ただただシロナさんとまったり過ごすだけの話   作:職業病

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ポケマスのシロナさん100連しても来てくれませんでした。
課金しました。


ルギア


EX episode 『ルギア爆誕』

浮遊する城塞。

その中で一人、玉座に座りチェス盤のような盤面を見下ろす男がいた。

 

「…ファイヤー、サンダー、フリーザー。私のコレクションに相応しい伝説のポケモン」

 

男はとある地域の地図を盤面に呼び出し、赤、青、黄の駒を出現させる。それぞれの駒はそれぞれの島に配置されており、各々力の領域を主張するように色を広げていた。

地図に記された場所を見て男は顎に手を当てながら呟く。

 

「やはりどれもアーシア島にいるようだな。だが私の目的はさらにその先……海の神。そのためにも、この三体は手に入れなくてはな」

『ファイヤーのいる領域に差し掛かります』

「ふむ…」

 

男は手元にある操作盤を操作し、城塞を操作する。すると城塞の下部が開き、砲台が現れた。その砲台が最も近くにある島に向けて砲弾を放った。砲弾は着弾点を凍り付かせる。何発も砲弾を受けた島は凍りついてしまうが、その途端島の内部から凄まじい熱量の炎が放たれ氷を溶かす。

 

「出てきたか、ファイヤー」

 

砲弾が炎を纏う鳥…ファイヤーは自身の縄張りを侵す敵を追い払おうと炎を放つ。しかしその炎は砲弾によって相殺され、連続で放たれる砲弾をファイヤーは受ける。なんとか持ち直すも、次々と放たれる砲弾にファイヤーは太刀打ちできずにダメージを受けていく。

 

「チェックメイト…王手だ」

 

砲弾と共に出てきた輪がファイヤーを捕らえる。ファイヤーは炎を出して抵抗するが、抵抗虚しく城塞に吸い込まれていった。

 

『ファイヤー、捕縛完了』

「ふふ…私のコレクションが、また一つ増えたな」

 

男は満足げに笑うと、青と黄の駒を見つめた。

 

「残るは雷の神サンダー…氷の神フリーザー…そして、まだ誰も見たことがないという、海の神」

 

男…ジラルダンは眼下に広がる海を見ながらそう呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気持ちいいわね」

 

シロナは船に乗りながら海風に靡く髪を抑えながら言った。

 

「いい気候だ」

 

日を受けながらブラッキーを撫でていたカイムは少し眠そうに答える。

 

今カイム達はカントー地方の外れにあるオレンジ諸島に来ている。オレンジ諸島には原住民の文化が残る島もいくつかある。その文化と歴史の調査に来ていた。シロナとカイムは歴史が専門分野であるため文化については専門外だが、独自の文化が今も残るオレンジ諸島に興味があったシロナはカイムを引き連れ休みを取ると即座に行動に移したのだった。

 

「次の島までまだ時間がある。ゆっくりしてな」

 

船を出してくれている船長の女性がそうシロナとカイムに言う。

二人は目を見合わせ、頷いた。

 

「さあ、みんな出てきて!」

「そら、好きにしてな」

 

シロナとカイムはポケモン達をボールから出した。水タイプであるミロカロスとカイムのトリトドンは海に着水し、優雅に泳ぎ始める。また、飛行タイプのトゲキッスとムクホークは船の速度に合わせて飛び、他のポケモンは船の上で思い思いに過ごし始めた。ただ重さがかなりあるミカルゲとメタグロスは出すことができず、ボールの中で少し不貞腐れた表情をしていた。

 

「あとで出してあげないとね」

「だな。仲間外れはよくねえ」

 

カイムは膝に乗るブラッキーを撫でながらシロナの言葉に頷く。

 

しばらく二人はポケモン達と共に潮風を感じていたが、突如二体のルカリオがばっと起き上がった。

 

「ルカリオ?」

 

突然起き上がったルカリオに続くように他のポケモン達も何かを感じ取ったように反応していく。

 

「どうしたんだ?」

「…何かを感じ取ったみたいね」

 

シロナが顔を上げると青い空に黒い雲がかかっていくのが見えた。海は天気が変わりやすいが、ここまで急激に変わるのはいくらなんでも異常であるとシロナとカイムも理解できた。

 

「やばそうだ」

「ポケモンを戻しましょう。何があるかわからないわ」

 

シロナとカイムはポケモン達をボールに戻す。するとその直後、突風と雨が降り始めた。突風は船を揺らし、二人は体勢を崩す。

 

「なにこれ⁈」

「シロナ!捕まれ!」

 

船の手すりにつかまり、シロナの腕を掴んだ。シロナもカイムの腕を抱くように掴まった。船に揺られながら海を見ると、激しい波と風が吹き付けている。

 

「二人とも大丈夫⁈」

「なんとか。それよりこの辺りはこんな天気変わりやすいのか?」

「海は天候が変わりやすい場所だけど、ここまでいきなりシケてくるのは初めて!下手に流れに逆らうと危険だからしばらく水流に乗ることにするから進路変わるけど許してね!」

 

カイムも海沿いのミナモシティで生まれ、今は海が近いミオシティに住んでいる。そのため海沿いは天候が変わりやすいことは知っているが、ここまで急激に天候が変わる経験はなかった。

この地域特有なのかとも思ったが、そうでもない。何か異常が起きているのではないかとシロナとカイムは警戒心が跳ね上がった。

 

「…何が起きてるんだ」

「わからない。ただ、いいことでは無さそうね」

 

ここまで急激に天候が変化し、この付近でずっと船乗りをしている船長でも見たことのない変化。良いことではないだろう。

 

しばらく潮の流れに乗っていくと、一つの島が見えてきた。どうやら漂流して路頭に迷うことにはならなさそうだとカイムは内心で少しだけ安心した。

 

「ここまで来たか」

 

船長の言葉を聞き、シロナとカイムは船長に視線を向ける。

 

「あの島は?」

「アーシア島。オレンジ諸島の最果てよ」

 

アーシア島と呼ばれるオレンジ諸島の最果ての島。二人はそこまで流れ着いてきたらしい。道中にも色々と興味深い歴史や文化が残っていたのだろうが、こうなった以上仕方ない。この道中で記録したものと、この島の記録を取って帰るしか無さそうだとシロナは内心で判断した。

 

少しして船長が浜辺に船を泊めたため、シロナとカイムはアーシア島に降り立った。

カイムがネットで調べた情報によると、アーシア島は美しい海と浜辺、そして豊かな自然が特徴の島だと記されていた。また、島にはまだ昔から続くしきたりが残っており、時折祭りが開かれているらしい。

祭りがどの時期に開かれているのかはわからなかったため時期を選ばずに来たからいいとして、この天候のせいで海は荒れてしまい、今二人の目の前にある島は写真で見たものとは別物に見えてしまっていた。写真のように美しい海は荒れ、日差しが分厚い雲に遮られているせいで島全体が暗い。本来なら今まで見てきたオレンジ諸島の島と同じような風景なのだろうが、天候のせいでそれが半減されてしまっていることにシロナは内心で残念に思った。

 

「ありがとうございます船長さん」

「いいのよ気にしないで。これがうちらの仕事だし。でもこんな急に天気が変わるのは初めての出来事よ。天気が良くなるまでここで様子見した方がいいわ」

「そうですね。でも、一体何が…」

 

これほどまで急激な天候の変化は何か異常がなければ起こらない。シロナはどことなく嫌な予感が胸中に渦巻いていた。

 

(オレンジ諸島周辺が急激に天候が変わる事例は聞いたことがない。むしろ、オレンジ諸島は『天候が安定している』ことで有名な島。だというのにこの変化…何かが起こっているんだわ)

 

このオレンジ諸島を訪れるにあたり、シロナとカイムはオレンジ諸島周辺の下調べを入念に済ませている。その際に得た情報では、オレンジ諸島全体は比較的天候が安定している諸島であると記されていた。無論天候が変わらないというわけではないが、基本的に天候の変化は緩やかであり、大きく変わることがないと記録にはあった。

その記録に反して、急激に変化した天候。何かがあったのだとシロナの中の直感がそう訴えてきていた。

 

一方、カイムはカイムなりに異変を感じていた。物思いに耽るシロナに、天候とは別の異常を察知したカイムが声をかける。

 

「シロナ、とりあえず今はあの連中が何なのか確かめることだ」

「え?」

 

カイムの声で我に返ったシロナが視線を上げると、そこには独特な仮面と服装を見に纏う謎の集団がいた。

 

「住民…よね」

「だろうな。余所者排斥の文化でもあんのか?」

「ないよ。安心しな」

 

カイムの言葉を船長は否定し、前に出る。

船長は軽く手を上げてにこやかに言った。

 

「や、よっちゃん」

「あらみっちゃん!久しぶり〜!5年ぶりくらい?」

 

楽しげに話し始める二人を見てシロナとカイムは目を見合わせる。見たところ、二人はどうやら知り合いらしい。

 

「というか、なに〜その格好」

「お祭りよお祭り」

「ああ、お祭りの時期か!てことは、相変わらずお祭りの巫女で笛吹きやってるの?」

「引退よ。あたしもう子供じゃないもん。お祭り娘は妹に引き継いだわ。えーとその妹は…」

「なにがお祭り娘よ。お姉さんの妹に生まれたあたしは不幸よ」

 

声がした方を見ると、そこにサングラスをかけ、ジーンズとタンクトップという比較的ラフな格好をした少女が立っていた。

 

「どうしたのその格好。お祭りの衣装は?」

「やーよあんなダサいの。お祭りの時以外で着てたまるもんですか!」

「もうこれでお祭りの巫女ってんだから時代は変わったわよ。あ、あの子あたしの妹フルーラ。それで…」

 

船長と話していた女性はそこでシロナとカイムに視線を向けた。

 

「そちらのお二人は?」

「ああ、紹介がまだだったね。こちら考古学者のシロナさんとカイムさん。二人ともポケモントレーナーもやってるわ」

 

その言葉を聞いた瞬間、島民達は一斉にざわめきだした。

 

「ポケモントレーナー⁈」

「え、ええ…そうだけど」

「…え、なに?そんな珍しいの?」

 

シロナとカイムは島民達の反応に困惑する。確かにこの島ではトレーナーは少ない、またはいないのかもしれないが、比較的リゾート地として有名であるオレンジ諸島にポケモントレーナーが来ることはそんなに珍しいとは思えない。

すると島民達の中から一人の仮面をつけた男性が二人に歩み寄ってきた。

 

「言い伝えによると…世界の破滅が訪れる時、海の神現れ、優れたる操り人と共に神々の怒り鎮めん…とされる」

(世界の破滅?)

(海の神?それに神々って…)

 

神、と言われている以上、この辺りで信仰のある神なのだろうとシロナは考え、そういう記述があったかと記憶を遡ろうとするが、言い伝えを言ってきた男性は仮面を上げると、シロナとカイムにずいっと顔を寄せてきた。

 

「優れたる操り人…つまり、トレーナー。あんたら、その操り人じゃ」

「……はあ。この際操り人なのは否定しませんが、優れてるのはシロナ(こっち)です。俺は違います」

「私と比較したらそうかもしれないけど、世間的には貴方も優れてる方よ?」

「…それもそうか」

 

なんとなく納得できてない気もするカイムに長老(と思われる男性)は優しく笑う。

 

「ま、固くならんでよろしい。しきたりじゃしきたり」

「…はあ」

 

なんならそのしきたりについて詳しく知るためにここに来たのだが、どうにも考古学者という立ち位置をポケモントレーナーという立ち位置で上書きされてしまっている感じがする。仕方ないのでとりあえずここは流れに従っておこうと考えたシロナとカイムは愛想笑いしながらわいわいと騒ぐ島民のリアクションを流しにかかる。

 

そこで先程巫女として紹介された少女、フルーラがカイムの顔を覗き込んでくる。思いの外近い距離でカイムは軽く下がるのだが、フルーラは気にすることなくさらにもう一歩詰め寄ってきた。

 

「ふーん。ポケモントレーナーねえ」

「…一応な。優れてる方は俺じゃなくてシロナだが」

「ふむふむ…へえ、悪くないじゃない?」

 

何故か急に『悪くない』と言われてカイムは『何が?』と聞くようにシロナに視線を向けるが、当然シロナもわかるはずなく肩を竦めるだけだった。

それに気づいたフルーラは軽く笑いながらカイムに顔を近づけた。

 

「気にしないで。しきたりしきたり。はい歓迎」

 

背伸びをしてカイムの頬を両手で引き寄せると、フルーラはカイムの頬に口づけをした。

その行動にカイムだけでなくシロナも固まった。

 

「え」

 

あまりにフランクな歓迎にカイムは一瞬思考が停止する。そしてされたことに気がつくと一歩後に引いた。

完全にドン引きしている反応なのだが、フルーラは気づいていないのかはたまた気にしないのか全く気にしていない様子だった。そしてそのまま隣にいるシロナに目を向ける。

 

「お姉さんは…この人の姉とか?」

「……いや、違うわ」

 

いつも通りの顔だが、言葉に少し圧を感じる。普段のシロナを知らない人ばかり故にその圧を理解している人はカイムのみであり、それに気づいているカイムは背中に冷や汗が垂れるのを感じた。

 

「じゃあ、彼女さん」

「…そうね、そう表すのが一番的確かしら」

「ああ、彼女さん。へえ、すごい美人。お兄さんやるじゃん」

「……………」

 

答えないカイムを他所にフルーラはサングラスを胸元にひっかける。そしてシロナに対して楽しそうに笑いながら言った。

 

「でもこんなところまで一緒に来るなんて。二人ともいい趣味してるね」

「…仕事の一環でもあるから」

 

フルーラや島民はあまり気にしてない(気づいていない)ようだが、シロナの機嫌が明らかに悪くなったことをカイムは敏感に感じ取り、気が重くなるのを感じる。そしてそんなカイムの傍にいた船長も右手の薬指についている指輪を見て二人がそういう関係なのだとなんとなく察していたため『あちゃー』と表情を歪ませ、カイムの肩に手を置いた。

 

「カイム君」

「…なんすか」

「がんばれ」

「…………………」

 

心底同情するような表情を船長に向けられ、カイムは内心で盛大にため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

日が沈み、雲に覆われて暗かった空はさらに暗くなる。それに対して祭りが始まったことによって島全体は明るい。祭りの催しや屋台で人々は賑わい、賑やかな声や音が島中に響き渡っていた。

 

シロナとカイムは言い伝えにあった操り人もといトレーナーということもあり、島の一番高い場所にある広間に招待され、そこで島民達と交流しつつ、この島の文化について取材していた。元はといえばこのオレンジ諸島全体の文化について学びに来た以上、その目的を果たす必要がある。

 

「この島のお祭りは、その優れたる操り人である証を神々に捧げるためのものなんですね」

「うむ、そう伝えられておる」

「それで、その神っていうのは?」

 

シロナの問いに長老は視線を島の外に向ける。そこから遠くに見える島を見ながら長老は話し始めた。

 

「それぞれ火の島、氷の島、雷の島に祀られておる神でな。我々の先祖がこの島に根付いた時から信仰されている神らしい」

(火、氷、雷…ジョウト地方っていう土地も考えたら、ファイヤー、フリーザー、サンダーのことかしら)

 

ジョウト、カントー地方には伝説のポケモン、ファイヤー、フリーザー、サンダーの存在が確認されている。ガラル地方にも姿形を変えて存在が確認されているのだが、最初に確認されたのはカントー地方だった。カントーのすぐ近くであるジョウト地方にもいてもおかしくはない。

 

「わしらの先祖が残した記録なら祭りの後でよければお見せいたします」

「助かります。なにからなにまでありがとうございます」

「いえいえ。我々としても貴女方のような人に来てもらえて何よりです」

 

シロナは長老の言葉に頷きメモ帳をしまうと周囲を見渡す。周囲には島民達や船長が楽しげに雑談をしながは果物や料理を食べている。

その中で他の場所人に取材をしていたカイムの姿を探すが、カイムの姿がない。

 

