ただただシロナさんとまったり過ごすだけの話   作:職業病

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閑話続き。今回は年末編。
日刊ランキング15位、ありがとうございます。


砂糖マシマシです。砂糖増やすとお気に入りがすごく増えますね。
みんな砂糖好きですねぇ。










私も好きだ。


閑話 ミオシティ②

日光の眩しさを感じて目を開く。

目の前には絹のように美しい金色の髪を持つ美女。朝一で美人の顔が見られるのは恋人の特権だろう。顔にかかる髪を優しく払ってやると、シロナは小さく動き、いつの間にか布団に潜り込んできていたグレイシアに顔を埋めた。グレイシアは少し苦しそうにしながらも嬉しそうに表情を緩める。

 

「はは」

 

これだけでシロナのポケモンがシロナのことをどれだけ好きなのかわかる。カイムのポケモンもだが、二人のポケモン達は皆自分の主人が大好きであった。それはシロナもカイムもポケモンに対して心の底から愛情を注いでいるからこそ、ポケモン達も二人に懐いた。シロナのポケモンもカイムに懐き、カイムのポケモンもシロナに懐いた。

 

「………」

 

眠たそうに目を開いたグレイシアの頭をカイムは優しく撫でる。撫でられたグレイシアは気持ちよさそうに目を細め、されるがままになっていた。

優しくグレイシアに笑いかけたカイムは、シロナを起こさないように静かにベッドを抜け出す。冷たい空気が肌に張り付く感覚がした。厚手のパーカーを羽織ると、静かに部屋から出ていき洗面所へと向かっていった。そのまま洗面所で顔を洗い意識を完全に覚醒させ、歯磨きを済ませる。歯ブラシを所定の位置に戻すとキッチンへ向かった。

 

「朝飯は…どうすっか」

 

冷蔵庫を開いて朝食をどうするか考えていると、ルカリオとブラッキーがキッチンに入ってきた。ルカリオは普段通りの鋭い目つきだが、ブラッキーはまだ少し眠いのか目がほとんど開いていない。朝が弱い癖にカイムの料理をする姿が好きなブラッキーはいつも毎朝起きてくる。ルカリオは主人であるカイムの手伝いをするためにカイムとほぼ同じタイミングで起きる。

 

「おはよう。さ、飯作るぞ」

 

ルカリオは頷き、ブラッキーはあくびをしながら目を瞬かせるのだった。

 

 

 

 

 

 

「おはよ〜」

「ん、おはようさん」

 

グレイシアを抱き抱えながら起きてきたシロナにカイムは調理を進めながら返事をした。シロナは完全に起きてるようだが、グレイシアはまだ眠たそうにしておりシロナの胸元に顔を埋めている。時刻は現在七時。少し眠たいのも仕方ないだろう。

グレイシアを抱き抱えたままシロナは調理を進めるカイムの背後から手元を覗き込む。

 

「毎日ありがと」

「飯は身体作りの基本だ。健康のための秘訣でもあるしな」

「そう言うと思った」

 

シロナはグレイシアを抱えたままカイムの背中に額を押しつける。カイムの鼓動の音が聞こえてくるのがわかった。

 

「どうした」

「んー?何でもないわ」

「まだ寝ぼけてんのか?」

「起きてるわよ」

 

むっとしたような表情をしながらシロナはカイムの肩越しにカイムの頬を指で突く。

 

「危ねえぞ」

「このくらいで手元が狂うような腕じゃないでしょ?」

「否定はしねえが、安全面を考えたらその行動はおすすめできん」

「嫌。寒い」

「暖房をつけろや…」

 

なおもぐりぐりと背中に頭を押し付けてくるシロナに呆れながらもカイムは手は止めない。そんなカイムにルカリオが調理に合わせて下拵えが済んでいる食材を出したり調理器具を手渡したりしている。ルカリオは普段からカイムの手伝いをしているため、かなり手伝いに慣れてきていた。ブラッキーは足元の邪魔にならない場所でカイムが調理をする姿をただ眺めている。そのブラッキーに気づいたシロナはグレイシアと共にブラッキーを抱き抱えてキッチンから出た。

 

「ブラッキーとグレイシアは暖かいわね〜」

「グレイシアは氷タイプだし、冷たい方だろ」

「確かにグレイシアは氷タイプだけど、ちゃんと生き物よ。暖かいに決まってるじゃない。それに今日は私達と一緒に寝てたわよ」

「それもそうか」

 

シロナとカイムが一緒に寝ない日はほぼない。眠るタイミングが違うことはあるが、基本いつも一緒のベッドで寝ている。最初はシロナがカイムの布団に潜り込んでくることがあったが、今はカイムも何の疑問も持たずに同じベッドで眠るようになった。

そしてその布団の中に時折ポケモン達が潜り込んでくることがある。カイムのポケモンではブラッキー、ムクホークが布団に潜り込むなりカイムの隣で眠るなりしている。シロナのポケモンではグレイシア、トゲキッス、ウォーグルが部屋に来ることがある。無論二人はそれを受け入れて共に眠ることにしているし、来ないポケモン達を蔑ろにすることなく平等に接している。

 

「ルカリオ、胡椒取ってくれ」

 

カイムの頼みにルカリオは迅速に応える。調味料の棚から胡椒をすぐに取り出し、カイムに手渡した。

 

「サンキュ」

 

ルカリオの頭を撫でる。ルカリオは特に表情は変えないが、撫でられた場所を軽く撫で、少しだけ嬉しそうに表情を緩めた。

そんなルカリオの姿を見てシロナは楽しそうに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「今日の予定は?」

 

トーストを口にしながらシロナはカイムに問いかけた。カイムは一瞬だけ手を止めると、食事を続けながら答える。

 

「今日は大掃除だ」

 

カイムは端的に応える。今日は一年最後の日、大晦日。大晦日にやることといえば大掃除。家中を綺麗にすることですっきりとした気分で年を越すことができる。

 

「前に言ってたけど、そんなに掃除する場所ある?」

 

ズボラなシロナからすれば、家中をカイムがこまめに掃除をしているためかなり清潔に保たれている。シロナの研究部屋もどんなにシロナが資料を散らかしたとしても翌日には綺麗に整頓されている。もはや家政婦と言われたとしても遜色ないほどの几帳面ぶりであり、なおかつ必ずシロナがわかりやすいように整理するのがカイムのシロナへの気遣いを忘れない。

そしてそんなに整理されているシロナの自宅のどこに掃除が必要なのかシロナはわからなかった。

 

「ある。まあ、世間一般の大掃除と比べたら多分かなり軽いものになるだろうが」

 

今までの大晦日は、仕事であったり大会であったりでゆっくりと過ごすことができなかった。そのためこの家で年を越すことがほとんどできておらず、大掃除せずに年越しをすることがなかった。それをしなくてもカイムが普段から清潔にしているため全く問題なく過ごせた。

 

「手伝ってもらうからな」

「いいわよ。ちゃんと教えてくれるんでしょ?」

「……教えることあるか?」

 

あれから色々と考えてきたが、本当に基礎的なこと以外教えるようなことはない。カイムからすれば埃が溜まっていそうな場所を徹底的に綺麗にする以外に意識していることがないからだ。

 

「それって、私が掃除できてるってこと?」

「んなわけねえだろ」

 

これで掃除ができているなんてカイムは絶対に言わせないという硬い意志を感じさせる言葉だった。

 

「まあポケモン達も手伝ってくれるみたいだし、幸い手は足りる。とりあえず監視つきでやってみよう」

「監視つき…」

「シロナに任せていたら仕事が三倍以上に膨れ上がるからな」

 

今現在シロナの自宅が綺麗なのは全てカイムが片付けているからだ。シロナに任せていたら二日も経たずに足の踏み場が無くなる。そんなシロナを監視していないと何をしでかすかわからない。

 

「午前中に多分全部終わる。朝飯食い終わったらすぐにやろう」

「わかったわ」

 

カイムは水を飲み干すと、皿を台所に下げると食事をしているポケモン達の方へ歩いていった。

その後ろ姿を見ながらシロナは目玉焼きを口に入れるのだった。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

「よし、やるか」

「お願いします!」

 

エプロンをつけた状態で、カイムはシロナとポケモン達に向き直った。とは言っても、やる場所はそう多くない。ポケモン達が手伝ってくれる以上手は足りており、そこまでやらなければならないことはない。

 

「シロナと俺は主に研究部屋の掃除をする。ルカリオは…リビングの床をやってくれ。バシャーモは俺の部屋頼むわ。メタグロスとトリトドンは外から窓と壁を磨いてほしい。ムクホークは屋根上を風使ってゴミを落としてくれ。ブラッキーは…俺とシロナについてこい」

