ただただシロナさんとまったり過ごすだけの話   作:職業病

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前回は糖分が控えめでしたね(当社比)。今回後半にかけては糖分多め(当社比)になるのでブラックコーヒーをボトルでご用意ください。

なお、『甘すぎる』『糖尿病になった』等のクレームは受け付けておりません。そのようなクレームが多くなった場合、砂糖の絨毯爆撃を開始いたします。ご了承ください。
また、今回は時間がない中で爆速で執筆したため文章が拙く雑で読み返しもしていません。誤字報告や矛盾点があれば容赦なくお伝えください。ちゃんと全部直しますので。

前回の更新からお気に入りが100近く増えてました。ありがとうございます。

四万字超えです。

22話です。


22話 カンナギタウン

「よし」

 

カイムはトレーニング器具を所定の位置に戻すと額の汗を拭う。トレーニングのために持ち上げていたわけではないが、それでも多数のトレーニング器具を磨くことは鍛えているカイムといえど容易ではない。

 

「カイムさん」

 

一息ついたカイムに背後から声がかかる。振り返ると、ピンク色の髪をした快活な少女が立っていた。

 

「おうスモモ。まだいたのか」

「ええ。みなさんもう帰ったはずなのに明かりがついていたので気になりまして」

 

少女の名はスモモ。このトバリジム本来のジムリーダーであり、つい先日ガラル地方から帰ってきたばかりだ。

 

「そうか」

「何してたんですか?」

「ん、いや…ちょいと掃除を」

「掃除?」

「ああ」

 

カイムは一度言葉を切ると、掃除をしたことでピカピカになったトレーニング場とトレーニング器具を見渡す。

 

「世話になったからな。二年」

「そっか。今日でカイムさん最後でしたね」

 

カイムは来週からトバリジムからミオジムのジムトレーナーへと移籍する。故にトバリジムのジムトレーナーとしてここに来るのは今日で最後だった。

 

「立つ鳥跡を濁さずってな。世話になった場所に最後の奉公だ」

「律儀ですよね。いいことだと思いますけど」

「礼節を重んじるタチでな」

「そっか。もう二年以上経ったんですね」

 

二年前はスモモ自身もジムリーダーとして就任したばかりの時だった。あれから何度も何度もバトルし、そして数ヶ月前に初めてカイムに対して黒星がついた。

その結果、スモモは己を高めるために留学へと踏み切った。ジム運営でも助けられたし、私生活でも大いに面倒を見てもらった。そしてなにより己を見つめ直し、鍛え上げるためのきっかけをくれた。そんなカイムがいなくなることは少しだけ寂しさを感じる。

 

「カイムさんには、お世話になりっぱなしでしたね」

「世話になったのは俺よ。何回バトルに付き合ってもらったと思ってんだ」

「あはは。もう数えてませんよ」

「そんだけやってもらったんだ。俺も感謝してる」

 

カイムは傍に立つスモモの背中を軽く叩く。

 

「明日からは今まで通りお前がジムリーダーだ。ガラルでの修行の成果を存分に振るうといい」

「先日振るわせてもらいましたけどね」

「そうだな」

 

スモモがガラル地方から帰ってきてすぐにスモモはカイムにバトルを申し込んだ。結果はスモモの勝利だったが、かなり切迫したバトルだった。最後のポケモンはスモモがルカリオ、カイムがバシャーモであり非常に切迫したバトルだった。しかし最終的にはポケモン自身の総合的な実力が勝敗を分け、バシャーモはルカリオのインファイトにより倒された。

スモモが留学を経て強くなるのは当然だが、ジムリーダーとして強さの幅を得ることができたカイムも相応の経験値を得ており、スモモに引けを取ることはなかった。何度かバトルすればその中の一度くらいはカイムが勝つこともあるだろう。

 

「さすがに強かった。一方的ではなかったけど、単純な地力じゃ今は勝てないかもしれん」

「そうでなきゃわざわざガラルまで行った意味がありませんよ。でもカイムさんもこの数ヶ月で強くなりましたね。数値的にではなく、強さに厚みが出てきたというか」

「ま、色々と経験したからな」

 

ジムリーダーとしてジムチャレンジに来たトレーナーとバトルするだけでなく、純粋な腕試しに来たトレーナーとのバトルやバトルフロンティアでの経験が確実に血肉になりカイムの地力を底上げしていた。

 

「スモモ」

「はい?」

 

カイムはスモモに礼をして頭を下げる。

 

「世話になった。ありがとう」

「いえいえ!あたしも、とってもお世話になりました!次会う時は別のジム所属のトレーナーですけど、お友達として、ライバルとしてまた会いましょう!」

「ああ。互いに精進しよう」

 

スモモが差し出してきた手を握り返し、カイムは握手に応えた。

その瞬間、ジムに声が響いた。

 

『すみませーん』

 

聞きなれない声にスモモとカイムは互いに顔を見合わせる。ジムトレーナーの誰かの声ではない。そうなるとチャレンジャーだろうか、とスモモとカイムは予想を立てた。

 

「チャレンジャーですかね」

「こんな時間にか?まあ明かりつけっぱだからあり得ん話ではないな」

「とにかく受付に」

「ああ」

 

スモモとカイムは放置するわけにもいかないため声がした受付の方へと歩いて行く。

受付には一人の少年が立っていた。その少年はスモモとカイムに気づくと腕を組んで少し安堵したようなため息をつく。

 

「ああよかった。まだ人がいたね」

「どうしました?こんな時間に」

「いや、明かりがついていたから来てみたんだが…まだやってるかい?」

 

少し鼻につくような話し方をする少年だったが、スモモは特に気にすることもなく少年と話を続けた。

 

「いえ、ジムチャレンジでしたらまた後日にお願いします。今日はトレーナーの皆さん帰っているので」

「いやいや、ジムチャレンジじゃないよ。ほら、もうこのジムのバッジはもっているからね」

 

少年はバッジケースを開いてドヤ顔で見せつける。ケースには全てのバッジが嵌め込まれており、それはこの少年がジムを制覇したことを示していた。

 

「では、どうして?」

 

バッジがあるならわざわざジムに寄る必要はない。どのような用でここに来たのかスモモには予想ができなかった。

 

「いやいや。実はね、ボクはとあるジムリーダーに勝った時に『ジムバッジを全て集めたら誰でもいいからジムリーダーに挑め』って言われてね。それでこうしてバッジも全て集めたことだし、そのジムリーダーの言うようにジムリーダーに挑んでみようと思ってね」

「へえ…いいことを言うジムリーダーですね!本気のジムリーダーに挑むことはきっといい経験になりますよ!」

「だからボクは今日、ジムリーダーに挑みに来たのさ!とはいえ、ナギサシティからの移動に少々手間取ってこんな時間になってしまった。まだやってるなら挑もうと思ったが…可能かい?」

 

そう言って少年はカイムに視線を向けた。

その視線に気がついたカイムは時計を見る。いつもより遅い時間だが、夕飯の支度は既に済ませてある。多少遅くなっても問題ないだろう。

 

「俺はいい。スモモは?」

「あたしも大丈夫ですよ」

「そうか。じゃあ審判やってやるよ」

「待ちたまえよ。ボクが挑みたいのはキミだよ」

 

ジムリーダーに挑みに来た、というためてっきりスモモに挑みにきたのだと思っていたが、少年はカイムを指名した。

 

「俺?」

「そうだ!キミが言ったんだ。ジムバッジを制覇したら本気のジムリーダーに挑めとね!だからわざわざこうして出向いてあげたのさ!忘れたとは言わせないよ!」

「すまん、似たようなこと結構色んなやつに言ってるからお前が誰だったのかは思い出せん」

「んなっ⁈」

 

衝撃を受ける少年を他所にカイムは腕を組んで続けた。

 

「まあやりてえってんなら相手してやる。ジムバッジ制覇してんだし、トレーナーとしては一人前だ。本気で相手してやるよ」

「…ふ、ふふふ。いいだろう。あの時のキミが本気でなかったということを証明してくれるのだろう?だが、苦し紛れの言葉を撤回するなら今のうc…」

「よし、やるかー」

「ボクがまだ話しているでしょうがあ!」

 

少年の話をシカトしてフィールドに歩いていくカイムの背中を少年は追った。そしてそれに苦笑しながらスモモも続く。

カイムと少年はフィールドを挟んで向き合うと、互いにボールを手に取る。

 

「じゃあ手持ち六体で交代はあり。道具の使用も可能な通常のジムチャレンジと同じルールでいいですか?」

「ああ」

「構わないよ」

「では、始め!」

 

スモモの掛け声と共に二人はボールを投げる。カイムはバシャーモを、少年はレントラーを繰り出した。

 

「数多の経験を経て強くなったボクに恐れるものはない!ボクとポケモン達の実力に慄くがいい!ここで貴方を倒し、チャンピオンロードを踏破して、次のチャンピオンにはボクがなる!」

「へえ」

 

自信たっぷりにそう言う少年を相手にカイムはため息をついて少年を見据えた。

 

「少し、鼻っ柱をへし折る必要がありそうだな」

 

未だにこの少年が誰だか思い出せないが、とりあえずボコボコにするか、とカイムは心の中で決めた。

 

そしてバシャーモで4タテしてメタグロスに交代し、残り2体のポケモンをメタグロスで2タテをキメて、残りポケモンが6-0でカイムが圧勝するのだった。

 

 

 

 

 

「く、くそ!フローゼル!アクアジェット!」

「メタグロス、受け止めてアームハンマーで叩き潰せ」

 

フローゼルのアクアジェットを受けてなお動じないメタグロスは、カイムの指示通り鋼鉄の腕を振り下ろしてフローゼルに叩きつける。その一撃でフローゼルは完全にダウンしてしまった。

 

「フローゼル戦闘不能!このバトル、カイムさんの勝利です!」

「そ、そんな…」

 

6タテではないが、事実上完封負けした少年は膝から崩れ落ちた。

カイムはメタグロスに労いの言葉をかけ、メタグロスと共に少年に近づいた。

 

「く、くそ…格闘タイプのジムリーダーなのに、格闘タイプじゃないポケモンを使うのか」

「格闘タイプしか使っちゃいけねえなんてルールはねえ。俺は、俺なりに考えたチームを作っただけだ」

 

カイムはメタグロスの頭の上に腰掛けると無表情のまま少年に聞く。

 

「さて、未だにお前が誰だかは思い出せんがジムリーダーの本気ってやつをわかってもらえたか?新米トレーナー君」

 

新米という言葉に反応した少年はキッとカイムを睨みつけて捲し立てる。

 

「新米だと⁈ボクはもうジムバッジを制覇している!新米なんて言われるような…」

「新米だよ。ポケモントレーナーってのはジムバッジを制覇するのがスタートラインだ。現にお前はこっちのポケモンを一体も落とせてないだろうが」

「お、大人気ないぞ!」

「ジムバッジを制覇した以上、トレーナーとしては一人前だ。一人前のトレーナー相手に手を抜く方が失礼だ」

「ぐ…うう…」

 

敗北を認めきれず、思いつく限りの言葉を出そうとしていたが、全てが事実だと理解しているため歯噛みして悔しがる少年を相手にカイムは続ける。

 

「正直な話、お前『まだ』弱いよ。ジムバッジ集め切った程度の実力でチャンピオンロードはきついと思うぜ」

 

チャンピオンロードはポケモンリーグ予選に参加する人物を篩にかけるためにあるものだ。ジムバッジを集め切っただけでトレーナーとしては一人前だが、一流ではない。トレーナーとして上を目指し、極めていくためにジムバッジ制覇はあくまでスタートラインに立った状態に過ぎないのだから。

 

「育て方が甘いし、指示も甘くて雑、加えてポケモン自身の判断に任せてもいい場面で無駄な指示を出す。そんなオーダーしか出せない奴がチャンピオンになるなんて夢のまた夢だぜ」

 

ボロクソに言われた少年は項垂れ、悔しそうに拳を握りしめた。カイムの言葉には思い当たる節が多くあった。実力だと信じてきた自分の力はまだ見ぬ世界と比べたらまだまだだと思い知らされる。

 

「…そうか。ボクは、ボクはただの凡人でしかなかったんだ。ポケモン達はボクの指示を忠実に実行した。なのに負けた…ボクのせいで負けた」

「………」

「はは…あなたの言いたいことはよくわかったよ。ボクはトレーナーとしてやっていけるだけの才能もセンスもない。努力するだけ無駄だったんだ」

 

握りしめた拳から力を抜き、項垂れたまま少年は言った。

 

「…トレーナーは、もう辞める。ボクがトレーナーを続けたところで、何も成せない」

 

その言葉を聞いたカイムはかつての自分の姿と少年の姿が重なった。かつて自分も同じように考え、一時期トレーナーを辞めた。その姿が今の少年と全く同じだった。

 

「…こんな遅くに邪魔したね。帰るよ」

「トレーナー、辞めるのか」

 

哀愁を漂わせる背中に普段通りのカイムの声が投げかけられる。その声に少年は足を止めて項垂れたまま応えた。

 