「あら?」

「どうされました?」

「カイム、どこに行ったか知りませんか?」

「お連れの方でしたら、先程取材を終えて広間を出ていきましたよ」

 

長老の言う通り、広間の外にカイムはいた。少し開けたスペースでカイムは先程出してやらなかったメタグロスを出してその体を優しく撫でている。

 

「一度彼と情報共有してきます」

「ええ、いってらっしゃい」

 

シロナは席を立ち、カイムのもとへ向かう。広間を出てメタグロスと戯れるカイムの背中に声をかけようと歩み寄ろうとしたその瞬間、カイムの正面から人影が現れた。

 

「お兄さん、何してるの?」

 

そう声をかけてきたのは、先程カイムの頬にキスをした少女、フルーラだった。その姿を見たシロナは声が止まり、思わず物陰に隠れてしまう。幸いフルーラもカイムもシロナの存在には気づいていなかった。

 

「…別に。ポケモンと戯れてただけだ」

「へえ…このポケモン、お兄さんのだよね?なんてポケモン?」

「……メタグロス。鋼・エスパータイプ」

「へえーおっきくて硬いポケモンね。やっぱバトルも強いポケモンなの?」

「種族としては強い。結局、どう鍛えるかだがな」

 

素気ないが、ポケモントレーナーとしては非常に真っ当な答え。その答えに師匠としてシロナは内心で嬉しく思う。かつてのカイムならどう答えていたかは今となっては定かではないが、少なくともシロナが満足するような答えは出せなかっただろう。

だがフルーラからしたら良い解答なのかどうかはわからない。バトルが素人であるフルーラは結局強いか弱いかでしか判断ができないからだ。

 

「へえ…それで、お兄さんは強いの?」

「さてな。何をもって『強い』と言うべきかはわからんし、どこを基準にするかが不明瞭だ。答えられん」

「難しく言う〜。そんな難しく考えていて楽しい?」

「事実だ。これから外の世界を知りに行く子供(ガキ)には早かったか?」

 

カイムの言葉にフルーラは驚いたように目を見開く。

 

「あれ?あたし、外の世界を見たいってこと、言ったっけ?」

「違うのか?」

「違くないけど…どうしてわかったの?」

「昼間の言動からの推測」

 

昼間に出会った時、フルーラは祭りの衣装のことを『ダサい』と言った。そしてその時の彼女の服装は島民の中では少々近代寄りのものだった。このことからカイムはフルーラがこの島の外の世界を見てみたいと考えているのではないか、と推測した。

 

「別にこの島が嫌いとまでは言わないが、外を見てみたいくらいは思ってんじゃねえかって思ってよ」

「へえ、あたしのことよく見てくれてたんだ」

 

フルーラはそう言いながらカイムの隣に腰を下ろす。その距離は非常に近く、互いの肩が触れるくらいの距離感…というより、思いっきり触れていた。

その言葉と距離にシロナは僅かに指が反応する。

カイムはフルーラとは逆方向に身体を動かすが、フルーラは離れた分の距離を詰めてくる。少しずつ移動しながらカイムは答えた。

 

「さあ?ただ俺が見る限り、その祭りの衣装はお前さんが言うよりダサくはないと思うがな」

「そーお?あたしとしては、イケてないと思うんだけど」

「そうかい。まあ何でもいい」

 

興味なさげに言うカイムにフルーラは頬を膨らませる。

 

「もーちょっと興味持ってくれてもいいんじゃないの?」

「いや知らんわ。民族衣装としてならともかく、イケてるかどうかは俺にとっちゃどうでもいい」

 

文化の調査対象としてならともかく、ファッションセンスに関しては興味などない。加えて出会ったばかりのフルーラにそこまで強い興味を向けることはカイムにはできなかった。

フルーラはカイムの顔を覗き込み、カイムに問いかけた。

 

「ねえ、外の世界ってどんな感じなの?」

 

あまりに抽象的な質問にカイムは思わず顔を顰める。

 

「質問が抽象的すぎてどう答えればいいのかわからん。どういうことが知りたいんだ」

「あたしは確かに外の世界を見たいと思ってる。でもね、この島もちゃんと好きよ。故郷としてこの島はあたしにとって大切な場所」

「………」

「でもそれはそれで、外の世界もみたいの。どんな世界で、どんな人たちがいるのか知りたいのよ。それで外の世界ってどんなのか知りたいなーって」

 

フルーラはカイムが予想した通り外の世界に憧れがある。しかしそれはそれとして、このアーシア島のことも好きだった。島民は皆優しく、不満らしい不満もあまりない。せいぜい退屈なことくらいだろう。

だがこの退屈な時間を過ごすたびに、外の世界はどうなのかという疑問がフルーラの中にあった。だから外の世界に興味を持ち、憧れた。知りたいと思った。

 

「人も環境も、常に移ろいゆくものだ。田舎と都会で大きく違うし、こういう離島と本島でも違う。やっぱり一概にどうだと断言することはできん」

「やっぱそう?結局行く場所次第ってことか〜」

「だが、どこであれ『外の世界』であることは間違いねえ。時間を無駄にしたくないなら、外で何を知りたいのか…それをまず考えてみることだな」

 

ただ漠然と行ったところで、無駄に時間を浪費するだけだ。だから何を知りたいか。それが重要だとカイムはフルーラに伝えた。

ぽかんとしているフルーラに『まだ早かったか?』と考えたが、フルーラはどこか納得したように頷く。

 

「うん、そうだね。ちゃんと考えてみる」

「そうしな。そうでなきゃ意味がねえんだ」

 

そう言ってカイムは腕時計をみる。時刻は予め伝えられていた祭りのステージが始まる30分前になっていた。

 

「つかお前、時間はいいのか?化粧とかするんじゃねえの?」

「えっ…あ!そろそろ準備しないと」

 

フルーラはカイムの言葉を受けて時間を見ると、それなりに時間が経っていることに気づいた。カイムの隣から飛び降りると、フルーラはカイムの頬を指でつく。

 

「じゃ、後であたしの出番見ててね。よろしく」

「見ててやるからはよ行け」

 

しっしっと手で追い払うような仕草をしながらもしっかりと答えるあたり、カイムの人の良さが出ていた。

はあ、と大きくため息を吐くカイムにシロナは後ろから近づいて声をかけた。

 

「随分と懐かれているわね」

 

どことなく寒気を感じる声にカイムはピクリと反応するが、声色を変えることなくシロナに返す。

 

「外から来た男が珍しいだけだろ」

「あら?そうは見えなかったけど?」

「…何が言いたい」

 

『わかってるくせに』と言いながらシロナはカイムの隣に腰を下ろす。その言葉にカイムは苦い表情をしながら応えた。

 

「それ以上の感情があるってか?」

「違うの?」

「違えだろ。つか、出会ったばかりの人間にそんな感情を抱くとはとても思えん」

「一目惚れ…とか」

 

シロナの言葉にカイムは鼻で笑う。一目惚れという言葉はカイムも無論知っているが、目の前にいるシロナにでさえカイムは一目惚れをしなかった。そういうものがあるのもそういう感情を抱く人間がいるのは理解しているが、自分がその対象になるとはとても考えられない。

 

「ダイゴ相手ならともかく、俺は相手ではあり得ん」

「ダイゴ君ならされてもおかしくないの?」

「中身は変人だが、ツラはいい。されてもおかしくねえだろ」

「カイムもかっこいいのに」

 

ぽつりとつぶやくシロナから目を逸らしながらカイムはため息を吐く。中身を褒められることも見た目を褒められることにも慣れていないカイムは直接的に言われることに対してどう答えればいいかわからなかった。

カイムが照れていることを察したシロナは、なんとなく面白くなかったため畳み掛ける。

 

「それに、さっきカイムの頬にキスしたじゃない?見た目的にある程度好みの人でないと、あそこまでしないと思うんだけど?」

「いや……どう、だろう」

 

カイムからしたら知ったことではないが、シロナとしてはそうはいかなかった。やはり彼氏であるカイムにちょっかい出されるのは面白くない。それが例え一回り歳下の女の子だとしても、変わらない。

 

「ほら、否定できない」

「………」

「あ、でも勘違いしないでね。カイムは悪くないことくらいわかってるわ」

 

シロナとて、フルーラが非常にフランクな性格であることくらいは理解している。初対面でそんなこと理解できるはずもないため、あの頬へのキスは完全に不意打ちだった。避けられなくとも仕方ない。

しかしそれはそれとしても、いい気持ちにはならない。最愛の人に対してあんなことをされて動じない女性はいないだろう。

 

「それはそれとして、彼女としては良い気持ちにはならないの」

「…まあ、そうだろうな」

「大人気ないことくらいわかるけど、こう…うーんと……うまく言えないけど、思うところは出てくるのよ」

 

カイムもその気持ちはなんとなくわかる。恋人がいきなりあんなことされたら、間違いなく内心穏やかではいられない。

内心で納得すると、シロナがカイムの肩に寄りかかってくる。突然のことで少し驚くが、カイムはシロナの肩に腕を回して自分の方に引き寄せた。

 

「悪かった」

「…カイムは、悪くないわよ。まああの子もそんなに悪くないけど…」

 

彼女がいる前で彼氏にベタベタするのはとても褒められたことではないが、恐らくフルーラはそこまで深く考えていない。それがわかるだけでなく、シロナにも大人としてのプライドがある。思うところはあるが、フルーラ本人にぶつけるのは違うと自分を抑えていた。

 

どうしたものか、と内心で悶々としていると、カイムの顔が突如目の前に現れる。

 

「んっ」

 

口に柔らかい感触。何があったのかを理解したシロナは目を閉じてカイムの口の感触を実感し、カイムの首に手を回した。

数秒の後、カイムはゆっくりと離れる。二人は顔を見合わせると小さく笑った。

 

「上書きのつもり?」

「駄目か?」

「いいえ。嬉しいわ」

 

シロナはご機嫌でカイムの肩に頭を乗せ、カイムはシロナの手を取る。

突然イチャつき始めた二人を背にメタグロスはやれやれとため息を吐きつつ、どことなくおかしな気配を放ち始めている海に目を向けた。

 

これから何かが起こる。ポケモンにしかわからないそんな感覚がメタグロスの中で渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 

宴会場に戻り、二人は島民相手に島の伝統や文化、歴史を取材していると、突然笛の音が聞こえてきた。

 

「笛の音…?」

「あ、始まったわね」

「始まった?」

「見ればわかる」

 

長老の視線を追ってシロナとカイムはステージへと視線を向ける。

するとステージの袖から衣装に身を包んだフルーラが現れた。フルーラは見たことのない形の笛を使って非常に幻想的な曲を皆の前で披露した。

 

「この曲は…」

「我々の島に伝わる曲だ。島の伝説に出てくる神々を慰める曲だと伝わっている」

「神々を慰める?」

「傷を癒やし、心を鎮める…そんな曲想だ」

 

なるほど、とシロナは納得する。実際に傷を癒す力があるのかはわからないが、確かに落ち着く曲だった。

そして披露している本人も先程までの雰囲気とはだいぶ異なる。服装と立ち振る舞いでこうも変わるか、とカイムは内心で少しだけ驚いた。

 

しばらく曲を吹いたフルーラはステージでスカートの裾を掴んで観客達に礼をした。観客達はフルーラの曲に拍手を送り、シロナ達もそれに続いた。

 

するとフルーラはステージから降り、シロナ達の前に駆け寄ると芝居じみた口調で語り始めた。

 

「天地怒り!世界の破滅が訪れる時、海の神現れ、優れたる操り人と共に神々の怒り鎮めん!カイム様…貴方か本当に優れたる操り人だというのなら、わたし達にその証拠を見せてください!」

 

そう言ってフルーラはカイムの腕に手を添えようとするが、カイムは両手を上げてシロナの方へ後ずさる。フルーラがきょとんとした顔を向ける中、カイムは苦い顔をしながら言った。

 

「最初に言ったが、優れてるのは俺じゃねえ。シロナ(こっち)な」

「あ、そうだったね。じゃあ、お姉さんに頼もうかな」

 

一応、伝統なのだろうがあまりにも軽い対応を見せるフルーラにシロナは苦笑した。現代の人から見たら、やはりこういうしきたりは面倒に見えても仕方ないのかもしれない。特に子供のフルーラであれば尚更だ。

 

「あ、あたしフルーラ。よろしくね、お姉さん」

「ええ、よろしく。それで?証拠って?」

 

この島ではポケモントレーナーが希少である以上、バトルをするのではないとシロナは考えていた。つまり、別の何かがある。そう予想するのが妥当だろう。

 

「大したことじゃないの。近くの三つの島にある祭壇に祀られている宝を取ってきて、この島にある祭壇に納める。それで最後にあたしが神々に捧げるこの笛を吹いて、それでおしまい」

「なるほど…炎、氷、雷の三つの島ね。そこにある祭壇にいって宝を取ってきて、本島にある祭壇に捧げる。これが伝統文化ね」

「さすが学者さん。話が早くて助かるわ。じゃ、そういう感じでよろしくね」

「フルーラ!」

 

姉がフルーラに何か言いたそうにしているが、当の本人は全く気にした様子を見せずに果物に齧り付いている。姉が真面目故かはわからないが、この姉妹は随分と性格が異なり、同時に島に残る文化への態度も違うらしい。

 

「それで、島にはどうやっていくの?」

「島までは船が出るわ。だからお姉さんのやることは、せいぜい祭壇まで登ることくらいね」

「いいわ。じゃあすぐに行きましょう」

 

そう言って立ち上がるシロナにフルーラは驚いた表情を浮かべる。まさかこんなすぐに行こうとするとは夢にも思っていなかったらしい。

対してカイムは『やっぱりか』というように小さくため息を吐いた。

 

「この島の文化を直接体験させてもらういい機会だわ。島にある祭壇がどんなものかも気になるし、早くこの目で見てみたいの。行けるなら今から行きたいわ」

「船はどーすんだよ」

 

いくらシロナといえど、船の操縦はできない。イサナであればできるのだが、あれは規格外だ。誰かに操縦してもらわないと、たどり着くのはなかなか厳しい。

カイムがそう考えて聞いた言葉に対して、別の席にいたここまで連れてきてくれた船長が声を上げる。

 

「あたしが出すよ。じゃあまずは火の島からにしようか。時間があれば他の島にも今日のうちに行っちゃおう」

「ありがとうございます、船長さん」

 

船の確保ができたところで、シロナはカイムに目を向ける。

 

「カイムはどうする?」

「…俺は残る」

 

カイムの答えにシロナは意外そうな顔を見せる。カイムのことだし着いてくるのだろうな、と考えていたが、カイムの答えは予想とは異なるものだったからだ。

 

「三つの島についてはシロナが記録を残してくれるだろう。だから俺は先に本島にある祭壇の記録を残しておく。滞在期間がそんな長くない以上、効率よく記録を残さなきゃならん。それに…」

 

そこでカイムは一度言葉を切ると、腰につけているモンスターボールに目を向けた。

 

「さっきからポケモン達がなんかざわついている。なにかあったのかもしれん。少し様子を見たい」

 

先ほどからボールの中にいるポケモン達がずっとそわそわしている。先ほどまで外にいたメタグロスも何かを感じ取ったのか、ずっと海の方を見ていた。

ポケモン達は人間と比べて遥かに感覚がいい。故に人には感じられない何かを感じ取っている可能性もある。カイムとしてもそんなポケモン達を見て胸騒ぎがするため、それを把握しておきたい気持ちが強くなり同行を拒否した。

 

だがシロナとしても思うところはある。なんとなく空気が変わった感じがしていたため、カイムの考えていることが理解できた。

 

「わかったわ。じゃあそっちの調査、任せるわね」

「ああ」

「話は纏まった?じゃあ行こうか」

「お願いしますね」

 

そう言ってシロナは船長と共に港方面へ歩いていった。

残されたカイムにフルーラは聞く。

 

「いいの?一緒に行かなくて」

「ああ。こっちはこっちでやることをやる。あんま時間もないしな」

 

カイムはシロナが歩いていった海の方に目を向ける。

どことなく胸騒ぎを感じる空気を感じながら、カイムは荷物を掴むと席を立ち、本島にある祭壇のある方向へ歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

