ただただシロナさんとまったり過ごすだけの話   作:職業病

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ルカリオ



ホラー映画を初めて映画館で観ました。
怖かったけど面白かったです。

本編でなく映画編を更新した理由
読めばわかる。


七万弱という脅威の文字数


EX episode 『ミュウと波導の勇者ルカリオ』

微睡みの中、最後に見た景色を夢に見る。

 

 

無数の群勢。

襲い掛かる敵。

波導を有する結晶。

 

 

そして、敬愛する恩師の『波導』。

 

 

 

 

 

『ここを立ち去れ』

 

 

 

 

 

何故ですか…

 

 

 

 

 

 

『私は、城を捨てた』

 

 

 

 

 

 

何故なのですか…!

 

 

 

 

 

 

『もう二度と、あの城に戻ることはない!』

 

 

 

 

 

 

どうしてですか…!アーロン様…!

 

 

 

 

 

 

夢の中で、敬愛する恩師の姿に疑問を投げかけながら『勇者』は叫ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「人が多いわね」

 

たくさんの人が同じ方向に進む中、シロナは周囲の人々を見ながらそう呟いた。

 

「皆目的は同じなんだろうな」

 

シロナの呟きにカイムはそう答える。

今シロナ達が歩いている方向には、一つの大きな城が建っていた。現代の建物とは明らかにかけ離れた風貌をした城には威厳と歴史を感じられる。

 

「でけえ城だことで」

「それだけ権力のある人が建てたお城ってことね」

「…オルドラン城か」

 

カントー地方…その中でも辺境の地、ロータ。二人が向かっているのはロータに存在する城である『オルドラン城』。このオルドラン城で開かれる大会に出場し、そのついでにこの地域や城に残された歴史について学ぶつもりでこの地に訪れていた。

カイムは城の全貌を見つめ、城のあちこちから青い結晶が突き出ていることに気づく。

 

「この城…水晶が突き出ているんだな」

「ええ。この辺りには世界の始まりの樹に関するものが多く残されているの。あの水晶も世界の始まりの樹由来のものらしいわ」

「…あれのことだったな」

 

カイムが視線を向けた先には、大きな樹のような形をした巨大な物体が聳え立っていた。

 

「そうよ。あの樹は今でも多くの謎に包まれているけど、世界はあの樹から始まったって言われているわ」

「へえ…まあ、あり得ん話じゃ無さそうだ」

 

あの樹からは何か強い気配を感じる。こんなにも離れているのに気配を感じられるあたり、ただの巨大な物体ではないらしい。

 

「やっぱり、カイムも感じる?」

「ああ。なんか…よくわからんが感じる」

「私もよ。覇気…じゃないけど、強い気配…命の気配とでも言うのかしら」

 

世界の始まりの樹、というだけあり、生命エネルギーに満ち溢れているのかもしれない。それが感じられるのかも、とシロナは結論つけて二人はオルドラン城へと足を進める。

 

「それで?今回わざわざカントー方面まで足を運んできた理由は?」

「言ったじゃない。大会と勉強」

「…この大会、アマチュア大会だぞ。リーグ公認トレーナーのお前や俺は出られないんじゃねえのか?」

 

ポケモンリーグ公認トレーナーは世間的にはプロと似たような形で扱われている。そのため、場合によっては出られない大会があったりするのだが、シロナとてそのくらいは想定済みだった。

 

「大丈夫よ。公認トレーナーでも出られる大会だから」

「想定済みかよ」

「もちろん。結構ハイレベルな大会だし、貴方にとってもいい修行になるわ」

「結局それかよ…察してたけどさ」

 

シロナはカイムを鍛えるために様々な手段を使う。時にはわざわざカイムを連れ出したりすることもあった。そのため今回もそんな感じなのだろうとカイムは考えていたが、やはりそうだったらしい。

 

「せっかくジムリーダーになったんだし、ここらでどれだけ成長したのか試すいい機会だと思ったのよ。それに、このお城には一度足を運んでみたかったの。こんなに歴史あるお城に来たことないなんて、歴史研究者としてどうかと思ったからね」

「…それで時期もちょうどよかったからってことか」

exactly(正解)

 

今回オルドラン城で開かれる大会は波導の勇者を讃える大会。毎年開かれている大会らしく、大きな規模であるためシロナは弟子であるカイムに出させることにした。

それに元々オルドラン城には一度足を運んでおきたかった。古の時代から続く王家が今もなお管理している城。歴史を学ぶ者として、直に見ておきたいという思いがあったのだ。

 

「わーったよ。ここ最近、ジムチャレンジばっかだったし、ここらで一度本気でやるのもいいだろう」

「乗り気でよかった」

「で?この大会…波導の勇者を讃える大会、だったか?なんか縛りはあんのか?」

 

大会によっては何かしらの縛りが設けられている場合もある。道具使用は基本どの大会でも禁止されているが、他にも選出ポケモンの数を制限したりダブルバトル限定だったりと大会によって様々な縛りが存在することもあった。

色々と聞いてくるカイムにシロナは珍しいものを見るような視線を向けてくる。それを見たカイムは顔を顰めながら聞いた。

 

「なんだよ」

「いや、珍しくリサーチしてないのね」

 

情報収集においてはシロナのはるか上を行くスキルを持つカイムだが、今回のことは珍しく調べていない。それを意外に思ったシロナはそう口にしたが、カイムは小さく息を吐きながら答えた。

 

「シロナが言ったんだろ。今回の大会のことはあまり調べるなって」

「あ、そうだったわね」

「忘れんなよ…本当は城のことだけは調べる予定だったんだが、城に追従して大会の情報も出てきそうだったからな。今回のことについては、ほぼ情報ナシだ」

「律儀ね。そんなところも好きだけど」

 

楽しそうに笑うシロナの言葉に、カイムはがしがしと頭をかいて顔を顰める。そのままシロナは大会の条件について話し始めた。

 

「今回の大会は最初に登録したポケモン一体だけの参加よ。持ち物は可能だけど道具は基本使用禁止」

「へえ、一体か」

「そうよ。そこがちょっと特殊かもね」

 

大会でポケモンが一体しか使われない理由として、大会で讃えられる波導の勇者が従者として一体だけポケモンを従えていたという逸話が残っていることをモチーフにしているらしい。波導の勇者同様、大会出場者も一体のポケモンで困難を切り抜けていくコンセプトがあるとのことだった。

 

「ま、そんくらいなら大した縛りじゃねえな」

「ああそうそう。これが一番大事なんだけど」

 

まだ何かあるのか、とカイムはシロナに視線を向ける。その視線を受けたシロナは小さく笑って言った。

 

「当時、波導の勇者がいた時代の服装でトレーナーは出場するの」

「………は?」

 

カイムは固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オルドラン城

衣装部屋

 

「……なんでこーなったんだか」

 

用意されたたくさんの衣装を目の前に、カイムは顔を顰めながら大きなため息を吐く。今回の大会、まさかのコスプレ縛りがあることはさすがに予想外であり、そんな大会があるのかと内心で驚愕していた。

 

色々と予想外だったカイムに対して、シロナはご機嫌で衣装選びに興じている。今回の大会、シロナは出場しないが、観客も同じように衣装を変えることになっているらしく、その衣装をシロナはご機嫌で選んでいた。

 

その後ろ姿を見てこれ以上考えても無駄だろうと考えたカイムはさっさと選んでしまおうと衣装に目を向ける。だがどれを見てもよくわからず、カイムは再びため息を吐いた。

それを見たシロナがカイムのそばに寄ってくる。

 

「どうしたの?」

「…どれがいいのかわからん」

 

元よりファッションに疎いカイムにとって服選びは苦手なことだった。シンプルな服装を好むカイムからすれば、装飾の多いこれらの服はどれを選んでも同じにしか見えない。そもそもコスプレに興味のない彼が服を選ぶことは至難だった。

 

「あら、なんでもいいのよ」

「なんでもいいなら、今の服にさせてくれ」

「だーめ。規則なんだから」

「………どーしろってんだ」

 

苦い顔をしながら大きくため息を吐くカイムを見て、シロナは笑う。

 

「選んであげよっか?」

 

多分このまま放っておいた場合、一生決まらないだろうなとシロナは判断し、カイムの服を選ぶ申し出をした。正直、カイムにとってはありがたい話であるため、素直にその申し出を受け入れる。

 

「頼んだ。俺には向かねえ」

「ふふ、そうよね。こればっかりは、鍛えようもないしね。さて、どれが似合うかしら」

 

シロナは衣装を物色し始める。選定基準として、シロナが見たいカイムの姿と、カイムが着てくれそうな服という基準を設けていた。

楽しそうに物色するシロナを眺める。ブラッキーは楽しそうにするシロナを見て嬉しそうにシロナの足元で尻尾を揺らしていた。それに気づいたシロナは、ブラッキーを抱き上げてブラッキーと共に服を物色し始める。

 

(…なんで俺の服選ぶのに、あんな楽しそうにできんだか)

 

今でもなお女心に疎いカイムは楽しそうにする女性陣(一人と一匹)をぼんやりと眺めていた。

 

そうしてしばらく眺めていると、シロナが三着ほど服を持ってくる。

 

「とりあえず三着に絞ったわ。この中から選んで」

 

シロナが持ってきた服にカイムは目を向ける。一つはローブのようなものを主軸とした服。昔の大臣が着ていそうなイメージの服だった。二つ目はコクランが着ていそうな執事服であり、カイムはこれを見て顔を顰めた。

 

「おい、これ執事服だろ」

「着てるの見てみたくて。それに、スーツに近いからいいかなって」

「八割、前者の理由だろ」

「バレた?」

 

執事姿のカイムの隣に立って綺麗なドレスを着てみたい、と思ってしまったのだ。最愛の人とそういった服装で隣を歩きたいと考えてしまうのは、このバカップルにおいては仕方ないことなのかもしれない。

 

呆れたように息を吐いたカイムは最後の三着目に目を向ける。三着目は黒い半袖インナーに青い七分袖のアウター、そして黒いフード付きかつ丈が腰より少し下程度の肩掛けマント(ペリース)、そして黒を基調とした手袋に白いラインと宝玉のようなものがついた手袋だった。

 

「…これは?」

「昔の波導使いが着ていた服らしいわ」

「波導使い?ルカリオが使う波導か?」

「そうよ。昔は人の中にも波導を扱える人がいたの。その人達が着ていた服をモチーフにしているらしいわ」

 

波導とは、全ての存在に宿るもの。故に波導を扱える人間がいたとしてもおかしくはないが、そんな超能力染みたことができる人間がいたとはにわかに信じ難い。

だがルカリオが波導を扱える以上、同じ波導を持つ人間でも似たようなことができないとは限らない。そう考えると、波導使いがいたと言われても納得がいく。

 

「割とデザインもかっこいいし、いいかと思ったんだけど。気に入った?」

「…まあ、そうだな」

「本当は波導使いの中でも一番高名な波導の勇者の服にしようかとも思ったんだけど、多分貴方嫌がると思って」

 

そう言ってシロナが指差した服は、波導の勇者と讃えられるアーロンが着ていた服だった。比較的シンプルではあるが、あの帽子とマントを着ける勇気はカイムにはなかった。ペリースならまだギリギリ着られるが、あの帽子とマントをセットで着ろと言われたら厳しいものがある。

 

「…あの帽子は俺には着こなせん」

「そう言うと思ったわ」

「……ま、せっかく選んでもらったし、これにする。選んでくれてありがとうな」

 

カイムは服を手に取ると、さっさと更衣室へと歩いて行ってしまう。

 

残されたシロナはその後ろ姿を見送ると、自分の服を選ぶために衣装に目を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「…思ったより動きやすいが、このマントちと邪魔だな」

 

着替え終わったカイムは、左肩を覆う肩掛けマントの位置を調整しながらそう呟く。

 

(まさかこの歳になって仮装させられるとはな…)

 

この手の衣装は着慣れていないカイムからすれば、仮装と表現されても仕方ない。実際こんな服装は現代ではほぼ見る機会はないし、いたとしてもコスプレや劇などでしか無いだろう。

 

着慣れない服にそわそわしながらも、カイムは周囲を見渡す。この服を選んだ張本人であるシロナの姿を探すが、どこにも見当たらない。

 

「…どこいった?」

「お待たせ」

 

背後からシロナの声が聞こえてくる。振り返ると、そこにはカイムの服とよく似た服装に身を包むシロナの姿があった。ただカイムの付けているようなペリースではなく腰から下を覆うようなパレオのようなものであり、スラックスではなくショートパンツとロングブーツという出立ちだった。他はほとんど同じであるため、何かしらの関連性があるのだろう。

 

「どう?」

 

その場でくるりと周り、シロナは衣装をカイムに見せた。それを見てカイムは腕を組みながらシロナの衣装に目を通して言う。

 

「よく似合う。随分俺の服装と似ているな」

「ええ。こっちは女性の波導使いの服装よ」

「ああ、そういう」

 

男性と女性で若干違うが、同じ波導使いということで服装が似ているらしい。

シロナは自分が着ている服を鏡で見ながら服の位置を調整し、カイムと似た出立になっているのを見て楽しそうに笑った。

 

「ふふ、いいわねこの服。気が引き締まるし、いい感じだわ」

「わかるよ。ただ、俺はペリース(これ)がちと邪魔だがな」

「あら、かっこいいわよ?ちょっと軍服っぽいし」

「お前のは目に毒だな」

「そう?」

 

シロナは自分の服装に目を落とす。特別露出が多かったりする服装ではないため、目の毒と言われるような服装ではないはずだ。若干身体のラインがでているような気もするが、目の毒と言われるほどのものではない。

 

「そんなに?」

「……ああ」

「どの部分が?」

「言わせんなよ…」

 

顔を顰めながら大きくため息を吐くと、カイムはぽつりと呟く。

 

「……足」

「え?」

「…足が、見えてる」

 

そう言われてシロナは視線を下に向ける。確かにロングブーツとショートパンツの間には僅かに太ももが見えていた。

 

「これのこと?」

「…………」

 

カイムは答えない。だが耳が僅かに赤くなっているのが見えた。

それを見たシロナは面白くなってしまい、笑ってしまった。確かにシロナはスキニーやロングスカートなど、足が隠れる服装が多い。しかし家ではハーフパンツなど今よりもはるかに露出の多いラフな格好もする。そのためこの程度の足の露出は大したことではないのだが、カイムからしたら違うらしい。やはり絶対領域と呼ばれるものの効果は強いのか、とシロナは内心で考える。

 

「あっははは!このくらいなら大丈夫よ。心配症ね」

「………うるせえ。他のやつに見せたくねえんだよ」

 

普段はドライな対応が多いくせに、時折こうして見せるギャップにシロナの胸は暖かくなる。自分がこんなにも思われているという事実が、たまらなく嬉しい。

だがそれはそれとして、この波導使いの服は気に入っている。それにせっかくカイムとお揃いに近い服なのだ。例え多少見られたとしてもこの服を変える気はシロナにはない。

 

「ふふ、珍しく独占欲出してくるじゃない」

「…悪いかよ」

「全然。むしろ嬉しいわ。普段からもう少し出してくれていいのよ?」

「…………」

 

シロナの言葉に答えることなくがしがしと頭をかくカイムの頬を手で包み、そっと口づけを落とす。突然のことで驚いたカイムは目を見開き、固まった。それを見てシロナは楽しそうに笑いながらカイムの頭を撫でる。

 

「ありがとう。私のこと、大切に思ってくれたのよね」

「……ああ」

「嬉しいわ。でもこの服は変えない。貴方とせっかくお揃いの服なんだもん。それにこの服が単純に気に入ったから」

「…好きにしろ」

 

耳を真っ赤にしながら顔を顰めるカイムを見て、シロナは愛おしさが溢れてカイムを抱きしめる。むすっとしながらカイムはシロナの肩に顔を埋めた。シロナの頬に当たるカイムの耳は熱い。珍しく本気で照れているらしい。

 

それを見てブラッキーは楽しそうに尻尾を揺らし、窓際にいたロズレイドはあまりの甘さに遠い目をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで?誰で大会に出るの?」

 

波導使いの服を見に纏いながらシロナは同じく波導使いの服で隣を歩くカイムにそう問いかけた。聞かれたカイムはボールを一つ取り出して短く答える。

 

「トリトドン」

「あら、トリトドンなのね。てっきり一番経験のないキリキザンでいくかと思ったんだけど」

「登録ポケモンのレベル見たらそこそこあったからな。さすがにブラッキーやバシャーモ出すほどのレベルじゃないが、ミオジムで今のところキリキザンはそこそこ経験積んでる。まだまだレベルは足りないが、ジムでやってる以上にプラスで経験積ませたいポケモンがトリトドンだった」

 

そう言って渡された出場者名簿をシロナはパラパラと眺める。

 

(レベル45、42、49、48…あ、52と55もいる。調べてたから知ってたけど、やっぱそこそこレベル高いわね)

 

ポケモンリーグは平均レベルが70超えという異次元の高さだが、アマチュア大会において平均レベルは高くても40前後。その中で50超えのポケモンを登録しているトレーナーがいるとなると、なかなかのレベルだと言えるだろう。

だがその中でもカイムのトリトドンレベル59は一番高いレベルだった。無論ジムリーダーという公認トレーナーである以上、高いことは当たり前。だが世界にはヒカリのようにわずかにレベルで劣るが、天性のゲームメイク能力があることでリーグ決勝まで進む者もいる。油断する理由はない。

 

「トリトドンの実戦経験、ちと不足してたと思ってたしいい機会だ」

 

ミオジムは鋼タイプのジム。故に、鋼タイプを持つキリキザンの出番は比較的多い。対してトリトドンはジムであまり出番がない。時折バトルすることもあるが、どうしてもキリキザンと比べると出番は少なめだ。

だから今回の大会でカイムはトリトドンで出場することに決めた。バトルの鍛錬は今もなおしているためトリトドンのレベルは上がっている。シロナがこの大会はそこそこレベルが高いと言っていたが、シロナの言った通りそれなりのレベルのポケモン達が登録されていた。無論レベルが高いだけのトレーナーなら世界には無数にいる。戦うためのトレーニングを行なっているトレーナーがこの大会にどれほどいるかは不明だが、カイムほど厳しいトレーニングを行ってきたトレーナーはそういないだろうとシロナは考えていた。

 

「優勝はできそう?」

 

シロナの問いかけにカイムは鼻で笑う。

 

「お前に鍛えられて勝てないようじゃ、ジムリーダーとして名折れだっての」

 

レベルでは一番高いというだけでも相当有利である。加えてそこでシロナに鍛えられたカイムが優勝できないようでは、ジムリーダーとしては少々力不足だとカイムは考えていた。

やる気は十分だと判断したシロナは笑いながらカイムの肩を叩く。

 

「ふふ、その意気よ」

 

シロナがそう激励すると、目的地である選手控室前までたどり着いた。カイムは抽選の結果、第一試合であることが決まったため、このあとすぐに試合がある。

選手ではないシロナはこの先には進めない。ここで一度別行動となるため、シロナは自分の首から下げている赤いリングをカイムに手渡した。

 

「じゃ、がんばってね」

「ああ」

 

淡白に答えてカイムはリングを自分の首に下げると、控え室へと向かっていく。シロナはその後ろ姿を見送ると、カイムの勇姿がよく見える席を探すために足を進めていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歓声が響くフィールド。

観客席の中でもフィールド全体をあますことなく見ることができる主賓席。そこから一人の女性が姿を現した。

 

『この国の女王陛下であられる、アイリーン様。波導の勇者を讃える大会開会のお言葉を!』

 

声と共にウェーブのかかった金髪を携えた女性…アイリーン王女は観客達に向けて開会の言葉を告げる。

 

『これより!世界を救った波導の勇者を讃えるポケモンバトルを開催いたします!』

 

その声と同時に二人のトレーナーがフィールドに現れる。

一人は騎士風の見た目をした男、もう一人は波導使いの服装を身に纏ったカイムだった。

カイムは対戦相手と向き合う。相手はカイムの視線に気づくと爽やかに笑いながら言葉を発した。

 

「いいバトルにしよう」

「ああ。よろしく頼む」

 

『それでは第一回戦!バトル開始!』

 

審判の掛け声と同時に、二人はボールをフィールドに向けて投げた。

 

「いけ!キノガッサ!」

「頼んだ、トリトドン」

 

相手はキノガッサ、対してカイムは登録ポケモンであるトリトドンを繰り出した。キノガッサは草・格闘タイプ。トリトドンは水・地面タイプ故に草タイプは四倍ダメージ。タイプ相性で言えば最悪だろう。

 

「先手必勝!キノガッサ!マッハパンチ!」

「だいちのちから」

 

高速の拳がトリトドンを捉えると同時に、地面から吹き出してきた力がキノガッサを貫く。だが地面タイプの『だいちのちから』はキノガッサには半減。互いに大きなダメージにはならない。

 

「追撃だ!タネばくだん!」

「れいとうビーム」

 

タイプ一致の『タネばくだん』と不一致『れいとうビーム』だが、レベル差と鍛え方によって技同士は相殺される。

 

(相殺…思ったより早く決められそうだ)

 

相手のタイプ一致『タネばくだん』の威力を確認したカイムは、道筋を立てる。そして道筋が整ったカイムはキノガッサを追い詰めに動き始めた。

 

「ねっとう」

「タネマシンガン!」

 

技同士がぶつかるが、タイプ相性もあり『タネマシンガン』が『ねっとう』を貫通してくる。威力が削がれたとはいえ、四倍ダメージとなるとトリトドンにとってはかなりの痛手。受けるわけにはいかない。

 

「れいとうビーム」

 

だがトリトドンは『ねっとう』の威力を削り、次の技が素早く打てるように準備をしていたため、『タネマシンガン』を『れいとうビーム』で打ち破る。そのまま『れいとうビーム』はキノガッサに迫るが、素早さが高いキノガッサは簡単にビームを回避した。