「ああ。でも貴方のせいじゃない。ボクには才能もセンスもなかった。きっと遅かれ早かれこうなってたんだ」

 

吐き捨てるように言った少年の背中にカイムはどこか煽るような声色でで言う。

 

「『自分の力の上限をもう悟ったっていうのか?技も身体も精神も何一つ出来上がっていないのに』」

 

カイムの言葉に少年は悲痛な表情で振り返り、カイムに怒りの言葉をぶつけた。

 

「うるさい!才能を持っていた人間が、何も持たない人間を知ったように語るな!ああわかっているさ!ボクには育成の才能もバトルのセンスもない!今のバトルで分かったさ!貴方はポケモン達をちゃんと育成していた!それにバトル中のオーダーはボクの想像を遥かに上回るものだった!ボクにあんな指示は出せない…そんなセンス、ボクにはない!ボクにはどうやっても届かな…」

「ビービーうるせえぞ小僧」

「ぶっ!」

 

ぴしゃりと言い放たれた言葉と同時に投げつけられたキズくすりが直撃し、少年はへたり込み言葉に詰まる。

少年が黙ったことを確認してカイムは続けた。

 

「いいか、才能がなんだセンスがなんだと喚く前に、まずはてめえのバトルを振り返れ。それすらできてねえバトルのバの字すらわかってない小僧が才能だセンスだ言うのは百年早え」

 

メタグロスから降りたカイムはゆっくりと少年に歩み寄っていく。

 

「一度負けた程度で辞めるだなんだ言ってんじゃねえ。てめえが辞めるのは勝手だが、ポケモン達の意志は決まってんのか?ポケモン達もやれることはやった、もう十分だって思ってんのか?それすらわかってねえ状態で辞めるなんて言ってんじゃねえ。バトルはてめえ一人でやってんじゃねえんだぞ」

「で、でもボクは…ボクに才能は…」

「はあ?才能だあ?才能もセンスも普通たかが一年弱で見出せるものじゃねえよ。正しい努力を積み重ね、失敗と敗北を繰り返し、それでも努力を積み重ねた先に見出せるもんだ。初めからあるものじゃねえ。世の中には確かに天才と呼ばれる奴らはいる。だがな、名だたるトレーナーの全員がそうってわけじゃねえぞ」

 

無論レッドやグリーン、ヒカリのように規格外の天才もいるが、彼らのような存在は例外だ。彼らのようなトレーナーはそうそういない。

カイムの言葉でようやくカイムの方を見た少年に対してカイムは屈んで少年の頭を掴んで言い放つ。

 

「いいか小僧よく聞け。才能は開花させるもの、センスは磨くものだ。生半可な努力だけで才能は見出せないし開花しねえ。センスも磨かれねえ。ポケモンバトル舐めてんじゃねえぞ」

「才能は開花させるもの…センスは磨くもの…」

「才能という種は天才でない限り途方も無い努力という過程でしか見出せない。センスという原石は経験を積むことでしか磨かれない。正しい努力を積み重ねれば、天才にだって届く。努力に勝る天才無しだ。覚えておけ」

 

これはシロナが言った言葉ではなく、シロナとカイムが師弟という関係を続けた果てに二人でたどり着いた結論だ。確かにカイムにバトルや育成の才能はなく、センスもいいとは言えない。

だが正しい努力を積み重ねることで『カイム自身が向いていること』を見出すことができた。カイムは耐え忍び、その中から活路を見出すことを得意としており、それも一種の才能だ。努力と試行錯誤を繰り返すことでそれを見出すことができた。そしてそのスタイルに合った努力を重ねたことでスタイルに合う指示を出すことができるようになった。

その過程で多くの挫折と苦難を乗り越えてきた。彼がトレーナーとして歩んだ道は決して華やかではなく、泥と苦痛に塗れたものだった。だからこそ、かつての己と同じことを言う少年を見ていられなかった。

 

「お前がトレーナーを辞めるって言うのは好きにしろ。だがな、挑む者だけにしか『勝敗』という(しるべ)とその莫大な経験値(財産)を得ることができねえ。今日敗者だったとしても、大事なのはそこから何を得て、明日何者になるかだ」

「明日、何者になるか…」

「ああわかるぞ。敗北は悔しくて苦しい。自分より優れた人間なんて腐るほどいる。その人達を見て、彼らは生まれた時点で自分とは違い、それを覆すことはどんな努力・工夫・仲間を持ってしても不可能だと嘆きたくもなる。だが嘆くことは全ての正しい努力を尽くしてからでもできる。そんなのはっきり言って時間の無駄だ」

 

カイムはそれだけ言って少年に背を向け、メタグロスのキズを治療しながら少年に言った。

 

「辞めるのは好きにしろ。それはお前が決めることだ。だが続けるなら続けるで断固たる決意を固めろ。『自分の力はこんなものではない』と信じて突き進むことは、『自分は天才とは違う』と嘆いて諦める事よりずっと辛く苦しい道であることは間違いない。中途半端な気持ちで始めるな。それに関してはお前だけじゃない。ポケモン達も含めてな」

 

かつて自分が通った道。筋違いな努力を重ね、全てを諦めたかつての自分。シロナという存在と出会い、正しい努力を重ねたがやはりカイムというトレーナーにバトルの(才能)はなかった。しかしその積み重ねた努力の中でバトルとは違う別の(才能)を見出した。それは耐え忍ぶ才能。どんな困難にも歯を食いしばって進み続ける、決して折れない強靭な精神こそカイムの持つ才能だった。その才能をバトルへと応用し、そしてシロナの手助けを受けながら伸ばしていった結果が現在だ。

カイムの言葉はシロナの言った言葉の受け売りだが、経験を積み重ねた者にしか無い確かな重みがある。その言葉の重みに少年は気づき、感銘を受けた。

メタグロスをボールに戻すとカイムはフィールドを整備し始める。そんなカイムに向けて少年は言った。

 

「……名前を、教えてもらえますか。ボクはゴウシです」

「ん、俺?カイム」

「カイムさん。ボクは必ず、貴方より強くなります!絶対に貴方を超えて、いつかジムリーダーになる!」

「そうか。頑張れ」

 

少年に目を向けることなく整備を続けるカイムに少年…ゴウシは続ける。

 

「だからカイムさん!貴方に勝つために、ボクはこのトバリジムのジムトレーナーになります!」

「はあ。なるのはいいけど俺は…」

 

明日から他のジム所属になる、ということを言おうとしたが少年はカイムの話を聞くことなく捲し立てる。

 

「このジム所属になって、できる日は毎日貴方にバトルを挑みます!そしていつか、必ず貴方を越える!越えてみせる!」

「いや、だから俺は…」

「もうボクは決めました!スモモさん、ボクが所属トレーナーになることはできますか⁈」

「え?ああ、はい。じゃあこの書類渡すので明日持ってきてください」

「わかりました!じゃあそういうことです!明日から覚悟しておいてくださいね!」

「おい、だから俺は…」

「ではまた明日!」

 

スモモから渡された書類を受け取るとゴウシは走って帰って行った。去っていく少年を見て、カイムは大きくため息をつく。

 

「いいのか?あんなやかましいの入れて」

「大丈夫ですよ。うちのジム、元々やかましいの多いですから」

「そうか」

「それにしても、珍しく語りましたね」

 

基本カイムの口数は少ない。トバリジム入会時と比べたら随分増えたが、それでも多い方ではない。そんなカイムがあそこまで言うのはスモモの目から見ても珍しかった。

 

「…ガラにもねえことをしたのは理解してる。ただまあ…舐めたこと言ってるのが気に食わなくてな」

 

まるで腐ってバトルを辞めた時の自分を見ているようでつい熱くなってしまった。それを自覚しているカイムは恥ずかしさを隠すように整備を続けた。

整備を終えたカイムは道具を片付けてスモモに目を向ける。

 

「俺は帰るが、スモモは?」

「あたしも帰りますけど、先に出ていいですよ。鍵は閉めておきます」

「頼んだ」

 

上着を着て荷物をまとめたカイムは最後にフィールドに礼をするとジムの出口へと歩いて行く。

だがその直前で止まり、スモモの方を振り返ると言った。

 

「スモモ、あの少年に伝えておいてくれ」

「はい。なんでしょう」

「まずは人の話を聞くところからだってな」

「ぷっ…あはは!確かにそうですね!わかりました。伝えておきます」

「ん。じゃあまたな」

 

それだけ言ってカイムはムクホークに乗って帰っていった。

 

 

 

その翌日、トバリジムに入会した少年…ゴウシはカイムが別のジム所属になったことを知り絶叫するのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カイムがトバリジムを去る二週間前。

 

「学会?」

「ええ。今度考古学学会で発表するの」

 

夕食後、ノートパソコンで調べ物をしていたカイムにシロナはそう言った。

 

「またすんのか。すげえな」

「今度はシント遺跡の内容よ」

「そういや論文出してたな」

 

以前二人で調査に行った際にシロナ自身が調べた資料とカイムが集めた資料で論文を執筆した。そしてその論文が評価され、学会で発表を行うことになったのだ。

 

「すげえな。年間で2本も論文出せるなんて」

「ふふ。慣れれば書けるようになるものよ」

 

カイムは相当苦労し、結構な時間をかけてようやく論文を完成させた。先日採掘に行った時に見つけたもうどくプレートのおかげで完成度は高いものとなったが、シロナの倍以上の時間をかけて完成させたものだった。

なお、学会に提出した論文は現在査読中であり、世の中にはまだ公開されていない。

 

「そんでその学会はいつなんだ?」

「月末よ」

 

以前アラモスタウンで学会があった際は直前に知らせてしまったため、カイムのスケジュールが変更できずシロナ一人で行くことになった。そこから反省して今回はかなり早い段階でカイムに伝えた。

 

「わかった。その日はまだミオジムに正式所属前だから大丈夫だ」

「よかった。今回は来て欲しかったの」

「なんでだ?」

 

前回来れなかったとしてもわざわざ『来て欲しかった』と強調する理由にはならないはず。何かしら理由があるはずだと考えたカイムは聞き返した。

 

「今回学会発表があるのはカンナギタウンなの。まだ来たことなかったわよね」

「ああ、無いな」

 

カイムは今でこそシンオウ地方に住む民だが、元はホウエン地方出身の青年。故にシンオウ地方全体を旅したことは無いし、シロナの付き添いでシンオウ地方以外の場所にも多く出向いているためシンオウ地方で訪れたことのない街などもいくつかある。前回の学会があったアラモスタウンなどがいい例だった。

 

「そうか、カンナギタウンはシロナの育った街だったな」

 

シロナはカンナギタウン出身。

カンナギタウンは『古きを伝える町』。街中に遺跡があり、その遺跡はシンオウ地方の神話についての伝承を残している遺跡だ。

 

「ええ。私の生まれ育った町。貴方に見てほしいの」

 

シロナはカイムのルーツであるミナモシティを見て、肌で街の空気を感じた。カイム自身の家族と出会い、彼の過去を知った。

それと同じものをカイムに知って欲しかった。かつて自分が過ごした町や家族、そして過去を知ってほしい。そうしてより互いを知り、そして尊重できるような関係へと近づきたい。そう思っていた。

 

「…そうか。シロナの育った町…興味ある」

「そう言ってもらえるのは嬉しいわ。貴方のルーツを私は知って、聞くことができた。だから今度は私のルーツを知ってほしい。それで対等になれるって、私思うの」

「対等か…そうかもな」

 

カイムがやたらシロナからの得たものを大きく表現しがちな故か、シロナはカイムと対等でいることを強く望むようになった。

だからこうして知ってもらえる機会を逃さないために、シロナは前回の反省を活かして早めの連絡を心がけた。そしてその結果、カイムは今回は同行できることになった。

 

「それで、今回は来てくれるってことでいいのよね」

「ああ。同行しよう」

「ありがと」

「そうなると、宿泊先の確保とかも…」

 

早速宿泊先や移動手段の手配を始めようとするカイムをシロナは手で制した。

 

「待って。今回はそういう手配しなくていいわ」

「なんで?」

「今回行くのは私の故郷よ。移動手段は普通に車で行けるし、宿泊先は私の実家を使えば大丈夫」

「ああ、そうか」

 

以前ミナモシティに行った時はホウエン地方ということもあり、移動手段の手配をした。そのこともあり今回も条件反射で手配を進めようとしてしまい、完全にマネージャー業が癖になってしまったなとカイムは内心で苦笑した。

 

「そういえば、カイムはカンナギタウンのことどれくらい知ってるの?」

 

ソファに座るカイムの隣にシロナは腰を下ろしながらカイムに聞いた。シンオウ地方に住んで多少時間は経っているが、カイム自身はホウエン地方出身。全ての街の特色をどれくらい把握しているかはわからない。

 

「どれくらいか…正直あんま詳しくない。昔を伝える町ってこととテンガン山付近ってことくらいだな」

「まあ知らないわよね。カンナギタウンって遺跡があること以外はあんまり特徴的なものもないし、かなり田舎だから」

 

