの休憩中、スマートフォンを見るとシロナから論文の添削が返ってきていた。

 

「…………」

 

赤字で書かれた添削の文字を読みながら頭の中でどう直すかを構成していく。水分補給をしながらスマートフォンからタブレットへと持ち替えてシロナの添削した論文をどんどん読み進めていった。

そのカイムに対して少年のジムトレーナーが声をかけてきた。

 

「カイムさん、次のメニューについてなんですけど…」

「ん、ああ。次はスパーリングだ。ジム所属のポケモン達の相手をメインにやっていく」

「わかりました。それ、お仕事ですか?」

 

ジムトレーナーはカイムの持つタブレットの画面を覗き込みながら言った。

 

「ああ」

「すごいですね。ジムリーダーやりながら他のお仕事も並行してやるなんて」

「そう、かもな。自分がやりたくてやってる仕事だがな」

「学者さんなんですよね」

「半人前だがな」

 

この論文を書き上げ、査読に通って初めてカイムは学者として一人前になれる。そう思いながらカイムは論文を書き進めていた。

 

「学者とジムリーダーかあ…かっこいいなぁ。チャンピオンのシロナさんみたいだ」

 

この少年のジムトレーナーは最近ジムに入会してきたため、カイムがシロナの弟子であることを知らない。隠しているわけではないが、わざわざ言うことでもないためカイム自身も他のトレーナー達も聞かれない限り口外はしないようにしている。

 

「…ああ、チャンピオンな」

「すごいですよね。十年以上もチャンピオンを防衛しているなんて」

「そうだな」

 

何しろカイムがバトルを再びやろうと思うきっかけを作った人物だ。カイムが知っている中では、最も強く、美しい輝きを持つ存在だった。

 

「かっこいいよな」

「ですよね!って、あれ?」

「ん、なんだ」

 

少年はカイムの顔を見て意外そうな顔をする。

その理由がわからず、カイムは首を傾げた。

 

「カイムさん、そんな風に笑えるんですね!」

 

自覚はなかったが、カイムは僅かに笑っていた。

この少年トレーナーはトバリジムに所属した時からジムリーダーがカイムだったが、所属以来カイムが表情を動かしている場面をほぼ見たことがなかった。淡々とジムリーダーとしてチャレンジャーやジムトレーナーを相手にする姿を見て悪い人ではないことはわかるのだが、いかんせん表情が全く動かないためどことなくとっつきにくいイメージを受けていた。

しかし今シロナの話が出た際のカイムの表情は非常に柔らかく、温かいものだった。そんな柔らかい表情ができることに少年トレーナーは驚きの声を出していた。

 

「……俺も人間なんだが?」

「す、すみません!ぼくが入ってからカイムさん、ほとんど笑わなかったから…」

「…まあ、感情の起伏が乏しいのは自覚してる。気にしなくていい」

「ありがとうございます。それでカイムさんは、チャンピオンのファンなんですか?」

「なんでそう思った?」

「だってチャンピオンの話をしたら笑ってくれたじゃないですか。だからそうなのかなって」

 

少年の言葉にカイムは少し考える。

ファンか、と言われればそうだろう。実際はそれ以上の関係ではあるが、シロナの姿に魅せられた結果カイムは今こうしてここにいる。

 

「…ああ、そうだな」

「やっぱり!チャンピオン、かっこいいですよね!」

「ああ。あんな風にかっこよくなりたくて、俺はバトルを始めたんだ」

「カイムさんはチャンピオンに憧れてバトルを始めたんですか?」

「そうだな。バトルを始めるきっかけなんて、大体みんな誰かに憧れてって感じだろ」

 

ポケモンバトルというのは世界的に最も広まっている競技だ。そのため年若い少年少女がポケモンリーグで戦うトレーナーを見て、その姿に憧れるのはよく聞く話である。

 

「そうですね。ぼくもそうです」

「お前は誰に憧れたんだ?」

「ぼくは最初カントーの四天王であるシバさんに憧れました。でも今はぼくとそう変わらない歳で『レジェンド』とまで呼ばれるレッドさんを目指してます!」

 

ポケモンリーグ本部、セキエイ高原カントーリーグチャンピオンのレッド。その名は世界的にも広く広まっている。多数の地方に存在するポケモンリーグ。その中でも最高峰のレベルの高さを誇るカントーリーグのチャンピオン。それだけでも有名になるのには十分すぎる肩書きになるが、レッドはそのカントーリーグを僅か10歳という若さでチャンピオンへと至った。しかもトレーナーとして旅に出てからそこに至るまでの期間、なんと一年。たった一年で世界の名だたる強者達を薙ぎ倒し、頂点へと至ることがどれほど難しいことか語るまでもない。

レッドがチャンピオンへと至る前は決勝戦でレッドと戦ったグリーンの方が有名だったが、レッドはチャンピオンへ君臨した後に参加した全ての大会で圧倒的な強さを見せつけ、世界に名を轟かせた。

 

「レッドか。すごいよな。まだ12歳くらいだろ」

「はい。ここ最近は全く大会にも姿を見せていませんけど、噂ではシロガネ山で修行しているとかなんとか」

 

シロガネ山はカントー地方とジョウト地方の間に位置する山だ。非常に標高が高く美しい山だが、そこに生息するポケモンは野生のポケモンの中でも最も高いレベルを誇るだけでなく、凶暴性も全世界の中で屈指のものだ。シロガネ山にはポケモンリーグに認められたほんの一部のトレーナーだけしか入ることができない。

 

「…シロガネ山で修行、か」

「さすがに尾鰭がついたものだと思いますけどね」

「………さてな」

 

カイムはレッドと出会った時のことを思い出す。姉であるイサナ同様育成の天才であり、ポケモンを心の底から愛している少年。無口でほとんど喋らない少年だったが、自身とポケモン達を鍛えることには心血を注いでいた。

 

「…あいつならやりかねん気もするが」

「え?」

「いや、いくらあれだけの腕があってもルール無用の殺し合いみたいな場所じゃしんどいんじゃねえかな」

「ですよね。いくらレッドさんでも、シロガネ山に籠ったりしませんよね」

 

少年はそう言って納得した様子だったが、カイムは少年とは違う理由で納得した。

少年が言っていた噂は、恐らく本当だろう。無論四六時中シロガネ山にいるわけではないのだろうが、それでもシロガネ山に修行に入っているという可能性は高い。

 

「かもな」

 

それだけ言ってカイムは立ち上がる。

 

「さ、トレーニングを再開するぞ」

「はい!」

 

カイムは休憩中のトレーナー達にも声をかけ、トレーニングを再開した。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

夕食を済ませた後、カイムは庭でメタグロスの鋼の身体を磨いていた。磨かれているメタグロスは気持ち良さそうにしている。

 

「あら、メタグロス気持ち良さそうね」

 

そこにシロナが温かいお茶を持ってきた。

カイムはそれを受け取り、メタグロスの上に座りながらお茶を啜る。

 

「上に座っていいの?」

「メタグロス、上に乗ってもらうのが好きみたいでな。座り心地もいいから時々座らせてもらってる」

「よく懐かれてるじゃない」

「まあな」

 

バトルフロンティアでのバトルを見て以来、メタグロスはカイムのことを信頼した。バトルの腕だけでなく、ポケモンのことを考えた言動や行動は信頼するに足るものだった。

 

「論文の添削読んだ?」

「ああ。先はまだ長いが、終わりは少し見えてきた」

「そうね。結論までの構成はあれでいいと思う。けど、まだ信憑性を深めるための材料が不足してるわ。どうせ出すなら、完成度はより高いものにしないと」

「わかってる。その件に関して頼みがある」

「珍しい。何?」

「資料集めのために現地に行きたいんだ」

 

どこかに取材にいく申し出は基本いつもシロナが言い始める。故にカイムが自分からどこかへ行きたいというのは珍しかった。

 

「俺の論文は、神話同士の対立について書いている。ディアルガ、パルキア、ギラティナサイドの資料は元々多くあるからいいが、どうしても対立するもう一つの宗派…『巨人』と呼ばれるポケモンの方は少なくてな」

「そうね。貴方の論文を見ても、その資料が少ない理由も納得いくわ」

 

今回のカイムの論文で指摘されていたのは参考文献の少なさとそれによる理論の不足だった。それを埋めるためには資料の絶対数を増やすしかない。

 

「ああ。だが何にしても、シロナが言うように参考文献が少ないのも確かだ。だからこそもっと資料が必要なのもよくわかる。だから行きたい場所がある」

「学びたいという心があるなら、それを腐らせるのは学者とは言えないわね。それで、どこに行きたいの?」

「キッサキシティ。シンオウ地方で巨人を祀っている唯一の神殿がある」

「いいわ。スケジュール調整するからできるだけ早く行きましょ」

「ありがとう」

 

カイムはメタグロスを撫でる。

撫でられたメタグロスは目を細めて気持ちよさそうに身じろぎをするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二週間後

吹き抜ける風は酷く冷たい。まだ真冬の季節ではないはずだが、北国であるシンオウ地方の最北端の土地は非常に寒い。夏は涼しいが、冬は寒い。秋であっても、真冬並みの寒さになる。

 

「寒いな」

「北国の最北端の街だもの。寒いわよね」

「割と久しぶりだな、ここにくるの」

 

二人が訪れたのはキッサキシティ。シンオウ地方最北端の街だ。

 

「あっ!カイムさーん!シロナさーん!」

 

街の入り口には制服に学生鞄を持った少女、スズナが立っており手を振っていた。

 

「スズナちゃん。ポケモンリーグ以来ね」

「お久しぶりです!お元気でしたか?」

「ええ。スズナちゃんも元気そうね」

「もちろんです!カイムさんも元気でしたか?」

「ああ」

 

淡白な返事をするカイムに特に気を悪くした様子もなく笑顔で続けた。

 

