ただただシロナさんとまったり過ごすだけの話   作:職業病

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第四部

遅れて申し訳ない。ルギアと並行して書いているため遅れてしまいました。
日常編。職業系を考えるの楽しいですね。


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ありがとうございます。


30話です。


第四部
30話 ミオシティ


「キリキザン!アイアンヘッド!」

 

鋼の力を纏ったキリキザンの頭が相手のエレキブルを捉えた。

『アイアンヘッド』の追加効果で怯んだ隙を突き、キリキザンはさらに追撃を加える。

 

「ふいうち!」

 

キリキザンの攻撃がエレキブルに直撃し、吹き飛ばした。飛ばされたエレキブルはフィールドに倒れ、目を回していた。

 

「エレキブル戦闘不能!よってこのバトル、ジムリーダーカイムの勝利!」

「くっそー!負けたぁ!」

 

バトルに敗北した少年は悔しそうに頭を抱える。

 

今現在バトルをしていた少年はジムチャレンジのためではなく、ジムバッジを全て揃えたため、チャンピオンロードに挑む前に腕試しにここに来ていた。腕は悪くなかったが、まだまだ実践経験が足りずカイムに敗北した。

カイムはキリキザンを労うと少年に歩み寄った。

 

「悪くない腕だった」

「バトルの相手をしてくれてありがとうございました。まだまだみたいです」

「反省するのはいいが、ただ漠然と反省するなよ。どこが悪かったからこう動かれてしまったのか、逆にここはうまくできたと思えるところをちゃんとピックアップして具体的な反省をする。そうじゃなきゃ強くなれねえ」

 

強くなるために反省は不可欠だが、ただ漠然と反省するのではいけない。バトルの中でどのような反省点を見つけ出し、自分なりに改善案を出す。これを繰り返さなければ強くなることはできないことをカイムは身をもって体感している。

 

「そうですね。バトルレコーダー見てポケモン達と反省します。今日はありがとうございました!」

「気ぃつけて帰れよ」

 

お辞儀をして去っていく少年を見送り、カイムは小さく息を吐き側にいるルカリオの頭を撫でた。

 

新年度になり、カイムがジムリーダーになって数日。

ジムチャレンジや腕試しで既に何人かとバトルするなど、順調にジムリーダーとしてスタートすることができていた。所属ジムトレーナー達とは既にうまくやれているだけでなく、新たに加入したキリキザンもカイムの手持ちに馴染めていた。

 

カイムはジムの天井を見上げる。ミオジムは前任者であるトウガンの趣味なのか、多層構造になっていた。しかしあまり高い建物が建てられない制限がポケモンリーグから出されているため、トウガンは上ではなく下に部屋を増やした。深く地面を掘り、そこに二つのフィールドが建築されている。構造は地下に二つ、地上に一つのフィールドがあり、合計で三層の構造になっている。ジムチャレンジャーは地下二階のフィールドからスタートし、ジムトレーナーに勝利するたびに上の層へと登っていくという流れでやっていた。

 

新たにジムリーダーになったということで、ジムを改造する権限も与えられたのだが今のところ改造する予定はない。特別やる必要がないということもあるが、トウガンが残したこの形を変えるのはなんとなく勿体ないように思えたからだ。そもそも変えるにしてもどのような形にするのか全く考えていないため、どうすることもできないのだが。

ちなみにその先代であるトウガンは、現在フロンティアブレーンになるための修行に勤しんでいるとヒョウタが言っていた。

 

「カイムさん」

 

なんとなく物思いにふけっていると、背後からマネージャーが声をかけてきた。ジムトレーナーではなく、運営のためのマネージャーが各ジムに存在している。運営や資金管理、スケジュール管理もマネージャーが行なっており、ジムが円滑に運営されるためにはかけがえのない存在だ。

なお、以前いたトバリジムはマネージャーも脳筋であったため、細かい運営はカイムがしていた。

 

「おう、お疲れ」

「お疲れ様です。今日はあと二人チャレンジャーが予約しています」

「ん、りょーかい。明日も何人かいたよな」

「はい。明日は四人です」

 

ジムリーダーの主な役割は、バッジ集めをしているジムチャレンジャーの相手、腕試しに来たトレーナーとのバトル、治安維持のための活動やポケモンリーグの運営など世間で思われているよりも多い。

ただ忙しいことに変わりはないのだが、思いの外自由は効く。ジムリーダー達はジムリーダー業務以外にも副業として別の仕事をしている場合が多い。副業をこなしながらもやるべき仕事をきちんとこなしていれば、特段問題はない。そのためカイムもシロナと共に調査に出向くことは問題なくできている。

 

また、スケジュールの管理やジムの資金については、現在のマネージャーによって管理されている。無論カイム自身自分で管理しているものもあるし、資金やスケジュールについてはマネージャーがその都度カイムに確認を取るが、ある程度は一任している。そのためカイムが気にするべきことは思いの外少なかったりする。

 

「明後日は今のところフリーだったな」

「明後日はいませんが…先程アサギシティのジムリーダーから連絡がありまして」

「アサギジム?」

 

全く想定していなかった名前にカイムは思わず聞き返した。

 

「アサギジムって、ジョウト地方のか?」

「はい。どうやら今アサギジムリーダーがシンオウ地方に来ているみたいなんです。それで一度ミオジムを見学しに来たいと…」

 

他地方のジムリーダーやトレーナーが訪れることは頻繁にあるわけではないが、特段珍しいことはない。しかしわざわざアポイントを取って来るのは少々珍しい。

カイムはアサギジムのジムリーダーが誰かを把握していないが、随分真面目なんだなと内心で関心した。

 

「わかった。その日はゲストとして来てもらう。もしかしたらチャレンジャーとか来るかもしれんが、来なかったらバトルできるかもって伝えてくれ」

「承知しました。連絡を返しておきますね」

 

そう言ってマネージャーは戻っていった。

その後ろ姿を見ながらカイムはぼんやりトバリジムの時を思い出していた。

 

(正式なジムリーダーになってからの方が楽ってどういうことだよ)

 

トバリジム時代は、カイムがマネージャー(仮)をやっていた。元々そういった細かい管理はマメなカイムには合っていたのもあるが、トバリジムのマネージャーはあまり合っていなかったのも大きい。

しかしミオジムのマネージャーはトウガンが豪快なこともあり、そういったことが得意なマネージャーがついていた。そのため細かい管理はほとんどやってくれるため、今の方が楽な実感があった。

 

「アサギシティ、ね」

 

ジョウト地方は一度訪れたが、全ての街に行けたわけではない。行けなかった街の一つにアサギシティがある。そのためアサギシティがどんな街なのかぼんやりとしか知らず、ジムリーダーがどんな人物なのかも把握していない。

 

「あとで少し下調べしておくかな」

 

そう呟いてカイムはキリキザンを軽く撫でる。キリキザンは特に反応はなかったが、特別嫌がる感じもない。まだ慣れていないのもあるが、この反応の薄さはルカリオに少し似ているなとカイムは考えながらスマートフォンを取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アサギシティのジムリーダー?」

 

シロナは夕食を食べながらカイムの言葉をおうむ返しした。

 

「ああ。なんか明後日来るみたいでさ。俺、そのジムリーダーのこと知らないんだよ。名前くらいは調べたけど、シロナはなんか知ってるかなって思ってさ」

 

一応カイムも調べられることは調べたが、出てくるのはせいぜい手持ちポケモンと経歴程度。人柄については知ることができないため、カイムはシロナにそう聞いた。

 

「アサギジムのジムリーダーは確か…鋼タイプ専門のミカンちゃんだったわね」

「ああ。元々は岩タイプ専門のトレーナーだったらしい」

 

エース、というか一番の古株がハガネールらしい。恐らくイワークが進化する時を境に鋼タイプに鞍替えしたのだろうとカイムは予想した。

シロナは少し思い出すような仕草をすると、口を開いた。

 

「んー…私も直接関わりないからあんまりわかることはないんだけど、確かポケモンコンテストやポケスロンに出てるって話を見たことがあるかな」

「へえ…コンテストやポケスロン。随分と幅広くやってんな」

「ええ。まあ私もこれくらいしか知らないんだけどね」

 

さすがに直接的な関わりがない以上、パーソナリティな部分はシロナもわからない。公開されている情報からわかる程度のことしか把握できていないのは仕方ないだろう。

 

「ごめんね。さすがに直接的な関わりがないからあんまりわからないの」

「いや、十分だ。ネットでわかる情報にも限度があるから」

「カイムがあんまり情報を集められないなんて珍しいわね」

 

カイムの情報収集の才能はシロナのものを凌駕している。短時間で相当な量の情報を集め、必要なものを取捨選択できる。余程の機密情報でもない限り、ほとんどの情報を集めてくるカイムがあまり知らないというのはシロナにとって珍しく見えた。

 

「歳下の女の子の情報をむやみやたらに集めるのはさすがに憚られてな」

「あ、そういうことね。それは確かにそうかも」

「ま、会えばわかるだろうしそんだけ知れれば十分だろうよ」

 

カイムはそう言って箸を置く。

食事を終えたことをカイムの足元で察したブラッキーは、カイムの膝上にぴょんと飛び乗りカイムに身体を寄せる。すりすりとカイムに頭を擦り付けるブラッキーにカイムは優しく微笑みながら顎を撫でた。

 

「あらあら。甘えちゃって」

「いつまで経っても甘えたがりでな」

「可愛くて微笑ましいわよ?あんまり表情が動かないカイムと、見た目からは考えられないくらいの甘えん坊さん。いいセットだわ」

「そいつはどーも。ただ、可愛いのはブラッキーであって、俺じゃないとは言っておく」

 

シロナは白米の最後の一口を口にいれて咀嚼すると、イタズラっぽく笑いながらカイムの額を軽く突いた。

 

「私から見れば、貴方も可愛いのよ」

「…何度も言うが、成人男性に言う言葉じゃねえよ」

「そうやって照れるところも可愛いわ。家ではたくさんそういうところを見せてほしいけど、外ではあんまり見せないでね。カイムのかっこいいところはみんなに知ってほしいけど、可愛いところは私とポケモン達だけが知ってればいいの」

「可愛くねえよ…」

 

これについては何度言ってもシロナは辞めないため半ば諦めてはいるのだが、辞めさせられないならせめて自分は一切認めないことをカイムは再び強く心に誓う。

そして小さくため息を吐くと、ブラッキーを下ろして空になった皿を台所へと下げた。シロナもそれを見て自分の食器を台所へと運ぶ。

 

「いつもありがとう。美味しかったわ」

 