先日キッサキシティを訪れた際に少しだけ街の外観を見たが、盆地のような土地に町ができたというような印象だった。中までは見ていないためどういう雰囲気なのかはわからないが、シロナの言う通り発展はしていない所謂田舎町であることは間違いなさそうだった。

 

「ミナモシティみたいに発展はしてないけど、静かでいいところよ」

「そうか」

「発展していくことは良いこと。だけど、過去について知り、残していくことも必要なことなんだって歴史を学んで考えるようになったわ。そしてそれはカンナギタウンの在り方ととても似通っている。私があの町で育ったからこそ、私は今こうして考古学を研究しているのかもね」

「まさに起源だな」

「ええ」

 

シロナはそう言って隣にいるカイムに身体を預け、頭を肩に乗せた。そしてカイムが操作するノートパソコンの画面を覗き込んだ。パソコンのモニターにはカントーの現チャンピオンであるワタルのバトルデータが表示されていた。

 

「ワタルさんのデータ?」

「チャンピオンズトーナメント用にな」

 

チャンピオンズトーナメント。先日ホウエン地方に行った際ダイゴからその話を聞き、少し前にシロナの元にチャンピオンズトーナメント参加依頼が来た。当然シロナはそれを承諾し、トーナメント参加が内定している。

そしてチャンピオンズトーナメントの存在は数日以内に公開されるとトーナメント運営から聞かされた。その時に同時に参加トレーナーの名簿も送信されてきたため、シロナのサポーターであるカイムは彼らの情報収集をしている最中だった。

 

参加するトレーナーは全員名だたるトレーナーばかりだった。

 

カントーリーグ現チャンピオン、ワタル

ホウエンリーグ現チャンピオン、ダイゴ

ホウエンリーグ先代チャンピオン、ミクリ

イッシュリーグチャンピオン、アイリス

カロスリーグチャンピオン、カルネ

ガラルリーグチャンピオン、ダンデ

シンオウリーグチャンピオン、シロナ

 

 

そして最強と謳われる伝説のトレーナー、レッド

 

 

誰が優勝してもおかしくないこの大会。たとえそれぞれの地方最強のトレーナーだとしても、全員がポケモンバトルを極めたトレーナーばかり。情報を集め、対策を構築したとしてもその対策に対応することもできるような超一流トレーナー達だ。シロナが自分の調整に全力を尽くせるようにカイムはサポーターとして情報を集めていた。

 

「本当にすごいトレーナーしかいないわね。できることなら全員とバトルしてみたいわ」

「多分、全員そう思ってるよ」

「それにしても、運営はよくレッド君と連絡取れたわね。彼、リーグで優勝してその後色々な大会に参加した後めっきり姿を見せなくなってたのに」

 

レッドはカントーリーグ優勝後、多数の大会に参加してその名を広く轟かせたが、ある時期を境にぱったりと姿を消し、ポケモンリーグにも姿を見せなかった。レッドが優勝した時準優勝だったグリーンがチャンピオンになることを拒否したため、現在はワタルがカントーのチャンピオンを務めている。

そのレッドが参加する。無論良い機会だから是非バトルしたいが、シロナとしてはそんな行方不明に近い人物と連絡が取れたことがすごいと思ってしまった。

 

「どうやったんだろうな。俺にはわからん」

「グリーン君経由とかかしら。それなら可能だと思うんだけど」

「何にしても、誰が相手であってもギリギリのバトルになるだろう。少しでも勝率を上げるためにデータ集めは役立つ」

「前回のリーグでも助かったわ。今回も一緒に戦ってくれること、感謝してるわ」

「ああ」

 

今回の大会、当然ながらカイムは参加しない。サポーターという形で参加はするが、実際バトルするのはシロナだ。シロナが十全に実力を発揮できるようにすることがカイムの仕事である。

だがそれでもシロナは『一緒に戦う』と言ってくれている。その事実が(口には出さないが)カイムは嬉しかった。

寄りかかったままシロナはキーボードを操作するカイムの手を眺める。初めて会った時と比べて色々な痕が増え、ペンを長時間使ったことによって指にタコができたりしているのが見えた。一瞬操作が止まった時を見計らい、シロナはカイムの手に自分の手を重ねた。

 

「ん?」

「たくさん積み上げて来たのね」

「…ああ」

 

カイムの手はゴツゴツしており、シロナの手と比べて大きくて冷たい。手にできたタコや小さな傷跡などからカイムがポケモン達と共に努力を積み重ねてきたことがわかる。

 

「ふふ」

「何笑ってんだ」

「ん〜?幸せだなって」

 

カイムの手を撫でながらシロナは小さく呟いた。共に過ごすことで互いの知らないところを知れた。無論良いところばかりではない。例えばシロナで言えば非常にズボラであること、そしてカイムで言えば卑屈なところなどがある。

人である以上欠点が存在しない人間などいない。共に過ごす上で大切なことは『その欠点をどのように許容するか』だとシロナは考えている。それが許容できなければ共に過ごすことはできない。シロナとカイムは互いの欠点を対話を重ね、同じ時間を過ごすことでそれらを許容した。そして互いの想いが伝わり、こうして親密な関係になれた。それは誰でもできることではない。

 

「こうして貴方と過ごす時間…なんでもないこのありふれた時間がとても愛おしい。ずっとこういう時間が続いてほしいって思うわ」

「…そうだな。ただ時々怖くなるよ」

「どうして?」

「この時間が無くなる可能性を考えると、怖い」

 

人は永遠に同じ時間を過ごすことはできない。どのような形であれ、人は老いていき、変化していく。カイムが怖いと言ったのは老いることではなく、シロナがどこかへ行ってしまうことだった。

 

「私がいなくなることを考えたのね」

「…ああ。シロナは高名な考古学者でチャンピオン。世界的にも認められるすごい人物だ。そんなシロナに近づく人間の中に、俺よりシロナに合う人間がいてもおかしくない」

「自信がないの?」

「いや、そうじゃない。俺は、今の俺のことは割と気に入ってる。でもシロナがその気になれば、俺はシロナを繋ぎ止めておく術がないように思った」

 

我ながら情けないなと自嘲しながらカイムは内心で呟いた。

しかしシロナはそんなカイムの内心を見透かしたように握っていた手を離すと、カイムの胸板に顔を押し付けて優しく抱きしめた。

 

「……シロナ?」

「これでもわからない?」

「え?」

「今私ができる精一杯の『好き』の表現よ」

「…なるほど、よくわかる」

 

カイムもシロナの抱擁に応え、シロナの背中に手を回して優しく抱きしめた。

 

「貴方の言う通り、世界中探し回れば貴方よりも合う人間はいるかもしれない。でもね、仮にそういう人物がいたとしても、私は貴方と過ごしてきた時間がある限り貴方から離れることは無い。私が歩んできたカイムという人との時間は、どんな人にも奪うことはできない。今後の未来に何があるかはわからない。でもね、私は他でも無い『カイム』と一緒に今後の人生を歩みたい。そう思っているの」

「…嬉しいもんだな」

「貴方が言ったのよ?『シロナの隣にいたい』『シロナを支えたい』って。私もね、カイムの隣にいたいって思っていたし、カイムのことを支えたいと思っていたわ。人間だし、不安に思っちゃうこともわかる。でもね、私はこんなにも貴方といたいって思ってる。それをわかって欲しいわ」

 

シロナにも同じような不安はあった。カイムが自分から離れてしまうのではないかという不安。お互いを思うが故の不安は当然ながらシロナにもあった。だがその不安はカイムがどこかへ行ってしまうのではないか、という不安であってシロナ自身がカイムのもとから離れるというものではない。

 

「私は貴方のもとから離れるつもりはない。自分の気持ちを制御できるのは自分だけ。なら自分にとって一番いい場所が貴方の隣であることを信じて疑わなければ、大丈夫」

「…うん。そうだな」

 

カイムは腕に力を込め、シロナを強く抱き寄せる。互いの心音が感じられるくらい密着するが、互いの心音に変化はない。

 

(…落ち着く)

 

近くにいると、昔は心拍数が上がり、どこか落ち着かなかった。だが今は近くにいる、という事実が互いに互いを落ち着かせている。

 

(ずっとここにいたい)

 

そう思い、目を閉じる。互いの息遣い、匂い、心音、感触を感じ、側にいることが嬉しくて仕方がない。

二人は互いに抱きしめあった状態でそのまま意識は微睡みの中に落ちていった。

 

 

 

 

十数分後

自主特訓をしていたシロナのルカリオとカイムのバシャーモがリビングに入ると、抱き合ったまま眠るカイムとシロナの姿があった。

その二人の姿を見てルカリオとバシャーモは目を見合わせ、やれやれといった様子で小さくため息をついた。そしてルカリオは大きめの毛布を持ってくると、シロナとカイムに優しく毛布をかける。

 

そのままルカリオはシロナの隣に、バシャーモはカイムの隣に潜り込み、二匹とも目を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

トンネルを抜けた先の車窓から見える景色が山だけだった。

そして高速道路の看板に記されている文字は、目的地の名前。目的地が近づいてきたことを示している。 

 

「そろそろか?」

「ええ。あと15分もかからないと思うわ」

 

ハンドルを握るシロナはカイムの問いにそう答えた。普段はカイムが運転をしているが、今回はシロナにとっては帰省であるためシロナが自分で運転すると申し出た。そして普段運転をしているカイムは助手席で外をぼんやり眺めながらシロナと話すくらいしかやることがなくなっていた。

 

「田舎でしょ?」

「……ああ、まあ」

「ふふ、気を使わなくていいわ。その通りなんだもん」

 

実際カンナギタウンはフレンドリィショップすらない。公的な施設はポケモンセンターと新しく造り直された公民館くらいらしい。

そのまま少し車を走らせると、高速道路を降り、すぐにカンナギタウンに入った。

 

「ここがカンナギタウン」

「小さい町よ」

 

街中を通り抜け、カンナギタウンの北にある大きな家で停まった。敷地内の空いてるスペースに車を停めて降りると、音を聞きつけたのか家の中から一人の女性が出てくるのが見えた。

 

「あ、お姉ちゃん。おかえり」

「ただいま。出迎えありがとう」

 

出てきた女性はシロナとよく似ており、髪の毛はシロナと同じ綺麗な金髪だった。シロナと違い髪の毛は肩よりも短い場所で切り揃えてあり、目が隠れている場所も逆でシロナとは見分けやすくなっている。

女性はカイムに視線を向けた。

 

「もしかして、この人が?」

「ええ。紹介するわ」

 

シロナはカイムに視線を向けて女性にカイムのことを紹介した。

 

「彼はカイム。私の助手よ」

「カイムです。はじめまして」

「へえ!貴方がカイムさん!」

 

女性はカイムに手を差し出すと自己紹介を始めた。

 

「あたしはクロナ。お姉ちゃん…シロナの妹よ。よろしくね、カイムさん!」

 

女性…クロナはそう名乗った。シロナはクールな印象があるが、クロナは快活な印象だった。ヘアスタイルの印象もあるだろうが、シロナとよく似た声でありながら話し方に元気があるのがそうさせるのだろう。

カイムはクロナの手を取り握手に応えた。

 

「よろしく」

「うん!しかし…へえ」

 

クロナはカイムの顔をまじまじと見つめると、感心したように呟いた。

 

「あのお姉ちゃんを落とせるなんてすごいね、カイムさん」

「ちょ、クロナ!」

「だってそうでしょ?今まで色恋沙汰に興味なかったお姉ちゃんにできた初めての彼氏さんよ」

 

シロナも言っていたが、カイムと出会う以前は一切色恋沙汰に興味を示すことなく生きてきたらしい。親族としてやはりそんなシロナに彼氏ができたというのは驚きの事実なのだろう。

 

「まあそこら辺はあとで聞かせてもらうわ。さ、入って」

 

それだけ言ってクロナはさっさと家に戻っていった。残されたシロナは小さくため息をついてカイムを見る。

 

「ごめんね。事前に知らせてたからクロナもはしゃいじゃって」

「気にすんな。なんとも思ってねえよ」

 

カイムは荷物を車から下ろしながらそう言った。

 

「ありがと。行きましょ」

「ん」

 

シロナとカイムはクロナの後を追って家の中へと足を踏み入れた。シロナの実家は木造の家屋であり、見た目は古そうだったが中は思いの外古くない状態だった。

 

「ただいま」

「…お邪魔します」

「こっちこっち〜」

 

玄関に上がると、奥の部屋から顔を出していたクロナが手招きをしているのが見えた。クロナの元へといくと、そこは居間になっており一人掛けのソファに座る一人の老婆とクロナの姿があった。

シロナとカイムが姿を見せると老婆はゆっくり目を開き二人を見据える。

 

「来たね」

「お婆ちゃん。ただいま」

「おかえり。入りな、寒かったろう」

「まあね」

 

シロナは居間に入るとコートを脱いで適当に放り投げた。そしてカイムはコートが床に着く前にコートを受け止める。

 

「お、すごいね」

「…毎度のことなんで」

 