 

「その程度じゃ俺のキノガッサは捉えられないぜ!ドレインパンチ!」

「れいとうビーム」

 

再び『れいとうビーム』を放つが、キノガッサは『ドレインパンチ』によって軌道を逸らし、トリトドンに一撃を加える。トリトドンの体力が僅かにキノガッサに吸収されるが、カイムは動じない。

 

「この距離なら避けられない。ヘドロばくだん」

「しまっ…!」

 

毒の塊が放たれ、キノガッサに直撃する。耐久方面は弱いキノガッサは大きなダメージを受けてしまう。

相手トレーナーはすぐに追撃がくると考え、迎撃の体勢を取り反撃に出てきた。

 

「マッハパンチだ!」

 

高速の拳を再びトリトドンに向けて放つ。これによって追撃を阻止、または遅らせることが可能だとトレーナーは考えた。

だがトリトドンは動かない。トレーナーの予想に反して、トリトドンは反撃することなく、その体が流動性が高くなった。

 

「とける」

 

防御力が上がったトリトドンに『マッハパンチ』がぶつかるが、ダメージは微々たるものだった。この高い防御力を見て相手トレーナーは四倍ダメージの草技でなければ突破は不可能だと考え、すぐに動く。

 

「一気に決めるぞ!タネばくだんだ!」

「受けろ」

「何っ⁈」

 

いくら防御力が上がったとはいえ、四倍ダメージ。受け切れるはずないとトレーナーは考える。

しかしトレーナーの予想は再び外れた。『タネばくだん』が直撃したにも関わらず、トリトドンは立っている。体力も二割程度だがしっかり残っていた。

 

「まずい!キノガッサ!下が…」

「遅い。カウンター」

 

トリトドンは受けたダメージを力に変え、強烈な一撃をキノガッサに叩き込む。『カウンター』を受けたキノガッサはフィールドから吹き飛ばされ、トレーナーの真横まで転がっていった。そしてその時にはもうキノガッサの意識はなかった。

 

『キノガッサ戦闘不能!このバトル、ミオシティのカイムの勝ち!』

「ふう」

 

宣言を受け、カイムは小さく息を吐く。シロナ相手にあんなことを言っておいて、初戦敗退などという醜態を晒すことがなく済んだことと、トリトドンの確かな成長を実感できたことの安心感があった。

カイムが安心していると、トリトドンはカイムの足元まで寄ってきて頭をゆらゆらと揺らしている。どうやら褒めて欲しいらしい。

 

「お疲れ。よく頑張ってくれた」

 

タイプ相性のせいで慣れない戦法を強いられたが、うまくやり遂げてくれたトリトドンのことをカイムは撫でて褒める。褒められて嬉しいのか、トリトドンは嬉しそうに頭をぴこぴこ揺らしていた。

そんなトリトドンを見て僅かにカイムは僅かに頬を緩める。そこへ相手トレーナーが歩み寄ってきた。

 

「完敗だったよ。すごいな君は」

「どうも。すごいのは俺ではなく、トリトドンですが」

「謙遜するね。どちらもすごかったさ。まさかここまでいいタイプ相性で完敗するなんて思いもしなかった。カウンターで仕留めるのは初めから決めていたのかい?」

 

トリトドンのタイプ一致技は全て半減。加えてサブウェポンは岩技が多い。耐久方面が薄いキノガッサでも半減技であれば受けられる。

それを見越して『カウンター』で仕留めてきた。予めそう決めていたとしか考えられないほど鮮やかに決められたため、そう考えた。

だがカイムは肩をすくめながら答える。

 

「決めていた、ってほどじゃない。草タイプ相手にはどうしてもトリトドンの技の通りが悪い。だから草タイプ相手には『とける』からの『カウンター』を手段の一つとして日頃から鍛えているだけだ」

 

加えて、草タイプ相手でも一撃は耐えられるように『とける』を積み持ち物である『リンドのみ』も使っている。どんなに威力の高い草タイプ技でも物理攻撃ならまず耐え切れるだろう。

それらのことを一通り聞いたトレーナーは一瞬驚くと、頭に手を当てて笑った。

 

「日頃から…!ははは!これは完敗だ!今の俺じゃ到底敵わん!」

「いいバトルができた。感謝する」

「ああ、こちらこそ。俺に勝ったんだ。このまま優勝してくれよ!」

「善処しよう」

 

そう言って二人は固く握手を交わすと、それぞれのゲートへと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カイムはそのまま順調に勝ち進み、そしてとうとう決勝戦まで上り詰めた。

 

「決勝、ね」

 

控え室でトリトドンがカイムに寄りかかってうとうとと眠そうにしている中、カイムは一人そうつぶやいて対戦表を見つめる。相手はマニューラ使いのキッド。この大会ではカイムに次いでレベルの高い55。名前は聞いたことないが、エリートトレーナーと同等のレベルを持つポケモンを使うが、バトル界隈では聞いたことのない名前だ。

しかしどこかで見た記憶もある。どこかは思い出せないが、なんとなく見たことある気がしてならない。だがこれ以上考えても思い出せそうにないため、カイムは思考を切り替える。

 

(…バトルを見てた感じ、結構鍛えてる。うちのジムトレーナーレベルの実力はあるかもしれない。ただ戦い方が普通のトレーナーとは違う。どことなく異質な感じ…悪タイプらしいやり方だ。警戒は必要そうだな)

 

普通のトレーナーとはどことなく戦い方が違う。それを見て警戒レベルを少し上げるが、地力であればまず負けないだろうとカイムは考える。尤も、今までのバトルでも警戒しない相手などいなかったため、今まで通りだといえるのだが。

 

と、そこで選手呼び出しがかかる。呼び出しを聞いたカイムは寄りかかっているトリトドンをゆすって起こした。

 

「トリトドン起きろ。決勝戦だ」

 

トリトドンは目を開くと、小さくあくびをしてぷるぷると頭を振った。そしてやる気が出た、とでも告げるように高らかに鳴く。

それを見てカイムは僅かに頬を緩めるとトリトドンを撫でてボールに戻す。そしてペリースの位置を調整すると、立ち上がった。

 

「いくか」

 

グローブにつけられた宝玉が僅かに輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歓声が包み込むフィールドにカイムは立ち、対戦相手であるトレーナーに目を向ける。甲冑に身を包んだ女性(・・)はこちらを見てにやりと口元を歪めるとボールを手に取って構えた。

それを見たカイムもボールを手に取り、指先でくるくると回す。それとほぼ同時に審判の掛け声がかかった。

 

『それでは決勝戦!キッド対カイム!バトル開始!』

 

掛け声と同時に二人はボールを投げる。当然二人はトリトドンとマニューラを繰り出した。

 

「マニューラ!Go!」

 

マニューラは飛び出し、トリトドンに肉薄する。マニューラの素早さはトリトドンよりも高い。そのため先制で攻撃を叩き込むことが可能だ。

 

「つじぎり!」

「ねっとう」

 

マニューラの一撃がトリトドンを捉えると同時に、『ねっとう』がマニューラを捉える。互いにダメージが入るが、レベルが高く耐久力の高いトリトドンの方がダメージが少ない。

 

「だいちのちから!」

「下がって!」

 

マニューラがバックステップで下がると同時に『だいちのちから』が噴き出す。直撃はしなかったが、マニューラに僅かにダメージが入った。

 

「出が早い…ならこおりのつぶて!」

「ストーンエッジで壁だ」

 

飛んできた『こおりのつぶて』に対して、トリトドンは岩の壁を展開することで防ぐ。だが防がれることを予期していたのか、マニューラは岩の壁を足場にして高く飛び、氷の力を腕に溜める。

 

「つららおとし!」

 

そしてマニューラは重力の力も利用し、大きな氷柱をトリトドンに向けて叩きつける。命中精度がやや荒い技である『つららおとし』だが、真上から落とすことによって威力と命中率を上げた。

本来なら直撃してもおかしくない速度と威力。しかしマニューラが飛んだ瞬間、カイムとトリトドンは次の動きを瞬時に予期きていた。

 

「とける」

 

身体の流動性を高めることで防御力を上昇させると同時に、氷柱が直撃することを避ける。防御力を上昇させ、直撃を避けたことでダメージは最小限に抑えられた。

 

「うっそ!マジィ⁈」

「驚いている暇はねえぞ」

 

驚愕している僅かな隙に、トリトドンは攻撃のために体勢を整える。

 

「やばっ!マニューラ下がって!」

「ねっとう」

 

熱い水がマニューラを捉える。火傷になることはなかったが、空中で受けたことで受け身を取ることができず、マニューラは体勢を崩して着地した。マニューラの身体能力を持ってすれば隙というにはあまりにも短い時間。だがその僅かな時間ですらカイム達には十分すぎる時間だった。

 

「だいちのちから」

 

地面から噴き出した力がマニューラを吹き飛ばす。耐久力の低いマニューラは大きなダメージを受けた。なんとかマニューラは耐え切れたが、次攻撃を受けたらまず間違いなく倒れる。

 

「ならガンガン行くよ!つじぎり!」

 

マニューラはトリトドンに肉薄し、鋭い爪で二連撃をぶつける。『とける』によって防御力が上昇したにしては、大きなダメージがトリトドンに入った。

 

(…急所か。つじぎりの他に、多分ピントレンズか)

 

『ピントレンズ』は相手の急所に技が当たりやすくなる道具。ここまでの試合の中で似たように急所による逆転をしている試合が一試合だけあった。

だが一度見ているし、何より『つじぎり』の特性を考えれば不思議なことではない。冷静に反撃を仕掛ける。

 

「ねっとう」

「つららおとし!」

 

トリトドンはこちらに突貫してきたマニューラに向けて『ねっとう』を放つ。対してマニューラは『ねっとう』にむけて『つららおとし』をぶつけることで発生した水蒸気が一瞬トリトドンとカイムの視界を眩ませた。

 

「!」

「スキありよ!つじぎり!」

 

トリトドンの背後に突如として影が現れる。影は即座にトリトドンに襲いかかってきた。

影…マニューラは爪の二連撃をトリトドンに叩き込む。タイプ一致の『つじぎり』が直撃した以上、急所に当たらなくとも大きなダメージになるはずだとキッドは考えた。

 

だがマニューラの爪に伝わってきた感覚は、まるで粘液を滑るような感覚だった。

 

「一歩遅い」

 

『とける』によって防御力だけでなく肉体の流動性も上がったトリトドンは、マニューラの『つじぎり』のタイミングに合わせて身体を変形させていた。それによりトリトドンの身体に爪は直撃せず、滑るように爪を受け流したのだった。

 

「まずい!マニューラ!こおりのつぶて!」

「ねっとう」

 

熱をもった水が『こおりのつぶて』を溶かし、貫く。だが同時に『ねっとう』の威力と熱も落ちた。

仕留め損なったことを本能的に感じ取ったトリトドンはさらに追撃を加える体勢に入る。それを見てカイムも追撃のオーダーを出そうとした瞬間、背筋に冷たいものが走った。

 

「下がれ!」

 

咄嗟の指示をトリトドンは忠実にこなす。柔らかい身体をうまく使い、咄嗟に身体を下げた。

その瞬間、水蒸気の中からマニューラが姿を現し、鋭い一撃を放った。非常に鋭い一撃はトリトドンの身体を捉えることはしなかったものの、追撃のもう一撃がトリトドンに迫る。

 

「つじぎり!」

 

最後の一撃。これが急所に当たればトリトドンといえど、大きなダメージが入るだろう。

 

無論、当たればだが。

 

トリトドンは首をぐでんと倒すことで、爪の直撃を避ける。元より体が非常に柔らかいだけでなく、『とける』によって柔らかさが増したトリトドンだからできることだった。

 

「いっ⁈」

「だいちのちから」

 

地面から噴き出した力がマニューラを直撃した。

体力がほとんど残っていないマニューラはフィールドから吹き飛ばされ、地面を転がる。なんとか立ち上がろうとするが、体力が尽きて倒れ伏した。

 

『マニューラ戦闘不能!よって今年の波導の勇者は、ミオシティのカイム選手!』

 

勝負が決してカイムは小さく息を吐く。同時に、観客席から無数の歓声が湧き上がり、紙吹雪が宙を舞った。

 

トリトドンがカイムの足元までやってくる。そして頭をゆらゆらと揺らして『褒めて』とでも言うような視線を向けてきた。

 

「おつかれ。いい動きだった。ありがとう」

 

カイムに撫でられてトリトドンは気持ち良さそうに小さく鳴き声を上げる。カイム同様表情がほとんど変わらないトリトドンだが、元よりそういうポケモンであるため仕方ないことなのだろう。それにカイムのトリトドンは感情表現が豊かであるためかなりわかりやすい。

そんな自分と似て非なるトリトドン相手に小さく微笑むと、対戦相手のキッドがカイムの元まで歩いて来た。そして甲冑の兜を外すと、そこに現れたのは小麦色の肌をした美女だった。

 

「負けたわ。貴方とトリトドン、息ぴったりね」

「そちらこそいい動きでした」

「ふふ、ありがと。自己紹介まだだったわね。あたしはキッドよ」

 

名前を聞いてカイムは何かが引っかかる感覚を覚えた。どこかで名前を聞いたような、そんな感覚。

だがすぐには思い出せなかったため、とりあえずこちらも名乗り返すべきだと判断し、居住まいを正す。

 

「カイム。いいバトルをありがとう」

「こちらこそ。いいバトルにしてくれてありがと」

 

カイムは差し出された手を握り、握手に応える。そこでキッドは腰に手を当てて楽しそうに笑いながら聴いてきた。

 

「しっかしいい腕ね。もしかして、名だたるトレーナーだったりする?」

「まさか」

 

それなりの腕になったとはいえ、カイムはジムリーダーとしても学者としてもまだ新米。名前が広がっているとは考えづらいし、実際有名なトレーナーとはいえない。

 

「あらそうなの?あんなに強いのに」

「それとこれは話が別だ。公認トレーナーでなくとも強いトレーナーがいるようにな」

「それもそっか。あ、そうだ」

 

キッドは何かを思い出したようにカイムに問いかけた。

 

「カイム君…って呼んでいい?」

「お好きにどうぞ」

「ありがと。カイム君、夜の舞踏会のお相手は決まってる?」

 

聞き覚えのない単語にカイムは固まる。

 

「は?」

「え?知らないの?この大会の後、表彰式と兼任してる舞踏会があるんだよ」

(…シロナ、黙ってやがったな)

 

今回の大会、カイムは事前に情報収集を禁止されていた。そのためほとんど大会に関する情報がない。

その中で先程伝えられた情報にこの舞踏会の話はなかった。キッドが知っている以上、シロナが知らなかったとは考えられない。そうなると、シロナが敢えて黙っていたと考えるのが自然だろう。

苦い顔をするカイムにキッドは首をかしげる。

 

「どうしたの?」

「…いや、なんも」

「…そう?それで話を戻すけど、夜の舞踏会のお相手、決まってる?優勝者は最初に踊ることになるんだけど」

「……初耳だ」

「やっぱり?」

 

カイムの答えにキッドは苦笑する。カイムの事情を知らないキッドからすれば、何も調べずに来たもの好きという他ない。そう予想してキッドはカイムに誘いかけた。別段カイムのことを狙っているとかそういうのではないが、せっかく来た以上表彰式も出たい。そのためには相手が必要となるため、一番誘いやすいポジションにいたカイムを誘ったに過ぎない。とはいえ強く、誠実なカイムに対して魅力も少なからず感じてはいる。最低限の魅力もない相手と舞踏会に出ようとは思わないが、カイムとなら出てもそれなりに楽しめそうだと考えた。

尤も、この大会は彼女にとって『本当の目的』ではない。楽しめたとしても、心から楽しむのではないのだが。

 

「舞踏会ね…わざわざ仮装させるし、随分と時代を感じさせる大会なことで」

「ま、古くからのしきたりみたいな感じなんじゃない?それで?どうかしら」

「あー…そうだな」

 

カイムはそこでちらりと視線を逸らす。ほんの一瞬のことでキッドはカイムがどこに目を向けたのかはわからなかったが、視線の真意を確かめる前にカイムは問いかけ返してきた。

 

「その舞踏会、観客も参加できるのか?」

「ええ、できるはずよ」

「そうかい。なら悪いが、断る」

 

予想外の断りにキッドは少しだけ驚愕する。何も知らないカイムが事前にパートナーを連れて来ているとは考えられなかった。だから断るとは思わなかったのだが、カイムはその予想に反してキッドの申し出を断った。

 

「あら残念。あたし、お眼鏡にかなわなかった?」

「そういうんじゃねえよ。ただ…」

 

カイムは一度言葉を切ると、カイムと同じ波導使いの服を身につけた美しい金髪の女性に目を向けた。

 

「先約がいるんでな」

 

苦笑するカイムの視線は苦々しいものだったが、どこか暖かく、優しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オルドラン城大広間

 

今現在、ここでは波導の勇者を讃える大会の表彰式が進行していた。

受賞者の一通りの発表と授与を終えると、王女であるアイリーンは立ち上がった。

 

「それでは最後に、今年の波導の勇者を表彰いたします。優勝者であるカイムさん、こちらへ」

 

呼ばれたカイムは壇上へと上がる。そしてアイリーン王女と向き合った。

アイリーン王女はカイムに向き合うと、見慣れない杖のようなものを差し出してきた。

 

「カイムさん、貴方の素晴らしい戦いぶりを讃え、貴方を今年の波導の勇者として任命いたします」

「…光栄です」

 

差し出された杖を受け取る。杖は先端に青い宝玉がつけられており、どことなく不思議な気配がする。手入れはされており綺麗な状態ではあるが、年季が入ったものであることは理解できる杖だった。

 

「では勇者よ。この杖をこちらに捧げてください」

 

アイリーンが指し示した台座。カイムはその台座に歩み寄ると、杖を納めた。この儀式が何なのかはわからないが、かつての波導の勇者に関わるものらしい。

杖が納められたことを確認したアイリーンはカイムに向き直る。

 

「それでは、宴を始めましょう。勇者よ、まずは貴方が先んじてパートナーとのダンスを」

 

一応聞かされていたとはいえ、舞踏会でのダンスの経験のないカイムからしたら非常に気の重いことであるが、やらないという選択肢はこの場ではない。

内心でため息を吐きながらカイムは観客達に目を向ける。そしてその中にいる一際目立つ金色の髪を持つ女性を見つめた。

 

壇上に立つカイムを見て、キッドは内心少しだけ楽しみにしていた。何となくだが、他人への興味が薄そうなカイムがパートナーとした女性がどんな人なのか気になっていたからだ。

カイムの視線の先にいる女性がヒールの音を響かせながら人々の群れの中から姿を現し、カイムに歩み寄る。その女性は非常に美しく長い金髪を携えていた。形の整った銀灰色の瞳には自信と慈愛に満ちており、それらの美しさを引き立たせるようにオフショルダーの黒いマーメイドドレスを着ていた。

 

(うわっ…すっごい美人)

 

現れた女性の美しさに、思わずキッドを含めた観客全員が言葉を失う。

そんな中、女性…シロナは壇上に登っていく。そしてカイムが差し出してきた手を取り、ドレスの裾を掴んで観客達とアイリーンに頭を下げる。

そしてカイムとシロナは互い手を取り合い、ホールへと降りていく。二人の道を空けるように観客達は分かれていった。

 

そしてその中心に二人は立ち、手を取って互いの腰に手を当てた。

その二人の姿に観客達は目が釘付けになる。波導使いの服を着た今年の勇者と、非常に美しい金髪の女性のセットが互いを見つめ合う姿はとても美しかったからだ。

 

しかし当人達の会話は非常に緊張感のないもので、いつも通りのものだった。

 

「おい、俺ダンスなんてやり方わかんねえぞ」

「大丈夫よ。私に合わせてくれればいいわ」

「合わせ方もわかんねえって」

「貴方の運動神経なら大丈夫よ。とにかく音楽のリズムに合わせてステップを踏んでいくの」

「…善処する。頼んだ」

「ふふ、任せて」

 

流れ始めた音楽に合わせて二人はステップを踏み始める。互いを見つめながら踊る二人の姿は、完全に二人の世界が形成されているものだった。

シロナはとても慣れたように踊っており、対してカイムはどことなくぎこちない動きではあるが、なんとかついていけていた。

そして踊る二人の姿は非常に神秘的であり、観客達はその姿に釘付けになっていた。二人も二人で、互いに目の前の相手と流れる音楽のことしか頭にはない。眼前の最愛の相手と共に踊れるこの瞬間を、心から楽しんでいた。

 

時折シロナのアドリブステップなどが入ったりしながらも一曲踊り切ることができ、カイムとシロナは頭を下げたのだった。

 

「それでは皆様!宴を楽しみましょう!」

 

アイリーン王女の言葉とともに、観客達もパートナーを見つけて曲に合わせて踊り始めた。

そんな中、シロナはカイムに目を向ける。慣れないダンスに少々疲れた顔をしているが、まだ余裕があるようだ。

 

「はじめてのダンスはどうだった?」

「…疲れる」

「うふふ、そういうものよ。さ、もう一曲お相手してくれる?」

 

優雅な笑みを浮かべながら差し出されてくる手を、今度はカイムが手に取った。

 

「俺が踊るのは、お前だけだ」

「ありがと。私も一緒にダンスするのは貴方だけよ」

 

二人は優しく微笑みながら再び寄り添い合い、そして舞踏会の中へと足を踏み入れていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻

 

ブラッキーはカイムとシロナが踊るのをホールの隅で見ていた。二人が幸せそうに互いを見つめ踊る姿はブラッキーにとってとても楽しいものであり、ずっとそうしていてほしい光景でもあった。

 

その時、ブラッキーのそばに一つの影が歩み寄る。ブラッキーがそちらを見ると、そこにはエイパムの姿があった。

 

《ボクに何か用?》

 

ブラッキーの問いかけにエイパムは楽しそうに笑いながら手のような形の尻尾を差し出して来た。ブラッキーは差し出された手に前足を当て、友好の意を示した。ブラッキーの反応が嬉しかったのか、エイパムはその場でぴょんぴょん跳ねると扉に向けて走っていく。

 

《ついて来いってこと?》

 

ブラッキーの問いかけに、エイパムは笑顔で頷く。

エイパムの答えに対して、ブラッキーはちらりとカイムとシロナに目を向けた。

 

《…少しの間なら、ボクいなくても平気かな》

 

今二人は完全に自分達の世界に入っている。ポケモン達に気を遣ってわざわざボールから出してくれたが、正直今の二人に自分達の姿は映っていない。なら少しの間離れていても大丈夫かもしれない。それになんとなく、ついていきたいという気持ちに駆られていた。

そう考えたブラッキーはエイパムについていく。

 

エイパムが促してくる方向へと進んでいく。城の廊下を進み、監視塔へと足をすすめて行った。

そしてたどり着いたのは、人が出入りしている様子のない屋根裏部屋だった。埃っぽいかと思われたが、思いの外綺麗にされている。

 

《お城にこんなところがあるんだ》

《ここはね、秘密の場所!一緒にあそぼ!》

 

そう言って手を引いて来るエイパムに連れられてブラッキーは屋根裏部屋を探検していく。昔の人が残したであろう絵画やベッド、さまざまな置物がある。

 

《キミは…どうしてここを知ってるの?》

《ここは昔から、僕の遊び場なんだ!》

(昔から…?)