シロナは皿洗いを始めたカイムのことを背後からそっと抱きしめる。こういうスキンシップが増え、多少なりとも慣れてきてはいるのだが、カイムはこのようなスキンシップを受けると未だに心拍数が僅かに上がる。シロナが近くにいるという事実が嬉しさと落ち着かなさをカイムに与えていた。

耳元で聞こえる声と感じる僅かな呼吸。これだけで既に嬉しくなってしまっている己の単純さにカイムは手を動かしながらも若干呆れた。

 

「ん」

 

そんな思いを悟られないようにいつも通りの淡白な答えが返ってくる。それに気を悪くすることなく、シロナはカイムの背中に額をぐりぐりと押し付けた。

 

「そういうことは皿洗い済んでからにしてくれません?」

「皿洗い済んだらいいの?」

「好きなだけやれ」

「じゃあ、今はがまんする」

 

そう言ってシロナはカイムの足元にいたブラッキーを抱き抱え、その頬をむにむにといじる。やられているブラッキーは嫌がることなく、シロナからされるがままになっており、リラックスしたように身体をシロナに預けていた。

 

「うふふ」

 

人懐っこい様子を見せるブラッキーをシロナは楽しそうに撫でる。気持ち良さそうな声を上げながらブラッキーはシロナにされるがままになっていた。

カイムはそんな二人の様子を見ながら小さく笑う。あまりにも穏やかで幸せな時間を見ながら洗い物を進めていった。

 

数分後、洗い物を終えたカイムは手を拭いてエプロンを所定の位置に置くと台所から出る。シロナは未だにブラッキーと戯れており、手遊びに興じていた。

楽しそうなシロナと相棒を横目に、カイムは庭に目を向けた。庭ではポケモン達が思い思いに過ごしている。

二体のルカリオ達は、メタグロスの頭の上で瞑想をして気を整えており、二体を乗せているメタグロスも目を閉じて共に瞑想していた。ムクホークはトゲキッスと寄り添い合いながらうとうとしており、トリトドンはミロカロスとシロナのトリトドンと共に水をぷかぷか浮かせて遊んでいた。水ポケモンの水をミカルゲは『おんみょーん』と鳴きながら色々な形に操って遊んでいる。

 

そしてなにより目を引くのは組み手をしているバシャーモだった。バシャーモは普段、シロナのポケモンと組み手をしているのだが、その相手は普段の相手であるガブリアスではなく、新入りのキリキザンだった。ガブリアスは組み手をする二人を座りながら眺め、イメトレをしていた。

キリキザンはジムリーダー就任にあたり、カイムの手持ちに新たに加わったポケモン。そのため基礎はできているが、育成が不十分であり、身体作りも動きもまだまだ未熟だった。だから実践経験を積ませるために経験が比較的多いバシャーモが相手をしている。バシャーモは一切反撃せず、キリキザンの攻撃を全て捌くか防ぐようにして対処している。

 

(さすがに経験が足りないな。攻撃パターンが少ないしキレが足りん。しばらくは基礎的な動きを叩き込むことだな)

 

数値的にはそれなりに優秀ではあるが、まだまだ動きの経験が足りていない。攻めも守りも鍛える必要があるが、逆に言えば鍛えるべき場所はそれくらいだとも言える。レベルの伸び代もまだまだあるため、将来的にいい動きができるようになるだろうとカイムは考えていた。

 

バシャーモもそんなキリキザンに刺激を受け、積極的に組み手の相手を受けていた。何より以前あったジムリーダー承認試験でトウガンのエンペルト相手に技量の差を見せつけられ、攻めきれなかったことがかなり悔しかったのだろう。攻め、守り両方ともまだまだ伸ばせるとわかったことがバシャーモなりに刺激になり、より一層修練に励んでいた。

 

「バシャーモ、キリキザン。そろそろやめておけ。今日もジムでトレーニングしたんだし、オーバーワークになるぞ」

 

一日ジムでバトルやトレーニングをしてきた以上、それなりに疲労も溜まっている。体ができてきているバシャーモならともかく、まだ体ができていないキリキザンにこれ以上無理をさせるのは得策ではないと判断したカイムは二人の組み手を止めた。二人は顔を見合わせ、カイムの指示が的確だと判断すると頷き、互いに礼をして地面に寝っ転がった。

 

「キリキザンどう?」

 

ブラッキーと戯れるシロナがそうカイムに聞いてきた。

カイムは振り返ることなく、淡々と返す。

 

「筋は悪くねえ。基礎ができてる分、経験を積めばそれなりに動けるようになるだろう。ルカリオみたいに真面目気質だし、そう時間かからずにいい動きができるようになると思う」

「真面目ないい子が来てくれたのね。いい仲間ができてブラッキーも嬉しいわよね」

 

シロナの言葉を肯定するようにブラッキーは鳴き、シロナに甘える。

そんな二人を見ていると、不意にすぐ隣に気配を感じた。気配を感じた方に視線を向けると、水遊びをしていたミロカロスと二体のトリトドンがいた。

 

「ん、どした」

 

そうカイムが聞くと、トリトドン達はカイムの足元に移動して頭をゆらゆらと揺らし、ミロカロスはカイムに顔を近づけた。こうしてくる時は撫でてほしい時だと知っているカイムは、ウッドデッキに腰を下ろし、ポケモン達をなで始めた。右手でトリトドン達の顎を、左手でミロカロスの顔を撫でる。トリトドン達の表情は変わらないが、気持ちいいのか顔をカイムの手に押し付けてきて、ミロカロスは自身の顔をカイムの顔に擦り付けた。

 

「なんだよ、くすぐってえよ」

 

そう言いながらもカイムは滅多に見せない小さな笑顔を浮かべた。元々表情が動かないカイムだが、ポケモン達相手には昔から素直に笑顔を浮かべることができる。この一年でシロナにも笑顔を向けるようにもなったが、それでもやはりまだ頻度は少ない。

 

「………」

 

そしてそんな笑顔を浮かべるカイムのことをシロナとブラッキーはじーっと見つめていた。カイムの笑顔が見れて嬉しい反面、『後で構う』と言ったクセに自分達に構わず、他のポケモン達に構っているカイムのことをむすっとした表情を向けていた。

 

その表情に気づいたカイムは疑問符を浮かべながらシロナ達に聞く。

 

「……え?なに?」

「随分と楽しそうね」

「あ、ああ……え?本当に何?」

「私たちを放っておいて、楽しそうねって」

 

シロナだけでなく、ブラッキーまでむすっとした表情をカイムに向けており、カイムはますます混乱する。

何のことを言っているかわからなかったが、先程洗い物をしている時のシロナの言葉を思い出して苦い表情をした。

 

「いや…お前らが楽しそうだったからそのままやらせておいただけだって」

「ふーん。でもミロカロスやトリトドンと楽しそうにしてるじゃない」

「それはそうだが、別に悪かねえだろ?」

「そうだけど…私たちにも構ってほしいのよ」

 

言ってて少し恥ずかしくなったのか、シロナはブラッキーを抱きしめながら目を逸らす。その表情は僅かに赤く染まっていた。

 

「ブラッキーはともかく、シロナはポケモン相手に妬くなよ」

「だって…カイムが構ってくれないから」

「へーへー悪かったよ」

 

カイムはミロカロスとトリトドン達の頭をわしゃわしゃと少し強めに撫でると立ち上がり、シロナとブラッキーのいるソファへと腰掛けた。そしてシロナとブラッキーの頭を撫で、そっと抱き締める。

 

「これでいいだろ」

「……うん」

「外での顔とは大違いだな」

 

普段のクールなシロナからは考えられないほど無防備で子供っぽい姿。それを見られる彼氏というポジションに少しだけ優越感を感じる。

ブラッキーもシロナとカイムに挟まれて嬉しそうに蕩けた表情をしていた。

 

「むん」

「ん…?」

 

シロナは体勢を変えてカイムの足の間に挟まるような体勢になった。所謂座椅子の体勢になり、シロナとブラッキーは満足そうに息を吐いた。

 

「この体勢好きだよなシロナ」

「ええ。落ち着くし、貴方が近くにいることが実感できるから」

「そりゃどーも」

 

淡白に答えるカイムの首筋にシロナは自分の頭を埋める。ブラッキーもそれに続いてカイムの頬を舐めた。カイムの鼻腔にシロナの香りとブラッキーの匂いで満たされる。

 

「あら、両手に花ね」

「…………」

「照れてる?」

 

苦手表情をしながらカイムは口を閉ざす。その耳はほんのりと赤く染まっていたため、まず間違いなく照れているだろう。

 

「うるせえ」

「照れてるじゃない」

「う・る・せ・え」

 

楽しそうに言うシロナの頬をむにーっとカイムは引っ張った。もちもちとした肌がカイムの指に吸い付いてきた。

 

「いひゃい〜」

「ん、スキンケア変えたか?」

「あ、わかる?ちょっと良さげなのに変えてみたのよね」

「いいじゃねえか。これ以上美人になるたぁ驚きだ。スキンケアといえば、ブラッキーのシャンプーも変えたぜ」

「そうなの?…あ、本当だ。いい香り」

 

シロナはブラッキーの頭を顔に近づけ、ブラッキーの香りを嗅ぐ。今までもいい香りだったが、今までとは違う別の香りがブラッキーからした。

 

「姉貴おすすめのポケモンシャンプーでな。割といいやつだが、値段はそんな高くねえ」

「いいわね。今度私もみんなのシャンプー変えてみようかしら」

 

そんな話をしているとブラッキーはシロナの膝上で丸くなった。

暫し他愛のない会話をしていると、ブラッキーは静かな寝息を立て始める。眠るブラッキーの背中を優しく撫でながらシロナはカイムに体重をかけた。

 

「そういえば、執筆はどう?」

 

シロナの言葉にカイムは淡々と返す。

 

「今はプラターヌ博士と編集者と一緒に話の構成を練っているところだ。論文の構成をベースにレジ系の神話を俺なりに解釈をつけて筋道が立つようにしようとしてる」

「話の筋が通ることは大事だものね。筋が通らない話はそもそも文章として成り立たないものだから」

「ああ。だから大まかな構成を作って、そこから肉づけしていく感じになるな。ただまだまだ解釈も資料も足りていない。構成にももう少し時間が必要だろうよ」

 

レジ系のポケモンはなぜか伝承が少ない。シンオウ地方ならアルセウスに関する神話、ホウエン地方ならグラードンとカイオーガに関する神話が残されている。

しかしレジ系に関する伝承は他の伝承と比較してかなり少ない。何故少ないのかはわからないが、カイムはこの『伝承が少ない理由』こそが、レジ系のポケモン達に迫る要因だと考えていた。