シロナは基本家では気を抜いているためか何もかもズボラになる。実家という住み慣れた空間故か、いつものズボラスイッチが入ったのだろう。

カイムはシロナのコートをクロナに渡されたハンガーにかけると自分のコートもハンガーにかけてクロナに渡した。そして目の前にいる老婆と向き合う。

 

「はじめまして」

「ん。あんたのことはシロナから聞いてるよ。あんたがカイムだね」

「はい」

「……ふん、悪くない面構えじゃないか。シロナの弟子って聞いてるが、さっきの様子を見ていると執事の方が合ってるようにも思えるがね」

 

くつくつと笑う老婆を前にカイムは苦笑する。シロナは頬を膨らませているが、自覚があるのか何も言わない。

 

「とにかく座りな。立ったままじゃ落ち着いて話もできん」

「あ、はい。失礼します」

 

老婆に勧められたソファにカイムは腰掛け、シロナもカイムの隣に腰を下ろした。クロナは四人分のお茶をテーブルに並べると老婆の側にある椅子に座った。

 

「こちらも名乗らなきゃだね。アタシはアイナ。シロナの祖母だよ」

「改めまして、シロナの弟子兼助手のカイムです。よろしくお願いします」

「ああ、よろしく。あんたの話は孫たちから聞いてるよ」

「そうですか」

 

孫たち、ということはクロナからも聞いているということだろう。カイムはクロナとは初対面だが、シロナがクロナに対して話したことがアイナに伝わったのだろうとカイムは考えながらお茶を飲んだ。

 

「ほぼ惚気話だったけどね」

「っん、ぐ」

 

思わず吹き出しそうになってしまったが、カイムはなんとか堪えた。出会って早々お茶を吹き出すということをやらかさずに済んだカイムは内心でよくやったと自分を褒めつつ、隣にいるシロナに視線を向ける。シロナは少しだけ頬を赤く染めながらバツが悪そうに視線を逸らした。

 

「………そうですか」

「ま、いいさ。こちらとしちゃ孫が元気なのがわかればなんでもいい」

「あたしもお姉ちゃんの彼氏のことは気になるけど、延々と惚気話するのは勘弁して。砂糖吐きそうになるから」

「ご、ごめん…」

 

シロナは視線をカイムに戻して言う。

 

「カイムもごめん。あんまり話されるの、好きじゃないわよね?」

「ああいや…んー、そりゃ恥ずかしいっちゃ恥ずかしいけど、悪口じゃないし思われていることは素直に嬉しい。それについてとやかく言う気はない」

「…ありがとう」

「そこ。息を吸うようにいちゃつかないでくれるかい?」

 

アイナに言われた言葉にハッとした二人は視線を逸らして縮こまった。そんな二人をアイナはくつくつと笑いながら揶揄う。

 

「仲良しなのは大変結構だがね。ここにはアタシらもいるんだ。多少気遣いはしておくれよ」

「お、お婆ちゃん!私達そんなベタベタしてないわよ!」

「なに言ってんだい。隣に座るのは別に不思議じゃないが、そんな肩が触れるくらい近づく必要はあるのかい?そのソファの大きさからして、そこまで密着しなくていいだろう!これでさっきの会話だよ?息を吸うようにいちゃついてることを否定できるわけないじゃないか」

「うっ…」

 

シロナが叱られる、というなかなか珍しい光景を目の当たりにしたカイムは物珍しそうに二人の会話を見ていた。普段、シロナを叱る人…叱れる人はそういない。シロナ自身の立場もあるが、他者がいる場所ではシロナが外出モードになるということもあり他者からどうこう言われる機会など皆無だからだ。

そのシロナも家族の前ではこうなるのだということに珍しさと温かさをカイムは感じていた。

 

「まったく…今まで男の影がさっぱりなかったのに、初めて恋人ができたとたんこれかい。ダメ男に引っかかるよりは遥かにマシだがね」

「………」

「仕事ばかりでいつ結婚するのか心配してたんだが、これなら心配なさそうだねえ」

「ほーんと。色々と極端なんだからお姉ちゃん」

 

アイナとクロナに言われてシロナは縮こまる。突き刺さる言葉を受けてシロナは言葉を詰まらせる。そんなシロナを見てカイムは小さく息を吐く。

 

「カイム」

「はい」

 

アイナに呼ばれてカイムは背筋を伸ばす。そのカイムの様子を見てアイナは立ち上がった。

 

「気張らなくていいよ。あんたには会いたかったんだ。会えて嬉しい」

「ありがとうございます」

「なるほど。聞いてた通りクソ真面目みたいだね。シロナが好きそうだ」

「お婆ちゃん!」

「なんだい。間違ってないだろう」

「それは……そうだけど…」

 

消え入りそうな声でシロナは呟く。シロナがここまで言い負かされている姿を見るのはカイムは初めてだった。実際カイムも家族相手には大体負かされている。対等に話ができるのは父くらいだろうか。

 

「カイム」

「あ、はい」

「今回は学会で来たことは聞いてる。色々と忙しいだろうけど、ゆっくりしていきな」

 

そう言って笑うアイナの顔はシロナが笑った時の顔によく似ていた。血の繋がりがあるのがよくわかる笑顔だった。

 

「…はい」

 

小さく頷いたカイムを見て、アイナは再びシロナに似た笑顔を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、お婆ちゃんったら…」

 

シロナはカンナギタウンの町中を歩きながら言った。それを聞いたカイムは少し煽るような口調でシロナに応える。

 

「いい親だな」

「久しぶりにお客さんが来たからはしゃいじゃったのよ」

 

少しむくれるシロナを見てカイムは小さく笑う。そういえば自分の時もイサナとタキがはしゃいでいたことを思い出していた。

 

「家族の大切な人が来たら、家族としては嬉しいんだろうよ」

「…そうかもしれないわね」

「俺も、姉貴の旦那に会いたかったしな」

 

家族にとって大切な人。その人に会いたいという気持ちはカイムにも理解できた。イサナという自由奔放な人と結婚できるような人間がどんな人なのか、という好奇心もあるが、やはり純粋に『会いたい』という気持ちはカイムにも理解できた。

 

「……そう。そういうものよね」

「ああ」

「でも良かった。貴方が私の家族に受け入れてもらえて」

「正直、めっちゃ緊張してた」

 

別に婚約の挨拶に来たというわけではないが、これで『お前に孫はやらん』とか言われていたら正直残りの時間かなり気まずい状態になっていただろう。その心配も無さそうで、アイナもクロナもカイムのことはとりあえず認めてくれたらしい。

 

「ふふ、ミナモシティに行った時の私の気持ちがわかった?」

「ああ。よくわかったよ」

「よかった」

 

シロナはすっとカイムの手を取った。カイムはその手をちらと見るが、特に何も言わずシロナの手を握る。

 

「…ふふ」

 

二人は手を繋いだまま町の中心部へと歩いていく。

カンナギタウンは盆地のような形状をしている。そしてその中心部には祠が鎮座しており、そのすぐ側には小さな遺跡がある。今二人はその遺跡を見に向かっていた。

 

「この先にある遺跡はね、シンオウ地方の伝説のポケモンについて記された壁画があるの」

「伝説のポケモン…ディアルガとパルキアか?」

「ええ。見ればすぐにわかるはずよ」

 

シロナの実家から件の遺跡はあまり離れていない。歩いて向かってもそう時間はかからないため、すぐに遺跡にたどり着いた。

遺跡の前には祠があり、その先にシロナの言っていた遺跡があった。

 

「この祠は遺跡を守る意味を込めて作られたらしいわ。つまりそれほど深い意味は無い」

「俺が見るべきは、この奥だな」

 

カイムは祠の横を通り抜け、奥の遺跡に向かう。

遺跡の入り口には二つの壁画があった。壁画は片側は青い龍が、もう片側には桃色の龍が描かれている。

 

「ディアルガとパルキアか」

「ええ。この遺跡の奥にある壁画の核となる存在よ」

「この世界は、時間と空間が絡み合ってできたもの。つまり、ディアルガとパルキアの力が合わさってできた世界が、俺たちの今いる世界」

「私が歴史に興味を持ったのも、この遺跡がきっかけよ。ここが私の起源。だから貴方に見て欲しかったの」

 

カイムはディアルガが描かれている壁画に近寄る。するとそこになにか刻まれているのを見つけた。

 

「…時間とは止まらないもの。過去と未来、そして今……か」

「常に流れる時というものを象徴するディアルガ。その存在から時というものがどんなものであるのかを昔の人は刻んだのよ」

「となると…パルキアの方にも」

 

カイムの予想通り、パルキアが描かれた壁画にも文字が刻まれていた。

 

「空間とはすべての広がり。そして心も空間…ね」

「この遺跡の中には心を象徴するポケモン…ユクシー、アグノム、エムリットのことが描かれた壁画があるの。心を象徴するポケモンと空間を司るパルキア。そして常に流れる時を司るディアルガ。昔の人たちが神として崇めたポケモン達から神話が生まれた。とても興味深いと思わない?」

「ああ。神話って面白い。当時の人々がポケモン達とどう付き合っていたのか。そして今も同じなのか。それを知る手がかりになる歴史。面白い」

「そういうと思ったわ。さ、入りましょ」

 

シロナと共に遺跡に入る。遺跡の内部はがらんとしていて特別何かがあるわけでもない。ただ最奥に何かが描かれた壁があった。

 

「一番奥にある壁画。あれがこの遺跡が伝える唯一の伝説よ」

「そうか」

 

シロナに手を引かれてカイムも遺跡の奥へと進んでいく。そこにあった壁画に記されていたものは、三つの何かの存在と中心にある光。これだけを見せられても一般人は何もわからないだろう。

だがカイムはシロナの元でシンオウ地方の神話を学んできた。この壁画が何を示すのかを理解できる。

 

「これが何を示すのかわかる?」

「ああ。周囲の三つの存在は知識、意志、感情の神を示している。そして真ん中は…ディアルガとパルキアそのものか」

「正解。この町の…カンナギタウンではそう伝えられているわ」

 

シロナはカイムの手を離し、壁画にそっと手を触れた。

 

「この言い伝えを聞いて、この壁画を見た日に思ったの。『この世界はどうやってできたんだろう』って。この疑問の答えを知るために私は神話や遺跡を研究するようになったの」

「…ここがシロナの始まりの場所だったんだな」

「ええ。今の私がある起源そのものよ」

 

幼い頃、シロナは好奇心旺盛な少女だった。ポケモンが大好きで、共に過ごすことが嬉しくいつかは旅に出たいと考えていたが、それと同時にこの遺跡が伝えたかったことは本当にカンナギタウンに伝わる言い伝えだけなのか、それ以外にも何かあるのではないかと考えていた。だから旅に出た後はバッジを集めながら修行するだけでなく、遺跡や神話について調べていった。一度のめり込むととことん突き詰めるシロナの気質がバトルと研究の両方を極めさせ、そしてついにはチャンピオンと学者両方の立場を確立した。

 

「…すごいな。昔からシロナはシロナだったんだな」

「ええ。私は私。根っこの部分は変わらないわ」

 

そこでシロナはカイムに向き直ると、壁画を指し示しながらカイムに言う。

 

「ねえカイム」

「ん?」

「この壁画、私がさっき言った言い伝え以外にも解釈の仕方があると思わない?」

 

シロナにそう言われてカイムは再び壁画に目を向ける。

壁画に描かれているのは三つの存在と中央の光。三つの存在はユクシー、アグノム、エムリットの形状とどことなく似ている。中央の光は形状もなにもあったものではないため、解釈次第で何を示すかは変わるだろう。

ならば解釈の余地があるものは周囲にある三つの存在。それが何かを考えたところ、一つ矛盾なく解釈することができる説が浮かんできた。

 

「……シント遺跡の三舞台」

「正解よ。これはもしかしたらシント遺跡で見た三舞台の形状と酷似しているわ」

「この周囲の三つの存在は時間、空間、反物質…つまりディアルガ、パルキア、ギラティナを示している。そして中央の光はそれらを生み出した存在……アルセウス」

 

アルセウスの神話…シンオウ地方に伝わる神話では、最初に世界を生み出した者の存在が記されている。そしてその者は時間を司るディアルガと空間を司るパルキアを生み出したことが伝えられていた。ギラティナも同時に生み出されたことが数少ない文献からわかっているが、彼はどうやら神話から抹消されたらしい存在だった。

この神として伝えられる存在を生み出した者…アルセウス。彼らの関係性を示したものがこの壁画なのではないか、とシロナは解釈した。

 

「私達が見つけたもうどくプレート…これにはある存在が巨人達を倒したことが記されていた。そして他のプレートには時間と空間を司る存在を分身として世界に放った者の存在が仄めかされている。そしてギラティナの存在。破れた世界は時間も空間も安定しない世界だった。つまりギラティナは時間のディアルガ、空間のパルキアと同じくらいの力を持つ存在なのは間違いないわ」

 