 

どのくらい昔の話なのかはわからないが、エイパムはここを遊び場にしていたらしい。そして何故かはわからないが、ブラッキーをここに連れて来る気になり、共に城の内部を探検していた。

 

《いこ!ここね、もっと奥までいけるんだよ!》

《あ、待って》

 

エイパムがブラッキーを連れて先へと向かう。そして屋根裏部屋の一番上まで辿り着くと、窓を開けた。

冷たい空気が小さな部屋を満たす。そして窓際に立つと、ブラッキーとエイパムは外の風景に目を向けた。そこからは世界の始まりの樹が見えるだけでなく、夜空に浮かぶ綺麗な月が見える。普段なら見ることのできない空の広さにブラッキーは目を奪われた。

 

《きれい…》

《でしょ?僕の好きな空!トモダチのキミにも見せたかったんだ!》

《うん、ありがとう。ボク、この空好き!》

《良かった!じゃあ次はあっちに…》

 

『あっちに行こう』と言い終わらない瞬間、二つの影が飛び込んでくる。その影はエイパムに向けて高速で迫ってきた。

咄嗟にブラッキーは二つの影を弾く。弾かれた影は着地すると、鋭い爪をこちらに向けて来た。

 

《…誰?》

 

ブラッキーの問いかけに影…マニューラ達は答えない。ニヤリと口元を歪めると、エイパムに向けて飛び掛かって来た。

ブラッキーはマニューラ達に向けて『バークアウト』を放つ。高速で放たれた衝撃波を回避することができず、マニューラ達は直撃してしまい弾かれた。

素早い立て直しでマニューラ達は着地するが、二体はブラッキーに追撃の『アイアンテール』を叩き込まれ、地面に叩きつけられる。

 

《遅いよ》

 

二連続で弾かれたこととブラッキーの煽りが頭にキたのか、マニューラ達から余裕の表情が消える。一体が突貫してくる背後から、もう一体の『つららおとし』が放たれた。

ブラッキーは『あくのはどう』を氷柱にむけてぶつけ、迫り来るマニューラに向けてカウンター攻撃を加えようとする。だがその瞬間、氷柱と悪タイプの力がぶつかり合って爆発した。氷柱が砕けてそのカケラがブラッキーの目を奪った。

それを好機と見たマニューラは『かわらわり』をぶつける。効果抜群の技が急所に当たってしまい、ブラッキーの視界が揺れる。レベル的には格下とはいえ、それなりの手練れ二体相手はブラッキーでも厳しい。

だがジムリーダーのエースとしてただでやられるわけにはいかない。なんとか立ち直ったブラッキーはふらつく身体を立ち直らせ、地面に積もる僅かな埃を足で立ち上らせながら『バークアウト』で攻撃を放った。そうすることで『バークアウト』に僅かながら埃が混ざる。

 

《お返、しっ!》

 

埃の混ざった衝撃波に一瞬目を潰されたマニューラ達に、ブラッキーは『アイアンテール』を叩き込んだ。効果抜群の技のはずだが、マニューラ達は敵意を持った視線を向けてくる。満身創痍だが、感情のみで身体を動かしているらしい。

 

《なん…なの、こいつら》

 

二対一という状況にブラッキーの消耗は激しい。まだ戦えるが、このままいけば間違いなく負けるだろう。

どうするか思案していると、背後にいたエイパムはブラッキーの手を引く。どうやら遊びに行こう、とブラッキーを誘っているらしいが、この状況でこんな誘いをできるエイパムの正気をブラッキーは疑った。

 

そしてその一瞬をマニューラ達は見逃さなかった。同時に『つじぎり』と『つららおとし』がブラッキーを襲った。咄嗟に『まもる』を展開したが、不完全な展開でダメージを受けてしまう。

ダメージを受けたブラッキーは吹き飛ばされ、頭をぶつけた。その衝撃で気を失ってしまう。

 

残されたエイパムにマニューラ達が迫り来る。そして手に持った発信機をエイパムにつけようとした瞬間、エイパムの姿が変わった。

その姿はかつて最果ての孤島で見た薄ピンク色の体色のポケモン…ミュウだった。ミュウはブラッキーを抱き抱えると、一瞬で姿を消した。

 

突如姿の消えたミュウにマニューラ達は驚愕し、固まる。どこに行ったと視線を巡らせるが、既にミュウの姿はどこにもない。

 

一方瞬間移動したミュウはピジョットに姿を変え、気絶してしまったブラッキーを背中にのせて世界の始まりの樹に向けて飛んでいった。

 

その姿を城の屋根上で見ていた女性…キッドは一人で見ていた。

 

「ミュウ…本当にいたのね」

 

キッドはそのままミュウとブラッキーの後ろ姿を見えなくなるまで眺め、そして屋根に座り込んだ。

 

「まったく…二人ともすーぐ熱くなるんだから。あのブラッキー、カイム君の子よね。悪いことしちゃったなぁ…」

 

申し訳なさそうな表情をしながら、キッドはマニューラ達に帰還命令を出すのだった。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

舞踏会も終わり、最後にアイリーン王女はカイムのことを壇上に迎えた。

 

「皆様、本日の宴は楽しんでいただけましたでしょうか。夜も更けてきましたので、宴はお開きときたします」

(…なんで俺呼ばれたの?)

 

場違いなことを考えながらこちらを見てくるシロナや観客達に相変わらずの無表情をカイムは向けている。そしてぼんやり観客達を眺めている中、自分のポケモンであるブラッキーと決勝戦でバトルしたキッドの姿がないことに気づく。

 

(…ブラッキー?)

 

いつもカイムにべったりであるブラッキーがいないことに違和感を感じる。ボールの中に自分で戻ることはほとんどないため、ボールに戻ったとも考えづらい。ブラッキーの姿を探して視線を巡らせるが、姿が見当たらない。

 

「では、波導の勇者が皆様をお見送りいたします」

「え、あ」

「勇者よ。杖を掲げて皆様をお見送りください」

 

突然振られた言葉にカイムは意識を引き戻される。そしてアイリーン王女の視線の先にある杖のもとへ行くのだろうと察したカイムは、杖の元へ歩いていき、杖を手に取った。

 

 

 

『…ぜ…すか』

 

 

 

その瞬間、脳裏にかすかな声が響く。声の主を探して視線を巡らせるが、声の主らしき存在は見えない。だが気のせいだとも思えないため首を傾げる。

そこへアイリーン王女の侍女がカイムの側に歩み寄り、玉座のすぐ側に飾られている勇者アーロンの絵画に目を向けた。カイムが持つ杖と同じ杖を掲げる姿を見て、カイムはこの絵画の通りに杖を掲げろということかと理解し、絵画と同じように杖を掲げた。

 

 

 

 

『どこ…い…』

 

 

 

 

再び声が響く。その声はシロナの脳裏にも響いており、二人は同時にハッとしたような表情になった。シロナとカイムは互いの表情を見てこの声がどちらにも聞こえたのだと理解した。

その瞬間、カイムの掲げた杖が光を放つ。

 

「なっ⁈」

「えっ⁈な、なんですかこれ⁈」

「わか、んねぇ!なんか、この杖の中にいる!」

 

慌てふためく侍女を横目に、カイムは突如光を放ち暴れるように動く杖を必死に押さえ込む。

 

 

 

 

『アーロン様は、どこだ!』

 

 

 

 

声と共に杖が一層強く眩い光を放ち、全員目を閉じる。

そして光が収まるとともに目を開くと、そこには一つの影があった。

 

「ルカリオ…!」

 

その影は、波導ポケモンのルカリオ。シロナとカイムの手持ちにもいるポケモンであり、そしてシロナとカイムに聞こえていた声の主だった。

出てきたルカリオは目を閉じたままカイムに詰め寄ってくる。

 

『波導使い!答えろ!アーロン様はどこだ!』

「テレパシー…!」

 

ルカリオが発しているのは間違いなく人語ではない。しかしルカリオの言葉の意味がカイムにも理解できたということは、テレパシーであることは間違いないだろう。

そんなカイムの驚愕を他所に、ルカリオはカイムに掴みかかってくる。

 

『アーロン様は、アーロン様はどこにいるのだ!』

「はぁ⁈なんの話だ!」

『何っ⁈』

「誰と間違えたんだお前」

 

カイムの言葉にルカリオは僅かに怯むと、目を閉じたまま視線を移す。そして次にルカリオの視界で一際目立つ存在…シロナに向けて詰め寄っていった。

 

『波導使い!アーロン様はどこにいる⁈答えろ!』

 

ルカリオの言葉の真意はわからない。しかし何かを勘違いしていることを理解したシロナは、ルカリオの頬に優しく手を添えると言った。

 

「ルカリオ、目を開けて。波導ではなく、貴方の目で私を見て」

『!』

 

シロナの言葉に、ルカリオは遥か昔に傷付けられた目をゆっくりと開く。ルカリオの目に映ったのは、波導使いの服を見に纏ったシロナの姿。そして振り返ると、かつて師であるアーロンの杖を持っているカイムの姿があった。

 

『なっ!ここ、は…』

 

見覚えはあるが、どこか違う景色にルカリオは狼狽える。かつてルカリオが仕えていたオルドラン城だが、どこか違う。

だがその中に見知った顔を見つける。ルカリオはその顔を見て思わず声を上げた。

 

『リーン様!』

 

ルカリオの言葉に、アイリーン王女は悲しげな表情を浮かべると首を振った。

 

「いいえ、私はアイリーン。リーンは、私の先祖です」

『なっ…そんな…』

「ルカリオ、貴方は長い間眠り続けていたのです。この杖の中で」

 

アイリーン王女はカイムの持つ杖に目を向けながら言う。

目覚めたばかりで何が何だか理解できず、ルカリオは混乱してしまう。かつて仕えていたオルドラン城であることは間違いない。だが知っている人物は誰一人おらず、挙句の果てには自分は長いこと眠り続けていたという。混乱しない方がおかしいだろう。

 

『っ!』

 

事態を飲み込めず、言われた言葉を信じ切ることができないルカリオは衝動的に走り出してしまう。そしてそのまま大広間から出て行ってしまった。

残されたカイム達は事情を知らない。故にただそのやりとりを見ていることしかできなかったが、そんなことよりカイムはブラッキーの姿がないことがずっと気がかりでしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

微妙な空気となってしまったが、無事に舞踏会は終了。観客達は帰っていった。

そしてその中でも目覚めたルカリオと瞬間的に関わりを持ったシロナとカイムはその場に残るように王女に頼まれ、二人は今回のことも気になるためその通りにした。

 

「どう思う?」

 

侍女に通された玉座の間の柱に寄りかかりながらカイムはシロナにそう問いかけた。突如目覚めたルカリオ。そしてカイムとシロナに向けて言った言葉である『波導使い』という言葉に『アーロンはどこだ』という言葉。何かしら深い事情があることは明白だった。

 

「…なにか事情があるのはわかるわ。でも、何があったのかまでは…」

「そりゃそうだわな。あの口ぶりからして、伝説にあった波導の勇者に関連があったんだろうけど、俺らでわかるのなんてそんなもんか」

「あのルカリオ、どうしてアーロンのことをあんなに必死になって探してたのかしら」

「さあな。本人に聞くしかねえよ」

 

どことなく刺々しい言葉。シロナに対してではなく、何か別のものに苛ついているのか、カイムの言葉は少し冷たい。

 

「どうしたの?何か苛ついてる?」

「…ブラッキーがいねえんだ」

「ブラッキーが?」

 

あのカイムにべったりなブラッキーがいなくなるなど、ただ事ではない。どんな時でも必ずカイムについていこうとするブラッキーが舞踏会の間はともかく、終わってからそれなりの時間が経った今でも帰ってこないとなると、ポケモン本意の行動をするカイムからしたら今すぐにでも探しに行きたいのだろうが、ここで待てと王女に言われた今、動くわけにはいかない。

 

「なら早く用事を済ませて、ブラッキーを探さないとね」

「…ああ」

 

そこまで話したところで、アイリーン王女がルカリオを伴って玉座の間に戻って来た。アイリーン王女は玉座に腰を下ろし、ルカリオはアイリーンの前に跪く。

 

「ルカリオ、落ち着きましたか?」

『…お見苦しいところをお見せしました』

「大丈夫よ。ずっと昔に生きていたのに、突然未来で目覚めたのなら誰でも混乱するわ」

 

アイリーンの言葉からルカリオはずっと杖の中に封印され、眠り続けていたということを二人は理解する。

二人がルカリオの状態を理解すると、アイリーン王女はルカリオに問いかけた。

 

「貴方は戦いの中で行方不明になったと聞きました。一体何があったのですか?」

『…二つの軍勢が城を戦いに巻き込もうとしました。私は二つの軍勢の偵察に赴いており、戦地にいました。でも、もう戦いを止める術は…』

「その戦いってのは、勇者アーロンが止めた戦いのことか?」

『何っ?』

 

カイムの言葉にルカリオは振り返る。

何故ルカリオが反応したのかはわからないが、実際勇者アーロンの伝説として『戦いを止めた』というものがある。もしルカリオの言う戦いと伝説の戦いが同じものであれば、ルカリオが知る歴史と伝説は少し違うのかもしれない。

 

「違うの?」

『……アーロン様は、城を捨てて逃げた!私を、封印して…』

「伝説とは少し違う…?」

 

長い歴史の中、言い伝えと真実が異なるということはよくあることだ。伝える側の印象や受取手の解釈、陰謀や力の誇示であったり様々な理由で事実とは異なる形になることが多々あるものだと、歴史を学ぶシロナとカイムは理解している。そのため史実と多少違うからといって、変に思うことはない。

だが当人からすれば、訳がわからない状態だ。自分が見て来たものと未来で伝わっていること。それらがあまりにもかけ離れていては、混乱するのも仕方ないことだろう。

 

『私は…』

「ルカリオ、貴方の心が落ち着くまでここにいていいのよ。オルドラン城は、貴方を歓迎します」

『…感謝します、女王様』

 

まだ心の整理はついていない。だが行くアテもない以上、ルカリオはオルドラン城に留まるしかないだろう。

話がひと段落ついたところで、シロナは跪くルカリオに声をかけた。

 

「ルカリオ、私はシロナ。考古学者をやっているわ。それで、一つ聞いていいかしら」

『…ああ。なんだ』

「貴方、目覚めた時に私とカイムのことを『波導使い』って呼んだわよね?あれはどういうこと?」

 

ルカリオは目覚めてすぐ、側にいたカイムと何故か人混みの中からシロナを選んで詰め寄った。その際、ルカリオは二人のことを『波導使い』と呼んだ。あの時ルカリオは目を閉じていた。ルカリオというポケモンの生態を考えれば不思議なことではないが、目を閉じていた以上、二人の服装で勘違いしたとは考えづらい。そうなると別の理由があるのだろうが、シロナには心当たりがなかった。

シロナの問いにルカリオはアーロンの絵画を見上げながら口を開く。

 

『アーロン様は、私が弟子入りする前に何人もの弟子を取り、波導使いとして育て上げた。私が実際に会ったことはほぼないが、アーロン様に鍛えられただけあり、彼らの波導は並の人間とは異なる波導を持っている。お前たちの波導は、アーロン様に鍛えられた波導使いの波導と遜色ない波導だった』

「私たちの波導が、波導使いと同じ?」

(…信じがたいが、あの状況でそんな演技する余裕なんぞないか)

 

シロナはともかく、自分の波導がまさか鍛えられた波導使いと同じとはにわかには信じられないが、あの状況とシロナに鍛えられたということを考慮すればありえない話ではないとカイムは内心で納得する。

 

「…そう、そういうことだったのね」

 

シロナはそう言って口を閉じた。

そしてそれを確認したカイムが今度は口を開く。

 

「話はこれで終わりですか?ならこちらの話を少し聞いてもらってもいいですか」

「どうなさいました?」

「舞踏会の間に出していた俺のポケモンが一匹、いなくなりました。心当たりはありますか」

 

話をしている間もブラッキーは姿を見せなかった。ここまで出てこないとなると、ただ遊んでいるだけとは考えづらい。一刻も早く探し出したいところだが、カイムは城及び城周辺の土地勘がない。故にまずはどこか心当たりがないかを城の人間であるアイリーン王女と侍女に問いかけた。

アイリーンは隣に立つ侍女に目を向けるが、侍女は首を振る。

 

「貴方のポケモンが、ですか?すみません…私どもはわからないです」

「そうですかい。なら、ポケモンが行きそうな場所に心当たりは…」

「君のポケモンって、もしかしてブラッキーだったりする?」

 

『心当たりはありますか?』と聞き終わらないうちに、もう一つの声がカイムの問いかけを遮った。声がした方向を見ると、ドレスに身を包んだキッドがこちらに向けて歩いてきていた。

 

「そうだ。もしかして、どっかで見た?」

「…ああ、そういうこと。ええ、見たわ」

 

どことなく申し訳なさそうな表情をしながら言うキッドにカイムは顔を顰める。

 

「…お前、何した」

「あー…その、ミュウにね?発信機をつけようとしたの。ミュウと世界の始まりの樹は密接な関係にあると思ってたから。それで…うちの子達につけさせる予定だったんだけど…」

「いいから早く言え」

 

試合の時と比べて明らかに苛立ちがこもった声に、キッドは申し訳なさそうな表情をより深くした。

 

「…うちの子たちが、君のブラッキーを気絶させて…その後ミュウに連れていかれた」

「…なるほど」

 

カイムはそれを聞いて大きくため息を吐くと頭をがしがしとかき、腕を組んだ。

 

「とりあえず居場所がわかったからいい。すぐにでも行きたいところだが…」

「さすがに無理よ」

 

既に日は沈んでいる。ただでさえ険しい道のりであるというのに、この時間から移動することは安全面を考えれば今は動かない方がいいだろう。

 

「…ごめん。あたしのせいで」

「いや、まあブラッキーをバトル以外のとこで気絶させたことは許せんが…多分あんたがそれをやってなくてもミュウに拉致られてたと思う」

「え?そうなの?」

「多分な。だからまあ、仕方ない」

 

最果ての孤島で出会ったミュウと同じ個体ではないだろうが、ミュウはどことなく子供っぽく、遊び好きだ。似たような性格かはカイムの予想でしかないが、ブラッキーがついて行った以上悪意はないことは確定している。それに様子を見ている限り、キッドとしてもブラッキーを傷つけたことは不本意だとわかる。それをわざわざ責めるほどカイムは狭量ではない。

 

「えっと、キッドさんでいいのよね?貴女は何故ミュウについて調べようとしてたの?」

 

と、そこでキッドの目的について疑問を持ったシロナが口を開く。ただの一般人ではないようだが、シロナやカイムのように学者だというのであればわからなくもないが、シロナはキッドの素性を知らない。故に彼女に対してこの問いかけをすることは至極当然な流れだと言えるだろう。

 

「さっきちらっと言ったかもしれないけど、あたしは世界の始まりの樹について調べようと思ってたの。あの樹は未だに多くの謎が残っているからね。それでミュウとあの樹は密接な関係にあると考えたから、発信機をつけようとしたの」

「世界の始まりの樹を調べる…つまり、貴女は学者か何かなの?」

「こいつは冒険家だ」

 

シロナの問いにキッドではなく、カイムが答えた。

 

「本名キッドサマーズ。世界中を飛び回り数々の個人記録を更新している冒険家。記録は一人潜水艦での最高深度達成や宇宙遊泳記録更新等、幅広く記録を更新してる。富豪の娘であるが、自身で達成した記録からのスポンサーで十分な収入を得ており、その収入を自身の記録に費やすだけでなくボランティアや慈善活動も多くしてる」

「うわ、詳しい。あたしのファン?」

「いや別に。名前と顔を見て、なんか見覚えがあったから軽く調べた」

「軽くで出てくる情報量じゃなくない?」

 

相変わらずの情報収集能力を発揮するカイムだが、やはり当の本人からしたら大したことではないと考えている。今言った情報は全て公開されているものであり、少し調べれば誰でも辿り着く情報でもあった。そのためカイムからしたら5分もかからず調べられるものであり、その程度ではやはり大したことではないという認識に本人のなかではなる。

 

「冒険家…!素晴らしい方に来ていただいていたのですね」

「あはは…女王様に言われると、ちょっと照れるね」

 

目を輝かせながら言うアイリーン王女の言葉にキッドは苦笑しながら頬をかく。そして一つ咳払いをすると、カイムに向き直った。

 

