ただただシロナさんとまったり過ごすだけの話   作:職業病

28 / 68
ダイパリメイクが出たからといって更新を疎かにはしません。(数日遅れたことによる戒め)

気づいたらお気に入りが5000近くになってました。
5000人の読者を抱えているなんて考えるとちょっと手が震えます。
こんな作者が壁になって見たいシロナさんを延々と書いているだけの話をこんなにたくさんの人に見ていただけていることに感謝します。

そしてオーバは絶対に許しません。

21話です。


21話 クロガネシティ

「ん…」

 

ゆさゆさと揺らされる感触でカイムの意識は微睡みの中から引き上げられる。目を開くが、暗闇が広がるだけだった。

 

「…ああ」

 

顔の上に置かれた本を持ち上げると、光が視界に広がり一瞬視界がボヤけるがすぐに鮮明に戻る。どうやら自室のオフィスチェアに座って眠ってしまっていたらしい。そして傍らにはルカリオがいた。

 

「…ルカリオ」

 

ルカリオはベッドに置いてあるスマートフォンに目を向けた。スマートフォンは振動し、バイブ音を響かせている。

 

「やっべ電話来てる。サンキュールカリオ」

 

カイムは立ち上がり、スマートフォンを手に取る。スマートフォンの画面には電話の相手が表示されていた。

 

「ヒョウタ?」

 

電話の相手はクロガネシティのジムリーダー、ヒョウタだった。先日ダイゴへの手土産を用意するのを手伝ってもらい、それ以来、時折連絡を取るような友人になっていた。

カイムはスマートフォンを操作して電話に出た。

 

「ようヒョウタ。どうした」

『やあカイム。あれ?ちょっと声が掠れてるけど、大丈夫かい?』

「ああ悪い。ちとうたた寝してただけだ」

『論文を書いてるんだったね。ジムリーダーもあって大変だろうけど、無理はしないようにね』

 

カイムは内心でヒョウタに論文執筆していることを言っただろうか、と一瞬だけ考えたが、ヒョウタの父であるトウガンに論文を書いていることを話しているため、ヒョウタ本人に言ってなくとも知っていることはおかしくない。

 

「…おう。そんでどうした?」

 

ヒョウタとはチャットでのやり取りはよくするが、電話でのやり取りはあまりない。そもそもカイムが電話でやり取りをする相手は家族とシロナを除けばダイゴくらいだ。故にカイムが電話をかけることは業務連絡以外ではあまりないし、周囲もそんな頻繁にかけてくることもない。

ただダイゴは直接声を聞くことが好きなのか、定期的にかけてくる。

 

『今度、父さんと一緒に採掘をすることになったんだ。それで父さんからこの前君と話したってことを聞いたから、一緒にどうかなって。論文執筆の息抜きにもなるだろうし』

「ああ、なるほど。そりゃいい」

 

ヒョウタに手伝ってもらった際、カイムなりに採掘に魅力を見出していた。かなり肉体労働をする作業ではあるが、元々体を動かすことが好きなカイムとしてはなかなか面白いものであった。

ここ最近は論文の修正とジムチャレンジで忙しく、トレーニングも疎かにしないためにもかなり忙しい日々を送っていた。そんなことが続いていたカイムにとってこのヒョウタの誘いはありがたいものだった。

 

「いいぜ。ご一緒させてもらおう」

『そうか!よかったよ』

「そんでいつやるんだ?」

『次の休日とかどうかな。その土日は僕も父さんも予定ないから時間もいつでも大丈夫だよ』

 

カイムは手帳を確認する。次の土日はジムチャレンジの予約もなく、トレーニングの予定もない。論文の執筆は査読までの時間を考えて逆算したとしても現状の進行速度なら問題ない。

 

「…そうだな。なら次の土曜日でどうだ。その日ならいつでも空けられる」

『土曜日だね。わかったよ。時間は…そうだね、ミオシティからの移動も考えると、お昼過ぎくらいが妥当かな?』

「ああ、わかった。詳細の時間は、任せても大丈夫か?」

『構わないよ。父さんと話して決めるから、後でチャットに送るね』

「悪いな。頼む」

『うん。じゃあ執筆頑張ってね』

 

それだけ言ってヒョウタは電話を切った。

傍らにいたルカリオの頭をカイムは撫で、伸びをするとスマートフォンと手帳を机に置く。その瞬間、ノック音と共に扉が開きシロナが入ってきた。

 

「カイム」

「ん。どした」

「電話してたみたいだけど、もう大丈夫?」

 

電話の声が外に少し聞こえていたらしい。それでシロナはわざわざ電話が終わるまで待ってくれていたらしい。

 

「ああ」

「そう。じゃあはいこれ」

 

シロナはそう言ってカイムに本を渡してきた。表紙を見ると、レジ系のポケモンに関する伝承が記された文献だった。

 

「これ…」

「知り合いに頼んで取り寄せたの。きっと貴方の論文に役立つと思って」

「マジか…悪い。助かる」

「いいのよ。貴方の論文を完成させるためなら、私は協力を惜しまないわ。私の権力でできることならなんでも言って」

「…世話になりっぱなしだな。ありがとう」

 

苦笑しながらカイムは本を受け取る。初めて論文を執筆しているため、論文の書き方から中身までかなり手厚い指導をしてもらっている。師匠とはいえ、ここまで面倒を見てもらってカイムとしては頭が下がる思いだった。

無論シロナはそんなこと気にしていない。シロナとしてもカイムの指導をすることは全く苦ではないし、カイムの論文はシロナには無い視点から神話を解釈しているため、一人の学者として単純に興味深いものだった。やはりシロナが学生時代のカイムから感じた視点の持ち方における才能は確かなものだったとこの論文を通して証明されている。論文の書き方や論理の詰め方はまだ未熟な部分はあるが、そこはこれから指導して磨けばいい。

 

「じゃ、私のためにもいい論文書き上げてね」

「ああ」

「それでさっきの電話は?」

 

シロナとしてもカイムが砕けた様子で電話をするのは珍しいと思っていた。電話対応をするときはいつも丁寧な対応をしている印象が強かったため、砕けた口調をしていることから相手はダイゴあたりだろうかとシロナは予想した。

 

「ヒョウタが今度一緒に採掘しないかって誘ってくれたんだ」

「あら、ヒョウタ君が。そういえば、仲良くなったんだったわね」

「しばらく執筆続きだったからな。息抜きにもなるし」

「いいじゃない。キッサキシティから戻ってきてそれ以来ずっと休み無しでやってたし、息抜きしないとね」

「そうだな」

 

ルカリオの頭を撫でながらカイムは同意する。撫でられたルカリオはあまり反応しないが、僅かに目を細めているため嫌ではないらしい。

 

「採掘かあ…」

 

シロナの呟きにカイムは問いかけた。

 

「ん、もしかして興味あんのか?」

「少しね。シンオウ地方って地下資源がかなり有名じゃない?他の地方と比べて炎の石とか水の石の産出量もかなり多いし、目覚め石や闇の石が初めて見つかったのもシンオウ地方。それくらい採掘が有名なのに一度もやったことないのもね」

 

今まで遺跡を調査することはあったが、発掘作業にシロナは参加したことがなかった。そういうこともあり、以前カイムが採掘をしたという話を聞いたシロナは採掘や発掘に興味を持つようになっていた。

 

「…ヒョウタに聞いてみようか?」

「いいの?」

「さてな。俺自身もまだ素人だし、その素人を連れて行こうってんだからもう一人増えても問題ないと思うが」

 

無論これはカイムの主観だ。もしかしたら何かしら制限がある可能性は大いにある。とにかく聞いてみないことには判断のしようがない。

 

「つーか、採掘できるような服あんのかよ」

 

カイムもヒョウタ達が着ているような作業着は無いが、どんなに汚れても大丈夫なウィンドブレーカーを持っている。そのウィンドブレーカーはかなり丈夫で軽い材質だったから採掘場に入れたが、シロナがそのような服を持っているとは思えない。

 

「スポーツウェアじゃだめなの?」

「駄目じゃないが、作業着レベルで丈夫な服の方が安全面での心配が減る。そんな危険な場所にはいかないだろうけど、素人の俺らはせめて装備くらい丈夫なものがいい」

「貴方のウェアは大丈夫なの?」

「俺は格闘技やってるから着てるウェアも丈夫なんだよ」

「じゃあカイムの貸してくれればいいわよね」

 

カイムは固まる。シロナとカイムでそこまでの体格差はない。故にそのまま貸してもシロナは問題なく着ることができるだろう。加えてここ最近、シロナは今までカイムが部屋着として使っていたパーカーを私物化し、シロナが部屋着として使っている。そのため今更服を貸すことくらい特に抵抗はない。

 

「……いいけど、メンズのウェアだから肩幅とか合わねえぞ」

「平気よ。とりあえず貸してくれる?」

 

カイムは小さくため息を吐くと、クローゼットから畳まれたウェアをシロナに手渡した。シロナはそれを受け取ると袖を通した。身長差のないカイムのウェアは少し大きかった。袖が入り切らず、手の半分以上が隠れており、やはり少し大きい。動きやすい代物とは言えないだろう。

 

「やっぱり少し大きいわね」

「買えばいいだろ別に」

「嫌。これでいいわ」

 

シロナはウェアを着たままその場でくるりとカイムに見せつけるように回る。

 

「似合う?」

「お前が似合わない服はツナギくらいだろう」

「つまり、似合ってるってことね」

「………ああ」

「ふふ。じゃあ問題ないわね」

 

楽しそうに笑うシロナを見て、カイムは諦めたように頷いた。実際、何を着ても絵になる。多少大きいサイズだが、動くのも特に問題ないだろう。

 

「好きにしろ。とりあえずヒョウタにお前も来ていいかどうか聞いてみる」

「お願いね」

 

それだけ言ってシロナは戻っていった。

 

「ったく…あ」

 

シロナはそのままカイムのウェアを着て行ってしまったことに気づく。だが同じ家にいるためわざわざすぐに言わなければならないようなものでもないと判断したカイムはそのままにした。

 

「どんだけ俺の服を持っていくんだか」

 

既にパーカーを2枚ほど持っていかれ、おそらくあのウェアも戻ってくることはない。いつかクローゼットから服が無くなるのではないかと考えながらカイムはヒョウタにメッセージを送信するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クロガネシティ

エネルギーがみなぎる街として炭鉱が有名であり、進化の石やその他諸々の資源が取れる街にシロナとカイムは訪れていた。

 