 

「あいつらは伝承が少ない。アルセウスやカイオーガのように、その地方を代表するポケモンではないが、逆に世界中で時折見かけられる存在なのに、何故伝承が残されていないのか、だ」

 

レジ系のポケモンに関する文献や伝承は驚くほど少ない。ギラティナに関する文献も少ないが、それはギラティナがアルセウスに刃向かったから消されたのであり、元から少ないわけでは恐らくない。

しかしレジ系のポケモンかどうだったかは今のところ不明だった。ギラティナのように記録が破棄されたのか、それともそもそもの絶対数が少ないのか。これがどちらなのかわかれば、恐らくレジ系に関する研究は一気に進むとカイムは考えていた。

 

「伝承が少ない理由に着目したのね」

「ああ。キッサキ神殿みたいに神殿が残されているにも関わらず、なぜここまで伝承が少ないのか。最初から少ないのか、それとも何かしらの理由で消されたのか…そこがわかればきっと前提条件を固められる」

「カイム的にはどっちだと思う?」

「俺は多分、後者だと思ってる。少なくともシンオウ地方では消されたんじゃないかって」

 

シンオウ地方はアルセウス神話が主流となっており、レジギガスの知名度は低い(尤も、アルセウス神話も『アルセウス』として名前が伝わっているわけではないが)。信仰数に差がある、というならまだわかるが、レジギガスの信仰は現時点ではほぼ無いに等しい。これが変だとカイムは考えた。ちらほらと伝承は残されているのに信仰された気配がないということは、アルセウス信仰をする団体にレジギガス信仰を消されたのではないかとカイムは考えていた。

 

「古代シンオウ人はアルセウス信仰を掲げていた。レジギガスがいつからこの土地で信仰されていたかわからんが、古代シンオウ人がここで信仰を広める前はレジギガスの信仰があったんじゃねえかなって思ってる」

 

思想の違いからレジギガス信仰が排除された。そう考えると今現在まで記録がほとんど残っていないことも辻褄が合う。そういった思想の違いによる衝突というのは遥か昔から人々が繰り返していることでもあるため、そうだったとしても違和感はない。

加えて、シンオウ地方の中心部には槍の柱が存在しており、そこはアルセウスの神話と密接に関わりがある場所。レジギガスの神殿である『キッサキ神殿』が最北端に追いやられ、槍の柱が中心部にあることからもこの説を間違いだと言うことはできない。

 

「つっても、辻褄が合うだけだ。決定的な証拠はない。ただレジギガスに関する伝承も含めると、この説はちょいと信憑性が薄れる」

「伝承?」

「レジギガスはかつて南の大地を引っ張ったとされている。そのレジギガスの神殿がキッサキシティにあることが別の解釈を生む」

「どんな解釈?」

「もともとレジギガスはキッサキシティの場所にいて、キッサキシティよりも南にある大地を引っ張ってくることでシンオウ地方を造ったとも解釈できる」

 

キッサキシティよりも南にある大地を別の場所から引っ張ってきたことにより、今のシンオウ地方を造った。そう考えれば、『アルセウス信仰の神殿がシンオウ地方中心部にあるため、キッサキシティに追いやられた』という解釈ができなくなる。

 

「本を出す以上、ちゃんとした道筋が必要となる。無論確定付ける論文じゃないが、より多くの人の目に留まる可能性が高い以上、矛盾点はできるだけ潰す必要がある」

「その通りね。論文は結局学者の目にしかほとんど入らないけど、本を出すとなると一般の人も目にするわ。相手が素人だとしても、矛盾は少ないに越したことはないわ」

「そもそも記録がほとんどねえんだ。プレートにもレジ系に関しちゃ全然ねえ。矛盾をゼロにすることは不可能に近いが、『矛盾が少ない解釈』ならできるはずだ」

「そうね。かつて存在していたものなのは間違いないし、真実により近づけることはできる。そのためにも今ある資料をより多く集めていく必要があるわ」

「論文より踏み込んだ内容にする以上、今は資料集めと取材に時間を使うことにしてる。今度ダイゴに頼んでホウエン地方にあるレジ系の遺跡の資料を取り寄せることにした」

 

ある程度自由が効くとはいえ、カイムはまだ新人のジムリーダー。就任してすぐに取材のためにホウエン地方へ向かうなど生真面目な彼にはできない。

だが資料は必要であるため、友人であるダイゴにホウエン地方にある資料を取り寄せてもらうことにした。ダイゴに一報入れたところ、即答で良い返事が返ってきたため割と暇なのかと疑ったのは別の話。

 

「そっか。ダイゴ君に」

「他にもガラル地方にある資料も欲しいんだが…姉貴に頼めるか微妙だな」

 

姉であるイサナは全く考古学とは関係ない仕事をしている。故に、カイムの欲する資料を入手できるかは微妙なところだった。

ダイゴは石好きでもあり、チャンピオンという立場があるため可能だが、イサナは一般人だ。いくら天才だろうとこれは立場の問題となるため、イサナでは厳しい。

 

「あ、じゃあソニアさんは?ソニアさんなら分野は違うけど研究者だし、もしかしたらできるかもよ?」

「そうか、ソニアがいたな。聞くだけだし連絡だけしてみるか」

 

そう言ってカイムがスマートフォンを取り出すが、シロナはそのスマートフォンを取り上げた。

何事だとカイムは目の前にいるシロナに目を向けると、シロナは唇を尖らせながらジロリとカイムを見た。

 

「今は私を見てて」

「…ああ、わーったよ」

 

ジムリーダーと執筆により、カイムの生活は今までよりも少し忙しくなっている。執筆はまだ構想段階故にそこまで切羽詰まっていないが、時間が減ったのは確かだ。構ってやれる時間が少し減ったのも間違いないため、今だけでもシロナを全力で甘やかそうとカイムは決めた。

 

「仕方ねえ。背もたれでもなんでもしてやるよ」

「あら、仕方ないと言う割に嫌そうには聞こえない口調ね?」

「嫌とは言ってねえ」

 

カイムはシロナの髪を撫でながら言う。相変わらず素直ではないカイムの物言いにカイムらしさを感じ、少しだけ嬉しいと思った。

カイムは、基本的に素直に物を言わない。捻くれ者故の癖に近いのだろうが、それでもシロナ相手には多少素直になる。そんな一面を見られる彼女という立場に少しだけ優越感を感じていた。

 

「もう少し素直になれないの?」

「三つ子の魂百までって言うだろ。そういうことだ」

「それもそうね。今更変わることなど無いか」

 

そんなところも好きなんだけど、と内心で付け加えながら膝にいるブラッキーを撫でる。撫でられたブラッキーは耳をぴこぴこと動かしながら寝返りを打った。

そんなブラッキーを見ながらシロナはカイムの耳元で小さく囁いた。

 

「好き」

「…どーも」

「カイムは?」

「好きだ」

「嬉しい」

 

シロナは目を閉じてカイムの頬に自分の頬を合わせる。

 

「今日はやたら甘えてくるな」

「だめ?」

「全くダメじゃない」

 

シロナのことを抱き寄せながらカイムはそう言う。カイムの言葉に安心したシロナはカイムの頬に手を添えて唇を合わせた。

そしてカイムの首に腕を回し、自分の方に抱き寄せるように引き寄せる。

 

「なんか甘え方がブラッキーに似てきたな」

「そう?」

「ポケモンがトレーナーに似てくることはよく聞くが、彼氏のポケモンに似てくるとはな」

 

なんとなくではあるが、シロナのスキンシップの方法がブラッキーに似てきた気がしていた。ブラッキーの甘え方は非常に愛情表現が強く、心から信頼している以上のものが感じられるほどだった。そしてシロナの今の甘え方はまさにそれに近しいものになってきているようにカイムは感じていた。

 

「承認試験終わってから引き継ぎとかで忙しかったじゃない。プラターヌ博士とナナカマド博士とも頻繁にやり取りしてるし、一緒の時間が減ってたからよ」

「…ああ、そうだな。ぶっちゃけこれから減ると思う」

「それはいいの。貴方が成長し、たくさんの経験を積むことになるのは、私としても嬉しいことよ」

 

この言葉に嘘はない。本心からそう思っているし、そのために自分との時間を削ることは必然だと考えている。

だからといって寂しさがないわけではない。共に過ごす時間が減るのなら、残された時間をうまく使えばいいだけなのだから。

 

「だから一緒にいられる時は、思いっきり甘えるの。逆にカイムも私に甘えていいのよ」

「じゃあ遠慮なく」

 

カイムは後ろからシロナを抱きしめ、ぎゅっと力を込める。そして肩あたりに自分の頭を埋め、大きく息を吐いた。

 

「はああ……落ち着く」

「うふふ、嬉しい」

「…………」

「ひゃっ⁈」

 

カイムが唐突にシロナの耳を触る。突然のことでシロナは思わず変な声が出てしまった。

 

「もう!触るなら言ってよ!」

「言えば触っていいのかよ…」

「いいわ…よ」

 

言ってて恥ずかしくなったのか、シロナの声は徐々に尻すぼみになっていく。自ら『触っていい』という言葉はカイム以外に恋愛経験のなかったシロナから見ると、少しはしたなく思える言葉だったからだ。

 

「恥ずかしがるくらいなら言うなよ」

「カイムのせいでしょ」

「おめーが勝手に自爆しただけだ。人のせいにすんな」

 

くつくつと皮肉げに笑いながら言うカイムのことを憎らしく思ったシロナは、体の向きを変えて正面からカイムに抱きつくと、そのままソファに倒れ込んだ。

 

「ちょっ⁈」

 

咄嗟のことでうまくバランスが取れなかったカイムはシロナに引っ張られるまま倒れ、着地がうまくいかずに二人揃って床に落ちてしまった。膝で丸くなっていたブラッキーも巻き込まれるように落ちていき、シロナとカイム、そしてブラッキーは折り重なるようにして床に倒れた。

落ちる際、咄嗟にカイムは自分の体が一番下にくるように体を動かし、シロナとブラッキーのクッションとなった。

 

「いってえ」

「あ、ごめん…大丈夫?」

「ああ」

 

特別外傷はない。一瞬痛みはあったが、それ以降違和感はない。

倒れたままシロナとカイムは目を見合わせる。ブラッキーはシロナの頭越しにカイムを覗き込んできており、その様子が可愛らしくて二人は思わず笑った。

 