「それで話を戻すけど、君のブラッキーはミュウに連れていかれたの。当然探しに行くでしょ?」

「ああ」

「でも、どうやって見つけるの?行き先が世界の始まりの樹なのは多分間違いないけど、ミュウは人前にほとんど出てこないし、何よりあらゆるポケモンに変身する能力があるわ。簡単には見つからないわよ」

 

他のポケモンに姿を変えている、ということは気配そのものが異なるということになる。メタモンのように変身できるポケモンは身体の構造そのものを変えるため気配も変えてしまう。つまり気配感知が得意な二人のルカリオであっても見つけることは困難を極める。

 

「いえ、大丈夫よ。ルカリオ、貴方がついていってあげて」

 

だがシロナの言葉をアイリーン王女がルカリオを連れていくことで解決する、と言った。

 

「ルカリオ?」

「ええ。ルカリオはアーロンの弟子…つまり波導使い。変身で気配を変えることはできても、波導は変えられない。だから波導使いのルカリオならミュウを見つけられるはずよ」

「そうなのか?」

『ああ、変身程度なら可能だ』

 

シロナとカイムのルカリオは気配感知までしかできない。目の前のルカリオは波導使いであるアーロンの弟子だったから二人のルカリオ以上に気配感知などが得意なのかもしれないとシロナは考えた。

 

「じゃあルカリオ、皆さんを世界の始まりの樹まで案内して差し上げてね」

『女王様のご命令とあらば、喜んで』

「じゃあ決まりね!今日は準備してゆっくり休みましょ!」

 

キッドの言葉にシロナとカイムは頷いた。

 

その中でルカリオは何かを思いながらアーロンの肖像画を見上げる。ルカリオの迷いに満ちた視線に気づいたのは、アイリーン王女とシロナだけだった。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

皆が寝静まり、誰もいなくなり暗くなった大広間にルカリオは一人来ていた。

 

(…アーロン様)

 

肖像画に描かれたアーロンの姿は、最後にルカリオが見た姿と何一つ変わらないものだった。あの自分が封印され、長い眠りにつく前、最後に見た記憶と何一つ違わない、精悍な姿。

 

『…アーロン様…どうしてですか』

 

ルカリオが見てきたアーロンは正義感に溢れ、非常に高潔な生き方をしていた印象だった。その生き方にルカリオは尊敬の意を抱いていたし、そのように生きることをルカリオは目標としていた。

 

だがアーロンはあの日、突然城を捨て、ルカリオを封印した。

 

あの気高いアーロンが逃げたとは思いたくない。しかしあの時の行動だけを考えれば、逃げたと言われても仕方ないだろう。

 

『……何があったというのですか、アーロン様…』

 

ルカリオはアーロンの肖像画から視線を落とし、俯く。

その瞬間、背後に気配を感じた。咄嗟にルカリオは音もなく背後に飛んで姿を隠す。気配の主は大広間のガラス扉を開き、大広間に入ってくる。それを見た瞬間、ルカリオはその人影に向けて飛びかかった。

 

「!」

 

だがその人影はルカリオが襲ってくる気配に気づき、パッと振り返る。そして掴みかかってくるルカリオの腕を防ぐが、勢いまでは殺しきれず尻餅をついてしまった。

 

「っ…おいおい、出会い頭の挨拶にしちゃ物騒すぎねえか?」

 

人影の正体はカイムだった。相手がカイムだとわかると、ルカリオはカイムから離れる。

 

「ったく…いきなりなんだってんだ」

『…お前が私の背後に立ったのが悪い』

「お前が勝手に襲ってきたんだろうが…」

 

服についた埃をはたきながらカイムは立ち上がる。そこでルカリオがアーロンの肖像画を見ていることに気づいた。

 

「…アーロンは、お前の師匠で主人だったんだよな」

『それがなんだ』

「いや別に。すげえ人が師匠なんだなって」

 

自分もチャンピオンであり学者であるシロナを師匠に持つ。そういう意味でカイムはルカリオにどことなくシンパシーを感じていた。話が合うかどうかはわからないが、似た部分があるのではないかと思い、出発する前に少し話したかった。

 

『……そう、だな』

「なあ、お前は波導使いアーロンの弟子だったんだよな?だから波導の使い方も心得ていると」

『ああ』

「波導ってどんな感じなんだ?」

 

ルカリオは波導の使い方を心得ている。だからシロナとカイムのルカリオよりも索敵能力に長けており、今回の捜索にも参加してくれる。波導ポケモンであるルカリオが波導を使えるのは当たり前ではあるし、現時点で二人のルカリオは多少波導を使っている。

しかしそれはあくまで我流での扱い。シロナも波導の使い方は知らないため、ルカリオ達に指導することはできない。だからここでルカリオから波導の使い方について聞いて、その知識をルカリオ達に伝えようとかと考えていた。

 

『興味があるのか?』

「まーな。俺のポケモンの中に、お前の同族がいる。せっかくちゃんとした波導使いがいるんだから、少し聞いておこうかなと」

『私の同族がいるのか?』

「ああ」

『…そうか』

 

それ以上言うことなく、ルカリオはカイムに背を向ける。

その背中に向けてカイムは声をかけた。

 

「ブラッキー探すの、手伝ってくれてありがとうな」

 

カイムの言葉にルカリオは足を止めた。

 

『…お前はそのブラッキーの主人なのか?』

「主人…ああ、まあ主人っちゃ主人だが、家族に近い。ガキの頃からずっと一緒にいたやつもいれば、最近仲間になったやつもいる。まあなんというか、大事なやつらなんだ」

 

ブラッキーとバシャーモは幼少期から共におり、ルカリオとムクホークは修行時代から、そしてトリトドンとメタグロスはジムリーダーレベルの実力になってからで、キリキザンはジムリーダーに就任してから。それぞれ期間は違うが、カイムからしてみれば誰もが大切な家族だった。主従とは少し違う。

 

「大事だから、探しにいく。不思議なことでもねえだろ」

『………』

「ま、何にしても明日は頼む。ついでに、道中色々教えてくれると嬉しいんだが」

『私が案内するのは、女王様のためだ。お前のためではない』

 

それだけ言ってルカリオは去っていった。

その後ろ姿を見て、カイムは小さく息を吐き、空に浮かぶ月を見上げる。

 

「…ブラッキー」

 

相棒ポケモンの名前を呟き、ブラッキーが今どこで何をしているのかを考える。遊んでいるだけならいいが、寂しがりなブラッキーが寂しがってないといいがと考えた。

 

なお、この時一番寂しそうにしていたのはカイムだったりするのだが、それを彼が知ることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝

 

一行はルカリオの先導のもと世界の始まりの樹に向かっていた。

道中は非常に濃い霧に覆われており、キッドのジープのライトを持ってしてもほとんど先が見えないほど視界が悪い状況だった。濃い霧の中、ルカリオの先導のみが辛うじて見える程度だが、ルカリオは迷うことなく進んでいく。

 

「すごい霧ね…」

「ええ、まるで雲の中だわ」

 

これほど視界が悪い状況だと、肉眼での視界にしか頼れない人間では進むことができない。しかし波導を使いこなすことのできるルカリオには関係ない。感じ取る波導をもとに道を進んでいった。

 

「ルカリオが進めるのは、波導を使っているからよね」

「ええ。さすがシロナさん、波導をご存じとは」

「手持ちにルカリオがいるのだもの。さすがに知ってるわ」

 

波導とは、『氣』や『オーラ』と呼ばれるものであり、人やポケモンだけでなく全ての存在が持つエネルギーのようなもの。全てのものに宿るため、波導を使いこなすことができる波導使いであれば、この非常に濃い霧の中でも快晴の時同様に進むことが可能となる。

 

「あれが波導使いとして修行を積んだルカリオ…」

 

シロナとカイムのルカリオも修行はしてきたが、波導の使い方は学んでいない。無意識のうちにある程度使えてはいるが、正しい使い方かどうかはわからない。そのため波導を使いこなすという点においては、あのルカリオはシロナ達のルカリオと比較してはるかに高次元にいることがジープの中からもわかる。

それを見ていたカイムが口を開いた。

 

「…あのルカリオ、俺とシロナの波導が波導使いと同じって言ってた」

「そういえばそうね。私たちの波導がアーロンの弟子と同じくらい鍛えられてたってこと…なのかしら?でも私たち、波導の使い方なんてわからないわよね」

 

当然だが、シロナもカイムも波導の使い方など知らない。だというのに修行を積んだ波導使いと自身の波導が同等だとは、にわかに信じがたい話だが、ルカリオがあの状況で勘違いした以上間違いは無いのだろう。

 

「波導は、肉体や精神を鍛えることで無意識のうちに活性化されることもあるらしいわ。ポケモントレーナーとしてトップクラスに位置するシロナさんなら、厳しいトレーニングを自身とポケモン達でこなしてきたんだろうし、あり得ない話じゃないわ」

 

波導は意識していなくとも成長する。自身の肉体や精神の成長に合わせて共に増加していくものだ。故に、ポケモントレーナーとして、そして考古学者として鍛え、研鑽を積んできたシロナなら、鍛えた波導使いと同等レベルの波導を有していてもおかしくはないだろう。

 

(…じゃあ、俺は?)

 

確かにカイムもポケモントレーナーとしてはそれなりに強い。加えて自身の肉体と精神を鍛える、という意味ではここ数年の研鑽量は相当なものだろう。しかし凡庸な自分がたかだか数年研鑽を重ねた程度でそこまでの波導になるかは疑問だった。そこまでの才覚が自身にあるとはどうしても思えない。

 

(…まあ、考えても仕方ねえか)

 

波導については、カイムは全く知らない。ルカリオ達がある程度使えることと、基礎知識のみしかわからない以上、カイムが考えたところで何一つ解決には繋がらない。

そう結論付けてカイムは前を走るルカリオの背中に目を向ける。その背中には、未だにどことなく迷いが感じられる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

しばらく進んだところで、霧が晴れた場所に出たため一度そこで休憩をとることとした。車を停めて簡易的ではあるが、カイムは食事の準備に取り掛かる。

それを見てキッドは呟く。

 

「カイム君、料理できるんだ」

「ええ。彼の料理、とっても美味しいのよ」

「へえ…じゃあちょっと期待しちゃおうかな」

 

持って来られる食料ということもありそこまで凝った食事にはならないが、それでもシロナが言うこともあり少し期待を込めてもいいだろうとキッドは考えた。

 

そのまま少しの間カイムが調理をする様を見ていたが、やはり手際はいい。迷いなく調理を進める姿は手慣れたものであり、日頃から料理をしているのだろう。

 

「…確かに手際いいわね」

「でしょ?」

「あたしよりも上手かも…」

 

キッドも様々な場所にいく都合上、野宿することもある。そのため野外での調理はそれなりに慣れているが、ここまでテキパキと進めることはできない。

なんとなく女子力で負けた気がするが、悔しいから言わないでおいた。簡単なものといえど、ポケモン達の分も用意するため少し時間が必要となる。

その間にどうしようかとシロナが視線を巡らせたところ、ルカリオが一人で岩に座って赤いきのみを食べていた。そんなルカリオにシロナは歩み寄る。

 

「ルカリオ」

『…なんだ』

「少し話してみたくて。隣、いい?」

『…勝手にしろ』

「ありがと」

 

シロナはそう言ってルカリオが腰掛ける岩の隣に腰を下ろした。

 

「ねえルカリオ。貴方、波導を使いこなせるのよね」

『ああ』

「…そうよね」

 

一度言葉を切ると、シロナはルカリオに視線を向ける。

 

「ブラッキーの捜索に同行してもらってる立場で言うのもあれだけど、一つお願いしてもいいかしら」

 

ルカリオはシロナの言葉を促すように視線を向けた。目が合ったシロナは、ルカリオが続きの言葉を促していることがわかると、シロナは頷いた。

 

「私とカイムのルカリオに、波導の使い方を教えてくれない?」

『何?』

「私とカイムのルカリオは、戦い方は知ってるけど波導の使い方はそんなにできてない…いわゆる我流での使い方。貴方と比べたら当然練度は大きく劣るわ。まあ、私やカイムが波導の使い方なんて知らないから当たり前だけどね」

『…それもそうか』

 

そう言ってルカリオは『シロナの波導』に目を向ける。鍛えられ、洗練された美しい波導を纏うシロナの波導は、アーロンに鍛えられた波導使いと遜色ない。

そして向こうで調理を進めるカイムもシロナほどではないが、力強い波導を纏っている。ルカリオからしたら、波導の使い方を知らないという方が少し意外だった。

 

『お前は…いや、お前達は波導を使えないのか?』

「ええ。波導使いの存在もつい最近まで知らなかったわ」

『…波導使いは現代にはいないのか…?』

「いるかもしれないけど、私は知らないわね」

 

そもそも波導は使い方次第では非常に驚異となるものでもある。故に、波導使いとしてその使い方だけでなく、継承する相手も選ばなければならないとアーロンが言っていたことをルカリオは思い出す。正しい心を持つ者にのみ、波導使いとしての資格が与えられる。

シロナとカイムは正しい心を持つ者だとルカリオもわかる。そして二人のルカリオもそれに値するとルカリオは考えた。何より、同族として波導の使い方は知っておいた方がいいだろうという結論に至った。

 

『いいだろう。世界の始まりの樹まで、このペースなら三日かからない。その短い期間で、私ができる限りのことを教えよう』

「本当⁈ありがとうルカリオ」

『だが日中は移動中心だ。あくまで休憩中などの移動できない間だけの指導になる。それでも良ければ指導を引き受けよう』

「大丈夫よ。感謝するわ」

 

シロナは笑顔でルカリオに礼を言った。ルカリオは視線を逸らすと、複雑な感情が胸中を渦巻き、表情を曇らせた。

アーロンの行動から、人間への信頼度がルカリオの中でガタ落ちしている。それをなんとなく感じ取ったシロナは立ち上がると、ルカリオに小さく微笑みかけて言った。

 

「ありがとう、ルカリオ」

 

ルカリオは答えない。

 

と、そこでカイムがシロナを呼ぶ声が響く。どうやら昼食ができたらしい。それにシロナは応えると、カイムとキッドのもとへ歩いていった。

 

『…弟子、か』

 

かつてアーロンの弟子として修行を積んだ自分が、同族に対して波導の使い方を指導する。不思議な感覚を感じながらルカリオはシロナ達に目を向けた。

カイムの作ったトーストとサラダをつまみ食いしようとしたウソハチがガブリアスに引き摺られていくのが見えた。

 

 

 

一方その頃、ブラッキーは目覚め、ミュウと遊んでいたが、世界の始まりの樹の上部から城を寂しげに見つめているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休憩後、しばらく進むと先導しているルカリオが突如立ち止まった。ルカリオの前には無数の泉。

 

「どうしたのかしら」

 

シロナがそう呟いた瞬間、泉から大量の水が噴き出してきた。

 

「間欠泉か」

「おさまるまで待つしかないわね」

 

キッドがそう呟き視線を横に移す。するとそこには暖かい水が溜まった温泉があった。

 

「あら…あれって温泉?」

「あ、みたいね。しばらく動けないし、少し入っていかない?」

 

まだ一日程度とはいえ、移動続きと野宿故に風呂に入れていない。もし入れるのであれば入っておきたい思いがシロナにはあった。

そしてそれは野宿慣れしているキッドも同じだった。いくら慣れているとはいっても極力清潔に保っておきたい思いがあるため、シロナの申し出に対して素直に頷いた。

 

「いいわね。軽くさっぱりしましょ」

 

そう軽く言うが、女性二人が入る以上カイムはその間同行できない。それを察したカイムは何も言わずに車を降りていった。

 

「気を使わせちゃったかしら」

「大丈夫よ。気にする人じゃないから」

 

そう言って笑うシロナの顔は酷く美しかった。シロナの顔を見てキッドはなんとなく察していた二人の関係が確信に変わるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『波導の使い方も様々だ。肉体を強化したり放出することで武器として使ったり、それこそ索敵にも使える。私の同族なだけあり、最低限の基礎はできているようだ。だからここでは使い方と鍛え方について伝授する』

 

女性二人が温泉を楽しんでいる間、ルカリオによる波導講座をカイムと二人のルカリオは受けていた。

 

ルカリオによると、波導と一言で言っても様々あり、個々人によって適正が異なるらしい。肉体強化が得意な者もいれば放出することで武器として扱う事が得意な者、中には物に波導を込めて操る者や異様な索敵範囲を誇る者などもいたらしい。

そしてシロナとカイムのルカリオは肉体強化に長けた波導を持っているとのことだった。シロナのルカリオは肉体強化特化、カイムのルカリオは肉体強化と気配感知がバランス良く得意な波導を有しているらしい。

 

『波導を極めるのにおいて、自身の得意分野を知ることは必須事項だ。自身の得意分野を見極め、そこを伸ばしつつ他の分野もバランス良く鍛えることだ』

(なるほど…鍛えるにしても自分の得意分野だけでなく他のとこも多少鍛えるのか)

 

ポケモンバトルにおいても、物理特化のポケモンに対しても最低限特殊技も鍛える。それと似たようなものかとカイムは納得した。

 

『お前達の波導は鍛えられているが、波導をその身に留める術を身につけていない。波導を扱うのであれば、波導をその身に留めることが全てにおいて基礎となる』

「留めることが基礎になるのか?」

『留める術を身につけることで、波導を無駄に消費することなく十全に扱うことができる』

 

そう言ってルカリオは自身の波導を増幅させると、球体状に広げていく。波導を見ることができるルカリオ達はそれを見て驚愕するが、見ることができないカイムは気配のみしか感じられない。

 

『これは増幅させた波導を広げつつ、肉体に留めるものだ。広げた波導の中に入ったもの全てを感知することが可能となる』

「なるほど…これを使ってお前は俺たちを案内してるのか」

『ああ。これを極めると、範囲内の相手の行動を先読みしたり、果てには少し先の未来も見えるらしい』

 

それこそルカリオの師であるアーロンは先読みを得意としていた。ルカリオ自身は未来視まではできないが、行動の先読みまでは可能だ。シロナ達のルカリオは気配感知からの先読み程度ならできるが、波導の使い方を習得したルカリオの方が高い次元でそれが可能となっている。 

 

『まずは波導を留めること。これを習得する方法を教える』

 

そう言ってルカリオは波導の指導を始めた。カイムなりにそれを聞いて噛み砕き、自身でもそれを実践してみようとしたが、残念ながらその日はうまく行くことはなかった。

 

 

そうしてしばらく修練を積んでいると、シロナがカイムのことを呼びに来た。

 

「カイム!ちょっと来てくれる?」

「ん?」

 

シロナの声に呼ばれてそちらに向かうと、シロナとキッドの姿があった。キッドはラフなシャツとレギンスに身を包み、シロナはキャミソールとレギンスという非常にラフな服装であり、肩にタオルをかけていた。

 

「服着ろ」

「着てるじゃない」

「防御力」

「もう…家だともっと軽装…」

「ここは外だろ」

 

確かにシロナは家ではもっとラフだが、ここは屋外。何があるのかわからないこともあり、シロナの服装を諌めたが、シロナが聞いてる様子は無い。見慣れてはいるにしても、目に毒であることは変わりはない。しかしシロナが聴かない以上、せめてキッドは極力目に入れないようにするように心がけながらカイムは問いかける。

 

「…で?なんかあったのか?」

「あれを見て」

 

そう言ってシロナが指差した先には、見慣れない花のようなものがあった。

 

「……花?」

「多分。ちょっと見てきてくれない?あ、取らなくていいからね」

「ああ」

 

シロナの頼みにカイムは頷くと、花が咲いている壁を登り始める。体格の割に身軽なカイムの姿を見て、思わずキッドは呟く。

 

「…身軽ね」

「パルクールやってたから」

「結構ハイスペックなのね、彼」

「本人は認めないけどね」

 

彼よりもさらにハイスペックな人物が彼の周囲には多すぎた。故に彼自身は埋もれていたが、その逆境が彼の心を強くし、ここまで上り詰めさせた。本人はまだまだ足りないと言うだろうが、そこだけは認めてあげてもいいのに、とシロナは内心で苦笑した。

そう話しているうちに、カイムはシロナが指し示した花にたどり着く。

 

「…花、だよな?」

 

見た目は植物だが、どことなく水晶のような無機質じみた風貌をしているため、花かどうか確信が持てない。だが野生の花を持ち帰ることもできないし、どうするか考えたが何も浮かばない。とりあえず写真でも撮ってみようと考え、スマートフォンを取り出そうとした瞬間、カイムの手が花に触れた。

その瞬間、花が光を放った。

 

「っ⁈」

 

光とともに周囲の景色が塗りつぶされ、映像が映し出された。映し出された映像は、シロナとキッドの入浴シーンだった。

 

「…………」

「ああ、さっきのあたし達のお風呂シーンじゃん」

「あら、そうね」

「…………」

 

女性二人が全く動じていない中、カイムは頭を抱える。数秒程度の映像ではあったが、カイムからしたら頭を抱えたくなる事態であることは変わりない。

数秒の映像の後、カイムは降りてくる。そして二人に頭を下げた。

 

「…すまん」

「いいって。事故なんだし、減るものじゃないしね」

 

あっけからんにキッドは言うが、カイムはげんなりしながら頭をがしがしとかいた。事故とはいえ、女性の入浴シーンを見てしまったことは、カイムとしてはやってはならないことだった。

そこでシロナが一つ咳払いすると、話を戻した。

 

「それで…今のは何?」

「今のは時間の花。波導使いに時の奇跡を見せると言われているわ」

「時の奇跡?」

「ええ…でも、あたしも見るのは初めてで…実在するとは思いもしなかった。御伽噺だと…」

 

勇者アーロンの御伽噺の中に時間の花について書いてある場面があった。それを見たキッドはなんとなくその話を覚えていたが、まさか実在するとはさすがに思っていなかった。

 