「テンガン山を挟んでないから移動は楽ね」

「トバリジム行くためにほぼ毎日テンガン山越えてるんだがな」

「大変じゃないの?」

「越えやすいルートで行ってる。ムクホークも長距離飛ぶのにはもう慣れたし、俺もムクホークの最高速度に慣れた」

 

そう言いながらカイムは周囲を見渡す。テンガン山がすぐ近くにあるため、見た目は開発途中の街に見えるが、炭鉱が盛んであるため非常に活気に溢れている街だ。

 

「行くぞ。ヒョウタとトウガンさんが待ってる」

「うん」

 

カイムはシロナを連れてクロガネ炭鉱前にある休憩所に入っていく。

中にはたくさんの炭鉱夫がおり、その中にヒョウタ親子はいた。

 

「あ、カイム!こっちだよ!」

 

ヒョウタはカイムの散策に気づくと席を立ち手を振ってきた。カイムはそれに応えて手を軽く振ると二人に近づいた。

 

「お待たせしました」

「おおカイム君。先日、ミオシティで会った以来だな」

「トウガンさん、今回はお招きいただきありがとうございます」

「グハハ!そこまで固くならんでいい!気楽にやってくれ」

 

トウガンは豪快に笑いながらカイムの肩を軽く叩く。トウガンと話すのはこれで二度目ということもあるが、豪快で大らかな性格のおかげでカイムも少し肩の力を抜くことができた。

そこでトウガンはカイムの傍らにいるシロナに目を向ける。

 

「お久しぶりですなチャンピオン。前回のシンオウリーグ以来ですね」

「ええ、お久しぶりですトウガンさん」

「まさか採掘をやってみたいとは意外でしたよ」

 

トウガンの中でのイメージとして、シロナは常に優雅で気品溢れる存在だった。そのためこのような泥臭いイメージのある採掘に興味を示すことが少しだけ意外に思っていたのだ。

 

「カイムが以前、金剛珠を掘っているのを見て興味が湧いたんです。それに、シンオウ地方は炭鉱が盛んなのに一度もやらないっていうのもどうかと思いまして」

「なるほど。これを生業としている者として、理由が何であれ興味を持ってくれることは嬉しいものですな!」

 

トウガンはシロナの言葉に頷くと立ち上がる。

 

「では早速始めよう。ヒョウタ、シロナさんの分の探検セットを渡してあげなさい」

「はい、父さん」

 

ヒョウタはシロナに色々なものが入っているバッグを手渡した。そこそこの重量があり、受け取った際に少しよろける。

 

「この中に必要なものが一式揃っています。ヘルメット、地図、軍手、ツルハシ、金槌等です。事前に確認してあるので不足はないと思いますが、後でチェックリストをもとに中身を確認しておいてくださいね」

「わかったわ。ありがとう、ヒョウタ君」

「いえいえ。友人の頼みですし、チャンピオンに採掘の魅力を知ってもらえるいい機会ですから」

 

ヒョウタはそう言って快活に笑った。シロナは内心で『本当に採掘が好きなんだな』と感心するくらい純粋な笑顔であり、その笑顔はトウガンが笑った時の顔と似ていた。

 

「僕達はいつでも出発できるので、お二人はあちらの更衣室で着替えてきてください。左が男子更衣室、右が女子更衣室です」

「わかったわ」

「ん、了解」

 

シロナとカイムはそれぞれ更衣室へと入っていき、着替えを済ませて鍵付きロッカーに荷物を預けて出てきた。

 

「お待たせしました」

 

カイムはハイネックの長袖アンダーにTシャツ、その上に厚手で丈夫なウェアを着ており、下は作業着のような生地のズボンを着用していた。

対してシロナは上はほぼ全てカイムから借りた服で固めていた。Vネックのアンダーにカイムの運動用のTシャツ、そしてカイムから借りた厚手のウェアといった出立ちだった。下はウィンドブレーカーを着ており、かなり動きやすい服装になっている。

 

「うむ、二人とも動きやすい服装だな」

「俺はともかく、シロナの方はちょいと防御力低いようにも思えますけどね」

「いや、充分だろう。危険な採掘をするわけでもないからこのくらいでも問題ない」

「そうですか」

 

プロがそう言うのならそうなのだろうと納得したカイムはそれ以上言うことはなかった。シロナの色々と危なっかしい部分を知っているため、少々過保護なのかもしれないが、プロが『大丈夫』と言うのならば素人のカイムがどうこういうことではない。

 

「じゃあ行こうか。忘れ物はないですか?」

「多分」

「ええ、大丈夫だと思うわ」

「よし。じゃあ出発だ」

 

ヒョウタとトウガンに連れられてシロナとカイムは地下へと続くエレベーターへと乗り込む。

数分で地下へとたどり着きエレベーターの扉が開くと、そこには地下通路が広がっていた。

 

「ようこそチャンピオン。シンオウ地方の地下大洞窟へ」

 

舗装はされていないが、人が通ることを考慮して整備された大きな道が奥まで続いていおり、何人か採掘をしている人物も見受けられた。

また、カイリキーやズガイドスなどの力自慢のポケモン達が炭坑夫達の手伝いをしている姿も多く見られる。

 

「すごい…こうして見ると圧巻ね」

 

シロナ自身、地下大洞窟の存在は当然知っていたし、写真で見たことはある。しかし実際に目の当たりにすると、そこはシロナが今まで体験してきたどの世界とも異なるものだった。

 

「早速行ってみましょう。あ、ここから先はヘルメット着用でお願いしますね」

「わかったわ」

 

シロナは長い髪をゴムを使って纏めると、渡されていた探検セットに含まれていたヘルメットを被った。

 

「………」

「え、なに?」

 

ヘルメットを被ったシロナをまじまじと見るカイムにシロナはそう言う。その言葉に対してカイムは視線を逸らしながら言った。

 

「いや、お前にも似合わないものがあるんだなって」

「む、つまり私はヘルメットが似合わないってこと?」

「ああ」

「むう…」

 

シロナとしてもあまり似合っているとは思わないのか、それ以上カイムに突っかかることはしなかった。

カイムもそれ以上煽るようなことは言わず、自分もヘルメットを着用して鞄を背負い直す。

そこでシロナのヘルメットが紐で固定されていないことに気づく。

 

「シロナ」

「ん?」

「ちゃんと紐をつけろ。動きづらくなるし、防御力も下がる」

 

カイムはそう言いながらシロナのヘルメットの紐を付けて、ヘルメットが動かないように程よく固定した。シロナもやり方はよくわかっていないためされるがままになっていた。

 

「苦しくないか?」

「ええ、大丈夫。ありがとう」

 

ヘルメットの位置を調整してシロナはカイムに礼を言った。カイムは特に何も言わずカバンを背負い直す。

そしてその二人をトウガンとヒョウタは微笑ましく見ていたが、二人がその視線に気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ早速採掘してみましょうか」

 

一行は少し地下大洞窟を進み、ヒョウタは少し盛り上がった壁を前に採掘のレクチャーを始めた。

 

「採掘は主にこの二つを使ってやっていきます」

 

ヒョウタはカバンの中から金槌とツルハシを取り出した。

 

「こういう少し盛り上がっている壁に玉や石が埋まっていることが多いんです。無論ないこともありますけど、大体盛り上がっている場所には色々埋まっています。こういうところを見つけてこの二つを使って掘っていく。これだけです」

 

実際に手本を見せますね、と付け加えてヒョウタは壁の前で屈んだ。

 

「まずはどこにあるのかを大まかに見つけるために金槌で硬い場所を砕いていきます」

 

金槌を使ってヒョウタは硬い表面を砕いていく。砕けた岩盤を払いつつ、ヒョウタはさらに砕き進めていった。

そうしているうちに、中から青く光る何かが岩盤から顔を出した。

 

「あっ!」

「出てきましたね。ここからはこっちの出番です」

 

ヒョウタはツルハシに持ち替えると、ツルハシを使って青い何かの周辺を掘り進めた。

そうしてツルハシで細かく掘っていくと、青い玉が掘り出された。青珠を取り出して砂を払うと、ヒョウタは青珠をシロナに渡した。

 

「採掘の流れはこんな感じです。ただ注意してくださいね。やりすぎると採掘していた部分が崩れて掘った部分が埋まってしまうこともあるんで」

「ええ、多分わかったわ」

「じゃ、早速やってみましょう。そうですね…あの壁で採掘をしてみましょう」

 

シロナはヒョウタの示した壁に向かっていき、その壁の盛り上がっている部分に手をついた。

 

「ここでいいのよね」

「はい。やってみましょう」

 

シロナは頷くとカバンから金槌とツルハシを取り出した。

そして金槌を使って硬い表面を砕いていく。その手つきは普段家の中でしかみせない大雑把な一面とは打って変わり非常に繊細で、崩れないように細心の注意を払いながらやっていることに料理をしている際のシロナとギャップを感じた。

 

「こんな感じでいいのよね」

「はい」

「よし…」

 

シロナは時折ヒョウタに確認しながら採掘を進める。金槌で表面を砕いた後、ピッケルに持ち替えて顔を出した珠を掘り出していく。

少し多めに時間をかけて緑珠を掘り出すことに成功した。

 

「あ、できた!」

「初めてにしては上出来ですね」

「ありがとう、ヒョウタ君」

 

シロナはカイムの元へ掘り出した緑珠を持っていき、顔を輝かせながら見せてきた。

 

「カイム見て!掘り出せたわ!」

 

普段のクールなシロナが子供のようにはしゃぎながらカイムに駆け寄る様は、外でのシロナしか知らないトウガンとヒョウタにとって驚きだった。

一応ヒョウタとトウガンは二人の関係を知っている。故に、カイムに対して多大な信頼を寄せていること自体はなんらおかしくはないが、普段クールなシロナがこのような子供らしい一面を見せることがヒョウタには驚きだった。

 

「やるな。俺は初めてやった時、壁崩したから」

「そうなの?じゃあ私の方がセンスあるかもね」

「やかましい」

 

カイムは指で軽くシロナの額を突く。シロナは嬉しそうに笑いながら緑珠を袋の中に収めた。

 

「はは!確かカイムは最初焦ってやったせいで崩したんだったね」

「うるせえ。その通りだよ」

 

元々ジムの後に付き合ってもらっていたという都合上、あまり長い時間採掘できなかったという事情があった。故に早く掘り出さねば、という気持ちが先走り、記念すべき初採掘は失敗に終わっていた。