「ふふふ…あー、幸せ」

「そうだな。いい気分だ」

 

愛する人とポケモン。両方と共に幸せに、何でもない日々を過ごせる。こんなに幸せなことはない。

一頻り笑うと、シロナはカイムの胸板に頭を乗せる。とくん、とくんと一定のリズムで伝わってくるカイムの心音を聞きながらシロナは呟いた。

 

「色々と大変だと思うけど、貴方ならできるわ。私のことも頼ってね」

 

カイムの夢や目標のためであれば、シロナも協力は惜しまない。弟子であるカイムの成功は師匠であるシロナにとっても叶えたい願いだ。協力などいくらでもする。

 

「ああ」

 

そんなシロナの思いをカイムは理解している。自分の力でできることはするが、より完成度を上げるためにシロナにも多くの頼み事をするだろう。

 

(またでかい借りができちまうな)

 

そう考えながらカイムはシロナとブラッキーの頭をぽんぽんと撫でる。

幸せな時間と空気を胸いっぱいに吸い込みながらカイムは大きく息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2日後

 

カイムはジムのジムリーダールームで事務仕事をしていた。キーボードを叩き、書類を記入していく。

今記入しているのは数日前に報告された船乗りの息子が悪夢から目覚めないという事件に関する報告書だった。ミオシティの港付近に住む船乗りの息子が悪夢に魘されたまま数日間眠り続けていたという事件があり、それが解決したという報告をポケモンリーグにするための書類をカイムは今記入していた。この事件自体は大きな騒ぎにはならなかったが、原因が不明であるためポケモンリーグに報告することとした。

 

事件はヒカリが解決してくれた。なんでも満月島と呼ばれる場所にいたポケモンの力を借りたらしい。そのポケモンが残した『三日月の羽』と呼ばれる羽で少年を悪夢から目覚めさせたと言っていた。

 

「選ばれた存在、か」

 

以前のテンガン山での事件といい今回といい、ヒカリは伝説のポケモンと関わることが多い。カイムもラティ兄妹やセレビィと関わったが、あくまで偶然。

しかしヒカリの場合、伝説のポケモンと関わることは『必然』のように思えてならない。選ばれた存在なのかもと考えるには十分な理由だった。

 

報告書を一通りまとめたところで時計を見ると、ちょうど昼休みの時間だった。

 

「ん…昼か」

 

午前中はチャレンジャーを一人相手にし、残りは事務作業をしていたため若干体が固まったように感じる。大きく伸びをして体を解し、首を回してジムリーダールームから出ると、ジムトレーナー達もちょうど休憩に入ったところだった。

カイムに気づいたジムトレーナー達が声をかけてくる。

 

「あ、カイムさん。お疲れ様です」

「おつかれ。時間だから休憩に入ってくれ」

「了解です。カイムさんは今日もお弁当ですか?」

 

カイムは普段弁当を持参している。シロナと自分の分を作り、シロナが一人でキッチンに立たないようにするために用意していた。

 

「いや、今日はねえ。外で食ってくる」

「珍しいですね。なにかあったんですか?」

「材料切らしてたんだ」

 

普段なら材料を切らすことなどないのだが、打ち合わせやジムリーダーとしての忙しさもあり買い物に行く暇がなかった。そのため今日はシロナの分の弁当しか用意できなかった。

 

「そうですか。珍しいですね」

「かもな。んじゃ行ってくるから留守よろしく」

「はい。いってらっしゃい」

 

それだけ伝えてカイムはジムを出る。

 

外は穏やかな気候だが、海辺故に潮風が強くまだ少し肌寒い。今は陽の光があることでだいぶ暖かいが、夜は寒くなるだろう。

 

「さて、どこ行こうか」

 

普段あまり外食をしないカイムはこの周辺の食事処をしらない。故にカイムはどこかに行きつけがあるわけでもない。

しかし時間を無駄にするわけにも行かない。午後一でアサギジムのジムリーダーが訪問するとのことだったため、早めに戻っておきたいとカイムは考えていた。

 

(あんま考えてもわからん。テキトーに入るか)

 

そう考えたカイムは最初に目に留まった定食屋に足を向けた。

店に着き、そのまま扉を開く。そして目の前の光景にカイムは固まった。

 

「はっ!」

 

店の中には一人の少女がいた。茶色の長い髪を携え、エメラルドグリーンのワンピースの上に白いボレロを羽織っていた。

だが問題はそこではない。その少女の目の前には大量の皿が積み上がっていた。その量は成人男性が食べる量を遥かに凌駕している量であり、カイムは思わず絶句してしまう。

 

「……………」

「え、えっと?」

「……よく食うな」

 

見ず知らずの少女だが、明らかにカイムが食べられる量よりも食べているため、思わずカイムは言ってしまう。

 

「こ、これは……その……あたしの前のお客さんが…残したもので……け、決してあたしのでは…」

「いやそんなわけねぇだろ」

「うっ…」

 

カイムは思わず突っ込んでしまう。突っ込まれた少女も無理があると自覚していたのか、カイムの言葉に押し黙る。

 

「うう…恥ずかしいです」

「よく食うことは別に悪いことじゃねえ。あんたの金なんだし、好きに食えばいい」

 

カイムは少女から少し離れた席につこうとするが、今度は少女からカイムに声をかけてきた。

 

「あ、あのう……少しいいですか?」

「ん、どうした?」

「もしかして…ミオジムのジムリーダー、カイムさんですか?」

 

少女の問いかけにカイムは僅かに目を見開く。まさか自分のことを認知しているとは思いもしなかったため僅かに驚いたが、ジムリーダーになったため多少自分の知名度が上がったことも同時に思い出した。

それと同時に少女の顔にカイムは見覚えがあった。目の前にいるのは先日調べたアサギジムのジムリーダーと同じ顔をしている少女だった。

 

「ああ。あんたは…アサギジムの?」

「はい。あたし、アサギジムのジムリーダーのミカンです」

「そうか。予定よりも早い対面になったな。こんなところで会うとは思わなかったよ」

「…あたしもです」

 

ミカンとしてもまさか食事(一般人にとっては大食い)をしている場面で今日訪問するジムのジムリーダーに出会うとは思いもしなかった。ミカン本人としても、この量が異常な量だという自覚があるのか、恥ずかしそうに顔を赤くしている。

 

「隣、いいか?」

「え?あ、はい!どうぞ!」

「どーも」

 

そう言ってカイムはミカンの隣に腰を下ろす。メニューを見て店員に注文を言うと、水を一口飲んでミカンに視線を向けた。

 

「改めて…俺はカイム。この春からミオシティのジムリーダーになった者だ。よろしくな」

「あたしはミカンです。アサギシティのジムリーダー。よろしくお願いしますね、カイムさん」

 

カイムが差し出した手をミカンは手に取り、握手を交わす。

互いに改めての挨拶を済ませたところで、雑談に入った。

 

「ミカン…さんは、どうしてミオシティに来たんだ?」

「あ、お好きなように呼んでいただいて構いませんよ。あたしは歳下ですし、気を使わなくて大丈夫です」

「ん、そうか?ならミカンで」

 

礼節を重んじるカイムだが、素の口調は比較的荒い。それを自覚しているため呼び名をどうするか迷ったが、カイムの性格をなんとなく読み取ったミカンは気を使わなくていいと言い、カイムはその申し出に乗った。

 

「はい。じゃああたしはカイムさんで」

「ん。お好きに呼んでくれ」

「それで、ミオシティに来た理由でしたね。あたしがシンオウ地方に来たのは修行のためです!」

「修行?」

 

ミカンもカイム同様ジムリーダーという立場である以上、相当強いはず。だというのに修行をするという向上心はどこかスモモと似たようなものをカイムは感じた。

 

「あたし、もっと強くなりたいんです。もっと強くなって、みんなに鋼タイプの魅力を知ってもらいたい。そう考えながらバトルしてるんですけど、鋼タイプの魅力を伝えるためにはあたしが強くならなきゃって思ったんです!」

「それで修行か。すげえな」

「はい。でも修行だけじゃなくて、コンテストとかにも出場してるんです。いろんなものを見て、いろんなことを知りたい。そう思いながらシンオウ地方に来ました」

 

色々なものを見て、体験する。それはきっと、今後生きていく上で必要なことであり、自分の可能性を広げるには非常に重要なことだとシロナが以前言っていたことをカイムは思い出す。ミカンも誰かにそう言われたのかどうかはわからないが、シロナと同じ考えのもとここに来たのだと言う。

 

「そうか。勉強熱心だな」

「まだまだ未熟なのでたくさん勉強しなきゃいけないですから!」

 

むん!と拳を握るミカンにカイムは感心し、僅かに頬を緩ませた。

そうこうしているうちにカイムの前に定食が運ばれてくる。

 

「お、きたか。んじゃちょいと失礼して」

「召し上がってください。あたしもデザートでも頼もうかな…」

(まだ食うのかよ)

 

あまりに驚異的な胃袋にカイムはドン引きした。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

場所は変わり、ミオジム。

 

「さて、そんじゃあ改めて」

 

カイムはミカンに向き直りながら言った。

 

「ようこそ、ミオジムへ」

 

ジムトレーナーと共にミカンをミオジムに出迎えた。

ミカンは少しだけ恥ずかしそうにしながらカイムに続いてミオジムへと足を踏み入れる。

 

「あ、ありがとうございます…こんな出迎えてくれるなんて思ってもいなかったんで、ちょっと恥ずかしいです」

「先代の時からこういう感じらしい。まあ歓迎してるだけだからそんな気にすんな」

「ふふ…そうですね。それじゃあ、案内をお願いしてもいいですか?」

「ああ。じゃあみんなはトレーニングに戻ってくれ」

 

カイムがそう言うとジムトレーナー達はミカンに挨拶をしてそれぞれのトレーニングに戻っていった。

それを確認したカイムはミカンを連れてジムへと案内していく。

 

「んじゃ、まず一階からだが…一階はフィールドだけだ。チャレンジャー相手にすることもあれば、ジム内でバトルすることもある。設備としては色んな角度からバトルを監視することができるカメラを取り付けて、バトルレコーダーで見返せるようにしてんだ」

 

ミオジムの一階はフィールドが三面あるだけで特別特殊なものはない。強いて言うならば、そのフィールドが鋼でできているくらいだろうか。

 

「わあ…バトルを色んな角度から見返せるのいいですね!」

「バトルの振り返りは大事だが、場合によっては別の角度から見ることで新たな発見があったりする。ま、ほとんど先代が残してくれたもので、俺が追加したのは少しだけなんだがな」

 

