ただただシロナさんとまったり過ごすだけの話   作:職業病

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2話目


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ありがとうございます。


前回、割と砂糖いれたと思うんですけど足りなかったらしいですね。
今回と次回、砂糖入れる予定なかったけどいれていきます。

あと今回、公式によって明かされていない部分を独自解釈によって補足している部分があります。それにより世界観が少しポケモンらしくない描写がありますが、ご了承ください。


33話です。


33話 満月島

目を開くと、いつもと同じシロナの寝顔があった。穏やかな寝息を繰り返しながら、カイムに寄り添っている。

 

「………」

 

だが、明らかに異様な雰囲気を外から感じる。昨日から感じていた雰囲気をさらに煮詰めて濃くしたような、そんな気配。

 

「随分と悪化してるな」

 

カイムは一人そう呟く。その声に反応したのかブラッキーの耳がピクリと動き、カイムの腕を前足で強く抱きしめた。そんなブラッキーの様子を見て苦笑しながらカイムはシロナに目を向ける。シロナは相変わらず穏やかな寝息を繰り返しており、特別起きる様子はない。カイムのように何かしらの夢を見ているようにも見えない。

 

「………」

 

シロナの顔にかかった長い金髪を優しく払う。くすぐったかったのか、シロナはわずかに身じろぎをしたが、すぐにまた動かなくなる。

そんなシロナを愛おしく思い、カイムはシロナの頬を優しく撫でる。そして同じ部屋で眠っていたガブリアスに視線を向けた。ガブリアスもぐっすり眠っており、起きる様子はない。

 

いつも通りの時間。

いつも通りの風景。

 

この光景が、何よりも大切に思えてならなかった。

 

静かにベッドから抜け出して着替えると、カイムは寝室を後にする。

その後ろ姿をいつの間にか目を覚ましていたガブリアスとブラッキーは複雑な視線で見つめていた。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

「おはよう〜」

 

カイムが朝食を準備していると、シロナが伸びをしながらキッチンに入ってくる。

 

「ああ、おはよう」

「今日もいい匂いね」

 

調理を進めるカイムの背中にシロナは抱きつく。カイムは呆れたようにため息を吐きながらも振り払うようなことはせず、されるがままになっていた。

 

「どーも」

「今日は珍しく洋食なのね」

 

カイムが今作っているメニューはサラダ、オムレツ、チーズトースト、ベーコン、トマトスープだった。普段カイムは和食が多いため洋食を出すのは少しだけ珍しいように見えた。無論和食ばかりではなく、洋食、中華等も出すが、割合としては和食が最も多い。中でも朝食は和食の割合が多かった。そのためシロナはカイム=和食というイメージが強く残っていた。

 

「…ああ、まあな」

「本当に何でも作れるわよね。逆にカイムが作れないものってあるの?」

 

料理が不得手なシロナからすれば、カイムは何でも作れるように見えた。今まで『これはできない』という料理を聞いたことがなかったため、興味本位でできない料理があるのか気になった。

 

「んー…レシピと材料さえありゃできねえもんはないだろ。よほど特殊な調理法するやつとかはきついかもな」

「特殊な調理法?」

「たとえば…肝臓に毒がある魚の調理とか。あれは確か免許ねえと調理しちゃならんやつだ」

「ああ、なるほどね。確かにそういうのはカイムでもできないか」

 

いくら料理が得意といえど、調理師免許等は持っていない。資格がないとできない調理はさすがにできない。

そうこう話しているうちにカイムは調理を終えた。皿に盛り付けると未だに背後にいるシロナの腰に手を回し、顔を近づける。

 

「できたから運べ」

「今日もおいしいのかしら?」

「食ってから判断しろ」

「うふふ、そうするわ」

 

そう言ってシロナはカイムに一瞬キスすると、首に手を回して抱き締める。

 

「…ありがとう」

「ん」

 

最後に一瞬だけ力を込めてカイムを抱き寄せると、皿を食卓に運んだ。

その姿を、カイムはどこか複雑な表情で見つめていた。

 

足元のブラッキーがそんなカイムをどこか不安そうに見つめ、カイムの足に擦り寄る。それに気づいたカイムは苦笑しながらブラッキーを抱き上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食後、曇天の空をカイムは見上げていた。

 

「………」

 

昨日からずっと続いている嫌な気配。それがかなり強くなっている。それを感じているブラッキーとバシャーモの表情も険しい。

 

未だに気配の元凶はわかっていない。街の人々もこの気配は感じているが、今のところ何も起こっていないため騒ぎにはなっていない。一応シンオウ地方の環境監査部が調査したのだが、大気も海も何も異常はないらしいと昨日の夜にジムリーダーであるカイム宛に報告があった。

 

(寧ろ、その方が理由がわかって良かったんだがな)

 

大気と海に問題がない。つまりこの気配はもっと別の理由があるということだ。その理由がわからないのなら手の打ちようがない。

しかしこれ以上放置して何か起こったら…そんな思いがずっとカイムの中で渦巻いていた。

 

「カイム」

 

声をかけられ振り返ると、シロナが真剣な表情で立っていた。

 

「貴方も感じてるのよね?この気配」

「…ああ。嫌な感じだ」

「この感じはミオシティ周辺にしかない。つまり、ミオシティの周辺に元凶がいるってことよ」

 

シロナが隣町のコトブキシティに赴いた際、この気配はなかった。他の街にいるスズナや四天王のキクノなどに聞いても似たようなことは何も言っていなかった。つまり、この異変はミオシティにのみ起こっているということだ。

 

「…このままだと、何か起こりかねんな」

「私の方でも調査してみる。カイムは街を調べてみて」

「ああ」

 

シロナの言葉にカイムは淡白に返すと、ボールからムクホークを出しブラッキーとバシャーモをボールに戻した。

 

「じゃあ行ってくる。何かあればすぐ連絡する」

「ええ、気をつけて」

 

シロナはカイムを抱き締め、頬にキスを落とす。カイムはシロナの額を小突くとムクホークに跨って飛んで行く。

 

「……さて、私も調べようかしら」

 

シロナはカイムの後ろ姿を見送り息を吐くと家に戻っていった。

 

 

 

 

 

ジムに到着したカイムは、マネージャーから今日の予定を確認するとポケモン達及びジムトレーナー達と雑談を交わしていた。

 

「いや〜ここ数日変な空気で参っちゃいますよ。おかげで息子の寝つきも悪くなってましてね」

「ああそれ僕もです。嫌な感じですよね。ポケモン達もずーっと落ち着かないみたいで…」

 

ジムトレーナー達もやはり街全体を覆う気配について気づいていた。そのためそれに関する話が必然的に多くなっているが、以前の少年のように目覚めないなどの事例は今のところ報告はない。

 

「やっぱ変だよな。今までこんなことあったか?」

「ないですね。僕は旅に出てた数年を除いて十五年ミオシティに住んでますけど、こんなこと初めてだ」

「あたしも経験ないです。まああたしはミオシティに来たの三年前なんでカイムさんより短いですけど」

「俺も初めてだなぁ。鋼鉄島で働いてかれこれ二十五年だが、こんなことはなかった」

「…そうか」

 

やはりこんなことは今まで一度もなかった事例らしい。中年のジムトレーナーですら知らないことならば、やはり初めてのことなのかもしれない。

 

「昨日、環境調査部から調査結果がきたが…やはり環境に異変はない。つまり、問題はそこじゃない。だからこそ、厄介だ」

「要因が分からないってこたぁやりようがねえってことだしな」

「原因がわからないんじゃどうすることもできませんからね」

 

ポケモン達もこの気配のせいでピリピリしている。街どころかジム全体でも空気が少し重い。どうにかしようにもどうすることもできない実態にジムトレーナー達もうんざりしていた。

そんな現状にカイムは顎に手を当てながら表情を歪める。その表情があまりにも鋭く真剣なものであった。

 

「………」

「カイム?大丈夫か?」

「ん…ああ、すんません」

 

嫌な雰囲気だけでなく、嫌な予感も感じていたカイムの表情は自身が思っていた以上に険しくなっていた。基本無表情ではあるが、ここまで険しい表情をするカイムに思わずジムトレーナーは心配の声をかけてしまう。

 

「めっちゃ険しい顔してましたよ?大丈夫ですか?」

「…すまん、大丈夫だ」

「病み上がりなんですから、無理しないでくださいね。今の貴方はジムリーダーなんですから」

「…わかってる」

 

一度言葉を切ると、カイムは立ち上がる。

 

「そろそろチャレンジャーが来る。相手を頼んだ」

 

カイムはそう言って、ポケモン達を伴って歩いていく。

その後ろ姿を見て、ジムトレーナー達は顔を見合わせた。

 

「…なんか、考えすぎてませんか?カイムさん」

「確実に考えすぎてるな、ありゃ」

「どうにかなりませんかね…また考えすぎて体調崩すんじゃ…」

 

ジムトレーナー達は以前体調を崩した理由が、少年の事件を自分で解決できなかったことを考えすぎてしまったためだと予想していた。実際はそこまで考え込んでいないのだが、結果的にそう思われるような状態になったのは間違いない。

 

「自分で解決できなかったというより…何もできなかったことが引っかかってんじゃねえかな。あいつ、クソ真面目だし」

「ああ…ありそう」

「だが、あのクソ真面目さはいい。もしなんかあった時、すぐ動けるような柔軟さもあるからな」

 

『またぶっ倒れないようにしてもらわねえとな』と付け加え、中年のトレーナーはカイムを追って歩いていく。

残されたトレーナー達は顔を見合わせ、頷くのだった。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

昼休みの間、潮風を感じながら、カイムは一人で海を眺めていた。

 

「………」

 

曇天の空と灰色の海。いつもの青く美しい海は見る影もない。

自販機で買った缶コーヒーのプルタブを開き、ぐいっと中身を呷る。苦味が口いっぱいに広がり、予想以上の苦味に思わず顔を顰めた。

 

「…シロナのコーヒーの方が美味えな」

 

苦笑しながらカイムはボラードに腰掛けた。

波の音を聞きながらしばしぼんやりと海を眺める。普段なら落ち着くはずの波の音が、酷く心をざわつかせてくる。

 

「…………」

 

海辺に寄ったことで嫌な気配は僅かに強くなった気がしていた。元々感覚は比較的良い方だが、この『嫌な気配』については人一倍感度がいいことをカイムはここ数日で自覚していた。それこそ、感覚で言えばカイムよりもはるかに優れているシロナよりも。

 

「何故、俺なんだ」

 

そう呟きながらカイムは缶コーヒーを飲み、頭を抱える。

傍らにいるキリキザンがカイムの肩を優しく叩く。キリキザンに心配をかけてしまったことに、カイムは自嘲する。

 

(この前から、心配かけてばっかだ)

 

体調不良から始まり、ここまでポケモン達に心配をかけてばかり。自分の未熟さを嫌というほど自覚させられていた。

 

「どーすっか」

 

缶コーヒーを飲み干し、ボラードから立ち上がる。そしてキリキザンの硬い頭を撫でると、キリキザンに視線を合わせるように屈んで小さく笑った。

 

「心配かけてばっかで悪い。どーにかする」

 

カイムの言葉を受け、キリキザンはぽんとカイムの頭に手を乗せた。

キリキザンは、カイムのことを信用していた。ジムで出会い、そして彼の手持ちになるまでの間に全てのポケモン達に対して優しく、真摯に接する姿がキリキザンの想像する『ポケモントレーナー』像そのものだったからだ。