 

「グハハハ!クールで何事も冷静にできそうなカイム君だが、案外人間らしいところもあるのだな」

「なんすかそれ。俺どんな人間に思われていたんですか」

「すまんすまん。私のイメージだと、ヒョウタの話と先日少し話した時の印象しかなくてな。君は真面目で何事にも真剣に取り組むというイメージが強い。尤もそれは間違いではないようだがな」

 

真面目に、真摯にやる人間だという印象があったからこそ、気持ちが先走り、結果を急ごうとする行動がトウガンにとって意外だった。だがシロナ同様多少はこういう抜けている部分があった方が親しみやすい。ヒョウタは『カイムはポケモンによく好かれる』と言っていたが、こういうところが好かれる要因の一つなのかもしれないとトウガンは考えた。

 

「さ、シロナさんが一通りの流れを理解したわけだし、我々も採掘していこうではないか」

 

トウガンはいつも持っている採掘道具を肩に担ぐとカイムの肩を叩く。カイムはそれに頷くと、金槌を取り出すのだった。

 

その後、シロナの掘る場所の目利きのセンスが凄まじいだけでなく、豪運を発揮して一応経験者のはずのカイムよりもはるかにたくさんの珠を発掘してカイムに苦い顔をさせた。

 

 

 

 

 

 

「調子はどうですかな、シロナさん」

 

シロナが黙々と採掘をしている最中、トウガンがそう声をかけてきた。この僅かな時間でシロナは採掘のコツを掴んだのか、振り下ろす金槌やピッケルの動きに迷いがなくなっている。

シロナは汗を拭い立ち上がると、袋を開いてトウガンに見せた。

 

「おっ、大漁ですな!」

「結構たくさん掘れました」

「初心者でこれだけ掘れるのはなかなか筋がいいですぞ」

「ふふ、カイムに負けてられませんから」

 

少し自慢げに言うシロナの持つ袋をトウガンは覗き込む。そこまで珍しいものはないが、いくつか大きめの珠もあり、中には雷の石など進化の石も二つほどあるため成果としては十分だろう。

 

「お?これは…」

 

その袋の中であまり見かけないものがあったため、トウガンはそれを手に取る。

 

「ああ、それだけなんなのかわからなかったんです」

「ほう、これは天然石ですな」

「天然石?」

「ええ。誕生石とかパワーストーンって聞くでしょう。あれです」

 

シロナもそれくらいは知っていたためトウガンの言葉を理解すると同時に疑問が生まれた。

 

「天然石って、地下大洞窟(ここ)で採れるものなんですか?」

 

シロナの知識では、この地下大洞窟で採れるものは主に珠や進化の石、そしてポケモンの化石といったものだ。その産出物の中に天然石があっただろうかと思い出してみるが、そういったものが採れるという記録はみていない。

 

「稀ですが、ありますよ。たくさん採れるわけではありませんし、採れる種類もバラバラなのでここで働く者以外は知らなくても無理はない」

「そうなんですね」

 

トウガンは採れた原石を電気の光に透かして見る。原石が淡い水色の光を僅かに放つのを見てトウガンはこの天然石の種類が何なのかを特定した。

 

「これはアクアマリンですな。結構いい色してますよ」

「アクアマリンって、確か三月の誕生石ですよね」

「ええ。磨けばいい石になりそうだ」

 

そう言ってトウガンは原石をシロナに返した。それを受け取ったシロナはその原石をまじまじと見つめると、トウガンに問いかける。

 

「あの…この原石の加工って、ここでできますか?」

「加工はここじゃできません。うちのジムにいい加工職人がいますんであとで紹介しましょうか?」

 

トウガンは普段、鋼鉄島で働いている。鋼鉄島には多くの炭鉱関係者がおり、その中で石を掘るだけでなく趣味で加工を請け負っているトレーナーがいた。そのトレーナーならきっとうまく加工してくれるだろうと考えたトウガンは、シロナに紹介の提案をしたのだった。

 

「お願いしてもいいですか?」

「いいですよ。話は通しておきますので、あとでご連絡しますね」

「ありがとうございます」

 

トウガンに礼を言うと、シロナはその原石を大切そうに袋にしまった。それを見て今度は逆にトウガンがシロナに問いかけた。

 

「誰か贈りたい人でも?」

 

シロナは微笑みながらトウガンの言葉に頷き、視線をズラす。その視線の先にはカイムとヒョウタが雑談をしながら互いの掘り出したものを見せ合っていた。

 

「はい。いつも支えてくれる人に、感謝の気持ちを込めて贈りたいんです」

「そうか…()の誕生日は三月なのですね」

「ええ。感謝を伝えるいい機会かなって」

 

恐らくカイムは『それ以上のものをもらってる。むしろこっちが返さなきゃならん』と言うだろう。シロナとしてもそれは間違っていないとは思う。逆のことをされたらシロナも同じことをきっと思うだろうから。

しかし実際に与えた以上のものをカイムはシロナにくれた。きっとそれは本人は意図していないし、何より彼自身にとっては当たり前のことだろう。でもそれがどれほどシロナの心を救ってくれたのかをカイムは知らない。それを正確に伝えることはきっとできないし、それに対して恩着せがましくすることもないだろう。

だからこうして贈り物をすることで、感謝と愛情を伝えたい。シロナはそう思っている。

 

「ふふ、いいですね。私も女房に贈り物した時を思い出しますよ。掘った水の石を加工して、ペンダントにして贈りました」

 

少し照れくさそうに笑うトウガンにシロナも笑い返す。

トウガンは視線を珍しい石を見せ合って盛り上がるカイムとヒョウタに向けながら腕を組む。

 

「喜んでもらえたんですか?」

「私が思っていたよりは。今思えばかなり不恰好なものでしたが、喜んでもらえたことはとても嬉しかった」

 

トウガンは照れくさそうに笑いながら、懐かしむように目を伏せた。

微笑ましい表情でシロナに見られていることに気づいたトウガンは、恥ずかしさを隠すように咳払いを一つして話題を変える。

 

「しかし、カイム君は中々見所があるトレーナーですな」

「と、いいますと?」

 

突如変わった話題にシロナは首を傾げる。

 

「いや何。色々と挑戦をするというのは人として大切なことだと考えていてね。彼は自分の才能が無いことを自覚しながらもチャレンジ精神は人一倍だ。そういう人物は大物になりやすい。ま、私の経験則でしかないがな」

「大物?」

「ええ。有名なところで言うと、フロンティアブレーンのネジキ君だろう」

「え?フロンティアブレーンの人が?」

 

バトルフロンティアの施設の一つ、バトルファクトリー。カイムの先輩であるダツラと同じ施設であるバトルファクトリーのブレーンが、カイム同様に才能が無いとトウガンは言った。

 

「聞いた話でしかありませんがな。あまりバトルの才能はなかったらしいです」

「意外だわ。ブレーンともなるとかなりの腕前が要求される。となると相当才覚も必要になると思うのだけど…」

 

フロンティアブレーンは世間的には四天王と同レベルほどの実力があると言われているし、シロナ自身もそう思っている。それほどの人物に才能が無いとはシロナは思えなかった。

 

「ええ。彼に才能はありますよ。一度バトルしたことがありますが、それは明白でした」

「さっきは…ネジキ君に才能はないって」

「『バトル』の才能は、ですよ。彼の持っていた才能は『学ぶ』才能です」

 

ネジキがブレーンを務めるバトルファクトリーはレンタルポケモンでバトルを行う。故に、ポケモン自身の特性や長所、短所を知り、即興でバトルを組み立てなければならない。そのためには知識と経験が何よりも必要となる。

 

「彼にずば抜けたバトルの才能はなかった。だからとにかく経験を積み、そして知識を身に付けた。彼のすごいところは、それを十全に活かしきることができる頭脳だろう」

 

多数いるチャレンジャー全員のバトルスタイルと選んだポケモン、そしてタイプごとの対処方法などを記録、分析する。自分の元にたどり着いたチャレンジャーだけでなく、本当に全てのトレーナーの分析を行う。その結果、彼がブレーンを務めるバトルファクトリーは相当の難易度を誇り、シンボル獲得者はかなり少数となっていた。それこそチャンピオンや四天王レベルの強さを持つトレーナーでなければ厳しいだろう。

 

「そういう意味では、彼はネジキ君に似ている。大物になれそうだ」

「ええ。かもしれませんね」

「まあ、私個人として彼のことを気に入っているため贔屓目もあるかもしれんがな!グハハハ!」

「気に入っている?」

 

カイムの話ではトウガンはカイムとほとんど話したことがない。つまりあまり接点がないということになる。息子であるヒョウタと仲が良いことを含めても、そこまで気に入られる要因になるとは思えない。

 

「うむ。ああいう目標に向かって泥臭く研鑽を積み続ける…そういう若者は実にいい。鋼のように硬い意志を持てるというのは、それだけで魅力だ」

「そうですね。そういう意味では、カイムもネジキ君と同じなのかも」

「ほう」

「カイムには、努力を『継続』する才能があるので」

 

継続。それはとても簡単に思えることだが、非常に難しいことだ。継続する対象が自分にとって楽しめるものであれば可能だが、苦痛を伴うものであれば継続は難しい。シロナですら継続ということは難しいと考えているが、カイムはそれをかなりの長期間、成果が全く出ないのにも関わらず続けてきた。継続する才能だけは、シロナをも凌ぐだろう。

 

「ふむ、いい弟子ですな」

「はい。自慢の弟子です」

「だからこそ、感謝を伝えたいのですな」

「ええ」

 

そう言ってシロナはなおもヒョウタと盛り上がるカイムに目を向ける。珍しく楽しそうに顔を輝かせるカイムを見て、シロナは小さく微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

一方、ヒョウタとカイムは二人で今回の成果を見せ合い盛りがっている最中だった。

 

「すげえなやっぱ…同じ時間なのに俺の倍近く掘ってんじゃん…」

「はは!僕は小さい頃からやってたからね。これで簡単に追いつかれちゃ、僕の立場がないよ」

「それはそうだが…お、すげえ。結構でかい金剛珠じゃん」

「そうだろう?それにほら。今回は珍しく化石も掘り出せたんだ」

「うお、琥珀にカブトの化石じゃん。すっげえ…」

 