「それで今のが時の奇跡…?」

「恐らくね」

(…随分と肌色成分の強い奇跡だことで)

 

せっかくの貴重な時の奇跡だというのに、あまりにも刺激の強いものでカイムはげんなりした。

だが問題は何故今のタイミングで奇跡が起こったのか。自然発生するものではない、ということはわかる。では何がトリガーだったのか、と考えたところ、やはりカイムが触れたことだろう。

 

「…やっぱ、俺が触れたから?」

「多分そうね。カイム君の波導は波導使いと同じくらい強いらしいし」

「そうなると、シロナでも同じことが起きることになるのか」

 

シロナの波導はカイム同様波導使いと同等のものらしい。(カイムの印象だが)カイムよりも強い波導を持つシロナであれば、同じことが起きるのだろうとカイムは予想した。

 

「きっとそうね」

「私でも、同じことが起こるのね」

 

波導を見ることができないシロナにはわからないが、ルカリオの目に映るシロナの波導は確かに強く、洗練されている。あれほどの波導を持つシロナであれば、時の奇跡は間違いなく起こるだろう。

 

ルカリオの脳裏には、かつての記憶。アーロンが時間の花について教えてくれた、あの日。

その記憶を思い出しながらも、ルカリオは口にすることはなく、二人のルカリオの指導に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

間欠泉が止まり、しばらく進むと夜になった。夜に進むのは危険であるため、朝まで野宿することに決める。

カイムが作った焼きおにぎりとスープを飲みながら焚き火を囲んで三人は話をしていた。

 

「ブラッキーについて知りたい?」

 

その中でキッドから出された話題をカイムは聞き返す。

 

「ええ。君のブラッキーってどんな子なのかなって」

「…そうか、バトルでは出さなかったもんな」

 

そう呟いてカイムはブラッキーについて話し始める。

 

「ブラッキーはまあ…人懐っこいな。誰にでも懐く、とまでは言わんが結構誰にでもそこそこ甘える」

「私にも結構甘えてくれるわよね。すごく可愛いわ」

「ああ。だがまあ…一定以上懐くことはほとんどない。誰とでもうまくやるけど、心からの信頼を寄せられるにはそれなりに時間がいるな」

 

ある程度はすぐに懐くが、それ以上に懐くのはそれなりに時間が必要。誰でもそうだとは思うが、ブラッキーの場合素の懐きやすさを考慮すると、相当の時間がかかるようにも思える。

 

「へえ…確かブラッキーへの進化条件も、心からの信頼関係の構築があるもんね。そこまで懐かれるってことは、普段から甘えてくるの?」

「ブラッキーね、いつもカイムにべったりなの。最近はカイムの頭にへばりつくのが好きみたいで、ずっと肩車状態で過ごすこともあるのよ」

 

そう言ってシロナはカイムの頭にへばりつくブラッキーの写真を見せた。へばりついているブラッキーは明らかに上機嫌であり、とても楽しそうに自分の顔をカイムに擦り付けている。対してやられているカイムはげんなりしつつもどこか嬉しそうな表情をしていた。

尤も、肩車状態なのはカイムが下手に無理したり仕事しすぎたりしないように見張っている役目もある。あのダークライ事件以来、家では暇を見つけてはカイムの頭にへばりついていたりする。

そしてシロナはそのまま他の写真も見せていく。カイムがバシャーモと洗濯物を干している写真、ルカリオと共にキッチンに立つ写真、ムクホークに座布団にされて若干苦しそうな写真、トリトドンに水をかけながら撫でる写真、メタグロスの上でブラッキーを膝に乗せながら何か書類を読む写真、そしてキリキザンとともに訓練に励む写真など様々だった。

 

「好かれてるんだねえ」

「…まーな」

「昔からポケモンに好かれるの。新入りの子達も、カイムのことはよく信頼してるわよね」

「ありがたいことにな。あいつらを信頼してるし、あいつらも俺を信頼してくれてる。それで十分、俺は恵まれてるよ」

 

信頼。

カイムの言葉を聞いていたルカリオの脳裏に、かつてアーロンに言われた言葉がよぎった。

 

 

『信頼しているぞ、ルカリオ』

 

 

ルカリオもアーロンを信頼していた。だというのに、アーロンは自分を封印して城を捨てた。人の言う信頼など、あてにはならないとルカリオの胸中は激情に駆られた。

 

『何が信頼しているだ!』

「……あ?」

 

吐き捨てるようなルカリオの言葉に、カイムは視線をルカリオに向ける。

 

「そいつぁ、俺に言ったのか?」

『他に誰がいる。人間の言葉など、信じるに値しない。お前も都合が悪くなれば、そのブラッキーを見捨てるに決まっている』

 

それだけ言ってルカリオは立ち去ろうと立ち上がる。だがカイムはその背中を呼び止めた。

 

「待てよ」

 

カイムの言葉にルカリオは足を止める。

ルカリオが止まったことを確認したカイムは、その背中に続けて言葉を投げかけた。

 

「人の相棒の話してるときに、いきなりその態度はねえんじゃないか?」

『…ふん。人間など、信じるに値しない。土壇場になれば、必ず裏切るものだ』

「その言葉は、お前がアーロンに封印されたことが起因してんのか?」

『…答える必要があるのか?』

「つまりそうなんだな」

『黙れ!』

 

ルカリオは振り返りながら叫ぶ。そんなルカリオをカイムはただ真っ直ぐ見つめた。激昂するルカリオを見て何を思ったのか、大きく息を吐いて気持ちを落ち着ける。

 

「俺は、アーロンがどんな人間だったのか知らない。御伽噺とお前の話でしか聞いてないから当たり前だが…アーロンは城を捨てて逃げるような奴なのか?」

『違う!アーロン様は…アーロン様、は…』

 

ルカリオの知るアーロンとルカリオを封印したアーロン、そして御伽噺のアーロンという三つの顔がうまくつながらず、ルカリオは混乱している。何を信じていいのかわからず、ただ迷いながらここに来た。そのため心の整理が全くできていなかったのだ。

カイムはそれを感じ取ってはいたし、逆の立場なら同じように混乱してもおかしくないと考えていた。しかしそれはそれとして、いきなり侮辱されることは容認できない。もしこれがカイム自身でなくブラッキーに対する侮辱だった場合、カイムは容赦なくルカリオを殴りつけていただろう。

 

「…何があったのかはわからん以上、俺がアーロンについて言えることは無い。だがお前の価値観をこちらに押し付けんな」

『…人間の言葉など…』

「お前の物差しで測られてもなぁ…まあでも…」

 

カイムはそこで一度言葉を切る。

 

「無いと断言することはできないかもしれない」

 

カイムの言葉にシロナとキッドは驚いたような顔でカイムを見る。シロナはもちろん、キッドもここまでの道中でカイムが非常にポケモン達を大切にしていることがわかった。だからブラッキーを見捨てることを否定しきれない、と言ったことに驚きを隠せなかった。

 

「人は良くも悪くも移ろいやすい。それだけじゃない。大事なものを守るためなら、自分を捨てることも厭わなくなる」

『…何?どういうことだ』

「…悪いが、これ以上は俺が言う資格はない(・・・・・・・)。互いに頭冷やしたら、また話そう。お前のこと、もう少し知りたいんでな」

 

そう言ってカイムは立ち上がる。

 

「…少し外す。シロナ、悪いけど頼む(・・)

「ええ。頭冷やしてきて」

「ああ」

 

そう言い残し、カイムは歩いて行く。カイムの背中を見送ったシロナはキッドに視線を向けた。その視線の意味を理解したキッドは、頷いて立ち上がった。

 

「わかったわ。あたしも少し外すわね」

「ごめんなさい、ありがとう」

「いいのよ。部外者…じゃないけど、あたしじゃ多分何もできないしね」

 

カイム君の様子見てくる、と言ってキッドは席を外した。

残されたシロナとルカリオは少しの間沈黙していたが、シロナがルカリオに向き直った。

 

「ルカリオ、少し話しましょ」

 

 

 

 

 

 

 

シロナは慣れた手つきで淹れたコーヒーをルカリオに差し出す。ルカリオは最初訝しむような目で見ていたが、コーヒーのいい香りに誘われてカップを受け取った。

その隣にシロナは腰を下ろし、自分が淹れたコーヒーの香りを一通り楽しむと、ゆっくりと口に含む。程よい苦味と酸味が合わさった味が口に広がっていく。

ルカリオはそんなシロナを見て、シロナと同じようにコーヒーを口に含んだ。口に入れた直後は苦味に目を見開くが、程よい苦味と酸味においしさを感じられた。

 

『…!』

「貴方の時代に、コーヒーは無かった?」

『…あったのかもしれないが、私は初めて飲む』

「そう。それでどう?美味しいでしょ?」

『…悪くはない』

 

そう言ってルカリオは再びコーヒーを口に含む。やはり苦いが、美味しいと感じられる。

コーヒーの味を楽しむルカリオにシロナはポフィンを差し出す。ルカリオの時代には当然無いものであったため、再び訝しむような表情を見せた。

 

「ポフィンってお菓子。これは多分、貴方の時代にはうまれてないはずよ」

『これはなんだ』

「お菓子。カイムの手作りよ。コーヒーによく合うわ」

 

コーヒーに合う、と言われてルカリオは素直にポフィンを受け取り口に入れた。きのみ由来の甘さがあるが、甘すぎずコーヒーの苦味とうまく調和するような味わいにルカリオは再び目を見開く。

 

「美味しいわよね」

『………ふん』

 

素気ない返事だが、明らかに気に入っている。素直ではないがわかりやすいところは、どことなくカイムに似ているなとシロナは思った。

 

ルカリオから視線を外し、目の前で揺らめく焚き火に目を向ける。そしてぽつりと話し始めた。

 

「ルカリオは、迷っているのよね。人を信じていいのかどうか」

 

シロナの言葉にルカリオはポフィンを食べる手を止める。

 

「信じていた人が自分を封印して逃げた。その理由も城を捨てたから。心から信頼していた人がいきなりそんなことしたら、誰だってそうなるわよね」

『………』

「窮地に立たされた時、人は本性が出る。それがどんなものなのかは人それぞれだけど、アーロンの本性…本音はどうだったのかしらね」

 

シロナの言葉にルカリオは答えない。ただぐるぐると頭の中でアーロンが自分を封印した理由を考えていたが、当然その答えは出ない。

そんなルカリオにシロナは続ける。

 

「カイムも言ってたけど、人は良くも悪くも移ろいやすい。状況次第で言うことが変わることもあるし、他者を裏切ることもある」

『………』

「そして時に、大切なものを守るために…自ら大切なものを手放すこともあるの」

 

シロナの言葉に、ルカリオはハッとする。そしてシロナに目を向けるが、シロナは今もなお焚き火から視線を移さない。

 

「大切で、守りたいから…遠ざけて、手放す。そして最後は自らすら手放そうとする。そういうことをしてしまう(・・・・・)人もいるの。大切なものを守るために、自分自身を捨てる人も」

『…どういう、ことだ?』

 

シロナは答えないが、脳裏に浮かんだのは少し前にあった街全体を巻き込んだ事件。あの事件を解決するために、シロナの最愛の人は自ら悪夢の中に飛び込んだ。街の人を、そしてなにより自分の世界(大切なもの)を守るために。

 

「大切な人が頑張っていたら、自分も手伝いたくなるし、一緒に乗り越えたいと思うわよね。でも、向こうからしたらきっと危ないことに巻き込みたくないから来ないでほしいって思われているんだと思うの。例え自分がどれだけ傷ついても、大切な人を守るために全て自分一人で背負いこもうとする。そんな人が、いるの」

『何故、そんなことを…』

「大切だからよ。自分の何を犠牲にしたとしても、守り通したいほど大切だから一人で背負いこもうとする」

 

シロナは悲しげに笑いながら呟く。

 

「残される側がどんな思いなのか…想像つかないのかもね。いや、想像できても同じことをするのかも。それくらい大切なものなら尚更」

 

シロナの言葉にルカリオは目を伏せる。

アーロンは、自分のことを厳しく鍛えたが、それ以上に大切にしてくれた。その思いが伝わったからこそ、ルカリオはアーロンを尊敬していた。あの思いが嘘だったとは考えられない。

だが同時に、窮地に立たされた時に人間の本性が現れるのもまた事実。そのためルカリオはあれがアーロンの本性なのかもしれないと考えていた。

 

だがその思いはシロナの言葉を聞いて大きく揺らいだ。見捨てて逃げるではなく、大切だったからこそ封印した。その選択肢があるとはルカリオは思いもしなかった。

 

『…私、は』

「アーロンがどうして貴方を封印したのかはわからない。でも、貴方がそんなに尊敬する人だったんだし、きっと貴方への思いは本物だったんじゃないかしら」

『………』

 

シロナの言葉にルカリオは押し黙る。

それを見たシロナはふっと笑うと、コーヒーを喉に流し込み立ち上がった。

 

「私が言えるのはここまで。あとは貴方が考えることよ」

 

『それと』と言ってシロナは付け足す。

 

「落ち着いたらカイムと話してあげて。色々と思うところがあるみたいだし」

 

それだけ言ってシロナは歩いていった。

残されたルカリオは湯気を立ち上らせるコーヒーを見つめる。シロナの言葉、カイムの言葉、そしてアーロンの姿。それらがルカリオの脳内でぐるぐると回り続ける。

 

『…私はどうすればいい。教えてください、アーロン様』

 

ルカリオの言葉は夜空に吸い込まれていった。誰も答えることはなく、ルカリオの側にある水晶の光が揺れたが、ルカリオがそれに気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ルカリオの側を離れたシロナはムクホークをモフるカイムのもとへと進んだ。足音からシロナが歩み寄ってきたことをカイムは察したが、ムクホークに顔を押し付けたまま動かない。

そんなカイムの隣にシロナは腰を下ろした。

 

「大丈夫?」

「…ああ」

 

ムクホークから顔を上げないが、カイムは小さく答えた。

 

「ルカリオと話したわ」

「…ありがとう」

「やっぱり、全然心の整理ができてないみたい」

 

冷静に見えるが、内心はぐちゃぐちゃで整理がついていない状態だった。先導している時やルカリオ達に波導の指導をしているときは別のことに集中できていたが、こういう時は色々と考えてしまう。先ほどはそれが出てきてしまったのだろう。

 

「やっぱり、大切だからこそ封印したって考えはなかったみたい。守りたいからこそ、遠ざけたんじゃないかなって」

「…かもな」

「アーロンの真意はわからない。でも、ルカリオの尊敬を見る限り、アーロンはルカリオを大事にしていたんだと思う。だからそうなんじゃないかなって」

「俺もそー思う」

 

ルカリオはどう見てもアーロンを尊敬している。だからこそ迷っているのだろう。

それはシロナだけでなくカイムも気づいていた。だがこの場において喧嘩をふっかけられたカイムではなく、敢えてシロナに任せた。

 

「それで?わざわざ私に任せた理由は?」

「………俺が言っちゃいけねえ。あんな風に迷わせてしまう可能性を見せられたら、当事者(・・・)の俺は言う資格ねえよ」

 

カイムはダークライ事件において、独断で悪夢にダイブした。あの時はガブリアスが直前で気づいたから知ることができたが、もし気づかなければ何も知らされないままカイムは眠ってしまっただろう。

そしてカイムの行動はシロナやポケモン達を大切に思うが故の行動だった。しかしそれは残される側の心情を考慮しない行動でもあった。かつて自分が行ったことを反省し、悔いているからこそ、カイムはシロナに任せた。

 

「…俺は、シロナのことをあんな風に迷わせてしまったかもしれないんだな」

「そうよ。何も言わなかったら、あんな風になってたかもしれないの」

「だから俺は言う資格ねえ。反省していようがいまいが、俺が言うことじゃねえんだ」

 

今もなおムクホークに顔を押し付けながらカイムは言う。そんなカイムにムクホークは『そうだぞ反省しろ』とでも言うようにトサカでぺちぺちとカイムの頭を叩いていた。

 

「ポケモンやお前をあんな風に迷わせる可能性があったことをやろうとした…そう考えるだけで怖くなるし、自分のやろうとしたことの重さがわかる」

 

ぎゅっとムクホークを抱き寄せながらカイムは言った。抱き寄せられたムクホークは少し苦しそうにしながらも嫌そうにはしていない。

そんなカイムのことをシロナは優しく抱き寄せた。

 

「自分のしたことをよくわかってくれたなら、私がこれ以上言うことはないわ。それに、気持ちがわからないわけじゃないの。大切だからこそ守りたい気持ちは大きくなるもの。貴方に足りなかったのは、残された人の気持ちを背負う覚悟。もしかしたらアーロンは、ルカリオを迷わせてしまうことを覚悟していたのかもね」

「…俺には、そんな覚悟できねえ」

「選ぶ強さとでも言うのかしら。私はそういう強さはなくてもいいと思うけど…そうも言ってられない時もあるのかもしれないわね」

 

ダークライ事件の時、カイムは残される者の気持ちを考慮していなかった。だからあんな無謀なことができたし、シロナを置いて一人悪夢にダイブすることができた。結果としてそれはプラスに働いたが、もしあの時シロナを残すことが今のルカリオと同じ心情にさせてしまうことを理解していたら、きっとカイムは動かなかった。

選ぶことができるというのは、冷静に、冷徹に状況を判断し、切り捨てることができるということ。それを強さというのかはわからないが、カイムには出来なかった。

 

「同じことしたんだな、俺」

「同じ…とは言えないかもしれないけど、まあ似たことね」

「…ごめん」

「もういいの」

 

シロナは自身の頭をカイムの肩に乗せた。

 

「だって、もうしないでしょ?」

「ああ、多分」

「多分?」

 

曖昧な言葉にシロナは思わず聞き返す。カイムとしてもここであえて多分、という言葉を使ったことには理由があり、その理由を口にした。

 

「…意識した上でやることは、もうねえ。それは断言できる。でも、咄嗟のことで体が動いちまうことは…ないとは言い切れない。お前やポケモン達が危ないと思ったら、多分俺は勝手に動く。こればっかりはどうしよもねえ。無意識だから」

 

大切だからこそ動いてしまう。どんなに意識しようとも、シロナとポケモンのことを守ることは、カイムの心が命じてしまうこと。いつの日かレッドが言った『心が命じたことは誰にも止められない』という言葉の通り、それはカイムの心が突き動かさせるため、止めることはできない。

 

「…そう。でもわかるわ。きっと私も同じ。貴方を、みんなを守りたいから」

「難儀なものだな、心ってやつは」

「ええ。でもそれは心の素晴らしさの一つでもあるわ」

 

アカギにはわからないでしょうけど、と付け加え、シロナはカイムの手に自分の手を重ねる。

 

「何があっても、二人で一緒に頑張っていきましょ。私たちなら、なんでもできるわ」

「…うん」

 

今もなおカイムはムクホークから顔を上げない。泣いているわけではないようだが、今のカイムは色んな感情によりどんな顔をすればいいのかわからなくなっているらしい。尤も、表情筋が仕事を放棄しがちなカイムではほとんど表情は変わらないのだが。

 

「シロナ」

「ん?」

「ありがとう」

「ええ」

 

シロナは優しく微笑むと、カイムの頭を自分の胸に抱いた。

とくん、とくんと響くシロナの心音と体温はカイムの心を落ち着けていく。そしてそのままカイムはシロナのことを優しく抱き寄せた。

 

そんな二人を見て、ムクホークはカイムの腕の中で口の中に砂糖が広がっていく感覚がして、遠い目をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日

 

ルカリオとの空気感は微妙なまま一行は世界の始まりの樹に向かっていた。

先導するルカリオは普段と変わらず先導してくれているが、それを車の上から見る二人のルカリオ達は明らかにルカリオの波導が揺れているのが見えていた。

 

「ん?」

 

ルカリオの波導が揺れている以外、特に問題なく進んでいたが、突然ルカリオが立ち止まった。

 

「どうしたのかしら」

「何か見つけた…わけじゃ無さそうだけど」

 

何があったのかを把握するために三人は車を降りる。そしてルカリオの見つめる視線の先には、高台。

ルカリオにとってはつい昨日のことのように思える時のこと。忘れるはずもない、最後に見た光景。

 

『…私は、ここで封印された』

「!」

「ここで…」

 

大群を確認したのち、ルカリオはアーロンによって封印された。昨日シロナが言っていた『自分を守るため』という可能性も確かにあるかもしれない。しかしそれでも、ルカリオからすれば『何故』という感情が拭いきれない。

 

『アーロン様…どうしてですか!私を守るためでも…何故何も言ってくださらなかったのですか!』

 

ルカリオは未だに迷っていた。自分が何故封印されたのか、アーロンの真意はなんだったのか…その思いが胸の中を渦巻き、膝をついた。

そしてルカリオがうずくまった場所に、見覚えのある花があった。それは時間の花。時間の花はルカリオの波導に呼応して花開いた。

 

『っ!』

「時間の花…!」

 

たまたまそこにあった時間の花は、ルカリオの波導に呼応して花開きかつてこの場で起こった光景を映し出した。

先ほどルカリオが見つめていた先には、肖像画に描かれていたものと全く同じ姿であるアーロン。アーロンは杖をルカリオの目の前に投げつけ、ルカリオを封じ込めると、すぐさまピジョットに跨って『カイム達の進行方向』に向けて飛び去っていった。

そしてその直後、一度映像が途切れる。次に映し出された光景は、大勢の人とポケモンが武装した状態で進行する様だった。

 

「…これが、かつてここで起こった争い」

「ここは昔、戦場だったんだな」

 

時間が経ち、今ではただの荒野に等しいが、この場を進行した軍勢がいたということをこの映像は物語っていた。

 

『っ…!』

 

そしてこの映像は、ルカリオにとってトラウマに等しいものでもあった。

錯乱したルカリオは波導が暴走し、大きく膨れ上がる。膨れ上がった波導を弾丸に変え、実体のない群勢に向けて放った。威力が跳ね上がった『はどうだん』は容易に岩盤を打ち砕き、シロナ達の周辺に瓦礫の雨を降らせる。