「話は聞いてますよ。キッサキ神殿に入りたいんですよね」

「ああ。頼めるか」

「いいですよ。門番の人にも話は通してあるので好きに出入りしてください」

「すまん、助かる」

「いえいえ。大丈夫です」

 

スズナは学生鞄を背負い直すと、歩き始めた。

シロナとカイムもスズナに続いた。スズナはキッサキジムの方に足を進めていく。

 

「あたしはこのままジムに寄りますけど、お二人は神殿行きますよね?」

「ええ。でも先に荷物を置いてから行くわ」

「じゃあ門番の人に連絡しておきますね。お仕事頑張ってください!」

「ありがとう」

 

ジムに走って行くスズナに手を振り、シロナとカイムは宿泊先のホテルに荷物を預け、調査に必要なものを一式持ってキッサキ神殿へと向かった。

 

キッサキ神殿前には門番のトレーナーが立っており、門番はシロナとカイムに気づくと声をかけてきた。

 

「シロナさんとカイムさんですね。スズナさんから話は聞いていますので、ご自由にお入りください」

「ありがとうございます」

「一応この神殿は六時には閉めることになってますので、その時間まではお好きなように」

「わかったわ。いきましょう」

「ああ」

 

シロナとカイムはキッサキ神殿へと入っていく。

神殿の中は薄暗く、経年劣化によって少し荒れていた。

 

「前来た時と変わらんな」

「変わってたら困るわよ」

「それもそうだな」

 

カイムはメモ帳を開き、スマートフォンのライトでメモ帳を照らしながらページをめくっていく。

 

「このキッサキ神殿は岩、氷、鋼という大地を構成する三つの要素で身体を構成している存在の王が祀られているって言われている」

「岩、氷、鋼…レジロック、レジアイス、レジスチルね」

「ああ。その王…レジギガスが祀られている神殿だ」

 

カイムの論文は『アルセウスとレジギガスの対立』についての論文だ。アルセウス自身の文献は少ないがディアルガ等に関する文献は非常に多い。つまり、アルセウスに間接的でも関連する神話は多いことがわかる。

だがそれに対してレジ関連の文献は少ない。現時点ではこの二つの存在が対立していた、という明確な記述はない。しかしカイムはこの二つの存在が対立していると考えた。そう考えるようになったきっかけとしてやりの柱とキッサキ神殿の立地条件があった。やりの柱はシンオウ地方の中心に位置するテンガン山に存在する。対してキッサキ神殿はシンオウ地方最北端に小さく鎮座している。どちらも神と呼ばれる存在であるにも関わらずここまで扱いに差があるのもなにか原因があるとカイムは考えたのだ。

 

「今見つかっているプレート…それに刻まれた神話からもこの対立はなんとなく見て取れる。決定的なことは一切書かれてないが、ポケモン達に『タイプ』という力を与えたのはプレートからのエネルギー、ということが書かれていた。だがこの神話が刻まれたプレートはどこから来た?何が原産なのかを考えたら、『どこかから奪ってきた』と考えるのが自然だ」

「アルセウスが自分で持っていたっていう可能性はないの?」

「文献にあったんだが、プレートを握りし者、その力を発揮する的なことが記された神話がある。これを信用するのなら、プレートという存在はアルセウスでない別の存在から生まれたものだとわかる」

「そうなのね」

 

まるで知らなかったような反応をするシロナにカイムは意外そうな声を上げる。

 

「てっきり知ってると思ったが」

 

知っていた上で、あえて喋らせてきたのだと思ったが、口調から察するに本当に知らないらしい。カイムの中ではシロナは神話に関してはなんでも知っているイメージがあったため、少々意外だった。

 

「私だって知らないことくらいあるわ。私の専門の神話は主にアルセウスを主軸とした神話よ。だからレジギガスに関する神話は文献があまりないこともあるけど、専門外のことだとさすがに知らないともあるわ」

「専門外でも詳しすぎる気がするがな」

「学者たる者、専門外であってもアンテナは張っておくべきよ。どこで繋がりができるかわからないからね。色んなことを知っておけば必ずいいことがあるわ」

「肝に銘じよう」

 

二人は一階の奥まで進む。奥には人型に見えなくもない巨大な石像が鎮座していた。

 

「この石像…レジギガスの?」

「多分な」

「…前の時も思ったけど、ただの石像には見えないわね」

 

シロナが言うようにこの石像からはなんとなく力を感じる。ただの石造の像ならばこんな力は感じないだろう。ただ力を感じるだけで特別何かがあるというわけではないのだが、何かしらの意味を感じずにはいられない。

 

「以前来た時はこの一階しか見れなかったからな。この神殿にプレートに関する何かがあればなって思ってんだが、何とも言えないな。とりあえず下りていこう」

「ええ」

 

二人は階段を下りて地下へと下りていく。キッサキ神殿にはあまりものはない。レジギガスを祀っているため所々それを思わせるものはあるが、基本荒れ果て床が凍っているだけだった。

 

「下の階もあんまりものはないのね」

「みたいだな。基本人が出入りしない場所だから荒れてるのは仕方ないだろう」

「カイムが欲しいものはあるかしら」

「さてな。ここにはないかもしれんが、神殿の近くにある展示室にはあるかもな」

 

キッサキ神殿の近くにあるキッサキシティの公民館のワンフロア。そこにキッサキ神殿に関するものが展示されている。一部の資料に関しては一般公開されていないが、それに関してはシロナの権力でゴリ押しでいけると勝手にカイムは考えていた。

 

「滑る場所がある。気をつけろ」

 

シロナに手を貸しながらカイムは進んでいく。道中住み着いた野生のポケモンが出てきたりしたが、特別何事もなく進むことができた。

キッサキ神殿の最深部は床一面が凍っており、その奥には巨大な像が鎮座しているのが見えた。

 

「ここが最深部…」

「…みたいだな」

 

カイムは先へと進む。凍って滑る床を器用に進んでいき、石像の前へとたどり着く。

 

「来れるか?」

「ええ。少し待って」

 

シロナもカイムに続いて進んでいく。カイムほど器用には進めないが、少しずつ進む。

 

「気をつけろ」

「う、うん」

 

足元が少々覚束ないが、それでもちゃんとカイムのように進むことができた。

 

「よし、ついたっ⁈」

 

最後の最後に気を抜いてしまい、シロナは転びそうになる。倒れてきたシロナの身体をカイムは受け止めた。

 

「最後に気ぃ抜いたな。気をつけろって言ったろ」

「ごめん。ありがとう」

 

カイムの手を借りて立ち上がる。受け止められた時のカイムの腕の感触に少しだけ胸が高鳴るが、今はときめいている時ではないと自分に言い聞かせて目の前の石像に視線を向けた。

 

「……これは」

「何か、すごいな。よくわからんが覇気のようなものを感じる」

「わかるわ。この石像、ただの石像じゃないわね」

 

石像から感じるエネルギーは普通のものではない。何か大きな力を持つ者が『眠っている』ような雰囲気を感じた。

 

「…眠っているのか?」

「カイムもそう思う?」

「ああ。こいつはただの石像じゃない。こいつ自身がポケモンだ」

 

ただの石像がここまでの覇気を発するはずがない。この存在そのものがポケモン…つまりレジギガスであることに二人は気がついた。

 

「なるほどな。こんなものがいるんじゃ、何もない神殿だったとしても一般公開はできねえわな」

「もしレジギガスを目覚めさせて悪用しようと考える人がいたらまずいもの」

「ん…身体に何か書かれているな」

 

石像の胸元に何か文字が彫られているのが見えた。そこに記された文字をカイムは読みながらメモ帳に書き込んでいく。

 

「『岩の身体、氷の身体、鋼の身体。三つの存在(ポケモン)集まりし時、王はその姿を見せる』…ね。これはレジ系の三体のポケモンのことを言っているんだろうな」

「でしょうね。タイプも一致するし」

「…レジ系の三体を従えるトレーナーなんてそういないと思うんだがな。そもそもどこにいるのかも不明だし」

「神殿はここまでみたいね。どうする?」

「出よう。これ以上ここにいる理由はない。この石像がレジギガスそのものであることはわかったが、俺の論文に使える材料じゃない」

 

カイムはメモ帳をしまうとシロナに手を差し出した。

 

「え?」

「え、じゃねえよ。放っておいたらまた転ぶだろお前」

「あ、そういうこと。ありがとう」

 

シロナはカイムの手を取り、カイムに続いて凍った床を進んでいった。カイムの手助けもあり先程よりも危なげなく進むことができた。

 

「ありがとう。助かったわ」

「ああ」

 

カイムはシロナの手を離そうとしたが、シロナはカイムの手を離すことはせずぎゅっと握った。

 

「おい」

「いいでしょ?ここには誰もいないんだし、上に出るまで繋いでてもなにも問題ないはずよ」

 

カイムは人前で手を繋ぐなどのスキンシップをあまり好まない。絶対に断るというほどのものではないが、いい顔はしない。しかし人目のつかない自宅等の場所であれば拒むことは一切しなかった。

ここ数日、キッサキシティに調査に来るために仕事を色々と片付けてきたため二人の時間というのをあまり取れていなかった。そのためシロナはカイム成分(?)とやらが不足していたらしく、キッサキシティに来るまでの電車でも腕を組むなどスキンシップを積極的に取ろうとしてきた。

 

「…神殿から出るまでだからな」

「ありがと」

 

シロナはカイムの言葉を聞くと上機嫌になりカイムの腕を胸に抱いた。

鼻歌交じりに進んでいくシロナのことを横目にカイムは小さくため息を吐きつつも、ほんの少しだけ頬を緩めるのだった。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

キッサキシティ公民館

展示室

 

「ここにはキッサキ神殿に関する資料が展示されている」

「でも一般公開されている資料は把握しているんじゃないの?」

 

展示室に公開されている資料程度ならネットで調べれば出てくる。その程度のことを見逃すほどカイムは未熟ではない。

 