採掘で採れるものの中でも化石はかなり貴重で珍しい。単純なレア度だけで言えば金剛珠系統よりも珍しいものだろう(見た目から値段だけは金剛珠系統の方が高いが)。

 

「カイムはどうだった?」

「俺は普通のばっかだった。紅珠とか青珠とか。やっぱ前のはビギナーズラックだったのかね。どーも目利きがうまくできん」

 

ヒョウタはカイムが掘った成果をざっと見る。紅珠や青珠、緑珠といった通常の珠や金剛珠系統の小さな珠が三、四個。進化の石が数個といったものだった。前回の採掘ではヒョウタが良さげな場所を見繕うこともしていてくれたため、かなり多くの珠を採掘できていた。しかし前回と比べて今回は少々少ないようにも思える。劇的な差があるわけではないが、見劣りはする結果だった。

 

「どうしても採掘場所の目利きは経験がモノを言う部分だからね。こればっかりは経験していくしかないよ」

「そうか」

「でも採掘そのものは随分上達したんじゃないか?初めてやった時は壁崩してばっかりだったし、それと比べたらかなり良くなったと思うよ」

「採掘の力加減のコツは掴めてきた。時々掘り切れない時もあるけど、自分でもだいぶマシになったと実感してる」

「いいじゃないか。経験を積めば、もっとよくなると思うよ」

 

ヒョウタはそう言ってカイムの持つ袋を再び覗き込む。すると底の方にあまり見かけない色の石があることに気付き、それを取り出した。

 

「これ…」

「ああそうだ。それなんだ?」

 

ヒョウタが手に取った石は濃い茶色をしているが、どことなく赤みを帯びた色をしている。光に透かして見ると、赤茶色の輝きを放った。

 

「ただの岩かと思ったんだが、なんかちょっと違うっぽいからとりあえず取っておいたんだ。ヒョウタならなんかわかるかなって」

「割と珍しいね。天然石だ」

「天然石?んなもんここで採れるのか?」

「うん。あんまり出ないしポケモンに何かしら利用できるわけでもないからほとんど知られてないけどね」

「へえ」

 

ヒョウタは砂を払い原石を少しだけ削る。カケラを持っていたルーペで見てカイムが掘り出した石が何なのかを分析した。

 

「これは柘榴石だね」

「柘榴石?」

「ガーネットって言った方がわかりやすいかな?」

「ああ、それならわかる」

「大きさとしては大きくはないけど、加工したらアクセサリーとかにできるんじゃないかな?」

 

あまりアクセサリーなどをつけないカイムにはあまり興味のないものかな?とヒョウタは考えた。イヤリングはつけているが、それ以外特に飾り気がない。アクセサリーではなく、もっと別のもので勧めた方がよかっただろうか、と少しだけヒョウタは後悔したが、カイムの反応はヒョウタが考えていたものとは別のものだった。

 

「…なあ、ガーネットって何月の誕生石だ?」

「え?確か…一月だったかな?」

「そうか」

 

わざわざ誕生石の月を聞いてきた、ということはカイム自身の誕生日が一月だったりするのだろうか、と考えたヒョウタはカイムに問いかける。

 

「カイムの誕生石って一月なのかい?」

「いや、俺は三月」

「そっか。じゃあ君の誕生石ではないね」

「…ああ。そうだな」

 

ガーネットの原石を袋に戻し、カイムはそう答える。

袋を背負い直し、床に置いた探検セットを持ち上げたカイムはヒョウタに言った。

 

「行こう。トウガンさん達もキリが良さそうだ」

「そうみたいだね。合流しようか」

 

少し離れた場所でトウガンが手を振っているのが見える。時間的にもそろそろいい頃合いだろうと考えたヒョウタは二人と合流して地上に戻ろうと考えるのだった。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

大洞窟の入り口へと歩いて戻る途中、シロナの耳に微かにポケモンの鳴き声のようなものが聞こえた気がした。

 

「ねえ、今…ポケモンの声が聞こえなかった?」

 

シロナの言葉を受けてカイムは耳を澄ましてみる。しかし他の採掘者の作業音や空気が通る音ばかりでポケモンの鳴き声らしきものは聞こえない。

 

「いや、わからん」

「気のせい…かしら」

「いえ、多分そうではないです」

「え?」

 

ヒョウタはシロナの言葉は気のせいではないと言った。

坑道について詳しくない二人は首を傾げる。

 

「どういうことだ?地下大洞窟って、基本ポケモンいないんじゃないのか?」

「うん、そうだね。基本地下にポケモンは出てこない。でも例外もあったりするんだ」

「例外?」

「最近見つかった『隠れ家』、ここから近いな。多分シロナさんが聞いた声はそこからだろう」

 

聞きなれない『隠れ家』という言葉にシロナとカイムは反応する。

 

「隠れ家って?」

「ポケモン達が地下にできた空間に住み着いた場所の総称だよ。隠れ家には色々なポケモンが住み着いていてね。時々、シンオウ地方以外のポケモンも見られたりするんだ」

「シンオウ地方以外の?どっから来たんだそいつらは」

「うーんそこまではまだわからないな。何しろこの隠れ家自体が比較的最近見つかったものだからね。隠れ家自体がどこにどれくらいあるのかもまだ全容はわかっていないんだ」

 

なら調べればいいのでは?とも思ったが、彼らの仕事はあくまで炭鉱。生体の調査は学者の仕事だ。知らなくても仕方ない。

 

「彼らがどうやってここまで来たのかはわからないけど、彼らにとって住み心地のいい場所を荒らすようなことはできない。だから僕ら炭鉱に働く人々はその隠れ家にあまり近寄らないようにしているんだ」

「地下に住み着くってことは、地上が何かしら不都合な部分があるからだものね。逃げてきたのかどうかはわからないけど、静かに暮らしている子達を脅かすようなことはしてはならない」

「はい。一応人が出入りできる程度にはしていますが、危険な場所もあるので基本立ち入り禁止ですね」

「へえ…」

 

小さく呟いたカイムの顔を見て、ヒョウタは笑った。

 

「あ、カイム。もしかして興味ある?」

「んえ?ああいや……まあ、少し」

「グハハハ!分野は違えど、君も学者だもんな!やはり未知の事柄に興味が湧いてしまうものだろう!」

「じゃあ見に行くだけしてみよう」

「いいのか?」

 

今の話を聞く限り基本立ち入り禁止であり、危険な場所もあるという。ならばそこに素人であるシロナとカイムが出向いていいものなのか、と疑問に思った。

実際興味はある。だがわざわざヒョウタとトウガンに面倒をかけてまで見てみたいとも思ってはいない。

 

「なに、構わんさ。ここから比較的近くにある隠れ家は比較的安全だ。我々の権力があれば、見学程度なら可能だよ」

「…じゃあ、お願いしても?」

「うむ、素直でよろしい!」

 

豪快に笑いながらトウガンは歩いていく。若干申し訳無さそうにするカイムを気遣ってか、ヒョウタはカイムの肩を叩きながら言った。

 

「本当に気にしなくて大丈夫だよ。僕ら職員もあの場所は興味はあるんだ。見に行く程度なら本当に大したことはないよ」

「悪いな」

「いいさ。でももし、僕に恩を感じてくれているなら、今度バトルしてくれないかい?」

「いいけど、そんなのでいいのか?」

 

カイムは基本バトルを断らない。無論例外はあるが、ポケモントレーナーを生業としている者ならあまり断る人間はいないだろう。わざわざ恩返しの条件として設定するほどのものではないとカイムは考えたが、その考えを見抜いたかのようにヒョウタはジト目でカイムを見た。

 

「君がトバリジムに入会してすぐの時、僕からのバトルを断ったのは誰だったかな?」

「………………俺です」

 

そういえばそんなこともあったと、カイムは頭を抱える。あの時はまだまだ未熟で、スモモ相手に3タテされてしかいなかった頃だ。他のジムリーダーに勝てるどころかいいバトルにすることすらできない、という理由で断った記憶が今蘇ってきた。

 

「……あー…そんなこともあったわ」

「だろう?」

「ふふ、許してあげてヒョウタ君。カイム、あの時は本格的な修行を始めたばかりだったから自信がなかったのよ」

「わ、悪かったよ。今度、今度な」

「約束だよ!よし、行こう!」

 

楽しそうに歩き始めるヒョウタの背中を見ながら小さくため息をついた。

 

「ふふ、大変ね」

「ったく…嫌になるぜ」

「バトルが?」

「わかっていることを聞くな」

 

カイムが嫌になっているのは、過去の自分についてだ。自分では相手をまともにできない。だからバトルをしない、というのはトレーナーとして成長する機会を自ら捨てているのと同義だ。

シロナの下で修行してわかったが、敗北は勝利以上の経験値が得られる。その敗北から何を得て、次に何をするか。それを考えることがなによりも大切なのだと、今のカイムは理解している。

 

「それがわかるようになっているだけ成長しているわよ」

 

そこでシロナの言葉を思い出す。

 

 

『今日の敗北から何を得るか。そして、明日何者になるの?』

 

 

その日得た敗北。そこから分析を繰り返し、自分の糧にする。そしてそれを己の血肉にするために、さらなる鍛錬を積む。それが込められた言葉。現在、カイム自身も代理とはいえジムリーダーとしてジムトレーナーを指導する際にも同じ言葉を言っている。

 

「俺自身、まだ未熟だが…ちっとはマシになったかな」

「ええ。誇っていいわ」

「…ああ」

「さ、行きましょ」

 

シロナはそう言ってカイムの手を取り、ヒョウタとトウガンの後を追う。カイムもそれに続き、隠れ家と呼ばれる場所へと足を向けるのだった。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

シロナとカイムはトウガンとヒョウタの案内についていくと、案内の先には人が通れるくらいの穴があった。

その穴からは僅かに光が漏れている。

 

「ここが?」

「ええ。隠れ家です。ここは環境的にはかなり安全ですので、入って大丈夫ですよ」

 

シロナとカイムはヒョウタの言葉を信じて穴を潜る。光が漏れている方を目指して二、三分ほど歩くと、とても穏やかな空間にたどり着いた。

 

「わあ…すごい」

「これが、地下?」

 

シロナとカイムの目の前に広がっていた空間は、草原と綺麗な池がある穏やかで過ごしやすい空間だった。

 

「綺麗ね」

「とても地下とは思えないな…」

「どうです。すごいでしょう。まるで天気のいい野原のような空間。これでも一応地下なんだ」

 