 

ポケモン達はカイムの指示を受けると元気よく返事をした。カイムのポケモン達はカイムが掃除をする姿を見ているため、やり方は大体わかっていた。トリトドンとメタグロスは新入りであるため他のポケモン達と比べたら理解が浅い。しかしどちらもカイムの説明を受けたらすぐに理解して、上手く掃除をし始めてくれた。加えてシロナのポケモン達もカイムのポケモン達を手伝うために出てきてくれ、仲良く遊びながらも掃除をしてくれていた。

 

「あいつらは大丈夫だろう。俺らも始めよう」

 

ポケモン達が大丈夫そうだと判断したカイムはブラッキーを抱き抱え、シロナに向き直る。

はたきと箒、ちりとりを持ったカイムはシロナを率いて研究部屋へと向かった。研究部屋はシロナの机と大量の本棚があるくらいだったが、大量の本が存在する。一見綺麗になっているが、本棚の中や本編の上は薄く埃が溜まっていた。

カイムは部屋の窓と扉を開くとシロナに向き直る。

 

「うし、俺らもやろう」

「ええ」

 

シロナにブラッキーも元気よく返事をした。

カイムははたきを手に取ると、シロナに手渡す。

 

「掃除の基本は『上から下に、奥から手前に』だ。上から埃を取っていき床に落とす。落とした埃やゴミを床掃除と一緒に回収するんだ」

「上から下に、奥から手前にね。わかったわ」

「本棚は高さがある。一応これつけておけ」

 

そう言ってカイムが手渡してきたのは三角巾。降ってくる埃で汚れないようにするためという心遣いだ。

シロナはそれを受け取ると、頭に装着した。

 

「あとこれ。マスク」

「これも?」

「最初は上を向いて作業をする。だから上から落ちてくる埃を吸い込まないようにするためだ」

「なるほど」

 

少々過保護な気もするが、カイムが言うことも尤もであるためシロナは大人しくカイムの言う通りにした。

シロナが完全な姿になったことを確認したカイムは、自分もマスクと三角巾をつけてはたきを使い本棚の上に溜まっていた埃を落としていく。

 

「こんな感じでやってく。シロナも同じようにやってくれ」

「わかったわ」

 

そう言ってシロナははたきを使って埃を落としていく。カイムは料理の時のように恐ろしい行動を取るのではないかと身構えていたが、カイムの言われた通りの行動をしていたことが意外だった。

 

「え?なに?」

 

じっと見られていたことに気づいたシロナはカイムにそう問いかける。

 

「ああいや…料理の時みたいな恐ろしい行動をするのかと思ってたんだが…そんなことなかったな」

「あら、心外だわ。私は片付けができないだけで掃除ができないわけじゃないのよ」

「同じだ同じ。なにドヤ顔してんだ阿呆」

 

実際シロナは掃除ができないわけではない。整理整頓は料理同様絶望的であるが、ゴミをまとめたりゴミの分別をしたりはできていた。乱雑とはしていたが、不潔ではなかったことをカイムは思い出す。

 

「ゴミの分別できるなら整理整頓もやれよな」

「今は貴方がいるでしょ?だからいいの」

「…やる努力くらいはしてくれや」

「それに、ゴミはともかく資料は要るものでしょ?だからそのままでもいいかなって。どこに何があるのかは覚えてるし」

「デキのいい頭の無駄遣いもいいところだっての」

 

元々几帳面なカイムからすればそのまま放置するということは理解ができないものではある。それにカイムはそのまま放置したり出しっぱなしにしておくとほぼ必ずどこに置いたか忘れてしまい、それが結局無くすことに繋がってしまうからだ。シロナのようにどこに何を置いたのかをいちいち覚えていないからこそ、使ったものは元に戻し整理整頓を心がけている。

 

「整頓はともかく、掃除くらいは習慣にしてくれ」

「してるわよ。実際物が散らかる以外は綺麗でしょ?」

「否定はしないが、胸を張れることではないからな」

 

散らかることを正当化するような言い方にカイムは苦笑する。ゴミの分別ができ、それを放置していない以上シロナは恐らくやろうと思えば整理整頓はできる。しかしそれをやらないのは、彼女が忙しいこともあるだろうがそれ以上に苦手意識が強いからだろう。

その自分が苦手だとわかっていることをやろうとしている。シロナの中にも何か意識の変化があることは間違いない。それが何なのかはわからないが、良い変化だということはわかる。

 

 

『学びたいと本人が思っているのに、その機会を潰すなんてもったいないわ。学びたいって気持ちがあるなら、それを全力で突き詰めていくべきよ。そういう思いがある人を後押しすることに躊躇はないわ』

 

 

かつてシロナがカイムに言った言葉を思い出す。その言葉はカイムがシロナに弟子入りしてすぐに言われた言葉だった。

それからもう四年近く経ち、今ではカイムがシロナに対して教えることがある。時間が経てば立場も変わるが、まさか完全に立場が逆になる場合があるとはカイムは思ってもいなかった。

 

「…学ぶ、か」

「ん?」

「いや、人生ってのは学びの連続なんだなって」

「どうしたの急に」

「俺がシロナにものを教える日が来るとは思ってなくてな。前の料理の時もそうだが、俺が人に…それもシロナみたいなすごい人に何かを教えるなんて、昔は夢にも思わなかっただろうからさ」

 

凡人であるカイム程度では、人に教えられるものは無い。そう諦観していたかつての人生。それをシロナが一変させてくれた。

 

「確かに、貴方にできることは他の誰かでもできることなのかもしれない。でもそれは私にも言える。私にできるってことは、他の誰かでもできることなのだと思う。でも逆に言うと、貴方にできるってことは他の誰かにはできないことでもあるの。それこそ私は家事が苦手で全然できないけど、カイムは得意でしょ?本当の意味で何でもできる人って、いないのよ」

「それもそうだな」

 

そんな雑談をしているうちに本棚上の埃を粗方落とし終えた。換気を行いながらの掃除であるため、床に落ちることなく空中に舞った埃は外に出て行くのがわかる。

 

「あといい忘れていたが、掃除中は基本換気しながらだ。空中に舞った埃が喉を痛めることがあるからな」

「指摘がお母さんのそれね」

「やかましい」

 

文句を垂れつつもカイムは次の作業に取り掛かる。ドライシートを手に取って器具に装着すると、それをシロナに手渡した。

 

「一度埃を落としたら全体をドライシートで拭き取る。そうすることで大きい埃はもちろん、細かい埃を回収することができて掃除機をかけた時に埃が舞わなくなるんだ」

「そうなんだ…掃除機かければいいってものでもないのね」

「健康面を考慮するなら、こうした方がいいだろうよ」

 

互いに多忙である以上、日常生活から健康に気を使うべきだとカイムは考えている。だからこそ掃除の中にも細心の注意を払い、健康を害する要因となり得るものを可能な限り排除することを心がけている。そのおかげか、それとも単にカイム自身の身体が強いだけかはわからないが、カイムは大学入学時から現在まで一度も体調を崩していない。疲労による不調はあったものの、何もできなくなるほど体調が悪くなったことはなかった。

 

「シロナの代わりなんて誰にも務まらねえんだ。極力、こういう気を使う必要のない部分で体調を崩す原因を減らせばあとは本人次第だろう」

「そうね。でも一つ、付け加えさせてもらっていいかしら」

「なんっ⁈」

 

シロナはマスクを取ると、カイムの顔を掴んでぐいっと自分の顔の目の前に引き寄せた。突然の行動にカイムは一瞬頭が真っ白になり抵抗ができない。

 

「貴方の代わりもいないのよ。ポケモン達にとっても、私にとっても。貴方という存在はかけがえのないものなの。自分の代わりなんていくらでもいる、みたいなことは言わないでね」

 

真剣な瞳に見つめられ、カイムは固まる。シロナの長いまつ毛やきめ細かい白い肌。絹のように美しい金髪。そして銀灰色の瞳。目に映るシロナという人物を構成する全ての要素に魅入られ、カイムは思わず口を噤んだ。

そんなカイムを見て、シロナはジト目をカイムに向ける。

 

「聞いてる?」

「き、聞いてるっての。わかってるよ」

「多分、今そういうつもりで言ったんじゃないってことはなんとなくわかるわ。でも、そういうところを意識して戻して行かないとダメよ。貴方という存在がどれだけ私やポケモン達にとって大切なのか理解してね」