「ああ。ちょいと手伝ってもらうぞ」

「え?」

「一般公開されていない資料もあるはずだ。シロナの権力を使って見せてもらう」

「なるほどね。いいわよ」

「助かる」

「図太くなったじゃない」

 

昔のカイムなら恐らくこういうことは嫌がっただろう。自分の力でどうにかできないことを他者の力を借りてやろうとは思わなかった。しかし今は頼れる存在には遠慮なく頼ることを知った。そしてそれが自分だけでなく他者のためにもなることがあることも。

 

「いいだろ?」

「もちろん」

 

カイムは公民館の職員を呼んでくると、事情を説明した。最初は何事だと身構えていた職員だったが、シロナがいることを知ると責任者に問い合わせて許可が下りた。

公民館の地下にある保管庫に通された。

 

「キッサキ神殿に関する書物と、発掘されたプレートか」

「みたいね。多くはないけど、貴重なものよ」

 

手袋をつけてカイムは慎重に文書を手に取る。中に記されていたのは、キッサキ神殿の発祥と中に鎮座する石像について書かれたものだった。

 

「……キッサキ神殿の発祥か。それとあの石像…レジギガスについてといったところだな」

「そうみたいね。アルセウスとの対立については書かれていないけど、やはりあの石像がレジギガスで間違いはないみたいね」

「この文書が一般公開されていないのはあの石像がレジギガスそのものであることが事実だと記されているからか」

 

レジギガスが本物だと記されているものを一般公開しては、わざわざ神殿を公開しない意味がない。だからこそこの文書を公開しないのだろう。

文書をそっと保管場所に戻すと、次はプレートを手に取った。プレートは冷たく、僅かに冷気を放っている。

 

「これはつららのプレートね」

「氷タイプの力が結晶化したものだな。これは神話の時代から存在するプレートだな」

 

プレートはノーマル以外の全てのタイプが存在している。正確な結晶化方法はまだ不明だが、現時点ではポケモン達の持つエネルギーやその土地に宿るエネルギーが集まり結晶化する、というのが通説だ。

 

「このプレートに記された文字が、何か鍵になってくれればいいんだが」

「古い文字だから読みにくいわね…えーと、『宇宙生まれし時 そのカケラ プレートとする』…ね」

「プレートが宇宙が生まれた時、一緒に生まれたってことか?」

「そうなると、宇宙を創り上げたアルセウスが作ったって考えるのが自然よね」

「そうでもない」

「え?」

 

シロナの言葉を遮るカイムにシロナは思わず聞き返した。

 

「どういうこと?」

「アルセウスは確かに宇宙を創り上げたと記されている。仮にその通りだったとして、このプレートに記された文章からわかるのは『プレートは確かに宇宙創造と同じタイミングで生まれた』ということと、『そのプレートをアルセウスが意図して創り上げたかどうかは別』ということだ」

 

少なくとも明らかになっている神話では、『アルセウスがプレートを創り上げた』とは一言も言っていない。つまりこのプレートはアルセウスが創り上げたかどうか別と解釈することもできる。

 

「つまり、あくまでアルセウスが創り上げたのは宇宙だけであり、プレート自体は意図的に創り出したものではないってこと?」

「ああ。宇宙が創造された際のエネルギーの残り滓…それがプレートなのだろう。それにこれだけじゃない。あくまでできたのはエネルギーのカケラ…それ自身が初めからプレートだったかどうからわからない」

「できた当初からプレートだったかどうか、ね。確かに説の一つとしては大いにあり得るわね」

 

カイムの仮説では、このプレートができた当初はレジギガス系統のポケモン達として生まれ、そしてアルセウスとの戦いに負けたためプレートという形でエネルギーを搾取されたのではないか、というものだ。

現在見つかっている神話の時代にできたプレートの文章は公開されていない。しかしわかることとして、主にアルセウスの神話に関することだということ。レジギガスに関連することはでてきていない。

 

「理論を確定させるにはちと弱いが、無いよりははるかにいい。少なくとも矛盾はしていないし、理論の裏付けの材料程度にはなるはずだ」

「そうね。しかしこうなると、他のプレートの文章も調べてみたくなるわね」

「ああ。だがそもそも発掘されていなかったりするものが多い。見つかるならいいが、ないものねだりする暇はない。とりあえずこれだけわかれば十分だ」

「よかったわね」

「そうだな」

 

つららプレートの記録を取り、他にも何かないか保管庫の中に保管されていたものを端から端まで記録を取る。

そうこうしているうちに時間はかなり経っており、気がつくと夕方になっていた。

 

「もう夕方か。やることがあると、時間が経つのは早いな」

「そうね。有益な時間にできた?」

「ああ。ありがとう」

「ふふ。師匠として当然のことよ」

 

シロナは上機嫌に公民館を出てカイムもそれに続く。

公民館を出た瞬間、カイムのスマートフォンが振動するのを感じた。

 

「ん?誰だ?」

 

カイムが画面を見ると、そこにはスズナの文字が記されていた。

 

「スズナちゃんね。どうしたのかしら」

「さあな。とりあえず出てみる」

 

スマートフォンを操作して、スズナからかかってきた電話に出る。

 

『もしもーし!カイムさん、今大丈夫ですか?』

「ああ。どうした」

『お仕事は終わりましたか?』

「とりあえずな」

『よければ晩御飯一緒に食べません?今日はキッサキシティに泊まるみたいですし、お二人と話したくて』

 

カイムはスズナの提案をシロナに伝える。シロナはスズナの提案をノータイムで頷いて了承した。

 

「ああ、いいぞ」

『やった!お二人今どこですか?そちらに行きますよ』

「公民館だ。スズナはどこにいる」

『あたしはジムですよ』

「ちょうどこっちは移動するところだったんだ。俺らがそっち行くよ」

『えっ、いいんですか?』

「構わん。じゃ、そっちにいくから」

 

カイムは電話を切ってシロナに視線を向ける。会話を聞いていたシロナは頷くと二人はキッサキジムの方面へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

キッサキジムに入ると、外とあまり変わらない冷気がジム内から漂ってきた。

 

「あ、シロナさーん!カイムさーん!」

 

ジムの一番奥でスズナが二人に手を振っているのが見えた。スズナは走って二人に近寄ってきた。

 

「お仕事お疲れ様です。お誘いに応じてくれてありがとございますね」

「いいのよ。あまり話したことなかったし、話せる機会が増えて嬉しいわ」

「そう言ってもらえたら何よりです。とりあえずジムリーダールームに来てください。お茶をお出ししますので」

 

スズナは二人を連れてジムリーダールームへと向かっていった。

連れてこられたジムリーダールームはスズナの好きなようにカスタマイズされており、女子高生らしいシンプルだが可愛らしい雰囲気を出しているだけでなく、ジムリーダーという立場がわかるような部屋になっていた。

 

「ほとんど私物化してる部屋ですけど、リラックスしてください」

 

スズナはポットからお湯を注ぎ、二人にお茶を出した。

 

「ありがとう」

「いえいえ」

 

お茶を一口飲むとスズナは話し始めた。

 

「それにしても、わざわざキッサキ神殿に来るなんてお仕事大変ですね」

「んー…大変といえば大変でしょうけど、好きなことだからできるわね」

「好きなことだと夢中になれますよね!好きなことに気合入れてやればなんでもできます!」

 

スズナは何事においても気合に重きを置いて行う。本人曰く『バトルもオシャレも恋愛も全部気合』とのことだ。カイムにはイマイチ理解できないが、そのようなコンセプトを持つことが大切だというのはここ数年の修行でよく理解している。

 

「ただ今回は私の用件じゃなくてカイムの用件で来たのよ」

「あ、カイムさんの案件だったんですね」

「……そんな意外か?」

「いえ。意外というほどではないです。でもシロナさんの用事って言われた方が納得しやすいです!」

 

スズナの中ではカイムはジムリーダーというイメージの方が強い。本人からシロナの助手であるということを聞いていたため、カイムも学者だということはわかっていた。しかしそれ以上にスズナの中ではカイムという存在はシロナを支える優秀なサポーター兼ジムリーダーというイメージが強かった。

 

「そらそうか」

「ジムリーダーって学生以外の人は大体何か兼業してますよね。あたしも将来何かやるのかなあ」

「想像つかない?」

 

シロナの言葉にスズナは苦笑しながら頷く。

 

「はい。あたし、今のところバトルしかやりたいことないんです。トレーナーズスクールの講師もやってますけど、ずっとやっていくわけじゃない。それで将来はどうしてるのかなんとなく不安があるんですよね」

「進路の不安か。気持ちはわかるわ。自分の将来ってどうなるか不安に思う時はあるわよね」

「シロナさんもそういう時期があったんですか?」

「ええ。私にもあったわ」

 

シロナもかつては学者とチャンピオンという二足の草鞋を履いていくことに不安を感じた。シロナは秀才ではあったが、天才ではない。そのため両立することに対して大きな不安を当初は感じていたし、何度も辛い境遇に陥った。

しかしその度に悩み、考え抜くことで自分が納得できる道を歩むことを選んだ。その過程でたくさんの困難が待ち受け、仮に目標が達成できなかったとしても『やらなかったこと』に対して後悔したくなかったからだ。

 

「悩むことは悪いことじゃないわ。たくさん悩んで決めた方がきっといい選択ができるわよ」

 

スズナはシロナの答えを聞くと表情を柔らかくして安心したような声を出した。

 

「えへへ。シロナさんみたいにすごい人でもそういう時期があったって考えると、少し安心します」

「そう?」

「はい。すぐには決まらないとは思いますけど、ちゃんと悩んで考えて決めようって気持ちになれました。迷うことが間違いじゃないって思えたんで」

 

快活に笑うスズナは照れ臭そうに頬をかく。

 