天井を見上げると、どういう仕組みかはわからないが日光のような光が空間全体に降り注いでいる。人工的な光にも見えないが、地下である以上日光ではないはず。

 

「この光、日光じゃないですよね。どういう仕組みなんですか?」

「さてね。そこは私らもわかっとらんのです。一説では、ここに集まったポケモン達の『にほんばれ』の力によって照らされているとか」

「なるほど…一応それなら可能ではあるわね」

「なぜわざわざ地下にいるのかわかりませんが、何にしても彼らにとってここが住みやすい環境だというのは間違いない。そんな彼らの住処を荒らすようなことをしたくはないので、我々もあまり寄り付かないようにしている」

 

どのような理由であれ、ここに住み着いているポケモンはこの環境が適しているから住み着いている。ここを仕事場とするトウガン達も自分らの仕事のためにもポケモン達に必要以上に接触しない。そうすることで互いに共存できている。

 

「ここ以外にも、隠れ家ってあるんですよね」

「はい。ここは草タイプや水タイプが存在する陽だまりの大空洞と呼ばれる隠れ家でして、他にもバクフーの大空洞など色々な環境の隠れ家があります」

「場所によっては、溶岩が垂れ流されているような場所もありましてな。危険な場所は基本封鎖してます」

「…壮絶だな」

 

今いるような過ごしやすい空間もあれば、人が立ち入ることすら危険な空間もある。それほどまで差がある場所と隣り合わせで仕事をこなす彼らの凄さを知ったように思えた。

 

「結構色んなポケモンがいるのね」

 

シロナがそう言ったように、この隠れ家には様々な種類のポケモン達がいた。スボミーのようにシンオウ地方でよく見られるポケモンからチコリータのように他の地方で主に見られるポケモンまで種類はかなり幅広い。

 

「どうやってここまで流れ着いたのか、それとも元々ここにいたのか…そこらへんはまだわかっていません。地質や生態を専門にしている学者の方々がこの隠れ家について調査を進めているそうです。僕ら炭鉱で働く人はその学者さん達をこうして案内することも多々あるんです」

「つまり、ここに俺らを連れてきたこと自体はそんな珍しいことでもないってことか」

「うん。危険な場所でなければ見せるくらいはできるしね」

 

実際今いる陽だまりの大空洞はとても穏やかで人ですら過ごしやすい気候だ。そこに綺麗な木々もある。加えてポケモン達は大人しい。気性が荒いなどであれば話は別だっただろうが、ここはそうではないらしい。

 

一行は空洞の中を歩いて回る。あまり見ない人間がいることでポケモン達は若干警戒心を強めているが、こちらに害意が無いことを察したのか警戒はしながらも普段の生活を送っていた。

そんな中、シロナはこの空間内に一部だけ岩石が吐出した場所が目に入る。その場所は明らかに別のエネルギーが満ちていて、他のポケモン達も近寄ろうとしていない。

 

「…ねえ、トウガンさん。あの岩石って…」

「ん?どうしました?」

「あそこだけなんだか異様に閑散としてませんか?」

 

シロナが指差した方には岩石が剥き出しになっており、その部分はよく見ると草が存在していない。加えてその周囲だけはポケモン達も近寄ろうとはしないのがわかった。

 

「む…確かに変ですな。隠れ家は基本、何かしらのコンセプトに沿った空間になるのだが…」

「何かあるんでしょうか」

「むう…ヒョウタ、この辺りはお前の方が詳しいだろう。あれについて何か知っているか?」

「いや、僕も詳しくは…この隠れ家は見つかってからまだ一月程度しか経っていないから、学者の人達もあまり踏み入れてないんだ」

「なるほど…だが気になるのも確かだ。どれ、少し探ってみよう」

 

トウガンはシャベルを肩に担ぐと、シロナが指差した場所に向けて歩き始めた。シロナ達もそれに続き、件の場所に足を踏み入れると空気が変わった。

 

「空気が変わった」

「あまり長居はしない方がいいかもしれん。この岩を削ってさっさと退散しよう」

 

トウガンは異様な空間の中心にある小さな岩に手を乗せてそう言った。そして肩に担いだシャベルを使ってその岩を砕いていく。

 

「僕も手伝うよ」

「頼むぞ」

 

ヒョウタはトウガンが砕いた岩をピッケルでさらに細かく砕き、掘り進めやすいようにしていく。それなりに硬い岩のようだが、手慣れた手つきで二人は掘り進めていき、あっという間に中央部分までたどり着いた。その速さは少しだけ採掘を触った程度のシロナとカイムでは到底及ばないほどの速さであり、この二人が採掘を長く続けてきたことがよくわかる瞬間でもあった。

 

「これが職人か。すごさがわかるな」

「本当ね」

 

シロナも初心者にしては相当上手い方だが、あくまで『初心者』の域は出ない。どんなに才能やセンスがあろうとも積み上げてきた努力と経験にそう簡単に勝ることはそうない。

シロナとカイムがトウガン達の素早い採掘に感心しているうちに、トウガンのシャベルが何か硬いものに当たった。

 

「…こいつか」

 

トウガンはピッケルに持ち替えると、ヒョウタと共に出てきたものの周囲を丁寧に掘っていく。そして出てきたものを手に取り、シロナとカイムに見せた。

 

「この周囲に草が生えていない理由はこいつだ」

「これって…」

 

見せられたものはシロナ達にとっても見覚えのあるものだった。紫色をした分厚い板で、この板からは僅かな毒気を感じる。

 

「毒気…もうどくプレートね」

「ええ。毒タイプの力が結晶化したものです」

「なるほど。この毒タイプの力が染み出していたせいでこの辺りに草が生えてなかったのね」

 

草タイプは毒タイプに弱い。故に、毒の力が染み出して影響を及ぼしていた範囲に草木が生えてこなかったと考えれば筋は通る。

毒の力が染み出していた、とはいえあくまで力が結晶化したもの。周囲に及ぼす影響は小さく、非常にゆっくりとしたものだ。だから軍手などで隔てて触れれば問題ない。トウガンはプレートを手に取って裏側を見ると目を細めた。

 

「トウガンさん?」

「……カイム君。君の論文のテーマってどんなものだ」

「俺の論文のテーマ?」

「ああ」

 

トウガンの真意はわからない。だが真剣な目で見られたカイムは冗談や軽い気持ちで聞いてきたものではないと理解し、自らの論文のテーマを伝える。

 

「俺は、神話同士の対立について研究してます。シンオウ地方には二柱の神の存在が確認できる。アルセウスとレジギガス。主に伝わる神話はアルセウスですが、レジギガスの存在は確かにありました。ではなぜレジギガスに関する伝説がここまで少ないのか。それを追求してます」

「…そうか。なら、このプレートはきっと君の論文に大いに役立つだろう」

 

そう言ってトウガンはカイムにもうどくプレートを渡した。カイムは軍手をつけてもうどくプレートを受け取る。プレートそのものは特に変わったところはなかったため、裏面を見る。するとそこには衝撃的な文字が記されていた。

 

 

『プレートに 与えた力 倒した 巨人達の 力』

 

 

記された文字を読んだシロナとカイムは絶句する。

 

「これ、は…」

「このプレート、神話の時代のプレートね!」

 

裏面に神話について記されたプレートというのは既に数枚見つかっている。先日キッサキシティでシロナの権力で見せてもらったつららプレートがまさにそれである。

しかし全てが見つかっているわけではない。故に神話の全貌が明らかになっていない、というのもある。全てのタイプのプレートに神話が記されていたかどうかはわからないが、見つかっているものだけでは文章が欠けている。だからまだ何かしらあるだろうと思ってはいたが、まさかこんなところで見つかるとは夢にも思っていなかった。

 

「…この文章に書かれている巨人…レジ系のポケモンのことか?」

「きっとそうね。今見つかっている文章や文献の情報を合わせたら、きっとより確かなものが書けるはずよ」

「……となると、論文の構成もちょいと考え直す必要があるな」

「今ある構成の中にあるものに組み込んでいくのがいいと思うわ。新しく作るんじゃなくて、今あるものに加える方が構成としてわかりやすくなると思うの」

「そうなると…」

 

ぶつぶつと構成を考え始める二人を見てトウガンとヒョウタは目を見合わせて笑った。

 

「グハハハ!お二人さん、議論すんのはいいがここではそのくらいにしてもらおうか!」

「あっ…ごめんなさい」

「ほらカイム。ここじゃポケモン達が僕らを警戒しちゃうよ。早く出よう」

「え、ああ…そうだな」

 

我に返ったカイムはプレートを袋にしまうと、恥ずかしそうに頭をかいた。

 

「はは!じゃあ戻ろう」

「うむ!最後に大きな成果も得られたことだ!戻るとしよう!」

 

トウガンはカイムの背中を強く叩くと豪快に笑いながら隠れ家から出ていった。そしてヒョウタもついてくるように促し、トウガンに続いた。

 

「………」

「息抜きの場で資料が見つかるとは思わなかった?」

 

隣に立つシロナはそうカイムに問いかける。それに対してカイムは苦笑しながら応えた。

 

「心読むのやめてくれませんかね」

「ふふ。カイムって考えていることわかりやすいから」

「表情は動かないけどな」

「表情だけが感情の表現方法じゃないわ。雰囲気や仕草、目線や声色でもわかるものよ」

「…そうか」

 

小さくそれだけ答えてカイムはカバンを背負い直す。そしてそのまま何も言わずにヒョウタの背中を追って歩き始めた。

シロナは思ったことをそのまま言われたのが恥ずかしかったことを察し、歩いていく背中を見て小さく笑う。無表情でとっつきにくいイメージが持たれがちだが、決して感情が無いわけではない。雰囲気やちょっとした仕草からカイムの考えてることや感情を理解できる。それが最近特にわかるようになってきて少し嬉しかったりもするのだが、それをカイムに伝えることはしない。ポケットにしまったアクアマリンの原石。これを誕生日に渡せる日を楽しみにしながらシロナもカイムの背中を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が沈んでもクロガネシティは活気に満ちていた。山男達はテンガン山から下山し、炭坑夫達は地下から出てきて各々仲間たちやポケモンと共に帰路につくなり店に入り食事で英気を養うなり様々だ。

その中でシロナ達は荷物をコインロッカーに預けて身軽になった状態で居酒屋に来ていた。居酒屋は多くの客で賑わっており、各々が自分達の身内と思い思いの時間を過ごしているため、シロナのような有名人が来ても騒ぎにならない。そんな空間でシロナ達はテーブルを囲んでいた。