だからそんなカイムが悩むところを見て、『なんとかしたい』という思いが強くなった。信頼する主人の力になりたいという思いは、他の手持ちのポケモン達と同じであった。しかしキリキザンでは他のポケモン達同様、何もできない。できることは、カイムが潰れないように支えるだけだった。だからカイムが自身の無力さを実感している中で、カイムは決して無力ではないことを伝えようとした。

 

「…はは」

 

そんなキリキザンの思いが伝わり、カイムはあまり動かない表情を歪めて笑った。

 

「…ありがとう」

 

そう言ってカイムはキリキザンを撫で、立ち上がる。視線を少しずらすと、その先に長い間使われていない家屋がぽつんとあり、どことなく嫌な雰囲気を放っていた。

 

(波止場の宿、か)

 

何年も前に事件があった宿屋。シロナの集めた情報では悪夢から目覚めず結果として人が亡くなってしまったという事件。今はこの宿屋は使われていないが、撤去されることもなくずっと存在している。

街の人は気味が悪いと言って近寄らない。カイムも嫌な雰囲気は感じている。だがどこか引きつけられるような、そんな気配も同時に感じていた。何か、何かがある。そんな気がしてならないのだ。

 

(今はそんなところ漁ってる暇ねえわな)

 

ジムリーダー業だけでなく、執筆もある。まだまだ余裕がない現状で興味がある程度の場所に足を踏み入れる暇はない。

そこで時計を見ると、昼休みがあと20分で終わるくらいの時間だった。カイムは表情を引き締めると海の向こうを見つめる。そして何かを感じ取った。

 

「……なんだ?」

 

この瞬間、空気が変わった。ぞわりとした気配がカイムを通り越し、街全体を覆うのを実感する。

 

「…これは……」

 

側にいるキリキザンも同様に気配を感じ取り、表情を鋭くしてカイムの服の裾を掴んだ。

カイムとキリキザンは鋭い目つきで海の向こう側を見つめる。この気配は今まで感じていた気配と同質のものだった。

 

「なかなかやばそうだ。キリキザン、戻ろう」

 

カイムの言葉にキリキザンは頷く。キリキザンをボールに戻すと、その瞬間にポケットから振動を感じる。

スマートフォンを取り出すと、液晶パネルにはマネージャーの名前が記されていた。

 

「俺だ。どうした」

『カイムさん!大変です!すぐに、すぐに戻ってきてください!』

 

非常に切迫詰まったような声にカイムは表情を歪めるのだった。

 

 

 

 

 

 

ミオジム

 

「ああ!カイムさん!」

 

カイムが戻ってくると、慌てた様子のマネージャーが駆け寄って来る。

 

「何があった」

「み、みんながいきなり倒れたんです!さっきまで普通に話していたのに、急にみんな倒れて…それでみんな眠ってしまったんです!」

(眠り…まさか、あの少年と同じ?)

 

眠ったということを聞いてカイムは以前あった少年の事件を思い出す。あの少年も確かいきなり眠っていたという話を聞いていたため、この事件と同じ事態なのではないかとカイムは予測した。

 

「全然みんな起きなくて…それでわたしどうすればいいかわからなくて…」

「眠ったのは全員か?」

「いえ…半数くらいです。でも意識が朦朧としてきてる人もいるのでどこまで保つか…」

 

全員眠っていない、ということはこの力に影響を受ける速度には個人差があるということだ。ならばまだ動ける人物がいるうちに手を打つべきだとカイムは瞬時に行動に移る。

 

「今動ける奴を全員集めろ。まずは眠った連中を地下フィールドに移動させる。宿泊用の毛布を敷いてそこに眠らせるんだ。それと意識が朦朧とし始めている奴らもそこに集めておけ。いいな」

「は、はい!」

 

カイムの指示にマネージャーは即座に動き、走っていった。

それを確認したカイムはスマートフォンを取り出し、電話をかける。相手は1コールで電話に出た。

 

『もしもしカイム?』

「シロナ…今大丈夫か」

『ええ大丈夫よ。この気配のことね』

 

街全体を覆う気配であるため、シロナも気配が濃くなったことに気がついていた。そしてここまで気配が濃いとなると、何かしら起こってもおかしくないと考えていたため、何かがあったことを電話がきた時点で察していた。

 

「ああ。理由はわからんが、気配が強まった。その影響で眠りに落ちた連中がジム内に出ている。だがこれがジム内だけで収まるとは思えねえ。街全体にも被害が出てると思う」

『ええ、そうでしょうね。それで私はどうすればいい?』

 

この状況では、チャンピオンであるシロナよりミオシティのジムリーダーであるカイムが主導で事態の解決に動いた方が賢明だとシロナは判断した。

そしてそれをカイム自身も理解していたため、シロナに即座に指示を出す。

 

「警察に街全体で被害が出た奴らの保護を頼みたい。保護した連中は病院を一部解放して匿えるようにしてもらうようにこっちから連絡しておくが、もし場所が足りないようならジムも解放してこっちでも匿えるようにすると伝えてほしい」

『警察との連携ね。わかったわ』

「あともう一つ。ヒカリと連絡取って、できれば迎えに行ってほしい。前の事件と同じなら俺には解決できん。ヒカリの力が必要になる」

『…そうね』

 

今日の事例で今回の事件が以前の少年と同質のものであるとカイムは判断した。カイム自身が見た夢がどうなのかはわからないが、少なくともジムトレーナー達に起こった事態は同質と考えて差し支えないだろう。

そして同質である以上、カイムには解決できない。それこそシロナですら解決には至らないものだ。ならば解決できる人物を呼ぶしかない。

 

『わかったわ。ヒカリに連絡してみる』

「悪い」

『気にしないで。これくらい貴方のためならなんてことないわ』

「…助かる。じゃあ、頼んだ」

『任せて』

 

シロナの返答を聞いてカイムは電話を切ろうとした瞬間、シロナに呼び止められる。

 

『カイム』

「ん?」

『…無理、しないでね』

 

無理を基本するタイプではないが、色々と積み重なった結果無理せざるを得ない状況になりかねない。無理を重ねた結果、前のように体調を崩す可能性もないとは言えない。

だがそれをカイムも自覚している。極力無理せず、シロナに心配かけないようにするよう己を戒めていた。だが同時にこれからの事態は多少の無理はせざるを得ないことも理解している。

 

「ああ、ありがとう。善処しよう」

『気をつけてね』

 

そう言ってカイムは通話を切る。

そして小さく息を吐くと、表情を引き締めてミオシティの警察署へと通話を開始するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大勢が眠りに落ちてから数時間が経過したが、事態は一向に良くならない。それどころか眠りに落ちる人々は増えるばかりだった。

ミオジムも二つある地下を開放し、ジムトレーナーだけでなく民間人の受け入れもしていた。今では緊急用の毛布だけでなく、どうにかしてかき集めたヨガマットなども使って民間人を匿っている。

 

「はい。まだ衰弱するほど時間は経っていませんけど、これがある程度の期間続く可能性もあります。早急に点滴などの生命維持に必要な環境と物資を整える必要がでてきます。これから必要物質のリストを作成してそちらに送付いたしますので…はい、はい、了解です。お願いします」

 

そしてカイムはミオシティのジムリーダーとして、市民の安全確保のために奔走していた。病院、警察だけでなく、政府やポケモンリーグ提携企業にも連絡を取ることで市民の安全や生命維持のために必要な物資を必要となった際にすぐ取り寄せられるように話を通している最中だった。

 

「ふー…」

 

物資の手配や眠った市民の安全確保はある程度完了した。しかしこれから眠ってしまうであろう市民のことを考えると、これだけでは足りない。今は少し落ち着いたが、昼間は連鎖的に人々が眠りに落ちていき、街中は道端で眠る人々で溢れていた。幸いにも死者は出ていないが、このままでは街全体が機能を停止してしまうだろう。

だが解決しようにも誰も目覚める様子がない。シロナがヒカリに連絡を取ってくれてこちらに向かっているらしいが、ヒカリがいた場所はハードマウンテンだったためこちらに到着するまでまだ時間がかかるだろう。それに仮にヒカリが到着したとしても、ヒカリが解決できる保証などどこにもない。

 

「カイムさん」

 

声をかけられて振り返ると、マネージャーが冷たいお茶のボトルを差し出していた。

 

「…ああ、助かる」

 

カイムはそのボトルを受け取ると中身を勢いよく飲む。冷たいお茶が喉の渇きを潤し、カイムの神経を落ち着かせていく。

 

「大丈夫ですか?」

「良くねえな。とりあえず物資の手配は済んだが、根本的な解決策はまだ全然だ。あと避難場所についても…」

「いえ、そうではなく…カイムさん自身は大丈夫ですか?病み上がりですし、新任なのにこんなことが起きてしまって…」

 

今日一日、カイムは昼からこの時間まで一切休まずに動いていた。現場の指揮だけでなく、警察や医療機関との交渉・打ち合わせもほぼ一人で行ってきた。それにカイムはまだジムリーダーになってから一月程度。いくら代理経験があるとはいえ、まだ世間的には若いカイムがここまでのことをこなすのはさすがに厳しいとマネージャーは考えていた。

 

「ん、ああ…問題ねえ。俺もいつ眠っちまうかわからねえんだ。眠る前にできる限りのことをしておきたい」

「だとしても、無理はしないでくださいね。これだけのことを半日でしたのですから、少し休んでください」

「ああ…最後にリーグの方に報告して、他のジムリーダーと連絡。これが済んだら少し休む」

「ジムリーダーの方々への連絡はわたしがしておきますので、リーグへの報告をお願いします。それが済んだらちゃんと休んでくださいね」

「…わーったよ。じゃあそっち頼んだ」

 

カイムはガシガシと頭をかいてマネージャーにそう告げる。それを聞いたマネージャーは頷くと、スマートフォンを手に歩いていった。

残されたカイムは疲れたように大きくため息を吐くと、スマートフォンを手に取りポケモンリーグに電話をかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう、それじゃあ明日にはミオシティに着くのね」

『はい。できるだけ飛ばして来たんですけど…さすがに限界なので今日はヨスガシティで一泊します』

「…ごめんなさいね。こちらの事情なのに無理言ってしまって」

 

夜の11時を回った頃、シロナはヒカリに電話をかけていた。

元々ハードマウンテンにいたヒカリが半日程度でヨスガシティまで来たということを考えると、それなりの速度を出したのだろう。聞いたところ、ヒカリは『そらをとぶ』での飛行はそこまで得意ではないらしい。少なくともカイムとムクホークのように最高速度で飛べるだけの熟練度はない。だがそれでもヨスガシティまで辿り着いたということは、それなりの速度は出したことが予想できる。

 

『大丈夫です!シロナさんのお願いですし、カイムさんも困ってるんです。あたしにできることなら何でもやります!』

 

だがヒカリにとってこのくらいは大したことではなかった。ヒカリは自分が大切にしている人たちのために自分ができることをやるのは当然のこと。だからなにも気にしていないどころか、力になれて嬉しいくらいだった。

 

「…ありがとう。無理しないで今日はゆっくり休んで」

『はい。明日のお昼くらいには着くと思います。着いたらまた連絡しますね』

「ええ。おやすみ」

『おやすみなさい!カイムさんによろしくお願いします!』

 

そう言ってヒカリは通話を切る。とりあえず何事もなければヒカリは明日にはミオシティに到着するとのことだった。うまくいけばこの事態は明日に収束するだろう。

 

(…でも、本当にこれだけで終わるの?)