ブラッキー、バシャーモと共にカイムは祭壇にたどり着く。石柱に囲まれた開けた空間であり、海がよく見える岬に祭壇はあった。

 

「ここが祭壇か」

 

確かに伝統のある建造物のようだ。年季は入っているが、島民によってきちんと手入れされているのがわかる。

 

カイムは祭壇の記録を取る。石の材質、祭壇全体の構造、刻まれた模様など細かい部分まで入念に記録していく。

そうして記録を取っていると、風が強くなってくるのを感じる。顔を上げると、天候が悪くなってきているのが見えた。

 

「……なんか、変だな」

 

急遽このアーシア島に来ることになったのも、元はといえば予定外の事態。突然の天候の変化によってここまで流れてきたため、当初の予定はかなり狂ってしまっていた。

同時に、こうなってしまっていた気候の変化もカイムは違和感を感じていた。元々このオレンジ諸島は気候の変化が穏やかな傾向がある。無論嵐が起きないというわけではないが、それでもここまで急激に天候が何度も変化してくるのは何かおかしい。もしかしたら、何かが起こっているのかもしれない。

 

そう考え込んでいると、突如背後から声をかけられた。

 

「人。珍しい」

「っ⁈」

 

突然声をかけられ驚きながらカイムは振り返る。そこにいたのは、ヤドキングだった。

 

「ヤドキング…?」

「君、優れたる操り人?」

「操り人…トレーナーではあるが、この島のしきたりとやらに参加してるのは俺じゃない。シロナだ」

「なるほど、もう一人いるのね」

 

ヤドキングはそのままカイムから視線を逸らし、海に目を向ける。黒い雲がかかり、風が強くなり始めている。じきに雨も降ってくるだろう。

 

「困ったなぁ…」

 

しょんぼりしながら視線を落とすヤドキングにカイムは聞いた。

 

「なんかあるのか?」

「このままだと、世界が終わる」

「………は?」

 

あまりに唐突な言葉にカイムは思わず変な声が出てしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、シロナは船で火の島へ向かっていたのだが、突然の暴風雨に見舞われてしまっていた。

 

「くっ…これっぽっちの距離進むだけでこんなに苦労するなんてね!」

「まさかこんな急に天気が変わるなんて…!」

 

船長はこの周辺で長らく船乗りしているが、ここまで急激に天候が変わる事例は見たことがなかった。このあたりは気候の変化が穏やかな方なのだが、こんな急激に天候が変わることなど過去にはなかった。

 

「おかしいわ…このあたりはこんな急に天気変わる地域じゃないのに」

「この周辺って、何か特殊な海流とかってあったりしますか?」

「え?海流?」

「はい。気候は、海の影響を大きく受けます。その逆もそうですけど、天気がここまで急に変化するということは、多分海に何かあったのかと考えたんです」

「なるほど…それはそうね。確かに海の天気は、海の影響を大いに受けるわ。それで海流の話だったね」

 

船長は荒れ狂う海を進む船をどうにか制御しながら答える。

 

「このあたりはね、深層海流っていう海流が流れているの」

「深層海流?」

「そうよ。深層海流は生命の起源ともいわれている海流でね。まあそれ自体は本当かどうかはわからないけど、全世界の天候に影響を与える海流だと言われているわ。そして、その海流はこのオレンジ諸島が中心なの」

 

深層海流は全世界に流れが繋がっており、世界中の天候を左右するものだった。この海流に異常があれば、気候にも異常が起きるのだとか。

 

「じゃあ、その深層海流に異常が?」

「そうかもしれないけど、今までそんなこと一度もなかった。どうして急に?」

 

過去の歴史を見ても、この海流が異常をきたしたことはなかった。記録に残されているよりも前ならばあったのかもしれないが、少なくとも記録に事例はない。仮に深層海流になにかあったのだとしたら、余程のことが起こっているのだとわかる。

 

「何かあった。そう考えるのが妥当ね」

「でも何かって、何?」

「……海流の起源とか」

「起源?」

 

シロナとしてもこの深層海流についての知識がなさすぎる。ただ海流に異常をきたすとしたら大体が外的要因だ。故にそうなのではないかと、シロナは予想した。

 

そこで大きく船が揺れる。雨は止んできたが、風はより強くなる。あまりにも強い揺れにシロナは船にしがみついた。船が浮き上がり、岩を飛び越える。その瞬間に、『バキッ』という何か嫌な音が響いた。

 

「船尾が!」

「やられた!舵が効かない!」

 

荒れた海を舵が効かない状態で行くなど自殺行為。だがどうすることもできない以上、とにかく海に投げ出されないようにしがみつくしかシロナ達にはできなかった。

 

そのまま船は火の島に投げ出される。幸いなことに、岩に衝突して木っ端微塵になるような事態にはならなかったが、船は陸に打ち上げられてしまった。舵の効かない船で海に出ることはできない。何にしても、アーシア島へと戻る術をシロナ達は失ってしまった。

 

「はあぁ…シロナさん、大丈夫?」

「ええ、大丈夫。でも船が…」

 

船の船尾が壊れてしまった。船の修理の相場などどれくらいになるのかシロナは知らないが、二束三文程度でどうにかなるものではないだろう。シロナが悪いわけではないが、責任を感じてしまう。

そんなシロナの表情を見た船長は明るく笑った。

 

「やーね、シロナさんのせいじゃないよ。確かに大事な仕事道具だけど、こういうことって海相手に仕事してたらいつ起きるかわからないからちゃんと保険にも入ってるよ。それに、今回のことなら多分保険金の他に補助金も降りるからあたしが払う分はそんなに無いはず」

「…すみません、ありがとうございます」

 

何であれ、シロナがこの原因を作った一因であることに変わりはない。申し訳ないことをしてしまったと内心で悔やみながら島に目を向ける。

島は相変わらず強い風が吹いており、尋常ではないことがよくわかる天候だった。島の頂き部分に繋がる階段が見えるが、そこは特別崩れたりしていないため通ることはできそうだ。

 

「宝とやらを取ってきたいところだけど…危険かしら」

「おススメはしないね。何があるかわかんないし」

「ですよね」

 

シロナとしては是非行ってみたいところだが、この気候だと行くのは憚られる。諦めて船長と共に船に残ろうとした時、ボールからガブリアスが飛び出してきた。

 

「ガブリアス?どうしたの?」

 

突如出てきたガブリアスは、島の頂き部分に目を向けると鳴き声を上げてシロナに何かを伝えようとしてくる。長年連れ添った相棒の言葉とジェスチャーもあり、シロナはガブリアスが何を伝えたいのか即座に理解した。

 

「登れってこと?」

 

シロナの言葉にガブリアスは頷く。ガブリアスの視線を追ってシロナは島に視線を向けた。ごうごうと唸る風が島に吹き付けており、普通ならとても登る気にはなれない。しかしガブリアスの目は真剣そのもの。長年連れ添った相棒のことをシロナは信じることにした。

 

「船長さん、私行ってくるわ」

「はあ⁈本気⁈」

「ええ。私のガブリアスは、何の根拠も無しにこんなことさせない。ガブリアスを信じるわ」

 

シロナの硬い意志の宿る目を見て、船長はやれやれと息を吐くと頷いた。

 

「止めても行くんでしょ?好きにしなさいな。シロナさんなら、多分大丈夫でしょうから」

「ありがとう。あ、そうだ」

「ん?」

「カイムが来たら、上にいるって伝えてくれる?」

 

シロナの言葉に船長は目を点にする。カイムはここに来ていないし、そもそもここに来ることを自分から拒否した。来るとは思えない。

 

「え?彼、来るの?」

「来るかも、くらいだけどね。じゃあ頼みますね」

 

そう言ってシロナはガブリアスと共に船を降りた。そして階段を駆け上がっていく。

その後ろ姿を見て船長はやれやれといった様子でため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、島に残っていたカイムは雨に濡れながら宴会場に戻ってきた。

 

「あ、お兄さん!」

「降ってきたな」

 

カイムは持ってきていたタオルで濡れた服や髪をふく。外は強い雨風が吹き付けており、宴会場を照らしていた松明を消してしまうほどの強さになっていた。

 

「随分、難しい祭りになってきたな」

「…毎年やってるけど、こんなの初めて。難しくないはずなのに…そもそもこんな天気なんてこのあたりじゃほとんどない。何が起こっているの?」

 

この周辺ではこんな強い嵐はかなり稀。一年に一回あるかどうかもわからないほどの気候だ。加えてたった今スマートフォンに通知の入った世界中の気候状況を見たカイムはフルーラの言葉を考慮して僅かに思案する。周囲の状況、海域、世界の状況を含めて考えていく。

 

「…フルーラ、この周辺海域の特徴を教えてくれ」

「え?」

 

カイムの言葉の真意がわからず、フルーラは思わず聞き返す。

 

「この周辺の海域に何か特徴とかないのか?例えば…海流とか」

 

『海流』という言葉を僅かに強調しながらカイムはフルーラに問いかける。フルーラはカイムの言葉を聞いてそういえば、といった様子で頷いた。

 

「ああ、うん。あるよ。あの周辺の海にはね、深層海流って呼ばれてる海流があるの。世界中を巡ってる海流で、このあたりが海流の原点なの。天候にも大いに影響…」

 

そこでフルーラは言葉を止める。そして何かに気づいたようにカイムを見た。

 

「まさか…深層海流が?」

「そう考えるのが妥当だろう」

「カイムさん…気づいていたの?」

 

カイムは肩を竦めながら首を振る。

 

「気づいていたって表現は的確じゃない。今気づいたってのが的確だな。オレンジ諸島に来る前に、少しこの周辺について調べた。その時に深層海流のことが少し書いてあって、今お前が言った『海流の原点』って言葉で確信に変わった」

「すご…さすが学者さん」

「まだ半人前だがな」

 

カイムはそこで言葉を切ると、フルーラに向き直る。

 

「何があったのかはわからんが、何かはあった。どうにかしないとやばいと思う。この島の伝承に何か手がかりはないか?」

「伝承に?」

「この島の側にそんなやばいところがあるんだ。過去に何かあってもおかしくねえだろ」

「それはそうだけど…この島にある伝承はさっき舞台で言ったやつだけだよ」

「… 天地怒り、世界の破滅が訪れる時…海の神現れ、優れたる操り人と共に神々の怒り鎮めん、か」

 

先ほど聞いた伝承。それがアーシア島に伝わる伝承らしい。他にもあるのかもしれないが、おそらくこれが一番大きな手がかりになるものなのだろう。

 

「天地怒り、世界の破滅が訪れる時…破滅するかどうかはわからんが、今の状況に近い。優れたる操り人ってのはシロナで、神々は…」

「ファイヤー、サンダー、フリーザーのこと。アーシア島周辺の三つの島に存在すると言われているわ」

「なるほど。そんで?『海の神』ってのは?」

 

カイムの問いにフルーラは首を振る。どうやらフルーラでも海の神のことは知らないらしい。

 

「そうか…なら、とりあえずシロナのとこに行くとしよう」

「え?なんで?」

「こんな現状で海に出たやつを放っておけるか」

 

原因となった場所がこのアーシア島周辺かどうかはわからない。しかし可能性がある以上放ってはおけないし、何よりこの暴風雨の中なんの準備もせずに出向いていったシロナを放ってはおけなかった。ここまで酷いと二次災害の可能性もあるが、だとしてもカイムはシロナを放っておくことなどできそうもない。

 

そう言って荷物を背負い直すカイムの背中にフルーラは言葉を投げかけた。

 

「あたしが連れてく!シロナさんのところに」

「…船の運転は?」

「アーシア島の子はね、船が揺籠なの。船の運転なんてみんなできるわ」

「この嵐でもか?」

「その風の間違いじゃない?」

 

不敵な笑みを浮かべるフルーラにカイムは頷いた。

 

「頼むぞ」

「ええ!じゃあお姉さん、船借りるわよ」

「お前の船じゃないんかい」

 

カイムのツッコミは嵐の風にかき消された。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

暴風雨をくぐり抜け、火の島にたどり着いたカイムとフルーラだったが、状況は最悪だった。

 

「……どうすんだこれ」

 

カイムとフルーラが乗った船は、火の島の海岸に座礁していた。フルーラの操縦技術はあのイサナよりも上だった。押し寄せる波をくぐり抜け、暴風を読んで嵐の海を進んできた。しかし最後の最後で強風にあおられ、船が浮き上がって座礁してしまった。

それを見た船長が船から出てきて手を振ってくる。

 

「カイム君!助けに来てくれたんだ!」

「シロナは?」

「シロナさんなら階段登っていったわ…というか、助けいる?」

「…おい、どーすんだこれ」

 

座礁した以上、船で移動は難しい。船をメタグロスの『サイコキネシス』などで動かすにしても限度がある。加えてこの荒れた海では船を停泊させておくことも難しい。

なにかをガチャガチャといじっているフルーラにカイムがそう問いかけると、フルーラは不敵な笑みを浮かべながらレバーを引いた。

 

すると船のボンネット部分が開き、マストが現れる。そこから帆が張られ、荒れる風を受けて船を浮き上がらせた。

 

「は?」

 

突然浮き上がった船にカイムは事態が理解できず声を上げる。理解の追いつかないカイムを他所に、船は風を受けて階段に着地した。

 

「おい、船の使い方間違えてねえか」

 

強烈な振動に耐えながらツッコむカイムだが、フルーラは全く気にしないような笑みを浮かべながら船の進路を細かく操作している。

 

「動くならそれでいいわ!走るよりはるかに速いもの!」

「これ、お前の船じゃねえんだろ?いいのかよ」

「いいわよ!この船、もう処分する予定のだったから壊してもいいってお姉さんに言われたわ!」

「そーかい。何にしても無茶苦茶やるな」

「そんなこと言って、誰よりもこの上に速く着きたいくせに!」

 

若干冷やかすような口調のフルーラだが、一切動じることなくカイムはいつもの調子で答えた。

 

「ああ、シロナがいるんだ」

「…だと思った。じゃ、どんどん行くよ!」

 

予想はしていたが、カイムが想像以上にシロナのことを大切にしている。そしてそれを全く隠そうともしないことにフルーラは苦笑するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カイムが船で階段を爆走している真っ最中、シロナとガブリアスは山頂にある祭壇にたどり着いた。

 

「ここが火の島の祭壇…」

 

こんな天候でなければじっくりと調査するところだが、今はそうもいかない。ガブリアスはのしのしと歩いて祭壇に近づいていき、シロナもそれに続いた。祭壇は鳥のような形をした像が立っており、その像の口には赤い珠が挟まっているのが見える。

 

「…これは?」

 

ガブリアスはシロナに視線を向け、促すように鳴いた。ガブリアスの真意をなんとなく理解したシロナはガブリアスに聞く。

 

「これを、取れってこと?」

 

シロナの問いにガブリアスは頷く。それを見たシロナは手を伸ばして赤い珠に手をかけた。

 

「くっ…」

 

思った以上に固く挟まっている。なかなか抜けそうにないが、シロナもカイムほどではないにしてもそれなりに鍛えている。この程度で屈することはない。

 

「はっ!」

 

気合と共に渾身の力を込める。すると像の口から珠が抜けた。

勢いを殺しきれず後ろに倒れそうになるが、シロナの体をガブリアスが受け止めた。

 

「ありがとうガブリアス」

 

ガブリアスは口角を上げて頷くと、シロナを立たせた。

シロナは自分の手に収まった珠を見つめる。像の口に収まっていた時はただの透明な赤い珠だったが、今は珠の中に炎のような光が宿っていた。

 

「これは…何かしら」

 

ガブリアスに視線を向けるが、ガブリアスはただじっとシロナのことを見つめるだけ。どういうものかはわからないが、とりあえず必要なものであることを理解したシロナは、ジャケットのポケットに珠をしまった。恐らくフルーラが言っていた三つの宝の一つだろうとシロナは予想した。

 

用は済んだため船長の元へ戻ろうと階段に向かおうとした瞬間、何か大きなものが近づいてくる音を聞いた。

 