「すみません。呼んでおいていきなりあたしの進路相談なんて」

「気にしないで。スズナちゃんは…今ハイスクールの二年生よね」

「はい」

「じゃあ進路のこと、真剣に考えなきゃいけない時期ね」

「はい。だから、ちゃんと考えます」

 

スズナの言葉にシロナは頷く。

そこでスズナは思い出したようにカイムに向き直った。

 

「あ、そうだ。スモモの話聞きました?」

「どの話のことだよ」

 

カイムは留学に行ったスモモとちょくちょく連絡を取っている。そのため色々と話を聞くのだが、スズナがどの話のことを言っているのかわからなかった。

 

「来月帰ってくるって話です!」

「ああ、それか。一応聞いてる。来月の下旬に帰ってくるんだってな」

 

スモモは来月の下旬あたりにガラル地方での留学を終えてシンオウ地方に帰還するとのことだった。

 

「そう!やっと帰ってくるの!嬉しいな!」

「スモモは、お前の妹分だもんな」

「うん!いきなり留学行くって聞いたときはびっくりしたけど、あの子が考えた結果だからね」

「ああ。あいつが帰ってきたら、俺のジムリーダー業はそこまでだ」

 

スズナはその言葉を聞いて、あっと声を上げた。

 

「そっか!カイムさんって代理だった!」

「ああ。正規のジムリーダーが戻って来るならわざわざ代理がジムリーダーやる必要もないしな」

 

カイムはあくまでスモモが帰ってくるまでの代理。ポケモンリーグのジムリーダー承認試験を受けたわけでもない一時的な代役にすぎない。故にちゃんとした試験を受けた人物がいるのであれば、そちらがやるべきだろう。

 

「そっかー。せっかくジムリーダーになったのに、もう終わりなのね」

「決まってたことだ。それについてどうこう言う気はない」

「カイムさんならそう言うよね。それでその後はどうするの?」

 

ジムリーダーを務めるだけの実力があるとわかった以上、ただのジムトレーナーに戻るというのも勿体ない。ジムリーダーほどの実力があれば、バトルという環境を仕事とするのならどこであっても即戦力になり得る。

 

「んー…今のところあんま考えてねえ。とりあえずは普通のジムトレーナーに戻る予定だが、確かにジムリーダーやってたのにただのジムトレーナーに戻るのもな」

 

スモモがジムリーダーに戻るのであれば、トバリジムには実質的にジムリーダーが二人いることになる。そうなると、ジムの運営は非常に楽になるだろうが、人材としては十全に発揮できているとは言い難い。加えてスモモは以前よりも強くなって帰ってくるだろう。そうなればますますカイムの存在が勿体なくなる。

 

「まあそのあたりはスモモが帰ってきてから考える。今はまだトバリジムリーダーだから」

「そうだね。今すぐ決めなきゃ行けないほどのものじゃないもんね」

 

今後カイムという人間の立場がどのようなものになるかはわからない。しかしカイムはなるようになると考えており、そこまで重く考えていない。

 

「カイムさんならどっかのジムリーダーになってもおかしくないね!試験あるけど、今のカイムさんなら絶対受かるし!」

「さてな。どんな試験なのかわからんから断言する気はない」

「私もどんなものなのかはイマイチ知らないけど、でもバトルの腕でも頭脳のレベルでも高水準になってるんだから」

「言い切るんだな」

「もちろん。ここ数年、貴方の成長を一番間近で見てきたのは私よ?信じない理由はないわ」

「そいつはどーも。その通りかもしれんが、俺はまだ自分を他のジムリーダーと同列だとは思ってない」

「え?そうなの?カイムさん、スモモに勝ったんだしそう思っても問題ないと思うんだけど」

 

全力のジムリーダー相手に勝てるトレーナーはそう多くない。それが実現できた以上、カイムはジムリーダーとして胸を張れる存在だとスズナは考えていた。

 

「一応勘違いしないでもらいたいが、ちゃんと自分の実力は信頼している。ここで俺が自分の実力を卑下したら、それは同時に俺の相手をしてくれたスモモのことも卑下することになるからな。同列じゃないっていうのは、世間的に認められていないって意味だ」

 

カイムは大会などの経験がほぼない。サポーターとしてシロナが出場する大会には必ずついていったが、カイム自身の出場経験はない。そのためカイムの存在は世間的にはほぼ広まっておらず、無名に等しい。

 

「じゃあ今度何か大会出てみたら?」

「論文仕上げたらな」

「じゃあ早く仕上げて。貴方ならできるでしょ?」

「おいおい。初めて論文書く人間にそんなこと言うなや。どんだけ苦労しながら書いてると思ってんだ」

「大丈夫よ。論文書けるくらいには鍛えているから」

「俺の意見無視?次料理する時はめっちゃ難しいのやらせたろか?」

「そ、それは……すみません」

 

目の前で会話する二人があまりにも仲良しに見え、スズナはニコニコしながらその様子を見ていた。それに気づいたカイムが眉を顰めながらスズナに言う。

 

「なんだその顔」

「いえいえ!お二人は仲良しだなって!」

「………」

 

冷やかされているのか本心からそう思っているのかは不明だが、なんともいえない気持ちになったカイムは押し黙る。シロナは頬を少しだけ赤く染めながら困ったように笑った。

 

「お二人の関係のお話も聞きたいですけど、そろそろいい時間なのでご飯いきません?」

 

スズナにそう言われて時計を見ると、確かに夕食の時間としてはちょうどいい時間になっていた。

 

「あら、もうこんな時間だったの。そうね、お店が混む前に行きましょうか」

「まだギリギリ雪のシーズンじゃないんでそこまで人は多くないですけど、それでも多少は混むんで。いいお店、案内しますよ!」

「ふふ、じゃあお願いしようかしら。カイムもいい?」

「構わん」

「それじゃ早速行きましょう!」

 

スズナが元気よく立ち上がって歩き始めたため、シロナとカイムもそれに続いた。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

スズナに連れてこられたのは海鮮定食屋だった。ネットで調べたところ、定食だけでなく寿司や海鮮丼に加えて鍋などの料理も提供しているらしい。

 

「ここ、あたしの行きつけなんです!学生でも手頃に食べられる値段から高価なお料理まで幅広くあるんですよ!」

 

席についたスズナは楽しそうにそう言う。実際メニューを見てみると、学生でも出せそうな値段のものから少々高価な料理まで幅広くあった。また、まだ雪のシーズンではなく元々人が少ないキッサキシティだが、この店は多くの客で賑わっていた。

加えて、スズナからの気遣いなのか店の計らいなのかその両方なのかは不明だが、わざわざ数少ない個室の席を使わせてくれた。スズナは行きつけらしく珍しい存在ではないだろうが、ここにチャンピオンであるシロナが加わるとなると話は別だ。他の客の迷惑になることもない個室なのはシロナとしてもありがたい。

各々料理を決めて注文を済ませる。店員が注文を確認して去ったところでスズナは口を開いた。

 

「それで、お二人っていつからお付き合いしてるんですか?」

「え」

 

いきなりぶっこんだ質問をしてくるスズナにシロナは固まる。別段カイムとの関係は隠していないため、スズナが知っている、または察していたとしても不思議ではないが、まさかいきなりこの手の話が出てくるとは思いもしなかった。

 

「あれ、お二人ってお付き合いしてますよね」

「ええ、そうね」

「あ、もしかして隠してました?」

「隠してる…というわけではないけど、あまり言いふらすようなこともしてないわね」

「やっぱり!正直、お二人の会話とか空気から察する人多いと思いますよ!」

 

そんな恋人らしい会話をしていただろうか、とカイムは振り返ってみるが、まるで心当たりがなかった。少なくともスズナの前でそのような会話や態度はしていないはずだった。

 

「あ、カイムさん。心当たり無いって顔してる!」

「…俺、そんなわかりやすい?」

「はい!」

「割とね」

 

シロナやスズナから見れば一目瞭然だった。確かに表情の動きはほとんどない。しかし纏う空気がすぐに変わるため非常にわかりやすかった。

 

「……そうか」

「いいと思いますよ!何考えているかわからないよりはずっといいです!」

「どーも」

「それでそれで!お二人っていつからお付き合いしてるんですか⁈」

 

目を輝かせながら尋ねてくるスズナにシロナは苦笑しカイムは遠い目をした。やはり華の女子高生。この手の話は大好きらしい。

 

「いつから、ね。前回のポケモンリーグの後だったかしら」

「ああ」

「前回のポケモンリーグというと、夏ですか。思ったよりもまだ時間経っていないんですね」

 

現在は秋と冬の狭間くらいの季節。夏からということを考えると、まだ数ヶ月程度しか経っていない。

 

「意外?」

「はい。以前からお二人の仲の良さは有名だったのでもっと前からだと思ってました」

「そんな長く無いわよ…って、ちょっと待って」

 

スズナの言葉の中に不穏な言葉か交ざっていたことをシロナは聞き逃さなかった。

 

「仲良いで、有名?」

「はい。ポケモンリーグでもお二人で過ごしている場面がよくありましたし、他の大会や調査先でもお二人でいるのがよく見かけられてましたよ」

「………なるほど」

 

まさかそんな噂になっていたとは二人とも知らなかった。そういう噂の類は本人達の耳に入らないことが多い。加えてそれを知る者たちも無闇に広めたり本人に確認することもしなかったため、二人が知らないのも無理はないだろうが。

 

「そうだったのね。でも付き合ってる今は別に隠してるわけじゃないから大丈夫よ」

「シロナさんも有名ですし、カイムさんも最近知名度上がってきてますからね」

「は?俺?」

 

内心で『シロナは有名人だから注目されるのも仕方ない』と割と他人事のように考えていたカイムだが、突如自分の話が出てきたことに僅かに動揺した。

 

「なんで俺?」

「ジムチャレンジャー達の間で評判だよ?バトルの後、良かった点と悪かった点、悪かった点の改善案を出して指導してくれるって」

「…………」

「他のジムリーダーでもここまでしてくれる人少ないよ?あたしもそこまでやらないもん」

「誰でもやってるわけじゃない。聞かれたら指導する。それだけだ」

 