 

しかしシロナにはこれだけで終わるようには思えなかった。仮にヒカリが眠ってしまった人々をどうにかすることができたとしても、あまりにも眠ってしまった人々が多いためヒカリにも大きな負担がかかりかねない。

 

だが同時にヒカリ以外解決の糸口が現状無いということもまた事実。不甲斐ない状況にシロナは大きくため息を吐いた。

 

それとほぼ同時に鍵が開く音が響く。

玄関を見に行くと、カイムとムクホークが立っていた。

 

「おかえり、カイム」

「ああ、ただいま」

 

カイムはムクホークを優しく撫でながらそう返す。その表情は少し疲労の色が出ていた。

 

「お疲れ様。大変だったでしょう?」

「ああ、まあな。つってもまだ終わってねえ。シャワー浴びて飯食ったらまたジムに戻る」

「えっ?」

 

まさかまたジムに戻ると思っていなかったシロナは思わず声を上げる。

 

「ジムトレーナーも減ってきてる。誰かが眠ってる連中を見なきゃならん。他の公共機関も手一杯だ。明日以降にはリーグから援護の人員が来る。それまでだから」

 

苦笑しながら言うカイムにシロナは表情を歪めた。病み上がりでありながらここまで激務をこなすカイムをシロナは痛ましく思った。

しかしシロナは止められない。何を言っても、止められないとカイムの言葉からわかるからだ。そして何より、カイムのジムリーダーとして責務を全うしようとする姿を、決意を邪魔してはならないと心が命じてくる。

 

「…そう。じゃあ今はしっかり休んで」

 

そう言ってシロナはカイムの手を引いて家に上げる。カイムはされるがまま靴を脱ぎ家に上がった。

 

「そうする。とりあえず、風呂入ってくるわ」

 

それだけ言ってカイムはムクホークを伴って歩いていった。その足取りは以前体調を崩した時と比較してしっかりしているため、まだ体力に余裕はあるのだろう。

 

「…私に、何かできることはないかしら」

 

シロナは一人そう呟く。実際チャンピオンとしての権限を使えばできることはあるだろう。しかしシロナはチャンピオンとしてではなく、『シロナ』という一個人としてカイムの力になりたいと考えていた。

そう考えた結果、シロナはとにかくカイムを休ませることが一番だという結論に至った。カイムは生真面目故に一度始めたことは最後までやり通す。そのため今回のことも徹夜くらいやってのけるだろう。止めることはおそらくできないし、何よりカイムの代わりはいない。だからきっと彼は最後まで自分でやり遂げようとする。せめて今だけはちゃんと休ませてあげようとシロナは考えた。

 

「頑張って」

 

風呂場からシャワーの音がする。その音を聞きながらシロナは一人呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

しばらくしてカイムはシャワーから出てきた。髪はすでに乾いており、僅かに頬が上気している姿からは少し疲労が抜けているように見える。

 

「少し疲れは取れた?」

「ああ、まあな」

 

淡白に返しながらカイムはシロナの隣に腰掛ける。シャンプーの匂いがシロナの鼻腔をくすぐり、何となくドギマギしてしまう。

だがやはりシャワーを浴びたとはいえ、まだ疲労は抜けきっていない。疲れたようにカイムは息を吐いた。

 

「さすがにまだお疲れね」

「ん、ああ…さすがにな。だが疲れたなんて言ってられる場合じゃねえし、今日はなんとか頑張るさ」

 

ソファの背もたれにぐでっと寄りかかるカイムの頭をシロナは優しく撫でた。突然撫でられてカイムは何か不思議なものを見るようにシロナに視線を向ける。

 

「なんだよ」

「貴方は頑張っているわ。すごいわよ」

「…んだ急に」

 

突然のことにカイムは思わずツッコミを入れる。普段からスキンシップはかなり多いが、頭を撫でるというスキンシップはあまりはない。そのためシロナの行動が少々意外だった。

 

「頑張ってる貴方のことを褒めてあげたの。疲れてるだろうから、貴方がやっていることはとてもすごいことなのよ。今は、貴方にしかできないってことを伝えたかったの」

「…なんだよ。別にそんなこと言われなくても平気だっての」

「貴方は昔から自分の成したことを過小評価する気質がある。だからちゃんと認めてあげようって」

 

そう言いながらシロナはカイムの頭を撫で続ける。

 

「…ふん」

 

カイムは複雑な表情をしながらシロナの膝に頭を置いた。そしてそのままシロナの太腿に顔を埋める。

 

「あら」

 

今度はカイムが意外な行動を取る。いつもは比較的(当社比)ドライなカイムがこうして甘えてくるのは珍しい。いつもイチャコラしている二人だが、シロナから甘えてくることが多い。そのためカイムからこうしてくるのは珍しかった。

 

「カイムから甘えてくるなんて珍しいわね」

「…るせえ。彼女に甘えてなにが悪い」

 

彼女、という響きにシロナは少し嬉しくなる。カイムにとって特別な存在だという証のようにも思え、シロナは少し頬を赤くした。

そんなシロナの腰にカイムは腕を回す。そして力を込めて自分の方に抱き寄せた。

 

「本当に珍しいわね」

「………」

「うふふ。どうしたの?」

「…るせえ。充電中だ」

 

ぎゅーっと抱きしめながらカイムは呟く。やはり疲れているのか、カイムの行動が普段よりデレに寄っている。こういうことをたまにしてくれるなら、時々はこういうのもアリかなとシロナは思ってしまった。

なお抱き寄せてくるカイムの頭をシロナは優しく撫でる。それを見たムクホークがシロナとカイムに寄り添ってきた。

 

「うふふ。ムクホークもお疲れ?」

「色々飛び回ったからな。無理させちまった」

「ムクホークは貴方の役に立てたことが嬉しいみたいよ?」

「…そら良かった」

 

シロナの腰から片手を放すと、その片手でムクホークを抱き寄せる。ふわふわの羽毛が顔に当たって心地よい感覚がした。

 

「はあ〜……落ち着く」

「あらあら。急にブラッキーみたいになるじゃない」

「ほっとけ」

 

そう話しているとブラッキーがひょっこり顔を出してくる。そして耳をぴこぴこ動かすとシロナの太腿に顔を埋めるカイムの背中に乗ってシロナに甘えてきた。

 

「ブラッキーも色々手伝ってくれたんだ。毛布とか運ぶの手伝ってくれた」

「あら、ブラッキーも頑張ったのね。すごいわ」

 

シロナに撫でられてブラッキーは誇らしげに息を吐く。

 

「…重い」

 

だが下敷きにされているカイムは背中にブラッキーの体重をダイレクトに感じていた。ちょうど肺の部分にブラッキーが乗っているため少し呼吸が苦しかったが、ブラッキーは退く様子はない。

 

「いい座布団ね〜ブラッキー」

 

シロナの言葉に同調するようにブラッキーは鳴く。

それを見てカイムはやれやれといった雰囲気で息を吐き、しばらくされるがままになっているのだった。

 

 

 

 

 

 

しばらくシロナの太腿に顔を埋めていたカイムだが、20分ほどでむくりと起き上がった。

 

「…ありがとう」

「うふふ、いいのよ。貴重なカイムの甘え姿を見られたし」

「…わすれろ」

 

恥ずかしかったのか、カイムは頭をがしがしとかきながらそっぽを向く。そんなカイムを楽しそうにシロナは笑った。

 

「忘れないわよ。とっても可愛いかったもの」

「…ちっ」

 

むすっとしながらカイムはボールを取り出し、ブラッキーをボールに戻した。そしてムクホークのトサカを撫でると立ち上がって大きく伸びをして首を回す。

 

「行くのね」

「ああ。そろそろ戻らねえと」

 

家に滞在していた時間は一時間程度。これから夜勤で朝まで動くことを考えればあまりにも短い休憩時間だが、カイムの気力はシロナのおかげで完全に回復していた。

 

「もう大丈夫?」

「問題ねえ。お陰様でな」

「ならよかった」

 

カイムは上着を羽織り、荷物を背負う。日付が変わっての出勤だが、想定よりも気分がいい。

靴を履いてシロナに向き直る。顔色も目つきも帰宅時よりもかなり良く、しっかり短時間で回復できたようだ。

 

「じゃ、いってくる」

「ええ、気をつけてね」

 

シロナはカイムの頬に手を添えると触れるだけのキスをした。カイムはシロナの頭を軽く撫でると、ムクホークに跨ってミオシティへと飛び去っていく。

その後ろ姿を見送ると、息を吐いてタブレット端末で調べ物を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝

コーヒーを飲みながらカイムはジムリーダールームから朝日が登るのを眺めていた。

 

「ふう…」

「カイムさん、おはようございます」

 

背後からマネージャーに声をかけられる。マネージャーは昨夜帰宅し、この時間に出勤してきた。

 

「おう、おはようさん」

「…状況は?」

「良くねえ。だが被害者も増えてねえ。気配も少し収まってきているから、あとは…」

「以前解決してくれた少女、ですか」

 

カイムは振り返るとマグカップに口をつけながら苦笑する。

 

「あいつを呼んでおいた。うまくいきゃあ今日でこの一件は片付くだろうが…」

 

カイムは自分で言っておきながらそれが恐らく実現しないと考えていた。以前は少年一人だったが、今回は大勢いる。故にヒカリ一人でどうにかできるとは考えづらい。

 

「その少女はいつ頃こちらに?」

「昼くらいだそうだ」

「ならそれまで休んでください。今日、徹夜でしょう?」

 

出勤してから今の時間までカイムはほぼずっと動いていた。新たな被害者の保護や被害者の状況確認、公共機関との連携指揮などやることは山積みだったため、休む暇などほとんどなかった。早朝になりようやく落ち着いたため、休めていた。

 

「徹夜は、した」

「なら休んでください。倒れられたら、元も子もないんです」

「ああ。だがその前に、やることがある」

 

カイムはコーヒーを飲み干すと、マグカップをデスクに置いた。だがマネージャーはカイムが言った言葉が何のことかわからず首を傾げる。それを見たカイムはいつも通りの無表情で答えた。

 

「備えあれば、憂い無しってな」

 

カイムの言葉を受けたマネージャーはやはりわからず、首を傾げたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

帰宅して仮眠を取り、目覚めた時には日が頂点近くまで登っていた。想像以上に眠っていたが、おかげで体調は万全に近い。

着替えて寝室から出ると、一階から声がする。階段を降りてリビングに入ると、シロナが一人の少女と談笑していた。

 

「あらカイム。おはよう」

「カイムさん!おはようございます!」

「ヒカリか。久しぶりだな」

 

その少女はやはりヒカリだった。今回の一件のためにシロナがヒカリに連絡を取ってミオシティにまで来てもらった。

 

「遠くまで来てもらってすまない。この恩は必ず返す」

「恩なんて…気にしなくていいですよ。あたしはお二人の役に立ちたいだけです」

「…悪い。助かる」

 

カイムは一度言葉を切ると真剣な表情でヒカリに向き直る。

 

「今回の件、シロナから聞いてるよな」

「はい。詳しく説明してもらいました」

「今回の件は多分、前にヒカリに解決してもらった一件と同じものだ。ただ規模が以前よりもかなりでかい。前みたいに一瞬で終わるものじゃないと思う」

「…三日月の羽だけで、どうにかなるものじゃないかもしれないってことですよね」

 

以前ヒカリが少年を悪夢から救ったのは三日月の羽というクレセリアの力が宿った羽の力だった。この三日月の羽は誰でも力を発揮するものではなく、クレセリアに認められた者の元でしか力を発揮しない。故にカイムやシロナであっても扱うことはできない。

そして今回、この三日月の羽だけで解決できるとは考えづらいほどの規模で悪夢に囚われる者が多い。街全体の機能が麻痺し始めるほどに悪夢の力が蔓延している。ヒカリだけでどうにかできるとはカイムには思えなかった。