元々カメラは設置されており、カイムが就任にあたり少しだけ追加したり古いカメラを交換した程度だった。

トレーニングルームも無いし特別説明することもないと考えたカイムは、手招きしてミカンを呼ぶ。

 

「ミカン、こっちに来てくれ。次は地下だ」

「地下…ですか?」

「先代の趣味でな」

 

カイムはミカンを伴って地下に降りる。エレベーターから降りると、地下にトレーニングルームとフィールドがあった。

 

「わあ…地下にフィールドがある!」

「うちのジムは地下二階からチャレンジャーが挑戦し、勝つたびにリフトで上がっていく構造になってんだ。二回勝てば地上に出て、俺とバトルする仕組み。今いるのが地下二階。トレーニングルームとフィールドが一面ある」

「なるほど…文字通り『勝ち上がっていく』感じなんですね。とっても面白い仕組みですけど…先代のトウガンさんはどうしてこのような構造に?」

「あの人、鋼鉄島っていう鉱山で働いてんだ。だから鉱山…というか、職場をイメージした感じになったんだ」

「そういうことですか。トウガンさんの意思が込められた構造なんですね」

 

トウガンの残したジムの構造をカイムはこのまま残していくつもりだ。多少改修することはあるだろうが、カイムがジムリーダーを続ける限り、大元のこの形は変わらないだろう。

 

「基本的にトレーニングは地下だな。バトルに関しちゃ空いてるフィールドを好きに使う感じだ。奥の方には回復装置とかの設備があって、必要に応じて使う」

「そのあたりはうちとあまり変わらないんですね」

「そっちはどんな感じだ?」

「アサギジムはシンプルにフィールドがあるだけです。色々と考えたんですけど、思いつかなくて…」

 

ミカンの先代がどんなトレーナーだったのかはわからないが、ミカンがそれでいいと考えたのならカイムが特に言うことはない。ジムのギミックや規模は結局ジムリーダーの好みによるものだ。いいも悪いもない。

 

「まあギミックは別に個人の自由だしな。凝ってりゃいいわけでもねえ。現にジムを改造しすぎて街全体を停電させたとんでもねえジムリーダーもいるくらいだしな」

「あ、あはは…」

 

先日デンジは歯ごたえのある挑戦者がいないということでジムの改造ばかりしていたのだが、その際に街全体を停電させて大騒ぎになったらしい。

実はミカンもその時ちょうどナギサシティにいたのだが、カイムがそれを知るよしは無い。

 

「せっかくだ。リフトに乗ってみるか?」

「いいんですか⁈ぜひ乗りたいです!」

 

なんとなくそわそわしていたミカンにそう声をかけると、ミカンは目を輝かせながらカイムの言葉に乗った。ミカンには少女らしからぬ凛とした雰囲気があるが、こういうところは年相応の少女なのだなとカイムは内心で思う。

 

そのままカイムはミカンを引き連れてリフトに乗ると、ジムトレーナーに頼んでリフトを上昇させてもらった。リフトはゆっくりと上昇し、上階へと二人を運んだ。

 

「わあ…すごいです!」

「安全にも配慮された動きにしてある。ジムトレーナーはともかく、チャレンジャーはこういうことは素人だからな」

「いつ頃この設備になったんですか?」

「そこはイマイチ知らん。だが数年前に一度リニューアルしてるらしい。無論定期メンテも欠かさずやってる」

 

ギミックが凝っているぶん、安全への配慮も相応に必要となる。そのためメンテナンスやチェックは入念に行なっており、カイムに代替わりしてもそれは続けていた。

 

「外部からの業者も交えて確認している。そのおかげか、こんだけ凝ったギミック使ってても、これが原因で起きた怪我や事故は今のところゼロだ」

「すごいです…徹底的に検査してるんですね」

「ま、こういう設備だ。そうでもしなきゃ続けられん」

 

そう話しているうちに二人は上階へとたどり着いた。

 

地下一階は地下二階と同様、トレーニングルームとフィールドがあった。

見た目はあまり変わらないが、奥にある回復装置の他にもう一つ部屋があった。

 

「あの部屋は?」

 

ミカンは先程の地下二階にはなかった部屋を指差してカイムに聞いた。

 

「あの部屋はジムに関する書類やデータが集められてる部屋だ。ジム運営に関するものから、ジム所属のポケモン達のデータまで色々ある」

「データ、ですか?」

「覚えてる技、個体値、性格をまとめてある。そこら辺はまあどのジムにもあるだろうが、うちはそこに加えて各ポケモンに適したトレーニングをまとめてんだ」

 

この各ポケモンのトレーニングに関してはカイムがジムリーダーになってから加えたものだった。ポケモンごとに性格や能力値が違う。カイムはジム所属のポケモン達と直接触れ合うことで、どのような形で強くなりたいかを知り、その意思を知った上でどのようなトレーニングが合っているかをまとめた。

 

そしてこのトレーニングをまとめることはポケモン達だけでなく、ジムトレーナーにもいい影響を与えた。性格、個体値、種族を考慮したトレーニングをカイムが記すことで、ジムトレーナー達も『こういったトレーニングがある』ということを知ることができる。そしてそれを知ることで、ジムトレーナー達のポケモンをどう鍛えるかさらに考えることができるようになった。

 

「トレーニングを、考える…!」

「ただ漫然と鍛えることは無意味だ。効率的に、効果的に鍛えなきゃどこかで必ず詰まる。トレーナーとポケモン…両者の潜在能力を引き出すためにも、日々の積み重ねが大事ってのが俺の持論でね」

 

自分自身がそうだった。シロナにそうしてもらったように、自分も日々の積み重ねをジムトレーナーに与えてやりたいと思い、こうして動いた。

結果として、それはいい方向に向いた。ジムトレーナー達の実力は一段階上がった。

 

これによってミオジム全体のレベルが上がる結果になるのだが、それはもう少し先の話。

 

「素晴らしいですね…あたしも、ジムトレーナーのみなさんがに影響を与えられるようなジムリーダーになりたいです」

「ミカンは違うのか?」

「……どうでしょう。実力はともかく、あたしはまだカイムさんほどうまくジムトレーナーの皆さんを指導したりできませんから」

「お前さんのほうがジムリーダーとしては先輩だが、俺の方がちょいと長く生きてる。その分経験も多く積んでるからな」

 

ミカンはまだせいぜい15歳程度の少女。カイムほどうまくジムトレーナーの指導ができなくても仕方ない。

だがそれがミカンにとってはコンプレックス…とまでは言わずとも、気になるものではあった。だからジムリーダーになってすぐのカイムがここまで指導できている事実に、ミカンは感銘を受けた。そしてその指導がどのようなものなのかを知りたいと思った。

 

「単純な実力は、多分ミカンの方が強い。人には向き不向きがある。俺はたまたま『こういうの』が向いてただけだし、俺の方が歳上だ。だから気にするな、とは言わんが…数こなして慣れていきゃいい。少しずつな」

 

そう言ってカイムはミカンの頭を小突く。

小突かれたミカンは照れ臭そうに笑いながら力強く頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

一通りジムの案内を終えたカイムは、ミカンと共にジムリーダールームにいた。

 

「夢から覚めない事例…ですか?」

 

ミカンはカイムの言葉を聞いてそう返した。ミカンの言葉にカイムは頷く。

 

「ああ。少し前に少年が数日間ずっとうなされて目覚めない事件があった。結果的には解決したが…原因がわかってなくてな。なにか心当たりはないかって思って聞いたんだ」

「すみません…お役に立てなくて…」

「いやいや、気にすんな。あまりにも特殊な事例だ。知ってる方がすげえ」

 

カイムも色々と見てきたが、こんな事例は今まで見たことなかった。悪夢から目覚めない。そんな事例を少なくともカイムもミカンも知らなかった。

 

「とりあえず解決したとはいえ、原因がわからん。また同じことが起きたら、俺じゃ解決できねえ。どうにかしたいが…手詰まりでな」

 

街の治安維持に協力するのもジムリーダーの責務。主な治安維持は警察の役割だが、警察にできることにも限界がある。そこでジムリーダーのように腕の立つトレーナーが警察に協力する事例はよくあることだった。

 

「あたしもこんな事例見たことないです。警察の方は…」

「お察しの通り、警察(向こう)もお手上げ。だからこっちに話が振られてきたんだが…結果解決できなかった。解決したのはミカンと同じくらいの年齢の女の子だ」

「あたしと同じくらい…もしかして、ヒカリさんですか?」

「知ってるのか?」

 

まさかミカンの口からヒカリの名前が出るとは思っていなかったカイムは思わず目を見張る。

 

「はい。あたしがナギサシティにいた時にお会いしました」

「へえ…ナギサシティにもいたのか。いつ頃だ?」

「夏頃です。ポケモンリーグ開催前くらいだったと思います」

「夏頃?そのころからずっとシンオウにいるのか?」

「いえ、シンオウリーグを見てから一度ジョウト地方に戻ってます。それからしばらくジョウト地方で過ごして、またシンオウ地方に来たんです」

 

ミカンの話を聞く限り、ミカンは色々な地方に行くことがあるらしい。すぐ隣のカントーはもちろん、コンテストを見にホウエン地方やシンオウ地方にも赴き、さらにはPWTに参加するためにイッシュ地方に行くこともあったらしい。

 

(見た目とは裏腹に随分とフットワークが軽いんだな)

 

カイムの印象としてはミカンはおとなしく心の優しい少女だと感じていた。おとなしいということもありもっと内気な感じかと思ったのだが、全然そんなことはなかったらしい。

 

(そもそも修行のためにシンオウまで来るんだし、そんなわけねえか)

 

自分から動くことができるミカンがただおとなしい少女ではないことくらいわかっていた。己の見積りの甘さに少しだけ苦笑しながらカイムは続ける。

 

「他のシンオウのジムにも行ったのか?」

「あ、はい…行くには行ったんですけど…」

 

口籠るミカンにカイムは首をかしげる。カイムの様子を見てミカンは苦笑しながら答える。

 

「ナギサジムに行く予定だったんですが…滞在期間にナギサシティが停電になりまして…」

「……あんの阿呆が」

 

ナギサジムに行こうと考えた矢先、ナギサシティ全体が停電になったため訪問することができなかったらしい。つまりシンオウ地方で訪れたジムはこのミオジムだということだった。

そしてカイムはそれを聞いて頭を抱える。ジムの改造をしすぎて街全体を停電させるあの凄腕ジムリーダーを思い浮かべながら苦い顔をした。

 