「…ああ。悪かった。悪い癖だなどうも」

 

二十年近くをかけて染みついた癖はなかなか抜けないらしい。カイム本人としては、今の自分は割と気に入っているつもりだったが、卑屈な物言いは若干残っているようだった。それをシロナによって自覚することができたため、これを機に少しずつ卑屈さがなくなっていくのだが、それはもう少し先の話。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

家全体を掃除し、粗方掃除が終わった頃には太陽は頂点に登っていた。

 

「よし、これで大体終わったか」

 

三角巾を取り、カイムはそう言った。シロナもカイムの言葉を受けてリビングを含めた色々な場所を見て回るが、カイムの言う通りどの部屋も綺麗になっており掃除がちゃんとされたことが素人目でもわかった。

 

「綺麗になったわね。元々綺麗だったけど、まるで新築みたい」

「そりゃ言い過ぎだがな。まあ綺麗になったことは間違いないが」

 

シロナの自宅は結構な広さがある。故に二人でこの広さを全て掃除しきるとなるとかなりの時間がかかるが、ポケモン達がかなり積極的に手伝ってくれたため午前中で終わらせることができた。

シロナも三角巾とマスクを外し、エプロンを脱ぐ。脱ぎ捨てられたエプロンはカイムが拾い上げ、丁寧に畳んでソファに置いた。

シロナに視線を向けると、シロナの美しい金髪に僅かに埃が引っかかっているのが見えた。シロナの髪は非常に長いため、三角巾をつけていてもゴミがくっついてしまったのだろう。

 

「シロナ」

「ん?」

 

振り返ったシロナの髪を優しく撫でてカイムは髪についたゴミを落とす。

 

「ゴミついてた」

「あら、ありがとう。でもね、そういうカイムも…」

 

シロナはカイムの頬についた泥を指で優しく撫でて落とした。どこでついたかはわからないがどうやら掃除の最中、頬を拭った際についたらしい。

 

「泥ついてたわよ」

「ん、そうか。ありがとう」

「いいのよ」

 

シロナが外に目を向けると、ポケモン達が思い思いに過ごしているのが見えた。ガブリアスやルカリオはカイムのバシャーモとルカリオを相手に組み手をしており、ムクホークはトゲキッスとウォーグルと共に空で追いかけっこをしていた。また、メタグロスはシロナとカイムのトリトドンを頭に乗せて歩き回っており、ロズレイドとミカルゲ、グレイシアは何か談笑のようなコミュニケーションを取っていた。

 

「みんな楽しそうね」

「基本みんな仲良いからな。喧嘩するのも大体食べ物の取り合い程度だし」

 

そう話しているとブラッキーがカイムの足元まで歩いてきて抱っこをねだってきた。それに気づいたカイムはブラッキーを抱き上げ、優しく撫でる。

 

「おつかれ。ありがとうな」

「ブラッキーも頑張ってたものね」

「サイコキネシスの制御特訓も兼ねてな」

 

ブラッキーはサブウェポンにサイコキネシスを覚えているが、制御がうまくできず暴発させてしまうことがある。そのためバトルでもあまり使うことはなかったのだが、コゴミとシロナのバトルでコゴミのブラッキーがサイコキネシスを巧みに使いこなしていたのを見てブラッキーはサイコキネシスの制御特訓を行うようになった。

かなりできるようにはなってきたが、まだまだ正確性に欠ける。多少できるようになってもやはりブラッキーとしては苦手意識が取れないためか、特訓は続けている。そして特訓後は必ずカイムの元にきて褒めてもらおうとしていた。

 

「今日も頑張ったな。えらいぞ」

 

撫でられるブラッキーはとても嬉しそうにしていた。そして撫でるカイムもそんなブラッキーの様子を見てあまり見せない優しい笑顔をブラッキーに向けた。

 

「………」

「ん…なんだよ」

 

そんなカイムのことをシロナはじっと見つめており、その視線に気がついたカイムは視線の理由がわからずに聞いてきた。

 

「…私にも、何かあっていいんじゃない?」

 

シロナは片付け及び掃除(というか家事全般)が苦手だ。そんな家事が苦手なシロナがカイムと一緒とはいえ、苦手なことを積極的に克服しようとした。それはブラッキーがサイコキネシスの制御を頑張ることと同じだと言えるため、シロナもブラッキーに向けたような笑顔を自分にも向けてほしいと思ってしまった。

 

「何かって……ああ、そういうことか」

「何よ。いいでしょ」

「そうだな。まあ実際人手として役に立ってくれたし、なんかあってもいいかもな。何がいい?俺ができることならやってやる」

「…そうね。じゃあ、キッサキシティでやった時みたいにまた座椅子になってくれる?」

「あれか。その程度でいいなら」

 

そう言ってカイムはソファに腰掛ける。シロナはカイムが抱いていたブラッキーを抱き抱えると、カイムの足の間に座り自身の身体をカイムの身体に預けた。

 

「こんなのがいいのか?」

「これがいいの」

「なるほど、わからん」

 

シロナと触れ合えること自体はカイムとしても望ましいことではあるが、背もたれにされている経験しかない身としてはいまいちこの行為の良さがわからない。かといって女性…しかも彼女を背もたれにするような趣味はカイムにはない。シロナがこうすることを気に入っているため抵抗は全くないが、女性とは不思議なものだと内心でカイムは思った。

 

「…落ち着く」

「そりゃ背もたれ冥利に尽きるな」

 

寄りかかりながらシロナはカイムの首元に頭を置く。カイムの鼻腔にシロナの匂いが広がった。その匂いがカイムの心を落ち着かせる。

なんとなく愛おしさが胸の中に溢れて出たカイムはシロナとブラッキーを後ろからそっと抱き寄せた。

 

「………」

「どうしたの?」

「いや…何かあったわけではないが、なんとなく……ああ、うまく言えねえな」

「ふふ…でもわかるわ。どう言えばいいかわからないこの思い。言葉にするのには少し難しいわね」

「ああ。ただこの時間が、この瞬間が大事に思えた。その思いから溢れてくる何か…うん、どう言えばいいか分からん」

 

シロナがいて、ポケモン達がいる。この何でもないいつもの時間が、とても大切に思えた。

 

「同じ時間は、二度とやってこない。いつか終わる私たちのこの人生()に同じ瞬間は二度とない。だからかしらね。この『年を越す』という瞬間を目の前にして、この何でもないいつもの時間がとても大切に思えたのかもしれないわね」

 

今までとは違う関係。かつて経験したことのない関係性を持つ相手と共に過ごす。カイムにとってもシロナにとっても初めてのこと。今まではずっと師匠と弟子、または研究者と助手という関係だった。恋人として歳を越し、共に過ごすのは初めての経験であったからこそ、思うところが多くあるのかもしれない。

 

「心があるからこそ、私たちはお互いを思い合える。それがどんなに尊いことなのか、今ならよくわかるわ」

「……心、か」

 

心という言葉を聞くと、ある男の後ろ姿が脳裏に浮かぶ。心を否定し、完全な世界を望んだ男の姿。

 

「どうしたの?」

「いや、心って聞くとアカギのことを思い出す。心を否定して、心の無い完全な世界を望んだアカギ」

「…アカギね。今もまだ破れた世界にいるのかしら」

 

ヒカリと共に訪れたギラティナのいる世界…破れた世界。あの世界でアカギと対峙し、そして正面からぶつかり合い倒した。対話を重ねたが、互いに相容れない存在であることを悟り、敗北したアカギは破れた世界に留まることを選んだ。

あの破れた世界は時間も流れず、空間も安定しない世界。そのため他者からの介入がない限り時が動くこともないため飢餓などの生理的理由で死ぬことはない。アカギがあのままあの世界にいるのなら、生きているだろう。

 

「私は、アカギの心を否定する考えを否定した。それ自体は間違いだとは思わないし、私は心が大切なものだと心から信じてる。だから今アカギと対峙したとしても、まだ私はアカギを否定するわ」

 

そこでシロナは一度言葉を切り、ブラッキーを撫でながら続けた。

 

「でもね、今だから思うの。アカギが心を否定するようになった理由…それを知ることができれば、受け入れるとまではいかなくても、同じ世界に生きていくことくらいはできたのかもって思うの。受け入れるっていうのは、全てを共有することじゃないってわかったから」

「…アカギは、心があることでこの世界に絶望した。俺たちは心があるから今こうして一緒にいる。俺たちとアカギとでは、心の在り方が違った。もしかしたら同じ世界に生きていくことはできるかもしれないけど、アカギに対してどう歩み寄ればいいのか俺にはわからない」