 

「…呼びつけておいて言うのもあれだが…正直、俺はヒカリだけじゃ厳しいと思ってる。だが俺には…」

 

『どうすることもできない』と言いかけてカイムは口を噤む。カイムなりにできることをやってきたが、結局は被害が更に悪い方にいかないように事態を軽減させたにすぎない。収束させるには至っていない。

そしてそのカイムの思いをヒカリは敏感に感じ取り、ヒカリは自分の心のままに言葉を発する。

 

「カイムさんは、カイムさんにできることをやりました。カイムさんがやったことは絶対無駄じゃないです。だからあたしも、あたしにできることをやります。だからカイムさん、シロナさん。あたしにできることを教えてください!」

 

真っ直ぐ向けられた視線。その目に宿る光は白珠のような光を放っており、意志の強さは金剛珠のように硬いものだった。この光を見て、カイムは改めてヒカリが選ばれた存在なのだと実感した。

ならせめて自分はヒカリの心に応えようと、カイムは口を開く。

 

「…とりあえずミオジムに行こう。悪夢に囚われた人たちがいる。三日月の羽で救える人たちがいるかどうかまずは試す。多分、何人かは起きると思う」

「でもカイムは全員は救えないと思っているのよね」

 

先ほどの口ぶりからして、カイムは三日月の羽だけでは事態を完全に終わらせることはできないと考えていることをシロナとヒカリは感じとっていた。だが同時にそれ以外の方法(オプション)があるのではないかと予想もしていた。カイムはこういう時、必ず次善の策を検討している。今回のことも早くから考えているようだったし、そうなのではないかと考えた。

 

「ああ。全員をどうにかできなかった場合、満月島に向かう」

「満月島に?」

「満月島はクレセリアの住処だ。もしかしたら、クレセリアに何かがあったから今回の事件に発展したのかもしれない。そのあたりも多分、行けば何かしらわかる」

「断言するってことは、何かしら確証があるのよね」

 

カイムは今『何かしらわかる』と言った。それはつまり、満月島に何かしらの手がかりがあるという確信があるから断言したのだとシロナは考えた。こういう場では断言できる確証が無い限り断言しないというカイムの性格をよく知るシロナだからそういう結論に至った。

 

「ああ。街が悪夢に囚われ始めた日、ミオシティの北側の海からこのやばい気配が来た。ミオシティの北…ヒカリならよくわかるだろ」

「満月島!」

「そうだ。北側にある満月島…そっちから悪夢の気配がしたんだ。何かは確実にある。ただ…」

 

カイムには一つ気がかりがあった。

それは、『新月島』の存在。満月島と対になるように存在する島であるそこがどうにも気がかりだった。何か関係しているような気がしてならないが、新月島に関する情報がカイムの情報収集能力を持ってしても全く出てこなかった。それに場所についても詳細が出てこない。故にこの島の存在がどう関係してくるかカイムには予想ができなかった。

 

「気がかりがあるけど、情報がないから何も言えないってところかしら?」

「…話が早くて助かる」

「何にしても、まずはミオジムですね!早速いきましょう!」

「少し休まなくていいのか?今朝ついたばかりだろ?」

 

カイムが帰ってきたのは早朝。その時にはまだヒカリは到着していなかった。つまり、ヒカリはそれより後にここに到着したということだ。そして今は昼前。移動してきてからまだ少ししか経っていないことになる。移動の疲労があるのではないかとカイムは心配したが、ヒカリはむんっと拳を握りしめて自分が元気であることをアピールしてきた。

 

「あたしは平気です!旅をしてきたんだしこれくらいへっちゃらです!すぐにでもバトルできるくらい元気なんだから!」

「無理はしてねえか?」

「はい!カイムさんに比べたら全然!」

「…耳が痛い話だ」

 

カイムは苦笑しながらため息を吐く。そして顔を上げると、真剣な目つきで言った。

 

「行こう」

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

カイム、シロナ、ヒカリはミオジムで眠っている人々のもとに訪れた。眠っている人は全員うなされており、避難所はうなされている人々の声で満ちている。

いい雰囲気ではないし、何よりまだ子供であるヒカリには少々きつい空気だった。そのためフィールドに入ったヒカリは少しだけ顔を顰めた。

 

「ここは地下一階だが、地下二階にもまだいる。今のところ街の半数近くの人が悪夢に囚われた。ここ以外にも病院や公民館まで人で埋まってきてる。早めに解決しないと街の機能が完全に麻痺しちまう。力を貸してほしい」

「はい!あたしにできることを、精一杯やります!」

 

ヒカリはバッグの中から小さな瓶を取り出す。その中には黄緑色の三日月型の羽根が入っていた。ヒカリは瓶の蓋を取って中に入っている羽根…三日月の羽を取り出して掲げる。すると三日月の羽が光り輝き、辺りを照らしていく。その光は眠っている人々を照らしていき、悪夢の気配を祓っていった。

 

光が収まると、照らされた人々はゆっくりと目を開けていく。目が覚めた人々は何が何だかわからない表情をしているが、少しずつ事態を飲み込んでいき助かったことを喜び始めた。

 

「とりあえず、何人かは目覚めたな」

 

だが目覚めたのはヒカリが羽を掲げた周辺の人々だけだった。三日月の羽の光はフロア全体に広がったが、目覚めたのは十数人。他の光に照らされた人々は眠っている表情が穏やかになった程度で、目覚める様子はない。

加えて、ヒカリの手に持っていた三日月の羽は光を失い、色褪せてしまった。もう先ほどまで感じた神々しさは感じられない。

 

「そんな…」

「やはり、力のカケラである羽だけじゃ、全員は助けられないのね」

「予想してたことだ。だがこれでクレセリアの力を使えば街の人は救えることがわかった。問題はクレセリアの協力が得られるかどうかだな」

 

クレセリアは特別なポケモン。故に選ばれた存在でなければ協力を得られないだろう。それどころか遭遇することすらできるかどうか怪しい。

 

「でもやるしかないでしょ。でなければ、みんなこのまま眠ってしまうわ」

 

今はこうして意識を保っていられているが、シロナ達もいつ悪夢に堕ちるかわからない。早急に解決せねばミオシティ以外にも被害が広がる可能性が出てきてしまう。

 

「ああ。朝のうちに船乗りに協力を仰いだ。満月島まで連れて行ってくれるってさ」

 

休息に戻る前、カイムは知り合いの船乗りに協力を仰いだ。満月島は絶海の孤島故にポケモンのなみのりでは到達できない。だからミオシティの船乗りに満月島まで連れていってくれるように頼んでおいたのだ。

 

「さすが。準備がいいわね」

「俺は直接手出しできん。ならせめて解決のために必要な手順を可能な限りスムーズにしてやらんとな」

 

スマートフォンで知り合いの船乗りに電話をかけながらカイムはそう言う。そして船乗りにこれから行くことを伝え、シロナ達に向き直った。

 

「とりあえず目覚めた人たちはマネージャーと、ポケモンリーグからの増援に任せる。俺たちはその間に満月島に行こう」

「ええ、そうしましょう」

「はい!」

「ヒカリ、お前頼みになってすまんが、力を貸してくれ」

「もちろんです!早速向かいましょう!」

 

カイムは頷くと、マネージャーにジムを任せてシロナとヒカリと共に満月島に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

船に揺られることしばらく。

水平線に一つの島が見えてきた。

 

「あれが満月島なのね」

「ああ。ヒカリは二回目か」

「はい」

 

満月島。

ミオシティからほぼ真北にある孤島であり、クレセリアにまつわる伝説が多い島だ。基本的に無人島であり、漁師や船乗りがごく稀に訪れるらしいが、当然のごとく何もないらしい。

そしてヒカリの話では、満月島からは神々しい雰囲気を感じたとされていたが、今視界にある島からはヒカリの言うほど神々しさは感じない。

 

「前に来た時と雰囲気が違う…どうしたんだろう」

「何かあったんだろう。とにかく上陸してみるしかない」

 

船乗りに頼んで一行は満月島へと上陸した。島は小さいが、自然が豊かであり非常に綺麗な島だった。何もない時に訪れられればきっと良い観光になっただろうが、この悪夢の気配が蔓延する中ではとても観光するようか雰囲気ではない。

 

「綺麗な島ね」

「はい。前の時も綺麗でしたけど…前の時の方がずっと綺麗でした。こんな禍々しい空気もなかったから」

「この悪夢の気配…満月島に近づくほど強くなってたのに、島に入ったら一気に弱くなったわ。やはりこの島には今回の一件を解決する鍵があるのね」

 

クレセリアは悪夢を祓い、良い夢を見せるといわれている。実際この悪夢の気配は満月島周辺では感じないわけではないが、格段に弱まっている。

だが弱まっているだけで、完全に消えてはいない。この弱まっているという事実が、カイムの予想により現実味を持たせる結果となった。

 

「クレセリアには悪夢を祓う力がある。だが今回の悪夢…クレセリアの力が弱まったから起こったんじゃないかって思ってる」

「クレセリアの力が弱まった?」

「この悪夢の気配とクレセリアの力は恐らく対になるものだ。クレセリアの力と悪夢の力は本来拮抗していて、釣り合いが取れているものなんじゃねえかな」

「なるほど…何かの理由でクレセリアの力が弱まり、そのバランスが崩れた。その結果が今回の事件だとカイムは考えているのね」

 

今回の悪夢の気配はここ数日で突然出現した。普段からこのような気配があるのではなく、突然出てきた。

そこでカイムはこの気配が突如広がったのは、クレセリアの力が弱まり均衡が崩れた結果なのではないかと考えた。なぜ弱まったのかまではわからないが、この考え方ならば辻褄は合う。

 

「これなら辻褄は合うだろ?」

「そうね。可能性は高いと思うわ」

「でもそれじゃあ…クレセリアに何かあったってことじゃ…」

「そうなるわね。多分、クレセリアはこの島にいる。早く島を見て周りましょう。できるだけ早く片付けないと」

 

カイムとヒカリはシロナの言葉に頷くと、満月島の内部へと足を踏み入れていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ヒカリの先導のもと、三人は満月島を進んでいた。

 

「小さい島だけど結構入り組んでいるのね」

「結構鬱蒼としてんのな」

「はい。でももうすぐ着きますよ。気配が近くなってきました」

 

僅かな隙間をくぐり抜けてもはや獣道レベルの道を進んでいく。少し進んでいくと、ヒカリの言った通り開けた空間に出た。

開けた空間は非常に静かであり、木漏れ日が空間を優しい光で照らしていた。そして空間の中心には小さな水たまりあり、その水たまりのすぐそばには一つの影があった。

 

「あれは…」

 

その影はピンク色の羽に青い身体、そして三日月のような黄色い頭を持つポケモン、クレセリアだった。

 

「クレセリア…」

 

ヒカリは歩いてクレセリアに近づいていく。そしてクレセリアに触れようとした瞬間、その身体が弾き飛ばされた。

 

「きゃっ!」

「ヒカリ!」

 

突然のことでうまく対応できず、ヒカリはよろめく。その身体をシロナは咄嗟に受け止めたことで倒れることはなかったが、弾き飛ばされたヒカリは困惑した視線をクレセリアに向けた。

 

「クレセリア…?」

 

クレセリアは鋭い目つきをヒカリ達に向けていた。まるで何かを警戒し、恐れるような視線を向けられたヒカリは悲痛な表情をクレセリアに向ける。

 

「クレセリア…何があったの?」

 