「ったく…デンジ(あいつ)は腕は立つのにこれだから…」

「デンジさんは、ジムリーダーとしては相当な腕前なのですよね?」

「ああ。少なくともシンオウ地方のジムリーダーの中じゃ頭一つ抜けてる。ちなみに俺は一度も勝ててない。街を停電させるポンコツに勝てねえの、俺」

 

むすっとしながら言うカイムがおかしくてミカンは笑う。憎まれ口を叩きながらも、言葉の節々からデンジへの親愛の感情が読み取れ、素直ではないその様子が面白かったのだ。

 

「仲、良いんですね」

「ん…ああいや…歳が近えからな。話すことが多いだけだ」

 

照れ臭そうに言うカイムを見て、ミカンはくすりと笑う。表情がほとんど変わらないため、少しだけ怖い印象があったのだが、実際話して見るとただのいいお兄さんみたいな雰囲気だった。

 

「とにかく、相談に乗ってくれてありがとよ。これからどうする?」

「ジムを案内してもらったお礼に、あたしでできることならなにかしますよ。なんならバトルも歓迎です!」

「バトルか。そいつはいいが…ミカンはいつまでミオシティに滞在する予定なんだ?」

「あと数日はミオシティにいる予定です」

「そうか。なら俺とのバトルより先にジムトレーナー達とバトルしてやってくんねえか?」

 

カイムがジムリーダーになり、当然ながら方針はトウガンの時から変わった。代替わりする前からジムに所属していたカイムは、以前の彼らがどのようなバトルをするのかは大体把握している。

だからここでミカンとバトルすることで、カイムが方針を変えたことがどのように影響しているのかを見たかった。無論まだ代替わりしてから一月も経っていないため影響と呼べるほどのことはないだろうが、知っている人以外のトレーナー相手にどのように動くようになったのかを把握したいという思いから、カイムはミカンにそう提案した。

 

「ジムトレーナーの方とですか?いいですよ!」

「助かる。じゃあ早速頼むわ」

「はい!鍛えた鋼の力、みなさんにも見てもらいます!」

 

そう言って気合を入れるミカンを連れてジムリーダールームから出る。

それを見たジムトレーナー二人がカイム達の元へと歩いてきた。

 

「相談は終わったんですか?」

「ああ。ジムトレーナー数人とバトルしてもらうように頼んだから、挑みたいやつは立候補してくれ」

「えっ⁈マジすか⁈オレ!オレやりたい!」

「待ってよ!あたしもやりたい!」

 

わいわいと騒ぎ始めたトレーナー達にミカンはあわあわと狼狽えるが、カイムは動じることなく小さくため息を吐くと宥めるように言った。

 

「落ち着け。ここは公平にくじ引きで決める。当たりくじ引いた二人がミカンとバトルだ」

「カイムさんが決めるんじゃないんですか?」

「こういう機会はあんまねえから俺が決めたら角が立ちかねん。公平にやるのが一番いい」

 

そう言ってカイムは割り箸をくじとして使い、ジムトレーナー達に引かせてミカンとバトルするトレーナーを決めた。ミカンは難なくリーダーとして動くカイムにわずかな羨望の視線を向ける。

 

その後、当たりくじを引いたトレーナー二人とバトルし、そのトレーナーとカイムを交えてバトルについて議論を交わすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日も落ちて暗くなってきた時刻。

 

「じゃ、お疲れ様でしたー!」

「ああ、お疲れ」

「お疲れ様でした」

 

帰っていくジムトレーナー達を見送り、カイムとミカンはジムを出る。

四月とはいえ、シンオウ地方は北国。まだ少し肌寒く、ミカンは少しだけ身震いをした。

 

「ジョウトより寒いだろ」

「そうですね…さすがにちょっと寒いです」

 

上着を羽織るなどして多少厚着はしてきているが、それでも少し寒い。

 

「北国だからな。だからといって別に夏が涼しいわけでもねえんだが…特に冬は堪える。慣れるまで時間かかった」

「カイムさんは、シンオウ地方出身ではないんですか?」

「ああ。俺はホウエン出身。色々あって、シンオウに来た」

 

わざわざシロナのことを言う必要もないかと考えたカイムは、シロナに関することを『色々』の一言で済ませた。

そのまま解散しようかと考えたところで、腹の虫の音が聞こえてくる。そちらに目を向けると、顔を赤くしながら目を逸らすミカンの姿。

 

「……今の」

「……なにも言わないでください」

「……………」

「…何か言ってください」

 

どっちだよと内心でツッコミながらカイムは口を開く。

 

「ま、時間も時間だ。腹が減ってもおかしくねえよ。ホテルで飯食うとかか?」

「あ…いえ。開いてるお店で済ませようと…」

 

またあの量食うのか、とカイムは内心で戦慄する。カイムとミカンでは体格差がそれなりにあるのだが、明らかにミカンの方が多く食べている。その華奢な身体のどこに食べたものがいくのかカイムにはわからなかった。

 

「…ふむ。良ければうちで食っていくか?」

 

カイムは腹を空かせた歳下をそのまま放置するような男ではなかった。元より世話焼きで家ではだらしないシロナ相手ですら世話を焼く男である以上、ミカンに飯を食わせるという結論に至るのは必然だった。

 

「え、いいんですか?」

 

予想外の言葉にミカンはおずおずと聞き返す。

カイムは普段と変わらない無表情で頷いた。

 

「ああ。つっても、同居人次第だが」

 

シロナとカイムが同棲している以上、カイムの家で食事をするとなると必然的にシロナとも出会う。シロナが断るようには思えないが、連絡しないわけにはいかない。

 

「…ご、ご迷惑でなければ…ご一緒しても?」

「ん、OK。ちょいと待ってな」

 

そう言ってカイムはスマートフォンを取り出し、シロナに電話をかけた。3コールほどかけたところでシロナが電話に出る。

 

『もしもしカイム?どうしたの?』

「ああ、今から帰るんだが…食事に一人追加したい。いいか?」

『あら、もしかして前に言ってた子?』

「察しがいいな。良ければどうかなって思ったんだが、連れて帰っていいか」

『いいわよ。せっかくだし、色々話したいわ」

 

思った以上にシロナはあっさりとミカンが同席することを許可した。元より渋るとも思っていなかったが、ここまであっさりしているとも思わなかったカイムは内心で苦笑する。

 

「じゃ、すぐ帰る」

『ええ。待ってるわ』

 

それだけ言ってカイムは電話を切り、スマートフォンをしまう。そしてミカンに向き直ると、口を開いた。

 

「許可が降りた。行くぞ」

「はい。あ、あのう……同居人って、もしかしてカイムさんの恋人さんですか?」

「ん、ああ…まあ、そうだな。あ、気まずくなりそうとか思うなら断っていいぞ。断ったとしてもマジで気にしなくていいからな」

 

恋人との食事に来ることになるため、もしかしたら嫌かなとカイムは考えるが、ミカンは特別気にすることなく優しく笑った。

 

「いえ、大丈夫です。今日一日お世話になりましたし、カイムさんの恋人さんにも是非お会いしてみたいです」

「…そうか。まあミカンがそう言うならいいけど、無理しなくていいからな」

 

自分なら断りそうだなと内心で苦笑しつつ、カイムはミカンにシロナのことを伝えていないことを思い出す。

 

「あ、そうだ。別に驚かせたいわけじゃねえから先に伝えておく」

「はい?なにを、ですか?」

「同居人だが、多分ミカンも知ってる。前回のシンオウリーグ見てたなら間違いなくな」

 

カイムの言葉がわからずミカンは首をかしげる。

まあそういう反応だろうと予測していたカイムは淡々と告げた。

 

「同居人、シンオウリーグチャンピオンのシロナだ」

「…………え?」

 

ミカンの身体と頭がフリーズした。

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいミカンちゃん。はじめましてになるかな?シロナよ」

 

帰宅して最初にシロナが出迎えたことにミカンは動揺を隠せなくなった。カイムから聞いた時は何かの冗談だと思っていたのだが、目の前にシロナが現れたことで完全に信じざるを得なくなった。

 

「あ、えっと…ミカン、です。は、はじめまして!」

「はじめまして。さ、上がって」

 

シロナはにこやかにミカンを出迎え、上がるように勧めた。

ミカンはどうすればいいかわからずカイムに視線を向けると、カイムはそれに気づき、顎で上がるように促してくる。ミカンはそれを見て上がっても良いと判断し、靴を脱いでシロナの家に上がった。

 

シロナの自宅は非常に清潔感にあふれており、とても綺麗な家だった。物が整頓されており、床にも埃の一欠片もないように清潔にされている。

 

「綺麗なお家ですね」

「………」

「カイムさん?」

 

ミカンの言葉に押し黙るカイムを見て、ミカンは首をかしげる。それに気づいたカイムは苦笑しながらその言葉を流した。

 

「何でもねえ。すぐに飯作るから、シロナと話してまっててくれ」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

カイムにそう言われミカンはリビングのソファに腰掛ける。その正面にシロナが腰を下ろし、カイムはエプロンを付けてキッチンへと向かった。

 

「カイムさんが料理を?」

「ええ。カイムの料理、とっても美味しいのよ。楽しみにしててね」

 

満面の笑みで言うシロナの表情にミカンは思わずドキッとしてしまう。

だがこのまま黙っていることはあまりにももったいないと考えたミカンは口を開いた。

 

「シロナさんは、ここにお二人で住んでいるんですか?」

「そうよ。数年前からずっと二人」

「お二人で購入された、とか?」

 

チャンピオンの収入が具体的にどの程度かはミカンも知らないが、ジムリーダーより多いことはわかる。その収入に加えてシロナは考古学者としても有名だ。さらにカイムの収入があるとすれば、この一軒家を購入できていたとしても不思議ではない。

 

「ああ、この家は元々私が建てたの。研究とバトル、どっちも存分にできる環境がほしくてね」

 

平然と言っているが、この年齢で一軒家を建てるなど相当な収入がなければできない。シロナがどれほど活躍しているのかを実感させるような一言にミカンは戦慄する。

 

「こ、このお庭…バトルに使えるフィールドですよね!個人的に一面作ったってことですか?」

「そうよ。ポケモン達に窮屈な思いをさせないためにも必要な投資だわ」

 

自分よりもポケモン本位での考え方。言うのは簡単だが、それをここまでちゃんと実行できる人はそういないだろう。ミカンはシロナのチャンピオンとしての強さの一端を見ることができた気がした。

 

「カイムはここにそのまま来た感じよ」

「一応言っておくが、俺はヒモじゃねえぞ。この家の管理、今は全部俺がやってるし、光熱費、水道代とかは全部俺が出してるからな」

 