 

否定することでしかアカギと向き合うことができなかった。シロナはそれが心残りであった。実際シロナとアカギでは心の向き合いが違う。根本的に異なる在り方をしている以上、どう歩み寄るのが正解なのかはわからなかった。

 

「アカギは今でも心を否定しているのかしら」

「してるよ」

「言い切るのね」

 

即答で言い切るカイムにはアカギが未だに心を否定していることがわかった。

 

「あいつが何が理由で心を否定しはじめたのかはわからん。だが、心を消し去るためだけにあそこまでのことをやってのけた男だ。一度完全に阻止された程度で諦めるようなタマじゃねえよ。それだけで諦めるならそもそもここまでのことはやってないさ」

「…それもそうね」

 

アカギが今、何を思いどう過ごしているのかはわからない。だがいつかまた必ずアカギは行動を起こす。そんな予感がした。

 

「私は、これからも心を肯定し続けるわ。ポケモン達とも貴方とも過ごせるこの日々をこれからも大切にしたいから」

「…そうだな」

 

カイムはシロナの手を握り、自らの心が今後もこの世界に在り続けることを嬉しく思った。

そしてその瞬間、ブラッキーのお腹が小さく音を立てた。時計を見ると丁度正午を指していた。

 

「丁度昼飯時だな。飯にしようか」

「ふふ、そうね。ブラッキー、お腹空いたわよね」

 

ブラッキーが頷くのを見ると、シロナは立ち上がりカイムもそれに続いて立ち上がった。

 

「今日の飯はちと手抜きがちだが、許してくれや」

「あら珍しい。どうして?」

「明日のお節に時間割く必要があるから」

「なるほど、そうだったわね」

 

毎年カイムはお節まで作る。素人と言っていたが、どう考えても素人が作ったとは思えないほどの出来栄えになっているため、シロナは毎年密かに楽しみにしていた。

 

「昼飯は…テキトーにおにぎりでも作るか」

「おにぎりなら私でもできる?」

「ただのおにぎりじゃねえからできねえよ」

「むう…」

 

少し拗ねたような表情をするシロナにカイムは苦笑して頬に手を添える。

 

「拗ねんなよ。ポケモンの相手しててくれ」

「…わかったわ。美味しいの、よろしくね」

 

頬に添えられた手を両手で包み、優しく撫でながらシロナは言った。カイムはいつもの無表情のまま頷くとキッチンへと歩いていく。

残されたシロナとブラッキーはカイムの背中を見送ると、なおも遊ぶなり組み手をするなりしているポケモン達のもとへと歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

十数分後

カイムは大皿を持ってポケモン達の相手をするシロナのもとへ歩いてきた。

 

「あ、できたの?早いわね」

「ま、手抜き飯だからな。早くもなる」

 

そう言ってカイムはウッドデッキに座るシロナの隣に腰掛け、シロナと自分の間に皿を置いた。皿に乗せられていたのは薄いおにぎりで具材を挟んだ食べ物だった。

 

「これは?」

「おにぎりサンド。普通のおにぎりじゃ味気ねえと思って、冷蔵庫にあるものを適当に使って作ってみた」

 

適当に作った、とカイムは言っているがシロナからすればかなりいい出来栄えだった。ただのおにぎりとも異なり、具材も色々と種類がある。ランチョンミートや卵、レタス、白身魚のフライなど具材のレパートリーも多い。

 

「適当に作ったって言うけど、結構凝ってるわよね」

「そうか?白身魚は冷凍食品の使ってるから大した時間かからんし、ランチョンミートは焼くだけだ。大したもんじゃねえ」

 

カイムは何でもないように言いながらポケモン達にも食事を用意した。ポケモン達の好みに合わせて味付けを変えており、それを作り置きしているポケモンフードをそれぞれのポケモン達一匹ずつあげて回る姿はブリーダーのそれだった。ブリーダーならばポケモンの好みに合わせてポケモンフードの調合を変えることもあるだろうが、一般のトレーナーがそこまでするのは極めて稀だろう。これもカイムの生真面目さとポケモン達への愛情が起因しているんだろうとシロナは思った。

 

「俺らも食うか」

 

全てのポケモンに食事を与え終わったカイムはアルコール消毒で手を拭きながらシロナにそう言った。

 

「ええ」

 

シロナもカイムに渡されたアルコール消毒で手を清めると、皿に乗せられたおにぎりサンドの一つを手に取った。

 

「いただきます」

「どーぞ」

 

カイムもおにぎりサンドの一つを手に取りかぶりつき、シロナもそれに続いた。ランチョンミートの程よい塩味と野菜のシャキシャキとした歯応え、卵の味が絶妙に合わさりとても食べやすい味になっていた。

 

「あ、これ美味しい」

「そりゃよかった。久々に作ったが、まあこれで失敗するようなこともねえしな」

「これ、カイムが考えたの?」

「いや?もとは母さんが小さい頃に作ってくれたもんだ。あの時は具材がハンバーグとかツナマヨとか子供が好きそうなものだったがな」

「そう…タキさんが作ってくれたのね」

「今は冷蔵庫にあったものを使っただけだが、割といいだろ」

 

片手で食べることができ、栄養バランスもそれなりにしっかりとしたものになるため割とカイムの中では評価が高い食べ物だった。ただ手抜きであることは間違いないため、サポーターとして活動するようになってからは作ることがなかった。カイムがサポーターになったのは大学を卒業し、しばらくして同棲をするようになってから。そのためシロナにこのおにぎりサンドを出す機会がなかった。

 

「これくらいなら、シロナに教えてもいいな」

「簡単なの?」

「正直カレーより簡単だ。切って焼いて挟むだけだからな」

「じゃあ今度やってみるわね」

「俺の監視下でな。まだ一人でキッチンには立たせられん」

 

マニュアル通りにやる癖はついてきたが、それでもまだ一つ一つの操作はおぼつかない。怪我や事故を防ぐためにもまだまだ監視下から出ることはできないが、少しずつ常人レベルに近づいていることは確かだった。もしかしたら来年には一人で色々とできるものが増えているかもしれないとカイムはおにぎりをサンドを食べながら考えていた。

 

「お願いね、先生」

 

そんなカイムの頬についた米粒をシロナは指で取り、そのまま口に入れた。

 

「ん、ついてた?」

「ええ。雑に食べるからよ」

「ほっとけ」

 

顔を顰めながらカイムはもぐもぐと食べ続ける。普段の苦い顔とあまり変わりはないが、シロナはこの表情が恥ずかしい時だと知っていた。

 

「ふふ」

「んだよ」

「んー?かわいいところもあるなって」

「成人男性に向けてかわいいは中々的外れだろうに」

「一般的にはそうかもしれないわね。でも、私とカイムに限って言えば当てはまるのよ」

 

世間的にはカイムの言う通り成人男性に『かわいい』という言葉は似合わないだろう。しかしシロナにとって普段のきっちりしたカイムの態度からはあまり想像がつかないちょっとした抜けている部分がとても愛おしく、そして可愛らしく見えた。そう見えてしまったのだから仕方がないと内心で正当化しながらそう告げた。

 

「…勘弁してくれ」

 

ため息を吐きながらカイムはつぶやいた。

そんなカイムのもとにトリトドンが近寄ってきて、カイムの隣に居座った。そんなトリトドンの顎を撫でながらもカイムは食事を続ける。

 

「そういや、Nはどうしてっかな」

「Nね。今もイッシュ地方を旅しているのかしら」

 

カイムにトリトドンを託した人物、N。ゼクロムに認められた『英雄』の一人であり、かつてイッシュ地方を混乱に陥れたプラズマ団の王だった存在だ。

 

「連絡先は渡してあるが…さっぱり連絡こなかったな」

「こっちからは連絡できないものね。気長に待つしかないわ」

「そうだな。ったく…ダイゴとは大違いだ」

 

ダイゴとは結構頻繁にやり取りをしているが、Nはさっぱり連絡が来ない。二人がNと過ごした時間はほんの僅かな時間ではあるが、二人はNのことをちゃんと友人として認めていた。シロナは気長に待とうと考えているが、カイムは連絡先を渡したのにも関わらず全く連絡が来ないことに少しだけ不貞腐れていた。

 

「そんなに気になる?」

「ったりめーだ。あいつが託してきたトリトドンのこととか気になるだろ普通よ。それに、ダチならたまには連絡の一つもあっていいだろ」

 