ヒカリは困惑しながらも再びクレセリアに近づこうとする。しかしクレセリアは全身から力を放ち、ヒカリに威嚇してきた。まるで『それ以上近寄るな』と警告するようなクレセリアだが、ヒカリは怯むことなくクレセリアに近づいていく。

威嚇に怯まないヒカリに、クレセリアは力を溜めて『ムーンフォース』を放つ。それを見たカイムは咄嗟にボールを投げていた。

 

「メタグロス!ヒカリを守れ!」

 

ボールから飛び出してきたメタグロスは『バレットパンチ』を放って『ムーンフォース』を打ち破った。そのままクレセリアに向かおうとするメタグロスをカイムは手で制した。

 

「待てメタグロス。攻撃するな。あいつはこっちに害意はない。まずはヒカリを見守るぞ」

 

メタグロスはカイムの言葉を受け、下がる。そしてクレセリアがどう動いてもすぐに対応できるように警戒心を強めた。

クレセリアはなおも威嚇してくるが、ヒカリは全く動じない。真っ直ぐとクレセリアを見据え、しっかりとした足取りでクレセリアに向かっていく。

 

「クレセリア…貴女が何を恐れているのかわからない。だから教えて。あたしに、貴女の心を」

 

そう言ってヒカリはクレセリアの顔に手を添えて自分の額にクレセリアの額を合わせる。すると眩い光が辺りを包み込み、シロナとカイムは思わず目を手で庇った。

少しすると光が収まり、シロナとカイムは目を開けた。そこにはヒカリとクレセリアがそばで寄り添いあっている姿があった。

 

「ヒカリ…大丈夫?」

「はい。警戒していただけみたいです」

「そう…ならよかったわ」

 

シロナが安心したように息を吐き、カイムと共にヒカリとクレセリアに近づいていく。クレセリアは攻撃してくることなくシロナとカイムを受け入れた。

 

「貴女がクレセリア…とても綺麗で神々しいポケモンね」

 

やはりこのクレセリアが悪夢の気配を弱めていたのだろう。クレセリアのそばは悪夢の気配が全くしない。それどころか調子がよくなってくる気さえする。

だが同時に、カイムはクレセリアの息が荒いことに気づく。目立った外傷はないため気づきにくかったが、明らかにクレセリアは弱っている。

 

「弱っているな」

「そうね。理由はわからないけど、回復させた方がいいわ。カイム、治療道具はある?」

「ああ」

 

カイムは鞄を下ろすと、治療道具を取り出した。目立った外傷が無い以上、『回復の薬』などの体力回復の薬は必要ない。衰弱に効くきのみをすりつぶした粉薬を取り出した。薬を水に混ぜてクレセリアに与える。即効性はそこまでないが、クレセリアが自分で薬を全身に巡らせることで僅かに衰弱が回復した。そのためか、クレセリアの荒い息遣いが少し楽そうになる。

それを見たシロナは頷くと、ヒカリに問いかける。

 

「それで、クレセリアに何が起こったの?」

「あたしはクレセリアの記憶と心を見ただけですけど…状況は読めました。順を追って説明していきますね」

 

ヒカリはそう言ってクレセリアの記憶から読み取ったことをシロナとカイムに話し始める。

 

「まず、クレセリアと対になるポケモンがいるんです。そのポケモンの名前はわからないんですけど…黒いポケモンがいて、そのポケモンとクレセリアの力は普段は拮抗してるみたいなんです。でも、その力の均衡が崩れたみたいで…それが今回の事件の結果みたいなんです」

(俺の予想で概ね当たりだったか)

 

カイムが予想していた『力の均衡』。その予想は大体当たっていた。この拮抗が崩れたから今回の事件に発展したらしい。

 

「でも、どうして均衡が崩れたの?」

「その黒いポケモンの力が突然増幅したからです。クレセリアやその黒いポケモンは、選ばれた人間を通すと力が増すみたいです」

「共鳴…みたいな感じか」

「つまりその黒いポケモンに選ばれた『共鳴者』が現れたってことね」

 

人とポケモンが心を通わせることで、より大きな力を発揮する。それは世界的によく見られる事象だった。つまり例の黒いポケモンがトレーナーのような存在…共鳴者によって力を増したということだ。

 

「…共鳴者、ね」

 

ぽつりとつぶやくカイムにシロナは少し違和感を感じる。だがその違和感はすぐに消える。そしてシロナがその違和感について聞こうとした瞬間、カイムの言葉がそれを遮った。

 

「それで?解決するためには?」

「はい。解決にはクレセリアの力を負けないくらい発揮させて相殺させる必要があるみたいです」

「でもクレセリアの力は…」

「はい、クレセリアとの均衡は破られている。だからあたしが、クレセリアの力をより大きくします」

「なるほど…やはりヒカリがクレセリアの共鳴者だったのね」

 

以前クレセリアとヒカリが出会った時、ヒカリは三日月の羽を託された。三日月の羽はクレセリアに認められた存在…つまり共鳴者にしか渡されない代物。ヒカリがクレセリアの共鳴者であれば、悪夢の根源と力が理論上は拮抗できるはず。

 

「でも今のままだとクレセリアは力が発揮できません…あの黒いポケモンの力が強すぎて力に当てられてしまったんです」

「まずは回復が先決ってことか」

 

カイムの言葉にヒカリは頷く。

そしてシロナはヒカリから聞いた情報をもとに推測を立てていく。

 

(恐らく、クレセリアと黒いポケモンの力は互いに弱点となる力関係…まるで光と闇みたいな関係ね。拮抗するためには、クレセリアの調子だけでなくヒカリとどれだけ心を通わせられるかも重要になるわ)

 

共鳴者というだけあり、どれだけ互いに心を通わせられるか。これが鍵になるとシロナは予想した。恐らくその黒いポケモンと共鳴者は凄まじく心を通わせられた。だからクレセリア単体では力を相殺できず、ここまで衰弱してしまったのだろうと予想した。

 

「これだけ衰弱してるとなると、簡単に回復できん。回復させたいならミオシティまで向かう方がいい」

「それはいいけど…クレセリアをそのまま連れていって大丈夫?幻のポケモンなんだし、騒ぎにならないかしら」

「港までは船で来てもらおう。そのあとはテレポートでうちに飛んでもらえば問題ない」

「そっか。それなら大丈夫ね。でもクレセリアはそれでいい?」

 

この満月島はクレセリアにとって住処。故に回復に最も適した環境であり、下手にシロナ達の自宅に移動した場合に回復が遅くなる、または悪化するという可能性を考えていた。

だがその心配は杞憂に終わる。クレセリアがヒカリに何やら伝えている。それを聞いたヒカリは優しく微笑むと、シロナ達に伝えた。

 

「大丈夫だそうです。別にここだから回復が早くなるとかもないみたいなので」

「そうなのね。ならそうしましょう」

 

ヒカリとシロナはクレセリアを伴って船が停めてある浜辺へと歩いていく。カイムもそれに続いて後ろをついていくが、砂浜にたどり着いたところで唐突に足を止めた。

シロナは足を止めたカイムを不思議そうに見つめる。見つめられているカイムは、ある一方向をじっと真剣な表情で見つめていた。シロナはカイムの視線を追ってみるが、何もない。水平線が広がっているだけだった。

 

「カイム、どうしたの?」

 

カイムは一瞬目を閉じると、小さく首を横に振った。

 

「何でもない。行こう」

「…そう。なら行きましょう」

 

カイムなりに気になることがあったのは間違いない。ただそれを言わないということにも何かしら理由があるのだろうとシロナは結論付け、ヒカリが待つ船にカイムと共に乗り込む。

 

 

カイムが見つめていたのは、満月島の東方面だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クレセリアを自宅にで休ませること半日。

幻のポケモンということもあるが、カイムとシロナの看病、そしてヒカリがクレセリアと心をつなげることでクレセリアはみるみる回復した。何より今日は月が出ていた。月の光が降り注いでおり、その光を浴びたクレセリアは相当な速度で回復していた。

だが月の光だけではない。やはりヒカリの存在がクレセリア回復に大きな役割を果たしていた。

 

「共鳴者…バディとでも言うのかしら?すごい効果ね」

「えへへ…なんか、あたしにはこういうの向いてるのかもしれません」

「実際向いてるんだろ」

 

カイムはポケモンから好かれるが、ヒカリはポケモンと心を通じ合わせることを得意としている。好かれると心を通じ合わせるは似ているが、細部は異なる。好かれているからといって互いの心が通じているかどうかはわからないし、心が通じ合っているからといって互いに好いているかどうかはまた別。

そしてヒカリはポケモン達と心を通じ合わせることを得意としている。それは誰にでもできることではない。どんなポケモンとも心を通じ合わせる…それはヒカリが選ばれた存在であることを証明する一因でもあった。

 

クレセリアもある程度回復し、ひと段落ついたところでカイムは核心となる質問をヒカリに投げかける。

 

「それで?クレセリアの記憶からわかったことをもう少し教えてくれねえか?クレセリアと対になる黒いポケモン…その正体はなんだ」

 

カイムの問いにヒカリとクレセリアは目を見合わせる。そして互いに頷くと、カイムに向き直った。

 

「黒いポケモンの名前は…ダークライ。悪夢を見せるポケモンです」

「ダークライ…初めて聞く名前だ」

「ほとんど人前に姿を見せないポケモンなので、存在もほとんど確認されていないらしいんです。それに、悪夢を見せる存在だから人から忌み嫌われていて記録もあまり残されないらしくて」

 

ただ完全に記録がないというわけでもないらしい。現にこのミオシティでは『新月の夜は悪夢を見る』という伝承(というにはあまりにも曖昧なものではある)が存在していることをシロナは知っていた。ミオシティにある伝承や過去の事件をここ数日で調べ上げた際にその伝承を確認することができた。つまりこの伝承もダークライによるものだということだろう。

 

「あたしが見たクレセリアの記憶では、ダークライの力がクレセリアを襲うところがありました。本体が直接来たのではなく、力のみでの干渉みたいでしたけど、ダークライの力はとても強く、恐ろしかった…」

「悪夢の妨げになるクレセリアを最初に潰しにきたってことね」

「多分、そうです。それでクレセリアはダークライと共鳴者の力に押されてしまって、なんとか満月島だけでも自分の力で守っていたみたいで…」

 

なるほどとシロナは納得する。先ほどシロナ達がクレセリアに出会った際にあそこまで警戒されていたのは、人間という共鳴者が直接自分を倒しにきたことを警戒していたからだ。遠隔で放たれた力ですら勝てなかったというのに、直接対面したらまず勝ち目はない。だからクレセリアはシロナ達を警戒していたのだ。

 

「そういうことだったのね」

「何にしても、警戒が解けたんだしいいだろ。それでダークライの力を祓うためにはどうすればいい?」

「あたしがクレセリアと心を繋げて、クレセリアの力を街に広げます。そうすれば多分、ダークライの力と相殺しあってみんな目覚めると思うんですけど…」

 

ヒカリはそこで口を閉じる。どうやら何かしら気掛かりがあるらしい。

 

「想像以上に範囲と力が大きいんです。バディになりたてのあたしとクレセリアでどこまで対抗できるか…」

 

クレセリアとヒカリはまだ出会って時間が経っていない。故に、ダークライの力に対抗できるほどの力を発揮できるかがわからなかった。

 

「…それもそうか。向こうはいつから力をつけていたかわからんが、こっちは出会ったばかり。いくら大きな力を発揮できても、向こうがそれ以上の力だったら勝てねえわな」

「…はい」

 