以前ギンガ団の一件で訪れた破れた世界。そしてギラティナの存在を目の当たりにしたシロナだからこそわかることだ。こればかりは文献が存在せず、体験したシロナ達にしかわからないこと。だから世間には仮説として出すこともできないが、体験した本人だからカイムは信じることができた。

 

「大昔の人は何を思ってこの壁画を描いたのか、何を考えながらこの遺跡を造ったのか。ディアルガの時の咆哮、パルキアの亜空切断…大昔の人にとっては本当に時間と空間の象徴に思えたでしょうし、心奮わされたと思うの。その思いが込められた壁画は多くの人に何かを伝え、いつしか神話を生み出した。神話研究者の私はそんな風に考えたりするのです」

 

神話そのものではなく、神話ができた流れまでもこの壁画と今までの知識から推測する。一つのことに留まらずさらにその先まで突き詰めていくシロナの頭脳と熱意は見慣れたはずのカイムにとっても鮮烈だった。

少なくとも今のカイムにはここまでの推測を組み立てることはできなかった。カイムは改めてシロナという研究者のすごさを知ったように思えた。

 

「ふふ、久しぶりに見てなんだかテンション上がっちゃった。喋りすぎたわね」

「いや、俺にはできない推測を聞けた。歴史を学ぶ者としてありがたい」

「ありがと」

 

カイムは再び壁画に目を向ける。この壁画を作った人々は何を思い、何を伝えようとしたのか。今となっては真実を確かめる方法はない。シロナの言ったことが真実の可能性もあるし、はたまた全く違う事実の可能性もある。

答えの無い、果てのない学びの道にカイムはいる。たくさんの人々が繋いできたものを神話や伝説という形で知る。これが考古学の、神話を研究する醍醐味なのかもしれない。

 

「…俺、ここに来られて良かった」

「どうしてそう思ったの?」

「俺はこの前論文を書き上げた。まだ査読中だし論文として世間に出せるかどうかはわからない。でも研究としては一定の成果を上げられたと思うんだ。でもこれで終わりじゃない。昔の人たちがここまで神話を伝えてきたように、俺の研究もまだ続く。この先にあるものはなんなのか、何を伝えるために残したものなのか。それを今の俺は、『知りたい』って思うんだ」

「私達『学ぶ者』は、その先にあるものを知りたい。その欲求を抑えることができないからこそ学び、研究するの」

「うん。俺が研究を始めるきっかけになったのはシロナだ。そのシロナのルーツであるこの場所…ここが俺の『学者』として己を見つめ直すための場所になった。そういう意味で良かったって思える」

 

代理とはいえ、ジムリーダーとして活動し、そして先日論文を書き上げた。これだけでもカイムは大学時代から相当な進歩を遂げている。

しかしこれで終わりではない。いち段落ついたのは確かだが、ここで慢心することなく精進を続けるために気を引き締める良い機会になった。

 

「本当に真面目ね」

「数少ない取り柄でね」

「そういう真面目なところも、自己評価が低いところも好きよ」

「…そうか」

 

不意打ちの告白にカイムは平然と返したように見せかけるが、耳が真っ赤になっているのか隠せていない。シロナのように髪が長ければ多少隠せただろうが、カイムは髪が短いため隠すことなどできない。

 

「ふふ。照れてるわね?」

「…うるせえ。そうだよこのやろう」

 

シロナの額を指で小突きながらカイムはむすっと表情を歪めた。

そんなカイムを見て楽しそうに笑いながらシロナは再びカイムの手を取る。

 

「小さい遺跡だから見る場所はここしかないけど、貴方を連れて来れてよかったわ」

「…ああ。色々と知れてよかった。シロナにとって始まりの場所を見られたことは大きい」

「ありがとう。さ、帰りましょ」

「ああ」

 

来る時はシロナに手を引かれる形で遺跡に入ったが、帰りの今はシロナと並んで遺跡を出る。シロナとカイム、両者が互いのことをより深く知ることができ、対等になれた。そんな気が二人ともしていて、これからも隣を歩いていられるようにと、そんな思いがあったから並んで歩きたかった。

 

その後二人は手を繋いだ状態で並んでカンナギタウンの中を散策していった。そしてその姿が住民に目撃され『シロナが婿を連れて帰ってきた』と密かに話題になるのだが、二人がそれを知るのはカンナギタウンからミオシティに帰ったあと、クロナからの連絡によってだった。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

カンナギタウン散策後、帰ってきたシロナとカイムはクロナと雑談をしていた。

話が一区切りついたところでクロナが時計を見ると、6時を過ぎた時間だった。

 

「あっ、やば。もうこんな時間!ご飯の支度しないと」

 

クロナは立ち上がり、キッチンへと向かおうとする。その背中にカイムは呼びかけた。

 

「飯の支度なら手伝うぞ」

 

カイムの言葉にクロナは立ち止まり振り返る。

 

「いや、でもお客さんに手伝わせるのは…」

「泊めてもらってんだ。それくらい働く」

「ん〜…そういえばカイムさんって料理できるんだよね。じゃあお願いしようかな」

「私もやろうか?」

 

シロナが上機嫌でクロナに提案するが、クロナはやれやれといった表情でそれを制した。

 

「お姉ちゃんは大人しくしてて。お姉ちゃんがやると面倒になるから」

「面倒になるってなによ〜」

「お姉ちゃんにまともな家事ができるなんて思ってないわよ。昔からなんにもできなかったしやらなかったじゃない」

 

シロナは昔から色んなことができた。イサナほどではないが比較的器用な方だっただろう。しかし家事に関しては幼い頃から絶望的であり、育て親の祖母も諦めるほどだった。

 

「む。私だってちょっとはできるようになっているのよ」

「お姉ちゃんが?本当に?」

「私の信用無さすぎない?」

「ならまずは自分の過去を振り返ることね」

 

そう言われたシロナはバツが悪そうに視線を逸らす。一応シロナも自分で片付けや炊事などの家事全般ができない自覚はある。

だがシロナも言われっぱなしではない。カイムに教わるなどして多少なりともできるようにはなってきている。

 

「でも少しはできるようになっているのは本当よ!」

「本当なの?」

 

クロナは疑いながらカイムに目を向ける。クロナの意図を察したカイムは若干考えながら答えた。

 

「……まあ、間違ってはいない」

 

実際シロナは本当に少しずつではあるが、料理ができるようになっている。まだ目を離すと恐ろしい行動をする危険性は高いが、以前と比べたらマシにはなってきている旨をクロナに伝えた。

 

「へえ…お姉ちゃんが料理」

「そうよ」

「まだ一人でやらせるのは恐ろしくてとてもできんがな」

「じゃあ一緒にやってるってこと?」

 

その言葉にシロナは即座に肯定しようとしたが、クロナの表情が楽しそうなのを見ると口を噤む。

 

「へえ〜一緒にお料理、ねえ?」

「な、何よ」

「ううん。仲良しだなって」

「そ、そうよ。何か悪い?」

 

開き直って認めていくことにしたシロナを見てクロナは苦笑しながら言った。

 

「お熱いことで。砂糖吐きそうだわ」

「…………」

「ま、仲良しなのはいいことだからね。あ、カイムさん少し借りるよ。ご飯の支度、手伝ってもらうから」

「はいはい。早く行きなさい」

「じゃあカイムさん、準備できたらキッチンに来てね。先に始めてるから」

 

それだけ言ってクロナはさっさとキッチンへと向かっていった。

残されたシロナは大きくため息をついて傍にいるカイムに苦笑しながら言う。

 

「ごめんね。クロナもちょっとはしゃいじゃってるみたいで」

「いい。大したことじゃないし、クロナと話せることは素直に嬉しい」

「ありがとう。あまりこういうの得意じゃないだろうから嫌な気持ちになってないか少し心配だったの」

「もう散々言われてきた。いい加減慣れるさ」

 

定期的に連絡を取っているダイゴやイサナからは連絡があるたびにいじられている。ダイゴはだいぶ控えめないじり方ではあるが、姉であるイサナは容赦がない。元々あまり弄りに対して狼狽えるようなことはないが、それが続けばカイムもたいていの弄り程度では全く動じなくなる。

 

「そう。良かったわ」

「んじゃ、手伝い行ってくるわ」

「あ、待って」

「どうし…」

 

どうした、とカイムが言い終わらないうちにシロナはカイムの首に腕を回して抱きしめた。そしてカイムの耳元で囁く。

 

「クロナと仲良くなってほしいけど、仲良くなりすぎないでよ。妬いちゃうから」

 

少しだけ不機嫌そうな声でそう言われカイムは驚いて一瞬固まるが、すぐに動き出して小さく笑いながらシロナの頭をぽんぽんと撫でる。

 

「妹相手に妬くな阿呆」

「わかってるわよ。半分は冗談」

「半分は本気なのかよ」

 

苦笑しながらカイムはシロナから離れる。そして軽くシロナの頬を指で突いた。

 

「どうせならシロナも来い。暇だろ」

「でも手伝わせてはくれないんでしょ?」

「三人もキッチンに立つ必要ねーよ。久々の再会なんだろ?話し相手にでもなってやれ」

 

それだけ言ってカイムもキッチンへと向かっていった。

残されたシロナも実際暇ではあるし、クロナと話したいことはあるためカイムの背中を追ってキッチンへと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

キッチンのすぐそばにある居間にシロナが入ると、そこにはアイナがいた。アイナはシロナに気づくと開いていた本を閉じ、眼鏡を外した。

 

「おや、シロナも手伝うのかい?」

「私はキッチン出禁らしいわ」

「くく…そりゃそうだ。あんたの腕でキッチンに立たせるのは自殺行為さね」

「もう昔の私じゃないわよ。カレーだってもう作れるんだから」

「おや、本当なのかい?」

 

アイナは驚いたような声を上げ、カイムに視線を向けた。やはり実家にいた時からシロナの家事の腕前は壊滅的だったのかとカイムは苦笑しながら応える。

 

「ええ、まあ。とはいってもまだ一人で作らせるのは怖くてできませんけどね」

「いやいや、一緒に作るにしても監視があるにしてもあのシロナに料理を作らせることができるなんてねえ。あんたはすごいよ」

「褒めるのは俺ではなくシロナを。結局本人が頑張らないとどうしようもないので」

 

いくら教えることが上手い人間でも結局教わる側の人間がちゃんと努力しなければ何事も上達しない。カイムとしては大したことを教えたつもりはない。苦手だと自覚しているものに向き合い、諦めずに付いてきたシロナを褒めるべきだとカイムは言う。

カイムの言葉を聞いてアイナは小さく笑った。

 

「聞いてた通り、生真面目な男だねぇ」

「でしょ?」

「ああ。あんたにぴったりだよ」

 

アイナはクロナと共に調理を進めるカイムの姿を見る。キッチンではカイムと並んでクロナが手を動かしているが、二人の手つきは迷いがなく素早い。互いに異なる調理を進めているため、すごい速度で料理が進んでいくのがわかる。時折カイムの傍にいるルカリオが食材や調味料、調理器具を絶妙なタイミングで差し出してくるあたり、普段からルカリオもカイムの手伝いをしていることがわかった。

一方調理中は何もできないブラッキーはこの時間はカイムに構ってもらえないことを知っているため、シロナのもとへ歩いて行き抱っこをねだっていた。それに気づいたシロナはブラッキーを抱き上げ、膝に乗せて顎を撫で回す。

 

「それにしても、随分手慣れているねえ」

 

クロナと同等以上の速度で調理を進めるカイムを見てアイナはそう呟く。

 

「本当よね。あたしもほぼ毎日作ってるけど、あたし以上に上手」

「……どーも」

「カイムは世話焼きだから他の人にもご飯作ったりしてるの」

「へえ…それでいて家の家事も全部やっているんだろう?しかもすぐに散らかすシロナと一緒に暮らしているとなると、相当家事ができるんだねえ」

「そうよ。カイムはすごいの。ね、ブラッキー」

 

シロナがそう言うと膝に乗っていたブラッキーは笑顔になりながら頷いた。ブラッキーとしても大好きな主人であるカイムが褒められるのは嬉しいらしい。上機嫌に尻尾を揺らしており、その姿がとても可愛らしかった。

 

「これだけの家事の腕前を持つ上に、次期ジムリーダーなんだって?」

「確定じゃないです。推薦は貰えますけど、試験に通るかはまだわからないので」

「そうじゃなかったとしても、ジムトレーナーにはなれるんだろう?稼ぎもあって家事もできる。ぜひ婿に欲しいね。そう思わんかい?シロナ」

「婿っ…⁈」

 

楽しそうに笑うアイナの言葉にシロナは一気に顔を赤くする。シロナは恋人ネタでいじられることは慣れているしあまり動じないが、結婚の話になると一気に弱くなる。シロナ自身がそれを(内心で)望んでいるということもあってか、普段クールなシロナから一転非常に狼狽える。

 

「こんないい婿がいたら、あんたますます自堕落になりそうだね」

「カイムさんが甘やかしたりしてるんじゃないの?」

「……甘やかしているつもりはない。言うことは言っているし、できるようになっていることは増えてる」

 