「…何?」

 

警戒したように身構えたシロナの目の前で階段を船が飛び越える。あまりに突飛な状況にシロナの思考は一瞬フリーズしてしまう。

着地した船からはフルーラとカイムが顔を出した。

 

「カイム!」

「おお…シロナ……無事か?」

「貴方の方が無事じゃなさそうだけど…私は大丈夫よ」

 

あまりに異常な事態にカイムの顔はげんなりしていた。結局それなりに長い階段をヨットで登ってきたという異常な行動にカイムは終始冷や汗をかきっぱなしだった。なんとか登って来られたからいいものの、どこかで重大な事故になっている可能性もあった。カイムがげんなりしていても仕方ないだろう。

 

「あ、シロナさん!無事みたいだね」

「フルーラ。ここまで来るなんて」

「あたしが原因でこんなとこに来ることになったんだもん。助けに来るわよ。というか!こんな天気なのになんでこんなところまで来てるの⁈」

「あー…ごめん」

 

別にシロナが自分の意思で登ってきた、というわけではない。ガブリアスに促されたから登ってきたのだが、いちいちそれを説明するのも時間の無駄だし結果的にシロナは登ることを承諾した。自分の意思だと思われても差し支えないだろう。

 

「ったく…心配かけやがって」

「あら?ダークライの事件で誰よりも心配かけた人に言われたくないわね」

「………すみませんでした」

「へー…そういう感じ」

「…今の会話でなんかわかるのあったか?」

 

フルーラにダークライの事件に関してはなにも話していない。だが今の僅かな会話で何かをフルーラは察したらしい。

 

「うん。なんの事件かはわからないけど、カイムさんがシロナさんのことを好きってことはわかったよ」

「そーですけど何か?」

「うわ、躊躇なく惚気るじゃん」

 

揶揄うつもりだったが、まさかこんな躊躇なく言うとは思わなかった。本当に好きなんだなぁ、と思いつつ、フルーラは苦笑した。

 

「んなことはどーだっていい。ほれ、とっとと戻るぞ」

「それはいいけど…どうやって?」

「どーすんだ?」

「………どーしよっか」

 

フルーラの突貫によりここまで来られたはいいが、戻る方法を考えていなかった。フルーラがあまりにも自然に突貫するものだから、てっきり戻る方法も考えているのだとカイムは思っていたが、どうやら違うらしい。

 

「……うん、どーすっか」

 

フルーラに策がないことを悟ったカイムは遠い目をしながら空を見上げた。

 

その瞬間、雷が空を走る。雷と共に現れたのは、黄色い体躯の巨大鳥だった。

 

「サンダー⁈どうしてここに⁈」

 

現れたのは雷の力を司るポケモン、サンダー。サンダーは凄まじい雷を放ちながら祭壇の上に留まり、島全体を雷の力で包み込んだ。雷の力で周辺が青白く輝き、地面を雷が迸った。

 

「エレキフィールド…でも、こんな密度で展開されるなんて」

 

エレキフィールド自体はそこまで珍しいものではない。ポケモンによってはエレキフィールドを展開し、自身の火力の底上げを行うこともできるポケモンも存在する。特にガラル地方ではダイマックスした際の電気技『ダイサンダー』の副作用としてエレキフィールドはかなり身近なものだ。

しかしこれほどまでの密度で展開されることはない。あまりの密度の高さに立っているだけで肌に電気が走る感覚がするほどだ。伝説のポケモンが持つエネルギーの強さを実感できる瞬間だった。

 

だがそれよりも、雷の島で祀られているはずのサンダーが何故火の島にいるのか。そちらの方が遥かに大きな問題だった。

 

「フルーラ、サンダーって雷の島で祀られている存在…で合ってるわよね」

「はい。でも、なんで火の島に…」

(火の島にいるのは多分、ファイヤー。だとしたらファイヤーの領域であるはずの火の島にサンダーが入ってもファイヤーが出てこないのは何故?何か、何か理由があるはず)

 

こうしてサンダーが別の領域にいるにも関わらず、ファイヤーが出てこない。その理由としてシロナは二つの仮説を立てた。

一つは、ファイヤーがサンダーに負けて出て来られないという説。どういった理由かは不明だが、ファイヤーとサンダーが争い、結果としてファイヤーが負けたからこうなっているというもの。

もう一つは、そもそもファイヤーがこの島にいないという説。なんらかの理由でファイヤーがこの島からいなくなり、その結果主人がいなくなった島をサンダーが支配しに来たという説だ。

 

(もしどちらかの理由だとしたら、今世界中で起きている異変についても説明がつく。エネルギーのバランスが崩れた…それが深層海流に異常を起こし、結果として世界中の天候がおかしくなった。辻褄が合ってしまう)

 

今回の異常気象。最初はこの周辺だけかと思ったが、もし深層海流に異常があるのならその規模は全世界に及ぶことになる。実際シロナのスマートフォンにも全世界で異常気象が発生していることが通知されていた。深層海流、異常気象、そして火の島にいるサンダー。これらを組み合わせた結果、シロナの中で全てが繋がってしまった。

 

サンダーは気が立っているのか、雷をずっと放っている。放たれた雷が島全体を覆っていたが、その雷が突如上空に吸い上げられていった。

 

「は?」

「何⁈」

 

シロナ達が空を見上げると、雲の中から巨大な空中要塞が現れた。

巨大な空中要塞に呆気に取られていると、要塞の底部が開く。そこからリングのようなものが飛んできた。

 

「…なんだありゃ」

「いい予感はしないわね」

 

リングは雷を発していたサンダーに向けて飛んできた。サンダーは跳び上がり、雷を発してリングから逃げるが、リングは雷を完全に無効化して全く効いてる様子がない。加えて追跡機能も相当高度なものになっており、サンダーの飛行能力を持ってしても逃れることはできなかった。囚われたサンダーは空中要塞にそのまま運ばれていく。

 

それをただ見ているしかシロナ達はできなかったが、余ったサンダーを捕らえるためのリングが突如シロナ達のもとへ飛んできた。

 

「……え?」

「マジかよ」

 

逃げる間もなく、シロナ達は船ごと拘束されてしまい、サンダー同様に空中要塞に吸い込まれていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

吸い込まれたシロナ達は、ケージのようなものに押し込まれ、まるで博物館のような場所で拘束されていた。

シロナ達がいるケージの隣には先程囚われたばかりのサンダー、そしてファイヤーがいた。どうやらシロナの予想通り、ファイヤーは既に火の島にいなかった。だからサンダーが火の島に出てきたのだろう。

 

フルーラが周囲を見渡すと、すぐそばに一つ見覚えのある古文書のようなものが展示されているのが目に入った。

 

「これは…」

 

フルーラは古文書に書かれた文字を読む。

 

「火の神、雷の神、氷の神の力の調和…それに、海の神って…」

 

アーシア島に伝わる伝承。そこにも『海の神』について残されていた。しかし、この海の神について詳しくは全く残されていない。この海の神が何を示すのかはわからないが、今回の事件の鍵になるのではないかとフルーラは考えた。

対してシロナはファイヤーが囚われているバリアに目を向ける。まるで展示品のような扱いを受けるファイヤーを見て顔を顰めるが、そこでプレートのようなものがあるのが視界に入った。

 

(プレート…書かれているのは、捕獲日と捕獲場所…捕獲日は、私たちが来る二日前。なるほどね)

 

ファイヤーの捕獲日を見て、シロナはこのアーシア島周辺が原因だと確信した。

そこまで考えたところで、天井の一部が開き椅子と共に一人の男性が降りてくる。男性はシロナ達の目の前まで歩いてくると口を開いた。

 

「招待状もなくここまできたのは、君たちが初めてだ」

 

落ち着いた男性の声にシロナは目を細める。

 

「貴方、誰?ポケモンをゲットしたいなら、モンスターボールを使うって知ってるかしら?」

 

シロナの煽りに男性は反応することなく、薄く笑う。

 

「私はポケモントレーナーではない。私は、コレクターだ。実物をこの目で見てこそ、コレクション足り得るのだ。どうだね?火の神ファイヤー、雷の神サンダー…私のコレクションだ。君たちにこの美しさがわかるかね?」

「悪趣味極まりねえコレクターだな。ポケモンをこんな形で捕まえてほくそ笑むような下衆としか思えん。どーせなら石のコレクションに変えてみたらどうだ。詳しい奴を知ってるぜ」

「石か…ああ、石にも美しく、私のコレクションにふさわしいものがあることも知っている。例えば……心の雫、といったか。あの宝石は私のコレクションにふさわしい」

 

それを聞いた瞬間、シロナとカイムの全身から殺気が放たれる。二人にとってアルトマーレに住むあの兄妹は大切な友人。そして、心の雫がどういったものなのかを理解している。だから心の雫を自分の欲望のためだけに扱おうとする目の前の男を許せなかった。

 

「てめえあの石に…あの街に手ェ出してみろ。ただじゃおかねえぞ」

「む?君はあの土地に縁があるようだな。あとでじっくり話を聞かせてもらいたい」

「…………クソが」

 

珍しく怒りに表情を歪めるカイムの視線を涼しげに流した男性は、カイムの隣にいるシロナに目を向けた。

 

「しかし、まさかシンオウ地方のチャンピオンがいるとは」

「…貴方に知られててもうれしくないわね」

「ふむ…なかなか美しいな。人はコレクションする趣味はないが、ここに置いておくくらいはいいだろう」

「人の女をコレクション扱いしようとしてんじゃねえ。潰すぞ」

 

カイムの本気の殺気が男…ジラルダンを襲うが、ジラルダンはその殺気すらも涼しげに受け流した。

 

「諸君の扱いは追って考える。今、私は少々忙しくてね。私のコレクションを見て退屈を凌いでおいてくれ。ああコレクションは見るだけで、手は触れないように。それがマナー…エチケットというものだ」

「人としてのモラルがねえ奴がマナーとか語ってんじゃねえ。片腹痛えわ」

「…ふむ、君は邪魔だな。あとで消すか」

 

そう言ってジラルダンは椅子へと戻っていく。そこで足元からホログラムが出現し、電子音声が響いた。

 

『フリーザーが移動を開始しました』

「出てきたな、氷の神」

 

そう呟いてジラルダンは余裕の笑みを浮かべながら上の階へと戻っていった。

 

残されたシロナ達はジラルダンがいなくなったことを確認すると目を見合わせる。

 

「どうにかしないと」

「このままじゃ、伝説が現実になっちゃうわ!」

「伝説…っていうのは、世界が破滅する云々ってやつか」

「うん… 天地怒り、世界の破滅が訪れる時、海の神現れ、優れたる操り人と共に神々の怒り鎮めん…今まさに、世界は破滅に向かっているところよ」

 

深層海流が乱れたことにより、全世界で異常気象が発生している。それによってポケモン達が大移動を開始していた。野生のポケモン達ではどうすることもできないが、この事態を放置などできない。そんな感情から大移動が起こっていた。

無論シロナ達はそれを知らない。だが、シロナは世界がおかしくなっていることを肌で感じ取っていた。

 

「とりあえず出るか」

 

話をするにしてもこの狭苦しいケージの中では話しづらい。そう判断したカイムは、ケージの隙間から手を出してボールからバシャーモを出した。

 

「バシャーモ、つばめがえし」

 

バシャーモは腕を強化し、高速の二連撃を放つ。ケージの鉄柵は綺麗に切り裂かれ、そこからシロナ達は抜け出した。

 

「うわー…すっごい」

「で、どうすんだ?俺としちゃアレを今すぐにでも殴りに行きたいんだが」

 

カイムは天井を指差しながらそう言う。あの男はほとんど怒ることのないカイムから相当の怒りを買ったらしい。

だがカイムとて今一番必要なことがそれではないことくらい理解している。だからそうシロナに問いかけた。

 

「とりあえずファイヤーとサンダーを解放しましょう。彼らが抜け出して元に戻れば、海流の異常だけは収まるはず」

「…だといいがな」

「え?」

「こんな目に遭わされたあいつらが、『人間』という種族にブチギレていたり、互いの領域を侵されたことに怒り心頭だったりする可能性もあるんじゃねーかなって」

 

カイムの言うように、あの男のせいでこの事態が引き起こされた。それによりファイヤー達が人間を見限り、その流れで互いの領域を侵略したことに怒っている可能はないとは言えない。

だが、この事態を解決するためにはどこかで彼らを解放しなければならない。そんなことはカイムも理解しているが、どの手順でそれを行うことが最善なのかはシロナにもカイムにもフルーラにもわからなかった。

 

「でもここでやるしかないわ。あの男がファイヤー達を持ち逃げする可能性だってあるんだから」

「…だな。じゃあやるか」

 

カイムはバシャーモに目を向ける。カイムの意図を理解したバシャーモは頷くと、全身に強烈な炎を纏った。

 

「フレアドライブ」

 

バシャーモが『フレアドライブ』でファイヤーが囚われているバリアに突撃する。しかしバシャーモの攻撃力を持ってしても、バリアはびくともせず健在なままだった。

 

「かった。マジかよ」

「相当な硬度ね。ポケモン単体の力では突破できないかも」

 

ファイヤーもサンダーも、伝説のポケモンであり並のポケモンでは出すこともできない出力で力を出せるのに、抜け出せていない。つまり普通のポケモンではまず突破することができないとシロナは判断した。

 

「はあ…できればやりたくなかったけど仕方ないわね。ミロカロス、ポリゴンZ、お願い」

「……お前、まさか」

「仕方ないわ」

 

シロナの意図を理解したカイムは顔を引き攣らせる。だが代替案を出せない以上、カイムはシロナの意図を止めることはできない。

 

「カイム、頼んでもいい?」

「…わーったよ。バシャーモ、ちと無理させるぞ」

「ごめんなさいフルーラ。危ないから下がってて。ガブリアス、念のためフルーラのカバーを」

「え?あ、はい」

「バシャーモ、いけるか?」

 

バシャーモが頷くのを確認すると、シロナと共にポケモン達へ指示を出した。

 

「ミロカロス、ハイドロポンプ。ポリゴンZ、10まんボルト」

「バシャーモ、かえんほうしゃ」

 

三匹が同時に技を出す。技は互いにぶつかり合いながらファイヤーを捕らえるバリアへぶつかる。

少しの間の後、凄まじい爆発が起こる。爆発の衝撃でバリアが壊れ、リングが地面を転がった。

 

「よし、成功ね」

「時々シロナってぶっ飛んだことするよな」

「ふふ、嫌い?」

「まさか」

 

目の前でいきなり糖度の高いやりとりを始める二人にフルーラは目を白黒させる。何が起こったのか全く理解できていないフルーラにシロナは苦笑しながらフルーラに声をかけた。

 

「ごめんね、驚いたわよね」

「な、何が起きたんですか?」

「水を電気で分解して、火をつけたの。水は水素と酸素から構成されているから、それを電気で分解。水素は引火すると爆発するからそれを利用したのよ」

「……はあ」

 

フルーラはイマイチ理解していないようだが、それをわざわざ理解させる必要はない。

それよりも、爆発によって出てきたファイヤーとサンダーが暴れ出して要塞を破壊し始めた。それにより要塞は落下していく。

 

「…落ちてるよな」

「落ちてるわね」

「…ま、なるようになるか」

 

自分がいる場所が落下している。だというのに二人は驚くほど落ち着いていた。そんな二人を見て『なぜこんなに落ち着いているのだろう』とフルーラは内心で突っ込んでいた。

この二人は普段からポケモンに乗って飛んだりしているし、街全体の機能が停止するような自体でも冷静に対応することができる。そのためファイヤーとサンダーを解放した結果、この要塞が落ちることくらい予想していたため焦るようなことはなかった。

 

少しの間の後、要塞が雷の島に落下する。本来なら衝撃でシロナ達は多大なダメージを受けることになるが、ポリゴンZの『でんじふゆう』の力で瞬間的に宙に浮くことで衝撃を軽減させた。

 

不時着した衝撃で要塞の壁が崩れる。そこから外が見えたため、シロナ達は要塞の外へと抜け出した。

 