 

「体を動かした後は美味い飯!これに限る!」

「ここ、僕と父さんのいきつけなんです。父さんが鋼鉄島じゃなくてこっちに来る時は大体ここで食べているんですよ」

 

ヒョウタが行きつけとするだけあり、テーブルに並べられた料理はどれも疲れた身体には食欲をそそるものだった。メニュー的には居酒屋というよりも酒も大いに飲める飯屋に近いかもしれない。

 

「よし!とにかく食いましょう!」

 

トウガンはお茶の入ったグラスを差し出す。ヒョウタもやれやれといった表情をしながらもそれに続いた。シロナとカイムも二人の様子を見てそれぞれグラスを持った。

 

「シロナさんの大漁と、カイム君の論文成功を祈って」

「論文成功とは?」

「うむ!上手く論文が書けるようにといったことなんだが、どう言えばわからんくてな!グハハハ!」

「…はは、なんすかそれ」

 

カイムは小さく笑ってグラスを差し出す。それを見たトウガンは豪快に笑いながらカイムのグラスと自分のグラスを軽くぶつける。

 

「乾杯!」

 

トウガンの言葉と共にシロナとヒョウタもそれに続いてグラスをぶつける。

 

「グハハハ!いつもならビールなんだが、二人が飲めない現状で飲むのもな!」

「すみません。俺たち、車なんで」

 

とはいっても運転するのは基本カイムであるためシロナは飲めるのだが、家以外だとカイムが飲まない場合は酒を飲まない。仮に飲むことができたとしてもカイムだけが飲めない現状で飲むことはないのだが。

 

「ん、このお通し…美味いな」

 

きんぴらごぼうを口に含みながらカイムは呟く。

それを聞いたヒョウタは揚げ出し豆腐を頬張りながらカイムに聞いた。

 

「そういえば、カイムは料理が得意だったよね。普段はどんな料理作るんだい?」

「普段?そうだな…和食が多い気がする」

 

別段拘って作っているわけではないのだが、栄養バランスを考えて作っている。特別意識はしていないのだが、なぜか和食に味付けが寄るという癖があった。

 

「和食というより、和食の味付けに近いだけだな」

「へえ…そっか。でも料理できるのはすごいなあ。僕も一人暮らしだし、自炊はするけど味は普通なんだよね」

「別に俺の飯が特別美味いわけじゃ…」

「カイムのご飯は美味しいわよ。なんでもね」

「だからなんでいつもシロナが誇らしげなんだよ」

 

毎度のことながら、カイムの食事の話になると毎回カイムではなくシロナが誇らしそうにする。カイムとしてもそれは悪い気はしないのだが、自分の料理がそこまで自慢されるほどのものではないと思っているため苦笑するしかない。

 

「グハハハ!いいではないか!料理ができるというのはそれだけで魅力だ。ちなみに私は全くできん」

「父さんはもう少しできるようになったら?母さんが呆れてたよ」

「うむ!以前家内に教えてもらったこともあったのだが、それでも全くできなかった!人には向き不向きがあるものですな」

「ええ、全くです」

「おいシロナ、同調すんな」

 

トウガンがどの程度でできないのかはわからないが、シロナもできないためカイムはトウガンの妻の気持ちが少しだけわかるような気がした。

 

「…料理なんて、練習すりゃ誰でもできるようになりますよ」

 

現にシロナは(本当に少しずつではあるが)料理ができるようになってきている。さすがに一人でやらせられるような腕には至っていないが、最低限の操作は多少マシになってきた。

 

「なんでもそうだろう。もちろん向き不向きがあるから習得度合いは人それぞれ異なるだろうが、それでも努力を積めばある程度モノにはなる」

「…そっすね」

 

トウガンの言葉はカイムにとってとてもよく理解できるものだった。凡人で何も光るものを持たないカイムですら、努力次第ではここまで成長できる。それを自分で体現したのだから。

 

「うむ、努力を積み重ねることができるというのは素晴らしい。ヒョウタも見習うといい」

「うん。それは僕も思ってるよ。コンスタントに努力を積み重ねられることってとても大事だ。僕の今の立場…ジムリーダーも日々の努力があってこそだからね。カイムみたいにちゃんと継続していけるように頑張りたい」

「…どーも」

 

どう反応すればいいのかわからず、カイムは微妙なリアクションを取る。

そんなカイムを見て、トウガンはナスの肉詰めを大きな口で頬張り、咀嚼するとカイムに言った。

 

「カイム君、君はスモモが留学から戻ってきたらどうするつもりだ?」

 

トバリジムのジムリーダーはスモモであり、カイムは所詮代理。ポケモンリーグに認められた正式なジムリーダーではない。故にスモモが戻ってきたらカイムはただのジムトレーナーに戻ることになる。

 

「まだ考えてないです。とりあえずトレーナーは続けるので、しばらくはトバリジムに所属しているかもしれません」

 

ジムリーダーとしての仕事も大体覚えたため、スモモをより効率よくサポートができる。だから少しの間はトバリジムの運営サポートをしていようと考えていた。

だがそこで出てきたトウガンの言葉にカイムは驚愕することになる。

 

「カイム君、ジムリーダーにならないか」

「え?」

 

トウガンの言葉にカイムは固まる。カイムだけでなく、シロナとヒョウタも驚いてトウガンのことを見た。

 

「俺が?」

「うむ、君だ」

「…まず、訳を聞いても?」

 

トウガンがカイムのことを気に入っているのはなんとなくわかっていた。だが気に入っているだけでジムリーダーにスカウトするはずがない。そう考え、判断したカイムはいきなり拒否するのではなく、まず話を聞くことにした。

 

「うむ。一番の理由は、留学前の本気のスモモとバトルし、勝てるだけの実力がある者を一介のジムトレーナーとしておくのはシンオウリーグ全体として勿体ないと思ったからだ。同じジムリーダー同士ということもあり、私もスモモとは何度もバトルしたことがある。経験の差が大きいのもあり、勝率は私の方が高いが、あの子の才能は本物だ。そんなスモモにチャンピオンという最高の指導者がいたとはいえ、勝ち越すことができたのだ。それだけの実力がありながらもただのトレーナーとして活動するのはあまりにも惜しいと思ったんだ」

 

ジムリーダーはポケモンリーグ公認のトレーナーということもあり、その資格を得るには相応の実力と功績が必要となる。無論大会などに出て一定以上の成績を残さなければならない、などの縛りはないが、そのトレーナーがどのような経歴を辿ってきたのかは重視される。そしてその経歴の中にジムリーダーとの本気のバトルで勝利し、その後数ヶ月に渡ってジムを運営したという実績があればリーグ側も経歴面でとやかく言うことはないだろうとトウガンは判断した。

 

「…なるほど。似たようなことをスズナにも言われました」

「ほう、スズナにも言われたか。だがそれもそうだ。ジムリーダーというのは誰にでも務まるものではない。それを数ヶ月間ちゃんとこなして来たのだ。実力、運営面共に問題ないと思わんかね?」

「それは…まあ…」

 

実際にスモモがいない数ヶ月、カイムはちゃんとジムリーダーとして活動できた。何度か失敗することもあったが、それでも大きな問題は一切起きなかった。問題ない、と言われれば実際その通りであるため特別否定することもしないし、できない。

 

「とりあえず訳はわかりました」

「どうだ?受けてみないか?」

「……ええ、わかりました。受けましょう」

 

トウガンの熱意に負けたのか、少し渋々といった様子はあるがカイムはトウガンの提案を受け入れた。

それを聞いたトウガンは豪快に笑う。

 

「おっ!そうかやってくれるか!」

「ただ、いくつか聞きたいんすけど」

 

身を乗り出したトウガンをカイムは手で制した。

 

「ほう?何が聞きたい」

 

ニヤリと笑うトウガンに対してカイムはいつもの無表情のままトウガンに問いかけた。

 

「まず、出会ってそこまで時間の経っていない俺を推薦する理由は?実力以外にもなんかあるんですか?」

「うむ、なるほどな。確かにそれは気になる部分だな。端的に言えば、君が気に入ったということと、私のためだ」

「トウガンさん自身の?」

「ああ。自分のトレーナーとしてのレベルを上げるためだ。この前のポケモンリーグを見てそう思ったのだ」

 

前回のポケモンリーグ、実はトウガンも予選に出場していたのだが、その際に予選でヒカリに敗れて本戦に出場することは出来なかった。そしてその時に自分もトレーナーとしてレベルを上げなければならないと考えた。

 

「その時に考えたのだよ。若い者に負けないためにも、私は今以上に強くならねばならないといけないとな」

「それがどうしてジムリーダー推薦に?」

「今とは違う立場に、環境に身を置くことで更なる向上が望める。それは私がジムリーダーになった時に実感しているから間違いない。だがジムリーダーは簡単には辞められん。責任ある立場だからな。だからこそ後釜になるような人物をポケモンリーグ以来ずっと探していたのだ」

 

トウガンはジムリーダーの中でも最年長であり、同時に最も長い期間ジムリーダーを務めている人物でもある。だからこそ簡単に辞めることはできなかったし、辞めようともリーグまでは思ってもいなかった。

だがヒカリに負けて以来、トレーナーとしての停滞をより感じるようになった。

 

「ゆくゆくは四天王かフロンティアブレーンを目指したい。そのためにも、君にジムリーダーを任せたいんだ」

「なるほど。よくわかりました」

「グハハハ!とどのつまり、この歳で今からどれだけ強くなれるかはわからんが、まだまだやれることを示したいという我儘さ!」

「…いえ、トレーナーとして上を目指したいのは当たり前です」

 

上を目指すのはトレーナーとして当たり前の衝動である。だからカイムはトウガンのその初心に返ったような言葉がかつての自分を思い出させ、その結果完全にジムリーダーを断る気が失せてしまった。

 

「で、なるのはいいんですけどどこのジムリーダーになるんですか?」

「当然私のいるミオジムだ。君の家の場所的にもミオジムはトバリジムと比較して通勤時間を大幅に減らせるのはメリットだと思うが」

「それは、そうですね」

 

色々と外堀を埋められてしまい、断る気がなかったのにさらに断れなくなってしまった。ここまできたら腹を括ってやるしかないと悟ったカイムは一言やりましょう、と答えた。

 