ムスッとしながら言うカイムにシロナは笑う。

以前、シロナはカイムのことを『寂しがり屋』と言った。こういう一面があるカイムを寂しがり屋と表現したのは言い得て妙だったかもしれない。

カイムはおにぎりサンドを包んでいたサランラップを丸めて皿に乗せる。するとそれを見たバシャーモとルカリオが近寄って来てカイムの手を引いた。

 

「お、なんだ?組み手の相手か?」

 

その言葉に二匹は頷き、ガブリアスとシロナのルカリオがいる場所へとカイムを引っ張っていった。そしてそのままシロナのルカリオを相手に組み手を始めた。

シロナはそんなカイムとポケモン達を見ながら傍にいるカイムのトリトドンを撫で、空を見上げた。

 

「いい一年だったわね」

 

シロナはそう呟きながら目を閉じ、優しい風を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼食後、カイムは組み手の相手をして汗をかいてしまったためシャワーを浴びた。シャワーから上がり髪を乾かしてリビングに入ると、シロナが丁度電話を切ったところだった。

 

「あ、悪い。電話中だったか」

「大丈夫よ。ちょうど終わったところだから」

「誰と電話してたんだ?」

「カトレアよ。年始は本家に戻るから今度会わないかって」

 

カトレアはイッシュ地方の四天王だが、元はシンオウ地方のバトルフロンティアの施設の一つ、バトルキャッスルのオーナーだ。今現在はカトレアは四天王であるためバトルキャッスルのオーナーはコクランやコクランの一族の者が務めているらしい。

そしてカトレアの一族はシンオウ地方に本家がある。そのためカトレアはシンオウ地方に時折戻ってくる。

 

「なるほど、そういうことか」

「またこっちに来てくれるみたいよ」

「そうかい。メタグロスの礼、改めてしねえと」

 

カイムはメタグロスの育成にあたり、ダイゴとカトレアの育成方法を元にした。元の育成論が確立していたこともあり、メタグロスは比較的早くカイムの手持ち戦力として数えられるくらいの実力を身につけることができた。カイムとしてもその恩恵は大きかったため、改めて礼をしようと考えていた。

 

「しばらくはシンオウ地方にいるみたいよ。日程も合わせやすいと思うわ」

「それはいいが、あいつ一応四天王だろ?仕事とかないのかよ」

 

四天王はポケモンリーグの最上位トレーナー。故にチャンピオンほどではないにしろそれなりに忙しいはずだ。

 

「仕事は執事に任せてきたんですって」

「執事?コクランさんか?」

「コクランさんの一族の方だそうよ」

「……大変だな」

 

四天王の仕事というのもそう楽ではないはず。それをいきなり次期当主となるカトレアに投げつけられて嫌だと言える執事などいないだろう。その執事のことは知らないが、気の毒な立場だと内心でカイムは同情するのだった。

 

「日程は改めて決めましょ。新年の挨拶のついでに決めちゃえば手間が減るわ」

「そうだな」

 

カイムはシャツの袖を捲り上げ、椅子の背もたれにかけられていたエプロンを手に取る。

 

「あ、お節作るの?」

「ああ。作れるものは今日作って、下拵えだけのやつも今のうちに全部下拵えしておく。割と日持ちするものが多いが、当日作った方がいいやつは少なからずあるから」

 

そう言ってカイムはキッチンに立つ。するとカイムが調理を始める気配を察知したのか、ルカリオがキッチンに入ってきた。

 

「お、手伝ってくれんのか」

 

カイムの言葉にルカリオは小さく頷く。そんなルカリオの頭を撫でてカイムは調理を開始した。手慣れた手つきでさくさくと調理を進めていくが、お節は品数が多い。そのため手早く進めたとしてもそれなりに時間がかかってしまう。

てきぱきと調理を進めるカイムを見ながらシロナは口を開いた。

 

「アカギで思い出したけど、あれからギンガ団がどうなったか聞いた?」

 

シロナの問いかけに一瞬だけカイムは手を止めたが、再び手を動かし始めた。

 

「一応な。色々と問題を起こした団体だし、それなりに話はジムに入ってくるから。確か解体はされなかったが、ポケモンリーグの監視下でないと活動ができなくなったとか」

「ええ。解体されなかったのはあの事件に関わっていた者がほとんどいなかったからね。九割の団員があの事件のことを知らなかったみたいよ」

「残りの一割も最終的に何をするための活動なのか知らされていなかったんだったな」

 

あの様子からすると、マーズやジュピターなどの幹部達ですらアカギの最終目標を知らなかったようだった。恐らく彼女達が知っていたのは『神たるポケモン達を呼び出して世界を思い通りにする』程度のこと。心を無くすことを目的としていたことを知っていたかどうかは、わからない。

 

「アカギのポケモン…アカギのことを心から信頼していた。なのにそれすらも不要だって思ってたのかしら」

「…多分思ってたんだろう。それほどまで、あいつの心への憎悪は強かった」

「じゃあ、ギンガ団の幹部達の忠誠心ですら不要だったのかしら」

 

ギンガ団の幹部達は全員アカギに対して強い忠誠心を向けていた。あそこまで信頼され、そして心酔されるというのはアカギ自身の人身掌握術だけでなく、部下達への適切な対応があってこそだろう。

本来ならそれはいいことだ。しかし心が無くなれば、その忠誠心も消える。それでもいいとシロナにはとても思えなかった。

 

「…どうだろうな。アカギは心を消すことを目的としていた。その結果、幹部達の忠誠心が消えることも想定していたのだろうけど、その忠誠心を『不愉快』だと感じていたかどうかは俺にもわからん」

「…そうよね」

「こればっかりはアカギ本人にしかわからんだろう。俺もシロナも、心を尊いものだと感じているんだからな」

「…ええ」

 

どう足掻いても相容れない存在。シロナとアカギは互いにそう感じる相手だったが、どうしてそう感じるようになったのか、そして本当にそう思っていたのか。どうしても考えてしまう。

 

「心があるから、怒りや悲しみを感じる。でも同時に楽しさや嬉しさ…愛おしさを感じることができる。これがどんなに素晴らしいことなのかわからないのね」

「多分、俺たちが楽しさや嬉しさを素晴らしい感情だと感じる以上に、悲しみや怒りを感じることに耐えられなかったんだろう。昔、何かに裏切られた経験でもあったのかもな」

 

カイムの中で心を信じられなくなる理由として思いつくのは、何かに裏切られた経験があったことくらいだった。実際どうだったかはわからないが、信じていたものに裏切られ、それに耐えきれなかったら心を否定するようになる可能性もあるかもしれない。そう思った。

 

「『今まで幸せに生きてこれた者達の戯言』。アカギはそう私に言った。きっとアカギはあまりいい過去を送ることができなかったのね」

「…かもしれんな」

「アカギに寄り添うことができる人がいれば、アカギがああなることもなかったかもしれないわね」

 

無論アカギがしようとしたことをシロナは許すことはできない。だがそれでも、もし寄り添うことができる存在がいればアカギはああはならなかったかもしれない。

 

「…たらればでも、考えちまうな」

「ええ」

 

今シロナたちが話していることは所詮たられば。だがそれでも、アカギという『信念』を持って己の望む世界を創り上げようとした存在のことを考えずにはいられなかった。

 

「暗くなっちゃったわね。話を変えましょうか」

「一年の振り返りでもするか?」

「いいわね。今年といえば…まずはシント遺跡ね」

 

シント遺跡。シンオウ地方とジョウト地方の両方の文化が含まれた遺跡であり、シロナが今年執筆した論文の題材の一つとなっている遺跡だ。

 

「あそこはなかなか興味深い遺跡だったな。辺鄙なところにあるせいで行くのに苦労したが、それ以上に面白い遺跡だった」

「そうね。あの遺跡は二つの地方の文化を持つ変わった遺跡だったわ。内部には時間、空間、反物質の三つを示す『三舞台』があったから、シンオウ地方の人が作った遺跡だと予想をしたんだったわね」

「ああ。シンオウ地方の神話に語られる神…ディアルガ、パルキア、ギラティナを想定して造ったものだ。ジョウト地方で祀られる神はホウオウとルギア。シンオウ神話のポケモンじゃないからまあ順当に考えりゃシンオウ地方の人達だろうよ」

 

ジョウト地方に移り住んだシンオウ地方の人が故郷を思って作った遺跡、というのがシロナの見解だった。やりの柱だけでなくアルフの遺跡を象徴するアンノーンの存在も見受けられたため、理論としてはちゃんと筋の通るものであったし、実際学会での評判も良い論文であった(そもそもシロナの執筆した論文に評判が悪いものは一切無いのだが)。