「トゲキッス!フルーラをお願い!」

「ムクホーク!シロナを乗せて飛べ!バシャーモ!着地フォロー頼んだ!」

 

フルーラはシロナのトゲキッスが背中に乗せて飛び、シロナはカイムのムクホークに片手でぶら下がるように滑空していく。カイムは急な坂を滑るように降りていき、途中で坂から跳んだ。そのカイムに追随してバシャーモはカイムを空中で抱えると、足から出した炎で勢いを殺しつつ雪が降り積もる地面に着地した。

 

「助かったバシャーモ。ありがとう」

 

無事に着地できたことを確認したカイムは、バシャーモをボールに戻す。そしてシロナとフルーラもポケモン達から降り、地面に足をつけた。

そこで一息つける、と思ったのも束の間。崩れた要塞の一部がすぐ近くにあった祭壇を押しつぶした。

 

「ああっ!」

 

歴史ある建造物の一つ。それが無為に破壊されてしまう瞬間を見て、シロナは思わず声を上げる。歴史を研究する者として、歴史的遺産が破壊されてしまうことにシロナは悲しみと憤りを感じずにはいられなかった。

だがその喪失を嘆く暇はない。早く離れなければ要塞の崩落に巻き込まれかねない。

 

「シロナ!」

 

カイムの声に反応したシロナは頷く。すぐにその場から離れようと走り出そうとした瞬間、シロナの足元に何かが転がった。

 

「これは…」

 

シロナがそれを拾い上げると、転がったそれは火の島にあった宝の色が違う珠だった。シロナが手に取ると、珠の中で電気のような光が走った。恐らくこれが雷の島の宝なのだろうと納得したシロナはそれをポケットに突っ込んでカイムの元へ走る。

 

カイムはシロナの手を取ると、フルーラと共に要塞から落下していたフルーラの船に乗り込んだ。フルーラはシロナとカイムが乗ったことを確認するとエンジンをかける。その瞬間、要塞から脱出したファイヤーとサンダーの攻撃が岩壁を破壊した。破壊された場所から水が流れ出し、船を押し流していく。それを好機と見たフルーラは島を脱出しようと走らせるが、落下するであろう場所は完全に凍っている。このまま落ちたら、無事では済まないだろう。

 

「嘘っ⁈なんで凍ってるの⁈」

「やっべ」

 

カイムは咄嗟にまたムクホークを出そうとボールを取り出す。シロナもトゲキッスを出そうとボールを手に取るが、その瞬間海水の渦が海面から飛び出してくる。海水の渦は船を受け止めると、そのままアーシア島まで船を運んでいく。

 

「えっ…なにこれ」

「渦が…船を運んでる」

 

突然のことで三人は驚愕するが、三人の意思など関係なく船は進んでいく。そしてアーシア島の祭壇部分に到達すると、渦は船を投げ出した。

 

「うおっ⁈」

「ちょっ⁈」

 

突然投げ出されたことに三人はギョッとする。カイムが咄嗟にシロナの手を引き、フルーラを抱えて船から脱出した。なんとか三人は祭壇部分に着地できたが、適当に放り出された船は凍った海に落下して壊れてしまった。

 

「危ねぇ…なんだったんだ」

「とにかく助かったみたいね…」

 

一息ついて立ち上がると、目の前にヤドキングがいた。

 

「…え?ヤドキング?」

「お宝、あそこへ」

 

呆然としているシロナを他所に、ヤドキングは祭壇を指さす。何が何だかわからなかったが、『お宝』という言葉にピンと来たシロナは、しまっていた二つの珠を取り出す。そして祭壇に近づき覗き込むと、三つの突起のようなものがあった。その突起はそれぞれ火の島、氷の島、雷の島が見えるように配置されていた。

 

「なるほど、それぞれの珠を対応する島に置くのね」

 

配置に納得したシロナは、珠を祭壇に置く。その様子をヤドキングはにゅっと顔を出してきた。

 

「二つ?一つ、足りない」

「…確かに、氷の島には立ち寄ってない。だから珠は持ってないわね」

「あと、一つ」

 

その瞬間、三鳥の攻撃の余波が祭壇に向かってくる。三鳥の攻撃なだけあり、余波でも凄まじい威力を誇っていた。

 

「っ⁈」

「シロナ!」

 

咄嗟にカイムはシロナの手を引くが、無傷で凌ぐことはできない。ブラッキーを咄嗟に出そうとするが、間に合わない。

ここまでか、と目を閉じた瞬間、目の前に大きな渦が現れて攻撃を防いだ。渦の中を、何か大きな影が過ぎる。

 

「あれは…⁈」

 

渦が三鳥達を押し退けながら弾ける。

中からは白銀の姿の巨体が姿を現した。

 

「海の神…ルギア」

「ルギア…あれが!」

 

以前ジョウト地方の歴史を調べたことがあるため、ルギアの存在はシロナも認知している。しかしその姿は記録に僅かにしか残されていないため、シロナもよく知らなかった。初めて目にしたルギアの荘厳な姿に、三人は思わず息を呑んだ。

 

「あれが、ルギア…海の神」

 

ルギアは祭壇にいる一同を守った。そして突如現れたルギアに対し、三鳥は総攻撃を仕掛ける。ルギアは三鳥の攻撃を回避し、バリアで防ぐ。

だが目覚めたてのルギアでは、怒り狂う三鳥の苛烈な攻撃は防ぎきれない。三鳥の攻撃はバリアを貫通してルギアに大きな傷を負わせる。傷ついたルギアはそのまま海の中へ落ちていく。

 

「ルギアが!」

「目覚めたばかりじゃ、あいつらの攻撃は防げないか…」

「…海の神、世界を破滅から救わんと現れるが、されど世界を救うこと叶わず…」

「…ルギアでも、駄目なの?」

 

ルギアが落ちた場所に三鳥は総攻撃を仕掛け、穴を塞ぐ。

それを見たカイムは顔を顰めた。

 

「…あいつら、なんでこんなブチギレてんだ?ルギアにまでキレるのはいくらなんでもキレすぎだろ」

「世界の異変で、我を忘れているんだわ。簡単には収まらないわね」

「そもそも、世界の異変の原因は本当にこのあたりなのか?」

「ええ、間違いないわ」

 

シロナはカイムの問いに即座に断言して応えた。

 

「今、全世界で異変が起きてる。深層海流が全世界に流れてんだ。ここである保証は?」

「私たちがこの島に来た時、異常気象に見舞われたわ。あの時、まだ世界では異変は起こっていなかった。この周辺が、全世界で最初に異変が起こったの。そしてさっきの要塞でファイヤーが囚われていた日は、私たちが来る二日前。ファイヤーの力がなくなったことで、バランスが崩れてしまうまでの期間としては十分だわ」

「…なるほど。確かにそういうことなら辻褄が合うな」

 

いくら均衡が崩れたとしても、一瞬で全世界に異変が伝わるとは考えづらい。ファイヤー不在期間と異変が世界へ伝わるまでの期間…この二つからシロナはアーシア島周辺が異変の原因だと結論付けた。

 

「じゃあ、アーシア島に伝わる伝説の通りになってるってこと⁈」

「多分ね。彼らを鎮めないと、このまま世界は滅亡してしまうかもしれないわ。フルーラ、伝説に何か手がかりは無いかしら」

 

この中で最もアーシア島の伝説に詳しいのはフルーラ。ここでフルーラに聞くのは自然な流れだと言える。

 

「…伝説に関係あるのは、あの三匹と海の神ルギア、あとは宝とこの祭壇と…そうだ!この笛があるわ!」

「あのステージで吹いてた笛よね?」

「はい。この笛で…」

 

そう言ってフルーラは笛を取り出し、ステージで披露した曲を吹く。優しく笛の音は凍りついた海に響き渡り、世界の破滅を見届けにきたポケモン達の耳に届いた。その音色は攻撃を受けて傷ついたルギアにも届き、音色に呼応して傷が癒えていく。

そしてシロナ達の前に光り輝く渦が現れ、渦の中から再びルギアが現れた。

 

『礼を言おう。私を慰める笛を吹いてくれたことを』

「これは、テレパシー…」

 

声ではなく、音としてルギアの鳴き声が響くが、意味は頭の中に直接伝わってくる。ごく稀にポケモンが人語を話す場合もあるが、ルギアは鳴き声に自身の『意思』を乗せて伝えてきた。

 

『だがその笛だけではあの三匹を鎮めることはできない』

「じゃあどうすれば鎮められるんだ?」

『炎の島、雷の島、氷の島に納められている宝を祭壇に置き、海の笛と調和させることだ。それであの三匹を鎮めることなできる』

「海の笛…それって、あたしの持ってる笛のことよね」

『そうだ、海の巫女よ。三つの宝と海の巫女が奏でる笛…それらが世界を救うために必要不可欠だ。そして宝を持ち帰るのは、優れたる操り人…人間でなくてはならない』

 

ポケモンではなく、人でなければ世界は救えない。ルギアはそう言った。

宝を持ち帰るだけなら恐らくポケモンでも可能。しかしルギアは人でなければ宝を持ち帰れないと言った。宝を持った際、宝の中にエネルギーが走った。シロナはあのエネルギーは人が持った時でなければ発現しないのだろうと予想した。

 

「優れたる操り人ってことは…シロナのことか」

「…今の流れからすると、そうなるわよね」

 

苦笑しながらシロナは言う。

確かにシロナは現時点ではシンオウ地方最高のトレーナーと言える。しかしいくらチャンピオンといえど、世界を救うというのはあまりに重すぎる使命だ。

 

「私でなければ、いけないの?」

『お前である必要は本来はない。しかし、今現在お前以上に世界を救うのに近い人間はいない』

「…そうね」

 

シロナ達はただオレンジ諸島の文化を調査しにきただけ。だというのにまさかこんな事態になるとはさすがに予想もしていなかった。さすがのシロナでもすぐに理解して受け入れることはできず大きく息を吐いた。

そんなシロナに表情を悲痛に歪めたフルーラが言う。

 

「シロナさん…ごめんなさい。簡単なことのはずなのに、こんなことに巻き込んでしまって…」

「貴女のせいじゃないわ、フルーラ。確かに予想外だったけど、貴女は何も悪くないもの」

 

そう、本来ならフルーラの言う通りこの宝を集める儀式は何も難しくない。全てはあのコレクターが私欲のためにファイヤーを捕獲したことが原因である。フルーラは何も悪く無い。

 

「…世界を救う、か。さすがに重いわね」

 

シロナは、今まで沢山の経験をしてきた。しかし世界を救う経験など当然ないし、いくらチャンピオンといえどその使命はあまりにも重い。

 

「重いか?」

 

カイムはそう聞いてくる。その問いにシロナは頷いた。

 

「…ええ、正直重いわ」

「なら半分持ってやる。それでも重いと思うけど、俺が支える。今どうにかできるのはシロナしかいねえんだ」

 

たとえカイムが加勢したとしても状況は悪いまま。人間二人でどこまでできるかはわからないが、それでも最も信頼している存在が支えてくれるという事実にシロナの心は決まった。

 

「ありがとう。貴方がいれば、きっと大丈夫ね」

 

無論不安が消えたわけではない。しかし他にできる人間がいない以上、シロナがやるしかない。一人でやるのならきっと心は不安に押しつぶされてしまい、この決意には至らなかっただろう。

しかし隣にカイムがいてくれる。その事実がシロナの心を支え、世界を救う使命を果たす決心をすることができた。

決意を固めたシロナを見たカイムは頷き、モンスターボールを手に取りながら言う。

 

「じゃあ行くか」

「ええ。行きましょう」

 

シロナは頷くと、ルギアに向き直った。

 

「世界を救いに」

 

ルギアは、シロナの決意の光が満ちた瞳を見て大きく頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「で、どうやって氷の島(あそこ)まで行く?」

 

行くことを決意したはいいが、三鳥が大暴れしている凍った海を渡るとなると、かなりのリスクがある。加えて距離もそれなりにあるため、とても歩いて行く時間はないだろう。

 

「…そうね。やっぱり、ポケモン(みんな)の力を借りるしかないでしょうね」

 

そう言ってシロナはボールからガブリアスとトゲキッスを出した。トゲキッスは当然飛行能力があるし、ガブリアスも滑空により飛行することが可能だ。

 

「ま、それしかないわな」

 

リスクと時間。どちらかしか考慮するしかできない状況である以上、ここはリスクを覚悟で行くしかないだろう。今こうしている時も深層海流の異常は世界に広まっている。あまり悠長にしている余裕はない。

それを理解しているカイムは腰についているボールのうち一つを手に取ると、氷の島に目を向けた。

 

「じゃあ行くか」

「あ、あの!」

 

氷の島に向かおうとした二人にフルーラは声を上げる。

 

「…あ、あたしも…」

「いえ、フルーラさんはここに」

 

巻き込んでしまった責任感からか、フルーラは自分も協力すると申し出てくる。しかしシロナはそれを拒否した。シロナの言葉にフルーラは僅かに俯く。

 

「…すみません、あたしじゃ足手まといですよね…」

「いいえ、そういうわけじゃないの。でも、貴女の役目は私たちに協力することじゃない。海の笛で三匹を鎮めること。人には必ず出番がある。貴女の出番は、まだ先よ」

「そういうこった。だから、ここで待ってろ」

「行きましょう」

 

シロナの言葉と同時にガブリアスは高く跳び、トゲキッスが海に飛び出した。そしてシロナとカイムは祭壇から走り出し、崖から跳んだ。

 

「ムクホーク!」

 

カイムは空中でボールを空に向けて投げる。ボールから飛び出したムクホークはガブリアスと共に急降下し、それぞれの主人を背中に受け止めた。

 

「カイム、ガブリアスは滑空してる間はほとんど攻撃できない。フォローを頼むわ」

「ああ」

「トゲキッス、ひかりのかべ!」

 

相手は伝説のポケモン。ルギアのフォローがあるとはいえ、一般的なポケモンだけでは攻撃を凌ぎきることは厳しいと判断したシロナは『ひかりのかべ』によって攻撃の威力を下げることが先決だと考えた。実際三鳥達は特殊攻撃しかしていないし、『ひかりのかべ』は一度貼ってしまえば維持に力を割く必要がない。攻撃を凌ぐためには必要な一手だろう。

 

シロナ達に気がついた三鳥達が攻撃を放ってくる。それを予期していたカイムはフリーで飛行していたトゲキッスの背中にブラッキーを繰り出した。

 

「ブラッキー、まもる」

 

『ひかりのかべ』によって威力が半減された攻撃をブラッキーが防ぐ。三鳥の攻撃ということもあり、『まもる』による防御でもギリギリだった。そう何度も受け切ることはできない。

 

「ルギア!」

『任せろ』

 

追撃の攻撃をルギアがバリアを貼って防ぐ。そしてバリアを纏ったままルギアは三鳥達に体当たりし、瞬間的に三鳥を退ける。

 

「大丈夫?」

「何度も受ける余裕はねえが…策はある。ルギア、奴らを何体引き受けられる?」

『二体だ。それ以上は、手数が追いつかない』

「十分だ。ファイヤーとサンダーを引き受けてくれ」

『心得た』

 

そう言ってルギアはファイヤーとサンダーに向けて強烈な気流…『エアロブラスト』を放ち分断させる。残ったフリーザーがシロナ達に向かってくるが、シロナは動じることなくガブリアスに命じる。

 

「右よ!」

 

ガブリアスはシロナの指示を瞬時に聞き、右に避ける。先ほどまでシロナがいた場所に冷気がぶつかり、小さな氷山になった。

 

「軽減させてこれか。さすが伝説のポケモン」

「感心してる場合じゃないわよ。どうにか退けないと」

「ブラッキー、もう一発防げるか?」

 

カイムの問いにブラッキーは応えるように鳴いた。それを聞いたカイムは頷くと、もう一つのボールを手に取った。

 

その瞬間、フリーザーから再び攻撃が放たれる。攻撃の場所にトゲキッスは瞬時に移動し、ブラッキーは『まもる』によって攻撃を弾いた。それと同時にトゲキッスの『エアスラッシュ』がフリーザーを貫き、僅かにフリーザーを怯ませた。