なら力をつければいいのでは、と考えることもできるが、バディとしての力を発揮するためにどれほどの時間が必要になるかわからない。既にたくさんの人が悪夢に囚われている以上、時間はかけられない。

 

「そうなると…別策(オプション)が必要だな」

 

ヒカリの力でなければ解決はできない。なら、解決までの時間稼ぎになるものが必要となるとカイムは考えた。

 

「オプション?何か考えがあるの?」

「不確定要素が多いが…悪夢に直接干渉することだ」

「悪夢に干渉?そんなことができるの?」

「…多分。たださっきも言ったが不確定要素が多い。悪夢に干渉することそのものは簡単だ。ダークライからの干渉を受け入れちまえばいいんだから」

 

今シロナ達は強い精神力とクレセリアの加護によって意識を保っている。だがこの干渉そのものを受け入れてしまえば、当然悪夢に堕ちることになる。

 

「問題は、悪夢の中でどれだけ意識を保てるか、そして保てたとしても解決のためにどれだけ悪夢の中で動けるか」

 

仮に悪夢の中に入れたとして、結局それがどこまでの効果を発揮するか。それがあまりにも不確定すぎる要素だった。下手に悪夢に潜り、その結果動ける人物が減るということは避けたい。

 

「確かにそうね…干渉するだけじゃダメ。その先に目的があるんだから」

「ああ。骨折り損になることは避けたい」

「そうなると…このオプションはギリギリまで使えないわね」

「…ああ、そうだな」

 

カイムは一瞬だけ目を伏せると、立ち上がりヒカリに視線を向けた。

 

「ヒカリ、今日は休んでおけ。明日クレセリアの力を発揮してもらう。ちゃんと休んでおいてくれ」

「はい。ありがとうございます」

「シロナ、俺は今からジムの方見てくる。マネージャーから連絡は来てたからとりあえず何もないだろうけど、念のため」

「わかったわ。もう夜も遅いし、気をつけてね」

 

カイムは頷くと手早く荷物をまとめてムクホークと共にミオジムへと向かっていった。

 

「真面目ですね、カイムさん」

 

その背中を見送っていたシロナにヒカリはそう言った。ヒカリの言葉にシロナは苦笑しながら応える。

 

「そうね。カイムのいいところだけど、真面目すぎるからちょっと心配」

「なんでも頑張りすぎちゃいそうですもんね」

「そうなの。いいことなんだけど、自分のことをどうしても軽視しがちだから」

 

かつての記憶。それがカイムが己を軽く見てしまう原因だった。今ではかなり改善されたとはいえ、その傾向は染み付いてしまったもの。そう簡単には消えない。その結果が先日の体調不良でもあったから、心配ではあった。

 

「でも、大丈夫だと思うわ。カイムは学べる人だから」

 

カイムは同じ失敗はしないように学べる。無論同じ失敗をしてしまうこともあるが、カイムの学習能力をシロナはよく理解している。だから今はそこまで心配せずに送り出せた。

 

「愛されてますねーカイムさん」

「そうね…愛してる」

 

なんの躊躇もなく惚気るシロナにヒカリは少し驚く。以前もだが、シロナは前以上にカイムに対する思いが強くなっているのがわかる。

 

「はあ〜…すごいなぁ。そこまで人を好きになれるのも、好きになってくれるのも」

「貴女もいつかわかるわよ。きっとね」

 

きっとわかる、と言われたが、初恋すらもまだなヒカリからしたらまだ想像ができない。そんなものなのだろうか、とヒカリはぼんやり考えていた。

 

「わかるといいなぁ」

 

ただ仮にわかったとしても、シロナとカイムほど溺愛し合うことができるとはとても思えないのだが。

そんなことを考えながらヒカリはクレセリアを撫でながら空を見上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜

 

ジムの様子を見てきたカイムは一人で港に来ていた。

 

「さて…」

 

その手には一つの鍵。手に持った鍵が月明かりを受けて鈍く輝く。そしてカイムの目の前には、波止場の宿。

 

「鬼が出るか蛇が出るか」

 

波止場の宿の扉を鍵で開く。ゆっくりと扉を開くと、中は波止場の宿が閉じられた50年前のままであり、人が出入りしている様子はない。

夜目が効くブラッキーと気配感知に秀でたルカリオを出して中に足を踏み入れる。埃が溜まっている空間だが、そこまで荒れていない。スマートフォンのライトを用いて先に進んでいく。

 

少し進むと、いくつかの部屋が並んでいた。その中で一番奥にある部屋の扉にカイムは手をかける。中は普通の部屋だった。ベッドと机、そして古くなってもはや機能しないテレビがあるだの部屋。

 

(何もない…?いや、嫌な気配はこの部屋が一番強い。何かある)

 

ミオシティ全体を覆う悪夢の気配。それに良く似た気配が波止場の宿には蔓延していた。何かあることは間違いない。

ぐるりと視線を巡らせる。カイムはそこで机に何かが置いてあることに気がつく。それに近づこうとすると、ルカリオがカイムの腕を掴む。ルカリオに視線を向けると、ルカリオは首を横に振る。ブラッキーも鋭い目つきで机の上にあるそれを見ていた。

 

「…大丈夫、大丈夫だ」

 

ルカリオの手を外し、頭を撫でる。そして不安そうな二匹の視線を受けながらカイムは進んでいく。

机の上に置かれているのは一枚のカードだった。カイムはそれを手に取り見てみると、そこには『メンバーズカード』と書かれていた。記された日付は、50年前。

 

「50年前…」

 

記録にあった波止場の宿の事件。それと同じ時期の日付。

このメンバーズカードは事件があった時のものなのだろう。そしてこのメンバーズカードから悪夢の気配がする。カイムはカードを手に取りまじまじと見つめた。

 

(気配以外に変わった感じはしない。だが、ずっと持っていたらやばそうだ)

 

カードを手に取った瞬間、いつの日か感じた落ちていくような感覚が一瞬だけした。すぐに消えたが、やはりこのカードにはダークライの力の残滓がある。それもかなり色濃く残っている。

 

(だがシロナとヒカリはこの波止場の宿について言及してこなかった。やはり俺は…)

 

カイムは予想していたことがあった。証拠もなく、あまりに荒唐無稽な予想だったためシロナ達には言わなかったが、やはりこの予想は正しかったとカイムは内心で苦笑した。

そしてカイムの予想が正しかったが故に、一つの策が浮かぶ。だがこの策を実行するためには…

 

「くそ…一番でけえ関門じゃねえか」

 

カイムは苦笑しながら頭をかく。できることならやりたくなかった。だが恐らく、これをやらなければ解決できない。

大きくため息を吐くと、カイムはブラッキーとルカリオに振り返る。

 

「…帰ろう」

「帰るのですか?」 

 

突如聞こえた声にカイム達は一斉に振り返る。先ほどまでメンバーズカードがあった机のすぐそばに、サングラスをかけた男性が立っていた。

 

「なっ…!」

「…………」

 

咄嗟にカイム達は身構えるが、男性は何もしてこないし言葉も発さない。なんなのだと見ていると、男性は口を三日月のように歪めた。

 

「……ひひひ。お待ちしておりました」

「待って、いた?」

「はい。貴方様を…ずぅっと、ね」

 

不気味な話し方をする男性にカイムは警戒心を強める。だがそれに構うことなく男性は話し続ける。

 

「俺を待っていたってのは、どういうことだ」

「……ひひひ。それはお応えしたとしても、詮無きことでしょう」

(…答える気は無さそうだな)

 

男性の答えから『自分を待っていた』という言葉の真意はわからない。何かしらの理由があるのか、それともただ言っただけなのか。それすらもわからなかった。だが恐らく、答える気はないとカイムは悟る。だから違う問いかけを投げかける。

 

「あんたは、誰だ」

「………ひひひ。私に興味がおありで?」

「急に現れた怪しい奴だ。警戒して然るべきだろ」

 

カイムの言葉に男性は歪めた口元を元に戻す。そしてゆっくりと口を開いた。

 

「……おっしゃる通りで。そうですね、私は…ここのオーナーです」

「オーナー?」

「………ひひひ。もういつの話かはわかりませんけどね」

 

宿のオーナーと名乗った男性はサングラスを押し上げる。

 

「深い深い夢は…私を、私たちの意識と心を深淵に落とした。あの時は三日月の光がなく、引き上げられる人もいませんでしたからねぇ」

 

男性は続けて話し続ける。

 

「…ひひひ。三日月の光があっても、ここまで深く暗い夢となってはどうしようもない。誰かが潜って、この深く暗い夢の主人をどうにかしなくてはなりません」

 

ニンマリと怪しい笑みを浮かべる男性にカイムは問いかけた。

 

「俺にどうしろと?」

 

明らかに意味深な言葉を続ける男性。明らかにカイムに何かを示唆してくるような言動にカイムは聞き返す。

 

「………ひひひ」

 

しかし男性は答えない。イマイチうまく会話ができない現状にカイムはさらに警戒心を強めた。だが男性は満足したように再び口元を歪めて話し始める。

 

「私がお答えできるのはここまでです。あとは、ご自分で…」

「…そりゃドーモ」

「もう夜も遅い。一休み…していかれては?」

 

男性はそう言ってベッドの方に手を差し出す。先ほどまで埃を被っていたベッドが、気づけば綺麗に整えられている。そして男性の言葉には言い表せないような強制力があるようにも思えた。

だがカイムは男性に背を向けて言った。

 

「断る」

「………ひひひ。やはり貴方様でしたか」

「じゃあな」

 

カイムは部屋の扉に手をかけ、ブラッキーとルカリオと共に部屋を出ようとする。そのカイムの背中に向けて男性は声をかけてきた。

 

「繋がりを辿ると良いでしょう。きっと貴方様を導いてくれます」

 

言葉の真意はわからない。だがこの言葉に悪意はない。カイム達はそう感じられるような口調だった。

 

「…ああ」

 

淡白に返すと、カイム達は部屋を出た。扉が閉まる直前、一瞬だけ男性の顔が視界の隅に映るが、その顔は怪しげではなくどことなく優しい表情をしていた。

 

扉が閉まり、カイム達は波止場の宿を後にする。

カイム達が居た部屋には既に誰の姿もなかった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

目を開ける。

そこに広がるのは、果てしない闇。何も見えず、何も聞こえない冷たい世界。いつの日か訪れた気がする世界に、再び訪れていた。

 

「……ここは」

 

意識がぼんやりする。

だがぼんやりする意識の中でも、自分が誰なのかはわかる。

 

そして、ここに来た目的も。

振り返ると、見覚えのある緑色の光が見える。

 

「お前…前に会ったな」

 

緑色の光…いや、瞳は答えない。ただじっとこちらを見つめてくるだけ。

 

「おい…お前は…」

 

緑色の瞳に近づこうと足を踏み出す。

しかしそれを遮るように声が響いた。

 

 

『何故ここにいる』

 

 

突如響いた声に振り返る。

黒い服に黒いフード。顔が見えないし、声もどこかノイズ混じりでわからない。だがどことなく聞いたことある。そんな気がした。

 

「……お前は?」

 

黒服の男は答えない。

 

『無意識なのか?』

「おい、答えろよ」

 

食い気味で言うが、男は答えようとしない。

 

『…無意識でここに来るか。やはり貴様も……もう少し深くするか』

 

男は理解できない言葉を言うだけで問いかけに答えようとしない。

 

『…無意識ならばお前には何もできない。目覚めることのない悪夢の中を、永久に彷徨うがいい』

 

それだけ言って男は闇に溶けるように消えた。

男がいなくなったが、緑色の瞳はまだ背後にいる。緑色の瞳は何も訴えることなく、ただじっとこちらを見つめているだけだった。

 