カイムが今こうして代理でもジムリーダーを務めることができるようになれたのも、結局自分の力ではなくシロナという存在に偶然出会えたことが全ての始まりだった。それがなければカイムは今こうしていることはない。自分が彼らチャレンジャーの師匠になることはないが、せめて彼らの成長の一助になれればと思い、求められた相手には指導をすることにしている。

 

「そう!その指導が的確で、チャレンジャー達の間で話題になっているんだよ!そこまで親身にやってくれる人はそういないもん!『トバリジムのジムリーダーはバトルだけでなく指導までやってくれる』ってね」

「舐めた態度取る奴以外な」

「的確で冷静な指導がかっこいいとも言われてるよ?さすがじゃん!」

 

どうやらカイムはジムリーダーとして少しずつ有名になりつつあるらしい。確かに指導までしてくれるジムリーダーは稀かもしれない。そう考えれば噂になるのも自明だとも言える。

 

「指導が的確なのは当たり前ね。私が育てたんだもの」

「なんでシロナが誇らしげなんだよ」

「私が指導したカイムが褒められているのよ?嬉しいじゃない」

「…そういうもんか」

「そういうもんよ」

 

カイムにはよくわからない感情だと内心で考えていると、それが伝わったのかシロナは柔らかく笑いながら言った。

 

「貴方は私にとって『成果』そのものでもあるの。自分がやってきたことを褒められると嬉しいでしょ?それに、大事な人が褒められるのって誇らしいものよ」

「…なるほど」

 

そう言われればカイムにもわかる。自分の育てたポケモン達や調査結果などを褒められたら嬉しい。シロナにとって自分は指導を行った弟子であり、指導の成果そのもの。加えて大切な存在が褒められれば誇らしくもなるという気持ちはよく理解できる。

 

「わあ…大事な人かあ…いいなあ!なんかこう、お互い信頼し合ってるのがわかる!」

 

シロナは平然と言っているが、言われたカイムとしては割と恥ずかしかったりする。人前であまりこういうセリフを言ったことも言われたこともないため、そういう耐性がないカイムは押し黙るしかなかった。

 

「あれ、カイムさん?」

 

押し黙ったカイムの顔をスズナは覗き込むが、カイムは目線を逸らした。そこでスズナがあまりいじられるのが好きでは無いのかと考え、不安そうな顔をしながらシロナに視線を向ける。しかしシロナは笑いながらスズナに言った。

 

「大丈夫。照れてるだけよ。気にしないで」

「……なんでお前は平然としてんだよ」

「事実を言っただけだもの」

「…………」

「カイムって照れると黙るのよ。どう返していいかわからなくなるから」

「やかましい」

 

シロナの言葉に不貞腐れたように視線を逸らすカイムだが、その視線を逸らすと共に顔も僅かに動く。それによりカイムの耳が顕になり、その耳が真っ赤に染まっているのが見えた。

表情がほとんど動かないカイムが表情以外で感情を見せるところがカイムらしいと思い、思わず笑ってしまった。

 

「へえ〜。かわいいとこもあるんだねカイムさん」

「うるせえ」

「ごめんごめん。今回キッサキ神殿に話通しておいたことでチャラにしておいて」

「………わかったよ。だが今回だけだ」

「次やったらどうなるの?」

「バトルでボコす……は無理だな。ただのいいバトルになりそうだし」

 

スズナの単純な数値としての実力はカイムよりは上であるが、カイムの手持ちはスズナの氷タイプのポケモン達相手に相性がいい。そのため数値的には負けていてもその数値差を感じさせない程いいバトルができるだろう。

 

「ぐ……報復の方法がねえ…」

「よーし!あたしの勝ち!」

「勝ち負けもねえだろうが!」

「にししー!やり返せないんだから勝ちなの!」

「くそ…」

 

やろうと思えば色々あるだろうが、カイムはそれをしようとしない。互いにジムリーダーという立場である以上、バトル以外の選択肢が思い浮かばなかったのだろう。

 

「ねえねえ!もっと色々聞かせてもらってもいいですか?」

「いいけど…ほとんど惚気になるわよ?」

「どんと来いです!」

「いや断れよ」

 

カイムのツッコミにシロナとスズナは笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寒いな」

 

食事を終え、店を出るとひんやりとした空気が頬を撫でた。北国のシンオウ地方の最北端の街故に寒さもかなり強い。

 

「まだ世間は秋ですけど、キッサキシティはもう真冬並みの寒さです。この寒さが好きなんですけど」

 

ハイスクールの制服のスカートは膝上くらいの長さ。見ているだけで寒そうだが、スズナは平然としている。

 

「この寒さも、土地の特色の一つだものね」

「はい。色んな街に行きましたけど、なんだかんだあたしはここが好きみたいです」

「愛着も出てくるしな」

「愛着って大事よね。その愛着が湧く対象のことをより知ろうって気にさせてくれるから」

 

そう言ってシロナは隣に立つカイムに視線を向けた。言葉と視線に気づいたカイムはその言葉の意味を理解し、小さく頷いた。

 

「ああ、そうだな」

 

知りたい。お互いのことをもっと。

その想いはシロナにもカイムにもある。互いに互いの全てを知り、自分のものにしたい。そんな独占欲にも似た想いがあった。だから二人は対話をやめない。互いに知るために。そしてそれを許容していくために。

 

「今日はありがとう。スズナちゃん」

「いえ!あたしもシロナさんとお話できて楽しかったです!」

 

シロナのプライベートを知れただけでなく、バトルや進路においてもスズナにとっては非常に有意義なものだった。今日だけで何かが決まったわけではない。しかし、それでも先人の話というものは参考になる。それがチャンピオン相手ともなればなおさらだ。

 

「お二人は明日帰るんですか?」

「その予定よ」

「そうですか。日中だとあたし学校あるのでお見送りできないかもしれません」

「気にしないで。出迎えてくれただけ嬉しかったわ」

「ありがとうございます。それじゃあたし、銭湯行って帰ります!」

 

意外な言葉が出てきて、シロナはそれに反応した。

 

「銭湯?」

「はい。あそこの煙突がある場所です。今シーズンオフだから露天風呂とかもほぼ貸し切りにできるんですよ!」

 

そろそろ雪のシーズンが始まるが、まだ人は少ない。故に今の時期くらいまではどの施設も基本使い放題なのだとか。

 

「あ、興味あります?よければ一緒にどうですか?」

「え、いいの?」

「はい。せっかくここまで来てくれたんです。キッサキシティのいいところをできるだけ多く見て行ってほしいから!」

 

スズナの言葉を受けてシロナはカイムに視線を向ける。その視線に気づいたカイムはすぐに反応した。

 

「いいんじゃね?俺も興味ある」

「じゃ、決まりですね!着替え持ってあの煙突のある建物に集合で!」

「わかったわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、45分後にロビーでね」

「ああ」

 

着替えを持って一行は銭湯に訪れ、そのまま男湯と女湯で分かれた。スズナと共に更衣室に入り、必要な物を持って浴場へと足を踏み入れる。

中は檜でできた大きな湯船のある大浴場になっていた。客はシロナとスズナ以外に二、三人しかおらず、少々時間が遅いこともあってか閑散としていた。

 

「大きいわね」

「あそこの扉から露天風呂に行けるんですよ。あとで行きましょう!」

「ええ、是非」

 

二人は浴場で備え付けのボディソープなどを使い身体を清めていく。シロナが身体を洗う様子を見て、自身の身体を洗いながらスズナは言った。

 

「シロナさん、本当に髪長いですよね。お手入れ大変じゃないですか?」

「え?ああ、そうね。確かにすごく長いからたまに面倒に思うこともあるけど、もう長いし慣れたわ」

「その長さでそこまで綺麗な髪…羨ましいです!」

「正直、単純な手入れよりも乾かすのが一番面倒だったりするわよ。長い分なかなか乾かないし、濡れたままだと傷んじゃうし、小言言われちゃうから」

「小言?」

「カイムよ。濡れたままでいたら風邪ひく。さっさと乾かせって」

 

色々小言を言われているため、言われている内容がなんだったのか多すぎて言い切れない。小言を言われるうちに習慣になったものが増えてきているため最近はあまり言われないが、同棲を始めてすぐはかなり多かった。

 

「あー、言ってそう。スモモもよく言われてるって話聞いてたんで、その様子がよくわかります」

「本当に几帳面で世話焼きよね。スモモちゃんにもジムに行く日はほぼ毎日お弁当作ってあげてたし」

「言ってました!『カイムさんの作るご飯すごく美味しい』って。いいなあ。あたしも食べてみたいな」

「今度うちに来て。その時作ってもらいましょ」

「機会があれば是非!」

 

そこでスズナは会話内で言われた言葉に違和感を感じた部分をシロナに問いかけた。

 

「あれ?お二人って同棲してらっしゃるんでしたっけ」

「ええ。言ってなかったかしら」

「わあ!恋人っぽい!」

「同棲自体は付き合う前からしてたけどね」

 

付き合ってもいない男女が同棲するということで当初カイムは渋っていたが、シロナが苦手であるはずの掃除を行い、わざわざ部屋を片付けてまで共に過ごしたいと言ってくれた時点で折れた。実際、シロナの家に住むことは多くのメリットがあった。シロナ自身の保有する神話や遺跡に関する資料をいつでも閲覧でき、シロナの自宅のネットワークを使えばミオシティの図書館の閲覧制限がかけられている論文を取り寄せたり閲覧することができる。これはカイム自身が考古学を学ぶ立場にある以上、非常に大きなメリットだった。加えてこの時には既にカイムはシロナに対して想いを寄せていた。断るメリットは無いに等しい。

 