 

「それでそのあと弾丸ジョウト旅行に行ったわよね」

「もう少し計画性を持って行きたかったがな」

 

シロナは最初からそのつもりだったのかもしれないが、カイムはそれを知らされていなかった。そのため計画性も何もあったものではない旅行(調査)になったが、文句を垂れつつもカイムにとってもいい経験であったことは間違いない。

 

「ごめんね。次行くときはちゃんと計画立てていきましょ」

「そうしてくれ。お互いある程度重要な立場になったんだからな」

 

シロナは依然としてチャンピオンという立場のままだが、カイムはジムリーダー候補。まだジムリーダーに就任することは確定はしていないため現状はミオジムのジムトレーナーということになっているが、今後のことを考慮するとあまり好き勝手なことはできない立場であることは間違いない。

 

「ジョウト地方で最初に行ったのはヨシノシティ…正確にはアルトマーレね」

「いい場所だったな」

「ええ。とてもいい出会いもあったものね」

 

そう呟きながらシロナは右手の薬指につけている赤い指輪を優しく撫でた。

アルトマーレではカノンやボンゴレといった人々に出会っただけでなく、ラティアスとラティオスと出会うこともできた。出会ったのは恐らく偶然だろうが、その出会いで今も連絡を取り合うくらい良い関係を築くことができた。特にラティアスはシロナのことが大好きであり、定期的にカノンからラティアスが会いたがっている旨を伝える連絡が来たりするほどだった。

 

「そろそろラティアスが寂しくて泣き出しちまうかもな」

「隣の地方とはいえ、私たちも忙しいから簡単には行けないのよね。今度連休がある時にでも行くことを検討してみようかしら」

「いいかもな。俺もラティオスに会いたいし」

 

カイムもラティアスに懐かれているが、どちらかといえばラティオスと仲が良い。クールなラティオスだが、自分と似たような立ち位置のカイムにシンパシーを感じるだけでなく、単純に気が合うことも相まってカイムによく懐いている。

 

「あの街の歴史…もう少し勉強してみたいもんだ」

「そういえば、アルトマーレの歴史を少し知って珍しく落ち込んでたわよね」

 

アルトマーレはかつてラティアスやラティオスの力…『命』を使って街を守ってきたという歴史がある。だがこの歴史は断じて人が傲慢故に辿ってしまった過ちではなく、街の人々およびラティアスとラティオスの先祖が苦渋の決断として選んだ道。痛ましく思うことはあっても疎ましく思うような歴史ではない。

 

「ああ。今でもあの決断を下した人々のことを考えると、胸が痛む。でもだからこそ、そういう決断を下すことができた人達のことを知りたいとも思ったんだ」

「人の歴史は必ずしもいいものばかりではない。それを理解した上で、痛ましい歴史を学んでいき当時の人達の生活や意志に思いを馳せられるのは考古学の醍醐味よね」

「なんにしても、また行きたい」

 

二人にとってアルトマーレという土地はとても印象的な土地であり、良き出会いのあった土地だった。歴史的にも友人的にもまた二人で訪れると決めている。

 

「そのあとは…確かトワさんのとこか」

「ええ。正確にはウバメの森だったけどね」

 

二人がトワの住む森を訪れたきっかけは、ハンターに追われたセレビィの時渡りに巻き込まれる形で次元を跳躍したことだった。セレビィは傷つくと森の力を利用して傷の回復を図る。そのエネルギーはセレビィの身体を癒すだけでなく時間を渡る力も持つ。あの時二人はセレビィが時を渡ることでハンターのいない時間へと逃避する瞬間に居合わせたため、時渡りに巻き込まれてしまった。

 

「ウバメの森からトワさんの住む森に場所が変わった理由…結局なんだったんだろうな」

「順当に考えれば、私たちというイレギュラーが巻き込まれて座標がズレたって考え方になるかしら。実際のところどうかはわからないけどね」

「なるほどな」

「本能的にセレビィがあの森の方が安全だと感じ取った可能性もあると思うけど、実際はどうかわからないわ」

 

あの時、セレビィ自身も酷く傷ついていたため『とにかく安全なところへ』という意識しかなかった可能性がある。無我夢中で時渡りを行った結果、あの森にたどり着いたと考えたしても違和感はない。

 

「あそこでトワさんに出会ったのよね」

「当時はシロナと同い年くらいだったか?」

「そうね。あの時も今も…トワさんは大切な友達よ。今も連絡取ってるしね」

 

トワとシロナは今でも連絡を取り合っている。ただトワの住む森は電波が弱く通話やメールでのやり取りは困難であるため、現代には珍しい文通でのやり取りだった。定期的に手紙が送られてきてシロナもそれに応えて手紙を返している。その際にカイムと一緒の写真やポケモン達の写真なども一緒に送っていた。トワが密かにその写真を楽しみにしていたりするが、シロナ自身がそれを知るよしはない。

 

「楽しかったなあ。また会いにいきたいわ」

「セレビィにも会えたらいいな」

「そうね。ただあの子はいろんな時代や場所にいるだろうからタイミング合えばいいんだけど」

「あれ持っていけばワンチャンあるかもな」

 

そう言ってカイムが向けた視線の先には日光を受けて輝く結晶が飾られていた。それはセレビィが時渡りで元の時代に戻る際に渡してくれた結晶だった。二人はとりあえず『時の結晶』と呼んでいる代物である。

 

「確かにあれはセレビィが託してくれたものだし、持っていけば感じ取ったセレビィが会いに来てくれるかもね」

「行く機会があったら持って行こうや」

「そうね」

 

今のところ行く予定はまだ立てられていないが、現代に戻ってから訪れた際は時の結晶を持っていた。だからまた訪れることがあれば、あの結晶があれば会えるかもしれない。

 

「それであの旅行の最後は…エンジュシティだったな」

「ええ。思い出の場所よ」

「そんなに印象的だったのか?気持ちはわかるが、個人的にはアルトマーレとかの方が印象的だった」

「エンジュシティの歴史は興味深いものだったし、あの街に残される街並みはジョウト地方ならではのものよ。まあ、それを抜きにしても私にとっては印象的だったわ」

「なんで?」

 

確かにシロナの言う通りエンジュシティの街並みは独特でジョウト地方ならではのものだった。しかしシロナはそれらを抜きにしても印象的だったと言う。その理由がわからずカイムはシロナに聞き返した。

 

「貴方の着物姿を見れたからよ」

「…ああ、そういやそうだった」

 

エンジュシティでシロナとカイムは着物を着て観光していた。その時の二人の姿は写真として飾ってある。スズの塔を訪れた際にマツバが撮った後ろ姿の写真はあの後こっそりシロナが受け取っていたのだが、それは秘密の話だ。

そしてその着物姿のシロナ…あの姿はサザナミタウンで見せられた水着姿と同じくらいカイムの脳裏に焼き付いて離れないものだ。

 

「あの時の着物姿、似合ってたわよ」

「どーも。ただ、ああいうのは俺よりシロナの方が様になる」

「うふふ、ありがとう。着物っていいわよね。なんかこう…背筋がすっと伸びるような気持ちになるし、見た目も綺麗だから」

「つか、今更だけどなんで俺まで着ることになってたんだよ」

 

あの時宿屋の女将に予約されていたのはシロナだけだとカイムは勝手に思っていたが、実際はカイムも予約されていた。

 

「ああ、あれは私が頼んだの」

「なんでだよ」

「一緒に着物で街を回りたかった。それだけよ」

「…………」

 

シロナのストレートな物言いにカイムは思わず押し黙る。

あの時の着物姿が脳裏に焼き付いていたのはカイムだけでなくシロナもだった。カイムの容姿は言うなれば並程度。しかしシロナにとっては唯一無二の存在。そんな想い人の着物姿を見れば、忘れられないものになるのは言うまでもない。

 

「それに、とっても素敵な贈り物もしてくれたしね」

「贈り物って…あの簪か?」

「そうよ」

 

あの時贈られた簪。今はシロナにとって宝物となっていた。今でも時折着けているし、普段は専用のケースに大切にしまっている。

 

「あんな素敵な物を贈ってもらったんだもの。大切にしているわよ」

「そりゃ贈った側からすればありがたい限りだが…」

「貴方からあんな物贈られたのよ?嬉しいに決まってるわ」

「そんなに喜ばれるとはな」

 

苦笑するカイムを見てシロナは笑う。カイムは全く意識しておらず、ただ似合うと思ったからという理由で簪を贈ったが、男性から女性に対して簪を贈ることは特別な意味がある。その意味をカイムは未だに知らない。