 

「ちょっ⁈ルカリオ⁈」

「完全に錯乱してるわ!どうにか止めないと…」

 

完全に我を忘れたルカリオはシロナ達に向けて『はどうだん』を放った。そうなる可能性を錯乱したルカリオを見て考慮していたカイムは咄嗟にボールに手を伸ばす。

 

「たのむ、ブラッキ…」

 

咄嗟に出そうとしたのは、相棒であり守ることが得意なブラッキー。しかし今ボールの中にブラッキーはいない。

それを思い出したカイムは内心で舌打ちをしつつ、別のボールを手に取った。

 

「バシャーモ!ブレイズキック!」

 

ボールを投げ、現れたバシャーモが炎を纏った足で『はどうだん』を弾く。思ったよりも威力が高くなっていたが、そうなることを予測していたバシャーモは難なく空に向けて『はどうだん』を弾き飛ばした。

しかし今もなお錯乱するルカリオを止めなければ問題は解決しない。再び『はどうだん』を放とうとするルカリオに、シロナは声を上げる。

 

「ルカリオ!よく見て!これは映像!本物じゃないわ!」

『!』

 

シロナの言葉でルカリオは我に帰る。そしてその直後に時の奇跡が終了し、映像の群勢は消え去った。

 

映像が消えると、ルカリオはアーロンが飛び去った方を見て跪く。

その様を見ながら、シロナは口を開いた。

 

「…ルカリオの言う通り、アーロンはルカリオをここで封印したのね」

「そんでもって、ここは昔戦場だったと。伝説じゃあアーロンが争いを止めたとあるが…伝説とはちょいと違う感じか?」

「伝説が間違っていたってこと?」

 

時の奇跡を見る限り、確かに戦争は起こっていた。あの群勢の多さがその事実を物語っている。そうなると、伝説が間違っていたということになってしまう。

しかしシロナはそうは思えなかった。なぜなら伝説と時の奇跡…両方とも満たすことができる仮説が頭で浮かんでいたし、何より映像にあったアーロンの姿を見てとても理由が『逃げるため』とはとても思えなかったのだ。

 

「そうとも限らないわ」

「え?」

「争いは確かに起こっていたけど…でも時の奇跡に残されていた記録ではまだ群勢同士はぶつかっていなかった。この辺りで群勢同士がぶつかれる場所…カイム、調べられる?」

「開けた場所ってことだな。少し待て」

 

そう言ってカイムはタブレットを操作すると、ものの十秒もかからずタブレットをシロナに渡した。そこに表示されたのは、今シロナ達がいる場所よりも少し離れた場所であり、群勢同士がぶつかるには最速で移動したとしても数時間はかかる。これを見てシロナは自身の仮説がより強固になったことを理解した。

 

「…やはりね。伝説もルカリオの記憶も、何一つ間違っていなかったのよ」

「どういうこと?シロナさん」

「さっきアーロンが飛び去った方角、覚えてる?」

「……なるほど、そういうことか」

 

シロナの言葉にカイムはシロナの仮説を理解し、納得した。

 

「アーロンが飛び去ったのは、世界の始まりの樹方面。つまりアーロンはルカリオを封印した後、世界の始まりの樹で何かをして争いを止めたってことか」

「そう。もしかしたら、その何かがキッドさんが追い求める謎と繋がりがあるかもね」

「…かもな」

 

そこまで話して、カイムはルカリオに目を向ける。ルカリオは今もなお跪き、アーロンの行動の理由がわからず内心はぐちゃぐちゃだった。完全に吹っ切れるようになるには、おそらく多大な時間を要するだろう。

だがそれはそれとして、こちらはそれを待つ時間はない。非情な話だが、カイムとしても一刻も早くブラッキーに会いたい思いが強い。それにこのままではルカリオ自身、どこかで折れてしまう。それを防ぐためには、形だけでも吹っ切れてもらうしかない。そう考えたカイムはルカリオに歩み寄る。

 

「…酷い戦争だったんだな」

『…お前に何がわかる』

「さてな。戦争の記録は無数に見てきたが、実際に見たことはないから。でも…その凄惨さを知ってる」

『アーロン様は…逃げたと思うか?』

「知らん」

 

ズバッと切り捨てるカイムにキッドは苦笑する。こういう時嘘をつけない…というかオブラートに包むことができないカイムの言動はときに傷つけるものになる。しかしそれ以上に真摯に相手に向き合おうというカイムの立ち振る舞いに、シロナはカイムの変わらない芯を感じとり、やれやれといった表情を浮かべる。

そんな二人の内心を知る由もないカイムは、なおもルカリオに続けた。

 

「今となっては、どういった真意なのかはわからん。確かにアーロンはお前を封印したんだろうけど、それをどう捉えるかはお前次第だ」

『………』

「お前が見てきたアーロンを、お前が信じたいように信じればいい。何が真意だとしても、お前が見てきたアーロンは信じるに値する人間だったんだろ?」

 

ルカリオの脳裏に溢れるのは、アーロンとの修行の日々。厳しくも的確にルカリオを導いてくれたアーロンは、確かに尊敬に値する人物だった。あの日々のアーロンが偽物だとは思えない。

 

『…そうだな、お前の言う通りだ』

「で?お前はどうすんの?」

『ああ…まだ迷いはある。だが、私は私の見たアーロン様を信じる。だからカイム』

 

ルカリオは立ち上がると、カイムに向き直る。そして真っ直ぐとカイムを見つめると、波導のこもった拳でカイムの胸を軽く小突いた。

 

『お前は、ブラッキーを信じろ。そして最後まで見捨てるな』

「ああ、捨てねえよ」

『…愚問か』

 

ここまでの期間でカイムのポケモン達への愛情は本物だった。それを見ていたルカリオは、せめてカイムとブラッキーは自分達のようになってほしくない。今はそう思えた。

 

「んじゃ、引き続き案内よろしく」

『ああ、任せてお…』

 

『任せておけ』と言い終わらないうちに、ルカリオは目を見開くとばっと振り返ると目を閉じてキッドの車の前に立つ。ルカリオの波導圏内に大きな波導を持つ存在が地中から迫ってくるのを感じ取った。

 

『下がれ!』

 

ルカリオがシロナとキッドの手を引いてルカリオは下がる。カイムはルカリオの言葉に反応して咄嗟にバックステップで下がった。

すると先程までルカリオがいた場所から何かが飛び出してくる。飛び出してきたそれは回転しながら地面を進んできたのか、空中で回転していた。そして回転を止めてルカリオ達の目の前に着地する。

 

「あれは、レジロック⁈」

「マジか…」

 

飛び出してきた存在は、レジロックだった。レジ系のポケモンの一体であり、カイムの研究対象でもある存在。

レジロックはキッドの車を乱暴に退かすと、シロナ達に向けて『はかいこうせん』を放った。シロナとキッドを守るために、ルカリオは波導を凝縮させて『はどうだん』を放ち、『はかいこうせん』を貫通させる。

 

『倒せる相手じゃない!逃げるぞ!』

「そうね…とにかく世界の始まりの樹へ向かいましょう」

「くっそ…しゃーねえか」

 

研究対象であるレジ系ポケモンが目の前にいるため、できることならじっくり観察したいところだが、それを許してくれる雰囲気では無さそうであることを察したカイムは大人しくルカリオ達に続く。

 

「メタグロス、ラスターカノン」

 

メタグロスの鋼の力がレジロックを撃ち抜く。しかし爆発による目眩しと効果抜群の鋼タイプの力で怯ませることが限界だと初めからわかっていたため、さっさとメタグロスをボールに戻してカイムはルカリオ達の後を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことなんだ?」

 

ルカリオの後に続きながらカイムはルカリオに問いかけた。レジロックの言葉の意味をカイム達は理解できない。しかしルカリオはレジロックの言葉を理解し、こちらに伝えることも可能であるためルカリオにそう聞いた。

ルカリオは目を閉じて波導の範囲を限界まで広げながら答える。

 

『近づくな。そう言っていた』

「近づくな…?俺らが近づくと何か不都合があんのか?」

『わからない。何故近づいてはならないのかまでは言っていなかった』

「侵入者を排除する役割を彼らは担っているのかもしれないわね」

『何にしても、奴らの気配は大きく、説得はおそらく不可能だ。極力避けながらブラッキーを探す』

 

そう言ってルカリオは道を進んでいく。

しばらく進むと、道の先に光が見えた。そこに向かっていくと、開けた場所に出た。

 

「わあ…すごいわ」

 

そこは非常に神秘的な空間だった。穏やかな空気と森のような地面、緩やかに流れる水には水タイプのポケモン達が集う場所となっており、なによりも目を引くのは天井から巨大な水晶が飛び出している。天井は完全に塞がれているため、この空間を照らしているのはあの水晶の光のようだ。

 

「すごい場所ね…」

「ここはちょうど世界の始まりの樹の真下にある空間みたいだな」

「ここに生息しているポケモン達は、独自の生態系を構築しているみたいね」

 

そう言ってキッドはバッグからヘビのような形をした何かを取り出した。

 

「それは?」

「調査モジュールよ。ここのデータをもっと集めるためのもの。バンクス!お仕事よ、起きてちょうだい!」

『お待ちしておりましたお嬢様』

 

キッドが執事兼データ分析担当であるバンクスとやりとりをしている中、カイムはシロナに目を向けた。

 

「シロナ」

「何?」

「この場所とさっきのレジロック、何か関連すると思うか?」

「唐突ね。でも、貴方の疑問も尤もだわ」

 

シロナはそう言って地下空間に目を向ける。

独自の生態系である以上、外界から手出しされることなくずっと長い間この場所は守られてきたこととなる。この世界の始まりの樹は非常に目立つ上に未だに謎が多い。そんな場所に今までなぜ人の調査が入らなかったのか。それはレジロック等のここを守護する者がいたからではないかとシロナは考えた。

 

「今まで人の手が入らなかったことを考えると、レジロックみたいにここを守護するポケモンがいたと考えるのが自然ね」

「…だよな」

「どうしてそんなことを聞くの?」

「ああいや…ここについて知ることができりゃ、レジ系のポケモンの生態や謎について知ることができるんじゃないかって」

 

カイムはレジ系のポケモンに関する歴史や伝説を研究テーマとしている。その存在が予想外とはいえ出会うことができた以上、この場所との関連や役割、生態といった様々な情報を集めたいと思うのは自然な流れだろう。

 

「そっか。レジロックなんてそうそう出会えるポケモンじゃないものね」

「ああ。それにレジロックがいた以上、レジアイス、レジスチルもいてもおかしくない。あいつらは大地に関わる場所で稀に見られるらしいし、こことの関連もわかれば何か研究の手がかりになるんじゃないかって」

「研究者として、常に情報を集めるアンテナを張っておく。いいことね。確かにその通りだと思うわ。でも今は、ブラッキーが先」

「わかってる。あいつを迎えにいって、余裕があれば調べるくらいにするさ。さっさと迎えにいかねーと、ボックスに預けた時みたいに拗ねかねん」

 

ぼやくように言うカイムだが、その目にはブラッキーに早く会いたいという感情が強く現れている。それに気づけるのは恐らくシロナだけだろうが、波導の流れからルカリオも何となくそれを感じていた。

 

『カイム。ここにブラッキーはいない。上に登り、ブラッキーを探すぞ』

「ああ、頼む」

 

ルカリオの言葉にカイムは頷く。ルカリオも頷くとキッドの方に目を向けた。キッドの方も一通り打ち合わせを終えたのか、調査モジュールを飛ばしてシロナ達のもとへと歩み寄ってきた。

 

『いくぞ。レジロックの気配が近づいてきている』

 

ルカリオの先導のもと、シロナ達は世界の始まりの樹へと昇っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルカリオ、ブラッキーの気配はあるか?」

 

しばらく登っているが、先は非常に長く広い。そんな中をルカリオの波導を頼りに進んでいるが、レジロックのようなポケモンが次いつ出てくるのかわからない以上、早めにブラッキーを見つけておきたい。

だがさすがに広すぎるためにすぐには見つからない。加えて土地勘などカケラもないカイム達では手分けして探す場合、二次災害が起きかねない。

 

『さすがに広すぎるな。水晶の手助けも借りているが、これだけの広さだ。すぐには見つからない』

「でも上にいることは間違いないのよね」

『ああ。下層の水晶からはミュウの気配を感じられなかった。今は中層から上層の気配を探りやすい水晶を目指して進んでいる』

「さっきから言ってる水晶って、オルドラン城にもあったわよね。この水晶ってなんなの?」

 

世界の始まりの樹下層にもあった巨大な水晶や道中にもたびたびあった水晶。これらが何なのかをシロナ達は知らないが、ルカリオは知っている様子であるため、シロナはそう問いかけた。

ルカリオは足を進めながら答える。

 

『あれは波導水晶。あれらは地脈に沿って現れるものだ。そして波導使いは水晶を起点に連絡を取ったり気配を探ることができる』

「へえ…便利なのね」

『尤も、気配を探る術は波導をうまく使えないと意識を地脈に持っていかれかねん。緊急時以外はあまり使わない手だ』

「便利な分だけ、使いこなすのが難しい手段なのね」

 

キッドの言葉を聞くと同時にルカリオは足を止める。再びルカリオの波導圏内に何か大きな気配が入った。

だがその気配の主もルカリオに感知されたことに気づいたのか、高速で迫ってくる。

 

『っ!来るぞ!』

 

ルカリオの言葉と同時に、ルカリオの目の前が凍りつき氷柱が生える。そしてそれを放ってきたのは、巨大な氷の塊…レジアイスだった。

 

「今度はレジアイス…いるとは思っていたけど、ここで出てくるのね!」

「あーあーまた帰らそうとしてきたってのか。こんな感じじゃなきゃ観察したかったのによ」

「軽口叩いてる場合じゃないわ!倒せる相手じゃないし、逃げないと!」

「足止めくらいはしてやるよ。バシャーモ!」

 

レジアイスのタイプ一致技を半減で受けられ、なおかつこちらのタイプ一致技は抜群を狙えるバシャーモをカイムは繰り出す。

 

「ローキック!」

 

バシャーモは体勢を低くすると、レジアイスの脚部に向けて蹴りを放つ。高い威力ではないが、素早さを下げ、追跡しにくいようにする算段であった。

カイムの狙い通り素早さは僅かに下がった。しかし同時に、バシャーモの体はレジアイスの両腕に拘束されてしまう。

 

「フレアドライブ!」

 

捕まったのなら、効果抜群の炎で無理矢理引き剥がす。そのために強烈な炎を全身に纏ったが、レジアイスの氷は全く溶けたり傷つく様子がない。

 

「クソ…マグマでも溶けないって伝承、マジだったのかよ」

「カイム、援護するわ。トゲキッス、出番よ」

 

旗色が悪いと判断したシロナは、ボールからトゲキッスを繰り出した。

 

「エアスラッシュ!」

 

トゲキッスは真空の刃を作り出し、レジアイスの体にぶつけた。ダメージはほとんどないが、『エアスラッシュ』の追加効果でレジアイスは僅かに怯み、その隙を見計らってバシャーモは炎を纏った足でレジアイスを蹴り飛ばして拘束から抜け出した。

そして攻撃を受けたレジアイスは怒ったのか、無作為に周囲を凍らせ始める。さすがに防ぐことも難しいため、ルカリオは別のルートを探る方針に切り替えた。

 

『話は通じない。別の道を探す』

「相当お冠だな。そんなに俺らがいちゃまずいってか?」

「気になるところだけど、ここは逃げましょう。トゲキッス、マジカルシャインで視界を封じて」

 

トゲキッスの放った光が一瞬ではあるが埋め尽くす。この一瞬と同時にバシャーモは地面にむけて『ブレイズキック』を放つことで煙幕を作り出した。

その僅かな時間でルカリオは別ルートを探し出し、皆を連れてさらに世界の始まりの樹を登っていく。

 

そしてカイムとシロナの指示の声をどこかから察知したブラッキーがミュウと共に世界の始まりの樹上層部から見ていたことは、誰も気づいていなかった。

 

《カイム、迎えに来てくれたんだ》

 

ブラッキーはカイム達がいるであろう方向に向けて走り出し、ミュウはその後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

ルカリオの先導の元、再び上層部へと昇っていく中、突如キッドがぽつりと呟く。

 

「変だわ…調査モジュールの信号が減ってる」

「調査モジュールって、さっきのやつだよな。減ってるって?」

「調査モジュールのデータは基本的に執事のバンクスに送られるんだけど、私も位置情報だけは共有してるの。でもその反応がどんどん減ってる」

「減ってるってことは…壊されているのかもしれないわね」

 

先ほどのレジアイスもだが、この樹にとって部外者であるシロナ達は邪魔者であるため排除してこようとする。そのためキッドの放った調査モジュールがレジアイス達によって壊されていても不思議では無い。

 

「こっちもわざわざ向こうと戦うつもりもねえし、ブラッキー見つけたらさっさと退散した方がいいかもな」

「そうね…ここまでで得られたデータだけでも十分収穫だし、ここの環境を壊したくないしね」

「その方がいいわ。この樹が一つの生命体である以上、余所者が下手に干渉しないことが私たちにとっても大事なことだと思う」

 

世界の始まりの樹、という存在は生きている。それ故に、シロナ達という部外者が介入したことによって何かしらの不具合が発生しないとも限らない。レジアイス達はその可能性があるからこそ、世界の始まりの樹だけでなく、『シロナ達』も守るためにここから帰そうとしたのではないだろうかとシロナは考えた。

 

「とにかく、さっさとブラッキーを見つけねえと」

『…気配が近い!下がれ!』

 

突如、ルカリオの波導圏内に巨大な気配を有する存在が入る。『それら』はルカリオ達の背後から高速で迫ってきており、射程圏内に入ると同時に攻撃を仕掛けてきた。

 

『はぁ!』

 

ルカリオの『はどうだん』が攻撃を相殺する。相殺されたことにより生じた爆煙の先には、入り口で出会ったレジロックだけでなく、レジスチルの姿もあった。

 

「もう追いつかれた⁈」

「レジスチルまでいんのか…くっそ、観察してえ」

「それよりもブラッキーよカイム。とにかく足止めして逃げましょ」

「…ああ、わかってる」

「気持ちはわかるけどね。ガブリアス、がんせきふうじ!」

 

シロナはガブリアスを繰り出し、『がんせきふうじ』によって素早さと同時にレジスチル達の進路に岩石を置くことで少しだけ足止めさせた。

 

「ガブリアス、私とキッドさんを担いで。ルカリオの全速力に私たちの足じゃ追いつけない。時間がない以上、ルカリオの速度に合わせるわ。カイムは…」

「バシャーモ、頼む」

 

カイムはトリトドンを戻し、再びバシャーモを繰り出す。バシャーモは頷くとカイムを肩車で担いだ。

シロナとキッドはガブリアスの肩に乗る。それぞれポケモンに乗ったことを確認したルカリオは、波導を限界まで広げてブラッキーの捜索をすると同時に上へと走り始めた。ガブリアスとバシャーモもそれに続いて走る。

 

 

 

ざざ ざり ざ

 

 

 

じ・じ・ぜ・じ・ぞ

 

 

 

そんなシロナ達の後ろ姿を機械音のような鳴き声をあげながら、レジスチルとレジロックは眼前の岩石を砕くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ルカリオの先導で世界の始まりの樹を進んでいく。

依然としてブラッキーやミュウは見つからないが、確実に上に登ってきていることはわかる。

しかしそれと同時に、カイムは違和感を感じていた。

 

「………」

「カイム?」

「変だ。レジスチル達が追ってこなくなった」

 

足止めしたとはいえ、あの程度ではそう長いこと足止めすることは不可能。加えて、見た目以上の速度を持つためそろそろ追いついてきてもおかしくない。そう思っていたが、ルカリオの波導圏内にも入っていない。

 

「ありがたいけど、確かに変ね…バンクス!何か起こっていない?」

『お嬢様、大変です。世界の始まりの樹そのものが防衛本能を発揮してきました』

「防衛本能?」

『免疫機能…の方が的確かもしれません。樹のいたるところで白血球のような機能を持ったものが発生しており、皆様のもとへ向かい初めてます!』

「それ、捕まったらどうなるの?」

『確証はありませんが…恐らく、エネルギーとして分解されます』

「白血球…なるほど、俺たちゃバイ菌か」

 

確かに、世界の始まりの樹が生きている以上、外部からの侵入者であるシロナ達のことをバイ菌だと判断したとしてもおかしくはない。

 

「…白血球っていうのは、あれのことね」

 

シロナの視線の先には、赤い粘液の塊がこちらに向けて飛んできている。

確かにいい気配はしない。いわゆる白血球ならば、こちらを排除するための存在であるためいい影響はないだろう。

 

「ガブリアス、ストーンエッジ」

 

ガブリアスの『ストーンエッジ』が道を塞ぐ。瞬間的ではあるが、粘液の進行を止めることに成功したが、あれがあくまで生物でなく『機能』である以上、解決にはならない。

 

『道を変える!こっちだ!』

 

ルカリオが咄嗟にそばにあった道に入るが、その瞬間、カイムの耳に聞き覚えのある声が聞こえた。その声はカイムを担いでいるバシャーモにも聞こえたのか、バシャーモは足を止める。

 

「今の声…」

 

カイムの呟きにバシャーモは頷く。声が聞こえた方に意識を集中すると、空気が流れる音と、その中にかすかに相棒の声が混ざっているのがわかった。僅かな時間とはいえ、波導を感知するための修行を行ったことにより感覚機能が発達していたため、ブラッキーのかすかな鳴き声を聞き取ることができた。

 

「ルカリオ!ブラッキーの声だ!」

『何っ⁈』

「こっちだ!」

 

バシャーモはブラッキーの声がした方へと向けて走り出し、ガブリアスとルカリオはそれに続いて走る。

 