「素敵だなあ。お互いの信頼がよくわかるエピソードですね」

「半分以上私のわがままだけどね」

「それでも許してくれるあたり、カイムさんらしいです」

「ふふ、そうね。なんだかんだで優しくて許容範囲が広いのよ」

「ちょっとだけ意外です。カイムさん、すごいストイックなイメージがあるので」

「…そうね」

 

シロナはスズナの言葉にほんの少しだけ間を空けて話始める。

 

「ストイックだからそれに準じたことを元に自分を律することができる。でも他人が自分と同じじゃないことをよく知ってるのよ」

 

泡を流しながらシロナはそう言う。髪にリンスを馴染ませ、手入れをしていく。

 

「むむむ…難しいです」

「ふふ。要するに、自分に厳しくて他人に甘いってこと」

「あ!それならわかる!カイムさんって面倒見のいいお兄ちゃんって感じですよね」

「確かに。私の方が年上なのにいつも面倒見られてる」

 

家事全般はほぼ完全にカイムに任せている。そのためいつも面倒を見られているに等しい現状だ。年上としてどうなのだろうと思うこともあるが、世話されることは正直悪い気はしない。カイムと出会う前は一人でどうにかしてきたが、カイムにやってもらうというのは楽であると同時に互いに支え合っている感覚があって嬉しい。

そう話しているうちにシロナとスズナは全身を清め終わる。そのまま最初は檜の湯船に二人で浸かった。その際二人とも湯船に髪がつかないようにヘアゴムで留めることを忘れずに行った。

 

「ふう…気持ちいい」

「でしょ?大きいお風呂っていいですよね。週一くらいで来てるんですよ」

「いいわね〜。時々はこういう所くるのもアリかな」

「あはは!シロナさん、声がふにゃふにゃしてる」

「こんなに気持ちいいのだもの。気も抜けるわよ」

 

しばらく二人はお湯の温かさに身を任せていた。

そうしているうちにスズナがお湯から身体を上げた。

 

「のぼせる前に、露天風呂行きません?」

「ええ。ご一緒させてもらうわ」

 

シロナも湯船から身体を上げると、スズナと共に露天風呂へと移動した。露天風呂は石造になっており、周囲は竹でできた大きな塀に囲まれている。

 

「いいわね。雰囲気がある」

「もうこの季節だと寒いな〜。早く入りましょ」

「ええ」

 

二人は石造の湯船に浸かる。屋外故に外の寒さとお湯の温かさが非常にいい塩梅に共存しており、先程の檜の湯船とは違った気持ちよさがシロナの全身を包んだ。

 

「ああ…とても気持ちいいわね」

「本当。よく来るけど、それでも気持ちいいから何度も来ちゃうんです」

「その気持ち、わかるわ。それくらい気持ちいいもの」

 

ほう、と息を吐き出したシロナを見てスズナは微笑む。

 

「キッサキシティのいいところ、少しでも知ってもらえましたか?」

「ええ。歴史も美味しいご飯も気持ちいいお風呂もある。それだけで充分いい場所だってわかるわ」

「またいらしてくださいね」

「ええ。カイムとまた来るわ」

 

シロナはそう言って空を見上げる。空は澄んでおり、浴場を照らす光に負けないくらい明るい星がいくつか見えた。

 

「…ねえ、スズナちゃん」

 

シロナはスズナに少しだけ躊躇しながら話しかける。

 

「はい」

「スズナちゃんって…その……」

「?」

「お菓子作りってできる?」

 

急に言われた言葉にスズナは目が点になる。

 

「人並みにはできますけど…どうしたんですか?」

「…えーっと…言ってなかったかもしれないけど、私って家事全般が壊滅的にできないの。でも、どうしてもお菓子作りができるようになりたくて…それで教えてくれる人を探しているんだけど…」

 

それならカイムに教わればいいんじゃ、とスズナは考えたが、それができないからこうして自分に頼んでいるのだとすぐに察する。

では何故カイムに教われないのか。その答えの候補はいくつかあったが、最有力とも思えるものをスズナは口に出す。

 

「…あ、もしかしてカイムさんに?」

 

シロナはスズナの言葉に少しだけ顔を赤くして頷いた。

 

「その…バレンタインで手作りのものをあげたいの。今までは買ったものをあげてたけど、今回は正式に付き合っているから私が自分で作ったものをあげたいなって」

 

ちなみにカイムはホワイトデーに自作のお菓子をシロナに返していた。そのお菓子作りをしている最中、シロナがポケモンと共にキッチンをうろついてできたてをつまみ食いしたりしていたのはいい思い出になっている。

スズナはシロナの言葉に目を輝かせた。

 

「素敵!やっぱり好きな人には手作りのものをあげたいですよね!」

「ええ。今はカイムに普通の料理は習っているけど、お菓子は習ってないの。だから秘密裏に練習して、カイムを驚かせたいなって」

 

あのほとんど表情が動かないカイムを驚かせたい。自分もカイム同様成長できることを示したい。その思いからのシロナの行動だった。

 

「協力しますよ!好きな人には熱い気持ちを伝えてこそですから!」

「スズナちゃんも、誰かに手作りをあげたことあるの?」

「はい。今はいませんけど、彼氏がいたこともあるんで」

 

その言葉にシロナは内心で苦笑する。この歳になるまで彼氏どころか色恋沙汰に一切関わってこなかった自分とは大違いであることにスズナの女子力を感じた。

 

「女の子してるわね。私なんて、この歳になるまで彼氏なんてできたことなかったから…」

「歳は関係ありませんよ?どんなに魅力的な人でも、その人自身が一緒にいたいって思える人に出会わなければそういう経験ってないでしょうから」

「そう、かしらね」

「はい。過去にそういう経験がなかったとしても、今シロナさんにとって最高の相手に巡り会えているじゃないですか。過去に何人彼氏ができたかどうかなんて、関係ないですよ」

「それもそうね」

 

今側にいてくれるカイム以上にシロナに合う人はいない。少なくともシロナ自身はそう考えている。ならばスズナの言う通り、過去の経験云々に囚われる必要はないだろう。

 

「とにかく!シロナさんはカイムさんのことだけ考えていればいいんです!」

「わ、わかった!」

 

言われずともシロナはポケモンとカイムのこと考えばかりなのだが、それは言わないでおいた。

 

「じゃあいつお菓子作りの練習するか決めましょう!」

「ありがとう、スズナちゃん」

 

その後、女子トークが盛り上がりすぎ、予定していた時間を過ぎてしまった。その結果、二人揃ってカイムに小言を言われたのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま〜」

 

宿泊先のホテルの扉を開く。

和風の玄関の先には襖から光が漏れている。靴を脱ぎ、扉を開くと座椅子に座ってテレビをぼんやり眺めているカイムがいた。

 

「おう。戻ったか」

「寒かった〜。せっかくお風呂で暖まったのに冷えちゃいそう」

 

スズナを家まで送り、その後カイムを先にホテルに帰してシロナはコンビニで飲み物と少しのスイーツを買ってグレイシアと共に戻ってきた。グレイシアは氷タイプ故に寒い外が心地よかったのか、かなり上機嫌に見える。

 

「はい、ジンジャエール」

「どーも」

「私はこれ」

 

シロナはビニール袋からミルクティーを取り出した。

 

「夜も遅いしね。カフェインはよくないかなって」

「そうだな。明日はそんな早くないが、睡眠の質が落ちる」

 

膝で丸くなるブラッキーを撫でながらカイムは言う。その傍らにはカイムの膝を枕にして寝転ぶバシャーモの姿があった。

 

「ふふ。気持ちよさそうじゃない」

「今日は調査ばっかで構ってやれなかったからな。特にバシャーモが退屈で死にそうだったから」

「スズナちゃんとバトルでもできればよかったけど、今日は忙しかったからね」

 

学生であるが、トレーナーズスクールの講師とジムリーダーも兼業しているスズナはかなり忙しい。カイム自身も調査にほとんどの時間を取られていたためバトルする時間はなかったが、仮にあったとしてもできなかっただろう。

シロナが帰ってきたことを感じたブラッキーは耳を動かして起き上がると、カイムの膝を抜け出してシロナの元に歩いて行き、シロナの足に頭を擦り付ける。

 

「あらあら」

 

シロナはブラッキーをグレイシアと共に抱き上げ、そのままカイムの足の間に座り、背中をカイムに預けた。

 

「……おい」

「あら、こんないい所に手頃な座椅子があるわ」

「人を座椅子呼ばわりか」

「怒った?」

「別に」

 

預けられたシロナの体重を感じながら、自分の膝を枕にするバシャーモの頭を撫でる。撫でられたバシャーモはくすぐったそうに体を動かした。

シロナはそんなバシャーモとシロナの膝で丸くなるブラッキーとグレイシアを見て微笑む。ミルクティーのペットボトルを開き、飲む。温かさが身体の中から広がり外で冷えた身体を温めていく。カイムもジンジャエールを飲む。

 

「論文はどう?」

「今ある材料だけでもとりあえず形にはなる。よりちゃんとしたものにするとなると、やっぱもう一歩確固たるものがほしい」

「そうよね。そうなると、発掘しかないけど…闇雲に掘って見つかるものでもないものね」

 

シロナはビニール袋からプリンを取り出し、プラスチックのスプーンで掬って口に入れた。

 

「…神話が刻まれたプレートが見つかればいいんだろうけど、簡単に見つかるなら苦労しない」

「そうよね。でもないものねだりしてもいいことはないわ」

「ああ。今あるもので、今以上に確固たるものにするさ」

「その意気よ」

 

シロナはスプーンでプリンを掬うと、カイムの口に突っ込んだ。突然のことでカイムは驚いたが、そのままプリンを飲み込んだ。

 

「どう?」

「…うまい」

「よかった」

 

上機嫌な様子でシロナは体重をよりカイムにかける。それに対して特に何も言わず、黙ってされるがままになっていた。

テレビの音声のみが響く静かな時間が過ぎていく。カップに残った最後の一口を掬うと、シロナは再びカイムの口元に持っていく。

 