 

「よくやったブラッキー」

 

カイムはすぐそばに来たトゲキッスに跳んで移動する。トゲキッスに着地する瞬間、ブラッキーは僅かにジャンプしてカイムが着地できるスペースを確保し、カイムの膝に着地した。二回しか攻撃を受けていないが、ブラッキーの消耗は想像以上に激しかった。やはり伝説のポケモンの攻撃を受け切ることは一般ポケモンには厳しかったらしい。

 

「すまん、無理をさせた」

 

構わない、とでも言うようにブラッキーは鳴いてカイムに頭を擦り付ける。そんなブラッキーを労わるように撫でてからボールに戻すと、カイムはムクホークに向けてボールを投げた。

 

「頼む、キリキザン」

 

ムクホークの背中にキリキザンを繰り出す。

 

「…悪い、お前にも無理をさせる」

 

キリキザンは自身の役割を理解している。故にカイムの指示が無理なものだとしても、必ず遂行するという決心があったし、何より『それ』については普段からトレーニングしているため問題なく扱える。むしろ実践で使えるいい機会だと考えていた。

 

「来るわよ!」

 

怯みから復帰したフリーザーが攻撃を仕掛けてくる。放たれた『れいとうビーム』がシロナ達に迫ってくるが、ムクホークの背中から跳んだキリキザンが攻撃を一身に受けた。

キリキザンのタイプは鋼・悪。氷タイプの攻撃は威力半減だが、伝説のポケモンの攻撃ということもあり、体力が一気に限界まで削られる。しかし予め待たされていた『きあいのタスキ』がキリキザンを踏みとどまらせた。

 

「ここで落とすぞ!メタルバースト!」

 

キリキザンは受けたダメージを鋼のエネルギーに変換し、一気に放出した。『メタルバースト』は受けたダメージを大きくして相手に返すという技。『カウンター』や『ミラーコート』のように相手の攻撃を受けてから発動する技ではあるが、ダメージの変換効率がやや劣る。しかし物理、特殊両方に対応している技であるため、使いこなせれば一撃で戦況をひっくり返すことができる可能性を持った技でもあった。

 

今回、キリキザンは『きあいのタスキ』でどうにか持ち堪えるくらいのダメージを受けた。故に、今キリキザンが出せる威力としては最高の威力になる。

キリキザンの放った『メタルバースト』はフリーザーを貫く。カウンター系の技であるためタイプ相性は関係ないが、フリーザーは自分が放った以上のエネルギーを受けて地面に落ちた。

 

「よし」

「メタルバースト!なるほど、相手の出力の高さを逆手に取ったわね」

「一回きりだが、十分だろう」

 

そう言ってカイムが背後に視線を移すと、ルギアがファイヤーとサンダーを凍った海に叩き落としたところだった。

 

「とりあえず上陸はできそうね」

「正直、ギリギリだったがな」

 

キリキザンの『メタルバースト』は体力を考えると一度しか使えない。他のポケモンでは倒せるだけの出力は出せない。せいぜい攻撃を逸らすのが限界だろう。ブラッキーでも何度は受けられない。一見余裕に見えたが、結果としてはギリギリだった。

 

「キリキザン、よくやった」

 

カイムはキリキザンをボールに戻すと、トゲキッスからムクホークに飛び移った。

 

「…結構身軽よね、貴方」

 

少なくともシロナは空中で他のポケモンに飛び移るなんてことはできない。パルクールをやっていただけあり、やはりカイムの身体能力はシロナよりも遥かに高い。

 

「慣れだ慣れ」

「そんな簡単に慣れられないわよ」

「トバリシティまでの通勤ほぼ毎日してりゃ嫌でも慣れる」

「それもそうね。さあ、氷の島は目の前よ!」

 

シロナ達はポケモンに乗ったまま氷の島へと上陸し、島の頂上まで登っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

氷の島

頂上

 

吐く息が白く染まる空気の中、シロナ達は氷の島の祭壇にたどり着く。

 

「寒いな」

「ええ…普段のコート、持って来れば良かった」

 

ファイヤーとサンダーが囚われたせいで、注がれる力が氷の力のみになったことで海は凍り、夏だというのに雪が降るという異常気象に見舞われた。当然シロナ達も夏仕様の服しかないが、気温は冬並み。そう長く活動できる格好ではない。

 

「とりあえず、これ着ておけ」

 

カイムは薄い長袖のパーカーをシロナの肩にかける。寒さは多少マシになったが、カイムがシャツ一枚になってしまった。

 

「でも、これじゃカイムが…」

「問題ない。こういう時のために、保温性のあるインナーを着てきている」

「…貴方、本当に用意周到ね」

 

まさかここまで用意しているとはさすがに思っていなかったシロナは内心で少しだけ引いた。

とはいえ、保温性のあるインナーといえど寒いことには変わりはないらしい。僅かに身体が震えているのが見えた。

 

(早めに戻らないと、まずいわね)

 

このまま長時間活動していたら、間違いなく体調を崩す。そうしないためにも、早めに終わらせる必要があることを実感したシロナは、祭壇に駆け寄る。そしてフリーザーの像の口に嵌め込まれている珠に手をかけた。

 

「ふっ!」

 

力を込めて引き抜くと、勢いあまって後ろに倒れそうになるが、カイムがシロナの身体を抱き止めた。

 

「大丈夫か?」

「ええ、ありがとう」

 

カイムに礼を言って手に収まった珠を見ると、珠の中に青白い光が走り珠が冷気をおび始める。

 

「これが宝か」

「ええ。火の島と雷の島でも同じようなものがあったわ」

「じゃあ戻ろう。時間がなっ⁈」

 

カイムが戻ろうと促そうとした瞬間、領地に侵入されたことにさらに怒ったフリーザーの攻撃でカイムの背後が爆発して、シロナもろとも吹き飛ばされる。カイムが咄嗟に受身を取ることで二人とも怪我はなかったが、出口が塞がれてしまう。

 

「出口が!」

「仕方ねえ。登るぞ」

 

カイムはボールからルカリオを繰り出し、ルカリオの補助を受けて壁を登る。そして壁の上からシロナに向けて頷いた。

それを見たシロナは、ガブリアスの背びれに掴まる。ガブリアスはシロナが掴まったことを確認すると、爪を壁に突き立てて壁を登った。

 

二人とも登りきったことはいいのだが、下は非常に急な坂。足で降りるには少々厳しい。カイムならできるかもしれないが、シロナには厳しいだろう。

もう一度ムクホークに乗ろうとボールを手に取った瞬間、ルギアが雲の中から現れ、二人の側に降りてくる。

 

『宝は?』

「大丈夫よ」

 

ルギアの問いにシロナは珠を取り出して見せる。ルギアは頷くと首を下げてきた。

 

『乗れ。すぐにアーシア島に戻るぞ』

「ええ、よろしくね。ほら、カイムも」

「あ、ああ」

 

まさかルギアに乗る機会があると思ってもいなかったカイムは少し狼狽えながらもシロナに続いてルギアの背中に乗る。

ルギアの身体はツルツルしているように見えたが、思いの外ざらついた感触だった。肌や羽というよりは鱗に近い感触をしているな、と内心でカイムは考えた。

 

『しっかり掴まっていろ』

 

そう言ってルギアは空に飛び立つ。シロナ達に負担のかからないギリギリの速度で空に飛び、高度を上げていく。そして雲の上に出たところで、ルギアはアーシア島方面に飛んでいった。

 

当然、三鳥達はルギアに総攻撃を仕掛けてくるが、ルギアの『エアロブラスト』によって全員退けられた。

三鳥達は互いに傷つけ合い、ルギアからの反撃やキリキザンの『メタルバースト』によって体力が限界なのか地面に倒れていた。最も大きな障害であった三鳥の妨害がなくなったことで比較的余裕を持ちながらアーシア島に向かっていた。

 

「ルギア。貴方も…ポケモンなのよね」

『そうだ。皆と共にこの星に住むポケモンだ』

「ねえルギア。貴方に聞きたいことがあるの」

『なんだ?』

「今回の異変…やっぱり、ファイヤー達の力の均衡が崩れたから起きたことなの?」

 

シロナの問いにルギアは答える。

 

『そうだ。互いの領域…世界がある。それを崩してはいけない。私には私の…お前たちにはお前たちの世界がある。それを崩されたからこそ、彼らは怒り、世界は破滅に向かっている』

 

人それぞれ世界がある。それぞれは均衡を保ち、互いに調和し合っているからこそ存在していられるものだとルギアは言った。実際、それが崩れた場合人間関係というのは上手く成り立たない。世界もそれと同じなのだとシロナは納得した。

 

「互いに尊重し合う。そういった調和は世界にも必要なことなのね」

『そうだ。必ずしも仲良くする必要はないが、共に生きていく以上、互いの領域を侵してはならない。共に生きるとは、全てを共有することではないのだから』

「共に生きることは、全てを共有することではない…」

『お前たちのような互いの領域に踏み込んでなお崩れない信頼関係を築くことができるのは、非常に稀だ。大切にするといい』

 

ルギアの言葉にシロナとカイムは目を見合わせる。確かに二人は互いの領域を踏み込んでなお、信頼関係は崩れていない。このような信頼関係を築くことができる人に出会えるのは、きっと稀だろう。ルギアは氷の島に向かうまでの間に二人の関係を見て、それを理解した。

 

「だってよ」

「…ああ、大事にしよう」

 

苦笑しながら呟くカイムに、シロナはふっと笑いかける。そして前に視線を戻した。

アーシア島が近づいてきている。あと数分もかからないうちにアーシア島にたどり着くだろう。

 

「あとは宝を納めて、フルーラの海の笛と共鳴させるだけね」

 

最も大きな障害である三鳥がダウンしている以上、もうルギアの進みを阻む存在はない。シロナはそう考えていたため表情は明るい。

しかしカイムの表情は晴れない。どこか胸に引っ掛かる違和感があった。人の悪意に敏感なカイムだからこそ感じられる違和感。こういった直感は案外馬鹿にできないことをカイムは知っている。

 

その刹那、目の端で何か光るものをカイムは捉えた。

 

「っ!ルギア!避けろ!」

 

カイムが声を上げた瞬間、ファイヤーやサンダーを捕えていたリングがルギアをシロナ達諸共捕える。ルギアの全身を電撃が走り、拘束する。ルギアが動けなくなるほどの電撃がシロナ達の身体に走り、一瞬二人とも意識が飛んでしまう。

伝説のポケモンであり、フルーラの笛のおかげでパワーアップしていたルギアは意識を失うことはなかった。ルギアを捕えているリングが飛んできた方向に目を向ける。その先には空中要塞の主であり、今回の騒動の元凶であるジラルダンだいた。

 

「素晴らしい…あれこそ私のコレクションにふさわしい」

 

そう感激しているジラルダンにルギアは怒りの視線を向けた。そして気流の力を口に貯め、今出せる最大威力の『エアロブラスト』を墜落した空中要塞に向けて放った。『エアロブラスト』はジラルダン諸共要塞の残骸を吹き飛ばした。

だが同時に、ルギアは上空に向けて『エアロブラスト』を放つ。分厚い雲が弾き飛ばされ青空が見えるが、ルギアはそのまま海に向けて落ちていく。

 

「クソ…!ルギア!」

 

なんとか意識を持ち直したカイムがルギアに呼びかけるが、ルギアは呼びかけに応える体力もなかった。咄嗟にルギアがダウンしたことを判断したカイムは、力無くルギアに跨るシロナを抱き寄せる。

そして迫り来る海面からシロナを庇うように頭を胸に抱き寄せると、衝撃に備えて目を閉じた。

 

海面に叩きつけられる感触と水中の感覚。沈む感覚がなくなるとカイムは目を開き、シロナを連れて海面から顔を出した。

海は非常に荒れており、波が強い。加えて氷の力が色濃く残った海は非常に寒く、長時間海にいたら凍死しかねないと判断したカイムはボールからトリトドンを出した。

 

「トリトドン。俺たちを、岸まで運んでくれ」

 

トリトドンは頷くと、カイムが掴まるのを確認すると岸に向けて全速力で向かった。

 

「ゲホッ…ゴホ、ゴフ…」

 

岸に着き飲んでしまった水を吐き出しながらシロナを岸に上げる。シロナはぐったりした様子で目を覚まさない。口元に耳を近づけても呼吸音が聞こえないことにカイムは気づいた。

 

「クソ…息してねえ」

 

電気ショックのせいか海に落ちたせいかはわからないが、シロナは呼吸をしていなかった。心臓は動いていることを確認できたカイムは人工呼吸でシロナの呼吸回復を試みた。

気道を確保し、鼻を摘みながら自身の口とシロナの口を合わせて呼吸する。そして胸骨圧迫をし、シロナに呼びかけた。

 

「シロナ、起きろ。まだ俺は、何も言えてねえぞ!」

 

伝えなければならないことがまだたくさんある。しかしそれらを伝えきれていない。それに、カイムが生きていたいと願った場所はシロナの隣。

 

再び人工呼吸。するとシロナの身体が僅かに震えた。

 

「うっ…ケホッ、コホッ!」

 

むせながらもシロナは息を吹き返す。何度か咽せた後、覗き込んでくるカイムの顔を見てホッとしたように微笑んだ。

 

「シロナ…良かった」

「ごめん。私、どうしてた?」

「呼吸が止まってた。多分、ルギアを捕えた電磁バリアの影響」

「そっか…カイムが助けてくれたのよね」

 

シロナの言葉にカイムは目を逸らす。シロナが命の危機が迫るような状態になってしまった時点でカイムの中では『守れていない』という認識だった。

そんなカイムの思いが伝わったのか、シロナはゆっくりと立ち上がる。

 

「結果はどうであれ、私は貴方に助けられた。そこは違ってないんだから、そんな顔しないで」

「……かもな。んで?もう大丈夫…では無さそうだな」

 

立ち上がったシロナは明らかに体力の限界だった。肩で息をし、身体はふらついていて立っているだけで精一杯な様子をしており、今にも倒れそうだ。

 

「大丈夫よ…さあ、行きましょ」

「…はあ、似なくていいところが似てきやがって」

 

無理をしてしまうところは、自分に少し似てしまったのかもしれないと考えながらカイムはシロナに歩み寄り、シロナに肩を貸した。

 

「え…?」

「責任感の強いお前のことだ。自分の足で最後までやりきらないと、とか思ってんだろ?」

「それは…」

 

実際、シロナはカイムの言った通りのことを考えていた。自身が『優れたる操り人』として任された以上、自分の足でやり遂げなければと考え、身体が限界なのを隠そうとしていた。

しかしそれなりに長い時間を共に過ごしてきたカイムを誤魔化すことはできなかった。今ここでシロナの思いを変えるよりも、シロナの意思を尊重しつつ無理させないことをカイムは選んだ。

 

「自分がやらなきゃって思いがあるんだろ。別にいいさ。止めたいが、止められんことくらいはわかってる。でも、肩を貸すくらいは許されるだろ」

「…ありがと」

 

小さく笑いながらシロナはカイムに体重を預けながら階段を登っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

階段を登り切り、祭壇へとたどり着く。ボロボロの二人を見たフルーラが悲痛な表情で駆け寄ってくる。

 

「シロナさん!カイムさん!」

「お待たせ」

「だ、大丈夫ですか?」

「なんとかね」

 

苦笑しながらシロナはヤドキングに目を向け、上着のポケットに入っていた宝を取り出して見せた。

 

「優れたる操り人」

「これで、いいのよね」

 

ヤドキングは頷くと祭壇を指差した。

 

「三つ目の宝」

 

シロナはカイムに視線を向ける。カイムは頷くと、シロナと共に祭壇を目指す。祭壇の目の前にたどり着くと、シロナはカイムの肩から降りた。

 

「これが、最後の宝」

 

そう呟いてシロナは宝を祭壇に納める。

数歩下がって様子を見ると、三つの宝が輝き、祭壇から緑色の光が溢れ出てきた。

 

「これは…!」

 