少しの間走ると、断崖絶壁の間に水晶の橋が無数にかかる奇妙な場所へと出た。高度が高いだけあり、断崖絶壁の間には非常に強い風が吹いており、カイムの体重であっても吹き飛ばされてしまいそうなほどだった。

そして対岸には、カイムの相棒であり、バシャーモにとってライバル兼幼馴染のような存在であるブラッキーの存在。

 

「ブラッキー!」

 

カイムの姿を見たブラッキーはパッと顔を明るくして高らかに鳴いた。

 

「今行く!」

 

カイムはバシャーモから飛び降りるとムクホークを出し、水晶の橋を走り始めた。だがそこは突風が吹き抜ける上空でもある。簡単に進むことなどできないし、それどころか立っているだけでも精一杯のような場所だ。身体能力が高いカイムであっても、それは変わらない。一歩間違えれば死に直結しかねない。

ムクホークがいたとしてもそれは変わらない。ムクホークの飛行能力であってもこの突風では上手く飛ぶことはできないため、カイムは敢えて自分の足でブラッキーに向かっていった。

 

「カイム!危ないわよ!」

「わかってる!できそうならサポート頼む!」

(…これは言っても聞かないわね。なら、せめてサポートしてあげないと)

 

そう考えたシロナは、自分を担ぐガブリアスに視線を向ける。視線に気づいたガブリアスはやれやれといった様子で息を吐くと、シロナとキッドを下ろす。

 

「ブラッキー…!」

 

あの冷静なカイムがここまで感情をむき出しにする。その姿は数年共にいたシロナですら片手で数えられる程度しか見たことがない。それほどまでカイムにとってポケモン達が大切なのだと、そう実感させられる。

 

「待ってろ…すぐに、行く!」

 

這うように進んでいくカイムを見て、ブラッキーも飛び出した。ブラッキーも少しずつ進んでいくが、体重の軽いブラッキーは風の影響が強い。突如吹き抜けた強い風が、ブラッキーの体を吹き飛ばす。

 

「ブラッキー!」

 

飛ばされたブラッキーはカイム達の方向へと飛んでいく。だがカイムがいる場所からでは手が届かない。それを悟ったカイムは立ち上がり、ブラッキーに向けて走り出した。

 

そしてブラッキーが目の前にきたと同時に、カイムは飛んでブラッキーの体を受け止めた。

 

「よし!…って、やべえ!」

 

だがジャンプしたことで、踏ん張ることができない。突風に飛ばされ、そのまま風に流されていきそうになる。

その瞬間、ガブリアスが飛び出してきた。ガブリアスは強力な脚力で地面を蹴ると、突風に負けることなく真っ直ぐカイム達に向かっていく。そしてカイム達を捕まえると対岸に着地し、壁を蹴ってシロナ達のもとへと戻ってくる。

 

「あっ…ぶねえ…悪いガブリアス。助かっ⁈」

 

言い終わらないうちに、カイムとブラッキーの頭にバシャーモの拳骨が落とされる。またしても無茶をしたカイムに、バシャーモは怒り心頭だった。

 

「あー…すまん」

「もう…また無茶して」

「いや待て。張り付いていけば向こう岸までは問題なく行けた。ブラッキーが飛ばされる可能性よりも俺が飛ばされる可能性の方が低い。だから問題ない」

「でも、最後ジャンプしたじゃない」

「それは…ブラッキーが危ないと思って…」

 

あの瞬間、カイムはただブラッキーが危ないという事実しか頭になかった。そのため気づいたら体が動いていた。

今思えば完全に自殺行為だ。以前のダークライ事件で色々と反省したにも関わらず、似たことをしてしまったため拳骨を落とされても仕方ないとカイムは反省した。

 

「カイム君、冷静だと思ってたけど結構無茶するのね」

「ポケモン達のことになると、特にね。親バカなの」

「おい」

「違うの?」

「………」

 

答えない…いや、答えられないカイムを見てシロナは笑う。そしてカイムの腕に抱きつくブラッキーの頭を撫でた。

 

「おかえり」

 

ブラッキーは笑顔で頷く。まるで遊び帰りの子供のような態度を見せるブラッキーにシロナは優しく微笑む。

と、そこでブラッキーはカイムの側に立つルカリオに目を向けた。シロナのルカリオでもカイムのルカリオでもないルカリオの存在が珍しいのか、目をぱちぱちと瞬かせる。それに気づいたカイムはルカリオのことをブラッキーに紹介する。

 

「ああ、ブラッキーは初めてか。このルカリオは勇者アーロンの相棒のルカリオだ。ここまで案内してくれたんだ」

 

カイムの説明を聞いてブラッキーはルカリオに再び目を向け、そして笑いかけて鳴いた。ブラッキーのお礼と名乗りを聞いたルカリオは小さく笑うと頷き、ブラッキーの手を取り握手を交わした。

と、そこで別のポケモンがひょっこり顔を出してくる。そのポケモンは以前最果ての孤島で出会ったポケモンと全く同じ姿をしていた。

 

「ミュウ!」

 

あまりにも自然に目の前に現れたミュウに思わずシロナは声を上げてしまう。目の前のミュウは、最果ての孤島で出会った個体とはまた別だが、気配や立ち振る舞いは最果ての孤島の個体とそっくりだった。

ミュウはカイムとブラッキーの前で鳴きながらくるくる回る。ブラッキーに意味は伝わっているが、当然カイムは理解できない。そこで通訳を求めてルカリオに視線を向けると、ルカリオはカイムの意図を汲んでミュウの通訳をする。

 

『ミュウは、ブラッキーと遊びたかっただけらしい。数日したら帰す予定だったと言っている』

「数日だあ?んな待ってられっか。ブラッキーは俺のポケモンだ。遊びたいなら言えよ。一日くらいなら好きにさせてやるから」

「そうよミュウ。カイムは寂しがり屋だからポケモン達と離れると寂しくなっちゃうの」

「おいコラ」

「違うの?」

「…………」

 

答えないカイムを見てシロナだけでなく、キッド、ブラッキーやミュウ、それにルカリオまでクスクスと笑ってしまう。冷静そうなカイムが寂しがり屋ということにギャップがあり、それが非常に可愛らしく思えた。以前からシロナがカイムによく言っている『可愛い』という言葉の真意の一端がそれだった。

 

「ルカリオまで笑ってんじゃねえ」

『…すまない、あまりにも顔に合わなくて』

「てめえ…」

 

一頻り笑うと、ルカリオはすぐに表情を引き締めると、シロナ達に向き直る。

 

『ブラッキーは見つけられた。ここに用はもうない。早く戻ろう』

 

ルカリオの言葉に頷くと、その瞬間シロナは強い気配を感じる。先程までブラッキーがいた場所に、レジスチルとレジロックがいた。そして背後からはレジアイス。

 

「挟まれた!」

「ガブリアス、私とキッドさんを抱えてあそこまで行って!」

「バシャーモ、頼む」

 

ガブリアスとバシャーモはそれぞれ頼まれた相手を抱えると、水晶の橋を器用に跳んで別の道へと逃げる。当然レジポケモン達は追ってこようとするが、そこに向けてルカリオは『はどうだん』を放ち足止めした。

 

「バンクス!脱出経路を再計算して!」

『既に完了しております。送信したルートの通りに進んでください』

「ありがとう。ルカリオ、ここからは私が案内するわ。背後の警戒をお願い!」

『いいだろう』

 

ガブリアスに担がれたキッドがガブリアスにルートを指示し、それに従ってシロナ達は進んでいく。その間も赤い粘液が何度もシロナ達を襲ったが、機転とガブリアス達の身体能力でどうにか切り抜けた。

 

「あんま長くは保たねえな。さっさと出たいが、この高度じゃ気流が速すぎて空も飛べねえ」

 

足止めはもちろん、赤い粘液の進行が想像以上に激しい。いつまでも逃げ続けられるわけではないが、がむしゃらに上に登ってきたことが裏目に出てなかなか世界の始まりの樹から出られない。

 

『お嬢様、脱出経路はもう少し上です』

「上?下じゃないの?」

『もう少し行きますと、一気に下に降りられる通路に出られます。そこは直接外と繋がっておりますので、地道に降りるよりは早く降りられます』

「なるほど、了解!じゃあこっちよ!」

 

キッドが指し示した道を進むと、少し開けた場所に出た。そこは天井から生えた水晶が窓枠のような形をしており、水晶の窓枠からは太陽の光が降り注いでいる。

 

「あの水晶の枠を登れば外に出られるわ!」

「了解。ガブリアス、お願い!」

 

ガブリアスはシロナの指示に従い、天井の水晶に向けて跳ぼうとする。

しかしその瞬間、ルカリオの波導圏内に複数の強い気配が入る。

 

『っ!待て!』

 

ルカリオがガブリアスを止めようとした瞬間、レジアイスの『れいとうビーム』がガブリアスの背中を貫いた。四倍弱点の攻撃を受け、ガブリアスは思わず倒れ伏す。その衝撃でシロナとキッドはガブリアスから落ちるが、なんとか受け身を取ることで怪我をすることはなかった。

 

「ガブリアス!」

 

ガブリアスはギリギリで持ち堪えたが、ダメージは大きい。シロナ達を担いでいくことはもうできないだろう。

倒れたシロナ達のフォローに向かおうとバシャーモが駆け出すが、その瞬間カイムは視界の隅に巨大な影が映り込むのを見逃さなかった。

 

「バシャーモ!」

 

だが来ることを予期していても、速度までは予期できなかった。レジアイス同様に高速で迫ってきたレジロックがバシャーモの身体を弾き飛ばす。咄嗟にブラッキーが『まもる』を使ったが、衝撃は消し切れない。カイム達は地面に叩きつけられた。

 

『カイム!』

 

ルカリオが『はどうだん』によってレジロックをカイム達から引き離そうとしたが、その瞬間どこからともなく現れたレジスチルがルカリオの身体を掴む。そして万力の如き握力でルカリオの肉体を締め上げた。

 

『ぐっ、ああぁ!』

 

ルカリオが囚われた瞬間、シロナ達を追いかけてきていた赤い粘液が襲い掛かる。

 

「ざけんなよ」

 

カイムは苦笑しながらそう呟く。体勢は不十分、バシャーモとブラッキーもまだ立ち直っていない。シロナとキッドにも粘液が迫ってきているのを見て、思わず立ち上がりシロナの元へと駆け出そうとするが、カイムがたどり着くよりも早く粘液はシロナの身体を捉えた。

 

「シロ…!」

 

だが同時にシロナの身体をガブリアスは庇った。粘液はガブリアスごとシロナを包み込んでいくが、抵抗する力の残っていないガブリアスはただシロナを抱きしめるだけだった。

 

「ガブリアス…ごめんなさい」

 

シロナの言葉にガブリアスは目を閉じる。それはまるで主人と共に運命を共にすることを受け入れたかのような表情だった。

それを見たシロナは小さく笑うと、駆け寄ってくるカイムの目を見て悲しげに微笑み、手を伸ばした。

 

「ごめんね」

「シロナ!」

 

カイムはシロナに向けて手を伸ばすが、その手がシロナの手を取ることはなかった。粘液にガブリアスと共に飲み込まれ、シロナの姿は地面に吸い込まれていった。

 

「シロ、ナ…」

「そ、そんな…」

 

シロナが飲み込まれた事実を受け入れられず、カイムは膝をつく。キッドも悔しそうに歯噛みするが、その一瞬で背後から高速で迫ってきた粘液に直撃してしまった。

 

「しまっ…!」

「キッド!」

(これは、脱出は無理…!)

 

足に力が入らなくなった時点で脱出が不可能だと察したキッドは、腰につけた二つのボールからマニューラを出した。二体の相棒が事態を把握できずにいる中、キッドは小さく笑って二体に告げる。

 

「あなた達は、逃げなさい」

 

そう言い残してキッドは吸い込まれていった。二体のマニューラはようやく事態を把握し、キッドの姿が消えた地面に爪を突き立ててキッドのことを呼ぶ。例えそれがもう届かない声だとしても、叫ばずにはいられなかった。

そして狙われるのは、カイムとて例外ではない。絶望で足が止まったカイムのもとに大量の粘液が襲いかかり、瞬く間に全身を覆った。

 

「くそが…!」

 

粘液から抜け出そうともがくが、抜け出せるはずもない。側にいたブラッキーとバシャーモがカイムの腕を掴んでなんとか抜け出させようとするが、吸い込まれる力が強すぎてどんどん地面にカイムの姿が消えていく。

 

「ブラッキー、すまん…この樹にとって、俺らは邪魔者らしい…!」

 

まるで別れを嫌がるかのように、ブラッキーはカイムの腕を引く。しかし既にカイムの下半身は完全に飲み込まれ、残る上半身もあと数秒で飲まれてしまうだろう。カイムはもがくうちに取れたボールホルダーをバシャーモの胸に押し付けた。

 

「…悪い」

 

表情の動かないカイムが泣きそうな顔をしながらそう言い残し、そして消えた。

 

残されたブラッキーとバシャーモは呆然とその場に立ち尽くす。そしてカイムが吸い込まれた地面を見つめながら、小さく鳴く。

 

《カイム…?ねえ、いやだよ…ボクを…ボク達を置いていかないでよ…ねえ、カイム…!》

 

ブラッキーは、カイムとシロナが吸い込まれた地面を見つめながら涙を流す。その傍らでは普段悲しみの感情を表に出さないバシャーモが、膝をつき悔しがるように地面に拳を叩きつけていた。

余所者が消えたことで、レジスチルの腕が緩むのを感じたルカリオは、レジスチルの顔を蹴り拘束から抜け出す。しかし、抜け出したところで既に意味はない。守るべき者は既に取り込まれている。涙を流すブラッキーとバシャーモ、マニューラ達の姿を見てただ心を痛めることしかできない。

 

そこで涙を流すブラッキー達のもとにミュウがやってくる。くるくると回るミュウは何故ブラッキー達が泣いているのか理解できていない様子だった。ミュウはカイムが遺したボールホルダーを手に取ると、ブラッキーに向けて差し出す。

 

《これ、君のでしょ?》

 

だがそれを見て、ブラッキーは首を振る。

 

《ボクのじゃないよ…ボクは…ボクらは、カイムのポケモンなの…カイム以外のポケモンじゃ、ないんだよ…カイムがいないと…ボクらはダメなんだ…カイムじゃ、ないと…》

《……馬鹿野郎が。オレ達を残していくんじゃねえよ!》

 

ブラッキーとバシャーモの涙は止まらない。自分達にとって唯一無二の存在であるカイムと、ポケモン達にとっても心から尊敬し、信頼を寄せるシロナ。二つの大きな存在を同時に無くし、心が折れてしまった。

 

蹲るブラッキーとバシャーモを見たミュウは、何かを決心したようにふわりと浮き上がると近くの水晶に身体を寄せる。そして眩い光を放ちながら意識を世界の始まりの樹全体に広げていった。

 

《な、なに…これ》

 

青く輝く水晶達がミュウの力と意志を受けて緑色に輝く。その変化は樹全体に広がっていき、ミュウの意志を受けた樹に変化を齎した。

 

突如、床から緑色の粘液が溢れる。その粘液は膨れ上がると破裂し、中から人を吐き出した。

その姿は、先程飲み込まれたはずのカイムの姿だった。解放されたカイムは目を開くと、目の前にいるブラッキーとバシャーモの姿を見て目を瞬かせた。

 

「…あれ?俺、飲み込まれたんじゃなっ⁈」

 

言い終わらないうちにカイムはブラッキーとバシャーモに抱きつかれ、そしてボールから勝手に出てきたポケモン達にしばかれる。

 

「ちょっ⁈ま、待て!今回は不可抗力だろ⁈許してくれてもっ⁈」

 

確かにカイムの言う通り不可抗力ではあるが、ポケモンからしたら関係ないとでも言うようにしばいてくる。これは言っても無駄だと悟ったカイムは大人しく一通りしばかれるのだった。

 

しばらくしばかれた後、カイムがポケモン達から解放されると同時にキッドが、そしてその次にシロナとガブリアスが解放されるのを目にした。

 

「シロナ!キッド!」

 

二人のもとへと駆け寄り、無事を確かめる。二人とも息をしており、すぐに目を覚ました。

キッドのもとには二体のマニューラが駆け寄り、キッドの無事を喜んでいる。

 

そしてガブリアスとともに起き上がったシロナのことをカイムは抱きしめた。

 

「わっ!…ふふ、びっくりした」

「無事…だよな」

「ええ。ミュウのおかげでね」

 

そう言ってシロナはふわふわと飛んでくるミュウに目を向けた。

 

「取り込まれて、微睡の中でミュウの意志を感じたの。キッドさんが言ってたように、ミュウと世界の始まりの樹は深い関係にあったみたいね」

「そうなんだな」

「ええ。多分、共生関係に近いものよ」

 

マニューラをボールに戻したキッドがそう言った。確かにそれならばミュウの力と意志でシロナ達が解放されたのも頷ける。

足元で抱っこをねだるブラッキーをカイムは抱き上げると、こちらに寄ってきたミュウに視線を向けた。ミュウはシロナの目の前までくる。

 

だがそれと同時に、ミュウの様子がおかしいことに気づく。

 

「ミュウ?」

 

シロナがミュウに問いかけたと同時に、ミュウが地面に落下していく。

 

「!」

 

咄嗟にシロナはミュウの身体を受け止めた。シロナの腕の中でミュウは顔を赤くし、苦しそうな呼吸を繰り返していた。そしてなにより、ミュウの身体が非常に高い熱を持っている。

異常を察知したシロナはミュウのおでこに手を当てる。ミュウの平熱がどの程度かは最果ての孤島でなんとなく理解しているが、シロナの記憶よりも遥かに高い熱をミュウは発していた。

 

「酷い熱…どうして?」

「バンクス、今どういうことかわかる?」

『恐らく免疫機能の過剰反応だと思われます。瞬間的に過剰な免疫機能を行使したことにより、世界の始まりの樹全体を流れるエネルギーに異常が起きてしまっています。このエネルギー循環が異常な状態が続きますと、世界の始まりの樹全体が崩壊してしまいます!』

「そんな…!」

 

この世界の始まりの樹は自然の歴史が詰まった存在。そうでなかったとしても、ここにはたくさんのポケモン達が暮らしている。このまま世界の始まりの樹が崩壊してしまうと、ポケモン達も被害を受けてしまう。

 

「どうにか止めないと…」

「どうやって止めんだ。エネルギーの流れなんて、俺らにどうこうできるもんじゃねえぞ」

 

カイムの言うように、エネルギーの流れを正常にする方法などシロナ達は持ち合わせていない。何か術があるにしても、それをシロナ達は知らない。

歯噛みするシロナの腕の中からミュウがふらふらと浮き上がる。そしてシロナの手を引いてある方向を指し示した。

 

「ついて来いってこと?」

 

シロナの言葉にミュウは頷いた。そのまま飛んでいくミュウの後ろ姿を見て、シロナ達はそれに続いた。

 

ミュウの先導に従って進むと開けた場所に出る。その場所は非常に強い気配を発しており、赤い光を放っていた。

 

「ここは…もしかして世界の始まりの樹の心臓部?」

「恐らくそうね。バンクスからもらったエネルギー循環経路はここを中心にはじまっている。でもミュウはここで何を…?」

 

ここまで連れてきたということは何かしら意図がある。だがその真意をミュウに問いかける前に、ミュウは力尽きたように地面に落ちた。

 

「ミュウ!」

(何かある…でも何が?)