「はい。あーん」

「………」

 

差し出されたスプーンをカイムは無言で口に含む。滑らかな味が口に広がり、それを咀嚼する。

 

「おいしかったわね」

「ああ。だが、アイスじゃないんだな」

 

シロナは無類のアイス好きだ。そのため買ってくるのはアイスだとカイムは予想していたが、実際はプリン。それがカイムとしては少々意外だった。

 

「スズナちゃんとお風呂でプリンの話してね。食べたくなっちゃったの」

「女の風呂が長いのは知っていたからそれを見越して長めの時間をとったのにそれを超えてくるくらいだ。どんだけ盛り上がってたんだ」

「色々よ。貴方の話もしたわ」

 

その言葉にカイムは小さく反応する。

 

「なんの話してたんだか」

「スズナちゃんから見た貴方の印象とかね。スズナちゃんから見たら貴方は面倒見のいいお兄ちゃんみたいだって」

 

その言葉にカイムは僅かに表情を歪めた。

 

「どこでも似たような印象になるもんだな」

「事実じゃない?貴方、誰にでも世話を焼くんだもん」

「…うるせえ。どいつもこいつも普通…『無事』であることが当たり前だと勘違いしてやがる。それは当たり前じゃない。日々を鍛え、補い、管理して初めて無事が習慣になる。『無事(それ)』が今まで損なわれなかったのは、運が良かっただけだ」

 

なんのことを言っているか、シロナにはわかった。かつてバッジを集めをしていた際に無理を貫き、その結果ポケモンを傷つけた。恐らくそのことを言っている。

背もたれになりながら、カイムは背後からシロナの手を取る。そのシロナの手をいじりながらその時を思い出し、内心で自嘲した。

そんなカイムの内心を見抜いてか、シロナは言葉を続ける。

 

「貴方のそのストイックさは、自分の間違いや経験からくるもの。間違いから反省し、教訓を得られる。いいことよ」

「どーも」

 

シロナの手を握る。カイムの手は冷たく、そして大きかった。シロナの身長はカイムと大差ないが、手の大きさはカイムの方が大きく、骨張っている。

 

「カイムの手、大きいわね」

「まあな」

「小さい頃と全然違う」

「は?なんで俺の小さい頃知ってんだよ」

「前にミナモシティに行った時、タキさんとイサナさんが小さい頃のアルバムを見せてくれたのよ」

 

それを聞いてカイムは表情を歪めた。あの二人がとても楽しそうに写真を見せている光景が目に浮かび、頭を抱える。

 

「ちっ…余計なもの見せやがって…」

「ふふ、随分逞くなったわね。色んな意味で」

「…かもな」

「今やみんなのお兄ちゃんね」

 

カイムはその言葉に反応する。どことなく言い方に含みがあるように聞こえたからだ。

 

「何が言いたい?」

「大したことじゃないわ。ただね」

 

シロナは一度言葉を切ると、語り始めた。

 

「スズナちゃんや他のみんなが抱いているカイムの印象と、私の持つ貴方のイメージは少しズレているなって」

「ズレ?」

「うん。貴方と長い時間を過ごしているから、他の人が知らない一面を知っている。だからズレるのは当たり前よ」

「知らない一面、ね」

 

正直、カイムは外でもあまり変わらない。故にそんなに違うとは思えないと自分では思っている。

 

「例えばどんなとこだ?」

「例えば、よく笑うところとか」

「は?」

 

表情が動かないことで有名なカイムに、よく笑うとシロナは言った。カイム自身、自分の表情筋が著しく弱いことくらいは自覚している。故にシロナの言う『よく笑う』ということが理解できなかった。

 

「俺が?」

「ええ。気づいてない?最近のカイムは日常で割と笑ってるわよ」

「自覚はない」

「かもね。普通の人が見たら笑っているかどうか疑問に思うくらいの笑顔だもの」

 

恐らく日常的に見せる本当に小さな笑みに気づくことができるのは、カイムの家族と親友のダイゴ、そしてシロナくらいだろう。カイムは表情が動かないわけではない。変化が著しく小さいだけなのだとシロナは気づいていた。

今まで気づかなかっただけか、とも思ったが、そもそもこのように笑うようになったのも比較的最近だ。気づいているのはシロナくらいだろう。

 

「ポケモン相手にしている時は誰でもわかるくらいだけど、人を相手にしている時は本当に小さく笑ってるわよ。それに気づく人がどれだけいるかは知らないけどね」

「…そうなのか。自覚なかった」

「そう。気づけてよかったわね」

「それで?」

「みんなのお兄ちゃんをしているけど、私の前では優しくて負けず嫌い。それでいて少しだけ寂しがりな人。それが私の中のカイムの大雑把な印象ね」

 

カイムとしては優しくしているつもりはないが、よく言われるため理解はできるし、負けず嫌いなのは自覚している。だが寂しがりだと言われたことは初めてだった。

 

「俺は寂しがりなのか?」

「少しね。自覚はないかもしれないけど、貴方はいつも誰かといるわ。ポケモンでも人でもね。多分、そんなに孤独でいることが好きじゃないのよ」

「…ああ、なるほど」

 

心当たりは確かにある。カイムは常にポケモンか人に囲まれて生きてきた。故に一人でいることに耐性が少ないと言われれば納得できる。アラモスタウンにシロナが行っていた時、少なからず寂しさを感じていたのがいい例だろう。

 

「心当たりというか、思い当たる節はあるな」

「でしょ?みんなは知らない、貴方の一面よ」

 

シロナは一度言葉を切ると、目を閉じて膝で丸くなるブラッキーとグレイシアを抱き寄せる。

 

「私ね、貴方のすごいところや優しいところを色んな人に知って欲しいって思ってる。でもね、同時に貴方を知る人の中で、私が一番カイムのことを知っている人物になりたいっていう気持ちもあるの」

 

独占欲、とまではいかなくともそれに近い感情。ここまで思い入れのある人物ができることをかつてのシロナなら予想もしていなかっただろう。みんなにカイムという人物のすごいところを知って欲しい。しかしカイムという人物のかっこいい一面や意外と可愛らしい一面など、一番カイムのことを知っているのは自分でありたいというどことなく矛盾した思い。そんな心を抱えながらシロナは日々を過ごしている。

 

「幻滅した?」

「今の話のどこに幻滅する要素があったんだ?」

 

思われていることに対して幻滅する要素はない。その相手が自分の想い人であれば尚更だ。

それを言葉にすることはなく、カイムはシロナの手を握ったままシロナの身体に手を回してシロナとブラッキーとグレイシアを抱きしめる。

 

「お前には感謝してる。シロナに出会えたのが、人生最高の幸運だ」

「ふふ、ありがと。私もよ」

 

互いに、この人以上に一緒にいたいと思える人はいない。そう思えるほどシロナとカイムは互いに信頼していた。今はまだ恋人という立ち位置。でもいつか、いつか『それより深い関係』になれたらと、スズナと話しながらそんなことをシロナは考えていた。

以前二人で出かけたときにくれたシロツメクサの指輪。それを無意識とはいえ左手の薬指につけられた時、本当はあんな風に茶化さないで喜びたかった。だがカイムが『まだ』無意識である以上、これに喜ぶことはしない。これはあくまでシロツメクサの花言葉そのものだと、内心でそう考えて喜びをぐっと抑え、あのように茶化した。

 

「……ね」

「ん?」

「これからも、隣にいてくれる?」

「ああ。それは、俺が願ったことだ」

「嬉しい」

 

シロナはそのまま頭をカイムの顔にもたれさせた。

 

「…ところで、いつまで人を座椅子にする気だ?」

 

かれこれ割と長い時間こうしている。不愉快とかではないし、カイムとしてもいい気分ではあるのだが、さすがにそろそろ疲れてきてしまった。

 

「落ち着くのよ、ここ」

「落ち着くのは構わんが、座椅子にされる側の身にもなってくれ。さすがにそろそろ動きたい」

「もうちょっと〜」

 

もうちょっとと言いつつこれは当分動かないなと察したカイムは、握っていたシロナの手を離してその手をシロナの頬に添えた。

 

「ひゃっ!冷たっ!」

 

元々冷えやすいのか、カイムの手は冷たい。その冷たい手が頬に添えられたシロナは思わず声を上げてしまった。恨めしそうな視線をシロナはカイムに向けたが、カイムはなんともなさげに言いながらシロナの頬を撫で回す。

 

「とっととどかねえからだ」

「だからって冷たい手を顔につけなくてもいいでしょ…って、ブラッキーまで」

 

カイムと戯れるシロナを見て自分も交ざりたくなったのか、ブラッキーはシロナの顔に自分の顔を近づけてシロナの頬を舐め、グレイシアはシロナの首元を舐める。

それを見たバシャーモは起き上がるとカイムの背後に回った。

 

「わっ!おいバシャーモ!」

「あっ!ちょ…」

 

バシャーモはシロナとカイム、ブラッキーを後ろから抱きしめて楽しそうに後ろに倒れ込んだ。

バシャーモに乗っかるような体勢になり、カイムとシロナの視線が同じ場所になる。バシャーモはそんなことを気にする様子もなく楽しそうにしているため、シロナとカイムもなんだかおかしくなり、二人して笑った。

 

「ほら、笑えてるわよ」

「え、あ」

 

思わず自分の顔に触れる。確かに口角が僅かに上がっているのがわかった。

 

「…そうか」

「ふふ。いい笑顔じゃない。ブラッキーもそう思うわよね」

 

ブラッキーはシロナの言葉を肯定するようにカイムの顔をぺちぺちと叩いた。

カイムは恥ずかしいのか、むすっと表情を歪め、楽しそうにするバシャーモの頭をわしゃわしゃと撫で回す。

そんなカイムのことを見ながらシロナはグレイシアを抱き寄せる。とても幸せな時間だった。願わくば、この幸せな時をカイムと共にできるだけ長く過ごせることを願いながら、シロナは目を閉じた。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