「ま、ジムリーダーになるために色々と手続きやら試験やら色々あるんだがな!」

「はは…」

「いやあカイムがジムリーダーか!これは来年度楽しみだなあ!」

「もう代理って言い訳できないわね」

「あの、やるって決めた瞬間プレッシャーになるようなこと言うのやめてくれます?」

 

即座に茶々を入れて来たシロナとヒョウタにツッコミをいれ、一同は笑うのだった。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

「いやあ、お腹いっぱいだ!」

「そうだな」

 

カイムとヒョウタは食事を終えて店を出る。シロナは帰る前にお手洗いに、そしてトウガンは『今日は私の奢りだ!』と言って一人で会計をするためにレジに並んでいるため今は二人だけだった。

 

「しかしカイムがジムリーダーかあ。嬉しいなあ」

「おい、まだ通るかどうかわからんぞ」

「通るよ。スモモちゃんもだけど、ジムリーダーはみんなまぐれで勝てるほど甘くない。そのスモモちゃんに勝っているんだ。実力は十分だよ。それさえクリアできてしまえば、あとは人柄だけだ。ポケモンリーグが公認できるような人柄かどうかを面接で問われるけど、君にそんな心配はいらないだろう?」

「随分と高く買われたものだ」

「そりゃそうだよ。友達だもん」

 

あっけからんに言うヒョウタにカイムは少し照れくさくなったのか頭をかいた。

そんなカイムにヒョウタはさらに続ける。

 

「それにね、ジムリーダーに友達ができるのが嬉しいんだよ」

「どういうことだ?」

 

ヒョウタと他のジムリーダーの関係性は悪くないはずだ。それなのに敢えて友達ということには何かわけがあるのかもと考えたカイムは聞き返す。

 

「他のジムリーダーの人たちとも交流はあるけど、友達とはまた違う関係だ。それに結構ジムリーダーって自由な人が多いだろ?だから気が置けない相手ってジムリーダーの中だと父さんだけなんだ」

 

その父さんも割と人の話聞かない時はあるけどね、と付け加えながらヒョウタはさらに続けた。

 

「だから同じ立場の人の中に友人と呼べる人ができることが嬉しくてね。それに、そういう仲のいい友達が同じ立場になったら、きっと僕は負けたくないって気持ちからさらに頑張れると思うんだ」

「…ライバルってか?」

「うん。同じ立場になって初めて、僕は君をライバルだと認められる」

 

ヒョウタとバトルをしたことはない。今の互いの実力や手持ちのタイプ相性を考えると五分五分、または少しヒョウタに分があるくらいだろう。だがヒョウタは確信していた。カイムはもっと強くなると。

だからそのカイムに負けないように自分も努力を重ねる。そしてそのためにもカイムがジムリーダーになってくれた方がヒョウタとしてはやる気が出る。

 

「んだよ、自分のためかよ」

「うん。僕がより強くなるために、君にジムリーダーになって欲しいんだ」

「ったく…いいよ、やってやる。言っておくが、もう弱くねえぞ俺たちは」

「わかってるよ。今度バトルする時、生半可なバトルじゃ許さないよ!」

 

そう言ってヒョウタはカイムに向けて拳を突き出す。それを見たカイムは滅多に人に見せない好戦的な笑みを返し、差し出された拳に自分の拳を合わせた。

 

「ああ、わかってる。おめえも手ェ抜くなよ」

「もちろん!ザ・ロックを舐めるなよ?」

 

こうしてここに現ジムリーダーと、未来のジムリーダーのライバルができあがったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

わいわいと話を続けるヒョウタとカイムをトウガンは店の前で眺めていた。店から出てきたシロナがトウガンの隣に並び、トウガンに問いかけた。

 

「トウガンさん」

「ん?どうなさいました」

「カイムをジムリーダーに推薦した本当の理由、聞いても?」

 

それを聞いたトウガンは一瞬驚愕で目を見開いたが、すぐに表情を緩めて答えた。

 

「はは、シロナさんにはバレてましたか」

「もちろんさっき言った理由も本当なのでしょうけど、それだけじゃないんじゃないかなって思ったんです」

「グハハハ!さすがですな」

 

トウガンはヒョウタに視線を向けて腕を組んだ。

 

「カイム君に語った理由はもちろん本心です。彼がジムリーダーたる存在だと感じたのも本当だ。だがそれ以上に、彼の存在がヒョウタに対していい刺激になると思ったんです」

「カイムが、ヒョウタ君の躍進の一助になると」

「ええ。良きライバルの存在は更なる高みへと導いてくれる。カイム君はそれにうってつけだ」

 

それだけ言ってトウガンは恥ずかしそうに顎の髭を撫でた。

 

「まあとやかく言ってますが、私も人の親でしてな。ヒョウタには強くなってほしいんです。息子の成長はいくつになっても嬉しいものだ」

「そういうものですか」

 

両親の存在を知らず、祖父母によって育てられたシロナにはその感覚はまだ理解できない。いつか自分も親になればわかるのだろうか、と考えたところでトウガンがその考えを見透かすように小さくつぶやいた。

 

「何、貴女もいつかわかります。いつか貴女も親になればね」

「…そうですね」

 

いつか親になった時。自分が親となった姿の映像を想像してみたところ、シロナが腕に抱く赤子とその隣にいる無表情ながらも優しい雰囲気を出す男性がいた。

その映像があまりにも幸せそうで、そしてシロナの願望が大きく含まれていたため思わず顔が赤くなる。

 

「っ……行きましょう。二人が待ってます」

 

シロナは赤くなった顔を誤魔化すように歩いていく。

その背中を見て、トウガンは小さく笑いその背中を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたぞ」

 

微睡みの中、カイムの声がシロナの意識を引き戻していく。

目を開くと、自宅の車庫の光景が入ってきた。

 

「あ…ごめん。寝ちゃってたわね」

「いい。初めてやった時俺も疲れ切ってたから」

 

普段の運動とは違う筋肉を使うため鍛えているカイムですらも初めて採掘した時は疲れ切って泥のように眠ってしまった。だからシロナも恐らく眠ってしまうだろうとカイムは予想しており、そして予想通りになった。

 

「んん…」

「ほれ、さっさと風呂入って寝ろ。明日やることあんだろ」

「んん〜」

 

目を擦り寝ぼけた声を上げるシロナに呆れたようにカイムはため息をついた。

 

「おい、起きろ」

「……起こして」

 

シロナは手をカイムに向けて広げた。一瞬なんのことかわからなかったが、すぐに理解したカイムは呆れながらもそれに応えた。

 

「ほれ」

 

広げられた腕に応えカイムはシロナを抱き寄せる。抱き寄せられたシロナはカイムの首に腕を回してカイムを抱きしめる。抱き寄せたシロナをカイムはそのまま引き寄せ、車のシートから立ち上がらせた。

 

「起きろ」

「む〜…」

「お前、眠いと時々幼児退行するのなんなん?」

 

それでもなお完全に起きる様子がなかったシロナを見てカイムはこのまま起こすよりもさっさと運んでしまった方が早いと判断したカイムは、シロナの膝裏に手を通してシロナを抱き上げた。俗に言うお姫様抱っこである。

そこでカイムはモンスターボールからバシャーモとルカリオを出した。

 

「悪い二人とも。ドア開けてベッド整えておいてくれるか?」

 

バシャーモとルカリオは頷くと鍵を開けてカイムの指示通りに動いた。

 

「んん…」

 

そして当のシロナは、カイムに抱きついて首元に顔を埋めた。

 

「……急に可愛くなるの、やめてほしいわな。心臓に悪くてかなわん」

 

小さく呟いてカイムはシロナを伴って家に入っていった。

寒空が二人の頬を撫でたが、熱くなった二人にとっては冷たい風はちょうどいい温度だった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

(遅れたお詫びの)おまけ

 

11月22日

 

シロナとカイムは朝食を食べながらテレビのニュースを見ていた。特に真新しいニュースはなく、そのまま朝の特番のようなものに移っていく。

 

『本日は11月22日!いい夫婦の日です!夫婦や恋人の皆様はお互いに日頃の感謝をお伝えしてはいかがでしょう!』

 

キャスターの言葉にシロナは焼き魚を口にいれながら反応する。

 

「いい夫婦の日ですって」

「んあ?ああ、よくある語呂合わせのやつな」

 

それだけ言ってカイムは食事を続ける。

基本カイムはこういう俗世的なものにあまり興味を示さない。下らないなど見下した見方はしないが、自分の趣味とは合わないという考えを持っているらしい。シロナも執着するほどのことではないと思っているが、やはりシロナも女性。多少は気にしたりすることもある。

 

(いい夫婦、か)

 

黙々と食事を続けるカイムのことを少しだけ見る。

夏頃、最果ての孤島に行った帰りの船で言われた言葉を思い出す。あの言葉は少なくともあの時点では今後カイムがシロナと『そのような関係』になることを考慮していた言葉だとシロナは捉えている。

無論シロナとしても将来的にはそうなれたらとも思うし、彼以上に自分に合う男性もそういないだろうとも思っている。

 

(……何か力になれればな)

 

日常生活において、今のシロナはカイム無しではまともな生活はできない状態になっている。カイムが家事全般を全て一人で迅速に終わらせてくれているためシロナが出る幕がないということもあるが、それ以上にシロナに任せると事態が悪化するということもある。シロナ自身、それは自覚しているため下手に手を出すことはしないが、将来的にカイムと『家族』になった場合のことを考えるとそれでいいのかと思うときがあった。

 

(…よし。今日は仕事を終わらせたら料理以外の家事を手伝ってみよう)

 

シロナはそう決意して、グラスに入った水を一気に飲み干すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして夕方

 

「…何も手伝えることがなかった」

 

結局、シロナはカイムの家事を一切手伝うことはできなかった。

これはカイムがシロナに教えることや手伝わせることを拒否したのではなく、単にシロナが声をかけた時には既にほとんどの家事が終了していたに過ぎない。

苦い顔をして落ち込むシロナのもとにガブリアスが寄ってきて、シロナの隣に腰掛けた。

 

「ガブリアス…」

 

そのまま床に寝そべったガブリアスにシロナは身体を預ける。ガブリアスは特性の『さめはだ』によって身体を覆う皮膚がとてもざらついているが、こうしてシロナがよく身体を預けてくるため、シロナやカイムが触れる時はさめはだのざらつきを抑えることができるようになった。そのためこうして直接シロナが触れてもシロナが傷つくこともない。

 