「…ああ、そういうことね」

 

どこか納得してしたように息を吐く。

そしていつの日か見た金色の光が差し込んできた。

 

「またくるよ」

 

それだけ言って意識は光の中に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

翌日

 

ヒカリとクレセリアの力を発揮してもらうためにミオジムへと来てもらっていた。

 

「ヒカリ、頼む」

「はい!いくよ、クレセリア!」

 

ヒカリの声にクレセリアは頷く。そしてヒカリとクレセリアの心が繋がり、クレセリアの力が増幅していく。

そしてクレセリアの全身から光が溢れ出す。その光はミオジムを中心にミオシティ全体に広がっていった。クレセリアの力はミオシティに広がる悪夢の気配を中和していき、眠ってしまった人々にも降り注いだ。

 

結果として、人々から悪夢を取り払うことはできた。しかしうなされることがなくなっただけで人々は眠りから目覚めない。ジムに寝かされていた人々の表情は格段に良くなったが、誰一人として目覚めない。

 

「三日月の羽では目覚めたのに、クレセリア本体の力でも目覚めないのか」

「…多分、悪夢に囚われている深さが深すぎるんだと思います」

「悪夢の深さ?」

「はい。眠りには深さがあるのはわかりますか?」

 

ヒカリの言葉にシロナとカイムは頷く。眠りが深い、浅いといった言葉は日常的にも耳にする。それと同じことなのだろうと二人は判断した。

 

「ここ数時間で、人々の眠りがより深くなりました。悪夢を祓うことができても、みんなの意識は深い眠りの中にあります。本当なら悪夢を祓えばみんな目覚めるみたいなんですけど…ダークライの力が昨夜からより強くなっているみたいなんです」

(昨夜、か)

 

ヒカリの言葉にカイムは僅かに俯くが、誰もそれに気づくことはない。

 

「…今のあたしとクレセリアじゃ、眠りから救うことは…」

「そう。でも悪夢を祓うことはできたわけだし、あとは目覚めさせるだけなのよね」

「はい。ダークライの力がどれだけ保つのかわかりませんけど、今はクレセリアのおかげで均衡ができています。だからこのままクレセリアの力でダークライの力を相殺しつづければ、いつかは目覚めます」

「……でも、いつ目覚めるかは」

「…わかりません」

 

本来、クレセリアの力をもってすれば悪夢を祓えば囚われた人は目覚める。しかし想像以上にダークライの力が強かったため目覚めさせるまでに至ることら出来なかった。

今はまだダークライと力が均衡している。故に悪夢を見ることはないが、目覚めることもない。いつ目覚めるかは個人差が出てくるし、すぐに目覚めることはない。

 

「とりあえず悪夢による衰弱は防げたんだし、良しとしましょう」

「そうだな。ヒカリ、クレセリア、ありがとう」

「いえ、あたしじゃなくてクレセリアがいたからできたことです」

「二人が揃ったおかげよ。自信持って」

 

実際ヒカリがいなければ事態は悪化する一方だった。ヒカリがいたからクレセリアの力を貸してもらえた。そうでなければシロナですらこの事態をどうすることも出来なかったのだから。

 

「でもあたし、やっぱり放っておけません。ダークライの力に負けないように、クレセリアともっと頑張る。みんなを悪夢に閉じ込めさせるなんてこと、絶対に許さないんだから!」

 

正義感の強いヒカリの言葉にクレセリアは頷く。そしてヒカリとクレセリアはより大きな力を出すために互いの心を通わせ合うトレーニングに向かった。

その後ろ姿を見てシロナは小さく笑う。

 

「あの子がクレセリアのバディになれたの、わかる気がするわ」

「ああ。あの正義感と心の強さ。ギラティナにも認められていたわけだし、やっぱ選ばれた存在なんだろうな」

 

シロナがかつて言っていた『世界はヒカリが生まれてくるのを待っていた』という言葉が実によくわかる。あれほどまでポケモン達相手に心を通わせ、人もポケモンも心から大切にする少女。まさに望まれて生まれてきた存在なのだろう。

 

「…あいつは、あいつなりにやれることをやったんだな」

 

カイムはぽつりと呟き、シロナはその言葉に頷いた。

 

「そうよ。それがあの子にとって大切なことだから」

「…そうか、そうだな」

 

カイムは小さく息を吐くと、決意を固めたように拳を握る。

 

「俺も、俺がやれることをやろう」

 

そう言ってカイムはスマートフォンを取り出し、電話をかけ始めた。ジムリーダーとしての責務を果たす。それがカイムにやれることなのだろうとシロナは判断し、シロナもポケモンリーグから来た応援に指示を出した。

 

しかしシロナが思っていたカイムのやれることは、シロナが考えていたものとは大きく異なっていることを数時間後に知ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食を済ませ、夜遅くに帰宅してすぐにヒカリは眠ってしまった。クレセリアのおかげでダークライの力は働いていないため、悪夢に囚われることはない。

 

疲れた身体を引き摺るように動かし、庭のウッドデッキにカイムは腰掛けた。シロナは入浴中。

 

「……限界か」

 

一人でカイムはぽつりとつぶやく。ここ数日、ほとんど眠らずに住民の保護や公共機関との連携に奔走していたため、全身が疲労を訴えてくる。

 

ポケットに入っているメンバーズカードを取り出す。そこからは色濃いダークライの悪夢の気配がするが、クレセリアの力が十分に働いている今この気配を感知できるのはカイムだけだった。

 

ぼんやりメンバーズカードを眺めていると、カイムの視界に影がかかる。視線を上げると、そこにはシロナのガブリアスがいた。ガブリアスはなにをするでもなく、ただじっとカイムを見つめている。

 

「おう」

 

カイムが小さく反応するが、ガブリアスは目を細めるだけ。ガブリアスが言いたいことに気がついたカイムは苦笑し、頭をかいた。

 

「…お前、主人と同じで鋭すぎるだろ」

 

『あーあ』とぼやきながらカイムはガブリアスに視線を向ける。

 

「ガブリアス、一個お前に頼みがあるんだ」

 

カイムの真剣な表情にガブリアスはゆっくりと動き、カイムの目の前に腰掛けた。ガブリアスの鋭い視線を受けながら、カイムは僅かに震える口を開く。

 

「…俺は多分、今日寝たら明日には目覚めない」

 

カイムの言葉にガブリアスは目を見開く。

クレセリアの力で新たに悪夢に囚われることはないはず。だと言うのにカイムは明日には目覚めないという。

状況を理解しているからこそ、ガブリアスは混乱する。そんなガブリアスの思考を理解したカイムは手に持っていたメンバーズカードをガブリアスに見せた。

 

「これは波止場の宿にあったメンバーズカード。昨日の夜ジムリーダー権限で鍵を借りて中を調べた時に見つかった」

 

あの時に遭遇した男性。記憶にもやがかかって今となっては顔も思い出せないが、確かにいたあの男性はきっとあの宿のオーナー本人だったのだろうと考えていた。

それを口にすることはないが、カイムは続ける。

 

「このメンバーズカードは、ダークライの力が色濃く残っていた。なんで残っていたのかはわからんが、これを持っていたら俺は多分悪夢に落ちる」

 

では何故そんなものを持っているのか、とガブリアスは立ち上がる。

それに動じることなく、カイムはガブリアスを手で制して続けた。

 

「力が拮抗してる今、新たに悪夢に囚われる人はいない。眠りの底にいるのは、ダークライとそのバディだけだ。犯人を見つけて根本から解決するなら今しかない」

 

ダークライに眠らされた人々は全員同じような悪夢にうなされていた。それはつまり、眠りについている全ての人は同じ『ダークライの力の中』にいるということではないかとカイムは予想した。

そして自分が昨夜見た夢。それらの情報を全て繋げた結果、カイムは自分がダークライの力の中に潜ることを決心した。

 

「だからガブリアス…お前に頼みたい」

 

ガブリアスを真っ直ぐ見ながらカイムは告げた。

 

「俺は、もう目覚められないかもしれない。だから俺がいなくなったら…シロナを頼む」

 

カイムの言葉を聞いたガブリアスは激昂しながら立ち上がりカイムの顔を殴りつけた。

 

「っ!」

 

殴られたカイムは勢いでウッドデッキから落ち、フィールドに転がった。

口の中に血の味がする。殴られた左頬が熱く、左耳が甲高い音を発してほとんど聞こえない。頭がぐらぐらして思考がまとまらない。

 

「ガブリアス!やめて!」

 

そこに風呂から上がったシロナが駆けつけてきた。シロナは倒れるカイムに駆け寄ると手を貸そうとしてくるが、カイムはそれを手で制してふらふらと立ち上がる。

 

「カイム…大丈夫?」

「ああ…平気だ」

 

口に溜まった血を吐きながらカイムは答える。とりあえず問題無さそうだと判断したシロナはなおも怒るガブリアスの前に立ち、ガブリアスを落ち着けようとした。

 

「ガブリアス、どうしたの⁈カイムにどうして怒るの?」

 

話を聞いていなかったシロナは何故ガブリアスがここまで怒り狂っているのかがわからない。混乱するシロナの肩をカイムは叩く。

 

「シロナ…ガブリアスは悪くねえ。俺が殴られても仕方ねえこと言ったからな」

「貴方が?そんなこと…」

「言ったよ。ブチギレられる覚悟で言ったし、逆なら俺もキレる」

 

カイムはポケモンに対しても真摯に接する。故にポケモンにどつかれることなどほぼない。せいぜい愛のあるどつき程度だ。

だというのにそのカイムが『殴られても仕方ない』と言う。何を言ったのかカイムに聞いた。

 

「カイム…何を言ったの?」

「…………」

 

がしがしと頭をかくと、カイムはため息を吐きながら言った。

 

「俺がいなくなったら、シロナを頼むって言った」

「………は?」

 

シロナはカイムの言った言葉が理解できずに聞き返す。

 

「どういうこと…?」

「言葉通りだ。俺がいなくなったら、シロナのことを…」

そうじゃないわよ!貴方がいなくなるってどういうこと⁈

 

思わずカイムに掴みかかる。

シロナにとって、カイムは誰よりも大切な存在。その本人が自分がいなくなることを示唆するような言葉を言ったのだ。冷静なシロナであっても、動揺を隠すことはできなかった。

 

「…いなくなると決まったわけじゃない」

「でもいなくなるって…」

「順を追って説明する」

 

カイムはシロナの手を解くと、また溜まってきた血を唾と共に吐き出して座る。

 

「まず俺は、多分今日悪夢に囚われる。このメンバーズカードに残されたダークライの力…メンバーズカード(こいつ)に宿る力は大きくないが、深くて濃いから持ち主を少しずつ悪夢に連れていくものだ。だからクレセリアの力がどんなに大きくなろうが中和されることがなかった」

「そんなもの…どこで」

「波止場の宿。ダークライの力で悪夢に落とされた宿屋だ。何であそこが狙われたのか…何故このメンバーズカードにダークライの力が宿ったのかはわからない。お前ら、これの気配に気づかなかったろ」

 

実際シロナやヒカリ…そしてポケモン達も波止場の宿にあるこのメンバーズカードの気配を感じることはできなかった。しかし、カイムは感じられた。カイムだけが。

 

「俺は気づけた。ずっとあそこに、呼ばれていた」

「どういうこと?」

「……さてな」

 

カイムは一度言葉を切る。そして殴られた左頬を撫でながら続けた。

 