シロナの言葉に調理中のカイムがそう言ってくる。カイムの言葉にシロナは苦笑しながら応えた。

 

「誰もそんなふうに思ってないわよ」

「念のためだ」

「もう…捻くれてるんだから」

「そんな捻くれ者に惚れたのはどこのどいつだ?」

「はいはい私ですよ〜」

 

なんでもないように言っているが、平然と『惚れた』とカイムは言う。予め聞いていたが、改めて目の当たりにしてその事実が本当なのだと確信した。

 

「お、お二人はその…お付き合いされているんですよね」

「ええ、そうよ」

「わあ…!素敵です…!」

「うふふ、ありがと。でもまだ付き合って一年経ってないのよ」

「そ、そうなんですか?」

 

二人のやり取りから、既に付き合ってから何年か経ってそうな雰囲気だと思っていたのだが、違うらしい。

 

「付き合いはじめたのは、前回のシンオウリーグの時よ」

「じゃあ…今は八ヶ月くらいなんですね」

「そうよ。早いものね」

 

シロナは今でもあの日のことを鮮明に思い出せる。ポケモンリーグスタジアムの屋上で想いを告げたあの日のこと。激闘を戦い抜き、カイムと想いを交わすことができたあの瞬間のことを忘れることはないだろう。

 

「ミカンも前回のリーグ見に来てたんだとさ」

「あら、そうなの?」

「はい。シロナさんのバトルを間近で見させてもらいました」

 

シロナとは違う意味だが、ミカンも前回のリーグのことは鮮明に思い出せる。相手の強いところを引き出した上で、さらにその上をいくシロナのバトル。セキエイリーグチャンピオンであるワタルとはまた違った強さを前に、目が離せなかったことを今でも思い出す。

 

「間近で見て、すっごく感動したんです!相手の強いところを引き出しながらさらにその上をいくバトル…見ててとてもかっこよかったです!」

「そう言ってもらえると、ポケモン達も喜ぶわ。あの子達が頑張ってくれたから、私は今もチャンピオンでいられるから」

「そうですね。あたしも、ポケモン達のおかげでジムリーダーでいられます。ポケモン達への感謝を忘れないようにしなくちゃいけませんね」

 

トレーナーはポケモンがいて初めて成り立つ。それは当たり前のことで、つい忘れそうになる時もあるが、当たり前だからこそ忘れずに大切にしていかなければならないのだと、ミカンはシロナの言葉を聞いて改めて心に誓った。

そして同時に、ミカンはシロナに聞きたかったことを聞いた。

 

「あ、あのう…シロナさん」

「どうしたの?」

 

改まった様子でおずおずと聞いてくるミカンにシロナは優しく返す。その様子を見たミカンは、意を決したように口を開いた。

 

「ば、バトルに強くなるためには、どうすればいいと思いますか?」

 

ミカンは元々、修行のためにシンオウ地方に来ている。ジムリーダーとして実力だけでなく、指導面などではまだまだ未熟だと実感している部分があった。だからこうしてチャンピオンと直接話す機会があれば、聞いてみようと以前から考えていたことを聞いた。

ミカンの問いに対してシロナは小さく笑いながら応える。

 

「具体的な部分では一概に言うことはできないけど、誰にでも言えることは『ずっとポケモンを好きでいること』よ」

「ずっとポケモンを好きでいる、ですか?」

「ええ。バトルは一人でやるものじゃない。ポケモンと心を通わせて初めてできるものよ。だから形はどうであれ、ちゃんと自分のポケモン達と向き合って、お互いがベストな形で付き合うことが大切だと思うの。もちろんトレーナーとポケモンによってその付き合い方は違うわ」

 

シロナやカイムのように心から愛情を持って接するやり方もあれば、グリーンのように仕事仲間のような間柄もある。シロナの言うように向き合い方というのはトレーナーによって千差万別。一概に言うことはできないものだ。

 

「だからちゃんと向き合ってそれを探していくべきなんだけど、ちゃんと向き合うためには少なくとも私たちトレーナーはポケモンのことを好きでいないといけないの。好きでもないものとちゃんと向き合うなんてそうそうできないでしょ?」

 

だからこそ、ちゃんと手持ちのポケモンのことを好きでなければならないとシロナは言った。どんな形であれ、好きでもないものと向き合うことはできない。ちゃんと向き合うためにも、手持ちのポケモンのことを好きでいることが強くなるための第一歩だとシロナは考えていた。

 

「ジムリーダーやってるミカンちゃんには言うまでもないか」

「いえ、大切なことです。もう一度、あたしもポケモン達と向き直ってみます。そうすることで、なにか新しいものが見えてくるかもしれません」

「いいことよ」

 

話が一区切りついたところで、タイミングよくカイムが皿を食卓に運んできた。

 

「話の途中だろうが、飯の時間だ」

 

カイムは大皿で炒め物と肉じゃがを運んでくる。そこに白米と汁物、副菜としておひたしを並べる。普段通りのメニューではあるのだが、シロナは一つ違和感があった。

 

「ねえカイム」

「ん?」

「なんか、量多くない?」

 

大皿に盛られたおかず達は明らかに三人前よりも多い量だった。シロナは成人女性としては平均程度の量しか食べないし、カイムも決して大食いではない。シロナの中ではミカンもそこまで食べるタイプではなさそうな印象であったため、この量は明らかに多すぎると思った。

 

「問題ない。余ったら明日の弁当になるだけだ」

「そう?でも…」

「大丈夫だって。なあ?」

 

意味深な目線をミカンに向けながらカイムは言う。ミカンはその言葉を受けて顔を赤くしながら俯く。

だが事情を知らないシロナはカイムの言葉と視線を理解できず首を傾げる。そんなシロナに気にしなくていいと言うように首を振り、席についた。

 

「ほら、食おうぜ」

「え、ええ。じゃあミカンちゃんも」

「は、はい!」

「遠慮せずたくさん食え。白米はおかわりあるから」

「い、いただきます」

 

三人は手を合わせて食事を始めた。

そして十数分後、シロナはカイムの言葉と視線の意味を理解するのだった。

 

 

 

 

 

 

「…かなり多めに作ったと思ったんだが」

 

カイムは空になった大皿を見て思わずつぶやく。あんなに大量に盛られた食べ物は綺麗さっぱり完食されていた。

 

「うう…すみません…美味しくてつい…」

「ふふ、まさかミカンちゃんがこんなに食べられる子なんて思いもしなかったわ」

 

現に今も半信半疑な状態だった。この細い体のどこにあれだけのものが詰まっているのか、シロナにはわからなかった。もはやどこか別の次元にでも通じてるのではないかと思えるほどの食べっぷりをミカンは見せていた。

 

「すみません…お恥ずかしいところを…」

「いいのよ。カイムの料理、美味しいからいっぱい食べちゃうわよね」

「はい…とっても美味しかったですう…」

「そいつは何よりだ」

 

食後のお茶をミカンの目の前に置き、カイムは皿を台所に下げる。そして先程剥いておいたリンゴを別の皿に乗せて食卓へと置いた。

 

「しかし、その細さでよくあんだけ食えるな」

「昔から食べるのが好きでして…」

 

食べるのが好き、と言う割にミカンの体は細い。この年代の少女と比較しても少し細めに見えるような体つきだった。それでいてあれだけの量を食べるのだから、不思議な体質だなとリンゴをトリトドンに与えながらカイムはそう考えた。

ミカンはカイムがトリトドンにリンゴを与える様子を見ながら聞いた。

 

「カイムさんは…鋼タイプ専門のジムリーダーじゃないんですか?」

 

トリトドンは水・地面タイプ。鋼タイプではない。

ミカンの記憶が正しければ、先代のトウガンは鋼タイプ専門のジムリーダーであり、今日バトルしたジムトレーナーも鋼タイプを専門としていた。そのためカイムもそうなのだろうと思っていたが、トリトドンがいるためどんなコンセプトなのか気になり、聞いた。

 

「ん、ああ…専門ってわけじゃねえんだ。ルカリオ、メタグロス、キリキザンが俺の手持ちにはいるけど、別段鋼タイプで縛ってるわけじゃない。鋼多めだが、別のタイプもいる。ブラッキーとかバシャーモとか」

「そうなんですね。てっきり、先代のトウガンさんと同じ鋼専門なのかと思ってました」

「ジムリーダーとしては鋼タイプをメインにやるけど、俺個人としては幅広くやってる。一つのことを極めるには、俺は凡人すぎた」

 

カイムはそこでミカンに向き直ると、真剣な表情でミカンに言う。

 

「だがジムリーダーになった以上、中途半端にしたくねえ。そこで鋼タイプ専門の先輩として、鋼タイプについて教えてくんねえか?」

「鋼タイプについて、ですか?」

「ああ。俺なりに知ってきたつもりだが、ミカンの目から見てどういうタイプなのかってのを簡単に知りたい。頼めるか?」

 

凡人だから、という理由はジムリーダーになった以上通用しないし、使いたくもない。だからジムリーダーとして恥じないためにも、先輩であり実力者であるミカンに専門タイプである鋼タイプについて聞きたいとカイムは考えた。今後どんな形であれジムリーダーをやっていく以上、どこかで必ず専門タイプへの理解の深さに直面してくる。ならば先んじて手を打っておくことが、今後の自分のためになると考えた上での行動だった。

 

正直、多少渋られるかとも思っていたが、ミカンは満面の笑みでカイムの申し出を受け入れる。

 

「はい!あたし、鋼タイプのことならいくらでもお話しできます!」

「そいつはいい。ミカンの時間が許す限り、話してくれるか」

「もちろんです!あたしの話で、カイムさん…なんならシロナさんにも鋼タイプの魅力について知ってほしいです!」

「あら、楽しみね。私もミカンちゃんの話は気になるわ」

「でしたらまず、鋼タイプの魅力についてです!シャキーン!」

 

テンションが上がりよくわからない効果音をつけながらも、ミカンは鋼タイプの魅力について語っていく。その語りには熱がこもっており、ミカンがどれほど鋼タイプに魅力を感じているかわかるほどのものだった。

 

 

 

そして気がつけば10時を過ぎていた。

ちょうど話が一区切りつき、時計を見たシロナは思わず声を上げる。

 

「あっ、もうこんな時間!ミカンちゃん、時間大丈夫?」

「大丈夫ですよ。ホテルですし、遅くなることは予め伝えてあります。それよりこんな遅くまでお邪魔してしまいすみません。すぐに帰ります」

 