 

「それくらい嬉しいものだったから、私はポケモンリーグ決勝であの簪をつけて戦ったのよ」

「そーだったな。俺がサポーターとして初めてリーグに参加した時だったな」

 

あの時のバトルは全て凄まじいものだった。シロナが戦ったデンジ、グリーン、ヒカリ。全員が全てを出し切り、最高のバトルを魅せ、そしてシロナは今回のリーグもチャンピオンの座を守り抜いた。

 

「今でも思い出せるわ。あの刺すような空気の中、互いに全ての力を出し切ったバトル。とっても素敵な思い出だわ」

「あれほどのバトルはそうそうお目にかかれねえ。間近で見てた身としてもいい経験だった」

 

サポーターとしてシロナを支えることでシロナがチャンピオンの座を守り抜く手助けをしたカイム。実際にバトルをしたわけではないが、あれほど切迫したバトルを見ることができたことは一人のトレーナーとしていい経験だったと言える。

 

「あの時ね…優勝したら告白しようって決めてたの」

「…そう、か」

「ええ。あの時よりずっと前から貴方のことが好きだったんだけど、ポケモンリーグの時にはもうその気持ちを隠すことができなくなってたの。だから優勝したら告白しようって決めてたのよ」

「優勝できなかったらどうするつもりだったんだ?」

 

あの時のヒカリとのバトルを見ていた限り、どちらが勝ってもおかしくなかった。最後はシロナのガブリアスが僅かに上回ったが、勝敗が逆だったとしてもおかしくなかった。

 

「んー、あの場では言わなかったかもしれないわ。でも絶対に伝えていたと思う」

「そうかい。まあ、その場合俺が言ってたかもな」

「え、そうなの?」

「ああ。俺もその…好きになってたから」

 

照れ臭そうに表情を歪めながら言うカイムを見てシロナは胸が熱くなる思いに駆られた。まさかあの時同じ気持ちにカイムがなっていたとは思いもしなかったからだ。

 

「ふふ、あの時私たち同じことを考えていたのね」

「そうなるな」

「嬉しいわ。私もね、心から貴方の隣にいたいって思ってたの。だから今こうして一緒にいられることを嬉しく思うわ」

「俺もだ」

 

思い返せば二人で過ごす間にいろんなことがあった。学ぶこと、楽しむこと、言い合うこともあった。だがそれら全てが今となってはいい思い出となっている。

 

「イッシュ地方やホウエン地方にも行ったし、俺はジムリーダー代理になれた。本当に色々なことがあった一年だったな」

「ええ。とても素敵な一年だったわ」

「来年はどんな一年になるだろうな」

「きっと素敵な一年になるわ。貴方と一緒なら」

「ああ、きっとそうだな」

 

カイムは小さく微笑むと、鍋の中から煮物の一つを箸を使って取り出すと口に放り込んだ。

 

「ん、悪くねえな。シロナ」

 

カイムに呼ばれたシロナはキッチンにいるカイムの方に視線を向けて返事をする。

 

「ん?どうしたの?」

「味見頼む」

「あら、嬉しい」

 

シロナは上機嫌で立ち上がると、キッチンへと足を踏み入れた。カイムは箸で煮物の一つを取り出すとシロナにそのまま差し出し、シロナは差し出された煮物をそのまま口に含んだ。

 

「あーん…あ、美味しい」

「ちと味付けを変えてみたんだが、悪くなさそうだな」

「前のも美味しいけど、私はこっちの方が好きかも」

 

煮物を飲み込んだシロナはカイムにそう答えて背中からカイムに抱きついた。

 

「どした」

「んー?好きだなーって」

「ありがたいねえ」

 

唐突な告白にカイムは苦笑するが、カイムも常日頃からシロナのことを好きだと感じている。だからシロナも同じように考えてくれていることが嬉しく思い、抱きしめてくるシロナの手を優しく撫でた。

 

「今年一年、ありがとう。来年もよろしくね」

「こちらこそ」

 

その後、シロナが背後から抱きしめてきたままの状態でカイムは調理を進めていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食の年越しそばを食べ終え、ゆったりと二人は過ごしていた。テレビをぼんやりと眺めながら寄り添いあい、温かいほうじ茶を飲む。

 

「この時期のテレビは大体特番だったり年越しスペシャル的なのばっかだな」

「退屈?」

「いや別に」

 

カイムはあまりテレビを見ない。バトル特集だったり知り合いが出ている番組は必ずチェックしているが、その他に見るものといったらニュース番組程度だ。

そのため普段は見ないバラエティ番組を思いの外楽しみながら見ているため断じて退屈ではなかった。ただ興味深いものというよりはこういう世界もあるんだな程度の心持ちで見ているため、そこまで熱心に見ているわけではないのも確かだった。

 

「明日はちと忙しいし、こうしてだらけてんのも悪かねえな」

「そうね。初詣には…いけるかしら」

「明日行くのは勘弁してほしいな」

「忙しいし、多分人すっごく多いものね」

 

初詣に年明けすぐに行く人は多い。カイムは人混みはあまり得意ではないしシロナもわざわざ年始から人に囲まれて身動きが取れなくなる事態は避けたかった。

 

「そういえば、カイムは帰らなくていいの?」

「実家の話か?」

「うん」

 

カイムの実家はホウエン地方。シロナに弟子入りしてシンオウ地方に来てからは一度も帰郷していなかった。今年の夏頃に帰った時までは年末年始を含めて帰っていなかったが、今後はどうするのかシロナは気になって聞いた。

 

「別にいい。最低限挨拶の電話程度はするが、別地方からわざわざ帰ってこいと言うほどうちの親はうるさくない。そもそも姉貴が帰ってねえんだ。俺に帰ってこいとは言わねえよ」

「そう。ならいいんだけど」

「そういうシロナはいいのか?」

「んー…ちょっと前に帰ったし、私も電話で挨拶くらいでいいかな。おばあちゃんは私が忙しいのよくわかってくれてるし、定期的に連絡してるからね」

「そうか」

 

以前、カンナギタウンを訪れた時にカイムはシロナの祖母、アイナと話をした。その話は『シロナと共に歩む覚悟はあるか』というものだった。無論カイムは『ある』と答え、アイナはカイムを認めた。その会話を思い出しカイムは嬉しさと共にこれからもバトルに限らず学問においても研鑽を積み上げていかなければな、と改めて肝に銘じた。

 

ふと視線をテレビから部屋の隅に移す。そこにはムクホーク、トゲキッス、バシャーモが寄り添い合いながらうとうとしている姿があった。大掃除、遊び、組み手と色々やっていたため疲れてしまったのだろう。その姿を見てカイムは小さく笑った。

 

「どうしたの?」

 

突然小さく笑ったカイムに気づいたシロナはそう聞いた。カイムはシロナの髪を撫でながら言った。

 

「いや、あれ」

「あらあら。疲れちゃったのね」

 

カイムが見るように促した先にいたムクホーク達を見てシロナも笑った。完全に意識が落ちているわけではないが、仲良く寄り添い合う姿は見ていて微笑ましい。

外ではメタグロスがミカルゲを頭に乗せて歩き回っており、二人のルカリオは波導を整えて身体に留めていた。トリトドンはミロカロスと共に水を玉のような形にして浮かばせて遊んでいる。ガブリアスは寒いのが苦手であるためそうそうにボールの中に戻っていた。

そしてブラッキーはカイムの膝を枕にしてリラックスしている。

 

「風呂そろそろ沸いたと思うから入ってこい」

「わかったわ。ありがとう」

 

シロナは残ったお茶を飲み干すとソファを立ち、風呂へと向かっていった。

残されたカイムは気持ちよさそうにするブラッキーを撫でながらぼんやりとテレビを眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「上がったわよ…って、あらあら」

 

シロナが風呂から上がり濡れた髪の毛を拭きながらリビングに入ると、そこには目を閉じて頭を背もたれに乗せた状態で静かな寝息を立てているカイムとその膝で丸くなるブラッキーの姿があった。

 

「やっぱり退屈だったんじゃない」

 

カイムは退屈ではないとは言っていたが、本当にそう思っていないのならばうたた寝などしないだろう。

 

「カイム」

 

シロナが軽く肩を揺らすと、うめきながら小さく返事をした。目は開かないため完全に眠っていたわけではないようだが、意識はほとんどないようだ。 

 

「…今日も頑張ってくれたものね。お疲れ様」

 