「で、俺がそんな危ないもんを持ってるのかというと…全員を眠りから覚ますためだ」

「クレセリアが悪夢は祓ってくれた。わざわざ貴方が悪夢に潜る必要があるの?」

「ある。眠りに落ちた人たちの悪夢をいくら祓おうと、意識が…心が眠りの深淵に落ちている以上、いくら待とうと誰も起きない。誰かが引っ張り出さないとみんな緩やかに死ぬだけだ」

 

確たる証拠はない。しかしカイムはそうだと言い切れる何かがあった。

自分が見た夢、夢の中で見つめてくる瞳、そして宿屋のオーナー。どれも確信たる言葉は言わなかった。だがこれら全てを通して、カイムは自分にしかできない可能性にたどり着いた。

 

「俺は、ダークライの悪夢の底にたどり着ける。いや、ダークライのバディの男を除けば俺にしか辿り着けない。だから俺が行くしかない」

「そんな…それなら私も…」

 

シロナの提案にカイムは首を振る。

 

「無理だ。このカードの気配に気づかなかった時点で、シロナはダークライの力と親和性がない。クレセリアの力とは親和性があるみたいだがな。ヒカリは言うまでもない」

「そんな…」

「それに、多分俺はダークライのバディを知っている。そいつとの繋がりも関係してるんだと思う」

 

今この場で出せる証拠はないが、カイムの言葉には強い説得力があった。カイムの言葉を聞いてシロナはカイムを説得するのが不可能だとわかってしまったが、それでもシロナは諦められない。

誰よりも大切だから、いなくなってほしくない。その思いがシロナの中で大きなものとなっていくのがわかる。

 

「…無茶なことだってわかってる。戻れる保証なんてない。でも俺がやらないとみんな緩やかに死んでいくだけだ」

「…わかってる。でも…」

「シロナがどんだけ俺のこと大切なのかもわかる。俺もシロナのことが大切だからな。それがわかっていながらこんなことをして、挙句にシロナのことを頼もうとしたんだ。ガブリアスがブチギレるのも仕方ない」

 

逆の立場ならきっと自分も怒る。だから殴られることを甘んじて受け入れた。ガブリアスに視線を移すと、ガブリアスはまだ納得していないような表情だった。

シロナはカイムに縋り付くような体勢で膝をつく。よく見たら肩が僅かに震えていた。

 

「…ごめん」

 

カイムはシロナをそっと抱きしめる。優しすぎるカイムは人々がこのまま眠りに囚われているのを黙ってみていられなかった。そしてそれを解決できる可能性があるのが自分だけとなれば、悩みこそすれどやらないという選択肢は最初からない。

 

「…貴方を止めることはできない。それはもう変えられないのね」

「……ああ」

 

カイムの言葉を受けたシロナはカイムの背中に手を回し、強く抱きしめた。

 

「なら私も、私ができることをする。貴方が眠り底にいたとしても、私が貴方を連れて戻る」

「どうやって眠りの底に行くんだ」

「どうにかする。約束したでしょ。貴方がどこに行ったって、私が何度でも連れて帰るって」

 

いつの日かの約束。まさかこんなに早く果たす日が来るとは思いもしなかったが、シロナは確かにそう約束した。

どこにいても、何度いなくなっても必ず連れて帰る。そう約束したのだ。

 

「そうだったな」

「止めないのね」

「俺が無茶してんだ。止める権利ねえだろ」

「…そうよ。だから、私を呼んで。必ず迎えに行くから」

「ああ、待ってる」

 

カイムが答えるとシロナはカイムの頬を手で包み勢いよく顔を押しつけて口づけをする。カイムはシロナを抱き寄せ、それに応える。

しばしの口づけの後、二人は離れる。泣きそうになりながらもシロナは涙を流すことはせず、真剣な表情で言った。

 

「必ず戻ってきてね」

「シロナ次第だな」

「もう」

 

苦笑しながはカイムはシロナの髪を優しく払う。

 

「…待ってる」

「待ってて」

 

満ちかけた月が夜空に浮かび、二人を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

目を開くと、港にいた。

 

「…ここか」

 

この風景はカイムが一番好きな風景だった。心象風景として色濃く残っている風景として夢に現れたのだろう。

とても暖かく、優しい風景。穏やかに響く波の音が心地良かった。

 

(クレセリアの力の影響か?)

 

とても優しい夢。こんなに穏やかで鮮明な夢は今までの人生で経験はなかった。

 

「さて」

 

そんな優しい夢の中にも一つだけ違和感があった。それは水面にある黒い穴。明らかに海とは別物の空間が存在していた。

その穴からは悪夢の気配がする。それこそあのメンバーズカードから放たれる気配と全く同じ気配。

 

(今いることはクレセリアの力でできた夢。つまり、あれがメンバーズカードの力か)

 

カイムはぐるりと周囲を見渡す。カイムの記憶によるものなのか、ミナモシティの港は酷く美しい。穏やかで静かなどこまでも広がる海。

ここにいればいつでも目覚められる。だがあの穴に飛び込めば、間違いなく悪夢に囚われて目覚められなくなるだろう。

 

「さっさといくか」

 

本能は引き返せと警鐘を鳴らしてくるが、カイムの心は既に決まっている。

 

『心が命じたことは誰にも止められない』

 

いつの日かレッドが言った言葉を思い出しながらカイムは数歩下がる。そして助走をつけて海に開く穴に向けて飛んだ。

 

 

 

穴に飛び込んだ先には、暗闇が広がっていた。海の中に飛び込んだというのに呼吸は苦しくない。

 

(そもそも夢の中だし呼吸もクソもねえか)

 

今のカイムは肉体を持たない意識だけの存在。加えて夢の世界に酸素の概念などあるはずもないため、呼吸ができなくとも特別問題ないだろう。

そのままカイムの意識は悪夢の底へと落ちていく。スカイダイビングのようにどんどんと底へ向かっていき、その過程で何人か眠ったまま漂う人々を見かけた。

 

(クレセリアの力が及ばなかった人か)

 

ダークライの力がシロナやカイムに及ばなかったように、クレセリアの力が及ばなかった人も何人かいる。この悪夢に漂う人々は今もなおうなされているため、衰弱し続けている状態だった。

 

「あんま時間かけらんねぇな」

 

どんどん夢の底へと落ちていく。

少しの間落ちていくと、突如地面に叩きつけられる。全てが黒で地面が近づいてきてることに気が付かなかったらしい。

だがカイムがたどり着いたのは夢の底ではなかった。どろりとした地面のさらに下により濃い悪夢の気配がする。そしてその先には、いつの日か見た緑色の光。

 

「…約束通り来たぞ。通せ」

 

カイムの言葉を聞いた緑色の瞳が僅かに動く。するとカイムの足元が開き、その下にはさらに濃い悪夢の気配が広がっていた。

 

「…頼むぜ、シロナ」

 

そう呟きながらカイムは悪夢に潜った。

そしてあまりに強い悪夢の気配に顔を顰めて目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

目を開くと、そこは悪夢の底だった。

暗闇の中に白い波紋が広がる現実味のない世界。そこにカイムは一人で立っていた。

 

「ここが、悪夢の底」

 

そう呟くと同時にカイムの背後で何かが湧き上がるような音がする。そちらに目を向けると、黒い影が床から上がってきた。その影は白い髪の毛のようなものを携え、首を赤い縁が囲んでいる。その姿は死神にも似た形をしている存在は、緑色の瞳をカイムに向けてくる。

 

「お前が俺をここに呼んだのか」

 

死神…ダークライは答えない。ダークライの思考はわからないが、カイムをここに呼んだのはダークライの意思だったことは間違いない。数回カイムに夢で接触し、何かを訴えるわけでもなくただじっと見つめているだけだった。しかしわざわざ夢で接触するため、何かの意思があることはカイムにも伝わっていた。

 

「…なんか答えろよ」

「とうとう自分の意志でここに辿り着く者が出てきたか」

 

突然背後から声が響く。カイムは振り返ることなくその声に応えた。

 

「どういうことだ?」

「わかっていることを聞き返すのは賢明とは言いがたいな」

「それもそうか」

 

カイムはため息を吐きながら振り返る。立っていたのは先日夢で会った黒い服の男。フードで顔を隠しているが、今聞こえる声にノイズは走っていない。聞いたことのある声だった。

 

「最初に来たのが、まさかお前とはな」

「俺じゃない方がよかったか?」

「そうだな。お前を見ると、あの女の顔がチラつく」

「そら光栄だな。俺からしたら褒め言葉でしかねえよ」

 

どことなく怒りが感じられる言葉にカイムは皮肉で返した。

そこで男がフードを取る。そこにあった顔は青い髪に感情が読み取れない顔…アカギだった。

 

「…久しぶりだな、アカギ」

「ああ。会いたくはなかったがな、カイム」

 

無表情の男たちは悪夢の底で向かい合う。

 

 

 

 

その二人をダークライはただ見つめていた。

 

 

 

 

 




満月島というタイトルでありながらほとんど満月島にいない詐欺。


感想くれる読者の方々が優しくて泣いてる。
本当にありがとうございます。めっちゃ励みになってます。

アニポケのシロナさんvsアイリス、アツかったです。シロナさんのキーストーンがリップケースなの良き。ダイゴvsサトシもよかった。
そして映画放映されるポケモンも決まりましたね。私はラティ兄妹、ジラーチ、ルカリオがいいなと思っていたので満足な結果です。

カイムの手持ちレベル
ブラッキー Lv.70
いつも甘えている癖にレベルだけは一番高い。そろそろレベル上限に達することを実感しているが、技量は上がり続けているため相変わらずカイムのエースとして戦う。

バシャーモ Lv.68
キリキザンという弟子ができて戦闘狂気質が少し鳴りを潜めてきた。ここ最近はルカリオと共にキリキザンの指導をすると同時に、防御の技量を高めることに専念している。

ルカリオ Lv.65
同じ武士気質のキリキザンが加入したことでより修行に力を入れるようになった。防御の技量を活かしたカウンター戦法などの攻めのパターンが増え、ミオジム全体でも屈指の強者になってきている。

ムクホーク Lv.64
毎日カイムを乗せて飛んだため身体がめっちゃ強靭になってきた。それがバトルにも活きてレベルがかなり上がったが、相変わらずの寝てばかり。

トリトドン Lv.59
ぽけーっとしてるけど実は個体値はかなり高いため、レベルの上がり幅がかなりある有望株。相変わらずおっとりしており、シロナのトリトドンと仲良しだが番ではない。

メタグロス Lv.55
カイムの手持ち唯一の600族。最近レベルが上がり始めており、ジムでもカイムの手持ちとしてよくバトルしているためか世間ではミオジムリーダーのエース扱いをされているが、本人は実力不足の自分がエース扱いされているのが不服らしい。

キリキザン Lv.47
新米。バシャーモとルカリオを相手に訓練しており、今はひたすら身体作りに励んでいる。最近のトレンドはメタグロスの頭の上で瞑想をすることらしい。


シロナ
珍しく主人公してないシロナさん。しかし次回はシロナさんが活躍するため結局主人公する予定。チャンピオンとしての権限を使ってカイムの手助けに奔走していた。

カイム
珍しく主人公してた方。カイムがダークライに呼ばれた理由と悪夢に潜れた理由は次回。今回無茶したことで次回ポケモン達にボコボコにされる未来が決定した。ブラッキーは肩車体勢の刑を当分続けると思われる。

ヒカリ
ポケマス同様クレセリアとバディを組む原作主人公。ただ今回はあまり主人公しない模様。惚気耐性MAX。

アカギ
今回のラスボス。ポケマスでダークライとのバディーズ技の声、好き。



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