ミカンは支度を即座に済ませると、立ち上がる。そのまま帰ろうとするミカンにシロナは声をかけた。

 

「でもこんな時間に女の子一人で出歩くのは危険よ。街まで送っていくわ」

「え…でもそこまでしてもらうのは…」

「引き止めたのは私たちよ。気にしないで。いいでしょ、カイム」

 

シロナの言葉にカイムは頷く。

 

「ああ。ちゃんと送ってやれよ」

「もちろんよ」

「で、でも…それだとシロナさんの帰りが…」

「大丈夫よ。こんなに屈強なボディガードがいるんだから」

 

そう言ってシロナは庭にいるガブリアスとルカリオに視線を向けた。その視線と言葉に気づいた二匹は肯定するように小さく声を上げる。

チャンピオンに鍛えられたポケモン。例え暗闇であったとしても、気配感知が得意なルカリオがいる以上障害にはならないし、正面から来てもガブリアスが全てを粉砕する。カイムがついていくよりも、残念ながら防御力は高い。

 

「じゃあ、お願いしてもいいですか?」

 

ミカンとしても土地勘のない場所故に、一人では少々心細い気持ちもあった。加えて、シロナとももう少し話していたい気持ちもあったため、シロナに送ってもらうことを受け入れた。

 

「ええ、もちろん。じゃあ行きましょうか」

「はい。カイムさん、今日はありがとうございました」

「いや、うちの連中が世話になった。いい刺激になったと思う」

「あたしも良い経験になりました。今度は、カイムさん自身がお相手してくださいね!」

 

闘志の宿る瞳を向けられ、カイムは薄く笑う。

 

「ああ。俺で良ければ相手をしよう」

「絶対ですよ!」

 

信じられていないのか念を押され、カイムは思わず苦笑する。苦笑しながらも時間が遅いため早く帰るように促した。

 

「わかったから、ほれ。早く帰りな」

「はい。ではまた」

「おう、またな」

 

そう言ってミカンはシロナに送られて帰っていった。

残されたカイムは小さく息を吐くと、食卓に残された三つの湯呑みを台所に下げ、そのまま洗った。洗い終わった湯呑みの水を切り、傍にふきんを持って立っていたルカリオに手渡す。そして拭き終わった湯呑みはバシャーモが食器棚に戻した。

 

「手伝いサンキュー。んじゃ、風呂にでも入り…」

 

ルカリオとバシャーモを軽く撫で、カイムは大きく伸びをした。

 

その瞬間、意識に黒いもやがかかり、落ちていくような感覚に襲われる。それと同時に力が抜け、ふらりと背後に倒れそうになった。

咄嗟に側にいたバシャーモとルカリオがカイムの身体を支える。支えられたカイムは一瞬何が起きたかわからなかったが、自分が倒れそうになったという事実だけは把握できた。

 

「なん…だ?」

 

少なくとも先程まで体調に不調はなかった。だというのに急に意識が遠のくような感覚に襲われ、倒れそうになった。

 

(目眩…疲労か?いや、体調に問題はなかった。今、急に落ちていくような感じが来た。俺の体に、何が…?)

 

カイムは今確かに落ちていく(・・・・・)ような感覚に襲われた。今までそんな感覚ほとんど感じなかったにも関わらず、今急に感じた。

心配そうにカイムの顔を覗き込んでくるバシャーモとルカリオに気づき、カイムは立ち上がると小さく笑って二匹の頭を撫でた。

 

「悪い、心配かけたな。ちょっと目眩がしただけだ。今日は早めに寝るから心配すんな」

 

バシャーモとルカリオは目を見合わせる。カイムはポケモンのことを非常に大切にしてくれるが、自身のことは少々おざなりにしがちであった。それもシロナと同棲してからは鳴りを潜めていたが、また無茶をしているのではないかと心配になっていた。

 

「無理はしてねえ。心配すんな」

 

実際、カイムは無理はしていなかった。ジムリーダーと執筆で忙しいのは確かだが、就業時間の間にいつも以上に集中しているだけでそれ以上のことはしていない。それをバシャーモとルカリオも知っているため、無理をしているようには感じられなかった。

だが無理をしてないとわかっているからこそ、余計心配だった。何か別の理由があるのではないかと。

 

「大丈夫だって。んじゃ、風呂入ってくる」

 

二匹の頭をわしゃわしゃと撫でて、カイムは台所から出て行く。バシャーモとルカリオはその背中を見送ることしか出来なかった。

 

バシャーモが窓の外を見ると、空に雲はなくたくさんの星が浮かんでいるのが見えた。

しかしカイムのエースであるブラッキーは窓際にいない。ソファでトリトドンと共に寄り添いながら丸くなっているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

ほぼ同時刻

 

シロナはミカンと並んでミオシティを目指していた。その背後にはガブリアスとルカリオがついてきている。

 

「シロナさん、今日はありがとうございました」

「いいのよ。私も楽しかったし」

 

シロナとしても、他の地方のトレーナーと話す機会は貴重なものだったし、カイムにとってもいい刺激だっただろうと思っている。シロナやカイムのように専門のタイプがないトレーナーからしたら、一つのタイプを極めたトレーナーの話というのは興味深いものだった。

 

「専門タイプの話を聞ける機会って実はあまりないのよね。四天王の人たちとは割とよく話すけど、それでもそこまで深く知れるわけじゃない。ジムリーダー以上の人から話を聞けるのは、私にとってもカイムにとってもありがたいものだったわ」

「逆にあたしはシロナさんみたいなオールラウンダーの話を聞けたのがよかったです。専門はやっぱり鋼タイプですけど、鋼タイプ以外のタイプについても知っておけばバトルの幅が広がりますから」

「うふふ、ありがとう。カイムとはジムでどんな話をしたの?」

「カイムさんからはジム運営について色々聞かせてもらいました。ジムリーダーとしては新人のカイムさんが、今どうやって運営しているのかが気になりまして」

「あら、ジムリーダーとしてはミカンちゃんの方が先輩よね?」

 

先輩であるミカンが新人であるカイムに運営において聞くことがあるのだろうかとシロナは疑問に思った。

 

「はい。あたしはジムリーダーとして実力は自信があるんですけど、ジムトレーナーのみなさんの指導はまだまだでして…それで他のジムリーダーの方々はどうしてるのかなって気になっていたんです」

「指導面ね。確かにカイムは案外教えるの上手いのよ」

「そうなんです!それでカイムさんのお話を聞いて、あたしなりにできることも見つけられました。すぐにうまくいくわけじゃないと思いますが、やれることからやってみようと思います」

 

ミカンもまだ十代の少女。成人しているカイムと比較して指導面で劣ることがあっても当たり前のことだろう。

だがミカンは『仕方ない』で済ませたくなかった。できないならば、改善するために行動し、動いていきたいと考えていた。今回カイムに話を聞いただけでうまく指導できるようになるとは思えない。しかし、経験しなければ上達はしないため、まずはできることからやろうと心に決めた。

 

「いいことよ。何事も経験しなくちゃね」

「はい。頑張ります」

 

そうこうしているうちにミオシティまで辿り着き、ミカンの宿泊するホテルまできた。

 

「あ、ここです」

「そう。じゃあミカンちゃん、今日はありがとう」

「こちらこそ。あたしもいい経験になりました。機会があればまたお願いします!」

「もちろん。また会えるのを楽しみにしているわ」

「おやすみなさい」

「おやすみ」

 

そう言ってミカンはホテルに戻っていった。その後ろ姿を見送るとシロナはガブリアスとルカリオに目を向け、小さく笑う。

 

「さ、帰りましょう。カイムが待ってるわ」

 

ガブリアスとルカリオは頷き、シロナに続いた。

そのまま歩いてミオシティを出る。何事もなく帰路についたシロナだが、突如として謎の違和感を感じた。ガブリアスとルカリオも同じように異変を察知したのか、ばっと背後を振り返る。当然だが、そこにはただ街があるだけ。特別変なところは何もない。

 

(気のせい…ではないわね。ガブリアスとルカリオが反応してるし。でもなにも起きていない。何があったの?)

 

何も起きていない以上、どうすることもできない。

どこか引っかかるが、小さく息を吐いてシロナはそのまま帰路に着く。

 

 

ガブリアスが空を見上げている。シロナとルカリオもガブリアスに続いて空を見上げるが、そこにはただ星が輝いているだけだった。

 

 

「そっか。今日は新月か」

 

 

ぽつりとシロナは呟く。

月明かりのない街灯のみで照らされた道を進み、シロナ達は家に戻っていく。

 

 

海の向こうで佇む黒い影と一人の人間がその姿を見つめていたが、シロナ達はそれに気づくことはなかった。

 

 




初っ端から不穏な終わり方。

ミカンちゃんに出てきてもらいました。ミカンとのバトルはまた今度。二連続バトルは疲れちゃう。私が。
ミオシティばっかなので次回はミオシティ以外の場所に行こうかと。


シロナ
甘え方がブラッキーに似てきた。レッド、グリーンに次ぐオールラウンダートレーナーであるため、専門タイプを持つトレーナーの話は割と興味深いらしい。

カイム
イチャつくことに抵抗がなくなってきてる常識人(偽)。ジムリーダーとしての実力は下の方だが、指導面ではそれなりにできるらしい。鋼タイプへの理解を深めるために勉強してるところ。何故倒れかけたのかはそのうち。

ミカン
アサギジムのジムリーダー。カイムと同じ鋼タイプのジムリーダーだが、正直カイムよりも強い。シンオウ地方には修行で来てるらしい。なんとなく妹感があり、カイムとセットだと兄妹にみえる。近いうちにまた出る予定。


ポケマスでシロナさんとカトレアのボイスが追加されてて狂喜してました。

次回はちょっとした短編にしようかなと。
前回、今回とカイムが多めだったのでシロナさんと、歴代主人公及びヒロインとの絡みにする予定。
出す予定の主人公(ヒロイン)
・ハルカ
・ヒカリ
・トウコ
・セレナ
コトネとユウリとミヅキも出したいんですが、人数多すぎると書くの難しくなるので一旦この四人。レッドとリーフは一度出てるから今回は除外、男主人公は人数の都合で保留です。名前は出す予定。

体調崩したシロナさん(またはカイム)と看病するカイム(又はシロナさん)の構図を書きたい。
看病されるシロナさんか、看病するシロナさんどちらが見たいですか?

みなさんの推しタイプは?

  • ノーマル
  • ほのお
  • みず
  • でんき
  • くさ
  • こおり
  • かくとう
  • どく
  • じめん
  • ひこう
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