シロナはそんなカイムの様子を見ながら微笑み、カイムの隣に腰掛ける。珍しく無防備な姿を晒しているカイムを見てシロナはなんとなく悪戯心が芽生えてくるのを感じる。

 

「…えい」

 

その心のままにシロナは指でカイムの頬を突く。むにっと柔らかい頬がシロナの指に合わせて変形した。なんとなく面白くなってきたシロナはカイムの頬に指を押し当ててぐりぐりと指を動かす。

 

「んん〜…」

 

それでもカイムは目覚めない。このまま見ていたい気持ちもあるが、ここで完全に寝てしまうとこの後寝つきが悪くなってしまうと考えたシロナはカイムを起こそうと頬に指を強く押し当てた。

 

「カイム起きて。ここで寝たら寝つき悪くなるわ」

「……んあ」

 

指の感触を嫌ったカイムは無意識に顔を横に向けた。その拍子にカイムの口に頬を突いていたシロナの指が入ってしまった。

 

「っ!」

 

シロナは思わず指を引いた。銀色の糸がカイムの口からシロナの指に繋がっていたが、すぐにその糸は切れる。

シロナが指を引いた衝撃でカイムは目を開いた。

 

「んん…寝てたのか」

「………」

「え?なに?どうしたん」

 

自分の口にシロナの指が入っていたことを知らないカイムは赤面している理由がわからず聞いた。

 

「あ、いや…なんでもないわ」

「…? まあ、いいけど」

 

どう見ても何でもないようには見えないが、シロナがそう言うならとカイムはそれ以上何も聞かなかった。大きく伸びをするとカイムはシロナの髪を見て顔を顰めた。

 

「おい、髪を乾かせ。風邪引くぞ」

「あ、ごめん」

「来い。乾かしてやる」

「…うん、お願い」

 

シロナは赤面しながらもカイムにタオルを渡した。ソファに座ったままのカイムの前に腰を下ろす。床に腰かけることでちょうどいい高さになった。 

そのままカイムはシロナの髪をタオルとドライヤーで乾かしていく。

 

「………」

 

髪を乾かされているシロナは喋らなかった。先ほどカイムの口の粘膜に触れた時の感触が生々しく指に残っており、胸の動悸が止まらない。

正直、二人は恋人になりそれなりに時間が経つため『恋人らしいこと』は一通りしている。そのため今更このくらいのことで赤面するようなことでもないのだが、この歳になるまでこういう経験がなかったシロナにとっては未だに慣れないものであった。

 

「おい」

「あっ!な、なに?」

「俺が寝てる間になんかあったよな」

 

あまりにもおとなしいシロナに調子が狂いそうになったカイムは思わずシロナに聞いた。

 

「…うん」

「何があったか聞いて大丈夫か?」

「………」

「…あれだろ。出来心でいたずらして自爆したんだろ」

「なんでわかるの⁈」

 

図星をいきなり突かれてシロナは思わず声を上げた。それを見てカイムは大きくため息をつく。

 

「直感と状況からの推測」

「むう…」

「何したかは知らねえが、寝てるやつに悪戯すんのが悪い」

「…おっしゃる通りです」

 

まさかあんなことになるとは思っていなかったとはいえ、寝ている人に悪戯したシロナが悪いのも明白である。

シロナ自身もそれは自覚しているため、言い返すようなことはせず素直にその言葉を受け取った。

 

「…ま、気持ちはわからんでもないが」

「え?」

「無防備に寝てる奴を弄りたくなる気持ちはわかるよ」

 

現にカイムもシロナが眠っている時に時折悪戯をしている。いつもカイムの方が早く起きるため隣で眠っているシロナの頬を突いたり髪を撫でたり額にキスをしたりしている。どうせ似たようなことをしたのだろうと考えたカイムはそれ以上言うことはしなかった。

同じようなことをカイムも考えていたことを知ったシロナは表情を緩めて笑った。

 

「じゃあおあいこね」

「そうだな」

 

小さく笑いながらカイムはドライヤーのスイッチを切ってタオルをシロナの頭にかけた。

 

「はい終わり」

「ありがと」

「んじゃ、風呂入ってくる」

 

ブラッキーを抱き上げてシロナに渡すとカイムはリビングを出て風呂へと向かっていった。

残されたシロナはブラッキーを抱きしめ、声にならない声を上げて一人で赤面する。そんなシロナを見てブラッキーはやれやれといった様子でされるがままになっていた。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

カイムが風呂から上がると、シロナは庭でミロカロス、ブラッキーと共に空を見上げていた。

 

「何してんだ?」

 

カイムが後ろから声をかけるとシロナは振り返り、ブラッキーはカイムの隣へと移動してだっこをねだりはじめた。カイムはそれを見るとブラッキーを抱き上げてシロナの隣に並んだ。

 

「あと一時間もせずに今年が終わるんだなって」

「かれこれ二十数回経験してるけど、何回経験しても特別なものに思えるよな」

「きっと一生そうなんでしょうね」

 

年越しというのは一年において必ず訪れるイベント。誰もが同じ時を過ごしている以上、全員が同じタイミングで経験するもの。全ての人が同じように感じるこのタイミングはきっと一生特別なものだろう。

 

「来年はどんな一年になるかしらね」

「さあな。ただお前と一緒なら、きっと退屈しないんだろうよ」

「ふふ、当たり前よ。退屈なんてさせないわ」

 

そう言ってシロナはカイムの手に指を絡めた。カイムもそれに気づくとシロナの手を握り返して空を見上げる。

 

「どうした?手ェ繋ぐなんて」

「今年最後の瞬間まで、貴方に触れていたいの」

「彼氏冥利に尽きるな」

 

片手でシロナと手を繋ぎ、もう片方の手でブラッキーを抱く。愛する人と相棒のポケモンを両手に抱えられているという事実が、とても幸せに思えた。

 

あと数秒で今年が終わる。シロナはカイムに体を寄せて二人で寄り添いあう。お互いの体温を感じ、見つめ合った。

 

「大好きよ、カイム」

「愛してる、シロナ」

 

互いに小さく微笑み合う。

その瞬間、年が明けた。つきっぱなしのテレビから新年の挨拶を行うキャスター達が映され、その後ろには新年早々初詣で賑わう人々が映されていた。

 

「今年も隣にいてね」

「ああ。俺の魂が望んでいることだ。ずっと隣にいる」

 

寄り添いあいながら二人はそう告げる。

今年がどのような一年になるかはわからない。しかし二人ならどんな困難も乗り越えられるし、二人なら確実に楽しい一年になる。

 

そんな予感を感じながら年が明けたばかりの空に浮かぶ月を見上げた。

 

 

月を見ながらブラッキーが鳴き声を上げるのだった。

 

 




今年もよろしくお願いします。


とりあえず閑話は一旦ここまでです。次回は本編を更新します。トーナメントと、その後に少し別の話を挟んでその後にこの閑話の続きを書く予定です。内容はシロナさんとカトレアにカイムが振り回される話(の予定)です。


シロナ
カイムとできるなら苦手なことでもやる。家事のレベルはカイムにより少しずつ通常レベルに近づいてきているが、まだまだ一人前とは言えない。カイムに家事を習っているのは立派とまでは言えなくとも、最低限まともな◯◯になるためにやっている。この◯◯に入る言葉はご想像にお任せします。あと調理中後ろから抱きつくのは安全面を考えるとおすすめしません。

カイム
シロナほど好き好きオーラは出さないけど時折隠しきれずにいる。最近は表情筋が少しだけ鍛えられたおかげで昔と比べたら少しとっつきやすくなったとかならないとか。メタグロスとトリトドンが外壁を磨いている姿をスマホで撮って一人でほっこりしていたらしい。なお、メタグロスは念力で雑巾やブラシを操って壁を磨いていた模様。


思いついたけど書くのが明らかにエピローグとかその辺りになりそうなシチュエーション
・チャンピオンを引退し、タワータイクーンになったシロナさんとベテランジムリーダーになったカイム。
・シロナとカイムの子供が二人のポケモンに囲まれて遊んでおり、その様子を二人が優しく見守っているシーン。
・二人の子供をトワさんがあやしたり、ラティアスとラティオスが面倒みたりするシーン。


今のところ本編で書く予定のシチュエーション
・ミュウツーの逆襲編
・ダークライイベント
・ポケモンコロシアムイベント
・誕生日イベント
・バレンタインイベント
・セレナやヒカリ、リーフなどの原作主人公達とシロナが絡むイベント
・結婚式←重要

今年の間に本編完結しない疑惑。


ちなみに、簪を贈るのは求婚の意味があるらしいです。

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