緑色の光と共に祭壇から水が溢れ出る。心地よい冷たさを持つ水は季節外れに降り積もった雪を溶かし、祭壇周辺に立っている石柱を輝かせた。

それを見たフルーラは海の笛を手に取る。ここからが自分の役割だと言わんばかりの表情で祭壇の前に立った。

 

「あとは、お願いね」

「…はい!」

 

シロナの言葉に頷いたフルーラは海の笛に口をつけ、宴で披露したものと同じ曲を吹く。笛の音に合わせて石柱が輝き、さらに水が溢れ出す。三つの宝によって調和された力を持つ水は海に流れ出し、均衡の崩れた海を調和していった。加えて力尽き、倒れていた三鳥も癒やしてく。

 

「すごい…これが海の笛の調和なのね」

「乱れたバランスを調和する安全装置なんだな」

 

今回のような何かがある場合に備えた安全装置として存在するものなのだと二人は納得する。かつての島民が似たような事態を想定して作ったものなのかもしれない。

 

広がっていく調和の力は深層海流を整えていき、世界で起こっている異常気象を収束させていく。波は穏やかになり、雲は晴れ、気温が上がっていく。

そして異常気象が収まると、目の前に巨大な渦が現れ、中からルギアが現れた。

 

「ルギア…」

「よかった。無事だったのね」

 

シロナの言葉にルギアは頷く。そしてシロナの前に着地すると、シロナに背中に乗るように促す視線を向けた。

 

「…背中に乗れってこと?」

 

シロナの問いにルギアは頷く。それを見たシロナはカイムを振り返り、手を取った。

 

「俺も?」

「ええ。貴方がいたからここまで来られたんだもの。いいわよね?」

『無論だ、優れたる操り人達よ』

 

自分もその『優れたる操り人』に含まれていることにカイムは少し嬉しくなりながら、シロナに続いてルギアの背中に乗った。二人は穏やかになった海を飛んでいく。

 

突如、海面から巨大な水の道が現れ、シロナ達の頭上に虹のようにかかった。それに驚いていると、ファイヤー、サンダー、フリーザーがルギアの側に来て並んで飛び始める。

 

「みんなの怒りもおさまったみたいね」

「天変地異目前になるくらいの喧嘩とか勘弁してほしい限りだな」

 

やれやれといった様子で呟くカイムにシロナは苦笑する。実際その通りでもあるが、その喧嘩の原因は自分達人間(単体ではあるが)であるため、文句を言える立場ではないのかもしれないが。

 

「でもよかった。また綺麗な海に戻ってくれて」

「だな。サザナミタウンに似て綺麗な海だ」

「そうね」

『この海は、お前たちが守った海だ。礼を言おう』

「半分成り行きだけどね」

 

確かにこのオレンジ諸島周辺の文化や伝説を調べにきたが、伝説そのものを体験しようとは思っていなかった。しかもその伝説が現実になり、世界を救う役割を自分がつくとはカケラも考えていなかった。たまたまシロナ達がここに来た、という偶然に過ぎないが、それでも無事に世界を守れたことは嬉しかったし、何より安心した。

 

「ルギアは、海の神って呼ばれているのね」

『そうだ。世界の破滅の危機だから出てきたに過ぎない』

「非常時しか出てこないんだな。だから海の神についての記録が少なかったのか」

 

フルーラも他の島民も、海の神についてはほとんど知らなかった。それはルギアという存在がこのあたりでは確認されていなかったからであり、その理由はルギアが非常時しか姿を表さない存在だからなのだろう。

 

『私という存在が幻の存在として扱われる。その方が、世界にとって幸せなことだ』

「…そうかもね」

 

ルギアという存在が出なければならない事態など、起きない方がいい。そういう意味では確かにルギアは幻の存在である方がいいだろう。

 

「伝説のポケモンは、世界の維持に必要な場合が多い。ルギアもその一員なんだな」

『世界の維持か。そういう言い方もできる。そう捉えてくれていいだろう』

「なら、この世界を生きてる者として、ルギアに…ルギア達に感謝しながら生きていかなきゃな」

 

自分達が平和に生きていけるのも、自分達が知らないところで世界を維持してくれている存在がいるからだとカイムはこの一件で強く実感した。少しピースを抜き取っただけでこの有様になる。世界というものが絶妙なバランスの上に成り立っていることを理解したからこそ、世界を維持するための存在に感謝しなければならないと考えた。

 

「そうね。私たちが生きる世界…これから子供たちが生きていく世界を支えてくれる存在がいることをちゃんと知っていないとね」

『お前たちのような人間がいてくれることに…そして、世界を救うという大きな役割を担ってくれたことを、世界を維持する存在の一つとして心から感謝しよう』

「こちらこそ。助けてくれてありがとう。カイムもありがとう。助かったわ」

「…ああ」

 

少し照れながらカイムは小さく返事をする。それを見たシロナはふっと笑った。

 

それと同時に、シロナ達の頭上を通っていた水の道が海面に落ちていき、ルギアに追従して飛んでいた三鳥達も己の領域へと戻っていく。異常気象によって降った雪がまだ僅かに残っているが、この気温であれば一時間もしないうちに全て融けて元通りになるだろう。

 

「…これで、本当に元通りね」

「多分な」

『細かい部分はまだだろうが、それも影響が出ない程度だ。彼らが自分の島に戻った以上、近いうちに完全に全てが元通りになる』

「よかった」

 

成り行きとはいえ、カイムと共に守った世界。それが元通りになるのを嬉しく思いながら、シロナは海の空気を胸いっぱいに吸い込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

全てが元通りになりルギアが去った後、アーシア島では盛大に宴が開かれていた。そもそもまだ祭りの期間だということもあるが、それ以上に世界が無事であったこと、そして想定外とはいえ伝説と同じ光景を見ることができたことを祝う宴だった。

 

当然当事者であるシロナ達もその宴に呼ばれていた…というか、主役になっていた。伝説の通り『優れたる操り人』としてルギアと共に世界を救った英雄として扱われている。悪い気はしないが、こういった扱いに慣れていないカイムは割と早々に疲れた顔をしていた。

 

宴も始まってから数時間。雰囲気も落ち着き始めてきた頃にシロナは宴を抜け出し、階段に腰掛けて一人海を眺めていた。

そしてそんなシロナに一つの人影が近寄ってきた。

 

「シロナさん」

 

振り返ると、そこには普段着に着替えたフルーラがいた。その手にはサイコソーダの瓶が握られている。

 

「あら、フルーラ」

「隣、いい?」

「ええ、どうぞ」

 

シロナの許可が得られたフルーラはシロナの隣に腰を下ろす。

夜の海は暗いが、月明かりによって僅かに海面が見える。そして昼間とは打って変わって静かな波の音が響いていた。

 

「身体、大丈夫でした?」

「ええ。問題ないわ」

 

シロナは瞬間的とはいえ、呼吸が止まってしまった。加えて色々と体力はギリギリだったこともあり、シロナの体調を心配していた。

しかしルギアが去った後、シロナとカイムは長老の厚意で貸してもらった宿屋で泥のように眠った。眠っていた時間はせいぜい二、三時間程度だが、深く眠ったおかげか体力もかなり回復した。だが流石に移動するだけの体力はなかったため、他の島へ行くのは明日以降にしようとカイムと話をつけた。

 

「そっか。ならよかった」

「さすがに調査したり移動する体力はないけどね」

「…シロナさん、改めてお礼を言うね。巻き込まれただけなのに、最後までやり遂げてくれてありがとう」

「いいのよ。フルーラは何も悪くないし、それに今となってはいい記憶だから」

 

完全に想定外とはいえ、アーシア島の伝説を体感し、自分自身がその伝説になった。歴史研究をする者として、伝説に触れられることなど光栄なことでしかない。きっとこの記憶はずっとシロナの中で残るだろう。

 

「伝説だと『優れたる操り人』って書かれていたけど、今回の一件で伝説ちょっと変えないとね。ちゃーんと複数形にしてあげないと」

「うふふ、嬉しいわ」

 

今回、シロナ一人の力ではきっと解決できなかった。そう言う意味でも伝説の『優れたる操り人』はカイムにも当てはまるだろう。

フルーラは周囲を見渡す。シロナと共に世界を救ったもう一人の英雄の姿を探すが、それらしき人影はなかった。

 

「あれ?カイムさんは?」

「ああ、カイムは…」

 

そこまで行ってシロナはちらりと視線を海の方に向ける。シロナの視線の先には雷の島があった。

 

「後始末をしてくれてるの」

「?」

 

シロナの言葉の真意がわからずフルーラは首を傾げる。そんなフルーラの様子を見てシロナはくすくすと笑った。

 

「大丈夫よ。すぐに戻ってくるわ」

「ふーん。ならいいけど…でも二人とも明日にはアーシア島を出ていっちゃうんでしょ?もっと話したかったな」

「私もよ。こんなことにならなければ、もっとこの島について知ることができたのに」

 

オレンジ諸島の文化や歴史を調査しに来たが、今回の一件でシロナ達を船に乗せてくれる船長の船が破損してしまった。そのため案内できる人物がいなくなってしまい、帰還せざるを得なくなってしまったのだ。

加えて調査のための期間はまだ数日残っているが、この異常事態を調査するためにオレンジ諸島全体に調査が入るらしい。オレンジ諸島全体が少しの間バタつくことが予想できるため、調査どころではなくなるだろう。

 

そこでフルーラは口を開き、シロナに聞く。

 

「シロナさん」

「ん?」

「外の世界って、どんな風なの?」

 

カイムにも聞いた問い。それほどまでフルーラにとって外の世界というものは未知数だった。生まれてからこのオレンジ諸島の外に出たことがないため、インターネットやテレビでしか外の世界を知らない。

だからなのか、フルーラは外の世界への憧れが大きかった。だがカイムの答えである『何を知りたいか考えろ』という言葉を受けてフルーラなりに考えてはみたのだが、そんな簡単にわかるものでもない。そこで外から来たもう一人の大人に聞いてみようとフルーラは考えた。

 

「うーん、難しい問いね」

「あたしは、このオレンジ諸島しか知らない。でも世界はとっても広いんだよね?だから外の世界がどんなものか知りたいの」

「その世界を知りたいって心はとてもいいものよ。貴女の言う通り、世界はとても広くて、まだまだ知らないことがたくさんある。いつか貴女も外の世界を見てみるといいわ」

「うん。でもね、その前に少し知っておきたいの。外の世界ってどんなものなのか。それを知れたら、モチベーションにもなるでしょ?」

「それもそうね」

 

シロナはそこで一度言葉を切る。そしてフルーラの問いに答え始めた。

 

「外の世界がどんなものか、ね。色んなところと色んな人がいるから、一概に言うことは難しいわ」

「ああ、それカイムさんも言ってた。それと何を知りたいか考えろって」

「そう、カイムらしいわね」

 

本当はシロナはその話を聞いているのだが、わざわざ言うことでもないだろうとそれを口にすることはなかった。

だがカイムと同じ答えというのも、フルーラには少し物足りなく感じてしまうだろうな、と考えたシロナは、言葉を続けた。

 

「外の世界には色んなものがある。とてもたくさんのものがあるから、何を知りたいか考えるのは、確かに大切なことよ。でもきっと今のフルーラじゃ何を考えればいいかわからないと思うの」

「うん、正直わからない」

「多分、それは今ここでどんなに考えても変わらない。インターネットやテレビで情報集めても、それこそ私がここで何を言ってもそんなに変わらないと思うの。だから、外の世界で『何をしたいか』を探すために、外の世界を見に行くのもアリじゃない?」

 

この世界は広い。シロナですらまだまだ知らないことばかりなのだから、オレンジ諸島から出たことのないフルーラは何も知らないと同義だろう。だから憧れはあっても漠然としたものだった。

ならば外の世界を知り、『自分が外の世界に何を求めていたか』をはっきりさせる。そこから始めてみたらどうかとシロナは提案した。何事も知らなければ判断できない。だからこそ、自分の意思と世界を照らし合わせ、何がしたいのかをはっきりさせるのがいいのではないかとシロナは考えた。

 

「…そっか。そういう考え方もあるのか」

「私も小さな村の出身だったから、気持ちはわかるの」

 

そう言ってシロナはかつてあった『遠い親戚』と名乗った女性のことを思い出す。まずは世界と己を知ることからだ、と言ったあの女性は今どこにいるのだろう。どことなく祖母と雰囲気が似ていた女性だったが、結局名乗ることなくどこかへ行ってしまったため、今となってはあの女性が誰だったのか判別はつかない。しかし世界と己を知る、という言葉はシロナの人生に大きく影響を与えたことに間違いはなかった。

 

「…うん。まずはあたしも、色々見てみることにする。すぐにはできないけど、いつかきっと」

「その意気よ。きっと大丈夫」

「ありがとうシロナさん」

 

フルーラはそう言って立ち上がると、大きく伸びをしてシロナに笑いかける。

 

「時間も遅いし、そろそろ戻るね。ちょっとだけど、お話につきあってくれてありがとう」

「いいのよ。私も助けられたから、これくらい」

「うん。じゃあまた明日ね。おやすみ」

「おやすみなさい」

 

そう言ってフルーラは走り去っていった。

残されたシロナはしばし海を眺めていたが、海の方から人影が近づいてくるのが見えた。シロナはその人影に笑いかけると、口を開く。

 

「お疲れ様。思ったより、早かったわね」

「かもな」

 

近づいてきた人影は、カイムだった。カイムは疲れたように息を吐くとシロナの隣に腰を下ろす。

 

後始末(・・・)、無事に終わったみたいね」

「まーな。ジュンサーさんに突き出したからもう問題ねえ。今回やらかしたことを考えたら、脱獄しない限り二度と出て来れねえだろうし」

 

そう言ってカイムはすこし前の記憶を辿り、シロナに何があったかを話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約一時間前

雷の島

 

島には墜落した巨大な空中要塞が横たわっており、要塞の瓦礫の中を一人の男が何かを探していた。

そして男は瓦礫の中から一つのキューブを発見した。

 

「無事だったな。これさえあれば、またコレクションを確保できる」

 

男…ジラルダンが発見したのは、要塞の管理やターゲットの探索などを全て行っていたAIの首脳部とも呼べるキューブだった。このキューブはジラルダンが独自に開発した多目的型のAIであり、非常に様々な情報を処理することができる。それくらい高性能なものであった。

 

「今回のやり方で、ルギアを呼び出すことができるのはわかった。想定外の邪魔が入ったが、事前に入念に調べておけば、ルギアをコレクションに加えることができるだろう」

 

要塞は砕けてしまったが、このAIさえあれば時間はかかるがまたコレクションを集めることができると考えていた。

 

「一度ここから離れるしかないか…だが、必ずルギアをコレクションに加えるために戻ってくる」

 

そう言って雷の島から立ち去ろうとするジラルダンの背中に声が投げかけられた。

 

「どこへ行くんだ?」

 

突如聞こえた声にジラルダンは振り返る。そこには見覚えのある男が冷たい目で立っていた。

 

「お前、こんだけのことしてただで帰れると思ってんのか?」

「君か…悪いが君に興味はない。早く消えたまえ」

「……話が通じねえやつだな」

 

やれやれと言った様子でカイムは瓦礫の一つに腰掛ける。そして相変わらず冷たく、真意が見えない目を向けた。

 

「一応、聞いていいか。お前、コレクションはどういった目的なんだ?」

「ほう?私のコレクションに興味あるのかね?それは殊勝な心がけだ」

 

急に目を輝かせたジラルダンをさらに冷たい目で見るが、それに気づくことなくジラルダンは語る。

 

「私は、私が『良い』と思ったものを集めたい。この世には素晴らしいものが多数存在するが、それが価値のわからない者や私の目に入らないのは我慢ならない。それはポケモンであれ無機物であれ同じだ。だからそれらを全て私のものにし、コレクションするのだ。無論価値のわかる者には見せるくらいはするさ。君も価値がわかるなら…」

 

そこまで言ったところでカイムは口を開く。

 

「あーもういいもういい」

 