 

カイムがミュウを受け止めたのを見届けると、シロナは周囲に視線を巡らせる。水晶でできた部屋は赤く輝いており、乱立している水晶の柱は黒くなり崩れ始めていた。

そんな中、一切変化を示していない場所があった。柱の影に他の水晶とは異なる形状の水晶がある。ルカリオもそれに気づいたのか、その場所の波導を感じ取る。するとそこには見慣れた形が浮かび上がった。

 

『っ⁈』

 

ルカリオは水晶に駆け寄る。ルカリオが発した波導に呼応して、水晶内部に人の形が浮かび上がった。その形はオルドラン城で見たアーロンの肖像画と同じ形をしていた。

 

『アーロン様⁈』

「アーロン⁈」

「やはり、アーロンはルカリオを封印したあとここに来たのね。でも、なんでこんなことに…」

 

シロナの推測通り、アーロンはルカリオ封印後世界の始まりの樹(ここ)にきていた。恐らくその後自分の命と引き換えに戦争を止めた、というところまでは予想していたが、その方法までは予想できなかった。

 

「…どうして、こんなことに…?」

『……アーロン様』

 

ルカリオが悔しげに俯き、アーロンの水晶の前で膝をつく。その流れで水晶の足元にあった時間の花がルカリオの波導に呼応して花開いた。

 

『っ⁈』

 

意図せず開いた時間の花にルカリオは驚愕する。

そして映し出された映像に目を見開く。

 

『ミュウ!出てきてくれ!』

 

映像に映されたのは、アーロン。

アーロンは必死にミュウのことを呼んでおり、呼びかけに応じたかのように一つの影が舞い降りた。影は伝説のポケモン、ホウオウだった。

しかしホウオウは光と共に姿を変え、ミュウの姿になると、アーロンのもとへと降りてきた。

 

『ミュウ、お前が世界の始まりの樹と共生関係にあることはわかっている!この争いを止めるために、お前の力を貸してくれ!』

 

アーロンの言葉にミュウは頷く。それを見たアーロンは自身の腕をミュウに向けて掲げた。光がアーロンから発せられ、凄まじい量の波導がミュウに向けて流れていく。

 

『ぐっ、う、おおおお!』

 

そして眩い光が世界を包み、時の奇跡は終わる。

 

映像が途切れると、ルカリオは悔しげに地面を叩く。ルカリオにとってはあまりにも衝撃的な映像であり、そして同時に己の愚かさを呪った。

 

『アーロン様…!』

「…お前の師匠は、その身を呈して戦争を止めたんだな」

『私は…私は愚かでした…!』

 

事情を知らなかった、とはいえ、心から敬愛している師であるアーロンを疑い、その流れで人への信頼を一時的に失った。そしてシロナやカイム、キッドに対して疑いを、嫌悪を向けてしまった。それら全ての行いを心から悔いたからこその言葉だった。

 

「仕方ない、と言う気はない。でもお前の行いは間違ってないし、無駄じゃない」

『…カイム』

「それに、今は後悔している暇はない。アーロンの弟子なんだろ?さあ、立てよ」

 

カイムの言葉にルカリオは頷くと、立ち上がる。そしてミュウに向き直ると、自身の役割を確認する。

 

『ミュウ…アーロン様は自分の波導をお前に託すことで、世界の始まりの樹を通して争いを止めた。今度はお前に波導を託すことで、エネルギーの流れを正常にするのだな?』

 

ルカリオの問いにミュウは頷く。

ミュウと世界の始まりの樹は共生関係にある以上、樹が弱ってしまうとミュウも弱る。故に樹を正常に戻すためには外部からの干渉が必要となってくる。

そこでルカリオの波導をミュウに託すことで、エネルギー循環を正常に戻すための源にしようとミュウは考えた。実際アーロンに託された波導と同等の量をミュウが受け取ればエネルギーの流れを元に戻すことは可能だろう。それを理解したルカリオは頷くと、ミュウに腕を掲げた。

 

『わかった。私の波導を、お前に託す!』

 

ルカリオは全身の波導を練り上げる。そしてミュウに向けて放った。

 

『波導は我にあり!』

 

ルカリオの全力の波導がミュウを包み込んでいくが、波導が足りずに弾かれた。

 

『なっ⁈私の波導では、足りない…?』

 

ルカリオの波導は常人と比較して多い。しかしそれでも必要な波導の量には届かない。だがこの中で波導をまもとに扱えるのはルカリオしかいない。故にルカリオがやるしかないのだが、ルカリオで足りないのであれば手詰まりになってしまう。

と、そこでカイムはアーロンの水晶に手袋が引っかかっているのを見つける。それはアーロンが着けていた手袋であり、波導を放出しやすくなるものであった。

 

「これは…アーロンの手袋か?」

「みたいね。もしかして、これを使えば私たちでも波導を使える?」

『…使えはする。だがその手袋を未熟な者が使えば、必要以上に波導が吸収され、最悪死ぬぞ』

 

波導は意志と生命のエネルギーでもある。故に使いすぎれば消耗してしまうし、最悪死に至ることもある。このアーロンの手袋は、波導を増幅して放出させることができる代物ではあるが、波導をうまく扱えない者が使用すると必要以上に波導が放出されてしまう。

だが例え死の危険性があったとしても、ここで身体を張らなければポケモン達が大きな被害を受ける。そんな事態を見過ごせるカイムではなかった。

 

「俺の波導は、確か波導使いと同じだったな」

『…お前の波導を足しても、足らない』

「じゃあもっと人手が必要だな」

 

そう言ってカイムは手袋の右手側をシロナに差し出す。

 

「…シロナ、一緒に戦ってくれるか?」

 

シロナは手袋を受け取ると頷き、手に装着した。

 

「もちろん。今度は、みんな(・・・)でね」

「…ああ」

 

シロナの言葉の真意を理解したカイムは、一つのボールを手に取る。同時にシロナもボールを手に取り、二人は同時にボールを投げた。ボールからはルカリオ達が現れ、それぞれの主人の隣に立った。

 

「ルカリオ、俺たちの波導も使えばいけるだろ」

『…ああ、恐らく』

「待って二人とも!今ここで波導を使うってことは、アーロンと同じ命運を辿ることになるわ!」

 

確かにここで波導を使えば、シロナ達はアーロンと同じ運命を辿ることになりかねない。ただでさえ卓越した波導使いであったアーロンですら、命すらも波導に変換しなければならないほどの波導量。いくら波導そのものは波導使いと遜色ないとしても、波導の扱いは素人。波導ポケモンであるルカリオがいても恐らくアーロンの波導には届かない。

だがそんなことはシロナ達も理解している。それがやらない理由には、決してならない。

 

「わかってる。でも今ここで私たちがやらなければ、ポケモン達がみんな死んでしまう!そんなこと見過ごせるわけないわ!」

「どのみちやらなくても出られなくて死ぬ。なら、可能性がある方にかけるさ」

 

シロナは右手、カイムは左手に手袋を装着し、ミュウに向けて手をかざす。シロナ達の隣にいるルカリオも全身の波導を練り上げ、ミュウに向けて放つ。シロナ達もこの数日で波導を感知するだけはできるようになっていたため、自分達の波導をミュウに向けて流していく。

 

「ぐっ!」

(思ってたより、きついなこりゃ)

 

波導を流すという慣れない行動に全身が痺れる。加えて手袋の影響で実力以上に波導が放出され、痺れが増加するだけでなく何かが切れるような音がした。同時に血の味が二人の口の中に広がっていく。

 

だがそれでも、不思議とシロナとカイムに恐怖はなかった。隣に最愛の人が共に立ってくれている。それだけで心が満たされ、波導が増えていく。

 

「ぐっ、う…よおシロナ。へばってんじゃねえか?」

「あら、珍しく的外れね。貴方こそ息切れしてきてるみたいよ?つっ…う…」

「はっ!波導の放出しすぎで目ぇ開けてられなくなったか?まだ余裕、だっての」

 

互いに煽るように言っているが、慣れない波導の放出にギリギリなのは事実。二人だけでなく、波導の扱いに長けてきるルカリオ達ですらギリギリであるため、シロナ達がギリギリなのは言うまでもない。

 

全員の波導が共鳴して大きくなっていく。だがその波導の強さにシロナとカイムの意識が飛びかける。

その瞬間、二人は同時に互いの手を取った。互いに目が合い、頷く。そして二人の波導が膨れ上がり、大きな波導がミュウに向けて注ぎ込まれた。

 

『波導が、共鳴した!』

 

互いの心が完全に重なることで波導の増幅が起こる現象、共鳴。ルカリオもアーロンから話だけは聞いていたが、実際に目にするのは初めてだった。

増幅された波導はミュウに全て注ぎ込まれていくが、それでもまだ足りない。五人全員の波導を注ぎ込んでなお足りない。その事実にシロナとカイムは歯噛みした。

 

「これでも、足りないか…!」

「まだ足りないの…?どうすれば…」

 

共鳴を持ってしても足りないのであれば、今のカイムとシロナではそれ以上の波導は出せない。ならもう二人に打つ手は、ない。

 

(アーロン様は、命と引き換えに戦争を止めた…命……そうか、やはりこうするしかないのですね、アーロン様)

 

それを感じ取ったルカリオは一瞬目を閉じる。即座に決意を固めたルカリオは、全身から強烈な波導を放ってシロナとカイム、そして二体のルカリオを吹き飛ばした。

 

「なっ⁈」

 

弾かれたカイムは咄嗟にシロナを抱き寄せてシロナを庇った。おかげでシロナにかかった衝撃はかなり少なくなったが、波導の放出の反動で少し復帰が遅れる。

起き上がったルカリオに二人は声を上げた。

 

「ルカリオ、お前…」

「貴方、もしかして…!」

 

二人の言葉にルカリオは不敵な笑みを浮かべながら答える。

 

弟子達(・・・)ばかりに任せては、アーロン様の弟子として名折れだ。あとは私に任せておけ…!』

 

二人はルカリオの言葉に目を見開く。その言葉は、己の命を燃やし尽くす覚悟を決めたということでもあった。

そんな二人と二体のルカリオを尻目に、ルカリオは己の命をも波導へと変換していく。

 

『波導は、我にあり!』

 

全ての命を燃やし、強烈な波導に変換していく。先ほどよりもはるかに多い波導がミュウに向けて放たれた。

シロナ、カイム、二人のルカリオ、そしてルカリオの命全てを使った波導を受けたミュウが眩い光を放った。受けた波導を纏い、世界の始まりの樹の心臓部にミュウは飛び込んだ。そして波導の力を使い、世界の始まりの樹全体のエネルギーを正常なものに戻していく。それに伴って水晶の色も正常に戻っていき、樹の崩壊も止まっていった。

 

「崩壊が治った…」

 

シロナの呟きと共に、ミュウが再び姿を現す。戻ってきたミュウは先程と比べて元気になっており、シロナやカイム、ルカリオ達の周囲を楽しそうにくるくる回った。

 

「よかった…元気になったのね」

 

くるくる回るミュウをシロナは優しく撫でる。撫でられたミュウは嬉しそうに笑った。

 

『樹のエネルギー循環が正常に戻りつつあります。もう崩壊の心配はありません』

「ありがとうバンクス。それと今回の情報は公開しないでおくわ」

『公にしないのですか?』

「大事にとっておくの」

 

大事にしたい、というのもあるが、それ以外の理由もある。だがそれをわざわざ口にする必要のある人物はここにはいない。キッドはバイザーを外すと腰のポーチにしまった。これ以上ここで情報を集める必要もない。

あとは帰るだけと思ったところで、カイムはルカリオの身体が僅かに透けていることに気づく。

 

「ルカリオ…」

『…何て顔をしているんだお前は』

 

力なく笑うルカリオにシロナとカイムは歩み寄る。その瞬間、ルカリオは全身に電撃が走るような痛みに顔を顰め、力なくアーロンの水晶の側に倒れ込んだ。

 

「ルカリオ!」

 

シロナがルカリオに駆け寄り容態を見ようと屈んだ瞬間、シロナの波導に呼応して足元にあった時間の花が開いた。

 

『!』

 

映し出された映像は、波導を出し尽くし力なく柱に寄りかかるアーロンの姿だった。

 

『…これで、争いは止まる』

 

小さく呟いたアーロンは自らの手袋を外し、床に置く。そして全身を走る痛みに悶えながら僅かに見える空を見上げた。

 

『ルカリオ…すまなかった。理由を言うことなくお前を封印してしまった…きっと目覚めたお前を混乱させてしまうだろう。だがそうしなければお前は、どこまでも私に着いてきて、運命を共にするだろう。お前はそういう奴だ』

 

アーロンの命は波導を出し尽くした影響で風前の灯。発する言葉に覇気や力はないが、どことなく楽しそうに言葉を紡いでいく。

 

『こんな無益な争いのために命を燃やし尽くすのは、私だけで十分だ。ルカリオなら、目覚めた後もオルドラン城を守ってくれる。そして、波導の導きに従って生きてくれるだろう。それだけの強さを、お前は持っている。何も、心配することはない』

 

アーロンは苦しげに呻くと、目を閉じて最後の言葉を紡いだ。

 

『ああでも…お前が生きていく世界を共に歩めないことは、心残りだ。ルカリオは真面目だ。きっといい波導使いを育てられるだろう…お前と共に生きていきたかった』

 

アーロンの瞳から涙が溢れる。それを見たルカリオは目を大きく見開き、アーロン同様涙を零した。

 

『リーン様、ルカリオ…皆と共にあの城で生きた時間は、私にとって宝物だ。ありがとうルカリオ。ああ、でも…やはり最後にもう一度、お前に会いたい…我が生涯の、友よ』

 

その言葉を最後にアーロンの全身を水晶が包み込み、映像は途切れた。

ルカリオはアーロンの水晶に手を添えて項垂れる。その目からは涙がとまだなく溢れていた。

 

『アーロン様…!私は、私は愚かでした…!貴方を疑ってしまった…!』

「それは違うわルカリオ。確かに貴方はアーロンを疑ってしまった。でも、アーロンと同じようにこの樹を守った。貴方は立派な波導の勇者よ」

『シロナ…』

 

その瞬間、ルカリオの全身を更なる痛みが走る。なんとか助けられないかとカイムは治療道具を取り出そうとするが、シロナはカイムのことを無言で手で止め、首を振る。既に波導を出し尽くした影響で肉体の崩壊は始まっており、波導の使い方をほとんど知らないシロナ達では手の施しようがない。

それをシロナの表情を見て察したカイムは道具をしまうと、ルカリオに歩み寄り視線を合わせるように屈んだ。

 

「…師匠と同じこと、できたじゃねえか」

 

ルカリオはアーロン同様、自身の命をかけて樹を守った。誰にでもできることではなかったため、アーロンと同じ勇者として讃えられるようなことをしたと、カイムは言う。

しかしルカリオは小さく笑うと、首を振った。

 

『弟子達の手を散々借りて、ようやくだ。アーロン様には届かない』

「じゃ、お前の弟子達は優秀だったってことだな?」

『ふっ…調子に、乗るな未熟者』

 

再びの激痛。既に体は半分近く崩壊してきている。あと数分も保たないだろう。そんな中、ルカリオはシロナとカイムの手を取った。

 

『お前達のおかげでこの樹を救えた…ありがとう』

「こっちのセリフよ。ありがとう、ルカリオ」

「お前がいなかったらできてなかった。ありがとうな」

 

ルカリオは頷くと、シロナ達の背後にいる同族であるルカリオ達に目を向けた。

 

『波導を極めろ。それが二人を守ることに繋がる…波導は、我にあり』

 

ルカリオの言葉にシロナとカイムのルカリオは頷き、左手を胸に当てた。この数日で基礎と鍛え方は教わった。あとは己の波導と向き合い、どう使うかを考えることだと理解している。そしてそれがシロナとカイムのためになることも。

二体が頷くのを見ると更なる激痛が走るが、もう感覚がほとんどないルカリオは大した痛みを感じなかった。もう時間がないことを悟ったカイムはルカリオに問う。

 

「…逝くのか」

 

カイムの問いにルカリオは微笑むと、目を閉じた。

 

『いいや。私は、アーロン様のもとへ帰るだけだ』

「…そう。じゃあアーロンによろしくね」

「お前の弟子は優秀だったって伝えておけよ」

『ああ、必ず伝えよう』

 

そう言ってルカリオの身体は消えていく。残されたのはルカリオの『心』。ルカリオの心は傍にあったアーロンの水晶と共鳴し、アーロンの水晶からアーロンの『心』が浮かび上がった。

 

「これは…ルカリオと、アーロンの心?」

 

二つの心はふわりと浮き上がり、空へと吸い込まれていく。それを見送ったシロナは小さく呟いた。

 

「…会えたのね」

「ああ、きっとな」

 

二つの心が空に消えていくのを見届けたカイムは立ち上がり、シロナに手を差し出した。シロナもその手を取って立ち上がる。そこへブラッキーが歩いてきて、カイムのことを見上げた。ブラッキーを抱き上げたカイムはシロナとキッドに言う。

 

「帰ろう。もうここに用はない」

「そうね。アイリーン様も心配してそうだし、帰りましょ」

「今なら気流も比較的治ってるし、外からの道で帰れると思うわ」

 

キッドの言葉に従って三人は外に出る。少し冷たい風が肌を撫で、優しい日差しが外を明るく照らしていた。

遠くにオルドラン城がある。外見は少し崩れてしまったが、世界の始まりの樹は依然として荘厳な見た目を保っていた。どれほど時間がかかるかはわからないが、少し荒れてしまった部分は少しずつ回復していくだろう。

 

「いい風景ね」

「ああ。二人の勇者が守った景色だ」

「二人が身を挺して守ろうとした訳がよくわかるわね。自然の歴史と人の営み…二つが両立した景色。私たちが学ぶものだわ」

 

そっとシロナはカイムの手を取る。ルカリオの指導と先程の波導放出で少し波導に対する感覚が鋭くなっているため、シロナの波導が手から伝わってくるのを感じた。

 

「波導を感じる。シロナだけじゃなくて、キッドのも」

「さっきの影響ね」

「あたしの波導は一般人レベルだと思うけどね」

「俺も一般人レベルだよ。鍛えられただけさ」

 

カイムも本来は一般人レベルだが、シロナに鍛えられる過程で波導が強くなったに過ぎない。本来はキッドと同レベルの波導の所有者だ。

 

「…波導は我にあり、か」

「師匠の教えよ。大切にしていきましょ」

「そうだな」

 

ルカリオの使っていた言葉。それを胸にこれからもシロナと共に研鑽を積むことをカイムは誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三日後

 

深夜

オルドラン城大広間にカイムはいた。カイムの視線の先には、アーロンの肖像画。世界の始まりの樹に向かう前にはなかった肖像画の変化を眺めながらカイムは腕の中にいるブラッキーの顎下を優しく撫でていた。

 

「眠らないの?」

 

そんなカイムの背中に声がかけられる。声の主は確かめるまでもなくシロナ。シロナはヒールの音を響かせながらカイムの隣に歩んでいく。

 

「ああ、まあ少しだけな」

「明日は帰るわけだし、最後に見ておきたかった?」

「よくわかるな」

「貴方のことだもの」

 

そう言ってシロナも肖像画を見上げる。アーロンの肖像画は出発前と変わっており、アーロンの隣にはアーロンの友人であるルカリオの姿が描かれていた。出発前にルカリオの姿はなかったはずだし、アイリーン達もルカリオが世界の始まりの樹を守ったその日に急にルカリオの姿が現れたということしか知らなかった。

何故ルカリオの姿が肖像画に現れたのかはわからない。しかし理由はわからなくとも、アーロンとルカリオはまた出会うことができた。それがわかるだけで十分だと二人は思えた。

 

「また会えたのね」

「あいつは、友人の場所に帰った。それだけだ」

「そうね」

 

シロナはカイムに寄り添い、カイムの腕に自分の腕を絡めた。

 

「あの時、一緒にやろうって言ってくれた時、嬉しかったわ」

「あの時?」

「ミュウに波導を送る時よ」

「ああ、あれか」

 

カイムは苦笑しながらブラッキーの頬をむにむにする。むにむにされたブラッキーはくすぐったそうにしながらも嫌がる素振りは見せない。

 

「約束しただろ」

「ええ、そうね」

「1番の理由はそれだ。約束したし、それに…一人残される気持ちを俺も一瞬感じたから」

 

シロナが粘液に取り込まれる瞬間、残された者の辛さ、絶望を一瞬とはいえカイムも感じた。そして自分が解放されてからのポケモン達の表情を見て、一人で背負うことがどんな思いを相手に抱かせるかを敏感に感じ取ったからだ。無論以前のダークライ事件でも同じことを感じた。だから今回、一人でなくシロナとルカリオ達と共に事態を切り抜けることを選んだ。

 

「約束もあるし、お前達にもう同じ思いをさせたくなかった。それに俺の波導だけじゃ命使っても多分、必要な波導には届かないと思ったんだ」

「アーロンやルカリオは卓越した波導使い。だから命を燃やすことで更なる波導を生み出せたけど、波導使いじゃない私たちじゃ必要なだけの波導を一人じゃ生み出せなかったものね」

「手助けは確かにした。でも、結局ルカリオが全部解決してくれた。すげえよ、あいつ」

 

カイムの言葉には少しだけ寂しさが混ざっていた。一度衝突したが、その後は比較的良好な関係を築くことができていた。それだけに、もう少し時間があればもっと互いを知ることができたのではないか。そんな思いがカイムにはあった。

 

「友達になりきれなくて残念?」

「…そうだな」

「私も。もっと彼の話を聞きたかったわ」

 

尤も、ここにルカリオがいたとしても明日には二人ともシンオウ地方へと帰る。そう長くは共にいられないが、それでももっとルカリオ自身のことや波導のことなど、たくさんのものを知りたかった。

 

そこでブラッキーが小さくあくびをした。もうかなり遅い時間だ。明日の移動を考えると、そろそろ眠らないと明日の移動に支障が出かねない。

 

「そろそろ寝よう」

「そうね。もうこんな時間だし」

 

そう言ってシロナは再び肖像画を見上げる。そして胸に手を当てると、ぽつりと呟いた。

 

「…波導は我にあり」

「波導は我にあり」

 

シロナに続いてカイムも肖像画に向けてそう呟く。返事があるはずもないが、なんとなく言葉と思いは届いたような気がした。

 

月夜に照らされた肖像画の親友達は、シロナとカイムを見守るように静かに佇んでいるのだった。

 

 

 




遅くなってしまいました。
前半部分に私の欲望を詰め込んだ話となっております。

ちなみにリーグ公認トレーナーはジムリーダー、四天王、チャンピオンなど地位に名称があるトレーナーのことを表している設定です。フロンティアブレーンやバトルシャトレーヌは別組織なので公認トレーナーではありませんが、公認トレーナー同様の扱いを受けています。
無論ヒカリのように公認トレーナーでなくとも強いトレーナーはいます。あくまで指標の一つ程度だと考えてください。

波導の設定はいろんな作品の能力を参考にしてちょっとだけ考えましたが、この短期間じゃまともな伝授なんてできないだろうなとあんまり書きませんでした。



シロナ
マジコス(アナザー2)で参戦。波導使いコスのカイムとマーメイドドレスのシロナさんを踊らせたかっただけ。入浴シーンを見られても敢えて何も言わなかったが、そもそも家だとめっちゃラフだから今更。ポケカの『シロナの覇気』というカードを見て、やはり覇王色の使い手なのかと勝手に予想してた。

カイム
ペリース着せたかっただけ。これがお前のマジコスだ。シロナさんとお揃だぞ。ほら喜べ。念なら強化系、覇気なら見聞色が得意そう。最近CV下野紘さんでも合いそうとか考えてる。

キッド
最初悪役だと思ってたけど違った。

バンクス
名前マックスだと思ってた。コクランとキャラ被る。

ルカリオ
まさかの一般ポケモン。準伝ですらない事実に当時は混乱した。念能力なら多分放出系、覇気なら見聞色が得意。

アーロン
サトシと同じ波導の持ち主。この人の波導と同レベルの波導を用意するためにシロナ、カイム、ルカリオ二体とルカリオの命が必要という化け物レベルの波導の所有者。多分覇王色の覇気の使い手。


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