実際カイムは小言を結構な頻度で言っている。そのためシロナもカイムがシンオウ地方に来たばかりの時と比べたらマシにはなったが、それでも相変わらず片付けはできない方だった。

 

「そ、そうよ。私だってちょっとはよくなっているわよ」

「あんたはもうちょっときっちりしな。そんなんじゃ嫁の貰い手がいなくなるよ」

「お婆ちゃん、大丈夫よ。貰い手はもういるんだから」

「それもそうか。ははは!」

 

歯を見せて笑うアイナと楽しそうにするクロナとは裏腹に、シロナは顔を赤く染めて俯く。そんなシロナの顔をブラッキーはくんくんと鼻を動かして嗅いでいた。

そして同じく言われているカイムだが、カイムはなんとも言えない表情をしながら調理を進めていく。その耳が赤く染まっていることに気づいていたのはクロナと料理の手伝いでキッチンに立っていたルカリオだけだった。

 

 

その後、帰ってきたシロナの祖父も交えて食卓を囲んで夕食を食べた。そしてその時にカイムの料理が想像以上の味をしていたことにシロナ一家は驚き、再び『婿に欲しい』と言われてシロナが赤面したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

夕食後、暫し歓談した後にシロナは風呂へと向かった。

身体を洗い流しお湯が張られた大きな湯船に身体をつけて息を吐いた。お湯の温かさが全身を包み、移動や資料の確認などで凝り固まった身体がほぐれていくような感覚もする。

 

「……変わらないわね」

 

浴室はシロナが暮らしていた時のままだった。多少ものが新しくなったりしているが、この大きな浴槽は変わらない。幼い頃は妹のクロナと一緒に入ったりもしていたな、と思い出していた時、脱衣所で人の気配がする。

 

「お姉ちゃん湯加減どう?」

 

気配の正体はクロナだった。曇りガラスに映るクロナの足元にも影がある。恐らくクロナのリーフィアだろうとシロナは予想した。

 

「ちょうどいいわ」

「そう?良かった。じゃあ入るね」

「え?」

 

シロナが確認を取る前に浴室の扉が開く。クロナはリーフィアを抱っこした状態で浴室へと入ってきた。

 

「お邪魔しまーす」

「なんで普通に入ってきてるのよ…」

「別に女同士で姉妹同士なんだしいいでしょ?」

「…まあいいけど」

 

見ず知らずの相手ならともかく、妹であるクロナが相手ならばシロナとしても抵抗はあまり無い。ただわざわざ風呂にまた押しかけてくる理由がシロナはわからなかった。

 

「どうしたの?わざわざお風呂まで入ってくるなんて」

「んー?そんな大した理由じゃないよ」

 

クロナは身体を洗いながら続ける。

 

「ただお姉ちゃんと少し二人で話したいなって。お姉ちゃん、寝る部屋カイムさんと同じ部屋だから、あんま二人で話せる場所がないなって思ったから」

「そういうことね」

 

身体を洗い終えたクロナはそのままリーフィアの身体を洗っていく。ポケモン用のボディソープで身体を洗ってもらっているリーフィアはとても気持ちよさそうにしていた。

 

「お姉ちゃんから連絡してくることはちょいちょいあったけど、あたしから連絡することってあまりなかったじゃん?お姉ちゃんが忙しいのもわかってるからいつならいいのかわかんなくてさ。それでなんとなくこっちから連絡取ることも少なくなっちゃったから、たまにあたしから行こうかなって」

「確認とってくれればいいのに」

「忙しい中でわざわざ確認取るのもなんか申し訳なくて。それに何か用があるわけでもないのに連絡されるのも面倒かなって」

「そんなことないわよ」

 

シロナとしても妹からの連絡があれば嬉しい。実際クロナの言う通りいつでも連絡できるわけではないが、時間を合わせれば特別問題ない。

 

「ま、そんな話はいいの」

 

泡だらけになったリーフィアをクロナはお湯で流していく。泡が完全に流れ切ったリーフィアは湯船へと飛び込もうとしたが、湯船に落ちる寸前にシロナに受け止められた。

 

「お風呂に飛び込んじゃだめでしょ」

 

受け止められたリーフィアはいたずらがバレた子供のような表情をし、そのままゆっくりと湯船に浸かった。

 

「昔からお風呂好きなのよね」

 

クロナはそう言いながら髪を洗い始める。そして髪を洗いながらシロナに聞いてきた。

 

「お姉ちゃん」

「ん?」

「お姉ちゃんって、カイムさんのどこが好きなの?」

 

クロナの質問にシロナは思わず固まる。まさか急にそういう質問が飛んでくるとは思っていなかったため、声が詰まってしまう。

 

「急につっこんだ質問してくるわね。なんで急に?」

「お姉ちゃんから惚気は散々聞いてたけどさ、結局カイムさんの行動そのものに対するお姉ちゃんの感想じゃん?だからどこが好きなのか気になったの」

 

クロナの目から見てもカイムは良い人だとわかる。だが初対面故にどんな人かは詳しくわからないし、今回の来訪は学会のついでだ。深く知るだけの時間は恐らくないだろうと考えたクロナは、せめてシロナがカイムのどこが好きなのか。それを知りたいと思った。

 

「そういうことね」

「そ。まあ単純に今までなんにもなかったお姉ちゃんを落とせるのはどんな人なのかなって」

 

楽しそうに笑うクロナを見てシロナも笑う。

一頻り笑うとシロナは湯船に浸かるリーフィアを撫でながら話し始める。

 

「…そうね。どこが好きか、か」

「あれだけ惚気るんだし色々とあると思うけど」

「ええ、たくさんあるわ。真面目なところ、一途なところ、勤勉なところ、几帳面なところ…言い尽くせないわ」

「へえ…本当にベタ惚れだ」

「そうね…その中でもやっぱり、私のことを信じてくれるところかしら。前は真面目で一途なところって答えてたけど、今改めて考えるとそういうところに惹かれたのかなって」

 

どういうことかよくわからずクロナは首を傾げる。

それをクロナの態度から察したシロナは話し始めた。

 

「カイムってね、どんな時でも私を信じてくれるの。他人を信じるって簡単に聞こえると思うけど、心から信じることって案外難しいのよ」

 

家族でも相手を信じ切るということは難しい。他人ならば余計そうだろう。

だがカイムはシロナを心から信じている。無論最初からそうだったわけではない。師弟という関係を通し、二人での時間を共有した結果カイムはシロナを心から信頼するようになった。

 

「何においても絶対に信頼できる人ってそうそういないの。人それぞれ価値観は違うし、考えてることも違う。でもね、カイムはたとえ異なることがあったとしても、私とならわかりあえるって心から信じてくれている。私ならどんな壁でもいつか必ず乗り越えられる。ずっと隣にいてくれる。そう信じてくれているところが、好き」

 

どんな壁に当たっても、うまくいかずに転んでしまったとしても、決して見捨てることなく隣で立ち上がると信じてくれる存在。そんな人に出会えることがどれほど幸福なことなのか今シロナは身をもって体感している。シロナは一人でも歩いていける強さを持つ女性だった。だがいくらその強さがあったとしても、隣にいてくれる存在がいらないわけではない。カイムと出会い、そして親睦を深めてからシロナはバトルでも学問でも今まで以上のパフォーマンスを発揮できるようになった。身をもって体感しているからこそ、そうなるきっかけを作ってくれたカイムが大切に思える。

 

「ほわあ…本当にベタ惚れだ」

「ええ。大好き」

「ふふふ、ここまで開き直られると逆にもっと聞きたくなっちゃうなあ」

「いくらでも話せるわよ。覚悟しなさい」

 

そう言って姉妹は笑い合う。風呂場からは楽しそうな声が響いてきて、その声を聞いたシロナの祖父はにっこり笑いながら新聞を開くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻

 

カイムはある部屋の前に立っていた。

目の前にある襖を前にして小さく深呼吸をする。そして意を決して声を発した。

 

「アイナさん、カイムです」

「入りな」

 

部屋の中から聞こえた声を確認するとカイムは襖をゆっくり開けた。

 

「失礼します」

 

カイムは礼をして畳の部屋の中に入る。部屋には眼鏡をかけて何かの本を読むアイナが座椅子に腰掛けた状態でカイムを待っていた。

 

「悪いね、呼び出してしまって」

「大丈夫です」

「立ち話もなんだ。座りな」

「はい」

 

カイムは勧められた座布団に正座の状態で座った。アイナはカイムが座ったことを確認すると、将棋盤を自分とカイムの間に置いた。

 

「あんた、将棋はできるかい?」

「え?ああ、はい。少しだけ」

「結構。付き合いな。飛車角は落としてやるよ」

 

夕食後、カイムはアイナに頃合いを見て部屋に来いと言われていたためアイナの部屋に出向いた。シロナのことで何か言われるのだろうと考えていたが、部屋に来てまずやらされるのが将棋ということに若干混乱した。だが無下にするわけにもいかないため、アイナの将棋に付き合うことにした。

 

そうしてしばらく無言で将棋を指していたが、唐突にアイナが口を開く。

 

「老人の趣味に付き合ってくれてありがとうよ」

「いえ、これくらいでしたらいくらでも」

「そうかい」

 

アイナは駒を置きながら話を続ける。

 

「あんたは、シロナの両親について知っているかい?」

 

カイムの駒を進める手が止まる。

 

「いえ…シロナ本人が知らないようなので、俺も何も知りません」

「まあそうだろうね。アタシらも何も喋ってないからね」

「それが、どうかしたんですか?」

 

カイムは再び駒を動かす。その手を見てアイナは眉間の皺をより深くした。

 

「ほう、悪くない手だね」

「ありがとうございます」

「それで、あの子の両親についてだったね」

 

小さく息を吐くと、アイナはカイムを見据えた。

 

「あの子らは両親を知らない。色々あってアタシも伝えてないし、これからも伝える気は無い。あの子らもそれでいいって言っていた。でも、あんたと幸せそうなシロナを見て思ったんだよ。『本当の親を知らないこの子と一緒で、幸せな家庭を築けるのか?』ってね」

 

シロナは両親を知らない。物心ついた時には既に祖父母の下で暮らしていたし、誰も両親について話そうとしなかったからだ。なんとなく知らない方がいいのだろうと判断したシロナはそれ以来両親についてあまり興味がなくなっていた。

実際祖父母の下での暮らしは何も不満がなかった。ちゃんと育ててくれたし、時には厳しくもしてくれた。やりたいことも後押ししてくれたことには感謝しかない。

だがそれと同時にアイナはシロナ姉妹に対して『祖父母としての愛情』しか注げない。本当の両親からじゃないと貰えない愛情というものはある。それが無ければ真っ当な人間に成長しないわけでは断じてないが、シロナが親になった際に子供に対して親として愛情を注げるのかはわからない。

 

「…あの子の人格を疑っているわけじゃない。むしろ信頼しているさ。それでも、あんたの思う両親像とあの子の思う両親像…かなり違う可能性もある。結婚してからそれを知って別れる夫婦もある。あんたにそれを許容する覚悟はあるのか。それを聞きたかったんだよ」

 

口には出さないが、シロナと共に歩むということは祖母であるアイナの目から見ても大変だと思っている。家事ができない云々のことは置いておくとして、考古学者兼チャンピオンという凄まじい肩書きを持つ人物の隣を歩くとなると、周囲からの目線というものもある。シロナとカイムが親しくする人物の中に心無い言葉や空気を読まない発言をする人物はいないが、世の中にいる全ての人間がそういうわけではない。カイムに対して心無い発言をしたり嫌な詮索をしてくる人間がいないとは限らない。そしてアイナ自身が口にした意識の相違性。これらを受け入れてシロナと歩んでいく覚悟があるのかを確かめたかった。

カイムはアイナを見据えて口を開く。

 

「俺は、シロナにたくさんのものを貰いました。それは俺が人生全てをかけても返しきれないほど、たくさんのものを。その過程で思ったんです。シロナの隣にいたいって。アイナさんの言うこともわかります。他人と一緒に歩いていくのは、きっと簡単じゃない。お互いのことを完全に許容し合うということは誰とでもできることじゃない。でも俺は、シロナとならできると思うんです」

 

実際シロナと衝突することもあったが、その度にお互い話をすることで許容し、そして今後どうするかを決めてきた。二人とももう子供ではない。ちゃんとお互いが信頼できる人物だとわかっているから話し合うことができる。

 

「シロナの隣で歩くことでたくさんの困難があるのはわかります。シロナはすごい人物で、世界的にも認められるような功績を持っている。シロナの持つ功績と比べたら、俺のジムリーダーやってたっていう実績も霞む。でもそれが、シロナの隣を歩くことを諦める理由にはならないと思うんです」

 

バトルでも学問でも、飛び抜けた才能は何も無かった。だから学ぶ過程で多くの困難や苦悩を経験した。辞めてしまいたい。そう思うこともあったかもしれない。

ただその辞めてしまいたいたくさんの理由よりも、シロナの隣にいたいと思う心が強かった。それだけだった。

 