大きくため息を吐きながらカイムは立ち上がる。そして頭をがしがしとかきながら腰にあるボールを二つ手に取った。

 

「…ああ、よかったよ。本当によかった」

「む?どういうことかね?」

「お前が心の底から吐き気を覚えさせるようなゴミ野郎だってことに、心底安心した」

 

もしこの男にほんの僅かでも今回のことを悔やむ素振りがあった場合、これから行うことに対して少し罪悪感を覚えてしまうところだった。しかしこの男は自分のためにだけコレクションと称してポケモンのことを捕縛し、そしてそれにより世界は破滅しかけ、カイムにとっての《世界の中心》がなくなりかけた。結果としてどちらも無事だったが、それでもカイムからしたら許せるものではなかった。

 

「お前みたいなゴミクズなら、安心して殴れるな」

 

そう言ってカイムは石をジラルダンに向けて投げる。咄嗟に回避したジラルダンだが、回避の隙をカイムは見逃さなかった。カイム渾身の飛び膝蹴りがジラルダンの顔面にヒットし、同時に拳が顔面に突き刺さった。

 

「ぶっ!」

 

一瞬でボロボロにされたジラルダンをカイムは冷たく見下ろし、二つのボールを投げる。そこからはバシャーモとルカリオという、カイムの手持ちの中でも武闘派の二匹が現れた。

 

「お前のせいで全世界の人間が迷惑を被った。自覚あんのか?」

「そんなことは私にとって詮無きことだ。愚者共がどうなろうが、私にとってはどうでもいい」

「ボロボロの割にでけえ口だな。脳よりも口の方がでけえんじゃねえのか?」

「ふっ…この程度の修羅場、いくつもくぐり抜けているのでね」

 

そう言ってジラルダンは懐から小さな玉を取り出し、地面に向かってなげた。玉は地面に当たると同時に閃光と煙を吐き出し、カイム達の目を潰した。

 

「ど畜生が…!」

 

閃光は目を守ることでどうにか潰れることは防げたが、目が慣れるまでの一瞬で煙が周囲に蔓延する。人の視力では見つけられないだろう。

だがこういう風に抵抗されることもカイムは折り込み済みだった。だからこそ、バシャーモとルカリオを出しておいた。

 

煙に紛れて逃げようとするジラルダンだったが、その背中を突如どつかれて地面に倒れてしまった。

 

「馬鹿な…ポケモンの目ですら一時的に完全に潰すほどの閃光と匂いを消す煙だ。いくらポケモンでも、わかるわけが…」

「ルカリオは波導ポケモンっていってな。目が使えなくとも、『波導』で周囲の様子を感知することができる。煙と閃光程度で逃げ切れると思うな」

 

例え煙と閃光で目を潰されようと、ルカリオの波導感知に視界は関係ない。この視界の中でも対象を見失うことはない。

 

「くっ…暴力に訴えかけるとは…野蛮な」

「はっ!知らねーよ。世界滅ぼしかけたカスにはお似合いだろうが」

「ポケモンを捕獲するという点では、コレクターもトレーナーも同じだろう。君にそこまでのことを言われる筋合いは無いと思うが?」

 

ルカリオに押さえつけられながらも筋の通らない言葉を吐くジラルダンに、カイムは冷たく吐き捨てる。

 

「は?んなわけねえだろ。トレーナーは、ポケモンと対等な立場でやってんだ。同じ生き物として、互いに敬意を持ちながら接してんだ。てめえみたいにモノ扱いしてねえ。一緒にすんなゴミクズ」

 

全てのトレーナーがそうではない。ポケモンの扱いを悪くするトレーナーも少ないながらもいるだろう。

しかしカイムの中でトレーナーとはシロナのようにポケモン達にも愛情をもって接するトレーナーだと認識している。互いのことを尊重することができず、モノのように扱うジラルダンとは違う。

 

「同じさ。捕獲する、という意味ではな」

「……バシャーモ」

 

冷たい目を続けながらカイムは傍にいたバシャーモに声をかける。

 

「ジュンサーさんに怒られん程度に締め上げろ」

 

バシャーモは頷くと、ジラルダンにヘッドロックをかけた。普段カイムに対して行う『痛い』程度のヘッドロックではなく、バシャーモ本気のヘッドロックであるため、ギシギシと骨が軋む音が聞こえるほどの強さだった。

 

「ぬっ…ぐぅっ!おごぅ!」

 

あまりにも強い痛みにジラルダンはまともに声を上げることもできずにいた。今まで感じたことのない痛みに声が上げられず、のたうち回ることすらできない。

 

「締め技で意識を落とすのも考えたが、できるだけ苦しんでほしくてな」

「おっ、お前っ!ほん、とに!人間なの、かっ⁈」

「人間だよ。お前と同じな」

「ごっ!」

 

あまりの痛みにジラルダンの意識が落ちる。それを見届けたカイムは穴抜けのヒモを取り出すと、ジラルダンの腕と足を縛った。

 

「ありがとうな、バシャーモ、ルカリオ。あと数分でジュンサーさんが来る。それまでここで待とう」

 

バシャーモ達はカイムの言葉に頷くと、気を失いだらしない顔をするジラルダンを囲むように瓦礫に腰を下ろすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ま、あとはジュンサーさんに引き渡して終わり。瓦礫から見つかったあいつのコレクションを見る限り、もう牢獄から出てこれねえだろうよ」

 

語り終えたカイムはつまらなさそうに息を吐いた。最後まで聞いていたシロナは微笑みながらカイムの肩に頭を乗せる。

 

「そう。お疲れ様」

「最悪の後始末だったよ」

「想像以上に嫌ってるわね」

 

シロナもポケモンをコレクションと称し、自身の欲のためだけに集めるジラルダンのことは心の底から嫌悪している。しかしカイムはアカギに対しても理解を示そうとしたほどだ。ここまで嫌悪するとはシロナとしても予想外だった。

 

「あいつは、自分のためだけに世界を滅ぼしかけた。アカギのように、手段はともかく本気で世界を良くしようと考えた結果じゃない。己の欲を満たすためだけに《世界》を消しかけた。理解なんぞできねえよ」

 

カイムの言う《世界》。それは、シロナのこと。カイムにとって自分の世界の中心はシロナであり、間接的とはいえシロナのことを殺しかけた。それだけでもカイムにとっては万死に値するほどのことだが、それだけでなくジラルダンは『心の雫』をコレクションにすると言った。あの宝石がどういった意味を持つのか、ラティオス達がどういった思いであの宝石を守っているのか理解しているカイムからしたら、私欲のためだけで『心の雫』を我が物にしようとするジラルダンは腸が煮え繰り返るほどの怒りを感じさせる存在だった。

 

「舐めた真似しやがったんだ。落とすくらいで済まされたことに感謝してほしい」

「あんな男、殴る価値もない。もう逮捕されたんだし、忘れましょう」

「…そうだな」

 

大きく息を吐くと、カイムはシロナの背中に手を回す。

 

「疲れたな」

「そうね。一緒に寝ましょうか」

「いつも一緒に寝てんだろ」

 

シロナの言葉に苦笑しながらも、カイムはシロナの提案を拒否しなかった。

 

そしてこの約束の通り、二人は一つのシングルベッドで一緒に眠るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日

 

朝食を済ませたカイムは一人でアーシア島の祭壇にいた。シロナは朝食後にフルーラもフルーラの姉に連れていかれ、カイムは一人手持ち無沙汰になってしまいこの祭壇に来ていた。

 

「ヤドキングは…いないか」

 

話すことができるヤドキングに何かしらこの祭壇やアーシア島の伝説について知ることができたら、と思っていたが、ヤドキングはいない。いないなら仕方ないと考えたカイムは、祭壇の周辺に咲いているハイビスカスに目を向けた。

 

「綺麗に咲いてんな」

 

あの異常気象では雪だけでなく突風もあった。そんな中、祭壇周りのハイビスカスはほとんど散ることなく、綺麗に咲いていた。海風を感じながらハイビスカスを眺めていると、背後から足音が聞こえてくる。

 

「カイム」

 

呼ばれて振り返ると、シロナが立っていた。

しかしシロナの服装は朝食時のものとは違う。シロナが身に纏っている服はフルーラやフルーラの姉が着ていたようなアーシア島の民族衣装だった。ただフルーラが着ていたものとは少しだけ異なり、肩にストールのようなものをかけている。

 

「その服…」

「アーシア島に伝わる民族衣装よ。フルーラとフルーラのお姉さんが用意してくれたみたいで、私たちがアーシア島の文化を調べにきたことを知って貸してくれたの」

 

シロナは全身を見せつけるようにその場でくるりと回る。その際に少しだけふわりと浮き上がるスカートがシロナでは珍しく新鮮であったため、思わず見惚れてしまった。

 

「シロナがスカートなのは珍しいな」

「決して嫌いとかじゃないけど、個人的にパンツスタイルの方が楽だしファッションとして色々合わせやすいから。それで?どう?」

 

悪戯っぽく笑いながら覗き込んでくるシロナを見て、カイムは息を吐く。

 

「お前が似合わないのは作業着くらいだって言ったろ」

「はっきり言って」

「…よく似合う。綺麗だ」

「うふふ、ありがとう」

 

カイムの返答がお気に召したシロナは嬉しそうに笑いながら祭壇に登る。祭壇の側に立つシロナは服装のせいもあるだろうが、これから儀式をする巫女のようにも見えた。

 

「どう?巫女に見える?」

「随分と美人な巫女だことで」

「あら嬉しい。まあ、私は笛は吹けないんだけどね」

 

シロナといえど、全く知らない楽器をいきなり吹くことなどできない。そもそも吹けたとしても手元に海の笛は無いし、何よりあの笛は巫女役に任命された人物にしか与えられないものらしい。シロナが持つ資格はない。

シロナは祭壇の中を覗き込む。昨日は互いに共鳴して世界に調和をもたらした宝は今、村の宝物庫に安置されているためここにはない。

 

「なんか、本当に予想外の大冒険しちゃったわね」

「ああ。調査兼旅行のつもりが、世界を救う大冒険だ。さすがに予想してなかった」

「ええ。予定も狂ったし死にかけるようなこともあったけど、良い経験だったわ」

「伝説を調べるつもりが、伝説そのものを目の当たりにして、実際にその伝説を体験したんだ。歴史を研究する者として、貴重な経験だったことは間違いない」

 

どんな高名な考古学者でも実際に伝説を経験した学者はそういないだろう。それだけで、シロナ達がどれだけ貴重な経験をしたのかがよくわかる。

 

「綺麗ね」

 

シロナは祭壇から海に視線を向けて呟く。静かな波の音と日光が反射して輝く海面は酷く美しく、とても昨日と同じ海には見えなかった。

海を見つめるシロナの横顔を見ながらカイムは言う。

 

「…ああ、綺麗だ」

「こんな美しい世界を守れて誇らしいわね」

「そうだな」

「こうして生きていけるのは世界があるから。生きて、生きて、いつか死ぬその日まで、この美しい世界に生きていけることが嬉しいわ」

 

風が吹き、ハイビスカスの花が一輪、房ごと落ちる。風に揺られる髪を手で抑えながらシロナは誇らしげにそう口にした。

世界を愛するシロナにとって、生きていく世界が綺麗であることがとても誇らしかった。世界を壊そうとしたアカギとジラルダンは心から許せないが、それでも結果としてこの世界を守れた。今はそれでいいと思えた。

 

「…お前がいれば、俺は別にどんな世界でもいいんだけどな」

「あら?嬉しいこと言ってくれるのね」

「俺にとって世界の中心は、シロナだ。シロナがいるなら、どんな世界でも構わん」

「ふふ、ありがと」

 

まるでプロポーズのような言葉を言うカイムにシロナは笑いかける。らしくない言葉を言ったなと少し恥ずかしくなったカイムは、足元に転がる房ごと落ちたばかりのハイビスカスの花を手に取った。そしてシロナに歩み寄ると、シロナの髪に赤いハイビスカスの花を付けた。

 

「あ…」

「その服に合うと思ったが、やっぱり合うな」

「ありがとう」

 

シロナはつけてもらったハイビスカスに手を添えながら僅かに頬を赤く染める。そしてカイムに笑いかけながら聞いた。

 

「ねえカイム。写真、撮ってくれる?この服と花を写真に残しておきたいの」

「ああ」

 

そう言ってカイムは祭壇の側に寄り添うシロナのことをスマートフォンのカメラで写真に収めた。また、祭壇だけでなく、海を背景にしての写真も撮り、シロナに見せる。

 

「わあ…やっぱりこの服と花、合うわね。とっても素敵」

「素材がいいと綺麗に映るもんだな」

「じゃあ次は一緒に撮りましょ」

「…そうだな。すまんバシャーモ、写真撮ってくれ」

 

カイムはバシャーモをボールから出すと、バシャーモにスマートフォンを渡す。受け取ったバシャーモはシロナとカイムが寄り添うのを確認すると、シャッターを切った。

 

写真に映った二人はとても晴れやかな表情をしており、背景の海と足元のハイビスカスが非常によく合う写真となっていた。

 

「ありがとうバシャーモ」

 

写真を確認したシロナがバシャーモに礼を言うと、バシャーモは頷いた。

バシャーモをボールに戻すと、二人は海に視線を向けた。そしてどちらからともなく手がふれ合い、指を絡め合った。

 

「この世界には私たちの知らないことがまだまだたくさんある。全てを知ることはできないけど、貴方と一緒ならきっとどこへでも行けるわ」

「ああ。お前のいるところに、俺もいたい」

「一緒に行きましょう。どこまでも」

「側にいるよ。ずっと」

 

波の音と輝く海、僅かに吹き付ける潮風を感じながら、二人はこれからも一緒にいられるように願いを込めながらそう誓い合う。

 

 

そして互いに顔を見合わせると、口づけを交わした。互いの存在が最後のその時まで側にいることを願って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…困ったなあ」

 

祭壇の手前、ヤドキングが普段寝床にしている洞穴でヤドキングは一人そう呟いた。シロナとカイムがイチャコラしているため出て行くことができないからだ。

二人は誰もいないと思っているからこそベタベタしているのだが、それをヤドキングはしっかりと見ていた。そして空気の読めるヤドキングはそんな二人の空気を壊さないように静かに息を潜めるしかなかった。

 

「……でも、これはこれで良きかなあ」

 

しかしヤドキングとしても世界を救った英雄二人が仲睦まじいのを見れてそう呟く。あの二人のおかげで世界の破滅が逃れられたし、何より仲睦まじく尊い雰囲気を出す二人の後ろ姿を見てやれやれといった様子を見せつつも、にっこりと笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 




ダークライのせいで遅れました。

シロナさんのマジコス(アナザー2)はルカリオの劇場版編で使おうと思います。珍しくシロナさんの御御足が見える衣装で発狂しながらブリッジしてました。


シロナ
ヤキモチ焼き兼英雄。最後の最後でいちゃつく通常運転。アニポケではダイマックス使うシーンが見れて満足です。正直最後の民族衣装の部分は思いつきだが、ハイビスカスの髪飾りはシロナさんによく合うと思っているので満足。

カイム
珍しくブチギレてた男。今回は恋人というより、相棒としての立場を多く見せた。身体能力は非常に高く、スーパーマサラ人には及ばないが、最近鍛えすぎて常人離れしてきていることにポケモン達も若干引いてる。

フルーラ
映画ヒロイン。外の世界に憧れているかどうかは正直不明だが、初見の格好と口調からそうなのではないかと予想した結果そうなった。映画でもいきなりサトシの頬にキスをかましているから今回はカイムに犠牲になってもらった。結果としてシロナから受け入れられたが、カイムが内心でどれだけ冷や汗をかいていたのか彼女は知らない。

ジラルダン
映画特有の自分のことしか考えてない悪役。バシャーモにヘッドロックをかけられて痛みで気絶した。声はいい。




次回はルカリオ。ルカリオが三体になるため面倒なことになりそう。


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次に二人が向かう街。

  • アルトマーレ(作者の欲望)
  • ウバメの森(セレビィの時渡りイベント)
  • エンジュシティ(ジョウト地方巡り)
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