「いつも頼ってばかりだから、何か力になりたかったのになあ」

 

普段から互いに違う部分で頼り合っているためうまく帳尻が合っていたとシロナは考えていたが、ここ最近カイムはバトルが上手くなりシロナに頼る機会が減った。しかし普段の生活においてシロナは未だにカイムに頼り切りだ。

 

「カイムは別にいいって言うんでしょうね」

 

ガブリアスはシロナの言葉を肯定するように鳴いた。

まず間違いなくカイムは気にしない、問題ないと言うだろう。それでもシロナとしてはできるだけ対等でいたいという気持ちがあるのだ。

 

「……うーん」

「何してんだ」

 

どうしようか考えていると、背後から声をかけられる。振り返るとそこには黒いエプロンをつけたカイムが立っていた。

 

「カイム」

「飯だ」

 

それだけ言ってカイムはさっさと歩いていく。小さくため息をついてシロナとガブリアスもそれに続いていった。

 

 

 

 

 

食卓に料理を並べ終えると、二人は各々のポケモン達にも食事を与えた。ポケモン達を撫でながら食事を与えるカイムはいつも通り無表情だが穏やかな雰囲気でポケモン達と接している。そんなカイムにシロナは意を決して声をかけようとする。

 

「ね、ねえカ…」

「そういえば今日はどうしたんだ?急に手伝うことはないか、なんて」

 

しかしそのシロナの決意を遮るようにカイムの言葉が出てくる。今日はとことんうまくいかないな、と内心で苦笑しながらシロナはカイムの言葉に答える。

 

「…その、今日はパートナーに感謝を伝える日だっていうから…何かしらの形で日頃の感謝を伝えたかったの。それで普段任せっきりの家事を一緒にやれたらなって」

「感謝を伝える…ああ、朝テレビでやってたやつか」

「ええ」

「気にする必要はない。シロナからもらったものの大きさを考えりゃ、この程度じゃ死ぬまでやっても返しきれん」

 

シロナの予想とほぼ相違ない言葉が返ってきてシロナは少し困ったように笑う。あまりにも優しすぎるカイムに頼り切っている自分が申し訳なくなってしまう。

このままもらいっぱなしでは嫌だ。だからせめて、伝えられることはきちんと言葉にしようとシロナは意を決して口を開いた。

 

「ねえ、カイム」

「ん?」

「私、本当に感謝してるの。貴方がいるおかげで私はこうして十全にやりたいことをやれる。貴方がいなかったらここまでのことはきっとできてない。だから…その…いつもありがとう」

 

少しだけ顔を赤くしながらシロナはカイムにそう伝えた。素直で嘘偽りのない本心から出た言葉をそのまま言ったため少し拙い言葉ではある。だがそれ故に、より意味はダイレクトにカイムに伝わった。

 

「…ああ。それだけでいい。その言葉が一番嬉しい」

 

その言葉があるだけで、カイムは自分がシロナの支えになっている実感が得られる。それだけでカイムは日々の生活が送れるくらい、嬉しいものだった。

小さく笑うカイムにシロナは照れたように笑い返した。

 

「…ちゃんと、何かしらの形で返すわ。貴方とは対等でいたいの」

「んー…じゃあ飯のあと、ちょいと付き合ってくれ」

「え?」

 

意外な提案にシロナは思わず声を上げてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

食後、カイムに連れられてきたのはリビングだった。

そしてカイムの手にはレンタルビデオ。

 

「これは?」

「前やってた映画。見逃しちまってこの前ようやくレンタルされはじめたから借りてきた。見よう」

「付き合ってほしいことって、これ?」

「ああ」

 

一体何に付き合わされるのかとほんの少しだけ身構えていたのだが、予想外すぎる内容に肩透かしを食らった気持ちにシロナはなった。

しかし表情は動かないが、どことなく楽しそうな雰囲気を出すカイムを見たらシロナのそんな気持ちはすぐに霧散した。

 

「わかったわ。一緒に見ましょ」

「ん」

 

カイムはビデオプレイヤーにディスクを挿入し、シロナが腰掛けるソファの隣に座った。それを見ていたカイムのトリトドンはカイムの隣に器用に登っていき、カイムの隣に陣取る。また、シロナの隣にはトゲキッスとミカルゲが陣取り、モニターに視線を向けた。

彼らが映画の内容をどこまで理解できるかはわからないが、楽しそうな様子をするポケモン達にシロナは思わず笑みが溢れる。そしてさりげなくカイムの肩に自分の肩を寄せて楽しそうに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

最後にスタッフロールが流れ、映画は終了した。

 

「結構良かったな」

「ええ、面白かったわ。途中思わず涙ぐんじゃったもん」

「ああ、あの海のシーンか」

 

映画を見ている間は二人とも言葉を発することはなかったが、互いに時々様子を見ていることは知っていた。だから途中でシロナが涙ぐんでいることはカイムは知っていた。

 

「ふふ、ああいうのだめなのよ。ベタなものでも涙ぐんじゃう」

「そうか」

 

カイムは少しだけ赤くなったシロナの目元に手を添える。涙を流したことによって熱を持っていたシロナの目元にカイムの手の冷たさは心地よかった。

 

「赤くなってるぞ」

「泣いちゃったから」

 

シロナはカイムの冷たい手に目元を少し擦り付ける。心地よい冷たさがシロナの目元を優しく冷やしていき、とてもいい気持ちだった。

 

「たまにはこういうのもいいわね」

 

普段二人はあまり娯楽に時間を割かない。シロナは単純に忙しく、カイムはストイックであるため娯楽と呼べるようなことはあまりしない。

だからこそたまにある娯楽がより楽しく感じられる。それが大切な人と一緒ならなおさらだ。

 

「ああ、そうだな」

 

カイムはプレイヤーからディスクを取り出してケースに収めると、話し始めた。

 

「昔、母さんに言われたんだ」

「何を?」

「映画でも本でもなんでもいい。同じものを見て、同じように感じられるというのはとても大切なことだって」

「……」

 

カイムは表情の動きが非常に小さい。故に他の人と比べて何を考えているのか分かりづらい。その分雰囲気に表れやすいが、必ずしも表れるわけではない。だからこの言葉を聞いたシロナはカイムと同じように感じられたかどうかが少し不安になった。

 

「シロナ、海のシーンで泣いてたろ?」

「ええ、そうね」

「俺もあのシーン、実は結構キてたんだ」

 

カイムは表情が動かないだけであり、ちゃんと喜怒哀楽がある。だから面白いものを見れば楽しくなるし、悲しいものを見れば悲しくなる。表情筋が脆弱で涙腺が硬すぎるだけだ。

 

「そんでその時、シロナが泣いてるの見てさ。俺と同じように感じてるってことがちょっと嬉しかった」

 

照れたように頬をかくカイムを見てシロナは一瞬ぽかんとしたが、すぐにおかしくなって笑ってしまった。

 

「な、なんだよ。笑わなくてもいいだろ」

「だって、本当に不器用な言い方しかできないんだもん。面白くなるわよ」

「んだよ…これしか思いつかなかったんだよ」

 

拗ねたように仏頂面になるカイムをシロナは背後から抱きしめる。

 

「伝えてくれてありがとう。私も貴方と同じものを見て、同じように感じられたのは嬉しいわ」

「…そうかよ」

「ええ。きっと、こんな毎日が続けば幸せなんでしょうね」

「……続くさ」

 

カイムはシロナの手を優しく解き、シロナの額に顔を近づけて優しく口づけをした。

 

「っ!」

「感謝してんのはこっちもだ。じゃ、風呂いれてくる」

 

シロナが固まっているうちにカイムはさっさと歩いて行ってしまう。去り際に見えたカイムの耳は真っ赤に染まっているのが少しだけ見えた。

残されたシロナはカイムのトリトドンの頬をこねくり回し、そして傍にいたトゲキッスの身体に顔を埋めた。

 

「〜〜〜〜!」

 

声にならない声がリビングに響いた。そんなシロナをポケモン達はやれやれといった様子で眺めているのだった。

 

 

 

 

 




ダイパリメイク発売しましたね。
シロナさんとバトルしてきてトラウマがフラッシュバックしました。 そしてできるだけカイム君の手持ちに近いパーティで攻略しようと考えていたのですが、ブラッキー、バシャーモ、メタグロスの三匹は殿堂入り後じゃないと手持ちに加えられないということに気づき、仕方なくゴウカザル、ムウマージ、ハガネールで代用しました。ルカリオ、ムクホーク、トリトドンは入れてました。

今回色々と採掘で手に入れたものがありましたが、実際の地下大洞窟で天然石やパワーストーンは出てきません。ただ水の石とか太陽の石とか出てくるわけだし、天然石とか出てきてもいいんじゃね?って思って出しました。また、クロガネ炭鉱と地下大洞窟はゲーム本編では本来別物です。ご了承ください。


どうにかして、どーーーにかしてシロナさんに黒スラックスに黒ワイシャツ、金のネクタイにワインレッドのスーツ用ベストを着て欲しいと思ってます。絶対シロナさんスーツ似合うって。ジャケット肩にかけてほしい。

シロナ
はじめて採掘した結果、かなりの豪運とセンスを見せつけてカイムの立場を無くした人。おかげでカイムの論文の執筆材料が増え、モチベーションを上げたカイムが爆速で論文を仕上げる結果になった。なんとなく誕生日冬っぽい感じがしたのでとりあえず一月生まれになってもらう。今回の天然石はそのうち誰かに贈られます。

カイム
誕生日決めてなかったけど、今回で三月生まれに決められた男。この男は花言葉や天然石に込められた意味を全く知らない。なんなら以前贈った簪を送る意味も知らない。大体彼は何も知らない。

ヒョウタ
カイムと結構仲良しな優男。ジムリーダーの中でも年齢が近いこともあり、かなり仲良しになった。

トウガン
カイムを代理ではなく、ちゃんとしたジムリーダーに推薦した。トレーナーとして現役は続行するつもりなので引退はしない。そしてポケモンリーグ予選でヒカリに負けたという裏設定もあったりする。


毎回誤字報告して下さる方々、感謝します。できるだけ誤字は減らすように見返していますが、これからもお世話になると思います。
そして感想、評価を下さる方々、いつもモチベーション維持させてもらっています。本当にありがたいです。

お気に入りが5000超えたらジラーチのEXシリーズ書くって前に言ってるので5000超えたら書きます。

感想、評価は励みになるのでよければお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。