「その…俺は功績じゃなくて、シロナという人間だから隣にいたいって思っているんです。シロナは凡人の俺を見捨てずに、最後まで信じてくれた。鍛えてもらう過程でしくじることもあった。でもその時にシロナは優しい言葉を選んだり、転んだ俺に手を貸して立たせることもしないで、ただ手を差し出してその手を取ることを信じてくれた。俺が立ち上がることを信じてくれた。そんなシロナと俺は今後の人生を歩んでいきたいです」

 

嘘偽りない心から出た言葉。どんな困難であろうと、共に乗り越えて行きたい。その思いが込められた言葉を受けたアイナは小さく笑う。その笑顔はシロナの笑顔と少し似ていた。

 

「…ふふ、良い人に出会えたね」

 

そう呟きながらアイナは駒を置く。そのアイナの一手により、カイムの玉将は完全に逃げ道を失ってしまった。

 

「あ」

「十五手前であんたの詰みは決まってた。気づかなかったようだね」

「十五手……あの銀を動かした時か」

「だが素人相手にしてはずっと楽しめたよ」

「…負けました」

「さて、アタシが勝ったんだ。一つ、アタシの言うことを聞いてもらおうかね」

「えっ⁈」

 

『そんな話聞いてない』とカイムが言おうとしたところでそれを見透かしたアイナは人差し指をカイムの前に突き出してそれを制する。有無を言わさないその鋭い眼光にカイムは思わず言葉を飲み込む。

カイムが話を聞く姿勢になったことを確認したアイナは一変して穏やかな笑みを浮かべながら言った。

 

「あの子を…シロナをよろしく頼むよ」

 

アイナの言葉にカイムは目を見開く。

 

「昔から色々できちまう子でねえ。なまじ器用なせいもあって、なんでも一人でやろうとしてしまう気質があるんだ。ポケモン達のおかげでやり遂げられているけど、本当は見えないところで努力を重ねる不器用な子だ。それでもいいと思っていたんだろうけど、誰でも一人は辛いものさ」

「………」

「同じ目線でいてくれる人が、同じ道を歩いてくれる人があの子には必要だ。それをあんたに任せたい。やってくれるかい?」

 

アイナに真っ直ぐ見据えられたカイムは、その真摯な態度に応えるために目線を逸らすことなく覚悟を決めた声で言った。

 

「はい」

「……ふふ、安心したよ」

 

覚悟が篭った声を受け、アイナは目を閉じて笑った。そして駒を片づけながら言った。

 

「困ったことがあったら言いな。アタシらで力になれることはなってあげるよ」

「…ありがとうございます」

「ああそれと」

 

アイナは一度言葉を切るとにんまりと笑いながらカイムに顔を向けた。

 

「ひ孫を見せるなら早めにね。アタシもじいさんももう老い先長くないからね」

「ひまっ…⁈」

「ははは!そう遠くないかもしれないけど、一応ね」

「………失礼しま()!」

 

珍しく顔を赤くしたカイムはそのまま礼をして部屋から足早に去っていった。最後の最後に噛んだのか変な言葉になっていたが、特にそれを指摘することはしなかった。

 

「不器用だけど、いい子じゃないか。安心したよ」

 

楽しそうに笑いながら残されたアイナはそう呟くのだった。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

シロナとカイムは布団を並べて横になっていた。

そんな中、シロナはカイムが眠っていないことに気づくと、口を開いた。

 

「カイム」

「ん?」

「どうだった?私の家族や故郷は」

 

カイムは少しだけ間を空けて話始める。 

 

「そうだな…当たり前だけど、俺の家族とは全然違った。やっぱシロナの家族だなって思えるところがあったよ。町に関しても、今のシロナが神話を学ぶきっかけを知れた。シロナとシロナの家族について知れたから良かったよ」

「そう言ってもらえると嬉しいわ」

 

シロナはカイムの方に身体を向けて話し続ける。

 

「さっきお風呂でね、クロナが入ってきたの」

「へえ」

「その時に聞かれたの。『カイムさんのどこが好きなの?』って」

「……気恥ずかしい話になりそうだ」

 

シロナはカイムの布団で丸くなるブラッキーを撫でながら話し始める。

 

「前にも同じことを聞かれたことがあるの。その時は真面目で一途なところって答えたわ。貴方のそういう真面目で一途なところはとても魅力的だし、本当に好きよ」

「……そうか」

「でもね、一番好きなところはどこかなって今回クロナに聞かれて考えてみたの。私が貴方のことを好きになったのはなんでなのかなって」

 

撫でられたブラッキーは目を開き、シロナに撫でられていることに気づくと布団から抜け出してシロナの元へと歩いていった。

シロナはブラッキーを抱きしめて話を続ける。

 

「私はね、貴方の信じてくれるところが好きなの。私が転んでも壁に当たっても必ず立ち上がるって信じてくれる。私となら、絶対分かり合えるって信じてくれる。そんなところが好きよ」

「……あ、ああ」

「なーに?照れたの?」

「うるせえ。そういうシロナも顔赤いぞ」

「ふふ、そうね」

 

実際今平然と答えているが、シロナの体温は熱があるのかと思うくらい上がっている。互いに想いを伝え合い、恋人となった今でもこういう歯が浮くようなセリフは慣れない。それはシロナだけでなくカイムにも言えることであるが。

 

「ね、カイムは私のどんなところが好き?」

「俺も言うのかよ…」

「私だけに言わせるつもり?」

「ちっ…わかったよ」

 

お前が勝手に話し始めたんだろ、と言いたいところではあるが、カイムとしてもそう言われて悪い気はしない。もうどうにでもなれ、とカイムは腹を括って話し始めた。

 

「…俺はただの凡人だ。いや、凡人だった、と言うべきか?シロナのおかげでただの凡人じゃなくなった。俺が凡人じゃなくなる過程で、シロナはずっと俺を見捨てずに育ててくれた。何度倒れても、俺が立ち上がることを信じて手を差し伸べてくれた」

「ええ、そうね。きっと貴方なら私の手を取って立ち上がると思っていたわ。でも結局貴方に立ち上がる意志が無ければ、私の手を取って立ち上がることもなかったでしょうね」

「そうかもしれん。確かにシロナは手を差し伸べてはくれたが、結局立ち上がる意志を持たなきゃならない。シロナは俺が立ち上がる意志を持っていたからって言うんだろうが、そうじゃないんだ」

 

どういうこと?とシロナは聞き返そうとしたが、カイムはそれを視線だけで制した。シロナが口を噤んだのを確認すると、カイムは続けた。

 

「実は俺、シロナが師匠になってから何度か『やっぱり自分にはできない。もうやめよう』って思うこともあったんだ」

 

シロナの指導はとても的確であったが、同時に厳しいものだった。それ故に凡人のカイムには上手く言われた通りにできないことも多々あり、自分にはできないのではないかと考え、地面に膝を突くこともあった。

しかしシロナは決してカイムを見捨てなかった。また立ち上がると信じ、隣で手を差し伸べて立ち上がることを待った。最後まで見捨てずに自力で立ち上がると信じて。その事実が今まで誰にも見向きもされず、何も成せずに腐っていたカイムにはどれほど嬉しかったか。

 

「ただ俺とポケモンを心から信じてくれた。お前を好きでいる理由はたくさんあるが、これ以上の理由は無い」

 

目を閉じたままカイムはそう言った。その言葉を受けて胸がいっぱいになっただけでなく、自分とカイムが互いに同じところを好きになったという事実がたまらなく嬉しかった。

その思いをシロナは言葉にしたいが、うまく言葉にできそうにない。だが溢れそうになる思いを出すために、シロナはブラッキーを抱き抱えてカイムの布団に潜り込んだ。

 

「どうした」

「…今の言葉、嬉しかったわ」

「そうか」

 

カイムはシロナとブラッキーを抱きしめる。シロナとブラッキーの体温が感じられた。それだけで幸福感に包まれ、自分が落ち着いていくことがわかる。

 

「……ありがとう」

「…ああ」

 

それだけ言って二人は目を閉じる。

二人の意識はすぐに微睡みの中に落ちていき、挟まれたブラッキーは仲良く眠る二人を見て嬉しそうに笑うと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

二日後

 

カンナギタウンの新設されたホールで学会が行われた。多数の著名人が集まり、それぞれの発表に耳を傾けて時には質問をして議論を交わしていた。

そしてそんな著名人が多数いる中でもシロナは異彩を放っていた。考古学界隈でもまだまだ謎の多いシント遺跡についての研究はやはり多数の人々の反響を呼んだ。純粋に議論を交わそうとする者、若いながら結果を多く残すシロナのことが気に入らず揚げ足を取ろうとする者など様々な人がシロナに質問をぶつけたが、それら全てをシロナは論理的に答えていく。まだ不明な部分に関しては明らかになっている部分から理論の材料を引っ張ってきて、シロナなりの解釈をして答えるなど、誰が見ても文句なしの発表だった。

 

そして今は発表時間が終わったため他の参加者の発表を見て回っているところだ。

 

「どう?今回の学会」

「勉強になる。やっぱり長年研究してきた人たちはすごいな。まだまだ自分の詰めが甘いことがよくわかる」

 

論文を書き上げたからこそわかるここにいる人達のすごさ。自分がまだまだ学問という世界の入り口に立ったにすぎないことを身をもって体感していた。

 

「そう。貴方は確かに成長した。でもまだまだ上には上がいるものよ」

「シロナを見てたから見慣れていたつもりだったが…みんなそれぞれすごさが違うな。理論の詰め方、テーマへの視点…学ぶことが多い」

 

スーツのネクタイを締め直しながらカイムはそう呟く。事実学ぶことはまだまだ多い。これからも精進しなくては、と改めて心に刻むいい機会だとカイムは考えた。

 

「論文を書き上げたことは素直に喜んでいいわ。でもそこがゴールじゃない。私たちはまだまだ学ぶ必要があるってことを実感させたかったのよ」

 

シロナはそう言って笑った。生真面目なカイムのことだし、気が緩むようなことはないだろうが、こういうことは実感した方が伝わりやすいとシロナは考えていた。そしてそのシロナの思惑通り、カイムは気持ちを新たに今後も神話を学んでいくことを自覚した。

 

「シロナ君」

 

しばらく会場を見て回り、一通り回ったところでベンチに座って軽く休憩を取った。その休憩の最中、突如声をかけられて振り返ると、髭を生やした白髪の男性が立っていた。

 

「ナナカマド博士!」

「久しぶりだな」

 

シロナに声をかけてきたのはシンオウ地方でポケモンの進化について研究しているナナカマド博士だった。ナナカマド博士はシロナに研究のいろはを教えたいわば師匠のような存在で、今も時折連絡をとっている。

 

「いらしていたんですね」

「うむ。今回の発表で君がシント遺跡について発表すると聞いてな。私もあの遺跡には興味があったので聞きにきた」

「あら、聞いてくださったんですか」

「教え子の発表だ。聞けるものは全て聞くとも。プラターヌ君のもよく聞いておるぞ」

「プラターヌさんのテーマはメガシンカ関連ですからナナカマド博士とのテーマとも近いですからね」

「うむ。それで、そちらは?」

 

ナナカマド博士はシロナの隣にいるカイムに目を向けた。目を向けられたカイムは思わず背筋を伸ばす。

 

「ああ、初対面でしたね。紹介します。私の助手、カイムです」

「はじめまして、カイムといいます。お会いできて光栄です」

「ほう!君がカイム君か!」

 

ナナカマドはカイムに手を差し出しながら自己紹介をした。

 

「私はナナカマド。知っているとは思うが、シロナ君のいわば師だ。よろしく頼むよ、カイム君」

「はい。よろしくお願いします」

 

カイムが握手に応えると、ナナカマドは顎に手を当てて話始めた。

 

「そうか…君がカイム君か。うむ、いい面構えをしているな」

「俺のことはシロナから?」

「ああ。ずっと一人で研究をしてきたシロナ君が突如助手を雇ったと言っていてね。ポケモンバトルの指導もしていると聞いた」

「はい。学問に加えてバトルの方も指導してもらっています」

「そうか。教え子が教える側になっている…感慨深いものだな」

 

笑いながらナナカマドはシロナの隣に腰を下ろし、思い出したように話を続ける。

 

「そうだ!先日、君の論文を読ませてもらったよ」

「え?俺の?」

 

カイムの論文は現在査読中であり、まだ世の中に出ていない。公開されていないはずの論文をなぜナナカマド博士が知っているのかカイムは疑問に思った。

 

「俺の論文ってまだ公開されていないはずじゃ…」

「うむ、されていない。だが君の論文の査読をした人の一人が私なのだよ」

「え」

 

なんとカイムの論文を査読している人物の一人がナナカマドだという。この事実はシロナも知らなかったため、驚愕していた。

 

「博士、査読に参加してたんですか」

「ああ。共同研究者の中にシロナ君の名前があったためか、私に査読の依頼が来たのだ。一応私も学会員ではあるし、特に不思議なことではないぞ」

「そ、そうだったんですね…」

 