じゃれあいから約二時間。

日付が変わり、明日に備えてそろそろ眠らなければならない時間だ。

 

「ん。もうこんな時間か」

「そろそろ寝よっか」

「ああ」

 

二人はそれぞれグレイシアとブラッキーを抱き抱えると、それぞれ別の布団に潜り込み電気を消した。

布団に入ったはいいが、なんとなく目が冴えてしまい、二人はただぼんやりと天井を眺めていた。お互いに寝息ではないことを悟り、シロナは口を開いた。

 

「眠れない」

「…そうか。話し相手くらいにはなってやる」

「雑談しましょ」

「さっきまで雑談してたんだがな」

 

シロナは枕をカイムの方に寄せて寝転がる。身体の向きをカイムの方に向け、カイムの腕を取り自分の首と布団の間に滑り込ませた。

 

「お姉さん?勝手に人の腕を枕にしようとしないでくれませんかね」

「いいでしょ?似たようなこと家でもやってるんだし」

 

俗に言う腕枕状態に強制的にさせられたが、家でも同じような体勢で眠っているためカイムはそれ以上言うことはなかった。

カイムが諦めたと考えたシロナは話始める。

 

「カイム、ジムリーダーとしてチャレンジャーに指導してたのね」

 

スズナから聞くまでその事実をシロナは知らなかった。カイム自身、あまり自分のことは話さないため、仕方ないといえば仕方ないが、それ以上に意外だったのだ。

 

「ああ。やり始めたのは、かなり最近の話なんだが…その少ない期間でまさか噂まで広まっているとは思わなんだ」

「いつくらいから始めたの?」

「シロナにカレーの作り方を最初に教えた後だ」

「あ、じゃあ本当に最近なのね」

「ああ」

 

シロナに料理を教えた時からカイムの中に『人に教える』という行為が割と合っているという感覚が芽生えた。加えてジムリーダー業にも慣れてきたこともあり、チャレンジャーに対して簡単に指導を始めてみたところ、それが思いの外好評だったらしい。

 

「どうして指導をやろうと思ったの?」

「…俺は、運が良かっただけの凡人だ。この運がなかったら俺は今こうして代理でもジムリーダーにはなっていなかった。だからより他人に自分の運を還元しないと、不公平なんじゃないかって思ったんだ」

 

一人では絶対にここまで成長は出来なかった。その自覚が強い…強すぎるが故に少しでも周囲に還元したい。その思いがジムチャレンジ後の指導という行為につながっていた。

 

「凡人でも、努力次第ではここまでやれるってことを証明した。だから世の中にいる夢を持つ凡人達の力に少しでもなれたらって思う」

 

無論ただ闇雲にやればいいというわけではない。ちゃんと知識をつけ、その知識のもと正しい努力を積み重ねる必要がある。

それをよくわかっているカイムの言葉だとより説得力があった。

 

「最後まで面倒見られるほどではないが、せめてきっかけになれればって」

「そう。優しいわね」

「さあな」

 

頬を指で突かれる感覚がして、シロナの方を見ると穏やかな笑みを浮かべながらシロナはカイムを見つめていた。

 

「案外、スズナちゃんと同じでトレーナーズスクールの講師とかも向いてるかもよ?」

「教師…ね。親父も教師だし、親子なのかね」

「教師目指すの?」

「いや。俺は学者になるために論文書いてんだ。だから教師の真似事をすることはあっても、それを本職にすることはない」

「向いてると思うんだけどね」

「お前の助手辞めていいならやれr…」

「じゃあだめ」

 

即答されるとわかってはいたが、想像以上にムキになって言われたためカイムは苦笑する。そもそもカイム自身辞めるつもりは全くない。

 

「教えられていたカイムが、人を教える立場になるのも見てみたかったけどね」

「そうか?ああでも、シロナから教えられてもらった俺が弟子とまで言わなくとも教え子を作れば、それはシロナの教えを繋いでいることになるのかもな」

「あら。嬉しいわね。私の教えを繋いでくれるなんて」

「俺がすごくなれば、俺を育てたシロナがすごい。そしてその俺がさらに教え子がすごくなればそれも元を辿ればシロナがすごいってことになる」

 

カイムの声が少しだけとろんとしてきている。徐々に睡魔が襲ってきているためか、普段比較的口数が少ないカイムの口数が多い。思っていることをそのまま言うのは珍しい。

 

「私のことを伝えたいの?」

 

シロナの問いかけにカイムはシロナに視線を向け、顔にかかった髪をどけながら言った。

 

「さっきシロナが言っただろ。『俺のすごいところをみんなに知ってほしい』って。俺も同じだ。シロナという女性が、どれほどすごいのか。ちゃんと世界に知ってほしい」

 

『ま、みんな知っているだろうけどな』と付け加えてカイムは目を閉じて、小さく息を吐く。

 

「できることなら、肩を並べてバトルもして盛大に自慢してみたいものだ」

「最近はタッグバトルの練習もしてるからね。いつか大会とか出てみたいわ」

「タッグバトルの大会なんてそうねえだろうがな」

 

ポケモンバトルの大会は規模に差はあれど世界の至る所で開かれている。形式はそれぞれで、シングルバトルやダブルバトル、トリプルバトルの大会など様々だが、タッグバトルの大会はあまりない。

その主な理由として、パワーバランスの崩壊が著しい場合が多いからだ。組んだペア次第では、そのペアが他の参加者全てを薙ぎ倒し完全な出来レースみたいな大会になることもあるからだ。

 

「タッグバトルだとペアの縛りをうまくやらないとつまらない大会になっちゃうものね。運営がポケモンリーグくらいの経験を持つ集団じゃないと、厳しいかも」

「そうだな。それに、仮にタッグバトルの大会があってもチャンピオンのシロナがアマチュアの大会に出れるとは思わんが」

 

シロナはポケモンリーグチャンピオンということもあり、世間的なバトルの扱いはプロレベルとされている。ポケモンバトルにアマチュアとプロという隔てはないが、暗黙の了解のような隔たりはある。ジムリーダー、四天王、フロンティアブレーン、チャンピオンのように称号を与えられているトレーナーはプロのような扱いになる。あくまで『プロのようなもの』ではあるが。

 

「機会があるといいわね」

「…そうだな」

 

あの鮮烈な輝きを放つシロナと肩を並べてバトルする。想像しただけで覇気が高まりそうな気持ちになる。そんな機会はそうそうないだろうが、カイムとしてもあってくれたら嬉しいと考えた。

そこでカイムは欠伸が漏れる。最近は比較的忙しかったため、疲れが少し溜まっていた。眠気が襲ってくるのがわかる。

 

「…眠気が来た。寝る」

「ええ。おやすみ」

「おやすみ」

 

そう告げ、程なくしてカイムは寝息をたてはじめた。シロナが枕としている腕とは別の腕の中にいたブラッキーもすやすやと眠っているのがわかる。

そんなカイムの頬をシロナは短く切り揃えてある髪を撫でる。少し硬い髪がシロナの手に絡まる。

 

「…ふふ」

 

小さく笑い、幸せを噛み締めながらシロナも目を閉じる。ポケモンと大切な人の気配を感じながらシロナにも徐々に眠気が襲ってきて、いつしかシロナの意識は微睡みの中に沈んでいった。

 

 

静かな部屋に二人と二匹の寝息だけが流れていた。

 

 




レジギガス(寝てたら目の前でなんかイチャついてるカップルおるんやが)

もっとやりました。
褒めて。

展示室や銭湯はゲームのキッサキシティにはありません。でも神殿があるならこういうものがあってもおかしくないし、寒い土地だから銭湯くらいあってもいいんじゃね?という安直な考えです。
あとどのプレートにどの文字が書かれているのかはわからなかったのでキッサキジムに縁のありそうなつららプレートに記されていることにしました。ご了承ください。


シロナ
女子トークをスズナとしたけど、単純な恋愛経験ではスズナに負けていることが発覚した25歳。一見ミステリアスな雰囲気だが、中身は案外子供っぽいところも多い。グレイシアを出す機会が多いのは、一番サイズ的に扱いやすいから。バトルのコンセプトは『楽しむ』。はよ結婚しろ。

カイム
みんなのお兄ちゃんを素でいくが、他者に世話を焼くのは人と関わっていたいが故の無意識な行動。家族にも友人にもポケモンにも恵まれたため孤独への耐性が割と低い。シロナやダイゴの前だと割と表情が動くようになる。バトルのコンセプトは『耐え忍ぶ』。はよプロポーズしろ。

スズナ
スモモ相手にはお姉さんポジになるが、みんなのお母さんカイムの前では妹キャラになる。学生とジムリーダー兼業するってすごい。恋愛も気合、的なこと言ってるから彼氏がいたことがあってもおかしくないかなという考えのもと、かつて彼氏がいたことがある設定に。バトルのコンセプトは『気合』。


今後書く予定のシロナさん
・カンナギタウンにカイムと行って、あまりの家庭力の高さにシロナさんの祖母が『婿に欲しい』と口走り、なんとも言えない表情になるカイムとそれに同意しそうになり赤面するシロナさん。
・妹(名前不明)に結婚ネタでいじられるシロナさん。
・ポケモンコロシアムのレオ・ミレイコンビのダークポケモン関連の手助けをするシロナさん。
・カイムに誕生日を祝われて嬉しくなるシロナさん。(逆にカイムを祝うシロナさん)
・バレンタインイベント

ポケマスのハロウィンカトレアのバディ技のカットインに心を持っていかれました。これの本編書き終えたらカトレアの話も書きたいなと思うくらいにはかわいかった。

次回の更新した時にはダイパリメイクが発売してますね。楽しみです。

いつも感想をくださる皆様、ありがとうございます。とても励みになっております。
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