まさか実際に査読した人物に出会えるとは思っていなかったため、カイムはとても驚いた。そして同時に自分の論文の出来が長く研究の世界にいるナナカマドから見てどう思えたかが気になった。

 

「あ、あの…」

「ん?」

「俺の論文…どうでした?」

 

シロナに添削をしてもらったとはいえ、カイムが初めて書いたものだ。ナナカマドから見てどう思えたかは筆者からすれは非常に気になるところである。

ナナカマドはカイムを真っ直ぐに見据えながら言った。

 

「うむ。色々と言えることはあるが、敢えて端的に言おう。よくできていた」

「!」

「我々の住むシンオウ地方の神話…その中でも語られない神話。それに目をつけることができるのは素直に素晴らしい。皆が『盲点』である場所に目をつけられることは研究者として大切なことだからな」

 

シンオウ地方を代表する研究者、ナナカマド博士にそう言われてカイムは胸が熱くなるような感覚がした。シロナ以外の人に認められたことがこれほど嬉しいとは思いもしなかったのだ。

 

「論理の進め方もいい。一つの目的に対して一歩ずつ着実に詰めていくやり方は論理が飛躍しにくいため信憑性が高まる。基礎的なことではあるが、その基礎がしっかりとできていなければできないやり方だ」

「基礎固めはシロナに特に直されました」

「ははは!そうだろうな!私も論理の基礎固めはなによりも重んじている。私の教え子であるシロナ君に教わったのなら、そうなるのも不思議ではないな」

「ふふ、ナナカマド博士の教えは今も大切にしてますわ」

 

ナナカマド博士はシロナの学問における師であるため、シロナ自身の学問への向き合い方や研究方法はナナカマド博士の教えを受け継いだものが多くあった。自分なりに改良した部分もあるが、やはりナナカマド博士の教えはシロナの根幹の部分に存在しているらしい。

 

「資料の少ないレジギガスに関する神話の考察…ここ最近見なかった斬新さを感じた。とても良くできていたよ」

「ありがとうございます」

「だが、もっとよくできる。例えば他のレジ系のポケモン達とレジギガスの関わりに関するアプローチだが…」

 

早速授業を始めようとするナナカマド博士をシロナは笑いながら止めた。

 

「ふふ、博士。授業もいいですけど、この場には合いませんよ」

「む、それもそうだな。すまんすまん。つい癖でな」

「いえ。博士さえよければ、今度意見を聞かせてください」

「うむ、いいだろう。シロナ君を経由して今度連絡を取らせてもらうよ」

 

楽しそうに笑うナナカマド博士を相手にカイムは無表情を崩さないが、ナナカマド博士の人の良さを感じ取り雰囲気が柔らかくなるのを感じる。

そこでナナカマドは思い出したように手に持った鞄を床に置いた。

 

「そうだ!今回はシロナ君にこれを渡しに来たのだ」

「私に?」

 

ナナカマドは鞄から直方体の箱を取り出した。その箱にシロナは全く見覚えはない。シロナはカイムに視線を向けてみるが、カイムにも心当たりはないらしく首を横に振った。

ナナカマド博士はその取り出した箱をシロナに手渡した。

 

「これは?」

「開けてみなさい」

 

開けるよう促され、シロナはその箱を開けた。箱の中には虹色に輝く石が四つ入っており、その石は中に二重螺旋のような構造をした模様が刻まれているのがわかる。

これを見てシロナはすぐにこれが何なのかを悟った。

 

「まさか、キーストーンですか?」

「ああ。ポケモンにメガシンカを促すキーストーンと、ポケモンに対応するナイトだ」

「これを、私に?」

「ああ」

 

メガシンカは戦闘中のみポケモンをさらに進化させてパワーアップする事象のことだ。メガシンカをするためにはトレーナーが持つキーストーンと対応するポケモンのナイトが必要となるが、その力はとても大きいものとなっており名だたるトレーナーにはメガシンカを使うトレーナーもいる。だが大きい力故に制御が難しく、トレーナーとポケモンの絆が十分でないと力を制御しきれず暴走したり、力に耐えきれずポケモン自身を蝕むこともあるものだ。故に、メガシンカを使いこなしているトレーナーはそれだけで一流といえるだろう。

 

「これをどこで?」

 

メガシンカは主にホウエン地方とカロス地方、そしてアローラ地方で見られる事象だ。これらの地方で主に確認されている理由として、単純にキーストーンなどの産出がこれらの地方に固まっているということが挙げられる。

メガシンカはキーストーンとナイトがなければできない。故にそもそもキーストーンが見つからない地方でメガシンカをあまり見ないのは自明ともいえる。

そしてシンオウ地方でキーストーンは見つかっていない。そのためシンオウ地方のトレーナーのほとんどがメガシンカを使わない。だからいくらナナカマド博士とはいえ、簡単に手に入るものではないはずだとシロナは考えた。

 

「先日カロス地方で偶然見つけてな。ポケモンの進化を研究する者として、メガシンカは非常に興味深い事象だ。だが、私はトレーナーではない。メガシンカを研究するにしても、私だけではできない。ならばより有効に活用できる者に託す方がいいだろうと考えたにすぎん」

 

先日ナナカマド博士がカロス地方を訪れた際、カロス地方のポケモン達を観察しようと各地を巡っていた。その時偶然二つのキーストーンと二種類のナイトを発見した。全て同時に見つけたわけではないが、かなりの豪運だったと言えるだろう。

だがこれだけ貴重な物をトレーナーではないナナカマド博士は十全に扱えない。しかし教え子でありチャンピオンであるシロナなら十全に扱えるのではないか、と考えて託すことにした。

 

「君ならこれをうまく扱えるだろう?」

「…そうですね。必ずものにしてみせます」

「うむ、君ならできると信じておるぞ」

 

ナナカマド博士はそこでカイムに視線を向けた。

 

「カイム君、君もトレーナーだったな」

「あ、はい。一応」

「うむ。なら君にこのキーストーンのうちの一つを託そう」

「お、俺にも?」

 

まさか自分ももらえるとは夢にも思っていなかったカイムは思わず声が裏返ってしまう。

 

「ああ。キーストーンは二つある。トレーナー一人に対してキーストーンは一つでいい。偶然二つも見つけたんだ。これも何かの縁だろう。もらってほしい」

 

ここまで言われてはカイムとしても断る理由はない。それにカイムもメガシンカには興味があったため、素直にもらうことにした。

 

「じゃあ、いただきます。ありがとうございます本当に」

「構わない。教え子の弟子だし、いい論文を読ませてもらった。そのお礼だと思ってくれ」

「ところで博士、このナイトはどのポケモンに対応しているナイトなんですか?」

「うむ。調べたところ、それはガブリアスナイトとルカリオナイトだった」

 

ガブリアスもルカリオもシロナの手持ちにいるポケモン。つまりシロナは手持ちに二体もメガシンカを行えるポケモンがいることになる。

 

「ガブリアスとルカリオ…」

「ちょうど君のポケモン達に合うものでね。今回会えなかったら転送システムで送っていたが、渡せてよかった」

「ありがとうございます」

「ガブリアスとルカリオか…どっちもメガシンカできるのは強いな。戦略の幅が広がりそうだ」

「カイムの手持ちにもルカリオがいるんだし、ルカリオナイトはカイムにあげようか?」

「ほう、カイム君もルカリオが手持ちにいるのか。ならそれもいいだろう。キーストーンだけではメガシンカはできないからな」

 

ルカリオナイトを受け取らないか?というシロナの提案にナナカマドも同調するか、少し考えてカイムは首を横に振った。

 

「いや、いいよ。俺よりシロナの方が使いこなせるだろう。それに、今度あることを考えたら俺よりもシロナの方が適任だ」

「ああ、それもそうね。わかったわ、このナイトは私が使うわね」

「今度あることとは?」

 

ナナカマド博士はチャンピオンズトーナメントのことを知らない。だから今のカイムの言葉が引っかかった。

しかしまだ関係者以外には公開されていない存在であるため、シロナもそれを明かすことはできない。

 

「あと数日もすれば、わかりますよ」

「…ほう、そうか。君がそう言うならそれを楽しみにしているとしよう」

 

ナナカマド博士は立ち上がると、二人に向き直る。

 

「いい発表だったぞ、シロナ君。これからも君の躍進に期待している」

「ありがとうございます博士。まだまだ精進していきますわ」

「うむ、いい心意気だ。カイム君」

「は、はい」

 

呼ばれたカイムは思わず立ち上がりナナカマド博士と向き合う。

ナナカマド博士はそんなカイムの肩を叩きながら言った。

 

「君と会えて良かった。今度、君の論文について存分に議論を交わそうじゃないか」

「光栄です。是非お願いします」

「うむ。いい心意気だ。では、またな」

 

それだけ言ってナナカマド博士は去っていった。

残されたシロナとカイムは受け取ったキーストーンを見つめる。

 

「まさか大会前にメガシンカできるようになるなんてね」

「予想外なこともあるもんだな。それで?残り一月程度でメガシンカを組み込んだバトルはできるのか?」

「…そうね」

 

シロナは目に鋭い光を宿らせる。纏う空気が変わり、覇気が剥き出しになっていくのがわかる。

 

「簡単ではないと思う。でも、これを使いこなせれば私はもっと強くなれる。ならやらない手はないわ」

「そう言うと思った。俺にできることがあれば言え。なんでもやるよ」

「ありがとう。とても難しいでしょうけど、私は優勝を目指す。そのためにもカイムのサポートが不可欠だわ」

「ああ、任せろ」

 

箱に収められたキーストーンが日光を受けて輝く。

その光を浴びながらシロナはチャンピオンズトーナメントへの決意をより強く宿らせ、カイムと共にトーナメントを勝ち抜いていくことを心に誓うのだった。

 

 




書きながらなんでこの人たち結婚しないのかを疑問に思っていました。

お気に入り5000、総合評価10000を突破しました。
作者が壁になって見ていたいだけの話をここまでたくさんの人が読み、そして評価をつけてくれていることに感謝します。
以前言いましたが、お気に入りが5000を突破したのでEXシリーズでジラーチを執筆します。また、総合評価10000超えましたのでルギアも書こうと思います。ただ本編優先で執筆するため、ジラーチもルギアも結構遅めの更新になると思います。年内に更新は厳しいかもしれません。ご了承ください。

最近知ったんですが、『ここ好き』という機能があるんですね。割と長い時間お世話になっているのに全然知りませんでした。

あとお気づきの方も多いと思いますが、セリフや考え方は某漫画や某歌の影響を受けまくってます。


シロナ
多分今までで一番可愛らしい姿になった。クールな姿もいいですけど、家族の前だとちょっと弱くなるのもありかなって。実際家事レベルが壊滅的な家族がいたらあんな態度になってもおかしくないんじゃないんですかね。

カイム
育て親公認彼氏になった。公認されたんだし、プロポーズしたら?(提案)しろ(圧力)。

ブラッキー
シロナとカイムが仲良しで嬉しい。

クロナ
身長 167cm
年齢 22歳
妹。シロナ(白)と対になる色ってなんだろうと考えた結果、赤と黒が思い付いたが、赤はアカギがいるため黒になった。安直。
容姿は原作(リメイク)だとミニスカートのトレーナーだが、ここではシロナそっくりになってもらった。シロナさんの目が隠れている方が逆になり、髪型はウルフカット。若干シロナより身長は低いがそれでも女性の中では高い方。快活な印象を持たれがちだが、ズボラな姉がいるせいか面倒見は非常によく家事もできる。相棒はリーフィアとムウマージ。

アイナ
シロナの祖母。名前は『藍色』から取ってアイナ。おばあさんにしては可愛らしい名前かもしれないと後書きを書きながら思ってた。

ナナカマド博士
何気に初登場。ポケモンの進化について研究してるらしいからメガシンカの材料を渡すきっかけになってもらった。

ゴウシ
いつの日かカイムにクソほど傲慢な態度を取っていた勘違いキッズ。今回の件でジムリーダー(カイム)を目指すようになったが、ちゃんと努力すればカイムより強くなれる。『才能は開花させるもの、センスは磨くもの』というセリフをカイムに言わせたいがためだけに今回出てきた。


ポケカで出た『シロナの覇気』というカード、めっちゃかっこいいですね。


次回予告



「私にとっても、最大の挑戦になることは間違いないわ」



「久しぶりね、シロナちゃん。会いたかったわ」



「ルチアが世話になったが、手加減はしない。最高の舞台で貴女達と会えるように最善を尽くします」



「いや助かりましたよ、シンオウ地方チャンピオン。道に迷ってしまいまして」



「さて、オレが貴女とバトルする機会があるかはわからない。だが、誰が相手でもオレのドラゴン軍団は簡単には屈しない」



「あの時の続き!できるかはわからないけど、できるようにあたし頑張るよ!」



「今までで一番負けたくないんだよね。なにせ貴女を相手にするってことは、親友(カレ)も一緒に相手取るってことなんだから」



「…………言葉は不要」



次回、チャンピオンズトーナメント編始動
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